(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-10
(45)【発行日】2024-05-20
(54)【発明の名称】黄斑変性患者の難治性黄斑視覚のための新規単焦点眼内レンズ
(51)【国際特許分類】
A61F 2/16 20060101AFI20240513BHJP
【FI】
A61F2/16
(21)【出願番号】P 2021521005
(86)(22)【出願日】2019-11-21
(86)【国際出願番号】 IB2019001255
(87)【国際公開番号】W WO2020104852
(87)【国際公開日】2020-05-28
【審査請求日】2022-09-14
(32)【優先日】2018-11-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】520050325
【氏名又は名称】サイネオス ヘルス インターナショナル リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】230130074
【氏名又は名称】藤河家 知美
(74)【代理人】
【識別番号】100140822
【氏名又は名称】今村 光広
(72)【発明者】
【氏名】キュレシ,ムハンマド,アリ
(72)【発明者】
【氏名】アータル,パブロ
(72)【発明者】
【氏名】ロビー,スコット
【審査官】白土 博之
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0258578(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0250583(US,A1)
【文献】特表2016-527067(JP,A)
【文献】特表2011-511671(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 2/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者の視力を改善するため、中心窩から任意の方向の0度から10度の偏心固視がある場合の黄斑内のいずれの場所の像の質を改善する、眼内レンズ(IOL)システムであって、
第1表面および第2表面を有し、
ジオプトリー
(P)の度数を提供するレンズを備え、
該レンズは、光学部直径(D)と中心厚(T)を特徴とし、
前記第1表面は、平坦、または第1曲率半径(R1)を有する球形であり、
前記第2表面は、回転対称円錐面であり、第2曲率半径(R2)を有し、動径座標(r)の関数である面のサグ量(z座標)は、次式により与えられ、
【数1】
k=-12.7である、
患者の視力を改善するための眼内レンズ(IOL)システム。
【請求項2】
前記レンズの前記
ジオプトリー(P)の度数が増加するにつれ、前記レンズの前記第2表面の湾曲は強くなる一方、前記第1表面は曲率の符号が変わり、正曲率からより平坦へ、次いで負曲率の値をとることを特徴とする、請求項1に記載の眼内レンズ(IOL)システム。
【請求項3】
以下を特徴とする、請求項1に記載の眼内レンズ(IOL)システム。
P=11ジオプトリー
D=6.00mm
T=0.7mm
R1=19.99mm
R2=-143.7mm
【請求項4】
以下を特徴とする、請求項1に記載の眼内レンズ(IOL)システム。
P=17ジオプトリー
D=6.00mm
T=0.7mm
R1=110.53mm
R2=-12.96mm
【請求項5】
以下を特徴とする、請求項1に記載の眼内レンズ(IOL)システム。
P=25ジオプトリー
D=6.00mm
T=0.7mm
R1=-45.52mm
R2=-6~-19mm
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願への相互参照)
本PCT特許出願は、2018年11月23日に出願された米国仮特許出願第62/770,999号より優先権の利益を主張するものである。このような仮出願の開示は、追加若しくは代替の内容、特徴及び/又は技術的背景の教示に適している場合には、その全体が引用されることにより本明細書の一部をなし、各々より優先権が主張される。
