(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-13
(45)【発行日】2024-05-21
(54)【発明の名称】コバルトおよびニッケルの分離方法
(51)【国際特許分類】
C22B 23/00 20060101AFI20240514BHJP
C22B 7/00 20060101ALI20240514BHJP
C22B 3/08 20060101ALI20240514BHJP
C22B 3/44 20060101ALI20240514BHJP
C22B 1/02 20060101ALI20240514BHJP
C22B 1/00 20060101ALI20240514BHJP
H01M 10/54 20060101ALI20240514BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B7/00 C
C22B3/08
C22B3/44 101B
C22B3/44 101A
C22B1/02
C22B1/00 601
H01M10/54
(21)【出願番号】P 2023556937
(86)(22)【出願日】2023-03-30
(86)【国際出願番号】 JP2023013265
(87)【国際公開番号】W WO2023190908
(87)【国際公開日】2023-10-05
【審査請求日】2023-10-02
(31)【優先権主張番号】P 2022060241
(32)【優先日】2022-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 淳
(72)【発明者】
【氏名】村岡 弘樹
【審査官】瀧澤 佳世
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/050248(WO,A1)
【文献】特開2017-150027(JP,A)
【文献】特開2019-173107(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 23/00
C22B 7/00
C22B 3/08
C22B 3/44
C22B 1/02
C22B 1/00
H01M 10/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池からコバルトおよびニッケルを分離する、コバルトおよびニッケルの分離方法であって、
リチウムイオンニ次電池の電極材料からコバルトおよびニッケルを含有する浸出液を得る浸出工程と、前記浸出液中のニッケルとコバルトを硫化して硫化ニッケルと硫化コバルトを得る工程と、硫化コバルトおよび硫化ニッケルを希硫酸に懸濁させた懸濁液に、コバルトおよびニッケルを溶解させ、コバルトおよびニッケルを含むコバルト・ニッケル溶液を得る再溶解工程、を備え、
前記再溶解工程は、ファインバブル発生装置を用いて酸素を含む酸化ガスで前記懸濁液にバブリングを行う工程であり、前記懸濁液のバブリング中のpHは、3.0以上、7.0以下の範囲であることを特徴とするコバルトおよびニッケルの分離方法。
【請求項2】
前記懸濁液の
バブリング前のpHを2.0以上、7.0以下の範囲にすることを特徴とする請求項1に記載のコバルトおよびニッケルの分離方法。
【請求項3】
前記再溶解工程におけるバブリングは、前記懸濁液1000mLに対して、前記酸化ガスを0.1L/分以上、5L/分以下の流量で、50分以上、12000分以下の時間行うことを特徴とする請求項1または2に記載のコバルトおよびニッケルの分離方法。
【請求項4】
前記再溶解工程で用いる前記酸化ガスの酸素濃度は、20容量%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載のコバルトおよびニッケルの分離方法。
【請求項5】
前記再溶解工程では、前記懸濁液に過酸化水素を添加することを特徴とする請求項1または2に記載のコバルトおよびニッケルの分離方法。
【請求項6】
前記コバルト・ニッケル溶液に抽出剤溶液を添加して、コバルト抽出液と、ニッケル抽出液とを得る溶媒抽出工程を更に備えることを特徴とする請求項1または2に記載のコバルトおよびニッケルの分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池に含まれるコバルトおよびニッケルを、他の金属から正確に分離、回収することを可能にするコバルトおよびニッケルの分離方法に関する。
本願は、2022年3月31日に、日本に出願された特願2022-060241号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、各種電子機器等の小型の物から電気自動車等の大型の物まで、幅広い分野の電源として利用されている。こうしたリチウムイオン二次電池が廃棄された際には、有用な金属を回収して再利用することが求められている。
【0003】
リチウムイオン二次電池は、負極材と正極材とを、多孔質のポリプロピレン等のセパレータで分画し層状に重ね、六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)等の電解質および電解液と共にアルミニウムやステンレス等のケースに封入して形成されている。
【0004】
リチウムイオン二次電池の負極材は銅箔などからなる負極集電体にバインダーが混合された黒鉛などの負極活物質を塗布して形成されている。また、正極材はアルミニウム箔などからなる正極集電体にバインダーが混合されたマンガン酸リチウム、コバルト酸リチウム、ニッケル酸リチウムなどの正極活物質を塗布して形成されている。
【0005】
このようにリチウムイオン二次電池の正極活物質にはコバルトおよびニッケルが多く含まれているが、リサイクル過程で予め粉砕分離された正極活物質には、コバルト、ニッケル以外にも、マンガン、銅、アルミニウム、リチウムなどが含まれている。このため、リチウムイオン二次電池からコバルトおよびニッケルを高い収率で分離、回収するためには、これら以外の金属を正確に取り除く必要がある。
