IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社京三製作所の特許一覧 ▶ 国立大学法人横浜国立大学の特許一覧

<>
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図1
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図2
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図3
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図4
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図5
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図6
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図7
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図8
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図9
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図10
  • 特許-推定方法、及び推定装置 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-13
(45)【発行日】2024-05-21
(54)【発明の名称】推定方法、及び推定装置
(51)【国際特許分類】
   G05B 17/00 20060101AFI20240514BHJP
   G05B 17/02 20060101ALI20240514BHJP
   G05B 23/02 20060101ALI20240514BHJP
【FI】
G05B17/00
G05B17/02
G05B23/02 E
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2023174650
(22)【出願日】2023-10-06
【審査請求日】2023-11-14
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001292
【氏名又は名称】株式会社京三製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001151
【氏名又は名称】あいわ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】末永 豊昭
(72)【発明者】
【氏名】細山田 悠
(72)【発明者】
【氏名】吉田 卓矢
(72)【発明者】
【氏名】藤本 康孝
(72)【発明者】
【氏名】亀谷 直生
【審査官】西井 香織
(56)【参考文献】
【文献】Ivan Markovsky, Jan C. Willems, Paolo Rapisarda, and Bart L.M. De Moor,DATA DRIVEN SIMULATION WITH APPLICATIONS TO SYSTEM IDENTIFICATION,IFAC Proceedings Volumes,2005年,pp.970-975,https://www.sciencedirect.com/sciene/article/pii/S1474667016361754
【文献】 ▲高▼橋英輔、金子修,一組の実験データを直接用いた閉ループ系の応答予測の新しいアプローチ,計測自動制御学会論文集,55巻、4号,日本,公益社団法人 計測自動制御学会,2019年,pp.324-330
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 17/00
G05B 17/02
G05B 23/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御器の制御信号を制御対象への制御入力として入力し、前記制御対象の出力を前記制御器にフィードバックする閉ループ制御系において前記制御対象の出力を推定する方法であって、前記制御対象の入出力の実験データを用いて出力をシミュレートするデータ駆動型シミュレーション方法であり、
前記制御対象のシミュレーションで得られる推定入力値uと前記制御対象の実験で得られた実験出力データyとを時間領域で畳み込み演算して得られる第1の畳み込み演算値、
及び
前記制御対象のシミュレーションで得られる推定出力値yと前記制御対象の実験で得られた実験入力データuとを時間領域で畳み込み演算して得られる第2の畳み込み演算値、
を求め、
前記二つの畳み込み演算値の差分から、前記制御対象の次サンプリング時刻の推定出力値(y)を推定する、
出力推定方法。
【請求項2】
制御器の制御信号を制御対象への制御入力として入力し、前記制御対象の出力を前記制御器にフィードバックする閉ループ制御系において前記制御対象の出力を推定する方法であって、前記制御対象の入出力の実験データを用いて出力をシミュレートするデータ駆動型シミュレーション方法であり、
前記制御対象の実験で得られる実験入力データu及び実験出力データyの各サンプリング値を収集し、記憶する実験データの実験工程と、
前記制御器に基準値rを入力して制御器の出力信号を得るシミュレーションを行い、前記シミュレーションの出力信号を前記制御対象に対する推定入力値uとして算出し、記憶する推定入力値のシミュレーション工程と、
制御対象の推定出力値yを求める推定出力値のシミュレーション工程と、
の各工程を備え、
前記推定出力値のシミュレーション工程は、
前記推定入力値のシミュレーション工程で得られるサンプリング時刻0からk-1までの推定入力値u、及び前記実験工程で得られたサンプリング時刻kから1までの実験出力データyを時間領域で畳み込み演算して第1の畳み込み演算値を求め、
推定出力値のシミュレーション工程で得られるサンプリング時刻0からk-1までの推定出力値y、及び前記実験工程で得られたサンプリング時刻kから1までの実験入力データuを時間領域で畳み込み演算して第2の畳み込み演算値を求め、
前記第1の畳み込み演算値と第2の畳み込み演算値の差分を求め、前記差分から前記制御対象のサンプリング時刻kの推定出力値y(k)を求める
出力推定方法。
【請求項3】
前記実験データの実験工程は、
前記制御器と前記制御対象とをフィードバック接続した閉ループ系を実験系とし、
前記制御器のパラメータθは初期パラメータθであり、
前記制御対象は実プラントである、
請求項2に記載の出力推定方法。
【請求項4】
前記実験データの実験工程は、
前記制御対象の開ループ系を実験系とし、
前記制御対象は実プラントである、
請求項2に記載の出力推定方法。
【請求項5】
前記推定入力値のシミュレーション工程は、
前記制御器の閉ループ系をシミュレーション系とし、
前記制御器に基準値r(k)及び推定出力y(k)を入力して得られる各サンプリング時刻kの出力信号を制御対象に対する推定入力値として求める
請求項2に記載の出力推定方法。
【請求項6】
前記推定出力値のシミュレーション工程の畳み込み演算において、
前記第1の畳み込み演算値は、実験出力データy(k-)と推定入力値u(i)の各サンプリング値の積をサンプリング時刻0からk-1まで加算した総和であり、
前記第2の畳み込み演算値は、実験入力データu(k-)と推定出力値y(i)の各サンプリング値の積をサンプリング時刻0からk-1まで加算した総和であり、
前記制御対象の実験出力データy(k)のサンプリング時刻k=0における値がy(0)=0であるとき、
サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する演算式y(k)は、前記第1の畳み込み演算値と第2の畳み込み演算値の差分を実験入力データu(0)で除算した

である、
請求項2に記載の出力推定方法。
【請求項7】
前記推定出力値のシミュレーション工程の畳み込み演算は、実験出力データy (k-)と推定入力値u(k)の各サンプリング値の積をサンプリング時刻0からk-1まで加算した総和と、実験入力データu (k-)と推定出力値y(i)の各サンプリング値の積をサンプリング時刻0からk-1まで加算した総和であり、
前記制御対象の実験入力データu、及び実験出力データyのサンプリング時刻k=0にける収束値が定常値u0_offset及び定常値y0_offsetであるとき、
サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する演算式y(k)は、
前記第1の畳み込み演算値と第2の畳み込み演算値の差分を実験入力データu (0)で除算した


