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特許7487404制御されたプロービング深さを有する原子間力顕微鏡ベースの赤外線分光法の方法及び装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-10
(45)【発行日】2024-05-20
(54)【発明の名称】制御されたプロービング深さを有する原子間力顕微鏡ベースの赤外線分光法の方法及び装置
(51)【国際特許分類】
   G01Q 30/02 20100101AFI20240513BHJP
   G01N 21/3577 20140101ALI20240513BHJP
   G01Q 60/24 20100101ALI20240513BHJP
【FI】
G01Q30/02
G01N21/3577
G01Q60/24
【請求項の数】 26
(21)【出願番号】P 2023505989
(86)(22)【出願日】2021-07-21
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-08-30
(86)【国際出願番号】 US2021042461
(87)【国際公開番号】W WO2022026253
(87)【国際公開日】2022-02-03
【審査請求日】2023-03-24
(31)【優先権主張番号】16/940,996
(32)【優先日】2020-07-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】512038610
【氏名又は名称】ブルカー ナノ インコーポレイテッド
【氏名又は名称原語表記】BRUKER NANO,INC.
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(74)【代理人】
【識別番号】100142907
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 淳
(72)【発明者】
【氏名】ダッジ、アレクサンドル
(72)【発明者】
【氏名】ロイ、アニルバン
(72)【発明者】
【氏名】ヤン、ホンファ
【審査官】佐々木 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-112575(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0222047(US,A1)
【文献】特開2014-126439(JP,A)
【文献】特表2013-534323(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0204296(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01Q10/00-90/00
G01N21/00-21/01
21/17-21/61
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
走査型プローブ顕微鏡を用いて定量的に制御されたプロービング深さ及び体積でサンプルのサブミクロン領域に関する分光情報を得る方法であって、
前記走査型プローブ顕微鏡のプローブを前記サンプルの領域と相互作用させるステップと、
放射線ビームで前記サンプルを照明するステップと、
前記プローブ又は前記サンプルを変調周波数fで変調するステップと、
側波帯周波数f=|f-f|が前記プローブの共振周波数と実質的に同一であるように放射線ビーム変調周波数fで前記放射線ビームを変調するステップと、
入射放射線の吸収による前記側波帯周波数fでのプローブ応答を測定するステップと、
前記サンプルの領域の吸収スペクトルを示す信号を構成するために前記プローブの応答を分析するステップと、
前記放射線ビーム変調周波数及び前記変調周波数の少なくとも1つを調整して前記サンプルの上面からのプロービング深さ及び前記信号のプロービング体積の少なくとも1つを制御するステップと、
を含み、
前記変調周波数f は、前記プローブのプローブ共振周波数と独立して前記サンプルに適用される、方法。
【請求項2】
a)プローブ共振周波数でfを維持するためにfを調整しつつ前記放射線ビーム変調周波数fを調整するステップと、b)前記プローブと前記サンプルとの間の相互作用力を調整するステップと、のうちの少なくとも1つをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記相互作用力は、周波数fで変調の振幅を変化させることによって調整される請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記相互作用力は、前記プローブ又は前記サンプルに加えられる応力を制御することによって調整される請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記走査型プローブ顕微鏡は、接触、間欠的接触、タップピング又は非接触モードの少なくとも1つで作動する請求項2に記載の方法。
【請求項6】
前記変調周波数fは、前記プローブに印加され、前記プローブの接触又は自由空気共振と実質的に等しく、前記信号を増加させる請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記側波帯周波数f=|m×f+n×f|であり、m及びnは正又は負の整数である請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記放射線ビーム変調周波数fは、0.5MHzよりも大きい請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記放射線ビーム変調周波数fは、1MHzよりも大きい請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記放射線ビーム変調周波数fは、2MHzよりも大きい請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記プロービング深さは、前記サンプルの前記上面から100nm未満である請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記プロービング深さは、前記サンプルの前記上面から50nm未満である請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記プロービング深さは、前記サンプルの上面から30nm未満である請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記放射線ビームは、UV-Vis-IR-THz範囲をカバーする約200nm~300μm波長範囲の電磁波である請求項1に記載の方法。
【請求項15】
前記吸収スペクトルを示す信号は、前記プロービング深さを較正するために複数の周波数で測定される請求項1に記載の方法。
【請求項16】
複数の周波数における前記測定は、前記サンプルの表面下の特性から最表面層の特性を分離するのに使用される請求項15に記載の方法。
【請求項17】
複数の周波数における前記測定は、前記サンプルの埋め込まれた表面下の特性を測定するのに使用される請求項15に記載の方法。
【請求項18】
前記サンプル及び前記プローブは、液体環境にある請求項2に記載の方法。
【請求項19】
