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特許7489701フラーレンナノキューブ、その製造方法およびそれを用いた水晶振動子ガスセンサ
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-16
(45)【発行日】2024-05-24
(54)【発明の名称】フラーレンナノキューブ、その製造方法およびそれを用いた水晶振動子ガスセンサ
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/156 20170101AFI20240517BHJP
   G01N 5/02 20060101ALI20240517BHJP
【FI】
C01B32/156
G01N5/02 A
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2020121012
(22)【出願日】2020-07-15
(65)【公開番号】P2022018135
(43)【公開日】2022-01-27
【審査請求日】2023-03-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)令和1年12月3日公開 ROYAL SOCIETY OF CHEMISTRY発行 Materials Horizons,2020,vol.7,787-795 DOI:10.1039/c9mh01866b (2)令和2年3月2日発行 The 13th MANA International Symposium 2020 jointly with ICYS予稿集P.9
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「感応材料の選定および新規感応材料の設計と合成」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】スレスタ ロック クマール
(72)【発明者】
【氏名】徐 善慧
(72)【発明者】
【氏名】謝 政田
(72)【発明者】
【氏名】有賀 克彦
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-219282(JP,A)
【文献】特開2006-199674(JP,A)
【文献】特開平09-189685(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/152-32/156
G01N 5/02
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラーレンを主成分とするフラーレンナノキューブであって、
多孔質であり、
前記フラーレンは窒素原子を含有し、
単純立方格子構造(sc)および六方最密充填構造(hcp)を有し、
表面はアミノ化されている、フラーレンナノキューブ。
【請求項2】
前記フラーレンは、C60フラーレン、C70フラーレン、C76フラーレン、C78フラーレン、C82フラーレン、C84フラーレン、C90フラーレン、C94フラーレン、および、これらの誘導体からなる群から少なくとも1種選択される、請求項1に記載のフラーレンナノキューブ。
【請求項3】
前記フラーレンは、C70フラーレンおよび/またはその誘導体である、請求項2に記載のフラーレンナノキューブ。
【請求項4】
親水性を有する、請求項1~3のいずれかに記載のフラーレンナノキューブ。
【請求項5】
一辺が1μm以上4μm以下の範囲を有する四角柱である、請求項1~4のいずれかに記載のフラーレンナノキューブ。
【請求項6】
フーリエ変換赤外分光高度計で測定されるFTIRスペクトルにおいて3000cm-1以上3450cm-1以下の範囲にN-H伸縮振動に起因するピークを有する、請求項1~5のいずれかに記載のフラーレンナノキューブ。
【請求項7】
X線光電子分光法で測定されるXPSスペクトルにおいて結合エネルギーが398.5eV以上400.5eV以下の範囲に窒素のN1sピークを有する、請求項1~6のいずれかに記載のフラーレンナノキューブ。
【請求項8】
前記窒素原子は、3原子%以上10原子%以下の範囲で含有される、請求項1~7のいずれかに記載のフラーレンナノキューブ。
【請求項9】
前記窒素原子は、酸化されている、請求項1~8のいずれかに記載のフラーレンナノキューブ。
【請求項10】
メシチレンにフラーレンが分散したフラーレン分散液と、炭素数5以下の低級アルコールとを混合し、液液界面析出法によりフラーレンナノキューブを形成することと、
前記メシチレンと前記低級アルコールとの合計に対して2wt%以上10wt%以下の範囲のエチレンジアミンを添加し、混合液を得ることと、
