(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-09
(45)【発行日】2024-05-17
(54)【発明の名称】チタンインゴットの製造方法及びチタン材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22B 34/12 20060101AFI20240510BHJP
B22D 23/00 20060101ALI20240510BHJP
【FI】
C22B34/12 103
B22D23/00 C
(21)【出願番号】P 2020118600
(22)【出願日】2020-07-09
【審査請求日】2023-03-17
(73)【特許権者】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】志賀 裕一
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-291306(JP,A)
【文献】特開2012-087373(JP,A)
【文献】特開2020-019506(JP,A)
【文献】特開平10-259432(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00 - 61/00
B22D 1/00 - 5/04
B22D 21/00 - 23/06
B22D 25/00 - 25/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタンインゴットの製造方法であって、
スポンジチタン塊を破砕して得られた、180質量ppm以下の酸素含有量であるスポンジチタンを
保管容器に充填し、該保管容器内を絶対圧で500Pa以下まで減圧後、低湿度ガスを注入して保管容器内に封入する破砕工程と、
前記破砕工程後、スポンジチタンが封入された複数の保管容器を開封し、それらの保管容器のそれぞれから取り出したスポンジチタンを乾式混合することで混合スポンジチタンを得る混合工程と、
前記混合工程後、前記混合スポンジチタンを複数の保管容器に充填し、該保管容器内を絶対圧で100Pa以下まで減圧後、低湿度ガスを注入して封入する混合スポンジチタン封入工程とを含
み、
前記破砕工程及び前記混合スポンジチタン封入工程における前記低湿度ガスは、絶対湿度0.5g/m
3
以下の気体である、チタンインゴットの製造方法。
【請求項2】
前記破砕工程で低湿度ガスを注入した保管容器内の圧力及び前記混合スポンジチタン封入工程で低湿度ガスを注入した保管容器内の圧力が、外環境の気圧以上である、請求項
1に記載のチタンインゴットの製造方法。
【請求項3】
前記混合スポンジチタン封入工程後、前記混合スポンジチタンを原料として溶解し、鋳造することでチタンインゴットを得る溶解鋳造工程を更に含み、
前記溶解鋳造工程は、前記混合スポンジチタン封入工程の終了時から12ヶ月以内に実施される、請求項1
又は2に記載のチタンインゴットの製造方法。
【請求項4】
前記混合工程は、前記破砕工程の終了時から12ヶ月以内に実施される、請求項1~
3のいずれか一項に記載のチタンインゴットの製造方法。
【請求項5】
請求項1~
4のいずれか一項に記載のチタンインゴットの製造方法により製造されたチタンインゴットを用いてチタン材を製造する工程を含む、チタン材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタンインゴットの製造方法及びチタン材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年は、電子材料向けの高純度チタンに対する需要が高まっている。高純度チタンでは、酸素、鉄等の不純物含有量を低減することが要求されている。このような高純度チタン等の金属チタンは、工業的にクロール法によって製造されたスポンジチタン塊から製造されている。
【0003】
