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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-15
(45)【発行日】2024-05-23
(54)【発明の名称】炭化珪素繊維及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/10 20060101AFI20240516BHJP
   C04B 35/80 20060101ALI20240516BHJP
【FI】
D01F9/10 A
C04B35/80
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020084781
(22)【出願日】2020-05-13
(65)【公開番号】P2021179041
(43)【公開日】2021-11-18
【審査請求日】2023-03-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000173522
【氏名又は名称】一般財団法人ファインセラミックスセンター
(74)【代理人】
【識別番号】100094190
【弁理士】
【氏名又は名称】小島 清路
(74)【代理人】
【識別番号】100151644
【弁理士】
【氏名又は名称】平岩 康幸
(74)【代理人】
【識別番号】100151127
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 勝雅
(72)【発明者】
【氏名】山口 哲央
(72)【発明者】
【氏名】松田 哲志
(72)【発明者】
【氏名】木村 禎一
(72)【発明者】
【氏名】末廣 智
(72)【発明者】
【氏名】永納 保男
(72)【発明者】
【氏名】横江 大作
(72)【発明者】
【氏名】加藤 丈晴
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 大志
(72)【発明者】
【氏名】北岡 諭
【審査官】山下 航永
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-031756(JP,A)
【文献】特開2019-001706(JP,A)
【文献】特開2018-135224(JP,A)
【文献】特開2016-188439(JP,A)
【文献】特開平11-12852(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F 9/08 - 9/32
B82Y 30/00
C01B 32/984
C04B 35/80
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化珪素を含む炭化珪素繊維の断面を見た場合に、該炭化珪素繊維の表面から中心に向かって0.5μmまでの領域における炭化珪素結晶の粒径の平均値d1ave、及び、該炭化珪素繊維の中心から半径0.4μmの円領域における炭化珪素結晶の粒径の平均値d2aveの間で(d1ave/d2ave)<0.90の関係を有することを特徴とする炭化珪素繊維。
【請求項2】
前記平均値d1aveが35nm以下である請求項1に記載の炭化珪素繊維。
【請求項3】
前記炭化珪素繊維の表面は、炭化珪素における一部の炭素原子が窒素原子に置換された窒素原子含有炭化珪素を含む請求項1又は2に記載の炭化珪素繊維。
【請求項4】
前記窒素原子の含有割合が0.1~5原子%である請求項3に記載の炭化珪素繊維。
【請求項5】
前記炭化珪素がβ-SiCであり、該β-SiCの含有割合が、前記炭化珪素繊維の全体に対して50体積%以上である請求項1乃至4のいずれか一項に記載の炭化珪素繊維。
【請求項6】
