(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-13
(45)【発行日】2024-05-21
(54)【発明の名称】眼鏡レンズ
(51)【国際特許分類】
G02C 7/06 20060101AFI20240514BHJP
【FI】
G02C7/06
(21)【出願番号】P 2022505804
(86)(22)【出願日】2021-01-18
(86)【国際出願番号】 JP2021001521
(87)【国際公開番号】W WO2021181885
(87)【国際公開日】2021-09-16
【審査請求日】2022-05-02
(31)【優先権主張番号】P 2020039581
(32)【優先日】2020-03-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【氏名又は名称】奥山 知洋
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】祁 華
【審査官】小久保 州洋
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-045495(JP,A)
【文献】国際公開第2019/166657(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/045567(WO,A1)
【文献】特開2019-211772(JP,A)
【文献】国際公開第2020/004551(WO,A1)
【文献】特表2019-529968(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼を介して網膜上の位置Aに収束させるベース領域と、
前記ベース領域と接し且つ前記ベース領域に対して突出する凸状領域であって、前記凸状領域の少なくとも一部を通過する光束が発散光として前記位置Aに入射する性質を持つ複数の前記凸状領域と、を備え、 前記凸状領域の少なくとも一部においては、
前記凸状領域全体が曲面形状であり、
前記凸状領域の平面視での直径は0.6~2.0mmであり、
前記凸状領域
の平面視での中央部
の直径は少なくとも0.2mmであり、
前記凸状領域の平面視での周辺部は前記中央部を包囲し、
前記中央部は前記ベース領域
と同じ屈折力
を有し、
前記周辺部では、前記中央部から
前記周辺部に向かう方向に屈折力が増加する、眼鏡レンズ。
【請求項2】
前記発散光として前記位置Aに入射する際の光斑の最大光量密度は、前記位置Aに比べ、前記位置Aよりも物体側の位置の方が高くなる、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項3】
前記眼鏡レンズは近視進行抑制レンズである、請求項1又は2に記載の眼鏡レンズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズに関する。
【背景技術】
【0002】
近視等の屈折異常の進行を抑制する眼鏡レンズとして、物体側の面である凸面に、当該凸面とは異なる曲面を有して当該凸面から突出する複数の凸状領域が形成されたものがある(例えば、特許文献1参照)。この構成の眼鏡レンズによれば、物体側の面から入射し眼球側の面から出射する光束が、原則的には装用者の網膜上に焦点を結ぶが、凸状領域の部分を通過した光束は網膜上よりも物体側寄りの位置で焦点を結ぶようになっており、これにより近視の進行が抑制されることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の発明は、第2の屈折領域である複数の凸状領域を通過した光束が網膜の手前に集光することにより近視進行を抑制する、というものである。特許文献1に記載の発明が近視進行抑制効果を発揮する際のメカニズムに関し、本発明者は再度検討した。
【0005】
近視進行抑制効果のメカニズムを理解するためには、近視進行のメカニズムを理解するのが近道である。
【0006】
近視進行のメカニズムとして、調節ラグ説がある。近方視の際、本来だと眼球が所定の調節力を発揮すべきところ実際に眼球が発揮する調節力が不足する場合がある。この調節力の不足分が、調節ラグである。
【0007】
調節ラグが存在する場合、眼球(詳しく言うと瞳孔)を通過する光束が収束してなる像が網膜の奥に存在する状態が発生する。この状態だと、眼軸長の伸び(眼球成長)が促され、近視が進む。この仮説を調節ラグ説という。
【0008】
該像が網膜の奥に存在するか手前に存在するかを直接検知するセンサーは眼には無いと考えられている。その一方、調節ラグ説に則ると、網膜上の像の変化を検知する何らかの仕組みが人間に存在するはずである。
【0009】
その仕組みの一つの可能性として、調節微動による該像の変化を検知することが考えられる。
【0010】
例えば、該像が網膜の奥に存在する場合、物体からの光束が網膜において収束光束として入射している。眼球内の水晶体の調節力が緩められる(毛様体が緩められて水晶体が薄くなる)と像が更に奥に移動し、網膜の光斑のサイズが大きくなる。逆に調節が強まる(毛様体が緊張して水晶体が厚くなる)と網膜の光斑のサイズが小さくなる。調節微動による光斑の大きさの変化が視神経やその後の皮質による情報処理により検知され、眼球成長を促す信号が出され、近視が進む仕組みがあると考えられる。
【0011】
本明細書の「光斑」とは、物体点の光が眼鏡レンズの一部と眼球光学系を通して網膜にできた像のことで、ピントが合っている場合は一点になり、ピントが合わない場合(デフォーカスの場合)は大きさを持つ光の分布となる。
【0012】
