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特許7489028銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物とその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-15
(45)【発行日】2024-05-23
(54)【発明の名称】銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 15/08 20060101AFI20240516BHJP
   B29C 45/14 20060101ALI20240516BHJP
   C08L 81/02 20060101ALI20240516BHJP
   C08L 23/26 20060101ALI20240516BHJP
   C08K 7/14 20060101ALI20240516BHJP
   B29K 81/00 20060101ALN20240516BHJP
   B29K 23/00 20060101ALN20240516BHJP
   B29K 105/12 20060101ALN20240516BHJP
【FI】
B32B15/08 Q
B29C45/14
C08L81/02
C08L23/26
C08K7/14
B29K81:00
B29K23:00
B29K105:12
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020100248
(22)【出願日】2020-06-09
(65)【公開番号】P2021194778
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-02-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000206141
【氏名又は名称】大成プラス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100093687
【弁理士】
【氏名又は名称】富崎 元成
(74)【代理人】
【氏名又は名称】町田 光信
(74)【代理人】
【識別番号】100168468
【弁理士】
【氏名又は名称】富崎 曜
(72)【発明者】
【氏名】安藤 直樹
(72)【発明者】
【氏名】山口 嘉寛
【審査官】大村 博一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-132243(JP,A)
【文献】国際公開第2012/070654(WO,A1)
【文献】特開2019-136863(JP,A)
【文献】特開2016-044303(JP,A)
【文献】特開2016-126989(JP,A)
【文献】金属接合用PPS [online],日本,東ソー株式会社,2023年11月14日,https://www.tosoh.co.jp/product/assets/pps_030.pdf,[2023年11月14日検索],インターネット
【文献】技術資料 金属接合用PPS [online],日本,東ソー株式会社,2023年11月14日,https://www.tosoh.co.jp/product/assets/pps_040.pdf,[2023年11月14日検索],インターネット
【文献】サスティール SGX-120 コード 12 [online],日本,東ソー株式会社,2023年11月14日,https://www.tosoh.co.jp/product/assets/sgx_120_12.pdf,[2023年11月14日検索],インターネット
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
B29C 45/00-45/84
B29C 65/00-65/82
C08K 3/00-13/08
C08L 1/00-101/14
H01M 50/00-50/198
H01M 50/50-50/598
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面処理された銅片と、特定のポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物とが直接的に接合一体化された構造物であって、
前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物は、その樹脂部の主成分をポリフェニレンサルファイド樹脂、従成分を変性ポリオレフィン樹脂で、強化材成分として樹脂組成物全体の15~25重量%のガラス短繊維が加わった樹脂組成物であり、かつ、
前記銅材と前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物との接合力が、国際標準化機構で規定(ISO19095)する射出接合物によるせん断接合強度の測定で40MPa以上であり、かつ、
前記射出接合物は、300回の連続的な繰り返しによるせん断方向の外力を加えても破断しない引っ張り力と定義されるせん断接合粘り性値が33MPa以上であり、
前記銅材は、純度が99.90%以上の純銅材であり、
前記銅材に接合される前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物の厚みは、基本的に1mm以下である
ことを特徴とする銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物。
【請求項2】
請求項1に記載の銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物において、
前記銅材は、棒状物であって負電極の引き出し部をなし、化成処理による表面処理を済ませたアルミニウム合金製の棒状物を正電極の引き出し部を成し、前記負極部及び前記正極部の引き出し部が外部に貫通している電池蓋を構成し、前記電池蓋の素材が前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物であるリチウムイオン電池の電極引き出し部の廻りの構造物である
ことを特徴とする銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物。
【請求項3】
請求項に記載の銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物の製造方法において、
表面が化成処理された前記銅部材を射出成形用金型にインサートし、前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物を射出することにより、前記銅部材と前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物とを直接的に一体化物化することを特徴とする製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物とその製造方法に関する。更に詳しくは、リチウムイオン電池等の電極引き出し部に用いられ、特に、外部から電解液への水分子等の異物質の侵入を抑えることができるシール構造を有する、銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン電池(以下、「LIB」という。)は、電解液に浸漬される正極、負極から集電して電力をLIBの本体容器から外部に取り出すために、正電極材に銅材、負電極材にアルミニウム合金材が用いられているものがある。この電極材は、電解液が漏洩しないように、LIBの容器材との固着接合部をシールする必要があり、このために一般にはOリング等が用いられている。本出願人は、このOリング構造ではなく、銅材、アルミニウム合金材である電極材を射出成形金型にインサートし、これに容器の蓋材の樹脂を射出してシールする構造、及び、その構造物の製造方法を提案した(特許文献1、5等参照)。即ち、負極用の引き出し用のアルミニウム合金(以下、「Al合金」と称する。)製の棒状物と、これを支える合成樹脂製の電池蓋との間の接合面(固着面)、及び、正極用の電極引き出し用の銅製棒状物と、この電池蓋との間の接合面(固着面)を改良したものである。本発明者等は、この金属・樹脂部間の接合面(固着面)を改良し、超微細な隙間を通過する水分子や酸素分子の分子数量を極力抑えることができる、金属面の化成処理方法、及びそれに用いる合成樹脂組成物を提案した。
【0003】
LIBは優れた2次電池であり、既に世界中で実用化され使用されているが、例えば、日本国内の自然環境下では、5年程度で蓄電量が急激に低下する傾向がある。この原因の一つに、完全無水であるべき電解液に、水分等の異物が侵入することも劣化の原因の一つとも言われている。取り分け、上記の金属・樹脂部間の接合面は、線膨張係数の違い等の理由から、異材質である金属と樹脂の接着力が経年変化に耐えられない問題がある。また、上記金属と樹脂間のシールは、上記の理由から高度なガスシール性と、熱応力による繰返しのクリープ応力に対する耐久性も要求される。本発明の発明者等(以下、「発明者等」という。)は、上記LIBの引き出し電極材(銅材とAl合金材)と、これに接合(固着)する蓋材に用いる合成樹脂は、ポリフェニレンサルファイド樹脂(Poly Phenylene Sulfide Resin、以下「PPS」という。)系の組成物「例えば、『SGX120』(東ソー株式会社(本社:日本国東京都))」(以下、「SGX120」という。)が最適であると考え提案した。この提案した「銅材とAl合金材」の双方、又は一方の表面は、特定の化成処理されたものである(特許文献1、4、5参照)。
