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特許7486285対象における拡張機能障害を治療するための手段及び方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】対象における拡張機能障害を治療するための手段及び方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/121 20060101AFI20240510BHJP
   A61P 9/04 20060101ALI20240510BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20240510BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240510BHJP
   C07K 14/47 20060101ALN20240510BHJP
【FI】
A61K31/121 ZNA
A61P9/04
A61P9/10
A61P43/00 111
C07K14/47
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2018555195
(86)(22)【出願日】2017-04-21
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-06-13
(86)【国際出願番号】 NL2017050254
(87)【国際公開番号】W WO2017183978
(87)【国際公開日】2017-10-26
【審査請求日】2020-04-17
【審判番号】
【審判請求日】2022-02-25
(31)【優先権主張番号】16166468.5
(32)【優先日】2016-04-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】516302845
【氏名又は名称】シュティヒティング・フェーウーエムセー
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】ウォルター・ジョセフ・パウルス
【合議体】
【審判長】前田 佳与子
【審判官】磯部 洋一郎
【審判官】渕野 留香
(56)【参考文献】
【文献】European Journal of Pharmacology,2014年,Vol.730,pp.140-147
【文献】岩手県薬剤師会誌イーハトーブ,2016年01月29日,Vol.53,pp.5-9
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00-33/44
CAplus/MEDLINE/REGISTRY/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象における拡張機能障害の治療のための組成物であって、前記組成物が、前記対象の心筋細胞におけるクリスタリンタンパク質のレベル及び/又は活性を増加させる物質の治療有効量を含み、治療される前記対象が、心筋細胞の硬直の増大及び間質性コラーゲン沈着と関連する駆出率が保たれた心不全を有、前記物質が、ゲラニルゲラニルアセトン(GGA)である、組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に医学の分野に関し、特に対象における拡張期心不全(DHF)及び拡張機能障害の治療のための医薬及び治療法に関する。より詳細には、本発明は、拡張機能障害を治療するための、対象の心筋細胞におけるクリスタリンアルファB(CRYAB)遺伝子によってコードされるタンパク質の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
拡張機能障害及び拡張期心不全(DHF)は、拡張期の心臓の少なくとも左心室の性能の低下を指す。拡張期は、心臓が弛緩し、体内から戻ってくる血液を充満させる心周期段階である。拡張機能障害は、心臓の器質的機能の異常、特に心臓の心室の機能における異常が拡張期に存在する状態と考えられる。拡張機能における異常は、心不全の臨床症候群の存在下又は非存在下で起こり得る。拡張機能障害は、心室壁が弛緩できないか又は壁が厚すぎるか若しくは硬いために、拡張期の間に左心室が適切に満たされない場合に現れる。したがって、左心室壁の硬直化をもたらす任意の状態又はプロセスは、拡張機能障害をもたらす可能性がある。
【0003】
不全心臓における拡張機能障害は、堅い心筋細胞及び間質性コラーゲン沈着によって主に引き起こされる。心筋細胞又は心臓筋肉細胞(cardiac muscle cell)(心筋細胞(myocardiocytes)又は心臓筋細胞(cardiac myocytes)としても知られる)は、心筋又は心臓を構成する筋肉細胞である。各心筋細胞は、筋肉細胞の基本収縮単位であるサルコメアに配置された筋原線維を含む。サルコメアは、主に、太いフィラメントを形成するタンパク質ミオシンと、細いフィラメントを形成するタンパク質アクチンとで構成され、長い、繊維状のフィラメントは、心筋が収縮又は弛緩することができるように、各々が横切ることができる。ミオシン及びアクチンに加えて、巨大な細胞骨格タンパク質のタイチンは、筋肉の受動的弾性に関与する分子ばねとして機能する、サルコメアにおける重要なタンパク質である。タイチンは、太いフィラメント(ミオシン)系に結合し、多数のタンパク質の結合部位を提供する。拡張機能障害を引き起こす心筋細胞の硬直化は、主に、これらの細胞におけるタイチンの弾性特性の変化によるものである。対象は、心不全の徴候及び症状、正常な左心室駆出率及び拡張期左心室機能障害の証拠を有する場合、拡張期心不全を有すると判定され得る。対象が拡張機能障害に罹患しているかどうかは、例えば、対象のドップラー心エコー検査によって判定することができる。
【0004】
DHFは、心不全の症状及び兆候並びに保たれた駆出率(EF)と組み合わせた異常な拡張機能(拡張機能障害)によって特徴付けられる臨床的症候群である。現在、DHF、又は駆出率が保たれた心不全(HFPEF)に対する適切な治療法はない。これらの形態の心不全においては、心臓の収縮性能は比較的保たれるが、拡張期左心室(LV)機能は、低速LV弛緩及び高拡張期LV硬直で大きく損なわれる。今までのところ、単一の治療法では拡張期LV機能障害を改善することはできなかった。拡張機能障害及び拡張期心不全を特異的に標的とする治療法の利点は、DHFにおける主な心臓障害である拡張期LV機能障害を考慮しても明らかであるが、DHFを標的とする大規模な無作為試験において、結果や症状を変えることが示された治療法はこれまで1つもなかった。現在、50%を超える心不全患者がDHFに罹患しており、収縮期の心不全に対するその有病率は年間1%の割合で上昇し続けている。正常な左心室駆出率を伴う心不全の診断に関するコンセンサスステートメントがPaulusら(2007) European Heart Journal;28巻;2539~2550頁に提供されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】米国特許第4,169,157号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Paulusら(2007) European Heart Journal;28巻;2539~2550頁
【文献】Hongoら(2012) J. of Gastroenterology and hepatology;27巻;62-68頁
【文献】clinicaltrials.gov;"Efficacy and Safety of Teprenone in Patients With Acute Gastritis, Acute Gastric Lesion of Chronic Gastritis With Acute Exacerbation or Gastric Ulcer"
【文献】clinicaltrials.gov;"The purpose of this study is to evaluate the efficacy of teprenone on chronic non-atrophic erosive gastritis and its therapeutic mechanism"