前記混合液を5分以上30分以下の時間インキュベーションすることと
を包含する、請求項1~9のいずれかに記載のフラーレンナノキューブを製造する方法。
【請求項11】
前記インキュベーションすることに続いて、前記メシチレン、低級アルコールおよびエチレンジアミンの混合溶液で生成物を洗浄することをさらに包含する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記低級アルコールは、メタノール、エタノール、プロパノール、および、イソプロパノールからなる群から少なくとも1つ選択される、請求項10または11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
前記フラーレンナノキューブを形成することは、超音波処理しながら行う、請求項10~12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
前記混合液を得ることは、超音波処理しながら行う、請求項10~13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
前記フラーレンは、C70フラーレンおよび/またはその誘導体である、請求項10~14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
ガスセンサ膜を備えた水晶振動子ガスセンサであって、
前記ガスセンサ膜は、請求項1~9のいずれかに記載のフラーレンナノキューブを含有する、水晶振動子ガスセンサ。
【請求項17】
ギ酸、酢酸およびプロピオン酸からなる群から選択される酸性ガスを検知する、請求項16に記載の水晶振動子ガスセンサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラーレンナノキューブ、その製造方法およびそれを用いた水晶振動子ガスセンサに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、液-液界面析出法(LLIP法)によりフラーレンナノキューブが報告されている(例えば、非特許文献1を参照)。非特許文献1によれば、メシチレンとイソプロパノールとの界面でC70からなるフラーレンナノキューブが製造されることが報告されている。このようなフラーレンナノキューブをさらに改良し、それを用いた新たな応用が期待されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Chibeom Parkら,Angew.Chem.Int.Ed.,2010,49,9670-9675
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
以上より、本発明の課題は、機能性を有するフラーレンナノキューブ、その製造方法およびそれを用いた水晶振動子ガスセンサを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のフラーレンナノキューブは、フラーレンを主成分とし、多孔質であり、前記フラーレンが窒素原子を含有し、これにより上記課題を解決する。
前記フラーレンは、C60フラーレン、C70フラーレン、C76フラーレン、C78フラーレン、C82フラーレン、C84フラーレン、C90フラーレン、C94フラーレン、および、これらの誘導体からなる群から少なくとも1種選択されてもよい。
前記フラーレンは、C70フラーレンおよび/またはその誘導体であってもよい。
単純立方格子構造(sc)および六方最密充填構造(hcp)を有してもよい。
親水性を有してもよい。
一辺が1μm以上4μm以下の範囲を有する四角柱であってもよい。
フーリエ変換赤外分光高度計で測定されるFTIRスペクトルにおいて3000cm-1以上3450cm-1以下の範囲にN-H伸縮振動に起因するピークを有してもよい。
X線光電子分光法で測定されるXPSスペクトルにおいて結合エネルギーが398.5eV以上400.5eV以下の範囲に窒素のN1sピークを有してもよい。
前記窒素原子は、3原子%以上10原子%以下の範囲で含有されてもよい。
前記窒素原子は、酸化されていてもよい。
前記フラーレンナノキューブの表面はアミノ化されていてもよい。
本発明による上記フラーレンナノキューブの製造方法は、メシチレンにフラーレンが分散したフラーレン分散液と、炭素数5以下の低級アルコールとを混合し、液液界面析出法によりフラーレンナノキューブを形成することと、前記メシチレンと前記低級アルコールとの合計に対して2wt%以上10wt%以下の範囲のエチレンジアミンを添加し、混合液を得ることと、前記混合液を5分以上30分以下の時間インキュベーションすることとを包含し、これにより上記課題を解決する。
