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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】コバルトクロム合金部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 30/00 20060101AFI20240510BHJP
   C22C 19/07 20060101ALI20240510BHJP
   C22F 1/10 20060101ALI20240510BHJP
   A61L 27/04 20060101ALI20240510BHJP
   A61L 29/02 20060101ALI20240510BHJP
   A61L 31/02 20060101ALI20240510BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240510BHJP
【FI】
C22C30/00
C22C19/07 Z
C22F1/10 J
A61L27/04
A61L29/02
A61L31/02
C22F1/00 682
C22F1/00 691B
C22F1/00 625
C22F1/00 626
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691C
C22F1/00 683
C22F1/00 686B
C22F1/00 630G
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 604
C22F1/00 675
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022536369
(86)(22)【出願日】2021-07-13
(86)【国際出願番号】 JP2021026241
(87)【国際公開番号】W WO2022014564
(87)【国際公開日】2022-01-20
【審査請求日】2023-01-10
(31)【優先権主張番号】P 2020122529
(32)【優先日】2020-07-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】弁理士法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】土谷 浩一
(72)【発明者】
【氏名】澤口 孝宏
【審査官】村岡 一磨
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-147982(JP,A)
【文献】特開2009-074104(JP,A)
【文献】特開2004-307993(JP,A)
【文献】大友拓磨 他,Co-Ni-Cr-Mo合金のヤング率および強度に及ぼす冷間加工-熱処理の影響,日本金属学会誌,第73巻 第2号,日本,2009年,pp.74-80
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 30/00
C22F 1/00
C22F 1/16
C22C 19/07
A61L 27/04
A61L 29/02
A61L 31/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Niが23~32%、Coが37~48%、Moが8~12%と、Crが12~28%と、不可避不純物が残部と、からなり、
20≦[Cr%]+[Mo%]+[不可避不純物%]≦40、
を満たすコバルトクロム合金素材を準備し、
前記準備したコバルトクロム合金素材を1100℃~1300℃で均質化処理し、
前記均質化処理したコバルトクロム合金素材を、チューブ状又はワイヤー状の形状に冷間で塑性加工を施し、コバルトクロム合金加工まま材を得て、
前記冷間で塑性加工されたコバルトクロム合金加工まま材に対して、前記コバルトクロム合金素材の再結晶温度を超え1100℃以下で、1分以上60分間以下の熱処理を行うことで、医療用デバイス用のチューブ状又はワイヤー状のコバルトクロム合金部材を製造し、
前記コバルトクロム合金部材の引張強度が800~1200MPaかつ均一伸びが25~60%、破断伸びが30~80%を示すことを特徴とする、コバルトクロム合金部材の製造方法。
【請求項2】
質量%で、Niが25~29%と、Coが37~48%と、Moが9~11%と、Crが14~27%と、不可避不純物:残部と、からなり、
23≦[Cr%]+[Mo%]+[不可避不純物%]≦38、
を満たすコバルトクロム合金素材を準備し、
前記準備したコバルトクロム合金素材を1100℃~1300℃で均質化処理し、
前記均質化処理したコバルトクロム合金素材を、チューブ状の形状に冷間で塑性加工を施し、コバルトクロム合金加工まま材を得て、
前記冷間で塑性加工されたコバルトクロム合金加工まま材に対して、900℃以上1100℃以下で、1分以上60分間以下の熱処理を行うことで、医療用デバイス用のチューブ状のコバルトクロム合金部材を製造し、
前記コバルトクロム合金部材の引張強度が850~1200MPaかつ均一伸びが50~60%、破断伸びが60~80%を示すことを特徴とする、請求項1に記載のコバルトクロム合金部材の製造方法。
【請求項3】
前記不可避不純物は、Ti、Mn、Fe、Nb、W、Al、Zr、B、およびCの含有量が質量%で、Tiが1.0%以下、Mnが1.0%以下、Feが1.0%以下、Nbが1.0%以下、Wが1.0%以下、Alが0.5%以下、Zrが0.1%以下、Bが0.01%以下およびCが0.1%以下である
請求項1又は2に記載のコバルトクロム合金部材の製造方法。
