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特許7486162電気回転デバイス及びこれを備えた細胞評価システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】電気回転デバイス及びこれを備えた細胞評価システム
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20240510BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20240510BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C12M1/34 B
C12M1/00 A
C12Q1/06
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020093819
(22)【出願日】2020-05-29
(65)【公開番号】P2021185813
(43)【公開日】2021-12-13
【審査請求日】2023-04-13
(73)【特許権者】
【識別番号】513099603
【氏名又は名称】兵庫県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雅登
(72)【発明者】
【氏名】河合 志希保
(72)【発明者】
【氏名】安川 智之
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】Biophys.J.,1999年,76,3307-3314
【文献】IEEE Computer Society,2018年,20,136-139
【文献】Transducers 2019-EUROSENSORS XXXIII,2019年,213-216,TSA.005
【文献】生体医工学,2019年,Annual 57巻, Abstract号,S273_2
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/34
C12M 1/00
C12Q 1/06
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性基板と、
前記絶縁性基板上に設けられた第1の絶縁層と、
前記第1の絶縁層を貫通するように設けられ、単一の細胞を保持するための複数の貫通孔と、
前記絶縁性基板と前記第1の絶縁層との間に縞状に設けられた複数の第1の導体部と、
前記第1の絶縁層上に縞状に設けられ、平面視において前記第1の導体部と交差するように配置された複数の第2の導体部と、
前記第2の導体部を被覆する第2の絶縁層と、
を有する電極デバイスを備えるとともに、
前記第1の導体部及び前記第2の導体部の各々に電圧を供給する電圧供給部を備え、
各々の前記貫通孔は、平面視において、互いに隣り合う前記第1の導体部の間に配置されるとともに互いに隣り合う前記第2の導体部の間に配置されており、
前記互いに隣り合う前記第1の導体部は、各々の一部が前記貫通孔に露出して対向する2つの第1の電極となるよう構成され、
前記互いに隣り合う前記第2の導体部は、平面視において前記貫通孔を介して対向する各々の一部が前記第2の絶縁層から露出して対向する2つの第2の電極となるよう構成され、
前記電圧供給部は、
各々の前記貫通孔内に回転電場を発生させるために前記2つの第1の電極および前記2つの第2の電極からなる4つの電極のそれぞれに90度ずつ位相をずらした交流電圧が印加されるように、前記第1の導体部及び前記第2の導体部の各々に交流電圧を供給するよう構成された、
電気回転デバイス。
【請求項2】
平面視において、前記貫通孔が行列状に配置されるとともに、前記第1の導体部と前記第2の導体部とが直交するように配置された、
請求項1に記載の電気回転デバイス。
【請求項3】
平面視において、前記貫通孔が長方形状である、
請求項1または2に記載の電気回転デバイス。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の電気回転デバイスと、
前記電気回転デバイスの電極デバイス上に溶液を供給する送液ユニットと、
前記電極デバイス上の細胞の運動を撮影する撮影装置と、
前記電気回転デバイスの電圧供給部、前記送液ユニットおよび前記撮影装置を制御する制御装置と、
を備え、
前記制御装置は、
前記電極デバイス上に細胞を含む溶液が供給され前記電極デバイスの複数の貫通孔に細胞が保持された状態で、各々の前記貫通孔内に回転電場を発生させるために前記電圧供給部に交流電圧の供給を開始させるとともに、前記撮影装置に撮影を開始させる第1の処理と、
前記第1の処理の後に、前記撮影装置によって撮影された動画情報に基づいて各々の前記貫通孔内の細胞の回転速度情報を算出する第2の処理と、
前記第2の処理の後に、前記送液ユニットに薬剤を含む溶液を前記電極デバイス上に供給させる第3の処理と、
前記薬剤を含む溶液が前記電極デバイス上に供給された後に前記撮影装置によって撮影された動画情報に基づいて各々の前記貫通孔内の細胞の回転速度情報を算出する第4の処理と、
各々の前記貫通孔内の細胞について、前記第2の処理で算出した回転速度情報と前記第4の処理で算出した回転速度情報とを比較する第5の処理と、を行うよう構成された、
細胞評価システム。
【請求項5】
前記制御装置によって制御され、前記貫通孔内の細胞を捕捉し、細胞保持プレート上に放出するための単一細胞捕捉装置をさらに備え、
前記制御装置は、
前記第5の処理による比較結果に基づいて回収する細胞を決定する第6の処理と、
前記単一細胞捕捉装置に前記決定した回収する細胞を捕捉させ、前記細胞保持プレート上に放出させる第7の処理と、をさらに行うよう構成された、
請求項4に記載の細胞評価システム。
【請求項6】
前記制御装置によって制御され、前記第5の処理による比較結果を表示する表示装置をさらに備えた、
請求項4または5に記載の細胞評価システム。
【請求項7】
前記制御装置は、
前記電圧供給部が供給する交流電圧の周波数を、理論計算に基づいて前記薬剤を含む溶液が前記電極デバイス上に供給される前の細胞の回転速度が最大となる周波数に決定するよう構成された、
請求項4~6のいずれかに記載の細胞評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転電場を形成して細胞を回転させる電気回転デバイス及びこれを備えた細胞評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞の電気特性(細胞膜容量,細胞質導電率,細胞膜電位)は、細胞膜の形状,表面積,細胞膜のイオン透過性によって変化するパラメータであり、細胞の種類,細胞の分化度,細胞の興奮(脱分極,過分極)状態の評価などに利用される。1976年にNeherとSakmanによって開発されたパッチクランプ法は、細胞電気特性の1つである膜電位計測のゴールドスタンダードな方法であり、細胞の様々な電気生理現象の解明に貢献してきた。パッチクランプ法は、イオンチャネルの開閉といった動的な変化の検出に最適な手法だが、単一細胞に対してガラスキャピラリを接触させる必要があり、スループットが悪く、高度な実験スキルが必要である。
【0003】
一方で誘電泳動や電気回転といった細胞の電気動力学現象は、細胞膜表面の電気的な状態と外部電場との静電相互の結果、細胞に力が作用する現象である。そのため、細胞の電気動力学挙動を解析することによって、パッチクランプとは異なり、細胞に対して非侵襲的に細胞の電気特性を決定することができる。特に電気回転法は、外部回転電場と細胞の分極電荷の相互作用によって細胞が回転する現象であり、回転速度の計測から細胞の電気特性を求めることができる。
【0004】
細胞の電気回転を誘導させるためには、回転電場を形成する必要がある。図23図26は、それぞれ従来例の回転電場を形成する電気回転デバイスの要部の構成を説明するための図である。図23図26において、それぞれ、(A)は各電極の配置を示す斜視図であり、(B)は各電極に印加する交流電圧の位相差を示す図であり、(C)は(A)のある部分の断面模式図である。
【0005】
第1従来例の電気回転デバイスは、図23に示すように、基板SB1上にある中心点に対して4つの電極D11~D14を点対象に配置させたPolynomial型電極を備えている(非特許文献1,2参照)。そして、周波数と大きさが同じで位相が90°ずつ異なるサイン波交流電圧をそれぞれ4つの電極D11~D14に印加すると、中心部に回転電場が誘起され、細胞に電気回転が作用する。中心部に配置された細胞は、安定した電気回転を示すため、印加する周波数を数kHz~数十MHzの領域で変化させると、それぞれの周波数における細胞の電気回転速度を計測することができる。
【0006】
ここで、細胞の電気回転速度Ωは、次の(1)式に示すように、Clausius-Mossotti因子(CM(ω))の虚部(Im[CM])に比例する。
【0007】
【数1】
【0008】
ε:細胞外液の誘電率
η:細胞外液の粘度
E:電場

また、Clausius-Mossotti因子(CM(ω))は、次の(2)式で示すことができる。
【0009】
【数2】
【0010】
ω:角周波数(ω=2πf、fは印加周波数)
τm=(CR)/σi
τi=εi/σi
τ1=ε1/σ1
τm'=(CR)/σ1
:細胞膜容量
R:細胞の半径
σ:細胞質導電率
ε:細胞質誘電率
σ:細胞外液の導電率
ε:細胞外液の誘電率

細胞外液の導電率(σ)および誘電率(ε)は実験的に調製することが可能であり、細胞質誘電率(ε)は細胞間でほとんど差がない。各周波数における細胞の電気回転速度の計測結果に対して、(1)式及び(2)式により算出した電気回転速度Ωをフィッティングさせることで、細胞膜容量(C)と細胞質導電率(σ)という細胞の電気特性を求めることができる。
【0011】
このようにしてPolynomial型電極を用いて、形状が類似したB細胞,T細胞,単球の電気回転速度の計測結果からそれぞれの細胞質導電率や細胞膜容量の同定法が開示されている(非特許文献3参照)。他にも、T細胞に対して細胞分裂刺激剤を添加し、24時間後,48時間後の細胞膜容量を計測する方法が開示されている(非特許文献4参照)。
【0012】
次に、第2従来例の電気回転デバイスは、図24に示すように、基板SB2上に細胞を取り囲む4つの導電性のポールからなる電極D21~D24を備えている(非特許文献5,6参照)。非特許文献5では、基板SB2上に電極の配線を作製し、一部の電極を残して絶縁被膜を形成させる。絶縁されていない電極を用いて電極上に銅メッキし、導電性のポールが作製されている。また、非特許文献6では、基板SB2上にSU-8のような厚膜の絶縁性レジストを用いて絶縁性のポールを作製し、その周りに白金や金をスパッタ蒸着することによって導電性のポールが作製されている。
【0013】
次に、第3従来例の電気回転デバイスは、図25に示すように、2枚の交互くし形電極基板SB31,SB32を、平面視においてそれぞれのバンド電極が直交するようにスペーサを介して配置した構成である(非特許文献7,8参照)。この場合、上下2本、合計4本のバンド電極D31~D34で囲われたマイクログリッドが形成される。2枚の交互くし形電極基板の間に細胞懸濁液を導入し、それぞれのバンド電極D31~D34に90°ずつ位相をずらしたサイン波交流電圧を印加することによって、マイクログリッド内に回転電場を誘起させることができる。このデバイスでは、交互くし形電極基板のバンド電極の本数を増やすだけで、マイクログリッドの数を増やすことができ、1回の実験で複数の単一細胞の電気回転を行うことができる。
【0014】
次に、第4従来例の電気回転デバイスは、図26に示すように、基板SB4上に4つの電極D41~D44が形成され、この各々の上に厚膜の絶縁膜G1が形成され、各絶縁膜G1の上に電極D51~D54が形成された構成である(非特許文献9参照)。結果として、厚膜の絶縁膜G1を介して2組のPolynomial型電極が3次元的に配置された構成である。基板SB4上のPolynomial型電極(D41~D44)および厚膜の絶縁膜G1上のPolynomial型電極(D51~D54)の合計8つの電極に対して交流電圧を印加することにより、中心部に配置される細胞の電気回転を行うことができる。なお、電極D41~D44および電極D51~D54は、図23(A)に示す電極D11~D14のような形状であってもよい。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【文献】W.M.Arnold,U.Zimmermann 「Measurements of dielectric properties of single cells or other particles using direct observation of electro-rotation」 Proceedings of The First International Conference on Low Cost Experiments in Biophysics 1989,1-13
【文献】Alun W.Griffith,Jonathan M. Cooper 「Single-Cell Measurements of Human Neutrophil Activation Using Electrorotation」 Anal.Chem.1998,70,2607
【文献】J. Yang, Y. Huang, X. Wang, X.-B. Wang, F. F. Becker and P. R. C. Gascoyne, 「Dielectric Properties of Human Leukocyte Subpopulations Determined by Electrorotation as a Cell Separation Criterion」Biophys. J., 1999, 76, 3307-3314
【文献】Ying Huang,Xiao-Bo Wang, Peter R.C.Gascoyne, Frederick F. Becker 「Membrane Dielectric Responses of human T-lymphocytes following mitogenic stimulation」Biochimica et Biophysica Acta,1999,1417,51-62
【文献】M. Eguchi, K. Horio, F. Kuroki, H. Imasato and T. Yamakawa 「Development of Pillar Electrode Array for Electrorotation Analysis of Single Cells」in World Automation Congress Proceedings, IEEE Computer Society, 2018, vol. 2018-June, pp. 136-139.