前記インキュベーションすることに続いて、前記メシチレン、低級アルコールおよびエチレンジアミンの混合溶液で生成物を洗浄することをさらに包含してもよい。
前記低級アルコールは、メタノール、エタノール、プロパノール、および、イソプロパノールからなる群から少なくとも1つ選択されてもよい。
前記フラーレンナノキューブを形成することは、超音波処理しながら行ってもよい。
前記混合液を得ることは、超音波処理しながら行ってもよい。
前記フラーレンは、C70フラーレンおよび/またはその誘導体であってもよい。
本発明によるガスセンサ膜を備えた水晶振動子ガスセンサは、前記ガスセンサ膜は、上記フラーレンナノキューブを含有し、これにより上記課題を解決する。
ギ酸、酢酸およびプロピオン酸からなる群から選択される酸性ガスを検知してもよい。
【発明の効果】
【0006】
本発明のフラーレンナノキューブは、窒素を含有するので、親水性を有する。これにより、本発明のフラーレンナノキューブは水に対して分散性に優れるため、バイオ関連用途へ適用され得る。本発明のフラーレンナノキューブは、多孔質であるため、細孔を利用したナノメートルサイズやサブミクロンサイズ物体等のカプセル化、輸送、放出等のバイオ関連用途への適用が期待されている。また、本発明のフラーレンナノキューブは、揮発性の酸性ガスに対して優れた選択性を示す。そのため、本発明のフラーレンナノキューブは水晶振動子ガスセンサに利用できる。
【0007】
本発明のフラーレンナノキューブの製造方法によれば、親水性処理を新たに施すことなく、上述の親水性を有し、かつ、高い機能を有するフラーレンナノキューブが得られるので、製造プロセスを簡略化でき、有利である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1A】本発明のフラーレンナノキューブを示す模式図
図1B】本発明のフラーレンナノキューブを構成する例示的なフラーレンを示す模式図
図2】本発明のフラーレンナノキューブを製造する工程を示すフローチャート
図3A】本発明のフラーレンナノキューブを用いた水晶振動子ガスセンサの正面図
図3B】本発明のフラーレンナノキューブを用いた水晶振動子ガスセンサの側面図
図4図2のステップS210によって得られたフラーレンナノキューブのSEM像を示す図
図5】フラーレンナノキューブの辺長分布を示す図
図6】フラーレンナノキューブのSTEM像を示す図
図7】例1の試料のSEM像を示す図
図8】例1の試料のSTEM像を示す図
図9】例1の試料の辺長分布を示す図
図10】例1の試料のTEM像およびHRTEM像を示す図
図11】例1の試料のXRDパターンを示す図
図12】例1の試料のラマンスペクトルを示す図
図13】例1の試料の高周波数側のFTIRスペクトルを示す図
図14】例1の試料の低周波数側のFTIRスペクトルを示す図
図15】例1の試料のUV-visスペクトルを示す図
図16】例1の試料のXPSスペクトルを示す図
図17】例1の試料のN1sコアレベルのXPSスペクトルを示す図
図18】例1のQCMセンサによる種々の揮発性有機化合物に対するQCM周波数シフトを示す図
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の符号を付し、その説明を省略する。
【0010】
(実施の形態1)
実施の形態1では、本発明のフラーレンナノキューブおよびその製造方法について詳述する。
図1Aは、本発明のフラーレンナノキューブを示す模式図である。
図1Bは、本発明のフラーレンナノキューブを構成する例示的なフラーレンを示す模式図である。
【0011】
本発明のフラーレンナノキューブ100は、図1Aに模式的に示すように、柱状構造を有しており、メソ細孔110を有する多孔質である。柱状構造は、立方体であってよい。
【0012】
本発明のフラーレンナノキューブ100は、フラーレンを主成分とする。本願明細書において、フラーレンは、置換基を有する、および/または、有しない、炭素原子を含有する球状の分子であれば、特に制限はないが、例示的には、C60フラーレン、C70フラーレン、C76フラーレン、C78フラーレン、C82フラーレン、C84フラーレン、C90フラーレン、C94フラーレン、および、これらの誘導体からなる群から少なくとも1種選択される。なお、フラーレン誘導体とは、フラーレンの少なくとも一部が修飾された化合物を意味する。
【0013】
中でも、フラーレンは、より好ましくは、C70フラーレンおよび/またはその誘導体である。これにより、後述する方法によりナノキューブが収率よく製造され得る。フラーレンがC70である場合、本発明のフラーレンナノキューブは、好ましくは、単純立方格子構造(sc)および六方最密充填構造(hcp)を有する。
【0014】
