(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-08
(45)【発行日】2024-05-16
(54)【発明の名称】フラックス入りワイヤ及びガスシールドアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/368 20060101AFI20240509BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20240509BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20240509BHJP
C22C 38/04 20060101ALN20240509BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320A
B23K35/30 A
C22C38/00 301A
C22C38/04
(21)【出願番号】P 2020210727
(22)【出願日】2020-12-18
【審査請求日】2022-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】永見 正行
(72)【発明者】
【氏名】笹倉 秀司
(72)【発明者】
【氏名】井元 雅弘
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-006693(JP,A)
【文献】国際公開第2018/087812(WO,A1)
【文献】特開2020-082124(JP,A)
【文献】特開2019-058939(JP,A)
【文献】特開2013-226577(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/368
B23K 35/30
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製外皮にフラックスが充填されたフラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
C:0.026質量%以上0.060質量%以下、
Si:0質量%超0.50質量%以下、
Mn:1.3質量%以上2.8質量%以下、
Cu:0.20質量%以上1.50質量%以下、
Ni:0.45質量%以上1.00質量%以下、
Mo:0.15質量%以上0.65質量%以下、
Mg:0.30質量%以上0.65質量%以下、及び
B:0.001質量%以上0.010質量%以下、
Ti:3.3質量%以上6.0質量%以下、
F:0.05質量%以上0.30質量%以下、及び
NaとKとの総量:0.10質量%以上0.30質量%以下、
を含有し、
Cr:0.10質量%以下、及び
Al:0.10質量%以下、であるとともに、
ワイヤ中のNb含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Nb]と表し、
ワイヤ中のV含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[V]と表す場合に、
[Nb]+[V]:0.015以下であることを特徴とするフラックス入りワイヤ。
【請求項2】
ワイヤ中のCu含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Cu]と表し、
ワイヤ中のNi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Ni]と表し、
ワイヤ中のMo含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Mo]と表し、
ワイヤ中のMn含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Mn]と表し、
ワイヤ中のSi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Si]と表し、
ワイヤ中のCr含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Cr]と表す場合に、
([Cu]+[Ni]+[Mo])/([Mn]+[Si]+[Cr]+10([Nb]+[V])):0.55以上0.90以下であることを特徴とする、請求項1に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項3】
ワイヤ中のCu含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Cu]と表し、
ワイヤ中のMo含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Mo]と表す場合に、
[Cu]/[Mo]:0.5以上5.0以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項4】
前記鋼製外皮中のC含有量を鋼製外皮全質量に対する質量%で[C]
Oと表し、
ワイヤ中のC含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[C]
Bと表す場合に、
[C]
O/[C]
B:0.37以下であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項5】
さらに
、
ワイヤ全質量に対して
、
Zr:0.25質量%以下
、の範囲で含有することを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤ。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接することを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強さが620MPa級の鋼材の溶接に使用されるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ及びガスシールドアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油、ガス等の掘削及び生産に使用される海洋構造物や、油、ガス等の輸送に使用されるパイプラインは、設備の大型化や寒冷地での稼働が増加しており、これらの溶接構造物の建造に使用される鋼板や溶接材料には、高強度であるとともに低温での靱性に優れた特性が求められる。
