(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-10
(45)【発行日】2024-05-20
(54)【発明の名称】摺動部材、摺動部材の製造方法及び摺動部材の評価方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/12 20060101AFI20240513BHJP
F16C 3/02 20060101ALI20240513BHJP
F16C 17/02 20060101ALI20240513BHJP
【FI】
F16C33/12 Z
F16C3/02
F16C17/02 Z
(21)【出願番号】P 2021098028
(22)【出願日】2021-06-11
【審査請求日】2023-09-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【氏名又は名称】天野 一規
(74)【代理人】
【識別番号】100159581
【氏名又は名称】藤本 勝誠
(74)【代理人】
【識別番号】100106264
【氏名又は名称】石田 耕治
(72)【発明者】
【氏名】尾林 勇眞
(72)【発明者】
【氏名】松田 真理子
【審査官】角田 貴章
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-16186(JP,A)
【文献】特開2006-257916(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 3/00- 9/06
17/00-17/26
33/00-33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1摺動面を有する軸部材と、
上記第1摺動面を摺動可能に支持する第2摺動面を有する軸受部材と
を備え、
上記第1摺動面及び上記第2摺動面の硬度が相違しており、
下記式1で算出される粗さパラメータR
acが0.276以下である摺動部材。
【数1】
但し、上記式1において、δは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδ
A[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδ
B[μm]とした場合に下記式2で算出される値[μm]を意味し、σは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσ
A[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσ
B[μm]とした場合に下記式3で算出される値[μm]を意味し、ηは、上記第1摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をη
A[μm
-2]、上記第2摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をη
B[μm
-2]とした場合に下記式4で算出される値[μm
-2]を意味し、βは上記第1摺動面及び上記第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値[μm]を意味し、E
*は上記第1摺動面及び上記第2摺動面の等価縦弾性係数[GPa]を意味する。
【数2】
【請求項2】
上記粗さパラメータR
acが、上記第1摺動面及び上記第2摺動面のうち硬度の低い方の摺動面を粗さ突起を有しない鏡面として算出したものである請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
上記第1摺動面と上記第2摺動面との間に潤滑液が供給されている請求項1又は請求項2に記載の摺動部材。
【請求項4】
上記軸部材の上記第1摺動面の軸径が180mm以上である請求項1、請求項2又は請求項3に記載の摺動部材。
【請求項5】
δが0.232以下であり、かつσが0.209以下である請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の摺動部材。
【請求項6】
第1摺動面を有する軸部材と、上記第1摺動面を摺動可能に支持する第2摺動面を有する軸受部材とを備える摺動部材の製造方法であって、上記第1摺動面及び上記第2摺動面の硬度が相違しており、下記式1で算出される粗さパラメータR
acが0.276以下となるように上記第1摺動面及び上記第2摺動面のうち、硬度の高い方の摺動面を平滑化する平滑化工程を備える摺動部材の製造方法。
【数3】
但し、上記式1において、δは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδ
A[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδ
B[μm]とした場合に下記式2で算出される値[μm]を意味し、σは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσ
A[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσ
B[μm]とした場合に下記式3で算出される値[μm]を意味し、ηは、上記第1摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をη
A[μm
-2]、上記第2摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をη
B[μm
-2]とした場合に下記式4で算出される値[μm
-2]を意味し、βは上記第1摺動面及び上記第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値[μm]を意味し、E
*は上記第1摺動面及び上記第2摺動面の等価縦弾性係数[GPa]を意味する。
【数4】
【請求項7】
第1摺動面を有する軸部材と、上記第1摺動面を摺動可能に支持する第2摺動面を有する軸受部材とを備える摺動部材の評価方法であって、下記式1で算出される粗さパラメータR
acを基に上記第1摺動面及び上記第2摺動面の間における焼き付きの発生可能性を評価する評価工程を備える摺動部材の評価方法。
【数5】
但し、上記式1において、δは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδ
A[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδ
