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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】光デバイスおよび光検出システム
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/295 20060101AFI20240510BHJP
   G02B 6/122 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
G02F1/295
G02B6/122
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021518328
(86)(22)【出願日】2020-04-14
(86)【国際出願番号】 JP2020016394
(87)【国際公開番号】W WO2020226031
(87)【国際公開日】2020-11-12
【審査請求日】2023-03-07
(31)【優先権主張番号】P 2019089232
(32)【優先日】2019-05-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100155000
【弁理士】
【氏名又は名称】喜多 修市
(74)【代理人】
【識別番号】100180529
【弁理士】
【氏名又は名称】梶谷 美道
(74)【代理人】
【識別番号】100125922
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 章子
(74)【代理人】
【識別番号】100188813
【弁理士】
【氏名又は名称】川喜田 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100184985
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 悠
(74)【代理人】
【識別番号】100202197
【弁理士】
【氏名又は名称】村瀬 成康
(74)【代理人】
【識別番号】100218981
【弁理士】
【氏名又は名称】武田 寛之
(72)【発明者】
【氏名】橋谷 享
(72)【発明者】
【氏名】稲田 安寿
(72)【発明者】
【氏名】江良 正範
【審査官】奥村 政人
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-016591(JP,A)
【文献】特開2006-047872(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0230352(US,A1)
【文献】特開平11-087767(JP,A)
【文献】特開平10-233528(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/00- 1/125
G02F 1/21- 7/00
G02B 6/12- 6/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の反射面を有し、第1の方向に沿って延びる第1のミラーと、
前記第1の反射面に対向する第2の反射面を有し、前記第1の方向に沿って延びる第2のミラーと、
前記第1のミラーと前記第2のミラーの間に位置し、光を前記第1の方向に沿って伝搬させる光導波層と、
を備え、
前記第1のミラーの透過率は、前記第2のミラーの透過率よりも高く、
前記第1のミラーおよび前記第2のミラーの少なくとも一方の、反射面の法線方向から入射する光に対する反射スペクトルは、反射率が90%以上である波長域において極大点、および前記極大点よりも長波長側に第1の変曲点および第2の変曲点を含む、
光デバイス。
【請求項2】
前記第1の変曲点の波長は前記第2の変曲点の波長よりも短く、
前記光導波層を伝搬する前記光の波長λは、前記極大点以上、前記第1の変曲点以下の波長である、
請求項1に記載の光デバイス。
【請求項3】
前記波長域は、0.8μm以上1.2μm以下に含まれる、
請求項1または2に記載の光デバイス。
【請求項4】
前記第1のミラーおよび前記第2のミラーの少なくとも一方は、積層構造を備える分布ブラッグ反射器を含む、
請求項1から3のいずれかに記載の光デバイス。
【請求項5】
前記分布ブラッグ反射器は、チャープDBRである
請求項4に記載の光デバイス。
【請求項6】
前記第1のミラーが前記反射スペクトルを有する、
請求項1に記載の光デバイス。
【請求項7】
第1の反射面を有し、第1の方向に沿って延びる第1のミラーと、
前記第1の反射面に対向する第2の反射面を有し、前記第1の方向に沿って延びる第2のミラーと、
前記第1のミラーと前記第2のミラーの間に位置し、光を前記第1の方向に沿って伝搬させる光導波層と、
を備え、
前記第1のミラーの透過率は、前記第2のミラーの透過率よりも高く、
前記第1のミラーおよび前記第2のミラーの少なくとも一方の、反射面の法線方向から入射する光に対する反射スペクトルは、反射率が90%以上である波長域において極大点PLM、および前記極大点よりも長波長側に第1の変曲点Pおよび第2の変曲点Pを含み、
前記第1のミラーを介して出射した光が空間をスキャンするように偏向される、
光スキャンデバイス。
【請求項8】
前記スキャンに用いられる波長λが、
(PLM+)/2 < λ < P
を満たす、請求項7に記載の光スキャンデバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光デバイスおよび光検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、光で空間を走査(スキャン)できる種々のデバイスが提案されている。
【0003】
特許文献1は、ミラーを回転させる駆動装置を用いて、光によるスキャンを行うことができる構成を開示している。
【0004】
特許文献2は、2次元的に配列された複数のナノフォトニックアンテナ素子を有する光フェーズドアレイを開示している。それぞれのアンテナ素子は可変光遅延線(すなわち、位相シフタ)に光学的に結合される。この光フェーズドアレイでは、コヒーレント光ビームが導波路によってそれぞれのアンテナ素子に誘導され、位相シフタによって光ビームの位相がシフトされる。これにより、遠視野放射パターンの振幅分布を変化させることができる。
【0005】
特許文献3は、内部を光が導波する光導波層、および光導波層の上面および下面に形成された第1分布ブラッグ反射鏡を備える導波路と、導波路内に光を入射させるための光入射口と、光入射口から入射して導波路内を導波する光を出射させるために導波路の表面に形成された光出射口とを備える光偏向素子を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2013/168266号
【文献】特表2016-508235号公報
