(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-16
(45)【発行日】2024-05-24
(54)【発明の名称】模擬刀
(51)【国際特許分類】
C23C 18/34 20060101AFI20240517BHJP
C23C 18/31 20060101ALI20240517BHJP
C23C 18/36 20060101ALI20240517BHJP
C25D 5/26 20060101ALI20240517BHJP
C25D 5/36 20060101ALI20240517BHJP
C25D 5/52 20060101ALI20240517BHJP
C25D 7/00 20060101ALI20240517BHJP
【FI】
C23C18/34
C23C18/31 A
C23C18/36
C25D5/26 A
C25D5/26 J
C25D5/36
C25D5/52
C25D7/00 S
C25D7/00 T
(21)【出願番号】P 2023211858
(22)【出願日】2023-12-15
【審査請求日】2023-12-15
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】395010794
【氏名又は名称】名古屋メッキ工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503232856
【氏名又は名称】有限会社濃州堂
(74)【代理人】
【識別番号】100189876
【氏名又は名称】高木 将晴
(74)【代理人】
【識別番号】100143111
【氏名又は名称】青山 秀夫
(72)【発明者】
【氏名】菅沼 延之
(72)【発明者】
【氏名】堀田 一男
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 康浩
【審査官】隅川 佳星
(56)【参考文献】
【文献】実開昭50-001100(JP,U)
【文献】実開昭51-070099(JP,U)
【文献】特開平02-109580(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A63B 69/02
A63H 33/00
B44C 1/00 - 7/08
C23C 18/16 - 18/52
C25D 3/00 - 7/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
日本刀を模した模擬刀において、
基材と前記基材を覆う刃紋形成めっき層とを含む模擬刀であって、
前記基材が、日本刀の刀身の形状をなし、
前記刃紋形成めっき層が、めっき層を研磨させてなる刃紋模様部分と、めっき層を研磨させていない非研磨部分とを備えると共に、刀身の腐食防止手段としても機能し、
前記腐食防止手段が、前記刃紋形成めっき層をなすめっき材質と、前記刃紋形成めっき層を基準膜厚以上の厚さとしたことからなり、
前記めっき材質が、ニッケルと、耐食性を有する元素として、少なくともリン、ホウ素、タングステンのいずれかとを含む無電解ニッケルめっき層からなり、
前記基準膜厚が、前記めっき材質に応じた2μm以上の所望の膜厚とされ、
前記刃紋模様部分における研磨後膜厚が、前記基準膜厚の厚さ以上になるように、
前記非研磨部分における非研磨膜厚が、刃紋模様に応じた想定研磨厚と前記基準膜厚とを合計した厚さ以上とされている、
ことを特徴とする模擬刀。
【請求項2】
前記研磨後膜厚が、3μm以上とされ、
前記非研磨膜厚が、7μm以上30μm以下とされている、
ことを特徴とする請求項1に記載の模擬刀。
【請求項3】
前記めっき材質が、ニッケルとリンを含む合金めっき、又は、ニッケルとホウ素を含む合金めっきのいずれかからなる、
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の模擬刀。
【請求項4】
前記めっき材質が、ニッケルとリンとを含む合金めっきからなり、
前記合金めっきにおいて前記リンの含有率が、2重量%以上10重量%以下とされている、
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の模擬刀。
【請求項5】
前記刃紋形成めっき層が、前記無電解ニッケルめっき層の加熱処理又は熱乾燥処理に伴って生じる変色・硬質化皮膜を有していない、
ことを特徴とする請求項4に記載の模擬刀。
【請求項6】
前記刃紋形成めっき層が、更に反射光緩和手段を備え、
前記反射光緩和手段が、前記無電解ニッケルめっき層の加熱処理又は熱乾燥処理により形成させた変色・硬質化皮膜からなる、
ことを特徴とする請求項4に記載の模擬刀。
【請求項7】
更に、前記基材と前記刃紋形成めっき層との間に下地めっき層を備え、
前記下地めっき層が、前記刃紋形成めっき層の艶出し手段を備え、
前記艶出し手段が、前記刀身の少なくとも上身部分において、前記下地めっき層をバフ研磨させてなる鏡面仕上げ面を備えさせたことからなる、
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の模擬刀。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、日本刀の刀身の形状をなす基材にめっき層を積層させてなる、日本刀の美観を模した模擬刀に関する。より詳細には、従来技術において、刀身の変色・錆び・傷を防ぐために必須であった最上層のクロムめっき層がなくても、模擬刀の美観を長期に亘って保つことができ、且つ、六価クロムによる環境汚染と、人体への健康被害とを発生させない模擬刀に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から居合道の稽古・表演、舞台演劇等に使用されてきた模擬刀は、亜鉛ダイキャストからなる基材に、銅めっき層、電解ニッケルめっき層、六価のクロムめっき層の順に積層させて日本刀の美観を模している。より詳細には、銅めっき層を下地に電解ニッケルめっき層を積層させることにより、電解ニッケルめっき層のシルバー色と独特の光沢が、日本刀をなす玉鋼の地色の美観を模すようにさせている。