ところで、上記のような溶接構造物を建造する場合に、溶接施工後に応力除去を目的とした溶接後熱処理(PWHT:Post Weld Heat Treatment)が施される場合がある。
【0003】
しかし、このPWHTによって、溶接部の強度及び靱性が低下し、要求される特性が得られない場合がある。そこで、PWHT後の強度及び靱性を向上させるためには、Niが添加されたフラックス入りワイヤを使用することが一般的である。
【0004】
一方、これらの溶接構造物のうち、油井管やLPGタンクにおいては、原油や粗製プロパンに含まれる硫化水素が原因となって、腐食反応が起こりやすい。そして、この腐食反応で発生した水素が鋼中に侵入することにより、水素脆化割れの一種である、硫化物応力腐食割れが発生することがある。この応力腐食割れは、強度が高いほど起こりやすいため、フラックス入りワイヤにNiを過剰に添加すると、硫化物応力腐食割れが発生するリスクが高くなる。なお、ここで指す強度とは降伏強さ及び引張強さを指す。
【0005】
そこで、上記問題に対応するため、米国防蝕技術協会(NACE:National Association of Corrosion Engineers)の規格(NACE MR0175)では、溶接金属中のNi含有量が1質量%以下に規制されている。こうしたことから、溶接金属中のNi含有量が1質量%以下であるとともに、PWHT後に優れた強度及び低温での靱性を有する溶接金属を得ることができる溶接材料が要望されている。
【0006】
例えば、特許文献1には、TiO2を主成分とした金属酸化物、Na及びKを含む化合物からなるスラグ成分と、最適な合金成分及び脱酸剤を含む炭酸ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが開示されている。また、特許文献2には、TiO2を主成分とした金属酸化物、Na及びKを含む弗素化合物からなるスラグ成分と、最適な合金成分及び脱酸剤を含むAr-CO2混合ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤが提案されている。
【0007】
上記特許文献1及び2によれば、全姿勢溶接での溶接作業性が良好であり、耐低温割れ性、低温靱性及びCTOD(:Crack Tip Opening Displacement)特性に優れた溶接金属を得ることができることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2017-164772号公報
【文献】特開2017-94360号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1では、Ni量は0.8~3.0質量%であるため、NACEMR0175で規定される溶接金属中のNi含有量を満足しない場合があり、また、PWHT後の強度及び低温での靱性も考慮されていない。また、特許文献2では、Ni量が0.1~0.5質量%であるものの、PWHT後の強度及び低温での靱性が考慮されていない。
したがって、NACE MR0175で規定される溶接金属中のNi含有量を満足するとともに、PWHT後の強度及び低温での靱性が優れた溶接金属を得ることができるフラックス入りワイヤへの要求が高くなっている。
【0010】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであって、ワイヤ中のNi含有量が1質量%以下であっても、溶接のまま(以下、「As-welded」ともいう。)のみならず、PWHT後においても、強度及び低温での靱性が優れた溶接金属を得ることができるフラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の上記目的は、フラックス入りワイヤに係る下記[1]の構成により達成される。
[1] 鋼製外皮にフラックスが充填されたフラックス入りワイヤであって、
ワイヤ全質量に対して、
C:0.026質量%以上0.060質量%以下、
Si:0質量%超0.50質量%以下、
Mn:1.3質量%以上2.8質量%以下、
Cu:0.20質量%以上1.50質量%以下、
Ni:0.45質量%以上1.00質量%以下、
Mo:0.15質量%以上0.65質量%以下、
Mg:0.30質量%以上0.65質量%以下、及び
B:0.001質量%以上0.010質量%以下、を含有し、
Cr:0.10質量%以下、及び
Al:0.10質量%以下、であるとともに、
ワイヤ中のNb含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Nb]と表し、
ワイヤ中のV含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[V]と表す場合に、
[Nb]+[V]:0.015以下であることを特徴とするフラックス入りワイヤ。
【0012】
フラックス入りワイヤに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[5]に関する。
[2] ワイヤ中のCu含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Cu]と表し、
ワイヤ中のNi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Ni]と表し、
ワイヤ中のMo含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Mo]と表し、
ワイヤ中のMn含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Mn]と表し、
ワイヤ中のSi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Si]と表し、