【背景技術】
【0002】
眼内レンズ(以下「IOL」という。)が最初に導入された後の数十年間は、透明水晶体摘出術及び白内障手術を受ける正視者の最適な視力矯正結果を得ることに主に焦点が置かれていた。これにより、術後惹起乱視を最小減に抑えるよう設計された注入可能な軟質アクリルIOL、及び加齢に伴う角膜の正の球面収差に対抗するための非球面レンズ光学系が開発された。現在、標準的な軟質アクリルIOLは、中心窩にしっかりと焦点のあった像を投影することができ、眼にその他の問題のない患者については、常に良い視力矯正結果を得ることが可能となる。しかし、このようなレンズにより得られる像の質は、中心窩の中心からわずか数度ずれるだけで著しく劣化するため、中心窩の中心部分の外側の健康な網膜を使用するため偏心固視を伴うことの多い黄斑疾患患者の視力矯正結果に重大な影響をもたらす可能性がある。加齢黄斑変性(以下「AMD」という。)の眼はコントラスト感度が低く、視野暗点(しばしば中心部を含む。)を有するため、網膜像の質の低下に特に影響を受ける。中心部に病変の認められる黄斑疾患患者は、AMDなどの病状に伴うコントラスト感度の低下や光受容体の斑状喪失と相まって、標準的なIOLを使用すると視覚の質の低下が予想される。さらに、AMDのような病状が進行すると、患者は、黄斑が更に影響を受けるにつれ、好ましい網膜遺伝子座(以下「PRL」という。)に投影される像の質が低下する。
【0003】
白内障摘出術及びIOL挿入術を受ける黄斑疾患患者の手術の選択肢は極めて限られている。今のところ、外科医は、主に標準的な単焦点IOLを用いて正視を目指し、該患者の中心窩で厳密に像の焦点を合わせている。しかし、標準的なIOLにより得られる像の質は、この領域において、錐体密度が依然として比較的高く、約20 000/mm2であるにもかかわらず、わずか4度の網膜偏心度(約1.15mm)で急速に低下する13。
【0004】
代替法としては、拡大像を提供する眼内テレスコープの挿入や、単一のPRLを対象とするプリズム装置の使用があげられる。一部の機器では併用アプローチを用いている。AMD患者は、日常生活動作を行うために複数のPRLを使用していることが多いため、特定のPRLを対象とすると、日常生活動作に使用される他の網膜遺伝子座における像の質が損なわれるという欠点がある。特定のPRLにおいて像の最適化を図っても、患者が病気の進行に伴い別のPRLに依拠し始めた場合には、完全に無駄になってしまう可能性もある。
【0005】
眼内テレスコープは、眼内で像を拡大するという光学的利点があり、手と眼の調整を図る手間を省いて、手持ち式拡大鏡の利便性を高めようとするものである。該装置は、標準的なIOLと比較べ、比較的サイズが大きく、複雑なことが多く、安全な挿入が難しい。眼内テレスコープの主な欠点は、倍率により、周辺視野の狭窄が生ずることである。装置によっては、周辺視野が狭まりすぎるため、片眼のみにしか挿入できないことがある。また、眼内テレスコープは、限られた光量を網膜の広域に分散させるため、得られる像のコントラストの低下を免れない。したがって、眼内テレスコープもプリズム装置も、コントラスト感度と固視安定性の双方が読取能力と相関するため、中心視野の欠損に対処する患者の生来の機能を損ない、視覚機能に影響が及ぶ可能性がある。同様に、装置が片眼のみに挿入された場合には、両眼加算効果が阻害され、読取中に生ずる黄斑全体の像のスキャニングに影響が及び、読取機能が阻害される可能性が高い。
【0006】
本明細書に記載する考案は、中心窩から最大10度までの黄斑の全領域に焦点画像が投影されるよう独自に構成された光学系を有し、水晶体嚢へ挿入する単一の、注入可能な軟質ポリマー(例えば、アクリル)IOLであるが、これは既存技術の改良である。該光学系は、初期疾患患者向けに、中心窩の中心部において像の質を維持するよう設計されている。患者が網膜偏心度を最大10度偏心的に固定するときに生ずる光学収差を補正することにより、該実施形態のIOLは、黄斑疾患における視力回復の可能性を最大限に高め、視力喪失の進行を防ぐものである。このような新規のIOLで+2D~+3.5Dの目標度数でも、眼鏡により10~20%の倍率が得られると推測されるが、これは動作原理の本質的な部分ではない。