前記液体環境からの前記信号に対する寄与は、前記調整するステップの結果として実質的に抑制される請求項18に記載の方法。
【請求項20】
走査型プローブ顕微鏡を使用して液体環境中のサンプルのサブミクロン領域に関する分光情報を得る方法であって、
前記方法は、
前記走査型プローブ顕微鏡のプローブを前記サンプルの領域と相互作用させるステップと、
放射線ビームで前記サンプルを照明するステップと、
プローブ又は前記サンプルを周波数fで変調するステップと、
側波帯周波数f=|f-f|が前記プローブの共振と実質的に同一であるように放射線ビーム変調周波数fで前記放射線ビームを変調するステップと、
入射放射線の吸収による前記側波帯周波数fでプローブ応答を測定するステップと、
前記放射線ビーム変調周波数及びfの少なくとも1つを調整して前記サンプルの表面からのプロービング深さ及び信号のプロービング体積の少なくとも1つを制御するステップと、
前記液体環境からの前記信号への寄与が実質的に抑制される前記サンプルの光学特性を示す前記信号を構成するステップと、
を含み、
は、前記プローブのプローブ共振周波数と独立して前記サンプルに適用される、方法。
【請求項21】
a)プローブ共振周波数でfを維持するためにfを調整しつつ前記放射線ビーム変調周波数fを調整するステップと、b)前記プローブと前記サンプルとの間の相互作用力を調整するステップと、のうちの少なくとも1つをさらに含む請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記放射線ビームは、前記サンプルの上又は下から出る請求項20に記載の方法。
【請求項23】
前記放射線ビームは、プリズムなしで前記サンプルの上又は下から出る請求項20に記載の方法。
【請求項24】
前記サンプル及び前記プローブは、特別な液体セルなしで液体に完全に浸漬されている請求項20に記載の方法。
【請求項25】
定量的に制御されたプロービング深さ及び体積を有するサンプルのサブミクロン領域に関する分光情報を得るための装置であって、
プローブがある走査型プローブ顕微鏡と、
放射線源と、
放射線源変調器と、
プローブ応答検出器と、
を含み、
前記装置は、
少なくとも1つの放射線源からの複数の放射線波長の放射線ビームで前記サンプルを照明し、変調周波数 前記プローブを変調し、少なくとも1つの放射線ビーム変調周波数fで光ビームを変調し、入射放射線の吸収によって少なくとも1つの側波帯周波数fで前記プローブの応答を測定し、前記変調周波数f又は前記放射線ビーム変調周波数の少なくとも1つを自動的に調整し、及び前記プローブの応答は前記サンプルの領域の吸収スペクトルを示す信号を構成するために分析するように構成され
前記変調周波数f は、前記プローブのプローブ共振周波数と独立して前記サンプルに適用される、
装置。
【請求項26】
前記装置は、前記サンプルの上面からのプロービング深さ及び前記吸収スペクトルを示す信号のプロービング体積の少なくとも1つを制御するために前記放射線ビーム変調周波数fをさらに調整する請求項25に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
好ましい実施形態は、ナノ光学(nano-optical)及び分光測定(spectroscopy measurement)を行うことに関し、特に好ましくは、異種システム(heterogenous system)における化学成分の分布を示す情報を得るためにAFM-IRを使用することに関する。
【背景技術】
【0002】
AFM-IRは、ナノメートルスケールに近い分解能(resolution)で、一部表面の光学特性/材料組成を測定及びマッピングするための有用な技術である。図1は、接触モードAFM(図1A)又はタッピングモード(Tapping Mode(商標))AFM(図1B)として作動する従来技術のAFM-IRの実装を示す。図1Aでは、AFM-IRシステム10は、関心領域17でサンプル16と相互作用するチップ(tip)21を有するプローブ20を含む。プローブカンチレバーに隣接する破線は、プローブ20の接触共振(contact resonance)を示す。作動時にIR源11は電磁エネルギー12のIRビームをサンプル/チップ相互作用領域に向ける。サンプルは(IR吸収により)反応し、光学偏向検出配置(optical deflection detection arrangement)を使用して接触共振の対応する変化を検出できる。この配置は、検出器24(例えば、4分割フォトダイオード)に向かって反射するようにプローブのカンチレバーの後方にレーザ22のビームを指向させることを含む。検出された偏向は、接触共振変化の決定のためにプロセッサ/コントローラ69に送信され、それによって1つ以上のサンプル特性の表示が提供される。図1Bも同様である。タッピングモード(商標)AFM-IRシステム39は、実質的にレバー46の遠位端に位置するチップ44を有するプローブ43を含む。プローブ43は、ピエゾ素子(piezoelectric element)48にエネルギーを供給する源56によって振動するように駆動される。サンプルの関心領域42におけるチップ-サンプル相互作用区域に向かう電磁エネルギー40に応答する振動の変化は、光偏向検出装置を使用して検出される。特に、レーザ50からのレーザビームは、プローブレバーの裏側に向けられ、偏向ビーム52は、偏向を測定するためにプロセッサ/コントローラ58と通信する検出器54に向けられる。これらのAFM-IR従来技術システムは、1MHz未満で作動可能な下部カンチレバーモードシステム(1~3次モード)として知られている。
【0003】
赤外線分光法と走査型プローブ顕微鏡(SPM)は、赤外線光源、例えば、可変自由電子レーザ(tunable free electron laser)、光パラメトリック発振器、又はサンプルによる赤外線の局所吸収を測定する鋭いプローブを有する原子間力顕微鏡(AFM)を備えた量子カスケードレーザを統合する分光法を行うために組み合わされる。この点に関する従来の技術は、多くの場合、接触モードAFM(contact-mode AFM)に基づいており、光吸収中にサンプルが膨張(又は収縮)するときに発生する接触共振振動から吸収信号を抽出する。開発により、これらの光熱AFMベースの技術(photothermal AFM-based technique)の空間分解能がミクロンから100nmに改善された。最近、IR照明を使用するタッピングモードベースのAFM技術が、10nmまでの空間分解能をもたらすことが示された。ここで、基本メカニズムは、AFMプローブとサンプルとの間の光誘起像力(photoinduced image force)であると主張されている。
【0004】
一般に、試験中のサンプルと電磁エネルギーとの間の相互作用を監視して、サンプルに関する情報を得ることができる。分光法では、サンプルを通過する光の透過又はサンプルからの反射により、波長の関数として透過又は反射強度のサンプル特性プロットが得られる。この分光情報により、ユーザーは化学組成又は温度などのサンプルの物理的特性を決定することができる。
【0005】
特に、ナノスケールの空間分解能で分光測定を行うことは、改善が続けられている。しかし、回折限界を超える空間分解能を持つイメージング技術の開発が進んでいるにもかかわらず、化学的特異性及び分子レベルでの感度を同時に提供する分光法の実装は、依然として困難である。
【0006】