【請求項4】
前記コバルトクロム合金部材は、面心立方格子(fcc)からなる結晶構造、又は面心立方格子(fcc)及び六方晶系格子(hcp)からなる結晶構造を有し、結晶粒径の平均値5~30μmであって、帯状の変形帯組織を有する
請求項1乃至3の何れか1項に記載のコバルトクロム合金部材の製造方法。
【請求項5】
前記医療用デバイスは、ステント、チューブ、ワイヤー、インプラントの何れかである
請求項1乃至4の何れか1項に記載のコバルトクロム合金部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステント、医療用チューブ、医療用ガイドワイヤーなどの医療用デバイスや航空宇宙分野の工業用材料に用いて好適なコバルトクロム合金部材に関する。特に、耐腐食特性と生体親和性に優れ、かつ高強度で延性に優れ、体内留置型医療用デバイスに好適なコバルトクロム合金素材の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
医療機器に用いられる金属部材、特に、体内にインプラントされる金属部材には、耐腐食特性と生体親和性に優れ、しかも高い機械的性質を有す金属が求められ、ステンレス鋼、ニッケル・チタン合金、コバルトクロム合金等が用いられてきた。このような生体適合性の合金として、例えば、歯科鋳造用コバルトクロム合金(JIS T6115)が知られており、ニッケル含有合金には歯科用ステンレス鋼線(JIS T6103)が知られている。
【0003】
コバルトクロム合金部材のうち、ステントは狭窄した体内脈管を拡張して維持する事を目的とした中空の管状物であり、大きく分けて自己拡張型ステントとバルーン拡張型ステントがある。
自己拡張ステントはカテーテル先端に固定し、所定の位置にてカテーテルより超弾性合金、形状記憶合金を用いることで自己拡張性を付与したものであり、例えばニッケル・チタン合金を用いたステントが実用化されている。
【0004】
バルーン拡張型ステントは管径圧縮によりバルーンカテーテルに固定し、所定の位置にてバルーンの拡張により管径拡張するステントであり、主にステンレス鋼SUS316Lやコバルトクロム系合金が実用化されている。例えば血管内に狭窄が生じた場合、その狭窄部をバルーンカテーテルにより広げた後に留置され、血管内壁を内側から支持し、再狭窄を防止するために使用される。ステントの挿入に関しては、ステントは収縮状態のバルーンの外側に縮径状態でカテーテル先端に装着され、バルーン部と一緒に血管内に挿入される。バルーン部を狭窄部位に位置させた後、バルーン部を膨らませる事によりステントを拡張させ、狭窄部を拡張した状態でステントを留置させ、バルーンカテーテルが引き抜かれる。
バルーン拡張型ステント用合金としては外科インプラント材料としてASTMF90-14(Co-20Cr-15W-10Ni合金(L605合金)、ASTMF562-13(Co-20Cr-10Mo-35Ni合金(MP35N合金))、SUS316Lが知られている。
【0005】
一方、整形外科領域におけるインプラントした金属の破断や、循環器内科領域におけるステントの早期破断が報告され、より疲労特性に優れた金属部材への要求がある。我々は、冠動脈ステント材料として最も一般的に用いられているL-605(Co-20Cr-15W-10Ni)合金、MP35N(Co-20Cr-10Mo-35Ni)合金に対して、低サイクル疲労特性を改善した合金を提案している(特許文献1参照)。この合金は組成が質量%で、Crが10~27%、Moが3~12%、Niが22~34%で残部は実質的にCo及び不可避不純物からなるが、Coは37~48%が望ましい。
【0006】
ガイドワイヤーは血管内で用いる診断用あるいは治療用のカテーテルを血管内の所定の位置まで挿入するのを補助するものであり、芯材ワイヤーに細いワイヤーを巻き付けた構造をしている。ガイドワイヤーには先端の回転が手元の回転に追従するトルク伝達性や施術時に破断しない為に充分な強度と延性が必要とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2019-147982号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Comparing and Optimizing Co-Cr Tubing for Stent Applications", Medical Device Materials II, p.274-278, (2004) ASM International.
【文献】P.Zhang, S.X.Li, Z.F.Zhang, Materials Science and Engineering, A529(2011)62-73
【文献】Fort Wayne Metals, Inc.(米国インディアナ州フォートウェイン)ホームページ、材料、ハイパフォーマンス合金、L-605https://www.fwmetals.jp/materials/high-performance-alloys/l-605/
【文献】ASM Aerospace Specification Metals Inc.(米国フロリダ州Pompano Beach)ホームページ、AISI Type 316 Stainless Steel, annealed sheethttp://asm.matweb.com/search/SpecificMaterial.asp bassnum=MQ316A
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
