(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-14
(45)【発行日】2024-05-22
(54)【発明の名称】摺動部品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/10 20060101AFI20240515BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20240515BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20240515BHJP
【FI】
F16C33/10 D
F16C33/10 Z
F16C33/12 A
F16C33/14 Z
(21)【出願番号】P 2019204957
(22)【出願日】2019-11-12
【審査請求日】2022-10-21
(73)【特許権者】
【識別番号】599002043
【氏名又は名称】学校法人 名城大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000005522
【氏名又は名称】日立建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宇佐美 初彦
(72)【発明者】
【氏名】秋田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】小林 修一
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 茂行
(72)【発明者】
【氏名】南 亘
【審査官】西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-247029(JP,A)
【文献】特開平04-258572(JP,A)
【文献】特開2006-111975(JP,A)
【文献】特開昭61-171964(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/10-33/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基地に黒鉛粒子が分散した鉄系基材と、前記鉄系基材に形成された錫を主材とする錫皮膜と、を備えた摺動部品であって、
前記黒鉛粒子は、前記錫皮膜から露出していることを特徴とする摺動部品。
【請求項2】
前記黒鉛粒子は、鱗片状の黒鉛粒子であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部品。
【請求項3】
前記錫皮膜は、錫からなる皮膜、若しくは錫に亜鉛、銀、アンチモン、鉛、インジウム、またはビスマスが添加された皮膜であることを特徴とする請求項1に記載の摺動部品。
【請求項4】
前記黒鉛粒子は、前記鉄基地の表面から突出していることを特徴とする請求項1に記載の摺動部品。
【請求項5】
前記摺動部品は、潤滑油またはグリースの潤滑環境下で摺動することを特徴とする請求項1に記載の摺動部品。
【請求項6】
鉄基地に黒鉛粒子が分散した鉄系基材を準備する準備工程と、
前記鉄系基材の表面に、錫を主材とする錫皮膜を成膜する成膜工程とを含み、
前記成膜工程において、前記錫皮膜から前記黒鉛粒子が露出するように、前記錫皮膜を成膜することを特徴とする摺動部品の製造方法。
【請求項7】
前記成膜工程において、錫を主材とする錫粒子を前記鉄系基材に投射することにより、前記錫粒子の一部を付着させることを特徴とする請求項6に記載の摺動部品の製造方法。
【請求項8】
前記準備工程において、前記黒鉛粒子が、鱗片状の黒鉛粒子である鉄系基材を準備することを特徴とする請求項6に記載の摺動部品の製造方法。
【請求項9】
前記成膜工程において、前記錫粒子として、錫からなる粒子、若しくは錫に亜鉛、銀、アンチモン、鉛、インジウム、またはビスマスが添加された粒子を前記鉄系基材に投射することを特徴とする請求項7に記載の摺動部品の製造方法。
【請求項10】
前記成膜工程の後、前記錫皮膜の表面を、前記鉄系基材に向かって押圧することにより、前記鉄基地の表面から前記黒鉛粒子を突出させることを特徴とする請求項6に記載の摺動部品の製造方法。
【請求項11】