【0004】
発明者等が過去に提案したものの中に、金属と結晶性熱可塑性樹脂とを強く直接的に接合させる技術として射出成形機を用いて行うもの、即ち、既に多くの射出成形の関係技術者には既に知られているが、「射出接合法」、「射出接合技術」等と呼称される接合技術がある。その射出接合技術の中に、発明者等が開発し命名した「NMT」と「新NMT」がある(特許文献11、12等参照)。LIBの製造において、このNMTや新NMTを使用すれば、射出成形金型にAl合金や純銅材をインサートし、PPS系樹脂組成物(例えば、「SGX120」)を使用して射出接合したときに、その樹脂部と金属部間の接合力(せん断接合強度)は、何れも約40MPa程度の強さがあり、接合強度が非常に強いことが判明していた。それ故、これらAl合金と、銅材に関する射出接合技術を使って、LIB電池箱内と外気の間の液封止は勿論、ガス封止さえ出来る技術に使用できると考えた。
【0005】
この技術思想で、LIBの蓋部の構造案を設計して、その構造の開示を行ったのが特許文献1に記載した発明である。ただし、特許文献1に記載し、LIB蓋部の電極引き出し部分に使用した射出接合技術は、Al合金に関するもののみであった。当時、Al合金に対する射出接合のための表面処理法の改良が進み、本発明者等が命名したNMT2処理法を発明した時である。この特許文献1に記載されたものは、LIB蓋部の構造案について提案し開示しているものの、その化成処理の基本は、NMT2処理法という主にAl合金材用に開発し新表面処理法である。このNMT2処理されたAl合金材と、PPS系樹脂「SGX120」との射出接合物におけるその接合面部のガス封止性は高い。当時に於いて、新NMT処理法を施したC1100銅使用の射出接合物は、その接合面におけるガス封止性は従前のOリング封止法に較べればヘリウムガス漏れ実験で1桁以上も高く、使用できない物ではなかった。しかしながら、Al合金材とPPS系樹脂「SGX120」との射出接合物におけるそのガス封止性は、C1100銅材を使用した場合より更に2桁高い。それ故に、ガス封止に関してはAl合金材を使用する技術のみを使ったのである。
【0006】
(射出接合物によるガス封止技術)
このように、特許文献1に記載されたものは、主にAl合金に関する射出接合技術について発明されたものであって、Al合金と樹脂のガス封止性について、実験で判明したその高性能を開示したものであった。このAl合金を使用した射出接合物に関しては更に開発を進めた。この射出接合物の接合部の耐湿熱性の強度を確認するための試験を行った。この試験は、本明細書に添付した図1に示す形状の射出接合物(接合強度のための試験片)で行い、これを温度85℃で85%湿度下の環境下で、8千時間晒す高温高湿試験を行っている。この高温高湿試験では、金属・樹脂部間のせん断接合強度は殆ど低下せず、高度な耐湿熱性がある接合方法を実現できた(特許文献2参照)。同様に、-50℃/+150℃の温度衝撃3千サイクルを与えても、金属・樹脂間の接合力が低下しない射出接合物として、具体的な形状設計法も既に提案した(特許文献3参照)。要するに、LIBの電池蓋がPPS系樹脂組成物製であり、電極引き出し部がAl合金材であれば、特許文献1、2、3等で公開された射出接合技術で製作すれば、接合の強度の低下、水分等の異物等の混入もない。即ち、Al合金の金属棒の樹脂板状物の貫通部分で、ガス漏れする速度、正しくは水分子、酸素分子等が電池本体内部に出入りする速度は著しく抑えられ、ガスの完全封止に近いものを実現できた。
【0007】
一方、純銅であるC1100銅と、上記PPS系樹脂組成物である「SGX120」との射出接合物についてだが、本発明者等が当時推奨する化成処理(例えば、特許文献1に記載の処理方法である。)を施したものは、せん断接合強度が、約40MPa程度の強度を実現できた。そしてこの接合部のガス封止性は、従来のシリコーンゴム製Oリングよりも、優れた性能であることを確認した。しかしながら、前述した様な理由で、特許文献1に記載されたLIBの電池蓋構造提案では、銅部についてその射出接合技術を採用しなかった。このため、銅電極の化成処理を改良した発明をその後に提案した(特許文献5参照)。そして更にその後、この発明を更に改良したものも提案した(特許文献4参照)。
【0008】
(銅材に対する射出接合用の表面処理法の変化(本発明の予備試験、開発経緯))
一方、射出接合物における金属・樹脂間の接合力の測定法は、ISO19095として国際規格化された、これは本発明者等が当初から実験として使用してきた手法が公的に規格化されたものである。そのせん断接合強度測定用の射出接合物は、図1に示したものである。即ち、前述した特許文献5、特許文献4に開示した銅、又は銅合金のせん断接合強度は、ISO19095で規格化された以前の測定値である。しかし、図1に示した同じ形状物の試験片からえた数値であり、同じせん断接合強度であるから、本発明の評価指標として同様の数値指標として使える。接合強度を強くする表面処理法が改良されたか否かの判断は、この試験法による射出接合物のせん断接合強度が、向上したか否かで判断していた。但し、この測定試験方法では、接合力がある程度強くなると数値は飽和気味になる。例えば、PPS系樹脂である上記「SGX120」使用したものであれば、銅、又は銅合金の化成処理を改良しても最高値41~42MPaであり、それ以上の数値は得られない。本発明者等は、改良が進んでせん断接合強度が、38MPaを越すとそれ以後の改良物評価が困難になった。即ち、銅、又は銅合金に限らず、硬質の金属材の場合、真の接合力の強さに関係すると見られるガス封止性の効果や評価は、上記せん断接合強度の測定方法のみでは正しく評価できないことが判明した。
【0009】
これに対応すべく本発明者等は、「せん断接合粘り性」という新概念の接合力測定法、即ち、同じ数値のせん断方向の外力を300回だけ繰り返し連続的に加えて、これで破断しないで耐え得る最大の外力を測定する方法を提案した(詳細には後述する。)。そして、この評価法を、新処理法開発の評価指標とした。即ち、本発明者等は、特許文献4に記載された発明をした後に、この評価法で新処理法の開発の評価手法として、各種新処理法を開発した。それ故に、特許文献4に記載した3種の新しい表面化成処理法によるC1100銅片も射出接合させて、図1に示す形状物の試験片をえて、この各々の「せん断接合粘り性」値を測定する確認試験を行った。その結果、特許文献4に示された3種の表面処理品の全ては、それ以前の物より明らかに改良されていたこと、そして、特に3種の表面処理品の中の1種が優れていることが判明した。
【0010】
同様に、特許文献4に記載の3種の表面処理法で処理したC1100銅片と、上記「SGX120」とで射出接合物を得て、その金属・樹脂間の接合力を測定した。この3種類の試験片は、共にせん断接合強度が約40MPaで十分高かった。また、これを簡易的な高温、高湿度試験のために家庭用の電気ポットに試験片を浸漬し、温度98℃の純水に72時間浸漬する試験を行い、3種の内の1種だけが72時間の浸漬後で、38MPaのせん断接合強度を示し高い耐湿熱性を示していた。この中の優れた試験片の一つを、10万倍の電顕写真として図5に示す。この電顕写真を観察すると、表面が約10nm径のウイスカで全体が覆われており、多数のウイスカは絡みながら生えており、このウイスカ形状はまるで人間の頭毛のようである。
【0011】
このウイスカは、分析電子顕微鏡で酸化銅であることが判明した。発明者等が知る限り、特許文献4に示した電子顕微鏡写真(以下、「電顕写真」という。)のように全表面が、密集ウイスカで覆われている金属片は珍しい。本発明において、前述した3種について「せん断接合粘り性」を測定すべくこの密集ウイスカ生成銅片含む3種を再度作成し、これらで「SGX120」の射出接合物を作成し、それらの「せん断接合粘り性」を測定した。その結果、その3種の測定結果は、全て銅の表面処理の基礎発明である特許文献5に記載の物を上回っていただけでなく、前記密集ウイスカ型の1種は他2種よりも高かった。要するに、このウイスカ型の1種は、PPS系樹脂組成物である「SGX120」使用の射出接合物として、せん断接合強度、せん断接合粘り性、接合力耐湿熱性の全てでAl合金使用の射出接合物に近い高数値を示した。
【0012】
[本発明の開発経緯]
このような経過で、特許文献4に記載された化成処理方法の中で、ウイスカを発生する銅片を作る表面処理法を、更に化成処理を試行錯誤により微調整して、せん断接合粘り性が更に高くなる処理法を探索した。そして、特許文献4に記載された発明の改良発明として位置づけ、本発明では銅における「最新の新NMT処理法1」と命名した。そしてこの「最新の新NMT処理法1」で、C1100銅を処理し、LIBに用いることができると判断した。要するに、この銅片を使用した射出接合物は、せん断接合強度が約42MPaと高いだけでなく、その接合力に耐湿熱性がある。そして、この射出接合物は、「せん断接合粘り性」値でも35.3MPaの高値を示したので、接合面部のガス封止性も高いと予測した。この理由は、Al合金とPPS系樹脂組成物との射出接合物も、せん断接合強度が約40MPaと高いだけでなく、その接合力に耐湿熱性があり「せん断接合粘り性」値もC1100銅材でえた35.3MPaと同値で高い。要するに、この改良によりその射出接合物は、せん断接合強度、せん断接合粘り性、接合力耐湿熱性の全てで、Al合金使用の射出接合物と同等の高い数値をえた。
