(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】小腸上皮細胞を含む細胞構造物、その製造のための方法、及び、それを保持する基材
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240510BHJP
C12N 5/077 20100101ALI20240510BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C12N5/071 ZNA
C12N5/077
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2023025844
(22)【出願日】2023-02-22
(62)【分割の表示】P 2021068482の分割
【原出願日】2020-01-29
【審査請求日】2023-02-22
(31)【優先権主張番号】P 2019014766
(32)【優先日】2019-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002897
【氏名又は名称】大日本印刷株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】510136312
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立成育医療研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕一
(72)【発明者】
【氏名】藤本 興治
(72)【発明者】
【氏名】掛川 奈月
(72)【発明者】
【氏名】阿久津 英憲
【審査官】牧野 晃久
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-000014(JP,A)
【文献】特開2017-060525(JP,A)
【文献】LEE Q.E. Cheryl et al.,What Is Trophoblast? A Combination of Criteria Define Human First-Trimester Trophoblast,Stem Cell Reports,2016年02月09日,Vol.6,p.257-272
【文献】UCHIDA Hajime et al.,A xenogeneic-free system generating functional human gut organoids from pluripotent stem cells,JCI Insight,2017年,Vol.2, No.1, e86492,p.1-13
【文献】SPENCE R. Jason et al.,Directed differentiation of human pluripotent stem cells into intestinal tissue in vitro,NATURE,2011年02月03日,Vol.470,p.105-110
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
C12Q 1/00- 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CDX2、Villin及びCytokeratin7を発現している
小腸上皮細胞を含む、絨毛層を外表面に有する袋状の細胞構造物。
【請求項2】
前記
小腸上皮細胞が、
cubilinをコードする遺伝子であるCUBNを発現している、請求項1に記載の細胞構造物。
【請求項3】
内部に外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞を含む、請求項1又は2に記載の細胞構造物。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の細胞構造物を含むことを特徴とする、細胞構造物保持基材。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載の細胞構造物を含むことを特徴とする、試験キット。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項に記載の細胞構造物を用いることを特徴とする、試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、小腸上皮細胞を含む細胞構造物、小腸上皮細胞を含む細胞構造物の製造方法に関する。
本開示はまた、小腸上皮細胞を含む細胞構造物を保持する基材に関する。
【背景技術】
【0002】
胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞は目的細胞に分化誘導することができ、再生医療の分野での応用が期待されている。多能性幹細胞を培養して分化誘導させ、ヒトの組織に近いオルガノイドと呼ばれる構造物を得る方法が研究されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、胚性幹細胞から腸管上皮オルガノイドを作製する方法が記載されている。
【0004】
また非特許文献2にあるようにTNF-αを培地中に投与してオルガノイドから上皮以外の細胞を誘導する技術も確立されている。
【0005】
人工多能性幹細胞から小腸上皮細胞を分化誘導する他の方法としては、特許文献2に記載されている方法が挙げられる。
【0006】
一方、特許文献3及び非特許文献3には細胞接着部のパターンが形成された基材上で多能性幹細胞を培養し腸管組織を分化誘導する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】WO2011/140441
【文献】特許第6296399号公報
【文献】特許第6151097号公報
【文献】特開2012-120443号公報
【文献】特開2013-179910号公報
【文献】特許第5070565号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Workman et al., Nature Medicine 第23巻 49~59ページ 2017年
【文献】Hahn et al., Scientific Reports 第7巻2435 2017年
【文献】Uchida et al., JCI Insight 第2巻e86492 2017年
【文献】Lee et al., Stem Cell Reports 第6巻257~272ページ 2016年
【文献】Okeyo et al., Tissue Eng PartC 第21巻1105~1115ページ2015年
【文献】Golos et al., Placenta 第34S巻S56~S61ページ2013年
【文献】Chen et al., Biochemical and Biophysical Research Communications第436巻677~684ページ2013年
【文献】Kojima et al., Laboratory Investigation 第97巻1188~1200ページ2017年
【文献】Niwa et al., Nature Genetics 第24巻 372~376ページ 2000年
【文献】Onozato et al., Drug and Metabolism Disposition Epub ahead of print 2018年
【文献】角田ら 日本レーザー医学会誌 第28巻 355~361ページ 2008年
【文献】Mao et al., Pharmaceutical Research 第25巻 1244~1255ページ 2008年
【文献】Mustata et al., Cell Reports 第5巻 421~432ページ 2013年
【文献】Boyd, Placenta 第27巻S24~S26ページ 2013年
【文献】Han et al., Expert Opinion on Drug Metabolism &Toxicology 第14巻817-829ページ 2018年
【文献】Kabeya et al., Drug Metabolism and Disposition 第46巻 1411~1419ページ2018年
【文献】Singh et al., Cell Stem Cell 第10巻 312~326ページ 2012年
【文献】Akutsu et al., Regenerative Therapy 第1巻 18~29ページ 2015年
【文献】Okochi et al., Langmuir 第25巻 6947~6953ページ 2009年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
腸は三胚葉(内胚葉、外胚葉、中胚葉)に由来する細胞を含む複雑な器官である。腸は、内胚葉に由来する小腸上皮細胞(腸細胞、杯細胞、内分泌細胞、刷子細胞、パネート細胞、M細胞等)、中胚葉に由来するリンパ組織、平滑筋細胞、カハール介在細胞、外胚葉に由来する腸管神経叢等が複雑に組み合わされて、分泌、吸収、蠕動運動等の機能を奏する。
【0010】
特許文献1記載の方法で得られた組織は小腸上皮細胞のみを含む。また胚性幹細胞からの分化誘導にアクチビンを使用しているがゆえにほぼ単一の胚葉由来の細胞、ここでは内胚葉由来細胞しかできてない。このため、中胚葉や外胚葉由来の他種細胞を含む腸組織を得るためには、他種細胞を、非特許文献1にあるように別途分化誘導する必要があった。また特許文献1記載の方法は、上皮分化誘導のためにマトリゲルに包埋して培養する工程を含み、この点からも生産性に課題があった。
【0011】
非特許文献2に記載の方法に関しても培養の手間が課題となっていた。
特許文献2に記載の方法で得られた組織もまた、小腸上皮細胞のみを含むため、特許文献1に記載の方法と同様の課題があった。
【0012】
一方、特許文献3及び非特許文献3に記載の方法によれば、単一の培養により腸管上皮組織のみならず筋組織や神経組織なども分化誘導することができる。この方法はまた、多くのパターンが形成された一つの基材上で同時に多くの腸管組織を培養することできるため、生産効率が高い。また生物由来物質を用いずに培養を達成しているため移植用途にも適用しやすい。
【0013】
しかしながら、特許文献3及び非特許文献3に記載の方法は、培養期間が長い、腸組織の収率が低いといった点で、均一性が求められる工業的生産への応用のためには、なお改善の余地があった。
【0014】
すなわち、小腸上皮細胞を含む細胞構造物を、比較的短い培養期間で、高収率で製造するための手段が求められていた。
【0015】
また、腸関連疾患を予防又は治療するための薬剤の開発や、腸関連疾患の病理研究を目的とした試験に利用するのに適した形態の、小腸上皮細胞を含む細胞構造物は従来提供されていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本開示は、以下の発明を包含する。
(1)細胞培養部を含む表面を有する細胞培養基材であって、
前記細胞培養部が、細胞非接着部と、前記細胞非接着部の周縁に沿って連続的に又は断続的に延在し、前記細胞非接着部を囲う細胞接着部とを含む、
細胞培養基材上に幹細胞を播種すること、並びに
播種された前記幹細胞を培養して、前記幹細胞の一部を小腸上皮細胞に分化させることを含む、小腸上皮細胞を含む細胞構造物の製造方法。
(2)前記細胞接着部の内周上の前記細胞非接着部を介して対向する最も離れた2つの点の中間点を通る直線と、前記細胞接着部の内周との2つの交点の間の距離が、80μm超、且つ、880μm以下である、(1)に記載の方法。
(3)前記細胞接着部の、前記細胞接着部の内周上の前記細胞非接着部を介して対向する最も離れた2つの点の中間点を通る直線に沿った方向の幅が、30μm超、且つ、400μm以下である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記細胞接着部の内周上の前記細胞非接着部を介して対向する最も離れた2つの点の中間点を通る直線と、前記細胞接着部の内周との2つの交点の間の距離X’の、前記細胞接着部の、前記細胞非接着部を通る直線に沿った方向の幅W’に対する比X’/W’が、好ましくは0.5以上、より好ましくは1.0以上、より好ましくは1.3以上であり、好ましくは20.0以下、より好ましくは15.0以下、より好ましくは10.0以下である、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記細胞非接着部の周縁と前記細胞非接着部の重心を通る直線との2つの交点の間の距離が、80μm超、且つ、880μm以下である、(1)に記載の方法。
(6)前記細胞接着部の、前記細胞非接着部の重心を通る直線に沿った方向の幅が、30μm超、且つ、400μm以下である、(1)又は(5)に記載の方法。
(7)前記細胞非接着部の周縁と前記細胞非接着部の重心を通る直線との2つの交点の間の距離Xの、前記細胞接着部の、前記細胞非接着部の重心を通る直線に沿った方向の幅Wに対する比X/Wが、好ましくは0.5以上、より好ましくは1.0以上、より好ましくは1.3以上であり、好ましくは20.0以下、より好ましくは15.0以下、より好ましくは10.0以下である、(1)、(5)又は(6)に記載の方法。
(8)第1の細胞非接着部と、
前記第1の細胞非接着部中に配置された1以上の細胞培養部と
を含む表面を有する支持基材を含む細胞培養基材であって、
前記1以上の細胞培養部の各々が、第2の細胞非接着部である中央部と、前記中央部の周縁に沿って連続的に又は断続的に延在し、前記中央部を囲う細胞接着部とを含む、
細胞培養基材上に幹細胞を播種すること、並びに
播種された前記幹細胞を培養して、前記幹細胞の一部を小腸上皮細胞に分化させることを含む、小腸上皮細胞を含む細胞構造物の製造方法。
(9)前記細胞接着部の内周上の前記中央部を介して対向する最も離れた2つの点の中間点を通る直線と、前記細胞接着部の内周との2つの交点の間の距離が、80μm超、且つ、880μm以下である、(8)に記載の方法。
(10)前記細胞接着部の、前記細胞接着部の内周上の前記中央部を介して対向する最も離れた2つの点の中間点を通る直線に沿った方向の幅が、30μm超、且つ、400μm以下である、(8)又は(9)に記載の方法。
(11)前記細胞接着部の内周上の前記中央部を介して対向する最も離れた2つの点の中間点を通る直線と、前記細胞接着部の内周との2つの交点の間の距離X’の、前記細胞接着部の、前記中央部を通る直線に沿った方向の幅W’に対する比X’/W’が、好ましくは0.5以上、より好ましくは1.0以上、より好ましくは1.3以上であり、好ましくは20.0以下、より好ましくは15.0以下、より好ましくは10.0以下である、(8)~(10)のいずれかに記載の方法。
(12)前記中央部の周縁と前記中央部の重心を通る直線との2つの交点の間の距離が、80μm超、且つ、880μm以下である、(8)に記載の方法。
(13)前記細胞接着部の、前記中央部の重心を通る直線に沿った方向の幅が、30μm超、且つ、400μm以下である、(8)又は(12)に記載の方法。
(14)前記中央部の周縁と前記中央部の重心を通る直線との2つの交点の間の距離Xの、前記細胞接着部の、前記中央部の重心を通る直線に沿った方向の幅Wに対する比X/Wが、好ましくは0.5以上、より好ましくは1.0以上、より好ましくは1.3以上であり、好ましくは20.0以下、より好ましくは15.0以下、より好ましくは10.0以下である、(8)、(12)又は(13)に記載の方法。
(15)小腸上皮細胞を含む細胞構造物であって、
前記細胞構造物のABCG2トランスポーターの発現量及びABCB1トランスポーターの発現量を、それぞれ、起源動物の小腸組織でのABCG2トランスポーターの発現量及びABCB1トランスポーターの発現量に対する相対値として表したとき、前記細胞構造物でのABCG2トランスポーターの発現量の前記相対値が、ABCB1トランスポーターの発現量の前記相対値に対して、90倍以上である、小腸上皮細胞を含む細胞構造物。
(16)小腸上皮細胞を含む細胞構造物であって、
前記細胞構造物のCUBNの発現量及びVillinの発現量を、それぞれ、起源動物の小腸組織でのCUBNの発現量及びVillinの発現量に対する相対値として表したとき、前記細胞構造物でのCUBNの発現量の前記相対値が、Villinの発現量の前記相対値に対して、0.2~1.8の範囲にある、小腸上皮細胞を含む細胞構造物。
(17)前記発現量が、それぞれ、mRNA量に基づく発現量である、(15)又は(16)に記載の細胞構造物。
(18)内胚葉系細胞、外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞を含む、(15)~(17)のいずれかに記載の細胞構造物。
(19)細胞培養部を含む表面を有する細胞培養基材であって、
前記細胞培養部が、細胞非接着部と、前記細胞非接着部の周縁に沿って連続的に又は断続的に延在し、前記細胞非接着部を囲う細胞接着部とを含む、
細胞培養基材、並びに
前記細胞培養部上に接着された、小腸上皮細胞を含む細胞構造物
を含む、細胞構造物保持基材。
(20)前記表面の法線方向に沿って前記細胞構造物保持基材を見た場合に、少なくとも前記細胞接着部と重なる位置に前記小腸上皮細胞が存在する、(19)に記載の細胞構造物保持基材。
(21)前記表面の法線方向に沿って前記細胞構造物保持基材を見た場合に、前記細胞構造物が、前記細胞接着部及び前記細胞非接着部と重なり、
前記小腸上皮細胞が、前記細胞非接着部と重なる位置よりも前記細胞接着部と重なる位置に多く存在する、(20)に記載の細胞構造物保持基材。
(22)前記細胞構造物が、内胚葉系細胞、外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞を含む、(19)~(21)のいずれかに記載の細胞構造物保持基材。
(23)前記細胞接着部の内周上の前記細胞非接着部を介して対向する最も離れた2つの点の中間点を通る直線と、前記細胞接着部の内周との2つの交点の間の距離が、80μm超、且つ、880μm以下である、(19)~(22)のいずれかに記載の細胞構造物保持基材。
(24)前記細胞接着部の、前記細胞接着部の内周上の前記細胞非接着部を介して対向する最も離れた2つの点の中間点を通る直線に沿った方向の幅が、30μm超、且つ、400μm以下である、(19)~(23)のいずれかに記載の細胞構造物保持基材。
(25)前記細胞接着部の内周上の前記細胞非接着部を介して対向する最も離れた2つの点の中間点を通る直線と、前記細胞接着部の内周との2つの交点の間の距離X’の、前記細胞接着部の、前記細胞非接着部を通る直線に沿った方向の幅W’に対する比X’/W’が、好ましくは0.5以上、より好ましくは1.0以上、より好ましくは1.3以上であり、好ましくは20.0以下、より好ましくは15.0以下、より好ましくは10.0以下である、(19)~(24)のいずれかに記載の細胞構造物保持基材。