ワイヤ中のCr含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Cr]と表す場合に、
([Cu]+[Ni]+[Mo])/([Mn]+[Si]+[Cr]+10([Nb]+[V])):0.55以上0.90以下であることを特徴とする、[1]に記載のフラックス入りワイヤ。
【0013】
[3] ワイヤ中のCu含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Cu]と表し、
ワイヤ中のMo含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Mo]と表す場合に、
[Cu]/[Mo]:0.5以上5.0以下であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載のフラックス入りワイヤ。
【0014】
[4] 前記鋼製外皮中のC含有量を鋼製外皮全質量に対する質量%で[C]Oと表し、
ワイヤ中のC含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[C]Bと表す場合に、
[C]O/[C]B:0.37以下であることを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載のフラックス入りワイヤ。
【0015】
[5] さらに、Ti、Zr、F、Na及びKからなる群から選択される少なくとも1種を、
ワイヤ全質量に対して、
Ti:3.3質量%以上6.0質量%以下、
Zr:0.25質量%以下、
F:0.05質量%以上0.30質量%以下、及び
NaとKとの総量:0.10質量%以上0.30質量%以下、の範囲で含有することを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1つに記載のフラックス入りワイヤ。
【0016】
本発明の上記目的は、ガスシールドアーク溶接方法に係る下記[6]の構成により達成される。
[6] [1]~[5]のいずれか1つに記載のフラックス入りワイヤを用いてガスシールドアーク溶接することを特徴とするガスシールドアーク溶接方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ワイヤ中のNi含有量が1質量%以下であっても、As-weldedのみならず、PWHT後においても、強度及び低温での靱性が優れた溶接金属を得ることができるフラックス入りワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、縦軸をPWHT後の-40℃シャルピー吸収エネルギーとし、横軸をPWHT後の引張強さとした場合の、吸収エネルギーと引張強さとの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下で説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0020】
本実施形態における含有量とは、特に説明がない限り、フラックス入りワイヤ全質量に対する質量%を意味する。また、本実施形態に係るフラックス入りワイヤに含有される各元素は、鋼製外皮及びフラックスのいずれかに含有されていればよく、鋼製外皮及びフラックスの両方に含有されていてもよい。
さらに、上記各元素は、特筆しない限り、金属の形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていても、化合物の形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていてもよく、また、金属及び化合物の両方の形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていてもよい。したがって、上記各元素がどのような形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていても、元素単体に換算した換算値で規定する。例えば、Siを例に挙げる場合に、Si含有量とは、金属SiとSi化合物のSi換算値の合計をいう。なお、金属Siとは、Si単体及びSi合金を含む。
【0021】
[1.フラックス入りワイヤ]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤ(以下、単に「ワイヤ」ともいう。)は、鋼製外皮(以下、単に「外皮」ともいう。)にフラックスが充填されたものである。
本実施形態において、ワイヤの外径は特に限定されないが、例えば、0.9mm以上1.6mm以下であることが好ましい。また、フラックス充填率は、ワイヤ中の各元素の含有量が本発明の範囲内であれば、任意の値に設定することができるが、よりワイヤの伸線性及びワイヤ送給性を向上させるためには、例えば、ワイヤ全質量に対して10質量%以上、20質量%以下とすることが好ましい。さらに、ワイヤは、外皮に継ぎ目を有する場合、継ぎ目を有しない場合など、その継ぎ目の形態や断面の形状に制限はない。
【0022】
本発明者らは、PWHT後の靱性が低下するメカニズムについて検討を行うとともに、優れた低温での靱性を有する溶接金属を得るため、鋭意検討を行った。その結果、以下の知見を見出し、本発明を完成するに至った。
PWHTにより、溶接金属中の旧オーステナイト粒界への不純物元素の偏析、及び炭化物の析出が生じ、粒界結合力が低下する。その結果、粒界に沿った破壊が助長されて、焼戻脆化が起こるため、溶接金属の靱性が低下する。また、PWHTによる粒界に析出する炭化物のサイズが粗大であるほど、靱性は低下する。
【0023】
したがって、PWHT後に優れた低温靱性を確保するためには、(1)焼戻脆化の抑制、(2)旧オーステナイト粒界への不純物元素の偏析及び炭化物の析出の抑制、(3)粒界炭化物の粗大化の抑制、が重要である。そこで、本発明者らは、フラックス入りワイヤの化学成分組成を制御することで、上記(1)~(3)を達成し、Ni含有量が1質量%以下であっても、As-weldedのみならず、PWHT後においても、高強度かつ低温での優れた靱性を有する溶接金属が得られることを見出した。