【0006】
従来、リチウムイオン二次電池に含まれるコバルトおよびニッケルを分離、回収する方法として、例えば、特許文献1、2には、使用済みのリチウムイオン二次電池から有価金属を回収する方法が開示されている。この回収方法では、リチウムイオン二次電池から正極活物質を取り出し、この正極活物質に酸浸出を施して、金属が浸出した浸出液を得て、この浸出液から溶媒抽出によってコバルトとニッケルとを分離する。
【0007】
特許文献1、2では、工程の途中でコバルトやニッケルを含む沈殿物(硫化物)を生成し、次いで、この沈殿物を硫酸および酸化剤である過酸化水素を用いて再溶解して、コバルトおよびニッケルを含む溶液を生成している。しかしながら、酸化剤として用いる過酸化水素は、薬剤としてのコストが高く、リチウムイオン二次電池に含まれるコバルトおよびニッケルを回収する工程全体のコストが高くなってしまうという課題があった。
【0008】
一方、特許文献3では、硫化物の浸出方法が開示されている。この方法では、反応容器に収容した硫酸酸性溶液に、温度を80℃以上115℃未満にした硫化物スラリーを加え、更にこの反応容器内に酸素含有ガスを供給する。これによって、コバルトやニッケルを含む硫化物を溶解する。こうした方法によれば、コストの高い過酸化水素を用いずに、コバルトやニッケルを含む硫化物を硫酸に溶解することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2016-113672号公報
【文献】特開2016-186118号公報
【文献】特開2018-193588号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献3に開示された硫化物の浸出方法は、オートクレーブを用いて硫化物スラリーを80℃以上115℃未満に加熱するといった手間のかかる手段が必要である。また、反応容器内に酸素含有ガスを単に供給するだけでは、酸化に要する反応時間が長くなり、効率的に硫化物の浸出ができないという課題があった。
【0011】
この発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、リチウムイオン二次電池から低コストでコバルトおよびニッケルを回収することが可能なコバルトおよびニッケルの分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るコバルトおよびニッケルの分離方法は、以下の要件を有する。
[1]リリチウムイオン二次電池からコバルトおよびニッケルを分離する、コバルトおよびニッケルの分離方法であって、リチウムイオンニ次電池の電極材料からコバルトおよびニッケルを含有する浸出液を得る浸出工程と、前記浸出液中のニッケルとコバルトを硫化して硫化ニッケルと硫化コバルトを得る工程と、硫化コバルトおよび硫化ニッケルを希硫酸に希硫酸に懸濁させた懸濁液に、コバルトおよびニッケルを溶解させ、コバルトおよびニッケルを含むコバルト・ニッケル溶液を得る再溶解工程、を備え、前記再溶解工程は、ファインバブル発生装置を用いて酸素を含む酸化ガスで前記懸濁液にバブリングを行う工程であり、前記懸濁液のバブリング中のpHは、3.0以上、7.0以下の範囲であることを特徴とするコバルトおよびニッケルの分離方法。
【0013】
本発明の一態様によれば、硫化コバルトおよび硫化ニッケルを含む沈殿物と、硫酸を含む再溶解液とを反応させる際に、酸化ガスによるバブリングを行うことによって、コストの高い過酸化水素などの酸化剤の使用量を低減させ、低コストに沈殿物を硫酸に再溶解することができる。これにより、リチウムイオン二次電池から低コストでコバルトおよびニッケルを回収することが可能になる。
【0014】
[2]前記懸濁液のバブリング前のpHを2.0以上、7.0以下の範囲にすることを特徴とする前記[1]に記載のコバルトおよびニッケルの分離方法。
【0015】
[3]前記再溶解工程におけるバブリングは、前記懸濁液1000mLに対して、前記酸化ガスを0.1L/分以上、5L/分以下の流量で、50分以上、12000分以下の時間行うことを特徴とする前記[1]または[2]に記載のコバルトおよびニッケルの分離方法。
【0016】
[4]前記再溶解工程で用いる前記酸化ガスの酸素濃度は、20容量%以上であることを特徴とする前記[1]から[3]のいずれかに記載のコバルトおよびニッケルの分離方法。
【0018】
[6]前記再溶解工程では、前記懸濁液に過酸化水素を添加することを特徴とする前記[1]から[5]のいずれかに記載のコバルトおよびニッケルの分離方法。
【0021】
[9]前記コバルト・ニッケル溶液に抽出剤溶液を添加して、コバルト抽出液と、ニッケル抽出液とを得る溶媒抽出工程を更に備えることを特徴とする前記[1]から[8]のいずれかに記載のコバルトおよびニッケルの分離方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の一態様によれば、リチウムイオン二次電池に含まれるコバルトおよびニッケルと、それ以外の金属とを、簡易な工程で高精度に分離して、リチウムイオン二次電池からコバルトおよびニッケルを回収することが可能なコバルトおよびニッケルの分離方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の第1実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法を含むリチウムイオン二次電池の電極材料のリサイクル方法を段階的に示したフローチャートである。
【
図2】本発明の第2実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法を含むリチウムイオン二次電池の電極材料のリサイクル方法を段階的に示したフローチャートである。
