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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-14
(45)【発行日】2024-05-22
(54)【発明の名称】クランクシャフト及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 3/06 20060101AFI20240515BHJP
   C23C 8/26 20060101ALI20240515BHJP
【FI】
F16C3/06
C23C8/26
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022503319
(86)(22)【出願日】2021-02-19
(86)【国際出願番号】 JP2021006247
(87)【国際公開番号】W WO2021172177
(87)【国際公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-06-27
(31)【優先権主張番号】P 2020029228
(32)【優先日】2020-02-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】安部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】大川 暁
(72)【発明者】
【氏名】祐谷 将人
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-019396(JP,A)
【文献】国際公開第2019/098340(WO,A1)
【文献】特開2001-232546(JP,A)
【文献】特開2009-275645(JP,A)
【文献】特開2003-277882(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 3/06
C23C 8/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジャーナル部及びピン部を有するクランクシャフトであって、
鉄及び窒素を含有する化合物層を表面に備え、
前記化合物層は、前記ジャーナル部及びピン部の各々において、表面から深さ3.0μmまでの領域及び前記化合物層の全厚さ領域のうちの薄い方の領域の空隙面積率が10.0%以下であり、
前記ジャーナル部及びピン部の各々は、断面曲線の算術平均高さPaが0.090μm以下である表面形状を有し、
前記化合物層中のε相の割合が断面面積率で80%以上である、クランクシャフト。
【請求項2】
請求項1に記載のクランクシャフトであって、
前記化合物層の硬さがHV500~HV1000である、クランクシャフト。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のクランクシャフトであって、
前記化合物層は、前記ジャーナル部及びピン部の各々において、1.0~50μmの厚さを有する、クランクシャフト。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のクランクシャフトを製造する方法であって、
クランクシャフトの中間品のジャーナル部及びピン部を研削する中間研削工程と、
前記中間研削工程後に、前記中間品のジャーナル部及びピン部をラッピングする中間ラッピング工程と、
前記中間ラッピング工程後に、前記中間品を窒化処理する窒化処理工程と、
前記窒化処理工程後に、前記中間品のジャーナル部及びピン部を研削する研削工程と、
前記研削工程後に、前記中間品のジャーナル部及びピン部を、アルミナ砥粒がコーティングされたフィルムを用いてラッピングする粗ラッピング工程と、
前記粗ラッピング工程後に、前記中間品のジャーナル部及びピン部を、ダイヤモンド砥粒がコーティングされたフィルムを用いてラッピングする仕上ラッピング工程とを備える、クランクシャフトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クランクシャフト及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クランクシャフトには、疲労強度や耐摩耗性の向上を目的として、窒化処理を施されて使用されるものがある。クランクシャフトの窒化処理としては、生産性に優れるガス窒化処理がよく用いられる。
【0003】
特開2018-70928号公報、国際公開第2018/066667号、及び特開2013-221203号公報には、窒化処理時の窒化ポテンシャルを制御することによって、鋼材の表面にγ’相からなる緻密な化合物層を形成することができ、これによって高疲労強度と曲げ矯正性とを両立できることが記載されている。
