(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-14
(45)【発行日】2024-05-22
(54)【発明の名称】海苔の品質評価方法、および海苔の品質評価装置
(51)【国際特許分類】
A23L 17/60 20160101AFI20240515BHJP
G01N 21/65 20060101ALI20240515BHJP
【FI】
A23L17/60 103F
G01N21/65
(21)【出願番号】P 2020097092
(22)【出願日】2020-06-03
【審査請求日】2023-02-13
(73)【特許権者】
【識別番号】504209655
【氏名又は名称】国立大学法人佐賀大学
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【氏名又は名称】南瀬 透
(74)【代理人】
【識別番号】100099508
【氏名又は名称】加藤 久
(74)【代理人】
【識別番号】100182567
【氏名又は名称】遠坂 啓太
(72)【発明者】
【氏名】川村 嘉応
(72)【発明者】
【氏名】海野 雅司
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 知績
(72)【発明者】
【氏名】木村 圭
【審査官】村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-154405(JP,A)
【文献】標準物質等のスペクトルのデータベースの提供 報告書,一般社団法人日本海事検定協会,2017年03月31日,pp.1-41,https://www.nkkk.or.jp/pdf/public_business_report_h29/public_business_report_4-07-29-1.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L、G01N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
海苔に、励起光を照射する工程と、
前記海苔の前記励起光に対するラマン散乱光を検出するものであり、500cm
-1~1700cm
-1の範囲から選択される波数領域で検出される第一のラマン散乱光と、2500cm
-1~3300cm
-1の範囲から選択される波数領域で検出される第二のラマン散乱光とを検出する工程と、
前記第一のラマン散乱光と前記第二のラマン散乱光との強度比に関するラマン散乱光相対強度比を算出する工程と、
前記ラマン散乱光相対強度比に基づいて、前記海苔の品質を評価する工程とを、有する
海苔の品質評価方法。
【請求項2】
前記励起光が、波長800~1200nmの範囲から選択される波長領域にピークを有する近赤外光である、請求項1記載の海苔の品質評価方法。
【請求項3】
前記第一のラマン散乱光として、1638cm
-1、1526cm
-1、1158cm
-1、および1007cm
-1からなる群から選択される1以上の波数との差が5cm
-1以下の波数をピークとする波数領域を検出し、
前記第二のラマン散乱光として、2933m
-1の波数との差が5cm
-1以下の波数をピークとする波数領域を検出するものである、請求項1または2に記載の海苔の品質評価方法。
【請求項4】
海苔に、励起光を照射する照射手段と、
前記海苔の前記励起光に対するラマン散乱光を検出するものであり、500cm
-1~1700cm
-1の範囲から選択される波数領域で検出される第一のラマン散乱光と、2500cm
-1~3300cm
-1の範囲から選択される波数領域で検出される第二のラマン散乱光とを検出する検出手段と、
前記第一のラマン散乱光と前記第二のラマン散乱光との強度比に関するラマン散乱光相対強度比を算出する算出手段と、
前記ラマン散乱光相対強度比に基づいて、前記海苔の品質を評価する評価手段とを、有する
海苔の品質評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海苔の品質評価方法、および海苔の品質評価装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、国内において約70億枚の乾海苔が一年間で生産されている。生産された乾海苔は各生産地にある拠点に集荷され、検査員による品質評価によって等級付けをされたのちに入札を経て卸売業者から小売業者、消費者へ流通される。天然産物である海苔の品質は多様であり、大量かつ多様な海苔の品質を評価するためには迅速な検査が可能な非破壊分析技術を採用する必要がある。