【文献】K. Keim, M. Z. Rashed, S. C. Kilchenmann, A. Delattre, A. F. Goncalves, P. Ery and C. Guiducci 「On-chip Technology for Single-Cell Arraying, Electrorotation-based Analysis and Selective Release」 Electrophoresis, 2019, 40, 1830-1838.
【文献】K. Ino, A. Ishida, K. Y. Inoue, M. Suzuki, M. Koide, T. Yasukawa, H. Shiku and T. Matsue 「Electrorotation Chip Consisting of Three-Dimensional Interdigitated Array Electrodes」Sensors Actuators B Chem., 2011, 153, 468-473.
【文献】河合志希保、有本 聡、是永継博、鈴木雅登、安川智之「細胞の一括電気回転計測で同定した膜容量に基づく細胞種の識別」Proceedings of the 66th Chemical Sensor Symposium,2019,35,118-120
【文献】Y. Okamoto, T. Tsuchiya, C. Moslonka, Y. S. Lin, S. Tsang, F. Marty, A. Mizushima, C. L. Sun, H. Y. Wang, A. Tixier-Mita, O. Francais, B. Le Pioufle and Y. Mita 「Z-Axis Controllable Mille-Feuille Electrode Electrorotation Device Utilizing Levitation Effect」, in 2019 20th International Conference on Solid-State Sensors, Actuators and Microsystems and Eurosensors XXXIII, TRANSDUCERS 2019 and EUROSENSORS XXXIII, Institute of Electrical and Electronics Engineers Inc., 2019, pp. 213-216.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
図23に示されるような非特許文献1,2の構成では、一回の実験で1つの細胞しか評価できず、実験のスループットが悪い。また、電極D11~D14が底面に集約されているため、電極中心部からわずかでも外れた細胞は誘電泳動の作用により、下の電極への吸着や電極からの浮上による散失という課題を有している。また、細胞を中心部に捕捉するための保持力がないため、溶液の流れなどによって電気回転中の細胞が電極中心部から散失してしまい、同一細胞の電気回転速度の経時変化を計測することができない。
【0017】
また、図24に示されるような非特許文献5の構成では、電極D21~D24となる導電性のポールが細胞毒性を有する銅で構成されるため、細胞の評価に用いることができない。また、非特許文献6の構成では、電極D21~D24となる導電性のポールが、絶縁性のポールに金属を蒸着することにより形成されているため、金属の均一なコーティングが難しくポール間で導電性が異なる。そのため、導電性のポールをアレイ化し、一度に多数の単一細胞の電気回転を行うデバイスの作製が困難である。
【0018】
また、図25に示されるような非特許文献7,8の構成では、上面が交互くし形電極基板SB32で密閉されているため、細胞をマイクログリッドに保持した状態で溶液を交換することができない。そのため、溶液に溶解させた薬剤による刺激に伴う電気回転速度の経時変化を計測することができない。
【0019】
また、図26に示されるような非特許文献9の構成は、Polynomial型電極構造の延長線上の構造であり、一回の実験で1つの細胞しか評価できず、実験のスループットが悪い。
【0020】
本発明は上記のような課題を解決するためになされたもので、複数の単一細胞の電気特性の経時変化を一括して計測することができる電気回転デバイス及びこれを備えた細胞評価システムを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記目的を達成するために、本発明のある態様に係る電気回転デバイスは、絶縁性基板と、前記絶縁性基板上に設けられた第1の絶縁層と、前記第1の絶縁層を貫通するように設けられ、単一の細胞を保持するための複数の貫通孔と、前記絶縁性基板と前記第1の絶縁層との間に縞状に設けられた複数の第1の導体部と、前記第1の絶縁層上に縞状に設けられ、平面視において前記第1の導体部と交差するように配置された複数の第2の導体部と、前記第2の導体部を被覆する第2の絶縁層と、を有する電極デバイスを備えるとともに、前記第1の導体部及び前記第2の導体部の各々に電圧を供給する電圧供給部を備え、各々の前記貫通孔は、平面視において、互いに隣り合う前記第1の導体部の間に配置されるとともに互いに隣り合う前記第2の導体部の間に配置されており、前記互いに隣り合う前記第1の導体部は、各々の一部が前記貫通孔に露出して対向する2つの第1の電極となるよう構成され、前記互いに隣り合う前記第2の導体部は、平面視において前記貫通孔を介して対向する各々の一部が前記第2の絶縁層から露出して対向する2つの第2の電極となるよう構成され、前記電圧供給部は、各々の前記貫通孔内に回転電場を発生させるために前記2つの第1の電極および前記2つの第2の電極からなる4つの電極のそれぞれに90度ずつ位相をずらした交流電圧が印加されるように、前記第1の導体部及び前記第2の導体部の各々に交流電圧を供給するよう構成されている。
【0022】
この構成によれば、複数の貫通孔の各々に単一の細胞を保持した状態で交流電圧が第1の電極および第2の電極に印加されることにより、細胞は貫通孔内に保持された状態で回転を続けることができる。よって、複数の貫通孔に保持された各細胞の回転速度の経時変化を計測することが可能となり、複数の単一細胞の電気特性の経時変化を一括して計測することが可能になる。
【0023】
上記電気回転デバイスにおいて、平面視において、前記貫通孔が行列状に配置されるとともに、前記第1の導体部と前記第2の導体部とが直交するように配置されていてもよい。
【0024】
上記電気回転デバイスにおいて、平面視において、前記貫通孔が長方形状であってもよい。
【0025】
また、本発明のある態様に係る細胞評価システムは、上記に記載の電気回転デバイスと、前記電気回転デバイスの電極デバイス上に溶液を供給する送液ユニットと、前記電極デバイス上の細胞の運動を撮影する撮影装置と、前記電気回転デバイスの電圧供給部、前記送液ユニットおよび前記撮影装置を制御する制御装置と、を備え、前記制御装置は、前記電極デバイス上に細胞を含む溶液が供給され前記電極デバイスの複数の貫通孔に細胞が保持された状態で、各々の前記貫通孔内に回転電場を発生させるために前記電圧供給部に交流電圧の供給を開始させるとともに、前記撮影装置に撮影を開始させる第1の処理と、前記第1の処理の後に、前記撮影装置によって撮影された動画情報に基づいて各々の前記貫通孔内の細胞の回転速度情報を算出する第2の処理と、前記第2の処理の後に、前記送液ユニットに薬剤を含む溶液を前記電極デバイス上に供給させる第3の処理と、前記薬剤を含む溶液が前記電極デバイス上に供給された後に前記撮影装置によって撮影された動画情報に基づいて各々の前記貫通孔内の細胞の回転速度情報を算出する第4の処理と、各々の前記貫通孔内の細胞について、前記第2の処理で算出した回転速度情報と前記第4の処理で算出した回転速度情報とを比較する第5の処理と、を行うよう構成されている。
【0026】
この構成によれば、複数の貫通孔の各々に単一の細胞を保持した状態で交流電圧が第1の電極および第2の電極に印加されることにより、細胞は貫通孔内に保持された状態で回転を続けることができる。このため、電極デバイス上に供給される溶液を薬剤を含まない溶液から薬剤を含む溶液に入れ替えても、細胞は散失することなく貫通孔内に保持された状態で回転を続け、複数の各細胞について、第2の処理によって薬剤刺激前の細胞の回転速度情報を算出し、第4の処理によって薬剤刺激後の細胞の回転速度情報を算出し、これらを比較することで、複数の各細胞に対する薬剤の効果を評価することができる。よって、複数の単一細胞の電気特性の経時変化を一括して計測し、細胞に対する薬剤の効果を評価することが可能になる。
【0027】
上記細胞評価システムにおいて、前記制御装置によって制御され、前記貫通孔内の細胞を捕捉し、細胞保持プレート上に放出するための単一細胞捕捉装置をさらに備え、前記制御装置は、前記第5の処理による比較結果に基づいて回収する細胞を決定する第6の処理と、前記単一細胞捕捉装置に前記決定した回収する細胞を捕捉させ、前記細胞保持プレート上に放出させる第7の処理と、をさらに行うよう構成されていてもよい。
【0028】
この構成によれば、例えば、第5の処理による比較結果が回収条件を満足する細胞を、細胞保持プレート上に放出させて回収することができる。
【0029】
上記細胞評価システムにおいて、前記制御装置によって制御され、前記第5の処理による比較結果を表示する表示装置をさらに備えていてもよい。
【0030】
上記細胞評価システムにおいて、前記制御装置は、前記電圧供給部が供給する交流電圧の周波数を、理論計算に基づいて前記薬剤を含む溶液が前記電極デバイス上に供給される前の細胞の回転速度が最大となる周波数に決定するよう構成されていてもよい。
【0031】
この構成によれば、薬剤を含まない溶液中における細胞の回転速度が最大となる周波数に決定することにより、薬剤による刺激にともなう回転速度の変化を顕著に検出することが可能になる。この場合、Clausius-Mossotti因子(CM(ω))を用いた理論計算に基づいて周波数を決定することができる。
【発明の効果】
【0032】
本発明は、以上に説明した構成を有し、複数の単一細胞の電気特性の経時変化を一括して計測することができる電気回転デバイス及びこれを備えた細胞評価システムを提供することができるという効果を奏する。
【0033】
本発明の上記目的、他の目的、特徴、及び利点は、添付図面参照の下、以下の好適な実施態様の詳細な説明から明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1図1は、本実施形態の細胞評価システムの一例の概略構成を示す図である。
