(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-15
(45)【発行日】2024-05-23
(54)【発明の名称】単一光子源
(51)【国際特許分類】
H05B 33/14 20060101AFI20240516BHJP
H10K 85/20 20230101ALI20240516BHJP
H10K 50/00 20230101ALI20240516BHJP
B82Y 10/00 20110101ALI20240516BHJP
【FI】
H05B33/14 Z
H10K85/20
H10K50/00
B82Y10/00
(21)【出願番号】P 2021522159
(86)(22)【出願日】2020-05-07
(86)【国際出願番号】 JP2020018526
(87)【国際公開番号】W WO2020241194
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2023-03-27
(31)【優先権主張番号】P 2019101515
(32)【優先日】2019-05-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(個人型研究(さきがけ))、「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】牧 英之
(72)【発明者】
【氏名】河部 倫太郎
【審査官】中山 佳美
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2018/0265779(US,A1)
【文献】特開2017-175096(JP,A)
【文献】NOEMIE DANNE et al.,Ultrashort Carbon Nanotubes THat Fluoresce Brightly in the Near-Infrared,ACS NANO,2018年06月11日,Vol.12,p.6059-6065
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05B 33/00-33/28
H10K 50/00-99/00
B82Y 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
架橋部分を有するカーボンナノチューブと、
前記架橋部分に導入された単一の励起子局在サイトと、
を有し、前記カーボンナノチューブの前記架橋部分の長さは、1μm未満であることを特徴とする単一光子源。
【請求項2】
前記架橋部分の長さは、10nm以上、700nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の単一光子源。
【請求項3】
前記励起子局在サイトは、炭素以外の分子、原子、もしくは欠陥を含み、または誘電率若しくはバンドギャップが前記架橋部分の他の部分と異なることを特徴とする請求項1または2に記載の単一光子源。
【請求項4】
前記架橋部分の両側で、前記カーボンナノチューブの外周は物質の層で覆われていることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の単一光子源。
【請求項5】
前記物質の層は、金属酸化物、金属窒化物、またはアモルファスカーボンの層であることを特徴とする請求項4に記載の単一光子源。
【請求項6】
前記カーボンナノチューブは、2つの突起の間に架橋されていることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の単一光子源。
【請求項7】
前記2つの突起は、一対の電極であることを特徴とする請求項6に記載の単一光子源。
【請求項8】
前記カーボンナノチューブは湾曲した状態で基板の上に配置されており、前記湾曲した部分は前記基板と接触せずに前記架橋部分を形成していることを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の単一光子源。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単一光子源に関し、特に、単一光子純度と単一光子生成効率の双方が改善されたCNT単一光子源に関する。
【背景技術】
【0002】