網膜上の像の変化を検知する仕組みのもう一つの可能性として、光斑の光量密度の検知が挙げられる。
【0013】
照射する光量が一定の場合、光斑の面積が小さいほど、光量密度が大きい。眼球内の水晶体の調節力が緩められると像が更に奥に移動し、網膜の光斑の光量密度が低くなる。逆に調節が強まると網膜の光斑の光量密度が高くなる。調節微動による光斑光量密度の変化が視神経やその後の皮質による情報処理により検知され、眼球成長を促す信号が出され、近視が進む仕組みがあると考えられる。
【0014】
いずれの仕組みにしても、特許文献1に記載の発明のメカニズムとしては、眼球調節微動による物体点の網膜上の光斑のサイズの変化(又は光量密度変化)の知覚を利用して近視進行を抑制している。つまり、所定の眼球調節量当たりの光斑のサイズの変化量又は光量密度変化量が大きいほど、近視進行抑制効果が高いと考えられる(観点1)。
【0015】
上記調節微動で例示したように、該像が網膜の奥に存在する場合、物体からの光束が網膜において収束光束として入射している。収束光束が形成する光の波面を収束波面という。つまり、上記調節ラグ説に則れば、網膜に入射する波面が収束波面の時に近視が進行する。
【0016】
もしそうならば、逆に発散波面が網膜に入射する状況を作れば、近視進行を抑制することができる(観点2)。実際に特許文献1では、眼鏡レンズに第2の屈折領域を設け、第1の屈折領域を通過する光束が収束する焦点とは別に、第2の屈折領域を通過する光束を網膜の手前にて収束させている。第2の屈折領域を通過する光束が網膜の手前にて収束するということは、網膜に対しては発散波面が入射されることを意味する。
【0017】
上記観点1及び観点2に基づけば、網膜に発散光束を入射させつつ、所定の眼球調節量当たりの光斑の大きさ(又は光量密度)の変化を大きくすべく、該発散光束の発散度を大きくすることが、近視進行抑制効果の向上につながる。
【0018】
発散光束の発散度を大きくするには、特許文献1でいうところの凸状領域のサイズ(例:直径)又は屈折力(パワー)を大きくすればよい。
【0019】
その一方、凸状領域のサイズを大きくすると、その分、特許文献1でいうところの第1の屈折領域(処方度数を実現するベース領域)が占める面積が小さくなる。これは、眼鏡レンズの装用感の低下につながる。
【0020】
本発明の一実施例は、眼鏡レンズの装用感は維持しつつ近視進行抑制効果を向上させる技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明者は上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った。以下、鋭意検討の際の考察を述べる。
【0022】
処方度数の眼鏡レンズと眼球を合わせて一つの光学系と考える。
無限遠方物体からの入射光束においてベース領域を通過する光束は、網膜上の位置Aに集光する。
該入射光束において凸状領域を通過する光束は、網膜上の位置Aに発散光として入射し、網膜上にて光斑を形成する。
なお、凸状領域(更に広義にはデフォーカス領域という。詳しくは後述。)は、レンズ表面上の突起する部分を指す場合と、表面上突起がなくても、網膜上の位置Aに発散光として入射し網膜上にて光斑を形成する場合とを含む。
【0023】
図1は、処方度数の眼鏡レンズと眼球を合わせて一つの光学系と考えた場合において、無限遠方物体からの入射光束が、眼鏡レンズの1つの凸状領域を通過して網膜上に入射する様子を示す概略側面図である。
【0024】
仮に処方度数の眼鏡レンズと眼球を合わせた光学系の屈折力[単位:D]をP
eyeとすると、その焦点距離はf
eye=1/P
eyeである。そのうえで、仮に凸状領域が平面視で円形領域且つ軸回転対称の形状とし、円形領域の中心からh
0だけ離れた点Bでのプリズム偏角[単位:ラジアン](以降、単に「偏角」とも称する。)をδ
0とすると、凸状領域上の点Bを通過して網膜に入射する光束の像面上の高さh
1は、収差を考慮しない近軸計算(近軸近似)で以下の[数1]の通りとなる。h
1が大きいということは、
図1に示すように、網膜上の光斑が大きいことを意味し、発散光束の発散度が大きいことを意味する。
【数1】
【0025】
つまり、偏角δ0が大きいほど高さh1の絶対値が大きい。凸状領域の少なくとも一部において屈折力の変動がある場合、すなわち少なくとも一部が非球面形状である場合、上の偏角δ0は一定値ではない。その場合、凸状領域によりもたらされる偏角δ0の最大値(すなわちδ0max)が網膜上の光斑の半径を決める。δ0maxを大きくするには、網膜上の位置Aから手前側にデフォーカスさせる度合いを大きくするのが効果的であり、そのためには屈折力を増加させるのが効果的である。
【0026】
上記考察の内容を基に、本発明者は凸状領域について鋭意検討し、凸状領域を包含する概念としてデフォーカス領域という表現を採用し、以下の各態様を想到した。
本発明の第1の態様は、
物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼を介して網膜上の位置Aに収束させるベース領域と、
前記ベース領域と接するデフォーカス領域であって、前記デフォーカス領域の少なくとも一部を通過する光束が発散光として位置Aに入射する性質を持つ複数のデフォーカス領域と、を備え、
前記デフォーカス領域の少なくとも一部においては、中央部から周辺部に向かう方向に屈折力が増加する、眼鏡レンズである。
【0027】
本発明の第2の態様は、第1の態様に記載の態様であって、
前記デフォーカス領域を通過して眼鏡レンズから射出する光は、前記デフォーカス領域の中央部と同等の焦点距離を有する球面レンズに対して正の球面収差が付加された仮想レンズを通過した光と同じ状態である。