SPMは、この分野の改善を促進している。AFMは、典型的にチップを有し、適切な力でチップをサンプルの表面と相互作用させて、原子の寸法まで表面を特徴付けるプローブを使用する装置である。一般に、プローブは、サンプルの特性変化を検出するためにサンプルの表面に導入される。チップとサンプルとの間に相対的な走査移動を提供することによって、サンプルの特定の領域にわたって表面特性データを得ることができ、サンプルの対応するマップが生成することができる。
【0007】
AFM-IR技術の様々な態様は、特許文献1、特許文献2、特許文献3、特許文献4、特許文献5、特許文献6、特許文献7、及び米国特許出願第13/135,956号、第15/348,848号、及び第62/418,886号が共同発明者及びこの特許出願の共同所有者によって記述されている。これらの出願は、その全体が参照として組み込まれる。
【0008】
従来のAFM-IR技術では、サンプルの準備が困難になる可能性がある。この技術は、サンプルの加熱を誘導するIR照明の吸収によって生じるサンプル膨脹の測定に依存する。熱膨張が続くと、一般的なAFM偏向検出技術によって測定されるAFMカンチレバーで動きを生成する。信号の強度は、カンチレバーのばね定数、サンプルの熱膨脹係数及びIR照明の浸透深さなどのサンプル及びカンチレバーに関連する多くのパラメータによって変わる。厚い吸収領域を持つサンプルを使用すると、AFM-IR信号が強くなる可能性があるが、サンプル内の熱拡散によって空間分解能が低下し、非局所的な(AFMチップの大きさによって定義される)サンプル拡張が発生する可能性がある。非吸水性又は低熱膨張性基板上に薄層としてサンプルを準備することにより、最適な空間分解能が達成できる。この準備は、ドロップキャスティング、スピンコーティング、ミクロトーム法などの様々なサンプル準備技術を使用して行うことができる。
【0009】
しかし、一部のタイプのサンプルは、厚い有機基板上の薄い有機コーティング又は層のように、これらの準備技術を使用することができない。このタイプのサンプルでは、IR光は薄い最上層(top layer)を越えて下地基板(underlying substrate)に浸透することができる。その後、IR光は基板に吸収され、さらなる拡張を引き起こす可能性があり、その全体は、IR照明の完全な浸透深さにわたる拡張の畳み込みである。これにより、最上層の信号がマスクされ、測定が無駄になる可能性がある。
【0010】
さらに、このサンプル測定は、最上層が非常に薄い(数百ナノメートル未満)、及び/又は基板と類似する化学的特性を有する場合に、特に困難になる可能性がある。この場合、結果として得られる信号は、薄い最上層によって寄与される変調はわずかであり、厚い基板層の寄与によって支配される可能性がある。その結果、異なる厚さの層(例えば、有機薄膜層及び厚いポリマー層などの厚い基板)の間で異なる組成を区別することに対応するAFM-IRソリューションが望まれている。
【0011】
特許文献8では、代替の表面感知モードが開発された。この技術は、表面弾性を追跡することによって高い表面感度を達成することができるが、最表面層(top surface layer)のプロービング深さ(probing depth)は制御されておらず、定量化できない。表面感度(surface sensitivity)は、サンプル表面の弾性変化によるプローブ共振の移動を測定することによって達成される。
【0012】
AFMカンチレバープローブの共振周波数の変化は、表面感知技術を作るAFMプローブの頂点からサンプル物質の数ナノメートル又は数十ナノメートル以内の短距離内での相互作用でのみ発生する。
【0013】
表面下(subsurface)の情報にアクセスするために、AFMを用いて表面下の熱特性をプローブするために超音波力顕微鏡が開発された[Tomoda2003-アプライドフィジックスレターズ誌(Applied Physics Letters)82,622(2003)]。しかし、熱特性の測定から光学スペクトル情報の測定で技術を拡張することは困難である。
【0014】
Tomodaでは、研究者は、サンプルの分子振動の領域にない850nmの波長のレーザを使用した。レーザは、光学分光情報を得ることなく、純粋に熱源としてサンプルを加熱するために使用される。さらに、この方法では、カンチレバーを介する直接上部照明(top illumination)(例えば、サンプルの上)のために透明なカンチレバーが必要であり、これは、近赤外線でのみ作動し、中赤外線領域では作動しない。
【0015】
AFMベースの赤外線ナノ分光法技術(AFM-IR、PTIR、PiFM、sSNOM、NSOMを含む)を利用可能であるが、一般にプローブの強力な光散乱/吸収及び強力な機械的減衰(mechanical damping)によって液体中で作動することは困難である。[Light:Science&Applications(2017)6,e17096][Nano Lett.2020,20,6,4497-4504]
これらの問題により、AFM-IRは、空気又は他のガスではなく、固有の水性環境で生物学的及び化学的サンプルを研究することが難しい。
【0016】
特に中赤外線領域における水の強い光散乱及び吸収は、サンプルからの信号を圧倒することができる。
カンチレバー振動の強い機械的減衰によってAFM応答(AFM response)は弱くなる。例えば、基本カンチレバー機械的共振のQ係数は、空気中で約100から水中で約1に減少する可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】米国特許第8869602号明細書
【文献】米国特許第8680457号明細書
【文献】米国特許第8402819号明細書
【文献】米国特許第8001830号明細書
【文献】米国特許第9134341号明細書
【文献】米国特許第8646319号明細書
【文献】米国特許第8242448号明細書
【文献】米国特許出願公開第2019/0011358号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
これらの技術的な問題のいくつかは、底面照明の構成で解決されたが、底面照明に必要な特殊サンプル準備及び転送メカニズムは、依然として制限事項である。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上述した欠点を解決するために、新しい機器及び対応する方法が好ましい実施形態で開発された。本明細書に記述されたシステム及び方法は、制御されたプロービング深さ及び体積で、ナノメートルスケールの厚さを有するサンプルに対して化学分光法を実行するために提供され得る。この方法は、非常に厚いサンプルでも、表面感度(surface sensitivity)を使用して表面下の特性に関連するデータから最表面層に関するデータを分離するのに適用することができる。この方法は、埋め込まれた表面下の特性の光学的及び化学的情報を得るためにも適用できる。
【0020】
好ましい実施形態から利益を受け得る用途には、薄い表面コーティング又はフィルム、表面汚染又は表面からの深さに対する材料の不均一な分布を有する複合材料の測定を含む。
【0021】
新しい方法を液体環境に適用すると、照明モードが上部又は上方にあっても液体からの信号寄与を大幅に減らすことができるため、固有の水性環境での生物学的サンプル研究に適している。サンプル変調を使用して接触モードで作動する場合、新しい方法はプローブへの減衰効果を大幅に低減する。また、液体IR吸収による背景は液体からの寄与がサンプルからの寄与とは異なる周波数で信号を生成するため、差し引くことができる。