【0004】
特許第5898092号公報には、駆動カムの摺動面に軟窒化処理を施すことで硬化層及び化合物層を形成した後、化合物層を除去することで、硬化層が摺動面の表面に存在するようにする、駆動カムの製造方法が記載されている。
【0005】
クランクシャフトには、疲労強度や耐摩耗性に加えて、耐焼付性が要求される。従来から、摺動部品の表面形状を制御して耐焼付性を改善する提案がなされている。
【0006】
特開2017-218951号公報には、冷凍機械用圧縮機のクランク軸の表面粗さRaを0.05μm以下にすることが記載されている。国際公開第2016/072305号には、軸受と軸とからなる回転すべり軸受において、軸の表面粗さRaを0.10μm以下にすることが記載されている。特許第5199728号公報には、クランクシャフトのマルテンサイト層もしくは窒化物層の表面粗さを、ジャーナル軸受けの表面粗さよりも小さくすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2018-70928号公報
【文献】国際公開第2018/066667号
【文献】特開2013-221203号公報
【文献】特許第5898092号公報
【文献】特開2017-218951号公報
【文献】国際公開第2016/072305号
【文献】特許第5199728号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】ディーター・リートケほか著、「鉄の窒化と軟窒化」、アグネ技術センター、第23頁、第72頁、2011年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年、燃費改善を目的として潤滑油の低粘度化やクランクシャフトの摺動部の細軸化が進んでおり、クランクシャフトには、より優れた耐焼付性が求められている。
【0010】
本発明の目的は、耐焼付性に優れたクランクシャフト及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトは、ジャーナル部及びピン部を有するクランクシャフトであって、鉄及び窒素を含有する化合物層を表面に備え、前記化合物層は、前記ジャーナル部及びピン部の各々において、表面から深さ3.0μmまでの領域及び前記化合物層の全厚さ領域のうちの薄い方の領域の空隙面積率が10.0%以下であり、前記ジャーナル部及びピン部の各々は、断面曲線の算術平均高さPaが0.090μm以下である表面形状を有する。
【0012】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトの製造方法は、上記のクランクシャフトの製造方法であって、クランクシャフトの中間品のジャーナル部及びピン部を研削する中間研削工程と、前記中間研削工程後に、前記中間品のジャーナル部及びピン部をラッピングする中間ラッピング工程と、前記中間ラッピング工程後に、前記中間品を窒化処理する窒化処理工程と、前記窒化処理工程後に、前記中間品のジャーナル部及びピン部を研削する研削工程と、前記研削工程後に、前記中間品のジャーナル部及びピン部を、アルミナ砥粒がコーティングされたフィルムを用いてラッピングする粗ラッピング工程と、前記粗ラッピング工程後に、前記中間品のジャーナル部及びピン部を、ダイヤモンド砥粒がコーティングされたフィルムを用いてラッピングする仕上ラッピング工程とを備える。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐焼付性に優れたクランクシャフトが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、一般的なガス窒化処理が施された鋼材の表面近傍の構造を模式的に示す断面図である。
図2図2は、断面曲線の例である。
図3図3は、粗さ曲線の例である。
図4図4は、本発明の一実施形態によるクランクシャフトの概略図である。
図5図5は、図4のクランクシャフトの製造方法の一例を示すフロー図である。
図6図6は、焼付試験で使用した評価装置の模式図である。
図7図7は、図6の評価装置の軸受近傍の部分を模式的に示す図である。
図8図8は、試験軸に加えた面圧の時間変化の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