請求項1乃至のいずれか一項に記載の炭化珪素繊維を製造する方法であって、0℃以下とした窒素雰囲気下、炭化珪素を含む繊維にレーザーを照射する改質工程を備えることを特徴とする炭化珪素繊維の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至のいずれか一項に記載の炭化珪素繊維を含むことを特徴とする複合材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐クリープ性に優れる炭化珪素繊維及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、セラミック繊維又は炭素繊維からなる補強材を含有し、セラミックスからなるマトリックスにより密度が高められたセラミックマトリックス複合材料(CMC)は,耐熱金属材料と比べて軽量であり、モノリシックセラミック材料と比べて破壊エネルギーが大きいことが知られている。そして、補強材として、軽量且つ高強度であり、耐熱性に優れる炭化珪素繊維を利用した繊維強化SiC/SiC複合材料が、航空機用ジェットエンジンにおける燃焼器をはじめとする航空宇宙エンジン用構造部材、発電用ガスタービンにおける高温部品、その他、各種プラントにおける高温部品等に適用されている。このような炭化珪素繊維としては、以下の技術が知られている。
【0003】
特許文献1には、炭化珪素が繊維の90重量%を超える部分を構成し、且つ繊維の横断面の前面にわたって実質的に均質である炭化珪素繊維が開示されている。
また、特許文献2には、密度が2.7~3.2g/cmであり、Si:50~70重量%、C:28~45重量%、Al:0.05~3.8重量%、O:0.05~1.5重量%、及びB:0.05~0.5重量%からなり、SiCの焼結構造を有する結晶性炭化ケイ素系繊維であって、繊維断面における余剰Cの面積割合で示す余剰C占有率が0.05%~10%である結晶性炭化ケイ素系セラミックス繊維が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平2-133617号公報
【文献】特開2016-188439号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
J.J.Shaらの文献(Journal of Nuclear Materials 329-333(2004) 592-596参照)において、「炭化珪素繊維を、例えば、1800℃といった高温の均一環境下に曝すと、例えば、図13に示すように、炭化珪素結晶が均一に粒成長し、結晶粒径に比例して内在する気孔(欠陥)も成長した炭化珪素繊維7が得られる。その結果、繊維表面近傍の粗大欠陥が破壊起点として作用するために、繊維強度(引張強さ)が大幅に低下する。その一方で、結晶粒子の粗大化は粒界滑りによる高温変形の抑制に有効であり、繊維強度(引張強さ)よりも小さい応力域において耐クリープ性が向上する。」旨の内容が記載されている。これより、繊維強度(引張強さ)の低下を極力抑制し耐クリープ性を向上させるには、繊維表面近傍の炭化珪素結晶を小さいままにして繊維内部の炭化珪素結晶を大きくするといった、従来と異なる特異組織の炭化珪素繊維が有効と考えられる。
本発明の目的は、耐クリープ性に優れた炭化珪素繊維及びその製造方法並びに炭化珪素繊維を含む複合材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下に示される。
1.炭化珪素を含む炭化珪素繊維の断面を見た場合に、該炭化珪素繊維の表面から中心に向かって0.5μmまでの領域(以下、「表層領域」ともいう)における炭化珪素結晶の粒径の平均値d1ave、及び、該炭化珪素繊維の中心から半径0.4μmの円領域(以下、「中心領域」ともいう)における炭化珪素結晶の粒径の平均値d2aveの間で(d1ave/d2ave)<0.90の関係を有することを特徴とする炭化珪素繊維。
2.上記粒径の平均値d1aveが35nm以下である上記項1に記載の炭化珪素繊維。
3.上記炭化珪素繊維の表面は、炭化珪素における一部の炭素原子が窒素原子に置換された窒素原子含有炭化珪素を含む上記項1又は2に記載の炭化珪素繊維。
4.上記窒素原子の含有割合が0.1~5原子%である上記項3に記載の炭化珪素繊維。
5.上記炭化珪素がβ-SiCであり、該β-SiCの含有割合が、上記炭化珪素繊維の全体に対して50体積%以上である上記項1乃至4のいずれか一項に記載の炭化珪素繊維。
6.炭化珪素における一部の炭素原子が窒素原子に置換された窒素原子含有炭化珪素を表面に備えることを特徴とする炭化珪素繊維。
7.上記項1乃至6のいずれか一項に記載の炭化珪素繊維を製造する方法であって、0℃以下とした窒素雰囲気下、炭化珪素を含む繊維にレーザーを照射する改質工程を備えることを特徴とする炭化珪素繊維の製造方法。