スポンジチタン塊を破砕して得られるスポンジチタンは、通常、所定の容器に充填されて保管等が行われる。ここで、クロール法で製造されたスポンジチタンには少量の塩化マグネシウムが残存しているので、保管容器内に充填されたスポンジチタンは、その塩化マグネシウムが保管容器内の空気中の水分を取り込むことで酸素含有量が増加する。そこで、スポンジチタンの酸素含有量の増加を抑制するために、スポンジチタンを充填した保管容器はその内部の空気を低湿度ガス等で置換することがある。
【0004】
例えば、特許文献1には、クロール法により製造されたスポンジチタン塊の中央部を取り出し、破砕して得られたスポンジチタン粒を保管容器内に封入する際に、スポンジチタン粒が充填された保管容器内を40Pa以下まで減圧した後にその保管容器内に低湿度ガスを注入する高純度スポンジチタン粒の保管方法が提案されている。そうすることで、特許文献1に記載の方法では、高純度チタンインゴットの酸素濃度を低く抑制することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述したようにスポンジチタンの酸素含有量を低減することは、スポンジチタンの用途等に応じて求められる要求を満たす上で重要である。
【0007】
ところで、クロール法によって製造されたスポンジチタン塊は一般に、その塊の外周部や中心部等の部位によって、酸素、鉄等の不純物の含有量が異なる。不純物含有量の相違がスポンジチタンのグレードに大きく影響することから、各部位から得られたスポンジチタンを別個に複数の保管容器に充填することが通常である。しかしながら、当該保管容器をグレード別で管理しても、酸素、鉄等の不純物含有量が同一グレードの保管容器間においてもばらつくことがある。
スポンジチタンは溶解原料として使用されることが多く、通常、鋳造材の重量は保管容器内の充填物の重量より大きい。すなわち、鋳造材の製造では複数の保管容器の開封が必要であるが、不純物量が異なるスポンジチタンを順次溶解すると鋳造材の長さ方向で不純物量が変動し、結果として鋳造材が不良品となるおそれがある。
【0008】
上記特許文献1の技術については、上述した酸素、鉄等の不純物含有量が同一グレードの保管容器間でばらつく問題に対処しつつ、スポンジチタン保管中の酸素含有量の増加を抑制するということを意図するものではないため、更なる改良の余地があった。
【0009】
そこで、本発明は、各保管容器内の混合スポンジチタン中の酸素含有量の増加を抑制することが可能なチタンインゴットの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、本発明は一側面において、チタンインゴットの製造方法であって、スポンジチタン塊を破砕して得られた、180質量ppm以下の酸素含有量であるスポンジチタンを絶対圧で500Pa以下まで減圧後、低湿度ガスを注入して保管容器内に封入する破砕工程と、前記破砕工程後、スポンジチタンが封入された複数の保管容器を開封し、それらの保管容器のそれぞれから取り出したスポンジチタンを乾式混合することで混合スポンジチタンを得る混合工程と、前記混合工程後、前記混合スポンジチタンを複数の保管容器に充填し、該保管容器内を絶対圧で100Pa以下まで減圧後、低湿度ガスを注入して封入する混合スポンジチタン封入工程とを含む、チタンインゴットの製造方法である。
【0011】
本発明に係るチタンインゴットの製造方法の一実施形態においては、前記破砕工程及び前記混合スポンジチタン封入工程における前記低湿度ガスは、絶対湿度0.5g/m3以下の気体である。
【0012】
本発明に係るチタンインゴットの製造方法の一実施形態においては、前記破砕工程で低湿度ガスを注入した保管容器内の圧力及び前記混合スポンジチタン封入工程で低湿度ガスを注入した保管容器内の圧力が、外環境の気圧以上である。
【0013】
本発明に係るチタンインゴットの製造方法の一実施形態においては、前記混合スポンジチタン封入工程後、前記混合スポンジチタンを原料として溶解し、鋳造することでチタンインゴットを得る溶解鋳造工程を更に含み、前記溶解鋳造工程は、前記混合スポンジチタン封入工程の終了時から12ヶ月以内に実施される。