単一光子源は、1パルスあたり1個の光子を放出する発光素子であり、量子力学に関する基礎研究分野、量子暗号通信、量子コンピューティングなどの分野で注目されている。量子暗号通信では、室温動作し、かつ通信波長帯である1.3μm帯や1.55μm帯での発光する単一光子源が求められている。単一光子発生を実現する材料として、化合物半導体量子ドット、ダイヤモンド中の窒素-空孔欠陥(NV中心)、カーボンナノチューブが報告されているが、通信波長帯かつ室温で動作する利便性または応用性の高い単一光子源としては、カーボンナノチューブが適している。
【0003】
分散液カーボンナノチューブに分子修飾を施し、局在または閉じ込められた励起子を作ることで高い単一光子純度を実現する手法が報告されている(たとえば、非特許文献1参照)。また、ナノカーボンチューブの表面に分子、原子等を付着またはドープすることで深い局在準位を形成して励起子を局在させ、室温で単一光子を発生させる構成が提案されている(たとえば、特許文献1参照)。
【0004】
一方、エアサスペンドされた架橋カーボンナノチューブで、未修飾、すなわち励起子局在サイトが形成されていない場合、カーボンナノチューブを長くするほど単一光子純度が向上するという結果が報告されている(たとえば、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】X. He et al., "Tunable room-temperature single-photon emission at telecom wavelength from sp3 defects in carbon nanotube," Nature Photonics 11, 577-582 (2017)
【文献】A. Ishii, T. Uda, and Y.K. Kato, "Room-Temperature Single-Photon Emission from Micrometer-Long Air-Suspended Carbon Nanotubes," Physical Review Applied 8, 054039 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
量子暗号通信を実用化するには、パルスごとに一つの光子を確実かつ効率的に発生できることが重要であり、高い単一光子純度と単一光子生成効率を有する単一光子光源が求められる。しかし、既存の構成では、高い単一光子純度と単一光子生成効率の両立は未だ実現されていない。上記の非特許文献1では、単一光子純度は高いが、単一光子生成効率は高々13%である。非特許文献2では、単一光子の生成効率が不十分で、励起強度を大きくすることで励起回数に対する単一光子の生成効率が上がるが、単一光子純度が大きく下がる。特許文献1でも、単一光子純度と単一光子生成効率は両立できていない。
【0008】
本発明は、単一光子純度と単一光子生成効率の双方が改善された単一光子源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
実施形態では、サブミクロンの長さのカーボンナノチューブに一つの励起子局在サイトを導入して、単一光子純度と単一光子生成効率の双方を向上する。
【0010】
本発明の一つの態様では、単一光子源は、
架橋部分を有するカーボンナノチューブと、
前記架橋部分に導入された単一の励起子局在サイトと、
を有し、前記カーボンナノチューブの前記架橋部分の長さは、1μm未満である。
【発明の効果】
【0011】
単一光子純度と単一光子生成効率の双方が改善された単一光子源が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1A】第1実施形態のCNT単一光子源の模式図である。
【
図1B】第1実施形態のCNT単一光子源の別の構成例である。
【
図2A】作製されたCNT単一光子源の側面から見た電子顕微鏡写真である。
【
図2B】作製されたCNT単一光子源の上面から見た電子顕微鏡写真である。
【
図3】単一光子純度の架橋カーボンナノチューブの長さ依存性を示す図である。
【
図4】単一光子生成効率の架橋カーボンナノチューブの長さ依存性を示す図である。
【
図5A】修飾したカーボンナノチューブの単一光子純度の励起強度依存性を示す図である。
【
図5B】修飾したカーボンナノチューブの単一光子生成効率の励起強度依存性を示す図である。
【
図6】光子相関シミュレーションの代表的な結果を示す図である。
【
図7A】修飾した長尺カーボンナノチューブのエンドクエンチングの起こり難さを説明する図である。
【
