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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-13
(45)【発行日】2024-05-21
(54)【発明の名称】アガロオリゴ糖の分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 30/88 20060101AFI20240514BHJP
【FI】
G01N30/88 N
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023216253
(22)【出願日】2023-12-21
【審査請求日】2023-12-22
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000118615
【氏名又は名称】伊那食品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001726
【氏名又は名称】弁理士法人綿貫国際特許・商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】矢ヶ崎 莉菜
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 晴音
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-282675(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112485354(CN,A)
【文献】特開2008-278893(JP,A)
【文献】特表2023-548767(JP,A)
【文献】特表2016-524166(JP,A)
【文献】特表2023-509759(JP,A)
【文献】特開2015-121539(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N30/88
G01N27/62
G01N30/72
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アガロオリゴ糖含有物から、アガロオリゴ糖を、液体クロマトグラフィの親水性相互作用モードで分離し、質量分析によって検出することを特徴とし、さらに、
前記液体クロマトグラフィにおける移動相に酸を添加して該移動相を酸性にすること
前記アガロオリゴ糖含有物に対して前記液体クロマトグラフィを実施する前に、前記アガロオリゴ糖含有物を酵素によって予め処理すること
を特徴とするアガロオリゴ糖の分析方法。
【請求項2】
アガロオリゴ糖含有物から、アガロオリゴ糖を、液体クロマトグラフィの親水性相互作用モードで分離し、質量分析によって検出することを特徴とし、さらに、
前記液体クロマトグラフィにおける移動相に酸を添加して該移動相を酸性にすること
前記アガロオリゴ糖含有物は、アガロオリゴ糖以外の糖質を含んでおり、
前記アガロオリゴ糖以外の糖質は、デキストリンであること
を特徴とするアガロオリゴ糖の分析方法。
【請求項3】
前記親水性相互作用モードでは、アミドカラムを使用すること
を特徴とする請求項1または請求項2記載のアガロオリゴ糖の分析方法。
【請求項4】
前記酸として、揮発酸を添加すること
を特徴とする請求項1または請求項2記載のアガロオリゴ糖の分析方法。
【請求項5】
前記酸として、ギ酸、酢酸、およびトリフルオロ酢酸から選択される1種類以上の酸を添加すること
を特徴とする請求項記載のアガロオリゴ糖の分析方法。
【請求項6】
前記移動相には、50vol%以上の有機溶媒の水溶液に前記酸を添加すること
を特徴とする請求項1または請求項2記載のアガロオリゴ糖の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アガロオリゴ糖の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
寒天の主成分として知られるアガロースは、D-ガラクトースと3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースとが交互にグリコシド結合で結合した多糖で、D-ガラクトースの1位と3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースの4位とがβ(1,4)結合で、3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースの1位とD-ガラクトースの3位とがα(1,3)結合で結合している。
【0003】
アガロースは、酸または酵素(α-アガラーゼ)の作用により、α(1,3)結合が加水分解されて、3,6-アンヒドロ-L-ガラクトースを還元末端にもつ少糖である、アガロビオース(2糖)、アガロテトラオース(4糖)、アガロヘキサオース(6糖)、アガロオクタオース(8糖)等のアガロオリゴ糖各糖を生成する。このアガロオリゴ糖には、プレバイオティクス効果や、アポトーシス誘発活性、制がん活性、活性酸素産生抑制活性、免疫調節活性等の様々な生理活性を有することが報告されており(特許文献1:特許第4007760号公報)、食品の機能性成分や医薬品の薬効成分等として産業上利用可能性を大いに有している。
【0004】
こうしたアガロオリゴ糖を配合して製品化或いは製剤化し、その品質を担保するには、信頼性のあるアガロオリゴ糖の分析方法を規格化する必要がある。とりわけ目的成分であるアガロオリゴ糖に類似する構造或いは性質を有する他の糖質等の夾雑成分を含む食品や医薬品等を対象として、そこから低濃度で含有するアガロオリゴ糖を分離して検出可能な分析方法が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4007760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1には、寒天の分解物(溶液)を液体クロマトグラフィ(Liquid Chromatography;LC)で分離し、所定のピークの物質を分取し、次いで分取した物質を、高速原子衝撃法(Fast Atom Bombardment;FAB)をイオン化法とする質量分析(マススペクトロメトリー、Mass Spectrometry;MS);FAB/MSや、核磁気共鳴分光法(Nuclear Magnetic Resonance;NMR)に供して解析し、分取物質がアガロビオースであることを同定したことが記載されている(実施例2、3)。しかしながら、同文献では、基本的に夾雑成分を含ませずにアガロオリゴ糖の元となる寒天のみを供試し、その分解物として計算上概ね10mg/mL(実施例2)或いは50mg/mL(実施例3)といった比較的高濃度の寒天溶液をそれ程少量ではない2mL分離に供し、こうした比較的緩やかな条件の下、分取し、その後一旦分取した物質を別途定性分析に供している。そのため、こうした従来文献からは、例えばアガロオリゴ糖以外の糖質等の夾雑成分を含む食品や医薬品等を対象として、そこから低濃度で含有するアガロオリゴ糖であってもこれを分離して各糖検出可能な分析方法およびその条件は明らかでなく、高感度で信頼性のあるアガロオリゴ糖の分析方法の確立が望まれる。
【0007】
一方、従来、糖分析においては、その感度を向上させるために、糖鎖に対して蛍光標識等の標識を施すことがあった。しかしながら、標識によって感度が向上するとしても、そうした標識には手間がかかり、分析工程が複雑になり易く分析機器も高価になり易いという不都合がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、標識を施すことなく簡易に且つ高感度にアガロオリゴ糖を分離して検出可能な信頼性のある分析方法を提供することを目的とする。
【0009】
本発明は、一実施形態として以下に記載するような解決手段により、前記課題を解決する。
【0010】
本発明に係るアガロオリゴ糖の分析方法は、アガロオリゴ糖含有物から、アガロオリゴ糖を、液体クロマトグラフィの親水性相互作用モードで分離し、質量分析によって検出することを特徴とし、さらに、前記液体クロマトグラフィにおける移動相に酸を添加して該移動相を酸性にすること、前記アガロオリゴ糖含有物に対して前記液体クロマトグラフィを実施する前に、前記アガロオリゴ糖含有物を酵素によって予め処理することを特徴とする。或いは、本発明に係るアガロオリゴ糖の分析方法は、アガロオリゴ糖含有物から、アガロオリゴ糖を、液体クロマトグラフィの親水性相互作用モードで分離し、質量分析によって検出することを特徴とし、さらに、前記液体クロマトグラフィにおける移動相に酸を添加して該移動相を酸性にすること、前記アガロオリゴ糖含有物は、アガロオリゴ糖以外の糖質を含んでおり、前記アガロオリゴ糖以外の糖質は、デキストリンであることを特徴とする。
