IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東洋製罐グループホールディングス株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-プロピレン系樹脂のマスターバッチ 図1
  • 特許-プロピレン系樹脂のマスターバッチ 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-13
(45)【発行日】2024-05-21
(54)【発明の名称】プロピレン系樹脂のマスターバッチ
(51)【国際特許分類】
   C08J 3/22 20060101AFI20240514BHJP
   C08L 23/12 20060101ALI20240514BHJP
   C08K 5/103 20060101ALI20240514BHJP
【FI】
C08J3/22 CES
C08L23/12
C08K5/103
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019217878
(22)【出願日】2019-12-02
(65)【公開番号】P2021088616
(43)【公開日】2021-06-10
【審査請求日】2022-11-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003524
【氏名又は名称】弁理士法人愛宕綜合特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100113217
【弁理士】
【氏名又は名称】奥貫 佐知子
(72)【発明者】
【氏名】村上 卓生
(72)【発明者】
【氏名】阿久津 洋介
【審査官】石塚 寛和
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-177941(JP,A)
【文献】特開平10-202806(JP,A)
【文献】特開2019-090009(JP,A)
【文献】特開2010-001384(JP,A)
【文献】特開昭63-030546(JP,A)
【文献】特開平6-279629(JP,A)
【文献】特開2004-083793(JP,A)
【文献】特開昭62-070443(JP,A)
【文献】特開昭61-287944(JP,A)
【文献】特開昭60-149664(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08J 3/00-3/28、99/00
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロピレン系樹脂を含むマトリックス樹脂中に沸点が200℃より高い不揮発性液体が分散されているマスターバッチであって、
DSC測定において、200℃で5分間熱処理した後に、降温速度10℃/分で-50℃まで冷却した際に最も高温側に観測された発熱ピークのピークトップ温度として示される結晶化温度Tcと、次いで昇温速度10℃/分で-50℃から200℃まで加熱した際に最も高温側に観測された融解ピークのピークトップ温度として示される融点Tmとが、下記式で表わされる温度条件;
Tm<159℃
Tc≧97℃
Tm-Tc<49℃
を満足していると共に、
前記不揮発性液体を、前記プロピレン系樹脂を含むマトリックス樹脂100質量部当り10質量部以上40質量部未満の量で含んでおり、且つ該プロピレン系樹脂がランダムポリプロピレンであり、該不揮発性液体がグリセリン脂肪酸エステル又は植物油であることを特徴とするマスターバッチ。
【請求項2】
前記温度条件が、下記式;
Tm-Tc<42℃
を満足している請求項1に記載のマスターバッチ。
【請求項3】
前記不揮発性液体のマスターバッチ1g当りの表面ブリーディング量が、22℃、60%RHの環境下で60日間保管後、20mg以下である請求項1に記載のマスターバッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロピレン系樹脂のマスターバッチに関するものであり、より詳細には、沸点が200℃よりも高い不揮発性液体を含有するプロピレン系樹脂のマスターバッチに関するものである。
【背景技術】
【0002】
プラスチック容器は、成形が容易であり、安価に製造できることなどから、各種の用途に広く使用されており、例えばポリエチレンやポリプロピレンなどのオレフィン系樹脂は、ケチャップなどの粘稠なスラリー状或いはペースト状の内容物を収容するためのボトルなどの成形に好適に使用されている。