【発明の概要】
【0007】
本発明の一実施形態において、水晶体嚢に挿入するよう設計された単一の、注入可能な軟質疎水性ポリマー(例えば、アクリル)IOLを提供する。レンズ光学系は独自の最適化がなされ、中心窩から任意の方向の0度から10度の偏心固視がある場合でも、黄斑内のいずれの場所においても像の質が改善される。実施形態のレンズは、偏心固視の患者の場合、標準レンズにおいて生ずると思われる光学収差を最小限に抑えるように形成することによりその効果を発揮する。実施形態のレンズは、中心窩に焦点像を投影し、全ての注視方向において焦点から10度まで(ただし、必ずしもこれに限定されない。)の領域にわたり高次収差を減少させる半径及び円錐定数を有するよう設計されている。
【0008】
新規レンズは、標準的な単焦点IOLと比較して、網膜偏心度の増加に伴い像の質が向上し、黄斑疾患患者に有益である可能性がある。一実施形態のIOLは、遠視の術後屈折を対象に使用することができる。+2D~+3.5Dの目標度数で、眼鏡により10~20%の倍率が得られる可能性がある。術後正視又は近視となる場合も、標準的な単焦点IOLの場合と同様に、視力の改善が見込まれる個人を対象とする、又は術後の不同視の回避を目的とするものである。
【0009】
実施形態のIOLの度数は、ジオプトリ-度数11、13、15、17、19、21、23及び25 Dが得られるが、実施形態のIOLは、この範囲に限定されない。個々の眼に適したIOL度数は、白内障手術時に挿入される標準的なlOLと同様に、SRK/T式(又は同様)の生体測定法及びA定数119.2を用いて推定することができる。
【0010】
一実施形態のIOLには、黄斑疾患の治療において既存の眼内テレスコープを上回る明らかな利点がある。移植式超小型テレスコープ(以下「IMT」という。)及び視覚障害者用眼内レンズ(以下「IOL- VipTM」という。)のような眼内テレスコープは、比較的高価で複雑なデバイスであり、眼球を大きく切開する必要性、視野の狭窄、角膜内皮代償不全のリスク及び術後の視力のリハビリテーションの必要性があることから、リスク便益プロファイルはそれほど魅力的ではない11, 12。
【0011】
一実施形態において、本発明は、水晶体嚢へ挿入するよう設計された、単一の、注入可能な軟質ポリマー(例えば、アクリル)IOLであるが、該レンズ光学系は、中心窩から10度までの黄斑の全領域にわたり、質の高い像が投影されるよう独自の最適化が図られているため、該デバイスは新種のIOLを構成する。
【0012】
実施例1に示すとおり、該レンズは、標準的な単焦点IOLと比べ、網膜偏心度が大きくなると像の質が向上し、黄斑疾患患者に有益となり得る。本発明IOLの実施形態はまた、遠視の術後屈折を対象に使用することができる。例えば、+2.00~+3.50ジオプトリ-の目標度数で、眼鏡により10%~20%の倍率を得ることができるが、遠視の度合いは、黄斑症の重症度及び患者の嗜好又は該アプローチの適性により変わり得る。術後正視又は近視となる場合も、標準的な単焦点IOLの場合と同様に、視力の改善が見込まれる個人を対象とする、又は術後の不同視の回避を目的とするものである。
【0013】
実施形態では、第1表面と第2表面を有するレンズからなり、中心窩から10度までの黄斑の全領域にわたる像の質の向上を図り、患者の視力を改善するPジオプトリ-度数の眼内レンズシステムを提供する。該レンズは、光学部直径(D)及び中心厚(T)として規定する。第1表面は、第1曲率半径(以下「R
1」という。)を有する球形である。第2表面は、回転対称円錐面であり、第2曲率半径(以下「R
2」という。)を有し、動径座標(以下「r」という。)の関数である面のサグ量(z座標)は、次式により与えられる。
【数1】
【0014】