【0013】
[ウイスカ型銅表面の接合性]
基本的にAl合金と銅材は、物理化学的に同等のPPS系樹脂に対する接合物性を有することから、その接合部におけるガス封止性も類似していると推定した。但し、銅材の表面にウイスカが頭毛のように生えた超微細凹凸面に対し、射出樹脂がそのウイスカの生え際まで短時間で流動して侵入しているか否かについて、現在の技術では観察はできない。完全封止に近いAl合金・PPS系樹脂の射出接合物が実現できたAl合金表面の電顕写真(例えば、図4参照)は、そのような微細凹凸周期の凹部の深さは、明らかにウイスカ面の写真(例えば、図5参照)から得られる凹部深さ(ここではウイスカ層の厚さ)より浅いからである。
【0014】
要するに、ウイスカが形成された表面は、単純な超微細凹凸面形状ではないからである。即ち、ガス封止性としては、ウイスカの生え際にナノレベルの空間が残存している可能性もあり、このウイスカ構造物の方が接合強度で変わらなくてもガス封止性では若干劣るかもしれないと推察される。それ故に本発明では、ウイスカ型に処理された銅片と全く同等なせん断接合強度、「せん断接合粘り性」値を有するC1100銅片用の非ウイスカ型表面を生む表面処理法も開発した。これら表面処理法の改良の結果、銅電極側でのガス封止性が、特許文献4に記載されたものより確実に改良され、アルミ電極部とほぼ同等の性能を示しえると予期出来た。この結果を受けて、図8に示すようなLIB電池蓋の構造案となった。このために新表面処理法によるこの構造の形状例は、先に示したLIB電池蓋構造案(特許文献1に記載の図11に示す構造)より大きく簡略化された。
【0015】
(銅の表面処理法の他の問題)
前述したウイスカ型表面を有する銅材に使用する表面処理の水溶液は、硝酸クロム水和物が0.1%濃度とごく少量だが含まれている。この処理液は、大量の銅片処理を行うと処理液も劣化するから新液に交換する必要があり、廃液が発生する。当然ながら、ごく薄いが3価クロム入りの廃水が生じ、これを自然環境に放出することはできないので、排水処理設備のための投資が必要となる。廃水に含まれるクロム量は、ごく薄いためにこの処理コストは大きなものではないが、少なくともその投資費用が発生する。本発明者等は、このコスト意識ではなく、環境保護の観点から、法的基準を満たすというレベル以上の高度の環境保全性を示すべきと考えた。それ故に、銅材表面の処理に使用する処理液は、クロムを含まないものにする変更が望まれる。しかも、これによって処理した銅材と、PPS系樹脂との射出接合物は、その射出接合力がクロムを含む処理液で処理したものと同等、ないしそれ以上の接合強度を有するものでなくてはならない。本発明の化成処理方法は、この接合物の作成にも到達できた。後述するように、これらのクロムを含まない、処理液で処理した処理方法は、後記の表1に示す「最新の新NMT処理法2」及び「最新の新NMT処理法3」(後述)と呼ぶ。この二つの新処理法による処理済み銅材の表面には、酸化銅ウイスカ群は形成されていない。
【0016】
(射出接合技術)
前述した「射出接合技術」について改めて詳細に述べる。金属と合成樹脂を強く接合する技術は、自動車、家電品、各種産業機器等の部品製造業だけでなく広い産業分野において求められ、このために多くの接着剤が開発されている。このような接合技術は、あらゆる製造業において基幹となる技術である。一方、金属と樹脂を接合するとき、接着剤を使用しない接合方法は、従来から研究され種々提案されている。本発明者等が開発し名付け、前述した「NMT(Nano Molding Technologyの略)」と「新NMT(New Nano Molding Technologyの略)」である。本発明でいうNMTは、特定の化成処理により表面処理をしたAl合金と樹脂組成物との接合技術であり、予め射出成形金型内にインサートしていたAl合金片に、結晶性熱可塑性樹脂を射出し、樹脂部分を成形すると同時に、その成形品とAl合金片とを接合する方法である。又、本発明でいう新NMTは、Al合金を含む全金属種と樹脂組成物との同様な接合技術であり、NMTと異なるのはインサート前に行う金属類への表面処理法に関する基本理論が異なることである。このように射出成形機を介して、金属材等の固形物と熱可塑性樹脂を接合すること、又はその技術を、発明者等は「射出接合」又は「射出接合技術」と称した。
【0017】
(NMT)
Al合金使用の射出接合技術であるNMTは、本発明者等はその成立の必要条件として以下の4又は5条件を規定した。まず、Al合金側に関しては、以下(1)及び(2)が必要条件である。なお、この2点を満足するようAl合金表面を化学処理することを「NMT処理」と称した。
(1)20~50nm径の超微細凹部で全表面が覆われていること。
(2)そしてその表面層に水溶性アミン系化合物が化学吸着していること。
次に、射出する樹脂組成物側に関して、以下の2点又は3点が必要条件である。
(3)使用する樹脂組成物は、高結晶性熱可塑性樹脂を主成分とする樹脂組成物である。
(4)その高結晶性熱可塑性樹脂は、高温下でアミン系分子と化学反応すること。
(5)その樹脂組成物は、従成分樹脂として、主成分樹脂に相溶し得る樹脂、又は主成分樹脂に相溶しない樹脂であっても第3成分樹脂を加えることで主成分樹脂への相溶や部分的相溶が可能となる樹脂を含むこと。
上記(1)~(4)が必須の必要条件であり、上記(5)の条件が加われば射出接合力がより強くなる。上記(1)~(5)の条件を満たし、かつ、上記(2)のアミン系化合物として水和ヒドラジンを選択したものが実用化されたNMTである。
【0018】
(NMT2、NMT5~NMT8)
NMT処理したAl合金に対し、PBT(ポリブチレンテレフタレート)系樹脂組成物が射出接合することにより、強力な接合力が得られることを本発明者等が発見した。そしてその後、同様にNMT処理したAl合金に対し、PPS系樹脂組成物が射出接合できることを発明者等は発見した(特許文献12)。次に、特許文献1に記載したように、Al合金の表面処理法を改良して「NMT2」処理法を開発し、この処理物と前述したPBT系樹脂、PPS系樹脂との射出接合力が向上することを発見した。特に、PPS系樹脂使用物ではそのせん断接合強度が約40MPaとなり、その射出接合物を温度85℃で85%湿度下に、6千~8千時間以上晒して、せん断接合強度が37~40MPaも保たれ、最高度の耐湿熱性ある金属・樹脂一体化物が得られることを初めて見出した。本発明者等はこの技術をNMT2と称した。
【0019】
NMT2を、発明者等はAl合金とPPS系樹脂との射出接合技術で最高度の技術としていたが、その後の実験で未だ問題点が出てきた。即ち、Al合金をNMT2処理してから1週間以上保管して、PPS系樹脂組成物の射出接合工程を行うと、せん断接合強度の耐湿熱性が低下方向に向かうことである。本出願人がNMT2を最も大規模に実施したのは、Al合金製スマートフォンのAl合金製本体の製造である。このとき、化成処理物したAl合金を1週間以上保管し続けると、所望の接合強度が得られないこと、正しくは、せん断接合強度は得られるが、その長期耐熱性が低下することが判明した。その対策で、NMT2処理法を改善し、各種Al合金に対するNMT5、NMT7、NMT8処理法等と称する化成処理方法を開発した。これら新型の処理法を使用すると、上記の有効保管日数は4週間以上となる。加えて、各種Al合金に対して、本発明者等が命名した、NMT5-Oxy、NMT7-Oxy、NMT5-Ano、NMT7-Ano処理法等の新たな新NMT処理法(後述する)を使用すると、前記した有効保管日数は数か月以上となり、NMT2の弱点は完全に払拭された(特許文献2)。
【0020】
(新NMT)
各種金属材と樹脂組成物を射出接合させることができる新NMTを本発明者等は発明し、その原理的な処理法を金属種毎に発明し提案した(特許文献5~9)。即ち、Mg合金、Al合金、銅、ステンレス鋼、一般鋼材、特殊鋼板等、市場に供給される実用金属のほぼ全種に対応する射出接合技術として開示した。ここで使用する高結晶性熱可塑性樹脂は、NMT用の射出接合用樹脂と同じであった。
【0021】
「新NMT」の成立条件は、発明者等の定義では次の5点を必要条件としている。その中の使用金属材に関して、以下3点が必要条件となる。そして、この3点(以下の(1)~(3))を満足するように化学処理することを「新NMT処理」と言う。即ち、
(i)金属材は0.8~10μm周期の微細粗面を有していること、及び
(ii)その粗面上に5~300nm(好ましくは50~100nm)周期の超微細凹凸面形状を有すること、及び、
(iii)前記の表面層は金属酸化物、金属リン酸化物のような硬質のセラミック質の薄層で覆われていること、
そして、射出樹脂側には以下2点が必要条件となる。即ち、
(iV)高結晶性熱可塑性樹脂を主成分とする樹脂組成物を使用すること、
(V)前記樹脂組成物には、主成分である高結晶性熱可塑性樹脂以外に従成分樹脂として、主成分樹脂に相溶し得る樹脂か、又は、主成分樹脂に相溶せぬ樹脂であっても更に第3成分樹脂として主成分樹脂への部分的にでも相溶を進める樹脂を含むこと、である。
【0022】