【0003】
現在、海苔の品質評価は海苔の色や艶を目視により評価する官能検査によって行われ、約10種類の等級に区分される。しかし目視に基づく官能検査では評価基準があいまいで、検査員によって判定結果に差異が生じる場合や、同じ検査員でも検査時期などによって判定結果が異なるなどの問題があった。また官能検査で用いられる評価基準は海苔の産地や生産国(日本、韓国、中国)によって異なり、客観的な評価基準がないのが現状である。更に、官能検査は検査員の視覚的な判断による評価であり、食品として本来は最も重要な味や栄養価による評価との関連性が明確ではない点も問題である。
【0004】
海苔の旨みの主な成分はアミノ酸であり、遊離アミノ酸の量は海苔に含まれるタンパク質量に比例することが知られている。実際にタンパク質の含有率は海苔の品質評価の指標として用いられており、近赤外分光(近赤外領域の吸収スペクトル)からタンパク質含有率が見積もられている。しかし、近赤外分光ではサンプルである海苔の密度や含まれる水分の影響を補正する必要があり、測定精度に問題がある。更に測定に時間を要することから、官能検査に代わる迅速な検査手段として使うことはできない。従って、迅速な測定が可能な非破壊分析技術を用い、海苔中に含まれるタンパク質量を計測できる手法の開発が必要である。
【0005】
特許文献1は、海苔を移送装置により加熱装置内を通過させることによって焙焼する焼海苔製造装置において、海苔が前記加熱装置によって焙焼された後の海苔の光合成色素量を非破壊的に検出する検出装置と、前記検出装置による検出値から算出した光合成色素の減少率が所定範囲に入るように前記加熱装置の加熱条件および前記移送装置の移送条件を制御する焙焼制御装置とを備えたことを特徴とする焼海苔製造装置に関する。ここでは、波長820nmと波長675nmの透過光を測定し、標準値と比較してクロロフィル量を求めている。
【0006】
特許文献2は、海苔製品製造工程における海苔原藻と水とを混合してなる海苔混合液中の海苔原藻及び/又は、海苔原藻の水溶性物質を溶存した水溶液の波長依存性と波長領域が異なる複数個の光源により測定した透過光量とに準拠して、海苔混合液の品質を判定し、海苔製品製造条件を制御する海苔製品品質制御装置に関する。
【0007】
特許文献3は、海苔に光をあて、それから生じるラマン散乱光を分析することにより、海苔の品質を評価することを特徴とする海苔品質評価方法に関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭63-94950号公報
【文献】特開2007-89424号公報
【文献】特開2019-154405号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
海苔は、異なる吸収波長の色素を複数含み、黒色を呈している。より濃い黒色を呈するものが、上位等級の海苔と位置付けられている。一般的には海苔の等級は検査員の目視による官能評価によって評価されている。しかし、官能検査には以下の問題がある。まず、官能検査は検査員の目視に基づくため、客観的な評価基準がない。また、海苔の黒みの程度と色素タンパク質の含有率には比例関係が成立しないため、特に上位等級の海苔を正確に区別・評価することができない。
【0010】
特許文献1は、波長820nmと波長675nmの透過光を測定するものである。しかし、光の透過率に基づく黒みの程度を海苔に含まれる色素の濃度の関数として評価すると、吸光度と透過率の関係から色素タンパク質の含有率が大きい領域では黒みの程度の変化量が小さくなり、正確な評価が難しくなる。
【0011】
特許文献2は、海苔製品製造工程における海苔原藻と水とを混合してなる海苔混合液中の海苔原藻及び/又は、海苔原藻の水溶性物質を溶存した水溶液として評価するものであり、水に混合してサンプル抽出して評価することから、破壊検査となる。また、乾海苔製造の中間工程の試料を評価対象とするため、製品そのものの品質を評価することができない。
【0012】
特許文献3は、海苔に光をあて、それから生じるラマン散乱光を分析することにより、海苔の品質を評価するものである。この方法であれば、乾海苔を非破壊で評価することができる。しかし、この方法では光合成系色素が海苔に含まれている量(含有量)を計測することはできるが、含まれている割合である含有率を計測できない。同じ品質でれば含有率は常に同じであるが、含有量は密度の大きい海苔や厚い海苔ほど大きな値を示し、品質評価の指標として使う際の問題となる。天然産物である乾海苔の厚みや密度にはばらつきがあるが、この厚み等のばらつきの影響を抑制して、品質を評価することが求められる。