図7B】修飾した短尺カーボンナノチューブのエンドクエンチングの効果を説明する図である。
【
図8】長尺及び短尺のカーボンナノチューブのエンドクエンチングカウントの時間分解を示す図である。
【
図9】長尺及び短尺のカーボンナノチューブの欠陥準位からの発光時間分解を示す図である。
【
図10A】修飾カーボンナノチューブの最適長を検討する図である。
【
図10B】修飾カーボンナノチューブの最適長を検討する図である。
【
図11】励起強度に対する修飾カーボンナノチューブの最適長を検討する図である。
【
図15A】修飾短尺カーボンナノチューブの作製例を示す模式図である。
【
図15B】修飾短尺カーボンナノチューブの作製例の電子顕微鏡像である。
【
図16A】修飾短尺カーボンナノチューブの作製例を示す模式図である。
【
図16B】修飾短尺カーボンナノチューブの作製例の電子顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
単にカーボンナノチューブに分子修飾などの励起子局在サイトを導入するだけでは、高い単一光子純度と単一光子生成効率の両立は困難である。実施形態では、励起子局在(または閉じ込め)とエンドクエンチングを利用して、サブミクロンオーダーの短尺カーボンナノチューブ(CNT:carbon nanotube)に一つの励起子局在サイトを形成して、高い単一光子純度と単一光子生成効率を両立させる。
【0014】
図1Aは、実施形態のCNT単一光子源10Aの模式図である。CNT単一光子源10Aは、サブミクロンの長さのCNT15を有する。CNT15は、発光領域が空中に浮いたブリッジ構造を有する。
図1Aの例では、基板11上に形成されたライン・アンド・スペース(図中、「L/S」と標記)パターンのライン111間にCNT15がブリッジされている。この明細書では、ブリッジ等により空中に浮いた部分を有するCNTを「架橋CNT」と呼ぶ。
【0015】
CNT15の架橋の長さLbriは、
図1Aでは、隣接するライン111間のスペース113の幅に相当し、サブミクロン、好ましくは10nm~700nmの範囲にある。
【0016】
CNT15には、1つの励起子局在サイト17が導入されている。励起子局在サイト17は、励起子が閉じ込められて局在する箇所であり、キャリアの再結合によりここから1個の光子が放出される。励起子局在サイト17は、CNT15に分子を修飾する、CNT15に酸素、窒素等の原子を導入する、不純物をドープする、誘電率またはバンドギャップの異なる箇所を形成する、CNT15に存在する欠陥サイトを利用する、等の方法で形成される。
【0017】
後述するように、CNT15の長さをサブミクロン、好ましくは10nm~700nmにすることで、CNT15にひとつの励起子局在サイトを存在させ、その他の励起子を速やかに消失させて、単一光子純度と、単一光子生成効率を向上する。
【0018】
図1Bは、別の構成例のCNT単一光子源10Bの模式図である。CNT単一光子源10Bは、
図1Aのライン・アンド・スペースパターンに替えて、一対のピラー112の間に架橋されたCNT15を有する。CNT15の架橋の長さLbriは、ピラー112間の間隔に相当し、サブミクロン、好ましくは10nm~700nmである。ここでも、CNT15に単一の励起子局在サイト17が導入されている。
【0019】
図1Aと
図1Bで、CNT15を水平方向へ成長することで、ライン111間、またはピラー112間に、CNT15を架橋することができる。たとえば、フォトリソグラフィ法等で形成したライン111またはピラー112の上面または側面に直径1nm以下の触媒金属を形成して炭素分子含有ガスを供給して、CNT15を水平方向に成長する。CNT15は、ライン111またはピラー112を構成する基材の結晶配向を利用することで、水平方向へ成長する。
【0020】
ライン111またはピラー112は、架橋されたCNT15の端部で励起子のエンドクエンチングが起きる材料であれば任意の材料を用いることができ、導体、半導体、絶縁体のいずれを用いてもよい。
図1Aと
図1Bの例では、CNT15に励起光を照射して励起子局在サイト17に励起子を捕捉し、単一の光子を出射することができる。
【0021】
図2Aと
図2Bは、
図1BのCNT単一光子源10Bの架橋構成を示す図である。
図2Aは、基板11から垂直方向に形成されたピラー112の電子顕微鏡写真、