【
図3】本発明例(1)において、再溶解工程でのバブリング時間の経過に伴うコバルトおよびニッケルの浸出率の変化を示すグラフである。
【
図4】本発明例(2)において、再溶解工程でのバブリング時間の経過、および過酸化水素の添加後の反応時間の経過に伴うコバルトおよびニッケルの浸出率の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法について説明する。なお、以下に示す各実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0026】
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法を含むリチウムイオン二次電池の電極材料のリサイクル方法を段階的に示したフローチャートである。
【0027】
(熱処理工程S1)
廃棄されたリチウムイオン二次電池(以下、廃LIBと称する)を構成する電極材料を分離する前処理工程として、廃LIBを加熱炉で例えば過熱水蒸気で約500℃程度まで加熱して熱処理を行う。
【0028】
熱処理は、真空でも常圧でもよいが、酸素を含まない不活性雰囲気中の加熱が好ましい。廃LIBでは、バインダー及び電解液の存在により正極活物質や負極活物質と、集電体であるアルミニウム箔や銅箔との付着力が大きい。このため、400℃以上の熱処理工程を行うことによって、これら活物質と集電体との分離を容易にする。廃LIBの加熱温度を650℃以下にすることにより、アルミニウムが溶融して活物質を巻き込んで冷却固化して、活物質だけを取り出すことが困難になることを防止できる。
【0029】
(粉砕選別工程S2)
次に、熱処理後の廃LIBを粉砕し、次いで篩分けによって電極材料を選別分離する。廃LIBの粉砕は、例えば、二軸剪断破砕機やハンマーミルを用いて行う。
【0030】
そして、粉砕した廃LIBを、適切な目開きの篩を用いて分級し、電池容器,アルミニウム箔,銅箔,ニッケル端子を篩の上産物として回収し、正極活物質(LiCoO2など)および負極活物質(グラファイト)を含む電極材料を篩の下産物として回収する。こうした電極材料は、例えば、目開きが0.5mm程度の篩を通過したものであればよい。
【0031】
分離された電極材料は、主に正極活物質の構成材料および不純物であるコバルト、ニッケル、マンガン、銅、鉄、アルミニウム、リチウム、カルシウム等、および負極活物質の構成材料である炭素等を含んでいる。
【0032】
(浸出工程S3)
次に、粉砕選別工程S2で分離された電極材料を処理液に浸漬して浸出液を得る。処理液としては、硫酸(H2SO4)と過酸化水素(H2O2)とを混合したものを用いる。
【0033】
廃LIBに含まれるCo,Niは硫酸に溶解しにくい3価,4価の状態も含まれるため、過酸化水素を還元剤として用いることで、より硫酸に溶解しやすい2価のCo,Niに還元することができる。
処理液の一例としては、濃度が2mol/L以上の希硫酸100mlに対し、濃度が30wt%の過酸化水素水を5ml以上の比率で混合したものが挙げられる。希硫酸の濃度を2mol/L以上、過酸化水素水の添加量を5ml以上とすることで、コバルトおよびニッケルの浸出率を高めることができる。特に制限はないが、それ以上にしても浸出率のさらなる向上は望めないため、硫酸濃度の上限は18mol/L、過酸化水素水の添加量の上限は30mlである。
処理液には、炭素原子数が8以下の飽和脂肪族アルコール(直鎖状飽和アルコール)を含む消泡剤を添加しても良い。消泡剤を添加することで、電極材料と硫酸との反応によって生じる泡を消泡できる。このため、過剰量の硫酸を使用せずに、短時間で効率的に電極材料を酸浸出できる。
【0034】
浸出工程S3の具体例としては、例えば60℃以上に加熱した処理液に、粉砕選別工程S2で分離された粉末状の電極材料を加え、4時間以上浸漬する。この時、更に攪拌することが好ましい。
処理液温度を60℃以上、浸出(浸漬)時間を4時間以上とすることで、コバルトおよびニッケルの浸出率を高めることができる。特に制限はないが、それ以上にしても浸出率のさらなる向上は望めないため、処理液温度の上限は90℃、浸出時間の上限は15時間である。
こうした浸出工程S3によって、電極材料のうち、正極活物質由来の金属成分(コバルト、ニッケル、マンガン、銅、鉄、アルミニウム、リチウム、カルシウム等)は処理液に溶解し、負極活物質由来の炭素は、溶解せずに炭素残渣として残る。
【0035】
(銅沈殿工程S4)
次に、浸出工程S3で得られた浸出液に、硫化水素化合物を加えて撹拌し、コバルトおよびニッケルを含む溶出液と、硫化銅(CuS)を含む沈殿が混合した混合液を得る。
【0036】
本実施形態において硫化水素化合物とは、硫黄分を含み、水に溶解させたときにその硫黄分がH2S、HS-またはS2-の形態をとる化合物を意味する。
銅分離工程S4で用いる硫化水素化合物としては、水溶性のアルカリ金属硫化水素化物が挙げられ、本実施形態では硫化水素ナトリウム(NaSH)の水溶液を用いている。銅分離工程S4の具体例としては、浸出液をイオン交換水で希釈し、次いで硫化水素ナトリウムの水溶液を、この希釈した浸出液に添加して攪拌する。
【0037】
硫化水素ナトリウムの水溶液の添加は、例えば、酸化・還元電位(vs Ag/AgCl)が0mV以下になるまで行う。酸化・還元電位が0mV以下になるまで硫化水素ナトリウムを添加することで、浸出液に含まれる銅をほぼ全量沈殿させることができる。
硫化水素化合物の添加開始から終了に至るまでの浸出液のpHを2.0以下に維持することが好ましく、1.0以下に維持することがより好ましい。浸出液のpHが2.0を超えると、コバルト、ニッケルの硫化物が生じて、これらの溶出液への回収率が低下するおそれがある。
硫化水素化合物としては、硫化水素ナトリウム以外にも、例えば、硫化ナトリウム、チオ硫酸ナトリウム、または亜ジチオン酸ナトリウムであってもよい。