【0003】
ところで、粘稠な内容物が収容されるボトル等の容器では、該内容物を速やかに排出するため、或いは容器内に残存させることなくきれいに最後まで使いきるために、容器を倒立状態で保存される場合が多く、従って、容器を倒立させたときには、粘稠な内容物が容器の内面に付着することなく、速やかに落下するという特性が望まれている。
【0004】
このような要求を満足させるために、古くは、特許文献1に記載されているように、容器内面を形成する樹脂の内面に脂肪族アミド等の固体状の滑剤を配合しておき、この滑剤が容器内面にブリーディングすることにより、容器内容物の滑落性が向上するという手法が採用されていた。
【0005】
しかるに、最近では、特許文献2に記載されているように、内容物と接触する内表面に内容物とは異なる液体の層を形成するという手法が注目されている。かかる手法では、内容物と非混和性の液体による液層を容器の内面に形成しておくことにより、内容物に対する滑り性を従来公知のものに比して格段に向上させることができ、容器を倒立或いは傾倒せしめることにより、容器内壁に付着・残存させることなく、内容物を速やかに容器外に排出することが可能となっている。
このように表面に液層を形成することにより滑り性等の表面特性を改質する方法は、容器の形態に限らず、フィルム等の形態を有する成形体にも適用できるものであり、液体の種類を適宜選択することにより、表面の性質を大幅に改質することができる。
【0006】
しかるに、上記のように、容器等の成形体の表面に液体の層を形成して表面特性を改質するという手段では、容器を成形後、容器の内面に内容物ではない液体を浸漬、スプレー等により施して液体層を形成するが、この場合には、液層を形成するために、格別の処理工程が必要となり、生産性の点で問題がある。このために、表面に液層を形成するためには、液層を形成する液体を内面形成する樹脂に混合し、このような液体が混合された樹脂組成物を用いて成形を行い、成形後の液体のブリーディングにより成形体の表面に液層を形成するという手段が工業的に有利である。即ち、成形後に、格別の処理を行わずとも、容器の内面に前記樹脂組成物に含まれる液体が偏析し、これにより、自動的に液体の層が表面に形成することとなるからである。
【0007】
ところで、上記のような液体(以下、潤滑液と呼ぶことがある)含有樹脂組成物を用いて容器を成形する場合、工業的には、当然、成形用樹脂に潤滑液が配合されたペレット形態のマスターバッチが使用される。即ち、成形時に、その都度、潤滑液と成形用樹脂とを混合して樹脂組成物を調製するのでは、効率が悪く、潤滑液を多量に収容するタンクなども必要となってしまう。従って、該潤滑液を高濃度で含むペレット形状のマスターバッチを予め調製し、保管、搬送などの取り扱いは、このマスターバッチの形で潤滑液を取り扱い、成形時に、該マスターバッチを成形用樹脂により希釈して、表面形成用樹脂組成物を調製し、容器等への成形が行われることとなる。
【0008】
そこで、問題となるのはマスターバッチからの潤滑液のブリード性である。即ち、マスターバッチに含まれる液体の濃度が薄い場合(例えば20質量%以下)には問題は無いのであるが、マスターバッチの液体濃度が高い場合には、マスターバッチから液体がブリードしてしまい、該ペレットがベタついて取扱いが困難となることや、液体のブリーディングにより、これを希釈して成形用の樹脂組成物を調製した時、液体濃度が目標値よりも小さくなってしまうなどの問題がある。この傾向は、液体と混合する成形用樹脂がスクイズ容器等の成形に使用されるポリエチレンやポリプロピレン等のオレフィン系樹脂の場合に顕著である。
【0009】
また、液体成分を含むマスターバッチに関して、特許文献3の実施例には、ポリグリセリンの脂肪酸エステル(液体成分)をポリエチレンやポリプロピレンに5%添加し、押出成形機によりマスターバッチペレットを作成し、このマスターバッチペレットを、ポリエチレンやポリプロピレンの樹脂ペレットと混合しての押し出しにより、フィルムを成形したことが記載されている。しかるに、この特許文献3では、液体成分であるポリグリセリンの濃度が5%と低いため、このマスターバッチから形成される成形用樹脂組成物は、その濃度がかなり低いもの(特許文献4の実施例では、何れも1.5%以下である)に限られてしまい、高濃度で液体成分を含む成形用樹脂組成物を調製することができない。
【0010】