【0014】
本発明に係るチタンインゴットの製造方法の一実施形態においては、前記混合工程は、前記破砕工程の終了時から12ヶ月以内に実施される。
【0015】
また、本発明は別の一側面において、上記いずれかのチタンインゴットの製造方法により製造されたチタンインゴットを用いてチタン材を製造する工程を含む、チタン材の製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一実施形態によれば、各保管容器内の混合スポンジチタン中の酸素含有量の増加を抑制することできる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は以下に説明する各実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。また、各実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合わせにより、種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素からいくつかの構成要素を削除して発明を形成してもよい。
なお、本明細書において、スポンジチタン及び混合スポンジチタン中の不純物含有量のうち、酸素については、不活性ガス溶融非分散型赤外吸収法によって分析する。上記特許文献1に記載のように、スポンジチタンに残存する塩化マグネシウムが吸湿した場合でもスポンジチタンの酸素含有量は増加するものとして扱われる。
本明細書において「スポンジチタン塊」は、四塩化チタンの還元により得られ、破砕される前の塊状のものを意味し、「スポンジチタン」は、スポンジチタン塊を破砕したものを意味する。
本明細書において「外気圧」は、絶対真空を0Paとした時の標準大気圧1013.3hPaを意味する。
本明細書において「絶対湿度」は、ガス1m3中に対する水の溶存量(g)の割合を意味する。
【0018】
[1.チタンインゴットの製造方法]
本発明に係るチタンインゴットの製造方法の一実施形態は、破砕工程と、混合工程と、混合スポンジチタン封入工程と、を含む。チタンインゴットの製造方法は溶解鋳造工程を更に含んでよい。以下、各工程について好適な実施態様を説明する。
【0019】
<破砕工程>
破砕工程においては、スポンジチタン塊を破砕して得られたスポンジチタンを複数の保管容器に充填する。このとき、スポンジチタンを充填した該保管容器内を減圧した後、そこに低湿度ガスを注入し、保管容器を封入する。より具体的には、有底筒状の胴体を有する保管容器内にスポンジチタンを投入し、その胴体の開口部を上蓋で閉じて締め付け具で胴体と蓋体を密着させる。そうすることで、そのスポンジチタンは保管容器内に充填される。次に、スポンジチタンが充填された保管容器内を真空ポンプにより絶対圧で500Pa以下まで減圧する。例えば、保管容器内の減圧後、保管容器内に絶対湿度0.5g/m3以下の低湿度ガスを、その保管容器内の内部圧力が外気圧以上、好ましくは外気圧よりも高くなるまで注入し、保管容器を封入する。その結果、保管容器内の空気が低湿度ガスで適切に置換され、保管容器内でスポンジチタンに残存した少量の塩化マグネシウムが空気中の水分を吸収することを抑制することができる。このようにして複数の保管容器について、スポンジチタンの充填、減圧、低湿度ガスの注入及び封入を行っていくことができる。
【0020】
(スポンジチタン)
スポンジチタンの酸素含有量は、高純度チタンの製造の観点から、180質量ppm以下であり、好ましくは170質量ppm以下であり、より好ましくは165質量ppm以下である。
なお、スポンジチタンは、例えば以下の方法で得られる。
四塩化チタンを金属マグネシウムで還元することにより金属製還元反応容器内でスポンジチタン塊を製造する。真空分離後に金属製還元反応容器から略円柱状のスポンジチタン塊を取り出す。そのスポンジチタン塊から高純度部分を採取するために、その外周部の光沢部位(鉄を多く含有する部位)を切除し、スポンジチタン塊の中心部を取り出す。そして、そのスポンジチタン塊の中心部をさらに破砕した後、その粒度を調整してスポンジチタンを得る。