図2図2は、図1に示す細胞評価システムのブロック図である。
図3図3(A)は、溶液保持部が設置された電極デバイスの平面図であり、図3(B)は、電極デバイス上に設置される溶液保持部の概略側面図である。
図4図4(A)は、ウエル型電気回転アレイ部の要部の構成を示す概略平面図であり、図4(B)は、図4(A)におけるa-a’線断面図であり、図4(C)は、図4(A)におけるb-b’線断面図である。
図5図5(A)~(C)は、ウエル型電気回転アレイ部の製造工程を示す概略平面図である。
図6図6は、本実施形態の細胞評価システムによる細胞に対する薬剤の影響の評価方法の手順の一例を示すフローチャートである。
図7図7は、本実施形態の細胞評価システムによる細胞に対する薬剤の影響の評価方法の手順の一例を示すフローチャートである。
図8図8は、本実施形態の細胞評価システムによる細胞に対する薬剤の影響の評価方法の手順の一例を示すフローチャートである。
図9図9は、本実施形態の細胞評価システムによる細胞に対する薬剤の影響の評価方法の手順の一例を示すフローチャートである。
図10図10は、本実施形態の細胞評価システムによる細胞に対する薬剤の影響の評価方法の手順の一例を示すフローチャートである。
図11図11(A)、(B)、(C)は、細胞懸濁液の導電率が5mS/m、50mS/m、500mS/mにおける-Im[CM]の周波数依存性の計算結果を示すグラフである。
図12図12(A)、(B)、(C)は、細胞懸濁液の導電率が5mS/m、50mS/m、500mS/mにおけるRe[CM]の周波数依存性の計算結果を示すグラフである。
図13図13は、各ウエル内に形成される回転電場の方向を示す概略平面図である。
図14図14(A)は、画像における細胞の周辺部分の1つの特徴点を示す図であり、図14(B)は、薬剤刺激前の回転速度の算出に用いる細胞の特徴点のx座標の経時変化の一例を示すグラフである。
図15図15は、薬剤刺激前と薬剤刺激後の回転速度の算出に用いる細胞の特徴点のx座標の経時変化の一例を示すグラフである。
図16図16(A)は、送液ユニットを備えていない場合に電極デバイス上に設置される溶液保持部の一例を示す概略平面図であり、図16(B)は、図16(A)におけるc-c’線断面模式図である。
図17図17は、実施例におけるウエル型電気回転アレイ部の光学顕微鏡写真を示す図である。
図18図18(A)は、図17に示すウエル型電気回転アレイ部における1つのウエル及びその近傍領域の光学顕微鏡写真を示し、図18(B)は、図18(A)に示す領域の模式図である。
図19図19は、自重によって沈降しウエルに捕捉されたJurkat細胞の光学顕微鏡写真を示す図である。
図20図20(A)は、細胞膜容量が11mF/mのときのClausius-Mossotti因子の実部と虚部の周波数依存性を示すグラフであり、図20(B)は、細胞膜容量が23.6mF/mのときのClausius-Mossotti因子の実部と虚部の周波数依存性を示すグラフである。
図21図21は、実施例および比較例において溶液添加前後の細胞の特徴点のx座標の経時変化を示すグラフである。
図22図22は、実施例および比較例において溶液添加前後の細胞の回転速度の経時変化を示すグラフである。
図23】第1従来例の電気回転デバイスの要部の構成を説明するための図である。
図24】第2従来例の電気回転デバイスの要部の構成を説明するための図である。
図25】第3従来例の電気回転デバイスの要部の構成を説明するための図である。
図26】第4従来例の電気回転デバイスの要部の構成を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
以下、本発明の好ましい実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下では全ての図面を通じて同一又は相当する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。また、理解しやすくするためにそれぞれの構成要素を模式的に示した図面では、形状及び寸法比等については正確な表示ではない場合がある。また、本発明は、以下の実施形態に限定されない。
【0036】
(実施形態)
図1は、本実施形態の細胞評価システムの一例の概略構成を示す図である。図2は、図1に示す細胞評価システムのブロック図である。
【0037】
本実施形態の細胞評価システム300は、電気回転デバイス310、送液ユニット320、撮影システム330、制御装置340、操作入力装置341(図2)、表示装置342、単一細胞捕捉装置350及び細胞保持プレート360を備えている。
【0038】
〔電気回転デバイス〕
電気回転デバイス310は、電極デバイス311、配線ユニット312及び任意波形発生装置313を備えている。
【0039】
図3(A)は、溶液保持部503が設置された電極デバイス311の平面図であり、図3(B)は、電極デバイス311上に設置される溶液保持部503の概略側面図である。
【0040】
電極デバイス311は、中央部に設けられたウエル型電気回転アレイ部200と、ウエル型電気回転アレイ部200に接続された配線群LA,LB,LC,LDとを備えている。
【0041】
図4(A)は、ウエル型電気回転アレイ部200の要部の構成を示す概略平面図であり、図4(B)は、図4(A)におけるa-a’線断面図であり、図4(C)は、図4(A)におけるb-b’線断面図である。また、図5(A)~(C)は、ウエル型電気回転アレイ部200の製造工程を示す概略平面図である。
【0042】
ウエル型電気回転アレイ部200の製造工程を説明する。まず、図5(A)に示すように、絶縁性基板201上に複数の帯状の第1のマイクロバンド電極202(202A,202B)を所定の間隔をあけて縞状に並べて形成する。
【0043】
次に、図5(B)に示すように、全面に第1の絶縁層203を形成した後、第1の絶縁層203を貫通する複数のウエル206を形成する。このとき、複数のウエル206は、平面視において、長方形状であり、行列状に配置される。また、各ウエル206において、第1のマイクロバンド電極202A,202Bが同一面積露出するように各ウエル206を形成する。ウエル206は、第1の絶縁層203を貫通する貫通孔であり、この中に単一の細胞を捕捉(保持)することができる。
【0044】
次に、図5(C)に示すように、第1の絶縁層203上に、複数の帯状の第2のマイクロバンド電極204(204A,204B)を所定の間隔をあけて縞状に並べて形成する。このとき、平面視において、第2のマイクロバンド電極204が第1のマイクロバンド電極202と直交するように形成する。また、各ウエル206を挟んで隣り合う部分の第2のマイクロバンド電極204の間隔が、ウエル206を挟んで隣り合う部分の第1のマイクロバンド電極202の間隔と等しくなるように、第2のマイクロバンド電極204を形成する。
【0045】
次に、図4(A)~(C)に示すように、ウエル206の近傍の一部を除いて第2のマイクロバンド電極204を被覆するように第2の絶縁層205を形成する。
【0046】
なお、絶縁性基板201の材料は、通常の半導体プロセスで利用される絶縁性の材料であれば制限はなく、ガラス,石英,SiO,PETフィルムなどの高分子材料などが利用できる。ウエル206に捕捉された細胞の視認性を高めるために絶縁性基板201の材料は透明であることが好ましく、加工の容易性やコストを考えると絶縁性基板201としてガラス基板を好適に用いることができる。
【0047】
また、第1,第2のマイクロバンド電極202,204は、導電性があり、細胞毒性がない材料に限定される。例えば、金,白金,ITO(Indium-Tin-Oxide),導電性高分子(ポリピロール,PEDOT(Poly(3,4-ethylenedioxythiophene)))などは積極的な細胞毒性は報告されておらず、使用することができる。特に、ウエル206に捕捉された細胞の電気回転運動の視認性向上のために透明の導電性材料を用いることが好ましく、第1,第2のマイクロバンド電極202,204としてITO電極を好適に用いることができる。一方、銀、水銀、銅、コバルト、亜鉛などの金属は細胞毒性が報告されているため、第1,第2のマイクロバンド電極202,204に使用することができない。
【0048】
また、第1の絶縁層203の材料は、絶縁性基板201上に厚膜に塗布できフォトリソグラフィによって加工できる絶縁性材料が好ましく、SU-8が好適である。また、第2の絶縁層205の材料としてもSU-8を好適に用いることができる。
【0049】
上記のように製造されたウエル型電気回転アレイ部200は、絶縁性基板201と、絶縁性基板201上に設けられた第1の絶縁層203と、第1の絶縁層203を貫通するように設けられ、単一の細胞を保持するための複数のウエル206と、絶縁性基板201と第1の絶縁層203との間に縞状に設けられた複数の第1のマイクロバンド電極(第1の導電体)202と、第1の絶縁層203上に縞状に設けられ、平面視において第1のマイクロバンド電極202と交差するように配置された複数の第2のマイクロバンド電極(第2の導電体)204と、第2のマイクロバンド電極204を被覆する第2の絶縁層205と、を有する。
【0050】
そして、各々のウエル206は、平面視において、互いに隣り合う第1のマイクロバンド電極202の間に配置されるとともに互いに隣り合う第2のマイクロバンド電極204の間に配置されている。また、互いに隣り合う第1のマイクロバンド電極202(202A,202B)は、各々の一部がウエル206に露出して対向する2つの電極(第1の電極)Da,Dcとなるよう構成される。また、互いに隣り合う第2のマイクロバンド電極204(204A,204B)は、平面視においてウエル206を介して対向する各々の一部が第2の絶縁層205から露出して対向する2つの電極(第2の電極)Db,Ddとなるよう構成される。平面視において細長い長方形状の4つの電極Da,Db,Dc,Ddが各ウエル206に対して設けられている。
【0051】
また、本例では、各ウエル206に対して設けられる第1のマイクロバンド電極202A,202Bからなる電極Da,Dcは、平面視において、長方形状のウエル206の中心に対して対称に設けられている。また、第2のマイクロバンド電極204A,204Bからなる電極Db,Ddは、平面視において、長方形状のウエル206の中心に対して対称に設けられている。また、4つの電極Da~Ddの形状および大きさが等しく、2つのDa,Dc間の間隔と、2つの電極Db,Dd間の間隔とが等しいことが好ましい。