【0022】
好ましい実施形態の一態様では、走査型プローブ顕微鏡を使用して定量的に制御されたプロービング深さ及び体積でサンプルのサブミクロン領域に関する分光情報を得る方法は、走査型プローブ顕微鏡のプローブをサンプルの領域と相互作用させるステップを含む。サンプルは放射線ビームで照射され、プローブ又はサンプルは周波数fで変調される。この方法は、側波帯周波数(sideband frequency)f=|f-f|が高調波を含むプローブの共振周波数と実質的に等しくなるように周波数fで放射線ビームを変調するステップ、及び次に入射放射線の吸収によって側波帯周波数fでプローブ応答を測定するステップを含む。プローブの応答は、サンプルの領域の吸収スペクトルを示す信号を構成するために分析される。好ましくは、信号のプロービング深さ及びプロービング体積の少なくとも1つは、f及びfの少なくとも1つを調整することによって制御される。
【0023】
[定義]
「光学特性」とは、屈折率、吸収係数、反射率、透過率、透過度、吸光度、吸収率、屈折率の実数及び/又は虚数成分、サンプル誘電関数の実数及び/又は虚数成分及び/又はこれらの光学的特性の1つ以上から数学的に導出可能な任意の特性を含むが、これらに制限されないサンプルの光学特性に関する。
【0024】
「走査型プローブ顕微鏡(SPM)」は、鋭いプローブがサンプル表面と相互作用した後、サンプル表面の1つ以上の特性を測定しながら表面を走査する顕微鏡を意味する。走査型プローブ顕微鏡は、鋭いチップを有するカンチレバープローブを含み得る原子間力顕微鏡(AFM)であり得る。SPMは一般に、プローブチップ及び/又はプローブチップが取り付けられた物体、例えばカンチレバー又は音叉又はMEMS装置などの運動、位置、及び/又はその他の応答を測定する機能を含む。最も一般的な方法は、レーザビームがカンチレバープローブから反射してカンチレバーの偏向を測定する光学レバーシステムを使用するステップを含む。代わりに、ピエゾ抵抗カンチレバー、音叉、静電容量感知、及びその他の技術などの自己感知技術(self-sensing technique)がある。他の検出システムは、力、力勾配、共振周波数、温度及び/又は表面とのその他の相互作用又は表面相互作用に対する応答などの他の特性を測定することができる。
【0025】
「プロービング深さと体積」は、最終測定信号に寄与する測定領域を意味し、プロービング深さのために上部サンプル表面から垂直方向に、プロービング体積のためにチップの下に囲まれた3次元体積を意味する。
【0026】
「プローブとサンプルとの相互作用」は、1つ以上の近距離相互作用、例えば、引力及び/又は反発チップ-サンプル力及び/又はプローブ頂点に近接したサンプルの領域で散乱される放射線の生成及び/又は増幅が発生するようにプローブチップをサンプルの表面に十分近づけることを意味する。相互作用は、接触モード、間欠的接触/タッピングモード、非接触モード、パルス力モード(pulsed force mode)、PeakForce Tapping(登録商標)(PFT)モード、及び/又は任意の横方向変調モード(lateral modulation mode)であり得る。相互作用は一定であってもよく、いくつかの実施形態のように周期的であってもよい。周期的な相互作用は、正弦波又は任意の周期的な波形である可能性がある。パルス力モード及び/又は高速力曲線技術(fast force curve technique)は、プローブをサンプルと相互作用する望ましいレベルに周期的に行うことに使用されることができ、次に保持期間を経て、その次にプローブを後退させ得る。
【0027】
「照明する」は、物体、例えば、サンプルの表面、プローブチップ及び/又はプローブ-サンプル相互作用の領域に放射線を向けることを意味する。照明には、赤外線波長範囲、可視光線、及び紫外線からTHzまでの他の波長の放射線を含み得る。照明は、放射線源、反射要素(reflecting element)、繊維などの導波要素(waveguiding element)、集束要素(focusing element)、及びその他のビームステアリング(beam steering)又はコンディショニング要素(conditioning element)の任意の構成を含み得る。
【0028】
本明細書の目的上、「赤外線光源」は、赤外線波長範囲で放射線を生成又は放射する1つ以上の光源を意味する。例えば、中赤外線(2~25ミクロン)内の波長を含むことができる。赤外線光源は、これらの波長下位領域の大部分にわたって放射線を生成するか、又は波長範囲の1つの下位集合である同調範囲(tuning range)を有する、又は例えば、2.5~4ミクロン又は5~13ミクロンのような複数の個別波長範囲にわたって放射を提供することができる。放射線源は、熱源又はグローバー源、レーザ駆動プラズマ源、超連続レーザ源、周波数コム、差周波数発生器、和周波数発生器、高調波発生器、光パラメトリック発振器(OPO)、光パラメトリック発生器(OPG)、量子カスケードレーザ(QCL)、ナノ秒、ピコ秒、フェムト秒、及びアト秒レーザシステム、CO2レーザ、加熱カンチレバープローブ、又はその他の微視的ヒーター及び/又はパルス又は連続波動作動で放射線ビームを生成するその他の源を含む複数の源の1つであり得る。源は、例えば、スペクトル幅が<10cm-1又は<1cm-1以下の狭帯域であってもよく、例えばスペクトル幅が>10cm-1、>100cm-1又は500cm-1以上の広帯域であってもよい。
【0029】
「UV-Vis-IR-THz範囲をカバーする200nm~300μmの波長範囲の電磁波」は、200nm~300μmの波長範囲の電磁波を意味する。UV又は紫外線:200~380nm;ビス又は可視波長:380nm~700nm;IRは、近赤外線と近赤外線が含まれた近赤外線及び中赤外線を含む。700nm~2μm、中間IR:2~25μm;テラヘルツ:25μm~300μmである。
【0030】
「~を示す信号」は、関心特性と数学的に関連する信号を意味する。信号は、アナログ信号、デジタル信号、及び/又はコンピュータ又はその他のデジタル電子装置に格納された1つ以上の数値であり得る。信号は、電圧、電流、又は容易に変換及び記録できるその他の信号であり得る。信号は、例えば、明示的に絶対位相信号又は吸収係数のように、測定される特性と数学的に同一であり得る。例えば、線形又はその他のスケーリング、オフセット、反転、さらには複雑な数学的操作を含む、1つ以上の関心特性と数学的に関連する信号であってもよい。
【0031】
「スペクトル」は、サンプルの1つ以上の特性を波長の関数として、又は同等に(より一般的に)波数の関数として測定することを意味する。
「赤外線吸収スペクトル」は、サンプルの赤外線吸収係数(infrared absorption coefficient)、吸光度、又は類似のIR吸収特性の波長依存性に比例するスペクトルを意味する。赤外線吸収スペクトルの例は、フーリエ変換赤外分光計(FTIR)によって生成された吸収測定、すなわち、FTIR吸収スペクトルである(赤外線吸収スペクトルは、透過スペクトルからも容易に導出できる)。
【0032】