前記成膜工程の後、前記錫皮膜を
、前記錫皮膜を構成する錫材料の融点以上の温度で加熱する熱処理工程を含むことを特徴とする請求項6に記載の摺動部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄系基材の表面に金属皮膜が形成された摺動部品とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、産業機械、航空機、車両などの機械には、摺動部品が用いられている。このような摺動部品には、耐摩耗性、低摩擦特性、耐焼き付き性などの様々な特性が求められている。
【0003】
このような摺動部品として、たとえば、特許文献1には、摺動面を構成する基材と、基材の表面に形成された中間層と、中間層の表層に、固体潤滑材粒子が埋没した表面層を有した摺動部品が提案されている。摺動部品の基材は、炭素鋼などの鉄系材料であり、固体潤滑材粒子が黒鉛からなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に係る摺動部品は、固体潤滑材粒子からなる表面層が形成されているが、摺動部品の摺動条件によっては、表面層を構成する固体潤滑材粒子が中間層から脱落してしまうことがある。これに伴い、摩擦係数の低く、安定した摺動特性を維持できないことがあった。
【0006】
この点を鑑みて、たとえば、特許文献1に係る製造方法では、表面層の固体潤滑材粒子を中間層に押し込むように、表層を中間層に押圧しているが、固体潤滑材粒子を均一に中間層に分散させているので、固体潤滑材粒子が存在する中間層が摩耗していない摺動初期では摩擦係数が変動して不安定になりやすい。
【0007】
本発明はこのような点を鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、摩擦係数の低く、安定した摺動特性を摺動初期から維持することができる摺動部品と、これを簡単に製造することができる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る摺動部品は、鉄基地に黒鉛粒子が分散した鉄系基材と、前記鉄系基材に形成された錫を主材とする錫皮膜と、を備えた摺動部品であって、前記黒鉛粒子は、前記錫皮膜から露出している。
【0009】
本発明に係る摺動部品の製造方法は、鉄基地に黒鉛粒子が分散した鉄系基材を準備する準備工程と、前記鉄系基材の表面に、錫を主材とする錫皮膜を成膜する成膜工程とを含み、前記成膜工程において、前記錫皮膜から前記黒鉛粒子が露出するように、前記錫皮膜を成膜する。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る摺動部品によれば、摩擦係数の低く、安定した摺動特性を摺動初期から維持することができる。本発明に係る摺動部品の製造方法によれば、このような摺動特性を有した摺動部品を簡単に製造することができる。
【0011】
以上に説明した内容以外の本発明の課題、構成、及び効果は、以下の発明を実施するための形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】第1実施形態の摺動部品の一例を示す概略断面図である。
【
図2】
図1に示す摺動部品の製造方法の一例を示す。
【
図3】第2実施形態の摺動部品の一例を示す概略断面図である。
【
図4】
図3に示す摺動部品の製造方法の一例を示す。
【
図5】第3実施形態の摺動部品の一例を示す概略断面図である。
【
図6】
図5に示す摺動部品の摺動状態を説明した模式的断面図である。
【
図7】実施例1および比較例1の摩擦試験の結果を示したグラフである。
【
図8A】実施例1および比較例2および3の摩擦試験の結果を示したグラフである。
【
図8B】
図8Aに示す初期の摩擦試験の結果を示したグラフである。
【
図8C】
図8Aに示す終期の摩擦試験の結果を示したグラフである。
【
図9A】実施例2に係る摩擦試験前後のSEM写真と、EDXによる炭素および錫の分布を示した写真である。
【
図9B】実施例2に係る摩擦試験後のSEM写真と、EDXによる炭素、錫、鉄、および酸素の分布を示した写真である
【
図9C】実施例3に係る摩擦試験前後のSEM写真とEDXによる炭素および錫の分布を示した写真である。
【