【0052】
また、単一細胞を保持するためのウエル206の縦横の寸法は、細胞の直径と同じ長さから細胞の直径の2倍の間の長さであることが好ましい。また、ウエル206の高さは、薬剤を含む溶液の流れによる細胞の散失を防ぐ上で重要なパラメータである。細胞に対してウエル206の高さが不十分の場合、溶液の流れによって細胞がウエル206から散失してしまい、逆にウエル206の高さが細胞に対して高すぎる場合、ウエル206内の溶液交換が難しくさらにウエル206から細胞を取り出すことも難しい。ウエル206の高さは、捕捉する細胞の直径の半分の高さから細胞の直径の2倍程度の高さであることが好ましい。
【0053】
ウエル型電気回転アレイ部200の絶縁性基板201は、図3(A)に示す電極デバイス311の全体の基板として用いられており、各々の第1のマイクロバンド電極202Aは配線群LCの各配線と接続され、各々の第1のマイクロバンド電極202Bは配線群LDの各配線と接続されている。また、各々の第2のマイクロバンド電極204Aは配線群LAの各配線と接続され、各々の第2のマイクロバンド電極204Bは配線群LBの各配線と接続されている。
【0054】
電極デバイス311の配線群LA,LB,LC,LDは配線ユニット312に接続され、配線ユニット312を介して任意波形発生装置313から発生する電圧が電極デバイス311のマイクロバンド電極202,204に供給される。
【0055】
任意波形発生装置313は、電圧供給部であり、本例では制御装置340によって制御され、例えば交流電圧を電極デバイス311に供給する場合には、電極デバイス311に供給するタイミング、交流電圧の周波数および位相等が制御装置340によって制御される。
【0056】
任意波形発生装置313は、細胞の電気回転を誘導させるために、位相を90°ずつ、ずらした4種類のサイン波の交流電圧を出力する機能を有する。4種類のサイン波の周波数と電圧の範囲は同じであり、それぞれ、周波数は1kHz~100MHzの範囲、電圧は0~20Vppの範囲が好ましく、より好ましくは、10kHz~10MHz、1~5Vppの範囲である。4種類のサイン波は必ずしも1つの装置から出力される必要はなく、複数の任意波形発生装置を用いてもよい。任意波形発生装置313の出力の制御や波形の制御は、必ずしも制御装置340で行う必要はなく、任意波形発生装置313で行っても構わない。
【0057】
〔送液ユニット〕
送液ユニット320は、送液ポンプ321、送液スイッチャー322、送液用の容器323~325、廃液用容器326、送液チューブ327、廃液チューブ328及び電極デバイス311上に設置される溶液保持部503(図3(A),(B))を備えている。
【0058】
送液ポンプ321には、送液チューブ327と廃液チューブ328の2種類のチューブを接続することができ、各チューブ内に含まれる溶液を同じ方向へ同じ速度で送液することができる送液ポンプを使用する。送液ポンプ321は、制御装置340によって、流す溶液の流量や作動タイミングが制御される。
【0059】
送液スイッチャー322は、各容器323~325とチューブで接続されているとともに、送液チューブ327の一端が接続されている。送液スイッチャー322は、制御装置340の制御(指示)によって、送液チューブ327へ送出する溶液を3つの容器323~325に入った各溶液に切り替えることができる。
【0060】
送液チューブ327の他端は、電極デバイス311上に設置される溶液保持部503の流入口504(図3(A),(B))に接続されている。
【0061】
溶液保持部503は、図3(A),(B)に示すように、樹脂製の本体503Aと、本体503Aに取付部506によって装着された流入口504と、本体503Aに取付部507によって装着された流出口505とを備えている。また、本体503Aは、電極デバイス311上に溶液を保持するための大きな開口部503aと、溶液を流出させるための流出口505が挿入される小さな開口部503bと、2つの開口部503a,503bをつなぐ溝部503cとを有している。
【0062】
溶液保持部503の流出口505には、廃液チューブ328の一端が接続され、廃液チューブ328の他端は廃液用容器326に接続されている。
【0063】
送液チューブ327と廃液チューブ328との各々の途中が送液ポンプ321に接続されており、送液ポンプ321が作動すると、送液スイッチャー322で選択されるいずれか1つの容器(323~325)から送液スイッチャー322及び送液チューブ327を通って溶液保持部503に導入される溶液の速度と、廃液チューブ328から吸引される溶液の速度とが等しくなり、溶液保持部503内は安定した潅流状態が維持される。廃液チューブ328から吸引される溶液は廃液用容器326へ廃棄される。
【0064】
本例では、容器323には、細胞懸濁液が入れられる。また、容器324には、浸透圧と導電率が調製された溶液で、細胞に対して損傷を与えない組成で構成された潅流液(第1の潅流液)が入れられる。また、容器325には、薬剤を含む潅流液(第2の潅流液)が入れられる。この薬剤を含む潅流液は、評価したい薬剤が懸濁された溶液であり、導電率と浸透圧は前述の第1の潅流液と同等になるように調製されている。
【0065】
〔撮影システム〕
撮影システム330は、ウエル型電気回転アレイ部200上で回転する細胞の運動を撮影し記録することができればよく、ここでは、照明装置331、撮影装置332、および対物レンズ333から構成される。撮影装置332は、対物レンズ333で結像された像を撮影し記録することができる。撮影方式に制限はなく、例えばCCDカメラ、CMOSカメラなどが使用できる。
【0066】
〔単一細胞捕捉装置等〕
単一細胞捕捉装置350は、ウエル型電気回転アレイ部200の任意のウエル206内の単一細胞を捕捉して、細胞保持プレート360の任意の細胞保持部361へ吐出することができればよく、その機構に制限はない。細胞保持プレート360には、細胞を保持するために複数の細胞保持部361が設けられ、各細胞保持部361に単一の細胞が保持される。
【0067】
本例では、単一細胞捕捉装置350は、単一細胞捕捉部350aと、単一細胞捕捉部350aを三次元的に移動させることができる移動機構(図示せず)とを備えている。
【0068】
単一細胞捕捉部350aは、例えば、ガラスキャピラリを用いて構成することができる。この場合、例えば、ポンプを用いてガラスキャピラリ内の圧力が陰圧となるように制御し、細胞の吸引(捕捉)を行い、ガラスキャピラリ内の圧力が陽圧となるように制御し、捕捉した細胞の吐出を行うように構成してもよい。
【0069】
また、単一細胞捕捉部350aは、ガラスキャピラリ内に2本の電極を挿入し、この2本の電極間へ交流電圧を印加する構成としてもよい。この場合、2本の電極間への交流電圧の印加によってガラスキャピラリ先端に電場強度の強い領域が形成される。細胞を捕捉する際は、印加する周波数を細胞に対して正の誘電泳動が作用する周波数にする。そして、ガラスキャピラリ先端がウエル206内の細胞に近接すると、細胞に正の誘電泳動が作用し、細胞がガラスキャピラリ先端に誘導され細胞を捕捉することができる。一方、細胞を吐出する際は、負の誘電泳動を用いる。つまり、印加する周波数を細胞に対して負の誘電泳動が作用する周波数に切り替えることにより、ガラスキャピラリ先端に捕捉された細胞に負の誘電泳動が作用し、細胞がキャピラリ先端から開放(吐出)される。
【0070】
なお、本例では、移動機構によって単一細胞捕捉部350aを三次元的に移動させるように構成したが、単一細胞捕捉部350aを固定しておいて、電極デバイス311および細胞保持プレート360等を移動ステージ上に設置し、移動ステージが三次元的に移動するように構成されていてもよい。
【0071】
〔制御装置等〕
制御装置340は、CPU等の演算処理部と、ROM、RAM等の記憶部とを有している。記憶部には、制御プログラムが予め記憶されており、演算処理部が制御プログラムを実行することにより、任意波形発生装置313、送液ポンプ321、送液スイッチャー322、照明装置331、撮影装置332および単一細胞捕捉装置350を制御する。本例では、記憶部には、制御装置340が動作する上で必要な情報の他、制御装置340が記憶する全ての情報(例えば撮影装置332で撮影される画像等)が記憶されるものとする。なお、制御装置340は、集中制御する単独の制御装置によって構成されていてもよいし、互いに協働して分散制御する複数の制御装置によって構成されていてもよい。
【0072】
また、制御装置340は、ユーザの操作による操作入力装置341からの入力信号を入力するとともに、表示装置342へ表示させる情報等を出力する。操作入力装置341は、例えば、キーボード、マウス等で構成される。表示装置342は、例えば、液晶ディスプレイ等で構成される。
【0073】
制御装置340は、例えば、送液ポンプ321の流量等の制御、送液スイッチャー322の切り替え制御、撮影装置332の撮影時間の制御、任意波形発生装置313から出力する電圧の制御等を行う。
【0074】
また、制御装置340は、細胞懸濁液の導電率、細胞の細胞膜容量及び細胞質導電率等に基づく任意波形発生装置313から印加する交流電圧の周波数の算出、撮影装置332から得られた画像から細胞の回転速度の算出や複数の回転速度の比較演算、といった演算処理も行う。
【0075】
また、制御装置340は、細胞特性データベースを記憶している。この細胞特性データベースには、複数の細胞種について、前述の(2)式で示されるClausius-Mossotti因子(CM(ω))を算出するために必要な細胞情報が登録されている。すなわち、複数の各々の細胞種について、細胞情報(細胞質導電率、細胞質誘電率、細胞膜容量、細胞の半径)が登録されている。例えば、制御装置340は、細胞種の情報(名称)と、細胞外液(細胞懸濁液)の導電率と、細胞外液の誘電率と、細胞に電気回転を行わせるための交流電圧の印加周波数とが与えられると、与えられた細胞種についての上記細胞情報と、細胞外液(細胞懸濁液)の導電率と、細胞外液の誘電率と、印加周波数とを用いて、(2)式で示されるClausius-Mossotti因子(CM(ω))を算出することができ、Clausius-Mossotti因子の虚部(Im[CM])および実部(Re[CM])を求めることができる。なお、細胞外液(細胞懸濁液)の誘電率は、ほぼ一定であり、本実施形態では、細胞外液(細胞懸濁液)の誘電率として、予め定められた所定値が制御装置340に記憶されている。
【0076】