【0003】
電解ニッケルめっき層は、光沢剤の添加量を増やすことにより、その光沢を日本刀に近似させることができるが、めっき層の表面硬度が低くなる。より詳細には、表面硬度がビッカーズ硬度で約150HVから400HVの柔らかいめっき層となるため、刀身に擦傷が付きやすく、変色・錆が発生しやすくなる。そのため従来の模擬刀では、表面硬度が約800HVで擦傷が付きにくいクロムめっき層を積層させ、電解ニッケルめっき層を擦傷等から保護させることが必須となっていた。
【0004】
ところが、従来技術では、模擬刀をなす刃紋模様は、特許文献1、2等にも記載があるように、硬いクロムめっき層を削り落とした上で、柔らかい電解ニッケルめっき層をバフ研磨させて白く粗面化させることにより形成させていた。そのため、クロムめっき層が研磨により削除されている刃紋模様部分については、柔らかい電解ニッケルめっき層が露出しているため、擦傷等から保護することができないという課題があった。
【0005】
更に、従来の研磨作業では、クロムめっき層を超えて電解ニッケルめっき層を研磨し始めるときに、表面硬度が突然に低くなるため、電解ニッケルめっき層を余剰に削りやすく、刃紋模様部分での電解ニッケルめっき層の膜厚が薄くなりやすい。そもそも電解ニッケルめっき層は、刀身のような平坦な被めっき対象物には均一なめっき層を形成させにくく、刃紋模様を一様に研磨できたとしても、部分的に膜厚が薄い箇所ができ、その箇所において下地にまで到達するピンホールが生じやすい。
【0006】
そのため、電解ニッケルめっき層が削られて膜厚が薄くなっている刃紋模様部分においては、擦傷が付いていなくても、ピンホールから刀身に付着した汗・皮脂等が滲み込んで下地の銅めっき層を錆びさせやすい。この銅めっき層に生じた錆が、ピンホールから模擬刀の表面にまで徐々に浮き出し、刃紋模様部分をまだら状に変色させ、模擬刀の美観を損なわせることもあった。
【0007】
特許文献3には、本出願人が出願した稽古用模擬刀の技術が開示されている。この文献に記載の技術によれば、電解ニッケルめっき層に刃紋模様を研磨により形成させてから、クロムめっき層による仕上げめっき層を積層させている。研磨後の刀身を硬いクロムめっき層で一様に覆うことにより稽古による擦傷がつくことを防止させると共に、刃紋模様の研磨に伴って電解ニッケルめっき層に生じているピンホールを塞いで、刃紋模様部分に変色・錆びが生じることを防止させている。
【0008】
クロムめっき層をなす六価クロムは、発がん性等の人体への健康被害と、環境汚染に繋がることから、将来的に全てのめっき製品においても規制対象となる可能性がある。現に、欧州・米国では自動車部品等において、既に六価クロムの使用を禁止・廃止しており、日本でも、日本自動車工業会が新たに生産する自動車については六価クロムの使用を自主規制している。
【0009】
しかし、特許文献3に記載の技術においては、クロムめっき層の積層が必須の技術であったため、クロムによる健康被害・環境汚染を防止させることができない、という新たな課題が発生している。仮に六価クロムを、健康被害・環境負荷の比較的少ない三価クロムで代替させても、酸性環境下では三価クロムが酸化して六価クロムに変化することから、人体・環境への悪影響を完全に防ぐことはできなかった。
【0010】
以上のとおり、特許文献1から特許文献3のいずれに記載の技術であっても、クロムめっきの積層が必須であったため、六価クロムによる環境汚染・健康被害が発生するという新たな課題を解決することのできる模擬刀の技術はなかった。そこで本出願人は、世界に誇る日本刀文化の普及を図るために、使用が規制されつつあるクロムめっき層がなくても、美観を維持することのできる模擬刀について鋭意研究を重ね、本願の模擬刀を発明するに至った。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
特許文献1:特開昭51-62599号公報
特許文献2:特開昭52-126325号公報
特許文献3:特開2019-002063号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、刀身の変色・錆び・傷を防ぐために必須とされていた最上層のクロムめっき層がなくても、刃紋模様を形成させるめっき層だけで、模擬刀の美観を長期に亘って保つことができ、且つ、六価クロムによる環境汚染と、人体への健康被害とを発生させない模擬刀を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の第1の発明は、日本刀を模した模擬刀において、基材と前記基材を覆う刃紋形成めっき層とを含む模擬刀であって、前記基材が、日本刀の刀身の形状をなし、前記刃紋形成めっき層が、めっき層を研磨させてなる刃紋模様部分と、めっき層を研磨させていない非研磨部分とを備えると共に、刀身の腐食防止手段としても機能し、前記腐食防止手段が、前記刃紋形成めっき層をなすめっき材質と、前記刃紋形成めっき層を基準膜厚以上の厚さとしたことからなり、前記めっき材質が、ニッケルと、耐食性を有する元素として、少なくともリン、ホウ素、タングステンのいずれかとを含む無電解ニッケルめっき層からなり、前記基準膜厚が、前記めっき材質に応じた2μm以上の所望の膜厚とされ、前記刃紋模様部分における研磨後膜厚が、前記基準膜厚の厚さ以上になるように、前記非研磨部分における非研磨膜厚が、刃紋模様に応じた想定研磨厚と前記基準膜厚とを合計した厚さ以上とされていることを特徴としている。
【0014】