【文献】特開2013-16591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本開示の一態様は、比較的簡単な構成で、光によるスキャンを実現し得る新規な光デバイスを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様に係る光デバイスは、第1の反射面を有し、第1の方向に沿って延びる第1のミラーと、前記第1の反射面に対向する第2の反射面を有し、前記第1の方向に沿って延びる第2のミラーと、前記第1のミラーと前記第2のミラーの間に位置し、光を前記第1の方向に沿って伝搬させる光導波層と、を備え、前記第1のミラーの透過率は、前記第2のミラーの透過率よりも高く、前記第1のミラーおよび前記第2のミラーの少なくとも一方の、反射面の法線方向から入射する光に対する反射スペクトルは、反射率が90%以上である波長域において極大点、および前記極大点よりも長波長側に第1および第2の変曲点を含む。
【0009】
本開示の包括的または具体的な態様は、デバイス、システム、方法、またはこれらの任意の組み合わせによって実現されてもよい。
【発明の効果】
【0010】
本開示の一態様によれば、比較的簡単な構成で、光による1次元スキャンまたは2次元スキャンを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、光スキャンデバイスの例を模式的に示す斜視図である。
図2図2は、1つの導波路素子の断面の構造および伝搬する光の例を模式的に示す図である。
図3A図3Aは、導波路アレイの出射面に垂直な方向に光を出射する導波路アレイの断面を示す図である。
図3B図3Bは、導波路アレイの出射面に垂直な方向とは異なる方向に光を出射する導波路アレイの断面を示す図である。
図4図4は、3次元空間における導波路アレイの例を模式的に示す斜視図である。
図5図5は、導波路アレイおよび位相シフタアレイを、光出射面の法線方向(Z方向)から見た模式図である。
図6A図6Aは、伝搬角度が小さい場合に出射面から光が出射される様子を模式的に示す図である。
図6B図6Bは、伝搬角度が大きい場合に出射面から光が出射される様子を模式的に示す図である。
図7図7は、伝搬長と出射光のビーム線幅との関係を計算した結果を示す図である。
図8図8は、0°の入射角度についての従来のDBRの反射スペクトルを示す図である。
図9図9は、0°、10°、および15°の入射角度についての従来のDBRの反射スペクトルを示す図である。
図10A図10Aは、入射角度と、波長940nmでの反射率との関係の例を示す図である。
図10B図10Bは、入射角度と、波長1100nmでの反射率との関係の例を示す図である。
図11図11は、0°の入射角度についての本実施形態のチャープDBRの反射スペクトルを示す図である。
図12図12は、波長940nmでの入射角度と反射率との関係の例を示す図である。
図13図13は、出射角度と、伝搬長との関係の例を示す図である。
図14図14は、0°の入射角度についての本実施形態の他のチャープDBRの反射スペクトルを示す図である。
図15図15は、回路基板上に光分岐器、導波路アレイ、位相シフタアレイ、および光源などの素子を集積した光スキャンデバイスの構成例を示す図である。
図16図16は、光スキャンデバイスから遠方にレーザーなどの光ビームを照射して2次元スキャンを実行している様子を示す模式図である。
図17図17は、測距画像を生成することが可能なLiDARシステムの構成例を示すブロック図である。
図18図18は、伝搬長100μmでの入射角度φと反射率の関係の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本開示の実施形態を説明する前に、本開示の基礎となった知見を説明する。
【0013】
本発明者は、従来の光スキャンデバイスには、装置の構成を複雑にすることなく、光で空間をスキャンすることが困難であるという課題があることを見出した。
【0014】
例えば、特許文献1に開示されている技術では、ミラーを回転させる駆動装置が必要である。このため、装置の構成が複雑になり、振動に対してロバストでないという課題がある。
【0015】
特許文献2に記載の光フェーズドアレイでは、光を分岐して複数の列導波路および複数の行導波路に導入し、2次元的に配列された複数のアンテナ素子に光を誘導する必要がある。このため、光を誘導するための導波路の配線が非常に複雑になる。また、2次元スキャンの範囲を大きくすることができない。さらに、遠視野における出射光の振幅分布を2次元的に変化させるためには、2次元的に配列された複数のアンテナ素子の各々に位相シフタを接続し、位相シフタに位相制御用の配線を取り付ける必要がある。これにより、2次元的に配列された複数のアンテナ素子に入射する光の位相をそれぞれ異なる量変化させる。このため、素子の構成が非常に複雑になる。
【0016】
本発明者は、従来技術における上記の課題に着目し、これらの課題を解決するための構成を検討した。本発明者は、対向する一対のミラーと、それらのミラーに挟まれた光導波層とを有する導波路素子を用いることにより、上記の課題を解決し得ることを見出した。導波路素子における一対のミラーの一方は、他方に比べて高い光透過率を有し、光導波層を伝搬する光の一部を外部に出射させる。出射した光の方向(または出射角度)は、後述するように、光導波層の屈折率もしくは厚さ、または光導波層に入力される光の波長を調整することにより、変化させることができる。より具体的には、屈折率、厚さ、または波長を変化させることにより、出射光の波数ベクトル(wave vector)の、光導波層の長手方向に沿った方向の成分を変化させることができる。これにより、1次元的なスキャンが実現される。
【0017】
さらに、複数の導波路素子のアレイを用いた場合には、2次元的なスキャンを実現することもできる。より具体的には、複数の導波路素子に供給する光に適切な位相差を与え、その位相差を調整することにより、複数の導波路素子から出射する光が強め合う方向を変化させることができる。位相差の変化により、出射光の波数ベクトルの、光導波層の長手方向に沿った方向に交差する方向の成分が変化する。これにより、2次元的なスキャンを実現することができる。なお、2次元的なスキャンを行う場合でも、複数の光導波層の屈折率、厚さ、または光の波長を異なる量変化させる必要はない。すなわち、複数の光導波層に供給する光に適切な位相差を与え、かつ、複数の光導波層の屈折率、厚さ、および波長の少なくとも1つを同期して同量変化させることにより、2次元的なスキャンを行うことができる。
【0018】
このように、本開示によれば、比較的簡単な構成で、光による1次元または2次元のスキャンを実現することができる。
【0019】
本明細書において、「屈折率、厚さ、および波長の少なくとも1つ」とは、光導波層の屈折率、光導波層の厚さ、および光導波層に入力される波長からなる群から選択される少なくとも1つを意味する。光の出射方向を変化させるために、屈折率、厚さ、および波長のいずれか1つを単独で制御してもよい。あるいは、これらの3つのうちの任意の2つまたは全てを制御して光の出射方向を変化させてもよい。屈折率または厚さの制御に代えて、または加えて、光導波層に入力される光の波長を制御してもよい。
【0020】
以上の基本原理は、光を出射する用途だけでなく、光信号を受信する用途にも同様に適用できる。屈折率、厚さ、および波長の少なくとも1つを変化させることにより、受信できる光の方向を1次元的に変化させることができる。さらに、一方向に配列された複数の導波路素子にそれぞれ接続された複数の位相シフタによって光の位相差を変化させれば、受信できる光の方向を2次元的に変化させることができる。