図2Bは、ピラー112の上面から見た電子顕微鏡写真である。この例では、隣接する2つのピラー112の上面での間隔は約50nmであり、ピラー112間を架橋する長さ60nmのCNTが形成されている。このようにサブミクロンの長さのCNTに一つの励起子局在サイトを導入して、単一光子純度と、単一光子生成効率の双方を向上する。励起子局在サイトにより修飾されたCNTを、「修飾CNT」と呼ぶ。
【0022】
図3は、単一光子純度のCNT長さ依存性を示す図である。
図3の(A)では、未修飾、すなわち励起子局在サイトが導入されていないCNTを用い、
図3の(B)では、励起子局在サイトが導入された修飾CNTを用いている。縦軸のg
2(0)は、複数光子の生成確率と対応する。減衰半導体レーザの場合はポアソン分布を反映して、常にg
2(0)=1となる。理想的な単一光子源ではg
2(0)=0であり、g
2(0)値が低いほど、単一光子純度が高い。
【0023】
長さの異なる架橋CNTに励起光を照射して複数の励起子が励起されたときの発光を考える。シミュレーションでは、励起により励起子を生成したのち、モンテカルロ法によってランダムウォークを評価し、励起子を拡散させる。架橋CNTは、界面活性剤と接触している分散液CNTに比べて拡散長が長く、ここでは拡散長を1000nm前後としている。
【0024】
CNTの端部では、クエンチングにより非発光緩和が起きる(これを「エンドクエンチング」と呼ぶ)。また、拡散中に励起子同士が出会うと、対消滅により片方が非発光緩和する。局在サイトに落ちた励起子は、その後空間的に移動することはないものと仮定する。それぞれの励起子について、確率的な発光または非発光の再結合を考慮する。暗励起子と明励起子の相互遷移を考慮し、局在サイトに移動して局在準位へ遷移した励起子は、暗励起子準位より数百meV低い準位にあるため、発光緩和のみを考慮する。
【0025】
図3の(A)で、励起子局在サイトを導入していない未修飾CNTでは、CNT長さの変化にかかわらずg
2(0)値は1に近く、単一光子純度が低い。すなわち、未修飾CNTの場合、CNTの長さは単一光子の純度にそれほど影響していない。
【0026】
一方、
図3の(B)で、励起子局在サイトを導入すると(修飾CNT)、CNTが短くなるほどg
2(0)値が小さくなって、純度が向上する。サブミクロン(1000nm未満)ではg
2(0)値減少の勾配が大きくなり、特に、100nm以下でg
2(0)値がきわめて小さくなる。この結果は、上述した非特許文献2の結果、すなわち修飾CNTの長さを長くするほど単一光子純度が向上するという結果と、逆の結果になっている。
【0027】
図3から、励起子局在サイトを導入し、かつCNTの長さをサブミクロンに短縮することで、単一光子純度が向上することがわかる。
【0028】
図4は、単一光子生成効率の架橋CNTの長さ依存性を示す図である。
図4の(A)では、未修飾、すなわち励起子局在サイトが導入されていないCNTを用い、
図4の(B)では、励起子局在サイトが導入された修飾CNTを用いている。
【0029】
縦軸の平均生成光子数は、1回の励起に対する平均生成光子数を表わす。単一光子源では、1回の励起で1個の光子が生成されることが理想であり、平生成光子数が最大値の1に近づくほど単一光子の生成効率が高い。
【0030】
シミュレーションの条件は、
図3と同様に、励起子の拡散長を1000nm、CNTの端部でエンドグエンチングにより非発光緩和が起き、励起子同士が出会うと対消滅により片方が非発光緩和し、局在サイトに落ちた励起子については発光緩和のみを考慮する。
【0031】
図4の(A)から、未修飾CNTでは、長さが短くなるほど単一光子生成効率が低下する。これに対し、
図4の(B)の励起子局在サイトが導入された修飾CNTでは、サブミクロンに長さが短縮されても、単一光子生成効率が1の近傍に維持されている。
【0032】
図4から、励起子局在サイトを導入し、かつCNTの長さをサブミクロンに短縮することで、単一光子生成効率を最大値近傍に維持できることがわかる。
【0033】
界面活性剤等により溶液中に分散したCNTを基板に塗布したCNT薄膜と比較して、架橋CNTは拡散長が長く、励起子同士の対消滅、エンドクエンチング、励起子局在サイトへのトラップのすべてが起こりやすく、単一光子純度と、単一光子生成効率の両方に有利である。
【0034】
図5Aは、修飾CNTのg
2(0)の励起強度依存性を示す図、
図5Bは、修飾CNTの単一光子生成効率の励起強度依存性を示す図である。上述のように、g
2(0)は単一光子純度を表す指標である。
図5Aと