「変調する(Modulating)」又は「変調(modulation)」は、サンプルに入射する放射線について言及する場合、ある位置における赤外線レーザ強度を周期的に変化させることを指す。光ビーム強度の変調は、例えば、ピエゾアクチュエータ又はミラーを傾斜又は変形させる他の手段を使用して静電式、電磁式に駆動されるチルトミラー、又は高速回転ミラー装置によって、ビームの機械的切断、制御されたレーザパルス及び/又はレーザ光ビームの偏向によって達成することができる。変調はまた、音響光学変調器、電気光学変調器、光弾性変調器、ポッケルスセルなどの時間変化伝送を提供する装置で達成することもできる。変調は、例えば、回折MEMSベースの変調器、高速シャッター、減衰器、又はサンプルに入射するレーザ強度の強度、角度、及び/又は位相を変更するその他のメカニズムによって回折効果で達成することもできる。
【0033】
「復調する」又は「復調」は、通常、全体の信号から情報を含む信号を抽出することを意味し、必ずしも特定の周波数で抽出することではない。例えば、このアプリケーションでは、光検出器で収集されたプローブ光が全体の信号を示す。復調プロセスは、サンプルによって吸収された赤外線によって撹乱されている部分を選択する。復調は、ロックインアンプ、高速フーリエ変換(FFT)、所望の周波数での離散フーリエ構成要素の計算、共振アンプ、狭帯域バンドパスフィルタ、又は変調と同期していないバックグラウンド及びノイズ信号を抑制しながら関心信号を大きく向上させる他の技術によって達成できる。
【0034】
「復調器」は、復調を実行するデバイス又はシステムを意味する。
「分析器/コントローラ」は、システムのデータ収集及び制御を容易にするシステムを意味する。コントローラは、単一の統合電子エンクロージャ(single integrated electronic enclosure)であるか、複数の分散要素(multiple distributed element)を含むこともできる。制御要素は、プローブチップ及び/又はサンプルの位置決め及び/又は走査のための制御を提供し得る。それらはまた、プローブの偏向、動作、又はその他の応答に関するデータを収集し、放射線源の電力、偏光、ステアリング、フォーカス、及び/又はその他の機能を制御することもできる。制御要素などは、コンピュータプログラム方法又はデジタル論理方法を含むことができ、様々なコンピューティングデバイス(コンピュータ、パーソナル電子デバイス)、アナログ及び/又はデジタル離散回路部品(トランジスタ、抵抗器、コンデンサ、インダクタ、ダイオードなど)、プログラマブルロジック、マイクロプロセッサ、マイクロコントローラ、特定用途向け集積回路又はその他の回路要素の任意の組み合わせを使用して実装することができる。メモリから実行できるコンピュータプログラムを格納するように構成されたメモリ要素は、本明細書に説明されたプロセスの1つ以上を実行するために、個別の回路構成要素と共に実装できる。
【0035】
「ロックインアンプ」は、「復調器」(上記で定義)の一例であり、1つ以上の基準周波数でシステムの応答を復調するデバイス、システム及び/又はアルゴリズムである。ロックインアンプは、アナログ電子機器、デジタル電子機器及びこれらの組み合わせを含む電子アセンブリであり得る。また、マイクロプロセッサ、フィールドプログラマブルゲートアレイ(FPGA)、デジタル信号プロセッサ、及びパーソナルコンピュータなどのデジタル電子デバイスに実装された計算アルゴリズムの場合もある。ロックインアンプは、振幅、位相、同相(X)及び直交(Y)成分、又は上記の組み合わせを含めて発振システムの様々な測定基準(metrics)を示す信号を生成することができる。これに関連するロックインアンプは、基準周波数、基準周波数のさらに高い高調波及び/又は基準周波数の側波帯周波数の両方でそのような測定を生成することもできる。
【0036】
「光学応答」は、放射線とサンプルとの相互作用の結果を意味する。光学応答は、上記で定義した1つ以上の光学特性に関連している。光学応答は、放射線吸収、温度上昇、熱膨脹、光誘起力、光の反射及び/又は散乱、相転移又は放射線との相互作用による物質のその他の応答であり得る。
【0037】
「側波帯周波数」は、2つの励起周波数の線形和又は差である周波数を意味する。例えば、システムが周波数f及びfで励起される場合、側波帯周波数は、fがf=|m×f+n×f|の関係を満たす任意の周波数fになることができ、m及びnは正または負の整数である。
【0038】
本明細書で提供される実施形態の態様及び利点は、添付の図面と合わせて以下の詳細な説明を参照して説明される。
図面全体を通して、参照番号は、参照要素間の対応関係を示すために再使用される場合がある。図面は、本明細書に記載の例示的な実施形態を説明するために提供され、本開示の範囲を制限することを意図するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1A】従来技術によるAFM-IRシステムの簡略化された概略図を示す。
図1B】従来技術によるAFM-IRシステムの簡略化された概略図を示す。
図2A】好ましい実施形態による、プロービング深さ感知AFM-IRシステム(図2A)の簡略化された概略図であり、図2Bは、サンプル測定を行う動作中のシステムを示す。
図2B】好ましい実施形態による、プロービング深さ感知AFM-IRシステム(図2A)の簡略化された概略図であり、図2Bは、サンプル測定を行う動作中のシステムを示す。
図3】ピエゾ構成要素を使用しないプローブ変調の代替方法を用いた、別の実施形態による深さ感知AFM-IRシステムの代替実装を示す図である。
図4】深さ感知AFM-IRシステムのさらに別の代替実装を示し、この場合はサンプル変調を使用する。
図5】例示的な実施形態によるAFM-IR方法のフローチャートである。
図6A】従来技術の伝統的なAFM-IR技術を使用して、上面及び表面下からの混合スペクトルを有する測定データを示し、IR信号は波数の関数としてプロットされる。
図6B】従来技術の伝統的なAFM-IR技術を使用して、上面及び表面下からの混合スペクトルを有する測定データを示し、IR信号は波数の関数としてプロットされる。
図6C】従来技術の伝統的なAFM-IR技術を使用して、上面及び表面下からの混合スペクトルを有する測定データを示し、IR信号は波数の関数としてプロットされる。
図7A】好ましい実施形態を使用して除去された表面下からの寄与度を有する表面感度測定データを示し、IR信号は波数の関数としてプロットされる。
図7B】好ましい実施形態を使用して除去された表面下からの寄与度を有する表面感度測定データを示し、IR信号は波数の関数としてプロットされる。
図7C】好ましい実施形態を使用して除去された表面下からの寄与度を有する表面感度測定データを示し、IR信号は波数の関数としてプロットされる。
図8A】好ましい実施形態を使用した場合の、異なるレーザ変調周波数fにおける上面対表面下スペクトル特徴の異なる比率を、結果として得られる画像(図8A)及び波数の関数としてプロットされたIR信号(図8B)と共に示す。
図8B】好ましい実施形態を使用した場合の、異なるレーザ変調周波数fにおける上面対表面下スペクトル特徴の異なる比率を、結果として得られる画像(図8A)及び波数の関数としてプロットされたIR信号(図8B)と共に示す。
図9】ウェッジサンプル(wedged sample)で収集されたレーザ変調周波数fに対するプロービング深さの依存性を示す。
図10A】プローブサンプルのIR励起とそれによる音波伝播(図10A及び10B)及び異なる変調周波数で深さの関数として表示された出力信号(図10C)を含む、変調周波数fを使用して制御されたプロービング深さを有する好ましい実施形態によるAFM-IRの動作原理を示す。