本明細書においてフラーレンを主成分とするとは、X線回折パターンにおいて、フラーレン以外の明瞭な回折ピークを有さなければよいが、例示的には、フラーレンナノキューブは、90質量%以上、好ましくは95質量%以上のフラーレンを含有することをいう。
【0015】
本発明のフラーレンナノキューブ100において、フラーレンは窒素原子を含有する。窒素原子は、フラーレンを構成する炭素原子と置換されていてもよいし、フラーレンに修飾した置換基に含有されていてもよい。窒素原子によってフラーレンナノキューブ100は、親水性を有する。
【0016】
窒素原子は、好ましくは、3原子%以上10原子%以下の範囲で含有される。これにより高い親水性を示す。窒素原子は、より好ましくは、4原子%以上6原子%以下の範囲で含有される。これにより、さらに高い親水性を示す。なお、窒素原子の含有量は、X線光電子分光法(XPS)によって測定される。
【0017】
本発明のフラーレンナノキューブ100は、好ましくは、フーリエ変換赤外分光高度計で測定されるFTIRスペクトルにおいて3000cm-1以上3450cm-1以下の範囲にN-H伸縮振動に起因するピークを有する。このN-H伸縮振動に起因するピークを有することにより、親水性を発揮し得る。
【0018】
本発明のフラーレンナノキューブ100は、より好ましくは、フーリエ変換赤外分光高度計で測定されるFTIRスペクトルにおいて3300cm-1以上3350cm-1以下の範囲にN-H伸縮振動に起因するピークを有する。これにより、高い親水性を発揮し得る。
【0019】
本発明のフラーレンナノキューブ100は、好ましくは、X線光電子分光法で測定されるXPSスペクトルにおいて結合エネルギーが398.5eV以上400.5eV以下の範囲に窒素のN1sピークを有する。これにより、高い親水性を可能にする。さらに好ましくは、本発明のフラーレンナノキューブ100において、含有される窒素原子は、好ましくは、酸化されている。これにより窒素原子が安定となる。なお、このような酸化された窒素原子の存在は、XPSスペクトルにおいてN1sのコアレベルのピークの畳み込みを解けばよい。
【0020】
本発明のフラーレンナノキューブ100の表面は、好ましくは、図1Bに示すように、アミノ化されている。図1BではフラーレンとしてC70の例を示すが、これに限らない。後述する製造方法において原料に用いるエチレンジアミンとフラーレンとが反応することにより、表面がアミノ化されるので、高い親水性を示し得る。表面のアミノ化は、マススペクトルによって特定できる。
【0021】
当然ながら、本発明のフラーレンナノキューブ100において、酸化された窒素を含有していてもよいし、表面がアミノ化されていてもよいし、その両方であってもよい。
【0022】
本発明のフラーレンナノキューブ100は、好ましくは、一辺が1μm以上4μm以下の範囲を有する四角柱である。本発明のフラーレンナノキューブ100は、より好ましくは、一辺が1μm以上2μm以下の範囲を有する四角柱である。四角柱は、好ましくは、立方体であってよい。このような大きさを有することにより、酸に対する高い選択性を示す。
【0023】
次に、本発明のフラーレンナノキューブの製造方法を説明する。
図2は、本発明のフラーレンナノキューブを製造する工程を示すフローチャートである。
【0024】
本発明のフラーレンナノキューブは、以下のステップS210~S230によって製造される。
ステップS210:メシチレンにフラーレンが分散したフラーレン分散液と、炭素数5以下の低級アルコールとを混合し、液液界面析出法によりフラーレンナノキューブを形成する。
ステップS220:メシチレンと低級アルコールとの合計に対して2wt%以上10wt%以下の範囲のエチレンジアミンを添加し、混合液を得る。
ステップS230:混合液を5分以上30分以下の時間インキュベーションする。
【0025】
各ステップについて詳述する。
ステップS210において、フラーレンは上述したフラーレンと同じであるため、説明を省略する。得られるフラーレンナノキューブは、多孔質ではなく、例えば、一辺が1μm以上4μm以下の範囲を有する四角柱である。
【0026】
ステップS210において、メシチレンは、フラーレンの良溶媒であるため、フラーレンが良好に分散し得る。
【0027】
ステップS210において、低級アルコールは、フラーレンの貧溶媒であり、メシチレンと液液界面を形成し得る。上述の炭素数を満たせば特に制限はないが、好ましくは、メタノール、エタノール、プロパノール、および、イソプロパノールからなる群から少なくとも1つ選択される。これらは、メシチレンと液液界面を形成し得、収率よくフラーレンナノキューブが得られる。
【0028】