具体的一実施形態では、好ましい変数は、P = 11ジオプトリー、D = 6.00 mm、T = 0.7 mm、R1 = 19.99 mm、R2 = -143.7 mm、及びk = -12.7である。別の具体的実施形態では、好ましい変数は、P = 17ジオプトリー、D = 6.00 mm、T = 0.7 mm、R1 = 110.53 mm、R2 = -12.96 mm、及びk = -12.7である。さらに別の具体的実施形態では、好ましい変数はP = 25ジオプトリー、D = 6.00 mm、T = 0.7 mm、R1 = -45.52 mm、-6 mm~-19 mmまでのR2、及びk = -12.7である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
本発明の実施形態は、以下の添付図面において説明する。
【0016】
【0017】
【
図2】一実施形態の17ジオプトリー度数のIOLの外形図である。
【0018】
【
図3】一実施形態の19ジオプトリー度数のIOLの外形図である。
【0019】
【
図4】一実施形態の21ジオプトリー度数のIOLの外形図である。
【0020】
【
図5】一実施形態の23ジオプトリー度数のIOLの外形図である。
【0021】
【
図6】一実施形態の25ジオプトリー度数のIOLの外形図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
標準的な単焦点IOLは、中心窩に焦点像を投影する。乾燥型AMD患者では、中枢性知覚麻痺により中心窩の機能的視力が失われることが多い。しかし、患者が偏心固視を行うことができれば、周辺の黄斑部には、まだ、機能的視覚を維持できるだけの十分な受容体密度/視覚機能がある。
【0023】
本明細書に開示されている本発明は、実施形態のIOLにおいて、中心窩における像の質を維持するものの、偏心固視であるために眼を斜めに動かしたときに標準的な単焦点IOLの場合に生ずると思われる光学的収差を修正するように設計されている。これにより、中心窩から10度の範囲内の任意の領域における像の質が最適化されて、該領域をPRLとして使用することが容易となり、挿入後の機能改善につながる。その目的は、偏心度10度まで良好な網膜像を得ることにあり、屈折目標最大+3Dの矯正を行うために眼鏡と組み合わせた際に、像が低倍率で拡大される。
【0024】
該実施形態のIOL設計は、文献から入手した平均的な眼について説明するアイモデル(Liou-Brenan: Liou HL, Brennan NA. Anatomically accurate, finite model eye for optical modelling(光学的モデリングのための解剖学的に正確な有限アイモデル). J Opt Soc Am A. 1997;14(8): 1684-1695.)において、市販のレートレーシングソフトウェア(Zemax OpticStudio, Zemax LLC, 米国)を用いて実施することができる。
図1は、設計プロセスの一実施形態の概略図である。
【0025】
上記のアイモデル内の異なるIOLの光学性能を最適化するため、レイトレーシング技術を用いることができる。光学設計ソフトウェアを使用してもよい(Zemax OpticStudio, Zemax LLC, 米国)。また、素材を選択してから、該実施形態のIOLを設計するためのメリット関数を作成してもよい。一般に、パラメータは、目的とするレンズの性能に関連するものの中から選択することができる。最適化手順においては、異なる値を独立変数に系統的に与えてもよい。次いで、これらを用いて選択されたメリット関数コンポーネントを計算することができる。目的は、メリット関数を最小化する一連の変数値を見つけることにある。手順は、局所的最小値ではなく、大域的最小値又は絶対的最小値を見つけて終了するのが理想的である。得られたメリット関数には、IOLの幾何学パラメータの制約が含まれており、該パラメータが生理学的に適合する範囲内に保たれている。この例では、最適化を行うための可変パラメータは、レンズの厚さ、嚢内におけるレンズの位置、曲率半径、及び異なる表面の非球面性であった。軸上、水平方向の偏心度が5度及び10度の入射ビームに対応するメリット関数に三つの構成を同時に含めた。
【0026】
該実施形態の各IOLは、以下の共通する特徴を有する。