【0038】
浸出液に硫化水素化合物を加えることにより、浸出液に溶解している金属成分のうち、銅と硫黄とが反応し、硫化銅(CuS)が生成して沈殿する。一方、銅を除いた金属成分(コバルト、ニッケル、マンガン、鉄、アルミニウム、リチウム、カルシウム等)は、液相に残留し、コバルトおよびニッケルを含む溶出液が得られる。
【0039】
(第1処理工程S5A)
次に、第1処理工程S5Aとして、第1中和過程S5A-1と、第1濾過過程S5A-2と、を順に行う。
第1中和過程S5A-1は、銅沈殿工程S4で得られた沈殿を含む混合液に対してアルカリ金属水酸化物を加えてpH調整を行い、第1中和液を得る。
【0040】
前工程である銅沈殿工程S4では、硫化水素化合物の添加開始から終了に至るまでの浸出液のpHを2.0以下に維持しているため、このままでは、後工程のコバルト・ニッケル分離工程S6において、硫化水素化合物とコバルト、ニッケルが反応しにくくなる虞があるが、硫化水素化合物の添加に伴って、溶出液のpHは低下していく。pH調整後、硫化水素化合物の添加開始時のpHが3.0未満であると、硫化水素化合物の添加終了に至る前に過度のpH低下が生じ、再度のpH調整が必要になる。このため、コバルト・ニッケル分離工程S6の前工程においてpHを3.0以上にした方が効率的である。
【0041】
また、pH調整時にpHを4.0を超える値にすると、pH調整に時間がかかるが、硫化水素化合物を添加するとすぐにpH4.0以下となるため、非効率である。そのため、pH調整範囲としては3.0~4.0の範囲が望ましい。
【0042】
また、この第1中和過程S5A-1では、水酸化ナトリウム(NaOH)を用いて、銅沈殿工程S5で得られた沈殿を含む混合液のpHを3.0~4.0程度にすることで、この混合液に含まれるアルミニウムを水酸化アルミニウム(Al(OH)3)にして沈殿させることができる。
【0043】
こうしたコバルト・ニッケル分離工程S6の前処理のpH調整である第1中和過程S5A-1においては、pH調整液として、水酸化ナトリウム(NaOH)以外にも、水酸化カリウム(KOH)を用いることができ、pHが4.0越えであれば更にpH調整液として酸、例えば、硫酸を用いることができる。本実施形態では、溶出液のpHを3.0~4.0の範囲内、例えば3.5に調整する。
【0044】
次に、第1濾過過程S5A-2では、第1中和過程S5A-1で得られた第1中和液の固液分離を行い、コバルトおよびニッケルを含む第1溶出液と硫化銅(CuS)を含む残渣とを分離する。これにより、浸出工程S3で生じた炭素残渣、銅沈殿工程S4で生じた硫化銅(CuS)を含む沈殿残渣、および第1中和過程S5A-1において生じた水酸化アルミニウム(Al(OH)3)を含む固相と、第1溶出液(液相)とが分離される。第1溶出液には、浸出工程S3で用いた消泡剤に含まれる炭素原子数が8以下の飽和脂肪族アルコール(直鎖状飽和アルコール)が移行する。
【0045】
なお、本実施形態では、第1濾過過程S5A-2での固液分離によって、浸出工程S3で生成した炭素残渣も濾別しているが、浸出工程S3においても固液分離を行うことで、第1濾過過程S5A-2を行う前に、予め炭素残渣を分離しておくこともできる。
【0046】
第1濾過過程S5A-2で分離された固相は、リパルプ(固相に水を加えて再懸濁させ、次いで脱水することにより精製する)、またはケーキ洗浄してから廃棄物として処理されればよい。
【0047】
(コバルト・ニッケル分離工程S6)
次に、第1処理工程S5Aで得られた第1溶出液に水溶性の硫化水素化合物を添加することによって、溶出液に含まれるコバルトおよびニッケルは、それぞれ水に不溶性の硫化コバルト(CoS)および硫化ニッケル(NiS)になり沈殿する。
【0048】
コバルト・ニッケルを硫化するための硫化水素化合物としては、例えば、水溶性のアルカリ金属硫化水素化物が挙げられる。硫化水素化合物は、銅沈殿工程S4で用いるものと同じであってもよく、異なっていてもよい。本実施形態では、濃度が250g/Lの硫化水素ナトリウムの水溶液を用いる。
【0049】
硫化水素ナトリウムの水溶液の添加は、例えば、酸化・還元電位(vs Ag/AgCl)が-400mV以下になるまで行う。酸化・還元電位が-400mV以下になるまで硫化水素ナトリウムを添加することで、溶出液に含まれるコバルト、ニッケルをほぼ全量沈殿させることができる。
【0050】
硫化水素化合物の添加開始から終了に至るまでの間の浸出液のpHは2.0~5.0、好ましくは2.0~3.5の範囲内に維持することが好ましい。浸出液のpHが2.0未満となった場合、硫化水素ナトリウムと硫酸との反応(NaSH+H2SO4→H2S+Na2SO4)が生じ、硫化水素ナトリウムが消費されてコバルト、ニッケルの硫化が進みにくくなる。一方、浸出液のpHが5.0を超えると、他の金属の水酸化物が生じて沈殿物の純度が低下するおそれがある。また、高い領域でpHをコントロールすることは困難である。
【0051】
なお、ここでいう硫化コバルトには、硫化コバルト(II)、二硫化コバルト(CoS2)、八硫化九コバルト(Co9S8)など、各種組成の硫化コバルト化合物が含まれていてもよい。同様に、硫化ニッケル(NiS)には、硫化ニッケル(II)、二硫化ニッケル(NiS2)、四硫化三ニッケル(Ni3S4)、二硫化三ニッケル(Ni3S2)など、各種組成の硫化ニッケル化合物が含まれていてもよい。
【0052】
一方、硫化水素化合物を添加後の液相(残液)には、コバルトおよびニッケルを除いた金属成分(マンガン、鉄、アルミニウム、リチウム、カルシウム等)が残留する。ここで得られた液相は、その後、pH調整による溶媒抽出等によって、含有するマンガン、鉄、アルミニウム、リチウム、カルシウム等をそれぞれ分離、回収することができる。
【0053】
(再溶解工程S7)