図5Bで、横軸は励起強度であり、初期生成光子数を100個とし、修飾した長尺(4000nm)と短尺(100nm)のCNTを比較している。修飾長尺CNTのデータ点は黒丸で示され、就職短尺CNTのデータ点は白丸で示されている。
【0035】
図5Aで、実施形態の修飾短尺CNTは、修飾長尺CNTと比べてg
2(0)の値が2桁程度小さく、逆に言うと、単一光子純度が2桁程度高い。上述の非特許文献2によると、未修飾のCNTの場合、励起強度が高くなると、単一光子純度が大きく下がるとされているが、実施形態の修飾短尺CNTを用いた場合は、励起強度が高くなっても高い単一光子純度が維持されている。最も高い励起強度においても、単一光子純度は、99.9%以上に維持されている。
【0036】
図5Bの平均生成光子数に注目すると、修飾短尺CNTの場合、励起強度が低いと平均生成光子数が低いが、励起強度を上げると平均生成光子数が「1」に近づき、単一光子生成効率は、99.97%と極めて高くなる。
【0037】
図5A及び
図5Bの結果から、実施形態の修飾短尺CNTでは、単一光子純度が99.9%という高い純度を維持した状態で、単一光子発生効率99.97%を達成して、2つの効果を両立することができる。これは、ほぼ理想的な単一光子源であり、量子暗号鍵配信に応用した場合は、理論限界に近い長距離・高速通信が実現される。
【0038】
実施形態で高い単一光子純度と高い単一光子生成効率を両立できるのは、サブミクロンという短尺のCNTかつ励起子局在サイトを導入した修飾CNTで発現する特有の効果である。
【0039】
図6は、光子相関シミュレーションの代表的な結果を示す。修飾の有無、CNT長さ、及び励起強度(初期生成光子数Ng)を変えて、平均生成光子数<n>、及び単一光子純度を計算している。平均生成光子数<n>は、上述のように1励起あたりの発光回数を示し、単一光子生成効率に相当する。厳密には、平均生成光子数<n>として算出される効率は単一光子生成効率とは異なるが、単一光子純度が十分高い場合には、単一光子生成効率とほぼ同義である。拡散長はすべて1000nmとしている。
【0040】
光子相関シミュレーションの番号1は未修飾のCNT、番号2~8は励起子局在サイトを導入した修飾CNTである。番号3、6,7は、CNT長さが4000nmの長尺CNT、それ以外は、CNT長さがサブミクロンの短尺CNTである。
【0041】
番号1の100nmの未修飾CNTの場合、励起強度を上げても、平均生成光子数(n)と、単一光子純度の双方が著しく低い。
【0042】
番号2の修飾CNTでは、番号1と同じ長さ(100nm)、同じ励起強度の条件で、平均生成光子数(n)が0.9997、単一光子純度が99.90と、非常に高い結果が得られている。未修飾の短尺CNTと、実施形態の修飾短尺CNTを、同じ条件下で比較すると、単一光子純度と単一光子効率の双方で5倍の改善がみられる。
【0043】
番号3の長さ4000nmの修飾長尺CNTでは、番号1,2と同じ励起強度で平均生成光子数(n)は高く維持されるが、単一光子純度が80%近くに落ちる。単一光子純度が向上する条件は、励起強度(初期生成光子数Ng)をなるべく小さくすることである。
【0044】
そこで番号6では、同じ修飾長尺CNTで、Ng値を1/4にする。この場合、単一光子純度はわずかに向上するが、純度としては低い。
【0045】
番号7で、Ng値をさらに0.5まで小さくしても、長尺のCNTでは、単一光子純度は不十分である。また、平均光子数<n>が低下する。
【0046】
一方、番号4の長さ100nmの修飾短尺CNTで、励起強度(初期生成光子数Ng)を番号2の強度の1/4に下げると、平均生成光子数(n)を高く維持したまま、単一光子純度をさらに向上することができる。
【0047】
番号5で、Ng値をさらに小さくしてNg=0.5にすると、単一光子純度はより高くなるが、平均光子数<n>が小さくなる。
【0048】
番号8の長さが700nmの修飾短尺CNTは、サブミクロンという意味で、なおも「短尺」CNTである。この場合も、励起強度25で、高い単一光子生成効率と、単一光子純度が実現されている。
【0049】
以上から、修飾CNTの長さをサブミクロン、より好ましくは700nm以下にすることで、単一光子生成効率と単一光子純度を両立することができる。
【0050】
図5Aと
図5Bでも示したように、実施形態の架橋した修飾短尺CNTでは、励起強度を強くしても単一光子純度を極めて高く維持することができる。100nmの修飾短尺CNTでは、単一光子生成効率99.7%を達成する強い励起においても、単一光子純度は99.9%以上である。