【0028】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様に記載の態様であって、
発散光として位置Aに入射する際の光斑の最大光量密度は、位置Aに比べ、位置Aよりも物体側の位置の方が高くなる。
【0029】
本発明の第4の態様は、第1~第3のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記デフォーカス領域の中央部の屈折力は、前記ベース領域の屈折力よりプラスの値である。
【0030】
本発明の第5の態様は、第1~第4のいずれかの態様に記載の態様であって、
前記眼鏡レンズは近視進行抑制レンズである。
【0031】
上記の態様に対して組み合わせ可能な本発明の他の態様は以下の通りである。
【0032】
デフォーカス領域は凸状領域である。
【0033】
凸状領域の平面視での配置の一例としては、各凸部領域の中心が正三角形の頂点となるよう各々独立して離散配置(ハニカム構造の頂点に各凸状領域の中心が配置)する例が挙げられる。
【0034】
中央部から周辺部に向かう方向に屈折力を増加させる際、凸状領域の平面視の中心から周辺部(根元)まで屈折力を増加させてもよいし、中心を外して(即ち中心から所定距離離れたところから)屈折力を増加させてもよい。また、増加の態様は、単調増加でもよいし、そうでなくともよい。屈折力の増加量には限定は無いが、例えば1.0~8.0Dの範囲であってもよいし、中央部の屈折力の1.1~3.0倍にまで屈折力を増加させてもよい。
【0035】
凸状領域の直径は、0.6~2.0mm程度が好適である。凸状領域の突出高さ(突出量)は、0.1~10μm程度、好ましくは0.7~0.9μm程度が好適である。凸状領域の中央部の屈折力は、凸状領域が形成されていない領域の屈折力よりも、2.00~5.00ディオプター程度大きくなるように設定されることが好適である。凸状領域の周辺部の最も屈折力の大きい部分は、凸状領域が形成されていない領域の屈折力よりも3.50~20ディオプター程度大きくなるように設定されることが好適である。
【発明の効果】
【0036】
本発明の一実施例によれば、眼鏡レンズの装用感は維持しつつ近視進行抑制効果を向上させる技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】
図1は、処方度数の眼鏡レンズと眼球を合わせて一つの光学系と考えた場合において、無限遠方物体からの入射光束が、眼鏡レンズの1つの凸状領域を通過して網膜上に入射する様子を示す概略側面図である。
【
図2】
図2は、処方度数の眼鏡レンズと眼球を合わせて一つの光学系と考えた場合において、無限遠方物体からの入射光束が、本発明の一態様の眼鏡レンズの複数の凸状領域の各々を通過して網膜上に入射する様子を示す概略側面図である。
【
図3】
図3(a)は、瞳孔径内に凸状領域がハニカム構造で離散配置された様子を示す概略平面図であり、
図3(b)は、そのうち3個の凸状領域を拡大した概略平面図である。
【
図4】
図4は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、偏角δ[分]をY軸としたときの実施例1のプロットである。
【
図5】
図5は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、断面パワーP[D]をY軸としたときの実施例1のプロットである。
【
図6】
図6は、視角[分]をX軸、PSFの値(光量密度)をY軸としたときの実施例1のプロットである。
【
図7】
図7は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、偏角δ[分]をY軸としたときの実施例2のプロットである。
【
図8】
図8は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、断面パワーP[D]をY軸としたときの実施例2のプロットである。
【
図9】
図9は、視角[分]をX軸、PSFの値(光量密度)をY軸としたときの実施例2のプロットである。
【
図10】
図10(a)は、瞳孔径内に凸状領域がハニカム構造で離散配置された様子を示す概略平面図であり、
図10(b)は、そのうち3個の凸状領域を拡大した概略平面図である。
【
図11】
図11は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、偏角δ[分]をY軸としたときの実施例3のプロットである。
【
図12】
図12は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、断面パワーP[D]をY軸としたときの実施例3のプロットである。
【
図13】
図13は、視角[分]をX軸、PSFの値(光量密度)をY軸としたときの実施例3のプロットである。
【
図14】
図14は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、偏角δ[分]をY軸としたときの実施例4のプロットである。
【
図15】
図15は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、断面パワーP[D]をY軸としたときの実施例4のプロットである。
【
図16】