現在用いられているCo-Cr系合金であるL605やTi-Ni合金は冷間加工が難しい材料でありSUS316と比較すると加工コストが非常に高くなる。
また最近は、医療用デバイスや航空宇宙用デバイスに好適であって、高い機械的強度と延性を有するコバルトクロム合金部材が求められる。
特に、神経欠陥や脳血管などの微細で複雑な形状の血管にステントなどの体内留置型医療用デバイスを用いる要求があり、その為には薄く細いチューブを用いてステントの金属部分であるストラットを細くする必要があり、それでも充分な血管保持力を確保するためにはできるだけ高強度の材料が必要である。これはまた体内に留置する金属量の低減にもつながる。
ガイドワイヤーにおいてもできるだけ細いワイヤーを用いる事で、微細な血管に挿入しやすくなるが、さらに良好なトルク伝達性を実現するにはできるだけ強度が高い必要がある。さらに使用時の破断を防ぐためには延性のある材料が望ましい。
【0010】
本発明の目的は、医療用デバイス又は航空宇宙用デバイスに用いて好適なコバルトクロム合金部材を提供することにある。
特に、本発明の他の目的は、ステントなどの体内留置型医療用デバイスを微細な血管に挿入し易くするガイドワイヤーに好適なコバルトクロム合金部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために本発明のコバルトクロム合金部材は以下の構成を採用した。
[1]質量%で、Niが23~32%、Coが37~48%、Moが8~12%であって、残部にCrと不可避不純物が含まれると共に、
20≦[Cr%]+[Mo%]+[不可避不純物%]≦40、
を満たす組成からなるコバルトクロム合金素材を所定形状に冷間で塑性加工されたコバルトクロム合金加工まま材に対して、前記コバルトクロム合金素材の再結晶温度を超え1100℃以下で、1分以上60分間以下の熱処理をして得られ、
引張強度が800~1200MPaかつ均一伸びが25~60%、破断伸びが30~80%を示す
コバルトクロム合金部材。
【0012】
[2][1]に記載のコバルトクロム合金部材は、質量%で、Niが25~29%、Coが37~48%、Moが9~11%であって、残部にCrと不可避不純物が含まれると共に、
23≦[Cr%]+[Mo%]+[不可避不純物%]≦38、
を満たす組成からなるコバルトクロム合金素材を所定形状に冷間で塑性加工したコバルトクロム合金加工まま材に対して、900℃以上1100℃以下で、1分以上60分間以下の熱処理をして得られ、
引張強度が850~1200MPaかつ均一伸びが50~60%、破断伸びが60~80%を示すとよい。
【0013】
[3][1]又は[2]に記載の不可避不純物は、Ti、Mn、Fe、Nb、W、Al、Zr、B、およびCの含有量が質量%で、Tiが1.0%以下、Mnが1.0%以下、Feが1.0%以下、Nbが1.0%以下、Wが1.0%以下、Alが0.5%以下、Zrが0.1%以下、Bが0.01%以下およびCが0.1%以下であるとよい。
【0014】
[4][1]乃至[3]の何れかに記載の組成を有するコバルトクロム合金部材は、面心立方格子(fcc)からなる結晶構造、または面心立方格子(fcc)及び六方晶系格子(hcp)からなる結晶構造を有し、結晶粒径の平均値は5~30μmであって、帯状の変形帯組織を有するとよい。
【0015】
[5][1]乃至[4]の何れか1項に記載のコバルトクロム合金部材を使用した医療用デバイス、又は航空宇宙用デバイスであるとよい。
【0016】
[6][5]に記載の前記医療用デバイスは、ステント、チューブ、ワイヤー、インプラントの何れかであるとよい。
【0017】
[7]質量%で、Niが23~32%、Coが37~48%、Moが8~12%であって、残部にCrと不可避不純物が含まれると共に、
20≦[Cr%]+[Mo%]+[不可避不純物%]≦40、
を満たす組成からなるコバルトクロム合金素材を準備し、
前記準備したコバルトクロム合金素材を1100℃~1300℃で均質化処理し、
前記均質化処理したコバルトクロム合金素材を、チューブ状又はワイヤー状の形状に冷間で塑性加工を施し、コバルトクロム合金加工まま材を得て、
前記冷間で塑性加工されたコバルトクロム合金加工まま材に対して、前記コバルトクロム合金素材の再結晶温度を超え1100℃以下で、1分以上60分間以下の熱処理を行うことを特徴とする
コバルトクロム合金部材の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明のコバルトクロム合金部材は、冷間で塑性加工した後の再結晶温度を超えた熱処理により強度や延性が改善されるなどの機械的特性に優れており、既存製品よりも信頼性が高い。このことより、例えば本発明のコバルトクロム合金部材を用いてステントのような体内留置型医療用デバイスを作製すると、装着時のステント信頼性が高まり、患部への装着がより容易となる。
【0019】
本発明のコバルトクロム合金部材では、Co、Ni、Cr、Moを主成分とする合金を冷間で塑性加工した後、再結晶温度以上での熱処理を施すことにより、面心立方格子(fcc)相が安定化される。これにより、形成されたfcc相では、コバルトクロム合金部材の変形に際して、fcc双晶変形および変形誘起によるfccから六方晶系格子(hcp)への変態が生じ、高い加工硬化能と優れた機械的強度・延性を示す。
なお、本発明のコバルトクロム合金部材において、Mo,Nb等の溶質原子をさらに含有する場合には、転位芯ないしは拡張転位の積層欠陥に偏析させて交差すべりを起き難くすることができ、加工硬化により、機械的強度がさらに高くなる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明に用いられるコバルトクロム合金素材の低サイクル疲労寿命の比較図である。