【0013】
係る状況下、本発明は、海苔の品質を非破壊で評価する方法や装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、下記の発明が上記目的に合致することを見出し、本発明に至った。すなわち、本発明は、以下の発明に係るものである。
【0015】
<1> 海苔に、励起光を照射する工程と、前記海苔の前記励起光に対するラマン散乱光を検出するものであり、500cm-1~1700cm-1の範囲から選択される波数領域で検出される第一のラマン散乱光と、2500cm-1~3300cm-1の範囲から選択される波数領域で検出される第二のラマン散乱光とを検出する工程と、前記第一のラマン散乱光と前記第二のラマン散乱光との強度比に関するラマン散乱光相対強度比を算出する工程と、前記ラマン散乱光相対強度比に基づいて、前記海苔の品質を評価する工程とを、有する海苔の品質評価方法。
<2> 前記励起光が、波長800~1200nmの範囲から選択される波長領域にピークを有する近赤外光である、前記<1>記載の海苔の品質評価方法。
<3> 前記第一のラマン散乱光として、1638cm-1、1526cm-1、1158cm-1、および1007cm-1からなる群から選択される1以上の波数との差 が5cm-1以下の波数をピークとする波数領域を検出し、前記第二のラマン散乱光として、2933m-1の波数との差が5cm-1以下の波数をピークとする波数領域を検出するものである、前記<1>または<2>に記載の海苔の品質評価方法。
<4> 海苔に、励起光を照射する照射手段と、前記海苔の前記励起光に対するラマン散乱光を検出するものであり、500cm-1~1700cm-1の範囲から選択される波数領域で検出される第一のラマン散乱光と、2500cm-1~3300cm-1の範囲から選択される波数領域で検出される第二のラマン散乱光とを検出する検出手段と、前記第一のラマン散乱光と前記第二のラマン散乱光との強度比に関するラマン散乱光相対強度比を算出する算出手段と、前記ラマン散乱光相対強度比に基づいて、前記海苔の品質を評価する評価手段とを、有する海苔の品質評価装置。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、海苔の品質を非破壊で評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の品質評価装置に係る実施形態の概要図である。
【
図2】本発明の品質評価方法の一例を示すフロー図である。
【
図3】乾海苔の異なる測定箇所におけるラマンスペクトルを示す図である。
【
図4】5か所の測定点におけるフィコシアニンとカロテノイドのラマン散乱光強度(○)と、ラマン散乱光相対強度比(●)を示す図である。
【
図5】乾海苔のラマンスペクトルである。(a)は上級海苔、(b)は下級海苔である。
【
図6】抽出実験から決定した光合成色素(フィコシアニンとカロテノイド)含有率と、ラマンスペクトルから見積もった含有率の相関を示す図である。
【
図7】乾海苔と水のラマンスペクトルである。(a)は乾海苔、(b)は水である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を変更しない限り、以下の内容に限定されない。なお、本明細書において「~」という表現を用いる場合、その前後の数値を含む表現として用いる。
【0019】
[本発明の品質評価方法]
本発明の品質評価方法は、海苔に、励起光を照射する工程と、前記海苔の前記励起光に対するラマン散乱光を検出するものであり、500cm-1~1700cm-1の範囲から選択される波数領域で検出される第一のラマン散乱光と、2500cm-1~3300cm-1の範囲から選択される波数領域で検出される第二のラマン散乱光とを検出する工程と、前記第一のラマン散乱光と前記第二のラマン散乱光との強度比に関するラマン散乱光相対強度比を算出する工程と、前記ラマン散乱光相対強度比に基づいて、前記海苔の品質を評価する工程とを、有する。本発明の品質評価方法によれば、海苔の品質を非破壊で評価することができる。
【0020】
[本発明の品質評価装置]
本発明の品質評価装置は、海苔に、励起光を照射する照射手段と、前記海苔の前記励起光に対するラマン散乱光を検出するものであり、500cm-1~1700cm-1の範囲から選択される波数領域で検出される第一のラマン散乱光と、2500cm-1~3300cm-1の範囲から選択される波数領域で検出される第二のラマン散乱光とを検出する検出手段と、前記第一のラマン散乱光と前記第二のラマン散乱光との強度比に関するラマン散乱光相対強度比を算出する算出手段と、前記ラマン散乱光相対強度比に基づいて、前記海苔の品質を評価する評価手段とを、有する。本発明の品質評価装置によれば、海苔の品質を非破壊で評価することができる。