【0051】
この理由は、局在サイトに捕らわれた単数または複数の励起子は、励起子の対消滅によって単一の励起子になった後確率的に発光する一方、局在サイトに閉じ込められなかった励起子はナノチューブの端に移動し非発光緩和で消滅(エンドクエンチング)し、単一光子生成を阻害する2回目の発光が抑制されるからである。
【0052】
図7Aは、修飾長尺CNTにおけるエンドクエンチングの起こり難さを示す図、
図7Bは、修飾短尺CNTのエンドクエンチングの効果を説明する図である。上述のように、実施形態の単一光子源は、サブミクロンの長さの修飾CNTを用いることで、高い単一光子純度かつ高い単一光子生成効率を実現することができる。
図7Aのように、励起子局在サイト17が導入された修飾長尺CNTでは、CNT長さが長いため、生成された励起子152が拡散する際に、エンドクエンチングが起こりづらい。
【0053】
欠陥等の励起子局在サイト17に励起子が捕捉されて発光した後(一度目の発光)、残っている自由励起子が再度、励起子局在サイト17に捕らわれて発光する場合が多い(二度目の発光)。特に、初期の励起子生成数が多い場合に、単一光子発光が阻害される。
【0054】
一方、
図7Bに示すように、実施形態の修飾短尺CNTでは、励起子152の生成後、励起子152は直ちに励起子局在サイト17に捕らわれるか、エンドクエンチングによって消滅するかの二者択一となる。励起子152が欠陥準位で対消滅を経て単一の励起子152となって発光した後、残存する励起子152がない場合が多い。二度目の発光が起こりにくいので、高い確率で単一の光子を取り出すことができる。
【0055】
図8は、長尺CNTと短尺CNTのエンドクエンチングカウントの時間分解を示す図である。条件は、修飾長尺CNTで初期励起子生成数が0.5、拡散長1000nm、CNTの長さ4000nm、修飾短尺CNTで初期励起子生成数が100、拡散長1000nm、CNTの長さ100nmである。長尺CNTと短尺CNTでエンドクエンチングがどのように起きているかをシミュレーションによりカウントをとって調べる。カウントは最大ピークを1に規格化する。
【0056】
図8に示すように、修飾長尺CNTのエンドクエンチングは、励起から30ps後にピークを迎え、38psの緩和時間を持つシングルエクスポネンシャル型を示す。
【0057】
一方、修飾短尺CNTでは、励起から1ps以下という極めて短時間の間に、エンドクエンチングが大量に起こり、その後エンドクエンチングは殆ど見られない。これは、短尺CNTにおいて自由励起子が欠陥等の局在サイトに捕らわれなかった場合、即座にエンドクエンチングにより非発光緩和することを示す。
【0058】
この違いにより、長尺CNTと比較して、短尺CNTの単一光子純度と単一光子生成効率が高くなるメカニズムが実現されている。励起により生じる余剰な自由励起子は、エンドクエンチングで迅速に消滅し、単一光子純度が向上する。また、短尺CNTでは、高い励起強度によって確実に励起子局在サイトに励起子をトラップすることができ、単一光子純度と同時に、単一光子生成効率も向上する。
【0059】
図9は、長尺CNTと短尺CNTの欠陥準位からの発光時間分解を示す図である。
図8を参照して説明した修飾短尺CNTのメカニズムは、
図9からも説明することができる。
図9の条件は、修飾長尺CNTで初期励起子生成数が0.5、拡散長1000nm、CNTの長さ4000nm、修飾短尺CNTで初期励起子生成数が100、拡散長1000nm、CNTの長さ100nmである。発光のカウントは、最大ピークを1に規格化する。
【0060】
図9で、カウントの立ち上がりに注目すると、修飾短尺CNTでは、発光緩和の最初期から単調減少を示すのに対し、修飾長尺CNTでは、初めの10ps程度の間、発光カウントの増加がみられる。これは、修飾長尺CNTでは、エンドクエンチングや対消滅で消滅しきれなかった励起子があとから欠陥準位に落ち込み、発光に寄与したことを示す。
【0061】
局在準位に後から捕らわれる励起子がある場合、その励起子からの発光は、励起後2回目以降の発光となることがある。特に、単一光子生成効率を上げるために励起強度を強くした場合、自由励起子が欠陥以外に多量に残存するため、単一光子純度が悪くなり、高速かつ長距離の量子暗号通信には都合が悪い。
【0062】