例えば、スポンジチタン中の不純物の内、例えば鉄等と異なり、酸素量は保管容器内での保管中に経時的に増加しうる。しかしながら、酸素含有量が180質量ppm以下のスポンジチタンを保管容器に封入するのであれば、保管容器内の減圧処理時において500Paまでしか減圧しなかったとしても保管期間中、スポンジチタン中の酸素含有量の増加は抑制可能である。
【0021】
(保管容器)
保管容器は、固体であるスポンジチタンの取り出し等の容易性という観点から、底を有する円筒等の筒状の胴体と、胴体に対してガスケットを介してレバー式又はボルト式の締め付け具で締め付けられる蓋とを備えるもの(以下、「オープンドラム缶」と称する)が好適である。オープンドラム缶の容量は適宜決定可能であり、一例として150~250Lとすることがある。スポンジチタンが封入されている場合、オープンドラム缶毎に不純物量が異なることが多い。オープンドラム缶は、一例としてJIS Z 1600:2017 H級、又はJIS Z 1600:2017 M級の規格に準じたものを使用可能である。
【0022】
(減圧条件)
スポンジチタンを充填して減圧した後の保管容器の内部圧力は、比較的水分量が多い気体を保管容器内から排気する観点から500Pa以下である。比較的水分量が多い気体が少ないほどスポンジチタン中の酸素含有量の増加を抑制しやすいので、スポンジチタンを充填して減圧した後の保管容器の内部圧力の下限側は特段限定されない。保管容器の封入についての作業効率化の観点から、スポンジチタンを充填して減圧した後の保管容器の内部圧力は、例えば100Pa以上とすることがある。
また、減圧してから低湿度ガスを注入するまでの間、一定の時間にわたって保管容器を減圧状態で保持することがある。減圧保持時間は、例えば1分以上である。上記減圧保持時間は、上限側として、例えば1時間以下である。
【0023】
(低湿度ガス置換)
低湿度ガスは、スポンジチタン中の酸素含有量の増加抑制という観点から、絶対湿度が0.5g/m3以下の気体であることが好ましい。減圧によって保管容器内に滞留していた比較的多く水分を含む空気を外部に排出した後、上記のように水分が少ない低湿度ガスを保管容器内に送り込むことで、当該保管容器内でのスポンジチタン中の酸素量増加を抑制することができる。
なお、低湿度ガスは、例えばアルゴンガス、ヘリウムガス、窒素ガス、及びドライエアから選択される1種又は2種以上を含有するものであればよい。
また、低湿度ガス注入後の保管容器内の内部圧力は、比較的水分を多く含む外気が保管容器内に侵入することを抑制する観点から、外環境の気圧以上が好ましく、さらには外環境より圧力を高くすることが好ましい。よって、前記保管容器内の内部圧力は外気圧以上としてよく、外気圧より高いことが好ましい。
【0024】
<混合工程>
混合工程においては、破砕工程後、スポンジチタンが封入された複数の保管容器を開封し、保管容器のそれぞれから取り出したスポンジチタンを乾式混合することで混合スポンジチタンを得る。チタンインゴットの重量は保管容器内の充填物の重量より大きいことが多いため、チタンインゴットの製造ではスポンジチタンの混合は必要であることが多い。混合では、同一のスポンジチタン塊から得たスポンジチタンを混合してよいし、異なるスポンジチタン塊から得たスポンジチタンを混合してもよい。
なお、スポンジチタンは封入された保管容器ごとに、酸素、鉄等の不純物の含有量のばらつきがあることが多い。他方、高純度であるチタン鋳造材はその不純物許容量が一定でない。よって、所定の不純物含有量に対する要求を満足する高純度チタンインゴットを製造するために、不純物含有量が異なるスポンジチタンの混合は有効である。例えば、鉄含有量は要求値を大きく下回るものの酸素含有量が要求値に到達しない(すなわち酸素量が多い)スポンジチタンと、鉄含有量は要求値に到達しないが酸素含有量が要求値を大きく下回るスポンジチタンを混合すると、鉄も酸素も要求を満足する含有量の混合スポンジチタンを得ることが可能となりうる。