【0017】
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2019-014766号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0018】
本開示の方法によれば、小腸上皮細胞を含む細胞構造物を、比較的短い培養期間で、高収率で製造することができる。
【0019】
本開示の細胞構造物は腸オルガノイドとして、腸関連疾患を予防又は治療するための薬剤の開発や、腸関連疾患の病理研究に用いることができる。
【0020】
本開示の細胞構造物保持基材は、小腸上皮細胞を含む細胞構造物を、腸関連疾患を予防又は治療するための薬剤の開発や、腸関連疾患の病理研究に利用する際の取り扱いが容易である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、実施例1、実施例8で用いた、複数の環状の細胞接着部を備える細胞培養基材の、細胞接着部が支持基材の露出した表面である実施形態の模式図である。
図1(A)は細胞培養基材の平面図であり、
図1(B)は
図1(A)におけるA-A線に沿った断面模式図である。
【
図2】
図2は、実施例1での、内径の異なる環状細胞接着部を有する各細胞培養基材を用いて培養したときの培養1日目、6日目、11日目、18日目の培養物の観察像を示す。
【
図3】
図3は、実施例1での、内径の異なる環状細胞接着部を有する各細胞培養基材を用いて培養したときの培養3週間の培養物の観察像を示す。
【
図4】
図4は、内径380μmの環状細胞接着部を有する基材上で形成され剥離した袋状構造を有する組織の観察像(左がディッシュ全体の写真、右が組織の観察像)を示す。
【
図5】
図5は、比較例1、比較例2、比較例3の各基材上での培養開始後3週間の培養物の顕微鏡観察像を示す。
【
図6】
図6は、実施例2での、培養4日目、9日目、13日目、20日目の各時点での1つの環状細胞接着部周辺の細胞の観察像を示す。
【
図7】
図7は、実施例3での、内径の異なる細胞培養基材を用いた培養の培養物の培養1日目及び7日目の観察像と、内径280μmの環状細胞接着部を有する細胞培養基材を用いた培養で培養3週間後に回収された袋状構造を有する組織の観察像を示す。
【
図8】
図8は、実施例4での、免疫染色した培養物の培養4日目の観察像を示す。
【
図9】
図9は、実施例4での、免疫染色した培養物の培養7日目の観察像を示す。
【
図10】
図10は、実施例5での、内径280μm又は380μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上で幹細胞を培養し形成された組織の、抗CDX2抗体、抗Villin抗体及びDAPIによる染色の結果を示す。
【
図11】
図11は、実施例5での、内径380μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上で培養し形成された組織の、抗平滑筋アクチン(Smooth Muscle Actin)抗体、抗PGP9.5抗体及びDAPIによる染色の結果を示す。
【
図12】
図12は、実施例6での、各寸法の環状細胞接着部を備える細胞培養基材上での培養18日目の観察像である。
【
図13】
図13は、実施例6での、各寸法の環状細胞接着部を備える細胞培養基材上での培養の評価結果を示す。
【
図14】
図14は、実施例6での、内径580μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上での培養により得られた袋状構造を有する組織の観察像を示す。
【
図15A】
図15Aは、実施例7で用いた、内寸が一辺280μm~300μmの正方形で、幅50μm~60μmの細胞接着部を示す。
【
図15B】
図15Bは、実施例7で用いた、内径280μm、幅60μmの環状で、周方向の1/8が欠落している、細胞接着部を示す。
【
図15C】
図15Cは、実施例7で用いた、内寸が長辺600μm、短辺300μmの長方形で、幅50μmの細胞接着部を示す。
【
図15D】
図15Dは、実施例7で用いた、内寸が一辺600μmの正方形で、幅50μmの細胞接着部を示す。
【
図16A】
図16Aは、
図15Aに示す形状の細胞接着部を備える細胞培養基材を用いて幹細胞を培養した培養物の観察像を示す。
【
図16B】
図16Bは、
図15Bに示す形状の細胞接着部を備える細胞培養基材を用いて幹細胞を培養した培養物の観察像を示す。
【
図16C】
図16Cは、
図15Cに示す形状の細胞接着部を備える細胞培養基材を用いて幹細胞を培養した培養物の観察像を示す。
【
図16D】
図16Dは、
図15Dに示す形状の細胞接着部を備える細胞培養基材を用いて幹細胞を培養した培養物の観察像を示す。
【
図17】
図17は、実施例8での、内径280μm又は380μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上で幹細胞を培養した培養物の培養1日目、7日目、11日目の観察像を示す。
【
図18】
図18は、実施例8での、内径280μm又は380μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上で幹細胞を3週間培養して得られた袋状構造を有する組織の観察像を示す。
【
図19】
図19は、実施例9で求めた各条件の細胞培養基板上で得た細胞構造物でのABCG2/ABCB1比の平均値を示す。
【
図20】
図20は、実施例9で求めた各条件の細胞培養基板上で得た細胞構造物でのCUBN/Villin比の平均値を示す。
【
図21】
図21は、実施例10での、直径1500μmの円形の細胞接着部を有する細胞培養基材上でEdom iPS幹細胞を培養したときの、細胞接着部に接着した細胞の免疫染色の観察像である。
【
図22】
図22は、実施例10での、直径3.5cmの細胞培養用ディッシュ(培養ディッシュ)、パターンの無いガラス基材(共に1.5cm×2.5cmサイズ)(素ガラス)、直径1500μmの円形の細胞接着部を有する基材(パターン基材)の各細胞培養基材上で、Edom iPS幹細胞を培養したときの、基材上に接着した細胞の免疫染色の観察像である。
【
図23】
図23は、直径1500μmの円形の細胞接着部を有する基材上でEdom iPS細胞を培養したときの、培養7日目の組織の観察像を示す。
【
図24】
図24は、実施例11での、凝集部及び非凝集部の各試料について、Oct3/4の発現量を、GAPDHの発現量で補正した補正値として求め、非凝集部の試料でのOct3/4の発現量を1としたときの、凝集部の試料のOct3/4の発現量の相対値を示す。
【
図26】
図26は、複数の環状の細胞接着部を備える細胞培養基材の、細胞接着部が細胞接着層の表面である実施形態の模式図である。
図26(A)は細胞培養基材の平面図であり、
図26(B)は
図26(A)におけるA-A線に沿った断面模式図である。
【
図27】
図27は、実施例4において、内径600μm、幅100μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上でEdom iPS細胞を培養したときの、培養9日目の培養物の、神経細胞及び筋肉細胞の免疫染色の結果を示す写真である。スケールバーは100μmを示す。
【
図28】
図28は、実施例4において、内径600μm、幅100μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上でEdom iPS細胞を培養したときの、培養9日目の培養物の、神経細胞及び腸上皮系内胚葉細胞の免疫染色の結果を示す写真である。スケールバーは100μmを示す。
【
図29】
図29は、実施例13における培養1週間後の凝集部を用いた検討結果を示す。スケールバーは40μmを示す。
【
図30】
図30は、実施例13における培養2週間後の凝集部を用いた検討結果を示す。スケールバーは40μmを示す。
【
図31】
図31は、実施例14における培地置換後の培養4日目の観察結果を示す。
【
図32】
図32は、実施例14における培地置換後の培養10日目の観察結果を示す。
【
図33】
図33は、細胞非接着部(中央部)及びそれを囲う環状の細胞接着部を有する細胞培養基材と、小腸上皮細胞を含む細胞構造物とを含む細胞構造物保持基材の、前記細胞構造物が細胞接着部と重なる位置に存在する実施形態の模式図である。
図33(A)は細胞構造物保持基材を、表面Sの法線方向に沿って見た平面図であり、
図33(B)は
図33(A)におけるA-A線に沿った断面模式図である。
【
図34】
図34は、細胞非接着部(中央部)及びそれを囲う環状の細胞接着部を有する細胞培養基材と、小腸上皮細胞を含む細胞構造物とを含む細胞構造物保持基材の、前記細胞構造物が細胞接着部及び前記細胞非接着部(中央部)と重なる位置に存在する実施形態の模式図である。
図34(A)は細胞構造物保持基材を、表面Sの法線方向に沿って見た平面図であり、
図34(B)は
図34(A)におけるA-A線に沿った断面模式図である。
【
図35】
図35は、複数の突出部の上面のそれぞれに、細胞非接着部(中央部)とその周囲を囲う細胞接着部とを含む細胞培養部を備える細胞培養基材の一実施形態の模式図である。
図35(A)は細胞培養基材の平面図であり、
図35(B)は
図35(A)におけるA-A線に沿った断面模式図である。
【
図36】
図36は、複数の窪み部の底面のそれぞれに、細胞非接着部(中央部)とその周囲を囲う細胞接着部とを含む細胞培養部を備える細胞培養基材の一実施形態の模式図である。
図36(A)は細胞培養基材の平面図であり、
図36(B)は
図36(A)におけるA-A線に沿った断面模式図である。
【
図37】
図37は、細胞非接着部(中央部)とその周囲を囲う細胞接着部と含む細胞培養部が1つの表面の全体を占める細胞培養基材の一実施形態の模式図である。
図37(A)は細胞培養基材の平面図であり、
図37(B)は
図37(A)におけるA-A線に沿った断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
<1.幹細胞>
本開示で用いる幹細胞としては、小腸上皮細胞への分化能を有する幹細胞であればよいが、好ましくは、内胚葉系細胞(小腸上皮細胞等)、外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞への分化能を有する幹細胞であり、より好ましくは、多能性幹細胞である。多能性幹細胞としては特に、胚性幹細胞(ES細胞)又は人工多能性幹細胞(iPS細胞)が好適である。
【0023】
本開示において使用される胚性幹細胞(ES細胞)は、好ましくは哺乳動物由来のES細胞であり、例えば、マウスなどのげっ歯類又はヒトなどの霊長類由来のES細胞などを使用することができる。特に好ましくは、マウス又はヒト由来のES細胞を使用する。ES細胞は、動物の発生初期段階である胚盤胞期の胚の一部に属する内部細胞塊より作られる幹細胞株を指し、生体外にて、理論上すべての組織に分化する分化多能性を保ちつつ、ほぼ無限に増殖させることができる。ES細胞としては、例えば、その分化の程度の確認を容易とするために、Pdx1遺伝子付近にレポーター遺伝子を導入した細胞を用いることができる。例えば、Pdx1座にLacZ遺伝子を組み込んだ129/Sv由来ES細胞株又はPdx1プロモーター制御下のGFPレポータートランスジーンをもつES細胞SK7株などを使用することができる。あるいは、Hnf3β内胚葉特異的エンハンサー断片制御下のmRFP1レポータートランスジーン及びPdx1プロモーター制御下のGFPレポータートランスジーンを有するES細胞PH3株を使用することもできる。また、国立成育医療研究センターの生殖・細胞医療研究部で樹立し、Akutsu H, et al. Regen Ther. 2015;1:18-29 に開示したES細胞株である、SEES1、SEES2、SEES3、SEES4、SEES5、SEES6又はSEES7や、これらのES細胞株に更なる遺伝子を導入した細胞株を使用することもできる。
【0024】
本開示において使用される人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、体細胞を初期化することによって得られる多能性を有する細胞である。人工多能性幹細胞の作製は、京都大学の山中伸弥教授らのグループ、マサチューセッツ工科大学のルドルフ・ヤニッシュ(Rudolf Jaenisch)らのグループ、ウイスコンシン大学のジェームス・トムソン(James Thomson)らのグループ、ハーバード大学のコンラッド・ホッケドリンガー(Konrad Hochedlinger)らのグループなどを含む複数のグループが成功している。例えば、国際公開WO2007/069666号公報には、Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子、並びにOctファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子が記載されており、さらに体細胞に上記核初期化因子を接触させる工程を含む、体細胞の核初期化により誘導多能性幹細胞を製造する方法が記載されている。
【0025】
iPS細胞の作製に用いる体細胞の種類は特に限定されず、任意の体細胞を用いることができる。即ち、本開示で言う体細胞とは、生体を構成する細胞の内生殖細胞以外の全ての細胞を包含し、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。体細胞の由来は、哺乳動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよく特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、又はヒトなどの霊長類)であり、特に好ましくはマウス又はヒトである。また、ヒトの体細胞を用いる場合、胎児、新生児又は成人の何れの体細胞を用いてもよい。体細胞の具体例としては、例えば、線維芽細胞(例えば、皮膚線維芽細胞)、上皮細胞(例えば、胃上皮細胞、肝上皮細胞、肺胞上皮細胞)、内皮細胞(例えば血管、リンパ管)、神経細胞(例えば、ニューロン、グリア細胞)、すい臓細胞、血球細胞、骨髄細胞、筋肉細胞(例えば、骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞)、肝実質細胞、非肝実質細胞、脂肪細胞、骨芽細胞、歯周組織を構成する細胞(例えば、歯根膜細胞、セメント芽細胞、歯肉線維芽細胞、骨芽細胞)、腎臓・眼・耳を構成する細胞などが挙げられる。
【0026】
iPS細胞は、所定の培養条件下(例えば、ES細胞を培養する条件下)において長期にわたって自己複製能を有し、また所定の分化誘導条件下において外胚葉、中胚葉及び内胚葉への多分化能を有する幹細胞のことを言う。また、本開示におけるiPS細胞はマウスなどの試験動物に移植した場合にテラトーマを形成する能力を有する幹細胞でもよい。
【0027】
体細胞からiPS細胞を製造するためには、まず、少なくとも1種類以上の初期化遺伝子を体細胞に導入する。初期化遺伝子とは、体細胞を初期化してiPS細胞とする作用を有する初期化因子をコードする遺伝子である。初期化遺伝子の組み合わせの具体例としては、以下の組み合わせを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
(i)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子
(ii)Oct遺伝子、Sox遺伝子、NANOG遺伝子、LIN28遺伝子
(iii)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子、hTERT遺伝子、SV40 largeT遺伝子
(iv)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子
【0028】
<2.細胞培養基材の細胞非接着部及び細胞接着部>
本開示で用いる細胞培養基材は、細胞培養部を含む表面を有する。
【0029】
そして、前記細胞培養部が、細胞非接着部と、前記細胞非接着部の周縁に沿って連続的に又は断続的に延在し、前記細胞非接着部を囲う細胞接着部とを含む。
前記細胞培養部は、前記細胞培養基材の表面上に1以上含まれる。2以上の細胞培養部が含まれる場合、各々が前記特徴を備えていてもよい。
前記細胞培養部中の前記細胞非接着部は、前記細胞培養部以外の部分に存在する細胞非接着部(後述する第1の細胞非接着部)と区別するために、「第2の細胞非接着部」或いは「中央部」と称する場合がある。
【0030】
すなわち、本開示で用いる細胞培養基材は、その表面に、細胞非接着部と細胞接着部とが、所定の形状となるように形成されたものである。
【0031】
以下の説明では、本開示で用いる細胞培養基材の、細胞非接着部及び細胞接着部を含む細胞培養部以外の特徴を説明するために、前記細胞培養基材のうち前記細胞接着部以外の部分を指して「支持基材」と称する場合がある。すなわち、本開示の一以上の実施形態で用いる細胞培養基材は、前記一以上の細胞接着部を含む表面を有する支持基材を含む、ということができる。
【0032】
そこで先ず、支持基材の実施形態、並びに、細胞非接着部と細胞接着部の形状以外の特徴について以下に説明する。
【0033】
細胞培養基材に用いられる支持基材としては、その表面に、細胞非接着部と細胞接着部を形成することが可能な材料で形成された支持基材であれば特に限定されるものではない。具体的には、ガラス、金属、セラミック、シリコン等の無機材料、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を含む支持基材を挙げることができる。特に、ガラス基材を支持基材として用いることが好ましい。支持基材の形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状や、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状が挙げられる。
【0034】
本開示において「細胞接着性」とは、細胞を接着する強度、すなわち細胞の接着しやすさを意味する。「細胞接着部」とは細胞接着性が良好な表面上の領域を意味し、「細胞非接着部」とは、細胞の接着性が悪い表面上の領域を意味する。従って、細胞接着部と細胞非接着部とが所定のパターンで配置された表面上に細胞を播種すると、細胞接着部には細胞が接着するが、細胞非接着部には細胞が接着しないため、細胞培養基材の表面に細胞がパターン状に配列されることになる。