また、特許文献4には、ポリプロピレンなどの結晶性熱可塑性樹脂100重量部に、1~30重量部の帯電防止剤と0.1~1重量部の造核剤が配合されているマスターバッチが開示されており、この帯電防止剤の例としては、グリセリンの脂肪酸エステルなどの非イオン系界面活性剤も挙げられている。即ち、この特許文献4の技術は、結晶性熱可塑性樹脂を結晶化させておくことにより帯電防止剤のブリーディング量を抑制し、帯電防止剤のブリーディングによるべたつきを防止するというものである。しかしながら、この技術では、マスターバッチ当りの帯電防止剤の含有量がおおよそ20質量%程度であり、ブリーディング量も7~9質量%程度に抑制されるに過ぎない。さらに、ここで配合されている帯電防止剤は、埃等の付着を防止するために使用されるものであり、流動性物質の滑り性を向上させるために使用されるものではないため、表面に液層を形成することはない。即ち、多量の帯電防止剤を配合するものではなく、液層を形成する潤滑液のように多量の液体が配合されるマスターバッチに関して、そのべたつきを防止するためには、さらなる工夫が必要である。
【0011】
さらに、特許文献5には、本出願人により、ガラス転移点が35℃以上のマトリックス樹脂(A)中に、粘度(23℃)が1000mPa・s以下である液体(B)が分散されていることを特徴とするマスターバッチが提案されている。このマスターバッチは、流動性物質に対する滑り性を向上させるための潤滑液(液体(B))を含んでおり、高ガラス転移点のマトリックス樹脂(A)を使用することにより、液体(B)のブリーディングを抑制するというものであり、そのブリーディング抑制効果は極めて高い。しかしながら、この特許文献5で使用される高ガラス転移点のマトリックス樹脂は、環状オレフィン系樹脂であり、極めて高価であり、通常のポリプロピレン或いはプロピレンとα-オレフィンとの共重合体のような安価なプロピレン系樹脂には適用できないという欠点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2008-222291号公報
【文献】WO2014/010534
【文献】特公昭43-8605号公報
【文献】特開2012-72335号公報
【文献】特開2015-105308号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って、本発明の目的は、液体含有マスターバッチであって、含有されている液体を高濃度で液体を含有している場合においても、該液体のブリーディングが長期間にわたって有効に抑制されている液体含有マスターバッチを提供することにある。
本発明の他の目的は、安価なプロピレン系樹脂に液体が分散されている液体含有マスターバッチを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、液体含有マスターバッチについて多くの実験を行い、そのブリーディング性を検討した結果、プロピレン系樹脂に液体を配合した場合には、微細な球晶を均一に多く生成させることにより、該液体のブリーディングを著しく抑制できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
本発明によれば、プロピレン系樹脂を含むマトリックス樹脂中に沸点が200℃より高い不揮発性液体が分散されているマスターバッチであって、
DSC測定において、200℃で5分間熱処理した後に、降温速度10℃/分で-50℃まで冷却した際に最も高温側に観測された発熱ピークのピークトップ温度として示される結晶化温度Tcと、次いで昇温速度10℃/分で-50℃から200℃まで加熱した際に最も高温側に観測された融解ピークのピークトップ温度として示される融点Tmとが、下記式で表わされる温度条件;
Tm<159℃
Tc≧97℃
Tm-Tc<49℃
を満足していると共に、
前記不揮発性液体を、前記プロピレン系樹脂を含むマトリックス樹脂100質量部当り10質量部以上40質量部未満の量で含んでおり、且つ該プロピレン系樹脂がランダムポリプロピレンであり、該不揮発性液体がグリセリン脂肪酸エステル又は植物油であることを特徴とするマスターバッチが提供される。
【0016】
本発明のマスターバッチにおいては、下記の態様が好適に採用される。
(1)前記温度条件が、下記式;
Tm-Tc<42℃
を満足していること。
(2)前記不揮発性液体のマスターバッチ1g当りの表面ブリーディング量が、22℃、60%RHの環境下で60日間保管後、20mg以下であること。
【発明の効果】
【0017】
