(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-14
(45)【発行日】2024-05-22
(54)【発明の名称】絶縁転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 35/07 20060101AFI20240515BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20240515BHJP
【FI】
F16C35/07
F16C19/06
(21)【出願番号】P 2020142802
(22)【出願日】2020-08-26
【審査請求日】2023-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】松本 章央
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕
【審査官】鈴木 貴晴
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2019/0323558(US,A1)
【文献】実開昭50-072909(JP,U)
【文献】特開2006-105320(JP,A)
【文献】特開2020-112177(JP,A)
【文献】特開2008-082524(JP,A)
【文献】特開2013-149555(JP,A)
【文献】特開2013-174303(JP,A)
【文献】特開平09-046012(JP,A)
【文献】特表2019-519062(JP,A)
【文献】特開2006-057678(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56,
33/30-33/66,
41/00-41/04,
35/07-35/077
H02K 5/00- 5/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材からなる内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、前記内輪の内周面または前記外輪の外周面に嵌合された略円筒状の絶縁ブッシュとを備えた絶縁転がり軸受であって、
前記絶縁ブッシュは、外径側に樹脂組成物からなる絶縁部と、内径側に金属部とを有
し、前記絶縁部と前記金属部が別体で構成されており、
前記金属部は、周方向の一部に合い口が形成された割ブッシュであり、前記絶縁部は、前記割ブッシュの合い口を外径側から覆う円筒部材であり、前記絶縁部の外周面は、軸方向の一方側から他方側に向かって拡径するテーパ形状であることを特徴とする絶縁転がり軸受。
【請求項2】
前記絶縁部の前記樹脂組成物のベース樹脂が、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ポリエーテルケトン系樹脂、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体樹脂、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体樹脂、またはテトラフルオロエチレン-エチレン共重合体樹脂であることを特徴とする請求項1記載の絶縁転がり軸受。
【請求項3】
前記金属部が機械構造用炭素鋼またはステンレス鋼であることを特徴とする請求項1
または請求項2記載の絶縁転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、電動モータの回転軸や冷媒圧縮機の回転軸などのように電流が流れる可能性のある回転軸を絶縁して支持する絶縁転がり軸受が知られている。絶縁転がり軸受を用いることで、転がり軸受の内輪、外輪の両軌道面と転動体の転動面に電食が発生することを防止できる。
【0003】
例えば、特許文献1記載の冷媒圧縮機では、クランク軸における駆動部よりも反圧縮機構部側の副軸部を回転支持する副軸受とクランク軸との間に樹脂材料で構成された樹脂製スリーブが設けられている。これにより、導電性グリースが充填された転がり軸受を使用することなく、安価な構造で、電食による軸受損傷を抑制して冷媒圧縮機の信頼性向上を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1記載の冷媒圧縮機では、樹脂製スリーブが、圧入などの手段で内輪の内周面に嵌め込まれている。しかしながら、加熱と冷却が繰り返される実機での使用条件では、樹脂製スリーブがクランク軸に抱き着くことや、樹脂製スリーブが内輪から抜けることが懸念される。また、同様の樹脂製スリーブを、外輪の外周面に嵌め込んで絶縁性を図ることが考えられるが、樹脂製スリーブが外輪に抱き着くことや、樹脂製スリーブがハウジングから抜けることが懸念される。