基材の材質は、亜鉛・銅・アルミニウム等からなる亜鉛ダイキャストが好適であるが、樹脂素材等であってもよく限定されない。例えば、居合道の稽古用模擬刀の場合には、基材を亜鉛ダイキャストとすると、重量が日本刀に近似するため好適である。舞台演劇用の模擬刀の場合には、基材を軽量のアルミニウム等とすると、女性俳優であっても容易に振り回すことができ、長時間の舞台稽古であっても疲れにくい模擬刀とすることができる。
【0015】
基材に積層させるめっき層は、刃紋形成めっき層だけでもよいが、刃紋形成めっき層と基材との間に、基材を平滑化させるための下地めっき層を備えさせると、無電解ニッケルめっき層の密着性を向上させることができるため好適である。また、刃紋形成めっき層は、刀身全体を覆うと好適であるが、刀身の鍔よりも先方の上身部分だけを被覆していれば足りる。
【0016】
刃紋形成めっき層は、刃紋模様部分と、刃紋模様部分以外の非研磨部分とを備えることに加えて、刃紋形成めっき層自体が、最上層に位置して、刀身の腐食防止手段として機能している。刃紋模様部分は、研磨によりめっき層を粗面化させることにより、白く輝いた状態とされ、非研磨部分は、無電解ニッケルめっき層のシルバー色で艶のある輝きのままとされている。
【0017】
腐食防止手段は、刃紋形成めっき層のめっき材質と、刃紋形成めっき層の厚さとからなる。より詳細には、めっき材質を、ニッケルと耐食性を有する元素を含む無電解ニッケルめっき層として刃紋形成めっき層自体に耐食性を備えさせ、更に、刃紋模様部分における無電解ニッケルめっき層の研磨後膜厚を、ピンホールの生じにくい基準膜厚以上として防食性を高くしたことからなる。
【0018】
めっき材質とは、無電解ニッケルめっき層をなす元素の種類と、夫々の元素の含有率とをいう。無電解ニッケルめっき層をなす耐食性を有する元素は、少なくともリン、ホウ素(ボロン)、タングステンのいずれかの元素を含めばよいが、環境負荷のある六価クロムは含まない。無電解ニッケルめっき層には、耐食性を有する元素が2種類以上含まれてもよい。これにより、略純粋なニッケルからなる電解ニッケルめっき層では得られない耐食性を、刃紋形成めっき層に備えさせることができる。
【0019】
基準膜厚は、ピンホールが生じにくいように、少なくとも2μm以上の所望の膜厚としている。所望の膜厚は、めっき材質に応じて工業用途での防食に推奨されている膜厚を指標にすると好適である。例えば、リンを含む無電解ニッケルめっき層に関する日本産業規格(JIS規格「H8645:1999」)では、防食用途には約5μm(第2等級)が推奨されている。なお、模擬刀は工業用途に比べて錆びにくい環境でしか使用されないことから、基準膜厚は防食用途で推奨されている膜厚よりも薄くてもよい。
【0020】
非研磨部分の非研磨膜厚は、刃紋模様部分の研磨前の膜厚と同一の厚さであり、刃紋模様の種類毎に異なる想定研磨厚と、めっき材質に応じた基準膜厚とを合計した厚さ以上にさせている。所望の刃紋模様を形成させる際に削られるめっき層の厚さを予め想定して、刃紋形成めっき層の厚さを決めているため、積層に時間のかかる無電解ニッケルめっき層を余剰に積層させなくても、研磨後膜厚を基準膜厚以上とすることができる。研磨前後の膜厚は、蛍光X線式試験法等の非破壊試験により確認すればよい。
【0021】
刃紋模様の想定研磨厚とは、刃紋模様を試験研磨した実際の研磨厚から経験則的に求めた数値であればよい。例えば直刃と称される略直線形状の刃紋模様の場合には、研磨が容易であるため、想定研磨厚は約3μmから約5μmを想定しておけばよい。一方、刃紋模様が乱れ刃等と称される波打った形状の刃紋模様の場合には、バフを押し当てる向きを変えながら繰り返し刀身を研磨させるため、想定研磨厚を直刃よりも多く想定する。
【0022】
膜厚の均一性に優れる無電解ニッケルめっき層を、刃紋模様の想定研磨厚を見込んで積層させるため、めっき層を研磨させた刃紋模様部分であっても、下地にまで貫通したピンホールが表面に現れにくい。仮に、刃紋形成めっき層に僅かにピンホールが残っている場合であっても、模擬刀の用途範囲であれば、めっき材質による耐食性により、基材・下地めっき層を腐食から保護させることができ、基材等が錆びて刃紋模様部分をまだら状に変色させることがない。
【0023】
第1の発明によれば、刀身の変色・錆び・傷を防ぐために必須とされていた最上層のクロムめっき層がなくても、模擬刀の美観を長期に亘って保つことができ、且つ、六価クロムによる環境汚染、人体への健康被害を発生させないという従来技術にはない有利な効果を奏する。
【0024】
本発明の第2の発明は、第1の発明の模擬刀であって、前記研磨後膜厚が、3μm以上とされ、前記非研磨膜厚が、7μm以上30μm以下とされていることを特徴としている。
【0025】
研磨後膜厚を上記JIS規格の第1等級に相当する3μm以上にしているため、汗等が付着しにくい仮装用途等においては、刃紋模様の美観を十分に維持させることができる。また、無電解ニッケルめっき層を約4μm研磨させると、刃紋模様部分の粗面度を大きくすることができ、冴え冴えと白く輝く刃紋模様を形成させやすい。第2の発明では、非研磨膜厚を少なくとも7μm以上として、高い美観の刃紋模様を形成させた場合であっても、模擬刀が錆びないようにしている。
【0026】
更に、研磨後膜厚を5μm以上とすれば、上記JIS規格において工業的な防食用途に推奨されている第2等級に適合するため、汗が付着しやすい稽古用模擬刀にも適している。これにより、白く輝く刃紋模様部分と、シルバー色に艶めいて輝く非研磨部分とのコントラストにより、模擬刀の美観を、日本刀の美観に更に近似させることができるという有利な効果を奏する。
【0027】
更に、非研磨膜厚を20μm以上30μm以下の範囲とすると、無電解ニッケルめっき層の表面硬度を精度よく計測させることができ、めっき品質を高精度に管理することもできる。なお、無電解ニッケルめっき層の非研磨膜厚を30μm以下とすれば、めっきの析出に時間を要する無電解ニッケルめっきであっても、生産性を低下させにくい。
【0028】
