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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-14
(45)【発行日】2024-05-22
(54)【発明の名称】信号処理装置及び信号処理プログラム
(51)【国際特許分類】
   H04S 7/00 20060101AFI20240515BHJP
   H04R 3/00 20060101ALI20240515BHJP
   G10K 15/00 20060101ALI20240515BHJP
【FI】
H04S7/00 310
H04R3/00 310
G10K15/00 L
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020105371
(22)【出願日】2020-06-18
(65)【公開番号】P2021197711
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-04-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000001487
【氏名又は名称】フォルシアクラリオン・エレクトロニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004185
【氏名又は名称】インフォート弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100078880
【弁理士】
【氏名又は名称】松岡 修平
(74)【代理人】
【識別番号】100183760
【弁理士】
【氏名又は名称】山鹿 宗貴
(72)【発明者】
【氏名】橋本 武志
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 哲生
(72)【発明者】
【氏名】藤田 康弘
【審査官】鈴木 圭一郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-517908(JP,A)
【文献】特開2008-283600(JP,A)
【文献】特開2015-012366(JP,A)
【文献】特開2017-212660(JP,A)
【文献】特開2014-022959(JP,A)
【文献】米国特許第05627899(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04S 7/00
H04R 3/00
G10K 15/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の聴取位置で干渉しないタイミングで複数のスピーカの各々から出力されて前記聴取位置で収音された各音の信号から、前記複数のスピーカのそれぞれと前記聴取位置との間のインパルス応答を測定する測定部と、
各前記スピーカに対応するインパルス応答をフーリエ変換することによって各前記スピーカに対応する周波数スペクトルを得るフーリエ変換部と、
前記各スピーカに対応する周波数スペクトルに基づいて、制御対象スピーカに入力する音の信号の周波数毎の位相調節量を計算する位相調節量計算部と、
前記位相調節量計算部により計算された周波数毎の位相調節量に基づいて、進み位相となる進み位相帯域を検出する帯域検出部と、
前記帯域検出部により検出された進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換する位相変換部と、
前記位相変換部による変換後の位相調節量に基づいて、前記制御対象スピーカに対応するフィルタ係数を生成する生成部と、
前記生成部により生成されたフィルタ係数を前記制御対象スピーカに入力する音の信号に畳み込むFIRフィルタと、
を備え
前記帯域検出部は、
前記位相調節量が所定の閾値以上となる周波数を含む帯域を進み位相帯域として検出する
信号処理装置。
【請求項2】
前記帯域検出部は、
前記位相調節量計算部により計算された周波数毎の位相調節量を正の位相調節量と負の位相調節量に振り分け、
前記負の位相調節量を絶対値に変換し、
前記正の位相調節量と前記絶対値に変化された位相調節量とを合成し、
前記合成後の周波数毎の位相調節量に基づいて前記進み位相帯域を検出する、
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項3】
前記帯域検出部は、
前記合成後の周波数毎の位相調節量を周波数軸上でスムージングし、
前記スムージング後の周波数毎の位相調節量に基づいて前記進み位相帯域を検出する、
請求項に記載の信号処理装置。
【請求項4】
前記位相変換部は、
周波数軸上で前記進み位相帯域の始端周波数が現れる毎に位相をマイナス側に所定角度シフトする第1の遅れ位相データを生成し、
周波数軸上で前記進み位相帯域の終端周波数が現れる毎に位相をマイナス側に所定角度シフトする第2の遅れ位相データを生成し、
前記生成部は、
前記第1及び第2の遅れ位相データに基づいて前記フィルタ係数を生成する、
請求項1から請求項の何れか一項に記載の信号処理装置。
【請求項5】
前記位相変換部は、
前記第1及び第2の遅れ位相データを周波数軸上でスムージングする、
請求項に記載の信号処理装置。
【請求項6】
前記生成部は、
前記第1の遅れ位相データ、前記第2の遅れ位相データのそれぞれをインパルス応答に変換し、
前記第1の遅れ位相データを変換することによって得たインパルス応答と、前記第2の遅れ位相データを変換することによって得たインパルス応答とを畳み込み、畳み込み後のインパルス応答を前記フィルタ係数として得る、
請求項又は請求項に記載の信号処理装置。
【請求項7】
所定の聴取位置で干渉しないタイミングで複数のスピーカの各々から出力されて前記聴取位置で収音された各音の信号から、前記複数のスピーカのそれぞれと前記聴取位置との間のインパルス応答を測定する測定ステップと、
各前記スピーカに対応するインパルス応答をフーリエ変換することによって各前記スピーカに対応する周波数スペクトルを得るフーリエ変換ステップと、
前記各スピーカに対応する周波数スペクトルに基づいて、制御対象スピーカに入力する音の信号の周波数毎の位相調節量を計算する位相調節量計算ステップと、
前記位相調節量計算ステップにて計算された周波数毎の位相調節量に基づいて、進み位相となる進み位相帯域を検出するステップであって、前記位相調節量が所定の閾値以上となる周波数を含む帯域を前記進み位相帯域として検出する、帯域検出ステップと、
前記帯域検出ステップにて検出された進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換する位相変換ステップと、