図16は、視角[分]をX軸、PSFの値(光量密度)をY軸としたときの実施例4のプロットである。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明の実施形態について述べる。以下における図面に基づく説明は例示であって、本発明は例示された態様に限定されるものではない。本明細書に記載の無い内容は、特許文献1、特許文献1に記載の無い内容(特に製造方法に関する内容)はWO2020/004551号公報の記載が全て記載されているものとする。特許文献1の記載内容と該公報の記載内容に齟齬がある場合は該公報の記載を優先する。
【0039】
本明細書で挙げる眼鏡レンズは、物体側の面と眼球側の面とを有する。「物体側の面」とは、眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に物体側に位置する表面であり、「眼球側の面」とは、その反対、すなわち眼鏡レンズを備えた眼鏡が装用者に装用された際に眼球側に位置する表面である。この関係は、眼鏡レンズの基礎となるレンズ基材においても当てはまる。つまり、レンズ基材も物体側の面と眼球側の面とを有する。
【0040】
<眼鏡レンズ>
本発明の一態様に係る眼鏡レンズは、以下の通りである。「物体側の面から入射した光束を眼球側の面から出射させ、眼を介して網膜上の位置Aに収束させるベース領域と、
前記ベース領域と接するデフォーカス領域であって、前記デフォーカス領域の少なくとも一部を通過する光束が発散光として位置Aに入射する性質を持つ複数のデフォーカス領域と、を備え、
前記デフォーカス領域の少なくとも一部においては、中央部から周辺部に向かう方向に屈折力が増加する、眼鏡レンズ。」
【0041】
ベース領域とは、装用者の処方度数を実現可能な形状の部分であり、特許文献1の第1の屈折領域に対応する部分である。
【0042】
デフォーカス領域とは、その領域の中の少なくとも一部がベース領域による集光位置には集光させない領域である。本発明の一態様における凸状領域は、デフォーカス領域に包含される。凸状領域とは、特許文献1の微小凸部に該当する部分である。本発明の一態様に係る眼鏡レンズは、特許文献1に記載の眼鏡レンズと同様、近視進行抑制レンズである。特許文献1の微小凸部と同様、本発明の一態様に係る複数の凸状領域は、眼鏡レンズの物体側の面及び眼球側の面の少なくともいずれかに形成されればよい。本明細書においては、眼鏡レンズの物体側の面のみに複数の凸状領域を設けた場合を主に例示する。
【0043】
デフォーカス領域が発揮するデフォーカスパワーは、各デフォーカス領域の屈折力と、各デフォーカス領域以外の部分の屈折力との差を指す。別の言い方をすると、『デフォーカスパワー』とは、デフォーカス領域の所定箇所の最小屈折力と最大屈折力の平均値からベース部分の屈折力を差し引いた差分である。
【0044】
本発明の一態様における凸状領域は、凸状領域の少なくとも一部を通過する光束が発散光として網膜上の位置Aに入射する性質を持つ。「発散光」とは、本発明の課題の欄で述べた発散光束(発散波面を有する光束)のことである。凸状領域のどの部分を光束が通過しても光束が発散光として網膜上の位置Aに入射してもよいし、凸状領域の一部を光束が通過した場合に光束が発散光として網膜上の位置Aに入射してもよい。
【0045】
そのうえで、凸状領域においては、中央部から周辺部に向かう方向に屈折力を増加させる。手段の欄で述べたように、δ0maxを大きくするには、凸状領域において屈折力を増加させるのが効果的である。そして、凸状領域を無理のない形状としたまま本発明の課題を解決すべく、中央部から周辺部に向かう方向に屈折力を増加させる構成を採用したのが本発明の一態様である。
【0046】
本明細書における「屈折力」は、屈折力が最小となる方向aの屈折力と、屈折力が最大となる方向b(方向aに対して垂直方向)の屈折力との平均値である平均屈折力を指す。中央部の屈折力とは、例えば、本発明の一態様のように凸状領域が小玉状のセグメントである場合、平面視の中心における頂点屈折力のことを指す。
【0047】
なお、中央部とは、凸状領域の平面視の中心(若しくは重心。以降、重心の記載は省略。)又はその近傍の部分を指す。以降、凸状領域において「平面視」の記載は省略し、特記しない場合は平面視形状を意味する。周辺部とは、凸状領域におけるベース領域との境界(凸状領域の根元)の近傍の部分を指す。つまり、本発明の一態様の凸状領域の根元部分に近づくほど凸状領域の曲率が大きくなる。これにより、δ0maxを大きくできる。
【0048】
本明細書において「中央部から周辺部に向かう方向」とは、凸状領域の平面視の中心から根元に向かう方向すなわち径方向のことを指す。
【0049】
以上の各構成を採用することにより、凸状領域のサイズを大きくせずとも、網膜に発散光束を入射させつつ、該発散光束の発散度を大きくできる。その結果、眼鏡レンズの装用感は維持しつつ近視進行抑制効果を向上させられる。
【0050】
<眼鏡レンズの好適例及び変形例>
本発明の一態様における眼鏡レンズの好適例及び変形例について、以下に述べる。
【0051】
凸状領域の平面視形状としては円形領域を挙げたが、本発明はそれに限定されず、楕円領域でも構わない。その他の形状の領域(例えば矩形)でも構わないが、該形状に起因して意図しない収差が生じたり迷光が生じたりする可能性もあるため、円形領域又は楕円領域が好ましい。
【0052】
中央部から周辺部に向かう方向に屈折力を増加させる際、凸状領域の平面視の中心から周辺部(根元)まで屈折力を増加させてもよいし、中心を外して(即ち中心から所定距離離れたところから)屈折力を増加させてもよい。また、増加の態様は、単調増加でもよいし、そうでなくともよい。屈折力の増加量には限定は無いが、例えば1.0~8.0Dの範囲であってもよいし、中央部の屈折力の1.1~3.0倍にまで屈折力を増加させてもよい。
【0053】