本発明の第3の発明は、第1又は第2の発明の模擬刀であって、前記めっき材質が、ニッケルとリンを含む合金めっき、又は、ニッケルとホウ素を含む合金めっきのいずれかからなることを特徴としている。
【0029】
第3の発明によれば、めっき材質を、ニッケルとリンを含む合金めっき、又は、ニッケルとホウ素を含む合金めっきのいずれかとしている。これらのめっき材質からなる無電解ニッケルめっき層は、表面硬度が高いため擦傷が付きにくく、且つ、めっき液の安定性が高いため、めっき層の膜厚の均一性も高く、刃紋模様を想定通りに研磨しやすいという有利な効果を奏する。
【0030】
本発明の第4の発明は、第1又は第2の発明の模擬刀であって、前記めっき材質が、ニッケルとリンとを含む合金めっきからなり、前記合金めっきにおいて前記リンの含有率が、2重量%以上10重量%以下とされていることを特徴としている。
【0031】
第4の発明によれば、ニッケルと共析するリンの含有率が合金めっきの全重量に対して、2重量%以上10重量%以下とさせている。この重量割合でリンを共析させるめっき液は、めっき液の安定性が高く、膜厚の均一性が高い無電解ニッケルめっき層を形成させることができる。更に、汗・皮脂・雨等が刃紋部分に付着したときに、刀身を布で払拭させるだけであっても、ニッケル・リン合金が有する高い耐食性により刀身を錆びさせることがなく、手入れが容易である。
【0032】
より好適には、無電解ニッケルめっき層のリンの含有率を6重量%から8重量%とさせると、表面硬度・光沢・耐食性のいずれにも優れている。これにより、居合道の稽古用だけでなく、舞台演劇用等としても使い勝手のよい耐久性に優れた模擬刀とすることができるという有利な効果を奏する。
【0033】
本発明の第5の発明は、第4の発明の模擬刀であって、前記刃紋形成めっき層が、前記無電解ニッケルめっき層の加熱処理又は熱乾燥処理に伴って生じる変色・硬質化皮膜を有していないことを特徴としている。
【0034】
無電解ニッケルめっき層をめっきした段階では刀身にめっき液が付着しているため、刃紋模様を研磨する前に、めっき液の洗浄と刀身の乾燥が必要となる。ニッケルとリンを含む無電解ニッケルめっき層は、加熱処理・熱乾燥処理の実施に伴って、表面に変色・硬質化被膜を形成するという特性があり、刀身がやや黄褐色に変色し、反射光もやや鈍くなる。
【0035】
そこで、第5の発明では、無電解ニッケルめっき層に変色・硬質化皮膜を生じさせないように、めっき液を洗浄した後に、徹底した水分払拭と自然乾燥とを実施することにより、加熱処理を伴わないで刀身を乾燥させるようにしている。これにより、刀身全体が変色しておらず、日本刀そのものの美観を模した模擬刀とすることができるという効果を奏する。
【0036】
本発明の第6の発明は、第4の発明の模擬刀であって、前記刃紋形成めっき層が、更に反射光緩和手段を備え、前記反射光緩和手段が、前記無電解ニッケルめっき層の加熱処理又は熱乾燥処理により形成させた変色・硬質化皮膜からなることを特徴としている。
【0037】
模擬刀は、居合道の稽古だけでなく、舞台演劇、仮装、時代劇の撮影等にも利用されている。舞台演劇等では照明光が観客に反射することを避けるために、模擬刀等の刀身に反射防止テープを貼着させる、反射防止塗料を塗布させる等の対策がとられているが、いずれも模擬刀の見栄えが悪くなる。
【0038】
そこで第6の発明では、敢えて無電解ニッケルめっき層に、反射光緩和手段をなす変色・硬質化皮膜を備えさせている。これにより、模擬刀の反射光がやや鈍くなり、日本刀の流麗な美観を維持させつつも、舞台演劇等に適した模擬刀とすることができるという従来にない有利な効果を奏する。
【0039】
本発明の第7の発明は、第1又は第2の発明の模擬刀であって、更に、前記基材と前記刃紋形成めっき層との間に下地めっき層を備え、前記下地めっき層が、前記刃紋形成めっき層の艶出し手段を備え、前記艶出し手段が、前記刀身の少なくとも上身部分において、前記下地めっき層をバフ研磨させてなる鏡面仕上げ面を備えさせたことからなることを特徴としている。
【0040】
第7の発明によれば、基材と刃紋形成めっき層との間に、刃紋形成めっき層の密着性を向上させる下地めっき層を備えているだけでなく、下地めっき層の表面に、刃紋形成めっき層の艶出し手段をなす鏡面仕上げ面を備えている。鏡面仕上げ面は、刀身のうち、鍔よりも先方の上身部分だけでなく、鍔よりも後方の茎部分にも備えさせてもよい。下地めっき層をなす金属の材質は、六価クロムを除いて限定されないが、無電解ニッケルめっきとの密着性のよい銅が好適である。
【0041】
下地めっき層の研磨厚さも限定されないが、研磨前の膜厚と比して、研磨後の下地めっき層の膜厚が50%以上80%以下の膜厚となるまで研磨させると、鏡面仕上げ面の艶が高く、且つ、研磨工程が過剰に長くならないため好適である。これにより、最上層に積層させた刃紋形成めっき層の艶を、日本刀の玉鋼の艶に近似させることができ、表面が滑らかで見栄えの良い刀身を得ることができる。
【発明の効果】
【0042】
・本発明の第1の発明によれば、刀身の変色・錆び・傷を防ぐために必須とされていた最上層のクロムめっき層がなくても、模擬刀の美観を長期に亘って保つことができ、且つ、六価クロムによる環境汚染、人体への健康被害を発生させないという従来技術にはない有利な効果を奏する。
・本発明の第2の発明によれば、白く輝く刃紋模様部分と、シルバー色に艶めいて輝く非研磨部分とのコントラストにより、模擬刀の美観を、日本刀の美観に更に近似させることができるという有利な効果を奏する。
・本発明の第3の発明によれば、表面硬度が高いため擦傷が付きにくく、且つ、めっき液の安定性が高いため、めっき層の膜厚の均一性も高く、刃紋模様を想定通りに研磨しやすいという有利な効果を奏する。
【0043】
・本発明の第4の発明によれば、居合道の稽古用だけでなく、舞台演劇用等としても使い勝手のよい耐久性に優れた模擬刀とすることができるという有利な効果を奏する。