B[μm]とした場合に下記式2で算出される値[μm]を意味し、σは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσ
A[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσ
B[μm]とした場合に下記式3で算出される値[μm]を意味し、ηは、上記第1摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をη
A[μm
-2]、上記第2摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をη
B[μm
-2]とした場合に下記式4で算出される値[μm
-2]を意味し、βは上記第1摺動面及び上記第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値[μm]を意味し、E
*は上記第1摺動面及び上記第2摺動面の等価縦弾性係数[GPa]を意味する。
【数6】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材、摺動部材の製造方法及び摺動部材の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船用のクランク軸、中間軸、推進軸等の軸部材は、すべり軸受等の軸受部材によって摺動可能に支持される。また、軸部材及び軸受部材の間の隙間には、潤滑液が供給されている。この潤滑液は、軸部材と軸受部材との間に潤滑膜を形成することで、両部材の間の焼き付きを抑制する。一方で、軸部材と軸受部材との間に潤滑膜を形成した場合でも、潤滑膜の厚さに比べ軸部材及び軸受部材の表面粗さが大きいと、両部材間に焼き付きが生じるおそれが高くなる。
【0003】
そのため、軸部材等の焼き付きを抑制するためには、摺動面の表面粗さを小さくすることが有効とされている。例えば特許文献1には、内燃機関の低フリクション化に対応させた組合せ摺動部材が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
大型の軸部材を備える摺動部材を製造するに当たっては、十分な寸法精度を実現する目的で、機械加工後に軸部材の摺動面を手動で研磨することがある。手動により研磨された摺動面は、粗さ突起の曲率半径が大きくなることで、焼き付きが発生しやすくなる場合がある。一方、特許文献1に記載されている摺動部材は、摺動面における粗さ突起の曲率半径を十分に考慮していないため、摺動面の焼き付きを十分に抑制し難い場合がある。
【0006】
本発明は、このような事情に基づいてなされたものであり、摺動面における焼き付きを抑制できる摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するためになされた本発明の一態様に係る摺動部材は、第1摺動面を有する軸部材と、上記第1摺動面を摺動可能に支持する第2摺動面を有する軸受部材とを備え、上記第1摺動面及び上記第2摺動面の硬度が相違しており、下記式1で算出される粗さパラメータRacが0.276以下である。
【0008】
【0009】
但し、上記式1において、δは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδA[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδB[μm]とした場合に下記式2で算出される値[μm]を意味し、σは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσA[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσB[μm]とした場合に下記式3で算出される値[μm]を意味し、ηは、上記第1摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をηA[μm-2]、上記第2摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をηB[μm-2]とした場合に下記式4で算出される値[μm-2]を意味し、βは上記第1摺動面及び上記第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値[μm]を意味し、E*は上記第1摺動面及び上記第2摺動面の等価縦弾性係数[GPa]を意味する。
【0010】
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様に係る摺動部材は、摺動面における焼き付きを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る摺動部材における軸部材の中心軸と垂直な切断面を示す模式的断面図である。
【
図2】
図2は、本発明の一実施形態に係る摺動部材の製造方法を示すフロー図である。
【
図3】
図3は、本発明の一実施形態に係る摺動部材の評価方法を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0014】
本発明の一態様に係る摺動部材は、第1摺動面を有する軸部材と、上記第1摺動面を摺動可能に支持する第2摺動面を有する軸受部材とを備え、上記第1摺動面及び上記第2摺動面の硬度が相違しており、下記式1で算出される粗さパラメータRacが0.276以下である。
【0015】
【0016】
但し、上記式1において、δは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδA[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδB[μm]とした場合に下記式2で算出される値[μm]を意味し、σは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσA[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσB[μm]とした場合に下記式3で算出される値[μm]を意味し、ηは、上記第1摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をηA[μm-2]、上記第2摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をηB[μm-2]とした場合に下記式4で算出される値[μm-2]を意味し、βは上記第1摺動面及び上記第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値[μm]を意味し、E*は上記第1摺動面及び上記第2摺動面の等価縦弾性係数[GPa]を意味する。
