(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-08
(45)【発行日】2024-05-16
(54)【発明の名称】車内異音検知装置
(51)【国際特許分類】
G01H 3/00 20060101AFI20240509BHJP
【FI】
G01H3/00 A
(21)【出願番号】P 2020093846
(22)【出願日】2020-05-29
【審査請求日】2023-04-27
(73)【特許権者】
【識別番号】596002767
【氏名又は名称】トヨタ自動車九州株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080160
【氏名又は名称】松尾 憲一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100149205
【氏名又は名称】市川 泰央
(72)【発明者】
【氏名】土井 聖
(72)【発明者】
【氏名】前田 健志
【審査官】岩永 寛道
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-278824(JP,A)
【文献】特開2013-242196(JP,A)
【文献】特開2020-063036(JP,A)
【文献】特表2019-528626(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0082191(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01H 1/00- 17/00
H04R 1/02
H04R 5/027
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
略長方形状に形成された取付け枠と、前記取付け枠の両縦枠の側方に向けて取り付けられた集音マイクと、前記取付け枠の下部に連結し、前記取付け枠の下横枠から手前方向に突設し
た把手枠と、前記下横枠の下方に連設し
た音声信号処理機器取付け枠と、を備え
、
前記取付け枠は、座席の背もたれのヘッドレストの上方から挿入して、その高さ方向の中間位置に収まる内径寸法に形成し、
前記集音マイクは、バイノーラルマイクで構成された
ことを特徴とする車内異音検知装置。
【請求項2】
前記音声信号処理機器取付け枠には、音声信号処理機器を装着し、前記集音マイクで集音した音声データをサーバーに送信可能に構成したことを特徴とする請求項
1に記載の車内異音検知装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車などの車両室内の、走行中における異音の発生を検知する車内異音検知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、総組立ラインでボディに各種部品の組み付けが完了し、自走可能な状態となった自動車の出荷検査の一つに異音検査がある。異音検査は、自動車などの車両の走行中において車両室内で発生する、例えば、カタカタというような、いわゆるビビリ音などの異音の有無を含む音振等のチェックである。
【0003】
異音検査の具体的な検査方法としては、例えば、テストコース又は自動車の組立工場とモータプールとを結ぶ自走路の一部に人工悪路を設け、前記テストコース又は組立工場とモータプールとを結ぶ自走路の人工悪路を自動車が走行するときに車両室内で発生する異音をチェックすることで行われる。
【0004】
すなわち、自動車をテストコースや組立工場とモータプールとの間に設けた人工悪路を自走通過させ、このとき運転者が車両室内で発生する異音の有無を耳で聞いてチェックし、異音の発生が有るときは手直し工場へ走行搬入し、そこで手直しをして同様の再検査を行う。異音が無いときはそのままモータプール等に走行搬入して検査完了とするものである。
【0005】
しかしながら、このような検査方法は自動車1台ごとに運転手を必要とすることや悪路を走行通過するために安全上の懸念もあることから無人で検査を行えるようにすることが望ましい。このためには、走行中の車両室内で発生する異音を簡単な構成で自動的に計測又は検知できる技術が望まれる。
【0006】
特許文献1には、自動車の車室内の異音を計測するために、基台と、当該基台上に配設された支持部材(マイクステー)と、当該支持部材にて支持されたマイクロフォンとを有し、前記基台は、背もたれに対して着脱自在なるヘッドレストにおけるステーロッドとの結合手段(ロッド係合部材)を有し、且つ前記背もたれと前記ヘッドレストとの間に挟持される自動車用異音計測装置が開示されている。
【0007】