なお、スポンジチタン中の酸素含有量の増加抑制という観点から、破砕工程の終了時から12ヶ月以内にスポンジチタンの混合が実施されることが好ましい。ここで、破砕工程の終了時とは、破砕工程で保管容器に低湿度ガスを注入して該保管容器の封入が終了した時である。スポンジチタンの混合の実施時は、保管容器の開封時である。
【0025】
(乾式混合機)
混合工程では、乾式混合機を用いることができる。各保管容器から取り出した各スポンジチタンは乾式混合機内に投入され、そこで乾式混合が行われる。乾式混合機は、スポンジチタンの投入量上限が例えば1~2トン程度の回転式ドラムミキサとすることがある。なお、回転速度については適宜設定可能である。
【0026】
(混合前の選別)
また、混合工程においては、スポンジチタンが封入された複数の保管容器を開封した後、複数の保管容器内のスポンジチタンの酸素濃度をそれぞれ分析することを含んでもよい。通常、スポンジチタン封入時に成分分析用サンプルを採取し成分分析を行うため、保管容器開封後の成分分析は必須ではない。しかし、保管容器内での保管中にスポンジチタン中の酸素含有量が微量増加して基準値を超えるケースも想定される。分析の結果、酸素量が基準値を上回るスポンジチタンは、乾式混合に用いないこととしてもよい。
このとき、スポンジチタン中の酸素含有量の基準値は、例えば180質量ppmである。また、製造するチタンインゴットに要求される酸素含有量に鑑みて、スポンジチタン中の酸素含有量の基準値を適宜設定可能である。
【0027】
(混合後の成分分析)
また、乾式混合の後、混合スポンジチタンの酸素含有量や鉄含有量等不純物量を分析することを含んでもよい。そうすることで、後述する溶解鋳造工程において得られるチタンインゴットの不純物含有量を表す指標が得られる。
【0028】
<混合スポンジチタン封入工程>
混合スポンジチタン封入工程においては、混合工程後、混合スポンジチタンを複数の保管容器に充填していき、該保管容器内を絶対圧で例えば100Pa以下まで減圧後、低湿度ガスを注入して、混合スポンジチタンを該保管容器に封入する。より具体的には、有底筒状の胴体を有する保管容器内に混合スポンジチタンを投入し、その胴体の開口部を蓋で閉じて締め付け具を使用して密着する。
なお、チタンインゴットの不純物量のばらつきを抑制するため、通常は、意図するチタンインゴットの重量相当分だけ混合スポンジチタンを準備する。例えば、1.5トンのチタンインゴットを製造する場合はほぼ同等量の混合スポンジチタンを準備する。ここで、乾式混合機の許容重量が1.5トン以上であれば混合処理は1回とすることができる。他方、乾式混合機の許容重量が1.0トンである場合は1.5トンのチタンインゴットを製造するために2回の混合処理が必要となる。複数回の混合処理が必要の場合、先に混合処理された混合スポンジチタンは保管容器の底側に位置し、後に混合処理された混合スポンジチタンは先に混合処理されたものの上側に位置するように保管容器に充填する。このように保管容器内で不純物量分布を揃えておけば、チタン鋳造材の長さ方向にわたって不純物量のばらつきを抑制することができる。製造するチタンインゴットの重量等に基づき、準備すべき保管容器数を適宜決定可能である。
次に、混合スポンジチタンが充填された保管容器内を真空ポンプ等により絶対圧で100Pa以下まで減圧する。保管容器内の減圧後、保管容器内に好ましくは絶対湿度0.5g/m3以下の低湿度ガスを、外環境の気圧以上、好ましくはその保管容器内の内部圧力が外環境の気圧よりも高くなるまで注入し、保管容器を封入する。その結果、保管容器内の空気が低湿度ガスで置換され、保管中における混合スポンジチタンの酸素量増加を抑制することができる。
【0029】