【0017】
【0018】
一般に、2つの摺動面間の粗さ接触応力Pa[GPa]は、摺動面間の距離をh[μm]とした場合に、Greenwood-Trippのモデルを用いて下記式5によって算出される。また、hは下記式5を基に下記式6によって表される。焼き付きが発生する限界粗さ接触応力をPlim[GPa]とした場合、下記式6においてPa=Plimとなる条件において、hは焼き付きが発生する限界の摺動面間の距離hlimとして下記式7によって表される。hlimは2つの摺動面の粗さ特性と材料物性によってのみ決まるため、hlimを粗さパラメータRacとして定義できる。そのため、当該摺動部材は、Plimを適切な値に設定して得らえた上記式1の粗さパラメータRacを上記値以下に制御することで、摺動面における焼き付きを抑制できる。
【0019】
【0020】
また、当該摺動部材は、上記第1摺動面及び上記第2摺動面の硬度が相違しているため、上記第1摺動面と上記第2摺動面とが接触した場合、両摺動面のうち硬度の高い方の表面における微視的な突起は維持されやすい。これに対し、上記第1摺動面及び上記第2摺動面のうち硬度の低い方の表面は容易に塑性変形する。そのため、当該摺動部材は、上記第1摺動面と上記第2摺動面との接触によって、硬度の低い方の摺動面を研磨することができ、粗さパラメータRacを上記下限以下に制御しやすい。
【0021】
上記粗さパラメータRacが、上記第1摺動面及び上記第2摺動面のうち硬度の低い方の摺動面を粗さ突起を有しない鏡面として算出したものであるとよい。当該摺動部材は、上記第1摺動面及び上記第2摺動面のうち硬度の低い方の摺動面を粗さ突起を有しない鏡面とみなすことによって、より容易に上記式1のRacを算出することができる。
【0022】
上記第1摺動面と上記第2摺動面との間に潤滑液が供給されていることが好ましい。このように、上記第1摺動面と上記第2摺動面との間に潤滑液が供給されていることによって、摺動面における焼き付きをさらに抑制できる。
【0023】
上記軸部材の上記第1摺動面の軸径は180mm以上であってもよい。上記第1摺動面の軸径が上記下限値以上であるような大径の軸部材にあっては、上記第1摺動面を手動で研磨することが望まれることがある。当該摺動部材は、このような場合であっても、摺動面における焼き付きを容易に抑制できる。
【0024】
δが0.232以下であり、かつσが0.209以下であることが好ましい。δ及びσをそれぞれ上記上限値以下とすることによって、摺動面における焼き付きを抑制しやすい。
【0025】
本発明の他の一態様に係る摺動部材の製造方法は、第1摺動面を有する軸部材と、上記第1摺動面を摺動可能に支持する第2摺動面を有する軸受部材とを備える摺動部材の製造方法であって、上記第1摺動面及び上記第2摺動面の硬度が相違しており、下記式1で算出される粗さパラメータRacが0.276以下となるように上記第1摺動面及び上記第2摺動面のうち、硬度の高い方の摺動面を平滑化する平滑化工程を備える。
【0026】
【0027】
但し、上記式1において、δは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδA[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδB[μm]とした場合に下記式2で算出される値[μm]を意味し、σは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσA[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσB[μm]とした場合に下記式3で算出される値[μm]を意味し、ηは、上記第1摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をηA[μm-2]、上記第2摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をηB[μm-2]とした場合に下記式4で算出される値[μm-2]を意味し、βは上記第1摺動面及び上記第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値[μm]を意味し、E*は上記第1摺動面及び上記第2摺動面の等価縦弾性係数[GPa]を意味する。
【0028】
【0029】
当該摺動部材の製造方法によると、上記式1の粗さパラメータRacが上記値以下となるように、上記平滑化工程で上記第1摺動面及び上記第2摺動面のうち、硬度の高い方の摺動面を平滑化することによって、摺動面における焼き付きを抑制できる摺動部材を製造できる。
【0030】
本発明の他の一態様に係る摺動部材の評価方法は、第1摺動面を有する軸部材と、上記第1摺動面を摺動可能に支持する第2摺動面を有する軸受部材とを備える摺動部材の評価方法であって、下記式1で算出される粗さパラメータRacを基に上記第1摺動面及び上記第2摺動面の間における焼き付きの発生可能性を評価する評価工程を備える。
【0031】
【0032】
但し、上記式1において、δは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδA[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδB[μm]とした場合に下記式2で算出される値[μm]を意味し、σは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσA[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσB[μm]とした場合に下記式3で算出される値[μm]を意味し、ηは、上記第1摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をηA[μm-2]、上記第2摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をηB[μm-2]とした場合に下記式4で算出される値[μm-2]を意味し、βは上記第1摺動面及び上記第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値[μm]を意味し、E*は上記第1摺動面及び上記第2摺動面の等価縦弾性係数[GPa]を意味する。
【0033】
【0034】