・本発明の第5の発明によれば、刀身全体が変色しておらず、日本刀そのものの美観を模した模擬刀とすることができるという効果を奏する。
・本発明の第6の発明によれば、模擬刀の反射光がやや鈍くなり、日本刀の流麗な美観を維持させつつも、舞台演劇等に適した模擬刀とすることができるという従来にない有利な効果を奏する。
・本発明の第7の発明によれば、最上層にある刃紋形成めっき層の艶を、日本刀の玉鋼の艶に近似させることができ、表面が滑らかで見栄えの良い刀身を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【
図1】模擬刀の全体図と刃紋模様部分を説明する拡大図(実施例1)。
【発明を実施するための形態】
【0045】
刀身を模した基材と刃紋形成めっき層とを含む模擬刀において、刃紋形成めっき層自体を、刀身を錆びさせないように保護する腐食防止手段としても機能させるようにした。腐食防止手段は、刃紋形成めっき層をニッケルと耐食性を有する元素を含む無電解ニッケルめっき層としたことと、刃紋模様部分の研磨後膜厚を、めっき材質に応じて、ピンホールが生じにくい基準膜厚以上の厚さとしたことからなる。
【実施例1】
【0046】
実施例1では、想定研磨厚の少ない直刃の刃紋模様を形成させる場合の模擬刀1を、
図1から
図3を参照して説明する。
図1(A)図は、模擬刀の全体説明図を示し、
図1(B)図は、刀身の切っ先側の一部拡大図を示している。
【0047】
図2(A)図は、刃紋形成めっき層の膜厚の説明図であり、
図1(B)図において破線部Aで囲われた刃紋模様部分の一部拡大断面図を示している。
図2(B)図は、下地めっき層の説明図であり、
図1(A)図のD-E位置における一部拡大断面図を示している。
図3は、模擬刀の製造工程図を示している。
【0048】
本実施例では、刀身100のうち、鞘に納められる部分を上身部分101と称し、柄部材102に収容される部分を茎部分103と称して説明する。模擬刀1は、刀身をなす基材10に、下地めっき層20と刃紋形成めっき層30とを積層させ、刃紋形成めっき層のうち、上身部分101の刃先側をバフ研磨により粗面化させて、直刃の刃紋模様部分31を形成させている(
図1参照)。
【0049】
刃紋形成めっき層30のうち、刃紋模様部分を除いた部分が、バフ研磨されていない非研磨部分32である。この非研磨部分32の非研磨膜厚(
図2(A)図β参照)が、刃紋模様部分31における研磨前のめっき層の膜厚と同一の厚さである。また、刃紋形成めっき層30自体が、腐食防止手段として機能する腐食防止めっき層をなしている。腐食防止手段は、めっき材質による耐食性と、研磨後膜厚(同図α参照)をピンホールが生じにくい基準膜厚以上として防食性を高くしたことからなる。
【0050】
刃紋形成めっき層30のめっき材質は、ニッケルと耐食性を有する元素との合金めっきである無電解ニッケルめっき層からなる。無電解ニッケルめっき層をなす耐食性を有する元素には、少なくともリン、ホウ素(ボロン)、タングステンのいずれかの元素が含まれている。また、ニッケル・タングステン・リン合金めっきのように、複数種類の耐食性を有する元素が含まれてもよい。
【0051】
実施例1では、ニッケルとリンとの合金からなる無電解ニッケルめっき層を具体的に説明し、実施例3でニッケルとホウ素を含む無電解ニッケルめっき層の一例を、実施例4でニッケルとタングステンとリンとを含む無電解ニッケルめっき層の一例を説明する。
【0052】
模擬刀1においては、日本刀の地色に近似させやすく、且つ、擦傷からも腐食からも刀身を保護できるように、無電解ニッケルめっき層をなすリンの含有率を、6重量%以上8重量%以下としている。なお、リンの含有率は上記した割合に限定されず、2重量%以上10重量%以下とすれば、表面硬度・光沢・色彩・耐食性のバランスがよく、稽古用途、演劇用途、仮装用途のいずれにも利用しやすい。
【0053】
刃紋模様部分31の研磨後膜厚(
図2(A)図のα参照)は、無電解ニッケルめっきにおいて、ピンホールが生じにくい基準膜厚よりも厚くしている。ニッケルとリンを主成分とする無電解ニッケルめっきは、日本産業規格(JIS規格「H8645:1999」)において、防食用途(第2等級以上)では少なくとも5μmの膜厚が推奨されている。模擬刀は、工業用途に比べて腐食されにくい環境でしか使用されないため、前記第2等級よりも一段階低い第1等級を、模擬刀の用途範囲における基準膜厚の指標としている。
【0054】
非研磨部分32の非研磨膜厚(
図2(A)図のβ参照)は、刃紋模様の想定研磨厚(同図のγ参照)の値と基準膜厚の値との合計値よりも厚くしている。そのため、刃紋模様部分31において、想定研磨厚の無電解ニッケルめっき層を研磨除去させたときに、研磨後膜厚(同図のα参照)をピンホールが生じにくい基準膜厚よりも厚く維持させることができる。
【0055】
各膜厚の具体的な値は、基準膜厚を約3μmとし、直刃模様の想定研磨厚を約4μmとしている。非研磨膜厚は、基準膜厚の値と想定研磨厚の値を足した約7μm以上とすればよい。耐食性を高くさせる場合には、研磨後膜厚を5μmよりも厚く維持できるように、非研磨膜厚を約10μm以上にするとよい。これらの膜厚の実数値は例示であり、これに限定されるものではない。
【0056】
このように、基準膜厚と想定研磨厚との合計値に応じて、無電解ニッケルめっき層をめっきさせているため、無電解ニッケルめっき層を余剰に積層させなくても、刃紋模様部分31の研磨後膜厚をピンホールが生じにくい厚さに維持させることができる。そのため、電解めっきに比べて数倍の時間を要する無電解ニッケルめっきであっても、生産性を低下させにくい。具体的なめっき液の浴組成等は工程と共に後述する。
【0057】
一方、めっき品質を高精度に管理・保証させたい場合には、非研磨膜厚が20μm以上30μm以下の範囲となるように無電解ニッケルめっき層を厚付けさせるとよい。非研磨膜厚が20μm以上ある場合には、表面硬度計により、下地めっき層等の硬度の影響を受けずに、刃紋形成めっき層だけの表面硬度を正確に測定しやすくなる。