中央部から周辺部に向かう方向に屈折力を増加させることは、該方向に進むに従って正の球面収差の付加量を大きくするとも言える。この観点から、以下の構成を採用するのが好ましい。
【0054】
凸状領域を通過して眼鏡レンズから射出する光は、凸状領域の中央部と同等の焦点距離を有する球面レンズに対して正の球面収差が付加された仮想レンズを通過した光と同じ状態であるのが好ましい。
【0055】
本発明の一態様における眼鏡レンズならば、網膜上の位置Aに入射される発散光束の発散度を大きくできるため、所定の眼球調節量当たりの光斑の大きさ(又は光量密度)の変化を大きくできる。この観点から、以下の構成を採用するのが好ましい。
【0056】
発散光として位置Aに入射する際の光斑の最大光量密度は、位置Aに比べ、位置Aよりも物体側の位置の方が高くなるのが好ましい。これは、凸状領域を通過する光束が発散光であることを意味する。
【0057】
凸状領域の中央部の屈折力には限定は無い。凸状領域の中央部の屈折力は、ベース領域の屈折力と同じであってもよいが、ベース領域の屈折力よりプラスの値であるのが好ましい。なお、凸状領域全体が非球面の曲面形状である場合、凸状領域の中心における屈折力(最小屈折力と最大屈折力の平均値)が、ベース領域の屈折力よりプラスの値であるのが好ましい。
【0058】
この構成を採用したうえで中央部から周辺部に向かう方向に屈折力を増加させれば、中央部の屈折力がもともと高く設定されているため、周辺部だと屈折力をより大きくできる。その結果、δ0maxを大きくでき、高さh1を大きくでき、発散光束の発散度を大きくできる。
【0059】
中央部から周辺部に向かう方向に屈折力が増加するのは凸状領域全体であってもよいし、凸状領域の一部のみでもよい。凸状領域の一部のみの場合、凸状領域の中央部を包囲する周辺部であってもよいし、該周辺部の一部のみであってもよい。例えば、凸状領域の根元の手前までの円環状の周辺部では屈折力を増加させる一方で、根元近傍の円環状の周辺部では屈折力を一定又は減少させてもよい。
【0060】
いずれにせよ、凸状領域の少なくとも一部にて中央部から周辺部に向かう方向に屈折力を増加させれば、δ0maxを大きくでき、高さh1を大きくでき、発散光束の発散度を大きくできる。但し、周辺部全体において屈折力を増加させれば、周辺部の一部のみで屈折力を増加させる場合に比べ、自ずとδ0maxは大きくしやすいので好ましい。周辺部全体において屈折力を増加させる場合、周辺部とベース領域との間の境界は、ベース領域から度数が変化開始した部分とする。
【0061】
凸状領域の立体形状は、少なくとも根元において屈折力が増加する非球面形状を採用していれば限定は無い。更に言うと、発散波面を網膜に入射する状況を発生させられれば、凸状領域の立体形状に限定は無い。本発明の一態様のように凸状領域が曲面で構成されてもよいし、曲面以外の不連続な面により構成されてもよい。
【0062】
例えば、凸状領域の中央部を球面形状としつつそれ以外の部分を非球面の曲面形状としてもよい。この場合、球面形状から非球面の曲面形状に変化する箇所が中央部と周辺部との境界になる。
【0063】
もちろん、凸状領域全体を非球面の曲面形状としてもよい。凸状領域全体を非球面の曲面形状にする場合、平面視の半径の1/3~2/3の部分に中央部と周辺部との境界を設けても構わない。
【0064】
但し、本発明は上記各形状には限定されない。その理由について、以下、説明する。
【0065】
発散波面を網膜に入射する状況を発生させるのは球面の凸状領域に限らず、様々な面形状の凸状領域があり得る。近視抑制効果が最適になる表面を設計すればよい。但し、そのためには、適切な近視進行抑制効果の評価方法が必要になる。
【0066】
近視進行抑制効果の評価方法として、調節量の変化に対する網膜上の光斑の面積又は半径の変化率、及び又は調節量の変化に対する網膜上の光斑の(平均又は最大)光量密度の変化率とすることが考えられる。本発明の手段の欄で挙げた[数1]から、網膜上の光斑の直径R
PSF、光斑の面積S
PSFは以下のように求まる。
【数2】
【数3】
【0067】
なお、PSFは、点拡がり関数(Point Spread Function)のことであり、光線追跡法を採用することにより得られるパラメータである。PSFは点光源から発射した多数の光線を追跡し、任意の面上の光斑の光量密度を計算することで得られる。そして、複数の任意の面のPSFを比較して、複数の任意の面の内、最も光線が集光する位置(面)を特定する。なお、光線の直径は瞳孔径に基づいて設定すればよく、例えば4mmφとしてもよい。
【0068】
物体を見るとき人間の眼の屈折力は一定ではなく、絶えず調節微動して最適なピント位置を探している。凸状領域の光斑も調節微動によってサイズが変化する。例えば眼球が調節して、眼鏡レンズと眼球を合わせた光学系の屈折力が、P
eyeに調節の分の屈折力Aを足し合わせた値になったとすると、[数2][数3]は以下の[数4][数5]のように表される。
【数4】
【数5】
【0069】
光斑の半径の変化率は、[数4]の導関数を求め、A=0を代入すると、以下の式として得られる。
【数6】
【0070】
光斑の面積の変化率は、[数5]の導関数を求め、A=0を代入すると、以下の式として得られる。
【数7】
【0071】
上記面積に関する式は、凸状領域による光斑が円形の場合の式である。凸状領域の形状によって、光斑がリング状や他の形状に分布することもあり得るが、その場合の式は光斑の形状に応じて設定すればよい。光量密度の式も、凸状領域の形状設計に応じ、個別に設定すればよい。
【0072】