【0011】
前記親水性相互作用モードでは、アミドカラムを使用することが好適である。
【0012】
前記移動相に添加する前記酸は限定されない。一例では、前記酸として、揮発酸を添加することができる。さらには、前記酸(前記揮発酸)として、ギ酸、酢酸、およびトリフルオロ酢酸から選択される1種類以上の酸を添加することができる。
【0013】
また、前記移動相については、50vol%以上の有機溶媒の水溶液に前記酸を添加することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、標識を施すことなく簡易に且つ高感度にアガロオリゴ糖を分離して検出することができ、信頼性のあるアガロオリゴ糖の分析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明の実施形態に係るLC-MS(液体クロマトグラフ-質量分析計)の例を示す説明図である。
図2図2は、試験2の評価基準を説明する図(クロマトグラム)である。
図3図3Aは、試験3の実施例7の結果を示す図(クロマトグラム)である。図3Bは、試験3の比較例1の結果を示す図(クロマトグラム)である。
図4図4Aは、試験4の実施例8の結果を示す図(クロマトグラム)である。図4Bは、試験4の参考例1の結果を示す図(クロマトグラム)である。
図5図5は、試験5の実施例9および参考例2の結果を示す図(クロマトグラム)である。
図6図6は、試験6の実施例10の結果を示す図(クロマトグラム)である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本願でいうアガロオリゴ糖(Agaro-oligosaccharide;AOS)は、2糖のアガロビオース(Agarobiose;Abi)、4糖のアガロテトラオース(Agarotetraose;Ate)、6糖のアガロヘキサオース(Agarohexaose;Ahe)および8糖のアガロオクタオース(Agarooctaose;Aoc)、ならびにこれらの修飾体からなる。Abi、Ate、AheおよびAocは、アガロースが加水分解されることで生成され、実用上は寒天等のアガロースを含む物質を酸または酵素(α-アガラーゼ)で加水分解することにより生成される。一方、Abi、Ate、AheおよびAocの修飾体は、Abi、Ate、AheまたはAocの水酸基の少なくとも1つが置換基で修飾された化合物で、当該水酸基が、メトキシ基、硫酸基、ピルビン酸基、カルボキシ基等の置換基で修飾されている(より詳しくは、水酸基の水素原子が、これら置換基で置換されている)。これらの修飾体は、アガロペクチンが加水分解されることで生成され、実用上は寒天等のアガロペクチンを含む物質を酸または酵素(α-アガラーゼ)で加水分解することにより生成される。但し、社会実装上、Abi、Ate、AheおよびAocと、これらの修飾体とを分離して検出することまで求められない。実際には、アガロペクチンが酸または酵素(α-アガラーゼ)で加水分解されるのに伴って上記の置換基の多くは脱離するか、脱離しないものは十分に分解が進まずに中鎖、長鎖として残存するため、分析対象(試料)のアガロオリゴ糖含有物には、基本的に修飾体は殆ど含まれていないと考えられる。そのため、Abi、Ate、AheおよびAocと、これらの修飾体との併存は、問題にならないという事情がある。したがって、本発明におけるアガロオリゴ糖の分析において、重合度の違いで、2糖のAbiと、4糖のAteと、6糖のAheと、8糖のAocとを、それぞれ分離、検出した場合、これら各糖にそれぞれの修飾体を含んでいてよい。
【0019】
本発明のアガロオリゴ糖の分析方法は、アガロオリゴ糖の2-8糖を分離、検出して、同定可能な定性的な分析方法である。但し、本発明の実施上は、検出可能なアガロオリゴ糖各糖のうち、目的に応じた所望の糖を定性すればよい。そのため、例えば、アガロオリゴ糖の2-8糖のうち、必要に応じて、2糖のAbiだけを定性したり、2糖のAbiおよび4糖のAteだけを定性したりすることも、本発明の一実施形態である。また、本発明によるアガロオリゴ糖各糖の分離および検出を基に、例えば公知の検量線等を適用して定量的な分析結果として出すことも、本発明の一実施形態乃至本発明を利用する実施形態である。さらに、本発明の実施によって、本発明の目的に含まない10糖のアガロデカオース(Agarodecaose)についても、分離、検出可能な場合に、2-8糖の何れかの糖と共に10糖も分析(定性および/または定量)することも、本発明の一実施形態乃至本発明を利用する実施形態である。
【0020】
本実施形態は、アガロオリゴ糖含有物から、アガロオリゴ糖を、液体クロマトグラフィで分離し、質量分析(マススペクトロメトリー)によって検出する。すなわち、本実施形態は、液体クロマトグラフィ(LC)と質量分析(MS)とを組み合わせた液体クロマトグラフィ質量分析(LC/MS)を採用する。本実施形態に係るLC/MSは、図1に示すように、基本的にはLC(02)(液体クロマトグラフ)とMS(03)(質量分析計)とを接続したLC-MS(01)(液体クロマトグラフ-質量分析計)を用いて、連続的にLC(液体クロマトグラフィ)とMS(質量分析)とを実施するLC/MS(液体クロマトグラフィ質量分析)である。そのため、LCとMSとを独立して別々に行うような方法、例えばLC(02)(液体クロマトグラフ)を用いたLC(液体クロマトグラフィ)により分離された所定のピークの物質を分取した後、その後一旦分取した物質を別途MS(03)(質量分析計)を用いたMS(質量分析)により分析する方法等とは相違し、LC-MS(01)(液体クロマトグラフ-質量分析計)を用いたLC/MS(液体クロマトグラフィ質量分析)を適用したアガロオリゴ糖の分析方法ならではの本発明に特徴的な構成要件(処理または工程)を含む。本実施形態によれば、アガロオリゴ糖およびアガロオリゴ糖以外の糖質(単糖、少糖、多糖、その他糖アルコール)を含む試料(各種の食品、医薬品、医薬部外品、化粧品等)を分析対象にして、アガロオリゴ糖を分離して検出することができる。後述の本実施形態の実施例では、予備試験によるLC/MSで特に分離が困難であることが示された多糖のデキストリンを含むアガロオリゴ糖含有物であって、400ppm(本発明では、mg/Lをppmとしている。したがって、400ppmは0.4mg/mL)の低濃度乃至100ppm(0.1mg/mL)の極めて低濃度で含有するアガロオリゴ糖溶液を微量の1μLだけ供して、標識を施すことなく簡易に且つ高感度にアガロオリゴ糖を分離し、その各糖(2-8糖)を検出することができた。
【0021】
なお、ここで、本発明の液体クロマトグラフィは、最も歴史の古い中低圧のLC(Liquid Chromatography、液体クロマトグラフィ)だけでなく、高圧のHPLC(High Performance Liquid Chromatography、高速液体クロマトグラフィ)やUHPLC(Ultra High Performance Liquid Chromatography、超高速液体クロマトグラフィ)等の改良された方式を含む。HPLCは高圧の送液ポンプを用いて中低圧のLCよりも高速で移動相を送液する方式で、中低圧のLCよりも分析時間を短縮したものである。HPLCは現在最も普及している方式で、図1に示すLC(02)はHPLC(高速液体クロマトグラフ)の例を示し、後述の実施例もHPLCを用いた。UHPLCは近年開発された方式でHPLCと同様に高圧の送液ポンプを用いると共に、さらに固定相の基材を微粒子化することでカラム圧力を適度に上げて移動相の流速をより高速化したものである。このように、HPLCおよびUHPLC等の改良方式は基本的に中低圧のLC(液体クロマトグラフ)に物理的な改良を加えたもので、基本的に本発明の分析方法における後述の化学的特徴(酸添加等)に基づく作用効果を打ち消すものではない。そのため、本発明のLC(液体クロマトグラフィ)の概念に、中低圧のLC、高圧のHPLCおよびUHPLC等を下位概念として含めて問題はない。以下、本実施形態を、図1に示すLC-MS(01)(液体クロマトグラフ-質量分析計)を用いた例で説明する。
【0022】
[LC:液体クロマトグラフ]
本実施形態は、分析対象の試料であるアガロオリゴ糖含有物に対して、先ずLC(液体クロマトグラフィ)を実施する。LC(液体クロマトグラフィ)は、LC-MS(01)(液体クロマトグラフ-質量分析計)におけるLC(02)(液体クロマトグラフ)において実施される。LC(02)(液体クロマトグラフ)の構成は、HPLC(高速液体クロマトグラフ)の例として図1に示すように、移動相容器(04)、脱気装置(05)、送液ポンプ(06)、試料導入部(07)、カラム(08)、およびカラム恒温槽(09)を備える。これらの各構成は、制御部(10)の制御によって動作される。制御部(10)は、CPUおよびメモリから構成され、予め設定された動作プログラムおよび/または不図示の操作部から入力される設定信号に基づいて所定の動作を行う。