具体的には、当該自動車用異音計測装置は、自動車の車室内の異音を計測するための基台と、基台上に配設された支持部材(マイクステー)と、支持部材にて支持されたマイクロフォンとを有し、前記基台が、背もたれに対して着脱自在なるヘッドレストにおけるステーロッドとの結合手段(ロッド係合部材)を有し、且つ背もたれとヘッドレストとの間に挟持されるよう構成されたものである。
【0008】
また、左右方向に移動可能な位置調節手段を備えた結合部材(マイクステー係合部材)を介して基台におけるヘッドレストの左右両側方に一対のマイクロフォンを結合するように構成されたものであり、マイクロフォンの向きを3軸について調節可能に構成されたものであり、三次元音響強度計測プローブの支持部(取付スタンド)を基台に設けたものであり、支持部材および三次元音響強度計測プローブの支持部を後方へ移動可能に構成されたものであり、さらには、複数の自動車用異音計測装置を複数の座席に同時に取り付けられるように構成されたものである。
【0009】
上記構成によれば、着脱式のヘッドレストを利用して背もたれに基台を取り付けるので、標準装備の背もたれに何ら改変を施さずに異音計測装置を容易に車室内に設置することができ、計測作業の準備に要する時間を大幅に低減することができる。しかも着座した乗員の耳と略一致した位置にマイクロフォンを設置して異音を収録することができるので、乗員が聴くのと略同じ音場での計測が可能となり、乗員の聴感に適合した異音データの収録が可能となるというものである。
【0010】
特許文献2には、映像を同時記録するための小型カメラを、マイクロフォンが備えられたダミーヘッド(dummy head)の目の位置に相当する頭部前面に設けることにより、車室内乗員が受ける視聴覚情報を実際の目と耳の位置関係も含めて再現することができ、視覚情報を加えた精度の高い騒音評価が行なえる複合感覚評価用ダミーヘッドが開示されている。
【0011】
具体的には、当該複合感覚評価用ダミーヘッドは、車室内の乗員の頭位置に相当する位置にダミーヘッドを配置し、乗員の左右の耳位置にあたる位置にマイクロフォンなどの集音装置を設置し、車両走行時の車内騒音を、マイクアンプを介してDAT(Digital Audio Tape)等の記録媒体に収録し、このようにして収録した音をヘッドフォンにより再生して評価者に提供し、騒音を評価することができるよう構成されたものである。
【0012】
上記構成によれば、バイノーラル録音等を可能としたダミーヘッドに、違和感のない精度良い視覚情報を付加させることができる複合感覚評価用ダミーヘッドを提供することができるというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2007-278824号公報
【文献】特開平5-153687号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献1に開示された自動車用異音計測装置は、座席の背もたれとヘッドレストとの間に挟持するように構成されているために、異音の計測をする際は、自動車1台ごとにヘッドレストを一旦取り外し、当該自動車用異音計測装置を背もたれの上部に載置した後、基台に設けられたステーロッド挿通孔にヘッドレストのステーロッドを挿通して前記取り外したヘッドレストを取り付ける必要があり、さらに異音検査が終了すると同様の手順でヘッドレストの取り外しと再取り付けが必要となるため、手数を要し、自動車の異音検査工程で使用するにはタクトタイムが長くなりすぎるという問題がある。
【0015】
特許文献2に開示された複合感覚評価用ダミーヘッドは、高価なものであり、しかも自動車の異音検査工程で使用するためには、このような装置が数セット必要であり、投資費用が高額となる。しかも、当該複合感覚評価用ダミーヘッドは、特異な形状をしているために、自動車の走行中に振動により外れることがないように固定する作業が煩雑となる。
したがって、自動車1台ごとに取り付け及び取り外しを行わなければならない異音検査工程での使用には適していないという問題がある。
【0016】
本発明は、ヘッドレストの取り外しや取り付けをすることなく、ヘッドレストが装着された状態のままで、座席の背もたれのヘッドレストの高さ方向の中間位置に嵌着可能な構成とすると共に、バイノーラル録音を安価かつ簡単な構成で実現する車内異音検知装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明に係る車内異音検知装置は、断面略円形状のパイプを略長方形状に形成された取付け枠と、前記取付け枠の両縦枠の側方に向けて取り付けられた集音マイクと、前記取付け枠の下部に連結し、前記取付け枠の下横枠から手前方向に突設した平面視略コの字状の把手枠と、前記下横枠の下方に連設した側面視略コの字状の音声信号処理機器取付け枠と、を備えたことを特徴とする。