【0006】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、電食を防止するとともに、軸などへの抱き着きや、内輪などからの脱落を防止できる絶縁転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の絶縁転がり軸受は、鋼材からなる内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、上記内輪の内周面または上記外輪の外周面に嵌合された略円筒状の絶縁ブッシュとを備えた絶縁転がり軸受であって、上記絶縁ブッシュは、外径側に樹脂組成物からなる絶縁部と、内径側に金属部とを有することを特徴とする。
【0008】
上記絶縁部と上記金属部が別体で構成されていることを特徴とする。また、上記金属部は、周方向の一部に合い口が形成された割ブッシュであり、上記絶縁部は、上記割ブッシュの合い口を外径側から覆う円筒部材であることを特徴とする。
【0009】
上記絶縁部の外周面は、軸方向の一方側から他方側に向かって拡径するテーパ形状であることを特徴とする。
【0010】
上記絶縁部の上記樹脂組成物のベース樹脂が、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂、ポリエーテルケトン(PEK)系樹脂、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)樹脂、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)樹脂、またはテトラフルオロエチレン-エチレン共重合体(ETFE)樹脂であることを特徴とする。
【0011】
上記金属部が機械構造用炭素鋼またはステンレス鋼であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の絶縁転がり軸受は、内輪の内周面または外輪の外周面に嵌合された略円筒状の絶縁ブッシュを備え、該絶縁ブッシュは、外径側に樹脂組成物からなる絶縁部と、内径側に金属部とを有するので、例えば、内輪内径に嵌合する場合、内輪の内周面に接触する側に樹脂製の絶縁部が配置され、軸に接触する側に金属部が配置されることで、軸と内輪が金属接触することがなく電食を防止できる。また、樹脂製の絶縁部と軸とが接触することがないので、絶縁部の軸への抱き着きも防止できる。
【0013】
また、内輪は軸受鋼などの鋼材からなり、樹脂材料に対して線膨張係数が小さい。そのため、使用環境範囲の高温側では絶縁部は、内輪の内周面に沿う方向となる。一方、使用環境範囲の低温側では、絶縁部は縮小するおそれがあるが、内径側の金属部が内側から絶縁部を支えることで樹脂の収縮が抑えられる。これにより、加熱と冷却が繰り返される条件においても、絶縁ブッシュが内輪から脱落することを防止できる。
【0014】
また、外輪外径に絶縁ブッシュを嵌合する場合にも、樹脂製の絶縁部と外輪とが接触することがないので、絶縁部の外輪への抱き着きを防止しつつ、電食を防止できる。また、使用環境範囲の高温側では絶縁部は、ハウジングの内周面に沿う方向となる。一方、使用環境範囲の低温側では、絶縁部は縮小するおそれがあるが、内径側の金属部が内側から絶縁部を支えることで樹脂の収縮が抑えられる。これにより、加熱と冷却が繰り返される条件においても、絶縁ブッシュがハウジングから脱落することを防止できる。
【0015】
絶縁部と金属部が別体で構成されるので、一体に構成する場合に比べて、絶縁部と金属部の形状の自由度を向上できる。さらに、金属部は、周方向の一部に合い口が形成された割ブッシュであり、絶縁部は、金属部の合い口を外径側から覆う円環部材であるので、合い口を形成することで金属部に径方向に拡がるばね力を持たせることができ、絶縁部の縮小が好適に抑えられる。また、合い口を絶縁部で覆うことで電食を確実に防止できる。
【0016】
絶縁部の外周面は、軸方向の一方側から他方側に向かって拡径するテーパ状であるので、例えば内輪と絶縁部との嵌め合いの管理が容易になり、ひいては低コスト化を図ることができる。
【0017】
絶縁部の樹脂組成物のベース樹脂がPPS樹脂、PEK系樹脂、PFA樹脂、FEP樹脂、またはETFE樹脂であるので、耐熱性や耐薬品性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の絶縁転がり軸受の拡大断面図である。