8.上記項1乃至6のいずれか一項に記載の炭化珪素繊維を含むことを特徴とする複合材料。
【発明の効果】
【0007】
本発明の炭化珪素繊維によれば、表層領域における炭化珪素結晶の平均粒径d1aveが表層領域における炭化珪素結晶の平均粒径d2aveよりも小さいため、耐クリープ性に優れる。本発明の炭化珪素繊維を、炭化珪素セラミックスからなるマトリックスの中に分散させて炭化珪素繊維強化複合材料とした場合には、例えば、1400℃といった高い温度において、十分な強度及び耐クリープ性を得ることができる。このような高い温度において、炭化珪素繊維強化複合材料に含まれる炭化珪素繊維を構成する結晶の粒成長が抑制されるためである。
本発明の炭化珪素繊維の製造方法によれば、耐クリープ性に優れる炭化珪素繊維を効率よく製造することができる。
本発明の複合材料は、例えば、セラミックスからなるマトリックスの中に、上記本発明の炭化珪素繊維が分散されてなる炭化珪素繊維強化複合材料とすることができ、炭化珪素セラミックスからなるマトリックスの中に分散させて炭化珪素繊維強化複合材料とした場合には、例えば、1400℃といった高い温度における構造安定性、強度、耐クリープ性等において、耐久性に優れた物品の原料として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の炭化珪素繊維の断面構造を示す概略図である。
図2】実施例で用いた炭化珪素繊維製造装置を示す概略図である。
図3】本発明の炭化珪素繊維製造方法における製造前後の炭化珪素繊維の断面構造を示す概略図である。
図4】〔実施例〕で用いた炭化珪素繊維(処理前)の表層領域の炭化珪素結晶の粒径分布を示すグラフである。
図5】〔実施例〕で用いた炭化珪素繊維(処理前)の中心領域の炭化珪素結晶の粒径分布を示すグラフである。
図6】実施例1で得られた炭化珪素繊維の表層領域の炭化珪素結晶の粒径分布を示すグラフである。
図7】実施例1で得られた炭化珪素繊維の中心領域の炭化珪素結晶の粒径分布を示すグラフである。
図8】実施例2で得られた炭化珪素繊維の表層領域の炭化珪素結晶の粒径分布を示すグラフである。
図9】実施例2で得られた炭化珪素繊維の中心領域の炭化珪素結晶の粒径分布を示すグラフである。
図10】比較例1で得られた炭化珪素繊維の表層領域の炭化珪素結晶の粒径分布を示すグラフである。
図11】比較例1で得られた炭化珪素繊維の中心領域の炭化珪素結晶の粒径分布を示すグラフである。
図12】炭化珪素繊維の引張強さの測定に用いる試験片を示す概略図である。
図13】従来法を適用した場合の熱処理前後の炭化珪素繊維の断面構造を示す概略図である。
【0009】
図1図3及び図13は、略円形の結晶を隣り合わせて描いたため、結晶どうしの間に空隙がある繊維が示されているが、実際の繊維は、結晶どうしが密に配置した、内部に空隙のない繊維である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の炭化珪素繊維は、一般に、円形(略円形を含む)の断面を有する、直径(繊維径)が10~15μmの繊維であり、例えば、図1に示す断面構造を有する。本発明においては、繊維の表面から中心に向かって0.5μmまでの領域(表層領域)における炭化珪素結晶の粒径d1の平均値d1ave、及び、繊維の中心から半径0.4μmの円領域(中心領域)における炭化珪素結晶の粒径d2の平均値d2aveの間で下記式(1)を満たす。尚、平均値d1ave及び平均値d2aveの測定方法は、〔実施例〕に示される。
(d1ave/d2ave)<0.90 (1)
【0011】
表層領域における炭化珪素結晶の粒径d1は、好ましくは1~100nm、より好ましくは2~50nmである。また、平均粒径d1aveは、好ましくは35nm以下、より好ましくは20~30nmである。
中心領域における炭化珪素結晶の粒径d2は、d2>d1であり、好ましくは2~200nm、より好ましくは5~100nmである。また、平均粒径d2aveは、好ましくは25nm以上、より好ましくは25~40nmである。