本発明のマスターバッチは、主成分をプロピレン系樹脂とするマトリックス樹脂中に沸点が200℃より高い不揮発性の液体を含んでいるものであるが、DSC測定で算出される融点Tmと、結晶化温度Tcとが、下記式で表わされる温度条件;
Tm<159℃
Tc≧97℃
Tm-Tc<49℃(好ましくはTm-Tc<42℃)
を満足している点に重要な特徴を有しており、これにより、マスターバッチのブリーディングを長期にわたって有効に抑制することができる。特に、後述する実施例に示されているように、20質量%もの多量の不揮発性液体を含んでいるマスターバッチを60日間保管したとき、マスターバッチ1g当りのブリーディング量は20mg以下に抑制されており、従って、液体のブリーディングによるベタツキを有効に防止することができ、また、このマスターバッチに所定の樹脂を配合して成形用樹脂としたとき、成形用樹脂中の液体量を安定に維持することができ、この液体による改質を設計通り行うことができる。
【0018】
即ち、本発明では、マスターバッチが上記の温度条件、さらにはTm-Tc<42℃を満足しているということは、プロピレン系樹脂に造核剤が配合されており、プロピレン系樹脂を含むマトリックス樹脂と不揮発性液体とを溶融混練し冷却したとき、微細な球晶が均一に多く生成していることを意味し、このような多くの微細な球晶によって球晶間の非晶部に溶解している不揮発性液体が封じ込められ、そのブリーディングが有効に抑制されるのである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明におけるDSCによる温度条件を満足している実施例1のマスターバッチの中心断面の結晶状態を示すクロスニコル下における偏光顕微鏡写真。
図2】本発明におけるDSCによる温度条件を満足していない比較例1のマスターバッチの中心断面の結晶状態を示すクロスニコル下における偏光顕微鏡写真。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のマスターバッチは、マトリックス樹脂と、該マトリックス樹脂中に分散された高沸点液体とを必須成分として含む。
【0021】
<高沸点液体>
マトリックス樹脂中に分散される高沸点液体は、このマスターバッチを成形用の樹脂と混合して成形体を製造したとき、その表面に該液体が析出した液層を形成し、かかる液層により、成形体の表面に液体の種類に応じた表面特性を発現させるというものである。従って、かかる液体は、当然、大気圧で揮散しないような沸点、例えば200℃より高い沸点を有するものであり、且つ成形体表面に付与しようとする表面特性に応じて選択される。
【0022】
例えば、撥水性を付与しようとする場合には、シリコーンオイル、グリセリン脂肪酸エステル、植物油(或いは食用油脂)などの中から選択される。
また、撥油性を付与しようとする場合には、親水性の高いイオン液体等を使用することができ、成形体の用途も考慮して、適宜の液体を選択すればよい。
【0023】
さらに、成形体が容器であり、粘稠な内容物に対する滑り性を高めるようとするときには、用いる液体は、内容物に対して非混和性であり、内容物と混ざり合わないようなものが選択される。内容物に対して混和性であると、容器内面に露出した液体が内容物と混ざり合ってしまい、容器内面から脱落してしまい、目的とする表面特性を付与することが困難となってしまうからである。
特に、かかる内容物として、水分含有しているもの、例えばケチャップでは、液体として、シリコーンオイル、グリセリン脂肪酸エステル、流動パラフィン、植物油などが好適に使用される。中でも、中鎖脂肪酸トリグリセライド(C数6~12のものが市販されている)、グリセリントリオレート及びグリセリンジアセトモノオレートに代表されるグリセリン脂肪酸エステル、植物油は、揮散し難く、しかも、食品添加物として認可されており、さらには、無臭であり、内容物のフレーバ-を損なわないという利点もある。特に中鎖脂肪酸エステル(MCT)は、前述した温度条件を満足させ易いという点で最適である。
また、マヨネーズ等の乳化系の内容物に対しては、シリコーンオイル、グリセリン脂肪酸エステル、植物油などが高沸点液体として好適であり、その中でも、乳化に時間を有する性質を示す液体が最適である。このような性質を有するものは、これらの中でも比較的分子量の高いものである。
【0024】
本発明において、上述した高沸点液体は、このマスターバッチを所定の成形用樹脂で希釈して成形したときに、成形体表面に液層が形成されるようにブリーディングするものであるため、その配合量は多いことが好ましいが、その配合量が多すぎるとマスターバッチ成形時の造核剤の効果が小さくなり、マスターバッチからの高沸点液体のブリーディングが有効に抑制されない可能性がある。従って、後述するマスターバッチ100質量部当り、10質量部以上100質量部未満、特に20質量部以上70質量部未満、さらには25質量部以上40質量部未満の範囲で配合することが好ましい。