新NMTは、全金属種に対して開発された。銅の新NMTでの特許出願された最初の発明は、特許文献5に記載された発明であり、その表面の化成処理法の改良は、特許文献1に記載の処理法を経て、特許文献4記載の処理法に至っている、ことは前述した。特許文献4に記載された発明は、そこで開示されているC1100銅の表面処理法の中に、超微細凹凸面として、短い酸化銅ウイスカが頭毛のように、銅板表面を覆う処理物が存在することである。この銅板を使用して、「SGX120」と射出接合物させた場合、そのせん断接合強度は、約40MPaである。これを温度85℃で85%湿度下に3千時間放置した後、これを乾燥して測定すると、せん断接合強度は、32MPaまで低下する。しかし、この超過酷な加速試験での結果からみれば、地球表面上の一般的な大気環境下において、実用的にはその接合力は、十分高い耐湿熱性があると判断した。これら開示された発明が、本発明等が知る限りの最新の銅材の射出接合技術に関係する表面処理法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0023】
【文献】WO2012/070654
【文献】特開2019-188651
【文献】特開2019-217704
【文献】特開2017-132243
【文献】WO2008-047811
【文献】WO2008-069252
【文献】WO2008-081933
【文献】WO2008-078714
【文献】WO2009-011398
【文献】WO2009-116484
【文献】特開2003-103563
【文献】WO2004-041532
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
[銅部材と樹脂のガス封止性]
前記した特許文献1、2、3に記載された方法を使用すれば、LIBの電極引き出し部含む電池蓋構造部自体に完全に近いガス封止性を与える。即ち、PPS系樹脂とAl合金棒材が成す射出接合部には、ほぼ完全に近いヘリウムガスの封止性があり、PPS系樹脂組成物と銅棒材が成す射出接合部分を、特許文献1に記載の図11に示した形状とする、即ち、その銅棒部を1mm厚程度のAl合金薄板で巻き上げ、銅とAl合金とを塑性変形を伴う「締り嵌め」により接合する。これを正電極引き出し部用部材とし、Al合金材用の高度表面処理をして、PPS系樹脂「SGX120」とで射出接合すれば、この銅・樹脂接合部も前記のAl合金使用物と同等のヘリウムガス封止性が生じる。即ち、特許文献1には、既にLIBの電解液部と外気の間をほぼ完全なガス封止性にする案が既に示されているが、それはAl合金材の優れた表面処理法にだけ頼り、LIB用の電極引き出し部材としてはやや厄介な加工工程を含んでいる。
【0025】
本発明は、銅の射出接合技術が大きく進展させ得たのでこれを開示すると共に、同じ技術がLIBの銅製電極引き出し部としてより簡潔に使用でき、高寿命のLIB生産がより容易にできることを示すものである。また、本発明による銅材使用の射出接合物には、その銅材に3価クロムを少量含む水溶液を表面処理液の1つとして使用した物(銅材表面がウイスカ毛で覆われている物)と、クロム材を処理液として全く使用していない物の双方がある。何れもその銅材・樹脂間の接合力関係データは同値だが、その接合面層のガス封止性は双方高いながらも微妙に異なる可能性がある。その僅かな差異が最終的に商業化されたLIBの寿命に関してどのような差異になるかは図り難い。先ずは、高度な環境問題から言えばクロム系化合物含む処理液を使用した製品は避けた方が良い。
【0026】
以上のような背景から本発明は、以下の目的を達成するものである。
本発明の目的は、ガス封止性の高い、銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物とその製造方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、せん断接合強度、せん断接合粘り性が高い、銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物とその製造方法を提供することにある。
本発明の更に他の目的は、銅材の表面処理工程でその処理液の一つに硝酸クロム水和物を含んだ水溶液を使用することなく、せん断接合強度、せん断接合粘り性が高い、銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0027】
本発明は、以上の課題を解決するために以下の手段を採る。
本発明1の銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物は、
表面処理された銅片と、特定のポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物とが直接的に接合一体化された構造物であって、
前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物は、その樹脂部の主成分をポリフェニレンサルファイド樹脂、従成分を変性ポリオレフィン樹脂で、強化材成分として樹脂組成物全体の15~25重量%のガラス短繊維が加わった樹脂組成物であり、かつ、
前記銅材と前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物との接合力が、国際標準化機構で規定(ISO19095)する射出接合物によるせん断接合強度の測定で40MPa以上であり、かつ、
前記射出接合物は、300回の連続的な繰り返しによるせん断方向の外力を加えても破断しない引っ張り力と定義されるせん断接合粘り性値が33MPa以上であり、
前記銅材は、純度が99.90%以上の純銅材であり、
前記銅材に接合される前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物の厚みは、基本的に1mm以下であることを特徴とする。
【0028】
本発明2の銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物は、本発明2において、前記銅材は、棒状物であって負電極の引き出し部をなし、化成処理による表面処理を済ませたアルミニウム合金製の棒状物を正電極の引き出し部を成し、前記負極部及び前記正極部の引き出し部が外部に貫通している電池蓋を構成し、前記電池蓋の素材が前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物であるリチウムイオン電池の電極引き出し部の廻りの構造物であることを特徴とする。
【0029】
本発明3の銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物の製造方法は、本発明1又は2において、表面が化成処理された前記銅部材を射出成形用金型にインサートし、前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物を射出することにより、前記銅部材と前記ポリフェニレンサルファイド系樹脂組成物とを直接的に一体化物化することを特徴とする。
【0031】
以下、本発明を構成する上記の構成物、製造方法の説明、理由、考え方について説明する。
[本発明で使用するPPS系樹脂組成物]
使用樹脂は全て射出接合用樹脂であり、前記したNMT理論、新NMT理論に記載した結晶性熱可塑性樹脂を主成分とし、かつ、少なくともその異高分子を従成分とする樹脂組成物である。具体的に言えば、主成分がPPSの場合には、従成分として変性ポリオレフィン樹脂を使用し、更に第3成分樹脂を少量加えてPPSと変性ポリオレフィン樹脂間での親和力を結果的に高まるようにした。要するに、急冷時のPPS分子の結晶化速度が単独樹脂組成の場合より大幅に遅くなり射出接合し易くなった。このような経過で、前述したように最も射出接合に好適なPPS系樹脂組成物として、前述した「SGX120」等が挙げられる。
【0032】
[射出接合技術]
本発明でいう射出接合とは、銅材、及び/又はアルミニウム合金を射出成形金型にインサートし、射出成形金型を閉じて、そのキャビティにPPS系樹脂組成物を射出して、金属とPPS系樹脂組成物を接合することをいう。これらの射出成形の条件は、PPS系樹脂組成物に要求される一般的な射出成形で行う。
[アルミニウム合金(Al合金)]
一般的な純アルミニウム、アルミニウム合金であれば、Al-Cu系、Al-Mn系、Al-Si系、Al-Mg系等の展伸材、鋳物材を問わずいかなるものでも良い。好ましくは、汎用され規格化されているものを使用すると良い。
【0033】
[銅材]
本発明で用いる銅材は、純銅系の銅材であれば全て使用できる。好ましくは、汎用され規格化されているものを使用すると良い。この表面の好ましい化成処理方法は、特許文献4に詳記されている新NMT型処理法、又はその改良した化成処理方法を使用する(後述する実験例で具体的に詳記する。)。その中ではC1100銅片表面がウイスカを形成する処理法が好ましい。この処理がなされたC1100銅材と、上記「SGX120」との射出接合物(図1形状)のせん断接合強度は、約42MPa、「せん断接合粘り性」値は35.3MPaである。ただ、この表面処理法の中には、3価クロムを少量含む水溶液を使用する浸漬工程が含まれる。そして全浸漬処理を終えた銅材表面は、酸化銅ウイスカが頭毛のように密集して生えた表面形状となる。但し、ウイスカ自体にクロムが含まれている証拠は少なくとも本発明の発明時までには確認できていない。