図10B】プローブサンプルのIR励起とそれによる音波伝播(図10A及び10B)及び異なる変調周波数で深さの関数として表示された出力信号(図10C)を含む、変調周波数fを使用して制御されたプロービング深さを有する好ましい実施形態によるAFM-IRの動作原理を示す。
図10C】プローブサンプルのIR励起とそれによる音波伝播(図10A及び10B)及び異なる変調周波数で深さの関数として表示された出力信号(図10C)を含む、変調周波数fを使用して制御されたプロービング深さを有する好ましい実施形態によるAFM-IRの動作原理を示す。
図11A】好ましい実施形態の深さ制御技術を使用して改善された横空間分解能(図11A(接触共振モード)及び図11B(ピエゾ混合モード)のデータ画像を示す。
図11B】好ましい実施形態の深さ制御技術を使用して改善された横空間分解能(図11A(接触共振モード)及び図11B(ピエゾ混合モード)のデータ画像を示す。
図11C】好ましい実施形態の深さ制御技術を使用して改善された横空間分解能(図11A(接触共振モード)及び図11B(ピエゾ混合モード)のデータ画像を示す。
図12】液中測定に適した好ましい実施形態のAFM-IRシステムの概略図である。
図13】ボトムアップIR照明を使用して液中測定に適した好ましい実施形態のAFM-IRシステムの概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
図2は、現在のAFM-IR発明の実施形態の簡略化された概略図を示す。光ビーム102は、走査型プローブ顕微鏡のプローブ109のカンチレバー108のプローブチップ107付近のサンプル106上にビームを集束させる集束光学系(focusing optic)104に向かって光源100から放射される。光ビームは、外部コントローラ112によって設定された周波数fで変調される。光源100は、可視光線、赤外線又はテラヘルツ源であり得る。一実施形態では、プローブチップ107は、接触モードでサンプル106に係合する。カンチレバー108に取り付けられたバイモルフピエゾ(bimorph piezo)などのアクチュエータ110にコントローラ112によって周波数fの変調が提供される。変調された光ビーム102及びピエゾ変調に対するサンプル106応答は、位置感知光検出器118上のカンチレバー応答(例えば、偏向)を介して検出される。検出器118からの信号出力138は、ロックインアンプであり得る復調器114によって分析される。復調器114は、光変調周波数f124と周波数fを有するカンチレバー変調信号122(すなわち、|m×f+n×f|、mとnは正又は負の整数である)の組み合せ周波数fで復調する。
【0041】
図2Bは、図2Aに示されるものと同様の走査型プローブ及びサンプルの領域の拡大図を示す。周波数fで変調された入射光ビーム140は、サンプル142に係合したSPMプローブチップ144の近くに入射する。カンチレバー146は、ピエゾアクチュエーション又は光熱又は磁気励起などのアクチュエータ148を介して周波数fで外部変調源156によって同時に励起される。サンプル142による光ビーム140の吸収は、局所的な熱膨脹を引き起こし、熱音響波(thermal acoustic wave)を発生させる。異種材料の場合、局所吸収及び熱音響波源は位置に依存し、3次元で変化する。熱音響波は入射光によって生成されるため、重要なことは、変調周波数fを変更して熱音響波の伝播長を制御して、測定領域を制御することができることである。変調周波数fは、好ましくは0.5MHzより大きく、より好ましくは1MHzより大きい(さらには2MHzより大きい)。
【0042】
熱音響波の伝播長は、次の式で表される[Nowaki 1986]:
【0043】
【数1】
ここで、σは熱伝導率、ρは密度、Cは熱容量、fは熱波の変調周波数である。
【0044】
熱波伝播長は、変調周波数fに対して1/sqrt(f)依存性を有し、したがって、レーザ変調周波数fを増加させると表面に近接した熱拡散を局所化し、この領域でIR吸収スペクトルを制限する伝播長を減少させる。逆に、変調周波数fを減少させると、熱拡散長がさらに長くなるため、サンプルのより深く制御可能な位置で赤外線吸収に対する有用な洞察が得られる。サンプル厚さの関数としての化学種のマップは、周波数f及びfを変更して生成することができる。繰り返し速度(repetition rate)fを制御することで、AFM-IR測定の浸透深さと横方向拡散を制御することができる。光熱分光法のように、より高い周波数のIR変調は、より低い周波数の変調に比べて熱波拡散長を減少させ、したがって、横方向分解能(lateral resolution)がさらに向上し(図12を参照)、表面感度が高くなる(図9を参照)。熱拡散長は材料の密度、熱容量、及び熱伝導率によって変化するため、深さ感度はサンプルの特性にも依存する。式1に示すように、例えば、熱伝導率がさらに高いサンプルは、さらに深いプロービング深さを生成する。熱特性がよく定義された材料の場合、図9に示すように、プロービング深さは変調周波数を変更してサンプルの上面で15nm以上(>15nm)から50nm未満(<50nm)まで変更され得る。
【0045】
偏向ビーム152の結果的な変調は、光検出器154上のカンチレバー垂直偏向信号によって測定される。弾性係数の2次を考慮すると、プローブ-サンプル相互作用の非線形特性によって、プローブの非線形応答は、混合又はビート周波数f=f-f、又はより一般的にf=|m×f+n×f|で生成され、mとnは正又は負の整数である(ピエゾ混合モード)。
【0046】
非線形結合は、またプローブとサンプルとの間の相互作用力の大きさによって変わる。相互作用力を増加させることはfでの信号を増加させる。非線形結合係数は空間的に依存しないが、係数を変更すると、ノイズフロアの上又は下の信号を選択的にフィルタリングすることができる。
【0047】
周波数fで偏向信号152を復調することによって、サンプル142の上面の光吸収特性に比例する信号が構成され得る。
上記の実施形態を説明するために、AFMカンチレバープローブが使用されたが、上記の表面感知技術は、他の形態の走査型プローブにも適用されることができ、例えば、音叉プローブ又は鋭いプローブが取り付けられたMEMSデバイスはチップとサンプルとの間の相互作用によってデバイスの1つ以上の共振が移動する可能性がある。
【0048】
再び図2Aを参照すると、一実施形態では、光源100は、光吸収時にサンプル106の周期的な局所熱膨脹を生成するために、少なくとも1つの周波数fで変調される。前述のように、これはプローブチップ107の下のサンプルの局所的な熱膨脹によってカンチレバー108に加えられる法線力により、垂直方向に偏向ビーム(deflected beam)117が変調される可能性がある。カンチレバー108は、fで追加の変調(ピエゾ、光熱又は磁気)源によって同時に励起され、チップ-サンプル相互作用の領域で非線形周波数混合によってビート周波数の組み合せが生成される。
【0049】
一実施形態において、光源(例えば、図2Aの100)及び外部変調源156は、分離され、独立して制御されることができ、すなわち、動作は非同期であり得る。
一実施形態において、局所的な熱膨張力は、カンチレバー振動の正常モードとねじりモードとの間の結合によって水平偏向の変化を誘発することができる。結果として生じるfでの水平偏向信号は、fで外部変調源156との非線形周波数混合を受けることができる。
【0050】