前記位相変換ステップによる変換後の位相調節量に基づいて、前記制御対象スピーカに対応するフィルタ係数を生成する生成ステップと、
前記生成ステップで生成されたフィルタ係数をFIRフィルタにより前記制御対象スピーカに入力する音の信号に畳み込むステップと、
を含む
処理を、信号処理装置に実行させるための信号処理プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、信号処理装置及び信号処理プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
IIR(Infinite Impulse Response)フィルタを用いて音の信号の周波数特性を補正する信号処理技術が知られている。しかし、IIRフィルタでは、分解能が低いため、音の信号の周波数特性を精度良く補正することが難しい。そこで、他のデジタルフィルタを用いて音の信号の周波数特性を補正することが考えられる。例えばFIR(Finite Impulse Response)フィルタを用いた場合、分解能が高いため、音の信号の周波数特性を精度良く補正することが可能となる。
【0003】
しかし、FIRフィルタを用いて音の信号の周波数特性を補正すると、プリエコーが発生してしまう(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-117595号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであり、プリエコーの発生を低減することができる信号処理装置及び信号処理プログラムを提供することを目的の1つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一実施形態に係る信号処理装置は、所定の聴取位置で干渉しないタイミングで複数のスピーカの各々から出力されて聴取位置で収音された各音の信号から、複数のスピーカのそれぞれと聴取位置との間のインパルス応答を測定する測定部と、各スピーカに対応するインパルス応答をフーリエ変換することによって各スピーカに対応する周波数スペクトルを得るフーリエ変換部と、各スピーカに対応する周波数スペクトルに基づいて、音の信号の位相を制御する制御対象スピーカに入力する音の信号の周波数毎の位相調節量を計算する位相調節量計算部と、位相調節量計算部により計算された周波数毎の位相調節量に基づいて、進み位相となる進み位相帯域を検出する帯域検出部と、帯域検出部により検出された進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換する位相変換部と、位相変換部による変換後の位相調節量に基づいて、制御対象スピーカに対応するフィルタ係数を生成する生成部と、を備える。
【0007】
このように、進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換した位相調節量に基づいてフィルタ係数を生成することにより、プリエコーの発生を低減することができる。
【0008】
本発明の一実施形態において、帯域検出部は、位相調節量が所定の閾値以上となる周波数を含む帯域を進み位相帯域として検出する構成としてもよい。
【0009】
本発明の一実施形態において、帯域検出部は、位相調節量計算部により計算された周波数毎の位相調節量を正の位相調節量と負の位相調節量に振り分け、負の位相調節量を絶対値に変換し、正の位相調節量と絶対値に変化された位相調節量とを合成し、合成後の周波数毎の位相調節量に基づいて進み位相帯域を検出する構成としてもよい。
【0010】
本発明の一実施形態において、帯域検出部は、合成後の周波数毎の位相調節量を周波数軸上でスムージングし、スムージング後の周波数毎の位相調節量に基づいて進み位相帯域を検出する構成としてもよい。
【0011】
本発明の一実施形態において、位相変換部は、周波数軸上で進み位相帯域の始端周波数が現れる毎に位相をマイナス側に所定角度シフトする第1の遅れ位相データを生成し、周波数軸上で進み位相帯域の終端周波数が現れる毎に位相をマイナス側に所定角度シフトする第2の遅れ位相データを生成する構成としてもよい。この場合、生成部は、第1及び第2の遅れ位相データに基づいてフィルタ係数を生成する。
【0012】
また、位相変換部は、第1及び第2の遅れ位相データを周波数軸上でスムージングする構成としてもよい。
【0013】
また、生成部は、第1の遅れ位相データ、第2の遅れ位相データのそれぞれをインパルス応答に変換し、第1の遅れ位相データを変換することによって得たインパルス応答と、第2の遅れ位相データを変換することによって得たインパルス応答とを畳み込み、畳み込み後のインパルス応答をフィルタ係数として得る構成としてもよい。
【0014】
本発明の一実施形態に係る信号処理装置は、生成部により生成されたフィルタ係数を制御対象スピーカに入力する音の信号に畳み込むFIRフィルタを更に備える構成としてもよい。
【0015】
本発明の一実施形態に係る信号処理プログラムは、所定の聴取位置で干渉しないタイミングで複数のスピーカの各々から出力されて聴取位置で収音された各音の信号から、複数のスピーカのそれぞれと聴取位置との間のインパルス応答を測定する測定ステップと、各スピーカに対応するインパルス応答をフーリエ変換することによって各スピーカに対応する周波数スペクトルを得るフーリエ変換ステップと、各スピーカに対応する周波数スペクトルに基づいて、音の信号の位相を制御する制御対象スピーカに入力する音の信号の周波数毎の位相調節量を計算する位相調節量計算ステップと、位相調節量計算ステップにて計算された周波数毎の位相調節量に基づいて、進み位相となる進み位相帯域を検出する帯域検出ステップと、帯域検出ステップにて検出された進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換する位相変換ステップと、位相変換ステップによる変換後の位相調節量に基づいて、制御対象スピーカに対応するフィルタ係数を生成する生成ステップと、を含む処理を、信号処理装置に実行させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一実施形態によれば、プリエコーの発生を低減することができる信号処理装置及び信号処理プログラムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態に係る音響システムが設置された車両を模式的に示す図である。
図2】本発明の一実施形態に係る音響システムの構成を示すブロック図である。
図3】本発明の一実施形態において信号処理装置が実行するフィルタ係数生成処理のフローチャートを示す図である。