【
図2】
図1の絶縁ブッシュの分解斜視図などである。
【
図3】絶縁ブッシュの他の形態を示す分解斜視図などである。
【
図4】絶縁ブッシュの他の形態を示す分解斜視図などである。
【
図5】比較例1~2の試験部材の軸方向断面図である。
【
図9】実施例および比較例の製造コストを比較したグラフである。
【
図10】セラミックス溶射の形成箇所の製造コストを比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の絶縁転がり軸受の一形態について、
図1を用いて説明する。
図1に示すように、絶縁転がり軸受1は、軌道輪である内輪2および外輪3と、この内・外輪間に介在する複数の玉(転動体)4とを有する軸受本体部と、内輪2の内周面に嵌合された絶縁ブッシュ10とを備える。玉4は、保持器5によって一定間隔に整列して保持されている。玉4周囲の軸受空間にはグリース7が充填されており、シール部材6によって軸受空間が密封されている。内輪2と外輪3と玉4は、鋼材で形成されている。なお、鋼材としては、転がり軸受などに使用されるSUJ2などの軸受鋼、浸炭鋼、機械構造用炭素鋼、冷間圧延鋼、または熱間圧延鋼などが挙げられる。
【0020】
図1において、絶縁ブッシュ10は、略円筒状であり、外径側に樹脂組成物からなる絶縁部8と、内径側に金属部9とを有する。絶縁転がり軸受1において、軸受本体部と絶縁ブッシュ10は圧入嵌合により一体化されており、接着剤などにより接着されていない。絶縁転がり軸受1の軸孔にシャフトSが挿入されることで、シャフトS、絶縁ブッシュ10、および内輪2は一体となる。
図1のように、絶縁部8が、シャフトSと内輪2との間に介在することで、軸電流がシャフトSを介して軸受本体部に流れることを遮断できる。
【0021】
図2を参照して、絶縁ブッシュ10について詳細に説明する。
図2(a)は、内輪および絶縁ブッシュの分解斜視図を示す。
図2(a)において、絶縁部8と金属部9は別体で構成されている。絶縁部8は所定の肉厚を有する円筒部材であり、後述の樹脂組成物の成形体である。金属部9は、周方向の一部に合い口9aが形成された割ブッシュである。
図2(a)において、合い口9aは金属部9の軸方向に沿って形成されている。なお、合い口9aは、軸方向に対して所定角度傾斜しつつ、軸方向の一端部から他端部にかけて形成されていてもよい。所定角度は、例えば1°~30°であり、好ましくは1°~10°である。
【0022】
絶縁転がり軸受の組み立て順は、まず、内輪2の内周面2aに、締め代を持たせて円筒部材の絶縁部8を嵌め込む。その後、絶縁部8の内周面8aに、合い口9aを狭めて金属部9を弾性変形させながら嵌め込むことで、絶縁ブッシュが得られる。
【0023】
図2(b)には、絶縁ブッシュが嵌め込まれた状態の径方向断面図を示す。金属部9は、絶縁部8を内輪2の内周面2aに押し付ける方向に付勢するばね性を有しており、そのばね力によって絶縁部8の内周面8aに固定されている。金属部9の合い口9aは、径方向外側に拡がるばね力を適度に発揮させつつ、シャフトを安定して支持できるように形成されることが好ましい。例えば、合い口9aの中心位置を基準とした±θの範囲内に、離間した2つの端部が収まるように形成される。この範囲は、金属部9において、合い口9aの中心位置(各端部端面間の円周方向での中心位置)を円周位置で0°とし、これを基準に中心角で±θとなる範囲をいう。この±θの範囲は、±10°の範囲が好ましく、±5°の範囲が好ましい。
【0024】
図2(b)に示すように、絶縁部8が、金属部9の合い口9aを外径側から覆うことで絶縁性が確保されている。使用温度環境によって、絶縁部8が膨張または収縮する可能性があるが、金属部9は径方向外側に拡がるばね性を有しており、そのばね力によって絶縁部8が内輪2の内周面2aに押し付けられるので、絶縁部8の膨張や収縮が抑えられ、絶縁転がり軸受の内径の寸法安定性を維持できる。その結果、温度環境にかかわらず、シャフトを安定して支持できる。
【0025】
金属部の材質は強度の面から溶製金属が好ましく、鉄系の溶製金属がより好ましい。鉄系としては、一般構造用炭素鋼(SS400など)、機械構造用炭素鋼(S45Cなど)、ステンレス鋼(SUS303、SUS316など)などが使用できる。また、これらの鉄系に、亜鉛、ニッケル、銅などのめっきを施してもよい。金属部の肉厚は特に限定されず、例えば0.5mm~5mmであり、より好ましくは1mm~3mmである。
図2の割ブッシュは、所定の肉厚の金属板を曲げ加工することなどで得られる。
【0026】