一実施形態において、fは、サンプルの接触共振周波数の1つ又はこれに近いものを選択することができる。共振により、fでの有効振幅は、類似した駆動強度で非共振励起に比べてはるかに高くなり、感度が向上する。オンレゾナンス感度(on resonance sensitivity)は、一般的にオフレゾナンス感度(off-resonance sensitivity)の50倍を超える場合がある。
【0051】
一実施形態において、検出器118によって生成された信号は、復調器114に送られ、復調器は、上記で言及したビート周波数fに近い周波数で復調し、したがって、f=|m×f+n×f|、mとnは正又は負の整数である。非線形周波数混合は、SPMチップとサンプル表面との間の相対的な距離によって急速に減少するため、観察された復調信号は主にサンプル表面の光吸収を反映する。
【0052】
一実施形態において、fは、サンプル内の熱拡散長を減少させるために、1.5MHz以上に設定される。等方性媒体の場合、熱拡散長(L)は式1のように表すことができる。f値が高いほど、L値が小さくなり、横方向分解能が高くなり、表面感度が向上する。例えば、図12において、横方向分解能は200kHzで測定したことに比べて1.5MHzで2倍改善したことを示す。
【0053】
再び図2Aを参照すると、光源100は、「光源」の定義で説明されているように、多種多様な可視光線、IR又はテラヘルツ光源のいずれかであってもよい。一実施形態では、これはパルス赤外線レーザ、例えば狭帯域波長可変レーザである。一実施形態では、IR光源はパルス量子カスケードレーザ(QCL)である。あるいは、統合又は外部変調器を有するCW赤外線レーザであり得る。集束光学系104は、単一の光学素子であってもよく、例えばレンズ又は放物面鏡又はSPMプローブチップ107の近くのサンプル106に集束された光ビームを伝達するための任意の数のレンズ及び/又はミラー、回折構成要素などを含む光学構成要素(optical component)のシステムであってもよい。
【0054】
図3は、カンチレバーがカンチレバー又はプローブ変調信号122によって駆動される光熱又は磁気励起源119によって変調され得る代替カンチレバー108変調方式を示している。光熱カンチレバー励起では、追加の光源(UV、VIS、又はnIR)がカンチレバー108のベースに集束されてカンチレバーの特性共振周波数で熱励起が発生する。カンチレバー共振の1つに近い周波数(f)でビームの強度を変調すると、他の機械的共振の干渉なしに効率的に駆動することができる。
【0055】
一実施形態において、fは、f、f、m及びnを慎重に選択することによって、サンプルの接触共振周波数の1つ又はその近くに設定される。接触共振では、復調信号の振幅が最大になり、非共振状態に比べて感度が向上する。
【0056】
図4は、追加のピエゾスキャナ(piezoelectric scanner)111をサンプル106に取り付けることを含む別の変調方式を示す。fでプローブを変調する代わりに、この代替変調方式は、スキャナ111の作動によってfで垂直方向にサンプルを変位させる。この実装は、プローブ変調の場合、fがプローブ共振に近いという制限を取り除く利点を提供する。一実施形態では、サンプル変調は、ピエゾ以外の一般的な音響変調器を介して適用することができる。
【0057】
図5は、例示的な方法200のフローチャートを示す。ステップ202では、光源を所望の波長に同調する。通常、サンプルの化学共鳴に一致する波数である。実際に、800cm-1~4000cm-1の波長範囲は、現在使用可能なレーザによって制限される。ステップ204では、光源を周波数fでパルス化する。これは、内部パルスコントローラ又は外部チョッパーによって達成できる。ステップ206では、SPMプローブがサンプル位置で係合する。これは、チップやサンプル又はこの両方の組み合わせを移動することによって達成できる。ステップ208では、SPMプローブチップが周波数fで変調される。その後、210では、光はSPMプローブチップの近くのサンプルの領域を照らすために使用される。ステップ212では、プローブ発振信号は、位置感知光検出器によって検出され、その後、検出された信号は周波数|m×f+n×f|で信号を構成する(m及びnが負又は正の整数である)ために復調される(ステップ214)。この測定は、サンプル(ステップ216)及び/又は波長(ステップ218)の異なる位置で繰り返すことができる。この測定はまた、異なるプロービング深さで測定を達成するために異なる周波数fで繰り返すことができる(ステップ220、ステップ204に戻る)。
【0058】
図6は、先行技術の測定の表面下の汚染問題の例を示す。測定中のサンプルは、エポキシに埋め込まれたPMMAからなる約300nm厚さのポリマー混合物のフィルムである。ポリマー成分の空間的分布は、1732cm-1でのAFM高さマップ(図6A)及び接触モードAFM-IR画像(図6B)に示される。図6Bの明るい球形領域はPMMAであるが、これは1732cm-1でのPMMA吸収が周囲のエポキシよりも高い信号を生成するためである。AFM-IRスペクトル(図6C)は、PMMAの位置1、エポキシの位置3と共に位置1、2及び3で得られる。位置1のスペクトルは、PMMA IR吸収スペクトルに対応し、位置3のスペクトルはエポキシIR吸収スペクトルに対応する。位置2の場合、最上層はエポキシであるが、その下にPMMAが埋め込まれ、位置2で収集された結果のスペクトルは、最上層のエポキシ(1510cm-1及び1602cm-1のピーク)と表面下PMMA(1732cm-1のピーク)の両方からの寄与により、スペクトル1とスペクトル3の重ね合わせである。
【0059】
比較すると、図7A~7Cは、本変調システム/方法で得られた同一サンプルの画像(7A及び7B)及びスペクトル(7C)を示す。ここで、位置2のスペクトルでは、PMMA吸収の1732cm-1のピークがない。代わりに、ノイズフロア内の位置3のエポキシスペクトルとほぼ完全に一致する。これは、PMMA吸収の表面下の寄与が信号から除去され、最上層からのみ寄与していることを示す。
【0060】
レーザ変調周波数fによる深さ制御感度をさらに詳しく調査するために、図8Bは、他の周波数fの特定の位置で取得された3つのスペクトルを示す。fを325kHzから1701kHzに増加させると、PMMA吸収による1732cm-1の信号が弱くなり、これは上面に近くプローブ深さが小さくなり、より限定されたプロービング深さを示す(画像は図8Aを参照)。
【0061】
図9は、変調周波数fの関数として制御された深さ感度を示している。このプロービング深さ対周波数較正は、既知の厚さのウェッジ(wedged)PMMAサンプルで測定される。ドットは実験結果で、破線は式1で予測される1/sqrt(f)フィッティングである。式1の公式が平面加熱波に対して導出されても、伝播長の周波数依存性は一般的な形状では1/sqrt(f)のままであるが、係数は異なる点を留意されたい。実際の実験ジオメトリの場合、レーザ生成熱源ジオメトリは球形に類似していることが予想される。式1の公式は、プロービング深さを推定するための大まかな推定値として使用することができる。例えば、周波数が1.4MHzであるPMMAの場合、熱波伝播長Lは、式1により165nmと同一である。
【0062】
実験データは、PMMAサンプルに対して周波数f=2MHzで30nm未満の深さの上面制限が達成できることを示している。