図2】本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金加工まま材(上)、1050℃で5分間熱処理したコバルトクロム合金部材(下)としてのチューブの外観写真で、(a)は全体写真、(b)は要部の拡大写真である。
図3】本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金素材を冷間加工によりチューブ状に作製した加工まま材、およびコバルトクロム合金部材である熱処理材、並びに比較材であるL605合金チューブの引張り試験で得られた応力-歪み線図である。
図4】本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金素材を冷間加工によりチューブ状に作製した加工まま材、およびコバルトクロム合金部材である熱処理材、並びに比較材であるL605合金の降伏応力、引張り強度と伸びを比較した図面である。
図5】本発明に用いられるコバルトクロム合金素材の走査電子顕微鏡による結晶方位解析像である。
図6】コバルトクロム合金素材を冷間加工によりチューブ状に作製した加工まま材(a)およびその熱処理材(b)の後方電子散乱回折(EBSD)法で得られた逆極点マップである。
図7】本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金加工まま材としてのワイヤーの外観写真で、(a)は全体写真、(b)は要部の拡大写真ある。
図8】本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金部材としてのワイヤーの引張り試験で得られた応力-歪み線図である。
図9】本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金部材としてのチューブをレーザー加工して得られたステントの外観写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[本発明の概要]
本発明のコバルトクロム合金部材は、特定の組成からなるコバルトクロム合金素材を所定形状に冷間で塑性加工(以下、単に「冷間加工」ともいう)したコバルトクロム合金加工まま材に対して、再結晶温度を超えた特定の熱処理をして得られる。
これにより、高い加工硬化能と優れた機械的強度・延性を示すコバルトクロム合金部材が得られる。
以下、本発明の詳細について説明する。
【0022】
[本発明の詳細]
(コバルトクロム合金素材)
本発明のコバルトクロム合金素材は、Ni、Co、Mo、Cr、及び不可避不純物を含む。
不可避不純物とは、意図的に添加した成分ではなく、材料あるいは工程に由来して不可避的に混入した成分をいう。不可避不純物の成分は、特に限定されないが、例えば、Ti、Mn、Fe、Nb、W、Al、Zr、又はC等であり、含まれなくてもよい。
また、本発明のコバルトクロム合金素材は、特定の組成範囲を有すれば特に限定されず、後述するように、均質化処理されたものであってもよく、熱間圧延や熱間鍛造等の熱間加工されたものであってもよく、切削加工などにより特定の形状に加工されたものであってもよい。
【0023】
本発明のコバルトクロム合金素材の組成範囲を限定した理由を以下に説明する。
尚、コバルトクロム合金素材の各成分の含有量は、コバルトクロム合金素材全体を100質量%としたときの含有量(質量%、以下単に「%」と示す。)である。
また、本発明の数値範囲は、上限値と下限値を含む。以下に示す組成範囲だけでなく、温度処理の範囲、引張強度の範囲、破断伸びや均一伸びの範囲においても同様とする。
【0024】
Ni(ニッケル)は、面心立方格子相を安定化し、加工性を維持し、耐食性を高め、低サイクル疲労寿命を改善し、冷間加工後の再結晶温度を超えた熱処理により強度や延性を改善する効果がある。しかし、本発明のコバルトクロム合金素材のCo、Cr、Moの組成範囲において、Niの含有量が23%未満では当該熱処理による強度や延性の改善効果を得ることが困難であると共に、32%を越えても当該熱処理による強度や延性の改善効果を得ることが困難であることから、本発明のNi含有量は、23~32%であり、好ましくは、25~29%である。これにより、強度及び延性の改善効果が一層得られる。
【0025】
Co(コバルト)は、それ自体加工硬化能が大きく、切り欠け脆さを減じ、疲労強度を高め、高温強度を高めると共に、低サイクル疲労寿命を改善し、冷間加工後の再結晶温度を超えた熱処理により強度や延性を改善する効果がある。
Coの含有量は、37%未満ではその効果が弱く、本組成では48%を越えるとマトリクスが硬くなり過ぎて加工困難となると共に、冷間加工後の再結晶温度を超えた熱処理により強度や延性を改善する効果がなくなる。このため、本発明のCoの含有量は、37~48%であり、好ましくは40~45%である。これにより、強度及び延性の改善効果が一層得られる。
【0026】
Mo(モリブデン)は、マトリクスに固溶してこれを強化する効果、加工硬化能を増大させる効果、及びCrとの共存において耐食性を高める効果がある。しかし、Moの含有量が8%未満では所望する効果が得られず、12%を越えると加工性が急激に低下すること、及び脆いσ相が生成しやすくなる。このことから、本発明のMoの含有量は、8~12%であり、好ましくは、9~11%である。これにより、強度及び延性の改善効果が一層得られる。
【0027】