ステップS210において、好ましくは、フラーレン分散液に低級アルコールを添加する。これにより液液界面の形成が促進する。さらに、好ましくは、フラーレン分散液を超音波処理しながら、低級アルコールを添加する。これにより、良質な液液界面が形成され、フラーレンナノキューブの形成が促進する。
【0029】
ステップS210において、低級アルコールは、好ましくは、芳香族炭化水素に対して、体積比で、1.5倍以上3倍以下の量を添加する。これにより、液液界面が形成され、フラーレンナノキューブの形成が促進する。
【0030】
ステップS210において、フラーレン分散液中のフラーレンの濃度(mg/mL)は、好ましくは、0.05mg/mL以上0.2mg/mL以下の範囲である。この範囲であれば、フラーレンナノキューブの形成が促進する。
【0031】
ステップS210の液液界面析出法は、15℃以上200℃未満の温度範囲で行われてよい。200℃を超えると反応が進まない場合があり得る。好ましくは、15℃以上100℃以下、さらに好ましくは15℃以上50℃以下である。
【0032】
ステップS220において、上述の所定量のエチレンジアミンを添加することにより、エチレンジアミンとフラーレンナノキューブとの間でアミノ化を生じさせる。
【0033】
ステップS220において、エチレンジアミンの添加量が2wt%よりも少ないと、アミノ化が十分に進まない場合がある。エチレンジアミンの添加量が10wt%を超えても、アミノ化の進行に変化はないため、10wt%を上限とするとよい。より好ましくは、エチレンジアミンの添加量は、メシチレンと低級アルコールとの合計に対して2wt%以上6wt%以下の範囲である。この範囲であれば、効率よくアミノ化が進行し得る。
【0034】
本願発明者らは、ステップS230においてインキュベーション処理を行うことにより、ステップS210で得られたフラーレンナノキューブがエッチングされ、多孔質のフラーレンナノキューブとなることを見出した。
【0035】
詳細には、ステップS230において、所定濃度のエチレンジアミンを用い、5分以上30分以上インキュベーション(保持)することにより、フラーレンナノキューブの各面が均等にエッチングされるので、エッチング後も、四角柱が維持される。
【0036】
ステップS230において、インキュベーションを、超音波処理をしながら行ってもよい。これによりエッチングが促進される。
【0037】
インキュベーションすることに続いて、メシチレン、低級アルコールおよびエチレンジアミンの混合溶液で生成物を1回以上洗浄してもよい。これにより、さらにエッチングを促進できる。
【0038】
このようにして本発明のフラーレンナノキューブが得られるが、ステップS230に続いて、遠心分離を行い、低級アルコールで洗浄後、生成物を乾燥して回収されてよい。
【0039】
(実施の形態2)
実施の形態2では、実施の形態1で説明した本発明のフラーレンナノキューブを用いた水晶振動子ガスセンサを説明する。
図3Aは、本発明のフラーレンナノキューブを用いた水晶振動子ガスセンサの正面図である。
図3Bは、本発明のフラーレンナノキューブを用いた水晶振動子ガスセンサの側面図である。
【0040】
本発明によるQCMガスセンサ300の水晶振動子(QCM)電極310には、実施の形態1で説明したフラーレンナノキューブを含有するガスセンサ膜320が設けられている。
【0041】
詳細には、QCM電極310は、水晶基板330と、その表裏主面に形成された電極340a、340bと、電極340a、340bにそれぞれ接続されたリード線350a、350bとを備える。水晶基板330は、略円板形状のATカット基板である。電極340a、340bは、物理蒸着等で形成される金、白金、クロム、ニッケル等の電極である。リード線350a、350bは、交流電源等に接続され、水晶基板330に電位を加えるとともに、周波数の変化を測定可能な周波数カウンタ等に接続され得る。ガスセンサ膜320は、少なくとも電極340a、340bのいずれか一方の上に付与されるが、両方の電極340a、340b上に形成されてもよい。
【0042】
ガスセンサ膜320は、フラーレンナノキューブ100を含有する膜の形態であってよい。このような膜は、フラーレンナノキューブ100を水または有機溶媒に分散させ、これを電極340a、340bが形成された水晶基板330上に付与すれば得られる。有機溶媒は、例示的には、エタノール、エチレングリコール、α-テルピネオールである。付与は、塗布、ドロップキャスト、スプレー、浸漬、スピンコート、スクリーン印刷などによって行われる。好ましくは、付与後に溶媒を除去するために、加熱が行われる。ガスセンサ膜320は、50nm以上500nm以下の範囲の厚さを有する。これにより、センサ感度が高まる。ガスセンサ膜320は、フラーレンナノキューブ100単体からなってもよいし、これに加えて、有機バインダ樹脂、有機溶剤等を含んでもよい。