クランクシャフトの窒化処理は、耐摩耗性や疲労強度を向上させるために行われている。一方、窒化処理と耐焼付性との関係については、これまで十分な検討がなされていなかった。特に、窒化処理によって形成される化合物層と耐焼付性との関係については、空隙面積率の高い化合物層が油溜まりとなって耐焼付性の向上に寄与しているとも言われているものの(ディーター・リートケほか著、「鉄の窒化と軟窒化」、アグネ技術センター、第27頁、2011年)、系統的な調査は行われていなかった。
【0016】
図1は、一般的なガス窒化処理が施された鋼材の表面近傍の構造を模式的に示す断面図である。鋼材の表面には、厚さ数十μm程度の化合物層50が形成される。化合物層50の下側には、鋼材表面に窒素が拡散して形成された窒素拡散層60が形成される。また、化合物層50には、表面近傍に形成された空隙面積率の高いポーラス層51と、ポーラス層51と窒素拡散層60との間に形成された空隙面積率の低い緻密層52とが含まれる。
【0017】
化合物層50は、ε相(Fe2-3N)、γ’相(FeN)、及びα相(αFe)を含むことが知られている。なかでも、上記のようなポーラス層51を含む化合物層50は、ε相を主体とするものであることが知られている。前掲の特開2018-70928号公報及び国際公開第2018/066667号に記載されているように、窒化処理時の窒化ポテンシャルを制御することによって、γ’相を主体とする空隙の少ない化合物層を形成できることも知られている。
【0018】
本発明者らは、化合物層と耐焼付性との関係について詳細な検討を行った。具体的には、(1)ε相を主体とし、ポーラス層と緻密層とを含む化合物層を備えた鋼材、(2)ε相を主体とし、ポーラス層を除去して緻密層だけにした化合物層を備えた鋼材、(3)化合物層を除去して窒素拡散層を露出させた鋼材、及び(4)γ’相を主体とする化合物層を備えた鋼材のそれぞれに対し、耐焼付性の評価を行った。
【0019】
その結果、(1)及び(3)の鋼材よりも、(2)及び(4)の鋼材の方が優れた耐焼付性を示すことが分かった。このことから、化合物層がある方が耐焼付性の向上に有利であること、及び、化合物層の空隙面積率が低い方が耐焼付性の向上に有利であることが分かった。
【0020】
耐焼付性の向上には、化合物層が形成された摺動部の表面形状も重要である。本発明者らは、化合物層の表面近傍の空隙面積率を10.0%以下にし、さらに断面曲線の算術平均高さPaを0.090μm以下にすることで、窒化クランクシャフトの耐焼付性を従来よりも顕著に向上できることを明らかにした。
【0021】
上述した特開2017-218951号公報、国際公開第2016/072305号では、粗さ曲線の算術平均高さRa(以下「平均粗さRa」という。)を用いて表面形状を規定している。しかし、平均粗さRaによる規定には、以下のような問題がある。
【0022】
図2及び図3はそれぞれ、断面曲線及び粗さ曲線の例である。クランクシャフト等の工業製品の表面形状には、短周期成分(粗さ)に加えて、研削機の振動等に由来する長周期成分(うねり)が少なからず含まれている。平均粗さRaは、うねり成分を高域フィルタで除いた粗さ曲線(図3)に基づくため、実際の表面形状を正確に評価しているとは言いがたい。また平均粗さRaの値は、粗さ曲線を得る際に用いられる高域フィルタのカットオフ値λcによって大きく変動する。実際、平均粗さRaが同程度であっても、うねりの大きさによって耐焼付性は大きく変動する。そのため、耐焼付性を制御する指標としては、断面曲線(図2)を輪郭曲線とした評価パラメータを用いることが適切である。
【0023】
一般に、窒化処理をすることで、表面粗さは1.5~2倍程度悪化する(ディーター・リートケほか著、「鉄の窒化と軟窒化」、アグネ技術センター、第72頁、2011年。)。そのため、窒化処理後の鋼材の断面曲線の算術平均高さPaを小さくするためには、窒化処理後にも研磨を行い、表面形状を整える必要がある。一方、工業的に現実的な時間で形成できる化合物層の厚さは数十μm程度である。研磨代が小さいため、化合物層を残しつつ断面曲線の算術平均高さPaを0.090μm以下にするためには、研磨前の段階で十分に平滑な表面形状にしておく必要がある。そのためには、窒化処理後だけではなく、窒化処理前にも十分な研磨を行っておく必要がある。
【0024】
本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。各図に示された構成部材間の寸法比は、必ずしも実際の寸法比を示すものではない。
【0025】
[クランクシャフト]
図4は、本発明の一実施形態によるクランクシャフト10の概略図である。クランクシャフト10は、ジャーナル部11、ピン部12、及びアーム部13を備えている。
【0026】
ジャーナル部11は、シリンダブロック(不図示)と連結される。ピン部12は、コネクティングロッド(不図示)と連結される。アーム部13は、ジャーナル部11とピン部12とを接続する。