【0034】
一般論で言えば、クロムを含有した処理液で処理した金属材につきその製造物自身を忌避する法規制等はなく、仮にこれらの製品自体を忌避するのであれば、ステンレス鋼含む特殊鋼やクロム処理された亜鉛鍍金鋼板を代表とする現代社会を支える重要材を忌避することになる。この点を正確に言えば、それらを製造する過程では、必ずクロム含有廃水や廃棄物を生じるので、本発明のように、新たに提案される製品においては、その製造プロセスで生じる廃水や廃棄物等の処理プロセスも法的規制をして、その管理強化すべきとなる。このためにその製造プロセス自体を変更して、クロム剤不使用型にすべきという環境保護の考え方も生まれる。本発明では、この思想により開発したものであり、未来の環境を考慮したものでもある。即ち、公的規制を遵守した廃水処理、廃棄物処理をすれば良いとする法順守型にすべきか、それ以上のものにすべきかとの判断は含まない。本発明では何れも使用可能な技術として双方を含めた。即ち、後述する本発明の実施例で言えば、処理法にクロム含有した処理液を含むものが「最新の新NMT処理法1」、処理液にクロム含有物を含まないものが「最新の新NMT処理法2」、「最新の新NMT処理法3」である。
【0035】
要するに、発明者等は、クロム含有処理液を使用せずに超微細凹凸面を有する、新たに優れたC1100用の新NMT処理法をも開発した。ISO19095に記載の図1形状の射出接合物(試験片)を、「SGX120」と、この新型の表面処理法で処理したC1100銅片で作成した場合と、酸化銅ウイスカで覆われた銅片とを比較した。新型の表面処理法で処理した銅片のせん断接合強度は、41.4MPa、「せん断接合粘り性」値は35.3MPaであり、酸化銅ウイスカで覆われた銅片使用時のせん断接合強度は42.6MPa、「せん断接合粘り性」値は35.3MPaと、両者はほぼ同値である。この時のクロム不含処理液を使用した銅材処理法は、前記した「最新の新NMT処理法2」である。又、同じくクロム不含処理液を使用した銅材処理法「最新の新NMT処理法3」は、上記の処理法2の表面処理品が、乾燥時に外観の色調がややバラつくので、その不安定さを改善した処理法である。
【0036】
[射出接合技術の-50℃/+150℃の温度衝撃数千サイクル試験]
Al合金の線膨張率は2.3×10-5-1、銅の線膨張率は1.8×10-5-1、そして上記「SGX120」成形物の線膨張率は約4×10-5-1である。それ故に、Al合金と上記「SGX120」の一体化物は、温度変化があると、その接合面付近に接合力と反対方向の内部応力が生じる。要するに、Al合金と上記「SGX120」の接合物の線膨張率差は、1.7×10-5-1程度、銅と上記「SGX120」の接合物の線膨張率差は2.2×10-5-1程度である。これら射出接合物の形状が図1に示した形状である場合、その接合面は10mm×5mmの0.5cmであり、例えば200℃の環境温度変化を与えた場合には、Al合金使用物で1.7×10-5-1×200℃=0.0034=0.34%、又、C1100銅使用物で2.2×10-5-1×200℃=0.0044=0.44%の寸法が温度変化前と比べて生じる。
【0037】
この接合面で最も長い部分は、11.2mmあるから、Al合金材の場合には、この長さに0.038mmのズレが生じ、銅材の場合にはそれが0.049mmとなる。これが何千回も繰り返されると、何れ接合面の外周部で接合力を保持できない部分が増え、接合力が減少することになる。上記温度変化の場合、熱可塑性樹脂成形物にはクリープ性があり、温度変化が緩慢に進行する場合、線膨張率差によって生じるはずの内部応力は殆ど観察されない。要するに、緩慢に温度変化すると接合面付近では、金属材の変形により樹脂部には強制的に引張りや圧縮力が負荷されるので、樹脂中の非晶部(高分子が縺れ合って形状化している部分)の縺れ模様が変化して僅かな形状変化を起こし、生じた内部応力を緩和する。これは、クリープ現象の説明そのものだが、それ故に、1日の中で早朝と昼過ぎの気温変化、又、四季の大きいが緩慢な温度変化は、クリープにより上記のような線膨張率差があっても破断まで行くことはない。
【0038】
ただ、LIBの場合、その使用時に激しい温度変化が襲うのは、例えば、寒冷地として知られているアラスカ、シベリア等において使用される冬期の自動車に備えた場合である。寒冷地では、自動車の駐車時は外気温の-50℃程度になり、走行時はLIB内の発熱もあり、エンジンの熱、室内暖房の熱もあるので高いときは80℃程度になる。このような温度変化は、温度変化というよりも温度衝撃である。この温度衝撃は、上記クリープ特性と直接的には関係なく影響しない。それ故に、移動機械用に使用される中型LIBは、-50℃/+100℃の温度衝撃3千サイクル試験程度は十分に耐えねばならない。特許文献3に記載の方法で、Al合金と「SGX120」の射出接合物での温度衝撃3千サイクル試験で行った後、その接合面を観察した。図1に示す形状物(試験片)を一旦作成した後に、その樹脂部を削り取って、その形状を図6図7のように樹脂部厚を元の図1形状の3mm厚から2mm厚や1mm厚にする。
【0039】
そして、図1図6図7形状物を一挙に、-50℃/+150℃の温度衝撃3千サイクル試験にかけ、その後に全て破断してその金属側の接合面跡を観察した。NMT5~7処理したAl合金を使用ものは、図1の樹脂部3mm厚品(試験片)では、10mm×5mm、面積0.5cmの接合面の4隅部に樹脂粉がない状態のクリアになっており、中央部は黒色の樹脂紛が残っていた。上記「SGX120」は、カーボンブラック入りの黒色樹脂であり、この接合面の中央部の樹脂紛が残っているといることは、その黒色部分にて接合面が維持されていたことを示している。黒色がない矩形接合部の内の4隅部は、既に樹脂部が金属表面の微細凹部から抜き出されて、接合力ゼロだった部分である。即ち、上記温度衝撃試験で、破断寸前まで剥離が進んだことを示している。図6に示す接合部が2mm厚の部分では、4隅の内の2隅で僅かに樹脂紛がない部分が観察され、ごく狭い面積で接合力が失われていた。そして、図7に示す接合部が1mm厚の部分では、4隅も含めて全く樹脂抜けは生じていなかった。
【0040】
この結果から、本発明者等は、樹脂厚1.5mmが境目で、1.5mm厚以下の薄い場合には、このような優れた表面処理済みのAl合金に対して、樹脂成形物は接合面積には関係なく温度衝撃が数千サイクルあろうと樹脂が接合し続けると判断した。一方、同様の実験試験をC1100銅片でも行った。即ち、後述する実施例中の実験例「A5」であり、この実験は上記「SGX120」と射出接合させたものである。これは図7に示す形状物(試験片)のみを作成して、-50℃/+150℃の温度衝撃3千サイクル試験にかけた。前述したように、銅材の方がAl合金材より「SGX120」との線膨張率差が大きいので、樹脂厚3mm、樹脂厚2mmのものを、この温度衝撃試験を行った場合、Al合金の実験結果より悪い結果が出ることが予測できた。実験としては、図7に示した形状の樹脂厚1mmの射出接合物(試験片)において、接合面での僅かな剥がれ現象が起こるかを観察した。
【0041】
その結果は、後述する実施例に示す。仮に、接合部の樹脂の肉厚が1mm厚であれば、その接合面積には関係なく、この厳しい温度衝撃試験に耐えられる接合構造と言える。そして、本発明では、樹脂厚1mm以下という肉厚として、銅とAl合金材の双方を含む「SGX120」との射出接合物の設計に関して、特許文献3に記載の基本設計法に沿って行うことが出来る。図8に示す断面形状は、LIBの本体容器の蓋に適用したときの形状例である。
【0042】
[射出接合操作とアニール処理について]
本発明の射出接合は、前述したように射出接合用の金型を作成し、開いた金型に表面処理済の金属片をインサートし、射出成形金型を閉じて溶融樹脂を射出するものである。この射出接合操作について、特別に留意すべき技術的な特徴は必要ではない。敢えて言えば、射出成形金型の温度と保圧時間である。金型温度は、樹脂メーカーが指示している温度範囲でも良いが、この範囲内で基本的には高めに設定すると良い。具体的には上記「SGX120」使用時には、金型温度として140℃付近が好ましい。そして、えられた射出接合物は、そのまま放冷して最終製品とするのではなく、数時間以内に150℃×1時間程度の加熱処理(アニール処理)をして、樹脂の結晶化を十分に進めた上で、射出接合工程の全工程を終えることが好ましい。上記の理由から、本発明銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物は、射出成形後にアニール処理することが好ましい。
【0043】
[せん断接合強度、せん断接合粘り性値の測定]
ISO19095に、射出接合物における金属部と樹脂成形物間のせん断接合強度(tensile lap-shear strength)、引張り接合強度(tensile strength)の測定法が規定されている。これによると、図1に示す形状物(試験片)を引張り試験機で引張り破断させて、そのせん断接合強度を測定する手法、及び、図2形状物を引張り試験機で引張り破断させて、その引張り接合強度を測定する手法が記載されている。このせん断接合強度のISO規格の基本は、本発明者等が特許文献12に記載された発明をしたときから使用し、提唱した強度試験法である。この引張り接合強度の測定法は、本発明者等が種々経過の上で2015年頃から使用し始めたものである。何れも従来の接着力や接合力の測定法とされた日本産業規格(JIS)に規定(JISK6849、6850)された手法では測定できず、新たに新規定を発明者等が提案し、国際工業規格として規定(ISO19095)された。