【0023】
移動相容器(04)は、バイアルやボトル等の液体を収容可能な容器で、移動相(溶離液)を収容する。脱気装置(05)は任意に設置され、例えば気-液分離膜として樹脂膜チューブを流路(A)内に組み込むと共にチューブの外側を減圧することで、膜の透過性を利用して小分子の気体を移動相から排出する脱気ユニット等である。或いは、例えば移動相容器(04)にアスピレータを取り付けて、移動相容器(04)を超音波洗浄器で振動するかまたは移動相を撹拌しながら、吸引して脱気するような、流路(A)に組み込まない構成でもよい。
【0024】
送液ポンプ(06)は、高圧で移動相を所定の流量になるように流路(A)内を送液する。試料導入部(07)は、オートサンプラー等で、適宜前処理を行った分析対象である試料を移動相に導入する。試料が導入された移動相は、任意に設置されるガードカラムを通過して、カラム恒温槽(09)により適宜所定の温度に調整されたカラム(08)に導入される。カラム(08)は、充填剤を充填したカラム(08)として構成されて、LC(液体クロマトグラフィ)における固定相をなす。分析対象である試料は、カラム(08)内で、移動相と固定相とに対する親和性の違いによって、含有成分(分子)がそれぞれ異なる時間固定相に保持され、カラム(08)(充填剤)から溶出する。これにより、アガロオリゴ糖の分離がなされる。なお、溶離液に予め試料を溶解させた溶液を調製して、これを試料導入部(07)または移動相容器(04)を介してカラム(08)に導入するようにしてもよい。
【0025】
[LC:試料・前処理]
ここで、分析に供することが可能なアガロオリゴ糖含有物としては、前述の通り、アガロオリゴ糖およびアガロオリゴ糖以外の糖質(単糖、少糖、多糖、その他糖アルコール)を含む試料であって、各種の食品、医薬品、医薬部外品、化粧品等を挙げることができる。例えば、食品としては、その種類も形態も限定されないが、例えば、ライス、パン、麺等の主食や惣菜、また、生菓子、冷菓等の菓子類、ヨーグルト等の発酵食品、ソース、ドレッシング等の調味料、さらに、サプリメント等の錠剤、ゼリー状食品、嚥下食品、飲料、粉末飲料等が挙げられる。
【0026】
これらのアガロオリゴ糖含有物に対してLC(液体クロマトグラフィ)を実施する前には、当該アガロオリゴ糖含有物に予め所定の前処理を実施してもよい。特に様々な夾雑成分を含んでいることが想定され易い食品に対する前処理は有効である。一例として、粗試料(何ら処理をしていない試料)に対しては、先ず以下の粗抽出操作を実施することができる。すなわち、粗試料が固形物である場合は、ミキサー等で粉砕した後、水に懸濁し、遠心分離や濾過等で固形分を除去する操作等を実施することができる。また、粗試料が液状物である場合は、水で希釈を行う操作等を実施することができる。
【0027】
次に、粗試料に対しては/或いは上記の粗抽出操作を経た粗抽出物に対しては、以下の粗精製操作を実施することができる。すなわち、例えば有機溶媒による精製として、粗試料或いは粗抽出物に対して、有機溶媒の水溶液を添加して、ミキサー等で撹拌した後、遠心分離を行って上清を取得する操作等を実施することができる。また、例えば固相抽出カラムによる精製として、適当なカラムを選択してコンディショニングを行った後、粗試料或いは粗抽出物を添加して、目的成分であるアガロオリゴ糖を溶出させて回収するか、またはアガロオリゴ糖を吸着させた後に溶出させて回収する操作等を実施することができる。
【0028】
さらに、粗試料に対しては/或いは上記の粗抽出物に対しては/或いは上記の粗精製操作を経た粗精製物に対しては、以下の酵素処理を実施することができる。当該酵素処理は、特にアガロオリゴ糖以外の糖質を含んでいることが想定される試料に有効である。すなわち、例えば、粗試料或いは粗抽出物或いは祖精製物に対して、酢酸アンモニウム緩衝液(酢酸/酢酸アンモニウム 緩衝液)(例えば緩衝作用範囲:pH3.5~5.5程度の範囲のうち、例えばpH4.5に調製)等の緩衝液を添加する。次いでグルコアミラーゼ(α(1,4)グルコシド結合加水分解酵素)、インベルターゼ(サッカラーゼやβ-D-フルクトフラノシダーゼ等と別称される、スクロース加水分解酵素)、アミログルコシダーゼ(アミロ α-1,6-グルコシダーゼ、デキストリン 6-α-D-グルコシダーゼ等と別称される、α(1,6)グルコシド結合加水分解酵素)等の糖質分解酵素をさらに添加し、至適温度(例えば35℃~40℃程度の範囲のうち、例えば37℃)で至適時間(例えば10分~120分程度の範囲のうち、例えば60分)反応させる。次いで沸騰処理(例えば5分~30分程度の範囲のうち、例えば10分)等を施して酵素を失活させる、一連の酵素処理を実施することができる。
【0029】
緩衝液は、試料や酵素に応じて使用の要否が選択され、使用される場合は上記例示した酢酸アンモニウム緩衝液のような揮発性緩衝液が好ましいがこれに限定されず、試料や酵素に応じて種類が選択されて且つ至適pHやモル濃度等に調製されればよい。酵素は、上記例示した糖質分解酵素に限定されず、想定される夾雑成分に応じて適当な酵素が選択されればよい。したがって、タンパク質分解酵素や脂質分解酵素が使用されてもよい。また、糖質分解酵素についても、上記例示したもの以外のもの、例えば、グルコアミラーゼ以外のアミラーゼや、その他マルターゼ、ラクターゼ等が使用されてもよい。酵素による処理温度および処理時間についても、適宜至適に設定されればよい。
【0030】
酵素処理は、前述の通り、特にアガロオリゴ糖以外の糖質を含んでいることが想定される試料に有効であり、低濃度で含有するアガロオリゴ糖であっても微量をLC(液体クロマトグラフィ)に供して高感度にアガロオリゴ糖を分離可能にすることに寄与する。後述の実施例では、特に分離が困難である多糖のデキストリンおよび他の夾雑成分を含むアガロオリゴ糖含有物に酵素処理を実施したものでは、不実施のものと比較して、後述のMS(質量分析)を経て、より高感度にアガロオリゴ糖を検出することができた。本実施形態によれば、酵素処理を不実施としても、試料(アガロオリゴ糖)に標識を施すことなく本発明の目的を達する程度にアガロオリゴ糖を検出できるが、アガロオリゴ糖の分離能或いは検出能をさらに向上させる手段として、例えば、分析工程が複雑になり易く分析機器も高価なり易い標識に代えて酵素処理を実施することができる。但し、本発明において酵素処理および標識は何れも任意の処理であることから、本発明に酵素処理ではなく標識を適用することや、酵素処理と共に標識を適用すること自体は禁止されず許容される。
【0031】
[LC:分離モード]
本実施形態に係るLC(液体クロマトグラフィ)の分離モードは、順相クロマトグラフィ(Normal Phase Chromatography;NPC)が好適であり、親水性相互作用クロマトグラフィ(Hydrophilic Interaction Chromatography;HILIC)を適用する。順相クロマトグラフィ(順相モード、NPCモード)は、固定相の極性を移動相の極性よりも高く設定する分離モードである。例えば、固定相を、相対的に高極性な、未修飾のシリカゲルやアルミナ等とし、移動相を、相対的に低極性な、ヘキサン、クロロホルム等の有機溶媒等とする。親水性相互作用クロマトグラフィ(親水性相互作用モード、HILICモード)は、NPCモードの一つである。例えば、移動相を、一定の極性を有する、アセトニトリル、メタノール、エタノール等の有機溶媒の水溶液とし、それよりも高極性の固定相として、極性基(例えば、アミド基、シアノ基、アミノ基等)で修飾したシリカゲルやポリマーゲル等を固定相とする。NPCモードおよびHILICモードでは、極性の高い分子程固定相における保持時間が長くなり、極性が低い分子程早く溶出し、保持時間が短くなる。分離モードにおける、固定相すなわちカラム(08)に充填する充填剤における、基材の種類、極性基、サイズ(粒子径)および量、ならびにそれらに伴うカラム(08)のサイズや、移動相(溶離液)の種類、流量および流速等は自由に選択できる。但し、その中でも、固定相に極性を付与する極性基は、アミド基が好適であり、固定相には、アミド基を修飾して極性を付与することが好ましい。
【0032】
NPCモードおよびHILICモードは、アガロオリゴ糖の分析においては移動相の水含有率を高くする方が適するSECモード(Size Exclusion Chromatography、サイズ排除クロマトグラフィ)等と比較して、これとは逆に移動相に揮発性の高い有機溶媒を比較的高濃度で使用できる点で、MS(質量分析)におけるイオン化効率を上昇させて検出感度を向上させることができ、本実施形態に係る分離モードに好適に適合する。さらに、HILICモードは、親水性で極性が高いアガロオリゴ糖の分離により適しており、本実施形態に係る分離モードに、より好適に適合する。