【0027】
クランクシャフト10は、例えば機械構造用鋼材からなる。クランクシャフト10は、これらに限定されないが、JIS G 4051:2009の機械構造用炭素鋼鋼材、JIS G 4053:2008の機械構造用合金鋼鋼材等からなるものを用いることができる。これらの鋼材の中でも、JIS G 4051:2009のS45C、S50C及びS53C、並びにJIS G 4053:2008のSMn438が好適であり、また、これらの鋼材に被削性を向上させるためにSを添加した鋼材が特に好適である。
【0028】
クランクシャフト10の化学組成(化合物層及び窒素拡散層を除く母材部分の化学組成)は例えば、Fe及び不純物に加えて、質量%で、C:0.30~0.60%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.1~2.0%、Cr:0.01~0.50%、Al:0.001~0.06%、N:0.001~0.02%、P:0.03%以下、S:0.20%以下を含む。クランクシャフト10の化学組成は、上記以外の元素を含有してもよい。クランクシャフト10の化学組成は例えば、質量%で、Mo:0~0.50%、Cu:0~0.50%、Ni:0~0.50%、Ti:0~0.050%、Nb:0~0.050%、Ca:0~0.005%、Bi:0~0.30%、及びV:0~0.20%を含有してもよい。
【0029】
クランクシャフト10の表面には、鉄及び窒素を含有する化合物層が形成されている。化合物層は、主に鉄-窒素化合物からなるが、鉄及び窒素以外の元素を少量含んでいてもよい。化合物層は、好ましくは、鉄及び窒素以外の元素の含有量が10質量%以下である。
【0030】
化合物層は、通常はクランクシャフト10全体の表面に形成される。しかし化合物層は、摺動部であるジャーナル部11及びピン部12の表面に形成されていればよく、必ずしもクランクシャフト10全体の表面に形成されていなくてもよい。
【0031】
化合物層は、ε相(Fe2-3N)を主体とするものであってもよいし、γ’相(FeN)を主体とするものであってもよい。化合物層は、ε相とγ’相とが混在したものであってもよい。
【0032】
クランクシャフト10は、一つの態様として、ε相の割合を断面面積率で80%以上にした化合物層を備えていてもよい。ε相は稠密六方格子からなる結晶構造を有し、γ’相よりも疲労強度や耐摩耗性に優れるため、機械的強度性能が重視される用途に際しては好都合である。また、ε相の自己拡散係数はγ’相中の自己拡散係数に比べて同一温度条件下では10倍以上高く、ε相の方が生成しやすい。そのため、ε相の割合が高い化合物層を備えたクランクシャフトは、γ’相の割合が高い化合物層を備えたクランクシャフトよりも製造上有利である。ε相の断面面積率はより好ましくは90%以上である。
【0033】
クランクシャフト10は、別の態様として、γ’相の割合を断面面積率で80%以上にした化合物層を備えていてもよい。γ’相は面心立方格子からなる結晶構造を有し、ε相よりも体積膨張率が3割程度低いため、耐熱衝撃性など熱的安定性が重視される用途に際しては好都合である。γ’相の断面面積率はより好ましくは90%以上である。
【0034】
化合物層中のε相、γ’相及びα相の割合は、電子線後方散乱回折法(Electron Backscatter Diffraction:EBSD)によって求めるものとする。具体的には、化合物層の断面のEBSD測定を行って、ε相、γ’相及びα相をマッピングしてこれらの面積比を求める。EBSD測定は、4000倍前後の倍率で10視野程度測定するのが適当である。
【0035】
化合物層は、ジャーナル部11及びピン部12の各々において、表面から深さ3.0μmまでの領域の空隙面積率が10.0%以下である。ただし、化合物層の厚さが3.0μmよりも薄い場合には、全厚さで測定した空隙面積率が10.0%以下であればよい。以下、表面から深さ3.0μmまでの領域及び化合物層の全厚さ領域のうちの薄い方の領域の空隙面積率を、化合物層の「表層空隙面積率」という。
【0036】
メカニズムは明らかではないが、化合物層の表層空隙面積率が低いほど、耐焼付性が向上する。ジャーナル部11及びピン部12における化合物層の表層空隙面積率は、好ましくは5.0%以下であり、さらに好ましくは3.0%以下である。
【0037】
表層空隙面積率は、次のように測定するものとする。化合物層の断面を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)で5000倍程度の倍率で撮影する。化合物層の表面と平行に0.25μm間隔で12本、化合物層の表面と垂直な方向に0.25μm間隔で92本の線を引き、これらの交点が空隙である割合を表層空隙面積率とする。