【0044】
[「せん断接合粘り性」について]
更に、本発明者等は、せん断接合強度だけではなく「せん断接合粘り性(力)」という新たな接合力の記録評価法を提案し、この「せん断接合粘り性」をせん断接合強度の値より重視した。即ち、これはPPS系樹脂組成物である「SGX120」を使用して、射出接合物(図1に示す形状物)を作成し、その接合面にせん断方向の外力を加え、その外力に対する耐性を測定した。この場合、金属種に関わりなく、せん断接合強度が最高で39~42MPaとなり、それ以上は観察されなかった。要するに、金属材の種類や表面処理法が種々変わろうと、上記「SGX120」を使用した実験で、図1に示す形状物とした試験片で破断試験を行うと、上限値らしい数値に行き着く。それ故に、金属合金片の表面処理法を更に改善して、そのせん断接合強度を評価して、改善がなされたか、又は、改善されずにむしろ悪化したかは、せん断接合強度が約40MPaに近づくと判明し難くなる。
【0045】
そのために本発明者等は、新たに「せん断接合粘り性(力)」という測定を提案し、その値が高くなれば、より良い表面処理法が達成できたと判断することにした。この「せん断接合粘り性(力)」は、一種の接合部の疲労試験である。本発明でいう「せん断接合ねばり性」とは、以下の実験方法で得た結果(せん断接合強度)を言う。まず引張り試験機で試験片(図1に示す形状物)を破断して、「せん断接合強度」を事前に測定し確定する。そしてこの試験片に、この「せん断接合強度」の約75%程度の引張り力を、300回だけ連続的に繰り返し与える試験を行う。その荷重の負荷方法は、引張り試験機で行い、その試験機の制御装置の運転ソフトを設定して行う。運転ソフトは、最大引張り力を上記「せん断接合強度」値の75%、最小引張り力を前記の最大引張り力の約2/3とし、かつ、引張り速度を±10mm/分を1サイクルとして運転する。
【0046】
この300サイクルの連続的繰り返し荷重で、せん断破断しなければ、約2MPaだけ最大引張り荷重を大きくして、同様に300回の繰り返し負荷を加える試験をする。それでも破断しない場合は、更に、約2MPa程を加えて同操作を繰り返し、この繰り返しを図1に示した試験片が破断するまで続ける。破断したら、破断前の最大引張り力をもって、その最大引張り力をMPa表示するか、重力単位のkg/0.5cmで表示し、本発明におけるこの本実験では、これを「せん断接合ねばり性」とした。なお、kg/0.5cmの表示をしたのは、引張り試験機の力量表示がkgであり、図1に示した形状物の接合面の接合面積が0.5cmだったことによる。
【発明の効果】
【0047】
本発明の銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物は、せん断接合強度、せん断接合粘り性が強いばかりではなく、その耐せん断的破断力に対して耐湿熱性もある。そして、この双方の物理化学的な物性は、その接合面層に高いガス封止性があることも見いだせた。取り分け、銅材用の新表面処理法を開発でき、その表面処理法として、3価クロム化合物の水溶液を含む処理液を使用するもの、クロム化合物不使用の表面処理液ばかり使用するもの、の双方で新型表面処理法を確立した。これら化成処理を加えたAl合金材、及び、銅材を使用したLIBは、電解液への水分子侵入を実用レベルで封止できる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
図1図1は、ISO19095に規定された金属樹脂接合一体化物における、金属部と樹脂部間のせん断接合強度を測定する目的の射出接合物の外観図である。
図2図2は、ISO19095に規定された金属樹脂接合一体化物における、金属部と樹脂部間の引張り接合強度を測定する目的の射出接合物の外観図である。
図3図3は、ISO19095に規定された金属樹脂接合一体化物における、せん断接合強度を測定する時に使用する補助治具の外観図である。
図4図4は、A5052Al合金の実験例A-1の化成処理後の表面の電顕写真であり、図4(a)は千倍、図4(b)は1万倍、図4(c)は10万倍の写真である。
図5図5は、C1100銅の表面処理物の電顕十万倍写真であり、実験例A-4の化成処理をした後の表面の写真である。
図6図6は、図1に示した形状物にある樹脂部の接合面上部を機械加工で削り、元の厚さ3mmを2mmに薄くした試験片である。
図7図7は、図1に示した形状物にある樹脂部の接合面上部を機械加工で削り、元の厚さ3mmを1mmに薄くした試験片である。
図8図8は、本発明による射出接合物の形状例であり、LIBの本体容器の蓋に適用したときの断面図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0049】
本発明の銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物の実施の形態は、以下に示す実施例の実験例として説明する。
【実施例
【0050】
以下、本発明の銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物の実施例は、以下に説明する実験例として説明する。実験で使用した機器、及び試験方法の概要は以下の通りである。
(a)接合強度の測定1
引張り試験機で射出接合物(図1図2)を引張り破断するときの破断力を、せん断接合強度、引張り接合強度とした。但し、せん断接合強度の測定では、図3に示した補助治具を使用した。使用した引張り試験機は、「AG-500N/1kN(株式会社島津製作所(本社:日本国京都府)製)」を使用し、引っ張り速度10mm/分で測定した。この測定法はISO19095に規定した方法によった。
(b)接合強度の測定2
前述した「せん断接合粘り性」値の測定は、ISO19095による射出接合物(図1に示す試験片)を使用し、上記引張り試験機「AG-500N/1kN」で、引っ張り速度±10mm/分で行った。具体的な試験機の操作方法については、前述した通りである。
(c)電子顕微鏡観察
SEM型の電子顕微鏡「S-4800(株式会社 日立ハイテクノロジーズ(本社:日本国東京都)製)」及び「JSM-6700F(日本電子株式会社(本社:日本国東京都)製)」を使用し1~2KVにて観察した。
【0051】
[実験例A]金属片の表面処理法
[実験例A-1]A5052Al合金の表面処理(本発明では、「NMT7処理」と呼ぶ。)
厚さ1.5mmのA5052Al合金板を、45mm×18mmに切断しAl合金片とした。浸漬槽に、アルミ用脱脂剤「NA-6(メルテックス株式会社(本社:日本国東京都)製)」(以下、「NA-6」という。)10%を含む水溶液を60℃とし、前記Al合金片を5分間浸漬した後、これを公共水道水(群馬県太田市)で水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした10%濃度の苛性ソーダ水溶液を用意し、上記Al合金片を1分間浸漬して水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした1%濃度の水和塩化アルミニウムと5%濃度の塩酸を含む水溶液を用意し、これにAl合金片を6分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした2%濃度の1水素2弗化アンモンと10%濃度の硫酸含む水溶液を用意し、これにAl合金片を4分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液を用意し、これにAl合金片を1分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした3%濃度の硝酸水溶液を用意し、これにAl合金片を1.5分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、60℃とした3.5%濃度の水和ヒドラジン水溶液を用意して、これに1分間浸漬した後、次に別の浸漬槽に、33℃とした0.5%濃度の水和ヒドラジン水溶液に6分浸漬した後、これを水洗した。次に67℃に設定した温風乾燥機に、15分間入れて上記化成処理を終えたAl合金片を乾燥し、これを清浄なアルミ箔でまとめて包み保管した。
【0052】
上記処理と同様の処理で、NMT7処理をA5052板片に実施した。この化成処理でえたAl合金片を電子顕微鏡で観察した。図4は、その電子顕微鏡写真(以下、電顕写真という。)を示し、その千倍の電顕写真を図4(a)、1万倍の電顕写真を図(b)、10万倍の電顕写真を図4(c)に示す。千倍写真の観察で判明したことは、小山の繋がりで高く見える部分と広い平地部分があり、これは数十μm周期の山地部分と平野部分が大きな凹凸面をなしていることが観察できる。この部分を目視観察でしたとき、この部分が艶消し面(梨地)に見えるのは、この粗面の存在が原因している。1万倍電顕写真では、数μm周期の微細凹凸面の存在であり、これは金属結晶の結晶粒界が凹部となっている。そして、10万倍電顕写真で判明しているのは、30~100nm周期の超微細凹凸面であり、金属表面全体で言えば化成処理されたAl合金片の表面は、3重の凹凸面形状になっている。
【0053】
