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特許7486339ステンレス鋼、シームレスステンレス鋼管、及びステンレス鋼の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】ステンレス鋼、シームレスステンレス鋼管、及びステンレス鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240510BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20240510BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20240510BHJP
   C21D 9/08 20060101ALN20240510BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D6/00 102A
C21D9/08 E
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020077510
(22)【出願日】2020-04-24
(65)【公開番号】P2021172853
(43)【公開日】2021-11-01
【審査請求日】2023-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591110171
【氏名又は名称】日鉄ステンレス鋼管株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】照沼 正明
(72)【発明者】
【氏名】青田 翔伍
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 貴洋
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/054390(WO,A1)
【文献】特開2020-2839(JP,A)
【文献】特表2009-503246(JP,A)
【文献】国際公開第2020/101227(WO,A1)
【文献】特開2015-190054(JP,A)
【文献】特開平07-003407(JP,A)
【文献】特開平04-350180(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 30/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05%以下、
Si:1.00%以下、
Mn:1.80~3.00%、
Cr:18.7~25.0%、
Ni:7.0~20.0%、
Cu:0.10~1.00%、
N:0.15~0.35%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、
質量%での、Ni含有量を[Ni]、Cu含有量を[Cu]としたとき、以下の式(1)を満足し、
表面における算術平均粗さRaが1.0μm以下であり、
0.2%耐力が410MPa以上である
ことを特徴とするステンレス鋼。
[Ni]+[Cu]≧7.5 式(1)
【請求項2】
前記化学組成が、Feの一部に替えて、質量%で、
Nb:0.15%以下、
を含有し、
ASTM E112に沿って測定された結晶粒度番号が、6以上である、
ことを特徴とする請求項1に記載のステンレス鋼。
【請求項3】
前記化学組成が、Feの一部に替えて、質量%で、
Al:0.100%以下、
を含有する、
ことを特徴とする請求項1または2に記載のステンレス鋼。
【請求項4】
前記化学組成における、前記不純物がTi、Ca、Ba、Hf、Be、Mg、Y、Ndを合計含有量で、質量%で、0.020%以下含む、
ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のステンレス鋼。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のステンレス鋼からなる、シームレスステンレス鋼管。
【請求項6】
請求項1に記載のステンレス鋼の製造方法であって、
質量%で、C:0.05%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.80~3.00%、Cr:18.7~25.0%、Ni:7.0~20.0%、Cu:0.10~1.00%、N:0.15~0.35%を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有するステンレス鋼に、1050~1150℃かつ、90%以上の水素及び0~10%の窒素を含む雰囲気で熱処理する
ことを特徴とする、ステンレス鋼の製造方法。
【請求項7】