【0021】
本開示の光スキャンデバイスおよび光受信デバイスは、例えば、LiDAR(Light Detection and Ranging)システムなどの光検出システムにおけるアンテナとして用いられ得る。LiDARシステムは、ミリ波などの電波を用いたレーダシステムと比較して、短波長の電磁波(可視光、赤外線、または紫外線)を用いるため、高い分解能で物体の距離分布を検出することができる。そのようなLiDARシステムは、例えば自動車、UAV(Unmanned Aerial Vehicle、所謂ドローン)、AGV(Automated Guided Vehicle)などの移動体に搭載され、衝突回避技術の1つとして使用され得る。本明細書において、光スキャンデバイスと光受信デバイスを「光デバイス」と総称することがある。また、光スキャンデバイスまたは光受信デバイスに使用されるデバイスについても「光デバイス」と称することがある。光スキャンデバイスまたは光受信デバイスを構成する光学部品についても「光デバイス」の用語が使用される。
【0022】
<光スキャンデバイスの構成例>
以下、一例として、2次元スキャンを行う光スキャンデバイスの構成を説明する。ただし、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明および実質的に同一の構成に対する重複する説明を省略することがある。これは、以下の説明が不必要に冗長になることを避け、当業者の理解を容易にするためである。なお、発明者らは、当業者が本開示を十分に理解するために添付図面および以下の説明を提供するのであって、これらによって特許請求の範囲に記載の主題を限定することを意図するものではない。以下の説明において、同一または類似する構成要素については、同じ参照符号を付している。
【0023】
本開示において、「光」とは、可視光(波長が約400nm~約700nm)だけでなく、紫外線(波長が約10nm~約400nm)および赤外線(波長が約700nm~約1mm)を含む電磁波を意味する。本明細書において、紫外線を「紫外光」と称し、赤外線を「赤外光」と称することがある。
【0024】
本開示において、光による「スキャン」とは、光の方向を変化させることを意味する。「1次元スキャン」とは、光の方向を、当該方向に交差する方向に沿って直線的に変化させることを意味する。「2次元スキャン」とは、光の方向を、当該方向に交差する平面に沿って2次元的に変化させることを意味する。
【0025】
図1は、光スキャンデバイス100の例を模式的に示す斜視図である。光スキャンデバイス100は、複数の導波路素子10を含む導波路アレイを備える。複数の導波路素子10の各々は、第1の方向(図1におけるX方向)に延びた形状を有する。複数の導波路素子10は、第1の方向に交差する第2の方向(図1におけるY方向)に規則的に配列されている。複数の導波路素子10は、第1の方向に光を伝搬させながら、第1および第2の方向に平行な仮想的な平面に交差する第3の方向D3に光を出射させる。本開示では、第1の方向(X方向)と第2の方向(Y方向)とが直交しているが、両者が直交していなくてもよい。本開示では、複数の導波路素子10がY方向に等間隔で並んでいるが、必ずしも等間隔に並んでいる必要はない。
【0026】
なお、本願の図面に示される構造物の向きは、説明のわかりやすさを考慮して設定されており、実施の際の向きをなんら制限するものではない。また、図面に示されている構造物の全体または一部分の形状および大きさも、現実の形状および大きさを制限するものではない。
【0027】
複数の導波路素子10のそれぞれは、互いに対向する第1のミラー30および第2のミラー40(以下、それぞれを単に「ミラー」と称する場合がある)と、ミラー30とミラー40の間に位置する光導波層20とを有する。ミラー30およびミラー40の各々は、第3の方向D3に交差する反射面を、光導波層20との界面に有する。ミラー30およびミラー40、ならびに光導波層20は、第1の方向(X方向)に延びた形状を有している。
【0028】
第1のミラー30の反射面と、第2のミラー40の反射面とは略平行に対向している。2つのミラー30およびミラー40のうち、少なくとも第1のミラー30は、光導波層20を伝搬する光の一部を透過させる特性を有する。言い換えれば、第1のミラー30は、当該光について、第2のミラー40よりも高い光透過率を有する。このため、光導波層20を伝搬する光の一部は、第1のミラー30から外部に出射される。このようなミラー30および40は、例えば誘電体による多層膜(「多層反射膜」または「分布ブラッグ反射器(Distributed Bragg Reflector:DBR)」と称することもある。)によって形成される多層膜ミラーであり得る。
【0029】
それぞれの導波路素子10に入力する光の位相を制御し、さらに、これらの導波路素子10における光導波層20の屈折率もしくは厚さ、または光導波層20に入力される光の波長を同期して同時に変化させることで、光による2次元スキャンを実現することができる。
【0030】
本発明者は、そのような2次元スキャンを実現するために、導波路素子10の動作原理について分析を行った。その結果に基づき、複数の導波路素子10を同期して駆動することで、光による2次元スキャンを実現することに成功した。
【0031】
図1に示すように、各導波路素子10に光を入力すると、各導波路素子10の出射面から光が出射される。出射面は、第1のミラー30の反射面の反対側に位置する。その出射光の方向D3は、光導波層の屈折率、厚さ、および光の波長に依存する。本開示では、各導波路素子10から出射される光が概ね同じ方向になるように、各光導波層の屈折率、厚さ、および波長の少なくとも1つが同期して制御される。これにより、複数の導波路素子10から出射される光の波数ベクトルのX方向の成分を変化させることができる。言い換えれば、出射光の方向D3を、図1に示される方向101に沿って変化させることができる。
【0032】
さらに、複数の導波路素子10から出射される光は同じ方向を向いているので、出射光は互いに干渉する。それぞれの導波路素子10から出射される光の位相を制御することにより、干渉によって光が強め合う方向を変化させることができる。例えば、同じサイズの複数の導波路素子10がY方向に等間隔で並んでいる場合、複数の導波路素子10には、一定量ずつ位相の異なる光が入力される。その位相差を変化させることにより、出射光の波数ベクトルの、Y方向の成分を変化させることができる。言い換えれば、複数の導波路素子10に導入される光の位相差をそれぞれ変化させることにより、干渉によって出射光が強め合う方向D3を、図1に示される方向102に沿って変化させることができる。これにより、光による2次元スキャンを実現することができる。
【0033】
以下、光スキャンデバイス100の動作原理を説明する。
【0034】
<導波路素子の動作原理>