また、絶縁部の肉厚は特に限定されず、例えば0.5mm~5mmであり、より好ましくは1mm~3mmである。絶縁部の肉厚と金属部の肉厚に関して、どちらがより厚くても、もしくは同等程度の厚さでもよい。
【0027】
絶縁部に用いる樹脂組成物のベース樹脂としては、例えば、PEK系樹脂、ポリアセタール(POM)樹脂、PPS樹脂、射出成形可能な熱可塑性ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、ポリアミド(PA)樹脂、射出成形可能なフッ素樹脂などが挙げられる。なお、これらの樹脂は単独で使用しても、2種類以上混合したポリマーアロイとしてもよい。これらの樹脂の中でも、耐薬品性と耐熱性に優れることから、PPS樹脂、PEK系樹脂、PFA樹脂、FEP樹脂、ETFE樹脂が好ましい。なお、PEK系樹脂としては、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリエーテルケトン(PEK)樹脂、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKEKK)樹脂などが挙げられる。
【0028】
また、必要に応じて上記ベース樹脂に添加剤を適宜配合できる。添加剤としては、耐クリープ性を向上できることから、例えばガラス繊維、アラミド繊維、チタン酸カリウムウィスカ、酸化チタンウィスカなどの非導電性の補強材などを配合できる。
【0029】
絶縁部に用いる樹脂組成物の線膨張係数は1×10-5/℃~10×10-5/℃であることが好ましく、1×10-5/℃~5×10-5/℃であることがより好ましい。また、金属部の材質の線膨張係数との関係は特に限定されず、例えば、絶縁部の材質の線膨張係数を金属部の材質の線膨張係数よりも大きくすることが好ましい。
【0030】
絶縁部の成形方法は、特に限定されず、圧縮成形、押出成形、射出成形などの方法を採用できる。射出成形の場合、諸原材料を溶融混練して成形用ペレットとし、これを用いて射出成形法により所定形状に成形する。
【0031】
本発明に係る絶縁ブッシュの他の形態を
図3に示す。
図3に示す絶縁ブッシュ13は、
図2の絶縁ブッシュ10と比べて、絶縁部の構成が異なっている。
図3(a)は、内輪および絶縁ブッシュの分解斜視図であり、
図3(b)は絶縁ブッシュの軸方向断面図である。
【0032】
図3(a)において、絶縁部11と金属部12は別体で構成されている。金属部12は、周方向の一部に離間した合い口12aが形成された割ブッシュであり、
図2(a)の金属部9と同様の構成である。一方、絶縁部11は、
図3(b)に示すように、内周面11aが軸方向と平行な円筒面であり、外周面11bが軸方向の一方側から他方側に向かって拡径するテーパ面である。絶縁部11の肉厚は、軸方向の一方側から他方側に向かって厚くなっており、軸方向の各端部が肉厚の最薄部と最厚部になる。最薄部と最厚部の肉厚差は、例えば0.5mm~2mmである。なお、この形態において、絶縁部11の肉厚の方が金属部12の肉厚よりも厚いこと、つまり絶縁部11の最薄部の肉厚が金属部12の肉厚よりも厚いことが好ましい。
【0033】
絶縁転がり軸受の組み立て順は、まず、内輪2の内周面2aに、略円筒部材の絶縁部11を嵌め込む。この際、絶縁部11の外周面11bがテーパ状になっていると、寸法の相互差があっても内輪2に嵌め込むことができる。そのため、
図2の構成に比べて、内輪2の内径と絶縁部11の外径の締め代の管理を容易にできる。その後は、絶縁部11の内周面11aに金属部12を弾性変形させながら嵌め込むことで、絶縁ブッシュが得られる。
【0034】
絶縁ブッシュの更に他の形態を
図4に示す。
図4は、内輪および絶縁ブッシュの分解斜視図である。
図4に示すように、絶縁ブッシュ16は、円筒状の金属部15の外周面にセラミックス溶射被膜からなる絶縁部14が形成されたブッシュである。
【0035】
セラミックスのベース材料としては、アルミナ、マグネシア、ジルコニア、チタニアなどの金属酸化物、窒化ケイ素、炭化珪素、またはこれらの混合物などが用いられる。溶射材の組成は、例えばアルミナの含有量95.0~98.5質量%とし、他の金属酸化物の含有量1.5~5.0質量%としてもよく、また、アルミナの含有量97.0質量%以上、ジルコニアなどの金属酸化物の含有量1.5~2.5質量%とすれば、絶縁性と共に強度と靱性を向上させることができる。
【0036】
溶射法としては、大気中で行われる大気圧プラズマ溶射などの周知のプラズマ溶射法を採用できる。また、粉末式フレーム溶射法、高速ガス炎溶射法などの周知の溶射法を採用することもできる。
【0037】