【0024】
以下、具体的なワイヤの化学成分組成、その含有量の数値限定理由について、更に詳細に説明する。
【0025】
<C:0.026質量以上0.060質量%以下>
Cは、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分である。C含有量が0.026質量%未満であると、所望の強度を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するC含有量は、0.026質量以上とし、0.028質量%以上であることが好ましく、0.029質量%以上であることがより好ましい。
一方、C含有量が0.060質量%を超えると、粒界炭化物の粗大化を助長し、PWHT後の低温での靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するC含有量は0.060質量%以下とし、0.058質量%以下であることが好ましく、0.056質量%以下であることがより好ましい。
【0026】
<Si:0質量%超0.50質量%以下>
Siは、硬質な島状マルテンサイトの生成を助長することで、PWHTによって焼戻脆化を助長し、低温での靱性を低下させる成分である。Si含有量が0.50質量%を超えると、PWHT後の低温での靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するSi含有量は、0.50質量%以下とし、0.45質量%以下であることがより好ましく、0.40質量%以下であることがより好ましい。
一方、Siは、完全に0質量%とすることができない成分であるとともに、脱酸元素として気孔欠陥を抑制する効果を有する成分でもある。そして、ワイヤ中にたとえ微量であってもSiが含有されることにより、気孔欠陥を抑制する効果を得ることができる。したがって、ワイヤ全質量に対するSi含有量は、0質量%超とし、0.10質量%以上であることが好ましく、0.15質量%以上であることがより好ましい。
【0027】
<Mn:1.3質量%以上2.8質量%以下>
Mnは、溶接金属の強度を向上させる効果を有する成分である。Mn含有量が1.3質量%未満であると、所望の強度を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は、1.3質量%以上とし、1.5質量%以上であることがより好ましく、1.7質量%以上であることがより好ましい。
一方、Mn含有量が2.8質量%を超えると、P等の粒界偏析が進み、PWHTによって焼戻脆化を助長し、低温での靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するMn含有量は、2.8質量%以下とする。なお、溶接金属において、原質領域が主体となる組織の粒界破壊の発生を抑制し、低温での靱性をより一層向上させるためには、ワイヤ全質量に対するMn含有量は、2.7質量%以下であることが好ましく、2.5質量%以下であることがより好ましい。
【0028】
<Cu:0.20質量%以上1.50質量%以下>
Cuは、強度を維持しつつ、溶接金属の組織を微細化し、低温での靱性を向上させる効果を有する成分である。Cu含有量が0.20質量%未満であると、所望の強度及び低温での靱性を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するCu含有量は、0.20質量%以上とし、0.30質量%以上であることが好ましく、0.40質量%以上であることがより好ましい。
一方、Cu含有量が1.50質量%を超えると、PWHTによって、析出物の生成を助長し、靱性を低下させる。したがって、ワイヤ全質量に対するCu含有量は、1.50質量%以下とし、1.35質量%以下であることが好ましく、1.20質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ表面にCuメッキを施す場合には、メッキ中に含まれるCuも、本実施形態において規定されるCu含有量、すなわち0.20質量%以上1.50質量%以下の範囲に含まれる。
【0029】
<Ni:0.45質量%以上1.00質量%以下>
Niは、母相強化により溶接金属の低温での靱性を向上させる効果を有する成分である。Ni含有量が0.45質量%未満であると、所望の低温での靱性を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は、0.45質量%以上とし、0.50質量%以上であることが好ましく、0.60質量%以上であることがより好ましい。
一方、Ni含有量が1.00質量%を超えると、溶接金属中のNi含有量がNACE MR0175で規定される範囲から外れ、硫化水素環境中において、硫化物応力腐食割れの感受性が高まる。したがって、ワイヤ全質量に対するNi含有量は、1.00質量%以下とする。
【0030】
<Mo:0.15質量%以上0.65質量%以下>
Moは、強度を向上させるとともに、焼き戻し脆化の抑制に効果を有する成分である。Mo2Cが溶接金属の粒内へ微細析出することによって、粒界に析出する炭化物の成長を抑制し、PWHT後の低温での靱性の低下を抑制することができる。Mo含有量が0.15質量%未満であると、所望の強度を確保しつつ、所望のPWHT後の低温での靱性を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するMo含有量は、0.15質量%以上とし、0.18質量%以上であることが好ましく、0.20質量%以上であることがより好ましい。
一方、Mo含有量が0.65質量%を超えると、強度が過度に上昇し、PWHTによって低温での靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するMo含有量は、0.65質量%以下とし、0.60質量%以下であることが好ましく、0.55質量%以下であることがより好ましい。
【0031】
<Mg:0.30質量%以上0.65質量%以下>