本発明者は、破砕工程後の保管時よりも混合スポンジチタン封入工程後の保管時の方が、混合スポンジチタンの酸素含有量が増加しやすい傾向にあるとの知見を得た。その理由は明らかではないが本発明者は以下のように考えている。すなわち、混合工程でスポンジチタンが撹拌されると、比較的多くの水分を含む気体がスポンジチタンの内部側まで到達しやすくなる。スポンジチタン中の酸素含有量が180質量ppm以下であれば吸湿性を示す塩化マグネシウム量が適切に低減されているが、スポンジチタンの撹拌により水分と塩化マグネシウムとの接触が促進され、その結果、混合スポンジチタン封入工程後の保管容器内の混合スポンジチタン中の酸素含有量の増加の要因を生み出してしまう。よって、混合スポンジチタンの充填後という比較的早期に所要の減圧処理・低湿度ガスの注入を行うことで、混合スポンジチタン中の酸素含有量の増加を抑制することができると考えられる。そのため、混合スポンジチタン封入工程では、上述したように、破砕工程における条件よりも厳しい条件で保管容器の内部圧力を減圧することで、混合スポンジチタンの酸素含有量の増加を良好に抑制できることを本発明者は見出した。
【0030】
(保管容器)
保管容器は、オープンドラム缶を用いることが好ましい。なお、保管容器は、破砕工程で使用された保管容器と同一構成でよく、また異なった構成のものでもよい。さらに、オープンドラム缶の構造に問題がないことを確認できれば、このオープンドラム缶は再利用可能である。
【0031】
(減圧条件)
保管容器の内部圧力は、100Pa以下である。また、保管容器の内部圧力を100Pa以下に制御する場合、真空ポンプ等で保管容器内を真空排気することが好ましい。なお、上記内部圧力は、下限側として、例えば10Pa以上、また例えば50Pa以上である。
また、減圧から低湿度ガスの注入までの間、一定の時間にわたって保管容器を減圧状態で保持してもよい。減圧保持時間は、例えば1分以上である。上記減圧保持時間は、上限側として、例えば1時間以下である。
【0032】
(低湿度ガス置換)
低湿度ガスは、混合スポンジチタン中の酸素含有量の増加抑制という観点から、絶対湿度が0.5g/m3以下の気体であることが好ましい。減圧によって保管容器内に比較的多く水分を含む空気を外部に排出した後、水分の少ない低湿度ガスを保管容器に送り込むことで、当該保管容器内での混合スポンジチタン中の酸素量増加を抑制することができる。
なお、低湿度ガスは、例えばアルゴンガス、ヘリウムガス、窒素ガス、及びドライエアから選択される1種又は2種以上であればよい。
また、低湿度ガス注入後の保管容器の内部圧力は、外環境の気圧以上が好ましく、さらには外環境より圧力を高くすることが好ましい。よって、前記保管容器内の内部圧力は外気圧以上としてよく、外気圧より高いことが好ましい。
【0033】
<溶解鋳造工程>
溶解鋳造工程においては、混合スポンジチタン封入工程後、混合スポンジチタンを原料として溶解し、鋳造することでチタンインゴットを得る。なお、溶解手段としては公知のものを適宜採用可能であり、例えば真空アーク再溶解(VAR)法及び電子ビーム溶解(EB)法等が挙げられる。真空アーク再溶解法では混合スポンジチタンを使用してブリケットを形成し、該ブリケットからさらに電極が作製される。このような方法であっても混合スポンジチタンは溶解の原料に該当する。
【0034】
また、混合スポンジチタン封入工程の後、不可避的な微量の外気の流入により該保管容器内の混合スポンジチタン中の酸素含有量が増加するおそれがないとは言えない場合も想定されうるため、溶解鋳造工程は、混合スポンジチタン封入工程の終了時から12ヶ月以内に実施されることが好ましい。ここで、混合スポンジチタン封入工程の終了時とは、混合スポンジチタン封入工程で保管容器に低湿度ガスを注入して該保管容器の封入が終了した時である。溶解鋳造工程の実施時は保管容器の開封時とする。
【0035】
[2.チタン材の製造方法]
本発明に係るチタン材の製造方法の一実施形態は、先述したチタンインゴットの製造方法により製造されたチタンインゴットを用いてチタン材を製造する工程を含む。なお、チタンインゴットを用いてチタン材を製造する方法としては、公知の方法を利用すればよい。
上記チタン材は、IC・半導体用途等に利用することができる他、合金原料としても利用できる。上記チタン材は特に限定されないが、例えばチタンインゴットを使用してスパッタリングターゲットを製造できる。