【0025】
<マトリックス樹脂>
本発明において、上記の高沸点液体を分散させるマトリックス樹脂としては、プロピレン系樹脂が使用される。プロピレン系樹脂をマトリックス樹脂として使用することにより、所定の温度条件を満足するように結晶性を調整することができる。
【0026】
このようなプロピレン系樹脂としては、その用途に応じて、プロピレンホモポリマーのみならず、プロピレンと、エチレン、ブテン-1、ヘキセン-1、4-メチル-1-ペンテン等の線状のα-オレフィンとのランダムもしくはブロック共重合体も使用することができるが、結晶性の観点から、共重合体中のプロピレン含量は90mol%以上、特に95mol%以上であることが望ましい。また、成形性の観点から、MFR(230℃)が0.1g/10min以上で26g/10min未満の範囲、より好ましくは0.3~10g/10minの範囲にあるものが好ましい。
【0027】
DSC測定による所定の温度条件を確保できる限りにおいて、上記のプロピレン系樹脂以外の他の熱可塑性樹脂がブレンドされているものをマトリックス樹脂として使用することもできる。このような他の熱可塑性樹脂としては、特に制限されるものではないが、一般には成形性の観点からオレフィン系樹脂を挙げることができ、例えばポリエチレンや、エチレンと他のα-オレフィンとの共重合体が代表的であり、そのブレンド量は、マトリックス樹脂中に30質量%以下であることが好適である。
【0028】
また、このようなマトリックス樹脂には、所定の温度条件を満足させるために、造核剤が配合されていなければならない。このような造核剤としては、ポリプロピレンの結晶核剤として公知のもの、例えば、安息香酸ナトリウム、アルミニウムジベンゾエート、カリウムベンゾエート、リチウムベンゾエート、ソジウムβ(ナフタレートソジウムシクロヘキサンカルボキレート)などのカルボン酸金属塩タイプのものや、ベンジリデンソルビトール及びその誘導体などのソルビトールタイプ、その他として、ポリエーメチルブテン-1、ポリビニルシクロアルカン、ポロビニルトリアルキルシランなどのポリマータイプのものが代表的である。
尚、上記のような造核剤は、一般にプロピレン系樹脂に配合されて市販されている。例えば、このような造核剤入りプロピレン系樹脂は、サンアロマー社製ランダムポリプロピレンPM931M、日本ポリプロ社製ランダムポリプロピレンEG7FTB、サンアロマー社製ランダムポリプロピレンPM731M、サンアロマー社製ランダムポリプロピレンPS320Mなどの商品名で市販されている。
【0029】
本発明において、上記のようなマトリックス樹脂、高沸点液体及び造核剤を含むマスターバッチは、DSC測定において、200℃で5分間熱処理した後に、降温速度10℃/分で-50℃まで冷却した際に最も高温側に観測された発熱ピークのピークトップ温度として示される結晶化温度Tcと、次いで昇温速度10℃/分で-50℃から200℃まで加熱した際に最も高温側に観測された融解ピークのピークトップ温度として示される融点Tmとが、下記の温度条件を満足していることが必要である。
温度条件;
Tm<159℃
Tc≧97℃
Tm-Tc<49℃(好ましくはTm-Tc<4042℃)
【0030】
上記の温度条件によれば、このマスターバッチは、低温で成形でき(Tmが159℃未満、特に155℃未満、さらには150℃未満)、しかも結晶化温度Tcが高く(Tcが97℃以上、特に100℃以上、さらには102℃以上)且つ過冷却度(Tm-Tc)が低い(49℃未満、特に42℃未満、さらには40℃未満)。このため、押出後の冷却過程において、マトリックス樹脂中に不揮発性液体が均一に微分散したより高温の状態から、マトリックス樹脂を結晶化させることが可能になる。例えば、図1には、この温度条件を満足しているマスターバッチ(実施例1)の中心断面のクロスニコル下における偏光顕微鏡写真であり、図2には、この温度条件を満足していないマスターバッチ(比較例1)のクロスニコル下における偏光顕微鏡写真が示されている。これらの図を比較することにより理解されるように、上記温度条件を満足しているマスターバッチでは、微細な球晶が均一に多く生成されており、この球晶間または球晶内部の非晶部に高沸点液体が封じ込められているものと推定される。このため、この高沸点液体のブリーディング量は、マスターバッチ1g当り13.2mgと少ない(実施例1参照)。一方、この温度条件を満足していないマスターバッチでは、粗大な球晶が不均一に生成されて、クラックのような球晶間の非晶部が生じており、これにより、該非晶部に存在している高沸点液体が該非晶部を伝ってマスターバッチ表面に移行しやすくなっているものと推定される。この結果、高沸点液体のブリーディング量は、23.7mgとかなり多くなっている(比較例1参照)。