図4】本発明の一実施形態に係る信号処理装置が備える計算部の構成を示すブロック図である。
図5A】本発明の一実施形態において測定される、左フロントスピーカと運転席間のインパルス応答を例示する図である。
図5B】本発明の一実施形態において測定される、右フロントスピーカと運転席間のインパルス応答を例示する図である。
図6A図5Aのインパルス応答をフーリエ変換することによって求まった振幅の周波数特性を示す図である。
図6B図5Bのインパルス応答をフーリエ変換することによって求まった振幅の周波数特性を示す図である。
図7A図5Aのインパルス応答をフーリエ変換することによって求まった位相の周波数特性を示す図である。
図7B図5Bのインパルス応答をフーリエ変換することによって求まった位相の周波数特性を示す図である。
図8図3のステップS106の合成処理の結果を示す図である。
図9】本発明の一実施形態において、各スピーカからの音の位相が運転席で実質的に同相となるときの、各周波数ポイントの位相調節量を示す図である。
図10図3のステップS110による合成後の位相調節量及びステップS111によるスムージング後の位相調節量を示す図である。
図11図3のステップS113による値の設定結果を示す図である。
図12】本発明の一実施形態に係る計算部が備える位相変換部により生成される第1及び第2の遅れ位相データを示す図である。
図13図3のステップS115によるスムージング後の第1及び第2の遅れ位相データを示す図である。
図14A図3のフィルタ係数生成処理にて生成されたフィルタ係数を用いてオーディオ信号を各スピーカから同時に出力したときに運転席で観測されるインパルス応答を示す図である。
図14B図3のフィルタ係数生成処理にて生成されたフィルタ係数を用いてオーディオ信号を各スピーカから同時に出力したときに運転席で観測される音の周波数特性を示す図である。
図15A図3のフィルタ係数生成処理にて生成されたフィルタ係数を用いてオーディオ信号を各スピーカから同時に出力したときに助手席で観測されるインパルス応答を示す図である。
図15B図3のフィルタ係数生成処理にて生成されたフィルタ係数を用いてオーディオ信号を各スピーカから同時に出力したときに助手席で観測される音の周波数特性を示す図である。
図16A】従来のフィルタ係数を用いてオーディオ信号を各スピーカから同時に出力したときに運転席で観測されるインパルス応答を示す図である。
図16B】従来のフィルタ係数を用いてオーディオ信号を各スピーカから同時に出力したときに運転席で観測される音の周波数特性を示す図である。
図17A】従来のフィルタ係数を用いてオーディオ信号を各スピーカから同時に出力したときに助手席で観測されるインパルス応答を示す図である。
図17B】従来のフィルタ係数を用いてオーディオ信号を各スピーカから同時に出力したときに助手席で観測される音の周波数特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下においては、本発明の一実施形態として音響システムを例に取り説明する。
【0019】
図1は、本発明の一実施形態に係る音響システム1が設置された車両Aを模式的に示す図である。図2は、この音響システム1の構成を示すブロック図である。
【0020】
図1及び図2に示されるように、音響システム1は、信号処理装置10、左右一対のスピーカSPFR、SPFL及びマイクロフォンMICを備える。
【0021】
信号処理装置10は、音の信号の周波数特性を補正するフィルタとしてFIRフィルタを有する。信号処理装置10は、FIRフィルタにより音の信号の周波数特性を補正する構成でありながらもプリエコーの発生を少なく抑えることができる。
【0022】
なお、信号処理装置10における各種処理は、信号処理装置10に備えられるソフトウェアとハードウェアとが協働することにより実行される。信号処理装置10に備えられるソフトウェアのうち少なくともOS(Operating System)部分は、組み込み系システムとして提供されるが、それ以外の部分、例えば、FIRフィルタ用のフィルタ係数生成処理を実行するためのソフトウェアモジュールについては、ネットワーク上で配布可能な又はメモリカード等の記録媒体にて保持可能なアプリケーションとして提供されてもよい。すなわち、本実施形態に係るフィルタ係数の生成機能は、信号処理装置10に予め(例えば出荷前に)組み込まれた機能であっても、ネットワーク経由や記録媒体経由で信号処理装置10に追加可能な機能であってもよい。
【0023】
図1に示されるように、スピーカSPFRは、右ドア部(運転席側ドア部)に埋設された右フロントスピーカであり、スピーカSPFLは、左ドア部(助手席側ドア部)に埋設された左フロントスピーカである。
【0024】
信号処理装置10は、制御部100、表示部102、操作部104、測定用信号発生部106、記録媒体再生部108、FIRフィルタ110、増幅部112、信号収録部114及び計算部116を有する。
【0025】
図3は、音響システム1において実行される、FIRフィルタ用のフィルタ係数生成処理のフローチャートを示す図である。本フローチャートに示されるフィルタ係数生成処理をはじめとする、音響システム1内での各種処理は、制御部100の制御下で実行される。制御部100は、表示部102に対する所定のタッチ操作又は操作部104に対する所定の操作を受けると、本フローチャートに示されるフィルタ係数生成処理の実行を開始する。
【0026】
図3に示されるフィルタ係数生成処理の実行が開始されると、測定用信号発生部106が所定の測定用信号を発生させる(ステップS101)。発生された測定用信号は、例えばM系列(Maximal length sequence)符号の信号である。この測定用信号の長さは、符号長の2倍以上とする。なお、測定用信号は、例えばTSP(Time Stretched Pulse)信号等の他の種類の信号であってもよい。
【0027】
測定用信号は、スルー出力によって制御部100及びFIRフィルタ110を通過し、増幅部112を介して各スピーカSPFR、SPFLに順次出力される(ステップS102)。これにより、所定の測定用音が所定の時間間隔を空けて各スピーカSPFR、SPFLから順次出力される。
【0028】
マイクロフォンMICは、プリエコーを低減させる位置に設置される。本実施形態では、運転席に座っているリスナがプリエコーを知覚し難くなるように、マイクロフォンMICは運転席に設置される。以下、リスナが座っている運転席を「聴取位置」と記す。
【0029】
マイクロフォンMICは、所定の聴取位置である運転席で干渉しないタイミングで各スピーカSPFR、SPFLから順次出力された測定用音を収音する。マイクロフォンMICによって収音された測定用音の信号(すなわち測定信号)は、信号収録部114に保存され、信号収録部114から計算部116に入力される(ステップS103)。なお、計算部116が測定信号を保存する機能を有している場合は、信号収録部114は設けずに、マイクロフォンMICから出力される測定信号が計算部116に直接入力されるよう構成してもよい。