図2は、1つの導波路素子10の断面の構造および伝搬する光の例を模式的に示す図である。図2では、図1に示すX方向およびY方向に垂直な方向をZ方向とし、導波路素子10のXZ面に平行な断面が模式的に示されている。導波路素子10において、一対のミラー30とミラー40が光導波層20を挟むように配置されている。光導波層20のX方向における一端から導入された光22は、光導波層20の上面(図2における上側の表面)に設けられた第1のミラー30の第1の反射面30sおよび下面(図2における下側の表面)に設けられた第2のミラー40の第2の反射面40sによって反射を繰り返しながら光導波層20内を伝搬する。第1のミラー30の光透過率は、第2のミラー40の光透過率よりも高い。このため、主に第1のミラー30の出射面30esから光の一部を出力することができる。以下では、第1の反射面30sを、単に「反射面30s」と称し、第2の反射面40sを、単に「反射面40s」と称することがある。
【0035】
通常の光ファイバーなどの導波路では、全反射を繰り返しながら光が導波路に沿って伝搬する。これに対して、導波路素子10では、光は光導波層20の上下に配置されたミラー30および40によって反射を繰り返しながら伝搬する。このため、光の伝搬角度に制約がない。ここで光の伝搬角度とは、ミラー30またはミラー40と光導波層20との界面への入射角度を意味する。ミラー30またはミラー40に対して、より垂直に近い角度で入射する光も伝搬できる。すなわち、全反射の臨界角よりも小さい角度で界面に入射する光も伝搬できる。このため、光の伝搬方向における光の群速度は自由空間における光速に比べて大きく低下する。これにより、導波路素子10は、光の波長、光導波層20の厚さ、および光導波層20の屈折率の変化に対して光の伝搬条件が大きく変化するという性質を持つ。導波路素子10は、「反射型導波路」または「スローライト導波路」とも称される。
【0036】
導波路素子10から空気中に出射される光の出射角度θは、以下の式(1)によって表される。
【数1】
【0037】
式(1)からわかるように、空気中での光の波長λ、光導波層20の屈折率nおよび光導波層20の厚さdのいずれかを変えることで光の出射方向を変えることができる。
【0038】
例えば、n=2、d=387nm、λ=1550nm、m=1の場合、出射角度は0°である。この状態から、屈折率をn=2.2に変化させると、出射角度は約66°に変化する。一方、屈折率を変えずに厚さをd=420nmに変化させると、出射角度は約51°に変化する。屈折率も厚さも変化させずに波長をλ=1500nmに変化させると、出射角度は約30°に変化する。このように、光の波長λ、光導波層20の屈折率n、および光導波層20の厚さdのいずれかを変えることにより、光の出射方向を大きく変えることができる。
【0039】
そこで、本開示の光スキャンデバイス100では、光導波層20に入力される光の波長λ、光導波層20の屈折率n、および光導波層20の厚さdの少なくとも1つを制御することにより、光の出射方向が制御される。光の波長λは、動作中に変化させず、一定に維持されてもよい。その場合、よりシンプルな構成で光のスキャンを実現できる。波長λは、特に限定されない。例えば、波長λは、一般的なシリコン(Si)により光を吸収することで光を検出するフォトディテクタまたはイメージセンサで高い検出感度が得られる400nmから1100nm(可視光から近赤外光)の波長域に含まれ得る。他の例では、波長λは、光ファイバーまたはSi導波路において伝送損失の比較的小さい1260nmから1625nmの近赤外光の波長域に含まれ得る。なお、これらの波長範囲は一例である。使用される光の波長域は、可視光または赤外光の波長域に限定されず、例えば紫外光の波長域であってもよい。
【0040】
出射光の方向を変化させるために、光スキャンデバイス100は、各導波路素子10における光導波層20の屈折率、厚さ、および波長の少なくとも1つを変化させる第1調整素子を備え得る。
【0041】
以上のように、導波路素子10を用いれば、光導波層20の屈折率nw、厚さd、および波長λの少なくとも1つを変化させることにより、光の出射方向を大きく変えることができる。これにより、ミラー30から出射される光の出射角度を、導波路素子10に沿った方向に変化させることができる。少なくとも1つの導波路素子10を用いることにより、このような1次元のスキャンを実現することができる。
【0042】
光導波層20の少なくとも一部の屈折率を調整するために、光導波層20は、液晶材料または電気光学材料を含んでいてもよい。光導波層20は、一対の電極によって挟まれ得る。一対の電極に電圧を印加することにより、光導波層20の屈折率を変化させることができる。
【0043】
光導波層20の厚さを調整するために、例えば、第1のミラー30および第2のミラー40の少なくとも一方に少なくとも1つのアクチュエータが接続されてもよい。少なくとも1つのアクチュエータによって第1のミラー30と第2のミラー40との距離を変化させることにより、光導波層20の厚さを変化させることができる。光導波層20が液体から形成されていれば、光導波層20の厚さは容易に変化し得る。
【0044】
<2次元スキャンの動作原理>
複数の導波路素子10が一方向に配列された導波路アレイにおいて、それぞれの導波路素子10から出射される光の干渉により、光の出射方向は変化する。各導波路素子10に供給する光の位相を調整することにより、光の出射方向を変化させることができる。以下、その原理を説明する。
【0045】
図3Aは、導波路アレイの出射面に垂直な方向に光を出射する導波路アレイの断面を示す図である。図3Aには、各導波路素子10を伝搬する光の位相シフト量も記載されている。ここで、位相シフト量は、左端の導波路素子10を伝搬する光の位相を基準にした値である。本開示の導波路アレイは、等間隔に配列された複数の導波路素子10を含んでいる。図3Aにおいて、破線の円弧は、各導波路素子10から出射される光の波面を示している。直線は、光の干渉によって形成される波面を示している。矢印は、導波路アレイから出射される光の方向(すなわち、波数ベクトルの方向)を示している。図3Aに示す例では、各導波路素子10における光導波層20を伝搬する光の位相はいずれも同じである。この場合、光は導波路素子10の配列方向(Y方向)および光導波層20が延びる方向(X方向)の両方に垂直な方向(Z方向)に出射される。
【0046】
図3Bは、導波路アレイの出射面に垂直な方向とは異なる方向に光を出射する導波路アレイの断面を示す図である。図3Bに示す例では、複数の導波路素子10における光導波層20を伝搬する光の位相が、配列方向に一定量(Δφ)ずつ異なっている。この場合、光は、Z方向とは異なる方向に出射される。このΔφを変化させることにより、光の波数ベクトルのY方向の成分を変化させることができる。隣接する2つの導波路素子10の間の中心間距離をpとすると、光の出射角度αは、以下の式(2)によって表される。
【数2】
【0047】
図2に示す例では、光の出射方向は、XZ平面に平行である。すなわち、α=0°である。図3Aおよび図3Bに示す例では、光スキャンデバイス100から出射される光の方向は、YZ平面に平行である。すなわち、θ=0°である。しかし、一般には、光スキャンデバイス100から出射される光の方向は、XZ平面にも、YZ平面にも平行ではない。すなわち、θ≠0°およびα≠0°である。
【0048】
図4は、3次元空間における導波路アレイの例を模式的に示す斜視図である。図4に示す太い矢印は、光スキャンデバイス100から出射される光の方向を表す。θは、光の出射方向とYZ平面とがなす角度である。θは式(1)を満たす。αは、光の出射方向とXZ平面とがなす角度である。αは式(2)を満たす。
【0049】
