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特許7486711WC基超硬合金およびこれを用いた被覆切削工具
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  • 特許-WC基超硬合金およびこれを用いた被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-10
(45)【発行日】2024-05-20
(54)【発明の名称】WC基超硬合金およびこれを用いた被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   C22C 29/08 20060101AFI20240513BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20240513BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20240513BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20240513BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20240513BHJP
   C22C 1/051 20230101ALI20240513BHJP
【FI】
C22C29/08
B23B27/14 B
B23B27/14 A
B23C5/16
B22F1/00 Q
B22F3/24 102A
C22C1/051 G
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019212919
(22)【出願日】2019-11-26
(65)【公開番号】P2020094277
(43)【公開日】2020-06-18
【審査請求日】2022-10-04
(31)【優先権主張番号】P 2018222835
(32)【優先日】2018-11-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000233066
【氏名又は名称】株式会社MOLDINO
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 孝侑
(72)【発明者】
【氏名】今井 真之
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-193406(JP,A)
【文献】特開2009-242181(JP,A)
【文献】特開2014-223722(JP,A)
【文献】特開2017-080883(JP,A)
【文献】特開2018-164960(JP,A)
【文献】特開2017-088999(JP,A)
【文献】特開2013-244588(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 29/00-29/18
B23B 27/00-29/34
B23C 1/00-9/00
B22F 1/00-9/30
C22C 1/04-1/059
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、金属元素としてCoを8.5%以上9.5%以下、Crを0.3%以上1.0%以下、Taを1.0%以上3.0%以下にて含有し、残部はWCと前記金属元素に固溶もしくは化合して存在する非金属元素と不可避的不純物とからなるWC基超硬合金であって、
円相当の粒径が0.4μm以上であるWC粒子の平均粒径は、1.0μm以上2.0μm以下であり、
前記平均粒径の粒度分布において面積比の積算値が90%となる粒径D90と面積比の積算値が10%となる粒径D10との比である、D90/D10が3.2未満であり、
組織中にTaを主成分とする相が分散していることを特徴とするWC基超硬合金。
【請求項2】
請求項1に記載のWC基超硬合金を基材として表面に硬質皮膜層を有する被覆切削工具。
【請求項3】