【0018】
また、前記取付け枠は、座席の背もたれのヘッドレストの上方から挿入して、その高さ方向の中間位置に収まる内径寸法に形成したことを特徴とする。
【0019】
また、前記集音マイクは、バイノーラルマイクで構成されたことを特徴とする。
【0020】
また、前記音声信号処理機器取付け枠には、音声信号処理機器を装着し、前記集音マイクで集音した音声データをサーバーに送信可能に構成したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
請求項1に記載の発明によれば、断面略円形状のパイプを用いた枠体により本装置の躯体を構成しているために、極めて簡単な構造で、軽量化が実現できる。これにより、運搬や取扱いが容易となり、しかも安価に実現することができる。また、集音マイクロフォン(以下、「集音マイク」という。)により走行中の車両室内における異音の発生の有無を知ることができるため、複数台を必要とする異音検査工程のニーズに対応できる。
【0022】
請求項2に記載の発明によれば、ヘッドレストの取り外しや取り付けをすることなく、ヘッドレストが装着された状態のままで、前記把手枠を把持して座席の背もたれのヘッドレストの上方から当該ヘッドレストの高さ方向の中間位置に嵌着することができるため、取り付け及び取り外しを簡単に行うことができる。これにより、異音検査工程における当該装置の取り付け及び取り外しのタクトタイムを大幅に短縮することができる。
【0023】
請求項3に記載の発明によれば、前記集音マイクは、バイノーラルマイクロフォン(以下、「バイノーラルマイク」という。)で構成されているために、前記ヘッドレストがダミーヘッドの役割を果たす効果と相まって、より臨場感のあるバイノーラル録音をすることができる。これにより、車両室内の異音がどの方向から発生しているかを把握することができるため、発音個所の特定を迅速に行うことができ、手直し修理時間を短縮することができる。
【0024】
請求項4に記載の発明によれば、前記音声信号処理機器取付け枠には、音声信号処理機器を装着し、前記集音マイクで集音した音声データをサーバーに送信可能に構成しているため、サーバー側でリアルタイムに車両室内で発生している異音を確認することができる。これにより自動車を無人走行させることで、異音検査のための運転業務を無人化することができる。さらに、サーバーにデータを収集記憶させ、異音とそうでない音とをAI技術を使って区分けすることもできる。また、サーバーに収集記憶させたデータをデータベース化し、データを蓄積していくことによりAI技術を用いた区分けの確実性をさらに向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明に係る車内異音検知装置を示す外観斜視図である。
【
図2】本発明に係る車内異音検知装置を示す正面図である。
【
図3】本発明に係る車内異音検知装置の把手枠を把持した外観斜視図である。
【
図4】音声信号処理機器の構成例を示すブロック図である。
【
図5】本発明に係る車内異音検知装置を左側前座席に装着した状態を示す外観斜視図である。
【
図7】ヘッドレストにおける集音マイクの位置を検証する取り付け斜視図である。
【
図8】検証試験における本発明に係る車内異音検知装置とスピーカの配置図である。
【
図9】
図8の配置に基づく試験におけるバイノーラル録音をした音声波形の例である。
【
図11】
図8の配置に基づく試験においてヘッドレストを使用しないで録音した音声波形の例である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
<装置の構成>
本発明に係る車内異音検知装置は、断面略円形状のパイプを略長方形状に形成された取付け枠と、前記取付け枠の両縦枠の側方に向けて取り付けられた集音マイクと、前記取付け枠の下部に連結し、前記取付け枠の下横枠から手前方向に突設した平面視略コの字状の把手枠と、前記下横枠の下方に連設した側面視略コの字状の音声信号処理機器取付け枠と、を備えたものであり、前記取付け枠は、座席の背もたれのヘッドレストの上方から挿入して、その高さ方向の中間位置に収まる内径寸法に形成したものであり、前記集音マイクは、バイノーラルマイクで構成されたものであり、前記音声信号処理機器取付け枠には、音声信号処理機器を装着し、前記集音マイクで集音した音声データをサーバーに送信可能に構成したものである。
【0027】