個々の形状設計によって、最大偏角δ0maxが異なるし、網膜上光斑の大きさ、光量分布も異なる。光量密度も様々な考え方がある。特許文献1の場合、微小凸部の形状が球面で、収差を考えない場合、網膜上光斑は円形で光量は均等分布するため、光量密度を算出しやすい。他の表面形状の凸状領域だと、特許文献1の場合に比べ、網膜上の光斑形状が変わるし、光量が均等分布でなくなることもあり得る。その一方、光斑面積の調節に対する変化率はそのまま求められる。そして、光量密度に関しては、例えば光斑全体の平均光量密度、又は光斑内の最大光量密度などを求め、その調節に対する変化率を近視進行抑制効果の評価指数としてもよい。
【0073】
上記の近視進行抑制効果の評価方法を採用すれば、近視抑制効果が最適になる表面を設計できる。これは、様々な面形状の凸状領域を採用したうえで、そのときの近視進行抑制効果を適切に評価できることを意味する。その結果、凸状領域の面形状の限定は無くなる。
【0074】
また、発散波面が網膜に入射する状況を発生させる際、瞳孔径の範囲内に配置される凸状領域の数や配置には限定は無い。その理由について、以下、説明する。
【0075】
図2は、処方度数の眼鏡レンズと眼球を合わせて一つの光学系と考えた場合において、無限遠方物体からの入射光束が、本発明の一態様の眼鏡レンズの複数の凸状領域の各々を通過して網膜上に入射する様子を示す概略側面図である。
【0076】
図2に示すように、瞳孔径の範囲内に凸状領域が複数配置される場合、それぞれ網膜上に有限サイズの光斑を形成する。個々の凸状領域が眼鏡レンズの表面に沿って配置する場合、全体的にプリズムが生じることなく、配置位置を通過する主光線は凸領域がない場合の眼鏡レンズの該当位置の光線に一致し、網膜上の像に集まる。
【0077】
従って、この場合は全ての凸状領域の光斑の中心位置が一致し、複像が見えることはない。また、全ての凸状領域の表面形状が同一であれば、光斑が網膜上完全に一致して重なる。調節のための屈折力Aを加えた場合、各光斑の中心が各主光線に沿ってずれて重なる。ずれ量は凸領域の間隔に比例する。
【0078】
全ての凸領域の光斑がずれながら足し合わせて形成した光斑のサイズ、面積の調節による変化率、及び又は光量密度の平均値又は最大値などの調節による変化率を計算して、近視抑制効果の評価をすればよい。
【0079】
<眼鏡レンズの一具体例>
複数の凸状領域の配置の態様は、特に限定されるものではなく、例えば、凸状領域の外部からの視認性、凸状領域によるデザイン性付与、凸状領域による屈折力調整等の観点から決定できる。
【0080】
レンズ中心の周囲に周方向及び径方向に等間隔に、略円形状の凸状領域が島状に(すなわち、互いに隣接することなく離間した状態で)配置されてもよい。凸状領域の平面視での配置の一例としては、各凸部領域の中心が正三角形の頂点となるよう各々独立して離散配置(ハニカム構造の頂点に各凸状領域の中心が配置)する例が挙げられる。
【0081】
但し、本発明の一態様は特許文献1に記載の内容に限定されない。つまり、凸状領域が互いに隣接することなく離間した状態であることに限定されず、互いに接触しても構わないし、数珠つなぎのように非独立での配置を採用してもよい。
【0082】
各々の凸状領域は、例えば、以下のように構成される。凸状領域の直径は、0.6~2.0mm程度が好適である。凸状領域の突出高さ(突出量)は、0.1~10μm程度、好ましくは0.7~0.9μm程度が好適である。凸状領域の中央部の屈折力は、凸状領域が形成されていない領域の屈折力よりも、2.00~5.00ディオプター程度大きくなるように設定されることが好適である。凸状領域の周辺部の最も屈折力の大きい部分は、凸状領域が形成されていない領域の屈折力よりも3.50~20ディオプター程度大きくなるように設定されることが好適である。
【0083】
レンズ基材は、例えば、チオウレタン、アリル、アクリル、エピチオ等の熱硬化性樹脂材料によって形成されている。なお、レンズ基材を構成する樹脂材料としては、所望の屈折度が得られる他の樹脂材料を選択してもよい。また、樹脂材料ではなく、無機ガラス製のレンズ基材としてもよい。
【0084】
ハードコート膜は、例えば、熱可塑性樹脂又はUV硬化性樹脂を用いて形成されている。ハードコート膜は、ハードコート液にレンズ基材を浸漬させる方法や、スピンコート等を使用することにより、形成することができる。このようなハードコート膜の被覆によって、眼鏡レンズの耐久性向上が図れるようになる。
【0085】
反射防止膜は、例えば、ZrO2、MgF2、Al2O3等の反射防止剤を真空蒸着により成膜することにより、形成されている。このような反射防止膜の被覆によって、眼鏡レンズを透した像の視認性向上が図れるようになる。
【0086】
上述したように、レンズ基材の物体側の面には、複数の凸状領域が形成されている。従って、その面をハードコート膜及び反射防止膜によって被覆すると、レンズ基材における凸状領域に倣って、ハードコート膜及び反射防止膜によっても複数の凸状領域が形成されることになる。
【0087】
眼鏡レンズの製造にあたっては、まず、レンズ基材を、注型重合等の公知の成形法により成形する。例えば、複数の凹部が備わった成形面を有する成形型を用い、注型重合による成形を行うことにより、少なくとも一方の表面に凸状領域を有するレンズ基材が得られる。
そして、レンズ基材を得たら、次いで、そのレンズ基材の表面に、ハードコート膜を成膜する。ハードコート膜は、ハードコート液にレンズ基材を浸漬させる方法や、スピンコート等を使用することにより、形成することができる。
ハードコート膜を成膜したら、更に、そのハードコート膜の表面に、反射防止膜を成膜する。ハードコート膜は、反射防止剤を真空蒸着により成膜することにより、形成することができる。