<導波路アレイに導入する光の位相制御>
それぞれの導波路素子10から出射される光の位相を制御するために、例えば、導波路素子10に光を導入する前段に、光の位相を変化させる位相シフタが設けられ得る。本開示の光スキャンデバイス100は、複数の導波路素子10のそれぞれに接続された複数の位相シフタと、各位相シフタを伝搬する光の位相を調整する第2調整素子とを備える。各位相シフタは、複数の導波路素子10の対応する1つにおける光導波層20に直接的にまたは他の導波路を介して繋がる導波路を含む。第2調整素子は、複数の位相シフタから複数の導波路素子10へ伝搬する光の位相の差をそれぞれ変化させることにより、複数の導波路素子10から出射される光の方向(すなわち、第3の方向D3)を変化させる。以下の説明では、導波路アレイと同様に、配列された複数の位相シフタを「位相シフタアレイ」と称することがある。
【0050】
図5は、導波路アレイ10Aおよび位相シフタアレイ80Aを、光出射面の法線方向(Z方向)から見た模式図である。図5に示される例では、全ての位相シフタ80が同じ伝搬特性を有し、全ての導波路素子10が同じ伝搬特性を有する。それぞれの位相シフタ80およびそれぞれの導波路素子10は同じ長さであってもよいし、長さが異なっていてもよい。それぞれの位相シフタ80の長さが等しい場合は、例えば、駆動電圧によってそれぞれの位相シフト量を調整することができる。また、それぞれの位相シフタ80の長さを等ステップで変化させた構造にすることにより、同じ駆動電圧で等ステップの位相シフトを与えることもできる。さらに、この光スキャンデバイス100は、複数の位相シフタ80に光を分岐して供給する光分岐器90と、各導波路素子10を駆動する第1駆動回路110と、各位相シフタ80を駆動する第2駆動回路210とをさらに備える。図5に示す直線の矢印は光の入力を表している。別々に設けられた第1駆動回路110と第2駆動回路210とをそれぞれ独立に制御することにより、2次元スキャンを実現できる。この例では、第1駆動回路110は、第1調整素子の1つの要素として機能し、第2駆動回路210は、第2調整素子の1つの要素として機能する。
【0051】
第1駆動回路110は、各導波路素子10における光導波層20の屈折率および厚さの少なくとも一方を変化させることにより、光導波層20から出射する光の角度を変化させる。第2駆動回路210は、各位相シフタ80における導波路20aの屈折率を変化させることにより、導波路20aの内部を伝搬する光の位相を変化させる。光分岐器90は、全反射によって光が伝搬する導波路で構成してもよいし、導波路素子10と同様の反射型導波路で構成してもよい。
【0052】
なお、光分岐器90で分岐したそれぞれの光に対して位相を制御した後に、それぞれの光を位相シフタ80に導入してもよい。この位相制御には、例えば、位相シフタ80に至るまでの導波路の長さを調整することによるパッシブな位相制御構造を用いることができる。あるいは、位相シフタ80と同様の機能を有する電気信号で制御可能な位相シフタを用いてもよい。このような方法により、例えば、全ての位相シフタ80に等位相の光が供給されるように、位相シフタ80に導入される前に位相を調整してもよい。そのような調整により、第2駆動回路210による各位相シフタ80の制御をシンプルにすることができる。
【0053】
上記の光スキャンデバイス100と同様の構成を有する光デバイスは、光受信デバイスとしても利用できる。光デバイスの動作原理、および動作方法などの詳細は、米国特許出願公開第2018/0224709号に開示されている。この文献の開示内容全体を本明細書に援用する。
【0054】
<出射角度と出射光のビーム線幅>
スローライト導波路10から出射される光のビーム線幅は、スキャンの分解能を決定する。ビーム線幅が狭くなると、スキャンの分解能は向上し、ビーム線幅が広くなると、スキャンの分解能は低下する。以下、従来のスローライト導波路10から出射される光のビーム線幅と、出射角度との関係を説明する。
【0055】
スローライト導波路10から出射される光の遠方パターンは、図2に示す出射面30esでの電界分布のフーリエ変換に相当する。すなわち、光導波層20を伝搬する光22の伝搬長が長くなるほど、出射光の遠方でのビーム線幅は狭くなる。逆に、光導波層20を伝搬する光の伝搬長が短くなるほど、出射光の遠方でのビーム線幅は広くなる。ここで、伝搬長とは、光導波層20を減衰しながら伝搬する光22の強度が1/e倍に減少する距離を意味する。eは自然対数の底である。ビーム線幅とは、出射角度θを中心に両側に拡がる角度Δθを意味する。具体的には、ビーム線幅は、角度スペクトルにおける出射光の半値全幅として記述される。
【0056】
図6Aおよび図6Bは、それぞれ、伝搬角度φが相対的に小さい場合と相対的に大きい場合において、出射面30esから光が出射される様子を模式的に示す図である。簡単のため、ミラー30の反射率は、伝搬角度φによらず一定であると仮定する。図6Aに示す例では、伝搬角度φが小さいことから、反射面30sが単位長さ当たりに光22を反射する回数が多くなる。したがって、伝搬長Lは短くなる。図6Bに示す例では、伝搬角度φが大きいことから、反射面30sが単位長さ当たりに光22を反射する回数が少なくなる。したがって、伝搬長Lは長くなる。伝搬角度φと出射角度θとの間には正の相関関係があることから、出射角度θが大きくなるほど、伝搬長Lも大きくなる。なお、図6Aおよび図6Bにおいて両矢印によって示された伝搬長Lは、模式的に表されており、実際の長さを表しているわけではない。
【0057】
図7は、伝搬長Lと出射光のビーム線幅Δθとの関係の一例を示す図である。図7に示すグラフは、各構成要素の寸法および誘電率などの条件が適切に設定された1つのスローライト導波路10から出射する光ビームの線幅を、伝搬長を様々に変更して計算した結果を示している。図7に示すように、伝搬長Lが長くなるほど、出射光のビーム線幅Δθが狭くなる。前述のように、出射角度θが増加すると、伝搬長Lが増加することから、出射角度θが増加するほど、出射光のビーム線幅Δθは減少する。このように、出射光のビーム線幅Δθが出射角度θに依存することから、出射角度θが変わると、スキャンの分解能が変化してしまう。
【0058】
本発明者らは、以上の課題を見出し、この課題を解決するための光デバイスの構成を検討した。その結果、スローライト導波路における2つのミラーの少なくとも一方のミラーとして、従来にない特殊な特性を有するミラーを使用することにより、上記課題を解決できることを見出した。以下に説明する本開示の実施形態は、当該知見に基づいている。以下、本開示の例示的な実施形態を説明する。
【0059】
ここで比較のため、スローライト導波路10におけるミラー30および/またはミラー40に用いられ得る従来のDBRの反射スペクトルを説明する。
【0060】
図2に示すように、光22は、ミラー30の反射面30sおよびミラー40の反射面40sによって反射されながら、光導波層20を伝搬する。このとき、ミラー30およびミラー40の反射率は、光の出射側であっても99%程度である。このような高い反射率を実現するために、ミラー30およびミラー40は、例えば、DBRから形成され得る。以下に、従来のDBRの反射面に光が入射した場合の反射スペクトルの例を説明する。当該反射面に光が入射する入射角度は、伝搬角度φに相当する。