上記のように、本発明の炭化珪素繊維は、表層領域における炭化珪素結晶が、表層領域における炭化珪素結晶よりも小さい構造を有する。本発明の炭化珪素繊維は、炭化珪素結晶のサイズが全体としてほぼ均一であり、炭化珪素結晶の粒径が上記粒径d1と同等である炭化珪素繊維に比べて、引張強さがやや劣る傾向にあるが、より優れた耐クリープ性を得ることができる。このような性能を発揮するd1ave/d2aveは、好ましくは0.5~0.9、より好ましくは0.7~0.9である。
【0012】
本発明の炭化珪素繊維の構成材料は、その全体に対して少なくとも50体積%が炭化珪素であれば、特に限定されない。即ち、本発明の炭化珪素繊維は、炭化珪素のみからなるものであってよいし、炭化珪素と、他の成分とからなるものであってもよい。他の成分としては、炭素、ホウ素、Al、Ti、Zr等が挙げられる。
上記炭化珪素としては、α-SiC及びβ-SiCが知られているが、繊維のフレキシビリティ発現の観点からβ-SiCが特に好ましい。本発明の炭化珪素繊維がβ-SiCを主とする場合、その含有割合の下限は、好ましくは50体積%、より好ましくは80体積%である。
【0013】
本発明の炭化珪素繊維は、その表面の少なくとも一部に、炭化珪素における一部の炭素原子が窒素原子に置換された窒素原子含有炭化珪素を含むことが好ましい。即ち、表層領域は、窒素原子含有炭化珪素を含むことが好ましい。
本発明の炭化珪素繊維が窒素原子含有炭化珪素を含む場合、この窒素原子含有炭化珪素に由来する窒素原子の含有割合は、繊維全体に対して、好ましくは0.1原子%以上、より好ましくは0.1~5原子%である。
【0014】
他の本発明の炭化珪素繊維1は、炭化珪素における一部の炭素原子が窒素原子に置換された窒素原子含有炭化珪素3を表面に備える繊維である(図1参照)。
この炭化珪素繊維において、その断面を見た場合に、繊維の表面から中心に向かって0.5μmまでの領域における炭化珪素結晶の粒径の平均値d1ave、及び、繊維の中心から半径0.4μmの円領域における炭化珪素結晶の粒径の平均値d2aveの間で(d1ave/d2ave)<0.90の関係を有することが好ましい。
【0015】
窒素原子含有炭化珪素を表面に含む炭化珪素繊維を用いて、セラミックマトリックス複合材料又はそれを含む部材を製造する場合には、例えば、1200℃~1400℃の温度で処理されても、繊維表面の窒素原子の存在により、炭化珪素結晶の粒成長を抑制することができる。また、セラミックマトリックス複合材料を含む部材が、上記の高い温度条件で使用される場合にも、含まれる炭化珪素繊維における結晶の粒成長を抑制することができる。
【0016】
本発明において、上記式(1)を満たす炭化珪素繊維、又は、炭化珪素における一部の炭素原子が窒素原子に置換された窒素原子含有炭化珪素を表面に備える繊維を製造する方法は、0℃以下とした窒素雰囲気下、炭化珪素を含む繊維にレーザーを照射する改質工程を備えるものである。
【0017】
本発明の製造方法において、レーザーを照射する物品は、炭化珪素を含む繊維であり、繊維一本であってよいし、繊維束であってもよい(以下、これらを「炭化珪素繊維原料」という)。上記繊維の構成材料は、その全体に対して少なくとも50体積%が炭化珪素であることが好ましい。即ち、上記繊維は、炭化珪素のみからなるものであってよいし、炭化珪素と、他の成分とからなるものであってもよい。特に好ましい炭化珪素は、β-SiCである。尚、上記繊維は、炭化珪素結晶を主とするコア部と、このコア部の表面の一部に、更に無機物が付着した被覆部とを有する繊維であってもよい。この無機物は、特に限定されず、例えば、窒化ホウ素、炭素、希土類元素を含むシリケート等からなるものとすることができる。また、無機物の付着形態は、例えば、膜、板状、粒状等とすることができる。
【0018】
本発明に係る改質工程では、0℃以下とした窒素雰囲気下、炭化珪素繊維原料にレーザーを照射する。用いるレーザーは、特に限定されず、窒素を吸収しない波長、例えば、0.65~2μmの波長のレーザーを用いることが好ましい。本発明においては、ファイバーレーザー、Nd:YAGレーザー、Nd:YVOレーザー、Nd:YLFレーザー、チタンサファイアレーザー等を用いることができる。
レーザーの出力は、好ましくは1000~3000W/cm、より好ましくは1500~2500W/cmである。また、照射時間は、特に限定されない。後述するように、レーザーを、スキャンさせながら炭化珪素繊維原料に照射することができるが、この場合、掃引速度は、好ましくは0.5~5mm/s、より好ましくは1.0~3mm/sである。