【0033】
[LC:移動相]
HILICモードにおいて、移動相に用いる有機溶媒の水溶液(有機溶媒と水との混合溶媒)は、上記の通り、MS(質量分析)におけるイオン化効率を上昇させるために、濃度を50vol%以上に設定することが好ましく、60vol%以上に設定することがより好ましい。有機溶媒としては、非プロトン性溶媒であるアセトニトリルが好ましい。すなわち、HILICモードでは、移動相には、試料を溶解する溶媒(溶解液)としての溶離液として、または溶離液に予め試料を溶解させた溶液として、50vol%以上のアセトニトリル水溶液が好ましく、60vol%以上のアセトニトリル水溶液がより好ましい。なお、水は、イオン交換水、蒸留水等の純水または超純水を用い、純度の基準は試料の種類等に応じて適宜設定すればよい。
【0034】
また、本実施形態は、移動相には特定の酸を添加して移動相を酸性にすることを特徴とする。具体的には、移動相の溶離液(試料を溶解する溶媒(溶解液)である、例えば、60vol%アセトニトリル水溶液)または溶離液に予め試料を溶解させた溶液(例えば、試料が溶解した60vol%アセトニトリル水溶液)に、1種類以上の酸、すなわち移動相内で酸性を呈する物質を添加する。酸の種類は限定されない。一例として、ギ酸(HCOOH)、酢酸(CHCOOH)、トリフルオロ酢酸(Trifluoroacetic Acid;TFA)(CFCOOH)、塩酸(HCl)、硫酸(HSO)、硝酸(HNO)、プロピオン酸(C)、酪酸(C)、乳酸(C等が例示される。移動相を酸性にするという目的を達することができれば、特定の酸の誘導体であるその酸塩を添加してもよい。酸のうち、例えば硫酸等のような比較的沸点の高い不揮発性の酸よりも、例えばギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、塩酸、硫酸、硝酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸等のような比較的沸点の低い揮発性の酸(いわゆる揮発酸)を好適に適用できる。さらには、ギ酸、酢酸、およびトリフルオロ酢酸から選択される1種類以上の酸を特に好適に適用できる。
【0035】
一般に、LC/MSによる糖分析においては、移動相を中性域か、或いは、アノマー分離を防止したり、糖のイオン化を促進したりする目的で、溶離液にアンモニア等の塩基を添加してアルカリ性にする。一方、アガロオリゴ糖は、耐塩基性が低く、塩基に接触すると構造が変化して褐変し、移動相をアルカリ性にすることで、目的のピークが検出されない不具合や、不明なピークが検出される不具合が起こり易くなることが分かった。そのため、当業者の通常の知識として中性域を選択し得たが、発明者は移動相のpHについてさらに検討し、上記例示したような酸を添加した場合に、MS(質量分析)においてアガロオリゴ糖各糖の分子を特定のイオン付加分子および/または脱プロトン分子として、高感度に検出できることを見出した。これにより、試料に標識を施すことなく簡易に且つ高感度にアガロオリゴ糖を分離し、その各糖(2-8糖)を検出することができる。
【0036】
酸の添加量(添加割合)は各酸の酸性度に応じて調整できる。酸のうち、酸性度が比較的強い酸を過度に添加するとカラム(08)等のLC(02)(液体クロマトグラフ)内に損傷を与えるおそれがあるため、一般には酸性度が比較的低い酸の方が酸として好適である。但し、後述の実施例では、供試した酸のうちで、酸性度が比較的強いトリフルオロ酢酸は、それより酸性度が低いギ酸および酢酸と比較して、添加量が制限されて取扱いが比較的難しく、アガロオリゴ糖の2-8糖を高感度に検出可能なイオン分子の種類も比較的少なめであったが、特定のイオン分子では、本発明の目的を達するアガロオリゴ糖各糖の確実な検出ができた。実施例によれば、酸の添加量は、移動相にギ酸を少なくとも0.01vol%添加することで、或いは、少なくとも移動相にギ酸を0.01vol%~0.1vol%の範囲で添加することで、所定のイオン分子でアガロオリゴ糖を検出できた(実施例1、実施例4)。また、移動相に酢酸を少なくとも0.1vol%添加することで、或いは、少なくとも移動相に酢酸を0.1vol%~1vol%の範囲で添加することで、所定のイオン分子でアガロオリゴ糖を検出できた(実施例2、実施例5)。また、移動相にトリフルオロ酢酸を少なくとも0.01vol%添加することで、所定のイオン分子でアガロオリゴ糖を検出できた(実施例3、実施例6)。なお、ここでいう酸濃度(単位:vol%)については、本発明の属する技術分野における慣用技術として、移動相のpH調整とその表記に関し、例えば、xvol%の酸添加溶離液であれば、100xの体積量(例えば100xmL)の溶離液(例えば60vol%アセトニトリル水溶液)にxの体積量(例えばxmL)の酸を添加して調製した溶離液を表し、本発明もそれに沿う。
【0037】
[LC:固定相]
前述の通り、LC(液体クロマトグラフ)(02)において、固定相は、充填剤を充填したカラム(08)として構成される。HILIC(用)カラムの充填剤における基材の極性基は、前述のアガロオリゴ糖の塩基性への不適合性の観点から、部分的であっても塩基性を帯び易いアミノ基やシアノ基と比較して、アミド基が好ましい。また、極性基を結合する基材は、前述の通り、シリカゲルや、ポリビニルアルコール等のポリマーゲル等を用いることができる。すなわち、HILICモードでは、アミド基(カルバモイル基)を修飾したアミドカラムを好適に用いることができる。これによって、アガロオリゴ糖が構造変化し易くなったり、目的のピークが検出され難くなったり、或いは不明なピークが検出され易くなるといった、アガロオリゴ糖の塩基性への不適合性に起因する不具合を、より確実に抑えることが可能になる。その結果、より高感度にアガロオリゴ糖を分離して検出することができる。また、固定相の温度(カラム温度)は限定されず適宜調整すればよいが、アノマー分離を防止するためには高温の方が好ましい。特にアミドカラムを用いる場合は、60℃以上、より好適には80℃以上に設定することが好ましい。一方、アミノカラム等では、塩基性を帯び易い分アノマー分離は起こり難いため、例えば45℃程度で好適に使用することができる。
【0038】
[MS:質量分析計]
続いて、本実施形態は、LC(液体クロマトグラフィ)によって分離された試料に対して、MS(マススペクトロメトリー:質量分析)を実施する。MS(質量分析)は、LC-MS(01)(液体クロマトグラフ-質量分析計)におけるMS(03)(質量分析計)において実施される。MS(03)(質量分析計)の構成は、図1に示すように、イオン化部(11)、質量分離部(12)、および検出部(13)を備える。これらの各構成は、制御部(14)の制御によって動作される。制御部(14)は、CPUおよびメモリから構成され、予め設定された動作プログラムおよび/または不図示の操作部から入力される設定信号に基づいて所定の動作を行う。なお、LC(02)(液体クロマトグラフ)における制御部(10)とMS(03)(質量分析計)における制御部(14)とは一体に構成されてもよい。
【0039】
[MS:イオン化部・イオン化法]
LC(液体クロマトグラフ)のカラム(08)から溶出されたアガロオリゴ糖を含む溶出試料は、続いてLC(02)(液体クロマトグラフ)に接続されたMS(03)(質量分析計)のイオン化部(11)に導入される。イオン化部(11)は、導入された溶出試料をイオン化する。イオン化の方法は、MS(質量分析)における公知のイオン化法を適宜用いることができ、イオン化部(11)は適用されるイオン化法に沿って構成される。具体的なイオン化法としては、エレクトロスプレーイオン化(Electrospray Ionization;ESI)、大気圧化学イオン化(Atmospheric Pressure Chemical Ionization;APCI)、大気圧光イオン化(Atmospheric Pressure Photo Ionization;APPI)等が例示される。ESIは、大気圧下で高電圧を印加することにより液相の試料分子をイオン化する。APCIは、試料を加熱して気化し、コロナ放電によって大気から生成したイオンと気化した試料分子とを反応させて、当該試料分子をイオン化する。APPIは、試料を加熱して気化し、クリプトンランプから照射されるUVによって、気化した試料分子をイオン化する。なお、上記のイオン化法は何れも大気圧下で試料をイオン化するが、真空下で試料をイオン化するサーモスプレーイオン化(Thermospray Ionization;TSI、TSPI)等を適用してもよい。
【0040】
[MS:質量分離部・質量分離法]