【0031】
本発明において、高沸点液体及び造核剤を含むマスターバッチのマトリックス樹脂の結晶化度は、該液体のブリーディングを抑制する観点から、より大きい方が好ましいが、大きすぎると非晶部の割合が低下し、該液体のマトリックス樹脂に対する飽和溶解量が低下してしまう恐れがある。従って、マトリックス樹脂の結晶化度は5%以上60%以下、特に10%以上50%以下、15%以上40%以下、15%以上35%以下、20%以上40%以下、さらには20%以上35%以下、の範囲であることが好ましい。本明細書において結晶化度とは、示差走査熱量計(DSC)のマトリックス樹脂の融解エンタルピーとマトリックス樹脂の完全結晶の融解エンタルピーの比率から求められた値を意味する。
【0032】
本発明において、高沸点液体及び造核剤を含むマスターバッチのマトリックス樹脂中の球晶のサイズは、該液体のブリーディングを抑制する観点から、より小さい方が好ましく、例えば、50μm以下、特に30μm以下、10μm以下、さらには5μm以下であることが好ましい。下限は特に限定されないが、好ましくは0.1μm以上、である。本明細書において球晶のサイズとは、マスターバッチの中心断面に存在する球晶の平均粒径のことを意味し、偏光顕微鏡やSEMを用いて測定することができる。
【0033】
本発明において、上記の温度条件を満足させるためには、プロピレン系樹脂に応じて、造核剤の種類や配合量、並びに高沸点液体の種類や配合量を所定の範囲に設定することが必要である。例えば、高沸点液体は、かなり多量で配合されるものであるが、その配合量が多すぎると、融点Tmが低くなり、融点Tmに関する条件を満足させることはできるが、結晶化温度Tcも低くなってしまうため、この結果、過冷却度(Tm-Tc)が大きくなり、これらについての条件を満足させることが困難となる傾向がある。また、造核剤の種類によっては、所定の結晶化温度Tcを確保するために多量の造核剤の配合が必要となり、この結果、融点Tmが高くなり、成形性や加工性に影響を及ぼす恐れがある。従って、上記の温度条件を満足するマスターバッチを得るためには、市販されているプロピレン系樹脂に高沸点液体を配合してマスターバッチを製造し、このマスターバッチについてDSC測定を行って各温度Tm、Tcを算出し、その結果に応じて、所定の温度条件を満足するように、高沸点液の量や造核剤の種類、量などを調整するという手段を採用するのがよい。一般に、樹脂メーカーによっては、配合されている造核剤の種類や量が公表されていない樹脂があるため、このような手段を採用するのがよい。
【0034】
<マスターバッチの調製及び使用>
上述した本発明のマスターバッチは、前述した造核剤含有マトリックス樹脂と高沸点液体との所定量を、例えば押出機の混練部等へ供給して混練し、溶融押出し、溶融押出物をペレタイザーなどにより切断し、所定の大きさのペレットとして保管、搬送或いは販売等を通して、使用に供される。即ち、製造直後から使用までの間に、高沸点液体がブリーディングしてペレットがベタつくなどの不都合を生じることが有効に防止されている。
【0035】
このマスターバッチのペレットは、DSC測定による所定の温度条件を確保できる限りにおいて、前述した高沸点液体を分散させた造核剤含有マトリックス樹脂を芯材層とする二層ペレットとして使用することもできる。
【0036】
このマスターバッチのペレットは、特に、高沸点液体(B)による液層が表面に形成された成形体を成形するために使用される。即ち、このマスターバッチペレットを成形用樹脂(希釈樹脂)と混練し、所定濃度で高沸点液体を含む混練物を調製し、この混練物を用いて所定形状に成形することにより、目的とする成形体が得られる。また、成形体が多層構造体から成る場合、液層を表面に形成するためだけではなく、例えば、多層構造中の任意の層における液体成分の濃度調整のために、このマスターバッチペレットを成形用樹脂(希釈樹脂)と混合して使用することもできる。
【0037】