【0021】
なお、本願において本発明の品質評価装置により本発明の品質評価方法を行うことができ、本願においてそれぞれに対応する構成は相互に利用することができる。
【0022】
本発明は、光合成色素に由来するラマン散乱光が観測される低波数領域のスペクトルや、タンパク質や炭水化物に由来する信号が観測される高波数領域のスペクトルを同時に観測して利用する。これにより、海苔の密度や厚みの違いの影響を受けずに光合成色素の含有率(即ち濃度)を求めることができる。また、海苔のラマンスペクトルに対する水の影響は無視できるため、サンプルに含まれる水分量や湿度などを補正する必要がなく、安定に正確な定量分析が可能である。
【0023】
[本発明の品質評価装置の第一の実施形態]
図1は、本発明の品質評価装置に係る第一の実施形態の概要図である。品質評価装置100は、海苔2の品質を評価する装置である。品質評価装置100は、本発明の品質評価装置における励起光の照射手段や、検出手段、算出手段、評価手段に対応する構成を有する。
【0024】
励起光を照射する励起手段として、レーザー光源11と、測光系31を有する。ラマン散乱光を検出する手段として、測光系31と、光ファイバー32と、分光器33と、検出器34と、検出部4を有する。ラマン散乱光相対強度比を算出する算出手段として、算出部51を有する。海苔の品質を評価する評価手段として、評価部61を有する。また、これらの検出や算出されたデータや、制御に用いるデータなどを記憶する記憶部7や、データなどを表示するモニター8を有する。
【0025】
[本発明の品質評価のフロー図]
図2は、本発明の品質評価方法の一例を示すフロー図である。この品質評価方法は、品質評価装置100を用いて行うこともできる。
【0026】
[照射(ステップS11)]
ステップS11は、試料となる海苔に、励起光を照射する工程である。品質評価装置100では、試料台に試料として海苔2を設置し、これに、レーザー11の光を励起光として、測光系31内で海苔2に光が当たるように光路や光量などが調整され照射される。
【0027】
海苔は、乾海苔や生海苔、海苔を水などに分散させた状態など任意の態様で評価することができる。本発明の検査装置や検査方法は、非破壊で、厚みや密度のばらつきを抑制した評価ができることから、特に乾海苔の評価にも適している。
【0028】
励起光は、海苔のラマン散乱光を得るための入射光である。励起光は、波長800~1200nmの範囲から選択される波長領域にピークを有する近赤外光であることが好ましい。このような波長の光の照射は、光の照射による海苔の品質への影響が極めて少ない。また、黒色の海苔においても、ラマン散乱光の検出を行いやすい。また、励起光は、レーザー光源からの光とすることが好ましい。ラマン散乱光は強度が低いため安定した検出を行うためにレーザー光を励起光とすることが適している。
【0029】
[検出(ステップS21、ステップS22)]
ステップ21と、ステップS22は、ステップS21で励起光を照射した海苔からのラマン散乱光を検出する工程である。品質評価装置100では、海苔2から散乱したラマン散乱光を測光系31に入射させ、光ファイバー32で分光器33に導光し、分光器33で分光させた光を検出器34でラマンスペクトルとして検出する。このラマンスペクトルから、海苔の品質を評価するためのラマン散乱光強度を検出部4により検出する。検出部4において、第一のラマン散乱光を第一の検出部41により検出する。また、第二のラマン散乱光を第二の検出部で検出する。
【0030】
ステップS21は、500cm-1~1700cm-1の範囲から選択される波数領域で検出される第一のラマン散乱光を検出する工程である。ステップS22は、2500cm-1~3300cm-1の範囲から選択される波数領域で検出される第二のラマン散乱光を検出する工程である。
【0031】
第一のラマン散乱光と、第二のラマン散乱光とを検出するにあたって、まず、広範な波数領域のラマンスペクトルを取得し、そのラマンスペクトルから、対応する波数領域のラマン散乱光強度を検出することができる。
【0032】