前記硬質皮膜層は、少なくともTiCN皮膜層を含み、前記TiCN皮膜層は柱状粒子を有する柱状組織からなり、前記柱状粒子の表面側における平均幅が1.0μm以下であり、前記硬質皮膜中にて最も厚い膜厚を有する皮膜層であることを特徴とする請求項2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記硬質皮膜層は、前記TiCN皮膜層の上層にAl皮膜層を有することを特徴とする請求項3に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、WC基超硬合金およびこれを用いた被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金属材料等の切削加工では、高剛性、高硬度の特性を有するWC基超硬合金を基材とし、耐摩耗性、耐酸化性に優れたセラミック硬質皮膜を被覆した切削工具が広く使用されている。被削材の高硬度化、高能率加工化に伴い、切削工具への負荷が増大する状況にあっては、硬質皮膜だけではなく基材である超硬合金についても、耐熱性や耐チッピング性の改善を図ることが求められている。例えば、特許文献1、2では、クロム(Cr)とタンタル(Ta)を複合添加したWC-Co系超硬合金について、組織を均粒化することにより、耐チッピング性の改善を図ることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2017-88999号公報
【文献】特開2013-244588号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、金型加工の分野においては一層の低コスト化や納期の短縮化が求められており、切削加工においても切削速度の高速化や高送り条件を用いた高能率化が進められている。
しかしながら、発明者等の検討により、従来提案の超硬合金を基材とする被覆切削工具を用いたとしても、鋼等の高速切削加工、特に、軟鋼の高速加工においては、依然として、チッピングや塑性変形が発生するため、工具寿命が十分でないとの問題点を有することが確認された。
そこで、本発明者らは、鋼等の高速切削加工、特に、軟鋼の高速加工を行った際にも、基材としてチッピングや塑性変形を生じないWC基超硬合金および前記WC基超硬合金を用いた被覆切削工具を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そして、本発明者らは、前記被覆切削工具の基材となるWC超硬合金において、結合相を構成するCoの含有量、前記結合相に固溶するCrの含有量、および、前記結合相に固溶、または、組織中に分散して主成分相を構成するTaの含有量を所定の範囲に調整し、さらに、残部であるWC粒子のうち、特定の円相当粒径を有する粒子について、その平均粒径の範囲、および、円相当粒径の粒度分布における面積比の積算値が90%となる粒径(D90)に対して面積比の積算値が10%となる粒径(D10)との比(D90/D10)の範囲を規定するとともに、組織中にTaの主成分相が分散することを規定することにより、鋼等の高速切削加工、特に、軟鋼の高速加工を行った際に基材に発生するチッピングや塑性変形の問題を解決できることを見出した。
また、本発明者らは、さらに、前記基材の表面に少なくとも柱状組織からなり表面側において所定の平均幅を有し、最大膜厚として含むTiCN皮膜を有する硬質皮膜を備えること、また、加えて、前記TiCN皮膜の上層にAl皮膜を備えることにより、軟鋼の高速加工を行った際に、さらに、すぐれた耐チッピング性および耐塑性変形性を有する被覆切削工具が得られることを見出したものである。
【0006】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1)質量%で、金属元素としてCoを8.5%以上9.5%以下、Crを0.3%以上1.0%以下、Taを1.0%以上3.0%以下にて含有し、残部はWCと前記金属元素に固溶もしくは化合して存在する非金属元素と不可避的不純物とからなるWC基超硬合金であって、
円相当の粒径が0.4μm以上であるWC粒子の平均粒径は、1.0μm以上2.0μm以下であり、
前記平均粒径の粒度分布において面積比の積算値が90%となる粒径D90と面積比の積算値が10%となる粒径D10との比である、D90/D10が3.2未満であり、
組織中にTaを主成分とする相が分散していることを特徴とするWC基超硬合金。
(2) (1)に記載のWC基超硬合金を基材として表面に硬質皮膜層を有する被覆切削工具。
(3) 前記硬質皮膜層は、少なくともTiCN皮膜層を含み、前記TiCN皮膜層は柱状粒子を有する柱状組織からなり、前記柱状粒子の表面側における平均幅が1.0μm以下であり、前記硬質皮膜中にて最も厚い膜厚を有する皮膜層であることを特徴とする(2)に記載の被覆切削工具。
(4) 前記硬質皮膜層は、前記TiCN皮膜層の上層にAl皮膜層を有することを特徴とする(3)に記載の被覆切削工具。」である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、軟鋼の高速加工において、耐久性に優れたWC超硬合金基材およびこれを用いた被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例1のWC超硬合金基材の研磨断面における電子顕微鏡による組織写真(2,000倍)である。