【0030】
図4は、計算部116の構成を示すブロック図である。図4に示されるように、計算部116は、測定部116A及び116Bを有する。
【0031】
測定部116A、116Bは、インパルス応答を測定する(ステップS104)。
【0032】
具体的には、測定部116Aは、スピーカSPFLからの測定用音の測定信号(以下「測定信号L」と記す。)と、制御部100から入力されるリファレンスの測定信号との相互相関関数を演算によって求め、測定信号Lのインパルス応答(言い換えると、スピーカSPFLと聴取位置間のインパルス応答であり、以下「インパルス応答L’」と記す。)を計算する。なお、リファレンスの測定信号は、測定用信号発生部106にて発生される測定用信号と同一であり且つ時間同期が取られたものである。
【0033】
同様に、測定部116Bは、スピーカSPFRからの測定用音の測定信号(以下「測定信号R」と記す。)と、制御部100から入力されるリファレンスの測定信号との相互相関関数を演算により求め、測定信号Rのインパルス応答(言い換えると、スピーカSPFRと聴取位置間のインパルス応答であり、以下「インパルス応答R’」と記す。)を計算する。
【0034】
このように、測定部116A及び116Bは、所定の聴取位置(本実施形態では運転席)で干渉しないタイミングで複数のスピーカ(本実施形態ではスピーカSPFR、SPFL)の各々から出力されて聴取位置で収音された各音の信号(すなわち測定信号L及びR)から、複数のスピーカのそれぞれと聴取位置との間のインパルス応答L’及びR’を測定する測定部として動作する。
【0035】
図5Aにインパルス応答L’を例示し、図5Bにインパルス応答R’を例示する。図5A図5Bの各図中、縦軸は振幅(正規化された値のため単位なし)を示し、横軸は時間(単位:sec)を示す。図5A及び図5Bの例では、サンプリング周波数は44.1kHzであり、M系列符号の符号長は32,767であり、周波数範囲は、0Hzからナイキスト周波数の22.05kHzである。なお、周波数範囲は、ナイキスト周波数の範囲内で任意に設定することができる。
【0036】
図4に示されるように、計算部116は、フーリエ変換部116C及び116Dを有する。
【0037】
フーリエ変換部116Cは、測定部116Aより入力されるインパルス応答L’をフーリエ変換し、インパルス応答L’の周波数スペクトル(振幅の周波数特性と位相の周波数特性であり、以下「周波数スペクトルL”」と記す。)を求める(ステップS105)。フーリエ変換部116Dは、測定部116Bより入力されるインパルス応答R’をフーリエ変換し、インパルス応答R’の周波数スペクトル(振幅の周波数特性と位相の周波数特性であり、以下「周波数スペクトルR”」と記す。)を求める(ステップS105)。
【0038】
このように、フーリエ変換部116C及び116Dは、各スピーカに対応するインパルス応答をフーリエ変換することによって各スピーカに対応する周波数スペクトルを得るフーリエ変換部として動作する。
【0039】
図6Aは、インパルス応答L’をフーリエ変換することによって求まった振幅の周波数特性を示す図であり、図6Bは、インパルス応答R’をフーリエ変換することによって求まった振幅の周波数特性を示す図である。図6A図6Bの各図中、縦軸はパワー(すなわち音圧レベル)(単位:dB)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
【0040】
図7Aは、インパルス応答L’をフーリエ変換することによって求まった位相の周波数特性を示す図であり、図7Bは、インパルス応答R’をフーリエ変換することによって求まった位相の周波数特性を示す図である。図7A図7Bの各図中、縦軸は角度(単位:degree)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
【0041】
図6A図6B図7A及び図7Bの例では、フーリエ変換長は4,096サンプルである。また、周波数ポイント数は、0Hzからナイキスト周波数の22.05kHzまでの周波数領域を10.5Hz刻みで分割した2,097ポイントに設定される。車室内で音が反射・遮蔽・干渉等することから、図6A及び図6Bの例では、周波数によって振幅が大きく変動し、図7A及び図7Bの例では、周波数によって位相が大きく変動している。
【0042】
図4に示されるように、計算部116は、位相調節量計算部116Eを有する。
【0043】
位相調節量計算部116Eは、各スピーカSPFR、SPFLに対応する周波数スペクトルR”、L”に基づいて、音の信号の位相を制御する制御対象スピーカに入力する音の信号の周波数毎(本実施形態では周波数ポイント毎)の位相調節量を計算する計算部として動作する。なお、図3のフローチャートに示されるフィルタ係数生成処理で生成されるフィルタ係数は、制御対象スピーカに入力する音の信号の位相を遅れ位相になるように制御するための係数である。そのため、制御対象スピーカに入力する音の信号には、フィルタ係数に応じた遅延がかかる。そのため、本実施形態では、マイクロフォンMICが設置された運転席(すなわち聴取位置)に最も近いスピーカSPFRを制御対象スピーカとする。
【0044】
具体的には、位相調節量計算部116Eは、制御対象スピーカSPFRに対応する周波数スペクトルR”の位相を-180度から+180度の範囲で所定の角度刻み(例えば1度刻み)で順次シフト(変更)させ、位相をシフトさせる毎に、この位相シフト後の周波数スペクトルR”と、周波数スペクトルL”(すなわち、位相シフトのない周波数スペクトルL”そのまま)とを合成する(ステップS106)。この周波数スペクトルの合成は、振幅と位相の情報を含む複素スペクトルの合成を意味する。この合成処理は、処理負荷軽減のため、全ての周波数ポイント(2,097ポイント)ではなく、例えば50Hzから1kHzまでの周波数範囲に含まれる計88周波数ポイントに対して行われる。
【0045】
例えば、200Hzの周波数ポイントにおける周波数スペクトルL”の振幅が1で位相が0度で且つ200Hzの周波数ポイントにおける周波数スペクトルR”の振幅が1で位相が180度の場合を考える。周波数スペクトルR”の位相シフトがない場合、合成後の振幅は、逆位相のため打ち消しあってゼロとなる。周波数スペクトルR”の位相を+180度シフトさせると、合成後の振幅は、同相(すなわち周波数スペクトルL”では位相が0度であり、周波数スペクトルR”では位相が360度(すなわち一回転して0度)である。)のため、2となる。このように、周波数スペクトルR”の位相のシフト角度に応じて合成後の値が変化する。