Mgは脱酸作用を有し、強度を向上させる成分である。Mg含有量が0.30質量%未満であると、所望の強度を得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するMg含有量は、0.30質量%以上とし、0.33質量%以上であることが好ましく、0.36質量%以上であることがより好ましい。
一方、Mg含有量が0.65質量%を超えると、強度が過度に上昇し、低温での靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するMg含有量は、0.65質量%以下とし、0.62質量%以下であることが好ましく、0.60質量%以下であることがより好ましい。
【0032】
<B:0.001質量%以上0.010質量%以下>
Bは、旧オーステナイト粒界に偏析し、初析フェライトを抑制することにより、溶接金属の靱性を向上させる効果を有する成分である。ワイヤ全質量に対するB含有量が0.001質量%未満であると、溶接金属の靱性を向上させる効果を十分に得ることができない。したがって、ワイヤ全質量に対するB含有量は、0.001質量%以上とし、0.002質量%以上であることが好ましい。
一方、B含有量が0.010質量%を超えると、PWHTによって析出物が過剰に生成して、靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するB含有量は、0.010質量%以下とし、0.009質量%以下であることが好ましい。
【0033】
<Cr:0.10質量%以下>
Crは、PWHTによって粗大な粒界炭化物の析出及び成長を助長し、低温での靱性を低下させる成分である。ワイヤ全質量に対するCr含有量が0.10質量%を超えると、PWHT後の低温での靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するCr含有量は、0.10質量%以下とし、0.07質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以下であることがより好ましい。
【0034】
<Al:0.10質量%以下>
Alは、ワイヤ中に過剰に含有されることにより、アシキュラーフェライトの核生成を妨げ、PWHTの有無に関わらず靱性を低下させる成分である。Al含有量が0.10質量%を超えると、溶接金属の靱性が低下する。したがって、ワイヤ全質量に対するAl含有量は、0.10質量%以下とし、0.09質量%以下であることが好ましい。
【0035】
<[Nb]+[V]:0.015以下>
Nb及びVは、ともにPWHTによって炭化物を析出させることにより、低温での靱性を低下させる成分である。ワイヤ中のNb含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[Nb]と表し、ワイヤ中のV含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[V]と表す場合に、[Nb]+[V]が0.015を超えると、PWHT後の低温での靱性が低下する。したがって、[Nb]+[V]は0.015以下とし、0.010以下であることが好ましい。
【0036】
<式A=([Cu]+[Ni]+[Mo])/([Mn]+[Si]+[Cr]+10([Nb]+[V])):0.55以上0.90以下>
本実施形態のフラックス入りワイヤにおいては、上記各成分の含有量に加えて、Mn含有量、Si含有量、Cr含有量、Nb含有量及びV含有量と、Cu含有量、Ni含有量及びMo含有量との関係も重要となる。本発明者らは、これら各成分の含有量を規定しつつ、下記式Aにより得られる値を適切に制御することにより、PWHT後の低温での靱性をより一層向上させることができることを見出した。
([Cu]+[Ni]+[Mo])/([Mn]+[Si]+[Cr]+10([Nb]+[V]))・・・(式A)
【0037】
上記式Aにより得られる値が0.55以上0.90以下であると、PWHTによる旧オーステナイト粒界への粗大な炭化物の析出を抑制するとともに、粗大な炭化物が析出した場合でも、析出した炭化物の成長を抑制することができる。その結果、溶接金属の強度を確保しつつ、PWHT後の低温での靱性をより一層向上させることができる。
したがって、上記式Aにより得られる値は、0.55以上0.90以下であることが好ましく、0.58以上0.85以下であることがより好ましい。
【0038】
なお、上記式Aにおいて、[Cu]は、ワイヤ全質量に対するCu含有量を質量%で表す値とする。
[Ni]は、ワイヤ中のNi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表す値とする。
[Mo]は、ワイヤ中のMo含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表す値とする。
[Mn]は、ワイヤ中のMn含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表す値とする。
[Si]は、ワイヤ中のSi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表す値とする。
[Cr]は、ワイヤ中のCr含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表す値とする。
[Nb]は、ワイヤ中のNb含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表す値とする。
[V]は、ワイヤ中のV含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表す値とする。
【0039】
<式B=[Cu]/[Mo]:0.5以上5.0以下>
Cuは、PWHT後の溶接金属の強度を維持しつつ、低温での靱性を向上させる効果を有する成分であり、Moは、PWHT後の低温での靱性を維持しつつ、強度を向上させる効果を有する成分である。本発明者らは、これらの効果を有するCuとMoの比、すなわち下記式Bにより得られる値を0.5以上5.0以下とすることにより、PWHT後の溶接金属の強度と、低温での靱性とのバランスを、より一層向上させることができることを見出した。