セラミックス溶射被膜の厚みは、30μm~300μmが好ましい。30μm未満であると、十分な絶縁性が得られないおそれがあり、300μmを超えると、製造コストが高くなる傾向がある。
【0038】
図4に示す形態の絶縁ブッシュを備える絶縁転がり軸受は、内輪2の内周面2aに、セラミックス溶射被膜を外周面に有する金属部15を締め代を持たせて嵌めたものである。締め代は、内輪2の材質とセラミックスの線膨張係数の差を鑑みて設定される。一般的に、内輪は軸受鋼が採用されるが、セラミックスに対して線膨張係数が高い。したがって、締め代は、使用環境範囲の高温側で内輪が膨張しても、金属部の外周面との締め代がなくならない値に設定される。一方、使用環境範囲の低温側では、内輪2は縮小するため、金属部15に張り付く方向となる。そのため、熱衝撃試験を行った場合であっても絶縁ブッシュ16が内輪2から脱落することを防止できる。また、この構成の場合、金属部15の内周面に特殊な表面処理をする必要がなく、樹脂を射出成形する必要もない。また、金属部15の外周面にセラミックスを溶射するので、内周面に溶射する場合に比べて低コスト化を図ることができる。さらに、シャフトが内輪と金属接触することがないので、絶縁性が保たれ、電食を防止する効果がある。
【0039】
なお、絶縁性能を持たすために、内輪の内周面に直接セラミックスを溶射する方法も考えられるが、内周面に溶射可能な溶射材のサイズや形状は、溶射方法の兼ね合いで制限されてしまうため、コストが高くなる傾向がある。
【0040】
本発明の絶縁転がり軸受の構成は、上記
図1~
図4の構成に限らない、例えば、
図1では玉軸受を示したが、本発明の絶縁転がり軸受は、円すいころ軸受、円筒ころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受などにも適用できる。
【0041】
上記
図1~
図4の絶縁転がり軸受は、内輪の内周面に絶縁ブッシュを嵌合した構成としたが、これに限らない。例えば、外輪の外周面に、絶縁ブッシュ10(
図2参照)や、絶縁ブッシュ13(
図3参照)、絶縁ブッシュ16(
図4参照)などを嵌合して得られる軸受としてもよい。取り付け状態において、絶縁ブッシュの金属部は外輪の外周面に接触するように嵌合され、絶縁ブッシュの絶縁部はハウジングの内周面に接触するように嵌合される。この場合においても、絶縁部の外輪への抱き着きや、絶縁部の縮小に伴うハウジングからの脱落を防止できる。
【0042】
また、
図2および
図3の構成では、絶縁部と金属部を別体で構成したが、金属部の外周面に樹脂組成物をインサート成形したり、樹脂塗料を各種の塗布方法によって塗布するなどして、樹脂成形体や樹脂塗膜を金属部と一体に構成してもよい。なおこの場合も、金属部を割ブッシュにすることが好ましい。また、絶縁部と金属部との間に他の層を介在させてもよい。
【0043】
本発明の絶縁転がり軸受は、例えば、冷媒圧縮機の電動機に使用される電食防止軸受や、電動モータの電食防止軸受に使用される。また、後述の実施例で示すように、-30℃~160℃の熱衝撃試験においても十分な抜去力を有することから、低温条件から高温条件まで幅広い温度域で使用される電食防止軸受に特に適している。例えば、0℃以下および100℃以上の両温度域で使用される電食防止軸受に適用される。
【実施例】
【0044】
実施例1
PEEK樹脂を射出成形して、円筒部材を得た。この円筒部材をSUJ2製の内輪の内周面に嵌合して、さらに、その円筒部材の内周面にSUS304製の割ブッシュを嵌合して、
図2に示す形態の試験用部材を得た。
【0045】
実施例2
PEEK樹脂を射出成形して、外周面がテーパ状の円筒部材を得た。この円筒部材をSUJ2製の内輪の内周面に嵌合し、さらに、その円筒部材の内周面にSUS304製の割ブッシュを嵌合して、
図3に示す形態の試験部材を得た。
【0046】
実施例3
オーステナイト系ステンレス鋼製の円筒部材の外周面に大気プラズマ溶射を行ない、セラミックス溶射被膜を有する絶縁ブッシュを得た。溶射材には、アルミナを使用した。
【0047】
比較例1
PEEK樹脂を射出成形して、絶縁部単体からなる絶縁ブッシュを得た。この絶縁ブッシュをSUJ2製の内輪の内周面に嵌合して、
図5(a)に示す形態の試験部材を得た。
【0048】
比較例2
SUS304製の円筒部材の内周面にアマルファ処理を施して微細凹凸形状を形成した後、その内周面にPPS樹脂をインサート成形して、射出成形層を有する絶縁ブッシュを得た。この絶縁ブッシュをSUJ2製の内輪の内周面に嵌合して、
図5(b)に示す形態の試験部材を得た。
【0049】
実施例1~3および比較例1~2に用いた部品の材質の線膨張係数を表1に示す。