であり、
前記演算式y(k)中のu (k),y (k)は、
(k)=u(k)―u0_offset
(k)=y(k)―y0_offset
である、
請求項2に記載の出力推定方法。
【請求項8】
前記推定出力値のシミュレーション工程の畳み込み演算は、実験出力データy (i)と推定入力値u(k-)の各サンプリング値の積をサンプリング時刻1からN-1まで加算した総和と、実験入力データu (i)と推定出力値y(k-)の各サンプリング値の積をサンプリング時刻1からN-1まで加算した総和であり、
実験データのサンプリング数Nに対して、
前記制御対象の実験入力データu、及び実験出力データyの(N-1)(Nはサンプリング数)を超えるサンプリング時刻(m)における(m>N-1)収束値が定常値u *(m)=um_offset、及び定常値y *(m)=ym_offsetであるとき、
k>N-1(Nはサンプリング数)に対して、サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する長期シミュレーションの演算式y(k)は、


であり、
前記演算式y(k)中のu ,y は、
(m)=um_offset
(m)=ym_offset
である、
請求項2に記載の出力推定方法。
【請求項9】
制御器の制御信号を制御対象への制御入力として入力し、前記制御対象の出力を前記制御器にフィードバックする閉ループ制御系において前記制御対象の出力を推定する装置であって、前記制御対象の入出力の実験データを用いて出力をシミュレートするデータ駆動型シミュレーション装置であり、
前記制御対象の実験で得られた実験入力データu及び実験出力データyを記憶する実験データ記憶部と、
前記制御対象の推定出力値(y)を記憶する推定出力値記憶部と、
前記制御対象のシミュレーションで得られる推定入力値uを算出する推定入力値算出部と、
前記推定入力値算出部で算出した前記推定入力値uを記憶する推定入力値記憶部と、
前記制御対象の実験で得られた実験入力データu及び実験出力データy0と、前記制御対象のシミュレーションで得られる推定入力値u及び推定出力値yとを用いて時間領域で畳み込み演算し、前記制御対象の次サンプリング時刻の推定出力値yを推定する演算部と、を備える、
出力推定装置。
【請求項10】
前記演算部は、
る推定入力値記憶部に記憶されるサンプリング時刻0からk-1までの推定入力値u、及び実験データ記憶部に記憶されるサンプリング時刻kから1までの実験出力データyを時間領域で畳み込み演算して第1の畳み込み演算値を求め、
推定出力値記憶部に記憶されるサンプリング時刻0からk-1までの推定出力値y、及び実験データ記憶部に記憶されるサンプリング時刻kから1までの実験入力データuを時間領域で畳み込み演算して第2の畳み込み演算値を求め、
前記第1の畳み込み演算値と第2の畳み込み演算値の差分を求め、
(a)前記制御対象の実験出力データy(k)のサンプリング時刻k=0における値がy(0)=0であるとき、
サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する演算式y(k)は、前記第1の畳み込み演算値と第2の畳み込み演算値の差分を実験入力データu(0)で除算した


であり、
(b)前記制御対象の実験入力データu、及び実験出力データyのサンプリング時刻k=0にける収束値が定常値u0_offset及び定常値y0_offsetであるとき、
サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する演算式y(k)は、前記第1の畳み込み演算値と第2の畳み込み演算値の差分を実験入力データu (0)で除算した


であり、
前記演算式y(k)中のu ,y は、
=u―u0_offset
=y―y0_offset
であり、
(c)前記制御対象の実験入力データu、及び実験出力データyの(N-1)(Nはサンプリング数)を超えるサンプリング時刻(m)における(m>N-1)収束値が定常値u *(m)=um_offset、及び定常値y *(m)=ym_offsetであるとき、
k>N-1(Nはサンプリング数)に対して、サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する長期シミュレーションの演算式y(k)は、


