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  • 特許-被覆工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-10
(45)【発行日】2024-05-20
(54)【発明の名称】被覆工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20240513BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20240513BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20240513BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/34
C23C16/36
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2020211034
(22)【出願日】2020-12-21
(65)【公開番号】P2022097843
(43)【公開日】2022-07-01
【審査請求日】2023-08-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000233066
【氏名又は名称】株式会社MOLDINO
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】今井 真之
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/070195(WO,A1)
【文献】特開2017-109254(JP,A)
【文献】特開2020-157377(JP,A)
【文献】国際公開第2019/098130(WO,A1)
【文献】特表2011-506115(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 16/34、36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と該基材の表面に硬質皮膜を有する被覆工具であって、前記硬質皮膜は化学蒸着膜であり、前記基材の表面に対して膜厚方向に成長した柱状粒子の集合から構成されるAlと、Cr、Tiの何れかまたは両方を含有する窒化物または炭窒化物のA層と、前記A層の上に配置されるAlCr窒化物または炭窒化物とAlTi窒化物または炭窒化物の積層皮膜からなるB層と、
前記B層のAlCr窒化物または炭窒化物とAlTi窒化物または炭窒化物の間にAlTiCr窒化物または炭窒化物
を有することを特徴とする被覆工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、プレス加工用や鋳造用の金型、インサート等の切削工具に用いられる工具であって、化学蒸着膜のAlCr窒化物または炭窒化物とAlTi窒化物または炭窒化物との積層皮膜を工具の表面に有する被覆工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、金型や切削工具等の工具の寿命を向上させるために、物理蒸着法または化学蒸着法により工具の表面に硬質皮膜を被覆した被覆工具が用いられている。工具の中でも切削工具は加工負荷が大きい使用環境下で使用されている。
各種の硬質皮膜のなかでもAlTi窒化物およびAlCr窒化物は耐摩耗性と耐熱性に優れる膜種であり被覆金型や被覆切削工具等の被覆工具に広く用いられている。
【0003】
ところで、実際に市場で販売されている被覆工具に適用されているAlTi窒化物ついては物理蒸着法および化学蒸着法が適用されている。一方、AlCr窒化物については、実際に市場で販売されている被覆工具に適用されているのは物理蒸着法であり、化学蒸着法は用いられていないのが現状である。現在、化学蒸着法によるAlCr窒化物を被覆工具に適用し、上市することは検討され始めている。例えば、本願出願人は柱状組織を微細化した化学蒸着膜のAlCr窒化物を提案している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開番号WO2019/098130号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
化学蒸着膜のAlCr窒化物についてはまだ単層皮膜しか検討されていない。基本組成系であるAlCr窒化物とAlTi窒化物の積層皮膜が化学蒸着膜で達成できれば、適用領域の拡大や耐久性の改善等が期待される。化学蒸着法では、AlCr窒化物または炭窒化物とAlTi窒化物または炭窒化物の成膜に反応性が高いNHガスを用いるため、これらの積層皮膜を安定して形成することが難しく密着性も乏しい。
本発明は、化学蒸着膜であるAlCr窒化物または炭窒化物とAlTi窒化物または炭窒化物の積層皮膜を設けた密着性に優れる被覆工具を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一実施形態に係る工具は、基材と該基材の表面に硬質皮膜を有する被覆工具であって、前記硬質皮膜は化学蒸着膜であり、前記基材の表面に対して膜厚方向に成長した柱状粒子の集合から構成されるAlと、Cr、Tiの何れかまたは両方を含有する窒化物または炭窒化物のA層と、前記A層の上に配置されるAlCr窒化物または炭窒化物とAlTi窒化物または炭窒化物との積層皮膜からなるB層と、を有する。