[Cu]/[Mo]・・・(式B)
【0040】
したがって、上記式Bにより得られる値は0.5以上5.0以下であることが好ましく、1.2以上3.5以下であることがより好ましい。
なお、上記式Bにおいて、[Cu]は、ワイヤ全質量に対するCu含有量を質量%で表す値とし、[Mo]は、ワイヤ中のMo含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表す値とする。
【0041】
<[C]O/[C]B:0.37以下>
本発明者らは、外皮中とフラックス中に含有されるCの、溶接金属への歩留まりに着目した結果、フラックス中のCよりも外皮中のCの方が、溶接金属へのCの歩留まりが低下し、PWHT後の低温での靱性をより一層向上させることができることを見出した。すなわち、鋼製外皮中のC含有量を鋼製外皮全質量に対する質量%で[C]Oと表し、ワイヤ中のC含有量をワイヤ全質量に対する質量%で[C]Bと表す場合に、[C]O/[C]Bが0.37以下であると、旧オーステナイト粒界における粗大な炭化物の析出を抑制し、PWHT後の低温での靱性をより一層向上させる効果を得ることができる。
したがって、[C]O/[C]Bは0.37以下であることが好ましく、0.35以下であることがより好ましい。
【0042】
一方、[C]O/[C]Bの下限については特に規定しないが、外皮の硬性を高め、ワイヤ送給性を向上させる場合は、0.10以上であることが好ましく、0.13以上であることがより好ましい。
【0043】
<C、Si、Mn、Cu、Ni、Mo、Mg、B、Cr、Al、Nb及びVの含有量の合計:3.0質量%以上7.0質量%以下>
本実施形態において、上記C、Si、Mn、Cu、Ni、Mo、Mg、B、Cr、Al、Nb及びVの含有量の合計は、溶接作業性向上の観点より、3.0質量%以上とすることが好ましく、3.5質量%以上とすることがより好ましい。また、ワイヤの伸線性向上の観点より、上記成分の含有量の合計は、7.0質量%以下とすることが好ましく、6.0質量%以下とすることがより好ましい。
【0044】
なお、本実施形態に係るワイヤは、さらに、Ti、Zr、F、Na及びKからなる群から選択される少なくとも1種を、それぞれ下記に示す含有量の範囲内で含有することが好ましい。これらの元素がワイヤ中に含有される場合の各含有量の限定理由について、以下に説明する。
【0045】
<Ti:3.3質量%以上6.0質量%以下>
Tiは、スラグ生成剤として機能し、下向姿勢以外の溶接姿勢、例えば、立向上進や上向姿勢などでの溶接を容易とし、全姿勢において、良好な溶接作業性を得る効果を有する成分である。ワイヤ中にTiを含有させる場合に、スラグ生成量を適正に保ち、良好な溶接作業性を得るには、ワイヤ全質量に対するTi含有量は、3.3質量%以上6.0質量%以下とすることが好ましく、3.6質量%以上5.5質量%以下とすることがより好ましい。
【0046】
<Zr:0.25質量%以下>
Zrは、ビードのなじみを向上させ、フラットなビード形状を得る効果を有する成分である。ワイヤ中にZrを含有させる場合に、良好なスラグ剥離性を維持しつつ、ビードのなじみを向上させ、フラットなビード形状を得るには、ワイヤ全質量に対するZr含有量は、0.25質量%以下とすることが好ましく、0.20質量%以下とすることがより好ましい。
【0047】
<F:0.05質量%以上0.30質量%以下>
Fは、アークを安定化させる効果を有する成分である。ワイヤ中にFを含有させる場合に、スパッタ発生量を抑制でき、アーク安定性を十分に得ることができることから、ワイヤ全質量に対するF含有量は、0.05質量%以上0.30質量%以下とすることが好ましく、0.10質量%以上0.25質量%以下とすることがより好ましい。
【0048】
<NaとKとの総量:0.10質量%以上0.30質量%以下>
Na及びKは、アークを安定化させる効果を有する成分である。ワイヤ中に、Na及びKの少なくとも一方を含有させる場合に、スパッタ発生量を抑制でき、アーク安定性を十分に得ることができることから、ワイヤ全質量に対するNaとKとの総量は、0.10質量%以上0.30質量%以下とすることが好ましく、0.12質量%以上0.28質量%以下とすることがより好ましい。
【0049】
<その他の成分及び不純物>
Feは、本実施形態に係るワイヤの主成分である。ワイヤ全質量に対するFe含有量は、82質量%以上であることが好ましく、85質量%以上であることがより好ましい。
また、本実施形態において、上記成分の他に、О(酸素)、Ca、Ba、Li等を含んでいても良く、ワイヤ全質量に対するО(酸素)の含有量は、1質量%以上であることが好ましく、5質量%以下であることが好ましい。また、ワイヤ全質量に対するCa、Ba、Li等の含有量の合計値は、1質量%以下であることが好ましい。その他の残部は不可避的不純物とし、不可避的不純物の総量は、ワイヤ全質量に対して、0.15質量%以下に規制されることが好ましい。不可避的不純物としては、P、S等が挙げられ、高温割れ防止の観点から、ワイヤ全質量に対するP及びSの含有量は、各々0.015質量%以下であることが好ましい。
【0050】
[2.フラックス入りワイヤの製造方法]
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、例えば、以下に示す方法で製造することができる。まず、外皮を構成する鋼帯を、長手方向に送りながら成形ロールにより成形し、U字状のオープン管にする。次に、所定の化学組成となるように、金属又は合金、化合物等とを所定量配合したフラックスを外皮に充填した後、断面が円形になるように加工する。このとき、外皮の合わせ目に溶接等を施すことにより継ぎ目無しとすることもできる。その後、冷間加工により伸線し、例えば0.9mm以上、2.0mm以下のワイヤ径とすることにより、フラックス入りワイヤを製造することができる。なお、冷間加工の途中に焼鈍を施してもよい。
【0051】
[3.ガスシールドアーク溶接方法]
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法は、上記[1.フラックス入りワイヤ]で説明した本実施形態に係るフラックス入りワイヤを用いて溶接する方法である。