【0019】
また、上記改質工程における窒素雰囲気は、酸素分圧が極めて低い気体又は液体により形成されるものであって、窒素は、気体又は液体である。本発明においては、レーザー照射の際の温度の上限を0℃、好ましくは-20℃、より好ましくは-180℃とする。本発明においては、液体窒素が好ましく、炭化珪素繊維原料を液体窒素の中に浸漬した状態でレーザーを照射することが特に好ましい。
【0020】
図2は、本発明の製造方法で用いる装置の典型例を示す説明図である。
図2は、炭化珪素繊維原料(繊維5又は繊維束11)を液体窒素12の中に浸漬した状態でレーザー18を炭化珪素繊維原料に照射する製造装置10の概略図である。レーザー18の照射方法は、炭化珪素繊維原料のサイズ等により、適宜、選択されるが、例えば、炭化珪素繊維原料の大部分を改質する場合には、炭化珪素繊維原料を固定した状態でレーザーをスキャンさせながら若しくは光拡散レンズを介して光路を変化させながら照射する方法、又は、炭化珪素繊維原料を移動させながら光路を固定したレーザーを照射する方法を適用することが好ましい。これらの方法においては、炭化珪素繊維原料を径方向に回転させながらレーザーを照射してもよい。図2の製造装置10は、炭化珪素繊維原料を固定した状態で、ファイバーレーザー14から発振されたレーザー18を、ガルバノメーター15を介してスキャンさせながら照射する構成としているが、本発明は、この装置に限定されない。
【0021】
図示しない他の製造装置として、炭化珪素繊維原料を密閉系で載置するチャンバーと、該チャンバー内において炭化珪素繊維原料を0℃以下に冷却する冷却手段と、該チャンバーに窒素ガスを供給する窒素ガス供給手段と、レーザー照射手段とを備える装置を用いることもできる。
【0022】
上記改質工程において、炭化珪素繊維原料が0℃以下の窒素雰囲気下に曝されているため、上記の好ましい波長、即ち、0.65~2.0μmの波長のレーザーが炭化珪素繊維原料に照射されると、レーザーが窒素中を透過し炭化珪素繊維原料の内部を、瞬時に1500℃以上(推定)に加熱する。一方、炭化珪素繊維原料の表面は、0℃以下の窒素雰囲気下に曝されているため表面近傍の温度上昇が抑えられ、その結果として、炭化珪素繊維原料の表面近傍の粒成長が内部に比べて抑制される(図3参照)。
【0023】
上記改質工程において、0℃以下とした窒素雰囲気下、炭化珪素繊維原料にレーザーを照射すると、炭化珪素における一部の炭素原子が窒素原子に置換された窒素原子含有炭化珪素を表面に備える繊維を製造することができる。尚、炭化珪素繊維原料として、炭化珪素結晶を主とするコア部と、このコア部の表面の一部に、窒化ホウ素等の無機物が付着した被覆部とを有する繊維を改質工程に供した場合には、被覆部の存在しない露出したコア部の表面において、炭化珪素における一部の炭素原子が窒素原子に置換された窒素原子含有炭化珪素を備える繊維を得ることができる。この場合、レーザー照射によって、被覆部が変性又は変質されることは少ないため、得られた繊維は、本発明の炭化珪素繊維を構成する部分と、その表面の一部における被覆部とを備える本発明の複合材料となり得る。
【0024】
本発明の複合材料は、上記本発明の炭化珪素繊維を含むものであり、好適な一例としては、セラミックス又は樹脂からなるマトリックスの中に炭化珪素繊維が分散しつつ含まれる複合材料である。マトリックスを構成する材料は、特に好ましくは、セラミックスであり、炭化珪素、アルミナ、炭化チタン、炭化バナジウム、炭化クロム、炭化スカンジウム、炭化ジルコニウム、炭化ニオブ、炭化モリブデン、炭化ハフニウム、炭化タンタル等とすることができる。尚、本発明の複合材料に含まれる炭化珪素繊維の形態は、特に限定されず、繊維どうしが接触状態にあるもの(織物等)、及び、繊維どうしが非接触状態にあるもののいずれでもよい。
上記セラミックスをマトリックスとする複合材料における、上記本発明の炭化珪素繊維の含有割合は、マトリックスを構成するセラミックス100質量部に対して、好ましくは20~80質量部、より好ましくは30~60質量部である。
【0025】
上記セラミックスをマトリックスとする複合材料において、織物(平織、多重織、3次元織等)を用いて、所定形状の部材等とする場合、織物からなるプリフォームの繊維どうしの空隙に炭化珪素を充填形成する製造方法が適用されるが、具体例は以下に示される。