【実施例】
【0036】
本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。以下の実施例の記載は、あくまで本発明の技術的内容の理解を容易とするための具体例であり、本発明の技術的範囲はこれらの具体例によって制限されるものではない。
【0037】
まず、四塩化チタンを金属マグネシウムで還元する方法により、金属製還元反応容器内にてスポンジチタン塊を製造した。スポンジチタン塊生成後は残留金属マグネシウムと副生物である塩化マグネシウムを金属製還元反応容器から抜き取り、さらに高温条件で真空分離処理を複数回実施した。次に、真空分離後に金属製還元反応容器からスポンジチタン塊を取り出した。次に、スポンジチタン塊の外周部の光沢部位を切断した。次に、スポンジチタン塊の残った中央部を部位別に切断して破砕し、これによりスポンジチタンを得た。さらに、部位別のスポンジチタンの酸素含有量を分析し、酸素含有量180質量ppm以下のものと酸素含有量180質量ppm超のものを選別した。
【0038】
酸素含有量が180質量ppm以下のスポンジチタンを充填の対象とし、オープンドラム缶12本にスポンジチタンを充填した。次に、オープンドラム缶の開口部を蓋で閉じて締め付け具で密封した。次に、真空ポンプでオープンドラム缶内を絶対圧で500Paまで減圧した。減圧後、オープンドラム缶内にアルゴンガス(絶対湿度:0.5g/m3以下)を、そのオープンドラム缶内の内部圧力が大気圧以上となるまで注入し封入した。外環境の圧力は大気圧と同じであった。なお、オープンドラム缶の封入時にスポンジチタンを採取し、そのスポンジチタン中の、酸素含有量及び鉄含有量を分析した。この結果については、下記表1に示す。
【0039】
その後、オープンドラム缶の封入時から12ヶ月経過するまで、それぞれのオープンドラム缶を保管した。
【0040】
次に、オープンドラム缶をすべて開封して、それらの各オープンドラム缶内のスポンジチタン中の酸素含有量を分析した。この結果について、下記表2に示す。なお、経験的に鉄含有量はほぼ変動しないことがわかっているので鉄含有量の測定は省略した。
【0041】
次に、3本のオープンドラム缶を1グループとして、A~Dグループの計4つに分けた。なお、Aグループのオープンドラム缶は、表2で示す番号1、2、3に対応し、Bグループのオープンドラム缶は、表2で示す番号4、5、6に対応し、Cグループのオープンドラム缶は、表2で示す番号7、8、9に対応し、Dグループのオープンドラム缶は、表2で示す番号10、11、12に対応するものとした。
【0042】
(混合工程)
実施例1においては、Aグループの3本のオープンドラム缶のスポンジチタンを乾式混合機である回転式ドラムミキサにそれぞれ投入した。回転式ドラムミキサで混合を行った。混合終了後、破砕後のスポンジチタンの封入で使用したオープンドラム缶とは別である、3本のオープンドラム缶に混合スポンジチタンを均等に分けて充填した。
【0043】
(混合スポンジチタン封入工程)
次に、混合スポンジチタンを充填したオープンドラム缶の開口部を蓋で閉じて締め付け具で密封した。次に、真空ポンプでオープンドラム缶内を絶対圧で100Paまで減圧した。3本のオープンドラム缶内の減圧後、それらのオープンドラム缶内にアルゴンガス(絶対湿度:0.5g/m3以下)を、そのオープンドラム缶内の内部圧力が大気圧以上となるまで注入し封入した。外環境の圧力は大気圧と同じであった。そして、混合スポンジチタン封入工程の終了時から4ヶ月経過時に、オープンドラム缶3本をそれぞれ開封し、混合スポンジチタン中の酸素含有量を分析した。この結果については、下記表3に示す。なお、混合工程以降の3本のオープンドラム缶は、表3で示す番号101、102、103に対応する。