であり、
前記演算式y(k)中のu ,y は、
=um_offset
=ym_offset
である、
請求項9に記載の出力推定装置。
【請求項11】
コンピュータに導入されることによって前記コンピュータを請求項9又は10に記載の出力推定装置として機能させるように構成されたコンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制御器を介して制御される制御対象の出力をシミュレーションにより推定する方法、推定装置、及び推定装置を駆動するプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来の制御アプローチでは、制御対象モデルを同定し、同定した制御対象モデルに基づいて所定の制御特性を満足する制御器を設計し、実験によって制御特性の検証がされている。しかしながら、実際の制御対象では、開ループ応答を取得することができない場合があること、実験に長時間を要するといったこと等から、制御対象モデルの同定が難しいという課題がある。
【0003】
このような課題に対して、制御対象モデルを求めることなく実験データから直接制御器を調整するデータ駆動型制御の活用が検討されている。データ駆動型制御は、一回の実験で得られたデータのみに基づいて閉ループ系が参照モデルに近づくように制御パラメータを最適化する制御であり、例えばVRFTやFRITが知られている。
【0004】
データ駆動型制御アプローチに代えて、データ駆動型制御シミュレーションが提案されている。データ駆動型制御シミュレーションは、制御対象(プラント)の入力データと出力データ、及び目的の制御入力を与え、これらのデータに基づいて制御対象の応答出力を推定するものである。
【0005】
データ駆動型制御シミュレーションとして、部分空間法に基づくもの(非特許文献1,2)、部分空間法に基づかないもの(非特許文献3,4,5)が知られている。部分空間モデルに基づいたシミュレーションは、非線形性の制御入力に対処するために制御対象(プラント)からの出力データが必要であり、また、逆行列演算による計算コストが過大となる。他方、部分空間法に基づかないシミュレーションは、制御器の非線形性を考慮することができない。
【0006】
他のシミュレーションによる出力推定方法として、一回の試行に基づいて制御対象への周期入出力応答を求める工程と、目的の制御信号に対する制御対象の応答を演算式に基づいて求める工程とを含むによって出力推定方法も提案されている。この出力推定方法では、実験データのフーリエ変換と制御器の周波数特性からフィードバック系の入出力応答の周波数成分を求め、求めた周波数成分を逆フーリエ変換して仮想時間応答を求める(特許文献1,非特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2021-43573号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】I.Markovsky,J.C.Willems,P.Rapisarda,and B.L.D.Moor,“Data driven simulation with applications to system identification,” IFAC Proceedings Volumes, vol.38,no.1 pp.970-9725.2005.
【文献】I.Markovsky,and P.Rapisarda,“Data driven simulation and Control,”International Journal f Control,vol.81,no.12 pp.1946-1959,2008.
【文献】O.Kaneko and T.Nakamura,“Data-driven prediction of 2dof control systems with updated feedforward controller,”in 2017 56th Annal Conference of the Society of Instrument and Control Engineers of Japan (SICE), pp. 259-262,20717
【文献】R.Hoogendijk,M.van de Molengraft,A.den Hamer,G.Angelis,and M.Steinbuch,“Computation of transfer function data from frequency response data with application to data-based root-locus,” Control Engineering practice,vol.37.pp.20-31,2015
【文献】M. Kosaka, A. Kosaka, and M. Kosaka,“Virtual time-response base iterative gain evaluation and redesign,” IFAC-PapersOnLine, vol.53, no. 2, pp. 3946-3952,2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来提案されているデータ駆動型制御シミュレーションは、制御対象(プラント)の構築が不要であるという特徴を有するものの、制御器を含むシステムの非線形性に係わる課題がある。例えば、非線形性の制御入力に対処するために制御対象(プラント)からの出力データが必要であること、閉ループ系システムの非線形性を取り扱うことができないことなどの非線形性に係わる課題がある。
【0010】
図11は、非特許文献5の仮想時間応答ベースの反復ゲイン評価、及び再設計(V-tiger:Virtual time-response base iterative gain evaluation and redesign)法が制御する系を示している。
【0011】
図11Aは、V-tiger法が実行可能な閉ループ系100Aを示している。閉ループ系100Aは、制御器C(z、θ)の制御信号を制御対象P(z)の入力信号Uin(z)とし、制御対象P(z)の出力信号Yout(z)を制御器C(z、θ)にフィードバックする閉ループ制御系を構成している。この閉ループ制御系では、制御器C(z、θ)が線形性であることを要件としてV-tiger法が実行可能である。
【0012】
一方、図11Bは、V-tiger法が実行不可能な閉ループ系100Bを示している。閉ループ系100Bは、閉ループ系100Aと同様に、制御器C(z、θ)の制御信号を制御対象P(z)の入力信号Uin(z)とし、制御対象P(z)の出力信号Yout(z)を制御器C(z、θ)にフィードバックする閉ループ制御系を構成しているが、制御器C(z、θ)は非線形性要素を有し、制御対象P(z)には非線形性を有した入力信号Uin(z)が入力される。このように非線形性要素を有した閉ループ系100Bでは、V-tiger法を適用することができない。
【0013】
また、特許文献1の出力推定方法は参照モデルの伝達関数モデルが不要であるが、推定出力値yは制御器の伝達関数Kを含むため、制御器の伝達関数が非直線性を有している場合には取り扱うことができないという課題がある。また、特許文献1の出力推定方法は周期性の入出力信号を扱う手法であるため、非周期信号を取り扱うことができないという問題もある。
【0014】
本発明の出力推定方法、及び出力推定装置は、前記した従来の課題を解決して、データ駆動型シミュレーションにおいて、制御器の直線性/非直線性にかかわらず制御対象の出力をシミュレーションにより推定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