以下、本発明の実施形態について図面により説明する。ただし、図面は模式的なものであり、細部の記載については省略している。また、各部の配置や寸法の比率等は必ずしも現実のものと一致するものではない。
【0028】
本発明に係る車内異音検知装置1は、
図1、
図2に示すように、断面略円形状のパイプを略長方形状に形成して取付け枠2が形成されている。そして、当該取付け枠2の左右の縦枠21、21には、そのそれぞれに側方に向けて集音マイク3R(右耳用、以下同じ。)、3L(左耳用、以下同じ。)が取り付けられている。集音マイク3R、3Lは、本発明に係る車内異音検知装置1を、取付け枠2を介して座席11の背もたれ12側からヘッドレスト13に取り付けた際に、当該ヘッドレスト13の高さ方向の略中間位置に収まることで、着座者の略耳の高さになるように構成されている(
図5参照)。
【0029】
前記取付け枠2の下横枠22には、側面視略コの字状の音声信号処理機器取付け枠4、4が下方に連設されている。音声信号処理機器取付け枠4、4は、略コ字状の側壁44、44と、側壁上部突出片に架設した把手枠5と、把手枠5の下方に設けた音声信号処理機器取付け部42と、側壁44の両下端に設けた平板脚体43、43とより構成されている。
【0030】
平板脚体43は、前記側面視略コの字状に形成された音声信号処理機器取付け枠4、4の下端である底辺部分であり、
図1に示すように、所定の厚みを有する略方形状をなしている。そして、略方形状に形成された平板脚体43、43は、前記のように、車内異音検知装置1を自立させる役割を果たす。
【0031】
前記取付け枠2は、車内異音検知装置1を座席11の背もたれ12側からヘッドレスト13に取り付けるための取り付け治具である。取付け枠2は、
図1及び
図2に示すように、断面略円形状のパイプを略長方形状に形成されており、その内径寸法は、ヘッドレスト13の取り付け位置の外周面と略同一外形同一寸法に形成されている。このような形状及び寸法に形成することにより、ヘッドレスト13に嵌着できる。また、自動車10の走行に伴う振動や揺動があっても座席11の背もたれ12のクッション効果もあって外れることはない。
【0032】
把手枠5は、
図1に示すように、断面略円形状又は縁を丸く形成した断面略四角形状のパイプにより形成され、前記音声信号処理機器取付け枠4、4の手前方向に突設されたバー状の把手枠保持部41、41に横架されている。すなわち、前記取付け枠2に対して平面視略コの字状に架設されている。
当該把手枠5は、
図3に示すように、検査者が車内異音検知装置1を運搬するときやヘッドレスト13への取り付け及び取り外しなどをするための把持部分である。当該把手枠5は、断面略円形状又は縁を丸く形成した断面略四角形状をしているために把持しやすく、また、当該把手枠5の下方に形成されている音声信号処理機器取付け部42には、所定の質量を有する音声信号処理機器6が取り付けられるため、当該把手枠5の下方に重心が位置する。したがって、把手枠5を把持して持ち上げても上下の向きが逆転することがなく、安定して把持することができる。
【0033】
音声信号処理機器取付け部42は、音声信号処理機器6を取り付けるための空間面である。音声信号処理機器6は、例えば、
図4に示すように、アンプ31及びオーディオインタフェース32であり、さらに集音された音声信号を図示しないサーバーに送信するための送信機33及びアンテナ34を含む。前記音声信号処理機器取付け部42には、これらの音声信号処理機器6が取り付けられる。
【0034】
音声信号処理機器6は、異音検査において走行中の自動車10の室内で発生する異音を前記集音マイク3R、3L又はバイノーラルマイク30R(右耳用、以下同じ。)、30L(左耳用、以下同じ。)で収集し、当該集音された音声信号をアンプ31で増幅し、増幅された音声信号を、オーディオインタフェース32を介して送信機33に送り、アンテナ34から図示しないサーバーに送信する。送信機33は、異音検査中又は走行中はサーバーに送信可能に構成することにより、サーバー側でリアルタイムに車両室内で発生している異音を確認することができる。これにより自動車10を無人走行させれば、異音検査のための運転業務を無人化することができる。
【0035】
さらに、サーバーにデータを収集記憶させ、異音とそうでない音とをAI技術を使って区分けすることもできる。また、サーバーに収集記憶させたデータをデータベース化し、データを蓄積していくことによりAI技術を用いた区分けの確実性をさらに向上することができる。なお、前記送信機33及びアンテナ34は、例えば、iPhone(「iPhone」は、アイホン株式会社及びアップルインコーポレイテッド社のそれぞれの登録商標である。)などの携帯電話機を用いて実現することもできる。
