(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】焼成菓子などの食感改良用食品素材
(51)【国際特許分類】
A21D 2/26 20060101AFI20240510BHJP
A21D 13/80 20170101ALI20240510BHJP
【FI】
A21D2/26
A21D13/80
(21)【出願番号】P 2020010240
(22)【出願日】2020-01-24
【審査請求日】2023-01-23
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】金田 知美
(72)【発明者】
【氏名】福田 雄典
【審査官】関根 崇
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/039186(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/082271(WO,A1)
【文献】特開2019-118263(JP,A)
【文献】特開2013-053083(JP,A)
【文献】特開2013-116101(JP,A)
【文献】池田咲子,トルラ酵母調味料「アロマウェイ」の開発と展開,月刊フードケミカル,第34巻, 第11号,2018年11月01日,第43-47頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D
A23L
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母菌体または酵母菌体残渣の細胞壁分解酵素処理物である酵母蛋白質を含有する
、ビスケット、クッキー、パイ、シリアルバー、煎餅およびスナック菓子の食感改良用組成物。
【請求項2】
請求項1の酵母菌体又は酵母菌体残渣の細胞壁分解酵素処理物の酵母蛋白質含量が20重量%以上、食物繊維含量が20重量%以上である、請求項1記載の食感改良用組成物。
【請求項3】
酵母菌体又は酵母菌体残渣に細胞壁溶解酵素を作用させる工程を有する、請求項1または2記載の食感改良用組成物の製造方法。
【請求項4】
前記細胞壁溶解酵素がプロテアーゼを含まないグルカナーゼであることを特徴とする請求項3記載の食感改良用組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は焼成食品、特にビスケットやクッキー、パイ、シリアルバー、煎餅、スナック菓子など穀類の焼成菓子などの食感を改良する食品素材に係るものである。
【背景技術】
【0002】
ビスケットやクッキー、パイ、シリアルバー、煎餅、スナック菓子などの焼成菓子の食感改良の方法として、従来から小麦粉などの穀類や、油脂、卵、砂糖など主原料の配合比率や製法について数多く検討が為されている。
【0003】
また、穀類の代わりに大豆たんぱく、カゼインなどのたんぱく素材や加工でんぷん、セルロースナノファイバーを添加する方法が知られている。しかしながら大豆たんぱくやカゼインは、しばしば青臭さや乳臭さが生じたり、熱凝固するため食感が硬くなりすぎたりしてしまう課題がある。加工でんぷんやセルロースナノファイバーは、たんぱく素材と比較すると食品の味が希釈されて満足感が低下したり、加工で生じる薬品臭が好まれなかったりする傾向がある。
【0004】
乳化剤はたんぱく素材と比較して力価が高く、低添加量でしっとり感やふっくら感を与えたり、ビスケットやクッキーのサクサク感を付与したりすることができるが、食品添加物フリーの志向に合わないなどの課題がある。
【0005】
焼成菓子の食感改良を目指した新たな食品素材としては、こんにゃく粉(特許文献1)や茹で卵の乾燥粉末(特許文献2)などの報告があるが、効果が十分ではない場合があった。
【0006】
さらには、生地に酵母菌体を配合して発酵させる方法(特許文献3)や、酵母の酵素分解物を配合する方法(特許文献4)などの報告があるが、発酵の工程が煩雑であったり、独特な発酵の風味や、酵母のエキス分が焼成食品そのものの風味に影響を与えたりする場合があった。そこで、発酵などの工程が不要で、焼成菓子の風味に影響を及ぼさず、さらに食べ応えのある食感を付与する食品素材が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2004-187526号公報
【文献】特開2009-189343号公報
【文献】特開2017-12146号公報
【文献】特開2019-118263号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は焼成食品、特にビスケットやクッキー、パイ、シリアルバー、煎餅、スナック菓子など穀類の焼成菓子などの食感を改良する食品素材を提供することである。また、その食感改良用食品素材は、発酵などの工程が不要で、焼成食品の風味に影響を及ぼさず、さらに食べ応えのある食感を付与することが望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題の解決につき鋭意研究の結果、酵母菌体残渣に細胞壁溶解酵素を適量反応させた組成物を焼成食品に添加することで、この食品にザクザクとした食べ応えのある食感を付与することを見出した。