このような手順の製造方法により、物体側に向けて突出する複数の凸状領域を物体側の面に有する眼鏡レンズが得られる。
【0088】
以上の工程を経て形成される被膜の膜厚は、例えば0.1~100μm(好ましくは0.5~5.0μm、更に好ましくは1.0~3.0μm)の範囲としてもよい。ただし、被膜の膜厚は、被膜に求められる機能に応じて決定されるものであり、の例示した範囲に限定されるものではない。
【0089】
被膜の上には、更に一層以上の被膜を形成することもできる。そのような被膜の一例としては、反射防止膜、撥水性又は親水性の防汚膜、防曇膜等の各種被膜が挙げられる。これら被膜の形成方法については、公知技術を適用できる。
【実施例】
【0090】
次に実施例を示し、本発明について具体的に説明する。もちろん本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0091】
<実施例1>
以下の眼鏡レンズを作製した。なお、眼鏡レンズはレンズ基材のみからなり、レンズ基材に対する他物質による積層は行っていない。処方度数としてS(球面度数)は0.00Dとし、C(乱視度数)は0.00Dとした。
・レンズ基材の平面視での直径:100mm
・レンズ基材の種類:PC(ポリカーボネート)
・レンズ基材の屈折率:1.589
・レンズ基材のベース領域の屈折力:0.00D
・凸状領域の形成面:物体側の面
・凸状領域が形成された範囲:レンズ中心から半径20mmの円内(但しレンズ中心から半径3.8mmの円を内接円とする正六角形状の領域は除く)
・凸状領域の平面視での形状:正円(直径1.2mm)
・凸状領域の中央部の直径:0.3mm
・凸状領域の中心での屈折力:ベース領域の屈折力と同じ
・凸状領域の根元(ベース領域との境界近傍)での偏角:7.22分(凸状領域が球面の場合屈折力3.5D相当)。なお、この偏角に対応する屈折力Pは、P=dδ/dr[δの単位はラジアン(但し以降は単位を省略することもある。図中は分で表示。)]で求めることができる。
・凸状領域の平面視での配置:各凸状領域の中心が正三角形の頂点となるよう各々独立して離散配置(ハニカム構造の頂点に各凸状領域の中心が配置)
・各凸状領域間のピッチ(凸状領域の中心間の距離):1.4mm
・瞳孔径内の凸状領域の数:7個
なお、ここでのPSFでは近軸近似を採用しているため眼球モデルは使用しなかった。
以降、特記無い限り、上記条件を採用する。但し、本発明は上記各条件に限定されない。
【0092】
図3(a)は、瞳孔径内に凸状領域がハニカム構造で離散配置された様子を示す概略平面図であり、
図3(b)は、そのうち3個の凸状領域を拡大した概略平面図である。
図4は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、偏角δ[分]をY軸としたときの実施例1のプロットである。
図5は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、断面パワーP[D]をY軸としたときの実施例1のプロットである。
図6は、視角[分]をX軸、PSFの値(光量密度)をY軸としたときの実施例1のプロットである。
【0093】
視角は、注視線以外の物体点と眼球入射瞳をつなぐ直線と注視線との角度である。その物体点の網膜上の像と網膜上中心窩からの距離は、視角に比例する。従って、PSFの横軸は、網膜上位置の代わりに視角とすることがよくある。
【0094】
図4に示すプロットは偏角曲線である。実施例1では凸状領域の中央部はベース領域の屈折力と同じ0.00Dとしており、中央部である直径0.3mmの領域内では偏角曲線の勾配はゼロである。その一方、0.3mm半径以上の領域は、偏角が徐々に増加し、ベース領域との境界部でδ
0maxに達する。その関数は以下の[数8]で表される。
【数8】
である。
図5に示すプロットは断面パワーである。これは偏角曲線の勾配(導関数)であり、以下の[数9]で表される。
【数9】
[数8][数9]は、中央部と周辺部との境界から、周辺部とベース領域との境界にかけて屈折力が増加していることを示している。境界部(r=0.6mm)のパワーは9.33Dである。
【0095】
図6に示すように、視角間14.44分の間にて、視角ゼロだと光量密度が非常に高くなっている。視角ゼロでの光量密度は、直径0.3mmの凸状領域の中央部における光束により形成される。この領域は、凸部領域以外のベース領域と共に、処方度数を実現し、網膜上の位置Aに像を形成している。
【0096】
<実施例2>
以下の点で実施例1とは異なる眼鏡レンズを作製した。以下の点以外は実施例1と同様とした。
・凸状領域の中央部の直径:0.6mm
・凸状領域の中心での屈折力:ベース領域の屈折力+2.50D
【0097】
図7は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、偏角δ[分]をY軸としたときの実施例2のプロットである。
図8は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、断面パワーP[D]をY軸としたときの実施例2のプロットである。
図9は、視角[分]をX軸、PSFの値(光量密度)をY軸としたときの実施例2のプロットである。
【0098】
図7と
図8に示すように、実施例2では凸状領域の中央部はベース領域の屈折力+2.50Dとしており、周辺部では勾配が増加している。偏角の変化関数と断面パワーの変化関数は、それぞれ以下の[数10][数11]で表される。
【数10】
【数11】