【0035】
「細胞接着部」は、実際に培養する細胞、好ましくは幹細胞、を細胞培養基材に播種した際に接着する部分と定義され、「細胞非接着部」は、実際に培養する細胞、好ましくは幹細胞、を播種した際に接着しない部分と定義される。細胞培養基材に細胞を播種する際に、細胞培養基材の表面は、タンパク質等でコーティングされ、細胞接着性が高められた状態であってもよい。「幹細胞」の具体例は本明細書に記載の通りである。細胞非接着部は、細胞接着部に接着し増殖した細胞により被覆されてもよい。
【0036】
細胞接着部であるか細胞非接着部であるかを判断する指標として、実際に細胞培養した際の細胞接着伸展率を用いることができる。細胞接着性を有する細胞接着部の表面は、細胞接着伸展率が60%以上の表面であることが好ましく、細胞接着伸展率が80%以上の表面であることが更に好ましい。細胞接着伸展率が高いと、効率的に細胞を培養することができる。本開示における細胞接着伸展率は、播種密度が4000 cells/cm2以上30000 cells/cm2未満の範囲内で培養しようとする細胞を測定対象表面に播種し、37℃、CO2濃度5%のインキュベータ内に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))と定義する。
【0037】
上記測定において、細胞の播種は、10%FBS入りDMEM培地に懸濁させて測定対象表面上に播種し、その後、細胞ができるだけ均一に分布するよう、細胞が播種された測定対象表面をゆっくりと振とうすることにより行うものである。さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。細胞接着伸展率の測定では、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いた箇所を測定箇所とする。
【0038】
細胞接着部は、支持基材の表面に細胞接着層が形成された領域であってもよいし、支持基材の表面が細胞接着性である場合(例えばガラス基材の表面)は、支持基材の表面が露出した領域であってもよいが、好ましくは、支持基材の細胞接着性の表面が露出した領域である。細胞非接着部は、支持基材の表面に細胞非接着層が形成された領域であることができる。細胞接着部および細胞非接着部は、種々の材料や方法により形成可能である。好ましくは、細胞非接着部は、支持基材の表面が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む層等の細胞非接着層により被覆された部分である。細胞非接着部を構成する細胞非接着層の平均厚さは、特許文献4に記載されているように、0.8nm~500μmが好ましく、0.8nm~100μmがより好ましく、1nm~10μmがより好ましく、1.5nm~1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、タンパク質の吸着や細胞の接着において、支持基材の細胞非接着層で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。特に、特許文献5に記載されているように、細胞非接着層を、ポリエチレングリコールの層により形成する場合、その膜厚の一例として5nm~10nmが例示できる。親水性有機化合物の具体例は、後述する通りである。
【0039】
細胞非接着層として親水性ポリマーとしてポリエチレングリコール(PEG)を含む細胞培養基材の製造方法としては、特許文献4及び非特許文献10に記載された方法を用いることができる。
【0040】
細胞接着部および細胞非接着部の形成方法の特に好ましい形態として、以下の2つの形態が挙げられる。
【0041】
第1の形態では、支持基材の表面に細胞非接着層を形成し、次いで、細胞非接着層の一部に所定の処理を施し、細胞接着性を発現させて細胞接着部とする形態である。具体的には、支持基材の表面に、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む細胞非接着性の親水性膜を細胞非接着層として形成し、次いで、細胞非接着層である前記親水性膜の一部を選択的に、酸化処理及び/又は分解処理を施して、前記一部を、細胞接着性を有する細胞接着部に改質する例が挙げられる。この形態では細胞非接着性の親水性膜を形成し、次いで、細胞の接着が望まれる部位に対して、酸化処理及び/又は分解処理を施すことにより、当該部位を、細胞接着性を有する部位に転換して細胞接着部とする。第1の形態により形成された細胞培養基材では、細胞非接着部が、支持基材の表面が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む層により被覆された部分であり、細胞接着部が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む層が酸化処理及び/又は分解処理により除去されて支持基材の表面が露出した部分、或いは、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む層が酸化処理及び/又は分解処理を受けて細胞接着性に改質された層(=細胞接着層)により被覆された部分である。
【0042】
第2の形態は、支持基材の表面上での有機化合物の密度の高低によって細胞接着部および細胞非接着部とする形態である。第2の形態により形成された細胞培養基材では、細胞接着部が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物の密度が低い(親水性有機化合物を含まない場合も包含する)表面であり、細胞非接着部が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物の密度が高い表面である形態である。第2の形態は、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を高密度で含む支持基材の表面が細胞非接着性を有するのに対して、前記化合物の密度が低い支持基材の表面が細胞接着性を有することを利用したものである。支持基材表面に前記化合物が結合しやすい第1領域と結合しにくい第2領域とを設け、該基材表面に前記化合物の膜を形成すると、第1領域は細胞非接着部となり、第2領域は細胞接着領域となる。或いは、支持基材表面の一部をフォトレジスト等で選択的にマスキングし、マスキングされていない領域に前記親水性有機化合物の膜を形成して細胞非接着部を形成し、その後マスキングを除去して支持基材の表面を露出させることで細胞接着部を形成することができる。
【0043】
また、上記の形態に限らず、細胞非接着性の表面(細胞非接着性層の表面であってよい)を有する支持基材を用意し、前記表面の一部をコラーゲンやフィブロネクチンなどの細胞接着性タンパク質をパターニングして被覆し、細胞接着性のパターンを形成してもよい。或いは、細胞接着性の表面(細胞接着性層の表面であってもよい)を有する支持基材を用意し、前記表面の一部をシリコーンゴム(例えば三菱ケミカル製 珪樹(登録商標))等の細胞非接着性の樹脂により被覆し、残部を細胞接着性のパターンとしてもよい。或いは、表面に所定のパターンの導電性層が設けられた支持基材を用意し、該支持基材の表面に細胞非接着性層を積層し、前記導電性層への電圧印加により、前記導電性層上を被覆する前記細胞非接着性層を剥離させて、露出した前記導電性層を細胞接着部としてもよい(具体的には特開2012-120443号公報、特開2013-179910号公報参照)。
【0044】
以下では、支持基材表面上に細胞接着部と細胞非接着部を形成して、細胞接着部と細胞非接着部とを含む表面を有する細胞培養基材を製造する上記の第1の形態及び第2の形態について、順に説明する。
【0045】
まず、第1の形態について説明する。
第1の形態では、まず、支持基材表面に、細胞非接着層として、親水性有機化合物、好ましくは親水性ポリマー、を含む親水性膜を設ける。当該親水性膜は、水溶性や水膨潤性を有する薄膜であり、酸化及び/又は分解される前は細胞非接着性を有し、酸化及び/又は分解された後の支持基材の露出した表面、或いは、酸化処理及び/又は分解処理を受けて改質された薄膜の表面が細胞接着性を呈するものであれば特に限定されない。
【0046】
細胞非接着層が、親水性有機化合物により形成される親水性膜である場合、支持基材の表面と親水性膜との間には、必要に応じて結合層を設けることが好ましい。結合層は、親水性膜の前記有機化合物が有する官能基と結合可能な官能基(結合性官能基)を有する材料を含む層であることが好ましい。結合層の材料が有する結合性官能基と、親水性有機化合物が有する官能基との組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN-ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれが結合層側の官能基であってもよい。これらの方法においては、親水性有機化合物によるコーティングを行う前に、支持基材上に、所定の官能基を有する材料により結合層を形成する。細胞非接着層における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、結合性官能基を有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、結合性官能基を有する材料の被膜を支持基材の表面に形成することにより得られる。
【0047】
親水性有機化合物としては、親水性ポリマー(親水性オリゴマーを包含する)、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等が挙げられ、親水性ポリマーが特に好ましい。
【0048】
具体的な親水性ポリマーとしては、ポリアルキレングリコール、リン脂質極性基を有する両性イオンポリマー、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリビニルアルコール、多糖類等を挙げることができる。親水性ポリマーのこれらの具体例は、その誘導体の形態のものも包含する。親水性ポリマーの分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。
【0049】
ポリアルキレングリコールとしては具体的には、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127等が好ましい。
【0050】
リン脂質極性基を有する両性イオンポリマーとしては具体的には、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)(=MPCポリマー)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーの共重合体等が好ましい。
【0051】
ポリアクリルアミドとしては具体的にはポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)が例示できる。
【0052】
ポリメタクリル酸としては具体的にはポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)が例示できる。
多糖類としては具体的にはデキストラン、ヘパリン等が例示できる。
【0053】
細胞非接着層を備える支持基材の表面は、細胞非接着層により被覆された状態では高い細胞非接着性を有し、細胞非接着層の酸化処理及び/又は分解処理後には、露出した支持基材の表面が、或いは、細胞非接着層が酸化処理及び/又は分解処理により改質されて形成される層の表面が細胞接着性を示すものであることが望ましい。
【0054】
親水性ポリマーとしては特にポリエチレングリコール(PEG)が好ましい。PEGは、1つ以上のエチレングリコール単位((CH2)2-O)からなるエチレングリコール鎖(EG鎖)を少なくとも含むが、直鎖状でも分岐鎖状でもよい。エチレングリコール鎖は、例えば、次式:
-((CH2)2-O)m-
(mは重合度を示す整数である)
で表される構造を指す。mは、好ましくは1~13の整数であり、より好ましくは1~10の整数である。
【0055】
PEGにはエチレングリコールオリゴマーも包含される。また、PEGには、官能基が導入されたものも包含される。官能基としては、例えば、エポキシ基、カルボキシル基、N-ハイドロキシスクシイミド基、カルボジイミド基、アミノ基、グルタルアルデヒド基、(メタ)アクリロイル基等が挙げられる。官能基は、場合によりリンカーを介して、好ましくは末端に導入されたものである。官能基が導入されたPEGとして、例えば、PEG(メタ)アクリレート、PEGジ(メタ)アクリレートが挙げられる。
【0056】
細胞接着部は、支持基材の表面に形成された親水性有機化合物を含む細胞非接着層に酸化処理及び/又は分解処理を施して、細胞接着性を有する支持基材の表面を露出させる、或いは、細胞非接着層を改質して細胞接着層に転換することで形成することができる。
【0057】
本開示において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物が酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。
【0058】
本開示において「分解」とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。「分解処理」としては典型的には、酸化処理による分解、紫外線照射による分解などが挙げられるがこれらには限定されない。「分解処理」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解処理」と「酸化処理」とは同一の処理を指す。また細胞非接着層を分解して除去することも「分解処理」に含まれる。
【0059】
紫外線照射による分解とは、有機化合物が紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、有機化合物が、酸素を含む分子種(酸素、水など)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線が化合物に吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化して有機化合物と反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化により有機化合物が分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。
【0060】
以上のように「酸化処理」と「分解処理」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化処理及び/又は分解処理」という用語を使用する。
【0061】
次に、第2の形態について説明する。第2の形態により形成される細胞培養基材では、支持基材の表面のうち、細胞接着部が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物の密度が低い(親水性有機化合物を含まない場合も包含する)表面であり、細胞非接着部が、親水性有機化合物の密度が高い表面である。すなわち、細胞接着部と細胞非接着部とは、親水性有機化合物の密度が相違する。同密度が高いほど細胞は接着しにくくなる傾向がある。細胞接着部では、親水性有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低い。親水性有機化合物及び親水性ポリマーの好ましい例は第1の形態について既述の通りである。
【0062】
第2の形態では、細胞接着部及び細胞非接着部を、密度を制御した親水性膜により形成する場合には、支持基材との密着性を高めるために支持基材上に必要に応じて結合層を形成し、次いで親水性有機化合物からなる親水性膜を形成するのが好ましい。結合層は、親水性有機化合物が有する官能基と結合可能な官能基(結合性官能基)を含む材料を含む層であることが好ましい。結合層の材料が有する官能基と、親水性有機化合物が有する官能基との組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN-ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれが結合層側の官能基であってもよい。これらの方法においては、親水性材料によるコーティングを行う前に、支持基材上に、所定の官能基を有する材料により結合層を形成する。結合層における前記材料の密度は結合力を規定する重要な因子である。前記密度は、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。なお、水接触角は、協和界面科学社製 CA-Zを用い、マイクロシリンジから純水を滴下して30秒後に測定した値である。
【0063】
細胞接着部の結合層における、結合性官能基を有する材料の密度は低い。細胞接着部における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、結合層を構成する結合性官能基を有する材料として、エポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には、10°~43°、望ましくは15°~40°である。このような結合層を形成する方法としては、結合性官能基を有する材料の被膜(結合層)を支持基材の表面に形成した後、当該結合層の表面を酸化処理及び/又は分解処理する方法が挙げられる。結合層表面を酸化処理及び/又は分解処理する方法としては、結合層表面を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。結合層表面の全面を酸化処理及び/又は分解処理してもよいし、部分的に処理してもよい。部分的な処理は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いるたりすることにより行うことができる。また、紫外線レーザー等のレーザーを用いた方式等の直描方式で酸化処理及び/又は分解処理を施してもよい。諸条件などについても、親水性膜の酸化処理及び/又は分解処理により細胞接着部を形成する方法の場合と同様の条件を適用できる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着部が形成できる。
【0064】