図1は、本発明の出力推定方法を適用する閉ループ制御系100を示している。閉ループ制御系100は、制御器C(θ)の制御信号を制御対象P(z)の入力信号u(k)として入力し、制御対象P(z)の出力信号y(k)を制御器C(θ)にフィードバックする閉ループ制御系の制御処理を離散時間処理で行う離散時間閉ループ制御系である。なお、制御対象P(z)及びその出力の用語はプラント及びプラント出力に対応する。
【0016】
本発明の出力推定方法は、離散時間閉ループ制御系において、制御対象P(z)の入出力の実験データを用いたシミュレーションによって出力を推定するデータ駆動型シミュレーションにおいて、シミュレーションを時間領域の畳み込み演算によって行う出力推定方法である。
【0017】
畳み込み演算は、入出力実験データ(u,y)と推定入出力値(u,y)とを時間領域で行う。入出力実験データ(u,y)は、制御対象を実際に実験することによって得られる実験入力データ(u)及び実験出力データ(y)である。推定入出力値(u,y)は、制御対象P(z)をシミュレーションすることによって得られる各サンプリング時刻の推定入力値(u)及び推定出力値(y)である。
【0018】
畳み込み演算によるシミュレーションによって、制御対象P(z)の次のサンプリング時刻の推定出力値(y)を推定する。
【0019】
本発明は、データ駆動型シミュレーションにおいて、制御対象P(z)のシミュレーションに用いる実験データは、制御対象の実験で得られた実験入力データ(u)及び実験出力データ(y)であり、シミュレーションに用いる入出力値は、制御対象(P)のシミュレーションで得られる推定入力値(u)及び推定出力値(y)であり、演算に用いる実験データ及び入出力値は何れも制御器C(θ)のパラメータθの関与はない。
【0020】
したがって、本発明の出力推定方法は、制御器C(θ)の関与を排除し、制御対象P(z)のみを用いたシミュレーションである。制御器C(θ)の関与が除かれているため、制御器C(θ)による直線性/非直線性の関与が排除され、仮に制御器C(θ)が非直線性を有していたとしても畳み込み演算を実行することができ、制御対象の出力を推定することができる。
また、制御器C(θ)の直線性/非直線性にかかわらず制御対象の出力を推定することができる。
【0021】
さらに、出力推定に用いる時間領域の畳み込み演算は制御対象P(z)の項を排除した演算式で表される。したがって、制御器C(θ)だけでなく制御対象P(z)についても関与されることなく出力推定をシミュレーションすることができる。
【0022】
本発明は、出力推定方法、出力推定装置、及びコンピュータプログラムの各カテゴリーを備える。
【0023】
(出力推定方法)
本発明の出力推定方法は、制御器C(θ)の制御信号を制御対象P(z)への制御入力として入力し、制御対象P(z)の出力を制御器C(θ)にフィードバックする閉ループ制御系において制御対象P(z)の出力を推定する方法ある。
【0024】
本発明の出力推定方法は、制御対象P(z)の入出力の実験データを用いて出力をシミュレートするデータ駆動型シミュレーション方法において、制御対象P(z)のシミュレーションで得られる推定入力値uと制御対象P(z)の実験で得られた実験出力データyとを時間領域で畳み込み演算して得られる第1の畳み込み演算値、及び制御対象P(z)のシミュレーションで得られる推定出力値yと前記制御対象P(z)の実験で得られた実験入力データuとを時間領域で畳み込み演算して得られる第2の畳み込み演算値を求め、二つの畳み込み演算値の差分から制御対象P(z)の次サンプリング時刻の推定出力値(y)を推定する。
【0025】
本発明の出力推定方法は、実験データの(A)実験工程、(B)推定入力値のシミュレーション工程、及び(C)推定出力値のシミュレーション工程の各工程を備える。
【0026】
(A)実験データ(u,y)の実験工程
実験データの実験工程は、制御対象P(z)の実験で得られる実験入力データu及び実験出力データyの各サンプリング値を収集し、記憶する工程である。
【0027】
実験データの実験工程を行う閉ループ系の一例は、制御対象P(z)の出力を制御器C(θ)にフィードバックする閉ループ系であり、制御器C(θ)のパラメータθを初期パラメータθとして、制御器C(θ)と実プラントの制御対象P(z)について実験を行って、実験入力データu及び実験出力データyの各サンプリング値を収集する。
【0028】
実験データの実験工程を行う開ループ系の例は、制御対象P(z)のみの系であり、実プラントの制御対象P(z)について実験を行って、実験入力データu及び実験出力データy0の各サンプリング値を収集する。なお、一般的には開ループ系では不安定系のデータ取得は困難な場合が多い。
【0029】
(B)推定入力値u(k)のシミュレーション工程
推定入力値のシミュレーション工程は、制御器C(θ)に基準値r(k)及びフィードバック信号として出力推定値y(k)を入力して制御器C(θ)の出力値を得るシミュレーションを行い、制御対象P(z)に対する推定入力値u(k)として算出し、記憶する工程である。
【0030】
推定入力値u(k)のシミュレーション工程は、制御器C(θ)のシミュレーション系において、制御器C(θ)のパラメータθはシミュレーションを行いたい任意のパラメータとし、制御器(C)に基準値r(k)を及びフィードバック信号として出力推定値y(k)を入力して得られる各サンプリング時刻kの出力信号を制御対象P(z)に対する推定入力値u(k)として求める。
【0031】
(C)推定出力値y(k)のシミュレーション工程
推定出力値のシミュレーション工程は、実験工程で得られた実験入力データu、及び実験出力データyの各サンプリング値と、推定入力値のシミュレーション工程で得られたサンプリング時刻0から(k-1)までの推定入力値u、及び制御対象P(z)のシミュレーションにおける制御対象P(z)のサンプリング時刻0から(k-1)までの推定出力値yとを用いて時間領域の畳み込み演算を行い、制御対象P(z)のサンプリング時刻kの推定出力値y(k)を記憶する工程である。
【0032】
推定入力値のシミュレーション工程で得られるサンプリング時刻0からk-1までの推定入力値u、及び実験工程で得られたサンプリング時刻kから1までの実験出力データyを時間領域で畳み込み演算して第1の畳み込み演算値を求め、推定出力値のシミュレーション工程で得られるサンプリング時刻0からk-1までの推定出力値y、及び実験工程で得られたサンプリング時刻kから1までの実験入力データuを時間領域で畳み込み演算して第2の畳み込み演算値を求め、第1の畳み込み演算値と第2の畳み込み演算値の差分を求め、求めた差分から制御対象P(z)のサンプリング時刻kの推定出力値y(k)を求める。
【0033】
サンプリング時刻kにおける出力推定値y(k)は、第1の畳み込み演算値と第2の畳み込み演算値の差分値をサンプリング時刻kが0のときの実験入力データu(0)で除算することにより得られる。
【0034】
出力推定値y(k)は、時間領域の畳み込み演算における実験出力データの収束条件から、
(a)サンプリング時刻k=0の実験出力データの値がy(0)=0であるとき、
(b)サンプリングを開始する直前の入出力状態が定常状態であるとき、
(c)サンプリング時刻k=Nを超える実験出力データの値がサンプリング時刻k=0の実験出力データの値に収束すると見なせるとき、
の各場合について各演算式により求められる。
【0035】
(a)制御対象P(z)の実験出力データy(k)のサンプリング時刻k=0の値がy(0)=0であるとき:
サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する演算式y(k)は、第1の畳み込み演算値と第2の畳み込み演算値の差分を実験入力データu(0)で除算した
[数1]