前面は、曲率範囲又は曲率半径を有する標準球面である。後面は、回転対称円錐面である。動径座標rの関数である面のサグ量(z座標)は、次式により与えられる。
【数2】
特定の非限定的17Dバージョンのレンズの関連パラメータは、以下のとおりとする。
光学部径: 6.00 mm
中心厚: 0.7 mm
第1(前)表面:
標準球面
曲率半径110.53 mm
第2(後)表面:
回転対称円錐面。動径座標rの関数である面のサグ量(z座標)は、次式により与えられる。
【数3】
特定のパラメータは、以下のとおり。
R = -12.96 mm
k = -12.7
上記値と単位から、zはmmの単位で計算される。
【0027】
該設計の標準的なIOLの参照用として、同じアイモデル(Liou-Brennan角膜、眼軸長23.5 mm)を使用することができるが、該実施形態のIOLの代わりに、IOLが網膜上に光の焦点を合わせるために必要な最適ジオプトリ-度数をモデル化した。該アイモデル及び該IOL位置(第2角膜表面からIOL前面までの軸方向距離もまた4.16 mm)については、球面(曲率半径は、前面及び後面でそれぞれ27.51 mm及び-14.59 mm)で、屈折率1.54及び厚さ0.70 mmの、21.5DのIOL(屈折率1.336に浸漬)を用いた。
【0028】
該実施形態のIOLの像の質を評価するため、NIMO機器(LAMBDA-X, Nivelles, ベルギー)が、光学ベンチを含み、そのソフトウェアバージョン4.5.15と共に使用される。該機器の動作原理は、位相シフトシュリーレン技術に基づいている71, 72。シュリーレンイメージングの原理と位相シフト法を組み合わせることにより、NIMO機器により光線偏位の測定が可能となり、これを用いて36のゼルニケ係数を考慮した波面解析の計算を行うことができる。この技術により、IOLのインビトロにおける光学的性質を効果的に測定できることが分かっている。該機器は国際標準化機構(ISO)11979-216に準拠している。全てのIOLの測定は、塩化ナトリウム1 mlあたり0.154ミリグラム当量の組成の生理食塩水(Laboratoires Sterop SA, Anderlecht, ベルギー)に浸して行った。測定中にIOLと生理食塩水を適切な位置に保持するために使用したキュベット又は湿電池は、干渉計により検証されており、度数は0.005D未満であることが分かっている。測定に障害が生じないよう、湿電池のクロスチェックを別途実施した。さらに、正確な度数の測定は、セットアップの較正が十分に行われている場合に限り可能である。このため、測定のたびに機器の較正を行った。
【0029】
以下に詳述する実施例Iでは、アイモデルの眼軸長を23.5mmとした。角膜パラメータ(曲率、非球面性、厚さ及び屈折率)は、Liou‐Brennanアイモデル(参照)から取得した。網膜を-12 mmの球体としてシミュレートし、IOL前面の表面を角膜の第 2表面から軸方向に4.16 mmの位置に配置した。
【0030】
眼鏡レンズは、角膜頂点から12 mm(頂点間距離)に配置した、屈折率1.585(ポリカーボネート)、中心厚5 mmのものを用いてモデル化した。曲率半径は、前面及び後面でそれぞれ32 mmと36 mm(+3ジオプトリー)であった。さらに、前面曲率が同じで、後面曲率半径が44.7 mmの+6Dの眼鏡レンズ(物体を角膜から33cmの位置に置いたとき)をシミュレートした。計算は全て周波数を550 nm、瞳孔径を3 mmとして行った。
【0031】
該実施形態のIOLレンズは、屈折率1.54(550 nmの場合)、アッベ数40及び厚さ0.70 mmに最適化された。
【0032】
この最適化手順を、規定の眼軸長値の異なるモデルについて繰り返し行った。これにより、様々な度数について最適化されたレンズが提供される。
図2~6は、様々な度数の最適化された実施形態のIOLの実際の形状を示す。対応する正視目標を、各レンズの下に示す。該方法の設定と目標を用いた場合、この非限定的な例については、IOLのジオプトリ-度数が増加するにつれ、レンズ後面の湾曲は強くなる一方、前面は曲率の符号が変わり、正曲率からより平坦へ、次いで負曲率の値をとる。これは、各モデルの形状係数最適化手順の結果である。