図2】比較例3のWC超硬合金基材の研磨断面における電子顕微鏡による組織写真(2,000倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明者等は、鋼等の高速加工、例えば、軟鋼の高速加工において工具寿命を大幅に改善できるWC基超硬合金の組成と組織形態、さらには、硬質皮膜の組成および組織を具体的に見出したことで本発明に到達した。以下、詳細を説明する。
【0010】
[1]WC基超硬合金の組成
<Co含有量>
Coは、硬質相であるWC粒子を繋ぎとめる結合相であり、WC基超硬合金に高い靭性を付与する元素である。
本発明においては、軟鋼の高速加工において、優れた耐久性を再現するために、Coの含有量を狭い範囲で制御する必要があり、金属元素として、8.5質量%以上9.5質量%以下(以下、「質量%」を単に「%」と表記する)にて、添加する。
Coの含有量が8.5%未満では、超硬合金の靭性が低下する。また、組織が不均一になり易く、軟鋼の高速加工においてチッピングが発生し易くなる。一方、Coの含有量が9.5%を超えると、後述するWC粒子の粒度分布を均一にしても、硬度と耐塑性変形性が低下するため、軟鋼の高速加工において、工具の耐久性が著しく低下する。
よって、Coの含有量は、8.5%以上9.5%以下と規定した。
【0011】
<Crの含有量>
Crは、Co中に固溶し、焼結過程でのWC粒子の粒成長を抑制して組織を均一にする元素であり、金属元素として、0.3%以上1.0%以下にて添加する。
Crの含有量が0.3%未満では、WC粒子の粒成長が抑制されずに、WC粒子の粒度分布が不均一となり、チッピングが発生し易くなる。また、WC粒子の粒度分布が不均一になることでCoの分布も不均一になり、チッピングが発生し易くなる。
一方、Crの含有量が1.0%を超えると、Crを主体とする粗大な炭化物が析出して超硬合金の靭性を低下させる。
よって、Crの含有量は、0.3%以上1.0%以下とする。好ましくは、0.5%以上であり、また、好ましくは、0.8%以下である。
【0012】
<Taの含有量>
Taは、Coに固溶してWC粒子の粒成長を抑制して組織を均一化する。また、組織中にTaを主成分とする相が分散することで耐熱性を高めることができるため、金属元素として、1.0%以上3.0%以下にて添加する。
Taの含有量が1.0%未満では、WC粒子の粒度分布が不均一になるとともに、組織中に分散するTaを主成分とする相が少なく耐熱性が低下する。一方、Taの含有量が3.0%を超えると、Taを主成分とする相が多くなりすぎて超硬合金の靭性を低下させる。
よって、Taの含有量は、1.0%以上3.0%以下とする。好ましくは、2.5%以下であり、更には、2.0%以下とすることが好ましい。
【0013】
<金属元素に固溶もしくは化合して存在する非金属元素と不可避的不純物>
WC基超硬合金の残部は、主成分であるWC、および、金属元素(Co、Cr、Ta)に固溶もしくは化合して存在する非金属元素と不可避的不純物である。
金属元素の固溶もしくは化合して存在する非金属元素とは、C、N等であり、光学顕微鏡観察にては遊離成分として確認されない量で存在する。
また、原料粉末や混合、焼結過程の不可避的不純物としてFe、Ni、Nb、Al等を微量含有する場合がある。
【0014】
[2]WC基超硬合金の組織
<WC粒子の平均粒径>
WC基超硬合金の硬度と靭性はトレードオフの関係にあり、硬度が増加すると靭性が低下する傾向にあり、他方、硬度が低下すると靭性が増加する傾向にある。
そして、WC基超硬合金のCoの含有量が同等であれば、硬度と靭性はほぼWC粒子の平均粒径によって決定される。
ここでいうWC粒子の平均粒径は、円相当の粒径(「円相当径」ともいう。)の平均粒径をいう。
なお、特に、WC粒子については、円相当の粒径が0.4μm未満の微細な粒子を含めた場合には、例えば、後述するD90/D10において、組織の均一性を正確に評価できなくなるため、円相当の粒径が0.4μm以上である粒子の平均粒径について規定する。
軟鋼の高速加工において、WC粒子の平均粒径が微粒になりすぎると靭性が低下してチッピングが発生する。他方、WC粒子の平均粒径が粗大になりすぎると硬度が低下して耐摩耗性が低下する。
そこで、本発明においては、円相当の粒径が0.4μm以上のWC粒子の平均粒径を1.0μm以上2.0μm以下と規定した。好ましくは、1.2μm以上であり、また、好ましくは、1.8μm以下である。