…(1)
で表される。
【0036】
(b)制御対象P(z)の実験入力データu、及び実験出力データyのサンプリングを開始する直前の状態の値が定常値u0_offset及び定常値y0_offsetであるとき:
サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する演算式y(k)は、第1の畳み込み演算値と第2の畳み込み演算値の差分を実験入力データu (0)で除算した
[数2]




…(2)
で表される。
【0037】
演算式y(k)中のu (k) (k)は、
(k)=u―u0_offset
(k)=y―y0_offset
である。
【0038】
(c)制御対象P(z)の実験入力データu、及び実験出力データyのサンプリングを開始する直前における値が定常値u0_offset及び定常値y0_offsetであるとき:
サンプリング数(N-1)を超えるサンプリング時刻(m)における(m>N-1)実験入力データ及び実験出力データが、制御対象P(z)のサンプリング時刻k=0における実験入力データu、及び実験出力データyの定常値である定常値u *(m)=um_offset、及び定常値y *(m)=ym_offsetに収束するとみなせるとき、m>N-1(Nはサンプリング数)に対して、サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する長期シミュレーションの演算式y(k)は、
[数3]



…(3)
で表される。
【0039】
演算式y(k)中のu (m) (m)は、
(m)=um_offset
(m)=ym_offset
である。
【0040】
(出力推定装置)
本発明の出力推定装置は、制御器C(θ)の制御信号を制御対象P(z)への制御入力として入力し、前記制御対象P(z)の出力を前記制御器C(θ)にフィードバックする閉ループ制御系において前記制御対象の出力を推定する装置であって、前記制御対象P(z)の入出力の実験データを用いて出力をシミュレートするデータ駆動型シミュレーション装置である。
【0041】
出力推定装置は、実験データ記憶部、推定出力値記憶部、推定入力値算出部、推定入力値記憶部、及び演算部を備える。
【0042】
実験データ記憶部は、制御対象P(z)の実験で得られた実験入力データu及び実験出力データyを記憶する。
推定出力値記憶部は、制御対象P(z)の推定出力値yを記憶する。
推定入力値算出部は、制御器C(θ)のシミュレーションで得られる制御対象P(z)への推定入力値uを算出する。
推定入力値記憶部は、推定入力値算出部で算出した推定入力値uを記憶する。
演算部は、制御対象P(z)の実験で得られた実験入力データu及び実験出力データyと、制御対象P(z)のシミュレーションで得られる推定入力値u及び推定出力値yとを時間領域で畳み込み演算し、制御対象P(z)の次サンプリング時刻の推定出力値yを推定する。
【0043】
(コンピュータプログラム)
本発明のコンピュータプログラムは、出力推定装置のコンピュータに導入され、このコンピュータを出力推定装置として機能させる。
【発明の効果】
【0044】
以上説明したように、本発明のデータ駆動型シミュレーション方法、及びデータ駆動型シミュレーション装置によれば、制御器の直線性/非直線性にかかわらず制御対象の出力をシミュレーションにより推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1】本発明の出力推定方法を適用する閉ループ制御系100を示す図である。
図2】本発明の出力推定の概要を説明するための模式図である。
図3】本発明の出力推定方法を説明するためのフローチャートである。
図4】本発明の出力推定の実験工程を説明するための図である。
図5】本発明の出力推定の推定入力シミュレーション工程を説明するための図である。
図6】本発明の出力推定の推定出力シミュレーション工程を説明するためのフローチャートである。
図7】本発明の出力推定の推定出力シミュレーション工程を説明するためのブロック図である。
図8】本発明の出力推定の推定出力シミュレーション工程を説明するためのフローチャートである。
図9】本発明の出力推定の推定出力シミュレーション工程を説明するためのブロック図である。
図10】本発明の推定出力装置の構成を説明するためのブロック図である。
図11】従来のV-tiger法を説明するためのブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0046】
(閉ループ制御系)
本発明は、図1に示す閉ループ制御系100に適用して出力推定を行うものである。閉ループ制御系100は、基準信号r(k)を制御器C(θ)に入力し、制御器C(θ)の制御信号を制御対象P(z)の入力信号uin(k)として入力し、制御対象P(z)の出力信号yout(k)を制御器C(θ)にフィードバックし、制御処理を離散時間処理で行う離散時間閉ループ制御系である。制御対象P(z)及びその出力は、プラント及びプラント出力の用語によっても表記される。
【0047】
本発明の出力推定は、離散時間閉ループ制御系において、制御対象P(z)の入出力の実験データを用いたシミュレーションによって出力を推定するデータ駆動型シミュレーションであり、シミュレーションを時間領域の畳み込み演算によって行う。
【0048】
図2は、本発明の出力推定の概要を説明するための模式図であり、制御対象P(z)の入出力の実験データを用いたシミュレーションによって出力を推定する。
【0049】
図2Aに示す閉ループ制御系100において、制御器C(θ)が非線形の特性を有する場合には、制御器C(θ)から制御対象P(z)に入力される入力信号uin(k)は非線形性の信号となる。図2Aでは制御器C(θ)の非線形特性を非線形性φ(u)で表してる。
【0050】
本発明の出力推定は、制御対象P(z)のみを実行範囲とする。出力推定の範囲から制御器C(θ)の非線形性φ(u)を除いて制御対象P(z)のみとすることによって、制御器C(θ)の直線性/非直線性にかかわらず制御対象の出力推定を可能とする。
【0051】
本発明は、出力推定に際して、第1の仮定として制御対象P(z)が線形時不変(LTI)システムであること、第2の仮定として実験データの0番目のサンプリング時刻k=0より前の制御対象P(z)の状態は無視できること、及び第3の仮定として実験データの最初の実験入力データu(0)はゼロ以外の値であるの各仮定が設定される。
【0052】
第1の仮定は、制御対象P(z)は線形時不変(LTI:Linear Time-Invariant system)システムである。線形時不変システムは、重ね合わせの理が成り立つ線形システムであり、システムの性質が時間変化しないシステムである。制御対象P(z)に線形時不変システムの仮定を導入することによって、制御対象P(z)と入出力の関係は周波数領域(z領域)において積の形態で表される。
【0053】
実験により得られる実験出力データY(z)は、制御対象P(z)と実験により得られる実験入力データU(z)とのz領域での積により式(4)で表される。z領域でシミュレートされる推定出力値Y(z)は、制御対象P(z)とz領域でシミュレートされる推定入力値U(z)とのz領域での積により式(5)で表される。
[数4]
(z)=P(z)U(z) …(4)
[数5]
Y(z)=P(z)U(z) …(5)
【0054】
式(4)、(5)で表されるz領域での方程式において、実験入力データU(z)及び実験出力データY(z)は実験時に得られ、推定入力値U(z)はシミュレート時に入力されるため、推定出力値Y(z)のみが唯一の未知数である。
【0055】
式(4)及び式(5)の関係は、制御対象P(z)の項をキャンセルすることによって式(6)で表される。
[数6]
Y(z)U(z)=U(z)Y(z) …(6)
【0056】
第2の仮定及び第3の仮定は、z領域の推定出力値Y(z)から時間領域の推定出力値y(k)を得るために導入される。
【0057】
第2の仮定は、実験データの因果関係を保証するものである。これにより、サンプリング時刻k=0より前の制御対象P(z)の状態はサンプリング時刻k=0以降の実験データに影響を与えないことが保証される。したがって、制御対象P(z)の応答がゼロ状態あるいは定常状態から始まるときには、制御対象P(z)の実験で得られる実験データは時間領域の推定出力値y(k)に利用することができる。
【0058】
式(6)で表されるz領域の関係式を時間領域の関係式に変換すると以下の式(7)が得られる。
[数7]
y(k)*u(k)=u(k)*y(k) …(7)
式(7)は畳み込み演算によって以下の式(8)の時間領域信号に変換される。
[数8]


…(8)


なお、入出力データ(u、y)の添え字“”は実験データであることを表している。
【0059】
式(8)をサンプリング時刻kにおける推定出力値y(k)に関して展開すると式(9)が得られる。
[数9]



…(9)
【0060】
式(9)において、第3の仮定によって最初の実験入力データu(0)をゼロ以外の値と仮定すると、時間領域における推定出力値y(k)の式(10)が得られる。
[数10]