(例1)
臨床試験
【0033】
該新規IOL挿入術後の安全性及び初期転帰を評価するため、両眼性の進行AMD患者を対象とする臨床試験を考案し、実施した。≦1の白内障(LOCSIII分類で2より大きくない)、両眼性進行地図状萎縮/乾燥型AMD及び術前矯正遠方視力が≧0.60(CDVA; LogMAR)の7名の被験者の8眼に、遠視の術後屈折目標をもって水晶体摘出術及びIOL挿入術を実施した。目標とする術後の遠視の度合いは、日常生活動作における眼鏡の依存度が増すという欠点と対比しながら、このアプローチを用いた場合に眼鏡により得られると思われる倍率の利点について患者と十分に話し合った上で決定した。全例において、手術眼に中等度から重度の視力低下が認められたため、各人の状況に応じて術後の遠視の度数を1.5D~4.5Dとすることとした(必要に応じて第2眼の手術への同意を含む。)。ベースライン時、1週間後、1ヵ月後及び2ヵ月後に、初期経過観察及び評価を実施した。
【0034】
ベースライン時、並びに術後1週間、1ヵ月及び2ヵ月目に、自覚的屈折、矯正近見視力(近点を30cmとし、LogMARで変換したもの)、矯正遠見視力(LogMAR)、眼圧(Goldman圧平眼圧測定)、スペキュラーマイクロスコープ(Nidek CEM-530、Nidek Co. Ltd.; 角膜中央部から得られた許容画像3枚)、臨床検査、前眼部OCT(Visante, Carl Zeiss Meditec AG)及び黄斑OCT(Stratus OCTTM Carl Zeiss Meditec, ドイツ)の各検査を実施した。水晶体混濁の分類を、LOCSIllシステムに基づき行った。視野は、80点の閾値試験により評価した。手術眼において、術後1ヵ月目に屈折異常を矯正した後、読書視力、臨界文字サイズ及び読書速度をMNREADチャートを用いて評価した。ベースライン時及び術後1~2ヵ月時にMacular Integrity Assessment(MAIA, Ellex Medical Lasers Ltd.)を用いて微小視野計測を実施し、認められた変化を確認するため1~3ヵ月間隔でさらに微小視野測定及び評価を実施した。微小視野測定は、黄斑閾値感度及び固視安定性を評価するため、「エキスパート」アルゴリズムを用いて、散瞳を行うことなく薄明視条件下において実施した(PRLを中心とする10度の領域で試験を行った37ポイント; 4-2戦略;持続時間200msの刺激のサイズGoldmann III)。除外基準には、募集後6ヵ月以内に活動性脈絡膜新生血管(CNV)の治療を受けた場合、眼軸長が>24.5 mm又は<20.5 mmの場合、及びコントロール不能の緑内障を患っており、募集後6ヵ月以内に眼内手術を受けた場合が含まれる。
【0035】
患者の平均年齢は77±16歳(43歳~91歳)で、男女比は5:3であった。手術は1名の外科医(MAQ)が標準的手法を用いて行った。瞳孔散大には局所散瞳薬を用い、テノン嚢下送達により麻酔を施した。フェムト秒レーザー手術のプラットフォーム(LenSx(R), Alcon(R), FortWorth, 米国テキサス州)を用いて水晶体嚢を5 mm切開して断片化し、WHITESTAR Signature(R)水晶体超音波吸引システム(Abbot Medical Optics, Abbot Laboratories Inc., 米国イリノイ州)を用いて100度の位置で標準的な2.6 mmの角膜切開を行い、水晶体を摘出した。水晶体嚢は凝集型眼粘弾剤(OVD)で満たし、レンズを挿入器に装填して、主な創傷から水晶体嚢に注入し、レンズの中心固定、OVDと緩衝塩類溶液の入替えを行った。被験者は全員、目標ジオプトリ-度数の1D内で術後等価球面度数を達成した(平均+2.9±1.3D)。
【結果】
【0036】