前記化学組成が、Feの一部に替えて、
Nb:0.15%以下、
を含有する
ことを特徴とする、請求項6に記載のステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼、シームレスステンレス鋼管、及びステンレス鋼の製造方法に関する。特に、フューエルレールに好適に用いられるシームレスステンレス鋼管及びそのシームレスステンレス鋼管の素材として好適なステンレス鋼、並びに、このステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンの燃焼室内に高圧の燃料を供給するフューエルインジェクタ(燃料噴射装置)へ燃料を分配するための部品として、フューエルレールがある。このフューエルレールのうち、特に直噴内燃機関用フューエルレールは、一般に、ステンレス鋼管とインジェクタカップとをCuろう付けして製造される。
近年、このフューエルレールに対しては、品質の安定性の向上、及び処理条件の緩和を目的として、ろう付けによる密着性の向上が求められている。
【0003】
また、近年、エンジンの燃焼効率の向上のために、燃料の高圧化が検討されており、それに伴って、フューエルレールに使用されるステンレス鋼管に対しても、強度の向上が求められている。材料板厚を上げることによって耐圧強度を確保する方法も選択肢としてはあるが、板厚を上げることによるフューエルレールのコスト増、重量増および大型化などの課題が生じるので、材料板厚を上げて耐圧強度を確保する以外の方法として、材料自体を高強度化する方法が要望されている。
【0004】
このような課題に対し、例えば、特許文献1には、インジェクタカップがステンレス鋼製パイプに銅ろう付けされてなる、直噴内燃機関用フューエルレールが開示されている。また、特許文献1では、オーステナイト系ステンレス鋼の0.2%耐力が400MPa以上であって、Si濃度(Si%)とC濃度(C%)とが、所定の関係式を満たす場合に、オーステナイト系ステンレス鋼の銅ろう付け性が特に良好であると開示されている。
【0005】
特許文献1では、ろう付け性がSiOの生成により支配されるので、Siと、Siの拡散に影響を及ぼすCと、の関係式を満足させることで、ろう付け性を向上させると記載されている。しかしながら、本発明者らの検討の結果、ろう付け性には、Siよりも酸化物生成自由エネルギが低いAl等の元素、Siよりは酸化物生成自由エネルギは高いものの含有量が数十倍あるCr、その他のCu、Ni等の元素、表面粗さ等が影響し、特許文献1の技術では、必ずしも十分なろう付け性が得られないことが分かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6580757号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記の課題に鑑みてなされた。本発明は、Cuろう付けを行った際の密着性(以下ろう付け密着性という場合がある)が高い高強度シームレスステンレス鋼管及びそのシームレスステンレス鋼管の素材として好適なステンレス鋼、並びに、このステンレス鋼の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ステンレス鋼(例えばステンレス鋼管)にCuろう付けを行った際の密着性について、Cuろうと、ろう付けされるステンレス鋼の組成に着目して検討を行った。
その結果、Cuろうと同じ元素であるCu及び、Cuと全率固溶するNiは、Cuとの親和性が高く、これらの元素の含有量を高めることで、ろう付け密着性が向上することを見出した。
また、本発明者らがさらに検討を行った結果、ろう付けされるステンレス鋼の表面にCrの酸化物皮膜が形成されていたり、このCr酸化物皮膜を除去するために、酸洗等が行われて表面粗さが粗くなると、ろう付け密着性が劣化することが分かった。
また、ステンレス鋼の高強度化に対しては、N含有量を高めることが有効であることも分かった。
【0009】
本発明は、上記の知見に基づいてなされ、その要旨は以下のとおりである。
[1]質量%で、C:0.05%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.80~3.00%、Cr:18.7~25.0%、Ni:7.0~20.0%、Cu:0.10~1.00%、N:0.15~0.35%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、質量%での、Ni含有量を[Ni]、Cu含有量を[Cu]としたとき、以下の式(1)を満足し、表面における算術平均粗さRaが1.0μm以下であり、
0.2%耐力が410MPa以上である、ステンレス鋼。
[Ni]+[Cu]≧7.5 式(1)