次に、コバルト・ニッケル分離工程S6で得られたコバルトおよびニッケルを含む硫化物(沈殿物)に、希硫酸を含む再溶解液を加えて反応させ、コバルトおよびニッケルを含むコバルト・ニッケル溶液を得る。
【0054】
再溶解工程S7は、例えば、50~60℃に加熱した再溶解液に沈殿物を加えた懸濁液に、ファインバブル発生装置を用いて酸化ガスを吹き込み、懸濁液のバブリングを行う。懸濁液の温度が50℃未満であると、酸化反応が低下し、懸濁液の温度が60℃超えであると、温度保持に必要となる熱エネルギーが過度に必要となる。また、懸濁液のpHは、2.0以上、7.0以下の範囲にすることが好ましく、3.0以上、7.0以下の範囲にすることがより好ましい。この懸濁液のpHは、バブリング前の懸濁液のpHと言うこともできる。pHが2.0未満であると、硫黄が溶解されにくく、硫黄が吹き込んだガスと共に硬質泡を形成する。pHが7.0超えであると、溶解したコバルト及びニッケルが水酸化物し水酸化物イオンを奪うため、pHが7.0超えを維持するためにアルカリ剤を加える必要があり、薬剤費が硫酸と比べて高くなる。
【0055】
バブリングに用いる酸化ガスの酸素濃度は、20容量(体積)%以上であることが好ましい。酸化ガスは、酸素を含むガス、例えば、空気(酸素濃度は約20容量%)であればよい。また、空気よりも酸素濃度が高い酸化ガス、例えば、酸素濃度が90容量%以上のガスや、純酸素を酸化ガスとして用いることもできる。酸化ガスとして空気を用いれば、懸濁液のバブリングを低コストに行うことができる。一方、酸素濃度が90容量%以上の酸化ガスを用いれば、コバルトおよびニッケルの溶解時間を早めて、効率的に再溶解工程S7を行うことができる。
【0056】
再溶解工程S7でバブリングに用いるファインバブル(微細気泡)は、マイクロバブル(バブル径1μm以上、100μm未満)、ウルトラファインバブル(ナノバブル:バブル径1μm未満)の何れであってもよい。こうしたファインバブルは、空気剪断型のマイクロバブル発生装置やナノバブル発生装置を用いることによって発生させることができる。
【0057】
また、バブリングの際には、懸濁液を入れた容器にファインバブルを吹き込むだけでなく、懸濁液を入れた容器から懸濁液をポンプ等で吸引して、吸引した懸濁液にファインバブルを吹き込んで容器に還流させることで、より一層効率的にコバルトおよびニッケルを含む硫化物(沈殿物)を酸化させることができる。
【0058】
再溶解工程S7で懸濁液に酸化ガスを吹き込んでバブリングを行うと、硫化コバルト(CoS)は、以下の式(1)、式(2)、式(3)の反応によって懸濁液中で溶解する。
CoS+O2+H2SO4→CoSO4+S+H2O・・・(1)
CoS+O2+H2O→Co(OH)2+S+H2O・・・(2)
S+O2+→SO4
2-・・・(3)
【0059】
また、硫化ニッケル(NiS)は、以下の式(4)、式(5)、式(6)の反応によって懸濁液中で溶解する。
NiS+O2+H2SO4→NiSO4+S+H2O・・・(4)
NiS+O2+H2O→Ni(OH)2+S+H2O・・・(5)
S+O2+→SO4
2-・・・(6)
【0060】
懸濁液のバブリング開始直後は、懸濁液が酸性下であることから、式(1)や式(4)の反応が進行するため、懸濁液のpHが上昇し、懸濁液が中性下となると式(2)や式(5)の反応が起こる。更にバブリングを続けるに従って硫化コバルトや硫化ニッケルが減少するため、式(3)や式(6)の反応が優位になり、懸濁液のpHが低下する。
懸濁液のバブリング中のpHは、3.0以上、7.0以下の範囲にすることが好ましい。懸濁液のバブリング中のpHを3.0以上とすることによって、式(3)や式(6)の反応が進行する。懸濁液のバブリング中のpHが3.0未満の場合、硫黄が硫酸にならず、硫黄のままとなり、硫黄とバブリングで吹き込んだ酸化ガスにより泡沫(フォーム)が形成される。この泡沫は簡単に壊れないため、懸濁液に多量の飛沫が含まれ、作業に支障をきたす恐れがある。懸濁液のバブリング中のpHを7.0以下とすることによって、式(2)や式(5)の反応を抑制できる。懸濁液のバブリング中のpHが7.0超の場合、式(2)や式(5)の反応が起こり、生成した水酸化物により循環装置が閉塞する恐れがある。
【0061】
こうした再溶解工程S7におけるバブリングの条件は、例えば、硫化コバルト、硫化ニッケルを含む沈殿物150g(未乾燥)を含む懸濁液1000mLに対して、酸素濃度が20容量%以上の酸化ガスを0.1L/分以上、5L/分以下の流量で、50分以上、12000分以下の時間行えばよい。バブリングの時間は、60分以上、3000分以下が好ましい。
また、前記懸濁液1000mLに対して、0.1L/分以上、5L/分以下の流量で酸化ガスを供給する条件では、酸化ガスの酸素濃度が20容量%の場合、バブリングの時間は250分以上、12000分以下が好ましい。酸化ガスの酸素濃度が100容量%の場合、バブリングの時間は50分以上、2500分以下が好ましい。このように酸化ガスの酸素濃度を考慮して、バブリングの時間を調整することが好ましい。
【0062】
バブリングの時間が50分未満であると、未反応の硫化コバルトや硫化ニッケルが生じる懸念がある。また、バブリングの時間が12000分を超えると、未反応の硫化コバルトや硫化ニッケルが無くなるため、処理時間が無駄に延びる懸念がある。
【0063】
また、再溶解工程S7では、硫酸とともに、更に過酸化水素を添加した再溶解液を用いることもできる。過酸化水素としては、例えば、濃度が30質量%以下の過酸化水素水を用いることができる。過酸化水素は、硫酸を含む懸濁液中で硫化コバルトや硫化ニッケルが溶解し始めた時点で添加することが好ましい。
【0064】
このように、酸化ガスによるバブリングとともに、過酸化水素を懸濁液中に添加することによって、硫化コバルトや硫化ニッケルの溶解速度を速めて、再溶解工程S7をより短時間で行うことができる。一方、バブリングを行わない従来の再溶解工程と比較して、バブリングと過酸化水素の添加を併用すれば、コストの高い過酸化水素の使用量を低減して、より低コストに再溶解工程S7を行うことができる。