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明は、とりわけ、対象の拡張機能障害及び/又は拡張期心不全を治療するのに有用であって、特に、対象の心臓における心筋細胞の硬直化によって引き起こされる対象における拡張機能障害の治療の使用のための組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、拡張機能障害及びDHFの治療における使用のための組成物を提供する。特に、本発明は、対象の心臓における心筋細胞の硬直化によって引き起こされる拡張機能障害及びDHFを治療するための組成物を提供する。より詳細には、本発明は、拡張機能障害を示す不全心臓を有する対象の治療における使用のための組成物を提供する。本発明における使用のための組成物は、特に、対象の心臓における心筋細胞の増加した硬直を低減又は除去することができる。より詳細には、本発明は、組成物が対象の心筋細胞におけるタイチンの弾性特性を回復させることができる、拡張機能障害及びDHFの治療における使用のための組成物を提供する。したがって、本発明の組成物は、硬直化した心筋細胞を含むと判定された対象及び/又は拡張機能障害を示すことが示された対象及び/又はDHFに罹患していると診断された対象を治療するために使用されてもよい。特に、一般的に健康な心臓、すなわち正常な拡張機能を有する心臓を超える量の硬直化した心筋細胞を心臓に有する対象を、本発明における使用のための組成物で治療してもよい。したがって、DHFの対象とは別に、大動脈狭窄及び/又は拡張型心筋症のような他の状態の対象もまた、本発明による使用のための組成物で治療することができる。
【0009】
ヒトにおいてはCRYAB遺伝子によってコードされるα-Bクリスタリン又はクリスタリンアルファBとも呼ばれるアルファ-クリスタリンB鎖は、小さな熱ショックタンパク質ファミリーの一部であり、ミスフォールドしたタンパク質に主に結合する分子シャペロンとして機能し、タンパク質凝集を防止するとともに、アポトーシスを阻害し、細胞内構造に寄与する。外部IDはHGNC:2389;Entrez Gene:1410;Ensembl:ENSG00000109846;OMIM:123590及びUniProtKB:P02511である。翻訳後修飾は、シャペロンに対するアルファ-クリスタリンB鎖の能力を低下させる。CRYAB及びアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質の欠損は、アルツハイマー病及びパーキンソン病のような癌及び神経変性疾患と関連している。本発明において、対象の心筋細胞におけるアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質の発現は、心筋細胞の硬直に影響を及ぼすことが見出された。特に、拡張機能障害を有する対象の心筋細胞におけるアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質の発現が、心筋細胞の硬直の既存の上昇に影響を及ぼすことが見出された。より詳細には、拡張機能障害を有する対象の心筋細胞におけるアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質の活性又は発現の増加は、心筋細胞の硬直の既存の上昇を低減し、拡張機能障害及びDHFを治療する。本発明は、対象の心筋細胞におけるアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質の活性及び/又は発現を増加させる物質の治療有効量を含む、拡張機能障害及びDHFの治療における使用のための組成物を提供する。
【0010】
本発明による使用のための組成物の特定の実施形態において、物質は、対象の心筋細胞におけるアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質レベルを増加させる。一実施形態において、物質は、配列番号1(図7)のアミノ酸配列又は配列番号1のアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質と少なくとも80%、好ましくは少なくとも90%、より好ましくは少なくとも95%、最も好ましくは100%のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチドの治療有効量を含むことができる。好ましくは、ポリペプチドは、対象の心臓における心筋細胞の硬直を低減する。より好ましくは、ポリペプチドは、拡張機能障害の対象の心筋細胞中のタイチンの弾性特性を回復させる。
【0011】
本発明による使用のための組成物の代替的な実施形態において、物質はCRYAB遺伝子の増強された発現を提供するか、又はその物質は、配列番号1のアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質と少なくとも80%、好ましくは少なくとも90%、より好ましくは少なくとも95%、最も好ましくは100%のアミノ酸配列同一性を有し、特に配列番号1の配列と最大で2つのアミノ酸の相違を有するポリペプチドをコードする核酸セグメントを提供する。CRYAB遺伝子又は核酸の増強された発現は、アルファ-クリスタリンB鎖の天然に存在する発現を補い、それにより、細胞中のアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質又は機能的に同等のポリペプチドの総量又はレベルを増加させる。増強された発現は、CRYAB遺伝子の異所性発現を含み得る。異所性発現は、本明細書では、生物体内の異常な場所又は細胞内の異常な染色体位置におけるコード配列の発現、及び/又は細胞内で正常に発現していない異種タンパク質をコードする配列のことを指す。異所性発現は、典型的には、個別に発現した核酸をコードする核酸を細胞内に人工的に導入することによって達成される。核酸の異所性発現は、(改変された)プロモーターを有する導入遺伝子を標的細胞に導入すること(一過性又は安定なトランスフェクション)によって行うことができる。
【0012】
特定の実施形態において、本発明による使用のための組成物中の物質は、対象の心筋細胞におけるCRYAB遺伝子の発現を増強することによってアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質レベルを増加させる。この物質は、例えば、転写因子を活性化すること等により、対象の細胞におけるCRYAB遺伝子発現を増加させることができる小分子又は小RNAを含むことができる。この物質は、そのような小分子又は小RNAに代えて、又はそれに加えて、例えばコアクチベーター、クロマチンリモデラー、ヒストンアセチラーゼ、キナーゼ及びメチラーゼのような、遺伝子転写を促進する1つ又は複数の他の遺伝子調節ペプチドもまた含むことができる。ゲラニル-ゲラニルアセトン(以下、GGAと称する)は、熱ショックタンパク質の発現を誘導することが報告されている。GGAは、商品名「セルベックス(Selbex)」としてエーザイ社により製造されている。GGAはテプレノンの総称であり、胃潰瘍及び胃の炎症を治療するための薬物として広く使用されている。GGAは、試薬又は産業用原料として入手することができる。これは、周知の合成方法を用いて合成することができる。GGAの化学名は、6,10,14,18-テトラメチル-5,9,13,17-ノナデカテトラレン-2-オンである。GGA又はその誘導体、特に誘導体NYK9354は、心筋細胞におけるCRYABの発現を誘導することができる。NYK9354等のGGA又はその誘導体の有効量の投与は、心筋細胞におけるアルファB-クリスタリンタンパク質のより高い発現レベルをもたらす。適切な誘導体及びその合成は、米国特許第4,169,157号に記載されており、これは、適切な誘導体及びそれらの合成方法について、参照により本明細書中に取り込まれる。
【0013】