更に、混合スポンジチタン封入工程の終了時から4ヶ月経過時の混合スポンジチタンをオープンドラム缶3本からそれぞれ採取し、電子ビーム溶解炉で電子ビームを熱源として真空下で溶解し、円柱状のチタンインゴットを鋳造した。1本のオープンドラム缶内の混合スポンジチタンを電子ビーム溶解炉に投入し終えてから次のオープンドラム缶内の混合スポンジチタンを電子ビーム溶解炉に投入するよう、順次オープンドラム缶内の混合スポンジチタンを投入した。製造されたチタンインゴットを長さ方向に均等に3つの領域に分けて、各領域におけるチタンインゴット中の酸素含有量及び鉄含有量を分析し、得られた分析値に基づき該鉄含有量の平均値及びその平均値における標準偏差(ばらつき精度)を更に算出した。この結果については、下記表4に示す。
【0044】
実施例2においては、Bグループのオープンドラム缶を使用し、混合スポンジチタン封入工程においてオープンドラム缶内の内部圧力を絶対圧で0.5Paに変更したこと以外、実施例1と同様に実施した。また、実施例1と同様に、混合スポンジチタン封入工程の終了時から4ヶ月経過時における混合スポンジチタン中の酸素含有量を分析した。この結果については、下記表3に示す。なお、混合工程以降の3本のオープンドラム缶は、表3で示す番号104、105、106に対応する。
更に、実施例1と同様に、円柱状のチタンインゴットを鋳造し、各領域におけるチタンインゴット中の酸素含有量及び鉄含有量を分析し、該鉄含有量の平均値及びその平均値における標準偏差(ばらつき精度)を更に算出した。この結果については、下記表4に示す。
【0045】
次に、番号1~6のオープンドラム缶と同様の手法で準備した混合スポンジチタンについて、混合スポンジチタン封入工程の終了時から混合スポンジチタンの保管期間を4ヶ月から12ヶ月へと延長し、その混合スポンジチタン中の酸素含有量を分析した。その結果混合スポンジチタンの封入時と12ヶ月保管直後の開封時では、混合スポンジチタン中の酸素含有量の増加がそれぞれ5質量ppm以下の範囲内であった。すなわち、12ヶ月保管した混合スポンジチタンにおける酸素含有量の変動は軽微であった。
【0046】
比較例1においては、Cグループのオープンドラム缶を使用し、混合スポンジチタン封入工程においてオープンドラム缶内の内部圧力を絶対圧で500Paに変更したこと以外、実施例1と同様に実施した。また、実施例1と同様に、混合スポンジチタン封入工程の終了時から4ヶ月経過時における混合スポンジチタン中の酸素含有量を分析した。この結果については、下記表3に示す。なお、混合工程以降の3本のオープンドラム缶は、表3で示す番号107、108、109に対応する。
更に、実施例1と同様に、円柱状のチタンインゴットを鋳造し、各領域におけるチタンインゴット中の酸素含有量及び鉄含有量を分析し、該鉄含有量の平均値及びその平均値における標準偏差(ばらつき精度)を更に算出した。この結果については、下記表4に示す。
【0047】
比較例2においては、Dグループのオープンドラム缶を使用し、それらのオープンドラム缶のスポンジチタンを混合することなく溶解・鋳造して円柱状のチタンインゴットを得た。チタンインゴットを実施例1と同様に、各領域におけるチタンインゴットの鉄含有量を分析し、該鉄含有量の平均値及びその平均値における標準偏差(ばらつき精度)を更に算出した。この結果については、下記表4に示す。
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
(考察)
実施例1~2においては、比較例1と比べ、酸素含有量の増加が抑制されていた。この理由としては、混合工程後の混合スポンジチタン封入工程で保管容器内を絶対圧で100Pa以下まで減圧したことで、混合後のスポンジチタンの酸素吸収を抑制できたと考えられる。
また、実施例1~2においては、比較例2と比べて、チタンインゴットの長さ方向における鉄含有量のばらつきが抑制されていた。このような点から、混合工程においてスポンジチタンを乾式混合したことで、混合工程後の混合スポンジチタン封入工程の封入時の複数の保管容器の各混合スポンジチタン間における鉄含有量のばらつきが抑制されていると推察される。
したがって、混合工程後の混合スポンジチタン封入工程で保管容器内を絶対圧で100Pa以下まで減圧することが有用であるといえる。