…(10)
【0061】
式(10)は、制御対象P(z)の実験入出力データ(u、y)と、サンプリング時刻k-1までの、y(i))とによって、サンプリング時刻kの制御対象P(z)の推定出力値y(k)が求まることを示している。
【0062】
式(10)の右辺の第1項は、推定入力値u(i)と実験出力データy(k-1)との畳み込み演算を示し、第2項は、推定出力値y(i)と実験入力データu(k-1)との畳み込み演算を示し、第3項は、推定入力値u(k)と実験出力データy(0)との積を示している。
【0063】
式(10)の推定出力値y(k)は、制御対象P(z)の項を含まない式であるため、制御対象P(z)のプラントモデルを表す伝達関数は不要であり、推定出力値y(k)の推定には制御対象P(z)のプラントモデルの設定は不要である。
【0064】
図2Bは、制御対象P(z)のみを実行範囲として出力推定のシミュレーションを行う概要を示している。
【0065】
本発明は、図2Aに示した閉ループ制御系100の内、制御器C(z,θ)及び非線形性φ(u)を除く制御対象P(z)のみを時間領域におけるシミュレーションによって推定出力値y(k)を求める。
【0066】
制御対象P(z)のシミュレーション11は、式(10)で表される推定出力y(k)の演算によって行われる。シミュレーション11は、実験12で得られた制御対象P(z)の実験入出力データ(u、y)と、制御器のシミュレーション13で得られる推定入力値uと、シミュレーション11で得られた事前のサンプリング時刻k-1までの推定入出力値(u(i)、y(i))とによって、サンプリング時刻kの制御対象P(z)の出力y(k)を推定する。フィードバック系のシミュレーションでは、推定入力値uの算出には基準値rと推定出力yが必要である。
【0067】
入出力実験データ(u,y)は、制御対象を実際に動作させることによって得られる実験入力データ(u)及び実験出力データ(y)である。推定入出力値(u,y)は、制御対象P(z)をシミュレーションすることによって得られる各サンプリング時刻の推定入力値(u)及び推定出力値(y)である。なお、入出力データ(u0,)の添え字“”は実験データであることを表している。
【0068】
式(10)で表される推定出力y(k)の演算は、入出力実験データ(u,y)と推定入出力値(u,y)とを時間領域で行う畳み込み演算を含む。シミュレーション11は畳み込み演算によるシミュレーションによって、制御対象P(z)の次のサンプリング時刻の推定出力値(y)を推定する。
【0069】
本発明は、データ駆動型シミュレーションにおいて、制御対象P(z)のシミュレーションに用いる実験データは、制御対象の実験で得られた実験入力データ(u)及び実験出力データ(y)であり、シミュレーションに用いる入出力値は、制御対象(P)のシミュレーションで得られる推定入力値(u)及び推定出力値(y)であり、演算に用いる実験データ及び入出力値は何れも制御器C(θ)の関与はない。
【0070】
したがって、本発明の出力推定は、制御器C(θ)の関与を排除し、制御対象P(z)のみを用いたシミュレーションである。制御器C(θ)の関与が除かれているため、制御器C(θ)による直線性/非直線性の関与が排除され、仮に制御器C(θ)が非直線性を有していたとしても畳み込み演算を実行することができ、制御対象の出力を推定することができる。したがって、制御器C(θ)の直線性/非直線性にかかわらず制御対象の出力を推定することができる。
【0071】
また、出力推定に用いる時間領域の畳み込み演算は制御対象P(z)の項を排除した演算式で表される。したがって、制御器C(θ)だけでなく制御対象P(z)についても関与されることなく出力推定をシミュレーションすることができる。
【0072】
以下、実験出力データy(0)が“0”の場合(Case1)、実験出力データy(0)が定常値である場合(Case2)、及びサンプリング時刻mがサンプリング数N-1以上のときの実験出力データy(m)が定常状態に収束した一定値である場合(Case3)の各ケースにおける推定出力値y(k)を示す。
【0073】
(Case1)
Case1は、制御対象P(z)の実験出力データy(k)のサンプリング時刻k=0における値がy(0)=0である場合である。このCase1の推定出力値y(k)の演算式をy(k)で表す。
【0074】
式(10)で示される推定出力値y(k)の右辺の第3項の(u(k)y(0))の項は0であるため、サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する演算式y(k)は、右辺の1項目の第1の畳み込み演算値と2項目の第2の畳み込み演算値の差分を実験入力データu(0)で除算した式(11)
[数11]



…(11)
で表される。
【0075】
(Case2)
Case2は、実験開始時に制御対象P(z)の状態が定常状態にある場合である。この定常状態において、制御対象P(z)の実験入力データu、及び実験出力データyのサンプリング時刻k=0における定常値が定常値u0_offset及び定常値y0_offsetであるとき、サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する演算式y(k)は、右辺の1項目の第1の畳み込み演算値と2項目の第2の畳み込み演算値の差分を実験入力データu (0)で除算した式(12)
[数12]




…(12)
で表される。
【0076】
演算式y(k)中のu (k) (k)は、定常値u0_offset及び定常値y0_offsetをオフセットとして補償した値であり、
[数13]
(k)=u(k)―u0_offset …(13)
[数14]
(k)=y(k)―y0_offset …(14)
で表される。
【0077】
(Case3)
Case3は、実験終了後に制御対象Pの状態が初期状態に十分に収束した状態にあると見なせる場合である。
畳み込み演算にかかる式(8)において、入力uと出力yとは何れを時系列iの初端とし、何れを末端として畳み込み演算を行うかは対等の関係にある。
【0078】
Case1の演算式y(k)及びCase2の演算式y(k)は、推定入出力値(u,y)について見ると、第1の畳み込み演算値では推定入力値u(i)値について時系列iの初端から順に演算し、第2の畳み込み演算値では推定出力値y(i)値について時系列iの初端から順に演算し、実験入出力データ(u,y)について見ると、第1の畳み込み演算値では実験出力データy(i)値について時系列iの末端から順に演算し、第2の畳み込み演算値では実験入力データu(i)値について時系列iの末端から順に演算している。
【0079】
Case3は、Case1の演算式y(k)及びCase2の演算式y(k)における時系列iの初端と末端の関係を反転させている。Case1及びCase2では、実験開始時にy(0)が“0”、あるいは実験開始時に制御対象Pの状態が定常状態にあることを第2の仮定としている。Cse3では、時系列iの初端と末端の関係を反転させることから、実験終了時に制御対象Pの状態が初期状態に十分収束したとみなせる状態にあることを第2の仮定とする。
【0080】
この収束状態において、制御対象P(z)の実験入力データu、及び実験出力データyのサンプリング時刻k=m≧N-1(Nは実験データのサンプリング数)における収束値が定常値u *(m)=um_offset、及び定常値y *(m)=ym_offsetであるとき、k>N-1(Nはサンプリング数)に対して、サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する長期シミュレーションの演算式y(k)は式(15)
[数15]