GGAは登録された薬物であり、したがって臨床試験及び臨床的な環境で使用される。14時間の期間にわたり投与されるGGAの総量は、当業者によって適切であると決定される場合、例えば、10~1000mg、例えば、50~500mg、例えば、100~300mgであり得る。投与されるGGAの量は、患者の体重及び/又は患者の耐容性に依存して変化し得る。本発明はまた、本明細書に記載の疾患及び状態を予防及び治療するための医薬の調製におけるGGAの使用を含む。本発明の文脈において、GGAは1日当たり1mg~1グラムの間の用量で個体に投与することができる。薬物は、好ましくは1日3回投与される。適切な剤形は、0.33mg~1グラムのGGAを含む。剤形は、好ましくは1~300mgのGGA、好ましくは3~100mg、より好ましくは20~80mgのGGAを含む。GGAを用いた臨床試験は、とりわけ、Hongoら(2012) J. of Gastroenterology and hepatology;27巻;62-68頁; clinicaltrials.govにおける"Efficacy and Safety of Teprenone in Patients With Acute Gastritis, Acute Gastric Lesion of Chronic Gastritis With Acute Exacerbation or Gastric Ulcer"の題名の研究;及び"The purpose of this study is to evaluate the efficacy of teprenone on chronic non-atrophic erosive gastritis and its therapeutic mechanism"の題名の研究に記載されている。剤形は、典型的には、経口剤形である。
【0014】
拡張機能障害を有する対象の心筋細胞におけるCRYAB遺伝子の増強された発現は、既存の心筋細胞の硬直を低減し、したがって、拡張機能障害及び拡張期心不全においてそれと関連する症状を治療するための適切な治療方法である。本発明による特定の実施形態において、使用のための組成物中の物質には、GGA又はその誘導体、特にNYK9354が含まれる。
【0015】
代替的な実施形態における本発明による使用のための組成物は、アルファ-クリスタリンB鎖タンパク質活性を増加させる物質、例えば対象の心筋細胞におけるアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質の翻訳後修飾に影響を及ぼす物質を含む。本発明の好ましい実施形態において、本発明による使用のための組成物は、アルファクリスタリンB鎖のシャペロンに対する能力を高めるために、アルファ-クリスタリンB鎖タンパク質の翻訳後修飾を媒介する物質を含む。
【0016】
上記に記載した物質の1つは、拡張機能障害及びDHFを治療するための本発明による使用のための組成物に使用することができるが、そのような物質の2つ以上の任意の組合せが、本発明による使用のための組成物において使用されることも想定される。したがって、一実施形態において、対象における拡張機能障害の治療における使用のための組成物は、筋肉細胞、特に心筋細胞においてアルファB-クリスタリンタンパク質のレベルを上昇させる1つ又は複数の前述の物質を含む。例えば、アルファB-クリスタリンタンパク質と少なくとも80%、好ましくは少なくとも90%、より好ましくは少なくとも95%、最も好ましくは100%のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチドの量と、心筋細胞におけるアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質の発現レベルを更に増加させるための対象の心筋細胞におけるCRYAB遺伝子の発現を誘導するための有効量のGGAを共に含む組成物は、対象の拡張機能障害の治療に使用することができる。本明細書で言及される2つ以上の物質の任意の他の適切な組合せを用いて、本発明による使用のための組成物を調製することができる。
【0017】
本発明は、対象における拡張機能障害又はDHFを治療する方法もまた提供する。本発明の方法は、アルファBクリスタリンのレベル及び/又は活性を上昇させる有効量の物質を対象に投与する工程を含み、ここで、使用される用量は、対象の心臓の拡張機能障害を少なくとも部分的に治療すること、特に拡張機能障害の症状を軽減すること、より詳細には対象の拡張機能を、好ましくは一般にその拡張機能に関して健全であると考えられる平均的な心臓に匹敵するレベルに回復させることに有効である。
【0018】
特定の実施形態において、本発明の方法は、拡張機能障害を示す対象に有効量のアルファB-クリスタリンタンパク質を投与する工程を含む。
【0019】
詳細な説明
他に定義されない限り、本明細書において使用される全ての技術用語及び科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者によって一般的に理解されるものと同じ意味を有する。方法及び材料は、本発明における使用のために本明細書中に記載される。しかしながら、当該技術分野において知られる他の適切な方法及び材料もまた使用することができる。材料、方法及び実施例は、例示的なものにすぎず、そのように示さない限り、限定することを意図しない。他に記載がない限り、以下の定義が使用される。
【0020】
アルファ-クリスタリンB鎖タンパク質が本明細書に記載されている場合、タンパク質は配列番号1のアミノ酸配列を含むか、又は配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも80%、好ましくは少なくとも90%、より好ましくは少なくとも95%、最も好ましくは100%のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列を含むことが好ましい。好ましい実施形態において、タンパク質は、配列番号1のアミノ酸配列と多くとも2つのアミノ酸の相違を有する。アルファB鎖クリスタリンタンパク質は、配列番号1のタンパク質又は別の種のそのオルソログ、好ましくは拡張機能障害を示す心臓を有する対象の心筋細胞の拡張期硬直を低減することができるアミノ酸配列でもある別の哺乳動物アルファB鎖クリスタリンタンパク質である。このタンパク質は、拡張機能障害を有する対象の心筋細胞の硬直に影響を及ぼすことが好ましい。本タンパク質は、好ましくは、対象の心筋細胞におけるタイチンの弾性特性に影響を及ぼす。本明細書においてCRYAB遺伝子について言及する場合、本段落で定義されるタンパク質をコードする核酸が参照される。本明細書中で使用される場合、用語「核酸」は、限定されないが、DNA、RNA及びそれらのハイブリッドを含む任意の核酸分子を意味する。核酸分子を形成する核酸塩基は、塩基A、C、G、T及びU、並びにそれらの誘導体であり得る。
【0021】
好ましい実施形態において、CRYAB遺伝子は、配列番号2(図8)の配列に存在するコード領域を含む。参照としては、ヒト細胞の染色体上に存在する遺伝子であってよく、すなわち、イントロンを含み、その上に存在するプロモーター及び転写シグナルを含んでもよい。この参照には、CRYABのcDNAも含まれる。これは、典型的には、CRYABの異種発現を指向するように設計された核酸分子において典型的に使用されるような、1つ又は複数の(人工の)イントロンを伴うか又は伴わないCRYABのコード領域を指す。
【0022】
アルファB鎖クリスタリンタンパク質のレベルは、細胞中のアルファB鎖クリスタリンタンパク質の量が、増加前の細胞におけるアルファB鎖クリスタリンタンパク質の量と比較した場合、少なくとも10%、好ましくは少なくとも20%、より好ましくは少なくとも30、40、50%以上増加した場合、細胞中で増加する。アルファB鎖クリスタリンタンパク質の活性は、アルファB鎖クリスタリンタンパク質の活性が、増加前の細胞におけるアルファB鎖クリスタリンタンパク質の活性と比較した場合、少なくとも10%、好ましくは少なくとも20%、より好ましくは少なくとも30、40、50%以上増加した場合、細胞中で増加する。アルファB鎖クリスタリンタンパク質のレベルにおける付随的な増加を伴うか、又は伴わずに、細胞におけるアルファB鎖クリスタリンタンパク質活性を増加させることができる。細胞中のアルファB鎖クリスタリンタンパク質の活性を増加させる非限定的な好ましい方法は、ゲラニルゲラニルアセトン(GGA)又はNYK9354のような、細胞内での熱ショックタンパク質の発現を増加させる物質の有効量の投与による。
【0023】
CRYAB遺伝子又は核酸セグメントは、前記細胞に提供される発現カセットによってコードされ得る。好ましくは、発現カセットは、アルファ-クリスタリンB鎖タンパク質のコード領域が含まれるRNA転写物をコードする。特に、目的の配列、すなわちCRYAB遺伝子又は核酸セグメントに加えて、発現カセットは、目的の配列の制御された及び/又は適切な発現のために、追加の配列、例えば適切なプロモーター及び転写終結配列を含む。適切な発現カセット及び転写物を設計することは、当業者の技術の範囲内である。
【0024】
使用される発現カセットは、好ましくはベクター、好ましくは発現ベクターである。ベクターは、典型的には、外来遺伝物質を人工的に別の細胞に運ぶためのビヒクルとして使用されるDNA分子を含み、そこで複製及び/又は発現され得る。外来DNAを含むベクターは、組換えDNAと呼ばれる。いくつかのタイプのベクターは、プラスミド、ウイルスベクター、コスミド、及び人工染色体である。