(1)SiCl等のシラン化合物と、C等の炭化水素を、炭化珪素を生成させる原料ガスとしてプリフォーム内に供給して、これら原料ガスの熱分解反応等によって炭化珪素マトリックスを形成する方法
(2)金属珪素粉末及び炭素粉末の混合物をプリフォーム中に含浸させた後、これらを反応させて炭化珪素マトリックスを形成する方法
(3)炭化珪素前駆体ポリマーをプリフォームに含浸させた後、焼成してセラミック化させて炭化珪素マトリックスを形成する方法
(4)炭化珪素粉末及び炭素粉末の混合物をプリフォームに含浸させた後、溶融した珪素を注入することでこの珪素と炭素粉末とを反応させて炭化珪素マトリックスを形成する方法
(5)炭化珪素粉末及び焼結助剤をプリフォームに含浸させて予備成形体を作成した後、加圧焼結させて炭化珪素マトリックスを形成する方法
【0026】
本発明において、セラミックスをマトリックスとする複合材料として、例えば、本発明の炭化珪素繊維を、炭化珪素セラミックスからなるマトリックスの中に分散させて炭化珪素繊維強化複合材料とした場合には、1400℃程度の高い温度において、強度、靭性等の要求される、航空機用ジェットエンジンにおける燃焼器をはじめとする航空宇宙エンジン用構造部材、発電用ガスタービンにおける高温部品、その他、各種プラントにおける高温部品等の構造材料として好適である。従来、公知の炭化珪素繊維を、炭化珪素セラミックスからなるマトリックスの中に分散させて炭化珪素繊維強化複合材料とした場合には、上記の高い温度において、炭化珪素繊維を構成する結晶の粒成長が顕著であり、十分な強度及び耐クリープ性を得ることができなかったが、本発明の炭化珪素繊維を含む複合材料を用いると、上記の高い温度において、炭化珪素繊維を構成する結晶の粒成長が抑制され、且つ、構造安定性、強度及び耐クリープ性に優れた部材を得ることができる。
【実施例
【0027】
以下、実施例を挙げて、本発明の実施の形態を更に具体的に説明する。但し、本発明は、これらの実施例に何ら制約されるものではない。
【0028】
1.炭化珪素繊維原料
実施例及び比較例で用いる炭化珪素繊維原料は、NGSアドバンストファイバー社製炭化ケイ素連続繊維「Hi-Nicalon TypeS」(商品名)を、80℃の蒸留水に30分間浸漬することによりデサイジングした繊維束である。この製品は、β-SiCからなる繊維500本からなる、長さが200mmの繊維束である。そして、繊維1本あたりの断面形状は円形であり、直径(繊維径)は10μmであるが、デサイジング後の繊維径もほぼ同じである。
【0029】
2.改質炭化珪素繊維の製造及び評価
上記の炭化珪素繊維原料を熱処理に供して、改質炭化珪素繊維を製造し、以下の評価を行った。
(1)改質炭化珪素繊維の断面における表層領域の炭化珪素結晶の粒径の平均値d1ave及び中心領域の炭化珪素結晶の粒径の平均値d2ave並びに(d1ave/d2ave)の算出
改質炭化珪素繊維の製造前後の断面を透過型電子顕微鏡により撮影し、表層領域及び中心領域に炭化珪素結晶を含む画像を得た。表層領域における結晶粒径測定対象は、繊維の表面から中心に向かって0.5μmまでの領域の炭化珪素結晶とし、中心領域における結晶粒径測定対象は、繊維の中心から半径0.4μmの円領域の炭化珪素結晶とした。観察される炭化珪素結晶それぞれに対して面積を算出し、炭化珪素結晶が円形であると仮定して面積値から直径に換算して、炭化珪素結晶1つの粒径を得た。各領域において100個以上の炭化珪素結晶の粒径から、粒径に対する面積率を示すグラフを作成し、平均値d1ave及びd2aveを算出し、これらの値から(d1ave/d2ave)を算出した。
(2)引張強さの測定
はじめに、測定用繊維1本ずつに対して、レーザー回折法により直径(d)を測定した。得られたdから、繊維の断面積(A)を算出した。
次に、図12に示すように、測定用繊維を中央が切り抜かれた台紙21の切り抜き部の中央に配置されるように上下を接着剤22で固定し、その後、両端部を切断し、引張強さ測定用の試験片20を作製した。この試験片20をインストロン社製「5940シングルコラム卓上型試験機」(商品名)にセットして、定変位速度1mm/分、標点間距離25mmの条件で引張破断させ、引張荷重の最大値(F)を得た。
上記のAとFとから、下記式(2)を用いて、引張強さ(σ)を算出した。