【0061】
図8は、φ=0°の入射角度の光についての従来のDBRの反射スペクトルを示す図である。φ=0°の入射角度とは、DBRの反射面の法線方向から光が入射する角度に相当する。反射スペクトルの計算には、Synopsys社のDiffractModが用いられた。この例におけるDBRの入射側の媒質の屈折率は1.68である。DBRはスローライト導波路10におけるミラー30に相当し、入射側の媒質はスローライト導波路10における光導波層20に相当する。このDBRは、9層の高屈折率層および8層の低屈折率層が交互に積層された構造を有する。各高屈折率層の屈折率は2.28であり、厚さは111nmである。各低屈折率層の屈折率は1.47であり、厚さは173nmである。図8に示すように、従来のDBRの反射スペクトルは、ストップバンドでは、設計通りにほぼ100%の反射率を示し、当該ストップバンドから離れると、低い反射率を示す。ここで、ストップバンドとは、周期構造に起因するブラッグ反射によって入射光が強く反射される波長領域を意味する。
【0062】
図9は、φ=0°、10°、および15°の入射角度についての従来のDBRの反射スペクトルを示す図である。図9に示すように、反射スペクトルは、入射角度φの増加に伴い、短波長側にシフトする。以下、一例として、波長λ=940nmおよび波長λ=1100nmの光の反射率が、入射角度φによってどのように変化するかを説明する。
【0063】
図10Aおよび図10Bは、それぞれ、入射角度φと波長λ=940nmの光の反射率との関係、および、入射角度φと波長λ=1100nmの光の反射率との関係を示す図である。入射角度φが0°以上25°以下の範囲は、出射角度θが0°以上約60°以下の範囲に相当する。図10Aに示すように、波長λの光の反射率の波長依存性は小さい。したがって、前述した理由により、出射光のビーム線幅Δθは、出射角度θの増加に伴って狭くなる。一方、図10Bに示すように、ストップバンドの端に近い波長λでは、反射率が、入射角度φ=15°付近で急峻に低下しすぎる。このため、出射光のビーム線幅Δθは、入射角度φが0°以上約15°以下の範囲では、出射角度θの増加に伴って狭くなり、入射角度φが約15°以上25°以下の範囲では、出射角度θの増加に伴って増加する。図10Aおよび図10Bのいずれの例においても、出射光のビーム線幅Δθは、出射角度θによって大きく変化する。
【0064】
以上のことから、本発明者らは、反射率が入射角度φの増加に伴って緩やかに減少するミラーを用いることにより、出射光のビーム線幅Δθが出射角度θによって大きく変化することがない光スキャンデバイスを実現できることを見出した。具体的には、ミラーの反射スペクトルにおける極大値から長波長側に変曲点を設けることにより、反射率が入射角度φの増加に伴って緩やかに減少するミラーを実現した。本実施形態においては、反射スペクトルに変曲点を有するミラーとして、高屈折率層および低屈折率層の厚さが適切に調整されたチャープDBRが用いられた。本明細書において、「チャープDBR」とは、複数の高屈折率層の厚さおよび/または複数の低屈折率層の厚さが、層によって異なるDBRを意味する。チャープDBRには、複数の高屈折率層の厚さおよび/または複数の低屈折率層の厚さが積層方向に沿って徐々に増加または減少するDBRだけでなく、複数の高屈折率層の厚さおよび/または複数の低屈折率層の厚さが、積層方向に沿って不規則またはランダムに変化するDBRも含まれる。
【0065】
図11は、φ=0°の入射角度についての本実施形態のチャープDBRの反射スペクトルを示す図である。図11に示す例では、反射スペクトルは、反射率が95%以上である波長域において、1つの極大点PLM、および極大点PLMの長波長側にある変曲点Pから変曲点Pを含む。当該反射スペクトルでは、反射率は、極大点PLMの長波長側において単調に減少する。ここで、変曲点とは、波長に関する反射率の2次微分がゼロになる点を意味する。当該変曲点では、反射率は、波長に対して直線的に変化する。
【0066】
本実施形態のチャープDBRの反射スペクトルにおいては、極大点PLM、および変曲点Pから変曲点Pは、95%以上の反射率を示す波長域に存在する。チャープDBRの設計によっては、極大点PLM、および変曲点Pから変曲点Pは、反射率が90%以上である波長域に存在することもあり得る。
【0067】
図7は、ビーム線幅Δθを約0.2°以下にするためには伝搬長が約100μm以上必要であることを示している。図18は、伝搬長を100μmとしたときの入射角度φと反射率の関係を示す図である。図18が示す通り、入射角度25度まで伝搬長を保つためには、反射率が約90%以上であることが必要となる。
【0068】
図12は、波長λ=940nmでの入射角度φと反射率との関係を計算した結果を示す図である。図12に示すように、反射率は、反射率が95%から99.9%程度の非常に高い波長域において、緩やかに単調減少する。より具体的には、反射率は、当該波長域において、入射角度φの増加に伴って段階的に減少する。当該波長域は、約940nm以上約1090nm以下である。反射率は、図10Bに示すように急峻に減少することはない。反射率は、入射角度φが相対的に小さい場合は高く、入射角度φが相対的に大きい場合は低い。図11に示すような所望の反射スペクトルを得るためのチャープDBRの設計方法は、例えば、H.A.Macleod “Thin-Film Optical Filters, 3rd Ed.”(P.193-P.204) IoP Publishing (Bristol and Philadelphia)に記載されている。
【0069】
以上のように、反射スペクトルの極大点PLMよりも長波長側に変曲点を設けることにより、入射角度φの変化に対する反射率の変化を緩やかにすることができる。反射スペクトルの極大点PLMおよび変曲点は、95%以上の反射率を示す波長域に存在してもよい。このような構成により、反射率を高く維持した状態で、緩やかに変化させることができる。反射スペクトルの極大点PLMおよび変曲点は、90%以上の反射率を示す波長域に存在してもよい。本実施形態においては、変曲点が1つ以上あるとき、反射率は、少なくとも入射角度φが0°以上約10°以下の範囲内で緩やかに変化する。特に、変曲点が2つ以上あるとき、反射率は、少なくとも入射角度φが0°以上約15°以下の範囲内で緩やかに変化する。このように変曲点を2つ以上設けることにより、入射角度の変化に対する反射率の変化を、広い角度範囲において緩やかにすることができる。また、当該反射率の緩やかな変化を、高い反射率を保ちながら実現できる。
【0070】
次に、比較のために、従来のDBRと本実施形態のDBRとをミラー30として用いた場合の出射角度θと伝搬長Lとの関係を説明する。
【0071】
図13は、出射角度θと伝搬長Lとの関係の例を示す図である。白丸は、スローライト導波路10におけるミラー30が、前述した例での従来のDBRから形成された場合に相当する。黒丸は、スローライト導波路10におけるミラー30が、前述した例でのチャープDBRから形成された場合に相当する。スローライト導波路10におけるミラー40は、前述した例とは別の従来のDBRから形成されている。当該DBRは、11層の高屈折率層および10層の低屈折率層が交互に積層された構造を有する。当該高屈折率層の屈折率は2.28であり、厚さは107nmである。当該低屈折率層の屈折率は1.47であり、厚さは172nmである。光導波層20の屈折率は、1.68である。光の出射側の媒質である空気の屈折率は、1.0である。