【0025】
本発明による特定の実施形態において、物質は、対象の心筋細胞のトランスフェクション又は形質導入に適したベクターを含み、このベクターは、CRYABをコードする核酸の少なくとも1つのコピーを保有する。好ましい実施形態において、核酸は、配列番号2のコード領域又は核酸セグメントを含む核酸である。使用される遺伝子又は核酸セグメントのコピー数は、対象の細胞において発現される想定量のアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質又は機能的に同等のポリペプチドに適合され得る。
【0026】
発現ベクターは、好ましくは、細胞に導入される遺伝子送達ビヒクルとして好適である。典型的には、CRYAB遺伝子又は核酸セグメントは、ウイルス又はウイルスに基づく遺伝子送達ビヒクルによってコードされる。送達ビヒクルの好ましい実施形態は、アデノウイルスベクターのようなウイルスベクターであり、より好ましくはアデノ随伴ウイルスベクターである。特に好ましい実施形態において、本発明による組成物中の物質は、アデノ随伴ウイルスベクター又はレンチウイルスベクター、より詳細にはCRYAB遺伝子を保有するレンチウイルスベクターを含む。したがって、本発明はまた、CRYAB遺伝子又はアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質と少なくとも80%、好ましくは少なくとも90%、より好ましくは少なくとも95%、最も好ましくは100%のアミノ酸配列同一性を有するポリペプチドをコードする核酸セグメントを保有する発現ベクター及び送達ビヒクルを提供する。
【0027】
ウイルスベクター等の発現カセット、ベクター又は遺伝子送達ビヒクルは、典型的には、コード領域の効率的な転写及び翻訳を可能にするためにシスにおいて必要とされる全ての配列を含む。
【0028】
ポリペプチド又はポリヌクレオチドは、上に記載の障害、すなわち拡張機能障害及び/又は拡張期心不全の治療のために製剤化された医薬組成物において、活性成分として作用することができる。活性成分は、治療有効量、すなわち、それによって媒介される疾患又は医学的状態を治療するために標的タンパク質又はポリペプチドの効果を実質的に調節するために投与される場合に十分な量で、存在する。
【0029】
本明細書で使用する用語「治療有効量」は、心筋細胞の硬直化の増大を低減するか、又は縮小させるために必要な、本発明によるアルファB鎖クリスタリンタンパク質又は核酸の量を指す。この目標を達成するために有効な量は、もちろん、疾患の種類及び重症度、並びに患者の一般的な状態、特に体重に依存する。
【0030】
組成物はまた、送達及び有効性を増強するための、例えば活性成分の送達及び安定性を高めるための、他の様々な薬剤を含むことができる。
【0031】
したがって、例えば、組成物は、所望の製剤に応じて、動物又はヒト投与のための医薬組成物を製剤化するために一般的に使用されるビヒクルとして定義される、医薬的に許容可能な無毒の担体又は希釈剤を含むこともできる。本明細書で使用する用語「医薬的に許容可能な担体」は、活性物質の投与のための担体を指す。医薬的に許容可能な担体は、筋肉細胞、特に心臓筋肉細胞、より詳細には対象の心筋細胞のような、治療標的に物質を送達するために適した任意の物質又はビヒクルを含むことができる。この用語は、過度の毒性を伴わずに投与され得る任意の医薬担体を指す。適切な担体は、1つ又は複数の任意選択的な安定剤、希釈剤、又は賦形剤であってもよい。
【0032】
希釈剤は、組合せの生物学的活性に影響を与えないように特に選択される。このような希釈剤の例は、蒸留水、緩衝水、生理食塩水、PBS、リンゲル液及びデキストロース溶液である。更に、医薬組成物又は製剤は、他の担体、アジュバント、又は非毒性、非治療的、非免疫原性安定剤、賦形剤等を含むことができる。組成物はまた、pH調整剤及び緩衝剤、毒性調整剤、湿潤剤及び界面活性剤のような生理学的条件に近似させる追加の物質を含むことができる。組成物はまた、抗酸化剤のような種々の安定化剤のいずれかを含むことができる。
【0033】
医薬組成物が活性成分としてポリペプチドを含む場合、ポリペプチドは、ポリペプチドのインビボ安定性を増強するか、さもなければその薬理学的特性を増強させる(例えば、ポリペプチドの半減期を増加させ、その毒性を低下させ、溶解性又は取り込みを高める)、様々な周知の化合物とともに複合体化してもよい。このような修飾又は錯化剤の例には、硫酸塩、グルコン酸塩、クエン酸塩及びリン酸塩が含まれる。組成物のポリペプチドは、それらのインビボの特性を増強する分子と複合体化することもできる。そのような分子には、例えば、炭水化物、ポリアミン、アミノ酸、他のペプチド、イオン、及び脂質が含まれる。
【0034】
医薬組成物は、予防的及び/又は療法的治療、特に療法的治療のために投与することができる。活性成分の毒性及び治療有効性は、例えばLD50(集団の50%に致死的な用量)及びED50(集団の50%に治療的に有効な用量)を決定することを含む、細胞培養及び/又は実験動物における標準的な医薬的手順に従って決定することができる。毒性と治療効果との間の用量比は治療指数であり、これは比LD50/ED50として表すことができる。大きい治療指数を示す化合物が好ましい。
【0035】
細胞培養及び/又は動物研究から得られたデータは、ヒト対象又は患者のための投与量の範囲を定式化する際に使用することができる。活性成分の投与量は、典型的には毒性がほとんど無いか又は全く無いED50を含む循環濃度の範囲内にある。投与量は、使用される剤形及び利用される投与経路に依存して、この範囲内で変化し得る。
【0036】
本明細書に記載の医薬組成物は、種々の異なる方法で投与することができる。例としては、経口、鼻腔内、直腸、局所、腹腔内、静脈内、筋肉内、皮下、真皮下、経皮、くも膜下腔内又は頭蓋内の方法を介して医薬的に許容可能な担体を含む組成物を投与することが挙げられる。
【0037】
経口投与の場合、活性成分は、カプセル剤、錠剤及び散剤のような固体剤形、又はエリキシル剤、シロップ剤及び懸濁剤のような液体剤形において投与することができる。活性成分は、不活性成分及び例えばグルコース、ラクトース、スクロース、マンニトール、デンプン、セルロース又はセルロース誘導体、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸、ナトリウムサッカリン、タルカム、炭酸マグネシウムのような粉末担体と共にゼラチンカプセル中にカプセル化することができる。所望の色、味、安定性、緩衝能、分散又は他の既知の望ましい特徴のために、追加の不活性成分を添加してもよい。同様の希釈剤を用いて圧縮錠剤を製造することができる。錠剤及びカプセルの両方は、一定期間、例えば数時間にわたって薬物の連続的な放出を提供する持続放出製品として製造することができる。圧縮錠剤は、不快な味をいずれもマスクし、錠剤を大気から保護するために糖コーティング若しくはフィルムコーティングされ得、又は胃腸管における選択的崩壊のために腸溶コーティングされ得る。経口投与のための液体剤形は、患者の受け入れを増加させるために着色剤及び香味料を含むことができる。
【0038】
活性成分は、単独で、又は他の適切な成分と組み合わせて、吸入により投与されるエアロゾル製剤とすることができる(すなわち、それらを「噴霧」することができる)。エアロゾル製剤は、ジクロロジフルオロメタン、プロパン及び窒素のような加圧された許容可能な噴射剤に入れることができる。
【0039】
例えば、静脈内、筋肉内、皮内、腹腔内、及び皮下経路のような非経口投与に適した製剤としては、水性及び非水性の等張滅菌注射溶液が挙げられ、これには抗酸化剤、緩衝液、及び製剤を意図されるレシピエントの血液と等張にする溶質並びに懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定剤、及び防腐剤を含むことができる水性及び非水性の滅菌懸濁液を含むことができる。
【0040】
医薬組成物を製剤化するために使用される成分は、好ましくは高純度であり、潜在的に有害な汚染物質が実質的に含まれない(例えば、少なくともナショナルフード(NF)グレード、一般に少なくとも分析グレード、より典型的には少なくとも医薬品グレード)。更に、インビボでの使用を意図した組成物は、好ましくは無菌である。所与の化合物は、好ましくは、合成又は精製プロセス中に存在し得る例えばエンドトキシンのような任意の潜在的毒性物質が、得られた生成物に実質的に含まれない程度までに、使用前に合成されなければならない。非経口投与(parental administration)用の組成物はまた、好ましくは無菌で、実質的に等張性であり、GMP条件下で作製される。