質量分離部(12)は、イオン化されたイオン(イオン分子)をm/z(イオンの質量(m)と電荷数(z)との比:いわゆる質量電荷比)ごとに分離する。分離方法は、MS(質量分析)における公知の質量分離法を適宜用いることができ、質量分離部(12)は適用される質量分離法に沿って構成される。具体的な質量分離法としては、四重極型(Quadrupole)、磁場型(Magnetic Sector)、飛行時間型(Time of Flight)、イオントラップ型(Ion Trap)等が例示される。四重極型は、真空中に4本の電極が中心軸から等距離で互いに平行に配置され、中心軸を挟んで互いに対向する電極には同じ極性の電圧が、互いに隣接する電極には正負逆の電圧がかけられる。そして、各電極に直流電圧と高周波交流電圧とを重ね合わせてかけると、四重極中には高速で位相の変化する電場が生じる。この中に導入されたイオンは特定範囲のm/zのもののみが安定に振動して四重極を通過できる。これを利用して電圧を変化させて、質量分離を行う。磁場型は、扇型磁場に電圧により加速したイオンを導入すると、イオンはフレミングの左手の法則に従って速度と磁場方向とに直角に加速度を受け、起動が曲げられる。質量の小さいイオン程大きく軌道が曲げられることを利用し、質量分離を行う。飛行時間型は、同じ電圧によりイオンを加速すると、質量の小さいイオン程速く、質量の大きいイオン程遅く飛行することを利用して質量分離を行う。イオントラップ型は、四重極型の原理を応用したもので様々な方式が存在するが、例えば四重極の入り口と出口をつないでリング状にしたもので、系内にイオンをトラップしておき、高周波電圧を徐々に変化させて、振動が不安的になったイオンを順次系外へ排出することで質量分離を行う。
【0041】
また、イオン化法および質量分離法は限定されず、本発明の目的を達する範囲で、MS/MSやMSといったタンデム型の適用も許容される。したがって、本発明の質量分析(マススペクトロメトリー)は、シングルマスとしてのMSに加えて、タンデム型としてのMS/MSおよびMSを含む。
【0042】
[LC:検出部・検出イオン分子・マススペクトル・クロマトグラム]
検出部(13)は、二次電子倍増管、光電子倍増管、チャンネルトロン、マイクロチャンネルプレート等に構成され、m/zごとに分離されて選択されたイオン(イオン分子)の信号を増幅させて検出する。その結果、アガロオリゴ糖各糖の分子Mを、ギ酸イオン付加分子([M+HCOO])、脱プロトン分子([M-H])、酢酸イオン付加分子([M+CHCOO])、アンモニウムイオン付加分子([M+NH)、ナトリウムイオン付加分子([M+Na])、およびトリフルオロ酢酸イオン付加分子([M+CFCOO])等に例示されるイオン付加分子および/または脱プロトン分子として検出することができる。検出部(13)で検出された検出信号は適宜変換器により変換されて制御部(14)に入力されると、制御部(14)により分析されて所定の演算が行われ、例えば、m/zを横軸、適用された質量分離法に係る信号値(イオン強度等)を縦軸とするマススペクトルとして出力される。および/または、制御部(14)により、m/zごとに分離されて選択されたイオン(イオン分子)についてLC(02)における通過時間(保持時間等)を横軸、適用された分離モードに係る信号値(イオン強度等)を縦軸とするクロマトグラムとして出力される。
【0043】
ここで、アガロオリゴ糖のイオン分子のm/zは、その分子式から算出することができる。一例として、アガロビオース(C122010)のギ酸イオン付加分子([C122010+HCOO])は、分子式から、その分子量を約369(=アガロビオース324+ギ酸イオン45)、その価数を-1として、そのm/zを約-369と算出することができる。MS(質量分析)によって当該m/z 369(-)が検出されたとき、例えば、クロマトグラムにおいて、標準試料によって確定される[C122010+HCOO]の保持時間等に当該m/z 369(-)に係るピークが観察されれば、これを[C122010+HCOO]のピークとして、試料中にアガロビオースが含まれているものと判断できる。このようにして、アガロビオース、アガロテトラオース、アガロヘキサオースおよびアガロオクタオースを定性することができる。
【0044】
なお、マススペクトルおよびクロマトグラム、ならびにそれらの解析結果の表示形態は限定されず、チャート紙等の紙媒体や、表示画面等に表示させることができる。このような表示部(不図示)はLC-MS(01)の一部として設けられてもよく、或いはLC-MS(01)と有線および/または無線で接続された別の機器に設けられてもよい。或いはLC-MS(01)に着脱可能な記録媒体に電子データとして記録され、使用者が記録媒体を介してLC-MS(01)から電子データを持ち出して、適宜別の機器で必要な解析を行って表示させてもよい。
【0045】
こうして、本実施形態に係るアガロオリゴ糖の分析方法によれば、標識を施すことなく簡易に且つ高感度にアガロオリゴ糖を分離して検出することができる。アガロオリゴ糖およびアガロオリゴ糖以外の糖質(単糖、少糖、多糖、その他糖アルコール)を含む試料(各種の食品、医薬品、医薬部外品、化粧品等)を分析対象にして、極めて低濃度で含有するアガロオリゴ糖であっても、微量を供して高感度にアガロオリゴ糖を分離して検出することができる。
【実施例
【0046】
[アガロオリゴ糖の製造]
常法によって寒天からアガロオリゴ糖を製造した。寒天(ウルトラ寒天 AX-30:伊那食品工業社)50gを蒸留水1000gに加熱溶解した後、濃硫酸2gを添加して90℃で3時間撹拌した。次いで水酸化ナトリウムでpHを3.5に調整した後、活性炭で処理し、ろ紙でろ過し、さらに1μmのフィルターでろ過してアガロオリゴ糖溶液を得た。この溶液を真空凍結乾燥し、粉末のアガロオリゴ糖を得た。以下、全試験においてこれを使用した。
【0047】
[試験1]
アガロオリゴ糖を蒸留水に溶解した後、アセトニトリルの終濃度が60vol%になるように調製した。アガロオリゴ糖の終濃度は400ppm(0.4mg/mL)になるように調製し、これを試料(1)とした。試料(1)を、HPLC(高速液体クロマトグラフ)とMS(質量分析計)とを接続したLC-MS(HPLC-MS)により下記の条件で分析を行った(実施例1-実施例3)。
【0048】
本試験では、試料(1)について酵素処理その他の前処理は実施せずに、調製した試料(1)をそのままHPLCに供した(注入した)。
【0049】
<LC条件>
LC:HPLC
分離モード:HILIC
カラム:アミドカラム;TSKgel Amide-80 5μm(登録商標)(東ソー社)
(粒子径;5μm カラムサイズ;内径2.0mm×長さ25cm)
カラム温度:80℃
移動相:60vol%アセトニトリル水溶液に対して、所定の酸を0.01vol%乃至1vol%になるように添加した、0.01vol%乃至1vol%酸-60vol%アセトニトリル水溶液
流速:0.2mL/min
試料(1)前処理:不実施
試料(1)注入量:1μL
【0050】
<MS条件>
イオン化:ESI(ネガティブおよびポジティブ並行測定可能機器にて並行測定)
質量分離:四重極型
ネブライザーガス流量:1.5L/min
ドライングガス流量:15L/min
インターフェース温度:350℃
脱溶媒管(Desolvation Line;DL)温度:250℃
ヒートブロック温度:200℃
【0051】
検出感度の評価は、HPLC/MS(高速液体クロマトグラフィ質量分析)によって得られたアガロオリゴ糖(そのイオン付加分子または脱プロトン分子のm/z)に係るクロマトグラムにおいて、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別可能な左右対称の正常ピークまたはこれに準ずるシンメトリーなピークとして検出された場合は「++」とした。また、シンメトリーではないがベースラインおよび夾雑ピーク等と区別して認識可能なピークとして検出された場合は「+」とした。また、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別して認識可能なピークとして検出されなかった場合は「-」とした。評価は、アガロオリゴ糖各糖について行い、総合評価として、2-8糖全てが「++」の場合は「++」、一つでも「+」である場合は「+」、一つでも「-」である場合は「-」とした。総合評価「+」以上は、アガロオリゴ糖各糖が定性可能なレベルで検出されたことを意味し、本発明の目的を達するものと評価できる。そして、総合評価「++」は、特に高感度で検出されたことを意味する。
【0052】
[実施例1]
実施例1では、移動相に付加する酸の一例として、ギ酸(富士フイルム和光純薬社。以下、同じ)を選択した。すなわち、移動相を、0.01vol%または0.1vol%ギ酸-60vol%アセトニトリル水溶液とした。結果を表1に示す。なお、表中の、ギ酸付加イオンはギ酸イオン付加分子、プロトン脱離イオンは脱プロトン分子、酢酸付加イオンは酢酸イオン付加分子、アンモニウム付加イオン(NH付加イオン)はアンモニウムイオン付加分子、ナトリウム付加イオン(Na付加イオン)はナトリウムイオン付加分子をそれぞれ表す(以下、同じ)。