第一のラマン散乱光は、光合成色素に由来するラマン散乱光が観測される波数領域に関する。第一のラマン散乱光の検出は、このような光合成色素に対応するラマン散乱光のピーク強度や所定の範囲の散乱光強度の積分値として検出することができる。この第一のラマン散乱光を検出する範囲は、900cm-1~1650cm-1の範囲としてもよい。また、ピークに対応する波数領域により限定してもよい。
【0033】
第一のラマン散乱光の範囲において、例えば、ピークが1638cm-1のバンドからフィコシアニンに対応するラマン散乱光が得られる。また、ピークが1550cm-1以下のシャープなバンド(1526cm-1、1158cm-1、1007cm-1)から主にカロテノイドに帰属するラマン散乱光が得られる。これらの1以上のピークに対応する範囲に限定して、第一のラマン散乱光を検出してもよいし、複数を検出してもよい。
【0034】
このフィコシアニンやカロテノイドに着目し、第一のラマン散乱光として、1638cm-1、1526cm-1、1158cm-1、および1007cm-1からなる群から選択される1以上の波数との差が5cm-1以下の波数をピークとする波数領域を検出するものとすることが好ましい。ラマン分光法で観測されるスペクトルは比較的狭く、波数(cm-1)の精度にばらつきが生じる場合があり、測定装置などによっても波数にばらつきが生じる可能性がある。このため、前述の波数は、代表的なものであり、例えば、1638cm-1のピークについても、約1638cm-1付近にピークが観測される可能性があるが同等のものとして用いることができる。
【0035】
よって、これらのばらつきを考慮して、前述の波数との差が5cm-1以下(すなわち±5cm-1)の波数をピークとするものを指標とすることができる。すなわち、1635~1643cm-1、1521~1531cm-1、1153~1163cm-1、および1002~1012cm-1からなる群から選択される1以上の波数をピークとする波数領域を検出するものとすることができる。また、より好ましくは、前述の波数との差が3cm-1以下(すなわち±3cm-1)のものとしてもよい。
【0036】
なお、海苔の種類によってその海苔に含まれる光合成色素に応じて検出されるピーク値を予め検出し、そのピーク値に応じて、適宜第一のラマン散乱光を検出するときの波数領域を設定してもよい。このときも、海苔の光合成色素に対応するラマン散乱光は、500cm-1~1700cm-1の範囲に検出される。
【0037】
第二のラマン散乱光は、タンパク質および炭水化物のC-H伸縮振動に由来するラマンバンドが観測される波数領域に関する。第二のラマン散乱光の検出は、このようなタンパク質および炭水化物に対応するラマン散乱光のピーク強度や所定の範囲の散乱光強度の積分値として検出することができる。この第二のラマン散乱光を検出する範囲は、2800cm-1~3100cm-1の範囲や、2850cm-1~3050cm-1の範囲、2900cm-1~3050cm-1の範囲としてもよい。また、ピークに対応する波数領域により限定してもよい。
【0038】
例えば、C-H伸縮振動に由来するラマンバンドとして、2933m-1の波数付近にピークを有するバンドが観測される。このバンドに着目して、前記第二のラマン散乱光として、2933m-1の波数との差が5cm-1以下の波数をピークとする波数領域を検出するものとすることが好ましい。第一のラマン散乱光でも前述したように、ラマン分光で観測されるスペクトルは比較的狭く、波数(cm-1)の精度にばらつきが生じる場合があり、測定装置などによっても波数にばらつきが生じる可能性がある。このため、前述の波数は、代表的なものであり、例えば、2933cm-1のピークについても、約2933cm-1付近にピークが観測される可能性があるが同等のものとして用いることができる。
【0039】
よって、これらのばらつきを考慮して、前述の波数との差が5cm-1以下(すなわち±5cm-1)の波数をピークとするものを指標とすることができる。すなわち、2928~2938cm-1の波数をピークとする波数領域を検出するものとすることができる。また、より好ましくは、前述の波数との差が3cm-1以下(すなわち±3cm-1)のものとしてもよい。
【0040】
[算出(ステップS31)]
ステップS31は、ステップS21で検出した第一のラマン散乱光と、ステップS22で検出した第二のラマン散乱光との強度比に関するラマン散乱光相対強度比を算出する工程である。ラマン散乱光相対強度比は、「f(第一のラマン散乱光強度/第二のラマン散乱光強度)」とあらわすことができる。
【0041】