図10】実施例4、5および比較例4に係る摩擦試験の結果を示したグラフである。
【
図11】実施例6-1~実施例6-4に係る摩擦試験の結果を示したグラフである。
【
図12】実施例7に係る摩擦試験の結果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の第1~第3実施形態に係る摺動部品を、
図1~
図6を参照して説明する。
【0014】
〔第1実施形態〕
図1に示すように、本実施形態に係る摺動部品1は、鉄基地11に黒鉛粒子13が分散した鉄系基材10と、鉄系基材10に形成された錫を主材とする錫皮膜20と、を備えた摺動部品である。以下の鉄系基材10と錫皮膜20について詳述する。
【0015】
1.摺動部品について
以下に本実施形態に係る摺動部品1を説明した後、この摺動部品1の製造方法を説明する。
【0016】
1-1.鉄系基材10について
本実施形態の摺動部品1係る鉄系基材10は、鉄基地11に分散させた黒鉛粒子13の黒鉛を固体潤滑材として作用させ、摺動部品1の摺動特性を高めるためのものである。したがって、鉄系基材10は、黒鉛粒子13を含んでいればよく、炭素量が1.5質量%以上を含有した鉄および炭素を主成分とした合金であってもよく、鉄系合金粉末と黒鉛粉末とを圧粉成形後、焼結した焼結体であってもよい。例えば、鉄および炭素を主成分とした合金である場合には、鉄基地11に対して含有する炭素量が1.5質量%以上であれば、鉄基地11に含有する黒鉛が析出する。したがって、この場合には、鉄系基材10として、鋳鉄のみならず、鋳鋼も挙げることができる。
【0017】
鉄基地11に黒鉛粒子13が分散し、鉄系基材10の表面(後述する摺動面に対応する表面)に、黒鉛粒子13が露出していれば、特に限定されるものではない。このような鉄系基材10の材料としては、炭素量を2.1~6.7質量%含む鋳鉄を挙げることができ、例えば、球状黒鉛鋳鉄、ねずみ鋳鉄、または黒心可鍛鋳鉄などを挙げることができる。
【0018】
ここで、本実施形態では、その一例として、黒鉛粒子13が、球状の黒鉛粒子であり、球状の黒鉛粒子13を含む鉄系基材10としては、上述した球状黒鉛鋳鉄(ダクタイル鋳鉄)を挙げることができる。球状黒鉛鋳鉄である場合、鉄系基材10の鉄基地11は、フェライトからなるものであってもよく、鉄系基材10としては、FCD370、FCD400、FCD450、FCD500(JIS規格)等を挙げることができ、フェライトの場合、鉄基地11により多くの黒鉛粒子を含むことができる。一方、鉄系基材10の鉄基地11は、パーライトからなるものであってもよく、鉄系基材10としては、FCD600、FCD700、FCD850(JIS規格)等を挙げることができる。さらに、鉄系基材10は、焼入処理、窒化処理、または浸窒処理がされていてもよい。
【0019】
1-2.錫皮膜20について
錫皮膜20は、錫を主材とする皮膜である。本実施形態では、錫皮膜20は、摺動時に、鉄系基材10の黒鉛粒子13から脱離した黒鉛の微粒子を、保持する機能を有するものである。これに加えて、錫皮膜20は、摺動時に相手部材と接触することで塑性流動し、鉄系基材10の表面において、摺動部品1の摺動面の馴染み性を高めるものである。このような錫皮膜は、錫を主材とした皮膜である。
【0020】
ここで、錫皮膜20は、軟質金属材料で構成され、加工硬化が小さい材料からなる。具体的には、「錫を主材とする錫皮膜20」とは、錫皮膜20に錫を50質量%以上含んでいればよく、たとえば、錫皮膜20が錫および不可避不純物からなる。この他にも、錫皮膜20は、50質量%以上の錫に、他の金属材料が添加された皮膜であってもよく、ビッカース硬さが、Hv5~100の範囲にある錫皮膜であることが好ましい。たとえば、他の金属材料としては、銀、金、白金、亜鉛、アンチモン、鉛、インジウム、またはビスマスを挙げることができる。
【0021】
特に、一般的な潤滑油の供給下における摺動を考慮すると、融点が200℃以上となるように、錫に他の金属材料が添加された錫皮膜20が好ましく、このような錫皮膜20としては、錫に亜鉛または銀が添加された錫皮膜であることが好ましい。特に、錫に亜鉛または銀を添加することにより、錫皮膜20の防食性を高めることができる。
【0022】