[実験例A-2]A6061Al合金の表面処理(本発明では「NMT8処理」という。)
厚さ1.5mmのA6061Al合金板を、45mm×18mmに切断しAl合金片とした。浸漬槽に、上記アルミ用脱脂剤「NA-6」10%を含む水溶液を60℃とし、前記Al合金片を5分間浸漬して、公共水道水(群馬県太田市)で水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした10%濃度の苛性ソーダ水溶液を用意し、これにAl合金片を1分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした1%濃度の水和塩化アルミニウムと5%濃度の塩酸を含む水溶液を用意し、これにAl合金片を1分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした2%濃度の1水素2弗化アンモンと10%濃度の硫酸含む水溶液を用意し、これにAl合金片を1分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液を用意し、これにAl合金片を2分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした3%濃度の硝酸水溶液を用意し、これにAl合金片を1.5分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、60℃とした3.5%濃度の水和ヒドラジン水溶液を用意してこれに1分間浸漬した後、次に別の浸漬槽に33℃とした0.5%濃度の水和ヒドラジン水溶液に4.5分浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、1.5%濃度の過酸化水素水を用意し、ここに1分浸漬した後、これをよく水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした0.2%濃度のトリエタノールアミンの水溶液を用意し、これに前記Al合金片を5分浸漬した後、これをよく水洗した。次に、67℃に設定した温風乾燥機に15分間入れて、上記化成処理を終えたAl合金片を乾燥し、これを清浄なアルミ箔でまとめて包み保管した。
【0054】
[実験例A-3]A1100Al合金の表面処理(NMT7処理)
厚さ1.5mmのA1100Al合金板を、45mm×18mmに切断しAl合金片とした。浸漬槽に、上記アルミ用脱脂剤「NA-6」10%を含む水溶液を60℃とし、上記Al合金片を5分間浸漬した後、これを公共水道水(群馬県太田市)で水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした10%濃度の苛性ソーダ水溶液を用意し、これにAl合金片を1分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした1%濃度の水和塩化アルミニウムと5%濃度の塩酸を含む水溶液を用意し、これにAl合金片を10分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした2%濃度の1水素2弗化アンモンと10%濃度の硫酸含む水溶液を用意し、これにAl合金片を1分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液を用意し、これに合金片を2分間浸漬した後、水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした3%濃度の硝酸水溶液を用意し、これにAl合金片を2分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、60℃とした3.5%濃度の水和ヒドラジン水溶液を用意して、これに1分間浸漬した後、次に別の浸漬槽に、33℃とした0.5%濃度の水和ヒドラジン水溶液に4分浸漬した後、これを水洗した。次に、67℃に設定した温風乾燥機に15分間入れて、上記化成処理を終えたAl合金片を乾燥し、清浄なアルミ箔で包み保管した。
【0055】
[実験例A-4]C1100銅の表面処理(本発明では、「新型の新NMT」という。:特許文献4に記載された同様の表面処理法:クロムを含む処理剤を使用)
厚さ1.5mmのC1100銅板を、45mm×18mmに切断し、かつ端部に2mmφの穴を開けて銅板片とした。浸漬槽に上記アルミ用脱脂剤「NA-6」10%を含む水溶液を60℃とし、園芸用の樹脂被膜付き針金でくくった上記銅板片を5分間浸漬した後、これを公共水道水(群馬県太田市)で水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液を用意し、これに銅板片を1分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした10%濃度の硝酸水溶液を用意し、これに銅板片を1分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした3%濃度の硝酸と0.25%濃度の硝酸第2鉄水和物を含む水溶液を用意し、これに銅板片を10分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、70℃とした2%濃度の過マンガン酸カリと3%濃度の苛性カリと、0.1%濃度の硝酸クロム水和物を含む水溶液を用意し、これに銅板片を35分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、55℃とした5%濃度の亜塩素酸ソーダと10%濃度の苛性ソーダ含む水溶液を用意し、これに銅板片を20分間浸漬した後、これを水洗した。次に、80℃に設定した温風乾燥機に15分間入れて、上記化成処理を終えた銅板片を乾燥し、これを清浄なアルミ箔で包み保管した。銅板片の表面の電顕写真が図5に示したものであり、ウイスカが密集した様子が頭毛のように形成される(特許文献4に記載された同様の処理方法である。)。
【0056】
[実験例A-5]C1100銅の表面処理(本発明では、「最新型の新NMTの1」という。:クロムを含む処理剤も使用)
厚さ1.5mmのC1100銅板を、45mm×18mmに切断し、かつ端部に2mmφの穴を開けて銅板片とした。浸漬槽に、上記アルミ用脱脂剤「NA-6」10%を含む水溶液を60℃とし、上記銅板片を5分間浸漬した後、これを公共水道水(群馬県太田市)で水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした10%濃度の硝酸水溶液を用意し、これに銅板片を3分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした3%濃度の硝酸と0.25%濃度の硝酸第2鉄水和物を含む水溶液を用意し、これに銅板片を25分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、70℃とした2%濃度の過マンガン酸カリと3%濃度の苛性カリと0.1%濃度の硝酸クロム水和物を含む水溶液を用意し、これに銅板片を15分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、55℃とした5%濃度の亜塩素酸ソーダと10%濃度の苛性ソーダ含む水溶液を用意し、これに銅板片を8分間浸漬した後、これを水洗した。次に、80℃に設定した温風乾燥機に15分間入れて上記化成処理を終えた銅板片を乾燥した。これらを清浄なアルミ箔でまとめて包み保管した。
【0057】
[実験例A-6]C1100銅の表面処理(本発明では、「最新型の新NMTの2」という。)
厚さ1.5mmのC1100銅板を、45mm×18mmに切断し、かつ端部に2mmφの穴を開けて銅板片とした。浸漬槽に、アルミ用脱脂剤「NA-6」10%を含む水溶液を60℃とし、園芸用の樹脂被膜付き針金で吊り下げた上記銅板片を5分間浸漬した後、これを公共水道水(群馬県太田市)で水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした10%濃度の硝酸水溶液を用意し、これに銅板片を3分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした3%濃度の硝酸と0.25%濃度の硝酸第2鉄水和物を含む水溶液を用意し、これに銅板片を25分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、70℃とした2%濃度の過マンガン酸カリと3%濃度の苛性カリとを含む水溶液を用意し、これに銅板片を15分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、55℃とした5%濃度の亜塩素酸ソーダと10%濃度の苛性ソーダ含む水溶液を用意し、これに銅板片を8分間浸漬した後、これを水洗した。次に、50℃に設定した温風乾燥機に20分間入れ、更に、これを67℃に設定した温風乾燥機に10分間入れて銅板片を乾燥した。この乾燥した銅板片をまとめて清浄なアルミ箔で包み保管した。
【0058】