次に、本実施形態の細胞評価システム300を用いて、細胞に対する薬剤の影響を評価する方法等の一例を図6図10を参照して説明する。図6図10は、細胞評価システム300による細胞に対する薬剤の影響の評価方法の手順の一例を示すフローチャートである。この図6図10に示す手順の処理は、制御装置340の制御によって実行される。なお、送液ユニット320の容器323~325に入れる溶液の種類及び送液ポンプ321の流量は、予めユーザが操作入力装置341を操作して制御装置340に入力され記憶されている。
【0077】
まず、図6のステップS1では、ユーザによって操作入力装置341に所定の操作が行われると、制御装置340は、表示装置342に薬剤評価モード画面を表示させる。この画面には、細胞懸濁液の細胞種、細胞懸濁液の導電率および細胞懸濁液の細胞濃度を入力する入力ボックスが表示される。
【0078】
ユーザが操作入力装置341を操作して、使用する細胞懸濁液の細胞種、細胞懸濁液の導電率σ、細胞懸濁液の細胞濃度Ccellを入力ボックスに入力すると、これらが制御装置340に入力される(ステップS2)。
【0079】
制御装置340は、入力された細胞懸濁液の導電率σ、及び細胞懸濁液の細胞濃度Ccellの情報が適正であるか否かを判定し(ステップS3、S4)、適正ではないと判定したときには、細胞懸濁液の再調製の指示を表示装置342に表示させる(ステップS5)。
【0080】
ここで、制御装置340には、予め細胞腫ごとに決められた細胞懸濁液の導電率の適正範囲(N1)が記憶されている。ステップS3では、ステップS2で入力された細胞懸濁液の導電率σが適正範囲(N1)内であれば適正であると判定しステップS4へ進み、適正範囲(N1)外であれば適正ではないと判定し、その旨と細胞懸濁液の再調製の指示を表示装置342に表示させる(ステップS5)。
【0081】
ここで、適正範囲(N1)は細胞の電気回転現象を誘導させるために適正な導電率の範囲として設定されており、細胞懸濁液の導電率σが適正範囲(N1)より大きいもしくは小さい場合、電気回転現象を誘導させることができないため、ユーザに対して細胞懸濁液の再調製の指示が表示される。導電率の適正範囲(N1)は、細胞の種類や電極の寸法に応じて変化するが、例えば、1~1000mS/mの範囲、または、5~500mS/mの範囲等に設定することが好ましい。
【0082】
図11(A)、(B)、(C)は、ある細胞を懸濁した細胞懸濁液の導電率σが5mS/m、50mS/m、500mS/mにおける、-Im[CM]の周波数依存性を前述の(2)式を用いて計算した結果を示すグラフである。横軸が印加周波数、縦軸が-Im[CM]を示す。-Im[CM]は、Clausius-Mossotti因子の虚部のマイナス値であり、電気回転速度の大きさと向きを示す値であり、-Im[CM]が負の値の場合は、細胞は電場の回転方向とは逆向きに回転することを表す。また、-Im[CM]の絶対値の大きさが回転速度の大きさを表す。なお、細胞懸濁液の導電率σは、前述の(2)式におけるτ1,τm'に関わる細胞外液の導電率σ1 に相当する。
【0083】
図11(A)に示すように、細胞懸濁液の導電率σが5mS/mのとき、細胞の電気回転速度は印加周波数20kHzで最大を示し、20kHzより大きな周波数を印加すると回転速度は減少することがわかる。細胞懸濁液の導電率σをさらに小さくすると、電気回転速度が最大となる周波数(最大回転周波数)は低周波数側に移動する。10kHz以下の周波数の交流電圧を印加した場合、デバイス上の電極と溶液(水溶液)の間で水の電気分解反応が生じ電極が腐食する可能性がある。そのため、細胞懸濁液の導電率σは5mS/m以上が好ましい。
【0084】
図11(B)、(C)に示すように、細胞懸濁液の導電率σを50mS/m、500mS/mと大きくすると、最大回転周波数は、200kHz、1050kHzと高周波数側へ移動する。また、最大回転周波数における-Im[CM]の絶対値は、細胞懸濁液の導電率σの増加に伴い減少し、回転速度が減少する。特に500mS/mより大きな導電率では細胞はほとんど回転しない。よって、この場合、細胞懸濁液の導電率σの適正範囲(N1)を、5mS/mから500mS/mの範囲とし、この範囲内で調製されることが好ましい。
【0085】
制御装置340は、細胞懸濁液の細胞濃度の閾値濃度C1を予め記憶している。そして、ステップS3で細胞懸濁液の導電率σは適正であると判定した場合、ステップS4では、ステップS2で入力された細胞懸濁液の細胞濃度Ccellが閾値濃度C1以下であれば適正であると判定し、閾値濃度C1よりも大きければ適正ではないと判定し、その旨と細胞懸濁液の再調製の指示を表示装置342に表示させる(ステップS5)。
【0086】
細胞濃度Ccellが閾値濃度C1よりも大きい場合、電気回転アレイ部200のウエル206の個数に対して細胞数が大きくなり、ウエル206内に単一細胞の状態で捕捉される割合が減少する。その結果、電気回転計測を行うことができなくなる。閾値濃度C1は、電気回転アレイ部200のウエル206の個数や電極デバイス311上に設置する溶液保持部503の溶液保持容積に応じて決められている。
【0087】
制御装置340は、細胞懸濁液の導電率σおよび細胞濃度Ccellが適正であれば、細胞懸濁液の導入処理を行う(ステップS6)。なお、ここでは、ユーザは、ステップS2で、使用する細胞懸濁液の細胞種、細胞懸濁液の導電率σ、細胞懸濁液の細胞濃度Ccellを入力する際に、容器323に使用する細胞懸濁液を入れている。また、ユーザは、予め、容器324には薬剤を含まない第1の潅流液を入れ、容器325には薬剤を含む第2の潅流液を入れている。
【0088】
このステップS6の詳細を図7に示す。制御装置340は、送液ユニット320に対して細胞懸濁液の送液を指示する(ステップS61)とともに、電極デバイス311(ウエル型電気回転アレイ部200)への細胞懸濁液の導入を確認するための電圧の印加を任意波形発生装置313に指示する(ステップS62)。ステップS61の指示によって、送液スイッチャー322は、送液チューブ327へ送出する溶液が容器323内の細胞懸濁液となるように設定され、送液ポンプ321が所定時間作動されることにより、所定量の細胞懸濁液が電極デバイス311上の溶液保持部503へ導入される。
【0089】
また、ステップS62の指示によって、任意波形発生装置313は、ウエル型電気回転アレイ部200の予め決められた2つ以上のマイクロバンド電極間に電圧を印加し、この電圧を印加したマイクロバンド電極間の抵抗値Rを制御装置340が取得する(ステップS63)。ここで、電圧が印加されるマイクロバンド電極は、任意の1つの第1のマイクロバンド電極202と任意の1つの第2のマイクロバンド電極204でも構わないし、任意の2つの第1のマイクロバンド電極202、もしくは、任意の2つの第2のマクロバンド電極204でも構わない。また、マイクロバンド電極間の抵抗値を算出することができればよく、印加する電圧の種類は制限されず、直流電圧および交流電圧のどちらでも構わない。直流電圧の場合、電極表面上で水の電気分解反応が起こる電圧よりも低い電圧を用いる必要がある。
【0090】
例えば、任意波形発生装置313は、所定の2つのマイクロバンド電極間に電圧を印加したときに、その2つのマイクロバンド電極間に流れる電流値を検出できるように構成されている。この電流値と印加電圧とから抵抗値Rを算出するが、この算出を任意波形発生装置313で行い、算出した抵抗値Rを制御装置340へ送信するようにしてもよいし、制御装置340が任意波形発生装置313から電流値と印加電圧を取得して抵抗値Rを算出するようにしてもよい。算出された抵抗値Rは制御装置340に保存(記憶)される。
【0091】
制御装置340は、取得した抵抗値Rが予め記憶している閾値抵抗Rt以下であるか否かを判定し(ステップS64)、抵抗値Rが閾値抵抗Rtよりも大きい場合には(ステップS64でNo)、細胞懸濁液がウエル型電気回転アレイ部200に到達していないと判断し、再度、送液ユニット320に対して細胞懸濁液の送液を指示する(ステップS65)。閾値抵抗Rtはウエル型電気回転アレイ部200の電極の寸法やウエル206の個数等に基づいて予め決められ、制御装置340に記憶されている。
【0092】
一方、制御装置340は、抵抗値Rが閾値抵抗Rt以下である場合には(ステップS64でYes)、細胞懸濁液がウエル型電気回転アレイ部200(電極デバイス311)に導入されたと判断し、任意波形発生装置313に電圧の印加の終了を指示する(ステップS66)。この指示により、任意波形発生装置313は、ステップS62の指示による電圧の印加を終了する。
【0093】
上記のように、制御装置340は、ウエル型電気回転アレイ部200への細胞懸濁液の導入処理(ステップS6)を行った後、ウエル206での細胞捕捉処理を行う(ステップS7)。
【0094】
このステップS7の詳細を図8に示す。制御装置340は、ウエル206へ細胞を捕捉させるための交流電圧の印加を任意波形発生装置313に指示する(ステップS71)。このステップS71の指示によって、任意波形発生装置313は、全てのウエル206の底面に電極Da,Dcとして一部が露出された第1のマイクロバンド電極202A,202B間に細胞捕捉用の周波数F1の交流電圧を印加する。この交流電圧の印加により、ウエル206の底面に電場強度の強い領域が形成され、細胞に正の誘電泳動が作用するように周波数F1が決められており、細胞はウエル206の底面に引き付けられる。
【0095】
正の誘電泳動を作用させるために印加する交流電圧の周波数F1は、細胞懸濁液の導電率σに依存する。
【0096】
図12(A)、(B)、(C)は、ある細胞を懸濁した細胞懸濁液の導電率σが5mS/m、50mS/m、500mS/mにおけるRe[CM]の周波数依存性を前述の(2)式を用いて計算した結果を示すグラフである。横軸が印加周波数、縦軸がRe[CM]を示す。Re[CM]は、Clausius-Mossotti因子の実部であり、誘電泳動力の大きさと向きを示す値である。Re[CM]の値が正の場合、正の誘電泳動が細胞に作用し、電極近傍に細胞が引き寄せられる。一方、Re[CM]の値が負の場合、負の誘電泳動が細胞に作用し、電極近傍からの反発力が細胞に作用する。
【0097】
図12(A)に示すように、細胞懸濁液の導電率σが5mS/mの場合、約20kHzを境にしてRe[CM]の正と負が切り替わる。約20kHzより大きな周波数では、Re[CM]が正となり、正の誘電泳動が細胞に作用する。約20kHzより小さな周波数では、負の誘電泳動が細胞に作用する。
【0098】
また、図12(B)、(C)に示すように、細胞懸濁液の導電率が50mS/m、500mS/mと大きくなるにつれて、Re[CM]の正と負が切り替わる周波数が、約200kHz、約2MHzと高周波数側に移動する。