細胞非接着部の結合層における、結合性官能基を有する材料の密度は高い。細胞非接着部における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、結合性官能基を有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、結合性官能基を有する材料の被膜を支持基材の表面に形成することにより得られる。結合層表面を部分的に酸化処理及び/又は分解処理した場合には、処理を受けない残余の部分が前記水接触角を有する結合層となる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞非接着層が形成できる。
【0065】
第2の形態ではまた、支持基材表面の一部を選択的に感光性フォトレジスト等によりマスキングし、マスキングされていない領域に前記親水性有機化合物の膜を形成して細胞非接着部を形成し、その後マスキングを除去して支持基材の表面を露出させることで細胞接着部を形成してもよい。
【0066】
続いて、上記の第1の形態又は第2の形態、或いは他の方法により形成された細胞接着部と細胞非接着部の特徴について更に説明する。
【0067】
細胞接着部(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量は、細胞非接着部(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着部の炭素量が、細胞非接着部の炭素量に対して20~99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、細胞接着部及び細胞非接着部に含まれる親水性有機化合物層の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「炭素量(atomicconcentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0068】
また、細胞接着部(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞非接着部(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着部における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞非接着部における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35~99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「酸素と結合している炭素の割合(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0069】
細胞接着部及び細胞非接着部に含まれる親水性有機化合物層(結合層が存在する場合には結合層も含む)の評価手法としては、接触角測定、エリプソメトリー、原子間力顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、オージェ電子分光測定、X線光電子分光測定、各種質量分析法などを用いることができる。これらの手法の中で、最も定量性に優れているのはX線光電子分光測定(XPS/ESCA)である。この測定方法で求められるのは相対的定量値であり、一般的に元素濃度(atomic concentration、%)で算出される。以下、本開示におけるX線光電子分光分析方法を詳細に説明する。
【0070】
細胞接着部及び細胞非接着部の「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義される。また、本開示において細胞接着部及び細胞非接着部の「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。具体的な測定は、特開2007-312736に記載されるとおりに実施できる。
【0071】
<3.細胞培養基材の細胞培養部の形状の特徴>
本開示で用いる細胞培養基材の特徴について主に
図1を参照して説明する。
【0072】
本開示で用いる細胞培養基材1は、
細胞培養部20を含む表面Sを有する。
【0073】
そして、細胞培養部20は、細胞非接着部(中央部)21と、細胞非接着部21の周縁Pに沿って連続的に又は断続的に延在し(
図1では連続的に延在している例を示す)、細胞非接着部21を囲う細胞接着部22とを備える。本実施形態は、細胞培養基材1の表面S上に細胞培養部20が1以上含まれ、1以上の細胞培養部20の各々が、上記の特徴を有する例である。
【0074】
図1に示す例では、1以上の細胞培養部20は、細胞非接着部10中に島状に点在している。この例では、細胞非接着部10を「第1の細胞非接着部」と称し、細胞接着部20の細胞非接着部21を「第2の細胞非接着部」と称する場合がある。また、以下の説明では「細胞非接着部21」を「中央部21」或いは「細胞非接着部である中央部21」と称する場合がある。第1の細胞非接着部10は必須の構成ではなく、第1の細胞非接着部10を備えていない細胞培養基材の例は
図35~37を参照して別途説明する。
【0075】
また、細胞培養基材1のうち、第1の細胞非接着部10及び細胞接着部20が表面に配置される部分を「支持基材30」とする。
【0076】
図1に示す例では、第1の細胞非接着部10、第2の細胞非接着部である中央部21は、支持基材30の表面上に積層された第1の細胞非接着層10A、第2の細胞非接着層21Aの表面である。
【0077】
図1に示す例では、細胞接着部22は、露出した支持基材30の表面である。なお
図21に示す例のように、細胞接着部22は、支持基材30の表面上に積層された細胞接着層22Aの表面であってもよい。
【0078】
図1(B)及び
図21(B)では、説明の便宜上、細胞非接着層10A、細胞非接着層21A及び細胞接着層22Aの厚さ、並びに、細胞接着部22と、細胞非接着層10A又は細胞非接着層21Aとの段差を強調して示しているが、培養される細胞及び細胞構造物の寸法に対して、前記厚さ及び段差は十分に小さいため、1以上の細胞培養部20を含む表面Sは実質的に平坦な表面として細胞を支持することができる。
【0079】
図1(B)では、支持基材30と、第1の細胞非接着層10A、第2の細胞非接着層21Aとは直接接している例を示しているが、既述のように結合層が間に介在していてもよい。同様に、
図26(B)では、支持基材30と、第1の細胞非接着層10A、第2の細胞非接着層21A、細胞接着層22Aとは直接接している例を示しているが、既述のように結合層が間に介在していてもよい。
【0080】
支持基材30、第1の細胞非接着部10、第1の細胞非接着層10A、第2の細胞接着部21、第2の細胞非接着層21A、細胞接着部22、細胞接着層22Aの具体例及び製造方法は既述の通りである。
【0081】
本発明者らは驚くべきことに、このような構造の細胞培養基材1上で幹細胞を培養するとき、細胞非接着部(中央部)21を囲う細胞接着部22に幹細胞が接着し増殖することで細胞が密に凝集した凝集部が形成され、形成された細胞の凝集部において栄養外胚葉細胞のマーカーを発現する腸上皮細胞に分化でき袋状の細胞構造物(組織)が形成され易いことを見出した。得られた細胞構造物は、小腸上皮細胞を含み、腸オルガノイドとしての機能を有する。上記構造の細胞培養基材を用いて幹細胞の分化誘導を行うと、小腸上皮細胞を含む細胞構造物が比較的短時間で細胞培養基材から遊離し回収することができ、しかも、回収効率が極めて高いことを本発明者らは見出した。
【0082】
細胞培養部20の形状及び寸法は特に限定されないが、好ましい実施形態では、中央部21の周縁Pと、中央部21の重心Cを通る直線Lとの二つの交点A1、A2の間の距離Xが、80μm超880μm以下であり、より好ましくは、180μm以上880μm以下、特に好ましくは180μm以上600μm以下である。距離Xが小さすぎると、増殖培養時に栄養外胚葉細胞によりすぐに中央部21が被覆されてしまい、細胞構造物の外周部に特異的な袋状構造が得られにくい。一方、距離Xが大きすぎると、細胞が増殖して中央部21を完全に被覆するまでの時間が長時間になるため、細胞構造物の生産効率が低下する。距離Xが上記の範囲にあるとき、袋状構造の細胞構造物を比較的短時間に高収率で培養することができる。前記距離Xは、中央部21の形状が
図1及び
図15Bに示すように円である場合は円の直径を指し、円が真円である場合は、直線Lをどのようにとっても距離Xは同じである。
図15A、15C、15Dに示すように中央部21が矩形である場合は距離Xは、直線Lが対角線方向の場合に最大になり、直線Lが短手方向の場合に最小になる。本開示では好ましくは、全周に亘り(すなわち全ての直線Lに対して)距離Xが上記範囲である。
【0083】
細胞培養部20の別の好ましい実施形態では、細胞接着部22の、中央部21の重心Cを通る直線Lに沿った方向の幅Wが、30μm超400μm以下であり、より好ましくは40μm以上400μm以下であり、特に好ましくは60μm以上300μm以下である。幅Wが小さすぎると培養中に細胞が剥離し易いという問題がある。また、袋状の細胞構造物の誘導のためには、細胞接着部22の幅方向に複数個の細胞が接着して凝集部を形成することが望ましく、そのためには幅Wは大きいほうが好ましいことから、上記の通り幅Wは40μm以上が好ましく、60μm以上がより好ましい。一方、幅Wが大きすぎると、細胞接着部22に接着した細胞の密度の偏りが生じ易く、幅方向に均一な細胞の凝集部が形成され難くなり、均一な構造の細胞構造物が得られにくい。幅Wが上記の範囲にあるとき、細胞構造物を比較的短時間で高収率で培養することができる。前記幅Wは、中央部21の形状が
図1及び
図15Bに示すように円である場合は円の直径方向の細胞接着部22の幅を指し、円が真円である場合は、直線Lをどのようにとっても幅Wは同じである。
図15A、15C、15Dに示すように中央部21が矩形である場合は幅Wは、直線Lが対角線方向の場合に最大になり、直線Lが短手方向の場合に最小になる。本開示では好ましくは、全周に亘り(すなわち全ての直線Lに対して)幅Wが上記範囲である。
【0084】
細胞培養部20の別の好ましい実施形態では、中央部21の周縁Pと、中央部21の重心Cを通る直線Lとの二つの交点A1、A2の間の距離Xの、細胞接着部22の前記直線Lに沿った方向の幅Wに対する比X/Wが、好ましくは0.5以上、より好ましくは1.0以上、より好ましくは1.3以上であり、好ましくは20.0以下、より好ましくは15.0以下、より好ましくは10.0以下である。前記比X/Wが上記の範囲にあるとき、細胞構造物を比較的短時間に高収率で培養することができる。本開示では好ましくは、全周に亘り(すなわち全ての直線Lに対して)前記比X/Wが上記範囲である。
【0085】
上記の重心C、距離X、幅W、直線Lの代わりに下記の中間点C’、距離X’、幅W’、直線L’により細胞接着部22の形状及び寸法を規定することができる。中間点C’、距離X’、幅W’、直線L’について
図15A及び
図15Bを参照して説明する。細胞接着部22の内周Q上の、中央部21を間に介して対向する最も離れた二つの点A3,A4の中間点C’を通る直線を直線L’とする。この直線L’と、細胞接着部22の内周Qとの2つの交点A5,A6の間の距離を距離X’とする。また、細胞接着部22の、中間点C’を通る直線L’に沿った方向の幅を幅W’とする。
【0086】
前記距離X’は、好ましくは80μm超880μm以下であり、より好ましくは、180μm以上880μm以下、特に好ましくは180μm以上600μm以下、特に好ましくは180μm以上500μm以下である。距離X’が小さすぎると、増殖培養時に細胞によりすぐに中央部21が被覆されてしまい、細胞構造物の外周部に特異的な袋状構造が得られにくい。一方、距離X’が大きすぎると、細胞が増殖して中央部21を完全に被覆するまでの時間が長時間になるため、細胞構造物の生産効率が低下する。距離X’が上記の範囲にあるとき、袋状構造の細胞構造物を比較的短時間で高収率で培養することができる。前記距離X’は、中央部21の形状が
図1及び
図15Bに示すように円である場合は円の直径を指し、円が真円である場合は、直線L’をどのようにとっても距離X’は同じである。
図15A、15C、15Dに示すように中央部21が矩形である場合は、距離X’は、直線L’が対角線方向の場合に最大になり、直線L’が短手方向の場合に最小になる。本開示では好ましくは、全周に亘り(すなわち全ての直線L’に対して)距離X’が上記範囲である。
【0087】
前記幅W’は、好ましくは30μm超400μm以下であり、より好ましくは40μm以上400μm以下であり、特に好ましくは60μm以上300μm以下である。幅W’が小さすぎると培養中に細胞が剥離し易いという問題がある。また、袋状の細胞構造物の誘導のためには、細胞接着部22の幅方向に複数個の細胞が接着して凝集部を形成することが望ましく、そのためには幅W’は大きいほうが好ましいことから、上記の通り幅W’は40μm以上が好ましく、60μm以上がより好ましい。一方、幅W’が大きすぎると、細胞接着部22に接着した細胞の密度の偏りが生じ易く、幅方向に均一な細胞の凝集部が形成され難くなり、均一な構造の細胞構造物が得られにくい。幅W’が上記の範囲にあるとき、細胞構造物を比較的短時間に高収率で培養することができる。前記幅W’は、中央部21の形状が
図1及び
図15Bに示すように円である場合は円の直径方向の細胞接着部22の幅を指し、円が真円である場合は、直線L’をどのようにとっても幅W’は同じである。
図15A、15C、15Dに示すように中央部21が矩形である場合は幅W’は、直線L’が対角線方向の場合に最大になり、直線L’が短手方向の場合に最小になる。本開示では好ましくは、全周に亘り(すなわち全ての直線L’に対して)幅W’が上記範囲である。
【0088】
比X’/W’は、好ましくは0.5以上、より好ましくは1.0以上、より好ましくは1.3以上であり、好ましくは20.0以下、より好ましくは15.0以下、より好ましくは10.0以下である。前記比X’/W’が上記の範囲にあるとき、細胞構造物を比較的短時間に高収率で培養することができる。本開示では好ましくは、全周に亘り(すなわち全ての直線L’に対して)前記比X’/W’が上記範囲である。
【0089】
図1及び
図15Bでは、中央部21が円形であり、細胞接着部22が円形の中央部21を同心円的に囲う環状形状であり、対称性が高いため、均一な細胞構造物を得るためには特に好ましい。しかし、このような例には限定されず、
図15A、
図15C、
図15Dに示すように、中央部21が矩形(正方形又は長方形)であり、細胞接着部22が、矩形の中央部21の周縁Pに沿った、内郭と外郭が矩形の形状であってもよい。また、図示しないが、中央部が楕円形で、細胞接着部が、中央部に沿って延在する楕円の環状形状であってもよい。また、上記で挙げた例では、細胞接着部の内郭と外郭が相似形状であるが、それには限定されず、例えば細胞接着部の内郭(すなわち中央部の外郭)が矩形等の多角形であり、細胞培養部の外郭が円形又は楕円形であってもよいし、逆に、細胞接着部の内郭(すなわち中央部の外郭)が円形又は楕円形であり、細胞培養部の外郭が矩形等の多角形であってもよい。また、中央部21は、半円形状であってもよい。
【0090】
図1、
図15A、
図15C、
図15Dの例では、細胞接着部22は、第2の細胞非接着部である中央部21の周縁Pに沿って連続的に延在し、全周に亘って中央部21を囲う。しかし、細胞接着部は、断続的に延在する形状であってもよい。具体的には
図15Bの例に示すように、細胞接着部22は、第2の細胞非接着部である中央部21の周縁Pに沿って断続的に延在し中央部21を囲う。このような構造であっても細胞接着部22上に接着した細胞は、増殖を経て、細胞接着部22の切れ目の部分を繋ぐような組織を形成することができる。細胞接着部22が、中央部21の周縁Pに沿って断続的に延在する実施形態では、中断部分は、1か所あたり、中央部21の周縁Pの全周の好ましくは2分の1以下、より好ましくは4分の1以下、より好ましくは6分の1以下、より好ましくは8分の1以下の長さであり、また、複数の中断部分を含む場合は、中断部分の合計が、中央部21の周縁Pの全周の好ましくは2分の1以下、より好ましくは4分の1以下、より好ましくは6分の1以下、より好ましくは8分の1以下の長さである。
【0091】
本開示で用いる細胞培養基材では、細胞接着部が、細胞非接着性の中央部を囲うように延在している構造であることで、その上に細胞が接着し増殖すると細胞が密になり栄養外胚葉細胞の性質を有する細胞への分化が促進され易く、且つ、増殖した細胞が積層し易い。この結果、外周部に栄養外胚葉細胞の性質を有する細胞が分布した袋状の細胞構造物を効率的に得ることができる。
【0092】
これに対して、特許文献2および非特許文献3に記載の手法では、細胞接着部が円形形状であるため、栄養外胚葉細胞の性質を有する細胞が増殖により内部にまで進展してしまい、外周部に栄養外胚葉細胞の性質を有する細胞が分布した袋状の細胞構造物が得られにくく、内胚葉系細胞にも分化誘導され難い。そのため後述する比較例1の結果の通り回収率が下がっていたと考えられる。また細胞接着部が円形形状である場合、細胞接着部の面積が大きいため凝集部を作るために時間を要していたと考えられる。
【0093】
細胞培養基材1のように複数の細胞培養部20が存在する場合、それらは互いに隔離されており、好ましくは0.20mm以上、より好ましくは0.30mm以上互いに離れて配置されている。各細胞培養部20を一定距離以上隔離することにより、各細胞培養部20内の細胞が隣接する他の細胞培養部20の細胞と細胞間結合を形成することなく均一に一定間隔で培養され、再現性の高い実験系を構築できる。
【0094】
図1、
図15A、
図15B、
図15C、
図15D、
図26に示す実施形態に係る細胞培養基材1は、第1の細胞非接着部10中に、1以上の細胞培養部20が含まれた構造を有している。第1の細胞非接着部10を備えていない細胞培養基材の実施形態を、
図35~37を参照して別途説明する。
【0095】
図35~37に示す細胞培養基材1の、
図1又は
図26に示す細胞培養基材1との相違点について以下に説明する。
図35~37に示す細胞培養基材1における、細胞培養部20を構成する細胞非接着部(中央部)21及び細胞接着部22の特徴及び形成方法は、
図1又は
図26に示す細胞培養基材1における細胞非接着部21及び細胞接着部22と同様であるため、
図35(B)、
図36(B)及び
図37(B)での細胞培養基材1の断面において、細胞非接着部21及び細胞接着部22の断面の特徴については描写を省略する。このほか、
図35~37に示す細胞培養基材1について言及しない特徴については
図1及び
図26に示す細胞培養基材1と同様であるため説明を省略する。
【0096】