【0036】
音声信号処理機器6の電源は、図示しない付属の専用バッテリ又は自動車10に装備されているDC12V電源ソケットから供給されるように構成している。
【0037】
前記音声信号処理機器取付け部42は、これらの音声信号処理機器6を取り付けるために、その左右の両端に側壁44、44を設けている。また、平板脚体43の後端には垂直面に背面壁45を設けている。そして、音声信号処理機器6は、側壁44、44、背面壁45及び平板脚体43、43により囲まれた空間内に取り付けられる。なお、これらの音声信号処理機器6は、単品機器の集合体で構成されている場合には、例えば、木板上にネジや取り付け用の治具や金具を用いて取り付けて、その木板を音声信号処理機器取付け部42に取り付ければよい。なお、木板の大きさや音声信号処理機器6の構成は、必要に応じて取捨選択すればよいことはいうまでもない。
【0038】
このように構成することにより、側壁44、44は、前記平板脚体43、43の内面及び前記背面壁45の内面と接合して平板脚体43、43を補強すると共に、取り付けられた音声信号処理機器6が自動車10の走行に伴う振動や揺動により左右にずれて脱落することを防止することができる。
【0039】
<ヘッドレストへの取付方法>
次に、車内異音検知装置1を座席11の背もたれ12側からヘッドレスト13に取り付ける手順について説明する。
検査者は、車内異音検知装置1の当該把手枠5を把持して異音検査を行う自動車10まで持ち運び、異音検査を行う座席11側のドアを開けて当該車内異音検知装置1を座席11に運び込む。そして、当該把手枠5を把持した状態で当該車内異音検知装置1の取付け枠2を当該座席11の背もたれ12側からヘッドレスト13の上方に被せるようにして挿入し、
図5に示すように、取付け枠2をヘッドレスト13の所定の高さ位置に嵌着する。そして、電源を入れる等の所定の操作をすることにより、車内異音検知装置1を可動し得る状態に設定する。
【0040】
異音検査が終了し、当該車内異音検知装置1を取り外す際は、検査者は、異音検査が終了した自動車10の座席11側のドアを開けて車内異音検知装置1の電源を切る等の所定の操作により作動を停止させる。そして、把手枠5を把持し、持ち上げて取付け枠2をヘッドレスト13から取り外す。車内異音検知装置1は、一旦座席11の上に載せてから車外に取り出してもよい。又は、座席11の上に載せずにそのまま車外に取り出してもよい。要は、ドアや座席11の形状又は大きさに応じて最適な作業方法を選択すればよい。
【0041】
このように、車内異音検知装置1は、中空のパイプを用いて躯体を構成しているために、極めて簡単な構造で、軽量化が実現できる。したがって、運搬や取扱いが容易となり、把手枠5を把持することにより、車内異音検知装置1の取り付け及び取り外しを簡単に行うことができる。また、これにより、ヘッドレスト13の取り外しや取り付け作業を必要としないために、異音検査工程における当該装置の取り付け及び取り外しのタクトタイムを大幅に短縮することができる。
【0042】
<ヘッドレストの音響特性の検討>
本発明に係る車内異音検知装置1は、集音マイク3R、3Lとしてバイノーラルマイク30R、30Lを採用することができる。バイノーラルマイク30R、30Lは、前記のように当該ヘッドレスト13の高さ方向における略中央位置になるように、前記縦枠21、21に取り付けられている。このような位置に取り付けることにより当該座席11に検査者が着座すると、略頭部の耳に近い位置にバイノーラルマイク30R、30Lを配置することができる。なお、バイノーラルマイク30R、30Lは、無指向特性を有する高感度のマイクロフォンのことである。
【0043】
ヘッドレスト13は、ダミーヘッドの役割りをして、後述するようにバイノーラル録音をすることができる。これにより、走行中の自動車10の室内における異音の発生の有無及び当該異音がどの方向から発生しているかを把握することができるため、発音個所の特定を迅速に行うことができ、手直し修理時間を短縮することができる。これについて、以下にさらに詳しく説明する。
【0044】
バイノーラル録音(Binaural recording)とは、人間の頭部の音響効果を再現して、鼓膜に届く状態で音を記録する録音方式である。ここで、バイノーラルとは「両耳の」という意味があり、例えば、音源を前後、左右、上下に移動させながらその発する音声をバイノーラル録音し、当該録音された音声を、ステレオ・ヘッドフォンなどを用いて両耳で再生聴取すると、当該音源が前後、左右、上下に移動しながら音声を発しているように聞こえてくる。このようにバイノーラル録音によれば、臨場感あふれる音響効果を体感することができる。