【0007】
また、B層のAlCr窒化物または炭窒化物とAlTi窒化物または炭窒化物の間にAlTiCr窒化物または炭窒化物を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、化学蒸着膜であるAlCr窒化物または炭窒化物とAlTi窒化物または炭窒化物の積層皮膜を設けた硬質皮膜の密着性に優れる被覆工具を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施例の硬質皮膜の断面観察写真の一例である。
図2】実施例の硬質皮膜の被覆に用いたCVD装置の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に係る硬質皮膜は化学蒸着膜である。一般的に、切削工具に適用される硬質皮膜は、物理蒸着法であるアークイオンプレーティング法あるいは化学蒸着法で被覆されている。物理蒸着法と化学蒸着法とでは被覆方法が異なるため、仮に同一組成であったとしても、硬質皮膜に含まれる不可避不純物や組織、皮膜特性が異なり得ることが知られている。すなわち、アークイオンプレーティング法ではターゲット成分を溶融するため、硬質皮膜に数マイクロメートルのターゲット成分からなるドロップレットが不可避的に含まれるが、化学蒸着法で被覆した硬質皮膜はドロップレットを含有しない。また、アークイオンプレーティング法ではイオン化したターゲット成分を基材に印加するバイアス電圧で引き寄せて被覆するため、硬質皮膜に圧縮応力が付与されるが、化学蒸着法は物理蒸着法よりも高温で被覆するため、化学蒸着法で被覆した硬質皮膜には引張応力が付与され易い。更に、一般的に化学蒸着法で被覆した硬質皮膜は、物理蒸着法で被覆した硬質皮膜よりも、基材との密着性が優れる傾向にあり、厚膜化も可能である。
【0011】
A層は基材の表面に対して膜厚方向に成長した柱状粒子(柱状組織)の集合から構成されるAlと、Cr、Tiの何れかまたは両方を含有する窒化物または炭窒化物である。柱状粒子のA層を設けることで積層皮膜が安定して形成され易くなる。
A層は、AlTi、AlCr、AlCrTiの窒化物または炭窒化物から選択して適用することができる。A層とB層を同一組成系とすることで密着性が高まる。A層は耐熱性により優れる窒化物であることが好ましい。A層の平均膜厚は1μm以上10μm以下であることが好ましい。
【0012】
A層は金属元素の含有比率でAlの含有比率が最も多いことが好ましい。Alの含有比率を高くすることで耐熱性が向上して被覆工具の耐久性が向上する。A層は、金属元素の含有比率でAlの含有比率が50原子%以上であることが好ましい。一方、Alの含有比率が高くなり過ぎると、脆弱なhcp構造のAlNが多くなり耐久性が低下する。そのためA層は、金属元素の含有比率でAlの含有比率が90原子%以下とすることが好ましい。A層はCr、Tiを合計で10原子%以上50原子%以下含有することが好ましい。
【0013】
B層はAlCr窒化物または炭窒化物とAlTi窒化物または炭窒化物との積層皮膜である。基本組成系の膜種が積層することで被覆工具の耐久性が高まる。AlCr窒化物または炭窒化物とAlTi窒化物または炭窒化物との間にAlTiCr窒化物または炭窒化物を設けることで積層皮膜の密着性が高まり好ましい。B層は耐熱性により優れる窒化物であることが好ましい。
なお、A層に含有される窒化物、炭窒化物とB層に含有される窒化物、炭窒化物は物質名では重複するものがあるが、両層の界面を境に両層の組成は異なる。
【0014】
B層のAlCr窒化物または炭窒化物は、金属元素の含有比率でAlの含有比率が最も多いことが好ましい。Alの含有比率を高くすることで耐熱性が向上して被覆工具の耐久性が向上する。B層のAlCr窒化物または炭窒化物は、金属元素の含有比率でAlの含有比率が50原子%以上であることが好ましい。一方、Alの含有比率が高くなり過ぎると、脆弱なhcp構造のAlNが多くなり耐久性が低下する。そのためB層のAlCr窒化物または炭窒化物は、金属元素の含有比率でAlの含有比率が90原子%以下とすることが好ましい。B層のAlCr窒化物または炭窒化物はCrを10原子%以上50原子%以下含有することが好ましい。
【0015】
B層のAlTi窒化物または炭窒化物は、金属元素の含有比率でAlの含有比率が最も多いことが好ましい。Alの含有比率を高くすることで耐熱性が向上して被覆工具の耐久性が向上する。B層のAlTi窒化物または炭窒化物は、金属元素の含有比率でAlの含有比率が50原子%以上であることが好ましい。一方、Alの含有比率が高くなり過ぎると、脆弱なhcp構造のAlNが多くなり耐久性が低下する。そのためB層のAlTi窒化物または炭窒化物は、金属元素の含有比率でAlの含有比率が90原子%以下とすることが好ましい。B層のAlTi窒化物または炭窒化物はTiを10原子%以上50原子%以下含有することが好ましい。
【0016】