【0058】
無電解ニッケルめっき層は、ニッケル以外の元素の含有率によって表面硬度が大きく変動するため、測定した表面硬度からは、リン等の含有率を推定することができる。そのため、表面硬度を計測することにより、腐食防止手段としての刃紋形成めっき層の耐食性を、塩水への浸漬等によらなくても確認することができ、個々の製品のめっき品質を、高い精度で管理・保証することができるようになる。
【0059】
刃紋模様を研磨させる際の研磨剤粒度は、F230番からF360番の中から選択された研磨剤であればよいが、特にF240番の研磨剤が刃紋模様部分を白く粗面化させやすく好適である。基材の研磨は、サンドベルトによる研磨であってもよく、バフ研磨であってもよい。サンドベルト等の研磨面を高速回転させながら、刀身の刃先側に押し付けて長手方向に移動させ、刃紋模様を形成させればよい。
【0060】
なお、稽古用模擬刀においては、刃紋模様をバフ研磨させた後に熱処理又は熱乾燥処理を実施せずに、表面に変色・硬質化被膜のない刃紋形成めっき層とするとよい。この場合は、模擬刀の美観を日本刀に近似させやすいだけでなく、金属固有の靱性が高いままであり、瞬時に抜刀し、納刀する稽古を繰り返しても、刃紋形成めっき層にひび割れ等の損傷が生じにくい。
【0061】
一方、演劇・仮装用の模擬刀においては、刀身を乾燥機により熱乾燥処理し、刃紋形成めっき層に反射光緩和手段をなす変色・硬質化被膜を備えさせるとよい。この場合は、刃紋形成めっき層の反射光を鈍らせることができ、舞台演劇において照明光が反射しても観客が眩しさを感じにくく、屋外での記念撮影の際にも模擬刀を鮮明に映しやすい。
【0062】
基材10の材質は、刃紋形成めっき層30が無電解ニッケルめっき層からなるため、導電性のある材質に限定されず、用途に応じた材料を選択することができる。例えば、稽古用模擬刀の場合には、基材を日本刀と重量が略同一の亜鉛ダイキャスト製とするとよい。一方、演劇・仮装用の模擬刀の場合には、基材を軽量のアルミニウム製、樹脂製等とするとよい。
【0063】
実施例1では、基材10を亜鉛ダイキャストとし、基材10と刃紋形成めっき層30との間に、下地めっき層20を積層させ、更に下地めっき層の表面を研磨して鏡面仕上げ面21とした例を具体的に説明する(
図2(A)図参照)。なお、下地めっき層の積層を省略させてもよく、下地めっき層の研磨だけを省略させてもよい。
【0064】
下地めっき層に鏡面仕上げ面21を備えさせることにより、下地めっき層20が刃紋形成めっき層30の艶出し手段としても機能する。下地めっき層を研磨除去させる厚さは限定されないが、研磨剤粒度を徐々に細かくしながら、研磨後の下地めっき層の膜厚が、研磨前の膜厚に対して50%以上80%以下の範囲となるように磨き上げると、下地めっき層の平滑性が高くなるため好適である。
【0065】
なお、下地めっき層の研磨箇所は、抜刀時に目視可能となる刀身の上身部分101だけでよく、茎部分103については研磨を省略してもよい(
図1,
図2参照)。この場合には、茎部分103の下地めっき層20の膜厚(
図2(B)図のδ参照)と、上身部分101の下地めっき層20の膜厚(
図2(A)図のδ2参照)とを、蛍光X線式試験法等により検査すれば、最終製品においても下地めっき層を研磨除去させた厚さを確認することもできる。
【0066】
下地めっき層20の材質は、電解銅めっき層とすれば、亜鉛ダイキャスト基材へのめっきの析出速度が速く、無電解ニッケルめっき層との密着性も高く好適である。下地めっき層の材質は、六価クロム等の環境汚染・健康被害を発生させる金属でなければよく、銅に限定されない。なお、下地めっき層が三価クロムも含まない場合には、完全クロムフリーの製品となるため、より好適である。
【0067】
下地めっき層は、単層であってもよく、複層であってもよい。ここで複層とは、異種金属のめっき層を積層させる場合に限定されず、シアン化銅めっき、硫酸銅めっきのように同種金属のめっき層を積層させる場合も含んでいる。なお、下地めっき層は、無電解めっき層であってもよい。
【0068】
ここで、模擬刀1の製造工程を、
図3に示すフロー図を参照して説明する。
(第1工程:基材下地処理工程)
第1工程では、刀身をなす基材を研磨して平滑化させている(S100)。具体的には、研磨剤を塗布させたサンドベルト、サイザルバフ等を回転させながら、亜鉛ダイキャスト製の基材に押し付け、表面が平滑となるように研磨させる。また、研磨剤粒度を、F40番、F100番、F180番、F240番の順に、粒度の粗い研磨剤から徐々に粒度の細かい研磨剤に換えている。基材の研磨が完了すると、アルカリ脱脂、水洗、亜鉛を活性化させるための弱酸浸漬、水洗の工程を経て、油分、酸化被膜等が除去されて基材下地処理が完了する。アルカリ脱脂工程は、電解脱脂・浸漬脱脂のいずれでもよい。
【0069】
(第2工程:下地めっき工程)
第2工程では、研磨後の基材の表面に、下地めっき層をなす電解銅めっき層を積層させている(S200)。ここでは、めっき液の浴組成とめっき条件を変えて、シアン化銅ストライクめっき層、シアン化銅めっき層、硫酸銅めっき層の三段階に分けて、三層の電解銅めっき層を積層させている。以下に、各めっき層の浴組成、めっき条件の一例を示す。
【0070】
(シアン化銅ストライクめっき工程)
下地めっき層の第1層目として、密着性のよい初期析出めっき層が得られるように、シアン化銅ストライクめっき浴により、薄膜のシアン化銅ストライクめっき層を形成させる。めっき液1リットルあたりの浴組成は、シアン化第一銅:約30g/L、遊離シアン化ナトリウム:約10g/Lから15g/Lとした。めっき浴条件は、浴温度を約40℃、電流密度を約7A/dm2、めっき浴時間を約1分から5分とし、膜厚が約0.5μmから1.0μmのシアン化銅ストライクめっき層を積層させた。シアン化銅めっき工程に移行する前に、基材を水洗させている。