【0053】
【表1】
【0054】
表1に示すように、ギ酸添加量0.01vol%においては、酢酸イオン付加分子での8糖の感度が相対的に低かったが、アガロオリゴ糖を検出することができた。さらに、ギ酸イオン付加分子、脱プロトン分子、アンモニウムイオン付加分子、およびナトリウムイオン付加分子では、2-8糖の全てについて特に高感度に検出できた。ギ酸添加量0.1vol%においては、試験に供した5種の全イオン分子で、2-8糖の全てについて特に高感度にアガロオリゴ糖を検出できた。実施例1から、移動相にギ酸を少なくとも0.01vol%添加することで、或いは、少なくとも移動相にギ酸を0.01vol%~0.1vol%の範囲で添加することで、ギ酸イオン付加分子、脱プロトン分子、酢酸イオン付加分子、アンモニウムイオン付加分子、およびナトリウムイオン付加分子の5種のイオン分子でアガロオリゴ糖を検出できることが示された。
【0055】
[実施例2]
実施例2では、移動相に付加する酸の一例として、酢酸(富士フイルム和光純薬社。以下、同じ)を選択した。すなわち、移動相を、0.1vol%または1vol%酢酸-60vol%アセトニトリル水溶液とした。結果を表2に示す。
【0056】
【表2】
【0057】
表2に示すように、酢酸添加量0.1vol%および1vol%何れにおいても、ギ酸イオン付加分子では2-8糖の識別可能なピークが検出できなかった。一方、脱プロトン分子、酢酸イオン付加分子、アンモニウムイオン付加分子、およびナトリウムイオン付加分子では、2-8糖の全てについて特に高感度にアガロオリゴ糖を検出できた。実施例2から、移動相に酢酸を少なくとも0.1vol%添加することで、或いは、少なくとも移動相に酢酸を0.1vol%~1vol%の範囲で添加することで、脱プロトン分子、酢酸イオン付加分子、アンモニウムイオン付加分子、およびナトリウムイオン付加分子の4種のイオン分子で特に高感度にアガロオリゴ糖を検出できることが示された。
【0058】
[実施例3]
実施例3では、移動相に付加する酸の一例として、トリフルオロ酢酸(TFA)(富士フイルム和光純薬社。以下、同じ)を選択した。すなわち、移動相を、0.01vol%TFA-60vol%アセトニトリル水溶液とした。結果を表3に示す。なお、表中のトリフルオロ酢酸付加イオン(TFA付加イオン)はトリフルオロ酢酸イオン付加分子を表す(以下、同じ)。
【0059】
【表3】
【0060】
表3に示すように、トリフルオロ酢酸添加量0.01vol%においては、脱プロトン分子および酢酸イオン付加分子では2-8糖の識別可能なピークが検出できず、ギ酸イオン付加分子では4-8糖のピークが検出できなかった。一方、アンモニウムイオン付加分子、ナトリウムイオン付加分子、およびトリフルオロ酢酸イオン付加分子の3種のイオンでは、2-8糖の全てについて特に高感度にアガロオリゴ糖を検出できた。実施例3から、移動相にトリフルオロ酢酸を少なくとも0.01vol%添加することで、アンモニウムイオン付加分子、ナトリウムイオン付加分子、およびトリフルオロ酢酸イオン付加分子の3種のイオン分子で特に高感度にアガロオリゴ糖を検出できることが示された。
【0061】
[試験2]
アガロオリゴ糖からなる試料(2)(AOS)、アガロオリゴ糖およびアガロオリゴ糖以外の糖質であるデキストリンその他の夾雑成分を含むアガロオリゴ糖含有物からなる試料(3)(AOS+ブランク)、および夾雑成分からなる対照(ブランク)を、それぞれ調製した。試料(2)は、試験1と同様に、アガロオリゴ糖の終濃度が400ppm(0.4mg/mL)になるように蒸留水およびアセトニトリル(アセトニトリルの終濃度は60vol%)で調製した。試料(3)は、アガロオリゴ糖、紅茶エキス(佐藤食品工業社、以下同じ)およびデキストリン(サンエイ糖化社、以下同じ)を10/40/50の質量比で含み、且つアガロオリゴ糖の終濃度が400ppm(0.4mg/mL)になるように蒸留水およびアセトニトリル(アセトニトリルの終濃度は60vol%)で調製した。対照(ブランク)は、紅茶エキスおよびデキストリンを40/50の質量比で含み、且つデキストリンの終濃度が試料(3)と同一になるように蒸留水およびアセトニトリル(アセトニトリルの終濃度60%)で調製した。これらの試料(2)、試料(3)、および対照を、それぞれ試験1と同じ条件で分析した(実施例4-実施例6)(各試料いずれも酵素処理その他の前処理は不実施)。但し、本発明の信頼性をより向上させるために、試験結果の客観性を向上させることを目的として、実施例4における脱プロトン分子を選択し、その検出に係る試料(2)、試料(3)、および対照については、試験1に準ずる条件で外部の分析機関に分析を依頼した。そして、当該機関により作成されたクロマトグラムに対して、他のイオン付加分子同様に、下記の本試験の評価基準に基づいて、検出感度を評価した。
【0062】
本試験の検出感度の評価は、HPLC/MS(高速液体クロマトグラフィ質量分析)によって得られたクロマトグラムに基づいて、試験1と同様の基準でそのピークの形状を評価することでの検出能の観点と、アガロオリゴ糖および夾雑成分を含むアガロオリゴ糖含有物からなる試料(3)のピークを、アガロオリゴ糖からなる試料(2)および夾雑成分からなる対照のピークと比較することでの分離能の観点との両観点から評価した。
【0063】
評価「++」は、分離能の観点から、図2A(ギ酸添加量0.1vol%における2糖でのアンモニウムイオン付加分子のピーク)に示すように、試料(2)(AOS)のピークと対照(ブランク)のピークとが明確に分離され、且つ試料(3)(AOS+ブランク)の一つのピークが、試料(2)(AOS)のピークに殆どずれることなく重なって、当該ピークがアガロオリゴ糖(イオン付加分子または脱プロトン分子)であると明確に判別可能な場合であって、検出能の観点から、試料(2)と試料(3)とで比較に供する各ピークが、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別可能な左右対称の正常ピークまたはこれに準ずるシンメトリーなピークである場合、「++」とした。
【0064】
評価「+」は、分離能の観点から、図2B(ギ酸添加量0.01vol%における8糖でのアンモニウムイオン付加分子のピーク)に示すように、試料(3)(AOS+ブランク)の一つのピークが試料(2)(AOS)のピークと若干ずれてはいるが、両ピークが同じ物質(アガロオリゴ糖)であると判別可能な場合、「+」とした。或いは、検出能の観点から、試料(2)と試料(3)とで比較に供する何れかのピークが、シンメトリーではないがベースラインおよび夾雑ピーク等と区別して認識可能なピークである場合も、「+」とした。図2Bの例では、試料(2)(AOS)のピークと対照(ブランク)のピークとに若干の重なりがあるものの両ピークが区別可能には分離されている。さらに、試料(3)(AOS+ブランク)のそれぞれピークが、試料(2)(AOS)および対称(ブランク)それぞれのピークに対して若干ずれてはいるが重なりがあり、且つ同傾向に表れていることから、試料(3)(AOS+ブランク)の一つのピークと試料(2)(AOS)のピークとが同じ物質(アガロオリゴ糖)であると判別可能である。なお、図2Bのピーク形状自体は、左右対称またはこれ準ずるシンメトリーである。
【0065】
評価「-」は、分離能の観点から、図2C(ギ酸添加量0.01vol%における2糖での酢酸イオン付加分子のピーク)に示すように、試料(3)(AOS+ブランク)の一つのピークがアガロオリゴ糖であると判別不可能な場合、「-」とした。或いは、検出能の観点から、試料(2)と試料(3)とで比較に供するピーク何れかのピークが、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別して認識可能なピークでない場合も、「-」とした。図2Cの例では、試料(3)(AOS+ブランク)の一つのピークが試料(2)(AOS)および対照(ブランク)両方のピークに殆どずれることなく重なっており、試料(3)のピークが、試料(2)および対照の何れのピークと同じ物質のものであるか、すなわちアガロオリゴ糖であるか夾雑成分であるかを判別できない。なお、図2Cのピーク形状自体は、左右対称またはこれに準ずるシンメトリーである。
【0066】
総合評価「+」以上は、アガロオリゴ糖各糖が定性可能なレベルで検出されたことを意味し、本発明の目的を達するものと評価できる。そして、総合評価「++」は、特に高感度で検出されたことを意味する。
【0067】
[実施例4]
実施例4では、移動相に付加する酸の一例として、ギ酸を選択した。すなわち、移動相を、0.01vol%または0.1vol%ギ酸-60vol%アセトニトリル水溶液とした。結果を表4に示す。
【0068】
【表4】
【0069】