【0038】
ジャーナル部11及びピン部12以外の部分における化合物層の表層空隙面積率は任意である。化合物層は、全体にわたって表層空隙面積率が低くてもよいし、ジャーナル部11及びピン部12だけにおいて表層空隙面積率が低くてもよい。
【0039】
ジャーナル部11及びピン部12における化合物層の厚さは、好ましくは1.0~50μmである。ジャーナル部11及びピン部12における化合物層の厚さの下限は、より好ましくは2.0μmであり、さらに好ましくは3.0μmである。ジャーナル部11及びピン部12における化合物層の厚さの上限は、より好ましくは30μmであり、さらに好ましくは20μmであり、さらに好ましくは8μmである。なお、ジャーナル部11及びピン部12以外の部分における化合物層の厚さは任意である。
【0040】
化合物層の厚さは、次のように測定するものとする。化合物層の断面を研磨し、ナイタール液でエッチングして光学顕微鏡で観察する。化合物層は、白い未腐食の層として観察される。光学顕微鏡により500倍で撮影した組織写真5視野を観察する。各視野において、水平方向に30μm毎に4点、化合物層の厚さを測定する。測定された20点の平均値を、化合物層の厚さとする。
【0041】
ジャーナル部11及びピン部12における化合物層の硬さは、好ましくはHV500~HV1000である。ジャーナル部11及びピン部12における化合物層の硬さの下限は、より好ましくはHV700であり、さらに好ましくはHV800である。なお、ジャーナル部11及びピン部12以外の部分における化合物層の硬さは任意である。
【0042】
ジャーナル部11及びピン部12の各々は、断面曲線の算術平均高さPaが0.090μm以下である表面形状を有する。ここで、断面曲線の算術平均高さPaは、JIS B 0601:2001に定義されたものである。
【0043】
断面曲線の算術平均高さPaは、より具体的には、次のように測定する。クランクシャフト10の測定対象箇所(ジャーナル部11及びピン部12)から試験片を採取し、接触式粗さ試験機を用いて測定断面曲線を取得する。接触式粗さ試験機の触針の先端半径は2μm、円錐のテーパ角度は60°とする。走査速度は0.5mm/s以下とし、測定長さは5mm以上とする。
【0044】
測定断面曲線にカットオフ値λsの低域フィルタを適用して、断面曲線を得る。図2に示すように、断面曲線を輪郭曲線として、評価長さlにおけるZ(x)の絶対値の平均を求め、断面曲線の算術平均高さPaとする。ここで、Z(x)は位置xにおける縦座標である。カットオフ値λsは2.5μm、評価長さlは5mmとする。
【0045】
化合物層の表層空隙面積率を10.0%以下にし、さらに断面曲線の算術平均高さPaを0.090μm以下にすることで、耐焼付性を従来よりも顕著に向上させることができる。断面曲線の算術平均高さPaは、好ましくは0.080μm以下である。
【0046】
[クランクシャフトの製造方法]
次に、クランクシャフト10の製造方法の一例を説明する。以下に説明する製造方法は、あくまでも例示であって、クランクシャフト10の製造方法を限定するものではない。
【0047】
図5は、クランクシャフト10の製造方法の一例を示すフロー図である。この製造方法は、素材準備工程(ステップS1)、熱間鍛造工程(ステップS2)、熱処理工程(ステップS3)、機械加工工程(ステップS4)、中間研削工程(ステップS5)、中間ラッピング工程(ステップS6)、窒化処理工程(ステップS7)、研削工程(ステップS8)、粗ラッピング工程(ステップS9)、及び仕上ラッピング工程(ステップS10)を備えている。以下、各工程を詳述する。
【0048】
クランクシャフトの素材を準備する(ステップS1)。クランクシャフトの素材の化学組成は特に限定されないが、例えば上述した機械構造用鋼材を用いることができる。素材は例えば、上記の化学組成を有する溶鋼を連続鋳造又は分塊圧延して製造することができる。
【0049】
素材を熱間鍛造してクランクシャフトの粗形状にする(ステップS2)。熱間鍛造は、粗鍛造と仕上鍛造とに分けて実施してもよい。
【0050】
熱間鍛造によって製造されたクランクシャフトの粗形品に対して、必要に応じて焼入れ、焼戻し、焼準し等の熱処理を実施する(ステップS3)。熱処理工程(ステップS3)は任意の工程であり、クランクシャフトの要求特性等によってはこの工程を省略してもよい。
【0051】
クランクシャフトの粗形品を機械加工する(ステップS4)。機械加工は、切削加工や研削加工、孔開け加工等である。この工程により、最終製品に近い形状を有するクランクシャフトの中間品が製造される。
【0052】