そして、具体的には、試料を鏡面加工して、縦60μm×横30μm(1800μm)の範囲にある、円相当の粒径が0.4μm以上のWC粒子の円相当の平均粒径を求めることで、WC粒子の平均粒径を精度高く評価することができる。
WC粒子の平均粒径は、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction:電子後方散乱回折)法を用いて測定することができる。
0.4μm未満のWC粒子の測定についてはノイズを含むため、前述のとおり、測定対象となるWC粒子の粒径を0.4μm以上のWC粒子の円相当径の平均粒径として規定することにより評価した。なお、相当径が0.4μm未満の粒子が全体に占める面積率は5%以下である。
【0015】
<WC粒子のD90/D10>
ここで、D90/D10とは、WC平均粒径の粒度分布において面積比の積算値が90%となる粒径D90に対する、面積比の積算値が10%となる粒径D10の比をいう。
本発明では、上述した組成範囲の制御に加えて、ミクロレベルの組織の均一化が重要である。上述したように、本発明のWC基超硬合金は、軟鋼の高速切削において、硬度と靭性を高いレベルで確保するため、特定の平均粒径になるよう設定している。但し、同程度の平均粒径であっても、その粒度分布が広い場合には、ミクロレベルの組織が不均一となり、チッピングが発生し易くなる。
そこで、本発明では、ミクロレベルのWC粒子の均一性を評価する指標として、さらに、平均粒径の粒度分布において面積比の積算値が90%となる粒径D90に対して、面積比の積算値が10%となる粒径D10の比、すなわち、D90/D10を用いた。この値は、仮に全ての粒子が同じ粒径であれば、D90とD10が同じ粒径となり、D90/D10の値は最小値の1となる。粒度分布が広い組織では、粒径が大きいD90の値が大きくなる一方、粒径が小さいD10の値は小さくなるので、D90/D10の値は1を超えて大きくなる。これに対して、D90/D10の値が小さいことは、粒度分布がよりシャープで均一な組織であることを示す。
但し、前述したとおり、極めて微粒なWC粒子を考慮すると、微粒なWC粒子は数が多いため、狙いとする1.0μm以上2.0μm以下のWC粒子を正確に評価できず、D90/D10により組織の均一性が正確に評価できないため、組織中に均一分散している円相当の粒径が0.4μm未満の極めて微粒なWC粒子は考慮せず、円相当径が0.4μm以上のWC粒子について、前記D90に対する前記D10の比を評価することで、組織の均一性を正確に評価できることを確認した。そして、円相当の粒径が0.4μm以上のWC粒子の平均粒径を1.0μm以上2.0μm以下とした上で、平均粒径の粒度分布において面積比の積算値が90%における粒径D90と面積比の積算値が10%における粒径D10との比であるD90/D10を3.2未満と規定することで、軟鋼の高速切削において、チッピングの発生を抑制する効果を十分に発揮できることを見出した。
好ましくは、D90/D10を3.0以下とすること、さらには、D90/D10を2.8以下とすることが好ましい。
【0016】
<WC粗大粒子、凝集体(マクロ欠陥)>
上記では、円相当径が10μmを超えるWC粒子やWC凝集体が生成しない場合について説明を行ったが、組織の一部に円相当径が10μmを超えるWC粒子またはWC凝集体、さらには、円相当径が30μmを超えるWC粒子またはWC凝集体(マクロ欠陥)を生じる場合もあるので、以下では、これらの粗大WC粒子やWC凝集体が生じた場合における平均粒径の測定法について説明する。
特にマクロ欠陥が多くなるとチッピングが発生し易くなるため、円相当径が30μmを超えるWC粒子またはWC凝集体については、光学顕微鏡による組織観察において、350000μm(500μm×700μm)の範囲で8個以下と規定することが好ましく、さらには、5個以下、円相当径が10μmを超えるWC粒子またはWC凝集体では、8個以下とすることが好ましい。
かかる条件を満たした上で、マクロ欠陥、および、円相当径が10μmを超えるWC粒子およびWC凝集体のない平均的な組織を有する場所を選択して平均粒径を測定する。
具体的には、試料を鏡面加工して、マクロ欠陥、および、円相当径が10μmを超えるWC粒子およびWC凝集体のない1800μm(縦60μm×横30μm)の範囲にある、円相当の粒径が0.4μm以上のWC粒子の円相当の平均粒径を求めることで、WC粒子の平均粒径を精度高く評価することができる。
【0017】
<Ta相の組織(d90/d10)>
本発明において、組織中に分散するTaを主成分とする相は、光学顕微鏡観察により確認することができる。Taを主成分とする相はTaに次いでWを多く含有しており、主に炭化物や炭窒化物として存在する。組織中に分散するTaを主成分とする相の平均粒径が小さすぎると超硬合金の耐熱性が低下し、他方、大きすぎると靭性が低下する。