錫皮膜20の膜厚は、5μm以下であることが好ましく、より好ましくは、3μm以下である。この膜厚の範囲を満たすことにより、錫皮膜20から、黒鉛粒子13を露出させることができるとともに、摺動部品1を摺動させた際に、黒鉛粒子13から脱離した黒鉛の微粒子を錫皮膜20に保持させることでき、錫皮膜20による摺動抵抗の上昇も抑えることができる。一方、錫皮膜20の膜厚は、0.5μm以上であることが好ましい。この膜厚の範囲を満たすことにより、摺動時に、黒鉛から脱落した黒鉛の微粒子を錫皮膜20に保持し易い。
【0023】
2.摺動部品の製造方法
以下に、上述した摺動部品1の製造方法を説明する。
【0024】
2-1.準備工程について
まず、摺動部品1を構成する鉄系基材10を準備する。鉄系基材10は、上述した鉄基地11に黒鉛粒子13が分散したものである。本実施形態では、鉄系基材10の一例として、球状黒鉛鋳鉄を準備する。なお、鉄基地11の表面(少なくとも摺動面に対応する表面)に、焼入処理、浸窒処理、または窒化処理が施されていてもよく、この鉄基地11の表面を研磨してもよい。
【0025】
2-2.成膜工程について
次に、鉄系基材10の表面に、錫を主材とする錫皮膜20を成膜する。成膜工程では、上述した錫を主材とした錫材料(金属材料)を溶融した溶融物を、鉄基地11の表面に被覆する(溶融メッキを行う)ことにより錫皮膜20を成膜してもよい。この他にも、錫皮膜20を電気メッキ、CVD、またはPVD等により成膜してもよく、その後の二次加工等を行うことにより、錫皮膜20から鉄系基材10に由来する黒鉛粒子13を露出させることができるものであれば、特に限定されるものではない。
【0026】
ここで、発明者が鋭意検討を重ねた結果、黒鉛粒子13が露出した鉄系基材10の表面に、固相状態で錫粒子20Aを投射した際に、露出した黒鉛粒子13に錫が付着し難く、鉄基地11の表面に錫が付着することが分かった。したがって、より好ましい態様としては、本実施形態では、
図2に示すように、成膜工程において、錫を主材とする錫粒子20Aを投射することにより、錫粒子20Aの一部を付着させる。これにより、錫粒子20Aの一部を付着させて、錫皮膜20を形成しつつも、鉄系基材10の表面から露出した黒鉛粒子13を露出させることができる。
【0027】
ここで、錫粒子20Aは、軟質金属材料で構成され、加工硬化が小さい材料からなる。錫を主材とする錫粒子20Aとは、錫粒子20A中に錫を50質量%以上含んでいればよく、錫および不可避不純物からなる粒子、または、50質量%以上の錫に、他の金属材料が添加された粒子であってもよい。鉄系基材10への投射時に、錫粒子20Aの変形および付着性を考慮すると、他の金属材料が添加された錫粒子20Aのビッカース硬さが、Hv5~100の範囲にある粒子であることが好ましい。上述した如く、他の金属材料としては、銀、金、白金、亜鉛、アンチモン、鉛、インジウム、またはビスマスを挙げることができる。
【0028】
2-3.熱処理工程について
さらに、成膜工程後、錫皮膜に対して熱処理工程を行ってもよい。具体的には、熱処理工程では、錫皮膜20を120℃以上の温度、より好ましくは180℃以上の温度で加熱する。これにより、鉄系基材10の鉄基地11と錫皮膜20との界面において、錫皮膜20の錫材料が溶融し、鉄基地11に対する錫皮膜20の密着性を高めることができ、錫皮膜20の表面の平滑化を図ることができる。
【0029】
さらに、錫皮膜20を構成する錫材料の融点以上(たとえば錫材料が錫のみである場合は錫の融点232℃以上)で加熱することが好ましく、上記した効果をより確実に得ることができるばかりでなく、鉄基地11の表面に錫皮膜20をより均一に被覆することができる。なお、熱処理工程において、錫皮膜20を加熱する温度は、300℃以下であることが好ましく、鉄基地の鉄との化合物の形成を抑えることができる。なお、加熱時間は、加熱温度にもよるが、0.5~5時間の範囲にあることが好ましい。
【0030】
3.摺動部品1の摺動環境およびその効果について
本実施形態に係る摺動部品1は、その摺動面に潤滑油またはグリースが存在する環境下で摺動する(用いられる)ことが好ましく、特に、摺動面に潤滑油を強制的に供給するような環境下で摺動することがより好ましい。
【0031】