すなわち、バイノーラル録音された音声を聴取すると、当該音声が発せられている音の方向や位置、距離、奥行きなどを感知することができる効果を有している。
【0045】
このような音響効果は、音源の発する音声を単一のマイクロフォンで記録するモノラル(monaural)録音では得ることができない。また、音源の発する音声を例えば2つのマイクロフォンで記録するステレオ(stereo)録音でも得ることができない。
バイノーラル録音は、一般には、
図6に示すようなダミーヘッド50を用いてなされている。バイノーラルマイク30R、30Lが埋め込まれたダミーヘッド50は、一般にダミーヘッドマイクとも呼ばれており、例えば、立体音響作品を収録するために使用されている。
【0046】
ダミーヘッド50は、本図に示すように、人間の頭部又は人間の頭部および肩口までを樹脂やスポンジ状の材質で再現した実物大の人形であり、その耳の鼓膜の部分にバイノーラルマイク30R、30Lを埋め込んだものである。前記ダミーヘッド50に埋め込まれたバイノーラルマイク30R、30Lで録音し、それを図示しないヘッドフォンなどで再生聴取すると、上記のような臨場感あふれる音響効果を得ることができる。
【0047】
人間が音声を聞くと、当該音声が発する方向や位置、距離、奥行きを感知することができるのは、人間が音を聞くときには、音源から左右の耳に直接届く音波のみならず、頭部の左右に突出している耳たぶや体の各部によって複雑に回折・反射して鼓膜に届いてくる音波も合わせて聞いていることによるものと考えられている。
【0048】
すなわち、人間が音声の発する方向や位置等を感知することができるのは、左右の耳と音源間との距離や頭部の向きによる音量差や時間差によるもののほか、人体頭部を含む人体各部の形状、質量等や音源の位置との関係も、人間が聴取する音声の周波数特性に影響を与えると考えられるからである。これを数式化するならば、人体頭部を含む人体各部は、音源の音声を入力であるX(s)とし、バイノーラルな音声を出力であるY(s)とすれば、バイノーラルな音声の出力Y(s)は、Y(s)=G(s)×X(s)で表すことができる。この入力X(s)を出力Y(s)に変換する関数G(s)のことを「伝達関数」と呼んでいる。人体頭部を含む人体各部は、このような「伝達関数」(以下、「頭部伝達関数」という。)の特性を有しているといえる。
【0049】
ダミーヘッド50は、人間の頭部等を再現した実物大の人形の鼓膜部分にバイノーラルマイク30R、30Lを埋め込んだ模擬的な頭部であり、人体等の「頭部伝達関数」と略等価な音響特性を有するものと考えられている。バイノーラル録音は、このダミーヘッド50に埋め込まれたバイノーラルマイク30R、30Lを用いて音声を録音することにより、等価的に人間が両耳で音声を聞いた状態における音声の録音ができるというものである。
【0050】
異音検査工程のバイノーラル録音に使用するバイノーラルマイク30R、30Lを埋め込む対象物が、人体の「頭部伝達関数」に近似する音響特性を有する「物体」であれば、異音検査において、ダミーヘッド50の使用に限定される必要性はない。
また、本発明の目的は、自動車10の異音検査における良否判定に使用することができる車内異音検知装置1を提供することであり、検査者に代わって自動車10が走行中に車両室内で発せられる異音の良否判定、すなわち、商品として問題となりそうな異音の発生の有無の判定に使用するものであるため、オーディオ製品のような広い周波数帯域における周波数特性や位相特性を高精度に計測し、その特性の良否判断に使用されるものではない。
【0051】
そこで、本発明の過程において、ダミーヘッド50に代わるダミーヘッド50と等価な音響特性を有する「物体」の検討及び試験を行った。その結果、自動車10が走行中の車両室内の異音検査の用途においては、ヘッドレスト13の使用が可能であるとの結論に至った。以下、試験データに基づき、さらに詳しく説明する。
【0052】
<試験結果>
車内異音検知装置1を、
図7に示すように、取付け枠2をヘッドレスト13の所定の高さ位置に嵌着する。そうすると、ヘッドレスト13を人間の頭部に見立てると、バイノーラルマイク30R、30Lは、その両耳とみなすことができる。
ここで、前記取付け枠2の高さを「上」、「中」及び「下」の3点をとり、それぞれについて模擬的な耳たぶである「耳たぶ模型」を付けた場合(「耳たぶ模型有り」)と、当該「耳たぶ模型」を付けない場合(「耳たぶ模型なし」)について試験を行った。
【0053】
試験に使用した機器は、