【0046】
図8は、88周波数ポイントのうち、2つ(250Hz(実線)、500Hz(一点鎖線))の周波数ポイントにおける合成処理の結果を示す図である。図8中、縦軸は合成後の信号のパワー(単位:dB)を示し、横軸は位相(本実施形態では、周波数スペクトルR”の位相のシフト角度)(単位:degree)を示す。図の8の縦軸のパワーは、合成後の振幅を音圧レベルで示したものである。なお、位相0度(言い換えると、周波数スペクトルR”の位相シフトがゼロ)でのパワーは、周波数スペクトルR”の位相をシフトさせることなく、周波数スペクトルR”と周波数スペクトルL”とを合成したときのパワーを示す。
【0047】
250Hzの周波数ポイントにおける合成処理は、周波数スペクトルR”の位相を-180度から+180度の範囲で所定の角度刻みでシフトさせる毎に、この位相シフト後の250Hzの周波数ポイントにおける周波数スペクトルR”と、250Hzの周波数ポイントにおける周波数スペクトルL”とを合成する処理である。周波数スペクトルR”の位相をシフトさせる都度得られる合成値を滑らかな曲線(例えば最小二乗法や多項式による近似曲線)でつなぐと、図8にて実線で示す結果が得られる。
【0048】
500Hzの周波数ポイントにおける合成処理は、周波数スペクトルR”の位相を-180度から+180度の範囲で所定の角度刻みでシフトさせる毎に、この位相シフト後の500Hzの周波数ポイントにおける周波数スペクトルR”と、500Hzの周波数ポイントにおける周波数スペクトルL”とを合成する処理である。周波数スペクトルR”の位相をシフトさせる都度得られる合成値を滑らかな曲線(例えば最小二乗法や多項式による近似曲線)でつなぐと、図8にて一点鎖線で示す結果が得られる。
【0049】
図8において、パワーが最大となる角度だけスピーカSPFRに入力する音の信号の位相をシフトすると、スピーカSPFRからの音の位相とスピーカSPFLからの音の位相とが聴取位置で実質的に同相(聴取位置においてこれらのスピーカ間の音が最も強めあう干渉を起こす。)となり、また、パワーが最小となる角度だけスピーカSPFRに入力する音の信号の位相をシフトすると、スピーカSPFRからの音の位相とスピーカSPFLからの音の位相とが聴取位置で実質的に逆相(聴取位置においてこれらのスピーカ間の音が最も弱めあう干渉を起こす。)となる。
【0050】
250Hzでは、スピーカSPFRに入力する音の信号の位相を+135度シフトさせた場合に、スピーカSPFRからの音の位相とスピーカSPFLからの音の位相とが聴取位置で実質的に同相となり、スピーカSPFRに入力する音の信号の位相を-45度シフトさせた場合に、スピーカSPFRからの音の位相とスピーカSPFLからの音の位相とが聴取位置で実質的に逆相となる。
【0051】
500Hzでは、スピーカSPFRに入力する音の信号の位相を+160度シフトさせた場合に、スピーカSPFRからの音の位相とスピーカSPFLからの音の位相とが聴取位置で実質的に同相となり、スピーカSPFRに入力する音の信号の位相を-20度シフトさせた場合に、スピーカSPFRからの音の位相とスピーカSPFLからの音の位相とが聴取位置で実質的に逆相となる。
【0052】
位相調節量計算部116Eは、周波数ポイント毎の合成結果から、スピーカSPFRからの音の位相とスピーカSPFLからの音の位相とを聴取位置で実質的に同相とするための、周波数スペクトルR”の周波数ポイント毎の位相シフトの値(以下「位相調節量」と記す。)を求める(ステップS107)。
【0053】
本実施形態では、聴取位置での音圧を向上させるため、スピーカSPFRからの音の位相とスピーカSPFLからの音の位相とを聴取位置で実質的に同相とするための、周波数スペクトルR”の周波数ポイント毎の位相調節量が求められる。
【0054】
図9は、50Hz~1kHzの範囲における各周波数ポイントの位相調節量であって、スピーカSPFRからの音の位相とスピーカSPFLからの音の位相とが聴取位置で実質的に同相となるときの、周波数スペクトルR”の各周波数ポイントの位相調節量を示す図である。図9中、縦軸は位相調節量(単位:degree)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。補足すると、図9は、周波数軸上で隣接する各周波数ポイントの位相調節量を直線でつなぐことにより、周波数スペクトルR”の周波数領域における位相調節量を示すものとなっている。
【0055】
図9に示されるように、本実施形態では、車室内における周波数毎の伝搬遅延時間の差異により、位相調節量が周波数によって大きく異なっている。
【0056】
図4に示されるように、計算部116は、帯域検出部116Fを有する。帯域検出部116Fは、位相調節量計算部116Eにて求められた周波数スペクトルR”の周波数毎(本実施形態では周波数ポイント毎)の位相調節量に基づいて、進み位相となる帯域を検出する帯域検出部として動作する。
【0057】
具体的には、帯域検出部116Fは、位相調節量計算部116Eにて求められた周波数スペクトルR”の各周波数ポイントの位相調節量(図9参照)を、0より大きい位相調節量(すなわち正の位相調節量)と、0より小さい位相調節量(すなわち負の位相調節量)に振り分ける(ステップS108)。
【0058】
帯域検出部116Fは、ステップS108にて振り分けられた負の位相調節量を絶対値に変換、すなわち、負の位相調節量を正の位相調節量に変換する(ステップS109)。ここでは、後述のステップS112における閾値判定を容易にするため(具体的には、位相調節量が-90度より大きく+90度よりも小さい場合には閾値未満と判定し、位相調節量が-90度及びこれによりも小さい場合又は+90度及びこれによりも大きい場合には閾値以上と判定するため)、負の位相調節量を絶対値している。
【0059】
帯域検出部116Fは、ステップS108にて振り分けられた正の位相調節量と、ステップS109にて負から正に変換された位相調節量(すなわち絶対値に変換された位相調節量)とを合成する(ステップS110)。図10に、ステップS110による合成後の位相調節量を実線で示す。図10中、縦軸は位相調節量(単位:degree)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。補足すると、図10の実線は、周波数軸上で隣接する各周波数ポイントの位相調節量を直線でつなぐことにより、ステップS110による合成後の位相調節量であって、周波数領域における位相調節量を示すものとなっている。
【0060】