マスターバッチペレットと混合する成形用樹脂としては、マトリックス樹脂と均一に混合し得るものであれば特に制限されないが、一般的には、マトリックス樹脂中のオレフィン系樹脂と同種のもの、例えばプロピレン系樹脂やポリエチレンが好適に使用される。成形条件の設定が容易であり、しかも、樹脂の特性を最大限に活かした成形体を得ることができるからである。
【0038】
さらに、混練手段や成形手段は、樹脂の物性(例えばメルトフローレート)などに応じて適宜の手段を採用することができるが、液体を固体のマトリックス樹脂と混練するという観点から、両者の混練は、押出機等の成形機中の混練部での溶融混練により行うことが好ましく、さらに、成形手段は、押出成形や押出ブロー成形(ダイレクトブロー成形)が好適に適用される。このような手段は、混練時や成形時での高沸点液体の逸散を有効に回避でき、さらには高沸点液体の存在が成形に及ぼす影響(例えば成形等への液体の付着など)を無視することができるからである。
【0039】
このようなプロピレン系樹脂を主体とし且つ高沸点液体を含むマスターバッチは、粘稠な内容物を絞り出すスクイズ容器(ダイレクトブローボトル)などの可撓性容器の成形に好適に使用されるものであり、このような可撓性容器の成形に本発明のマスターバッチを使用したとき、高沸点液体の液層による表面特性を最大限に活かすことができる。勿論、カップ或いはコップ状、ボトル状、袋状(パウチ)、シリンジ状、ツボ状、トレイ状等、種々の形態を有する容器の成形にも適用することができ、延伸成形容器に適用することも可能である。
【実施例
【0040】
本発明のマスターバッチ(マスターペレット)の優れた特性を、次の実施例で説明する。尚、以下の実施例等で行った各種の物性、特性等の測定方法及びマスターバッチの作製は次の通りである。
【0041】
1.融点、結晶化温度測定
作製したマスターバッチの結晶化温度Tcと融点Tmを、示差走査熱量計(PERKIN ELMER社製 Diamond DSC)を用いて測定を行った。
試料5mgをB0143003/B0143017サンプルパン(商品名、PERKIN ELMER社製)に充填した。サンプルを、窒素雰囲気下200℃で5分間熱処理後、降温速度10℃/分で-50℃まで冷却した。降温の過程で最も高温側に観測された発熱ピークのピークトップ温度をTc(℃)とした。次いで、-50℃で3分間保持した後、試料を-50℃から200℃まで昇温速度10℃/分で加熱した。昇温の過程で最も高温側に観測された融解ピークのピークトップ温度をTm(℃)とした。
【0042】
2.結晶化度測定
マトリックス樹脂の結晶化度測定を、示差走査熱量計(PERKIN ELMER社製 Diamond DSC)を用いて測定を行った。
試料5mgをB0143003/B0143017サンプルパン(商品名、PERKIN ELMER社製)に充填した。サンプルを、窒素雰囲気下25℃で3分間保持後、降温速度100℃/分で-50℃まで冷却した。次いで、-50℃で3分間保持した後、試料を-50℃から200℃まで昇温速度10℃/分で加熱した。昇温の過程で最も高温側に観測された融解ピークのピーク面積と充填した試料中に含まれるマトリックス樹脂の重量からマトリックス樹脂の融解エンタルピーΔH(J/g)を求め、結晶化度を次式により算出した。
結晶化度(%)=(ΔH/ΔH0)×100
ΔH0はマトリックス樹脂の完全結晶の融解エンタルピーであるが、本実施例1~4及び本比較例1~4においてはΔH0をプロピレン系樹脂の完全結晶の融解エンタルピーとし、本実施例5~8においてはΔH0をプロピレン系樹脂とエチレン系樹脂の完全結晶の融解エンタルピーにそれぞれの重量分率を乗じた値の総和とした。ここで、プロピレン系樹脂の完全結晶の融解エンタルピーを207J/g、エチレン系樹脂の完全結晶の融解エンタルピーを293J/gとした。
【0043】
3.マスターバッチの表面ブリード量評価
後述の方法で作製したマスターバッチをガラス瓶に8g入れ、22℃、60%RHの環境下で60日間保管した。経時保管したマスターバッチ入りのガラス瓶に8gのヘプタンを入れて10秒間攪拌し、マスターバッチ表面の不揮発性液体を抽出した。抽出液を120℃で乾燥した後、残留した不揮発性液体の重量を測定し、投入したマスターバッチの重量で除することにより、マスターバッチ1gに対する不揮発性液体の表面ブリード量を算出した。
【0044】
<マスターバッチ作製用マトリックス樹脂>
プロピレン系樹脂A:ランダムポリプロピレン、サンアロマー社製PM931M
プロピレン系樹脂B:ランダムポリプロピレン、日本ポリプロ社製EG7FTB
プロピレン系樹脂C:ランダムポリプロピレン、サンアロマー社製PM731M