クランクシャフトの中間品のジャーナル部及びピン部に対して、中間研削及び中間ラッピングを行う(ステップS5及びS6)。上述のとおり、本実施形態によるクランクシャフトは、化合物層を残しつつ、断面曲線の算術平均高さPaを0.090μm以下にする。そのためには、窒化処理(ステップS7)の前の段階で、ジャーナル部及びピン部の断面曲線の算術平均高さPaを小さくしておく必要がある。好ましくは、中間研削及び中間ラッピングにおいて、ジャーナル部及びピン部の断面曲線の各々の算術平均高さPaを0.15μm以下にする。
【0053】
中間研削及び中間ラッピングされたクランクシャフトの中間品に対して、窒化処理を実施する(ステップS7)。窒化処理は例えば、NH、H、Nを含む雰囲気で実施する。窒化処理は、NH、H、Nに加えて、COを含む雰囲気で実施してもよい。処理温度は、例えば550~620℃である。処理時間は、例えば1.5~10時間である。
【0054】
このとき、窒化ポテンシャルK=PNH3/(PH23/2を制御することで、化合物層中のε相とγ’相との割合を制御することができる。PNH3及びPH2はそれぞれNH及びHの分圧である。具体的には、窒化ポテンシャルKを大きくするとε相の割合が高くなり、窒化ポテンシャルKを小さくするとγ’相の割合が高くなる。
【0055】
窒化処理をした後、ジャーナル部及びピン部を再び研削して、表面形状を整える(ステップS8)。窒化処理によって形成された化合物層にポーラス層(図1の符号51)が含まれる場合、この研削によってポーラス層を除去する。
【0056】
続いて、ジャーナル部及びピン部をラッピングする(ステップS9及びS10)。このラッピング工程は、粗ラッピング工程と仕上ラッピング工程とに分けて実施し、粗ラッピング工程ではアルミナ砥粒をコーティングしたフィルムを、仕上ラッピング工程ではダイヤモンド砥粒をコーティングしたフィルムを用いる。これによって、化合物層を残しつつ断面曲線の算術平均高さPaを0.090μm以下にする。このとき、前述した中間研削及び中間ラッピングが十分でなければ、化合物層を残しつつ断面曲線の算術平均高さPaを0.090μm以下にすることが困難になる。
【0057】
断面曲線の算術平均高さPaを0.090μm以下にするためには、中間研削工程(ステップS5)及び研削工程(ステップS8)において、粗さ及びうねりの両方を小さくする必要がある。このうち粗さは、研削に用いる砥粒の大きさに依存する。そのため、できるだけ細かい砥粒を用いて研削することが好ましい。
【0058】
ジャーナル部及びピン部には、機械加工工程(ステップS4)の際の工具の送りや振動に起因して、数100μm~数mm周期のうねりが存在している。粗さを十分に小さくしても(粗さ曲線の算術平均高さRaを十分に小さくしても)、うねりが残っていると断面曲線の算術平均高さPaは小さくならない。そのため、中間研削工程(ステップS5)及び研削工程(ステップS8)では、Raが小さくなった後も研削を続けて、うねりを十分に除去する必要がある。
【0059】
また、ラッピング工程(ステップS6、S9、及びS10)の際、中心部が窪む中凹状の形状になることを防止するため、以下の(1)~(4)を実施することが好ましい。(1)幅が狭いフィルムを使用して軸方向に送りながら研磨する。これによって、潤滑油がフィルム中央部まで到達しやすくなる。(2)砥粒をできるだけ小径にする。これによって、切り込み深さが浅くなるので過度な研削が緩和される。(3)工作物の回転速度を高くし、かつ押しつけ力を小さくする。これによって、フィルムと工作物との間の油(水)膜の厚さを増加させることができる。(4)潤滑油(水)の量を多くする。これによって、フィルムと工作物との間の油(水)膜の厚さを増加させることができる。
【0060】
また、中間ラッピング工程(ステップS6)、粗ラッピング工程(ステップS9)及び仕上ラッピング工程(ステップS10)のいずれにおいても、クランクシャフトの軸方向のフィルムの送り速度をできるだけ小さくする。これによって、微細なうねりが除去され、断面曲線の算術平均高さPaをより小さくすることができる。
【0061】
以上、本発明の一実施形態によるクランクシャフト10の構成、及びその製造方法の一例を説明した。本実施形態によれば、耐焼付性に優れたクランクシャフトが得られる。
【実施例
【0062】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0063】
表1に示す化学組成を有する鋼を素材として、焼付試験用の試験軸を複数作製した。
【0064】
【表1】
【0065】
具体的には、素材を1250℃で1時間加熱した後、1150℃付近で熱間鍛造を実施し、鍛造終了後、室温まで空冷した。その後、機械加工(切削加工)によって外径を約53mmにした。