【0071】
(シアン化銅めっき工程)
下地めっき層の第2層目として、均一電着性に優れ、亜鉛ダイキャスト基材への浸食性が少ないシアン化銅めっき層をシアン化銅浴により積層させる。めっき液1リットルあたりの浴組成は、シアン化第一銅:約50g/Lから60g/L、シアン化ナトリウム:約60g/Lから80g/L、遊離シアン化ナトリウム約8g/Lから15g/L、ロダンカリウム:約5g/Lから15g/L、ロッシェル塩:約30g/Lから50g/L、水酸化カリウム:約10g/Lから20g/Lとした。めっき浴条件は、浴温度を約60℃、電流密度を約5A/dm2、めっき浴時間を約6分から10分とし、膜厚が約10μmから15μmのシアン化銅めっき層を積層させた。硫酸銅めっき工程に移行する前に、刀身を水洗させている。
【0072】
(硫酸銅めっき工程)
下地めっき層の第3層目として、シアン化銅めっき層よりも、基材を平滑化させるレベリング性と光沢性とに優れる硫酸銅めっき層を硫酸銅浴により積層させている。めっき液1リットルあたりの浴組成は、硫酸銅:約160g/Lから220g/L、硫酸の原液:約40g/Lから80g/L、塩素イオン:約20mg/Lから80mg/Lとした。めっき浴条件は、浴温度を約30℃、電流密度を約8A/dm2、めっき浴時間を約12分から約18分とし、膜厚が約20μmから30μmの硫酸銅めっき層を積層させた。第1乾燥工程に移行する前に、刀身を水洗させている。ここでいう硫酸の原液とは、硫酸成分が重量比で約98%含有された硫酸溶液をいう。
【0073】
(第3工程:第1乾燥工程)
第3工程では、下地めっき層までめっきさせた刀身を乾燥させている(S300)。この第1乾燥工程では、硫酸銅めっき層にシミ・変色を発生させないように、厚手の吸湿紙により水分を払拭させてから、自然乾燥により刀身を乾燥させている。
【0074】
(第4工程:下地めっき層の研磨工程)
第4工程では、下地めっき層の表面を研磨し、鏡面仕上げ面を形成させている(S400)。この下地めっき層の研磨工程では、研磨剤を塗布させたサイザルバフ等を下地めっき層に押し当てながら移動させ、少なくとも刀身の上身部分において、下地めっき層の表面に鏡面仕上げ面を備えさせた。ここでも、研磨剤を、研磨剤粒度が粗い番手から細かい番手に交換しながら研磨をしている。
【0075】
下地めっき層を磨き終わる段階においては、油脂材料に研磨成分が練りこまれて棒状に加工された研磨剤をバフに塗布し、下地めっき層を磨き上げている。研磨成分は、精密研磨用微粉の#6000番に相当する微細な粒度のものを使用した。研磨後には刀身を水洗させている。必要に応じて研磨剤の油脂成分を確実に洗浄させるように、アルカリ脱脂を経てから水洗させてもよい。なお、舞台演劇用の模擬刀のように、刀身の反射光を緩和させたい場合等には、第4工程を省略してもよい。
【0076】
(第5工程:無電解ニッケルめっき工程)
第5工程では、下地めっき層をめっきした刀身に、刃紋形成めっき層をなす無電解ニッケルめっき層をめっきさせている(S500)。まず、下地めっき層と無電解ニッケルめっき層との密着性を向上させるために、活性化液に刀身を約1分間浸漬させて、電解銅めっき層を活性化させる。活性化液の組成は、硫酸成分が重量比で98%含有された硫酸の原液に水を加えて、活性化液1リットルあたりに硫酸の原液が200ml含まれるように希釈させたものである。活性化後には刀身を水洗させている。
【0077】
そして、水洗させた刀身を無電解ニッケルめっき液に浸漬させ、無電解ニッケルめっき層を析出させた。めっき液1リットルあたりの浴組成は、硫酸ニッケル:約20g/Lから25g/L、還元剤として次亜リン酸ナトリウム:約25g/Lから30g/L、pH調整剤として水酸化ナトリウム:約1.6g/L、錯化剤として乳酸:約27g/L、促進剤としてプロピオン酸:約2g/L、安定剤として硫黄化合物:約2mg/Lとした。
【0078】
めっき浴条件は、浴温度を約90℃、pHを約4.0から5.0に調整し、めっき液に空気を送り込んで攪拌させている。ここでは、無電解ニッケルめっき層の非研磨膜厚が約10μmとなるように、めっき浴時間を約40分から45分とした。刃紋模様形成工程に移行する前に、めっき液を水洗し、水分を厚手の吸湿紙で払拭させた後、自然乾燥させた。めっき浴時間は、非研磨膜厚に応じて長くすればよく、例えば、膜厚が約15μmであれば、めっき浴時間を約60分から70分にすればよい。
【0079】
(第6工程:刃紋模様形成工程)
第6工程では、直刃模様の形状に適合した型材を刀身にあてがってマスキングをし、刃紋模様部分以外が研磨されないようにして、研磨剤を塗布させたバフ素材を高速回転させながら刀身に押し当てて、刃紋模様を形成させている(S600)。ここでは、刃紋模様部分が冴え冴えと白く輝くように、研磨剤は粒度の粗いF240番とした。第2乾燥工程に移行する前に、研磨剤をアルカリ脱脂し、水洗させている。
【0080】
(第7工程:第2乾燥工程)
第7工程では、刀身をなす無電解ニッケルめっき層に変色・硬質化皮膜を生じさせないように、水洗させた刀身に付着している水分を厚手の吸湿紙で払拭させた後、自然乾燥させている(S700)。なお、刃紋形成めっき層の反射光を緩和させたい場合には、自然乾燥に替えて熱乾燥処理を実施して、反射光緩和手段をなす変色・硬質化皮膜を形成させればよい。加熱温度と時間は限定されないが、例えば、加熱装置の内部温度を約200℃に維持させた状態で、刀身を1時間加熱させればよい。
【実施例2】
【0081】
実施例2では、刃紋模様を乱れ刃とした場合の模擬刀2を、
図4を参照して説明する。
図4(A)図は、刃紋模様を説明する刀身の一部拡大図を示し、
図4(B)図は、
図4(A)図において破線部Aで囲われた部分の一部拡大断面図を示している。実施例2以下では、実施例1と同一の構成については同一の符号を付して説明を省略している。