【0072】
白丸によって表されるように、従来のDBRでは、伝搬長Lは、出射角度θの増加に伴って増加する。これに対して、黒丸によって表されるように、本実施形態のチャープDBRでは、伝搬長Lは、出射角度θが増加しても、あまり大きく変化しないことがわかる。このように、本実施形態のチャープDBRによって、出射角度θに対する伝搬長Lの依存性を抑制することができる。伝搬長Lが出射角度θによらずほぼ一定であれば、図7に示す出射光のビーム線幅Δθも、出射角度θに対してほぼ一定である。図13に示す例では、伝搬長Lは平均して約150μmである。伝搬長Lp≒150μmは、図7に示すように、出射光のビーム線幅Δθ≒0.1°に相当する。したがって、出射角度θが変化しても、出射光のビーム線幅Δθは約0.1度に維持することができる。これにより、出射角度θによるスキャンの分解能の変化を抑制することができる。さらに、出射光のビーム線幅Δθが0.1°であることから、出射角度θによらず高い分解能を維持することができる。
【0073】
前述した例では、反射率は、極大点PLMの長波長側において単調に減少するが、反射率は、極大点PLMの長波長側において必ずしも単調に減少する必要はない。図14は、φ=0°の入射角度についての本実施形態の他のチャープDBRの反射スペクトルを示す図である。図14に示す例では、反射スペクトルは、反射率が95%以上である波長域において、極大点PLM1およびそれよりも長波長側にある極大点PLM2、ならびに極大点PLM1の長波長側であり極大点PLM2の短波長側にある変曲点Pから変曲点Pを含む。当該反射スペクトルでは、反射率は、極大点PLM1の長波長側であり極大点PLM2の短波長側において、波長の増加に伴って減少した後に増加する。すなわち、反射率は、極大点PLM1の長波長側において単調に減少しない。反射率は、極大点PLM2の長波長側において、単調に減少する。この場合でも、反射率は、反射率が99.5%から99.9%程度の極めて高い波長域において、入射角度φの増加に伴って緩やかに、より具体的には段階的に減少する。当該波長域は、約940nm以上約1000nm以下である。
【0074】
以上のように、本実施形態におけるスローライト導波路10では、出射角度θに対する出射光のビーム線幅Δθの依存性を抑制することができる。さらに、出射角度θが変化しても、出射光のビーム線幅Δθを狭く維持することできる。この効果は、スローライト導波路10におけるミラー30およびミラー40の少なくとも一方が以下の反射スペクトルを有する場合に得られる。当該反射スペクトルは、φ=0°の入射角度についての反射率が90%以上である波長域において、1つの極大点、および当該極大点の長波長側に第1の変曲点および第2の変曲点を含む。第1の変曲点の波長は、第2の変曲点の波長よりも短い。光導波層20を伝搬する光22の波長λは、極大点以上、第1の変曲点以下の波長である。当該波長域は、例えば、前述したLiDARシステムに用いられ得る0.8μm以上1.2μm以下の波長域に含まれていてもよい。ミラー30およびミラー40の一方がこのような反射スペクトルを示してもよいし、ミラー30およびミラー40の両方がこのような反射スペクトルを示してもよい。図2に示す例では、ミラー30から光が出射され、ミラー40によって光が反射されるが、この例に限られない。ミラー30によって光が反射され、ミラー40から光が出射されてもよいし、ミラー30およびミラー40の両方から光が出射されてもよい。
【0075】
本実施形態においては、反射スペクトルの極大点PLMよりも長波長側に変曲点を設けることにより、入射角度φの変化に対する反射率の変化を緩やかにし、その緩やかに反射率が変化する領域を使用する。その為、光導波層20を伝搬する光22の波長λは、極大点PLM、第1の変曲点Pを用いて以下の式で表される波長である。
【数3】
【0076】
<応用例>
図15は、回路基板(たとえば、チップ)上に光分岐器90、導波路アレイ10A、位相シフタアレイ80A、および光源130などの素子を集積した光スキャンデバイス100の構成例を示す図である。光源130は、例えば、半導体レーザーなどの発光素子であり得る。この例における光源130は、自由空間における波長がλである単一波長の光を出射する。光分岐器90は、光源130からの光を分岐して複数の位相シフタにおける導波路に導入する。図15に示す例において、チップ上には電極62Aと、複数の電極62Bとが設けられている。導波路アレイ10Aには、電極62Aから制御信号が供給される。位相シフタアレイ80Aにおける複数の位相シフタ80には、複数の電極62Bから制御信号がそれぞれ送られる。電極62A、および複数の電極62Bは、上記の制御信号を生成する不図示の制御回路に接続され得る。制御回路は、図15に示すチップ上に設けられていてもよいし、光スキャンデバイス100における他のチップに設けられていてもよい。
【0077】
図15に示すように、全てのコンポーネントをチップ上に集積することで、小型のデバイスで広範囲の光スキャンが実現できる。例えば2mm×1mm程度のチップに、図15に示される全てのコンポーネントを集積することができる。
【0078】
図16は、光スキャンデバイス100から遠方にレーザーなどの光ビームを照射して2次元スキャンを実行している様子を示す模式図である。2次元スキャンは、ビームスポット310を水平および垂直方向に移動させることによって実行される。例えば、公知のTOF(Time Of Flight)法と組み合わせることで、2次元の測距画像を取得することができる。TOF法は、レーザーを照射して対象物からの反射光を観測することで、光の飛行時間を算出し、距離を求める方法である。
【0079】
図17は、そのような測距画像を生成することが可能な光検出システムの一例であるLiDARシステム300の構成例を示すブロック図である。LiDARシステム300は、光スキャンデバイス100と、光検出器400と、信号処理回路600と、制御回路500とを備える。光検出器400は、光スキャンデバイス100から出射され、対象物から反射された光を検出する。光検出器400は、例えば光スキャンデバイス100から出射される光の波長λに感度を有するイメージセンサ、またはフォトダイオードなどの受光素子を含むフォトディテクタであり得る。光検出器400は、受光した光の量に応じた電気信号を出力する。信号処理回路600は、光検出器400から出力された電気信号に基づいて、対象物までの距離を計算し、距離分布データを生成する。距離分布データは、距離の2次元分布を示すデータ(すなわち、測距画像)である。制御回路500は、光スキャンデバイス100、光検出器400、および信号処理回路600を制御するプロセッサである。制御回路500は、光スキャンデバイス100からの光ビームの照射のタイミングおよび光検出器400の露光および信号読出しのタイミングを制御し、信号処理回路600に、測距画像の生成を指示する。
【0080】