そのため、組織中に分散するTaを主成分とする相は、円相当の平均粒径を1.0μm以上3.0μmとすることが好ましい。
Taを主成分とする相は、金属元素としてTaを60質量%以上で含有し、Wは1~30質量%で含有する。また、Taを主成分とする相の粒度分布において、面積比の積算値が90%における粒径をd90、面積比の積算値が10%における粒径をd10とした場合、d90/d10は6.0未満であることが好ましい。更には、d90/d10は5.0以下であることが好ましい。
【0018】
[3]WC基超硬合金を基材とする被覆切削工具
<硬質皮膜層の形成>
上述したWC基超硬合金を基材とする切削工具に、物理蒸着法や化学蒸着法を用いて硬質皮膜を被覆することにより、さらに耐久性にすぐれた被覆切削工具を得ることができる。
軟鋼の高速加工に適用する被覆切削工具において、硬質皮膜としてTiCN皮膜を少なくとも含み、TiCN皮膜を柱状組織からなり柱状粒子の表面側における平均幅を1μm以下、TiCN皮膜の膜厚を最大厚とすることが好ましい。特に、微粒組織からなるTiCN皮膜を最大厚とすることにより、皮膜破壊が抑制され易くなる。
また、TiCN皮膜の効果を発揮するためには、膜厚は5.0μm以上であることが好ましく、他方、膜厚が厚くなり過ぎると皮膜剥離が発生し易くなるので、8.0μm以下であることが好ましい。
また、TiCN皮膜の上層には耐熱性と耐摩耗性に優れるAl皮膜を設けることが好ましく、その膜厚は1.0μm以上4.0μm以下であることが好ましい。
かかる皮膜構造を適用した本発明の被覆切削工具をHRC40以下の軟鋼のミーリング加工に適用することで、特に優れた耐久性を発揮できるため好ましく、更には、切削速度200m/minで使用することが好ましい。
【0019】
[4]WC基超硬合金の製造方法
以下に、本発明に係るミクロ組織を有するWC基超硬合金の製造方法の一例を示すが、本発明の製造方法は以下の製造方法に限定されるものはない。
<原料粉の混合工程>
WC原料粉末の過粉砕を抑制することが有効であるため、原料粉の混合工程では、まず、WC原料粉末以外の原料粉末をまとめて混合した後、WC原料粉末を入れて混合することが好ましい。
混合条件の一例として、アトライターを用いた場合、WC原料粉末の混合は、0.5~5時間であることが好ましい。WC原料粉末以外の原料粉末の混合は、WC原料粉末の混合時間の2~5倍であることが好ましい。また、組織を均一にするとともに過粉砕を抑制するために、アトライターの回転数は80~200rpmが好ましい。
また、使用するWC原料粉末の製造時の炭化温度が低く、微粒粉末が凝集して形成されたものを使用すると、混合工程においてWC粒子が過粉砕されて組織が不均一になるため、使用するWC原料粉末は、1900℃~2200℃で炭化処理された高温炭化原料が好ましい。
他方、原料粉末の製造時の炭化温度が高く、微粒粉末の凝集が少ないWC原料粉末であっても、平均粒径が5μm以上になると、粉砕によって粒度分布が広がり組織が不均一になるため、その場合は、WC原料粉末はフィッシャー法で測定した平均粒径が2.0μm以上4.0μm以下で、微粒粉末の凝集が少ない粉末を用いることが好ましい。
<焼結体の製造工程>
焼結工程では、焼結温度を1350℃以上1450℃以下の範囲で1時間程度保持することにより、すぐれた特性を有する、WC基超硬合金を得ることができる。
【実施例
【0020】
以下では、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は下記の実施例により限定されるものではない。
【実施例1】
【0021】
実施例1では、WC基超硬合金基材の具体的な製造方法を示すとともに、得られたWC基超硬合金基材について、成分組成と組織および物性値の関係を示す。
各試料毎に、使用するWC原料粉末の平均粒径、混合方法および各原料粉末の混合比率を変更し、本発明例および比較例となるWC基超硬合金基材を作製した。(表1、表2を参照。)
まず、本発明例1、2、4、5では、WC原料粉末としては、2000℃程度の高温にて炭化処理された、微粒粉末の凝集が少ないWC原料粉末を原則として用い、また、本発明例3では、炭化温度が2000℃未満であるが、凝集が少なく平均粒径が大きいWC原料粉末を使用した。