スペキュラーマイクロスコピーでは、術後の内皮細胞数の平均減少率は13±14%(0~37%)であった。2眼では37%と31%の減少が認められた。この被験者は2週間後に追跡不能となったが、この原因として、点眼コンプライアンスの不遵守が考えられる。その他の結果は、標準的な水晶体超音波乳化吸引術による白内障手術後に予測される減少(4~13%)と一致していた8。80点の視野検査の結果は、術前と術後で同様であり(観察された平均点数は、術後53±27に対し術前50±31であった。)、前眼部と黄斑OCT画像により、IOLが良好に中心固定され、術後黄斑が安定していることが分かった。被験者全員について、術後の眼圧は安定しており、術前・術後2ヵ月の平均眼圧は、それぞれ16±2.8 mmHg及び14±2 mmHgであった。
【0037】
1例の被験者については、術後のMN読取データを入手できなかった。その他については、平均読書視力は1.07±0.31 LogMARから0.9±0.37 LogMARへ、臨界文字サイズは1.04±0.25から0.95±0.27へとわずかな改善が認められた。平均読書速度は1分あたり28±19単語から44±31単語に増加し、57%の改善がみられた。
【0038】
微小視野測定データは、対象眼のうちの1つを除く全てにおいて、術後約1ヵ月及び/又は2ヵ月に得られた。微小視野測定による閾値感度は、平均8.2±4.6 dBから12.0±5.6 dBへの改善がみられた。4度円内にある固視点の平均割合は77±17%から91±11%に増加した。1名の被験者については、術後の微小視野測定データは入手できなかったものの、該被験者の挿入後の視力は有意に改善した。微小視野検査では、術後3眼にごくわずかな変化が認められ、その他については1ヵ月目及び2ヵ月目に漸進的改善の所見が確認された。
【0039】
術眼のうち3眼について更に微小視野検査を実施したところ、2ヵ月目以降に視覚機能の漸進的な改善がみられた。これらの眼におけるPRLは、地図状萎縮部位から次第に離れることが認められた。被験者の第1眼では、平均閾値感度は5ヵ月で0 dBから16.6 dBに上昇し、これに付随して、4度円内にある固視点の平均割合が64%から94%へと増加した。該被験者の第2眼では、術後4ヵ月目の検査で、平均閾値感度が4.2 dBから3 dBにわずかに低下したが、4度円内にある固視点の平均割合は57%から93%に増加し、該固定点は、視神経乳頭と広い地図状萎縮部位との間の狭い経路に集中していた。第3被験者の4ヵ月後の検査では、閾値感度が12.9 dBから27 dBへと増加し、4度円内にある固視点の平均割合が99%から83%へとわずかに減少した。
【0040】
不等像視の症状は報告されなかったが、被験者全員が、後日他眼に該デバイスを挿入した。
【0041】
中等度から重度のAMD被験者において、実験室のシミュレーション結果と一致する術後視力の改善が認められ、遠見視力及び近見視力は平均18 ETDRS文字改善され、平均読書速度は57%上昇した。該結果は、公表されている、CNV治療を受けた者を含むAMD患者の白内障手術後の転帰と比べ、非常に良好な結果である。最近行われたメタ分析によると、白内障手術を受け、標準的な単焦点IOLを挿入したAMD被験者は、6ヵ月~12ヵ月の経過観察後に6.5~7.5 ETDRS文字の視力の改善が期待できる9, 10。
【好ましい実施形態に関する説明】
【0042】
本発明は、上記のとおりであるが、当業者であれば、添付の請求項に記載された本発明の主旨及び範囲から逸脱することなく、本発明に様々な変更及び/又は修正を加えることができることを容易に察知し得るものである。
(略語及び頭文字)
加齢黄斑変性(AMD)
楕円輪郭領域二変量解析(Bivariate contour ellipse area analysis)(BCEA)
信頼区間(Cl)
矯正遠見視力(CDVA)
矯正近見視力(CNVA)
脈絡膜新生血管(CNV)
糖尿病性網膜症早期治療研究(ETDRS)
移植式超小型テレスコープ(IMT)
眼内レンズ(IOL)
眼圧(IOP)
対数最小分離閾角度(LogMAR)
偏心視を獲得するための眼底視野計(Macular integrity assessment)(MAIA)
眼粘弾剤(OVD)
光干渉断層計(OCT)
好ましい網膜遺伝子座(PRL)
標本平均の標準誤差(SEM)
(参考文献)
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