プロピレン系樹脂D:ランダムポリプロピレン、サンアロマー社製PS320M
プロピレン系樹脂E:ランダムポリプロピレン、サンアロマー社製PC630A
プロピレン系樹脂F:ブロックポリプロピレン、サンアロマー社製CM688A
プロピレン系樹脂G:ホモポリプロピレン、サンアロマー社製PM600A
エチレン系樹脂:メタロセン系C6-LLDPE、住友化学社製FV103
尚、プロピレン系樹脂A~Dが、造核剤を含むものである。
【0045】
<沸点が200℃より高い不揮発性液体>
中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)
表面張力:28.8mN/m(23℃)
粘度:33.8mPa・s(23℃)
沸点:210℃以上
引火点:242℃(参考値)
尚、液体の表面張力は固液界面解析システムDropMaster700(協和界面科学(株)製)を用いて23℃にて測定した値を用いた。なお、液体の表面張力測定に必要な液体の密度は、密度比重計DA-130(京都電子工業(株)製)を用いて23℃で測定した値を用いた。また、潤滑液の粘度は音叉型振動式粘度計SV-10((株)エー・アンド・デイ製)を用いて23℃にて測定した値を示した。
【0046】
<実施例1>
マスターバッチ作製用マトリックス樹脂としてプロピレン系樹脂Aを、沸点が200℃より高い不揮発性液体として中鎖脂肪酸トリグリセライド(MCT)をそれぞれ用いて、プロピレン系樹脂A:MCT=100:25(質量部)となるように、二軸混練押出機(株式会社テクノベル製 KZW20TW)を用い、シリンダー温度220℃の条件下で溶融混練し、マスターバッチを作製した。
【0047】
<実施例2>
プロピレン系樹脂B:MCT=100:25(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0048】
<実施例3>
プロピレン系樹脂C:MCT=100:25(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0049】
<実施例4>
プロピレン系樹脂D:MCT=100:25(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0050】
<実施例5>
プロピレン系樹脂A:エチレン系樹脂:MCT=85:15:25(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0051】
<実施例6>
プロピレン系樹脂B:エチレン系樹脂:MCT=85:15:25(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0052】
<実施例7>
プロピレン系樹脂C:エチレン系樹脂:MCT=85:15:25(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0053】
<実施例8>
プロピレン系樹脂D:エチレン系樹脂:MCT=85:15:25(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0054】
<比較例1>
プロピレン系樹脂E:MCT=100:25(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0055】
<比較例2>
プロピレン系樹脂F:MCT=100:25(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0056】
<比較例3>
プロピレン系樹脂G:MCT=100:25(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0057】
<比較例4>
プロピレン系樹脂C:MCT=100:43(質量部)とした以外は実施例1と同様の条件で二軸混練押出機を用いてマスターバッチを作製した。
【0058】
以上の実施例1~8及び比較例1~4で測定されたマスターバッチについて、DSCにより融点Tm、結晶化温度Tcを測定し、さらに過冷却度(Tm-Tc)を算出し、また、ブリーディング量を測定し、これらの結果を表1に示した。実施例1から8においては、マスターバッチの表面ブリード量評価の結果から、比較例1から4に対して、配合した不揮発性液体の表面ブリードが抑制できていることが分かる。
また、実施例1及び比較例1のマスターバッチについてのクロスニコル下における偏光顕微鏡写真を図1及び図2に示した。
【0059】
【表1】
図1
図2