図8に示すように配置した。すなわち、本発明に係る車内異音検知装置1を、座席11の背もたれ12側からヘッドレスト13に取り付け、ヘッドレスト13から所定の距離を離した正面の位置に、スピーカ14を対向して配置した。
【0054】
以上のように配置した状態において、
図8の矢印方向に示すように、スピーカ14を前後、又は左右にゆっくりと移動させつつ、スピーカ14から連続的に音声を発音させ、この音声を前記取付け枠2の縦枠21、21に埋め込まれたバイノーラルマイク30R、30Lで録音を行った。
【0055】
上記
図8の配置に基づく試験においてバイノーラル録音した音声波形の例を
図9に示す。本図において、上下方向は振幅、左右方向は時間を表す。また、
図9に示す符号A及び符号Bは、左右バイノーラルマイク30R、30Lで録音した音声波形の拡大箇所を示す。この符号A及び符号Bの拡大図中に実線で示す波形は、右側のバイノーラルマイク30Rで録音した音声波形であり、破線で示す波形は、左側のバイノーラルマイク30Lで録音した音声波形である。
【0056】
図9において、左右の音声波形を比べると、振幅及び位相に差異があることが確認できる。このことは、スピーカ14から音声を発音し、前記バイノーラルマイク30R、30Lでこの音声を聴取すると左側と右側では音の大きさが異なって聞こえてくるということがわかる。また、音声が発せられる方向がわかるということにもつながる。
【0057】
左右の音声の大きさ、すなわち振幅の違いは、
図9に示す音声波形ではわかりにくい。そこで、左右の音声の大きさの違いを、
図10(a)~(f)に示すように、左右の音声の大きさの差で表現すると分かりやすくなる。
【0058】
図10(a)は、耳たぶ模型を付けて、
図7におけるバイノーラルマイク30R、30Lがヘッドレスト13の「上」に位置するように取り付けて、スピーカ14からの発音を録音した試験結果である。本図からわかるように上下のふり幅はさほど大きくない。
したがって、左右の音声の大きさの差が少ないことがわかる。
【0059】
図10(b)は、耳たぶ模型を付けて、
図7におけるバイノーラルマイク30R、30Lがヘッドレスト13の「中」に位置するように取り付けて、スピーカ14からの発音を録音した試験結果である。本図からわかるように上下のふり幅は大きくなる。
したがって、左右の音声の大きさの差が大きくなることがわかる。
【0060】
図10(c)は、耳たぶ模型を付けて、
図7におけるバイノーラルマイク30R、30Lがヘッドレスト13の「下」に位置するように取り付けて、スピーカ14からの発音を録音した試験結果である。本図からわかるように上下のふり幅はさほど大きくない。
したがって、左右の音声の大きさの差が少ないことがわかる。
【0061】
図10(d)は、耳たぶ模型を付けないで、
図7におけるバイノーラルマイク30R、30Lがヘッドレスト13の「上」に位置するように取り付けて、スピーカ14からの発音を録音した試験結果である。本図からわかるように上下のふり幅はさほど大きくない。
したがって、左右の音声の大きさの差が少ないことがわかる。
【0062】
図10(e)は、耳たぶ模型を付けないで、
図7におけるバイノーラルマイク30R、30Lがヘッドレスト13の「中」に位置するように取り付けて、スピーカ14からの発音を録音した試験結果である。本図からわかるように上下のふり幅は大きくなる。
したがって、左右の音声の大きさの差が大きくなることがわかる。
【0063】
図10(f)は、耳たぶ模型を付けないで、
図7におけるバイノーラルマイク30R、30Lがヘッドレスト13の「下」に位置するように取り付けて、スピーカ14からの発音を録音した試験結果である。本図からわかるように上下のふり幅はさほど大きくない。
したがって、左右の音声の大きさの差が少ないことがわかる。
【0064】
以上のことから、
図10(e)の試験条件である耳たぶ模型を付けないで、バイノーラルマイク30R、30Lをヘッドレスト13の「中」に位置するように取り付けたときが最も左右の音声の大きさの差が大きくなることがわかる。
【0065】
以上で説明した
図10(a)~(f)の試験条件における試験結果を、表1に示す。
【0066】
【0067】
なお、参考までに、前記
図8の配置に基づいて行った試験において、ヘッドレスト13を使用しないで、スピーカ14から音声を発音し、バイノーラルマイク30R、30Lで録音した音声波形の例を
図11に示す。なお、
図11中の符号C及び符号Dは、録音した音声波形の拡大箇所を示す。
【0068】