当該摺動部材の評価方法によると、上記評価工程で、上記式1の粗さパラメータRacを基に上記第1摺動面及び上記第2摺動面の間における焼き付きの発生可能性を評価することによって、上記焼き付きの発生可能性を容易に評価できる。
【0035】
なお、本発明において、「粗さ突起頂点」は、JIS―B0601(2013)に準じてカットオフ値0.25mmで測定される測定長4.0mmの粗さ曲線を基に、以下の手順によって算出される。まず、粗さ曲線の平均線をJIS―B0601(2013)に準じて設定した上で、この平均線を基準にこの平均線よりも上部に位置する測定点の高さを正の値とし、この平均線よりも下部に位置する測定点の高さを負の値として定義する。高さが正となるすべての測定点の高さの平均値をThr0とする。次に、粗さ曲線上の各測定点うち、両側に隣接する測定点よりも高く、かつ高さが-Thr0よりも大きい測定点を仮の頂点とする。隣接する仮の頂点の間に位置する測定点のうち高さが最小となる測定点を谷とする。そして、すべての仮の頂点について、仮の頂点と、その仮の頂点に隣接する左右の谷との高低差をそれぞれ求め、この高低差のどちらかが0.2×Thr0未満の場合にその仮の頂点を除外する。この結果、残った仮の頂点を粗さ突起頂点として求める。なお、粗さ突起頂点とその粗さ突起頂点に隣接する谷とを結ぶ粗さ曲線上の全ての測定点からその粗さ突起頂点に向かって直線を引いたとき、その直線の勾配が最大となる測定点をその粗さ突起頂点の左右それぞれについて求め、その粗さ突起頂点の端部と定める。
【0036】
本発明において、「粗さ突起頂点高さ」とは、上述の平均線を基準とした粗さ突起頂点の高さをいう。「粗さ突起頂点高さの平均値」とは、粗さ曲線上に存在する全ての粗さ突起頂点の高さを算術平均した値を意味する。「粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根」とは、粗さ曲線上に存在する全ての粗さ突起頂点の高さの平均値に対する粗さ突起頂点の相対高さを2乗した値の算術平均の平方根を意味する。
【0037】
本発明において「粗さ突起の曲率半径」は、以下の手順によって算出される。まず、各粗さ突起頂点の両端部間の粗さ曲線を最小2乗法によって近似する。そして、最小2乗法による近似の結果得られた2次関数の2次係数をaとした場合に、各粗さ突起頂点の曲率半径を-0.5/aとして算出する。また、「第1摺動面及び第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値」とは、第1摺動面における粗さ曲線及び第2摺動面における粗さ曲線上の全ての粗さ突起頂点の曲率半径の中央値を意味する。
【0038】
本発明において「単位面積当たりの粗さ突起密度」は、粗さ曲線の測定長さ、すなわち粗さ曲線の横軸の長さをL、粗さ曲線における粗さ突起頂点の数をmとした場合に、(m/L)2で算出される密度をいう。
【0039】
本発明において、「等価縦弾性係数」とは、第1摺動面のポアソン比をνA、第1摺動面の縦弾性係数をEA[GPa]、第2摺動面のポアソン比をνB、第2摺動面の縦弾性係数をEB[GPa]とした場合に下記式8により算出されるE[GPa]の値をいう。
【0040】
【0041】
本発明において、「硬度の低い方の摺動面を粗さ突起を有しない鏡面とする」とは、硬度の低い方の摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根及び単位面積当たりの粗さ突起密度を0に換算し、かつ第1摺動面及び第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値を硬度の高い方における粗さ突起の曲率半径の中央値に換算することを意味する。
【0042】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施の形態を詳説する。
【0043】
[摺動部材]
図1の摺動部材は、例えば船に配置される船用の摺動部材である。当該摺動部材は、第1摺動面11を有する軸部材1と、第1摺動面11を摺動可能に支持する第2摺動面21を有する軸受部材2とを備える。第1摺動面11と第2摺動面21とは互いに対向している。第2摺動面21は、第1摺動面11の外周面を取り囲んでいる。第1摺動面11及び第2摺動面21の間には潤滑液3が供給されている。
【0044】
<軸部材>
軸部材1は、軸受部材2に対して周方向に回転する回転体である。軸部材1としては、例えば船用のクランク軸、中間軸、推進軸等が挙げられる。軸部材1の材質としては、例えば炭素鋼、低合金鋼等が挙げられる。
【0045】
第1摺動面11の軸径dとしては、特に限定されるものではないが、180mm以上であってもよい。また、第1摺動面11の軸径dは280mm以上であってもよく、360mm以上であってもよい。第1摺動面11の軸径dが上記下限値以上であるような大径の軸部材1にあっては、第1摺動面11を手動で研磨することが望まれることがある。当該摺動部材は、このような場合であっても、第1摺動面11及び第2摺動面21の間の焼き付きを容易に抑制できる。
【0046】
第1摺動面11の軸径dの上限としては、1500mmが好ましく、1400mmがより好ましく、1300mmがさらに好ましい。第1摺動面11の軸径dが上記上限値を超えると、当該摺動部材が大きくなり過ぎて、装置の小型化等の要請に反するおそれがある。
【0047】
<軸受部材>
軸受部材2としては、例えば船用のクランク軸受、中間軸受、推進軸受等が挙げられる。軸受部材2の材質としては、例えばホワイトメタル、トリメタル、ケルメット、アルミニウム合金等が挙げられる。
【0048】
当該摺動部材は、下記式1で算出される第1摺動面11及び第2摺動面21に関する粗さパラメータRacが0.276以下である。
【0049】
【0050】
但し、上記式1において、δは、第1摺動面11の粗さ突起頂点高さの平均値をδA[μm]、第2摺動面21の粗さ突起頂点高さの平均値をδB[μm]とした場合に下記式2で算出される値[μm]を意味し、σは、第1摺動面11の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσA[μm]、第2摺動面21の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσB[μm]とした場合に下記式3で算出される値[μm]を意味し、ηは、第1摺動面11の単位面積当たりの粗さ突起密度をηA[μm-2]、第2摺動面21の単位面積当たりの粗さ突起密度をηB[μm-2]とした場合に下記式4で算出される値[μm-2]を意味し、βは第1摺動面11及び第2摺動面21の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値[μm]を意味し、E*は第1摺動面11及び第2摺動面21の等価縦弾性係数[GPa]を意味する。