Cr、Mo、及び不可避不純物の合計含有量が、コバルトクロム合金素材全体を100%として、20%未満では六方晶系格子(hcp)相が安定になり、40%を越えると、面心立方格子(fcc)相が不安定になり体心立方格子(bcc)層が出現しやすくなる。つまり、Cr、Mo、及び不可避不純物の合計含有量が20~40%でない場合、fcc相が安定化しにくく、これにより得られたコバルトクロム合金部材を変形した際、fcc双晶変形や、変形誘起によるfccからhcpへの変態が生じにくく、優れた延性と共に低サイクル疲労寿命が得られない。このことから、本発明のCr、Mo、及び不可避不純物の合計含有量は、20~40%であり、好ましくは23~38%である。これにより、優れた延性と共に低サイクル疲労寿命が得られる。
尚、不可避不純物の含有量は、0%であってもよく、0%を超える場合には、Co、Ni、Cr、Moの組成割合を基準に全体が100%となるように不可避不純物の組成割合が調整される。
【0028】
Cr(クロム)は耐食性を確保するのに不可欠な成分であり、またマトリクスを強化する効果がある。不可避的不純物が0%の場合、本発明のCrの含有量は、好ましくは12~28%であり、より好ましくは14~27%であり、更に好ましくは18~22%である。12%以上で優れた耐食性が得られやすく、28%以下で、加工性及び靱性が急激に低下しにくい。これにより、加工性及び靱性を確保しながら、より優れた耐食性が得られる。
【0029】
Ti(チタン)は強い脱酸、脱窒、脱硫の効果があるが、多過ぎると合金中に介在物が増えたり、η相(NiTi)が析出して靱性が低下することから、本発明のTiの含有量は、不可避的不純物として1.0%以下であることが望ましい。
【0030】
Mn(マンガン)は脱酸、脱硫の効果、及び面心立方格子相を安定化する効果があるが、多過ぎると耐食性、耐酸化性を劣化させるため、本発明のMnの含有量は、1.5%以下であることが望ましい。より望ましくは不可避不純物としての上限は1.0%以下である。
【0031】
Fe(鉄)は、面心立方格子相を安定化し加工性を向上させる働きがあるが、多過ぎると耐酸化性が低下するため、本発明のFeの含有量は、不可避不純物として1.0%以下であることが望ましい。
【0032】
C(炭素)はマトリクスに固溶するほか、Cr、Mo等と炭化物を形成し、結晶粒の粗大化の防止効果があるが、多過ぎると靭性の低下、耐食性の劣化等が生じるため、本発明のCの含有量は、0.1%以下であることが望ましい。
【0033】
Nb(ニオブ)はマトリクスに固溶してこれを強化し、加工硬化能を増大させる効果があるが、3.0%を越えるとσ相やδ相(NiNb)が析出して靭性が低下することから、本発明のNbの含有量は、3.0%以下であることが望ましい。より望ましくは不可避不純物としての上限は1.0%以下である。
【0034】
W(タングステン)は、マトリクスに固溶してこれを強化し、加工硬化能を著しく増大させる効果があるが、5.0%を越えるとσ相を析出して靭性が低下することから、本発明のWの含有量は、5.0%以下であることが望ましい。より望ましくは、不可避不純物としての上限は1.0%以下である。
【0035】
Al(アルミ)は、脱酸、及び耐酸化性を向上させる効果があるが、多過ぎると耐食性の劣化等が生じるため、本発明のAlの含有量は、0.5%以下であることが望ましい。
【0036】
Zr(ジルコニウム)は、高温での結晶粒界強度を上げて、熱間加工性を向上させる効果があるが、多過ぎると逆に加工性が悪くなるため、本発明のZrの含有量は、0.1%以下であることが望ましい。
【0037】
B(ホウ素)は、熱間加工性を改善する効果があるが、多過ぎると逆に熱間加工性が低下し割れやすくなるため、本発明のBの含有量は、0.01%以下であることが望ましい。
【0038】
(コバルトクロム合金加工まま材)
本発明のコバルトクロム合金加工まま材は、上記コバルトクロム合金素材を所定形状に冷間加工して得られる。
本発明では、冷間加工中に双晶変形や誘起変態が生じることで、fcc変形双晶やhcp相(ε相)が導入され、高い密度の帯状の変形帯組織が形成される。これにより、非常に高い強度が得られる。
その他、本発明では冷間加工により、結晶粒が微細化され、さらに高い強度が得られやすい。
【0039】
所定形状はとしては、特に限定されないが、例えば、チューブ状、ワイヤー状であることが好ましい。これにより、チューブやワイヤー形状の医療用又は航空宇宙用のデバイスに用いることができる。ワイヤー状の断面形状には、円形断面、楕円形断面、平板状断面、凹状や凸状の異形断面が含まれる。チューブ状は、内部が中空で周面がコバルトクロム合金で囲われたものである。
【0040】
(コバルトクロム合金部材)
本発明のコバルトクロム合金部材は、上記コバルトクロム合金加工まま材を結晶温度以上の特定の熱処理をして得られる。
本発明の熱処理をすることで、コバルトクロム合金加工まま材におけるfcc変形双晶又はhcp相が、fcc相に変化する。fcc相が形成されることで、コバルトクロム合金部材を変形させた際、再び、fcc双晶変形又は変形誘起によるfccからhcpへの変態が生じる。このような変形や変態が生じる本発明のコバルトクロム合金部材は、機械的強度及び延性に優れる。
加えて、本発明の熱処理をすることで、結晶粒子が均一化され、機械的特性が均質化される。
【0041】
本発明のコバルトクロム合金部材では、引張強度が800~1200MPaであり、好ましくは850~1200MPaである。
コバルトクロム合金部材では、均一伸びが25~60%であり、好ましくは50~60%である。
コバルトクロム合金部材では、破断伸びが30~80%であり、好ましくは60~80%である。
引張強度、均一伸び、破断伸びは、例えば、島津製作所製オートグラフを用いた引張り試験により測定される。