…(15)
で示される。演算式y(k)は、右辺の1項目の第1の畳み込み演算値と2項目の第2の畳み込み演算値の差分を実験入力データu (0)で除算する演算である。
【0081】
演算式y(k)中のu (m) (m)は、定常値um_offset及び定常値ym_offsetのオフセット分を補償した値であり、
[数16]
(m)=um_offset …(16)
[数17]
(m)=ym_offset …(17)
である。
【0082】
Case3は、実験終了後において実験入力データの定常値um_offset、及び実験出力データの定常値ym_offsetが取得できる場合には、実験データのサンプリング数Nに関係なく長期期間のシミュレーションの推定出力が可能であり、このときの推定出力値y(k)は式(15)の演算式y(k)及び式(16),式(17)のu (m) (m)である。
【0083】
(本発明の出力推定方法)
本発明の出力推定方法について図3のフローチャートを用いて説明する。出力推定は、実験入出力データを取得する実験工程(S1,S2)、推定入力値を取得する推定入力シミュレーション工程(S3,S4)、及び推定出力値を取得する推定出力シミュレーション工程(S5,S6)を備える。
【0084】
(a)実験工程
図4は、実験工程を説明するための図である。図4Aに示す閉ループ制御系は、制御器C(θ)の制御信号を制御対象P(z)への入力uin(k)として入力し、制御対象P(z)の出力yout(k)を制御器C(θ)にフィードバックする。
【0085】
実験工程は、図4Aの閉ループ制御系において、基準値ro(k)を制御器C(θ)に入力し、制御器C(θ)から制御対象P(z)に入力される制御入力uin(k)を実験入力データu(k)として取得する。更に、制御入力uin(k)を制御対象P(z)に入力して得られる出力yout(k)を実験出力データy(k)として取得する。
【0086】
各サンプリング時刻kの基準値ro(k)を閉ループ制御系に入力し、各サンプリング時刻kで得られる実験入力データu(k)及び実験出力データy(k)を取得し、複数個の実験入出力データ(u(k),y(k))を取得し(S1)、取得した実験入出力データ(u(k),y(k))を記憶する(S2)。
【0087】
図4Bは、実験入力データu(k)を示し、図4Cは実験出力データy(k)を示している。なお、図4B及び図4Cの実験入出力データは説明のために模式的に示したものであって、実際のデータを表すものではない。
【0088】
図4Bに示す実験入力データu(k)の内、サンプリング時刻k=0のu(0)は“0”以外の値であることが求められる。図4Cに示す実験出力データy(k)の内、サンプリング時刻k=0のy(0)は“0”である例を示している。
【0089】
(b)推定入力シミュレーション工程
図5はm推定入力シミュレーション工程を説明するための図である。実験データ取得時には、図4Aに示す閉ループ制御系の内の制御器として制御器C(θ)が用いられるが、推定入力シミュレーション工程においては、実験データ取得時の制御器C(θo)に限らず任意の制御器C(θ)を用いることができる。
【0090】
推定入力シミュレーション工程において、制御器C(θ)に基準値r(k)及び推定出力y(k)を入力して得られる制御信号を制御対象P(z)に入力する推定入力値u(k)として取得する。推定入力シミュレーション工程では、基準値r(k)及び推定出力y(k)を用いて演算される任意の制御器を設定することができる。
【0091】
各サンプリング時刻kの基準値r(k)及び推定出力y(k)を制御器C(θ)に入力し、各サンプリング時刻kで得られる推定入力値u(k)を取得し(S3)、取得した推定入力値u(k)を記憶する(S4)。
【0092】
(c)推定出力シミュレーション工程
推定出力シミュレーション工程は、畳み込み演算を含む演算処理によって推定出力値を取得し(S5)、記憶する(S6)。
【0093】
推定出力シミュレーション工程の推定出力値の取得について図6図8のフローチャート、並びに図7図9のブロック図を用いて説明する。
【0094】
図6のフローチャート及び図7のブロック図は、推定出力値を取得するシミュレーションのサンプリング時刻kにおける概要を示している。
【0095】
S2の工程で記憶した実験入力データu(0),u(1),u(2),…,u(k)と、実験出力データy(1),y(2),…,y(k)とを読み出し(S31)、S4の工程で記憶した推定入力値u(0),u(1),u(2),…,u(k-1)を読み出し(S32)、更にS6の工程で記憶したサンプリング時刻(k-1)以前の推定出力値y(0),y(1),y(2),…,y(k-1)を読み出す(S33)。
【0096】
読み出した実験入力データu(0),u(1),u(2),…,u(k)、実験出力データy(1),y(2),…,y(k)、推定入力値u(0),u(1),u(2),…,u(k-1)、及び推定出力値y(0),y(1),y(2),…,y(k-1)を式(10),(11),(12),(15)の演算式y(k),y(k),y(k),y(k)に代入することによってサンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する。
【0097】
図7のブロック図は、演算式y(k),y(k),y(k),y(k)を実行することによって、サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する際において、実験入出力データ(u,y)及び推定入出力値(u,y)の演算工程を模式的に示している。ここでは、演算式y(k)を例にして推定出力値を取得するシミュレーションを説明する。
【0098】
図7中の畳み込み演算ブロック6aは、演算式y(k)の右辺の第1の畳み込み演算に対応している。畳み込み演算ブロック6aは、推定入力値u(0),u(1),u(2),…,u(k-1)、及び実験出力データy(1),y(2),…,y(k)から時系列の各サンプリング時刻“i”に対応する推定入力値u(i)及び実験出力データy(k-1)を選択して積を求め、i=0からi=(k-1)までの総和を求める。
【0099】
一方、図7中の畳み込み演算ブロック6bは、演算式y(k)の右辺の第2の畳み込み演算に対応している。畳み込み演算ブロック6bは、推定出力値y(0),y(1),y(2),…,y(k-1)、及び実験入力データu(1),u(2),…,u(k)から時系列の各サンプリング時刻“i”に対応する推定出力値y(i)、及び実験入力データu(k-1)を選択して積を求め、i=0からi=(k-1)までの総和を求める。
【0100】
図7中の加算ブロック6cは、畳み込み演算ブロック6aによる畳み込み演算値と畳み込み演算ブロック6bによる畳み込み演算値の差分を求め、図7中の除算ブロック6dは加算ブロック6cで得た差分をu(0)で除算して、サンプリング時刻kでの推定出力値y(k)を算出する。
【0101】
サンプリング時刻kが3の場合について、図8のフローチャート及び図9のブロック図を用いて推定出力値y(3)の算出を説明する。
【0102】
S2の工程で記憶した実験入力データu(0),u(1),u(2),u(3)と、実験出力データy(1),y(2),y(3)とを読み出し(S41)、S4の工程で記憶した推定入力値u(0),u(1),u(2)を読み出し(S42)、更にS6の工程で記憶したサンプリング時刻k=2以前の推定出力値y(0),y(1),y(2)を読み出す(S43)。
【0103】
読み出した実験入力データu(0),u(1),u(2)、実験出力データy(1),y(2),y(3)、推定入力値u(0),u(1),u(2)、及び推定出力値y(0),y(1),y(2)を式(10),(11),(12),(15)の演算式y(k),y(k),y(k),y(k)に代入することによってサンプリング時刻k=3の推定出力値y(3)を推定する。
【0104】
Case1のy(0)=0の場合には、y(3)は式(11)においてk=3とすることより得られる。
[数18]