【0065】
以上のような再溶解工程S7によって、硫化コバルトおよび硫化ニッケルが再溶解液に溶解する。また、再溶解液に溶解しない不純物、コバルト・ニッケル分離工程S6で生成する単体硫黄などが固相として残る。この後、濾材などを用いて固液分離を行うことにより、コバルトおよびニッケルの純度が高められた(精製された)コバルト・ニッケル溶液が得られる。
【0066】
こうして得られた、コバルト・ニッケル溶液は、コバルトおよびニッケル以外の電極材料の他の成分(銅、鉄、アルミニウム、リチウム、カルシウム等)は殆ど含まれておらず、コバルトおよびニッケルの高純度な回収原料として好適である。
【0067】
なお、再溶解工程S7の前工程として、沈殿物をリパルプすることにより、コバルト硫化物、ニッケル硫化物以外の不純物を取り除いておくことも好ましい。
第1中和過程S5A-1において、固液分離を行う前にアルミニウムを除去する手順について上述したが、そのような手順を実施していない場合、沈殿物にはアルミニウム化合物が含まれている場合がある。この場合、沈殿物をリパルプすることにより、アルミニウム化合物を除去することができる。
【0068】
(溶媒抽出工程S8)
次に、再溶解工程S7で得られたコバルト・ニッケル溶液に抽出剤溶液を添加して、コバルト抽出液と、ニッケル抽出液とを得る。
抽出剤溶液としては、金属抽出剤と希釈剤を混合した混合溶液を用いることができる。例えば、2-エチルヘキシル2-エチルヘキシルホスホネート(PC88A:大八化学株式会社製)を20vol%、ケロシン(希釈剤)を80vol%の割合で混合した混合溶液を用いることができる。
【0069】
上述した抽出剤溶液を用いて、ミキサーセトラーによりコバルト・ニッケル溶液から硫酸コバルト(CoSO4)溶液と、硫酸ニッケル(NiSO4)溶液とを分離回収する。
【0070】
以上の工程により、廃LIBからコバルトとニッケルとを高収率で回収することができる。例えば、廃LIBから取り出した電極材料中のコバルト、ニッケルの量をそれぞれ100%とした時、本実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法によって、コバルトとニッケルをそれぞれ95%以上の高収率で回収することができる。
【0071】
(第2実施形態)
図2は、本発明の第2実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法を段階的に示したフローチャートである。
なお、以下に説明する第2実施形態では、第1実施形態と同様の工程については説明を省略する。
【0072】
第2実施形態では、銅沈殿工程S4と、コバルト・ニッケル分離工程S6との間に、第1処理工程S5Aに代えて、第2処理工程S5Bを行う。
第2処理工程S5Bとしては、第2濾過過程S5B-1と、第2中和過程S5B-2と、を順に行う。
【0073】
第2濾過過程S5B-1では、銅沈殿工程S4で得られた沈殿を含む混合液の固液分離を行い、コバルトおよびニッケルを含む第1溶出液と硫化銅(CuS)を含む残渣とを分離する。これにより、浸出工程S3で生じた炭素残渣、銅沈殿工程S4で生じた硫化銅(CuS)を含む沈殿残渣を含む固相と、第2溶出液(液相)とが分離される。
【0074】
第2濾過過程S5B-1で分離された固相は、リパルプ(固相に水を加えて再懸濁させ、次いで脱水することにより精製する)、またはケーキ洗浄してから廃棄物として処理されればよい。
【0075】
第2中和過程S5B-2は、第2濾過過程S5B-1で得られた第2溶出液に対して、アルカリ金属水酸化物を加えてpH調整を行い、第2中和液を得る。
【0076】
前工程である銅沈殿工程S4では、硫化水素化合物の添加開始から終了に至るまでの浸出液のpHを2.0以下に維持しているため、このままでは、後工程のコバルト・ニッケル分離工程S6において、硫化水素化合物とコバルト、ニッケルが反応しにくくなる虞があるが、硫化水素化合物の添加に伴って、溶出液のpHは低下していく。pH調整後、硫化水素化合物の添加開始時のpHが3.0未満であると、硫化水素化合物の添加終了に至る前に過度のpH低下が生じ、再度のpH調整が必要になる。このため、コバルト・ニッケル分離工程S6の前工程においてpHを3.0以上にした方が効率的である。
【0077】
また、pH調整時にpHを4.0を超える値にすると、pH調整に時間がかかるが、硫化水素化合物を添加するとすぐにpH4.0以下となるため、非効率である。そのため、pH調整範囲としては3.0~4.0の範囲が望ましい。
【0078】
また、この第2中和過程S5B-2では、水酸化ナトリウム(NaOH)を用いて、第2濾過過程S5B-1で得られた第2溶出液のpHを3.0~4.0程度にすることで、この第2溶出液に含まれるアルミニウムを水酸化アルミニウム(Al(OH)3)にして沈殿させることができる。
【0079】
こうしたコバルト・ニッケル分離工程S6の前処理のpH調整である第2中和過程S5B-2において、pHが1.0程度の溶出液をpH3.0~4.0にするためのpH調整液としては、水酸化ナトリウム(NaOH)以外にも、水酸化カリウム(KOH)を用いることができ、pHが4.0越えであればpH調整液として更に酸、例えば、硫酸を用いることができる。本実施形態では、濃度が25wt%の水酸化ナトリウム水溶液を用いて、第2溶出液のpHを3.0~4.0の範囲内、例えば3.5に調整する。
【0080】
以上、本発明の実施形態を説明したが、これら実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の技術的要件を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や技術的要件に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【実施例】