次に、本発明例1~5では、WC粉末(平均粒径2.5~8.6μm)、Co粉末(平均粒径1.2μm)、Cr粉末(平均粒径が1.0μm)、TaC粉末(平均粒径が1.5μm)およびカーボン粉末を準備し、これら全原料粉末の総質量に対し2質量%のパラフィンワックスおよびエチルアルコール(水分含有量10%未満)と、WC粉末を除く、他の原料粉末をすべて小型アトライターに装入し、回転数を192rpmとして、4時間混合した後、前記WC粉末を装入し、さらに1時間混合し、WC混合スラリーを作製した。
なお、粉末の平均粒径はフィッシャー法で測定した代表値である。
その後、前記WC混合スラリーを静置乾燥機にて乾燥しパン造粒器にて造粒粉末を得た。得られた造粒粉末により、ミーリング加工用インサート(WDNT140520-B、ブレーカを配した形状)の基材用の成形体を成形した。そして、焼結温度1400℃にて60分間加熱保持後、焼結温度から窒素ガスにより強制冷却して、中炭素組成のWC基超硬合金からなる焼結体を作製した。
これに対し、比較例1は、WC原料粉末としては、2000℃程度の高温にて炭化処理された、微粒粉末の凝集が少ないWC原料粉末を用いるものの、Ta含有粉を含むものではなく、また、比較例2~3は、WC原料粉末を高温にて炭化処理を行うものの、粒径の大きいものを用い、本発明例と同様の製造方法を用いて、WC基超硬合金からなる焼結体を作製した。
また、比較例4については、WC原料粉末を高温にて炭化処理を行うものの、粒径の大きいものを用い、WC粉末を含めて全原料粉末を同時に装入し、3時間混合したWC混合スラリーを用いて、WC基超硬合金からなる焼結体を作製した。
また、比較例5は、WC原料粉末としては、発明例2などと同じく、平均粒径2.5μmのWC原料粉末を用いるものの、本発明例1~5のように、WC原料粉末以外の原料を長時間混合後、WC原料粉末を投入し、さらに混合を行うものではなく、比較例4と同じく、WC粉末を含めて全原料粉末を同時に投入し、数時間の混合後、WC基超硬合金からなる焼結体を作製するものとした。
表1に、各試料の製造に用いたWC原料粉末とその混合方法を示す。
【0022】
次に、作製された焼結体に鏡面加工を施すことにより得られた試料について、EPMA(JEOL製 JXA-8530F)を用いて組織観察を行った。そして、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction:電子後方散乱回折)法を用いて、30μm×60μmの範囲にある個々のWC粒子の断面積を測定し、その値から円相当の粒径を求めた。これを3か所において測定を行い、円相当の粒径が0.4μm以上であるWC粒子について、その平均粒径と、その平均粒径の粒度分布において面積比の積算値が90%となる粒径D90と、前記面積比の積算値が10%となる粒径D10と、前記粒径D90に対する前記粒径D10の比であるD90/D10とを求め、表2として示す。
なお、ノイズを含むため計算には含めなかった円相当径が0.4μm未満の粒子が全体に占める面積率は1~2%程度であった。
次いで、表3には、作製したWC超硬合金の物性値(保磁力(Hc)、飽和磁化(4πσ)、硬度(HRA))を示す。
なお、従来例1、2は軟鋼のミーリング加工に適用されている同形状の市販されているインサートである。
【0023】
【表1】


【0024】
【表2】


【0025】
【表3】

【0026】
表2に明らかなように、所定の成分組成を有し、表1に記載された製造条件により製造された本発明例1~5は、WC相の組織において、所望の平均粒径およびシャープで均一な粒度分布(D90/D10値)を有していた。表3に示すように、本発明例1~5は、硬度は90.0~91.0HRA、保磁力は180~220(Oe)、飽和磁化は11~12の範囲にあった。
本発明例1~5では、組織中に円相当の平均粒径が1.0μm以上3.0μm以下であるTaを主成分とする相が分散し、前記Taを主成分とする相の組成は、Taが60~80質量%、Wが10~30質量%の炭化物であった。また、本発明例1において、Taを主成分とする相の粒度分布において、面積比の積算値が90%となる粒径をd90、面積比の積算値が10%となる粒径をd10とした場合、d90は6.0~8.0μm、d10は1.5~2.0μm、d90/d10は4.6~5.2であった。
本発明例1、2、4、5は、高温炭化処理された平均粒径が2~3μm程度のWC原料粉末を用いて過粉砕しないよう混合したことにより、均一な組織が得られたと推定される。また、本発明例3は高温炭化処理されたWC原料粉末を使用していないが、平均粒径が大きい原料粉末を使用して過粉砕しないよう混合したことにより、他の本発明例と同様に均一な組織が得られたと推定される。