【0043】
本発明のQCMガスセンサ300の動作を説明する。QCMガスセンサ300のリード線350a、350bおよび電極340a、340bを介して、水晶基板330に電位を印加する。これにより、水晶基板330は、厚みすべり振動にて所定の共振周波数にて振動する。ここで、酸性ガスをQCMガスセンサ300に通すと、ガス中の酸がガスセンサ膜320中のフラーレンナノキューブに吸着される。これにより、吸着した酸の質量分のエネルギー損失が発生するため、所定の共振周波数が変化する。周波数変化は、リード線350a、350bを介して周波数カウンタ等により測定される。このようにして、本発明のQCMガスセンサ300を用いれば、周波数変化によりガス中の酸を検出することができる。
【0044】
特に、本発明のQCMガスセンサ300は、好ましくは、ギ酸、酢酸およびプロピオン酸からなる群から選択される酸性ガスを高精度に検知する。
【0045】
本発明のフラーレンナノキューブの酸性ガスに対する高い選択性からQCMセンサ用途を説明してきたが、本発明のフラーレンナノキューブは親水性を有するため、ナノサイズやサブミクロンサイズ物体等をカプセル化し、輸送・放出等を行うバイオ関連用途への適用も可能である。
【0046】
次に、具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例
【0047】
[例1]
例1では、図2に示す方法にしたがってフラーレンナノキューブの製造を試みた。
【0048】
フラーレンC70粉末(純度99.5%、MTR Ltd.製)をメシチレン(純度99.8%、ナカライテスク株式会社製)に分散させ、1時間超音波処理をし、フラーレン分散液を調製した。フラーレン分散液中のフラーレン濃度は、0.1mg/mLであった。フラーレン分散液を用いて液液界面析出法によりフラーレンナノキューブを形成した(図2のステップS210)。
【0049】
詳細には、フラーレン分散液(1mL)を13.5mLの洗浄したガラス瓶に入れ、これを超音波浴に配置し、超音波処理した。次いで、イソプロパノール(2mL、純度99.7%、ナカライテスク株式会社製)をフラーレン分散液に迅速(約2秒)に添加した。超音波処理を1分間行い、ガラス瓶を超音波浴から取り出し、25℃で5分間保持した。
【0050】
一部の試料について、遠心分離を行い、生成物をイソプロパノールで洗浄し、80℃で24時間乾燥後、フラーレンナノキューブ(以降ではFCと称することがある)が形成していることを、電界放出形走査電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ製、S-4800)を用いて確認し、FCの一辺の長さ(辺長)分布を調べた。結果を図4図6に示す。
【0051】
エチレンジアミン(EDA、純度99.0%、富士フイルム和光純薬株式会社製)を、先のフラーレン分散液に添加し、混合液を得た(図2のステップS220)。このとき、エチレンジアミンの濃度は、メシチレンとイソプロパノールとの合計に対して4wt%であった。
【0052】
添加後、混合液をインキュベーションした(図2のステップS230)。インキュベーションは、25℃で10分間、超音波処理をしながら行った。
【0053】
得られた混合液は褐色であった。最後に、遠心分離を行い、生成物をイソプロパノールで3回洗浄し、80℃で24時間乾燥後、観察、評価を行った。評価に用いた試料をFC-EDAと称する場合がある。
【0054】
試料を、電界放出形走査電子顕微鏡、電界放出形透過電子顕微鏡(TEM、日本電子株式会社製、JEM-2100F)を用いて観察した。試料を、X線回折装置(XRD、株式会社リガク製、RINT-Ultima III)を用いて評価した。試料の表面官能基を、全反射式フーリエ変換赤外分光高度計(ATR-FTIR、サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社、Nexus 670)を用いて特定した。
【0055】
試料のラマンスペクトルを、トリプルレーザラマン分光測定装置(Jobin Yvon社製、T64000)を用いて測定した。測定には、0.01mW出力の波長514.5nmのレーザを用いた。
【0056】
試料のX線光電子スペクトルを、シータプローブ分光計(サーモエレクトロン社製)を用いて測定した。測定には、Al-Kα単色線(エネルギー15keV)を用いた。コアレベルXPSのC1s(Cの1s軌道のエネルギーピーク位置)、O1s(Oの1s軌道のエネルギーピーク位置)およびN1s(Nの1s軌道のエネルギーピーク位置)を0.05eVステップで記録した。試料に電荷が蓄積するのを避けるため、測定には、ビルトイン式エレクトロフラッドガンを用いた。試料のUV-visスペクトルを、分光光度計(日本分光株式会社製、V-670)を用いて測定した。料の質量分析スペクトルを、質量分析計(MALDI-TOF-MS、株式会社島津製作所製、H17S00282)を用いて測定した。