【0099】
細胞に正の誘電泳動を作用させる交流電圧の周波数F1は、細胞特性データベースからステップS2で入力された細胞種の細胞情報(細胞質導電率、細胞質誘電率、細胞膜容量、細胞の半径)を参照し、さらにステップS2で入力された細胞懸濁液(細胞外液)の導電率も参照して(細胞懸濁液の誘電率は所定値)、前述の(2)式を用いて計算されるClausius-Mossotti因子(CM(ω))の実部(Re[CM])の値が正になる周波数として定めるようにしてもよい。または、どのような細胞懸濁液の導電率σにおいても正の誘電泳動が作用する5MHz以上の予め定められた周波数を印加周波数F1として用いてもよい。印加電圧はウエル型電気回転アレイ部200の各マイクロバンド電極202やウエル206の寸法に応じて変更される。
【0100】
制御装置340は、ステップS71の次に、ウエル206への細胞の捕捉を確認するために、撮影装置332に動画の撮影の開始を指示する(ステップS72)。この指示に従い、撮影装置332は動画の撮影を開始する。撮影された動画は順次、撮影装置332から制御装置340に送信されて保存される。
【0101】
制御装置340は、保存される動画ファイルを利用して所定個数以上のウエル206に細胞が捕捉(保持)されたか否かの判定を行う(ステップS73)。この際、制御装置340は、動画ファイルからウエル206の領域内の光強度の変化などに基づいて、細胞が捕捉されたウエル206を識別して、この細胞が捕捉されたウエル206の個数を算出し、この個数が所定個数以上になると(ステップS73でYes)、細胞捕捉用の交流電圧の印加の終了を任意波形発生装置313に指示する(ステップS74)。同時に撮影装置332に動画の撮影停止を指示する(ステップS75)。これらの指示に従って、任意波形発生装置313は細胞捕捉用の交流電圧の印加を終了し、撮影装置332は動画の撮影を停止する。なお、ステップS73の「所定個数」は、ユーザが任意に設定するようにしてもよいし、予め制御装置340に記憶されていても構わない。
【0102】
上記の例では、細胞捕捉用の交流電圧を印加するようにしたが、細胞懸濁液を導入後、電極デバイス311の静置により、細胞自身の自重によって細胞をウエル206へ捕捉させるようにしてもよい。この場合、ステップS71及びステップS74を省略できる。しかしながら、細胞の自重によるウエル206への捕捉は長時間を要する。そのため、上記の例のように細胞捕捉用の交流電圧を印加することにより、細胞を迅速にウエル206へ捕捉させることができる。
【0103】
上記のように、制御装置340は、ウエル206での細胞捕捉処理(ステップS7)を行った後、細胞への薬剤の影響の導出処理を行う(ステップS8)。
【0104】
このステップS8の詳細を図9に示す。制御装置340は、まず、細胞の電気回転用の交流電圧の印加周波数F2を決定する(ステップS81)。この周波数F2は、細胞を電気回転することができれば予め定められた所定の周波数でもよい。より好ましくは、薬剤による刺激にともなう回転速度の変化を顕著に検出するために、薬剤で刺激する前の細胞の回転速度が最大となる周波数を用いる。本例では、周波数F2として、薬剤で刺激する前の細胞の回転速度が最大となる周波数を用いる。この周波数F2の決定方法の手順(本例でのステップS81の詳細)を図10に示す。
【0105】
制御装置340は、ステップS2で入力された細胞種の名称(細胞種の情報)を参照して、予め記憶している細胞特性データベースとの照合を行う(ステップS101)。
【0106】
そして、上記入力された細胞種が細胞特性データベースに含まれる場合(ステップS102でYes)には、制御装置340は、細胞特性データベースから上記入力された細胞種の細胞情報(細胞質導電率、細胞質誘電率、細胞膜容量、細胞の半径)を参照し(ステップS103)、さらにステップS2で入力された細胞懸濁液(細胞外液)の導電率も参照して(細胞懸濁液の誘電率は所定値)、前述の(2)式を用いて計算されるClausius-Mossotti因子(CM(ω))の虚部のマイナスの値(-Im[CM])の絶対値が最大となる周波数(すなわち、細胞の回転速度が最大となる周波数)を算出し、これを印加周波数F2に決定する(ステップS104)。
【0107】
一方、ステップS2で入力された細胞種が細胞特性データベースに含まれていない場合(ステップS102でNo)には、制御装置340は、例えば、表示装置342に、ユーザに他の細胞種の細胞情報の使用の有無を問い合わせる問合せ画面を表示させる。そして、ユーザが、操作入力装置341を操作して、他の細胞種の細胞情報の使用の指示を行うと、その旨の信号が入力される(ステップS105でYes)。すると、制御装置340は、表示装置342に、細胞特性データベースに登録された全ての細胞種の一覧表を表示させる(ステップS106)。そして、ユーザが、操作入力装置341を操作して、細胞種の一覧表の中から1つの細胞種を選択すると、制御装置340は、細胞特性データベースから上記選択された細胞種の細胞情報(細胞質導電率、細胞質誘電率、細胞膜容量、細胞の半径)を参照し(ステップS107)、さらにステップS2で入力された細胞懸濁液(細胞外液)の導電率も参照して、印加周波数F2を決定する(ステップS104)。
【0108】
また、制御装置340は、表示装置342に上記の問合せ画面を表示させたときに、ユーザが、操作入力装置341を操作して、他の細胞種の細胞情報の不使用の指示を行うと、その旨の信号が入力される(ステップS105でNo)。すると、制御装置340は、表示装置342に細胞情報の入力画面を表示させる。そして、ユーザの操作入力装置341の操作によって、細胞情報(細胞質導電率、細胞質誘電率、細胞膜容量、細胞の半径)が入力され(ステップS108)、さらにステップS2で入力された細胞懸濁液(細胞外液)の導電率も参照して、印加周波数F2を決定する(ステップS104)。
【0109】
上記のようにして図9のステップS81における、細胞の電気回転に用いる好ましい周波数F2を決定することができる。
【0110】
次に、制御装置340は、任意波形発生装置313にステップS81で決定した周波数F2で電気回転用の交流電圧の印加を指示し(ステップS82)、撮影装置332に動画の撮影開始を指示し(ステップS83)、送液ユニット320に薬剤を含まない潅流液(第1の潅流液)の送液の開始を指示する(ステップS84)。ステップS82の指示によって任意波形発生装置313は電気回転用の交流電圧を電極デバイス311へ印加し、ステップS83の指示によって撮影装置332は動画の撮影を開始する。また、ステップS84の指示によって、送液スイッチャー322は、送液チューブ327へ送出する溶液が容器324内の第1の潅流液となるように設定され、送液ポンプ321は作動を開始する。
【0111】
上記のステップS82の指示による任意波形発生装置313の電極デバイス311への交流電圧の印加方法について説明する。
【0112】
各ウエル206に捕捉された細胞に対して電気回転を誘導させるために、各ウエル206に対して取り囲むように配線された4本のマイクロバンド電極202A,202B,204A,204Bに対して、周波数F2のサイン波の交流電圧を、位相を90°ずつずらして印加する。これにより、各ウエル206内に回転電場が形成される。
【0113】
図13は、各ウエル206内に形成される回転電場の方向を示す概略平面図である。各ウエル206は、4つの電極Da,Db,Dc,Ddで囲われている。任意波形発生装置313は、それぞれの電極Da,Db,Dc,Ddに、この順番に、asin(ωt),asin(ωt+π/2),asin(ωt+π),asin(ωt+3π/2)のサイン波交流電圧(aは振幅)が印加されるように、マイクロバンド電極202,204にサイン波交流電圧を供給する。
【0114】
すると、ウエル206内に、図13中の矢印の方向に変位する回転電場が形成される。ウエル206内の細胞の電気回転の回転方向は、-Im[CM]の値で決まり、-Im[CM]が負の値の場合には、回転電場と逆方向に回転する。本例では、隣接するウエル206の間では、ウエル206内に形成される回転電場の向きが逆方向になるため、隣接するウエル206内の各細胞の回転方向は逆方向になる。
【0115】
ステップS81,S82,S83の手順の実行によって、第1の潅流液が送液された状態でウエル206内に捕捉された細胞の電気回転の動画の撮影が行われる。撮影された動画データは撮影装置332から制御装置340へ送信されて、制御装置340に保存される。
【0116】
制御装置340は、保存された動画データから各ウエル206内の細胞の回転速度を算出し、この回転速度を薬剤刺激前の回転速度V0として記憶する(ステップS85)。ここで、各ウエル206には予め識別番号が付されており、制御装置340は、ウエル206の識別番号ととともに、同ウエル206内の細胞の回転速度V0を記憶する。
【0117】
ここで、細胞の回転速度の算出方法の一例を、図14を用いて説明するが、必ずしもこの方法に限定される必要はない。
【0118】
図14(A)に示すように、細胞の中心を原点としたx,y座標系を設定し、画像における細胞の周辺部分における1つの特徴点を検出し、その座標をdx,dyとする。画像における特徴点の検出は、公知の検出技術を用いた画像処理によって行うことができる。
【0119】
そして、所定時間(Δt)内のx座標dxの経時変化を記録すると、図14(B)に示すように、サイン関数で近似が可能な周期性を有した変位を示すグラフが得られる。この得られたグラフと、dx=Asin(Bt+C)の関数(Aは細胞の半径)とを最小二乗法を用いてフィッティングを行い、定数B,Cを決定する。定数Bが角速度に相当する。よって、薬剤刺激前の回転速度V0は、B/2πとして算出される。
【0120】
次に、制御装置340は、ウエル206内の細胞を薬剤で刺激するために、送液ユニット320に薬剤を含む第2の潅流液への送液の切り替えを指示する(ステップS86)。この指示によって、送液スイッチャー322は、送液チューブ327へ送出する溶液を、容器324内の第1の潅流液から容器325内の薬剤を含む第2の潅流液に切り替える。潅流液が交換されている間も、任意波形発生装置313からの交流電圧の印加と撮影装置332による画像の撮影は継続される。そして、第2の潅流液が送液された状態で撮影された動画データは撮影装置332から制御装置340へ送信されて、制御装置340に保存される。
【0121】