これに対し、高温炭化処理された平均粒径が5.0~6.0μm程度のWC原料粉末を用いた比較例2、3では、WC相の組織において、D90/D10値が高く、粒度分布が広い組織となっていたため、やや硬度値が低かった。また比較例4、5では、WC原料粉末の過粉砕が進んだため、平均粒径が小さくなる一方、平均粒径が10.0μmを超える粗大な欠陥も多く発生したため、硬度および磁気特性において、安定した特性が得られなかった。
図1および図2として、本発明例1および比較例3の電子顕微鏡による組織観察写真を示す。図1より、本発明例1の組織が均一な粒径を有するWC粒子からなる均粒組織であることが確認できる。他方、図2より、比較例3の組織は多くの微粒なWC粒子中に粗大粒子が存在する混粒組織であることが確認できる。
【実施例2】
【0027】
実施例2では本発明例1~3に硬質皮膜を形成した本発明例工具1~3、および、比較例2~4、および、従来例1、2に本発明例工具1~3と同じ硬質皮膜を形成した比較例工具2~4、および、従来例工具1、2について、軟鋼の高速加工における切削評価試験を実施した。
切削試験用のインサートには化学蒸着法により硬質皮膜を被覆した。
まず、柱状組織からなる柱状粒子の表面側に、平均幅が0.5μm~0.7μmのTiCNを6.0μm被覆し、その上に3.0μmのAlを被覆した。硬質皮膜の被覆後は、ウエットブラスト処理を行った。
なお、比較例工具2~4、および、従来例工具1、2は、作製した本発明例工具1~3と同様の皮膜構造であり、残留圧縮応力も同程度であることを確認した。
下記に切削条件を示し、切削試験の結果を表4に示す。なお、切削試験用インサートの工具寿命は逃げ面の最大摩耗幅が0.3mmを超えたとき、もしくは、チッピング(欠損)が発生し、その幅が0.3mmを超えたときまでの加工時間(min)とした。
(条件)乾式加工
・工具:高速高送り用工具
・カッター型番:ASRT5063R-4
・インサート型番:WDNT140520-B
・刃数:1
・被削材:SCM440(32HRC)
・切削方法:乾式のミーリング加工
・切り込み:軸方向、1.0mm、径方向、43mm
・切削速度:250m/min
・一刃送り量:1.5mm/刃
・突出し量:100mm
【0028】
【表4】
【0029】
本発明例工具1~3は、安定した摩耗形態を示し工具寿命が最も長くなった。
比較例工具2、3は、D90/D10が大きいため、チッピングが発生して早期に工具寿命に達した。
比較例工具4は、平均粒径が小さく、チッピングが発生して早期に工具寿命に達した。
従来例工具1は、Coの含有量が多く、かつ、Taを含有していないため、組織中にTaを主成分とする相が分散しておらず、本発明例に比べて耐熱性が低く工具寿命が短くなった。
従来例工具2は、Coの含有量が多く、塑性変形を起こして早期に工具寿命に達した。
【実施例3】
【0030】
実施例3では本発明例2、4、5に硬質皮膜を形成した本発明例工具2、4、5、および、比較例1および従来例1に本発明例工具2、4、5と同じ硬質皮膜を形成した比較例工具1および従来例工具1について、実施例2より、突き出しの長い条件での軟鋼の高速加工における切削評価試験を実施した。
切削試験用のインサートは化学蒸着法により実施例2と同じ硬質皮膜を被覆した。まず、柱状組織からなり柱状粒子の表面側における平均幅が0.5μm~0.7μmのTiCNを6.0μm被覆し、その上に3.0μmのAlを被覆した。硬質皮膜の被覆後は、ウエットブラスト処理を行った。
下記に切削条件を示し、切削試験の結果を表5に示す。なお、切削試験用インサートの工具寿命は逃げ面の最大摩耗幅が0.3mmを超えたとき、もしくは、チッピング(欠損)が発生し、その幅が0.3mmを超えたときまでの加工時間(min)とした。
(条件)乾式加工
・工具:高速高送り用工具
・カッター型番:ASRT5063R-4
・インサート型番:WDNT140520-B
・刃数:1
・被削材:SCM440(32HRC)
・切削方法:乾式のミーリング加工
・切り込み:軸方向、1.0mm、径方向、43mm
・切削速度:250m/min
・一刃送り量:1.5mm/刃
・突出し量:200mm
【0031】
【表5】


【0032】
本発明例工具2、4、5は、いずれもすぐれた工具寿命を示した。特に、Taの含有量が少ない本発明例工具5は工具損傷が安定する傾向にあった。
比較例1工具は、Taを含有していないため、本発明例工具2、4、5に比べると工具寿命が低下した。
従来例1工具は、Coの含有量が多く、早期に工具寿命に到達した。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明に係るWC基超硬合金およびこれを基材として用いた被覆切削工具は、鋼等の切削加工、特に、軟鋼の高速加工を行った際に、耐チッピング性および耐塑性変形性にすぐれるため、きわめて有用である。
図1
図2