【0057】
水晶振動子マイクロバランス(QCM)を用いて、得られた試料のガスセンサ能を調べた。9MHz(AT-カット)の共振周波数を用い、各試料を塗布したAu共振器(QCM電極)について、ゲストガスの吸着/脱着時の周波数変化を記録した。QCM電極は次のようにして調整した。試料(0.5mg)をイソプロパノール(1mL)に分散させ、30秒攪拌した。得られた懸濁液の一定分量(2μL)をQCM電極にドロップキャストし、真空中、12時間、80℃で乾燥させた。
【0058】
なお、周波数変化が平衡に達した際には、QCM電極を空気に晒し、吸着したガスを脱離させた。QCM電極の再現性試験については、ガスの暴露と脱離の繰り返し時の周波数シフト(Δf)の時間依存性を記録した。以上の結果を図7図18に示す。
【0059】
図4は、図2のステップS210によって得られたフラーレンナノキューブのSEM像を示す図である。
図5は、フラーレンナノキューブの辺長分布を示す図である。
図6は、フラーレンナノキューブのSTEM像を示す図である。
【0060】
図4によれば、均一な結晶性のフラーレンからなる四角柱(フラーレンナノキューブ)であることが分かる。ナノキューブの表面は滑らかであり、立方体であった。SEM像から100個のランダムに選別したナノキューブについて、一辺の長さ(辺長)のヒストグラムを図5に示す。図5によれば、一辺の長さ1μm以上3μm以下の範囲を有するナノキューブであることが分かった。また、図6によれば、フラーレンナノキューブは多孔質ではないことが分かった。
【0061】
図7は、例1の試料のSEM像を示す図である。
図8は、例1の試料のSTEM像を示す図である。
図9は、例1の試料の辺長分布を示す図である。
図10は、例1の試料のTEM像およびHRTEM像を示す図である。
【0062】
図7および図8によれば、例1の試料は、多数の孔を有した多孔質であり、その形状は四角柱であった。例1の試料は、マクロチャネルとミクロチャネルとの2種類の多孔を有した。例1の試料の表面と、フラーレンナノキューブ(図4)のそれとを比較すると、例1の試料の表面は、フラーレンナノキューブのそれに比べて粗かった。
【0063】
SEM像から100個のランダムに選別したナノキューブについて、一辺の長さのヒストグラムを図9に示す。図9によれば、例1の試料の一辺の長さは、1μm以上2μm以下の範囲であった。これらから、例1の試料は、図2のステップS230によるエッチング後も、エッチング前のフラーレンナノキューブの大きさを維持し、フラーレンナノキューブの各面が均一にエッチングされたことが示唆される。
【0064】
図10は、例1の試料のTEM像(A)およびHR-TEM像(B)を示す。図10(B)によれば、例1の試料は、フラーレンC70に由来する格子縞を示し、エッチング後も、結晶性を有することが分かった。
【0065】
図11は、例1の試料のXRDパターンを示す図である。
【0066】
図11には、例1の試料(FC-EDA)のXRDパターンに加えて、エッチング前のフラーレンナノキューブ(FC)のXRDパターンも併せて示す。C70は、格子定数a=1.08nmおよびc=1.74nmを有する六方最密充填構造(hcp)を示したが、FCは、格子定数a=1.06nmおよびV=1.194nmを有する単純立方格子構造(sc)を有することが分かった。驚くべきことに、エッチング後の例1の試料は、a=1.05nmおよびV=1.142nmの格子パラメータである単純立方格子構造と、a=1.08nmおよびc=1.5nmの格子パラメータである六方最密充填構造との両方を有した。
【0067】
図12は、例1の試料のラマンスペクトルを示す図である。
【0068】
図12には、例1の試料(FC-EDA)のラマンスペクトルに加えて、エッチング前のフラーレンナノキューブ(FC)のラマンスペクトルも併せて示す。図12によれば、例1の試料のラマンスペクトルは、FCのそれと同じであった。C70は、1563cm-1と1228cm-1とに主要なピークを有するが、ステップS230のエチレンジアミンによるエッチング前後でピークシフトはなかった。このことは、エッチング後の例1の試料においてもC70を主とすることを示す。
【0069】
図13は、例1の試料の高周波数側のFTIRスペクトルを示す図である。
図14は、例1の試料の低周波数側のFTIRスペクトルを示す図である。
【0070】