…(18)
【0105】
図9のブロック図は、演算式y(k),y(k),y(k),y(k)を実行することによって、サンプリング時刻kの推定出力値y(k)を推定する際において、実験入出力データ(u,y)及び推定入出力値(u,y)の演算工程を模式的に示している。ここでは、式(11)の演算式y(k)を例にして推定出力値を取得するシミュレーションを説明する。
【0106】
図9中の畳み込み演算ブロック6aは、演算式y(k)の右辺の第1の畳み込み演算に対応している。畳み込み演算ブロック6aは、推定入力値u(0),u(1),u(2)、及び実験出力データy(1),y(2),y(3)から時系列の各サンプリング時刻“i”に対応する推定入力値u(i)及び実験出力データy(k-1)を選択して積を求め、i=0からi=(k-1)までの総和を求める。
【0107】
一方、図9中の畳み込み演算ブロック6bは、演算式y(k)の右辺の第2の畳み込み演算に対応している。畳み込み演算ブロック6bは、推定出力値y(0),y(1),y(2)y(3)、及び実験入力データu(1),u(2),u(3)から時系列の各サンプリング時刻“i”に対応する推定出力値y(i)及び実験入力データu(k-1)を選択して積を求め、i=0からi=(k-1)までの総和を求める。
【0108】
図9中の加算ブロック6cは、畳み込み演算ブロック6aによる畳み込み演算値と畳み込み演算ブロック6bによる畳み込み演算値の差分を求め、図9中の除算ブロック6dは加算ブロック6cで得た差分をu(0)で除算して、サンプリング時刻kでの推定出力値y(k)を算出する。
【0109】
(推定出力装置)
本発明の推定出力装置は、制御器の制御信号を制御対象への制御入力として入力し、制御対象の出力を制御器にフィードバックする閉ループ制御系において制御対象の出力を推定する装置である。推定出力装置は、制御対象の入出力の実験データを用いて出力をシミュレートするデータ駆動型シミュレーション装置を構成する。
【0110】
本発明の推定出力装置は、図2Aに示す閉ループ制御系100の内で制御対象P(z)をシミュレートして出力を推定する構成であり、図2Bの制御対象P(z)のシミュレーション11を実行する装置に相当する。
【0111】
推定出力装置の構成を、図10のブロック図を用いて説明する。図10に示すブロック図は、データ駆動型シミュレーション装置の内、推定出力値y(k)をシミュレートで求める演算ブロックの構成を示し、制御対象P(z)のシミュレーション11に対応している。
【0112】
推定出力装置1は、実験データ記憶部2、推定出力値記憶部3、推定入力値算出部4、推定入力値記憶部5、及び演算部6を備える。
【0113】
実験データ記憶部2は、制御対象P(z)の実験で得られた実験入力データu及び実験出力データyを記憶する。実験入力データu及び実験出力データyは、図2Bの実験12により取得される。
【0114】
推定出力値記憶部3は、制御対象P(z)の推定出力値(y)を記憶する。推定出力値(y)は、演算部6で求めたサンプリング時刻(k-1)までのy(k-1)を記憶する。
【0115】
推定入力値算出部4は、制御器C(θ)のシミュレーションで得られる推定入力値u(k)を算出する。
【0116】
推定入力値記憶部5は、推定入力値算出部4で算出した推定入力値u(k)を記憶する。推定入力値u(k)は図2Bの制御器のシミュレーション13により求められる。
【0117】
演算部6は、制御対象P(z)の実験で得られた実験入力データu,及び実験出力データyと、前記制御対象P(z)のシミュレーションで得られる推定入力値u,及び推定出力値yとを用いて時間領域で畳み込み演算を行い、制御対象P(z)の次サンプリング時刻の推定出力値yを推定する。 図10のブロック図に示す推定出力装置の各部の制御は、プログラムに規定されたプロトコルに従って行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0118】
本発明の推定方法、及び推定装置は、制御対象の応答出力を推定するデータ駆動型制御シミュレーションに適用することができ、制御対象(プラント)として高周波電源(RFジェネレ-タ)に適用することができる。
【符号の説明】
【0119】
1 推定出力装置
2 実験データ記憶部
3 推定出力値記憶部
4 推定入力値算出部
5 推定入力値記憶部
6 演算部
6a 畳み込み演算ブロック
6b 畳み込み演算ブロック
6c 加算ブロック
6d 除算ブロック
11 シミュレーション
12 実験
13 シミュレーション
100 閉ループ制御系
100A 閉ループ系
100B 閉ループ系
C 制御器
K 伝達関数
N サンプリング数
P(z) 制御対象
in 入力信号
U(z) 推定入力値
(z) 実験入力データ
out 出力信号
Y(z) 推定出力値
(z) 実験出力データ
i 時系列
k,m サンプリング時刻
r(k) 基準値
in 入力信号
(k) 実験入力データ
u(k) 推定入力値
out 出力信号
(k) 実験出力データ
y(k) 推定出力値
0_offset,um_offset,u * _offset 定常値
0_offset,ym_offset,y * _offset 定常値
,y,y 演算式
θ パラメータ
θ 初期パラメータ
φ(u) 非線形性
【要約】
【課題】データ駆動型シミュレーションにおいて、制御器の直線性/非直線性にかかわらず制御対象の出力を推定する
【解決手段】本発明の出力推定方法は、離散時間閉ループ制御系において、制御対象P(z)の入出力の実験データを用いて出力を推定するデータ駆動型シミュレーションにおいて、シミュレーションを時間領域の畳み込み演算によって行う。畳み込み演算は、入出力実験データ(u,y)と推定入出力値(u,y)とを時間領域で行う。入出力実験データ(u,y)は、制御対象を実際に動作させることによって得られる。推定入出力値(u,y)は、制御対象P(z)をシミュレーションすることによって得られる各サンプリング時刻の推定入力値(u)及び推定出力値(y)である。畳み込み演算によるシミュレーションによって、制御対象P(z)の次のサンプリング時刻の推定出力値(y)を推定する。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11