帯域検出部116Fは、ステップS110による合成後の各周波数ポイントの位相調節量を周波数軸上でスムージングする(ステップS111)。スムージングは、例えばタップ数が8のFIRによるローパスフィルタを用いて行われる。図10に、ステップS111によるスムージング後の、周波数領域における位相調節量を一点鎖線で示す。
【0061】
帯域検出部116Fは、所定の閾値を用いて、進み位相となる帯域、言い換えると、プリエコーを発生させる原因となる帯域を検出する(ステップS112)。具体的には、帯域検出部116Fは、ステップS111によるスムージング後の各周波数ポイントの中で位相調節量が+90度以上となる周波数ポイントを含む帯域を進み位相となる帯域として検出する。以下、ステップS112にて検出される帯域を「進み位相帯域」と記す。
【0062】
ステップS112では、後述する第1及び第2の遅れ位相データが位相を180度間隔で制御するデータであることから、その半値である+90度を閾値としている。但し、この閾値(すなわち+90度)は一例に過ぎない。この閾値は、例えば+45度や+135度などの、別の値であってもよい。
【0063】
図4に示されるように、計算部116は、位相変換部116Gを有する。位相変換部116Gは、帯域検出部116Fにより検出された進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換する位相変換部として動作する。
【0064】
具体的には、位相変換部116Gは、ステップS112にて検出された進み位相帯域に値1を設定し、それ以外の周波数帯域(すなわち位相調節量が+90度未満の周波数帯域)に値0を設定する(ステップS113)。図11に、ステップS113による値の設定結果を示す。図11中、縦軸は設定値を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
【0065】
本実施形態では、2つの進み位相帯域が検出される。図11に示される2つの進み位相帯域のうち、周波数帯域が低い進み位相帯域を「進み位相帯域Ba」と記し、周波数帯域が高い進み位相帯域を「進み位相帯域Bb」と記す。進み位相帯域Baの立ち上がり部分の周波数(言い換えると、進み位相帯域Baの始端周波数)を「周波数f1a」と記し、進み位相帯域Baの立ち下がり部分の周波数(言い換えると、進み位相帯域Baの終端周波数)を「周波数f2a」と記す。進み位相帯域Bbの立ち上がり部分の周波数(言い換えると、進み位相帯域Bbの始端周波数)を「周波数f1b」と記し、進み位相帯域Bbの立ち下がり部分の周波数(言い換えると、進み位相帯域Bbの終端周波数)を「周波数f2b」と記す。
【0066】
位相変換部116Gは、図11に示される設定結果において、周波数軸上で値が0から1に変化する毎に(言い換えると、周波数軸上で進み位相帯域の立ち上がり部分(進み位相帯域の始端周波数)が現れる毎に)位相をマイナス側に所定角度シフトする第1の遅れ位相データを生成するとともに、周波数軸上で値が1から0に変化する毎に(言い換えると、周波数軸上で進み位相帯域の立ち下がり部分(進み位相帯域の終端周波数)が現れる毎に)位相をマイナス側に所定角度シフトする第2の遅れ位相データを生成する(ステップS114)。本実施形態において、上記の所定角度は-180度である。このように、位相変換部116Gは、進み位相帯域Ba及びBbの位相をマイナスの位相に変換した遅れ位相データ(すなわち、第1及び第2の遅れ位相データ)を生成する。
【0067】
図12は、位相変換部116Gにより生成される第1及び第2の遅れ位相データを示す。図12中、実線が第1の遅れ位相データを示し、一点鎖線が第2の遅れ位相データを示す。図12中、縦軸は位相調節量(単位:degree)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。
【0068】
図12に示されるように、第1の遅れ位相データは、周波数f1aで位相が-180度シフトし、周波数f1bで位相が更に-180度シフトするデータとなっている。また、第2の遅れ位相データは、周波数f2aで位相が-180度シフトし、周波数f2bで位相が更に-180度シフトするデータとなっている。
【0069】
本実施形態では、ステップS112にて進み位相帯域が2つ検出された結果、周波数軸上で値が0から1に変化する部分が2つとなり(図11の周波数f1a及びf1B参照)、また、周波数軸上で値が1から0に変化する部分が2つとなっている(図11の周波数f2a及びf2B参照)。これらの部分が現れる毎に位相が-180度シフトすることから、第1及び第2の遅れ位相データは、最大で360度の遅れ位相をもつデータとなっている。
【0070】
ここで、ステップS111においてスムージングが行われない場合を考える。この場合、帯域検出部116Fは、ステップS110による合成後の各周波数ポイントの位相調節量から、進み位相帯域を検出することとなる。この場合に検出される進み位相帯域は計4つとなる。そのため、ステップS114にて生成される第1及び第2の遅れ位相データは、最大で720度の遅れ位相をもつデータとなる。遅れ位相データの遅れ位相が大きいほどプリエコーを低減する効果が向上する一方、位相を遅れさせすぎることでFIRフィルタによる音の信号の周波数特性の補正の精度が劣化し、音圧や音質の改善効果が低減する。また、遅れ位相が大きいほど周波数軸上での位相の変化が急峻になって異音が発生しやすくなる。そのため、本実施形態では、ステップS111においてスムージングを行って、ステップS112にて検出される進み位相帯域の数を減らすことにより、第1及び第2の遅れ位相データが過剰な遅れ位相をもたないようにしている。
【0071】
なお、本実施形態では、周波数軸上で進み位相帯域の立ち上がり部分や立ち下がり部分が現れる毎に、図12及び図13に示されるように、-180度の位相シフトを1ステップで付与(例えば0度から-180度まで連続的に滑らかに変化するように)しているが、-180度の位相シフトを複数ステップで付与(例えば、0度から-90度まで連続的に滑らかに変化するステップと、-90度から-180度まで連続的に滑らかに変化するステップの2ステップで変化するように)してもよい。
【0072】
また、上記のシフト角度(すなわち-180度)は一例に過ぎない。このシフト角度は、-45度や-90度などの、別の角度であってもよい。また、第1の遅れ位相データに対応するシフト角度と、第2の遅れ位相データに対応するシフト角度は、異なる角度であってもよい。
【0073】
周波数軸上で位相の変化が急峻な箇所があると、異音が発生しやすくなる。そのため、位相変換部116Gは、第1及び第2の遅れ位相データを周波数軸上でスムージングする(ステップS115)。スムージングは、例えばタップ数が16のFIRによるローパスフィルタを用いて行われる。図13に、ステップS115によるスムージング後の、第1、第2の遅れ位相データをそれぞれ、実線、一点鎖線で示す。