ラマン散乱光相対強度比は、それぞれのラマン散乱光として検出した散乱光強度や、所定のバンドのバンド積算値などを用いて、それらを、単に除算したものでもよい。また、所定の係数をかけてもよい。また、第一のラマン散乱光や、第二のラマン散乱光として複数の値を採用する場合、それぞれに関するラマン散乱光相対強度比としてもよい。
【0042】
例えば、第一のラマン散乱光として、1638cm-1のラマン散乱光強度を選択し、第二のラマン散乱光として、2933m-1のラマン散乱光強度を選択する。これらの値を用いて、以下の式(1)で求めることができる。
式(1):ラマン散乱光相対強度比(A)=1638cm-1のラマン散乱光強度 ÷ 2933m-1のラマン散乱光強度
【0043】
また、例えば、第一のラマン散乱光として、1526cm-1のラマン散乱光強度を選択し、第二のラマン散乱光として、2933m-1のラマン散乱光強度を選択する。これらの値を用いて、以下の式(2)で求めることができる。
式(2):ラマン散乱光相対強度比(B)=1526cm-1のラマン散乱光強度 ÷ 2933m-1のラマン散乱光強度
【0044】
[評価(ステップS41)
ステップS41は、ステップS31で算出したラマン散乱光相対強度比に基づいて、海苔の品質を評価する工程である。海苔の品質の評価は、ラマン散乱光相対強度比に基づいて、サンプル数や海苔の等級などを考慮して、標準品を用いるなどの様々な評価基準を設けて、良否判定としたり、等級などの程度の評価としたりすることができる。また、ラマン散乱光相対強度比は複数の値を算出してもよく、これらの複数の比のそれぞれについて評価基準を設けて多面的に評価したり、これらを多変量解析等する評価基準を設けて評価してもよい。
【0045】
例えば、予め良否判定や等級分けを行っている海苔についてラマン散乱光相対強度比を算出したものに基づいて、検量線などを作成して、その検量線と対比して、品質を評価してもよい。このとき、検量線から閾値を設定して、閾値の条件を満たすか否かによって、良否判定をおこなってもよい。または、検量線に基づいて、そのラマン散乱光相対強度比そのものを品質に係る値としてもよい。
【0046】
または、サンプルや製造ロット、産地、製造日、製造工場、商品名などの分類などにおいて、評価位置などを代えて複数回のラマン散乱光相対強度比を算出し、そのばらつきの程度を品質の評価基準とすることもできる。
【0047】
評価結果は、適宜、モニターに表示したり、海苔や海苔の包装に印字したりすることができる。または、評価結果に基づいて、測定対象の海苔をライン分けして、品質毎の海苔として分類することができる。また、品質異常が発見されたとき、警報を通知するものとすることができる。
【0048】
本発明により海苔の品質を旨味成分の含有率の観点から評価することが可能となる。本手法はラマン分光法を基盤とした非破壊分析技術であり、海苔の生産から流通の過程で行われている官能検査に代わる評価方法としての利用が可能である。このため、以下のような官能検査の代替方法として適用できる。
【0049】
客観的な根拠に基づいて公正な海苔の品質評価が可能となる。従来の官能検査は習熟した検査員のみが実施可能であったが、機械を用いた海苔の品質評価が可能となる。ラマンスペクトルはデジタルデータの形で保存が可能であり、各海苔の評価内容についての追跡が可能となる(トレーサビリティー)。ラマン分光分析では水の影響を無視できることから乾海苔だけでなく生の海苔への応用も可能であり、海苔の養殖現場における生育状況の調査・確認などにも利用できる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を変更しない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
[試料(海苔)]
乾海苔:有明海産を中心とした上位等級から下位等級の幅広い品質の国内産乾海苔を用いた。
【0052】
[試験装置]
ラマン散乱光検出装置:下記装置を組み合わせた近赤外(1064nm)ラマン散乱光検出装置を用いた。
・レーザー光源:Cobolt社 Rumba 1064nm、2000mW、スペクトル線幅<1MHz
・分光器:Teledyne Princeton Instruments社 SpectraPro HRS-300(回折格子:150G/mm、1250nm、Blaze)
・検出器:Andor社 InGaAs検出器 DU491A-1.7型
・測光系:近赤外用アクロマテックレンズとエッジフィルター(Semrock社製 Ultrasteep long―pass edge filter)などから構成される測光系
・光ファイバー:200μmコア径 近赤外領域用光ファイバー
・ラマンスペクトルの検出波数領域:300cm-1~3300cm-1