【0051】
【0052】
粗さパラメータRacの上限としては、0.185が好ましく、0.141がより好ましい。粗さパラメータRacが上記上限を超えると、第1摺動面11及び第2摺動面21の間の焼き付きを抑制し難くなるおそれがある。
【0053】
βの下限としては、特に限定されるものではなく、例えば51超であってもよく、55超であってもよく、58超であってもよい。当該摺動部材は、第1摺動面11を手動で研磨した場合にβの値が大きくなりやすい。当該摺動部材は、このような場合であっても、第1摺動面11及び第2摺動面21の間の焼き付きを容易に抑制できる。
【0054】
一方、βの上限としては、338が好ましく、330がより好ましく、320がさらに好ましい。βが上記上限値を超えると、第1摺動面11及び第2摺動面21の間の焼き付きを抑制し難くなるおそれがある。
【0055】
δが0.232以下であり、かつσが0.209以下であることが好ましい。δ及びσをそれぞれ上記上限値以下とすることによって、第1摺動面11及び第2摺動面21の間の焼き付きを抑制しやすい。より詳しく説明すると、第1摺動面11を手動で研磨するとβの値が増大し、その結果上記式1の粗さパラメータRacの値が大きくなりやすい。このような場合であっても、δ及びσをそれぞれ上記上限値以下に制御することによって、粗さパラメータRacの値を容易に小さくすることができる。このため、第1摺動面11及び第2摺動面21の間の焼き付きを抑制しやすい。
【0056】
δの上限としては、0.181がより好ましく、0.166がさらに好ましい。一方、δの下限としては、0.034が好ましく、0.040がより好ましく、0.050がさらに好ましい。δが上記上限値を超えると、第1摺動面11及び第2摺動面21の間で焼き付きを抑制し難くなるおそれがある。逆に、δが上記下限値に満たないと、手動以外による研磨をさらに要することで、当該摺動部材の製造コストが大きくなるおそれがある。
【0057】
σの上限としては、0.166がより好ましく、0.130がさらに好ましい。σの下限としては、0.052が好ましく、0.060がより好ましく、0.070がさらに好ましい。σが上記上限値を超えると、第1摺動面11及び第2摺動面21の間で焼き付きを抑制し難くなるおそれがある。逆に、σが上記下限値に満たないと、手動以外による研磨をさらに要することで、当該摺動部材の製造コストが大きくなるおそれがある。
【0058】
第1摺動面11及び第2摺動面21の硬度は相違している。例えば第1摺動面11の硬度を第2摺動面21の硬度よりも高くすることができる。当該摺動部材は、第1摺動面11及び第2摺動面21の硬度が相違しているため、第1摺動面11と第2摺動面21とが接触した場合に、両摺動面のうち硬度の高い方の表面における微視的な突起は維持されやすい。これに対し、第1摺動面11及び第2摺動面21のうち硬度の低い方の表面は、摺動面同士の回転接触によって容易に塑性変形する。このため、第1摺動面11及び第2摺動面21のうち硬度の低い方を、硬度の高い方と実質的に同等の粗さ突起を有する面、又は実質的に粗さ突起のない鏡面とみなすことができる。換言すると、上述の式1で粗さパラメータRacを算出する際に、第1摺動面11及び第2摺動面21のうち硬度の低い方の摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根及び単位面積当たりの粗さ突起密度を硬度の高い方の摺動面の値に換算してもよく、これらの値を0に換算してもよい。また、βを硬度の高い方の摺動面における粗さ突起の曲率半径の中央値に換算してもよい。このように第1摺動面11及び第2摺動面21のうち硬度の低い方の摺動面を、硬度の高い方と同等の粗さ突起を有する面、又は粗さ突起のない鏡面とみなすことによって、硬度の低い方の摺動面の将来的な塑性変形を加味してより容易に上記式1のRacを算出することができる。また、Racをこのように算出することで、第1摺動面11及び第2摺動面21のうちの硬度の高い方の摺動面を手動で研磨した場合における第1摺動面11及び第2摺動面21の間の焼き付きの抑制効果を容易に得やすい。なお、ここでいう「硬度」とは、JIS―Z2243(2018)で規定されるブリネル硬さを意味する。
【0059】
第1摺動面11と第2摺動面21との硬度差は大きいことが好ましい。第1摺動面11と第2摺動面21との硬度差の下限としては、100HBが好ましく、130HBがより好ましく、150HBがさらに好ましい。
【0060】
<潤滑液>
潤滑液3は、第1摺動面11及び第2摺動面21の間で潤滑膜を形成し、第1摺動面11と第2摺動面21との滑り性を高める。潤滑液3としては、例えばパラフィン系ベースオイル等の潤滑油、海水等が挙げられる。
【0061】
潤滑液3は、上述の潤滑膜を形成することによって、第1摺動面11及び第2摺動面21の間を流体潤滑状態に維持することを容易にする。第1摺動面11及び第2摺動面21の間が流体潤滑状態であることによって、第1摺動面11及び第2摺動面21の間の焼き付きを抑制できる。なお、ここでいう「流体潤滑状態」とは、ストライベック曲線を用いて分類される流体潤滑の状態にあることを意味する。
【0062】
<利点>
当該摺動部材は、上記式1の粗さパラメータRacを上記値以下に制御することで、摺動面における焼き付きを抑制できる。
【0063】
当該摺動部材にあっては、例えば軸部材1が船用のクランク軸である場合、クランクピンがジャーナルに対して偏心しているため、機械加工による摺動面の寸法精度が不十分となりやすい。より詳しくは、例えば第1摺動面11がクランクピンの周面に設けられている場合、第1摺動面11を手動によって研磨することを要しやすい。手動により研磨された第1摺動面11は、粗さ突起の曲率半径が大きくなることで、焼き付きが発生しやすくなる場合がある。換言すると、軸部材1が船用のクランク軸である場合、βの値が増大しやすい。このような場合であっても、当該摺動部材は、上記式1の粗さパラメータRacが上記値以下となるようにδやσ等の他の粗さパラメータを制御している。したがって、当該摺動部材にあっては、軸部材1が船用のクランク軸である場合にも、摺動面における焼き付きを適切に抑制できる。
【0064】
[摺動部材の製造方法]
図2を参照して、