図11において、左右の音声波形を比べると、振幅及び位相に差異はほとんど確認できない。このことは、スピーカ14から音声を発音し、前記バイノーラルマイク30R、30Lでこの音声を聴取すると、左側と右側は同じ大きさの音が聞こえてくるということがわかる。つまり、ヘッドレスト13を使用しない場合には、左右両方のバイノーラルマイク30R、30Lは、同一の音声を同時に聴取することとなり、単なるステレオ録音となって、立体的な音響効果は得られるものの、音声が発せられる方向を識別することはできない。
【0069】
このことからも、
図10(e)の試験条件である耳たぶ模型を付けないで、バイノーラルマイク30R、30Lをヘッドレスト13の「中」に位置するように取り付けたときが最も左右の音声の大きさの差が大きくなることから、
図10(e)に示すようにヘッドレスト13を用いることがバイノーラル録音に有効であることが裏付けられる。
なお、
図11に示す音声データは、走行中の自動車10の室内において、少なくとも異音の発生の有無が確認できるため、その有用性が否定されるものではない。
【0070】
以上の説明では、車内異音検知装置1を運転席又は助手席などの前座席のヘッドレスト13に装着して異音検査を行う場合を前提に説明してきたが、後部座席ではどのような異音が聞こえてくるかについて異音検査をするケースもある。このような場合には、後部座席のヘッドレストに当該車内異音検知装置1を装着して異音検査を行う。後部座席のヘッドレストに装着可能とするには、取付け枠2の形状等を変更することで対応できる。このようにすることにより、運転席、助手席及び左右の後部座席のヘッドレストに当該車内異音検知装置1を装着して異音検査を行うこともできる。これにより、各座席に運転手及び乗員の計4名が乗り込んで異音検査を行う必要性もなくなる。
【0071】
<発明の効果>
本発明は、以上のように構成されているために、断面略円形状のパイプを用いた枠体により本装置の躯体を構成しているために、極めて簡単な構造で、軽量化が実現できる。これにより、運搬や取扱いが容易となり、しかも安価に実現することができる。また、集音マイク3R、3Lにより走行中の車両室内における異音の発生の有無を知ることができるため、複数台を必要とする異音検査工程のニーズに対応できる。
【0072】
また、ヘッドレスト13の取り外しや取り付けをすることなく、ヘッドレスト13が装着された状態のままで、前記把手枠5を把持して座席11の背もたれ12のヘッドレスト13の上方から当該ヘッドレスト13の高さ方向の中間位置に嵌着することができるため、取り付け及び取り外しを簡単に行うことができる。これにより、異音検査工程における当該装置の取り付け及び取り外しのタクトタイムを大幅に短縮することができる。
【0073】
また、前記集音マイク3R、3Lは、バイノーラルマイク30R、30Lで構成されているために、前記ヘッドレスト13がダミーヘッド50の役割を果たす効果と相まって、より臨場感のあるバイノーラル録音をすることができる。これにより、車両室内の異音がどの方向から発生しているかを把握することができるため、発音個所の特定を迅速に行うことができ、手直し修理時間を短縮することができる。
【0074】
また、前記音声信号処理機器取付け枠4には、音声信号処理機器を装着し、前記集音マイク3R、3Lで集音した音声データをサーバーに送信可能に構成しているため、サーバー側でリアルタイムに車両室内で発生している異音を確認することができる。これにより自動車10を無人走行させることで、異音検査のための運転業務を無人化することができる。さらに、サーバーにデータを収集記憶させ、異音とそうでない音とをAI技術を使って区分けすることもできる。また、サーバーに収集記憶させたデータをデータベース化し、データを蓄積していくことによりAI技術を用いた区分けの確実性をさらに向上することができる。
【0075】
本発明は上述した実施形態に限られず、上述した実施形態の中で開示した各構成を相互に置換したり組合せを変更した構成、公知発明及び上述した実施形態の中で開示した各構成を相互に置換したり組合せを変更した構成、等も含まれる。また、本発明の技術的範囲は上述した実施形態に限定されず、特許請求の範囲に記載された事項とその均等物まで及ぶものである。
【符号の説明】
【0076】
1 車内異音検知装置
2 取付け枠
3R 集音マイクロフォン
3L 集音マイクロフォン
4 音声信号処理機器取付け枠
5 把手枠
6 音声信号処理機器
10 自動車
11 座席
12 背もたれ
13 ヘッドレスト
14 スピーカ
21 縦枠
22 下横枠
23 上横枠
30R バイノーラルマイクロフォン
30L バイノーラルマイクロフォン
31 アンプ
32 オーディオインタフェース
33 送信機
34 アンテナ
41 把手枠保持部
42 音声信号処理機器取付け部
43 平板脚体
44 側壁
45 背面壁
50 ダミーヘッド