【0050】
【0051】
<抜去力試験>
各試験部材の軸孔にS45製の軸を挿入したものを恒温槽に入れ、熱衝撃を繰り返し加えた。熱衝撃は、160℃、30分の高温条件と、-30℃、30分の低温条件を1セットとして200サイクル行った。200サイクル後に軸を抜き、その試験部材に対して、以下の条件で抜去力試験を行った。
測定器 :オートグラフ
測定速度:5mm/sec
判定基準:200N以上
【0052】
抜去力試験の概略を
図6に示す。
図6に示すように、受け治具18の上に、熱衝撃を加えた後の試験部材17を置き、その試験部材17の内輪17aの内周面に嵌合された絶縁ブッシュ17bの端面に押し治具19を当てた。押し治具19に対して矢印の向きに荷重をかけ、絶縁ブッシュ17bが受け治具18に抜けきるまでの荷重のピークを測定した。荷重が200N以上を合格として、試験数に対する合格数を表1に示す。
【0053】
<通電試験>
通電試験の概略を
図7に示す。
図7に示すように、試験部材17に鉄製のシャフトSを挿入し、そのシャフトSと試験部材17の内輪17aの外周面とに絶縁抵抗測定器20の各端子を当てて、以下の条件で絶縁抵抗値を測定した。各試験例において、3サンプルずつ測定を行い、その平均値を表1に示す。
印加電圧:DC500V
温度 :15~25℃(室温)
湿度 :40~60%
【0054】
【0055】
表2に示すように、実施例1~3および比較例2は、全ての試験数において合格した上、抜去力1000N以上を示し、熱衝撃試験後でも十分な抜去力を有していた。また、実施例1~3および比較例2は、軸への抱き着きも見られなかった。ただし、比較例2の場合、高温時には外径側の金属部の形状拘束を受け、体積膨張が内径側へ逃げる結果、内径寸法が小さくなる可能性が考えられる。これに対して、実施例1~3は、絶縁部が内輪と金属部に挟まれ、かつ、金属部によって内輪に押し付けられる方向に付勢されているので、温度変化に伴う絶縁部の体積変化を抑制でき、内径の寸法安定性に一層優れると考えられる。
【0056】
一方、比較例1は、熱衝撃試験後において、全ての試験数で絶縁ブッシュが軸に抱き着いたため、絶縁ブッシュと軸が内輪から一緒に抜ける結果となった(
図8参照)。試験数5つのうち合格数は1つであり、残りの不合格数4つのうち3つは、絶縁ブッシュの縮小によって内輪と絶縁ブッシュとの締め代がなくなり、絶縁ブッシュと軸が内輪から自重で抜ける結果となった。さらに、
図8に示すように、絶縁ブッシュに割れも確認された。
【0057】
通電試験では、いずれの例も、シャフトが内輪の内周面と金属接触することがなく、絶縁性が示された。
【0058】
続いて、比較例2の絶縁ブッシュの製造コストを1とした場合における、他の絶縁ブッシュの製造コストを数値化した。結果を
図9に示す。
【0059】
図9に示すように、比較例2の絶縁ブッシュは、特殊な表面処理が必要であり、また射出成形であるため、他に比べて、コスト増になった。一方、実施例1および実施例2の絶縁ブッシュは、金属部と絶縁部が、割ブッシュと樹脂製の円筒部材で構成され、特殊な表面処理や射出成形を必要としないため、製造コストを大幅に低減できる。特に、実施例2は、樹脂製の円筒部材の外周面がテーパ形状であり、寸法の相互差があっても内輪に嵌め込むことができるため、製造コストをより低減できる。また、実施例3の絶縁ブッシュは、セラミックスの溶射が必要であるものの、外周面に溶射しているため、内周面に溶射する場合に比べて、製造コストを低減できる。例えば、セラミックス溶射において、内周面に溶射した場合の製造コストを1とすると、外周面に溶射した場合の製造コストは0.4程度となる(
図10参照)。
【0060】
以上のように、本発明の絶縁転がり軸受は、幅広い温度域においても軸への抱き着きや内輪からの脱落を防止でき、寸法安定性を維持できるため、軸を安定して支持することができる。また、絶縁転がり軸受の低コスト化も図ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の絶縁転がり軸受は、電食を防止するとともに、軸などへの抱き着きや、内輪などからの脱落を防止できるので、電動モータの軸や冷媒圧縮機の軸を支持する電食防止軸受として広く利用することができる。
【符号の説明】
【0062】
1 絶縁転がり軸受
2 内輪
3 外輪
4 玉
5 保持器
6 シール部材
7 グリース
8 絶縁部
9 金属部
10 絶縁ブッシュ
11 絶縁部
12 金属部
13 絶縁ブッシュ
14 絶縁部
15 金属部
16 絶縁ブッシュ
17 試験部材
18 受け治具
19 押し治具
20 絶縁抵抗測定器
S シャフト