ここで、従来、鋳鉄のみで構成される摺動部品では、摺動部品の表面に露出した黒鉛粒子が、固体潤滑材として作用するが、黒鉛粒子から脱離した黒鉛は潤滑油またはグリースにより洗い流され、摺動面から脱落してしまう。これにより、黒鉛粒子から脱離した黒鉛による摺動特性の向上は、それほど期待できなかった。
【0032】
しかしながら、本実施形態では、摺動時に黒鉛粒子13から脱離した黒鉛の微粒子は、摺動部品1の表面に形成された錫皮膜20により保持される。これにより、鉄系基材10に分散した黒鉛粒子13ばかりでなく、錫皮膜20に付着した黒鉛の微粒子により、錫皮膜20に黒鉛が混合され、摺動部品1の摺動特性を高めることができる。さらに、錫皮膜20は、軟質の金属であるため、摺動時には、錫皮膜20が塑性流動し、相手部材の表面に倣いやすく、相手部材の摺動面に対するなじみ性を高めることができる。
【0033】
これらの機能が合わさって、後述する発明者らの実験からも明らかなように、摺動部品1の摩擦係数を低減するばかりでなく、摺動部品1の摺動時の摩擦係数の変動も抑えることができる。さらに、錫皮膜20に付着した黒鉛の微粒子により、摺動部品1の錫皮膜20が、これに摺動する相手部材の表面に移着することを抑えることができる。
【0034】
〔第2実施形態〕
以下に、
図3および
図4を参照し、第2実施形態に係る摺動部品1とその製造方法について説明する。第2実施形態に係る摺動部品1が、第1実施形態に係る摺動部品1と相違する点は、鉄系基材10の表面の状態である。したがって、第1実施形態の摺動部品1と同じ構成および製造方法における同じ工程については、その詳細な説明を省略する。
【0035】
図3に示すように、本実施形態では、黒鉛粒子13は、鉄系基材10(鉄基地11)の表面から突出しており、突出した黒鉛粒子13は、錫皮膜20から露出している。黒鉛粒子13が、鉄系基材10の鉄基地11の表面から突出する突出量は、球状黒鉛鋳鉄の材種によって異なる。
【0036】
このような黒鉛粒子13を含む摺動部品1は、ローラバニシングなどの押圧加工を施すこと(押圧工程)により得ることができる。具体的には、押圧工程は、第1実施形態で示した成膜工程前、または、熱処理工程後に行ってもよい。しかしながら、より好ましい態様としては、成膜工程後、熱処理工程前に行うことがより好ましい。
【0037】
具体的には、
図4に示すように、押圧工程において、錫皮膜20が形成された摺動部品1に対して、ローラ状の押圧部材6で、錫皮膜20の表面を前記鉄系基材に向かって押圧することにより、鉄系基材10の表面から黒鉛粒子13を突出させる。
【0038】
本実施形態によれば、成膜工程後に押圧工程を行うことにより、押圧工程後に成膜工程を行った際に生じる、錫粒子の投射により鉄系基材10から黒鉛粒子13が脱落することを抑えることができる。さらに成膜工程後に成膜された錫皮膜20を押圧することにより、鉄基地11の表面に対する錫皮膜20の密着性を高めることができるばかりでなく、錫皮膜20の表面から黒鉛粒子13をより好適に露出させることができる。
【0039】
さらに、必要に応じて、熱処理工程を行う場合には、熱処理工程を行う前に、押圧工程を行うことにより鉄基地11の表面に対する錫皮膜20の密着性を高めた状態で、その後の熱処理工程で、鉄基地11の表面に対する錫皮膜20の密着性をさらに高めることができる。
【0040】
ここで、鉄系基材10への押圧は、鉄系基材10の表層を圧縮弾性変形させて、鉄基地11の表面から黒鉛粒子を突出させることが好ましい。具体的には、押圧加工時に鉄系基材10に作用させる面圧は、0.1~1.0GPaの範囲にあることが好ましい。このような押圧により、鉄系基材10の表層からその表面に黒鉛粒子13が絞り出されるように、鉄基地11の表面から黒鉛粒子13を突出させることができるとともに、鉄系基材10の鉄基地11の塑性変形を抑えることにより、鉄系基材10の加工硬化を低減することができる。この結果、摺動時に、相手部材の表面に対して、摺動部品1の錫皮膜20が倣いやすくなるので、摺動面に局所的な面圧が作用することを抑えることができる。
【0041】
第2実施形態に係る摺動部品1によれば、黒鉛粒子13は、鉄系基材10の表面から突出しており、突出した黒鉛粒子13は、錫皮膜20から露出することができる。これにより、摺動部品1を摺動させた際には、鉄系基材10の表面から突出した黒鉛粒子13が、相手部材に接触して削れやすく、この削れた黒鉛の微粒子が錫皮膜20に保持される。これにより、黒鉛粒子13による固体潤滑機能をさらに発揮することができ、摺動部品1の摩擦係数をより低減することができる。