【0074】
図4に示されるように、計算部116は、フィルタ係数生成部116Hを有する。フィルタ係数生成部116Hは、位相変換部116Gによる変換後の位相調節量、すなわち、第1及び第2の遅れ位相データに基づいて、制御対象スピーカSPFRに対応するフィルタ係数を生成する生成部として動作する。
【0075】
具体的には、フィルタ係数生成部116Hは、逆フーリエ変換により、周波数領域の信号である第1の遅れ位相データを時間領域の信号であるインパルス応答に変換するとともに、周波数領域の信号である第2の遅れ位相データを時間領域の信号であるインパルス応答に変換する。次いで、フィルタ係数生成部116Hは、第1の遅れ位相データを変換することによって得たインパルス応答と、第2の遅れ位相データを変換することによって得たインパルス応答とを畳み込み、畳み込み後のインパルス応答をスピーカSPFRに対応するフィルタ係数として得る(ステップS116)。すなわち、フィルタ係数生成部116Hは、逆フーリエ変換により得た2つのインパルス応答を畳み込むことにより、スピーカSPFRに対応するフィルタ係数を生成する。以下、このフィルタ係数を「フィルタ係数FC」と記す。
【0076】
次に、計算部116にて生成されたフィルタ係数FCを用いて、音源より入力される音の信号を再生する動作について説明する。
【0077】
記録媒体再生部108は、例えばCD(Compact Disc)やDVD(Digital Versatile Disc)等の音源より入力される音の信号S、S(以下「オーディオ信号S、S」と記す。)を再生する。制御部100は、記録媒体再生部108により再生されたオーディオ信号S、SをFIRフィルタ110に出力する。
【0078】
FIRフィルタ110は、計算部116にて生成されたフィルタ係数FCを、制御対象スピーカに入力するオーディオ信号(本実施形態では、スピーカSPFRに入力するオーディオ信号S)に畳み込むことにより、音の信号の位相の周波数特性を補正する。進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換したデータ(すなわち第1及び第2の遅れ位相データ)をインパルス応答に変換して得たものをフィルタ係数としてオーディオ信号Sに畳み込んでいるため、プリエコーを低減しつつ音圧や音質(本実施形態では音圧)が改善される。
【0079】
なお、FIRフィルタ110は、制御対象スピーカでないスピーカ(以下「非制御対象スピーカ」と記す。)に入力するオーディオ信号(本実施形態では、スピーカSPFLに入力するオーディオ信号S)についてはスルー出力によって位相の周波数特性を補正することなく出力する。FIRフィルタ110より出力されたオーディオ信号S、Sは、増幅部112を介して、それぞれ、スピーカSPFR、SPFLから車室内に出力される。FIRフィルタ110による位相の周波数特性の補正により、プリエコーを低減しつつ音圧や音質が改善された楽曲等が車室内で再生される。
【0080】
図14図17に、各座席位置(運転席、助手席)にて観測される音の特性の具体例を示す。図14及び図15は本発明に係る実施例を示し、図16及び図17は比較例(従来例)を示す。図14図17の例では、音の特性を観測するために使用されるオーディオ信号がモノラルのインパルス信号であり、周波数領域が50Hz~1kHzであるものとする。
【0081】
図14Aは、オーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに運転席で観測されるインパルス応答(すなわち音の時間特性)を示す図である。図14Bは、オーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに運転席で観測される音の周波数特性を示す図である。
【0082】
図15Aは、オーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに助手席で観測されるインパルス応答を示す図である。図15Bは、オーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに助手席で観測される音の周波数特性を示す図である。
【0083】
図14A図15Aの各図中、縦軸は振幅(正規化された値のため単位なし)を示し、横軸は時間(単位:sec)を示す。図14B図15Bの各図中、縦軸は音圧レベル(単位:dB)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。また、これらの図面において、実線は、図3のフィルタ係数生成処理にて生成されたフィルタ係数FCをスピーカSPFRに入力する信号に畳み込んでオーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに運転席で観測される音の特性を示し、一点鎖線は、フィルタ係数FCをスピーカSPFRに入力する信号に畳み込むことなく(すなわちFIRフィルタ110によるフィルタ制御なしで)オーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに運転席で観測される音の特性を示す。図14図15の例でも上記の実施形態と同様に、フィルタ係数FCを制御対象スピーカSPFRに入力するオーディオ信号Sに畳み込むことによってオーディオ信号Sの位相の周波数特性を補正し、非制御対象スピーカSPFLに入力するオーディオ信号Sについては位相の周波数特性を補正しない。なお、FIRフィルタ110による遅延は補正されるものとする。
【0084】
図16Aは、比較例においてオーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに運転席で観測されるインパルス応答を示す図である。図16Bは、比較例においてオーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに運転席で観測される音の周波数特性を示す図である。
【0085】
図17Aは、比較例においてオーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに助手席で観測されるインパルス応答を示す図である。図17Bは、比較例においてオーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに助手席で観測される音の周波数特性を示す図である。
【0086】