B層の個々の皮膜の平均膜厚は0.1μm以上3.0μm以下であることが好ましい。B層の総膜厚は1μm以上10μm以下であることが好ましい。B層の組織は、柱状組織または粒状組織でもよい。B層の組織は柱状組織である方が耐久性により優れ好ましい。
【0017】
本発明の被覆工具は、基材とA層との間に、平均膜厚が0.2~1.0μmの下地皮膜を設けてもよい。また、B層の上に別途硬質皮膜を設けてもよい。
【実施例
【0018】
≪基材≫
基材として、WC基超硬合金(10質量%のCo、0.6質量%のCr、残部WCおよび不可避的不純物)製のミーリング用インサートを用意した。
【0019】
≪硬質皮膜≫
まず、下地皮膜としてTi窒化物を形成した。基材20を、図2に示すヒータ3を有するCVD炉1内のチャンバー2の設置板4にセットし、Hガスを流しながらCVD炉1内の温度を800℃に上昇させた。その後、800℃および12KPaで、予熱チャンバー6のガス導入口からガス経路81を経て、Hガス、Nガス、TiClガスからなる混合ガスを予熱室61に導入し、パイプ7の第1のノズル穴83a、83b(83bは図示していない)から反応容器5内に導入して約0.5μm厚のTi窒化物を形成した。
【0020】
次いで、A層としてAlTiCr窒化物を被覆した。
2ガスを流しながらCVD炉1内の圧力を4KPaに下げた後、図2に示す予熱チャンバー6のガス経路82に、400℃に保温したH2ガスとHClガスの混合ガスを導入した。
800℃に予熱した予熱チャンバー6の塩化Crガス発生室62は、Cr金属フレーク(純度99.99%、サイズ2mm~8mm)が充填されており、ガス経路82より導入したH2ガスとHClガスの混合ガスと反応し、H2ガスと塩化Crガスの混合ガスである混合ガスa1を生成し、混合室63に導入した。
【0021】
予熱チャンバー6のガス導入口からガス経路81を経て、H2ガスとAlCl3ガスとTiClガスを混合した混合ガスa2を予熱室61に導入して予熱した。そして、混合ガスa1と混合ガスa2を混合室63で混合して予熱室の温度である800℃近傍の温度となっている混合ガスAを得た。そして、得られた混合ガスAを、パイプ7の第1のノズル穴83a、83bから反応容器炉内に導入した。また、ガス経路91にH2ガスとN2ガスおよびNH3ガスからなる混合ガスBを導入し、パイプ7の第2のノズル穴91a、91bから炉内に導入して、約3μm厚のAlTiCr窒化物を被覆した。
【0022】
次いで、積層皮膜のAlCr窒化物を被覆した。
2ガスと塩化Crガスの混合ガスである混合ガスa1を生成し、混合室63に導入した。予熱チャンバー6のガス導入口からガス経路81を経て、H2ガスとAlCl3ガスを混合した混合ガスa2を予熱室61に導入して予熱した。
そして、混合ガスa1と混合ガスa2を混合室63で混合して予熱室の温度である800℃近傍の温度となっている混合ガスAを得た。そして、得られた混合ガスAを、パイプ7の第1のノズル穴83a、83bから反応容器炉内に導入した。また、ガス経路91にH2ガスとN2ガスおよびNH3ガスからなる混合ガスBを導入し、パイプ7の第2のノズル穴91a、91bから炉内に導入して、約0.5μm厚のAlCr窒化物を被覆した。
【0023】
次いで、AlCrTi窒化物を被覆した。
2ガスと塩化Crガスの混合ガスである混合ガスa1を生成し、混合室63に導入した。予熱チャンバー6のガス導入口からガス経路81を経て、H2ガスとAlCl3ガスとTiClガスを混合した混合ガスa2を予熱室61に導入して予熱した。そして、混合ガスa1と混合ガスa2を混合室63で混合して予熱室の温度である800℃近傍の温度となっている混合ガスAを得た。そして、得られた混合ガスAを、パイプ7の第1のノズル穴83a、83bから反応容器炉内に導入した。また、ガス経路91にH2ガスとN2ガスおよびNH3ガスからなる混合ガスBを導入し、パイプ7の第2のノズル穴91a、91bから炉内に導入して、約0.2μm厚のAlCrTi窒化物を被覆した。
【0024】
次いで、AlTi窒化物を被覆した。
予熱チャンバー6のガス導入口からガス経路81を経て、H2ガスとAlCl3ガスとTiClガスを混合した混合ガスa2を予熱室61に導入して予熱した。そして、パイプ7の第1のノズル穴83a、83bから反応容器炉内に導入した。また、ガス経路91にH2ガスとN2ガスおよびNH3ガスからなる混合ガスBを導入し、パイプ7の第2のノズル穴91a、91bから炉内に導入して、約0.5μm厚のAlTi窒化物を被覆した。
その後、AlCr窒化物、AlCrTi窒化物、AlTi窒化物の被覆を数回繰り返して積層皮膜を被覆した。
【0025】
図1に本発明例の硬質皮膜の断面観察写真を示す。柱状組織であるA層の上にB層である積層皮膜が形成されていることが確認できる。
密着性の改善により基本組成系であるAlCr窒化物とAlTi窒化物の積層皮膜を化学蒸着膜で形成できたことで、被覆工具への適用が見込まれる。
【符号の説明】
【0026】
1 CVD炉
2 チャンバー
3 ヒータ
4 設置板
5 反応容器
5a 反応容器の開口部
6 予熱チャンバー
61 予熱室
62 塩化Crガス発生室
63 混合室
7 パイプ
81 ガス経路
82 ガス経路
83a 第1のノズル穴
91 ガス経路
91a 第2のノズル穴
92b 第2のノズル穴
10 排気パイプ
11 接続流路
20 基材
図1
図2