なお、この化成処理法でえた銅片で、銅片の穴があるのと反対方向の端部、その端から5mm程度に線状の僅か色調の違う部分が観察された。全液処理を終了して得た濡れた銅片を、乾燥機内でぶら下げて強制乾燥した故に、この色調の違う部分は、付着水が最後に残る端部にアルカリイオンが濃縮され残留し、これが何らかの微細形状の変化、化学変化をもたらしたものと推定される。本発明者等は、このような乾燥工程で生じる色調変化は、品質のバラつきを生む恐れがあるので、避ける必要があると考えた。それ故に、この実験例A6では、最終工程後の水洗は、イオン交換水等による十分な洗浄は当然ながら丁寧に行う必要がある。更に言えば、このような銅板面の不均一さは上記実験例A4、A5ではみられない。後述する実験例A7は、新アイデアで非常に希薄な水溶性アミンの水溶液に短時間浸漬する方法で、洗浄水に残るアルカリ物質を置換する試みをしたものであり、この浸漬により銅板面の不均一さは改善された。
【0059】
[実験例A-7]C1100銅の表面処理(本発明では、「最新型の新NMTの3」という。)
厚さ1.5mmのC1100銅板を、45mm×18mmに切断し、かつ端部に2mmφの穴を開けて銅板片とした。浸漬槽に、上記アルミ用脱脂剤「NA-6」10%を含む水溶液を60℃とし、前記銅板片を5分間浸漬した後、これを公共水道水(群馬県太田市)で水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした10%濃度の硝酸水溶液を用意し、これに銅板片を3分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした3%濃度の硝酸と0.25%濃度の硝酸第2鉄水和物を含む水溶液を用意し、これに銅板片を25分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、70℃とした2%濃度の過マンガン酸カリと3%濃度の苛性カリとを含む水溶液を用意し、これに銅板片を15分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、55℃とした5%濃度の亜塩素酸ソーダと10%濃度の苛性ソーダ含む水溶液を用意し、これに銅板片を8分間浸漬した後、これを水洗した。次に別の浸漬槽に、40℃とした0.02%濃度のジエタノールアミン(DEA)の水溶液を用意し、これに銅板片を0.5分浸漬した後、これをよく水洗した。次に、50℃に設定した温風乾燥機に20分間入れ、更に67℃に設定した温風乾燥機に10分間入れて銅板片を乾燥した後、これを清浄なアルミ箔でまとめて包み保管した。
【0060】
[実験例B]図1に示す形状の射出接合物を作成し、その金属・樹脂間の接合力を測定
実験例A1~A3、実験例A4~A7にて得たAl合金片と銅板片を使用し、射出樹脂として、前述したPPS系樹脂組成物「SGX120」を使用して、射出接合物を作成した。作成した射出接合物の「せん断接合強度」、「せん断接合粘り性」の値を計測した。その結果を表1に示す。表1からはAl合金全般でNMT2処理法から発展させたNMT7やNMT8処理品が約40MPaのせん断接合強度を示し、かつ、「せん断接合粘り性」の値で、せん断接合強度の85%程度を示すなど十分に高い強度の接合を有している。又、純アルミニウムに近い不純物1%を含むA1100Al合金で、せん断接合強度がやや低いのはAl合金材がやや軟質(硬度が低い)故である。
【0061】
一方、C1100銅使用物のA4~A7のうちA4とA5は、その表面にウイスカが形成される型であり、ウイスカを形成するために処理液にクロムイオン含んだ物を使用している。特許文献4に記載の表面処理法と同じ処理品はA4であり、本発明で使用するとしたその改良品はA5であり「せん断接合粘り性」が改善されている。厳密な排水処理が必要なクロムイオン含有水溶液を使用しているが、ウイスカ型表面を有していることが何か有利な局面が生じることもあると推察し、本発明で使用できるとした。
【表1】
【0062】
クロムイオン不含の処理液を使用して、その表面を化成処理としたのは、表1に示す上記実験のA6とA7であり、A6はその処理法がA5と殆ど同じである(クロムイオン不含の処理液を使ったことのみ異なる)。上記実験のA6とA7は、ウイスカが形成されない処理法であるが、せん断接合強度、せん断接合ねばり性は、ウイスカが形成される化成処理と比べてもそん色はない。A6の銅片では、前述したように、端部5mm程度の箇所に色調の違う部分があり、射出接合面にはその不均一部が含まれた。表1からはA6にはせん断接合強度では、特に異常は見られずせん断接合粘り性も特に悪くない。次に、この対策で実験例A7の処理法を実施した。即ち、薄いアミン水溶液で短時間浸漬することで表面を洗浄する操作を加えた。この薄いアミン水溶液による洗浄により、少なくとも肉眼での観察では不均一性は消えた。
【0063】
[実験例C]図1形状の射出接合物を使用した耐湿熱性試験の実施
実験例A5とA6によるC1100銅を使った、上記PPS系樹脂組成物である「SGX120」との射出接合物は、表1に示す結果から判断して、本発明銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物に使用できるものと判断される。具体的には、例えば、LIBの部品用として、これらを使用した電池箱の蓋部に使用すると、その接合面層における構造が大気中の湿気によって、変化しないので最適である。要するに、その重要な評価指標は、銅材と樹脂成形物との間の接合部の接合力が、湿度含む大気下に、長期に置かれた場合に、低下するようであれば実用化できない。そこで、過酷な加速試験であるが、85℃の温度下で、85%湿度に1000時間晒す、高温高湿試験を行った。その結果を表2に示した。なお、この試験では、高温高湿試験機から試験片を取り出した後に、80℃×48時間の1次乾燥を行った後に、更に、150℃×4時間の2次乾燥を行い、これを放冷後にせん断接合強度を測定した。150℃での乾燥工程は、PPS系樹脂組成物「SGX120」の樹脂内に、拡散状態で含まれている水分を完全に外部へ放出させるためのものである。
【表2】
【0064】
表2の結果から言えば、せん断接合強度、せん断接合粘り性、共に高温高湿試験機に投入する前の数値から低下しているが、過酷な高温高湿試験での結果としては非常に高い。このAl合金と銅材の低下傾向は、特許文献1に示されたNMT2処理Al合金と、PPS系樹脂組成物「SGX120」との射出接合物と、同じ高温高湿試験のデータについてはかなり類似している。Al合金の場合は、最初の500時間程度で、せん断接合強度は最低値を示し、1000時間までのせん断接合強度は、やや復活して37~39MPaに戻った。そして、その後は6~8千時間まで測定しているが接合力は変化しなかった。これは接合面におけるAl合金側の侵入水分子酸素分子による、アルミ錆の生成がその隙間を埋めて完全封止タイプに向かう経過現象と推定される。これが銅の場合は、仮に、ここで発生する銅錆が酸化銅によるものなら、酸素分子と反応して生じたことになる。Al合金材の場合に、上記の測定値から判断し、500時間で生じたことが銅の場合は1000時間と長くかかったのかもしれない。この推論が正しいなら、この温度85℃湿度85%下で行う耐高温高湿試験は、試験が進むほどガス封止性が向上すると言うことに繋がる可能性がある。何れにしても、LIBに本発明を適用した場合、その電池は全天候性があるとみられ、その電池寿命を延ばす上で好ましいはずである。
【0065】
[実験例D]-50℃/+150℃の温度衝撃千サイクル試験の実施
実験例A5、A6で作成したC1100銅片と、上記PPS系樹脂組成物「SGX120」との射出接合物(図1に示す形状物)を数個作成し、その後にその樹脂部を削り取って、その形状を図7に示すように、樹脂部の厚さを元の図1形状の3mm厚から、1mm厚にした。そして、-50℃/+150℃の温度衝撃3千サイクル試験にかけ、その後、ニッパー等を使用して、金属部から樹脂部を強引に剥がし取った。その結果、その金属部の接合面跡は、樹脂の黒色紛が4隅部含めて全面に付着しており、樹脂抜けは生じていなかった。この結果から、樹脂厚1mm以下なら優れた表面処理済みのC1100銅に対しては「SGX120」は接合面積には関係なく温度衝撃が数千サイクルあろうと樹脂が接合し続けると判断した。
【0066】
一方、同様な実験試験はAl合金に関しては、前述したように特許文献3に記載されているように、本発明では、約1mmを基本として、前述のPPS系樹脂組成物「SGX120」使用の射出接合物の場合の樹脂部厚さとすれば、その射出接合物は-50℃/+150℃の温度衝撃3千サイクル試験に耐え得ることが十分に予期できることになる。
【0067】
図8に示すものは、LIB本体の蓋部の構造例を示す断面図である。即ち、本発明に係る銅材とPPS系樹脂組成物の一体化構造物の例であり、LIB箱の蓋部に使用した例である。引き出し部の金属材が長板状、丸棒状であれ、それを樹脂で取り巻き、金属と接合する樹脂部の基本的な厚さを約1mm前後とした。接合面積が広く取り易いので、ガスシール性がよい。なお、上記試験にて温度衝撃3千サイクル試験は-50℃/+150℃と200℃差で行っているが、実際にはLIBの実際の使用環境を考えたとき、-50℃/+100℃の150℃差で十分と思われる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
前述した実施例は、LIBの本体から引き出し用の銅電極に適用したものであったが、これに限らず銅部材とPPS組成物を用いるものであれば、電気機器等の他の製品の部品の構造、製造に用いても良い。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8