図16A図17Aの各図中、縦軸は振幅(正規化された値のため単位なし)を示し、横軸は時間(単位:sec)を示す。図16B図17Bの各図中、縦軸は音圧レベル(単位:dB)を示し、横軸は周波数(単位:Hz)を示す。また、これらの図面において、実線は、従来のフィルタ係数をスピーカSPFRに入力する信号に畳み込んでオーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに運転席で観測される音の特性を示し、一点鎖線は、従来のフィルタ係数をスピーカSPFRに入力する信号に畳み込むことなく(すなわちFIRフィルタ110によるフィルタ制御なしで)オーディオ信号を各スピーカSPFR、SPFLから同時に出力したときに運転席で観測される音の特性を示す。
【0087】
なお、図16及び図17の例では、図9に示される周波数スペクトルR”の各周波数ポイントの位相調節量をタップ数が8のFIRによるローパスフィルタを用いてスムージングし、これを逆フーリエ変換して得たインパルス応答を「従来のフィルタ係数」とする。すなわち、「従来のフィルタ係数」は、進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換する処理を行わずに生成したフィルタ係数である。
【0088】
図14図17の例では、スピーカSPFRからの音の位相とスピーカSPFLからの音の位相とを運転席で実質的に同相とするための位相調節量(図8参照)を基にフィルタ係数が生成されている。そのため、図14B及び図16Bに示されるように、本実施例と比較例の双方で、位相制御の範囲である50Hz~1kHzにおいて、制御対象スピーカSPFRと運転席間における音圧レベルが向上している。また、本実施例(図14A参照)では、フィルタ係数FC(すなわち、進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換した第1及び第2の遅れ位相データをインパルス応答に変換して得たもの)をオーディオ信号Sに畳み込むことにより、プリエコーを発生させる原因となる進み位相をオーディオ信号Sから実質的に排除することができるため、比較例(図16A参照)と比べて、プリエコーが低減される。
【0089】
助手席は運転席に比較的近いため、図15B及び図17Bに示されるように、本実施例と比較例の双方で、位相制御の範囲である50Hz~1kHzにおいて、制御対象スピーカSPFRと助手席間における音圧レベルが多少ながらも向上している。また、本実施例(図15A参照)では、フィルタ係数FCをオーディオ信号Sに畳み込むことにより、プリエコーを発生させる原因となる進み位相がオーディオ信号Sから実質的に排除されることから、助手席においても、比較例(図17A参照)と比べて、プリエコーが低減される。
【0090】
以上が本発明の例示的な実施形態の説明である。本発明の実施形態は、上記に説明したものに限定されず、本発明の技術的思想の範囲において様々な変形が可能である。例えば明細書中に例示的に明示される実施例等又は自明な実施例等を適宜組み合わせた内容も本願の実施形態に含まれる。
【0091】
上記の実施形態では、運転席でのインパルス応答を測定した場合の処理を説明したが、これと同様の処理が座席毎に行われてもよい。この場合、制御部100は、各座席でインパルス応答を測定した場合に生成されるフィルタ係数FCをプリセットデータとして保持してもよい。リスナは、操作部104を操作してプリセットデータを選択することにより、プリエコーを低減させるためのフィルタ係数FCを任意に切り変えることができる。
【0092】
上記の実施形態では、二つのフロントスピーカが車両に設置されている場合の処理を説明したが、より多くのスピーカが車両に設けられている場合も同様の処理を行うことにより、プリエコーを低減させるためのフィルタ係数FCを生成することができる。
【0093】
例えば二つのフロントスピーカに加えて二つのリアスピーカ(すなわち計4つのスピーカ)が車両に設置される場合を考える。この場合、ステップS101~S105において、各スピーカと聴取位置間のインパルス応答(すなわち4つのインパルス応答)の周波数スペクトルが求められ、ステップS106~S107において、4つのスピーカの各々からの音の位相を聴取位置で実質的に同相とするための位相調節量(例えば制御対象スピーカSPFRに対応する周波数スペクトルR”の各周波数ポイントの位相調節量)が求められ、ステップS108~S112において、進み位相帯域が検出され、ステップS113~S116において、進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換したうえでフィルタ係数が生成される。これにより、4つのスピーカを備える音響システムにおいて、プリエコーを低減させるためのフィルタ係数FCが生成される。
【0094】
また、スピーカSPFR、SPFLの双方が制御対象スピーカであってもよい。この場合、ステップS106~S107において、各スピーカからの音の位相を聴取位置で実質的に同相とするための位相調節量が周波数スペクトルR”と周波数スペクトルL”の双方について求められ、ステップS108~S116において、スピーカSPFR、SPFLのそれぞれに対応するフィルタ係数が生成される。このように、聴取位置に最も近いスピーカを含む複数のスピーカが制御対象スピーカであってもよい。
【0095】
上記の実施形態では、聴取位置での音圧を向上させるため、各スピーカからの音の位相を聴取位置で実質的に同相とするための周波数ポイント毎の位相調節量に基づいて進み位相帯域を検出し、この進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換したうえでフィルタ係数を生成しているが、本発明はこれに限らない。例えば聴取位置での音質を向上させる場合は、聴取位置において、周波数領域におけるピークやディップを低減させるのに好適な、周波数ポイント毎の位相調節量に基づいて進み位相帯域を検出し、この進み位相帯域の位相を遅れ位相に変換したうえでフィルタ係数を生成してもよい。
【符号の説明】
【0096】
1 :音響システム
10 :信号処理装置
100 :制御部
102 :表示部
104 :操作部
106 :測定用信号発生部
108 :記録媒体再生部
110 :FIRフィルタ
112 :増幅部
114 :信号収録部
116 :計算部
116A、116B:測定部
116C、116D:フーリエ変換部
116E :位相調節量計算部
116F :帯域検出部
116G :位相変換部
116H :フィルタ係数生成部
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6A
図6B
図7A
図7B
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14A
図14B
図15A
図15B
図16A
図16B
図17A
図17B