【0042】
〔第3実施形態〕
以下に、
図5および
図6を参照し、第3実施形態に係る摺動部品1とその製造方法について説明する。第3実施形態に係る摺動部品1が、第2実施形態に係る摺動部品1と相違する点は、鉄系基材10に鱗片状の黒鉛粒子13が分散した鉄系基材を用いた点である。したがって、第2実施形態の摺動部品1と同じ構成および製造方法における同じ工程については、その詳細な発明を省略する。
【0043】
本実施形態では、その一例として、
図5に示すように、黒鉛粒子13が、鱗片状の黒鉛粒子であり、鱗片状の黒鉛粒子13を含む鉄系基材10としては、上述したねずみ鋳鉄を挙げることができる。ねずみ鋳鉄である場合、鉄系基材10の鉄基地は、フェライトからなるまたはフェライトを多く含むものであってもよく、鉄系基材としては、FC100、FC150、FC200、FC250(JIS規格)等を挙げることができ、鉄基地により多くの黒鉛粒子を含むことができる。一方、鉄系基材の鉄基地は、パーライトからなるものであってもよく、鉄系基材としては、FC300、FC350(JIS規格)等を挙げることができる。さらに、鉄系基材は、浸炭処理、窒化処理、または浸窒処理がされていてもよい。
【0044】
本実施形態によれば、
図6に示すように、第1実施形態で用いた球状黒鉛鋳鉄に比べて、より微細な鱗片状の黒鉛粒子13を含むので、同じ炭素量を有する鉄系基材10であっても、より微細な黒鉛粒子13が分散されることになる。この結果、
図6に示すように、摺動時には、より微細な黒鉛の微粒子13aを錫皮膜により均一に分散させることができるため、摺動部品1の摩擦係数をさらに低減することができるとともに、摩擦係数の変動も抑えることができる。
【0045】
なお、本実施形態では、第2実施形態と同様に、鱗片状の黒鉛粒子13を鉄基地11の表面から突出させ、これを錫皮膜20の表面から露出させているが、第1実施形態と同様に、押圧加工を行わなくても、第1実施形態に示す製造方法と同様の製造方法で、錫皮膜から黒鉛粒子を露出させることができる。このような摺動部品であっても、摺動特性を向上させることができる点は、後述する実施例7により明らかである。
【実施例】
【0046】
以下に本発明に係る実施例の一例を説明する。
【0047】
実施例1および比較例1~3に係るディスク試験片を作製し、黒鉛粒子が分散された鉄系基材と錫皮膜との相乗効果を確認した。
【0048】
〔実施例1〕
実施例1に係る摺動部品を作製した。まず、鉄系基材として、鉄基地がフェライトであり、この鉄基地に球状の黒鉛粒子が分散した基材(球状黒鉛鋳鉄:FCD450)を準備した。具体的には、球状黒鉛鋳鉄の鋳塊から外径44mm、内径20mm、厚さ7mmのリング状のディスク試験片を旋削により切り出した。次に、ディスク試験片であるドーナツ状の表面を、ダイヤモンドスラリーの研磨剤で、算術平均粗さRa0.01μm以下まで研磨した。
【0049】
次に、直圧式のショットピーニング装置を用いて、粒径が70μmの錫粒子を固相状態で、研磨した表面に投射し、厚さが1~5μm範囲に収まる錫皮膜を成膜した。なお、投射条件は、投射圧力が0.7MPa、投射距離30mm、投射時間10分である。なお、得られた錫皮膜の表面から、鉄系基材の黒鉛粒子が露出していることが確認された。成膜後、ディスク試験片(錫皮膜)を240℃で3時間加熱した。
【0050】
〔比較例1〕
実施例1と同様に、摺動部品を作製した。実施例1と相違する点は、鉄系基材として、黒鉛粒子が存在しない鉄基地からなる基材(機械構造用炭素鋼:S45C(JIS規格))を用いた点であり、実施例1と同様の条件で、鉄基地の表面に錫皮膜を成膜した。
【0051】
〔比較例2〕
実施例1のディスク試験片に対して、錫皮膜を成膜していないものを比較例2のディスク試験片とした。
【0052】
〔比較例3〕
実施例1のディスク試験片に対して、錫皮膜を形成せず、ローラバニシングにより鉄基地から黒鉛粒子を突出させたものを比較例3のディスク試験片とした。
【0053】
(摩擦係数の測定)