上記物性を有するコバルトクロム合金部材は、機械的強度及び延性に優れる。
【0042】
本発明の熱処理の温度は、コバルトクロム合金素材の再結晶温度を超え1100℃以下であり、900℃以上1100℃以下であることが好ましい。
再結晶化温度以上とすることで、再結晶化され、fcc相が安定化する。1100℃以下とすることで、結晶粒径の粗大化が抑えられる。
これにより、上記範囲の引張強度、均一伸び、破断伸びを有し、高い機械的強度及び延性を有するコバルト合金部材が得られる。
【0043】
本発明の熱処理の時間は、1分以上60分間以下である。1分以上とすることで、充分に再結晶化され、fcc相が安定化する。60分以下とすることで、結晶粒径の粗大化が抑えられる。
これにより、上記範囲の引張強度、均一伸び、破断伸びを有し、高い機械的強度及び延性を有するコバルト合金部材が得られる。
【0044】
本発明のコバルトクロム合金部材は、面心立方格子(fcc)からなる結晶構造、または面心立方格子(fcc)及び六方晶系格子(hcp)からなる結晶構造を有してもよい。
これにより、コバルトクロム合金部材の変形時にfcc双晶変形及び変形誘起によるfccからhcpへの変態が生じやすく、より優れた機械的強度及び延性が得られる。
【0045】
本発明のコバルトクロム合金部材の結晶粒径の平均値は、好ましくは5μm以上30μm以下であり、より好ましくは7μm以上10μm以下である。これにより、高い機械的強度が確保されやすい。
結晶粒径の平均値は、後方電子散乱回折(EBSD)によるエリアフラクション法により算出される。詳細には、結晶粒径の平均値は、JIS G0551「鋼-結晶粒度の顕微鏡試験方法」やASTM E112-13「Standard Test Methods for Determining Average Grain Size(平均結晶粒度決定のための標準試験方法)に準拠し算出できる。
【0046】
本発明のコバルトクロム合金部材は、帯状の変形帯組織を有してもよい。本発明の帯状の変形帯組織とは、冷間加工により生じた多数の転位が密集した転位セルの集合体組織であり、冷間加工時に導入されたfcc変形双晶やhcp相(ε相)近傍にある組織である。
【0047】
本発明のコバルトクロム合金部材は、積層欠陥エネルギーが低く、変形に際し部分転位が運動しプレート状の微細なfcc双晶およびhcp相が形成することによって、高い加工硬化能が得られる。また、原子半径の大きさが1.25ÅであるCo、Ni、Crに比べ、原子半径が大きいかあるいは近似しているMo,Nb等の溶質原子が、転位芯ないしは拡張転位の積層欠陥に強く引き付けられて偏析して交差すべりが起き難くなるため、高い加工硬化能が発現する。
【0048】
また、本発明のコバルトクロム合金部材の高い加工硬化能は体温付近のみならず高温下においても発現するため、高温強度特性も高いという特徴を有している。そこで、コバルトクロム合金部材の用途は、医療用に限定されるものではなく、航空宇宙用や蒸気タービン用等のより過酷な条件下での使用に耐えるものである。
【0049】
(コバルトクロム合金部材の製造方法)
コバルトクロム合金部材の製造方法は、コバルトクロム合金素材を準備する工程と、上記準備したコバルトクロム合金素材を1100℃~1300℃で均質化処理する工程と、上記均質化処理したコバルトクロム合金素材を、チューブ状又はワイヤー状の形状に冷間で塑性加工を施し、コバルトクロム合金加工まま材を得る工程と、上記冷間で塑性加工されたコバルトクロム合金加工まま材を、上記コバルトクロム合金素材の再結晶温度を超え1100℃以下で、1分以上60分間以下の熱処理を行う工程を含む。
これにより、高い機械的強度及び延性を有するコバルトクロム合金部材が得られる。
【0050】
コバルトクロム合金素材を準備する工程では、上記コバルト合金素材が用いられる。
冷間で塑性加工を施す工程では、チューブ状又はワイヤー状に冷間加工した上記コバルトクロム合金加工まま材が得られる。
コバルトクロム合金加工まま材に対して熱処理を行う工程では、上記コバルトクロム合金部材が得られる。
【0051】
均質化処理では、コバルトクロム合金素材に対して、1100℃~1300℃で熱処理を行うことで、各組成を均一に分散させる。これにより、後工程の冷間加工において機械的特性の均一性が確保される。
均質化処理温度を1100℃以上とすることで、効率よく材料の均質化が可能となり、1300℃以下とすることで、結晶粒子が過度に粗大化するのを防ぐことができ、かつ、材料表面の著しい酸化を防ぐことができる。その他の均質化処理の条件は、得られるコバルトクロム合金部材の物性を損なわない範囲で適宜設定可能である。
均質化処理されるコバルトクロム合金素材は、上記特定の組成を有するコバルトクロム合金素材であればよく、例えば、高周波溶解により作製された合金インゴットであってもよい。
また、均質化処理後のコバルトクロム合金素材は、丸棒状などの冷間加工しやすい形状に熱間加工されてもよい。
【0052】
また、本発明のコバルトクロム合金部材の製造方法では、コバルトクロム合金素材をステント用の板材に冷間加工したコバルトクロム合金加工まま材に対して、再結晶温度以上1100℃以下の熱処理後、200℃以上再結晶温度以下の温度で時効処理がなされてもよい。これにより、転位芯ないしは拡張転位の積層欠陥にMo等の溶質原子が引き付けられ転位を固着する、いわゆる静的ひずみ時効により、一層高い強度特性が得られる。
【実施例
【0053】
上記目的を達成するために、質量%で、Niが23~32%、Coが37~48%、Moが8~12%であって、残部にCrと不可避不純物が含まれると共に、
20≦[Cr%]+[Mo%]+[不可避不純物%]≦40、