2次元スキャンにおいて、測距画像を取得するフレームレートとして、例えば一般的に動画でよく使われる60fps、50fps、30fps、25fps、24fpsなどから選択することができる。また、車載システムへの応用を考慮すると、フレームレートが大きいほど測距画像を取得する頻度が上がり、精度よく障害物を検知できる。例えば、60km/hでの走行時において、60fpsのフレームレートでは車が約28cm移動するごとに画像を取得することができる。120fpsのフレームレートでは、車が約14cm移動するごとに画像を取得することができる。180fpsのフレームレートでは車が、約9.3cm移動するごとに、画像を取得することができる。
【0081】
1つの測距画像を取得するために必要な時間は、ビームスキャンの速度に依存する。例えば、解像点数が100×100のイメージを60fpsで取得するためには1点につき1.67μs以下でビームスキャンをする必要がある。この場合、制御回路500は、600kHzの動作速度で、光スキャンデバイス100による光ビームの出射、および光検出器400による信号蓄積・読出しを制御する。
【0082】
<光受信デバイスへの応用例>
本開示の光スキャンデバイスは、ほぼ同一の構成で、光受信デバイスとしても用いることができる。光受信デバイスは、光スキャンデバイスと同一の導波路アレイ10Aと、受信可能な光の方向を調整する第1調整素子とを備える。導波路アレイ10Aの各第1のミラー30は、第3の方向から第1の反射面の反対側に入射する光を透過させる。導波路アレイ10Aの各光導波層20は、第2の方向に第1のミラー30を透過した光を伝搬させる。第1調整素子が各導波路素子10における前記光導波層20の屈折率および厚さ、ならびに光の波長の少なくとも1つを変化させることにより、受信可能な光の方向を変化させることができる。さらに、光受信デバイスが、光スキャンデバイスと同一の複数の位相シフタ80、または80aおよび80bと、複数の導波路素子10から複数の位相シフタ80、または80aおよび80bを通過して出力される光の位相の差をそれぞれ変化させる第2調整素子を備える場合には、受信可能な光の方向を2次元的に変化させることができる。
【0083】
例えば図15に示す光スキャンデバイス100における光源130を受信回路に置換した光受信デバイスを構成することができる。導波路アレイ10Aに波長λの光が入射すると、その光は位相シフタアレイ80Aを通じて光分岐器90へ送られ、最終的に一箇所に集められ、受信回路に送られる。その一箇所に集められた光の強度は、光受信デバイスの感度を表すといえる。光受信デバイスの感度は、導波路アレイおよび位相シフタアレイ80Aに別々に組み込まれた調整素子によって調整することができる。光受信デバイスでは、例えば図4において、波数ベクトル(図中の太い矢印)の方向が反対になる。入射光は、導波路素子10が延びる方向(図中のX方向)の光成分と、導波路素子10の配列方向(図中のY方向)の光成分とを有している。X方向の光成分の感度は、導波路アレイ10Aに組み込まれた調整素子によって調整できる。一方、導波路素子10の配列方向の光成分の感度は、位相シフタアレイ80Aに組み込まれた調整素子によって調整できる。光受信デバイスの感度が最大になるときの光の位相差Δφ、光導波層20の屈折率nおよび厚さdから、図4に示すθおよびαがわかる。これにより、光の入射方向を特定することができる。
【0084】
前述した実施形態は、適宜、組み合わせることができる。
【0085】
最後に、前述した光デバイスを以下の項目にまとめる。
【0086】
第1の項目に係る光デバイスは、第1の反射面を有し、第1の方向に沿って延びる第1のミラーと、前記第1の反射面に対向する第2の反射面を有し、前記第1の方向に沿って延びる第2のミラーと、前記第1のミラーと前記第2のミラーの間に位置し、光を前記第1の方向に沿って伝搬させる光導波層と、を備える。前記第1のミラーの透過率は、前記第2のミラーの透過率よりも高い。前記第1のミラーおよび前記第2のミラーの少なくとも一方の、反射面の法線方向から入射する光に対する反射スペクトルは、反射率が90%以上である波長域において極大点、および前記極大点よりも長波長側に第1および第2の変曲点を含む。
【0087】
この光デバイスでは、第1のミラーおよび第2のミラーの少なくとも一方の反射率は、光の入射角度の増加に伴って緩やかに減少する。これにより、第1のミラーおよび第2のミラーの少なくとも一方から出射される光のビーム線幅が、出射角度によって変化することを抑制することができる。
【0088】
第2の項目に係る光デバイスは、第1の項目に係る光デバイスにおいて、前記第1の変曲点の波長が前記第2の変曲点の波長よりも短い。前記光導波層を伝搬する前記光の波長λは、前記極大点以上、前記第1の変曲点以下の波長である。
【0089】
この光デバイスでは、第1のミラーおよび第2のミラーの少なくとも一方の反射率は、光の入射角度の増加に伴って段階的に減少する。これにより、出射光のビーム線幅が、出射角度によって変化することを抑制することができる。
【0090】
第3の項目に係る光デバイスは、第1または第2の項目に係る光デバイスにおいて、前記波長域が、0.8μm以上1.2μm以下に含まれる。
【0091】
この光デバイスは、LiDARシステムに適用するこができる。
【0092】
第4の項目に係る光デバイスは、第1から第3の項目のいずれかに係る光デバイスにおいて、前記第1のミラーおよび前記第2のミラーの少なくとも一方が、積層構造を備える分布ブラッグ反射器を含む。
【0093】
この光デバイスでは、第1から第3の項目のいずれかに係る光デバイスと同じ効果を得ることができる。
【0094】
第5の項目に係る光デバイスは、第4の項目に係る光デバイスにおいて、前記分布ブラッグ反射器が、チャープDBRである。
【0095】
この光デバイスでは、第4の項目に係る光デバイスと同じ効果を得ることができる。
【0096】
第6の項目に係る光デバイスは、第1の項目に係る光デバイスにおいて、前記第1のミラーが前記反射スペクトルを有する。
【0097】
この光デバイスでは、第1のミラーから出射される光のビーム線幅が、出射角度によって変化することを抑制することができる。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本開示における光スキャンデバイスおよび光受信デバイスは、例えば自動車、UAV、AGVなどの車両に搭載されるライダーシステムなどの用途に利用できる。
【符号の説明】
【0099】
10 導波路素子、光導波路
11 光導波路
10A 導波路アレイ
15、15a、15b、15c、15m グレーティング
20 光導波層
22 誘電体部材
30 第1のミラー
40 第2のミラー
30es 出射面
30s 第1の反射面
40s 第2の反射面
51 誘電体層
62a、62b、62A、62B 電極
73 複数の隔壁
80 位相シフタ
80A 位相シフタアレイ
90 光分岐器
100 光スキャンデバイス
111 接続領域
112 非接続領域
110 導波路アレイの駆動回路
130 光源
210 位相シフタアレイの駆動回路
310 ビームスポット
400 光検出器
500 制御回路
600 信号処理回路
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6A
図6B
図7
図8
図9
図10A
図10B
図11
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図18