次に、制御装置340は、第2の潅流液が送液された状態で撮影された動画データから各ウエル206内の細胞の回転速度を算出し、この回転速度を薬剤刺激後の回転速度V1として記憶する(ステップS87)。ここでも、制御装置340は、ウエル206の識別番号ととともに、同ウエル206内の細胞の回転速度V1を記憶する。薬剤刺激後の回転速度V1の算出方法は、薬剤刺激前の回転速度V0の算出方法と同様であり、角速度を算出して求めることができる。
【0122】
図15は、薬剤刺激前と薬剤刺激後の回転速度V0,V1の算出に用いる細胞の特徴点のx座標(図14のdx)の経時変化の一例を示すグラフである。
【0123】
制御装置340は、第1の潅流液の送出を開始してから所定時間後の時刻tを中央とする所定時間Δt内、すなわち、t-(Δt/2)からt+(Δt/2)までの間の細胞の特徴点のx座標dxの経時変化のグラフを用いて、薬剤刺激前の回転速度V0を算出する。
【0124】
また、制御装置340は、第2の潅流液を潅流する際の流量、送液チューブ327の長さから電極デバイス311上のウエル206に捕捉された細胞に薬剤を含む第2の潅流液が到達する時刻ts1を算出し、この時刻ts1からx秒後(xは所定値)の時刻(ts1+x)を中央とする所定時間Δt内、すなわち、(ts1+x)-(Δt/2)から(ts1+x)+(Δt/2)までの間の細胞の特徴点のx座標dxの経時変化のグラフを用いて薬剤刺激後の回転速度V1を算出する。
【0125】
次に、制御装置340は、送液ユニット320に送液の終了を指示し、撮影装置332に動画の撮影停止を指示し、任意波形発生装置313に交流電圧の印加の終了を指示する(ステップS88)。これらの指示に従って、送液ユニット320の送液ポンプ321は作動を停止し、撮影装置332は動画の撮影を終了し、任意波形発生装置313は電気回転用の交流電圧の印加を終了する。
【0126】
次に、制御装置340は、計測結果として、各々のウエル206内の細胞について、ステップS85で記憶された回転速度V0とステップS87で記憶された回転速度V1との比較結果を算出し、各細胞の回転速度V0,V1の比較結果を各細胞が存在するウエル206の識別番号とともに表示装置342に表示させる(ステップS89)。ここで、回転速度V0とV1の比較結果の算出方法は、V0とV1の差、V0とV1の比、もしくはV1/(V1-V0)など、V0とV1の違いを表現できる方法であればよく、特に限定されない。
【0127】
なお、評価する薬剤が複数ある場合には、予め、各薬剤を含む溶液(第2の潅流液)の入った複数の容器325を送液スイッチャー322に接続できる構成とし、ステップS84~S87の手順を繰り返すようにしてもよい。そして、この手順が繰り返されるときの各ステップS86において、異なる薬剤を含む第2の潅流液の容器325が選択されるように送液スイッチャー322を切り替えるようにすればよい。
【0128】
上記のように、制御装置340は、細胞への薬剤の影響の導出処理(ステップS8)を行った後、細胞回収処理を行う(ステップS9)。
【0129】
この細胞回収処理では、例えば、前述のステップS89で表示装置342に表示された回転速度の比較結果の表示画面において、ユーザが操作入力装置341を操作して回収したい細胞が存在するウエル206の識別番号を選択し、回収指示の入力操作を行うと、このウエル206の識別番号と回収指示とが制御装置340に入力される。
【0130】
制御装置340は、上記入力されたウエル206の識別番号と回収指示を単一細胞捕捉装置350へ出力する。すると、単一細胞捕捉装置350は、入力された識別番号のウエル206の直上に単一細胞捕捉部350aを移動させた後、降下させて、単一細胞捕捉部350aにウエル206内の細胞を捕捉させる。このとき、撮影装置332で撮影を行い、単一細胞捕捉部350aに細胞が捕捉されたこと(ウエル206内の細胞が無くなったこと)を確認するようにしてもよい。
【0131】
この後、単一細胞捕捉部350aを上昇させた後、細胞保持プレート360の所定の細胞保持部361の直上へ移動させ、さらに降下させて、単一細胞捕捉部350aに細胞を細胞保持部361へ吐出させる。単一細胞捕捉装置350は、制御装置340から入力されたウエル206の識別番号が複数ある場合には、上記の動作を繰り返し行い、これにより、各ウエル206内の細胞は、細胞保持プレート360の各細胞保持部361に回収される。なお、各細胞保持部361は、回収される細胞を受け取る順序が予め定められている。
【0132】
上記では、回収する細胞をユーザが選択(決定)するようにしたが、制御装置340がステップS89で算出した回転速度の比較結果が所定の回収条件を満足する細胞を、回収する細胞に決定するようにしてもよい。
【0133】
本実施形態では、ウエル型電気回転アレイ部200を有する電極デバイス311を備えており、複数のウエル206の各々に単一の細胞を保持した状態で電気回転用の交流電圧を印加し、薬剤を含まない溶液(第1の潅流液)から薬剤を含む溶液(第2の潅流液)に入れ替えても、細胞は散失することなくウエル206内に保持された状態で回転を続けることができる。したがって、複数の細胞について、薬剤刺激前と薬剤刺激後の細胞の回転速度(電気回転速度)V0,V1をリアルタイムに計測することができ、これらの比較結果を算出することができる。同一細胞についての薬剤刺激前と薬剤刺激後の電気回転速度V0,V1の比較結果に基づいて細胞への薬剤の効果を評価することができ、細胞膜容量に影響を与える薬剤を特定することができる。よって、複数の単一細胞の電気特性の経時変化を一括して計測し、細胞に対する薬剤の効果を評価することができる。また、蛍光染色を行わないので細胞に対して非侵襲的に、単一細胞レベルでの薬剤の効果を調べることができる。
【0134】
なお、本実施形態では、薬剤刺激前と薬剤刺激後の細胞の回転速度情報として、回転速度V0,V1を用いたが、角速度を用いるようにしてもよい。
【0135】
また、本実施形態では、単一細胞捕捉装置350によって、特定の応答を示した単一細胞のみを回収することができる。これはT細胞の集団の中から、特定の抗原に対して強く応答する、免疫活性が高いT細胞の選別に応用することができる。他にも、がん細胞の集団に対して抗がん剤を添加し、抗がん剤の作用が小さかった単一細胞を回収し遺伝子発現を調べることで抗がん作用を示した原因遺伝子やタンパク質を特定することができる。そのため、免疫細胞移植医療、抗体医薬、または抗がん剤の開発などへ貢献可能な技術である。
【0136】
〔ウエル型電気回転アレイ部の変形例〕
上記例では、ウエル型電気回転アレイ部200は、平面視において、行方向に並んだ下層の複数のマイクロバンド電極202と、列方向に並んだ上層の複数のマイクロバンド電極204とで囲まれる複数の領域(電極包囲領域)の全てに対してウエル206が形成されることで、行列状に配置された複数の電極包囲領域の全てに対してウエル206が配置されているが、この構成に限られない。上記例のように、複数の電極包囲領域の全てに対してウエル206が配置されることで、細胞を捕捉(保持)するウエル206の個数を多くすることができるが、例えば、行列状に配置された電極包囲領域において、1行飛ばしまたは1列飛ばしにウエル206が配置されるようにしてもよい。また、千鳥状にウエル206を配置することも可能である。
【0137】
また、上記例では、平面視において、下層の複数のマイクロバンド電極202と、上層の複数のマイクロバンド電極204とが直交(90度に交差)するように配置されているが、90度以外の所定角度(例えば80度等)で交差するように配置されていてもよい。この場合、平面視において略平行四辺形になる各電極包囲領域において、上記例のように、平面視において長方形状のウエル206を形成し、ウエル206に対して図4(A)と同形状の電極Da~Ddが露出するように、マイクロバンド電極202,204等の形状を変更すればよい。この場合も複数の電極包囲領域の全てに対してウエル206が配置されるとは限られない。なお、上記例の方が、マイクロバンド電極202,204等の設計が容易であり、また、細胞を捕捉するウエル206の個数を多くすることができる。
【0138】
なお、本実施形態の細胞評価システム300において、送液ユニット320および単一細胞捕捉装置350のいずれか一方または両方を備えていない構成とすることも可能である。
【0139】
図16(A)は、送液ユニット320を備えていない場合に電極デバイス311上に設置される溶液保持部501の一例を示す概略平面図であり、図16(B)は、図16(A)におけるc-c’線断面模式図である。
【0140】
図16(A),(B)に示すように、送液ユニット320を備えていない場合、電極デバイス311上に、送液ユニット320の溶液保持部503に代えて、リング状の溶液保持部501を設置し、ユーザがマイクロピペット等を用いて細胞懸濁液等の所望の溶液を溶液保持部501内に供給し、また、マイクロピペット等を用いて溶液保持部501内の溶液を排出するようにすればよい。
【0141】
また、単一細胞捕捉装置350を備えていない場合、ユーザがマイクロピペット等を用いて所望する細胞を回収するようにしてもよい。
【0142】
〔実施例〕
本実施例で用いた細胞評価システム300では、送液ユニット320及び単一細胞捕捉装置350を備えていない。
【0143】
図17は、本実施例におけるウエル型電気回転アレイ部200の光学顕微鏡写真を示す図である。図18(A)は、図17に示すウエル型電気回転アレイ部200における1つのウエル206及びその近傍領域の光学顕微鏡写真を示し、図18(B)は、図18(A)に示す領域の模式図である。
【0144】
この実施例では、ウエル型電気回転アレイ部200において、絶縁性基板201としてガラス基板を用いた。
【0145】
このガラス基板上に第1のマイクロバンド電極202(202A,202B)として、所定幅のITO製マイクロバンド電極を20μm間隔で行方向(横方向)に16本並べて配置した。さらに、この上に第1の絶縁層203としてネガ型の厚膜フォトレジストであるSU-8を厚さが20μmとなるように塗布し、第1の絶縁層203を貫通するように横30μm,縦20μmのウエル206を行列状(15行、15列)に225個形成した。
【0146】
各ウエル206の中心は隣り合う2本の第1のマイクロバンド電極202間の中心に配置され、各ウエル206の底面に2本の第1のマイクロバンド電極202の一部が露出して電極Da,Dcが配置される。第1のマイクロバンド電極202の厚みは200nmである。
【0147】
第1の絶縁層203上に第2のマイクロバンド電極204(204A,204B)として、25μmの幅を有するTi/Au製マイクロバンド電極を40μm間隔で列方向(縦方向)に16本並べて配置した。第2のマイクロバンド電極204の厚みは200nmである。