図35に示す本開示の一実施形態に係る細胞培養基材1は、細胞培養部20を含む表面Sを有する。そして、細胞培養部20は、細胞非接着部21と、細胞非接着部21の周縁Pに沿って連続的に又は断続的に延在し(
図35では連続的に延在している例を示す)、細胞非接着部21を囲う細胞接着部22とを備える。
図35に示す細胞培養基材1のうち、細胞接着部20が表面に配置される部分を「支持基材30」とする。
【0097】
図35に示す細胞培養基材1は、1以上の突出部31を有する支持基材30を有し、各突出部31の上面Sに、細胞非接着部21とその周囲を囲う細胞接着部22とを含む。この実施形態では、突出部31の上面Sは円形であるが、他の形状を有していても良い。この実施形態では、平面視において、突出部31の上面Sの周縁部に細胞接着部22が存在し、細胞接着部22の外側には支持基材が存在しないため、細胞接着部22に接着した細胞は、培養されると、細胞接着部22よりも外側には広がらず、細胞接着部22及びその内側の細胞非接着部21上に広がり細胞構造物を形成する。
【0098】
図35に示す実施形態によれば、水平方向に隔離した突出部31の上面Sに細胞培養部20(細胞非接着部21及び細胞接着部22からなる)が存在するため各細胞培養部20内の細胞が隣接する他の細胞培養部20の細胞と細胞間結合を形成することなく培養され、再現性の高い実験系を構築しやすい。本実施形態において突出部31が複数存在する場合、それらは、好ましくは0.20mm以上、より好ましくは0.30mm以上互いに離れて配置されている。
【0099】
図36に示す本開示の一実施形態に係る細胞培養基材1は、細胞培養部20を含む表面Sを有する。そして、細胞培養部20は、細胞非接着部21と、細胞非接着部21の周縁Pに沿って連続的に又は断続的に延在し(
図36では連続的に延在している例を示す)、細胞非接着部21を囲う細胞接着部22とを備える。
図36に示す細胞培養基材1のうち、細胞接着部20が表面に配置される部分を「支持基材30」とする。
【0100】
図36に示す細胞培養基材1は、1以上の窪み部32を有する支持基材30を有し、各窪み部32の底面Sに、細胞非接着部21とその周囲を囲う細胞接着部22とを含む。この実施形態では、窪み部32の底面Sは円形であるが、他の形状を有していても良い。この実施形態では、平面視において、窪み部32の底面Sの周縁部に細胞接着部22が存在し、細胞接着部22の外側は窪み部32の周壁面であるため、細胞接着部22に接着した細胞は、培養されると、細胞接着部22よりも外側には広がらず、細胞接着部22及びその内側の細胞非接着部21上に広がり細胞構造物を形成する。
【0101】
図36に示す実施形態によれば、水平方向に隔離した窪み部32の底面Sに細胞培養部20(細胞非接着部21及び細胞接着部22からなる)が存在するため各細胞培養部20内の細胞が隣接する他の細胞培養部20の細胞と細胞間結合を形成することなく培養され、再現性の高い実験系を構築しやすい。本実施形態において窪み部32が複数存在する場合、それらは、好ましくは0.20mm以上、より好ましくは0.30mm以上互いに離れて配置されている。
【0102】
図37に示す本開示の一実施形態に係る細胞培養基材1は、細胞培養部20を含む表面Sを有する。そして、細胞培養部20は、細胞非接着部21と、細胞非接着部21の周縁Pに沿って連続的に又は断続的に延在し(
図37では連続的に延在している例を示す)、細胞非接着部21を囲う細胞接着部22とを備える。
図37に示す細胞培養基材1のうち、細胞接着部20が表面に配置される部分を「支持基材30」とする。
【0103】
図37に示す細胞培養基材1は、支持基材30の平坦な表面Sの全体に1つの細胞培養部20が形成されており、細胞接着部22は、表面Sの周縁部に配置されている。この実施形態では、支持基材30の表面Sは円形であるが、他の形状を有していても良い。この実施形態では、平面視において、支持基材30の表面Sの周縁部に細胞接着部22が存在し、細胞接着部22の外側には支持基材が存在しないため、細胞接着部22に接着した細胞は、培養されると、細胞接着部22よりも外側には広がらず、細胞接着部22及びその内側の細胞非接着部21上に広がり細胞構造物を形成する。
【0104】
図37に示す実施形態によれば、1つの細胞培養基材1には細胞培養部20(細胞非接着部21及び細胞接着部22からなる)のみが存在するため、細胞培養部20内の細胞が他の細胞と細胞間結合を形成することなく培養され、再現性の高い実験系を構築しやすい。
【0105】
<4.細胞構造物>
本開示で製造される細胞構造物は、小腸上皮細胞を含む。
前記小腸上皮細胞は、典型的には、栄養外胚葉細胞マーカーを発現する小腸上皮細胞である。
【0106】
本開示は、細胞培養時に、細胞非接着部を囲うように延在する細胞接着部において細胞が高密度で凝集し、栄養外胚葉細胞マーカーを発現する小腸上皮細胞に分化し、それが外周部に分布した袋状構造の細胞構造物が得られるという驚くべき知見に基づくものである。実施例では、栄養外胚葉細胞のマーカーであるサイトケラチン7と、小腸上皮細胞及び栄養外胚葉細胞のマーカーであるCDX2とが、細胞接着部に凝集した細胞で強く発現していることを確認している。
【0107】
なお、小腸上皮細胞は、細胞核に転写因子のCDX2及びHNF4、絨毛層にvillinが発現し、かつ内胚葉系マーカーのE-cadherinなどが発現していることを指標に確認することができる。これらのマーカーの存在は、抗体を使用した組織免疫染色やmRNAによるPCR評価などで検出可能である。
【0108】
本開示の細胞構造物は、小腸上皮細胞を含んでおり、腸と同等の機能を有する腸オルガノイドとして有用である。「腸オルガノイド」とは、細胞の起源生物の腸、特にヒト等の哺乳動物の腸、特にヒト腸に類似した機能(具体的には、蠕動運動する機能、粘液分泌機能、物質吸収機能等)を有する細胞構造体(組織)を指す。本開示の細胞構造物は、腸関連疾患を予防又は治療するための薬剤の開発や、腸関連疾患の病理研究に有用である。
【0109】
本開示の細胞構造物の全体の形状は特に限定されないが粒状であることが通常である。「粒状」は球状も包含する。
【0110】
非特許文献4にあるようにマウスES細胞でCDX2が強く発現することで栄養外胚葉細胞に分化する事が示されている。本実施例においてもマーカーとなるCDX2やCytokeratin7が凝集部において強く発現していることが確認されており、同様に栄養外胚葉細胞の性質を有する細胞に分化していると考えられる。
【0111】
さらにヒトiPS細胞からCDX2陽性細胞を含む袋状構造を有する組織が得られることは非特許文献5に記載されている。よって本開示では、培養により細胞接着部上で細胞が密集した凝集部において、幹細胞からCDX2陽性細胞に分化し、それが同様に袋状構造の形成に寄与している可能性が考えられる。
【0112】
また、ES細胞やiPS細胞が栄養外胚葉細胞への分化能を有することは非特許文献6~8にも示されている。
【0113】
以上の過去知見、並びに、後に示されるように本開示では細胞接着部に凝集した細胞ではOct3/4遺伝子の低下が観察されていることから、本開示においては、幹細胞が細胞接着部に接着し増殖して凝集部を形成し、凝集部から栄養外胚葉細胞マーカーを発現する小腸上皮細胞に分化していることが推定される。
【0114】
非特許文献9では、マウスES細胞を用いた検討ではOct遺伝子の発現が低下すると栄養外胚葉に分化することが示されており、本開示の細胞構造物でも同様の分化が生じていると推定される。
【0115】
また本開示で誘導された細胞構造物の特徴として、ABCG2トランスポーターの発現が、起源動物の小腸(起源動物がヒトである場合はヒト小腸)cDNAと発現して同等以上であることが挙げられる。これまで得られていた腸オルガノイドと比較して、ABCG2トランスポーターの発現が顕著に高い。
【0116】
腸においてABCG2トランスポーターの役割として腸での排出、例えば尿酸の排出に寄与しており、その機能低下は痛風などの症状を引き起こすと考えられている。薬物動態を観察するためには吸引だけではなく排出も見る必要がある。ここで相対値の基準として用いることができる起源動物の小腸、特にヒト小腸のcDNAに関しては部位や性別、年齢、人種等に特に制限は設けないが、部位に関しては後腸である空腸や回腸が望ましく、年齢に関しては成人年齢に達していることが望ましい。また各種市販品を用いることもでき、かつインフォームドコンセントを受けた上で得られたヒト組織より採取して得たものでも良い。ヒト小腸のcDNAの市販品としてはPCR Ready First Strand cDNA - Human Adult Normal Tissue:Small Intestine(BioChain社)、またはCUBNの発現を確実に得るために回腸より取得した製品であるPCR Ready First Strand cDNA-Human Adult Normal Tissue:Ileum(BioChain社)を用いることができる。
【0117】
しかし、これまで誘導されてきた腸オルガノイドではABCG2トランスポーターの発現が十分ではなかった。過去の解析事例として例えば非特許文献10の例が挙げられ、これもヒト腸以下の発現しか見られない。また非特許文献3に記載されているヒトES細胞を用いて得た腸オルガノイドでもABCG2トランスポーターの発現はヒト腸以下の発現であった。なお後の実施例で行ったiPS細胞を用いた非特許文献2記載のこれまでのパターン培養を行った場合での値はES細胞での値と同等であった。
【0118】
なおABCG2トランスポーターが、胎盤すなわち栄養外胚葉細胞に強く発現している事が非特許文献11および12に記載されている。
【0119】
例えば非特許文献13にはマウスの腸組織を培養することにより非特許文献1で用いられているようなLgr5陽性な腸管上皮幹細胞を用いなくても生体外培養によりオルガノイド様組織が誘導される事が報告されている。ここではTrop2陽性細胞がマウス胎児腸に発現しておりオルガノイドへの分化の元となっている。このTrop2マーカーは栄養外胚葉細胞にも強く発現しており、性質は近い。ゆえに本開示での小腸上皮細胞への発生メカニズムはこれに近いと考えられる。
【0120】
また、栄養外胚葉細胞と小腸上皮細胞の性質の近さに関しては非特許文献14でも述べられている。
【0121】
従って本開示では、非特許文献13と同様の現象が起きていると示唆され、栄養外胚葉細胞から栄養外胚葉細胞マーカーを発現する小腸上皮細胞が分化誘導されると考えられ、また分化誘導培養の期間が短いため、初期段階の細胞状態のまま細胞構造物(組織)が得られているため、構成している細胞のABCG2トランスポーターの発現量が高くなりやすいと考えられる。
【0122】
本開示の細胞構造物は更に、細胞構造物でのABCG2トランスポーターの発現量及びABCB1トランスポーターの発現量を、それぞれ、起源動物の小腸組織でのABCG2トランスポーターの発現量及びABCB1トランスポーターの発現量に対する相対値として表したとき、前記細胞構造物でのABCG2トランスポーターの発現量の前記相対値が、ABCB1トランスポーターの発現量の前記発現量に対して、90倍以上、好ましくは100倍以上である。前記比の上限は特に限定されないが、例えば1000倍以下である。本開示の細胞構造物は幼弱なヒト腸のモデルとして有用である。例えば非特許文献15で胎盤や胎児におけるABCB1トランスポーターおよびABCG2トランスポーターの発現について記載がある。これによると、ヒト胎児小腸においてはABCB1トランスポーターに関しては着床後20週間までは低く、新生児になると成体と同程度に高くなるという記載がある。対してABCG2トランスポーターでは着床後5.5週間より成体と同等の高い発現が認められるとある。そのため幼弱な腸ではABCB1トランスポーターよりもABCG2トランスポーターの発現が高くなると考えられる。
【0123】
細胞構造物の調製に用いる幹細胞の起源動物がヒトである場合に基準として用いることができるヒト小腸のcDNAについては既述の通りである。
【0124】
なお非特許文献16中には浮遊培養によりABCG2トランスポーターがヒト生体腸よりも高い腸オルガノイドの作製について記載がある。しかし、この製品は誘導によりABCB1トランスポーターの発現も高いものであり、本開示で得られる物とは異なる。また、非特許文献16に記載の製品は小腸上皮細胞のみからなっている。
【0125】
トランスポーターの発現を人為的に上昇させる手法として他には遺伝子導入による過剰発現が挙げられるが、培養細胞では達成されていてもオルガノイドや動物腸のような3次元組織では、所定のトランスポーターの発現を上昇させた例はない。この点でも本開示の細胞構造物は特徴を有する。
【0126】
ABCG2トランスポーター及びABCB1トランスポーターの発現の強度を測定する手法として遺伝子学的手法によるmRNAを計測する方法(例えばリアルタイムPCRをはじめとするqPCR法やアガロースゲルによる電気泳動によって得られたバンドの濃さによる比較)や抗体を用いたタンパク質の発現を計測する方法(例えばフローサイトメトリー)などが挙げられるが望ましくはmRNA量を測定する遺伝子学的手法である。
【0127】
ここで、ABCG2トランスポーターの発現量を、それ単独ではなく、ABCB1トランスポーターの発現量に対する比で規定する理由は以下の通りである。
【0128】
また、本開示の細胞構造物では、上記トランスポーターは主に上皮細胞で発現しているが、間質細胞でも発現が認められる。そのためABCG2トランスポーターの発現量の基準として、上皮細胞のみに発現するタンパク質(例えばCDX2やVillin)の発現量を用いると、細胞構造物内の間質細胞の量の大小に応じて値にバラつきが生じてしまう。細胞に共に発現するABCG2トランスポーターとABCB1トランスポーターとの比率を評価することで、上記の問題を回避することができる。
【0129】
なお、遺伝子CUBNがコードしているタンパク質のcubilinは十二指腸、空腸には発現がほとんど見られないが回腸では見られるコバラミン(ビタミンB12)の吸収に働くレセプターである(Jensen et al., Physiological Reports e12086 2014年)。本開示で誘導された細胞構造物の一実施形態の特徴として、CUBNの発現量が高いことが挙げられる。CUBNの発現量が高い小腸上皮細胞を含む細胞構造物は、回腸に近い性質を少なくとも有していると考えられる。cubilinは小腸上皮細胞に発現しているため、遺伝子CUBNの発現量を評価するためには、小腸上皮細胞に特徴的なマーカーの発現量に対する相対値として評価することが好ましい。小腸上皮細胞に特徴的なマーカーとしてはCDX2、Villin、Ecadherinが例示でき、望ましくはVillinである。
【0130】
そこで本開示の細胞構造物の好ましい実施形態は、
小腸上皮細胞を含む細胞構造物であって、
前記細胞構造物のCUBNの発現量及びVillinの発現量を、それぞれ、起源動物の小腸組織でのCUBNの発現量及びVillinの発現量に対する相対値として表したとき、前記細胞構造物でのCUBNの発現量の前記相対値が、Villinの発現量の前記相対値に対して、0.2~1.8、より好ましくは0.24~1.72の範囲にある。
【0131】
この特徴を有する細胞構造物は回腸に近い性質を少なくとも有する。
【0132】
細胞構造物の調製に用いる幹細胞の起源動物がヒトである場合に基準として用いることができるヒト小腸のcDNAについては既述の通りである。
【0133】
本開示の細胞構造物は、より好ましくは、内胚葉系細胞、外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞を含む。
【0134】
内胚葉は消化管のほか肺、甲状腺、膵臓、肝臓などの器官の組織、消化管に開口する分泌腺の細胞、腹膜、胸膜、喉頭、耳管、気管、気管支、尿路(膀胱、尿道の大部分、尿管の一部)などを形成する。ES細胞又はiPS細胞から内胚葉系細胞への分化は、内胚葉に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。内胚葉に特異的な遺伝子としては、例えば、AFP、SERPINA1、SST、ISL1、IPF1、IAPP、EOMES、HGF、ALBUMIN、PAX4、TAT等を挙げることができる。
【0135】
本開示の細胞構造物に含まれ得る内胚葉系細胞としては特に小腸上皮細胞が挙げられる。腸オルガノイドは、小腸上皮細胞として、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞及びパネート細胞から選択される1以上を含むことが好ましく、小腸上皮細胞として、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞及びパネート細胞を全て含むことが特に好ましい。本開示の細胞構造物に内胚葉系細胞が存在することは内胚葉系細胞のマーカーの発現が陽性であることに基づき判断できる。腸細胞マーカーとしてはCDX2、杯細胞マーカーとしてはMUC2、腸管内分泌細胞マーカーとしてはCGA、パネート細胞マーカーとしてはDEFA6が挙げられる。そのほか、ECAD、Na+/K+-ATPase、ビリンが腸上皮細胞のマーカーである。また、胚体内胚葉マーカーFOXA2、SOX17又はCXCR4も内胚葉系細胞を判別するためのマーカーとして利用できる。また、初期内胚葉及び中胚葉のマーカーであるGATA4、GATA6又はT(Brachyury)も、内胚葉系細胞を判別するためのマーカーとして利用できる。
【0136】
外胚葉は皮膚の表皮や男性の尿道末端部の上皮、毛髪、爪、皮膚腺(乳腺、汗腺を含む)、感覚器(口腔、咽頭、鼻、直腸の末端部の上皮を含む、唾液腺)水晶体などを形成する。外胚葉の一部は発生過程で溝状に陥入して神経管を形成し、脳や脊髄などの中枢神経系のニューロンやメラノサイトなどの元にもなる。また末梢神経系も形成する。ES細胞又はiPS細胞から外胚葉系細胞への分化は、外胚葉に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。外胚葉に特異的な遺伝子としては、例えば、β-TUBLIN、NESTIN、GALANIN、GCM1、GFAP、NEUROD1、OLIG2、SYNAPTPHYSIN、DESMIN、TH等を挙げることができる。
【0137】
本開示の細胞構造物に含まれ得る外胚葉系細胞としては特に腸管神経叢を構成する細胞が挙げられる。本開示の細胞構造物に外胚葉系細胞が存在することは外胚葉系細胞のマーカーの発現が陽性であることに基づき判断できる。外胚葉系細胞を判別するためのマーカーとしては腸管神経叢マーカーPGP9.5や、神経前駆細胞マーカーSOX1が利用できる。