を満たす組成からなるコバルトクロム合金素材を採用した。
このコバルトクロム合金素材の組成を有する合金インゴットを、高周波溶解にて作製し、1100℃~1300℃で熱間鍛造及び均質化処理をし、熱間圧延と切削加工により直径8mm、長さ270mmの丸棒を作成した。この丸棒は、コバルトクロム合金素材に相当する。
【0054】
次に、このコバルトクロム合金素材を冷間加工する事で直径1.6mm、厚さ0.1mm,長さ1mのチューブ材を得た。このチューブ材がコバルトクロム合金加工まま材に相当する。さらにこのチューブ材に、所定の熱処理を施すことによって延性を付与して、チューブ材としてのコバルトクロム合金部材をえた。
【0055】
また、コバルトクロム合金素材について、冷間加工により、直径0.5mm、長さ1mのワイヤー材を得た。このワイヤー材がコバルトクロム合金加工まま材に相当する。さらにこのワイヤー材に、所定の熱処理を施すことによって延性を付与して、ワイヤー材としてのコバルトクロム合金部材をえた。
【0056】
本実施例に使用されたコバルトクロム合金素材の組成を表1に示す。単位は質量%である。
【表1】
実施例1~4では、Cr20質量%とMo10質量%と含有量を一定にし、Niの含有量に対しCoの含有量を変化させた。Niの含有量は、23~32質量%の範囲で変化させた。
比較例1~4では、比較材料として、それぞれ、市販されているCo-20Cr-10Mo-35Ni合金(以下、単に「MP35N合金」という)、Co-20Cr-10Mo-20Ni合金、Co-20Cr-15W-10Ni合金(以下、単に「L605合金」という」)、SUS316L(Hayes社製)を用いた。
【0057】
棒状に熱間加工後、1200℃で1分間熱処理をした実施例1~4の組成のコバルトクロム合金素材及び比較例1~4の組成の合金について、歪み振幅0.01での低サイクル疲労試験を行った。
試験結果を図1に示した。実施例1~4では、いずれも疲労寿命が3000回以上と良好であった。特に、23質量%のNi(実施例4)、26質量%のNi(実施例3)、29質量%のNi(実施例2)のコバルトクロム合金素材は、比較例1~4のいずれの既製品に比べ、低サイクル疲労寿命に改善が認められた。
【0058】
また、棒状に熱間加工後、1200℃で1分間熱処理をした実施例1~4の組成のコバルトクロム合金素材及び比較例1~4の組成の合金について、ヱイ・アンド・デイ製テンシロン引張り試験機を用いて歪み速度2.5×10-4-1で引張強度試験を実施し、その結果を表2に示した。実施例1~4に係るコバルトクロム合金素材では、848~886MPaの引張強度を示し、MP35N合金(比較例1)と同等のコバルトクロム合金特有の高い引張強度を示した。
【表2】
【0059】
図2は、コバルトクロム合金素材において、最も優れた疲労寿命を有する、Co-20Cr-10Mo-26Ni合金の冷間加工により作製したコバルトクロム合金加工まま材(上)、1050℃で5分間熱処理したコバルトクロム合金部材(下)としてのチューブの外観写真で、(a)は全体写真、(b)は要部の拡大写真である。サイズは外径1.6mm、厚さ0.1mm、長さ980~1280mmであり、良好な表面性状を有している。
【0060】
図3は作製したCo-20Cr-10Mo-26Ni合金のチューブ材であって、冷間加工あがりの状態のコバルトクロム合金加工まま材(以下、単に「加工まま材」ともいう)と、加工まま材に対して、1050℃で5分間熱処理をしたコバルトクロム合金部材(以下、単に「熱処理材」ともいう)と、比較材であるL605合金製チューブの引張強度測定結果を示した図面で、横軸が歪[%]、縦軸が応力[MPa]を示している。試験にはTOYO BALDWIN 社製UTM-III-500を用いて、試験速度5mm/min、標点間距離:20mmで行った。
【0061】
また表3には、図3から得られた0.2%耐力[MPa]、引張り強度[MPa]、均一伸び歪み[%]、破断伸び[%]を示した。冷間加工後の加工まま材に対して、1050℃、5分の熱処理した熱処理材は、均一伸び、破断伸びともにL605合金製チューブの値よりも大きかった。図3に破線で示したのは、加工まま材に対して、800℃、30分の熱処理を加えた熱処理材について、硬さ測定から得られた引張り強度を参考に描いた応力-歪み線図である。
【表3】
【0062】
図4はCo-20Cr-10Mo-26Ni合金のチューブ材(加工まま材)、及び1050℃で5分間熱処理をした熱処理材における降伏応力と引張り強度、伸びの値をL605合金の文献値(非特許文献2参照)と比較した図面である。縦軸は強度[MPa]、横軸は伸び[%]である。文献値と比較すると本発明のチューブ材(加工まま材)の降伏応力は同程度の伸びを示すL605合金チューブよりも高い。また同程度の降伏応力を示すL605よりも大きな伸びを示す。また1050℃で5分で熱処理をした熱処理材は同程度の降伏応力を示すL605合金よりも大きな伸びを示す。
【0063】
本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金加工まま材(チューブ材)は、同程度の伸びを示すL605合金よりも高い引張り強度を示す。また本発明のコバルトクロム合金部材である1050℃で5分間の熱処理をしたチューブ状の熱処理材は、同程度の引張り強度のL605合金よりも大きな伸びを示す(図4)。
【0064】