図13および図14には、例1の試料(FC-EDA)のFTIRスペクトルに加えて、エッチング前のフラーレンナノキューブ(FC)のFTIRスペクトルも併せて示す。いずれのFTIRFスペクトルも、フラーレンC70の特徴に由来するピークを示した。
【0071】
また、いずれのFTIRスペクトルも、3018cm-1~2900cm-1に小さなピークを示した。これらのピークは、溶媒分子に相当するC-H伸縮振動に起因する。しかしながら、例1の試料のFTIRペクトルは、N-H伸縮振動に起因する3315cm-1にブロードなバンドを示したが、FCのそれは示さなかった。このことは、例1の試料の表面には、エチレンジアミンに係る種が存在することを示す。
【0072】
図15は、例1の試料のUV-visスペクトルを示す図である。
【0073】
図15には、例1の試料(FC-EDA)のUV-visスペクトルに加えて、エッチング前のフラーレンナノキューブ(FC)のUV-visスペクトルも併せて示す。図15によれば、例1の試料の電子吸収バンドの強度は、FCのそれにくらべて大きく減少した。このことは、例1の試料溶液の色が黄褐色であったことからも、例1の試料中には、Herzberg-Tellerの振動・電子相互作用を示す窒素原子が存在しており、電子遷移が減衰したことを示唆する。
【0074】
図16は、例1の試料のXPSスペクトルを示す図である。
【0075】
図16には、例1の試料(FC-EDA)のXPSスペクトルに加えて、C70およびエッチング前のフラーレンナノキューブ(FC)のXPSスペクトルも併せて示す。図16によれば、原料に用いたC70およびFCのXPSスペクトルは、C1sおよびO1sのコアレベルピークを示した。酸素は、空気酸化によるものである。一方、例1の試料のXPSスペクトルは、C1sおよびO1sのコアレベルピークに加えて、400eVにN1sのコアレベルピークを示した。これらから、図2の製造プロセスを行うことにより、窒素原子を含有するフラーレンナノキューブが得られることが示された。
【0076】
さらに、例1のXPSスペクトルから窒素原子の含有量を算出したところ、5.3原子%の窒素原子を含有した。本発明のフラーレンナノキューブは、4原子%以上6原子%以下の範囲の窒素原子を含有することが分かった。
【0077】
図17は、例1の試料のN1sコアレベルのXPSスペクトルを示す図である。
【0078】
図17は、試料1の試料の畳み込みを解いたN1sピークを示し、例1の試料中に酸化された窒素原子が存在することが分かった。図示しないが、例1の試料のマススペクトルを測定したところ、例1の試料は主としてフラーレンC70からなり、表面はアミノ化されていることが分かった。
【0079】
これらから、図2の製造プロセスを行うことにより、フラーレンとエチレンジアミンとが反応し、例1の試料は、アミノ化された表面を有することが分かった。
【0080】
例1の試料(FC-EDA)およびエッチング前のフラーレンナノキューブ(FC)の接触角を調べた。その結果、FCは、140°を超える高い撥水性を示したが、例1の試料は、40°の高い親水性を示した。
【0081】
以上説明してきたように、図2の製造プロセスにより、窒素原子を含有するフラーレンを主成分とし、多孔質のフラーレンナノキューブが得られることが分かった。
【0082】
次に、窒素原子を含有し、親水性を有する多孔質なフラーレンナノキューブである例1の試料を用いたQCMセンサについて説明する。以降では、例1の試料を用いたQCMセンサを例1のQCMセンサと称する。
【0083】
図18は、例1のQCMセンサによる種々の揮発性有機化合物に対するQCM周波数シフトを示す図である。
【0084】
図18によれば、例1のQCMセンサは、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、フェノール、ホルムアルデヒド、水などに対して周波数シフトの応答を示した。中でも、本発明のフラーレンナノキューブは、ギ酸、酢酸、プロピオン酸等の酸性ガスの吸着に対してより大きな周波数シフトを示した。図示しないが、例1のQCMセンサは、再現性に優れることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明のフラーレンナノキューブは、親水性を有するため、バイオ関連用途に適用される。本発明のフラーレンナノキューブは、特定の酸性ガスに対して選択的反応性を有するため、水晶振動子ガスセンサに適用される。
【符号の説明】
【0086】
100 フラーレンナノキューブ
110 メソ細孔
300 水晶振動子(QCM)ガスセンサ
310 水晶振動子(QCM)電極
320 ガスセンサ膜
330 水晶基板
340a、340b 電極
350a、350b リード線
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18