[2]前記化学組成が、Feの一部に替えて、質量%で、Nb:0.15%以下、を含有し、ASTM E112に沿って測定された結晶粒度番号が、6以上である、[1]に記載のステンレス鋼。
[3]前記化学組成が、Feの一部に替えて、質量%で、Al:0.100%以下、を含有する、[1]または[2]に記載のステンレス鋼。
[4]前記化学組成が、前記不純物としてTi、Ca、Ba、Hf、Be、Mg、Y、Ndを合計含有量で、質量%で、0.020%以下含む、[1]~[3]のいずれかに記載のステンレス鋼。
[5][1]~[4]のいずれかに記載のステンレス鋼からなる、シームレスステンレス鋼管。
[6][1]に記載のステンレス鋼の製造方法であって、質量%で、C:0.05%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.80~3.00%、Cr:18.7~25.0%、Ni:7.0~20.0%、Cu:0.10~1.00%、N:0.15~0.35%を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有するステンレス鋼に、1050~1150℃かつ、90%以上の水素及び0~10%の窒素を含む雰囲気で熱処理する、ステンレス鋼の製造方法。
[7]前記化学組成が、Feの一部に替えて、Nb:0.15%以下、を含有する、[6]に記載のステンレス鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、Cuろう付けを行った際の密着性が高い高強度シームレスステンレス鋼管及び、そのシームレスステンレス鋼管の素材として好適なステンレス鋼、並びに、このステンレス鋼の製造方法を提供できる。
本発明のシームレスステンレス鋼管は、ろう付け密着性が高いので、ろう付けによって製造されるフューエルレール等の素材として好適である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施形態に係るステンレス鋼(本実施形態に係るステンレス鋼)、本発明の一実施形態に係るシームレスステンレス鋼管(本実施形態に係るシームレスステンレス鋼管)、及びそれらの好ましい製造方法について説明する。
【0012】
本実施形態に係るステンレス鋼は、所定の化学組成を有し、表面における算術平均粗さRaが1.0μm以下であり、0.2%耐力が410MPa以上である。本実施形態に係るステンレス鋼は、フューエルレールに適用されるシームレスステンレス鋼管の素材として好適である。
また、本実施形態に係るステンレス鋼は、例えば、JISG0203:2009に記載された、オーステナイト系ステンレス鋼である。
【0013】
<化学組成>
本実施形態に係るステンレス鋼の化学組成について説明する。下記する「~」を挟む数値限定範囲には、下限値及び上限値がその範囲に含まれる。ただし、「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。各元素の含有量に関する「%」は、断りがない限り「質量%」を意味する。
【0014】
C:0.05%以下、
CはCrと結合して炭化物を形成し、粒界腐食を助長する元素である。熱処理やろう付け時で加熱された後は冷却速度が遅く、Crの炭化物が形成されやすい。本実施形態に係るステンレス鋼では、Cr炭化物の生成を抑制するため、C含有量を0.05%以下とする。好ましくは0.03%以下である。
C含有量は、好ましい特性を得るという観点からは、下限を設定する必要はない。しかしながら、過度のC含有量の低減は、コストアップを招くので、C含有量を0.005%以上または0.01%以上としてもよい。
【0015】
Si:1.00%以下
Siは酸素との親和力が強く、酸化物を生成し易い元素である。酸化物が生成するとろう付け密着性が損なわれる。そのため、Si含有量を1.00%以下とする。
一方、Siは脱酸元素として有用な元素である。そのため、含有させてもよい。脱酸効果を得たい場合には、Si含有量を0.10%以上とすることが好ましい。
【0016】
Mn:1.80~3.00%
Mnは、オーステナイト安定化元素であり、ステンレス鋼の組織の安定化に寄与する元素である。また、Mnは、Nの溶解度を高める元素であり、Mn含有量が低いと、凝固時にNのブロホールが形成されやすい。そのため、組織の安定性向上、ブロホールの形成抑制のため、Mn含有量を1.80%以上とする。
一方、Mn含有量が高くなると、熱間加工性が悪くなる。Mn含有量が3.00%を超えると、熱間加工性の劣化が顕著になるので、Mn含有量を3.00%以下とする。
【0017】
Cr:18.7~25.0%
Crは、ステンレス鋼として必須の元素であり、耐食性の向上に寄与する元素である。また、Crは、Nの溶解度を高めて、凝固時のNのブロホールの形成を抑制する効果を有する元素である。これらの効果を得るため、Cr含有量を18.7%以上とする。