図1の摺動部材の製造方法の一例について説明する。当該摺動部材の製造方法は、第1摺動面11を有する軸部材1と、第1摺動面11を摺動可能に支持する第2摺動面21を有する軸受部材2とを備える摺動部材の製造方法であって、第1摺動面11及び第2摺動面21の硬度が相違しており、第1摺動面11及び第2摺動面21のうち、硬度の高い方の摺動面を平滑化する平滑化工程S1を備える。
【0065】
<平滑化工程>
平滑化工程S1は、軸部材1及び軸受部材2を機械加工によって成形した後に行う。機械加工後の軸部材1及び軸受部材2は、寸法精度が不十分となる場合があり、寸法精度を向上させるために第1摺動面11及び第2摺動面21のうちの硬度の高い方の摺動面(例えば軸部材1の第1摺動面11)を手動で研磨することを要する場合がある。第1摺動面11を手動で研磨すると、第1摺動面11の粗さ突起の曲率半径が増大しやすい。より詳しく説明すると、例えば機械加工後のβの値が23.78以上51.00以下の範囲内である場合に、第1摺動面11を手動で研磨した後のβの値は55.79以上337.9以下の範囲内にまで上昇する場合がある。このようにβの値が大きくなると、上述の式1で算出される粗さパラメータRacが大きくなるため、軸部材1及び軸受部材2の間で焼き付きが発生しやすい。このため、平滑化工程S1では、上述の式1で算出される粗さパラメータRacが0.276以下となるように、第1摺動面11及び第2摺動面21のうち、硬度の高い方の摺動面を平滑化する。換言すると、平滑化工程S1では、βの値が大きい場合であっても粗さパラメータRacが0.276以下となるように、第1摺動面11及び第2摺動面21のうち硬度の高い方の摺動面のδ及びσ等の値を小さくする。平滑化工程S1では、上記摺動面を手動で研磨することが好ましい。
【0066】
当該摺動部材の製造方法では、第1摺動面11及び第2摺動面21の硬度が相違しているため、第1摺動面11及び第2摺動面21のうち硬度の低い方の摺動面を、硬度の高い方と実質的に同等の粗さ突起を有する面、又は実質的に粗さ突起のない鏡面とみなすことができる。換言すると、上述の式1で粗さパラメータRacを算出する際に、第1摺動面11及び第2摺動面21のうち硬度の低い方の摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根及び単位面積当たりの粗さ突起密度を硬度の高い方の摺動面の値に換算してもよく、これらの値を0に換算してもよい。また、βを硬度の高い方の摺動面における粗さ突起の曲率半径の中央値に換算してもよい。このように第1摺動面11及び第2摺動面21のうち硬度の低い方の摺動面を、硬度の高い方と同等の粗さ突起を有する面、又は粗さ突起のない鏡面とみなすことによって、より容易に上記式1のRacを算出することができる。
【0067】
平滑化工程S1では、δの値が0.232以下で、かつσの値が0.209以下となるように第1摺動面11及び第2摺動面21の少なくとも一方を研磨することが好ましい。δ及びσがそれぞれ上記上限値以下となるように第1摺動面11及び第2摺動面21の少なくとも一方を研磨することによって、βの値が大きい場合であっても、粗さパラメータRacの値を容易に小さくすることができる。
【0068】
軸部材1の第1摺動面11及び第2摺動面21の少なくとも一方を平滑化する方法として、特に限定されないが、例えば第1摺動面11及び第2摺動面21の少なくとも一方をサンドペーパーで研磨すること等が挙げられる。
【0069】
第1摺動面11及び第2摺動面21の少なくとも一方をサンドペーパーで研磨する場合、例えば粗さが240番手以上のサンドペーパーを用いることが好ましい。このように適切な番手のサンドペーパーを用いることで、βの値が大きくなりやすい一方で、δ及びσの値を小さく制御することが容易となる。その結果、第1摺動面11及び第2摺動面21の間の焼き付きを抑制しやすい。
【0070】
<利点>
当該摺動部材の製造方法によると、平滑化工程S1で、上記式1の粗さパラメータRacを上記値以下に制御することによって、摺動面における焼き付きを抑制できる摺動部材を製造できる。
【0071】
[摺動部材の評価方法]
図3を参照して、当該摺動部材の評価方法の一例について説明する。当該摺動部材の評価方法は、第1摺動面を有する軸部材と、上記第1摺動面を摺動可能に支持する第2摺動面を有する軸受部材とを備える摺動部材の評価方法であって、下記式1で算出される粗さパラメータR
acを基に上記第1摺動面及び上記第2摺動面の間における焼き付きの発生可能性を評価する評価工程S1を備える。当該評価方法は、
図1の摺動部材における第1摺動面11及び第2摺動面21間での焼き付きの発生の有無を評価するのに適している。評価工程S1では、粗さパラメータR
acが閾値以下になる場合に上記焼き付きの発生可能性が低いと評価し、逆に、粗さパラメータR
acが閾値超になる場合に上記焼き付きの発生可能性が高いと評価する。
【0072】
【0073】
但し、上記式1において、δは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδA[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値をδB[μm]とした場合に下記式2で算出される値[μm]を意味し、σは、上記第1摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσA[μm]、上記第2摺動面の粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根をσB[μm]とした場合に下記式3で算出される値[μm]を意味し、ηは、上記第1摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をηA[μm-2]、上記第2摺動面の単位面積当たりの粗さ突起密度をηB[μm-2]とした場合に下記式4で算出される値[μm-2]を意味し、βは上記第1摺動面及び上記第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値[μm]を意味し、E*は上記第1摺動面及び上記第2摺動面の等価縦弾性係数[GPa]を意味する。
【0074】
【0075】
<評価工程>
評価工程S1は、上記軸部材及び上記軸受部材を機械加工によって成形した後に行う。また、評価工程S1は、上記第1摺動面と上記第2摺動面とを一定程度回転接触させた後に行ってもよい。
【0076】
上記閾値としては、0.276が好ましく、0.185がより好ましく、0.141がさらに好ましい。
【0077】