【0010】
(1)酵母菌体または酵母菌体残渣の細胞壁分解酵素処理物である酵母蛋白質を含有する食感改良用組成物、
(2)前記(1)の酵母菌体又は酵母菌体残渣の細胞壁分解酵素処理物の酵母蛋白質含量が20重量%以上、食物繊維含量が20重量%以上である、前記(1)記載の食感改良用組成物、
(3)酵母菌体又は酵母菌体残渣に細胞壁溶解酵素を作用させる工程を有する、上記(1)または(2)記載の食感改良用組成物の製造方法、
(4)前記細胞壁溶解酵素がプロテアーゼを含まないグルカナーゼであることを特徴とする上記(3)記載の食感改良用組成物の製造方法
に係るものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の食感改良用食品素材は味やにおいが少なく、焼成食品に添加することで、風味に影響を及ぼすことなく、ザクザクとした食べ応えのある食感を付与することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明を具体的に説明する。本発明において原料として用いることのできる酵母菌体の種類は、酵母細胞壁溶解酵素により溶解可能なものである。たとえば、サッカロミセス、エンドミコプシス、サッカロミコデス、ネマトスポラ、キャンディダ、トルロプシス、プレタノミセス、ロドトルラなどの属に属する菌、あるいはいわゆるビール酵母、パン酵母、清酒酵母などが挙げられる。このうち、特に食経験が多いキャンディダ・ユティリス又はサッカロマイセス・セレビシエが望ましい。
【0013】
本発明の酵母菌体残渣とは、酵母に熱水、酸・アルカリ性溶液、自己消化、機械的破砕等のいずれか一つ以上を用いて抽出処理することにより、酵母エキスまたは有用成分を抜いた後の残渣である。例えば、興人ライフサイエンス(株)製の「KR酵母」が挙げられる。
このような残渣は一般的に、グルカン、マンナン、蛋白質、脂質、核酸を主要な成分とするものであるが、構造的にはグルカン、マンナン、蛋白質と他の成分が複合体となって強固に結合していることが推察される。
【0014】
本発明を製造する方法は、まず上述の酵母菌体残渣に水を加えて、乾燥菌体重量で5~20重量%濃度の菌体懸濁液を調製する。必要であれば、菌体洗浄する工程を設けても良い。具体的な洗浄方法は、例えば、菌体懸濁液を遠心分離して酵母菌体残渣を取得し、再度水を加えて5~20重量%濃度の菌体懸濁液を調製する。調製した菌体懸濁液をpH5.5以上、望ましくはpH6.0~7.0に調整する。
【0015】
この菌体懸濁液に、細胞壁溶解酵素を添加する。この際に用いる細胞壁溶解酵素は、プロテアーゼを含まないグルカナーゼであることが望ましい。具体的には、ストレプトマイセス属由来のβグルカナーゼ「デナチームGEL」(ナガセケムテックス社製)、Taloromyces属由来のβグルカナーゼ「Giltrase BRX」(DSMジャパン社製)等があり、中でも「デナチームGEL」が望ましい。
【0016】
一般的に使用されている細胞壁溶解酵素の多くは、配合物または夾雑物としてプロテアーゼ活性物を含有しておりこのような細胞壁溶解酵素をそのまま用いると、得られた細胞壁画分は食物繊維含量の低いものとなる。たとえば、天野エンザイム社製「ツニカーゼFN」は、グルカナーゼとプロテアーゼの混合物の酵素製剤であり、このようなプロテアーゼを含有する酵素製剤を用いる場合には、酵素製剤中のプロテアーゼが作用しないような温度またはpHで作用させる必要がある。
細胞壁溶解酵素の添加量は、使用する原料の酵母残渣及び酵素によって異なるが、原料酵母菌体残渣の乾燥重量100g当たり4~200unitが望ましく、さらに望ましくは20~60unit添加である。
【0017】
細胞壁溶解酵素の添加後、50℃以上、望ましくは50~70℃、より望ましくは55~65℃で反応させる。反応時間は、2~7時間、望ましくは3~4時間酵素反応させるが、
酵素反応の時間は細胞壁溶解酵素の添加量及び原料の酵母残渣に応じて、適宜調整できる。酵素添加量が少なすぎるか反応時間が短すぎることにより、酵素反応が不十分な場合や、反対に、酵素添加量が多すぎるか反応時間が長すぎることにより、酵素反応が進みすぎた場合の、どちらの場合も、食感改良効果が不十分なものとなる。酵素反応の調整は、後段の方法により調整できる。
【0018】
本願発明を製造する方法は、前述のように酵素を添加して製造するが、使用する酵母残渣、酵素の種類によって、反応条件が異なることがある。酵素反応後の組成物が、固形分10質量%の状態で、25℃の粘度が10mPa・s以上となるように酵素反応をする。粘度の調整方法は、当業者であれば採用できる方法で良い。一般的には、酵素反応中に複数回サンプリングし、粘度を測定することで調整する。本願の食感改良効果を得るためには、粘度はより高い方がよい。具体的には、1000mPa・s以上、より好ましく2000mPa・s以上、特に好ましくは3000mPa・s以上となるように、さらに好ましくは5000mPa・s以上となるように、酵素添加量、反応時間を調整することで、より顕著な食感改良効果をえることができる。