一方、Cr含有量が高くなると、熱間加工性が悪くなる。Cr含有量が25.0%を超えると、熱間加工性の劣化が顕著になるので、Cr含有量を25.0%以下とする。
【0018】
Ni:7.0~20.0%
Niは、オーステナイト安定化元素であり、ステンレス鋼の組織の安定化に寄与する元素である。また、Niは第10族元素(周期表における第10族に属する元素)であり、第11族元素であるCuとは近い性質を持つ。NiとCuとは全率固溶するので、Cuろう付けを行う際に、ステンレス鋼がNiを含有すると、ろう付け密着性が向上する。
これらの効果を得るため、Ni含有量を7.0%以上とする。好ましくは7.5%以上である。
一方で、ろう付け密着性の観点では、Ni含有量が高い方が好ましいが、Niは高価な元素である。そのため、コストの観点から、Ni含有量は20.0%以下とする。
【0019】
Cu:0.10~1.00%
CuはNiと類似の性質をもつ元素である。また、Cuろう付けを行う場合、Cuろうと同一の元素であるため、ステンレス鋼がCuを含有すると、ろう付け密着性が向上する。
これらの効果を得るため、Cu含有量を0.10%以上とする。
一方で、ろう付け密着性の観点では、Cu含有量の上限を定める必要はないが、コストの観点から、Cu含有量は1.00%以下とする。
【0020】
[Cu]+[Ni]≧7.5
上述したように、Cuろうと同じ元素であるCu及び、Cuと全率固溶するNiは、Cuとの親和性が高く、これらの元素の含有量を高めることで、ろう付け密着性が向上する。しかしながら、上記の通り、Cu含有量及びNi含有量を設定しただけでは、必ずしも十分なろう付け密着性が得られない場合がある。十分なろう付け密着性を得るためには、Cu含有量、Ni含有量のそれぞれに加えて、Cu含有量とNi含有量との合計を7.5%以上とする。すなわち、質量%での、Ni含有量を[Ni]、Cu含有量を[Cu]としたとき、以下の式(1)を満足する。
[Cu]+[Ni]≧7.5 式(1)
【0021】
N:0.15~0.35%
Nはオーステナイト安定化元素であり、ステンレス鋼の組織の安定化に寄与する元素である。また、Nは固溶強化元素でありステンレス鋼の高強度化に有効な元素である。これらの効果を得るため、N含有量を0.15%以上とする。
一方、N含有量が過剰になると、熱間加工性が損なわれるとともに、凝固時にブロホールが形成されたり、圧延、鍛造および熱間押出し時にきずが発生し易くなったりする。そのため、N含有量を0.35%以下とする。
【0022】
残部:Fe及び不純物
以上が本実施形態に係るステンレス鋼の基本的な化学成分であり、本実施形態に係るステンレス鋼の化学組成は、上記の元素を含有し、残部がFe及び不純物からなっていてもよい。本実施形態において、不純物とは、原料としての鉱石、スクラップから、または製造環境等から混入されるものであって、本実施形態に係るステンレス鋼の特性に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
本実施形態に係る鋼板は、各種特性の向上を目的として、さらにFeの一部に替えて後述する範囲で、Nb及び/またはAlを含有することができる。Nb、Alは、必ずしも含有する必要はないので、含有量の下限は0%である。
【0023】
Nb:0.15%以下
Nbは、CやNと結合して、炭化物、窒化物または炭窒化物を生成することで、結晶粒の微細化や高強度化に寄与する元素である。この目的のため、Nbを含有させてもよい。
特に、ASTM E112に沿って測定された結晶粒度番号が、6以上となるように制御する場合、Nb含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
一方で、Nb含有量が過剰になると、Nbの炭窒化物が増加し、却って熱間加工性が損なわれる。そのため、含有させる場合でも、Nb含有量を0.15%以下とすることが好ましい。
【0024】
Al:0.100%以下
Alは脱酸元素として有効である。そのため、含有させてもよい。この効果を得る場合、Al含有量を0.002%以上とすることが好ましい。
一方で、Alは酸化物を生成し易い元素である。ステンレス鋼の表面にAl酸化物が存在するとろう付け密着性が劣化する。そのため、含有量させる場合でもAl含有量は0.100%以下とすることが好ましい。
【0025】
Ti、Ca、Ba、Hf、Be、Mg、Y、Ndの合計含有量:0.020%以下
Ti、Ca、Ba、Hf、Be、Mg、Y、Ndは、本実施形態に係るステンレス鋼では不純物等として含有されうる元素である。これらの元素は、酸化物の生成自由エネルギが低い元素であり、安定な酸化物を生成しやすい元素である。これらの酸化物が表面に存在するとろう付け密着性が損なわれるので、これらの元素の合計含有量を0.020%以下とすることが好ましい。