【0138】
中胚葉は体腔及びそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格、皮膚真皮、結合組織、心臓、血管(血管内皮も含む)、血液(血液細胞も含む)、リンパ管、脾臓、腎臓、尿管、性腺(精巣、子宮、性腺上皮)を形成する。ES細胞又はiPS細胞から中胚葉系細胞への分化は、中胚葉に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。中胚葉に特異的な遺伝子としては、例えば、FLK-1、COL2A1、FLT1、HBZ、MYF5、MYOD1、RUNX2、PECAM1等を挙げることができる。
【0139】
本開示の細胞構造物に含まれ得る中胚葉系細胞としては特に平滑筋細胞、カハール介在細胞が挙げられる。腸オルガノイドに中胚葉系細胞が存在することは、中胚葉系細胞マーカーの発現が陽性であることに基づき判断できる。中胚葉系細胞マーカーとしては、平滑筋細胞マーカーのα-平滑筋アクチン(SMA)、カハール介在細胞マーカーのCD34及びCKIT(二重陽性の場合)が利用できる。また、初期内胚葉及び中胚葉のマーカーであるGATA4、GATA6又はT(Brachyury)も、中胚葉系細胞を判別するためのマーカーとして利用できる。
【0140】
本開示の細胞構造物は、好ましくは、外表面の少なくとも一部に小腸上皮細胞を含む。この実施形態によれば、細胞構造物の外側にある物質を、外表面の小腸上皮細胞を介して内部に吸収することができるため好ましい。また、この実施形態において、外表面の小腸上皮細胞が更にトランスポーター陽性であるとき、トランスポーターを介した物質の取り込みが可能となるため更に好ましい。すなわち、トランスポーター陽性の小腸上皮細胞を含む腸オルガノイドは、腸と類似した物質吸収能を有する。
【0141】
<5.小腸上皮細胞を含む細胞構造物の製造方法>
本開示の、小腸上皮細胞を含む細胞構造物の製造方法は、
上記の特徴を有する細胞培養基材上に幹細胞を播種すること、並びに
播種された前記幹細胞を培養して、前記幹細胞の一部を小腸上皮細胞に分化させることを含む。
【0142】
前記小腸上皮細胞は、典型的には、栄養外胚葉細胞マーカーを発現する小腸上皮細胞である。
【0143】
本開示で用いる細胞培養基材は、幹細胞の細胞接着部への接着を促進する目的で、プレコート剤によりプレコート処理されていることが好ましい。プレコート処理剤とは、細胞培養基材に予め適用して、細胞接着部への細胞の接着を促進するための成分である。プレコート処理剤としては、細胞外マトリックス(コラーゲン、フィブロネクチン、プロテオグリカン、ラミニン、ビトロネクチン)、ゼラチン、リジン、ペプチド、それらを含むゲル状マトリックス、血清等が挙げられる。プレコート処理を実施することにより、接着性の低い幹細胞の細胞接着部への接着を促進でき、細胞の接着培養及び分化誘導を効果的に実施できる。
【0144】
幹細胞は、播種前に未分化性を維持した条件で培養することができる。このときの培養に用いる培地は、幹細胞を分化誘導させない培地であれば特に限定されないが、例えば、マウス胚性幹細胞及びマウス人工多能性幹細胞の未分化性を維持する性質を有していることが知られているleukemia inhibitory factorを含む培地や、ヒトiPS細胞の未分化性を維持する性質を有していることが知られているbasic FGFを含む培地等が挙げられる。
【0145】
細胞培養基材に播種された幹細胞を培養してその一部を小腸上皮細胞に分化させる工程は、幹細胞を増殖させ、分化誘導することができる培地中で行えばよく、培地は特に限定されない。例えば、具体例として特許文献1、特許文献2、非特許文献4で使用した培地や、StemFit(味の素社)、StemFlex(Life Technologies社)、ReproFF(リプロセル社)などの市販の培地が挙げられる。また培地は、血清含有培地であってもよいし、血清に代替する性質を有する既知成分を含有した無血清培地であってもよい。なお特許文献1、特許文献2、非特許文献4に含まれている因子(FGF2、IGF-1、ヘレグリン)が多能性幹細胞の増殖に寄与している事は非特許文献17及び18に記載されている。
【0146】
培地としては、MEM培地、BME培地、DMEM培地、DMEM-F12培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM-160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地及びRPMI1640培地等を用いることができる。培地には、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。例えば、0.1~2%のピルビン酸、0.1~2%の非必須アミノ酸、0.1~2%のペニシリン/ストレプトマイシン、0.1~1%のグルタミン、0.1~2%のβメルカプトエタノール、1mM~20mMのROCK阻害剤(例えば、Y27632)を添加してもよい。
【0147】
細胞培養基材への幹細胞の播種密度は常法に従えばよく特に限定されるものではない。本開示においては、幹細胞を細胞培養基材に対し3×104 cells/cm2以上の密度で播種することが好ましく、3×104~5×105 cells/cm2の密度で播種することがより好ましく、3×104~2.5×105 cells/cm2の密度で播種することがさらに好ましい。
【0148】
培養温度は、通常37℃である。CO2細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO2濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。
【0149】
幹細胞を細胞培養基材へ播種した後の培養期間は、細胞の初期播種密度や細胞接着部の形状、大きさによって差異が生じるが、2~4週間程度であることが好ましい。本発明者らは、本明細書に記載の構造の細胞培養基材上で幹細胞を培養し分化誘導するとき、播種後2~4週間で、分化誘導された小腸上皮細胞を含む細胞構造物が自然に浮遊して剥離し、回収できること、そしてこうして回収された細胞構造物の回収率は顕著に高いことを見出した。非特許文献3に記載の、円形の細胞接着部を有する基材上では30日以上経過後に細胞構造物が剥離し、しかもその回収率が非常に低いことと比較して、本開示の方法は有利である。
【0150】
また本開示の方法で分化誘導された細胞構造物は細胞培養基材から自然に浮遊して剥離するが、細胞構造物を破壊しない温和な酵素処理(例えばAccutaseやTrypLEなど)やEDTA処理、培地等の液体の吹きかけ、スクレーパーによる物理的な剥離等の各種手法を用いて、細胞培養基材からの細胞構造物の剥離を促進してもよい。
【0151】
細胞構造物が細胞培養基材から剥離した後、更に浮遊培養を継続してもよい。浮遊培養の期間は限定されない。
【0152】
ABCB1トランスポーターの発現量に対しABCG2トランスポーターの発現量の高い幼弱なヒト小腸の特徴を有する実施形態の本開示の細胞構造物は、播種後2~4週間で剥離し回収することで得ることができる。
【0153】
<6.細胞構造物保持基板>
本開示の別の態様は、
細胞培養部を含む表面を有する細胞培養基材であって、
前記細胞培養部が、細胞非接着部と、前記細胞非接着部の周縁に沿って連続的に又は断続的に延在し、前記細胞非接着部を囲う細胞接着部とを含む、
細胞培養基材、並びに
前記細胞培養部上に接着された、小腸上皮細胞を含む細胞構造物
を含む、細胞構造物保持基材に関する。
【0154】
前記細胞構造物保持基材は、小腸上皮細胞を含む細胞構造物を基材上に保持するため、小腸上皮細胞を含む細胞構造物を、腸関連疾患を予防又は治療するための薬剤の開発や、腸関連疾患の病理研究を目的とした試験に利用する際の取り扱い性が容易である。また、前記細胞構造物保持基材は、ノロウイルス等の、小腸組織に増殖するウイルス又は微生物を培養する際の足場として利用することも可能である。
【0155】
また、上記で説明したような小腸上皮細胞を含む細胞構造物を培養するための培地中で、前記細胞構造物保持基材上の細胞構造物の培養を更に継続して、小腸上皮細胞を含む細胞構造物を成熟させ、細胞培養基材から遊離させて回収することも可能である。
【0156】
細胞構造物を構成する細胞の増殖性は、細胞構造物が細胞培養基材に接着された状態のほうが、細胞構造物が培地中に浮遊している状態よりも高いことから、本開示の細胞構造物保持基材は上記の用途に適している。
【0157】
また、細胞構造物は細胞が進展して広がった状態で細胞培養基材に接着している。このため、本開示の細胞構造物保持基材は、小腸組織に増殖するウイルス又は微生物を培養するための足場として適している。
【0158】
前記細胞構造物保持基材は、細胞構造物が生存できるように、細胞構造物が緩衝液又は培地と接触していることが好ましい。
【0159】
前記細胞構造物保持基材の一実施形態を
図33に基づいて説明し、別の一実施形態を
図34に基づいて説明する。
【0160】
図33に示す実施形態に係る細胞構造物保持基材100は、細胞培養基材1と、小腸上皮細胞を含む細胞構造物101とを含む。
【0161】
細胞培養基材1は、細胞培養部20を含む表面Sを有する。そして、細胞培養部20は、細胞非接着部(中央部)21と、細胞非接着部21の周縁Pに沿って連続的に又は断続的に延在し(
図33では連続的に延在している例を示す)、細胞非接着部21を囲う細胞接着部22とを備える。
図33に示す例では、表面Sは更に第1の細胞非接着部10を含み、第1の細胞非接着部10中に1以上の細胞培養部20が配置されている。細胞培養基材1のうち、第1の細胞非接着部10及び細胞接着部20が表面に配置される部分を「支持基材30」とする。
【0162】
細胞培養基材の特徴及びその製造方法は本明細書、特に前記<2.細胞培養基材の細胞非接着部及び細胞接着部>及び<3.細胞培養基材の細胞培養部の形状の特徴>において説明した通りであり、説明を省略する。細胞構造物101の寸法に対して、第1の細胞非接着部10、第2の細胞非接着部(中央部)21、細胞接着部22の厚さ及び/又は相互間の段差は十分に小さいため、
図33(B)では、支持基材30の、第1の細胞非接着部10、第2の細胞非接着部(中央部)21、及び、細胞接着部22を含む表面Sは平坦な平面として示す。
【0163】
図33に示す実施形態に係る細胞構造物保持基材100では、小腸上皮細胞を含む細胞構造物101は、表面Sの法線方向に沿って細胞構造物保持基材100を見た場合に、少なくとも細胞接着部22と重なる位置に存在する。細胞培養基材1に幹細胞を播種して細胞培養を行うと、細胞接着部22に幹細胞が接着し増殖して、細胞が密に凝集した凝集部が形成される。そして、凝集部の細胞は、形成された細胞の凝集部において栄養外胚葉細胞のマーカーを発現する小腸上皮細胞に分化して、
図33に示す細胞構造物101を形成する。表面Sの法線方向に沿って細胞構造物保持基材100を見た場合に細胞接着部22と重なる位置に存在する小腸上皮細胞は、CDX2、サイトケラチン7及びE-カドヘリンから選択される1以上のマーカーを発現する細胞であることが好ましい。
【0164】
図34に示す実施形態に係る細胞構造物保持基材100は、細胞培養基材1と、小腸上皮細胞を含む細胞構造物101とを含み、小腸上皮細胞を含む細胞構造物101が、表面Sの法線方向に沿って細胞構造物保持基材100を見た場合に、細胞接着部22及び細胞非接着部(中央部)21と重なる位置に存在する。この実施形態において、細胞培養基材1の特徴は、
図33に示す実施形態と同様であり説明を省略する。
図34(B)においても、支持基材30の、第1の細胞非接着部10、第2の細胞非接着部(中央部)21、及び、細胞接着部22を含む表面Sは平坦な平面として示す。
【0165】
細胞培養基材1に幹細胞を播種して細胞培養を行うと、細胞接着部22に幹細胞が接着し増殖して、細胞が密に凝集した凝集部が形成されて、
図33に示すように、細胞接着部22が、小腸上皮細胞を含む細胞構造物101により被覆される。更に培養を続けると、細胞接着部22上の細胞構造物101から遊走した細胞により細胞非接着部(中央部)21が被覆されて、細胞非接着部(中央部)21及び細胞接着部22を被覆する細胞構造物101が形成される。
【0166】
図34に示す実施形態における細胞構造物101は、好ましくは、表面Sの法線方向に沿って細胞構造物保持基材100を見た場合に、細胞非接着部(中央部)21と重なる位置101bよりも、細胞接着部22と重なる位置101aにおいて、多くの小腸上皮細胞を含む。このことは、細胞培養基材1上に接着された細胞構造物101を、小腸上皮細胞のマーカー(例えばCDX2、サイトケラチン7及びE-カドヘリンから選択される1以上のマーカー)に対する抗体を使用して免疫染色し観察することで確認することができる。また、表面Sの法線方向に沿って細胞構造物保持基材100を見た場合の、細胞構造物101の細胞接着部22と重なる位置101aから採取した細胞試料のmRNA中の小腸上皮細胞のマーカーのmRNA量と、細胞構造物101の細胞非接着部(中央部)21と重なる位置101bから採取した細胞試料のmRNA中の小腸上皮細胞のマーカーのmRNA量とを比較して、前者が後者よりも大きい場合に、細胞構造物101が、表面Sの法線方向に沿って細胞構造物保持基材100を見た場合に細胞非接着部(中央部)21と重なる位置101bよりも、細胞接着部22と重なる位置101aにおいて、多くの小腸上皮細胞を含むと判断することができる。
【0167】
図34に示す実施形態における細胞構造物101は、好ましくは、表面Sの法線方向に沿って細胞構造物保持基材100を見た場合に、細胞非接着部(中央部)21と重なる位置101bに、神経細胞及び筋肉細胞を含み、より好ましくは、細胞接着部22と重なる位置101aよりも細胞非接着部(中央部)21と重なる位置101bにおいて、多くの神経細胞及び筋肉細胞を含む。
【0168】
図34に示す実施形態における細胞構造物101の別の好ましい例は、内胚葉系細胞(小腸上皮細胞を含む)、外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞を含むことが好ましく、袋状の構造を有することが好ましく、上記の<4.細胞構造物>で説明した特徴を有することが更に好ましい。
【0169】
本開示の一以上の実施形態に係る細胞構造物保持基材は、細胞培養基材の表面に幹細胞を播種し培養することで製造することができる。幹細胞及び培養条件の好ましい態様は上記の<1.幹細胞>及び<5.小腸上皮細胞を含む細胞構造物の製造方法>に記載した通りである。ただし、細胞構造物保持基材を製造する目的では、細胞培養基材の細胞培養部上に接着した細胞構造物が細胞培養基材から遊離する前の所望の段階に達した後に、細胞培養基材を、細胞構造物の培養及び成熟が進行しにくい条件に曝して、細胞構造物保持基材の製品とすることが好ましい。
【0170】
上記の「細胞構造物の培養及び成熟が進行しにくい条件」としては、低温条件や、栄養因子を含有しない又は低濃度で含む培地又は緩衝液中の条件が挙げられる。
【0171】
以下、具体的な実験結果を参照して本開示を説明するが、本開示の範囲は実験結果の範囲には限定されない。
【実施例】
【0172】
<実施例1>
(細胞培養基材の作製)
細胞培養基材として、ガラス基材上に形成された、ポリエチレングリコール400の層が酸化分解されて形成された領域である、内径180μm、280μm又は380μm且つ幅60μmの環状パターンからなる細胞接着部(
図1参照)と、前記細胞接着部の環状パターンの内側及び外側の、ガラス基材の表面がポリエチレングリコール400で被覆された領域である細胞非接着部とを備える細胞培養基材を作製した。前記細胞培養基材は、複数個の、300~500μm間隔で形成された前記環状パターンからなる細胞接着部を備える(
図1参照)。以下の説明では、環状パターンからなる細胞接着部を「環状細胞接着部」と称する。
【0173】
細胞培養基材は、特許第5070565号(特許文献6)及びOkochi et al., Langmuir 第25巻 6947~6953ページ 2009年(非特許文献19)に記載の手順により作製した。以下にその概要を説明する。
【0174】
(一段階目の反応)
トルエン39.0g、エポキシシランTSL8350(GE東芝シリコーン製)0.48g、トリエチルアミン0.97gを混合し、室温で10分間攪拌した。このシラン溶液にUV洗浄済みの10cm角のガラス基板を洗浄面が上向きとなるように浸漬した。室温で16時間放置した後、基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。これにより、ガラス基板表面にエポキシ基を含む薄膜が形成された。
【0175】
(二段階目の反応)
50gの平均分子量400のポリエチレングリコール(PEG400)を攪拌しながら25μlの濃硫酸を一滴ずつ添加した。そのまま数分間攪拌してから、全量をガラス皿に移した。ここに上記の基板を浸漬し、80℃で20分間反応させた。反応後、基板をよく水洗し、窒素ブローで乾燥させた。これにより、ガラス表面に均一な親水性薄膜が形成された。
【0176】
(酸化処理)
表面全域に酸化チタン系光触媒を塗布したフォトマスクを作製した。フォトマスクは、複数個の、300~500μm間隔で形成された上記寸法の環状細胞接着部に対応する形状の開口部が形成され、且つ、周囲に幅約1.5cmの開口部を有する5インチサイズのものを用いた。あらかじめ露光機の照度を350nmの波長で計測し、露光時間の設定の目安とした。このフォトマスクの光触媒層と基板表面の親水性薄膜を接触させ、フォトマスク側から光が照射されるよう露光機内に設置した。波長350nmの照度が20mW/cm2の水銀ランプで50秒間露光し、基板表面の親水性薄膜を部分的に酸化分解した。この基板を25mm×15mmの大きさに切断し、細胞接着基板として使用した。細胞培養に使用する前に、細胞培養基材に対しEOG滅菌処理を22時間施した。
【0177】
前記細胞培養基材を、3.5cmペトリディッシュ(Corning社)の底面上に設置し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で1/100希釈したビトロネクチン(Life Technologies社)と室温で30分間以上接触させてコーティングした後に、PBSで3回洗浄してから使用した。
こうして得られた細胞培養基材は
図1(B)に示すような断面構造を有する。
【0178】
(培養)