【0019】
次いで、酵素反応後の組成物について、90℃、10分間以上の加熱処理などで酵素を失活させる。得られた組成物をそのまま使用することもでき、または乾燥して濃縮物または粉末にして、使用することもできる。
【0020】
酵母エキス抽出後の酵母菌体を原料として上記の製法により得られた本発明は、その乾燥物中の蛋白質含量が20重量%以上、望ましくは40重量%以上で、食物繊維含量が20重量%以上、望ましくは25重量%以上である。
【0021】
本発明の食感改良用食品素材は、焼成食品、特にビスケットやクッキー、パイ、シリアルバー、煎餅、スナック菓子など穀類を原料とする焼成食品に使用することができる。本発明の食感改良用食品素材は、焼成食品の製造時に添加することができる。例えば焼成菓子の製造時に他の原料、穀物粉や油脂類、糖類に適宜添加し焼成することで、対象食品の風味に影響を及ぼさず、ザクザクとした食べ応えのある食感を付与することができる。混合方法は任意であり、一般的な焼成食品の製造時に採用される方法で良い。添加量は任意であるが、通常は、0.5~5重量%添加することで、対象食品の食感を改良することができる。それより少ないと、目的の効果が得づらく、それより多いと好ましくない食感になる。
【0022】
<蛋白質含量の測定方法>
蛋白質含量測定には加水分解法を用いた。試料を6N 塩化水素にて110℃、24時間加水分解した後、前処理を行い全自動アミノ酸分析計(日立社製)にて測定して求めた。
【0023】
<食物繊維含量の測定方法>
食物繊維含量測定には加水分解法を用いた。試料を1N硫酸にて110℃、3.5時間加水分解して中和後、加水分解生成物であるマンノース、グルコースを液体クロマトグラフィーにて測定し、グルカン・マンナンへ換算して求めた。検出にはRI検出器、分離カラムはSP810(Shodex)、移動相は超純水を使用した。
【0024】
<粘度の測定方法>
粘度は、b型粘度計(TOKIMEC社製、VISCOMETER-BM)を使用し、10重量%、25℃の粘度を測定した。
【実施例】
【0025】
<実施例1>
キャンディダ・ユティリス酵母エキス抽出後の酵母菌体「KR酵母」(興人ライフサイエンス社製)1kgを水に懸濁して10重量%とした後、60℃、pH6.5に調整後、細胞壁溶解酵素(ナガセケムテックス社製「デナチームGEL」)をKR酵母に対し0.1重量%加え、3時間作用させた。次いで90℃、15分で加熱処理した後、乾燥して粉末化し、実施例1の食感改良用食品素材を得た。この食感改良用素材10重量%、25℃の粘度は5700mPa・sであった。乾燥物中の蛋白質含量は57重量%、食物繊維含量は21重量%であった。
【0026】
<実施例2>
KR酵母を10重量%とした後、pH7.0に調整後、デナチームGELをKR酵母に対して0.03重量%加え、60℃で5時間作用させる以外は、実施例1と同様に実施した。この食感改良用素材10重量%、25℃の粘度は7200mPa・sであった。
【0027】
<実施例3>
KR酵母を10重量%とした後、pH7.0に調整後、デナチームGELをKR酵母に対して0.3重量%加え、60℃で5時間作用させる以外は、実施例1と同様に実施した。この食感改良用素材10重量%、25℃の粘度は50mPa・sであった。
【0028】
<クッキー作成>
表1の組成で材料を混合し、約5mmの厚さに伸ばして直径5cmに型取り、180℃のオーブンで10分間焼成した。実施例1~3は、全体の2.5重量%となるように薄力粉と置き換えて添加した。十分に室温に戻った後、6人のパネラーで食感と食味について官能評価を実施した。
【0029】
【0030】
<クッキー結果>
6人中4人が、対照例と比較して実施例の方がザクザクとし、食べ応えのある食感になったと評価し、粘度が高い方がより、ザクザクとし、食べ応えのある食感になったと評価した。6人中5人が、対照例と比較して実施例に風味の変化は無いものの、全体的に味の強度が増したと評価した。
【0031】
<米粉クッキー>
表2の組成で材料を混合し、約5mmの厚さに伸ばして直径5cmに型取り、180℃のオーブンで10分間焼成した。実施例は、全体の5重量%となるように米粉と置き換えて添加した。十分に室温に戻った後、6人のパネラーで食感と食味について官能評価を実施した。
【0032】
【0033】
<米粉クッキー結果>
6人中5人が、対照例と比較して実施例の方がザクザクとし、食べ応えがある、しっとりとした食感になったと評価した。6人中5人が、対照例と比較して実施例に風味の変化に違いは無いと評価した。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、焼成食品、特にビスケットやクッキー、パイ、シリアルバー、煎餅、スナック菓子など穀類の焼成菓子に添加して用いることができる。これにより、風味に影響を及ぼすことなく、ザクザクとした食べ応えのある食感を付与することができる。