【0053】
[試験例1]
乾海苔のラマンスペクトルを検出し、光合成色素に対応するピークと、C-H伸縮振動に対応するピークを検出し、その強度比による評価を行った。
【0054】
ラマン散乱光検出装置を用いて1枚の乾海苔について、異なった測定箇所(点1~5)で測定した。
図3は、この測定により、乾海苔の異なる測定箇所におけるラマンスペクトルを示す図である。
【0055】
約3~4cm角の乾海苔サンプルを用いた。各測定点は約3~4cm角の乾海苔サンプルの中央部分において0.5mm間隔とした。なお、参考として、海苔サンプルの端と中央では厚みの差はより大きくなるが、比較的に厚みが均一に近いと予想される中央付近でも測定点の位置を0.1~0.2mm程度変えるだけで明瞭な違いが見られることがある。
【0056】
第一のラマン散乱光となる、500cm-1~1700cm-1の範囲から選択される波数領域で検出されるピークは次のものである。ピークが約1638cm-1のバンドはフィコシアニンに対応するラマン散乱光が得られる。また、ピークが1550cm-1以下のシャープなバンド(約1526cm-1、約1158cm-1、約1007cm-1)は主にカロテノイドに帰属するラマン散乱光が得られる。
【0057】
第二のラマン散乱光となる、2500cm-1~3300cm-1の範囲から選択される波数領域で検出されるピークは次のものである。タンパク質および炭水化物のC-H伸縮振動に由来するラマンバンドがとして、2933m-1の波数付近にピークを有するバンドが観測される。
【0058】
図4は、5か所の測定点におけるフィコシアニンとカロテノイドのラマン散乱光強度(○)と、ラマン散乱光相対強度比(●)を示す図である。
図4において白丸で示したように、カロテノイド(1526cm
-1)およびフィコシアニン(1638cm
-1)のラマン散乱光強度は点1~5で異なり、ばらつきの指標である変動係数は約15%であった。ラマン散乱光相対強度比にすることでばらつきが小さくなり(変動係数は約4%)、密度や厚みの違いを考慮した光合成系色素の含有率が評価できることがわかる。
【0059】
[試験例2]
品質の異なる乾海苔のラマンスペクトルを測定した。
図5は、乾海苔のラマンスペクトルである。(a)は上級海苔、(b)は下級海苔である。この図では2993cm
-1付近のタンパク質および炭水化物のC-H伸縮バンドの強度で規格化したラマンスペクトルを示したが、上級の海苔はカロテノイドとフィコシアニンのラマン信号強度が大きく、光合成系色素の含有率(濃度)が大きいことがわかる。
【0060】
更に8種類の乾海苔について、ラマンスペクトルから見積もった光合成色素(カロテノイドとフィコシアニン)の含有率と抽出実験(参考文献:斎藤、大房. The Bulletin of Japanese Society of Phycology, 22, 130-133, 1974)から決定した光合成色素の含有率(1gの海苔中に含まれる色素量mg)に相関があることを確かめた。
【0061】
図6は、抽出実験から決定した光合成色素(フィコシアニンとカロテノイド)含有率と、ラマンスペクトルから見積もった含有率の相関を示す図である。図に示したように、抽出実験により決定した色素量とラマンスペクトルから決定した色素量は正比例の関係があることがわかった。この結果から、ラマン分光測定による非破壊分析によって、海苔に含まれるカロテノイドとフィコシアニンの含有率を定量できることが確認できた。
【0062】
[試験例3]
同じ条件で測定した乾海苔と水のラマンスペクトルを示した。
図7は、乾海苔と水のラマンスペクトルである。(a)は乾海苔、(b)は水である。水は3400cm
-1付近にO-H伸縮振動、1650cm
-1付近にH-O-H変角振動のバンドが観測される。海苔の光合成色素に由来するラマンバンドに比べ、水のラマンバンドは線幅が広い。また石英製セルに入った大量の水でも、その信号強度は海苔の光合成色素に由来するラマンバンドよりも弱い。このため、湿度の違いなどによって生じる水の含有率の違いは観測されるラマンスペクトルに影響しないことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、海苔の品質評価に利用することができ、産業上有用である。
【符号の説明】
【0064】
100 品質評価装置
11 レーザー光源
2 海苔
31 測光系
32 光ファイバー
33 分光器
34 検出器
4 検出部
41 第一の検出部
42 第二の検出部
51算出部
61 評価部
7 記憶部
8 モニター