【0041】
アルファ-クリスタリンB鎖組成物は、単回用量で、又は複数回用量で、通常は一定期間、例えば、毎日、一日おき、毎週、週2回、毎月等、障害、又は疾患の重症度を軽減するのに十分な期間にわたり複数回用量で投与されてもよく、1、2、3、4、6、10又はそれ以上の用量を含み得る。
【0042】
アルファ-クリスタリンB鎖活性を提供する薬剤の治療有効量の決定は、動物のデータに基づいて、日常的な計算方法を用いて行うことができる。一実施形態において、治療有効量は、適用可能な場合、約0.1mg~約1gの核酸又はタンパク質を含む。別の実施形態において、有効量は、適用可能な場合、約1mg~約100mgの核酸又はタンパク質を含む。更なる実施形態において、有効量は、適用可能な場合、約10mg~約50mgの核酸又はタンパク質を含む。有効用量は、投与経路に少なくとも部分的に依存する。薬剤は、経口的に、エアロゾルスプレーで、又は注射によって投与することができる。用量は、約0.1μg/kg患者体重;約1μg/kg;約10μg/kg;から約100μg/kgであり得る。
【0043】
アルファ-クリスタリンB鎖組成物は、医薬的に許容可能な賦形剤中で投与される。「医薬的に許容可能な」という用語は、医薬及び獣医学分野での使用において許容可能な賦形剤を指し、それは毒性でなく、さもなければ許容されない。医薬製剤中の本発明のアルファ-クリスタリンB鎖組成物の濃度は、広範囲に、すなわち、約0.1重量%未満、通常、約2重量%であるか少なくとも約2重量%から20重量%~50重量%以上まで変化させることができ、選択された特定の投与様式に応じて、主に流体容量、粘度等によって選択されるであろう。
【0044】
疾患又は障害の治療を行うこと、治療又は治療法は、アルファ-クリスタリンB鎖組成物の投与によるその疾患の進行の遅延、停止又は逆転を意味するものとする。好ましい実施形態において、疾患を治療することは、疾患の進行を理想的には疾患そのものを除去するところまで逆転させることを意味する。本発明の文脈において使用される疾患又は障害を予防すること、予防法又は予防は、疾患若しくは障害の発病若しくは発症を、又は疾患若しくは障害の症状のいくつか若しくは全てを予防するための、或いは疾患若しくは障害の発症の可能性を軽減するためのアルファ-クリスタリンB鎖組成物の投与のことを指す。
【0045】
本明細書で使用される用語「拡張型心筋症」又は「DCM」は、対象の心筋の一部、左心室が拡張され、心臓の左心室及び/又は右心室収縮期ポンプ機能が損なわれ、進行性の心臓肥大及び肥厚をもたらす対象の状態のことを意味する。通常の胸部X線及び心エコー検査で心臓の全般的な肥大が見られる場合、対象においてDCMと診断され得る。心電図はしばしば洞性頻拍又は心房細動、心室性不整脈、左心房の肥大、及び時には心室内伝導障害及び低電圧を示す。心筋磁気共鳴画像法(心臓MRI)はまた、拡張型心筋症の患者に有用な診断情報を提供し得る。
【0046】
本明細書で使用される用語「大動脈狭窄」又は「AS」は、心臓の左心室又は大動脈弁の出口が狭窄して、問題、例えば心不全が生じる対象の状態を意味する。大動脈狭窄は心臓の日常的な検査によって診断され、心エコー検査によって確認され得る。特に、動脈脈のゆっくりした及び/又は持続したアップストロークがあり得、パルスは、少量であり得る。
【0047】
本明細書で使用される用語「対象」又は「患者」は、非ヒト霊長類、マウス、ラット、モルモット又はウサギ、及び特にヒトのような任意の動物を意味するものとする。
【0048】
本発明を、以下の図面及び実施例によって例示するが、これらは限定ではなく例示として提供される。記載された方法においては多くの変形が、本発明の精神及び添付の特許請求の範囲から逸脱することなくなされ得ることが理解されるであろう。図面は、明らかに明確に示されていない限り、本発明の範囲の限定を示すように意図されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0049】
図1】心筋ストリップにおけるFpassiveを示す図である。ベースラインにおいて、Fpassiveは、ドナー(A)と比較して、拡張型心筋症(DCM)ストリップ及び大動脈狭窄(AS)ストリップにおいて有意に高かった。太いフィラメントと細いフィラメントを抽出した後、残りのFpassiveはEマトリックスに起因する可能性があり、これはドナー(B)よりもDCM及びASにおいて高かった。* P<0.05 DCM vsドナー; # P<0.05 AS vsドナー。
図2】Eマトリックスによって引き起こされるFpassiveを示す図である。ASストリップは、たるみ長さ(A)から15%を超える伸張において、ドナーよりも有意に高いEマトリックスベースのFpassiveを有していた。筋緊張の全ての段階において、Eマトリックスによって引き起こされるFpassiveは、ドナー(B)よりもDCMストリップにおいて高かった。# P<0.05 AS vsドナー; * P<0.05 DCM vsドナー。
図3】タイチンによって引き起こされるFpassiveを示す図である。ASストリップでは、タイチンベースのFpassiveは、10~20%の伸張でドナーストリップよりも高かったが、最も高い伸張では高くなかった(A)。筋緊張の全ての段階において、タイチンによって引き起こされるFpassiveは、ドナーよりもDCMストリップにおいて高かった(B)。# P<0.05 AS vsドナー; * P<0.05 DCM vsドナー。
図4AB】単一筋細胞におけるFpassiveを示す図である。A:ドナー心筋細胞においては、アルカリホスファターゼの投与後にFpassiveが有意に増加し、酸性環境で予備伸張(prestretch)を行った後に更に増加した。α-Bクリスタリンのインビトロ投与後、Fpassiveを再びベースラインに正規化した。B:AS心筋細胞において、アルカリホスファターゼ(AP)とのインキュベーション後にFpassiveの顕著な変化は観察されなかった。pH6.6での予備伸張の後、Fpassiveはベースラインと比較して有意に増加したが、α-Bクリスタリンとのインビトロ処理はFpassiveをベースラインより有意に低いレベルに低下させた。
図4C】C:DCM心筋細胞においては、APとのインキュベーションはFpassiveには効果がなかったが、酸性環境で予備伸張を行うと受動的硬直が有意に増加した。α-Bクリスタリンでのインビトロ処理後、Fpassiveはベースラインより有意に低いレベルまで低下した。* P<0.05 AP vsベースライン; # P<0.05 pH 6.6+予備伸張vs AP; ‡P<0.05 α-Bクリスタリンvs pH 6.6+予備伸張; § P<0.05 α-Bクリスタリンvsベースライン。
図5】単一のAS筋細胞におけるFpassiveのアシドーシス及び予備伸張に対する効果。pH6.6で単一のAS心筋細胞をインキュベートしてもFpassiveは変化しなかった(A)。約2.6μmのSLに予備伸張を行うと、Fpassiveが増加したが、より高い伸張の間に有意に増加しただけであった(B)。* P<0.05 vs ASベースライン。
図6AB】単一のAS心筋細胞におけるベースラインでの、並びにアシドーシス及び予備伸張後のFpassiveに対するα-Bクリスタリンの効果を示す図である。α-Bクリスタリンとのインキュベーションは、Fpassiveを有意に減少させた(A)。予備伸張単独(B)を受けた単一のAS心筋細胞においてもまた、α-BクリスタリンはFpassiveを有意に低下させた。* P<0.05 vs ASベースライン。
図6C】pH6.6と組み合わせた予備伸張(C)を受けた単一のAS心筋細胞においてもまた、α-BクリスタリンはFpassiveを有意に低下させた。* P<0.05 vs ASベースライン。
図7】全長ヒトアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質(CRYAB)に対応するアミノ酸配列(配列番号1)を示す図であり、このタンパク質の天然変異体が存在する。
図8】ヒトCRYABの全長CRYAB cDNAに対応する核酸配列(配列番号2)を示す図である。