一方、実施形態の修飾短尺CNTでは、エンドクエンチングによって速やかに余剰の自由励起子が消えることから、余分な自由励起子が再度トラップされて再発光することがほとんどなく、確実に単一光子が得られる。
【0063】
図10Aと
図10Bは、所定の励起強度での修飾CNTの最適長を検討する図である。
図10Aで、励起強度に相当する初期生成光子数(Ng)は100、
図10Bで初期生成光子数(Ng)は25である。励起子の拡散長さを1000nm前後と仮定して、それぞれ単一光子純度(g
2(0))と平均生成光子数を計算している。
【0064】
励起強度が異なると、架橋された修飾CNTの適切な長さが異なる。架橋修飾CNTの長さを短くすると、生成された励起子は高確率でエンドクエンチングによる非発光緩和を起こす。そのため、CNT長さを短くしすぎると、単一光子生成効率が95%を割ってしまう。
【0065】
どれほど短くすると単一光子生成効率が大きく落ち込むかは励起強度に依存する。すなわち、励起強度によって単一光子源として適切な架橋修飾CNTの最適長は異なる。
図10Aに示すように、初期生成光子数(Ng)が100の場合、高い単一光子純度と単一光子生成効率を実現するには、100nm±30nmのCNTが最適である。
図10Bに示すように、初期生成光子数(Ng)が25の場合、最適なCNT長さは、500nm±50nmである。
【0066】
このメカニズムは、以下のように説明できる。励起子が生成されたのち、励起子は架橋CNT上を移動し、エンドクエンチングにより非発光緩和を起こしたり、欠陥準位に捕らわれたりする。単一光子生成効率の面では、1回の励起に対して少なくとも1つの励起子が欠陥準位に捕らわれることが、単一光子生成効率の向上につながる。
【0067】
しかし、極端に短い架橋CNTでは、エンドクエンチングの確率が大幅に上がり、1つの励起子も欠陥準位に捕らわれない場合が増加する。したがって、一定程度の長さをもつCNTでないと、99%という高い単一光子生成効率は達成できない。この観点から、CNTの長さは10nm以上、より好ましくは50nm以上が望ましい。
【0068】
初期生成光子数(Ng)が多ければ多いほど、つまり励起強度が強ければ強いほど、短い架橋修飾CNTでも高い単一光子生成効率を維持できる。単一光子純度の観点では、架橋修飾CNTが短ければ短いほど単一光子純度が高いため、それぞれの励起強度で、高い単一光子純度かつ高い単一光子生成効率となる最適なCNT長さがある。
【0069】
図11は、励起強度に対する架橋修飾CNTの最適長さを検討する図である。
図6と同じ条件での光子相関シミュレーションに基づく。シミュレーションの番号11~18のすべてが励起子局在サイトを導入した修飾CNTである。このうち、番号14と番号18が長さ1000nmの長尺CNT,それ以外は、長さ50nm、100nm、500nmの短尺CNTである。
【0070】
図10Aで検討したように、初期励起子数が100の場合、最適なCNT長さは100nm±30nmであるが、70nm~500nmのCNT長さは、95%を超える単一光子生成効率と99%を超える単一光子純度を得ることができ、なおも許容範囲内である。また、励起強度をさらに強くすることで、最適なCNT長さの範囲を短尺側へ拡張することができる。
図11の番号11の長さ50nmの短尺CNTで、励起強度を100よりも高くすることで、単一光子純度を維持しつつ、95%を超える単一光子生成効率を達成できる。
【0071】
図10Bを参照すると、初期励起子数が25の場合、最適なCNT長さは、500nm±50nmである。これは、
図11の番号15~18でも確認される。番号15~18のうち、単一光子の生成効率と純度の双方が満たされるのは、番号17である。
図10Bの結果も併せると、Ng=25の場合、400nm~550nmのCNT長さは、なおも許容範囲内である。
【0072】
図12~
図14は、CNT単一光子源の変形例である。
図12で、CNT単一光子源10Cは、基板11の凹凸を利用している。
図1A及び
図1Bに示したように、CNT単一光子源10A及び10Bでは、ライン・アンド・スペースやピラーのパターンを適切に設計することで、架橋の長さLbriを制御している。
図12では、基板11に微細加工を施すことなく、基板11の表面に存在しているランダムな凹凸を利用して、基板11上にサブミクロンのCNT15を散布してもよい。
【0073】
CNT15への励起子局在サイト17の導入は、分子や原子の修飾でもよいし、物理的に物質を局所的に接触または接近させて誘電率を操作する手法でもよい。また、CNT15の修飾と架橋の順序はどちらが先であってもよい。