国立研究開発法人国立成育医療研究センターは、月経血から取得した細胞に山中4因子をセンダイウイルスベクターによって一過的に発現させて、ヒトiPS細胞株であるEdom iPS細胞を樹立している(PLoS Genet. 2011 May; 7(5): e1002085. Published online 2011 May 26. doi: 10.1371/journal.pgen.1002085PMCID: PMC3102737)。Edom iPS細胞を、ビトロネクチンコートした細胞培養用ディッシュ(Corning社)中でStemFit培地(味の素社)を用いてあらかじめ増殖させた。増殖した細胞を、PBSで1/1000に希釈したEDTA(Invitrogen社)を用いて37℃で10分間処理することにより前記ディッシュから剥離し、前記細胞培養基材に1×106個播種し培養した。培地として、非特許文献3記載のXF hESC培地を用いた。播種当日は前記培地にY27632を含ませたが、翌日培地交換しY27632を含まない前記培地で維持した。4日目以降、培地交換を3~4日に1回行った。培養中、細胞培養基材から自然剥離した組織を回収し、別のペトリディッシュ内で同じ培地で浮遊培養させて維持した。
【0179】
図2に、内径の異なる環状細胞接着部を有する各細胞培養基材を用いて培養したときの培養1日目、6日目、11日目、18日目の培養物の観察像を示す。培養1日目の写真は他の物と比較して拡大倍率が高い。先に環状細胞接着部で細胞が増殖し、続いて、環状細胞接着部で囲われた内側の細胞非接着部が増殖した細胞により被覆される様子が観察された。
【0180】
図3に、培養3週の培養物の観察像を示す。
図3に示す観察像は、各細胞培養基材上での培養により、袋状構造を有する組織が高い割合で形成されたことを示す。
【0181】
この培養の結果、袋状構造を有する組織が培養開始後2~3週間で表面から自然剥離し回収できることが示された。
図4に、内径380μmの環状細胞接着部を有する基材上で形成され剥離した袋状構造を有する組織の観察像(左がディッシュ全体の写真、右が組織の観察像)を示す。
図4の左の写真において、ディッシュに見える白い点状の物が、袋状構造を有する組織である。
図4の右の写真は、本実施例で得た袋状構造を有する組織の顕微鏡による観察像である。本実施例で得た袋状構造を有する組織の観察像は、iPS細胞を類似した培地中で培養して得た、Uchida et al., JCI Insight 第2巻 e86492 2017年に記載の、腸機能を有する袋状の組織(腸オルガノイド)の観察像と類似していること及び後述する実施例4、実施例5の結果から、本実施例で得た袋状構造を有する組織もまた、腸オルガノイドであることが分かる。
【0182】
細胞培養基材上の環状細胞接着部の数に対する、回収された袋状構造を有する組織の割合(以下「組織回収率」と称することがある)は80%以上であり、高収率であった。
【0183】
<比較例1~3>
比較例1として、Uchida et al., JCI Insight 第2巻 e86492 2017年に記載されている、ポリエチレングリコール層で被覆された領域である細胞非接着部と、ポリエチレングリコール層が酸化分解されて形成された直径1500μmの円形の複数の細胞接着部とが形成された細胞培養基材を用意した。
【0184】
比較例2として、複数の円形の細胞接着部の各々の直径が282μmである点を除いて比較例1と同じ構造の細胞培養基材を用意した。
【0185】
比較例1及び比較例2の細胞培養基材の製造方法は、実施例1の細胞培養基材の製造方法と同様であり、フォトマスクの開口部の形状を細胞接着部に応じて適宜変更すればよい。
比較例3として接着パターンが作られていないガラス基材を用意した。
【0186】
比較例1~3の各基材上で、実施例1と同様の条件で、Edom iPS細胞の播種及び培養を行った。
【0187】
図5に、比較例1、比較例2、比較例3の各基材上での培養開始後3週間の培養物の顕微鏡観察像を示す。
【0188】
比較例1では、袋状構造を有する組織の表面からの剥離開始が、培養開始後3~4週間で観察され、組織回収率は4~5%であった。前記実施例1と比較し比較例1では剥離までの培養期間が長く、組織回収率が低かった。
【0189】
比較例2では、培養開始後2~3週間で袋状構造を有する組織が得られたが、観察像が暗い細胞凝集塊が多く得られた。袋状構造を有する組織の組織回収率は10%以下であった。また、
図5の「比較例2」にて矢印で示す組織のように、隣接する複数の円形パターンでの培養物が融合して形成される、寸法の大きな袋状構造を有する組織が形成されることもあった。
【0190】
比較例3では、小さな袋状構造が1~2個程度得られる場合もあったが、袋状構造を有する組織が形成されるまでに基材の表面全体での細胞増殖が必要であり培養に1ヶ月以上の時間を要し、形成される袋状構造を有する組織の数は、実施例1での場合と比較して著しく少なかった。なお細胞接着部のパターンの数が定められていないため、この場合では組織回収率の計算はできていない。
【0191】
以上の結果は、実施例1のように、環状パターンからなる細胞接着部を複数備えた基材でのiPS細胞の培養により、袋状構造を有する組織を、短い培養期間で得ることができ、且つ、組織向上率が顕著に高いことを示す。
【0192】
<実施例2>
実施例1でのパターン培養の経過観察を行うため、下記のタイムラプス観察を実施した。
【0193】
実施例1で用いた内径380μm、幅60μmの環状細胞接着部を複数備えた細胞培養基材を、ディッシュの底面上に固定した器材を作製した、この器材を用いて、実施例1と同様の条件で、Edom iPS細胞の播種及び培養を行った。
【0194】
培養4日目から21日目まで12時間おきにBioStation(ニコン社)を用いて撮影を行った。撮影作業は添付のマニュアルに従い、培地交換は2~3日に1回行った。
【0195】
図6に、培養4日目、9日目、13日目、20日目の各時点での1つの環状細胞接着部周辺の細胞の観察像を示す。これより、細胞はまず環状パターン上で増殖及び積層し、その後、培養21日目までに袋状構造を形成することが確認された。
【0196】
<実施例3>
他の細胞種を用いて袋状構造を有する組織の形成を試みた。
ヒトES細胞のSEES2細胞株を、実施例1と同じ内径180μm、280μm又は380μm、幅60μmの環状細胞接着部を備えた細胞培養基材を用いて培養した。まず、1/1000で希釈したrhLIF(和光純薬工業社)を添加したStemFit培地(味の素社)を用い、ビトロネクチンコートした細胞培養用ディッシュ(Corning社)中で増殖培養した。増殖培養した細胞をAccutase(Life Technologies社)を37℃5分間処理することで剥離処理して回収し、前記基材に播種し、実施例1と同様の手順で培養した。
【0197】
図7に、各細胞培養基材を用いた培養の1日目及び7日目の観察像と、内径280μmの環状細胞接着部を有する細胞培養基材を用いた培養で培養3週間後に回収された袋状構造を有する組織の観察像を示す。袋状構造を有する組織の観察像、及び、組織回収率はiPS細胞を用いた実施例1と同様であった。
【0198】
この結果は、環状細胞接着部を含む細胞培養基材上での幹細胞の培養により袋状構造を有する組織が効率良く作成することができること、並びに、このような組織の形成は、ES細胞を用いた場合でも実施例1のようにiPS細胞を用いた場合と同様に生じ、多能性幹細胞の種類を問わないことを示す。
【0199】
<実施例4>
実施例1での培養過程を検討するために、実施例1と同じ内径380μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上で細胞培養を行い、マーカーの発現を免疫染色により調べた。
【0200】
内径380μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材及び細胞培養の条件は実施例1に記載の通りである。
【0201】
培養4日目、培養7日目または培養12~14日目の組織を含む細胞培養基材を4%パラホルムアルデヒド(和光純薬社)により室温で20分間固定した後にPBSで洗浄し、1%BSAおよび0.1%Triton含有PBSにより室温で30分間ブロッキング操作を行った後に、前記基材を、マウスIgG1標識抗Cytokeratin7抗体(Abcam社 希釈率1/500)、マウスIgG3b標識抗Oct3/4抗体(SantaCruz Biotechnologies社 希釈率1/200)、ウサギIgG標識抗Ki67抗体(Abcam社 希釈率1/500)又はウサギIgG標識抗CDX2抗体(Abcam社 希釈率1/1000)と室温で1時間インキュベートした。インキュベート後の前記基材をPBSで3回洗浄し、次いで、PBSで希釈したAlexa488標識抗ウサギIgG抗体(Molecular Probes社 希釈率1/1000)またはAlexa546標識抗マウスIgG抗体(Molecular Probes社 希釈率1/1000)と室温で30分インキュベートした。インキュベート後の前記基材を更にPBSで3回洗浄し、次いで、前記基材上の細胞の細胞核をDAPI(Sigma社 希釈率1/1000)により室温で10分間染色させた後に封入し、共焦点顕微鏡で観察した。なお抗体の種類に関しては適切に取捨選択を行った。
【0202】
図8に、培養4日目の観察像を示す。これより培養4日目の段階で、環状細胞接着部上に、Ki67陽性且つOct3/4陽性な、増殖能を有する未分化細胞が存在しており、凝集部が形成され得ることが示唆された。
【0203】
図9に、培養7日目の観察像を示す。
図9の上段の観察像は、主に内部に多分化能を有するOct3/4陽性の未分化細胞が存在し、外周部にCDX2陽性細胞が存在する組織が形成されたことを示す。
図9の下段の観察像は、前記CDX2陽性細胞は、Cytokeratin7陽性の栄養外胚葉細胞であったことを示す。
【0204】
以上の結果より、実施例1の環状細胞接着部を有する細胞培養基材上で多能性幹細胞を培養し形成される組織において、外周部の細胞が特に密な凝集部を形成する部分は栄養外胚葉細胞からなっており、その後増殖により未分化細胞が内部に浸潤していることが示唆された。
【0205】
更に、内径600μm、幅100μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材を、実施例1に記載の条件により作製した。この細胞培養基材上で、実施例1に記載の条件によりEdom iPS細胞を培養した。培養9日目に細胞培養基材の細胞接着部に接着している細胞構造物を固定し、内胚葉系細胞マーカーのマウスIgG2a標識抗E-cadherin抗体(BD Pharmingen社 希釈率1/1000)、神経細胞マーカーのウサギIgG標識抗βIII tublin抗体(Abcam社 希釈率1/1000)、筋肉細胞マーカーのマウスIgG2a標識抗Smooth Muscle Actin抗体(SMA;Sigma社 希釈率1/500)および上記2次抗体を用いて上記の手順により染色したうえで共焦点顕微鏡のBZ-X710(キーエンス社)で観察した。
【0206】
結果を
図27及び
図28に示す。
図27及び
図28から、外周部にE-cadherin陽性細胞を含む袋状の細胞構造物が誘導されていること、並びに、その内部(環状パターンの中央部(細胞非接着部)上)が、遊走した神経細胞又は筋肉細胞により占められていること確認された。このことから、環状の細胞接着部上で、袋状の細胞構造物の外周部を構成するE-cadherin陽性細胞が誘導され、細胞非接着性の中央部は、遊走した神経細胞、筋肉細胞等により被覆されていると考えられる。なお
図28で見られる袋状の細胞構造物は、環状の細胞接着部の外郭寸法よりも収縮している。この収縮は、細胞遊走等の影響だと考えられる。
【0207】
<実施例5>
実施例1において、内径280μm又は内径380μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上での培養し、培養開始後3~4週間で自然に剥離した組織を回収し、別のディッシュ内で培養開始後6週間まで浮遊培養して得られた袋状構造を有する組織について、組織中の腸細胞及び三胚葉由来細胞の有無を検討するために免疫染色による評価を行った。
【0208】
iPGell(GenoStaff社)および4%パラホルムアルデヒド溶液(和光純薬工業社)を用いて組織を製品添付のプロトコールに従い1晩固定した。固定した組織をパラフィン包埋した後に厚さ4~6μmの組織切片を作製した。Uchida et al., JCI Insight 第2巻 e86492 2017年に記載された方法で抗体染色を行った。抗体染色の方法は下記の通りである。
【0209】
前記組織切片を、ウサギIgG標識抗CDX2抗体(Abcam社;希釈率1/1000)及びマウスIgG標識抗Villin抗体(SantaCruz Biotechnologies社;希釈率1/200)、又はマウスIgG標識抗Smooth Muscle Actin抗体(Sigma社;希釈率1/500)、又はウサギIgG標識抗PGP9.5抗体(DAKO社;希釈率1/200)と4℃で1晩インキュベートすることで1次抗体染色を行った。1次抗体染色後の前記組織切片を、PBSで5分3回洗浄した後にPBSで希釈したAlexa488標識抗ウサギIgG抗体及びAlexa546標識抗マウスIgG抗体(共にMolecular Probes社;希釈率1/1000)と室温で1時間インキュベートすることで2次抗体染色を行った。2次抗体染色後の前記組織切片をPBSで5分3回洗浄した後に細胞核を(DAPI;Sigma社;希釈率1/1000)で染色し、封入した。
【0210】
図10に、実施例1において内径280μm又は380μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上で培養し形成された組織の、抗CDX2抗体、抗Villin抗体及びDAPIによる染色の結果を示す。
図10に示す結果は、実施例1で形成された組織が、細胞核がCDX2陽性かつ上皮がVillin陽性な、絨毛層を有する腸管上皮組織を含むことを示す。
図11に、実施例1において内径380μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上で培養し形成された組織の、抗平滑筋アクチン(Smooth Muscle Actin)抗体、抗PGP9.5抗体及びDAPIによる染色の結果を示す。
図11に示す結果は、実施例1で形成された組織が、内胚葉由来の腸管上皮組織に加えて、中胚葉由来の平滑筋アクチン陽性な筋組織や、外胚葉由来のPGP9.5陽性な神経線維様組織を有することを示す。
図10及び
図11に示す結果は、実施例1で形成された組織が、三胚葉由来組織を含むことを示す。
【0211】
<実施例6>
環状細胞接着部の適切なサイズ及び接着部の幅を検討するために下記の解析を行った。 内径と幅が異なる環状細胞接着部を備える細胞培養基材を、実施例1と同じ方法で作製し、実施例1と同じ方法でEdom iPS細胞の培養を行い、目視による評価で袋状構造を有する組織の出来具合により++(袋状構造を有する組織が効率良く得られている)、+(袋状構造を有する組織の分化は起きているが剥離が多い、或いは、組織の生成が比較例1と同等で遅い)、-(培養過程での細胞剥離や細胞増殖による被覆ができない等の理由で組織が得られない)の3段階に分類した。
【0212】
代表的な例の観察像を
図12に示す。
図12は、各寸法の環状細胞接着部を備える細胞培養基材上での培養18日目の観察像である。評価が「++」の場合(左列)は、3週間以内に袋状構造を有する組織が剥離して回収できた。
【0213】
結果を
図13に示す。なお
図13には、実施例1での解析結果内容も含まれている。この結果は、環状細胞接着部の内径は好ましくは180μm~880μm、より好ましくは180μm~600μmであることを示し、環状細胞接着部の幅は好ましくは30μm~400μmの範囲であり、より好ましくは40μm~400μmの範囲であり、特に好ましくは60μm~300μmであることを示す。
【0214】
内径580μm、幅60μmの環状細胞接着部を備える細胞培養基材上での培養により得られた袋状構造を有する組織の観察像を
図14に示す。
【0215】
<実施例7>
細胞接着部の形状に関して下記の検討を行った。
検討した実施例の細胞培養基材における細胞接着部の形状は
図15A、
図15B、
図15C、
図15Dの通りである。
(15A)内寸が一辺280μm~300μmの正方形で、幅50~60μmの細胞接着部
(15B)内径280μm、幅60μmの環状で、周方向の1/8が欠落している、細胞接着部
(15C)内寸が長辺600μm、短辺300μmの長方形で、幅50μmの細胞接着部(15D)内寸が一辺600μmの正方形で、幅50μmの細胞接着部
細胞培養基材の製造方法及び細胞培養方法は実施例1に記載の通りである。
【0216】
前記(15A)~(15D)の形状の細胞接着部を備える細胞培養基材を用いてEdom iPS細胞を培養した培養物の観察像を
図16A、16B、16C、16Dにそれぞれ示す。いずれの形状の細胞接着部を備える細胞培養基材を用いた場合も、他の実施例と同様に短期間で袋状構造を有する組織が得られた。また(15B)の、周方向の1/8が欠落した環状の細胞接着部であっても、欠落した部分が増殖した細胞に被覆されるため、全周に亘り完全な環状の細胞接着部と同様に、袋状構造を有する組織が形成された。
【0217】
以上の結果より、細胞接着部の形状には特に制限は無く、必ずしも円形である必要はないことが分かる。また、培養によって閉鎖系になればよく、必ずしも初期パターンが閉鎖パターンでなくても良い。さらに細胞非接着部を囲う長方形の形状の細胞接着部でも同様に腸構造物が得られたことから、細胞接着部で囲われる細胞非接着部は、縦横の長さが等しくなくても良く、細胞接着部で囲われる細胞非接着部が例えば楕円や半円形状であってもよいことが示唆された。
【0218】
<実施例8>
実施例1では細胞非接着部をポリエチレングリコールの被覆により形成した。本実施例では、ポリエチレングリコールの代わりに他の化合物を用いて同様の効果が得られるかを検討した。そこで、内径280μm又は380μm、幅60μmの複数の環状細胞接着部を備える細胞培養基材を以下の方法で作製した。
【0219】