【0066】
機械加工後、中間研削及び中間ラッピングを行って、断面曲線の算術平均高さPaが0.15μm以下になるように調整した。中間ラッピングは、粒径9-15μmのアルミナ砥粒がコーティングされたフィルムを使用した。比較用として、一部の試験軸に対しては、中間研削及び中間ラッピングを省略して次の窒化処理を行った。
【0067】
窒化処理として、(A)ε相を主体とする化合物層を形成する窒化処理と、(B)γ’相を主体とする化合物層を形成する窒化処理とを行った。窒化処理は、いずれもアンモニア、水素、及びCOを含む雰囲気で行った。(A)では、窒化ポテンシャルKを1~10に調整して570℃で3時間保持し、その後油冷する処理を行った。(B)では、窒化ポテンシャルKを0.3~0.5に調整して570℃で8時間保持し、その後油冷する処理を行った。
【0068】
EBSD測定により、(A)の処理をした試験軸にはε相の割合が断面面積率で90%以上である化合物層が形成され、(B)の処理をした試験軸にはγ’相の割合が断面面積率で90%以上である化合物層が形成されていることを確認した。
【0069】
窒化処理された試験軸に対して、研削、粗ラッピング、及び仕上ラッピングを実施した。研削工程は、化合物層を残すように行った。ε相を主体とする化合物層が形成された試験軸に対しては、ポーラス層を除去し、緻密層が残るように研削を行った。粗ラッピングは粒径9-15μmのアルミナ砥粒がコーティングされたフィルムを用いて、仕上ラッピングは粒径1-3μm(#8000-#4000)のダイヤモンド砥粒がコーティングされたフィルムを用いて行った。試験軸の外径は、後述する焼付試験に用いる軸受とのクリアランスが約0.080mmになるように調整した。比較用として、ポーラス層を残した試験軸や、化合物層を全て除去した試験軸、研削工程を簡略化して外径の調整だけを行った試験軸も作製した。
【0070】
作製した試験軸の表面形状、表層空隙面積率、及び硬さを測定した。表面形状は、接触式粗さ試験機(株式会社ミツトヨ製SJ-412)を用いて測定した。硬さは、ナノインデンターを用いて測定した。
【0071】
作製した試験軸を用いて、焼付試験を実施した。焼付試験に使用した評価装置20の模式図を図6に示す。試験軸TPを試験軸受21及び保持軸受22に挿入し、試験軸受21に給油しながら、モータ(不図示)によって試験軸TPを周速20m/秒で回転させた。図7に示すように、試験軸受21のハウジングと試験機との間に厚さ30μmのシム25を噛ませて、強制的に強い片当たりが発生するようにした。軸受のメタルは、Bi/Cu合金を使用した。潤滑油はVG22、給油温度は100℃、給油量は150ml/分とした。
【0072】
50分間慣らし運転をした後、試験軸受21に荷重を加え、試験軸TPに加わる面圧を段階的に増加させながら、焼付きが発生するまで運転した。図8に、試験軸TPに加えた面圧の時間変化を模式的に示す。同一面圧での保持時間は10分間、1ステップあたりの面圧増加幅は5MPaとした。軸受背面温度が230℃以上になるか、トルク変動によりベルトがスリップしたときに焼付きが発生したと判定した。
【0073】
各試験軸の製造条件、試験結果を表2に示す。なお、試験軸記号K1、K2及びK3の「表層空隙面積率」の欄には、窒素拡散層の表面から深さ3.0μmまでの領域の空隙面積率を記載している。
【0074】
【表2】
【0075】
試験軸記号C1Z、C1A、G1A、C1B、C1C、C1D及びG1Bの試験軸は、化合物層の表層空隙面積率が10.0%以下であり、断面曲線の算術平均高さPaが0.090μm以下である表面形状を有していた。これらの試験軸は、焼付面圧が100MPa以上であり、優れた耐焼付性を示した。
【0076】
試験軸記号C2及びG2の試験軸は、焼付面圧が100MPa未満であった。これは、これらの試験軸の断面曲線の算術平均高さPaが大きかったためと考えられる。これらの試験軸は、窒化処理後に研削、粗ラッピング及び仕上ラッピングを行ったが、中間研削及び中間ラッピングを行わなかったため、断面曲線の算術平均高さPaを十分に下げることができなかった。
【0077】
試験軸記号P1、P2及びP3の試験軸は、化合物層の最表面にポーラス層を残したものである。これらの試験軸は、焼付面圧が100MPa未満であった。
【0078】
試験軸記号K1、K2及びK3の試験軸は、化合物層を完全に除去し、窒素拡散層が露出するようにしたものである。これらの試験軸は、焼付面圧が100MPa未満であった。
【0079】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8