図10A図10Cは、新しい変調方式の原理を示す。図10Aは、サンプル位置/関心領域に向けられた励起源「S」を用いて、サンプルと相互作用するプローブの概略図を示す。一般的に、IR放射線の量は、図10Aに示すように、サンプル吸収が厚さに比例して線形的に拡張するランベルトベール(Beer-Lambert)の法則によって決められる。サンプルがパルス型IR放射線を吸収した後、結果として生成された光熱音響波は、図10Bに示すように、ストークの法則(Stokes Law)によってサンプルを介して伝播される。
【0063】
式2a A(d)=a・d(ランベルトベールの法則)
式2b B(d)=B-βd(ストークの法則)
【0064】
【数2】
ここで、aは吸収係数、dはプロービング距離又はサンプルの厚さ、A(d)はプロービング距離dでのサンプル吸光度;B(d)は距離dでの音響信号強度、Bはサンプル表面(d=0)での音響信号強度、bは:h:サンプル粘度、w:変調周波数、r:密度及びV:媒質内の音波の速度で構成された複合パラメータである。厚さによる信号強度の変化は、図10Cのトレース(a)として示されている式2aに基づいてモデル化される。同様に、ストークの法則モデル(式2b)は、異なる変調周波数(w<w’)を有するトレース(b)及び(b’)として示される。チップがサンプルと相互作用するとき、前述の非線形のチップとサンプルとの相互作用力も、上面からの距離(d)に応じて変化する。非線形結合係数(γ)と厚さの指数依存性を仮定すると、全体の信号は次のように表現できる。
【0065】
【数3】
このモデルに基づいて、図10Cの実線曲線(c)及び(c’)(w<w’)として示されているように、変調周波数を上げるとプロービング深さが減少し、逆もまた同様である。
【0066】
プロービング体積の制限は、周波数によって垂直方向に変化するだけでなく、横方向にも変化する。これは、図6C図7Cを比較すると分かるが、図7CはPMMA境界の周辺でより鮮明な分解能を示している。図11は、図6C及び図7Cから得たPMMAとエポキシ境界を横切るラインプロファイルを示している。実際、新しい変調を使用する図7Cの実線は、従来の接触共振モードAFM-IR(1732cm-1から図11Aの画像)を使用する図6Cの破線よりも高い分解能(図11B)を有する。
【0067】
図12及び図13は、本明細書で説明する液中測定の基本技術の実装を示す。
これらの図は、ピエゾ電気スキャナ(piezo electric scanner)158(サンプル又はプローブはスイッチング源(switched source)156を使用して変調され得る)を使用して液中測定のための照明の2つの異なる構成を示す。第1の場合(図12-参照番号は図2Bに対応)では、IRビーム140は上部から出てサンプル142に到達する前にウォーターメニスカス(water meniscus)160を介して伝播される。第2の場合(図13)では、照明はスキャナ158が結合された中間IR範囲において透明なプリズム162を使用して(ATRのような)全反射で行われる。この最後の構成は、サンプルがプリズム表面の上部に蒸着される必要があるため、より制限的である。この場合、プリズムがサンプル調製に適合しない場合があるため、プリズムの材料と大きさを考慮する必要がある。図12の構成では、サンプルは光が通過する必要がないため、IR範囲で透明でない基板に取り付けることができる。
【0068】
ピエゾ混合測定(ピエゾ混合モード)を行う操作は、空気中と同一である。光140はレーザの繰り返し速度で光熱-音響波を誘導し、ピエゾ158はサンプル表面142を変調する。環境が液体であるため、光熱効果は、いずれかの構成でもチップを囲む水から音波を誘導する(波長が吸収帯域に対応する場合)(図12及び13)。音波は全体の液体体積で伝播し、カンチレバー146に衝突する。音波の周波数は、レーザの繰り返し速度と直接連関している。ピエゾ混合技術と同様に、レーザとピエゾの周波数をカンチレバーの接触共振から離して調整し、その結果、水からの音波はカンチレバーによって検出されない。同じ考え方により、ピエゾ変調は、ピエゾ変調の周波数で全容積を伝搬する水の音波を生成する。ここでも、この周波数はカンチレバーの共振とは異なる。
【0069】
空気環境の場合と同様に、サンプルの弾性係数の2次を考慮した場合のプローブとサンプルの相互作用の非線形特性を考慮すると、プローブの非線形応答(non-linear response)は、混合周波数f=f-f、又はより一般的にf=|m×f+n×f|で生成され、mとnは正又は負の整数である。この場合、非線形相互作用は、材料が結果的に非線形弾性応答を提供する場合にのみ存在し、これは固体材料には該当するが、液体には該当しない。水の2次弾性係数は、比較するときに無視できる(ゼロでさえある)ものと見なされる。これらの条件では、非線形応答は、AFMチップを取り囲む水環境ではなく、サンプルでのみ発生する。非線形相互作用は、サンプルが存在する液体環境から吸水寄与を除去するフィルタのように機能する。
【0070】
サンプルが内部に水を含む場合(細胞サンプルのように)、サンプル内部の水の吸収は、依然としてサンプルの最終的な熱膨脹に寄与する光熱効果を誘発することに留意されたい。
【0071】
ピエゾ混合(ピエゾミキシングモード)は、ナノスケール分解能を有するIRで細胞生物学実験を始めるIR範囲における吸水寄与度を除去するための優れた技術である。
ナノメートル単位でAFM-IRの浸透深さを推定するために、サンプルに較正手順(calibration procedure)を適用することができる。例えば、特定の機械的及び熱的特性を持つ既知のサンプルで測定を行うことにより、サンプル高さ較正によって異なる周波数でプロービング深さを定量化できる。機械的特性及び熱的特性について事前知識を有するが、光学的特性は未知の新規のサンプルに情報を適用することによって、プロービング深さを新しい未知のサンプルで較正することができる。
【0072】
プローブを励起させるfによるプローブ変調の場合、アクセス可能なプローブカンチレバー共振周波数に近い約5個の離散周波数に対する制限がある。しかし、サンプルを通じてf変調を適用すると、プローブ共振周波数に制限されない連続周波数繰り返し速度(continuous frequency repetition rate)を使用することができる。これにより、任意の周波数fで測定が可能になる。fの連続同調で測定値を得ると、異なる周波数でIRマッピングを実行することができる。適切な数学的プログラムを使用して、深さの関数として吸収画像を検索することができる。
【0073】
弾性係数の2次を考慮するときのプローブとサンプルとの相互作用の非線形特性によって、プローブの非線形応答は、混合又はビート周波数f=f-f、又はより一般的にf=|m×f+n×f|で生成され、mとnは正又は負の整数である(ピエゾ混合モード)。
【0074】
非線形プローブとサンプルとの相互作用は、サンプルの拡張及びプローブ振動によって変調できる。プローブとサンプルとの相互作用の結合係数は、またサンプルに加えられるプローブの応力によって制御され得る。
【0075】
プローブからサンプルに加えられる応力を増加させると、fでの信号が増加する。
本発明を実行する発明者によって考慮された特定の実施形態が上記に開示されたが、本発明の実施はこれらに制限されない。本発明の特徴に対する様々な追加、修正及び再構成は、根本的な発明概念の思想及び範囲を逸脱することなく行うことができることは明らかであろう。
図1A
図1B
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6A
図6B
図6C
図7A
図7B
図7C
図8A
図8B
図9
図10A
図10B
図10C
図11A
図11B
図11C
図12
図13