これらの元素についてはそれぞれの含有量が0.010%以下であることがより好ましい。
【0026】
上記した鋼成分は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、鋼成分は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。Cは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。
【0027】
<表面における算術平均粗さRa:1.0μm以下>
ろう付けに供されるステンレス鋼は、ろう付けの際に強度が低下することを避けるため、ろう付け処理に近い温度で行う熱処理を経て製造される。しかしながら、ステンレス鋼はCrを多く含有していることから、この熱処理の際に、ステンレス鋼の表面には、緻密なCr酸化物が形成される。表面にCr酸化物が形成されたステンレス鋼に対してろう付けを行う場合、ろう付け雰囲気が水素を含む雰囲気であれば、Cr酸化物が還元されて酸素又は水蒸気が生成し、この酸素分子によって材料中のAl等の酸化物生成元素が酸化し、この酸化物がろう付け密着性を阻害する。また、ろう付けを行う雰囲気がNガス雰囲気であった場合には、Cr酸化物を介して界面でのCuの拡散によりろう付けが進行することになり、ろう付け密着性が劣化する。そのため、ステンレス鋼の表面にはCr酸化物が形成されていないことが好ましい。
熱処理後にステンレス鋼の表面のCr酸化物を除去する手段として、一般には酸洗が行われる。しかしながら、本発明者らが検討した結果、Cr酸化物を除去するために酸洗を行うと、表面の粗さが大きくなり(例えば算術平均粗さで3μm程度)、表面積の増加や凹凸が大きくなって単位時間のろうの移動距離が長くなることで、ろう付け密着性が低下することが分かった。
そのため、本実施形態に係るステンレス鋼では、後述するように水素雰囲気で熱処理を行うことで、表面におけるCr酸化物の形成を抑制し、かつ、酸洗を必須としない製造方法によって、表面粗さを小さくすることで、ろう付け密着性を向上させる。
具体的には、本実施形態に係るステンレス鋼では、表面における算術平均粗さRaが1.0μm以下である。
【0028】
表面における算術平均粗さRaは、JIS B 0633:2001に沿って、触針式表面粗測定機を用いて測定する。
【0029】
<0.2%耐力:410MPa以上>
近年、エンジンの燃焼効率の向上のために、燃料の高圧化が検討されており、それに伴って、フューエルレールに使用されるステンレス鋼管に対しても、強度の向上が求められている。本実施形態に係るステンレス鋼では、フューエルレールに使用されるステンレス鋼管の素材として使用される場合を考慮し、燃料の高圧化に対応できる強度として、現状のSUS304等のステンレス鋼のYS(≧205MPa)の2倍である、0.2%耐力で410MPa以上とする。
【0030】
0.2%耐力は、JIS Z 2241:2011に沿って、圧延方向が長手方向になるように全厚試験片を採取し、引張試験を行って求める。ステンレス鋼がシームレスステンレス鋼管であるときは、JIS Z 2241:2011に沿って、管状試験片に対して引張試験を行って求める。
【0031】
<結晶粒度番号:6以上>
本実施形態に係るステンレス鋼では、ASTM E112に沿って測定された結晶粒度番号が、6以上であることが好ましい。結晶粒度番号が6以上であると、より高強度化に有利である。
結晶粒度の制御には、Nbを含有させることや、加工・熱処理条件を制御することが有効である。
【0032】
次に、本実施形態に係るシームレスステンレス鋼管について説明する。
本実施形態に係るシームレスステンレス鋼管は、上述した本実施形態に係るステンレス鋼からなる。例えば、本実施形態に係るステンレス鋼を加工の際に、シームレスステンレス鋼管の形状に加工したものである。そのため、化学組成、表面粗さ、結晶粒度番号、0.2%耐力等の範囲及び限定理由については、本実施形態に係るステンレス鋼と同じである。
【0033】
溶接管と異なり、シームレス(継目無)ステンレス鋼管は溶接部を有していない。溶接部は、母材部とは異なる非定常部であり、例えばフューエルレールへの適用を考えた場合、燃料が漏れるリスクなどは、非定常部を有しないシームレスステンレス鋼管の方が低い。そのため、フューエルレール用のステンレス鋼は、シームレスステンレス鋼管であることが好ましい。
【0034】
<製造方法>
本実施形態に係るステンレス鋼は、例えば以下の工程を含む製造方法によって得られる。