表4に示すように、ギ酸添加量0.01vol%においては、酢酸イオン付加分子では2糖および8糖が判別可能に検出できなかった。一方、ギ酸イオン付加分子、アンモニウムイオン付加分子、およびナトリウムイオン付加分子では、それぞれ8糖の感度が相対的に低かったが、アガロオリゴ糖を検出できた。さらに、脱プロトン分子では、2-8糖の全てについて特に高感度に検出できた。ギ酸添加量0.1vol%においては、酢酸イオン付加分子、ギ酸イオン付加分子、ナトリウムイオン付加分子、および脱プロトン分子では、添加量0.01vol%と同様の検出感度を示した。また、アンモニウムイオン付加分子では、検出感度がより向上し、2-8糖の全てについて特に高感度にアガロオリゴ糖を検出できた。実施例4から、移動相にギ酸を少なくとも0.01vol%添加することで、或いは、移動相にギ酸を少なくとも0.01vol%~0.1vol%添加することで、アガロオリゴ糖以外の糖質として特に分離し難いデキストリン等の夾雑成分を含む試料を対象として、ギ酸イオン付加分子、脱プロトン分子、アンモニウムイオン付加分子、およびナトリウムイオン付加分子の4種のイオン分子で高感度にアガロオリゴ糖を検出できることが示された。
【0070】
[実施例5]
実施例5では、移動相に付加する酸の一例として、酢酸を選択した。すなわち、移動相を、0.1vol%または1vol%酢酸-60vol%アセトニトリル水溶液とした。結果を表5に示す。
【0071】
【表5】
【0072】
表5に示すように、ギ酸イオン付加分子では、酢酸添加量0.1vol%および1vol%何れにおいても、2-8糖の識別可能なピークが検出できなかった。酢酸イオン付加分子およびナトリウムイオン付加分子では、酢酸添加量0.1vol%においては両分子で8糖の感度が相対的に低く、酢酸添加量1vol%においては酢酸イオン付加分子でさらに2-6糖の感度も相対的に低くなったが、何れの添加量においても酢酸イオン付加分子およびナトリウムイオン付加分子共にアガロオリゴ糖を検出できた。脱プロトン分子およびアンモニウムイオン付加分子では、酢酸添加量0.1vol%および1vol%何れにおいても、2-8糖の全てについて特に高感度にアガロオリゴ糖を検出できた。実施例5から、移動相に酢酸を少なくとも0.1vol%添加することで、或いは、移動相に酢酸を少なくとも0.1vol%~1vol%添加することで、アガロオリゴ糖以外の糖質として特に分離し難いデキストリン等の夾雑成分を含む試料を対象として、脱プロトン分子、酢酸イオン付加分子、アンモニウムイオン付加分子、およびナトリウムイオン付加分子の4種のイオン分子で高感度にアガロオリゴ糖を検出できることが示された。
【0073】
[実施例6]
実施例6では、移動相に付加する酸の一例として、トリフルオロ酢酸(TFA)を選択した。すなわち、移動相を、0.01vol%TFA-60vol%アセトニトリル水溶液とした。結果を表6に示す。
【0074】
【表6】
【0075】
表6に示すように、トリフルオロ酢酸添加量0.01vol%においては、脱プロトン分子および酢酸イオン付加分子では2-8糖の識別可能なピークが検出できず、ギ酸イオン付加分子では4-8糖のピークが検出できなかった。また、トリフルオロ酢酸イオン付加分子では8糖が識別可能に検出できなかった。一方、アンモニウムイオン付加分子では8糖の感度が相対的に低かったが、アガロオリゴ糖を検出できた。また、ナトリウムイオン付加分子では2-8糖の感度が相対的に低かったが、アガロオリゴ糖を検出できた。実施例6から、移動相にトリフルオロ酢酸を少なくとも0.01vol%添加することで、アガロオリゴ糖以外の糖質として特に分離し難いデキストリン等の夾雑成分を含む試料を対象として、アンモニウムイオン付加分子およびナトリウムイオン付加分子の2種のイオン分子で高感度にアガロオリゴ糖を検出できることが示された。
【0076】
[試験3]
アガロオリゴ糖およびアガロオリゴ糖以外の糖質であるデキストリンを含むアガロオリゴ糖含有物からなる試料(4)を調製した。試料(4)は、アガロオリゴ糖およびデキストリンを10/50の質量比で含み、且つアガロオリゴ糖が下記の酵素処理を経た状態で終濃度400ppm(0.4mg/mL)になるように蒸留水およびアセトニトリル(アセトニトリルの終濃度は60vol%)で調製した。試料(4)を、HPLC(高速液体クロマトグラフ)とMS(質量分析計)とを接続したLC-MS(HPLC-MS)により下記の条件で分析を行った(実施例7、比較例1)。
【0077】
本試験では、試料(4)について予め以下の酵素処理を実施したものを、LCに供した(注入した)。すなわち、アガロオリゴ糖およびデキストリンを10/50の質量比で含む酢酸アンモニウム緩衝液(pH4.5)50mLに対して、グルコアミラーゼ(Glucoamylase from Rhizopus (contains 50% Diatomaceous earth)、東京化成工業社)23mg、インベルターゼ(インベルターゼ溶液,酵母由来、富士フイルム和光純薬社)0.25mL、およびアミログルコシダーゼ(アミログルコシダーゼ溶液 from Aspergillus niger、シグマアルドリッチジャパン社)0.1mLを添加し、37℃で60分反応させた後、当該反応液を10分沸騰させて酵素を失活させた。蒸留水で100mLに定容した後、終濃度が60vol%になるようにアセトニトリルを添加し、試料(4)とした。
【0078】
<LC条件>
LC:HPLC
分離モード:HILIC
カラム:アミドカラム;TSKgel Amide-80 5μm(登録商標)(東ソー社)
(粒子径;5μm カラムサイズ;内径2.0mm×長さ25cm)
カラム温度:80℃
移動相:
実施例7;60vol%アセトニトリル水溶液に対して、ギ酸を0.1vol%になるように添加した、0.1vol%ギ酸-60vol%アセトニトリル水溶液
比較例1;60vol%アセトニトリル水溶液
流速:0.2mL/min
試料(4)前処理:実施
試料(4)注入量:1μL
【0079】
<MS条件>
イオン化:ESI(ネガティブおよびポジティブ並行測定可能機器を使用)
質量分離:四重極型
ネブライザーガス流量:1.5L/min
ドライングガス流量:15L/min
インターフェース温度:350℃
脱溶媒管(Desolvation Line;DL)温度:250℃
ヒートブロック温度:200℃
【0080】
以上の条件でのHPLC/MS(高速液体クロマトグラフィ質量分析)によって得られたクロマトグラムに基づいて、実施例7と比較例1とでアガロオリゴ糖各糖の脱プロトン分子([M-H])としての検出感度を比較した。実施例7の結果を図3Aに示す。比較例1の結果を図3Bに示す。なお、クロマトグラムの横軸は保持時間、縦軸は信号値の強度であるイオン強度を表し、視認或いは比較がし易いように、2-8糖で横軸を揃えた(以下、同じ)。
【0081】
図3Aに示すように、移動相にギ酸を添加した実施例7では、2-8糖の全てについての脱プロトン分子のm/zにおいて、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別可能な左右対称の正常ピークまたはこれに準ずるシンメトリーなピークが検出された。一方、図3Bに示すように、移動相にギ酸を添加しない比較例1では、4糖、6糖および8糖については、ベースラインと区別し得るピークが僅かに検出されたが、2糖については、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別して認識可能なピークとして検出されなかった。こうして実施例7と比較例1とを比較すると、移動相にギ酸を添加することにより、アガロオリゴ糖の検出感度が明らかに向上した。その結果、実施例7では、移動相にギ酸を添加することにより、夾雑成分としてデキストリンを含むアガロオリゴ糖含有物であって、さらには400ppm(0.4mg/mL)の低濃度で含有するアガロオリゴ糖溶液を微量の1μLだけ供して、高感度にアガロオリゴ糖を検出することができた。
【0082】
[試験4]
アガロオリゴ糖およびアガロオリゴ糖以外の糖質であるデキストリンその他の夾雑成分を含むアガロオリゴ糖含有物からなる試料(5)を調製した。試料(5)は、アガロオリゴ糖、紅茶エキスおよびデキストリンを10/40/50の質量比で含み、且つアガロオリゴ糖が酵素処理を経た状態で終濃度400ppm(0.4mg/mL)になるように蒸留水およびアセトニトリル(アセトニトリルの終濃度は60vol%)で調製した。試料(5)を、HPLC(高速液体クロマトグラフ)とMS(質量分析計)とを接続したLC-MS(HPLC-MS)により下記の条件で分析を行った(実施例8、参考例1)。試料(5)については、試験3と同様に、予め酵素処理を実施したものを、LCに供した(注入した)。
【0083】
<LC条件>
LC:HPLC
分離モード:HILIC
カラム:
実施例8;アミドカラム;TSKgel Amide-80 5μm(登録商標)(東ソー社)
(粒子径;5μm カラムサイズ;内径2.0mm×長さ25cm)