評価工程S1では、上述の式1で粗さパラメータRacを算出する際に、上記第1摺動面及び上記第2摺動面のうち硬度の低い方の摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根及び単位面積当たりの粗さ突起密度を硬度の高い方の摺動面の値に換算してもよく、これらの値を0に換算してもよい。また、βを硬度の高い方の摺動面における粗さ突起の曲率半径の中央値に換算してもよい。このように上記第1摺動面及び上記第2摺動面のうち硬度の低い方の摺動面を、硬度の高い方と同等の粗さ突起を有する面、又は粗さ突起のない鏡面とみなすことによって、より容易に上記式1のRacを算出することができる。
【0078】
<利点>
当該摺動部材の評価方法は、評価工程S1で、上記式1の粗さパラメータRacを基に上記第1摺動面及び上記第2摺動面の間における焼き付きの発生可能性を評価することによって、上記焼き付きの発生可能性を容易に評価できる。
【0079】
[その他の実施形態]
上記実施形態は、本発明の構成を限定するものではない。したがって、上記実施形態は、本明細書の記載及び技術常識に基づいて上記実施形態各部の構成要素の省略、置換又は追加が可能であり、それらは全て本発明の範囲に属するものと解釈されるべきである。
【0080】
例えば当該摺動部材は、上記第1摺動面と上記第2摺動面との間に潤滑液が供給されていない構成を採用することも可能である。
【0081】
また、当該摺動部材は、上記第1摺動面と上記第2摺動面との硬度が相違している場合であっても、それぞれの摺動面の粗さ突起の形状に基づいて上述の粗さパラメータRacを算出してもよい。
【実施例】
【0082】
以下、実施例に基づき本発明を詳述するが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるものではない。
【0083】
神鋼造機(株)製の軸受寿命試験機に、軸部材及び軸受部材を固定することによって、軸部材及び軸受部材の間で焼き付きが発生するか否かを確認した。軸受寿命試験機では、軸部材の外周面における軸受部材との摺動部分を第1摺動面、軸受部材の内周面における軸部材との摺動部分を第2摺動面とした場合に、軸部材の第1摺動面を軸受部材の第2摺動面に一定荷重で押し付けながら軸部材を回転させた。軸部材を回転させる際は、供給温度70℃の循環式給油によって軸部材の第1摺動面に潤滑油を供給した。また、この際、軸受部材の第2摺動面から深さ2mmの位置に取り付けた熱電対により温度[℃]を計測し、この温度を潤滑油の温度として求めた。
【0084】
[No.1]
No.1では、以下の条件で軸部材を回転させた。軸受部材にかかる軸部材の荷重は10kNに設定した。軸部材の回転速度は、軸部材の回転の開始時に3000rpmに設定し、5分ごとに250rpmずつ減少させた。軸部材の回転は、軸部材の回転速度が0rpmに達した時点、又は軸部材と軸受部材との間で焼き付きが発生した時点で終了した。軸部材及び軸受部材の間で焼き付きが発生するか否かを確認した結果を表1に示す。ただし、表1の粗さパラメータRac[μm]は、第2摺動面における粗さ突起頂点高さの平均値、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根及び単位面積当たりの粗さ突起密度を0とし、かつ第1摺動面及び第2摺動面の全体における粗さ突起の曲率半径の中央値を第1摺動面における粗さ突起の曲率半径の中央値に換算して、上述の式1によって算出した。また、表1の算術平均粗さRa[μm]及び突出山部高さRpk[μm]は、それぞれ第1摺動面におけるJIS―B0601(2013)で規定される算術平均粗さRa及び第1摺動面におけるJIS―B0671―2(2002)で規定される突出山部高さRpkである。ただし、表1の粗さパラメータRac、算術平均粗さRa及び突出山部高さRpkは、複数回の測定から算出した値を平均して求めた。また、表1の焼き付き発生時の油膜厚さh[mm]は、下記式9で表されるErtel-Grubinの式を用いて算出した。ここで、γ[Pa・秒]は焼き付きが発生した際の潤滑油の温度から算出される潤滑油の粘度であり、R[m]は軸部材の半径R1及び軸受部材の半径R2から下記式10によって算出される等価半径であり、α[1/GPa]は潤滑油の粘度圧力係数であり、u[m/秒]は軸部材の回転速度から算出される軸部材の周速であり、w[N/m]は軸受部材にかかる軸部材の荷重を軸受幅で除して求められる軸受幅方向における単位接触長さ当たりの荷重である。本実施例では、α=0.02として焼き付き発生時の油膜厚さhを算出した。粗さパラメータRac及び焼き付き発生時の油膜厚さhの算出方法は、後述のNo.2からNo.8についても同様である。
【0085】
【0086】
(軸部材)
No.1では、軸部材として、ヤング率が210000MPa、ポアソン比が0.3、第1摺動面の軸径が39.96mm、硬度が約172HBのJIS―G4051(2016)で規定される炭素鋼S45Cを用いた。No.1では、機械加工後に第1摺動面を手動で研磨し、第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値を0.074μm、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根を0.078μm、粗さ突起の曲率半径を60.91μm、単位面積当たりの粗さ突起密度を0.0134μm-2に調整した。ただし、第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根、粗さ突起の曲率半径及び単位面積当たりの粗さ突起密度は、複数回の測定から算出した値を平均して求めた。第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根、粗さ突起の曲率半径及び単位面積当たりの粗さ突起密度の算出方法は、後述のNo.2からNo.8についても同様である。
【0087】
(軸受部材)
No.1では、軸受部材として、ヤング率が55000MPa、ポアソン比が0.33、第2摺動面の直径が40.2mm、軸受幅が35mm、硬度が約27HBのJIS―H5401(1958)で規定されるホワイトメタルWJ2を用いた。
【0088】
(潤滑油)
No.1では、潤滑油として、40℃における動粘度が32.1mm2/秒、15℃における密度が0.871g/cm3のENEOS(株)製の「FBKオイルRO32」を用いた。
【0089】
[No.2]