すなわち、電気炉及びAOD炉で所定の化学組成(上記の化学組成)に調整された溶鋼を、鋳造して鋼片を作製し、この鋼片に対し、圧延または鍛造を行ってビレットとする。このビレットに機械加工を施し熱間押出し用ビレットとし、さらに冷間加工(冷間圧延や冷間引抜)を行って最終形状と同じステンレス鋼を得て、さらに、所定の条件で熱処理を行うことで、本実施形態に係るステンレス鋼のシームレスステンレス鋼管が得られる。
本実施形態に係るステンレス鋼の製造方法では、熱処理以外については、求められる特性や形状等に応じて、公知の方法で行えばよい。一方、熱処理については、後述する条件で行う。
熱処理後のステンレス鋼の表面には、Cr欠乏層が形成される場合があり、Crが平均組成よりも低くなる場合がある。これらの影響を取り除く目的で、外面研磨は有効であり、実施しても良い。ただし、研磨する場合、表面粗さRaが1.0μmを超えないように実施する。
【0035】
<熱処理>
冷間加工後のステンレス鋼に対し、1050℃~1150℃の90%以上の水素を含む雰囲気で熱処理する。熱処理温度が低いほど強度を向上させることができるが、熱処理温度が1050℃未満では、一般的なろう付けの温度(1100℃程度)との差が大きく、ろう付け前の強度が高くても、ろう付け後の強度の低下が懸念される。そのため、熱処理温度を1050℃以上とする。好ましくは1070℃以上である。
一方、熱処理温度が高すぎると強度が低下するので、熱処理温度は1150℃以下とする。
また、熱処理の雰囲気は、水素に例えば窒素10%以下を混合したものでもよい。すなわち、90%以上の水素及び0~10%の窒素を含む雰囲気とする。
熱処理時間は限定しないが、2~10分であることが好ましい。
また、露点は、表面の酸化物の生成を抑制するため、-20℃以下であることが好ましい。
本実施形態に係るステンレス鋼の製造方法では、熱処理後に酸洗を行うことは必須ではないが、表面に軽微なスケールが生成した場合、これを除去する目的で熱処理後に短時間の軽酸洗を行うことは許容する。ただし、通常の酸洗では表面粗さRaが1.0μmを超えるので、表面粗さRaが1.0μmを超えないように条件を設定して実施する。
【実施例
【0036】
電気炉で溶解し、AODで精錬した表1に記載の化学組成を有する溶鋼からインゴットを得た。このインゴットに対し、1250℃で圧延及び鍛造を行ってφ180mmのビレットを作成した。
このビレットに対し、1220℃で熱間押出しを行い、冷間圧延を行い、途中熱処理を含む複数回の冷間引抜を行って、φ11.0mm×t2.5mmの鋼管(継目無鋼管)を得た。途中熱処理については、1050~1100℃の温度域で行った。
得られた鋼管に対し、表2に記載の条件(温度、時間、雰囲気)で、熱処理を行った。No.20については、熱処理後に表面にCr酸化物が形成されたので、除去するために酸洗を行った。表中雰囲気の「水素」は実質的に水素のみからなる雰囲気である。水素雰囲気及び水素90%+窒素10%の雰囲気における露点は、いずれも-20℃以下であった。
【0037】
得られた鋼管に対し、上述した方法で、表面粗さ、結晶粒度を測定した。また、鋼管から管状試験片(管軸方向が引張試験片の長手方向)を採取し、JIS Z 2241:2011に沿って引張試験を行って、0.2%耐力、引張強度を測定した。
結果を表2に示す。
【0038】
また、ASTM E112に沿って結晶粒度番号を測定した。
さらに、JIS B 0633:2001に沿って、触針式表面粗測定機を用いて表面における算術平均粗さRaを測定した。
【0039】
また、得られた鋼管に対し、ろう付け密着性を評価するために、以下の要領でろう付け試験を行った。
得られたステンレス鋼管(φ11.0で肉厚2.5mm)を30mmの長さに切断したものを、35mm角に切断したSUS304鋼板の上に線接触させ、JISZ3262:1998で規定するろう、BCu-1Bを0.3g配設し、ろう付け試験を行った。SUS304鋼板は、あらかじめ#600の耐水エメリー研磨紙を用いて湿式研磨処理した。
ろう付け接合は、水素雰囲気、材料温度1100℃、雰囲気の露点-40℃に制御した水素炉を用いた。温度コントロールは、昇温3分、1100℃で2分保持、降温2分とした。評価は、ろう付けされた供試材の断面を、#1000の耐水エメリー研磨紙を用いて湿式研磨した後、金属顕微鏡(100倍観察)観察により、すき間部にろうが完全に充填されていた場合(隙間無)はろう付け性良好(ぬれ性良好)、すき間部に空隙が残っていた場合(隙間有)はろう付け性不良(ぬれ性不良)とした。
【0040】
【表1】
【0041】
【表2】
【0042】
表1、表2から分かるように、本発明例である試験番号1~10では、410MPa以上の0.2%耐力と、優れたろう付け密着性を有するステンレス鋼を含むシームレスステンレス鋼管が得られた。
一方、化学組成や熱処理条件が本発明範囲外であった試験番号11~21では、化学組成や熱処理条件が本発明範囲外であり、強度またはろう付け密着性に劣っていた。