図9】ドナー及び大動脈狭窄(AS)におけるα-Bクリスタリンの共焦点レーザー顕微鏡を示す図である。細胞膜(A)、核(B)及びα-Bクリスタリン(C)の免疫組織化学的視覚化を伴うドナー及びAS患者の左心室(LV)心筋から共焦点レーザー顕微鏡画像を得た。AS患者の心筋において、α-Bクリスタリン発現(C)の強度は、筋細胞膜下のアグレソームの融合画像(D)で視覚化した毛細血管近傍において特に、ドナーよりも高かった(白い矢印)。後者は、ASにおけるタイチンのような筋肉タンパク質のα-Bクリスタリンによる被覆が不十分であることを示唆している。
図10】アルカリホスファターゼ、予備伸張及びα-Bクリスタリンの投与に対する、ドナー及び大動脈狭窄(AS)/拡張型心筋症(DCM)心筋細胞のそれぞれの反応を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0050】
ヒト試料
大動脈狭窄(AS)患者(N=7)は、随伴性の冠状動脈疾患のない症候性の重度のASを有していた。この群の生検標本は、大動脈弁置換術中に中隔から切除された心内膜心筋組織(Morrow手術)から調達した。LV生検(N=3)又は末期心不全患者(N=3)からの外植片心臓から拡張型心筋症(DCM)標本を調達した。DCM患者には有意な冠動脈狭窄はなく、この生検では炎症又は浸潤は認められなかった。対照試料は、外植されたドナー心臓(N=8)から得た。
【0051】
小筋肉ストリップにおける力測定
小筋肉ストリップ(直径150~450μm、長さ800~1900μm)を生検標本から採取した(ASはn=24、DCMはn=16、ドナーはn=20)。全ての膜構造を除去するために0.2% TritonX-100を補充した弛緩溶液中で1時間インキュベートした後、ストリップを弛緩溶液(mmol/Lで:遊離Mg、1;KCl、100;EGTA、2;Mg-ATP、4;イミダゾール、10;pH7.0)中で力トランスデューサと長さモーターとの間に取り付けた。ストリップは、たるみ長さ、すなわち受動的張力(passive tension;Fpassive)が蓄積される最短の長さまで緩やかに伸張された。細胞生存率の試験として、各筋肉ストリップを弛緩溶液から最大活性化溶液(pCa4.5)へ移し、等尺性筋力を生じさせた。5分間弛緩溶液中で安定化させた後、ストリップをたるみ長さに対して10、15、20及び25%に伸張させ、筋緊張の各段階でFpassiveを測定した。続いて、調製物を0.6mol/L KClを含む弛緩溶液(20℃で45分)、続いて1.0mol/L KIを含む弛緩溶液(20℃で45分)により浸漬させることにより、厚いフィラメント及び細いフィラメントを抽出した1-3。抽出手順の後、筋肉束を再び伸張させ、KCl/KI処理後に残存したFpassiveは細胞外マトリックス(Eマトリックス)に帰された。筋緊張の各段階で、抽出に続くFpassiveをベースライン値から差し引いて、心筋細胞の硬直、すなわちタイチンに起因するFpassiveを得た。
【0052】
心筋細胞とE-マトリックスの両方がFpassiveに寄与するインタクトの筋肉ストリップを用いた最初の伸張は、DCM及びASストリップがドナーと比較して全ての伸張の間により高い力を発揮することを示した(図1A)。抽出プロトコールは、全ての群においてFpassiveを減少させた(図1B)。
【0053】
筋緊張の全ての段階では、E-マトリックスによって引き起こされるFpassiveは、DCMストリップにおいての方がドナーにおいてよりも高かった(図2B)。ASストリップは、たるみ長さから15%を超える伸張において、ドナーよりも有意に高いE-マトリックスベースのFpassiveを有していた(図2A)。
【0054】
タイチンに起因する心筋細胞の硬直に関連するFpassiveは、DCMにおいては伸張の全範囲、ASにおいては10~20%からの伸張の範囲にわたって、より高かった(図3)。
【0055】
タイチンに関連するFpassiveの差異は、DCMとASの両方が適合N2BAタイチンアイソフォームの多くを発現するため、アイソフォームシフトによって説明することはできない。タイチンに関連するFpassiveの差異を更に分析するために、単離した心筋細胞にAPによる処理を施して、リン酸化の寄与及び高伸張及び血流低下関連アシドーシスのような不全心筋の状態を識別した。
【0056】
単離された心筋細胞における力測定
力測定は、単一の脱膜心筋細胞(各群及び実験プロトコールについて9~15の範囲のn)で以前、記載したように行った4,5。心筋細胞をドナー、AS、及びDCM心臓から単離した。簡潔には、試料を弛緩溶液(mmol/Lで:遊離Mg、1;KCl、100;EGTA、2;Mg-ATP、4;イミダゾール、10;pH7.0)中で解凍し、機械的に破砕し、0.5% Triton X-100を補充した弛緩溶液中で5分間インキュベートした。細胞懸濁液を弛緩溶液中で5回洗浄した。倒立顕微鏡下で単一の心筋細胞を選択し、力トランスデューサと圧電モーターとの間にシリコーン接着剤で取り付けた。サルコメア長(SL)1.8~2.4μmの範囲内、室温、弛緩緩衝液中で、心筋細胞Fpassiveを測定した。力の値を、円筒形と仮定した細胞の直径から計算した心筋細胞の断面積に対して正規化した。細胞生存率の試験として、各心筋細胞も、弛緩溶液から最大活性化溶液(pCa4.5)へ移し、等尺性筋力を生じさせた。一度、定常状態の力に達した後、細胞を1ms以内にその元の長さの80%に短くさせて、ベースライン力を決定した。>20kN/m2の能動力を発生する細胞のみを解析に含ませた。その後、アルカリホスファターゼ(AP)(2000U/mL;New England Biolabs社)、6mmol/Lジチオスレイトール(MP Biochemicals社)を補充した弛緩溶液中で20℃、40分間、心筋細胞をインキュベートし、SL 1.8~2.4μmにてFpassiveを再び測定した。続いて、心筋細胞を約2.6μm SLまで伸張させ、pH6.6の弛緩緩衝液中でインキュベートし、伸張状態で15分間保持した(予備伸張)。その後、心筋細胞をたるみ長さに戻し、5分間安定化させた後、低pH緩衝液中でSL 1.8~2.4μmからの同一伸張プロトコールでFpassiveを記録した。最後に、pH6.6緩衝液に0.1mg/mlの組換えヒトα-Bクリスタリンを補充し、SL 1.8~2.4μmで再びFpassiveをα-Bクリスタリンの存在下で測定した。
【0057】
第2セットの実験では、単一のAS心筋細胞は、pH6.6でのインキュベーションだけか又はpH6.6で約2.6μm SLまでの弛緩緩衝液中での予備伸張を行った後、SL 1.8~2.4μmからの同じ伸張プロトコールを行った。
【0058】
最後に、第3セットの実験において、α-Bクリスタリンとのインキュベーションの前後、α-Bクリスタリンとのインキュベーション及び約2.6μm SLまでの予備伸張の前後に、並びにα-Bクリスタリンとのインキュベーション、約2.6μm SLへの予備伸張及びpH6.6でのインキュベーションの前後に、単一のAS心筋細胞におけるSL 1.8~2.4μmからのFpassiveを測定した。
【0059】
ドナー心筋細胞(図4A)において、Fpassive-SL曲線は、タイチンを脱リン酸化するアルカリホスファターゼ(AP)の投与後に上方シフトした。対照的に、Fpassive-SL曲線は、AS及びDCM心筋細胞においてシフトしなかった(図4B図4C)が、これは先在するタイチンの低リン酸化状態と一致している。ドナー心筋細胞のAP後のFpassive-SL曲線は、AS及びDCM心筋細胞におけるAP後のFpassive-SL曲線よりも依然として低かった。これは、AS及びDCM心筋細胞で観察される高拡張期硬直に寄与する低リン酸化状態以外のメカニズムを示唆している。したがって、予備伸張及び酸性pHの追加的な効果が調査された。予備伸張を行い、酸性pHを付与した後、Fpassive-SL曲線はドナー心筋細胞において更に上方にシフトした。α-Bクリスタリンの投与後、曲線はベースラインとAPとの間の中間位置に戻った。
【0060】
AS心筋細胞(図4B)においては、APとのインキュベーション後、Fpassive-SL曲線に有意な変化は観察されなかったが、これは先在するタイチンの低リン酸化状態と一致している。予備伸張及びpH6.6の後、Fpassive-SL曲線はベースラインと比較して上方にシフトした。α-Bクリスタリンで処理した後、Fpassive-SL曲線は、ベースラインよりも有意に低く、ドナー心筋細胞のベースライン位置に匹敵する位置に低下した。この知見は、α-Bクリスタリンの投与によって補正することができるAS心筋における予備伸張及びpHにより誘発される変化のベースラインでの存在を意味する。