No.2では、以下の軸部材、No.1と同様の軸受部材及びNo.1と同様の潤滑油を用いて、以下の条件で軸部材を回転させた。軸受部材にかかる軸部材の荷重は10kNに設定した。軸部材の回転速度は、軸部材の回転の開始時に3000rpmに設定し、5分ごとに100rpmずつ減少させた。軸部材の回転速度が300rpm以下に達した後は、5分ごとに50rpmずつ軸部材の回転速度を減少させた。軸部材の回転は、軸部材の回転速度が0rpmに達した時点、又は軸部材と軸受部材との間で焼き付きが発生した時点で終了した。軸部材及び軸受部材の間で焼き付きが発生するか否かを確認した結果を表1に示す。
【0090】
(軸部材)
No.2では、機械加工後に第1摺動面を手動で研磨し、第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値を0.166μm、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根を0.130μm、粗さ突起の曲率半径を17.88μm、単位面積当たりの粗さ突起密度を0.0158μm-2に調整した。その他の構成はNo.1の軸部材と同様とした。
【0091】
[No.3]
No.3では、機械加工後に第1摺動面を手動で研磨し、第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値を0.181μm、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根を0.166μm、粗さ突起の曲率半径を29.53μm、単位面積当たりの粗さ突起密度を0.0096μm-2に調整した。その他の構成は、No.1と同様としてNo.1と同様の条件で軸部材を回転させた。焼き付きが発生するか否かを確認した結果を表1に示す。
【0092】
[No.4]
No.4では、機械加工後に第1摺動面を手動で研磨し、第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値を0.232μm、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根を0.209μm、粗さ突起の曲率半径を18.78μm、単位面積当たりの粗さ突起密度を0.0119μm-2に調整した。その他の構成は、No.2と同様としてNo.2と同様の条件で軸部材を回転させた。焼き付きが発生するか否かを確認した結果を表1に示す。
【0093】
[No.5]
No.5では、機械加工後に第1摺動面を手動で研磨し、第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値を0.272μm、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根を0.203μm、粗さ突起の曲率半径を16.20μm、単位面積当たりの粗さ突起密度を0.0121μm-2としたことを除き、No.2と同様の構成とし、No.2と同様の条件で軸部材を回転させた。焼き付きが発生するか否かを確認した結果を表1に示す。
【0094】
[No.6]
No.6では、機械加工後に第1摺動面を手動で研磨し、第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値を0.544μm、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根を0.320μm、粗さ突起の曲率半径を9.40μm、単位面積当たりの粗さ突起密度を0.0075μm-2としたことを除き、No.2と同様の構成とし、No.2と同様の条件で軸部材を回転させた。焼き付きが発生するか否かを確認した結果を表1に示す。
【0095】
[No.7]
No.7では、機械加工後に第1摺動面を手動で研磨し、第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値を0.634μm、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根を0.298μm、粗さ突起の曲率半径を13.94μm、単位面積当たりの粗さ突起密度を0.0049μm-2としたことを除き、No.2と同様の構成とし、No.2と同様の条件で軸部材を回転させた。焼き付きが発生するか否かを確認した結果を表1に示す。
【0096】
[No.8]
No.8では、機械加工後に第1摺動面を手動で研磨し、第1摺動面の粗さ突起頂点高さの平均値を0.460μm、粗さ突起頂点高さの2乗平均平方根を0.534μm、粗さ突起の曲率半径を18.94μm、単位面積当たりの粗さ突起密度を0.0055μm-2としたことを除き、No.1と同様の構成とし、No.1と同様の条件で軸部材を回転させた。焼き付きが発生するか否かを確認した結果を表1に示す。
【0097】
【0098】
表1から分かるように、粗さパラメータRacが0.276以下のNo.1からNo.4は焼き付きが抑制されている。また、粗さパラメータRacは焼き付き発生時の油膜厚さhと正に相関している。粗さパラメータRacと焼き付き発生時の油膜厚さhとの相関は、算術平均粗さRaと焼き付き発生時の油膜厚さhとの相関及び突出山部高さRpk
と焼き付き発生時の油膜厚さhとの相関よりも高い。このことから、粗さパラメータRacは焼き付きの発生しやすさを評価するために適したパラメータであることがわかる。
【0099】
なお、本実施例では、軸部材として炭素鋼、軸受部材としてホワイトメタルWJ2を用いたが、例えば軸部材として炭素鋼S45C、軸受部材としてAl-Sn合金を用いた場合にも、粗さパラメータRacが0.276以下を満たすことによって、焼き付きを抑制できるものと考えられる。この理由としては、JIS―G4051(2016)で規定される炭素鋼S45Cの焼鈍後の硬度が一般に137HB以上170HB以下である一方で、ISO 3547-4 Table2において、AlSn6Cuの硬度が35HB以上45HB以下で、AlSn20Cuの硬度が30HB以上45HB以下で規定されているため、炭素鋼S45CとAl-Sn合金との硬度差が100HB程度であることが挙げられる。すなわち、炭素鋼S45C及びAl-Sn合金の硬度差が、本実施例における炭素鋼S45C及びホワイトメタルWJ2の硬度差に近い値であるため、摺動面の粗さ特性及び材料物性のみによって決まるRacの値も同等の値になるものと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明の一態様に係る摺動部材は、摺動面における焼き付きを抑制できるため、例えば船用のクランク軸、中間軸、推進軸等に適用できる。
【符号の説明】
【0101】
1 軸部材
11 第1摺動面
2 軸受部材
21 第2摺動面
3 潤滑液
d 第1摺動面の軸径