【0148】
最後に、第2の絶縁層205として、SU-8の薄膜(厚み2μm)を用い、第2のマイクロバンド電極204を被膜した。
【0149】
図17において、iは、第1のマイクロバンド電極202Aおよびその位置を示し、iiは、第1のマイクロバンド電極202Bおよびその位置を示す。また、Aは、第2のマイクロバンド電極204Aおよびその位置を示し、Bは、第2のマイクロバンド電極204Bおよびその位置を示す。
【0150】
図18に示すように、第1のマイクロバンド電極202は、ウエル206の横方向の両端から5μmの位置まで、ウエル206の底面に露出して電極Da,Dcが配置するように形成されている。一方、第2のマイクロバンド電極204は、帯状のパターンの一部を幅方向に延ばして、ウエル206の縦方向の両端側の第1の絶縁層203上に、横20μm,縦5μmの電極Db,Ddが露出するように形成されている。
【0151】
このように、各ウエル206に対して、同じ電極面積を有する4つのマイクロ電極Da~Ddが配置される。すなわち、各ウエル206に対して、ウエル206の左右底面に縦20μm,幅5μmの2つの電極Da,Dcが配置され、第1の絶縁層203上に横20μm,縦5μmの2つの電極Db,Ddが配置される。この4つの電極Da,Db,Dc,Ddへ、この順番に位相を90oずつずらしたサイン波交流電圧を印加することによってウエル206内に回転電場を発生させることができる。
【0152】
上記のように作製されたウエル型電気回転アレイ部200を有する電極デバイス311を用いて、Jurkat細胞を電気回転させる実験を行った。
【0153】
細胞懸濁液として、RPMI1640培地で培養したJurkat細胞を回収し、Jurkat細胞を遠心分離(800min-1,5分)して電気回転溶液(導電率74mS/m)に懸濁した懸濁液を作成した。電気回転溶液は250mMマンニトール水溶液によって5%(v/v)まで希釈されたRPMI1640培地を用いた。細胞濃度は1×10cells/mLになるように調製された。尚、単位に用いているL,Mは、L=1000cm、M=mol/dmである。
【0154】
ここでは、電極デバイス311上に図16に示す溶液保持部501を設置(載置)した。溶液保持部501として、PDMS(Polydimethylsiloxane)で作製されたリング状部材(外径10mm,内径8mm,高さ6mm,体積300μL)を用い、これを酸素プラズマ処理(200W,60秒,YANACO LTA-302, ヤナコテクニカルサイエンス株式会社)し、酸素プラズマ処理後、速やかに電極デバイス311の中央部に設置(載置)した。
【0155】
そして、Bovine Serum Albuminを濃度が10mg/mLになるように電気回転溶液に溶解させ、この溶液をマイクロピペットで電極デバイス311上に設置した溶液保持部501に供給し、2時間室温に静置した。この操作は電極(Da~Dd)表面への細胞の非特異的な吸着を抑制するためである。
【0156】
この後、溶液保持部501から電気回転溶液をマイクロピペットで吸い出した後、前述のJurkat細胞の懸濁液をマイクロピペットで溶液保持部501に300μL供給した。この後、10分程度静置し、細胞を自重で沈降させてウエル206に捕捉させた。
【0157】
図19は、自重によって沈降しウエル206に捕捉されたJurkat細胞の光学顕微鏡写真を示す図である。図19では、63個のウエル中、33個のウエルで細胞の捕捉が観察された。
【0158】
この状態で、任意波形発生装置313によって、図17に示される電極A,i,B,iiの順番(すなわち、マイクロバンド電極204A,202A,204B,202Bの順番)に、90°ずつ位相をずらしたサイン波交流電圧(300kHz,2Vpp)を印加した。その結果、ウエル206に捕捉された細胞は回転を始めた。それぞれの細胞の回転方向は形成された回転電場と反対方向であった。
【0159】
ここで、周波数を種々変更して交流電圧を印加したところ、ウエル206内に捕捉された細胞は、周波数が200~400kHzの交流電圧の印加によって電気回転した。
【0160】
一方、周波数が400kHz~800kHzの交流電圧を印加すると、細胞は電極側へ誘導され、細胞が電極に接触した瞬間に破裂する様子が観察された。この現象は、細胞に正の誘電泳動が作用したためと考えられる。
【0161】
そこで、細胞の挙動の周波数依存性を把握するために電気回転溶液中におけるJurkat細胞のClausius-Mossotti因子の実部(Re[CM])と虚部(Im[CM])の周波数依存性を計算した。その結果のグラフを図20(A)に示す。図20(A)に示すグラフの横軸は周波数(Hz)である。なお、Jurkat細胞の細胞膜容量は、文献(Ross P E., et al., Biophys. J., 1994, 66, 169)によって開示されている11mF/mを用いて計算した。
【0162】
Clausius-Mossotti因子は細胞の分極の程度を表し、Clausius-Mossotti因子の実部(Re[CM])は誘電泳動の方向を示す。Re[CM]が正の場合、正の誘電泳動が作用し電場の強い方向への引力が細胞に作用する。理論計算から250kHz付近以上の周波数で正の誘電泳動が作用することが判明した。これは実験結果の周波数とほぼ一致した。
【0163】
一方、Clausius-Mossotti因子の虚部(Im[CM])は電気回転速度の大きさと向きを表す。特に回転速度の最大をとるピーク周波数はJurkat細胞の場合、300kHzであることが判明した。
【0164】
そこで、次に、最大回転速度を示す300kHzの周波数の交流電圧を印加し、細胞を電気回転させた状態で、薬剤刺激の影響を調べた。
【0165】
前述のように、Jurkat細胞をウエル206に捕捉した状態で、任意波形発生装置313によって300kHz,2Vppの交流電圧を印加し、各ウエル206内で細胞を回転させた。
【0166】
そして、細胞を回転させてから10秒後に、100μMに調製したイオノマイシン溶液3μLを溶液保持部501に静かに添加し、イオノマイシンの終濃度が1μMになるようにした。
【0167】
図21の「実施例」に細胞の特徴点のx座標dx(図14(A)参照)の経時変化を示した。図21の「実施例」に示すように、細胞の特徴点のx座標が周期的に変化しており、細胞が回転していることを示している。この周期から細胞の回転速度を算出するために、3秒間ごとに回転速度を算出した。その結果を図22に「実施例」として示した。計測開始10秒後にイオノマイシン溶液を添加した(図21図22中の矢印の時点)。図22の縦軸は、計測開始時の回転速度を基準にした相対回転速度を示す。
【0168】
イオノマイシン溶液の3μLの添加によって溶液全体に緩やかな流れが生じ、ウエル206に捕捉されていない細胞や溶液中に漂っていた細胞は、流れの影響を受けてランダムな動きを示した。一方、ウエル206に捕捉されて回転している細胞は、溶液の流れの影響を受けずに、ウエル206の中で回転運動を継続した。イオノマイシン溶液を添加してから6秒後から回転速度の減少が観察され、添加してから24秒後には、添加前の80%の回転速度にまで回転速度が減少した。また、回転していた細胞の一部は、イオノマイシン溶液の添加によって正の誘電泳動の挙動が確認され、各ウエル206に設置された4つの電極のいずれかに泳動される様子が観察された。
【0169】
イオノマイシン溶液添加後の細胞膜容量の算出を行った。図22より、イオノマイシン溶液の添加によって300kHzにおける回転速度が添加前の回転速度の80%に減少した。そこで、前述の(1)式及び(2)式に基づいて、300kHzにおける回転速度が添加前の80%になる細胞膜容量を算出した結果、細胞膜容量が23.6mF/mのときに、300kHzにおける回転速度が添加前の80%に相当する回転速度になることが判明した(図20(B)参照)。また、この細胞膜容量のとき、Re[CM]は大きな正の値を示すことから、正の誘電泳動が作用する。回転電場の中心に配置された細胞は、各電極(Da~Dd)から等しい力の正の誘電泳動が作用するため、その場に留まり回転運動を継続する。一方、回転電場の中心から外れた細胞は、その細胞の位置から最も近い電極からの正の誘電泳動を強く受けるため、一つの電極に引き寄せられる。
【0170】
また、比較例として、イオノマイシン溶液を3μL添加する代わりに、イオノマイシンを含まない溶液を3μL添加した実験を行った。その結果を図21および図22に「比較例」として示した。なお、図21および図22では、比較例における溶液の添加タイミングが、実施例におけるイオノマイシン溶液の添加タイミングと同じになるように示している。比較例では、溶液の添加前後において、細胞の電気回転速度の変化は観察されなかった。よって、比較例では、溶液交換による溶液の流れの影響は細胞の電気回転速度に影響を与えないことがわかった。つまり、実施例のように細胞膜容量に影響を与える薬剤が添加されたときにのみ、電気回転速度の変化が観察される。
【0171】
上記実施例のように、ウエル型電気回転アレイ部200を有する電極デバイス311の利用によって、外部より薬剤を含む溶液を添加し、添加前後の細胞の電気回転速度の変化量をリアルタイムに計測することができる。そして、同一細胞の薬剤を含む溶液の添加前後の電気回転速度の変化量を計測することにより、細胞膜容量に影響を与える薬剤を識別することができる。
【0172】
上記説明から、当業者にとっては、本発明の多くの改良や他の実施形態が明らかである。従って、上記説明は、例示としてのみ解釈されるべきであり、本発明を実行する最良の態様を当業者に教示する目的で提供されたものである。本発明の精神を逸脱することなく、その構造及び/又は機能の詳細を実質的に変更できる。
【産業上の利用可能性】
【0173】
本発明は、複数の単一細胞の電気特性の経時変化を一括して計測することができる電気回転デバイス及びこれを備えた細胞評価システム等として有用である。
【符号の説明】
【0174】
201 絶縁性基板
202 第1のマイクロバンド電極
203 第1の絶縁層
204 第2のマイクロバンド電極
205 第2の絶縁層
206 ウエル
310 電気回転デバイス
311 電極デバイス
313 任意波形発生装置
320 送液ユニット
331 撮影装置
340 制御装置
342 表示装置
350 単一細胞捕捉装置
360 細胞保持プレート
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