[数10][数11]は、中央部と周辺部との境界から、周辺部とベース領域との境界にかけて屈折力が増加していることを示している。境界部(r=0.6mm)のパワーは8.72Dである。
【0099】
図9に示すように、視角間14.44分の間にて、中央部5.16分の間は、光量密度が均一に分布していて、その外側光量密度が多少低下している。凸状領域を中心から周辺に向かい屈折力が増加する非球面にすることで、周辺部で大きく光が分散され光斑が大きくなり、調節微動の際に光斑のサイズが大きく変化し、近視進行抑制効果がもたらされる。
【0100】
なお、実施例1と実施例2を比べたとき、実施例1の凸状領域中央部がベース領域と同じ度数で、近視進行抑制機能がなく、それ以外の部分が近視進行抑制機能を発揮しているのに対し、実施例2では凸状領域の全領域で近視進行抑制機能を発揮している。
【0101】
<実施例3>
以下の点で実施例1とは異なる眼鏡レンズを作製した。以下の点以外は実施例1と同様とした。
・凸状領域の平面視での形状:正円(直径0.7mm)
・凸状領域の中央部の直径:0.2mm
・凸状領域の根元(ベース領域との境界近傍)での偏角δ0max:7.22分(凸状領域が球面の場合屈折力+6.00D相当)
・各凸状領域間のピッチ(凸状領域の中心間の距離):0.825mm
・瞳孔径内の凸状領域の数:19個
【0102】
図10(a)は、瞳孔径内に凸状領域がハニカム構造で離散配置された様子を示す概略平面図であり、
図10(b)は、そのうち3個の凸状領域を拡大した概略平面図である。
図11は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、偏角δ[分]をY軸としたときの実施例3のプロットである。
図12は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、断面パワーP[D]をY軸としたときの実施例3のプロットである。
図13は、視角[分]をX軸、PSFの値(光量密度)をY軸としたときの実施例3のプロットである。
【0103】
図11、
図12に示すように、実施例3では凸状領域の中央部はベース領域の屈折力(ゼロ)としており、中央部の外側では勾配が増加している。偏角の変化関数と断面パワーの変化関数は、それぞれ以下の[数12][数13]で表される。
【数12】
【数13】
境界部(r=0.6mm)のパワーは16.8Dである。
【0104】
図13に示すように、視角間14.44分の間にて、視角ゼロだと光量密度が非常に高くなっており、実施例3の眼鏡レンズならば物体を良好に視認できる。それと共に、
図10に示すように、視角の絶対値が大きい部分でも光量密度が増加している。これは、発散光に起因する光量密度である。視角ゼロ以外の視角にて光量密度を確保することにより、近視進行抑制効果がもたらされる。
実施例3では、凸状領域が小さく、間隔の狭いので、瞳孔内に数多く入るため、視線移動による揺らぎが少なく、眼鏡の装用感がいい。
【0105】
<実施例4>
・凸状領域の平面視での形状:正円(直径0.7mm)
・凸状領域の中央部の直径:0.2mm
・凸状領域の根元(ベース領域との境界近傍)での偏角δ0max:7.22分(凸状領域が球面の場合屈折力+6.00D相当)
・各凸状領域間のピッチ(凸状領域の中心間の距離):0.825mm
・瞳孔径内の凸状領域の数:19個
【0106】
図14は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、偏角δ[分]をY軸としたときの実施例4のプロットである。
図15は、凸状領域の中心からの半径位置[mm]をX軸、断面パワーP[D]をY軸としたときの実施例4のプロットである。
図16は、視角[分]をX軸、PSFの値(光量密度)をY軸としたときの実施例4のプロットである。
【0107】
図14、
図15に示すように、実施例4では凸状領域の中心から周辺に向けて持続的に勾配が増加している。偏角の変化関数と断面パワーの変化関数は、それぞれ以下の[数14][数15]で表される。
【数14】
【数15】
境界部(r=0.6mm)のパワーは9.5Dである。
【0108】
図16に示すように、視角間14.44分の間にて、光量密度(PSF)は中心から周辺に向けて減少している。大きな視角範囲にて光量密度を確保することにより、近視進行抑制効果がもたらされる。
実施例4では、凸状領域が小さく、間隔の狭いので、瞳孔内に数多く入るため、視線移動による揺らぎが少なく、眼鏡の装用感がいい。
【0109】
以上の実施例のPSF計算は、眼鏡と眼球モデルを一つの理想光学系として扱い、光線もすべて近軸近似で計算している。実際の眼球光学系は収差を持っていて、状況がより複雑になっているが、基本的な関係、例えば、網膜に発散光が入射されている場合、調節微動で大きさの変化方向など、は大きく変わらない。
【0110】
図17は、PSF計算の説明図である。
詳しく言うと、
図17(a)は、入射瞳の中心(すなわち眼鏡レンズ上の中心)からの半径位置rをX軸、偏角δをY軸としたときにr増加に対してδが単調増加する説明用プロットである。
図17(b)と
図17(c)は凸状領域に入射する光量密度と網膜上光斑の光量密度の関係を導き出すための図である。
【0111】
図17(b)において、仮に入射瞳(凸状領域)の均等分布光量の光量密度がeとすると、位置rにおけるdr範囲の環状領域の面積は2πrdrとなり、その領域内の光量は2πredrとなる。
図17(c)において、位置rにおける偏角座標系で位置δにおけるdδ範囲のリングの面積は2πδdδなので、光量密度は(2πredr)/(2πδdδ)=e×r/(δ(dδ/dr))となる。
その結果、PSFは以下の式で表される。
【数16】