本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金素材を冷間加工したチューブ材(加工まま材)について、本発明におけるコバルトクロム合金加工まま材とL605合金チューブに関する降伏強度、引張り強度の文献値を比較すると、本発明のコバルトクロム合金加工まま材(チューブ材)の降伏応力は、同程度の伸びを示すL605合金チューブよりも高い。また、本発明のコバルトクロム合金加工まま材は、同程度の降伏応力を示すL605よりも大きな伸びを示す。また本発明のコバルトクロム合金部材である1050℃で5分の熱処理をした熱処理材は、同程度の降伏応力を示すL605合金よりも大きな伸びを示す。
【0065】
表4はコバルトクロム合金加工まま材に1000℃で60分、1000℃で30分、800℃で30分、600℃で30分、400℃で30分の熱処理を加えた材料のマイクロビッカース硬さ[H]と、引張り強度[MPa]である。
【表4】
【0066】
硬さ測定は荷重50g重、負荷時間15秒で行った。引張り強度は、以下の換算式を用いて計算された(非特許文献1参照)。
引張り強度=硬さ×9.8/3
Co-20Cr-10Mo-26Ni合金において、冷間加工後熱処理をすると、結晶化温度以上の800℃以上では、硬さが加工まま材に比べ低い値を示し、引張強度が800~1200MPaの範囲となった。一方、結晶化温度より低い600℃以下の熱処理では、硬さが、加工まま材と同じくらいか、これより高い値を示し、引張強度が、1200MPaを超えた。
【0067】
図5は冷間加工前のCo-20Cr-10Mo-26Ni合金の結晶粒を示すEBSDにより得られた結晶方位マップである。結晶粒径の平均値は約30μmであった。
なお、結晶粒径の平均値の測定は、ASTM E112-13「Standard Test Methods for Determining Average Grain Size(平均結晶粒度決定のための標準試験方法)に準拠して行った。
【0068】
図6は、コバルトクロム合金素材を冷間加工によりチューブ状に作製した冷間加工した加工まま材、およびその熱処理材の後方電子散乱回折(EBSD)法で得られた逆極点マップである。
図6(a)は、表面状態調整後のCo-20Cr-10Mo-26Ni合金(実施例3)のチューブ状の加工まま材の組織を示す後方電子散乱回折(EBSD)法で得られた逆極点マップである。結晶粒径の平均値は約10μm以下と微細粒化しているとともに、高密度の帯状の変形帯組織が見られた。これらの帯状の組織は塑性加工で導入されたhcp相(ε相)または変形双晶であった。図6(b)は、加工まま材を1050℃、5分の熱処理した材料の逆極点マップ像である。結晶粒径の平均値は約20μmと加工まま材よりも大きく、変形帯の数は減少していた。つまり、この熱処理材ではfcc相が形成されており、この熱処理材を変形した際には、再び、hcp相(ε相)または変形双晶が導入され、帯状の変形帯組織の数が増加する。このように変化する本願発明のコバルトクロム合金部材では、高い強度と延性が得られる。
【0069】
図7は冷間加工で作製したワイヤー状のコバルトクロム加工まま材の外観の写真で、(a)は全体写真、(b)は要部の拡大写真である。直径0.5mm、長さは1000mmであり、良好な外観を呈している。
【0070】
図8は作製したCo-20Cr-10Mo-26Ni合金ワイヤー状のコバルトクロム加工まま材に対して、1050℃で5分間保持、850℃で5分間保持の熱処理をしたものについて、引張強度測定結果を示した図面で、横軸が歪[%]、縦軸が応力[MPa]を示している。引張り試験は島津製作所製オートグラフを用い、試験速度1.2mm/s、標点間距離110mmで行った。
【0071】
表5は、本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金部材としてのワイヤーの引張り強度と破断伸びのSUS316L、L605合金、およびMP35N合金との比較である。
【表5】
比較例 SUS316L:引張強度480MPa、破断伸び40%
表中の「比較例L605」及び「比較例MP35N」の数値(%)は、冷間加工率を示す。
【0072】
本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金部材としてのワイヤーは、ガイドワイヤーとして最も広く用いられているSUS316Lを上回る強度を示し、L605合金及びMP35Nのワイヤーとは同程度の引張り強度と破断伸びを示した(図8、表5)。
【0073】
図9は、本発明の一実施例にかかるコバルトクロム合金部材としてのCo-20Cr-10Mo-26Ni合金のコバルトクロム合金部材からなるチューブからレーザー加工装置により切り出したステントである。良好な外観を呈しており、良好なレーザー加工性を有している。
【産業上の利用可能性】
【0074】
以上詳細に説明したように、本発明の合金組成を有するコバルトクロム合金素材を冷間加工により、チューブやワイヤーのような所定形状に作製してから、コバルト合金素材の再結晶温度を超える熱処理をすることで高強度と高延性を有するコバルトクロム合金部材が得られる。このようなコバルトクロム合金部材は、疲労寿命の長いコバルトクロム合金部材を用いている関係で、医療用デバイスや航空宇宙用デバイスでの利用に適している。
医療用デバイスとしては、ステント、カテーテル、締結ケーブル、ガイドロッド、整形外科用ケーブル、心臓弁、インプラント等の体内留置型医療用デバイスがある。その他の医療用デバイスとしては、骨ドリルビットや胆石の除去用ワイヤーとしても使用できる。
航空宇宙用デバイスとしては、耐食シールドケーブル、高性能ワイヤーおよびケーブルがある。工業用デバイスとしては、精密ワイヤーがあり、蒸気タービンのブラシシールに用いられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9