実施例1および比較例1~3に係るディスク試験片に対して、摩擦係数を測定した。具体的には、外径40mm、内径30mm、厚さ14mmの炭素鋼(S45C(JIS規格))からなるリング試験片を準備した。ディスク試験片に接触するリング試験片のドーナツ状の端面を、ダイヤモンドスラリーの研磨剤で、算術平均粗さRa0.01μm以下まで研磨した。
【0054】
ディスク試験片の錫皮膜が形成された表面に、リング試験片のドーナツ状の端面を押し当てて、リング試験片を摺動させた。摺動条件は、荷重は、300Nであり、摩擦速度(周速)を0.25m/sで、摩擦距離1000mmまで測定した。なお、ディスク試験片とリング試験片には潤滑油PAO4(40℃で4sctとなる粘度特性の潤滑油)を用い、試験前に接触界面に0.2ml供給した。試験雰囲気は、室温大気中である。この結果を、
図7、
図8A~8Cに示す。
図7は、実施例1および比較例1の摩擦試験の結果を示したグラフである。
図8Aは、実施例1および比較例2および3の摩擦試験の結果を示したグラフであり、
図8Bは、
図8Aに示す初期の摩擦試験の結果を示したグラフであり、
図8Cは、
図8Aに示す終期の摩擦試験の結果を示したグラフである。
【0055】
図7に示す結果から、実施例1に係るディスク試験片の摩擦係数の変動は、比較例1のものに比べて小さかった。この結果から、実施例1に係るディスク試験片の摺動面には、黒鉛粒子が露出するように、錫皮膜が形成されていたため、摺動時に、黒鉛粒子の一部が脱離した黒鉛の微粒子が錫皮膜に安定して保持され、この結果、ディスク試験片の摩擦係数の変動が小さかったと考えられる。
【0056】
図8Aに示すように、実施例1に係るディスク試験片の摩擦係数は、比較例2および3に係るディスク試験片の摩擦係数よりも小さかった。
図8Bおよび
図8Cに示す摺動初期および終期における摩擦試験の結果からも明らかなように、実施例1に係るディスク試験片の摩擦係数の変動は、比較例2、3のものに比べて小さかった。比較例2および3の試験片は、黒鉛粒子が鉄系基材に分散しているが、摺動時に黒鉛粒子から脱離した黒鉛の微粒子の一部が摺動面から押し出され、さらには、ディスク試験片の鉄基地が直接接触したことにより、
図8A~
図8Cのような結果になったと考えられる。
【0057】
以下に示す実施例2および3に係るディスク試験片を作製し、摺動前後における錫皮膜の表面状態を確認する試験を行った。
【0058】
〔実施例2〕
実施例1と同じようにして、ディスク試験片を作製した。
【0059】
〔実施例3〕
実施例1と同じようにして、ディスク試験片を作製した。実施例1と相違する点は、錫皮膜を成膜後、熱処理前に、ローラバニシング処理を行った点である。
【0060】
実施例2および実施例3のディスク試験片に対して、錫皮膜の表面をSEM(走査電子顕微鏡)で観察するとともに、EDX(エネルギー分散型X線)により所定の元素の分布を測定した。さらに、実施例2および実施例3のディスク試験片に対して、実施例1と同様の摩擦試験を行い、錫皮膜の表面をSEMで観察するとともに、EDXにより所定の元素の分布を測定した。この結果を、
図9A~
図9Cに示す。
図9Aは、実施例2に係る摩擦試験前後のSEM写真と、EDXによる炭素および錫の分布を示した写真である。
図9Bは、実施例2に係る摩擦試験後のSEM写真と、EDXによる炭素、錫、鉄、および酸素の分布を示した写真である。
図9Cは、実施例3に係る摩擦試験前後のSEM写真とEDXによる炭素および錫の分布を示した写真である。
【0061】
図9Aおよび
図9Cに示すように、摩擦試験前の錫皮膜の表面には、実施例2および実施例3のいずれの場合も、黒鉛粒子が露出していることがわかり、さらに、摩擦試験後の錫皮膜表面にも、黒鉛粒子または黒鉛粒子から脱離した黒鉛の微粒子が、錫に混在した状態で介在していることがわかった。錫と黒鉛との密着性は、それほど強くないため、錫皮膜の成膜時には、錫皮膜から黒鉛粒子が露出していると考えられる。一方、
図9Bから、摺動後、脱離した黒鉛の微粒子の周りを囲うように錫が覆われており、黒鉛の微粒子は、物理的に錫に保持されていると想定される。
【0062】
以下に示す実施例4および5に係るディスク試験片を作製し、錫皮膜として錫に亜鉛を添加したスズ皮膜と、押圧処理による効果を確認する試験を行った。