【0061】
単一のDCM心筋細胞における同じ一連の実験は、AS心筋細胞と同様の知見を示した(図4C):APとのインキュベーションはFpassive-SL曲線に影響を及ぼさなかったが、酸性環境で予備伸張を行うと、曲線は有意に上方にシフトした。α-Bクリスタリンでのインビトロ処理後、Fpassive-SL曲線は、ベースラインを有意に下回り、ドナー心筋細胞のベースライン位置に匹敵する位置まで落ちた。これは、α-Bクリスタリンの投与によって補正することができる、DCM心筋細胞における予備伸張及びpHにより誘発される変化のベースラインでの存在を再び意味する。
【0062】
予備伸張及びpH6.6の相対的重要性を、単一のAS心筋細胞で分析した。APの事前投与がない場合、pHを6.6に下げてもFpassiveに影響が無かった(図5A)が、約2.6μm SLまでの予備伸張によりFpassive-SL曲線が上方に有意にシフトした(図5B)。
【0063】
α-Bクリスタリンによるインキュベーションは、ベースラインと比較してFpassive-SL曲線を有意に下方にシフトさせた(図6A)。予備伸張又はpH6.6と組み合わせた予備伸張をしても同様の結果が得られた(図6B図6C)。これらの知見は、予備伸張により誘発された変化が、ベースライン時及び予備伸張後の両方で、AS心筋細胞の高い硬直に有意に寄与したことを示唆している。心筋細胞における高い硬直がα-Bクリスタリンの添加によって逆転するという知見は、ベースライン時及びそれに続く予備伸張での両方において、タイチンの伸展性に対する伸張誘発性効果を中和するAS心筋細胞におけるα-Bクリスタリンの利用可能性が不十分であることを示唆する。これらの結果は、先在した硬直を示す心筋細胞におけるアルファ-クリスタリンB鎖タンパク質の利用可能性を高めることが、心筋細胞の硬直を低下させる手段であって、それにより拡張期心不全のための適切な治療方法を形成することを示す。
【0064】
免疫蛍光染色及び共焦点走査レーザー顕微鏡法。
【0065】
クリオスタット(Leica社)を用いて、凍結したヒト心臓組織を5μmの厚さに切断した。切片を3%パラホルムアルデヒドで固定し、0.05% Tween20で透過処理し、PBS+1% BSA(免疫組織化学グレード;Vector Laboratories社)中100倍に希釈したヤギ抗α-Bクリスタリン(Santa Cruz社)を用いて免疫染色した。Alexa 555(Thermofisher社)にコンジュゲートした抗ヤギ(Antigoat)を使用して、α-Bクリスタリンを視覚化した。PBS中で100倍に希釈したAlexa 647(Thermofisher社)とコンジュゲートしたWGAを用いて膜を染色した。核をPBS中10000倍に希釈したPicogreen試薬(Thermofisher社)を用いて視覚化した。共焦点走査レーザー顕微鏡法は、Leica TCS SP8 STED 3X(Leica Microsystems社)で行った。Picogreen、Alexa 555、及びAlexa 647に、それぞれ502nm、553nm及び631nmのパルス白色光レーザーを照射した。NA 1.4の開口数の63×オイル対物レンズを使用して、試料を画像化した。蛍光シグナルの検出は、ゲートハイブリッド検出器を用いて行った。最後に、画像をHuygens Professional(Scientific Volume Imaging社)を用いてデコンボリューションした。
【0066】
走査レーザー顕微鏡法
共焦点レーザー顕微鏡画像を、ドナー及びAS患者のLV心筋から取得して、細胞膜、核及びα-Bクリスタリンを免疫組織化学的に視覚化した(図9)。α-Bクリスタリン発現の強度は、AS患者の心筋においてドナーにおけるものより高く、α-Bクリスタリンを含むアグレソーム18の出現を伴い(図9)、これらは毛細血管に近い下胚軸において特に顕著であった(図9の白い矢印)。後者は、不全心筋細胞におけるα-Bクリスタリンの筋細胞膜下の動員に関与する微小血管内皮に由来するシグナルを示唆している。
【0067】
統計分析
グループ間の相違を、対になっていない両側スチューデントt検定で分析した。グループ内の差異は、反復測定の分散分析によって測定した。全ての分析は、Prismソフトウェア(GraphPad Software社、バージョン6.0)を用いて行った。
【0068】
我々は、不全ヒト心筋ストリップ及び心筋細胞の高拡張期硬直を調べ、以下を観察した:(1)心筋細胞の高拡張期硬直は、AS及びDCM患者のLV心筋ストリップの全体的な硬直に有意に寄与する;(2)APによる脱リン酸化は、ドナーにおいて拡張期のFpassive-SL関係を上方にシフトさせるが、AS又はDCM心筋細胞ではさせない;(3)脱リン酸化後、予備伸張への曝露は、AS及びDCM心筋細胞における拡張期Fpassive-SL関係の上方シフト、及びドナー心筋細胞における拡張期Fpassive-SL関係の更なる上方シフトを引き起こす;(4)引き続きα-Bクリスタリンを投与すると、ドナー、AS及びDCM心筋細胞の拡張期Fpassive-SL関係が、ドナー心筋細胞のベースライン拡張期Fpassive-SL関係と一致する位置に下方にシフトし、AS及びDCM心筋細胞のベースライン拡張期Fpassive-SL関係の下に落ちる。この知見は、α-Bクリスタリンと一致しており、不全のAS及びDCM心筋細胞におけるタイチンへの伸張によって誘発された損傷(伸張誘発性損傷;stretch-induced damage)に対する保護を提供する。
【0069】
心筋細胞対細胞外マトリックス硬直
不全ヒト心筋細胞の高拡張期硬直は、ASでは≦20%伸張、DCMでは≦25%伸張のAS及びDCM患者のLV心筋ストリップの全体的な硬直に対する有意な寄与因子であった。解剖された心筋ストリップの使用は、サルコメアの視覚化を妨げ、ストリップ伸長は、したがって、たるみ長さに対する伸張のパーセンテージ、すなわちFpassiveが発達し始めた最短の長さとして表された(図1)。25%伸張では、心筋細胞の硬直の全体的な硬直への寄与はドナーとAS心筋細胞とではもはや異ならなかったが、ドナーとDCM心筋細胞では異なり続けていた(図3)。これは、AS及びDCMの両方でコラーゲンの体積分率が上昇したにもかかわらず、DCMにおける細胞外マトリックスの制約がより少ないことに関連し得る。後者は、AS及びDCMにおける心筋線維症の異なる分布及びホメオスタシスと一致し得る:DCMでは、局所置換線維症が存在するのに対し、ASでは拡散性の反応性線維症があり、血漿バイオマーカー上昇によって反映されるように、主にASにおける線維化メカニズムとは対照的に、線維素溶解機構がDCMに存在する。これらの知見は、心筋細胞上の細胞外マトリックスによって課せられた制約に対して、同心円対偏心リモデリングの重要性を示している。
【0070】
心筋細胞の硬直とタイチンの脱リン酸化。
【0071】
変化した心筋細胞の硬直は、巨大細胞骨格タンパク質タイチンのアイソフォームシフト、リン酸化、ジスルフィド結合の形成、カルボニル化、及びs-グルタチオニル化のようなタイチンの翻訳後修飾、又は伸張誘発性のタイチン修飾から生じ得る。AS及びDCMにおける適合N2BAアイソフォームのより高い発現のために、タイチンアイソフォームシフトは本発明におけるAS及びDCM心筋細胞で観察される心筋細胞の硬直の上昇には寄与しない。プロテインキナーゼA、プロテインキナーゼC、プロテインキナーゼG、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII及び細胞外シグナル調節キナーゼのような異なるキナーゼの不全心筋における活性の変化のために、これらのキナーゼによるタイチンのリン酸化変化が不全ヒト心筋細胞の硬直の上昇に関与していると思われた。本発明では、APでの処理は、ドナー心筋細胞で拡張期硬直を上昇させるが、AS及びDCM心筋細胞ではさせないことを観察した(図10)。これは、タイチンの弾性を増加させる部位のリン酸化の減少又はタイチンの弾性を減少させる部位のリン酸化の増加のいずれかを伴った、AS及びDCM心筋細胞におけるタイチンリン酸化の先在する不均衡を意味する。
【0072】
リン酸化以外のタイチンの翻訳後修飾は、心筋細胞の硬直の変化に最近、関連付けられている。これらのメカニズムには、とりわけ、過度の物理的伸張によって誘発されるタイチン分子の修飾が含まれる。以前の研究は確かに、潜在性のシステインをS-グルタチオン化に曝露したタイチンの免疫グロブリンドメインの伸張誘発性機械的アンフォールディングを示し、これは、リフォールドするタイチンの能力を妨害し、タイチンをより伸展性の高い状態にさせた。酸性pHでは逆のこと、すなわち、予備伸張により誘発されたタイチン伸展性の低下が観察された(7)。これは特に、高い充填圧及び危険にさらされた冠状動脈灌流の両方に曝される不全心筋に関連する。したがって、本研究は、不全ヒト心筋細胞に予備伸張及び酸性pHを課した。