なお、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法において、本実施形態に係るフラックス入りワイヤを用いること以外の各種溶接条件については特に限定されず、母材の種類、溶接電圧、溶接電流、溶接姿勢等について、フラックス入りワイヤを用いた溶接方法における一般的な条件を用いることができる。シールドガスについても限定されないが、より溶接作業性を向上させる観点からMAGであることが好ましく、80体積%Ar-20体積%CO2であることがより好ましい。
【実施例】
【0052】
以下、本実施形態に係るフラックス入りワイヤの発明例及び比較例について説明する。
【0053】
[I.溶接金属の機械的性質の評価]
(ワイヤの作製)
まず、帯状の鋼製外皮に、フラックスを充填し、下記表1に示す種々の成分を有する直径が1.2mmのフラックス入りワイヤを作製した。また、フラックスの充填率は、13.5質量%以上15.5質量%以下の範囲となるようにした。
【0054】
(ガスシールドアーク溶接)
次に、得られたフラックス入りワイヤを使用して、下記表2に示す板厚及び化学成分を有する母材に対して、ガスシールドアーク溶接を実施した。
本実施例においては、母材の開先面及び裏当て鋼板表面に厚さ3mm以上のバタリングを施した後、V開先を形成し、下記表3に示す溶接条件CIにてガスシールドアーク溶接を実施し、溶着金属を形成した。
【0055】
(機械的性質の評価)
溶着金属の機械的性質は、JIS Z 3111:2005に規定される「溶着金属の引張及び衝撃試験方法」に準拠し、溶着金属の板厚方向中央部から引張試験片(A0号)及び衝撃試験片(Vノッチ試験片)を採取して、引張性能及び衝撃性能を評価した。
【0056】
引張試験は、As-weldedの試験片、及び620℃の温度で8時間のPWHTを施した試験片に対して試験温度を室温(約20±2℃)として実施し、降伏応力及び引張強さを測定することにより、引張性能を評価した。
なお、本発明例では、所望の強度をAs-welded及びPWHT後の各々において、降伏応力(YS)が500MPa以上、かつ引張強さ(TS)が620MPa以上である場合に、強度が良好であると判断した。
【0057】
衝撃試験は、As-weldedの試験片、及び620℃の温度で8時間のPWHTを施した試験片に対して実施した。各試験片について、試験温度を-40℃として、シャルピー吸収エネルギー(vE-40℃)を測定することにより、靱性を評価した。
なお、本発明例では、所望の靱性をAs-welded及びPWHT後の-40℃における吸収エネルギーが50J以上である場合に、靱性が良好であると判断した。
そして、As-welded及びPWHT後の強度及び靱性がいずれも良好であったものを合格とし、それ以外のものを不合格とした。
【0058】
使用したワイヤの化学成分を下記表4及び5に示し、機械的性質の評価結果を下記表5に併せて示す。なお、下記表4及び5において、[C]Oとは、外皮中のC含有量を鋼製外皮全質量に対する質量%で表した値であり、[C]Bとは、ワイヤ中のC含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
[Nb]とは、ワイヤ中のNb含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値であり、[V]とは、ワイヤ中のV含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0059】
式Aとは、([Cu]+[Ni]+[Mo])/([Mn]+[Si]+[Cr]+10([Nb]+[V]))を表す。
式Aにおいて、[Cu]は、ワイヤ全質量に対するCu含有量を質量%で表した値である。
[Ni]は、ワイヤ中のNi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
[Mo]は、ワイヤ中のMo含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
[Mn]は、ワイヤ中のMn含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
[Si]は、ワイヤ中のSi含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
[Cr]は、ワイヤ中のCr含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
[Nb]は、ワイヤ中のNb含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
[V]は、ワイヤ中のV含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0060】
式Bとは、[Cu]/[Mo]を表す。式Bにおいて、[Cu]は、ワイヤ全質量に対するCu含有量を質量%で表した値である。[Mo]は、ワイヤ中のMo含有量をワイヤ全質量に対する質量%で表した値である。
【0061】
表4及び5に記載のワイヤの化学成分の残部は、Fe及び不可避的不純物であった。また、表4中のMo含有量において、「-」と記載されているものは定量限界値以下の0.010質量%以下であり、表5中のZr含有量において、「-」と記載されているものは、定量限界値以下の0.010質量%以下であったことを示す。さらに、表5中の「式Bにより得られる値」において、分母となるMo含有量が「-;定量限界値以下」であるものは、計算不能であるため、「-」と表した。また、比較例No.14,15,17は、分子であるCu含有量が分母であるMo含有量よりも極めて小さいため、小数点以下第2位を四捨五入して、「0.0」と表した。
なお、表5に示す機械的性質の評価においては、発明例の全ての試験片に対して、As-welded及びPWHT後の引張試験及び衝撃試験を実施したが、PWHT後に所望の強度及び靱性を満たさない一部の試験片に対しては、As-weldedの評価は実施しておらず、評価結果欄に「-」と表した。