【0063】
〔実施例4〕
実施例1と同じようにして、ディスク試験片を作製した。実施例1と相違する点は、錫皮膜に、錫を主材として亜鉛が添加された粒子を用いて、錫に亜鉛が添加された錫皮膜を成膜した点である。なお、錫皮膜に含有している亜鉛の含有量は、15質量%である。
【0064】
〔実施例5〕
実施例4と同じようにしてディスク試験片を作製した。実施例4と相違する点は、錫皮膜を成膜後、熱処理前に、ローラバニシング処理を行った点である。
【0065】
〔比較例4〕
比較例2と同じようにしてディスク試験片を作製した。したがって、比較例4は、錫皮膜を形成せず、鉄系基材の表面を研磨した試験片である。
【0066】
実施例4、5および比較例4に係るディスク試験片に対して、摩擦試験を行った。この結果を、
図10に示す。
【0067】
図10に示すように、比較例4に係るディスク試験片は、摺動初期に摩擦係数の変動が大きく、初期なじみ性が低いことがわかり、試験終了時の摩擦係数は、0.15であった。実施例4に係るディスク試験片は、比較例4のものに比べて、初期なじみ性が高く、試験終了時の摩擦係数は、比較例4のものに比べて低く、0.04であった。さらに、実施例5に係るディスク試験片は、比較例4および実施例4のものに比べて、さらに初期なじみ性が高く、試験終了時の摩擦係数は、比較例4および実施例4のものに比べて低く、0.02であった。
【0068】
このことから、錫を主材とした錫皮膜を鉄系基材の表面に形成すれば、鉄系基材に由来の黒鉛粒子の黒鉛(脱離した黒鉛)の微粒子を錫皮膜に保持することができることがわかる。この結果、摺動部品の摩擦係数を低減することができるばかりでなく、摩擦係数の変動をも低減することができる。これに加えて、実施例5の如く、鉄系基材の表面から黒鉛粒子を突出させることにより、このような効果がより顕著なものになると考えられる。
【0069】
以下に示す実施例6-1~6-4に係るディスク試験片を作製し、錫皮膜の熱処理による影響を確認する試験を行った。
【0070】
〔実施例6-1~6-4〕
実施例6―1~6-4のディスク試験片を、実施例1と同じようにして作製した。実施例6-1が、実施例1と相違する点は、錫皮膜に対して熱処理を行っていない点である。実施例6-2、6-3が、実施例1と相違する点は、錫皮膜に対する熱処理の温度を、それぞれ180℃、210℃にした点である。実施例6-4は、実施例1と同じ条件で作製した。
【0071】
実施例6-1~6-4に係るディスク試験片に対して、実施例1と同じようにして、摩擦試験を行った。この結果を
図11に示す。
図11に示すように、熱処理を行った実施例6-2~6-4のもの、熱処理を行っていない実施例6-1のものも、摩擦係数は低い値となった。
【0072】
なお、熱処理を行ったものは、熱処理を行っていないものに比べて、錫皮膜の摩耗量が少なく、錫皮膜の密着性が高くなったと考えられる。特に、錫皮膜の錫の融点以上に加熱したものは、錫皮膜が完全に溶融したため、錫皮膜の密着性が最も高くなり、そのため錫皮膜の耐摩耗性が高かったと考えられる。
【0073】
〔実施例7〕
実施例7に係るディスク試験片を作製し、鉄系基材の炭素粒子の形状による影響を確認する試験を行った。実施例1と相違する点は、鉄基地に鱗片状の黒鉛粒子が分散した基材(ねずみ鋳鉄:FC250)を準備し、この鉄系基材に実施例1と同じようにして、錫皮膜を成膜した点である。実施例1と同じようにして摩擦試験を行った。この結果を、
図12に示す。
【0074】
図12に示すように、実施例7に係るディスク試験片の摩擦係数は、これまでに示した実施例および比較例のものの中で、最も低い摩擦係数であった。これは、鱗片状の黒鉛粒子を鉄系基材に分散させることにより、摺動時には、球状の黒鉛粒子に比べて、より微細な黒鉛の微粒子を錫皮膜により均一に分散させることができるたからであると考えられる。なお、実施例7のディスク試験片に、さらに押圧加工(ローラバニシング加工)を施すことにより、摩擦係数を低減することができると考えられる。
【0075】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【符号の説明】
【0076】
1:摺動部品、10:鉄系基材、11:鉄基地、13:黒鉛粒子、13a:黒鉛の微粒子、20:錫皮膜