【0082】
実施例2では、三本杉とも称される刃紋模様を形成させている。三本杉の刃紋模様は、美濃の国「関」で打たれた日本刀の刃紋模様として知られている個性的な刃紋であり、二重の波模様の振幅が3周期毎に際立って大きくなるように研磨されている(
図4(A)図参照)。ここでは、輝きの弱い峰側の波を第1刃紋模様部分33とし、輝きの強い刃先側の波を第2刃紋模様34として説明する。
【0083】
三本杉の刃紋模様は、2種類の型材により刀身をマスキングする範囲を変え、2段階に分けてバフ研磨する必要があるため、想定研磨厚は直刃模様よりも多い、約10μm(
図4(B)図のγ2参照)を想定している。直刃模様の模擬刀1と同等の耐食性が得られるように、刃紋形成めっき層の非研磨膜厚(同図のβ2参照)を直刃模様よりも厚い約15μm以上として、研磨後膜厚(同図のα参照)を約5μm以上の厚さにしている。
【0084】
第1刃紋模様部分33を研磨するときには、研磨前の刃紋形成めっき層30を、第1刃紋模様部分と同形の波形型材によりマスキングしてバフ研磨する。第1刃紋模様部分33では、刃紋形成めっき層を約4μmから約5μmを研磨除去させた。また、第1刃紋模様部分33では、第2刃紋模様部分34のよりも面粗度が小さくなるように(
図4(B)図参照)、第1刃紋模様部分では、F360番の研磨剤を用いてバフ研磨した。
【0085】
第2刃紋模様部分34を研磨するときには、第2刃紋模様部分と同形の波形型材により、第1刃紋模様部分33の一部を含むように刃紋形成めっき層をマスキングしてバフ研磨する。第2刃紋模様部分34においては、第1刃紋模様部分33の研磨と合わせて、刃紋形成めっき層の約8μmから約10μmを研磨除去させている。
【0086】
また第2刃紋模様部分34では、F240番の粒子径の粗い研磨剤を用いてバフ研磨し、面粗度を第1刃紋模様部分よりも粗くさせている。これにより、二つの刃紋模様の間でも輝きの強さにコントラストが生じ、三本杉の刃紋模様を備えた模擬刀2とすることができる。
【実施例3】
【0087】
実施例3では、無電解ニッケルめっき層の材質が、ニッケルとホウ素とを含む場合のめっき浴組成とめっき条件の一例を簡単に説明する。めっき液1リットルあたりの浴組成は、硫酸ニッケル:約15.5g/L、還元剤としてジメチルアミンボラン:約7.1g/L、pH調整剤として酢酸:約18.0g/Lとした。酢酸の重量は、酢酸水溶液を濃度100%の酢酸成分に換算した重量を示している。
【0088】
めっき条件は、浴温度を約50℃から約70℃、pHを約6.3から約6.7に調整した。めっき浴時間は限定されず、無電解ニッケルめっき層の非研磨膜厚に応じて時間調整させればよい。ニッケルとホウ素とを含む無電解ニッケルめっきについては、日本産業規格がないため、機械部品等の防食用途において推奨されている膜厚を基準膜厚とすればよい。ホウ素の場合にはリンよりも耐食性が低いことから、基準膜厚を実施例1で示した厚さよりも厚い約4μmから5μmの範囲とするとよい。
【実施例4】
【0089】
実施例4では、無電解ニッケルめっき層の材質が、ニッケルとタングステンとリンとを含む場合のめっき浴組成とめっき条件の一例を簡単に説明する。めっき液1リットルあたりの浴組成は、硫酸ニッケル:約4.2g/L、還元剤としてタングステン酸ナトリウム:約3.5g/L、及び、次亜リン酸ナトリウム:約3.5g/L、pH調整剤として硫酸アンモニウム:約30.0g/L、pH緩衝材としてクエン酸ナトリウム:約17.5g/Lとした。
【0090】
めっき条件は、浴温度を約90℃、pHを約6.3から6.7に調整した。めっき浴時間は限定されず、無電解ニッケルめっき層の非研磨膜厚に応じて時間調整させればよい。実施例4の場合も日本産業規格がないため、機械部品等の防食用途において推奨されている膜厚を基準膜厚とすればよい。なお、ニッケルとタングステンとリンとを含む無電解ニッケルめっき層は、実施例1の場合と比べて、耐食性は同等でありながら、膜厚が薄くてもピンホールが生じにくい性質があるため、基準膜厚を実施例1で示した厚さよりも薄い約2μmから3μmの範囲とするとよい。
【0091】
(その他)
・各実施例において、めっき浴組成に示した各成分の重量・種類は、例示にすぎず、これに限定されるものではないことは勿論のことである。また、めっき条件についても、めっき液の各製造者が推奨する浴温度、pHに調整させればよい。めっき浴時間についても、各めっき層が、所望の膜厚となるように調整させればよく、実施例に示しためっき浴時間に限定されないことは勿論のことである。
・今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の技術的範囲は、上記した説明に限られず特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0092】
1,2…模擬刀、
100…刀身、101…上身部分、102…柄部材、103…茎部分、
10…基材、20…下地めっき層、21…鏡面仕上げ面、
30…刃紋形成めっき層(無電解ニッケルめっき層)、
31…刃紋模様部分、32…非研磨部分、
33…第1刃紋模様部分、34…第2刃紋模様部分
【要約】 (修正有)
【課題】模擬刀の美観を長期に亘って保つことができ、且つ、六価クロムによる環境汚染と、人体への健康被害とを発生させない模擬刀を提供すること。
【解決手段】刀身を模した基材10と刃紋形成めっき層30とを含む模擬刀において、刃紋形成めっき層自体を腐食防止手段としても機能させ、従来、刃紋模様部分31を錆びさせないように保護していたクロムめっき層を省略できるようにした。腐食防止手段は、刃紋形成めっき層30をニッケルと耐食性を有する金属を含む無電解ニッケルめっき層としたことと、刃紋模様部分の研磨後膜厚αを、めっき材質に応じたピンホールが生じにくい基準膜厚以上の厚さとしたことからなる。
【選択図】
図2