【0062】
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
上記表4及び5に示すように、ワイヤ中の各成分の含有量が本発明の数値範囲内であった発明例No.1~7は、As-welded及びPWHT後の降伏応力(YS)が所望の500MPa以上、かつ、引張強さ(TS)が所望の620MPa以上であり、更に、-40℃における吸収エネルギーが所望の50J以上であったことから、As-weldedのみならず、PWHT後においても、強度及び低温での靱性が優れた溶接金属を得ることができた。
特に、発明例No.1~6は、[C]O/[C]Bが本発明の好ましい数値範囲内であったため、PWHT後の-40℃における吸収エネルギーが55J以上であり、発明例No.7と比較して、PWHT後の低温での靱性をより一層向上させることができた。また、発明例No.2~6は、式Aにより得られる値が本発明の好ましい数値範囲内であったため、PWHT後の-40℃における吸収エネルギーが65J以上であり、PWHT後の靱性をさらにより一層向上させることができた。
【0068】
図1は、縦軸をPWHT後の-40℃シャルピー吸収エネルギー(J)とし、横軸をPWHT後の引張強さ(MPa)とした場合の、吸収エネルギーと引張強さとの関係を示すグラフである。
図1中、「○」は発明例を示し、「×」は比較例を示す。なお、〇の隣に記載されている「No.」は、発明例に係る「No.」であり、比較例については「No.」を省略している。また、発明例である「○」の線状近似による直線を、
図1中に一点鎖線で示す。
図1中の破線で囲まれた領域にある発明例No.2、3、5及び6は、式Bにより得られる値が本発明の好ましい数値範囲内であった。したがって、PWHT後の引張強さ及び靱性のバランスが、より一層優れたものとなった。
【0069】
一方、比較例No.8は、ワイヤ中のCu含有量が本発明の数値範囲における上限値を超えるとともに、ワイヤ中のNi含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、PWHT後の靱性が低下した。
比較例No.9は、ワイヤ中のC含有量及びMn含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、PWHT後の引張強さが低下した。また、PWHT後の靱性は良好であると判断される値ではあったが、ワイヤ中のCu含有量が本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、各発明例と比較して低下した。
【0070】
比較例No.10は、ワイヤ中のMn含有量が本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、PWHT後の靱性が低下した。
比較例No.11は、ワイヤ中のCr含有量が本発明の数値範囲における上限値を超えていたため、PWHT後の靱性が低下した。
比較例No.12は、ワイヤ中のCu含有量、Mo含有量及びMg含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、As-welded及びPWHT後の降伏応力及び引張強さが低下した。
【0071】
比較例No.13は、ワイヤ中のMo含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、PWHT後の降伏応力及び引張強さが低下した。
比較例No.14は、ワイヤ中のCr含有量が本発明の数値範囲における上限値を超えるとともに、ワイヤ中のCu含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、As-weldedの引張強さ及びPWHT後の靱性が低下した。また、ワイヤ中のCu含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、PWHT後の引張強さが低下した。
比較例No.15は、ワイヤ中のCr含有量及びMg含有量が本発明の数値範囲における上限値を超えるとともに、ワイヤ中のCu含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、PWHT後の靱性が低下した。
【0072】
比較例No.16は、ワイヤ中のMg含有量が本発明の数値範囲における上限値を超えるとともに、ワイヤ中のMo含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、As-welded及びPWHT後のいずれにおいても、靱性が低いものとなった。
比較例No.17は、ワイヤ中のMo含有量が本発明の数値範囲における上限値を超えるとともに、ワイヤ中のCu含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、PWHT後の靱性が低下した。
比較例No.18は、ワイヤ中のMo含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、PWHT後の引張強さが低下した。
【0073】
比較例No.19は、ワイヤ中のMo含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、PWHT後の降伏応力及び引張強さが低下した。
比較例No.20は、ワイヤ中のSi含有量及びAl含有量が本発明の数値範囲における上限値を超えるとともに、ワイヤ中のCu含有量、Ni含有量及びMo含有量が本発明の数値範囲における下限値未満であったため、PWHT後の靱性が低下した。また、ワイヤ中のCu含有量及びMo含有量が特に過少であったため、PWHT後の降伏応力及び引張強さが低下した。
【0074】
[II.溶接作業性の評価]
上記溶接金属の機械的性質の評価で用いたワイヤと同一のワイヤを使用して、JIS G 3106 SМ490A準拠の母材に対して、上記表3に示す溶接条件CIIを適用してガスシールドアーク溶接を実施し、溶接作業性を評価した。
【0075】
その結果、上記発明例No.1~7のいずれのワイヤを使用した場合であっても、溶接作業性は良好であった。