σ=F/A (2)
【0030】
デサイジング済の繊維束11から取り出した炭化珪素繊維11x(レーザー照射前)の断面における表層領域及び中心領域の炭化珪素結晶を含む画像から、結晶粒径に対する面積率を示すグラフである図4及び図5を作成し、(d1ave/d2ave)=0.90を得た。また、引張強さを測定したところ、4.16GPaであった(表1参照)。
【0031】
実施例1
改質炭化珪素繊維の製造のために、図2の改質炭化珪素繊維製造装置10を用いた。図2の装置10は、内容積1200cmのガラス容器の中に、上記デサイジング済の繊維束11及び液体窒素12を入れ、SPI Lasers社製ファイバーレーザー14から発振したレーザー18を、ガルバノメーター15を介して繊維束11に照射し熱処理する装置である。尚、レーザー照射時の繊維束の温度を、チノー社製放射温度計16により測定した。
図2の構成で、繊維束11の長さ60mmの部分に、レーザー(波長:1070±10nm、出力:2000W/cm)を、毎秒1.1mmで掃引させながら照射した。掃引回数は1回とした。また、繊維束11におけるレーザー照射部の温度は1800℃であった。
【0032】
レーザー照射後の繊維束から改質炭化珪素繊維(β-SiCを主とする繊維)を取り出して、上記(1)及び(2)の評価を行った。その結果を表1に示す。表層領域及び中心領域の炭化珪素結晶を含む画像から得られた、結晶粒径に対する面積率を示すグラフを、それぞれ、図6及び図7に示した。
【0033】
実施例2
レーザーの掃引回数を5回とした以外は、実施例1と同様の操作を行って、改質炭化珪素繊維(β-SiCを主とする繊維)を得た。そして、上記(1)及び(2)の評価を行い得られた結果を表1に示す。表層領域及び中心領域の炭化珪素結晶を含む画像から得られた、結晶粒径に対する面積率を示すグラフを、それぞれ、図8及び図9に示した。
【0034】
比較例1
上記デサイジング済の繊維束を、カーボンヒーター炉の中に載置し、内部をアルゴンガス雰囲気、全圧を1atmとして、室温から1700℃までは30℃/分、1700℃から1800℃までは10℃/分の各昇温速度で加熱し、1800℃に達した後、加熱を停止した。得られた改質炭化珪素繊維(β-SiCを主とする繊維)に対して、上記(1)及び(2)の評価を行い得られた結果を表1に示す。表層領域及び中心領域の炭化珪素結晶を含む画像から得られた、結晶粒径に対する面積率を示すグラフを、それぞれ、図10及び図11に示した。
【0035】
【表1】
【0036】
以上の実験より、比較例1により得られた改質炭化珪素繊維は、引張強さが3.02GPaであり、未処理の繊維の引張強さ(4.16GPa)からの低下が顕著であったのに対し、実施例1及び2により得られた改質炭化珪素繊維の引張強さは、それぞれ、3.92GPa及び3.47GPaであり、強度低下が抑制された。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の炭化珪素繊維は、軽量且つ高強度であり、耐熱性に優れるため、セラミックス又は樹脂からなるマトリックスの中に炭化珪素繊維が分散しつつ含まれる複合材料の製造原料として好適である。特に、セラミックスからなるマトリックスに分散させてなる複合材料は、航空機用ジェットエンジンにおける燃焼器をはじめとする航空宇宙エンジン用構造部材、発電用ガスタービンにおける高温部品、その他、各種プラントにおける高温部品等の構造材料として好適である。
【符号の説明】
【0038】
1:炭化珪素繊維
2:表層領域の炭化珪素結晶
3:窒素原子含有炭化珪素結晶
4:中心領域の炭化珪素結晶
5:炭化珪素繊維原料(繊維)
7:均一加熱された炭化珪素繊維
10:炭化珪素繊維製造装置
11:炭化珪素繊維原料(デサイジング済の繊維束)
11x:炭化珪素繊維原料(デサイジング済の繊維)
12:液体窒素
13:ガラス容器
14:ファイバーレーザー
15:ガルバノメーター
16:放射温度計
18:レーザー
20:引張強さ測定用の試験片
21:台紙
22:接着剤
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
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図12
図13