【0073】
心筋細胞の硬直と予備伸張
本研究では、心筋細胞を2.6μmで15分間の伸長期間、続いてたるみ長さでの5分間の安定化期間からなる予備伸張プロトコールに供した。この予備伸張プロトコールは、ドナー、AS、及びDCM心筋細胞においてpH6.6で行った。APを用いた脱リン酸化後、予備伸張曝露は、AS及びDCM心筋細胞における拡張期Fpassive-SL関係の上方シフト、及びドナー心筋細胞における拡張期Fpassive-SL関係の更なる上方シフトを引き起こした(図4)。予備伸張後の全拡張期Fpassive-SL関係が同一位置であることは、AS及びDCM心筋細胞の拡張期硬直のベースライン上昇に関与する、前の伸張誘発性損傷の議論に有利である。AS及びDCM心筋細胞における拡張期Fpassive-SL関係の予備伸張により誘発された上向きシフトは、実際に、ドナー心筋細胞における拡張期Fpassive-SL関係の予備伸張により誘発された上向きシフトよりも小さかった(図10)。AS及びDCMの心筋細胞では、ベースラインの伸張誘発性損傷により小さなシフトが重ね合わされたため、これにより、全拡張期Fpassive-SL関係の同一位置が得られたが、ドナー心筋細胞では、予備伸張は、ベースラインの伸張誘発性損傷がないため、より大きなシフトを誘発した。
【0074】
理論に拘束されると、AS及びDCM心筋細胞におけるベースライン伸張誘発性損傷の起点は、心筋細胞上の外部伸張又は心筋細胞内の内部伸張に関連すると考えられている。前者は、安静時又は運動中のLV充填圧の上昇に関連する。後者は、修飾されたZディスク構造又は以前に観察されたZディスクの拡大と一致する。Zディスクの拡大は、そこから隣接するZ線を両側から引っ張り、開く、細胞骨格タンパク質の弾性の減少に起因する。AS及びDCMの心筋細胞では、上記のタイチンのリン酸化の不均衡が原因で、内部伸張及び伸張誘発性損傷が生じた可能性がある。
【0075】
以前の研究とは対照的に、pH6.6を別途に課しても、拡張期Fpassive-SL関係の上方シフトを誘発することができなかった(図5A)。したがって、予備伸張と酸性pHの併用投与後の拡張期Fpassive-SL関係の上方シフトは、以前のサルコメア伸張と単独で関連しているように思われた。更に、APを用いた前処理を省略しても、予備伸張と酸性pHの併用効果に影響しなかった(図5B)。
【0076】
心筋細胞の硬直とα-Bクリスタリン
α-Bクリスタリンは、酸性pHで伸張誘発性損傷から心筋細胞を保護する(図4)。本発明はまた、AS及びDCM心筋細胞にα-Bクリスタリンを投与した。ドナーの心筋細胞とは対照的に、α-Bクリスタリンは、予備伸張と酸性pHの併用効果を補正するだけでなく、拡張期Fpassive-SL関係のベースライン上方変位を逆転させた(図10)。この知見は、AS及びDCM心筋細胞における以前の伸張誘発性タイチン損傷のベースライン関与と一致し、以前の又は付随する介入なしにα-Bクリスタリンが拡張期Fpassive-SL関係を下方にシフトさせた別途の一連の実験で確認された(図6)。これらの実験では、拡張期Fpassive-SL関係の下方への変位の大きさは、前述の介入の非存在下(図6A)又は存在下(図6B及び図6C)において同様であった。
【0077】
AS及びDCM心筋細胞において、α-Bクリスタリンは、プロテインキナーゼA又はプロテインキナーゼG PKA又はPKGの投与後に以前に報告されたように、ベースライン値より十分に低い拡張期硬直を低下させた。これは、特異的にタイチンの弾性を増加させる部位でリン酸化を妨げる先在する伸張誘発性タイチン凝集の可能性があるため、タイチンリン酸化及び伸張誘発性のタイチン凝集の重複効果を支持する。この知見は、高い心筋細胞の硬直に関連する拡張期LV機能障害の治療のためのPKA又はPKG活性を増加させる薬物の限定された有効性を意味するため、重要な治療的な意義があり、拡張期LV機能障害を改善するためのドブタミン及びHFPEFにおける運動耐容性又は血行動態を改善するためのホスホジエステラーゼ5阻害剤の不全に関連し得る。
【0078】
本発明は、AS及びDCM心筋細胞におけるα-Bクリスタリンの局在の上方制御及び筋細胞膜下の局在化を観察した。毛細血管のごく近傍(図7の白い矢印)のため、筋細胞膜下のアグレソームにおけるα-Bクリスタリンの局在は、それらの形成に関与する微小血管内皮からのシグナルと一致していた。筋細胞膜下の局在はまた、内因性のα-Bクリスタリンがサルコメアから逸脱し、したがって、タイチンの膨張性に対する保護作用を発揮しなかったが、外因性α-Bクリスタリンの投与後に回復したことを示唆した。後者の知見は、α-Bクリスタリンの直接投与、α-Bクリスタリンアナログの投与、又はゲラニルゲラニルアセトン又はNYK9354のような熱ショックタンパク質誘発剤の投与による不全心筋におけるα-Bクリスタリンの濃度を高める更なる治療努力を支持する。
【0079】
高い心筋細胞の硬直は、AS及びDCMにおける全体的な心筋の硬直に有意に寄与した。高い心筋細胞の硬直は、心筋細胞の硬直を改善することができないタイチンのリン酸化と、以前の伸張誘発性のタイチン凝集とに起因するが、どちらもα-Bクリスタリンの投与によって補正された。したがって、心不全における拡張期LV機能障害は、α-Bクリスタリンによる治療の恩恵を受ける可能性がある。
【0080】
明瞭化及び簡潔な説明のために、特徴は、同じ又は別個の態様及びその好ましい実施形態の一部として本明細書に記載されるが、しかしながら、本発明の範囲は、記載された特徴の全て又は一部の組合せを有する実施形態を含むことができることが理解されよう。
【0081】
以下の態様は、本発明の態様である。
【0082】
態様1。対象の心筋細胞におけるクリスタリンタンパク質のレベル及び/又は活性を増加させる物質の治療有効量を含む、対象における拡張機能障害の治療における使用のための組成物。
【0083】
態様2。物質が、対象の心筋細胞の拡張期硬直を低減するクリスタリンタンパク質のレベル及び/又は活性を増加させる、態様1に記載の使用のための組成物。
【0084】
態様3。物質によりレベル及び/又は活性が増加するクリスタリンタンパク質が、クリスタリンアルファB(CRYAB)遺伝子によってコードされるタンパク質である、態様1又は態様2に記載の使用のための組成物。
【0085】
態様4。物質が、対象の心筋細胞におけるアルファB鎖クリスタリンタンパク質のレベルを増加させる、上記態様のいずれか1つに記載の使用のための組成物。
【0086】
態様5。物質が、配列番号1のアルファB鎖クリスタリンタンパク質であるか、又はアルファB鎖クリスタリンタンパク質と少なくとも80%、好ましくは少なくとも90%、より好ましくは少なくとも95%、最も好ましくは98%又は99%のアミノ酸配列同一性を有するタンパク質であり、タンパク質が対象の心筋細胞の拡張期硬直を低減することができる、態様4に記載の使用のための組成物。
【0087】
態様6。物質が、対象の心筋細胞におけるCRYAB遺伝子の発現を誘導する、態様4に記載の使用のための組成物。
【0088】
態様7。物質がゲラニルゲラニルアセトン(GGA)又はNYK9354である、態様6に記載の使用のための組成物。
【0089】
態様8。物質が、アルファB鎖クリスタリンの、好ましくはアルファB鎖クリスタリンタンパク質のリン酸化による翻訳後修飾を媒介する、態様1から3のいずれか1つに記載の使用のための組成物。
【0090】
態様9。治療される対象が、拡張期心不全又は駆出率が保たれた心不全に罹患している、上記態様のいずれか1つに記載の使用のための組成物。
【0091】
態様10。治療される対象が大動脈狭窄及び/又は拡張型心筋症に罹患している、上記態様のいずれか1つに記載の使用のための組成物。
【0092】
態様11。対象の心筋細胞におけるクリスタリンタンパク質のレベル及び/又は活性を増加させる物質の治療有効量を対象に投与する工程を含む、対象における拡張機能障害、拡張期心不全又は駆出率が保たれた心不全を治療する方法。
【0093】
(参考文献)
図1
図2
図3
図4AB
図4C
図5
図6AB
図6C
図7
図8
図9
図10
【配列表】
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