参考例1;アミノカラム;Asahipak NH2P-40 2E(登録商標)(レゾナック社)
(粒子径;5μm カラムサイズ;内径2.0mm×長さ25cm)
カラム温度:実施例8;80℃
参考例1;45℃
移動相:60vol%アセトニトリル水溶液に対して、ギ酸を0.1vol%になるように添加した、0.1vol%ギ酸-60vol%アセトニトリル水溶液
流速:0.2mL/min
試料(5)前処理:実施
試料(5)注入量:1μL
【0084】
<MS条件>
イオン化:ESI(ネガティブおよびポジティブ並行測定可能機器を使用)
質量分離:四重極型
ネブライザーガス流量:1.5L/min
ドライングガス流量:15L/min
インターフェース温度:350℃
脱溶媒管(Desolvation Line;DL)温度:250℃
ヒートブロック温度:200℃
【0085】
本試験では、上記の通り、実施例8と参考例1とでカラム種類およびカラム温度をそれぞれ異なるものに設定したが、カラム温度については、それぞれのカラムにおける最適温度を適用したものであり、それぞれの例に不利な条件が設定された訳ではない。以上の条件でのHPLC/MS(高速液体クロマトグラフィ質量分析)によって得られたクロマトグラムに基づいて、実施例8と参考例1とでアガロオリゴ糖各糖のギ酸イオン付加分子([M+HCOO])としての検出感度を比較した。実施例8の結果を図4Aに示す。参考例1の結果を図4Bに示す。
【0086】
図4Aに示すように、固定相にアミドカラムを用いた実施例8では、2-8糖の全てについてのギ酸イオン付加分子のm/zにおいて、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別可能な左右対称の正常ピークまたはこれに準ずるシンメトリーなピークが検出された。一方、図4Bに示すように、固定相にアミノカラムを用いた参考例1では、2-6糖については、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別し得るピークが検出されたが、その強度は顕著に弱かった。また、8糖については、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別して認識可能なピークとして検出されなかった。こうして実施例8と参考例1とを比較すると、固定相にアミドカラムを用いることにより、アガロオリゴ糖の検出感度がより向上した。
【0087】
[試験5]
試験4と同様に、アガロオリゴ糖、紅茶エキスおよびデキストリンを10/40/50の質量比で含み、且つアガロオリゴ糖の終濃度が400ppm(0.4mg/mL)になるように蒸留水およびアセトニトリル(アセトニトリルの終濃度は60vol%)で試料(6)を調製した。試料(6)を、HPLC(高速液体クロマトグラフ)とMS(質量分析計)とを接続したLC-MS(HPLC-MS)により下記の条件で分析を行った(実施例9、参考例2)。
【0088】
試料(6)については、実施例9は、試験3と同様に、予め酵素処理を実施したものを、LCに供した(注入した)。アガロオリゴ糖の終濃度は酵素処理を経た状態で400ppm(0.4mg/mL)になるように調製した。参考例2は、酵素処理その他の前処理は実施せずに、調製した試料(6)をそのままLCに供した(注入した)。
【0089】
<LC条件>
LC:HPLC
分離モード:HILIC
カラム:アミドカラム;TSKgel Amide-80 5μm(登録商標)(東ソー社)
(粒子径;5μm カラムサイズ;内径2.0mm×長さ25cm)
カラム温度: 80℃
移動相:60vol%アセトニトリル水溶液に対して、ギ酸を0.1vol%になるように添加した、0.1vol%ギ酸60vol%アセトニトリル水溶液
流速:0.2mL/min
試料(6)前処理:
実施例9;実施
参考例2;不実施
試料(6)注入量:1μL
【0090】
<MS条件>
イオン化:ESI(ネガティブおよびポジティブ並行測定可能機器を使用)
質量分離:四重極型
ネブライザーガス流量:1.5L/min
ドライングガス流量:15L/min
インターフェース温度:350℃
脱溶媒管(Desolvation Line;DL)温度:250℃
ヒートブロック温度:200℃
【0091】
以上の条件でのHPLC/MS(高速液体クロマトグラフィ質量分析)によって得られたクロマトグラムに基づいて、実施例9と参考例2とでアガロオリゴ糖各糖のギ酸イオン付加分子([M+HCOO])としての検出感度を比較した。結果を図5に示す。
【0092】
図5に示すように、試料(6)に酵素処理を実施した実施例9では、2-8糖の全てについてのギ酸イオン付加分子のm/zにおいて、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別可能な左右対称の正常ピークまたはこれに準ずるシンメトリーなピークが検出された。一方、酵素処理を不実施とした参考例2でも、2-8糖の全てについて、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別可能な左右対称の正常ピークまたはこれに準ずるシンメトリーなピークが検出されたが、何れのピークも実施例9と比較して強度がやや弱く、8糖については夾雑ピークも検出された。こうして、実施例9では、デキストリンおよび他の夾雑成分を含むアガロオリゴ糖含有物に酵素処理を実施することにより、アガロオリゴ糖分子に係るピークの強度を向上させて、さらに夾雑ピークの出現を抑制でき、その結果、より高感度で信頼性の高い高品質な検出結果を得ることができた。
[試験6]
試験4と同様に、アガロオリゴ糖、紅茶エキスおよびデキストリンを10/40/50の質量比で含み、且つアガロオリゴ糖の終濃度が100ppm(0.1mg/mL)になるように蒸留水およびアセトニトリル(アセトニトリルの終濃度は60vol%)で試料(7)を調製した。試料(7)を、HPLC(高速液体クロマトグラフ)とMS(質量分析計)とを接続したLC-MS(HPLC-MS)により下記の条件で分析を行った(実施例10)。試料(7)については、酵素処理その他の前処理は実施せずに、調製した試料(7)をそのままLCに供した(注入した)。
【0093】
<LC条件>
LC:HPLC
分離モード:HILIC
カラム:アミドカラム;TSKgel Amide-80 5μm(登録商標)(東ソー社)
(粒子径;5μm カラムサイズ;内径2.0mm×長さ25cm)
カラム温度:80℃
移動相:60vol%アセトニトリル水溶液に対して、ギ酸を0.1vol%になるように添加した、0.1vol%ギ酸60vol%アセトニトリル水溶液
流速:0.2mL/min
試料(7)前処理:不実施
試料(7)注入量:1μL
【0094】
<MS条件>
イオン化:ESI(ネガティブおよびポジティブ並行測定可能機器を使用)
質量分離:四重極型
ネブライザーガス流量:1.5L/min
ドライングガス流量:15L/min
インターフェース温度:350℃
脱溶媒管(Desolvation Line;DL)温度:250℃
ヒートブロック温度:200℃
【0095】
図6に示すように、実施例10では、2-8糖の全てについてのギ酸イオン付加分子のm/zにおいて、ベースラインおよび夾雑ピーク等と区別可能な左右対称の正常ピークまたはこれに準ずるシンメトリーなピークが検出された。供試したアガロオリゴ糖が極めて微量である分、8糖については一定のノイズが現れたが、ピーク形状としては、正常ピークに準ずるピークとしてベースラインおよび夾雑ピーク等と区別可能な形態が保たれた。このように、実施例10では、移動相にギ酸を添加することにより、デキストリンおよび他の夾雑成分を含むアガロオリゴ糖含有物であって、さらには100ppm(0.1mg/mL)という極めて低濃度で含有するアガロオリゴ糖溶液を微量の1μLだけ供した場合であっても、高感度にアガロオリゴ糖を検出することができた。
【符号の説明】
【0096】
01 LC-MS(液体クロマトグラフ-質量分析計)
02 LC(液体クロマトグラフ)
03 MS(質量分析計)
04 移動相容器
05 脱気装置
06 送液ポンプ
07 試料導入部
08 カラム
09 カラム恒温槽
10 制御部
11 イオン化部
12 質量分離部
13 検出部
14 制御部
【要約】
【課題】標識を施すことなく簡易に且つ高感度にアガロオリゴ糖を分離して検出可能な信頼性のある分析方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るアガロオリゴ糖の分析方法は、アガロオリゴ糖含有物から、アガロオリゴ糖を、液体クロマトグラフィの親水性相互作用モードで分離し、質量分析によって検出することを特徴とし、さらに、前記液体クロマトグラフィにおける移動相には、酸を添加することを特徴とする。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6