【0081】
本実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法の効果を検証した。
(本発明例の手順)
廃LIBから取り出した電極材料を、濃度2mol/Lの硫酸および濃度30質量%の過酸化水素水を含む処理液に加え、液温60℃で加熱撹拌を4時間行った(浸出工程)。その後、得られた浸出液を室温まで放冷し、浸出液に対して、250g/Lになるようイオン交換水に撹拌溶解した硫化水素ナトリウム水溶液を、浸出液の酸化・還元電位(ORP(Oxidation-reduction Potential))が0mV(vs Ag/AgCl)以下になるまで添加し撹拌した(銅分離工程)。
【0082】
この段階で、硫酸浸出時に不溶である廃LIBの負極材のカーボンおよび、生成した残渣(硫化銅)を濾過して固液分離を行った。ここで得られた溶出液に、濃度25質量%の水酸化ナトリウム溶液を添加してpHを3.5に調整した。得られた中和液に、濃度250g/Lの硫化水素ナトリウム水溶液を、ORPが-400mV(vs Ag/AgCl)以下になるまで添加しつつ撹拌した。
【0083】
そして、黒色の沈殿物(硫化コバルト、硫化ニッケル)が十分生成したことを確認し、次いで固液分離を行うことにより、沈殿物を回収した(コバルト・ニッケル分離工程)。一方、残液にはマンガン、アルミニウム、鉄、リチウム、カルシウムなどの不純物が残留しており、金属含有廃液として処分した。
【0084】
硫化コバルト、硫化ニッケルを含む沈殿物254.7g(未乾燥)に、蒸留水2000mLを加え、液温を60℃として、pHが3.0になるよう硫酸を添加して懸濁液を得た。そして、この懸濁液に空気剪断型のマイクロバブル発生装置を用いて、空気(酸化ガス)を3.0L/分の割合で供給して、発生させたマイクロバブルによって懸濁液のバブリングを行った(再溶解工程)。反応時には懸濁液のpHが徐々に上昇するが、懸濁液のpHが3.0以上、7.0以下の範囲になるように、硫酸を用いてpH調整を行った。
【0085】
そして、バブリング開始から4時間経過後に空気の供給を止め、懸濁液のpHを3.0に調整した。次いで、濃度30質量%の過酸化水素水を40mL添加して30分間攪拌し、硫化コバルト、硫化ニッケルを全量、再溶解した。溶解残渣は1.3g(乾燥)であった。前工程で得られた硫化コバルト、硫化ニッケルに対する浸出率はコバルト98.4質量%、ニッケル99.5質量%であり、ニッケル、コバルトとも、十分に再溶解できたことが確認された。
【0086】
このようにして得られたコバルト・ニッケル溶液から、金属抽出剤であるPC88A(大八化学株式会社製)が20vol%、ケロシンが80vol%の割合で混合された抽出剤溶液を用いて、ミキサーセトラーにより硫酸コバルト溶液と、硫酸ニッケル溶液とを分離回収した(溶媒抽出工程)。
【0087】
以上の本発明例の手順では、廃LIBから取り出した電極材料中のコバルト、ニッケルを100%とした時に、溶媒抽出で逆抽出液中に得られたコバルトは96.4%、ニッケルは95.3%であった。よって、本実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法によれば、廃LIBから高い歩留まりでコバルト、ニッケルを回収できることが確認された。
なお、金属濃度はICP-AES、pHはpH計、ORPはORP計によって測定した。%の数値は質量基準である。
【0088】
本実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法の再溶解工程において、懸濁液にバブリングを行った場合と、バブリングおよび過酸化水素の添加を行った場合について、以下の式を用いて、コバルト、ニッケルの浸出率を測定、算出した。なお、再溶解後の残渣を蒸留水で洗浄して洗浄液を回収した。
浸出率(%)=100×{(浸出濾液の液量×金属濃度)+(洗浄液の液量×洗浄液の金属濃度)}/{(浸出濾液の液量×金属濃度)+(洗浄液の液量×洗浄液の金属濃度)+(残渣の質量×金属含有率)}
【0089】
(1)バブリングのみの場合(本発明例(1))
表1に硫化コバルト、硫化ニッケルを含む沈殿物をバブリングのみで再溶解した試験結果を示す。表中の時間(min)は空気吹き込み開始時からの経過時間を示す。また、表中のpH、温度、ORP、Air流量は各時点での値であり、累積添加量(硫酸、NaOH)は各時点での合計添加量であり、濃度、移行率は各時点での値を示す。なお、移行率は、以下の式を用いて算出した。
移行率(%)=100×(液量×金属濃度)/{(濾過後の液量×濾過後の金属濃度)+(洗浄液の液量×洗浄液の金属濃度)+(残渣の重量×金属含有量)}
式中、分子の数値は各時点での値を用い、分母の数値は再溶解工程終了時の値を用いた。
【0090】
硫化コバルト、硫化ニッケルを含む沈殿物282.9g(未乾燥)に、蒸留水2000mLを加え、液温を50℃となるよう加温しつつ撹拌した(実施例A1)。次に、pH3.0以下なるよう濃度47wt%の硫酸15mLを添加した(実施例A2)。次に、空気吹き込み開始時からの経時変化を確認し、pHが3.0~7.0になるよう濃度47wt%の硫酸、濃度25wt%の水酸化ナトリウム溶液を適宜加えながら、600分マイクロバブリング装置としてアスピレータを用いて吹き込みを行った(実施例A3~A13)。
吹き込み時に生成した硫黄残渣を濾過により固液分離を行い、浸出液1910mL、洗浄液500mLを得た。硫黄残渣4.22gのコバルト、ニッケル含有率は表2に示し、洗浄液のコバルト、ニッケル濃度は表3に示す。反応系のコバルト、ニッケル合計量を100%とした時の浸出率を計算すると、コバルトが96.7%浸出され、ニッケルが98.8%浸出されていた。
【0091】