基材としてガラス(170μm厚)を125mm四方に切り出し、前洗浄としてアルカリ洗浄液であるパーケム(パーカーコーポレーション社、PK-LCG23)で48時間以上浸漬し、純水でリンスした。その後、窒素雰囲気中で真空紫外線(172nm)を6分照射した。次に、環状パターンの形成プロセスとして、前記洗浄したガラス基材上に感光性ドライフィルムレジスト(ニチゴー・モートン社、NIT915)を100℃のホットプレー上でラミネートし、5分間加熱保持した。その後、上記寸法の環状パターンと同寸法の開口を有するフォトマスクを介してUV光(ブロードバンド)を200mJ照射した。炭酸ナトリウム水溶液で2分処理することによりレジストでのパターンを形成し、100℃で5分のベーク後に180℃5分のステップベークを行った。この状態で、15mm×25mm四方に切り出し、別途99.5%エタノールに0.5wt%Lipidure(登録商標、日油株式会社)を溶解させた溶液を準備し、これを、切り出した前記基材上に200μl程度キャストコートにより被覆した。一日間の自然乾燥後、AZリムーバー100(東京応化社)中に5分間超音波を印加した状態で前記基材を浸漬し、レジストを除去後、リンスを行った。最後に、EOG滅菌処理を22時間行った。こうして、ガラス基材の表面が露出した内径280μm又は380μm、幅60μmの複数の環状細胞接着部と、環状細胞接着部の内側及び外側の、ガラス基材の表面がLipidure(登録商標)で被覆された細胞非接着部とを有する基材を得た。この実施例での細胞培養基材は、実施例1と同様に
図1(B)に示すような断面構造を有する。
【0220】
前記基材を実施例1と同じく15mm×25mmサイズに切断しiPS細胞を播種して検討した。
【0221】
なお、前記基材上の細胞非接着部を形成するLipidure(登録商標)の被膜の膜厚を段差計で測定したところ、平均288nmであった。
【0222】
図17に各基材上での培養物の培養1日目、7日目、11日目の観察像を示す。なお培養1日目と7日目の観察像の拡大倍率は、培養11日目の観察像よりも高倍率である。
図18に、3週間培養した後に得られた袋状構造を有する組織を示す。
【0223】
実施例1等では、細胞接着を抑制する化合物であるポリエチレングリコールにより基材表面を被覆して細胞非接着部とした。本実験の結果は、細胞接着を抑制する化合物として、ポリエチレングリコール以外の物質を用いた場合でも、ポリエチレングリコールと同様に細胞非接着部を形成することができることを示す。
【0224】
<実施例9>
環状細胞接着部を備える細胞培養基材上での細胞培養により得られた組織の特徴を解析した。
【0225】
細胞接着部として、内径180μm幅60μmの環状パターン、内径280μm幅60μmの環状パターン、内径380μm幅60μmの環状パターン、内径600μm幅100μmの環状パターン、内径600μm幅200μmの環状パターン、内径800μm幅100μmの環状パターン、内径800μm幅200μmの環状パターンを備え実施例1に記載の手順で作製した細胞培養基材を実施例の基材として用いた。これらの基材を用い実施例1と同様の手順でEdom iPS細胞を培養し、2~4週間の接着培養の後に、細胞培養基材上に接着した組織に培地を吹きかけて強制的に剥離し、剥離後更に浮遊培養を1~3週間行った組織を以下の解析に用いた。
【0226】
比較のために、上記の比較例1(直径1500μmの円形の複数の細胞接着部を備える細胞培養基材を用いた)で得られた組織を同様に解析した(比較例1とする)。更に比較のために、細胞接着部として内径600μm幅100μmの環状細胞接着部を備え実施例1に記載の手順で作製した基材を用い実施例1と同様の手順でEdom iPS細胞を培養し、1カ月以上自然剥離することなく接着していた組織に培地を吹きかけて強制的に剥離し、剥離後更に浮遊培養を1~2週間行った組織を同様に解析した(比較例4とする)。
【0227】
各条件で得られた組織をPBSで洗浄した後に、QIAzol Lysis Reagent(Qiagen社)900μlを加えた上でホモジェナイザーにより組織を溶解させた。次にRNeasy Plus Universal Mini Kit(Qiagen社)及びクロロホルム(Nacalai Tesque社)を用いて添付の使用説明書に従った操作によりmRNAを抽出しRNase-Free水に懸濁した。RNA濃度および純度をNanodropにより測定した。100~200ngのRNAおよびSuperScript IV VILO Master Mix(Invitrogen社)を用いた逆転写操作によりcDNAを作製したうえでリアルタイム定量PCR(qPCR)の操作をUchida et al., JCI Insight 第2巻 e86492 2017年に記載の方法で行った。なお比較対象としてはヒト小腸(この小腸に関しては後にあるような部位の限定はされていない製品である)または十二指腸、空腸および回腸由来のcDNA(BioChain社)を用い、1μlをUltraPure Distilled Water(Invtrogen社)200μlに希釈した。ここで、部位が限定されないヒト小腸由来のcDNAとしてはPCR Ready First Strand cDNA - Human Adult Normal Tissue:Small Intestine(BioChain社)を用い、ヒト回腸由来のcDNAとしてはPCR Ready First Strand cDNA-Human Adult Normal Tissue:Ileum(BioChain社)を用いた。補正はGAPDHの値により行ったうえで小腸でのABCB1量及びABCG2量の値をそれぞれ1として、各組織でのABCB1量及びABCG2量を求め、求めたABCB1量及びABCG2量から更にABCB1量に対するABCG2量の比(ABCG2/ABCB1)を求めた。また同様に補正をGAPDHの値により行ったうえでCUBNの発現を有する回腸でのVillin量及びCUBN量の値をそれぞれ1として、各組織でのVillin量及びCUBN量を求め、求めたVillin量及びCUBN量から更にVillin量に対するCUBN量の比(CUBN/Villin)を求めた。
【0228】
ここで使用したプライマーは下記の通りである。
ABCB1(フォワードプライマー) 5’-AAGGCCTAATGCCGAACACA-3’(配列番号1)
ABCB1(リバースプライマー) 5’-GTCTGGCCCTTCTTCACCTC-3’(配列番号2)
ABCG2(フォワードプライマー) 5’-GTTTATCCGTGGTGTGTCTGG-3’(配列番号3)
ABCG2(リバースプライマー) 5’-CTGAGCTATAGAGGCCTGGG-3’(配列番号4)
Villin(フォワードプライマー)5’-CGGAAAGCACCCGTATGGAG-3’(配列番号5)
Villin(リバースプライマー)5’-CGTCCACCACGCCTACATAG-3’(配列番号6)
CUBN(フォワードプライマー)5’-AATGGATGTGTGCAGCTCAG-3’(配列番号7)
CUBN(リバースプライマー)5’-GGGGTTGCTCAAACACTCAT-3’(配列番号8)
GAPDH(フォワードプライマー) 5’-CCTGCACCACCAACTGCTTA-3’(配列番号9)
GAPDH(リバースプライマー) 5’-GGCCATCCACAGTCTTCTGAG-3’(配列番号10)
【0229】
図19に、各条件での、ABCG2/ABCB1比の平均値を示す。グラフ中の表記は比較例1、比較例4を除いて、環状細胞接着部の内径(単位μm)-幅(単位μm)を意味している。なお比較例1でのABCG2/ABCB1比の範囲は0.084~3.65、比較例4のABCG2/ABCB1比は0.44であった。この結果より、本開示で得られた比較的早期に剥離した組織ではABCB1に対するABCG2の発現比率が高くなっており、Uchida et al., JCI Insight 第2巻 e86492 2017年に記載された腸オルガノイドとは性質が異なる組織が得られる事が示唆された。また、ABCG2/ABCB1比の範囲は90より大きいことが好ましいと考えられる。
【0230】
なお比較例4の結果より本開示のパターン基材でも長期接着培養を行えば、ABCG2/ABCB1比の低い、Uchida et al., JCI Insight 第2巻 e86492 2017年に記載された腸オルガノイドと同等の組織を得ることもできる。
【0231】
またUchida et al., JCI Insight 第2巻 e86492 2017年の記載によるとヒトES細胞を用いて比較例1のパターンで30日以上の長期培養した結果ではABCB1トランスポーターの量がABCG2トランスポーター量よりも高い結果であり、ABCG2/ABCB1比は1以下になることが示唆される。
【0232】
また
図20にはCUBN/Villinの測定結果の平均値を記載している。この結果は、CUBN/Villinの値の範囲が0.2~1.8の範囲にあることが好ましいことを示す。なお、CUBN/Villinの値が上記範囲にある各組織は、細胞培養基材からの剥離時期及び浮遊培養の期間が一定ではなく、2~4週間の接着培養の後に剥離し、剥離後更に浮遊培養を1~3週間行った組織を含んでいる。このことは、CUBN/Villinの値が上記範囲にある組織は、接着培養の期間及び浮遊培養の期間が特定の範囲の組織には限定されないことを裏付ける。
【0233】
<実施例10>
組織における細胞密度の高い部分(凝集部)の性質変化に関して下記の解析を行った。
【0234】
直径1500μmの円形の細胞接着部を有する基材を用いる上記の比較例1で得られた組織を、実施例3記載の方法に免疫染色した。使用した1次抗体は未分化性マーカーのマウスIgG標識抗Oct3/4抗体(SantaCruz Biotechnologies社;希釈率1/200)及び細胞増殖マーカーのウサギIgG標識抗Ki67抗体(Abcam社;希釈率1/500)である。
【0235】
結果を
図21に示す。この結果は、組織中で細胞密度の高い部分(凝集部)において未分化細胞の発現が低下していることを示唆する。
【0236】
また容器による差の有無に関しても下記の検討を行った。
直径3.5cmの細胞培養用ディッシュ(培養ディッシュ)、パターンの無いガラス基材(共に1.5cm×2.5cmサイズ)(素ガラス)、直径1500μmの円形の細胞接着部を有する基材(パターン基材)にEdom iPS細胞を播種して実施例1と同様の方法で培養した。なお細胞密度を統一するために細胞培養用ディッシュに関しては5×106個の細胞を播種した。
【0237】
上記各基材上で7日間培養した後に実施例4記載の方法に従って免疫染色を行った。ここで使用した1次抗体はマウスIgG標識抗CDX2抗体(Biogenex社;希釈率1/500)、2次抗体はAlexa546標識抗マウスIgG抗体である。細胞核はDAPIで染色した。
【0238】
結果を
図22に示す。この結果は、基材の種類に関係なく、形成された組織中の細胞密度の高い部分(凝集部)では、CDX2陽性な栄養外胚葉細胞が分化していることを示唆する。
【0239】
<実施例11>
実施例9の解析に関連して遺伝子学的解析を行った。
比較例1の直径1500μmの円形の細胞接着部を有する基材上でEdom iPS細胞を実施例1の手順で培養したときの、培養7日目の組織の観察像を
図23に示す。凝集部とは、細胞接着部に接着した組織のうち、
図23左写真の楕円で囲まれた、細胞が密集した箇所を指す。非凝集部とは、細胞接着部に接着した組織のうち、
図23右写真のように、細胞が密集していない部分を指す(
図23右写真の場合は組織の全体が非凝集部である)。培養7日目の組織から凝集部の細胞と非凝集部の細胞を、それぞれガラスキャピラリーを用いて採取した。凝集部の細胞及び非凝集部の細胞の各試料から、RNeasy Plus Mini Kit(Qiagen社)を用いてRNAを取得し、RNase-Free水に懸濁した。RNA濃度および純度をNanoDrop(商標、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)により測定した。100~200ngのRNAおよびSuperScript IV VILO Master Mix(Invitrogen社)を用いた逆転写操作によりcDNAを作製したうえでリアルタイム定量PCR(qPCR)の操作をUchida et al., JCI Insight 第2巻 e86492 2017年及び実施例9記載の方法で行った。
【0240】
ここで使用したプライマーは下記の通りである。
Oct3/4(フォワードプライマー) 5’-CGAGGAATTTGCCAAGCTCTGA-3’(配列番号11)
Oct3/4(リバースプライマー) 5’-TTCGGGCACTGCAGGAACAAATTC-3’(配列番号12)
GAPDH(フォワードプライマー) 5’-CCTGCACCACCAACTGCTTA-3’(配列番号9と同じ)
GAPDH(リバースプライマー) 5’-GGCCATCCACAGTCTTCTGAG-3’(配列番号10と同じ)
【0241】
凝集部及び非凝集部の各試料について、Oct3/4の発現量を、GAPDHの発現量で補正した補正値として求めた。そして、非凝集部の試料でのOct3/4の発現量を1としたときの、凝集部の試料のOct3/4の発現量の相対値を求めた。
【0242】
結果を
図24のグラフに示す。この結果は、非凝集部に対し凝集部では、未分化性マーカーであるOct3/4遺伝子の発現が有意に低下していることを示唆する。この結果から、細胞接着部を備える基材上で多能性幹細胞を培養するとき、細胞が細胞接着部に密集して接着して形成される凝集部では、未分化マーカーのOct3/44遺伝子の発現が低下し、栄養外胚葉細胞になり易いことが示された。
【0243】
なお実施例10及び11で観察された多能性幹細胞の培養物の凝集部の特性は、多能性幹細胞が培養時に密集して形成する凝集部に共通する特性であるため、環状細胞接着部に、多能性幹細胞が密集して形成する凝集部もまた、同様の特性を備えると考えられる。
【0244】
<実施例12>
得られた腸オルガノイド中の上皮細胞の性質を調べるため、以下の解析を行った。
実施例1と同様の方法で作製した内径580μm、幅60μmの環状細胞接着部を複数備えた細胞培養基材、及び、比較例1で作製した直径1500μmの円形の複数の細胞接着部を備えた細胞培養基材上で、Edom iPS細胞を、実施例1と同様で培養して袋状組織(腸オルガノイド)を作製した。得られた組織を用いて、上記実施例5記載の方法と同様に記載の方法で免疫染色を行った。抗体として、上記実施例4で用いたマウスIgG1標識抗Cytokeratin7抗体(KRT7;Abcam社 希釈率1/500)及びウサギIgG標識抗CDX2抗体を用いた。2次抗体も実施例4と同じものを用いて、細胞核はDAPIで染色した。
【0245】
結果を
図25に示す。
図25から、袋状組織は上皮細胞のCDX2陽性細胞がKRT7も発現していた。さらに、この性質はパターン形状によって依存するものではなく、パターン内部で見られた凝集部に見られるCDX2陽性な栄養外胚葉細胞由来である事が示唆された。
【0246】
<実施例13>
細胞接着部のパターンを備える細胞培養基材上での培養時に形成される細胞凝集部から神経細胞が遊走するかどうか検討するために以下の解析を行った。
【0247】
Edom iPS細胞を実施例1等同じ条件で培養した。ただし細胞培養基材としては、回収作業のやりやすさと凝集部と非凝集部の見分けやすさを考慮して、比較例1で用いた、直径1500μmの円形の細胞接着部を複数有する細胞培養基材を用いた。
【0248】
培養開始から1週間後及び2週間後に実体顕微鏡下で培養物を観察し、形成された細胞凝集部をガラスキャピラリーにより回収し、Vitronectinによりコーティングされた直径3.5cmの培養ディッシュ(AGC社)に適当数、塊の状態で再度播種した。培地は実施例1と同じく非特許文献3記載のXF hESC培養培地を用いた。その後、数日間、培養を維持した後に免疫染色による神経細胞の同定を行った。
【0249】
染色の方法は実施例4と同じである。使用した1次抗体はマウスIgG1標識抗Nestin抗体(Sigma社 希釈率1/500)およびウサギIgG標識抗βIII tublin抗体(Abcam社 希釈率1/1000)である。
【0250】
培養開始から1週間後の時点で回収した凝集部を再度4日間培養した培養物の免疫染色の結果を
図29に示す。凝集部の外周部で神経マーカー陽性な細胞の存在が見られた。すなわち凝集部より神経細胞の発生が起きると考えられる。
【0251】
培養開始から2週間後の時点で回収した凝集部を再度1日培養した培養物の免疫染色の結果を
図30に示す。この時点では遊走能が高い神経細胞が凝集部に含まれていることが示唆された。遊走能が高い神経細胞が、細胞非接着部(中央部)上に広がり被覆し得ると推定される。
【0252】
<実施例14>
細胞培養基板上で得られた細胞及び袋状の細胞構造物が、剥離せずに基板上に接着した状態で維持される条件を見出すために下記の検討を行った。
実施例1に記載の方法で作製した内径600μm、幅100μmの環状細胞接着部を複数備える細胞培養基材を用い、実施例1と同様の条件でEdom iPS細胞の培養を行った。
培養開始から11日目の時点で、非特許文献3記載のXF hESC培地(コントロール、11日目までと同じ)、カルシウムイオン及びマグネシウムイオンを含むハンクス緩衝液(HBSS(+)、ナカライテスク社)、前記XF hESC培地より栄養因子であるbFGF、hereglin、IGF-1を除いた培地(GF(-)培地)、および、前記XF hESC培地において前記栄養因子を除いた上にXF-KSR(Knockout Serum Replacement XF CTS (XF-KSR; Life Technologies))濃度を1%とした培地(1%XF-KSR培地)にそれぞれ置換して培養継続し、適宜、観察した上で写真取得を行った。
【0253】
培地を置換した後に4日間培養した時点での培養物の観察像を
図31に示し、培地を置換した後に10日間培養した時点での培養物の観察像を
図32に示す。HBSS(+)では細胞剥離が見られ不適であったのに対して、栄養因子を除去した培地(GF(-)及び1%XF-KSR)では小さな袋状構造物及び細胞が、細胞培養基材の細胞培養部上に接着した状態で維持されていることが確認された。なおコントロールでは培養開始後3週間である
図32の段階で通常通りの大きさおよび形状での袋状構造物が見られており培養自体は正常であったと考えられる。
【0254】
また培養を更に継続するとコントロールでは袋状の細胞構造物および付随する細胞の自然剥離が見られたのに対して、栄養因子を除去した培地(GF(-)及び1%XF-KSR)では細胞及び袋状の細胞構造物の接着状態が維持されることが観察された。このことは、栄養因子を除去した培地中では、袋状の細胞構造物を細胞培養基材上に接着した状態で維持することができること、前記細胞構造物中での細胞や組織が維持されることを示唆する。
【0255】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
【配列表】