【0074】
図13のCNT単一光子源10Dでは、平坦な基板11上に、湾曲したCNT15dが配置されている。架橋CNTは、発光領域が基板11から浮いていればよいので、CNT15dのように、基板11から浮いた湾曲部分を有する架橋CNTであってもよい。
【0075】
図14は、電気駆動のCNT単一光子源10Eを示す。CNT単一光子源10Eは、一対の電極21及び電極22を有し、電極21と電極22の間に、励起子局在サイト17が導入された短尺の架橋CNT15が配置されている。この例では、架橋CNT15はライン・アンド・スペースパターンの隣接するライン111間に設けられており、隣接するライン111の上面に電極21と電極22がそれぞれ形成されている。電気駆動の構成はこの例に限定されず、
図12や
図13の構成で、CNT15またはCNT15dの両端にCNTと接触する電極を設けてもよい。また、ライン・アンド・スペースパターンを形成せずに、平坦な基板11上に、電極21と電極22で突起を形成し、電極21と電極22の間にCNT15を架橋する構成にしてもよい。
【0076】
図14のような電流注入型の場合、注入する電流量を増やすと、励起子(束縛状態の電子-ホール対)の数が増えて、励起強度が高くなる。電流量を制御して高い励起条件にすることで、高い単一光子純度と単一光子生成効率が得られ、光励起の単一光子発生と同様の効果が得られる。
【0077】
図15Aは、修飾短尺CNTの作製例を示す模式図、
図15Bは修飾短尺CNT作製の電子顕微鏡像である。
図15A、及び
図15BのCNT単一光子源10Fでは、隣接するライン111またはピラー112間に形成された架橋CNT15の両端部に、原子層堆積(ALD:Atomic Layer Deposition)装置などを用いて、層18を形成する。ALD装置で架橋CNT15に金属酸化物(アルミナ等)、金属窒化物等の物質を堆積する場合、ライン111またはピラー112の壁面から物質が成長して架橋CNT15の外周に層18が形成される。これを利用すると、成長時間を制御するなどして、
図15Bのように、架橋CNT15の架橋の長さLbriを自由に調整することができる。
【0078】
図16Aと
図16Bは、修飾短尺CNTの別の作成例を示す。
図16AのCNT単一光子源10Gでは、隣接するライン111またはピラー112間に形成された架橋CNT15に対して、架橋CNT15の両端に電子線EBを照射して、エンドクエンチングサイトを導入する。電子線EBは、電子顕微鏡、電子線描画装置等の電子銃を用いて照射可能である。電子線EBが照射された部分に、アモルファスカーボン19が堆積され、あるいは電子線EBによって多量の欠陥が架橋CNTに生成されることによって、エンドクエンチングサイトを人工的に導入することができる。
図16Bの電子顕微鏡像では、電子線照射によって、アモルファスカーボンが堆積して架橋CNTの端部が太くなっていることが確認されている。
【0079】
短尺の架橋CNTを用いることにより、単一光子純度や単一光子生成効率といった単一光子発生の性能が向上するだけではなく、単一光子源を作製する際の作製歩留まりを向上することができる。単一光子の励起子局在サイト17は、CNTの単位長さあたりに形成される数が実験条件で決まることから、長いCNTであるほど、多くの励起子局在サイト17が導入されてしまう。多くの励起子局在サイトが導入されると、光子の同時発生が起こることから、単一光子純度が低下する。一方、短尺CNTでは、長さが短いことによって2以上の励起子局在サイト17が導入されにくい。これにより、効率良く1つの励起子局在サイト17を形成し、単一の光子を放出することができる。
【0080】
CNT単位光子源10A~10Gのいずれかを量子暗号通信に用いる場合、励起子局在サイト17に近接して、光ファイバの端面を配置してもよい。実施形態のCNT単一光子源は、量子暗号通信だけではなく、単一光子の重ね合わせを利用した量子計算器に用いることもできる。
【0081】
本出願は、2019年5月30日に出願された日本国特許出願第2019-101515号に基づいて、その優先権を主張するものであり、これらの日本国特許出願の全内容を含む。
【符号の説明】
【0082】
10A~10G CNT単一光子源
11 基板
15 架橋CNT(カーボンナノチューブ)
17 励起子局在サイト
18 層
19 アモルファスカーボン
111 ライン
112 ピラー
EB 電子線