なお、バブリング装置として用いたアスピレータは、品番1-689-04(アズワン株式会社製)を用いた。このアスピレータは、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製であり、液流量を10L/minに設定した。
【0092】
【0093】
【0094】
【0095】
図3に示す本発明例(1)では、ニッケルに関しては、バブリング開始後2時間程度で浸出率が80%を超え、9時間程度で浸出率が98%に達した。最終的な浸出率は98.8%であった。また、コバルトに関しては、バブリング開始後4時間程度で浸出率が80%を超え、9時間程度で浸出率が95%に達した。最終的な浸出率は96.7%であった。よって、上述した懸濁液の条件では、10時間程度バブリングを行えば、過酸化水素を添加せずに、コバルトおよびニッケルをほぼ全量、浸出(再溶解)できることが確認された。
【0096】
(2)バブリングおよび過酸化水素を添加した場合(本発明例(2))
表4に硫化コバルト、硫化ニッケルを含む沈殿物をバブリングおよび過酸化水素により再溶解した試験結果を示す。表中の時間(min)は空気吹き込み開始時からの経過時間を示す。また、表中のpH、温度、ORP、Air流量は各時点での値であり、累積添加量(硫酸、NaOH、過酸化水素)は各時点での合計添加量であり、濃度、移行率は各時点での値を示す。なお、移行率は、以下の式を用いて算出した。
移行率(%)=100×(液量×金属濃度)/{(濾過後の液量×濾過後の金属濃度)+(洗浄液の液量×洗浄液の金属濃度)+(残渣の重量×金属含有量)}
式中、分子の数値は各時点での値を用い、分母の数値は再溶解工程終了時の値を用いた。
【0097】
硫化コバルト、硫化ニッケルを含む沈殿物254.7g(未乾燥)に、蒸留水2000mLを加え、液温を60℃となるよう加温しつつ撹拌した(実施例B1)。次に、pH3.0以下なるよう濃度47wt%の硫酸9mLを添加した(実施例B2)。次に、空気吹き込み開始時からの経時変化を確認し、pHが3.0~7.0になるよう濃度47wt%の硫酸、濃度25wt%の水酸化ナトリウム溶液を適宜加えながら、240分マイクロバブリング装置としてアスピレータを用いて吹き込みを行った(実施例B3~B10)。
【0098】
その後、空気吹き込みを止め、濃度30wt%の過酸化水素水40mLを25分かけて添加し、溶解を行った(実施例B11~B14)。吹き込みならびに過酸化水素の添加時に生成した硫黄残渣を濾過により固液分離を行い、浸出液2020mL、洗浄液400mLを得た。硫黄残渣1.30gのコバルト、ニッケル含有率は表5に示し、洗浄液のコバルト、ニッケル濃度は表6に示す。反応系のコバルト、ニッケル合計量を100%とした時の浸出率を計算すると、コバルトが98.4%浸出され、ニッケルが99.5%浸出されていた。
【0099】
【0100】
【0101】
【0102】
図4に示す本発明例(2)では、ニッケルに関しては、バブリング開始後4時間程度で浸出率が90%程度に達した。コバルトに関しては、バブリング開始後4時間程度で浸出率が80%程度に達した。その後、過酸化水素と反応させることによって、ニッケルの最終的な浸出率は99.5%に達した。また、コバルトの最終的な浸出率は98.4%に達した。よって、バブリングに加えて、更に過酸化水素を添加することにより、4.5時間程度でコバルトおよびニッケルをほぼ全量、浸出(再溶解)できることが確認され、また、バブリングを行うことで、過酸化水素の使用量が40mL程度の少量で済むことが確認された。
【0103】
(3)バブリングを行わない場合(従来例)
表7に硫化コバルト、硫化ニッケルを含む沈殿物を過酸化水素により再溶解した試験結果を示す。表中の時間(min)は過酸化水素の添加開始時からの経過時間を示す。また、表中のpH、温度、ORPは各時点での値であり、累積添加量(硫酸、過酸化水素、NaOH)は各時点での合計添加量であり、濃度、移行率は各時点での値を示す。なお、移行率は、以下の式を用いて算出した。
移行率(%)=100×(液量×金属濃度)/{(濾過後の液量×濾過後の金属濃度)+(洗浄液の液量×洗浄液の金属濃度)+(残渣の重量×金属含有量)}
式中、分子の数値は各時点での値を用い、分母の数値は再溶解工程終了時の値を用いた。
【0104】
硫化コバルト、硫化ニッケルを含む沈殿物169.7g(未乾燥)に、蒸留水1000mLを加え、液温を60℃となるよう加温しつつ撹拌した(C1)。次に、pH2.0以下なるよう濃度47wt%の硫酸14mLを添加した(C2)。過酸化水素の添加開始時からの経時変化を確認し、pHが2.0以下になるよう濃度47wt%の硫酸を適宜加えながら、濃度30wt%の過酸化水素水を140分かけて添加した(C3~C9)。
【0105】
その後、濃度25wt%の水酸化ナトリウム溶液や濃度47wt%の硫酸を加えpH5.0付近とした(C10~C11)。次いで、生成した硫黄残渣を濾過により固液分離を行い、浸出液1260mL、洗浄液355mLを得た。硫黄残渣4.26gのコバルト、ニッケル含有率は表8に示し、洗浄液のコバルト、ニッケル濃度は表9に示す。反応系のコバルト、ニッケル合計量を100%とした時の浸出率を計算すると、コバルトが99.4%浸出され、ニッケルが99.6%浸出されていた。浸出は十分にできるものの、実施例と比較して多量の過酸化水素が必要となり、処理コストが高くなることが確認された。
【0106】
【0107】
【0108】
【産業上の利用可能性】
【0109】
本実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法は、使用済みのリチウムウムイオン二次電池に含まれる有価金属のうち、特にコバルトおよびニッケルを、他の金属から正確に分離、回収することを可能にし、これにより、リチウムウムイオン二次電池から純度の高いリサイクル資源を効率的に得ることができる。従って、本実施形態のコバルトおよびニッケルの分離方法は、有益な産業上の利用可能性を有する。