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特許7490075コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-16
(45)【発行日】2024-05-24
(54)【発明の名称】コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料
(51)【国際特許分類】
   C22C 29/08 20060101AFI20240517BHJP
   C04B 35/56 20060101ALI20240517BHJP
   C22C 1/051 20230101ALN20240517BHJP
【FI】
C22C29/08
C04B35/56 260
C22C1/051 G
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022556637
(86)(22)【出願日】2021-03-17
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-05-01
(86)【国際出願番号】 EP2021056762
(87)【国際公開番号】W WO2021191009
(87)【国際公開日】2021-09-30
【審査請求日】2022-12-27
(31)【優先権主張番号】20165742.6
(32)【優先日】2020-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】516232368
【氏名又は名称】セラティチット ルクセンブルグ エス.アー.エール.エル
【氏名又は名称原語表記】CERATIZIT LUXEMBOURG S.A.R.L.
【住所又は居所原語表記】Route de Holzem 101,L-8232,LU
(74)【代理人】
【識別番号】110003317
【氏名又は名称】弁理士法人山口・竹本知的財産事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075166
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 巖
(74)【代理人】
【識別番号】100133167
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100169627
【弁理士】
【氏名又は名称】竹本 美奈
(72)【発明者】
【氏名】ユーゼルディンガー,ラルフ
(72)【発明者】
【氏名】ベルタラン,クラウディオ
(72)【発明者】
【氏名】ペレイラ コエーリョ,レオネル
【審査官】和瀬田 芳正
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/025848(WO,A1)
【文献】特開2001-081526(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 29/08
C22C 1/051
C04B 35/56
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料であって
化タングステンによって形成されている硬質材料粒子70~97重量%と
少なくとも鉄、ニッケル及びクロムを含有する鉄-ニッケル基合金である金属結合剤3~30重量%と
を有し、前記金属結合剤において、
(Ni+Fe)に対するFeの比が、0.70≦Fe/(Fe+Ni)≦0.90であり、
Cr含有量が、0.5重量%≦Cr/(Fe+Ni+Cr)であり、
(i) 0.7≦Fe/(Fe+Ni)≦0.83の範囲について、
Cr/(Fe+Ni+Cr)≦(-0.625×(Fe/(Fe+Ni))+3.2688)重量%であり、
(ii) 0.83≦Fe/(Fe+Ni)≦0.85の範囲について、
Cr/(Fe+Ni+Cr)≦(-27.5×(Fe/(Fe+Ni))+25.575)重量%であり、
(iii) 0.85≦Fe/(Fe+Ni)≦0.90の範囲について、
Cr/(Fe+Ni+Cr)≦2.2重量%であり、
(Fe+Ni+Cr)に対するMo含有量が、0重量%≦Mo/(Fe+Ni+Cr)≦10重量%であり、
(Fe+Ni+Cr)に対するV含有量が、0重量%≦V/(Fe+Ni+Cr)≦2重量%であり、
不可避的不純物が、合計で前記超硬合金材料の最大1重量%までである、
コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料。
【請求項2】
0.75≦Fe/(Fe+Ni)≦0.90である請求項1に記載のコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料。
【請求項3】
前記金属結合剤の含有量が5~25重量%である、請求項1又は2に記載のコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料。
【請求項4】
前記Mo含有量について、0重量%≦Mo/(Fe+Ni+Cr)≦6重量%が当てはまる、請求項1~3のいずれか1項に記載のコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料。
【請求項5】
前記V含有量について、V/(Fe+Ni+Cr)≦1重量%が当てはまる、請求項1~4のいずれか1項に記載のコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料。
【請求項6】
前記Cr含有量について、Cr/(Fe+Ni+Cr)≧1.5重量%が当てはまる、請求項1~5のいずれか1項に記載のコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料。
【請求項7】
前記Cr含有量について、Cr/(Fe+Ni+Cr)≧2.0重量%が当てはまる、請求項6に記載のコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料。
【請求項8】
前記Cr含有量について、Cr/(Fe+Ni+Cr)≦2.2重量%が当てはまる、請求項1~7のいずれか1項に記載のコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料。
【請求項9】
前記炭化タングステンの平均粒径が0.05~12μmである、請求項1~8のいずれか1項に記載のコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料。
【請求項10】
前記炭化タングステンの平均粒径が0.1~6μmである、請求項9に記載のコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料に関する。
【0002】
炭化タングステン系超硬合金材料は、少なくとも大部分が炭化タングステンによって形成された硬質材料粒子が複合材料の大部分を形成し、硬質材料粒子間の空間が延性金属結合剤で充填されている複合材料である。このような超硬合金材料は、良好な破壊靭性と組み合わさった特に高い硬度などの有利な材料特性を理由に、例えば、金属切削、摩耗部品、木工工具、成形工具などの多種多様な分野で長年使用されている。このような超硬合金材料を様々な適用領域で使用する場合の材料要件は非常に様々である。いくつかの用途では、高硬度が主に決定的に重要であり、他の用途では、例えば優れた破壊靭性KICが重要である。用途によっては、硬度と破壊靭性KICとの良好な比のみならず、なかでも、高い耐食性及び高い曲げ破壊強度も肝要となり得る。
【背景技術】
【0003】
現在市販されている炭化タングステン系超硬合金材料のほとんどにおいて、延性金属結合剤は、コバルト又はコバルト基合金によって形成されている。ここで、ある元素に基づく合金とは、この元素が合金の最大成分を形成すると理解すべきである。規則(EG)No.1908/2006を修正する欧州議会及び理事会の規則(EG)No.1272/2008、いわゆるREACH規則、によると、Coを含有する混合物及び物質は、それらのCo含有量が0.1%超の場合、発がん性に関して区分1Bに分類される。従って、Coを含有する超硬合金材料並びに超硬合金の粉末及び顆粒も同様に、ヒトに対して発がん性のあり得る物質のがん区分1Bに分類される。コバルト含有材料から生じるとされる潜在的な健康被害が何度も議論されていることと、天然のコバルト鉱床がしばしば紛争地域で発見されることとを考慮して、コバルトを含有しない代替的な結合剤系の開発に、既に長い間、尽力がなされてきた。
【0004】
これに関連して、基本的に室温で良好な機械的特性を有し、従って、コバルト系結合剤を有する従来の超硬合金材料に取って代わる可能性のある、鉄-ニッケル系結合剤を有する超硬合金材料も議論されている。しかしながら、鉄-ニッケル系結合剤を有するこれらの超硬合金材料は、コバルト系結合剤を有する従来の超硬合金材料と比較して以下の明らかな欠点を示す。
- より低い耐食性、及び
- 高温での顕著な塑性変形(低い耐クリープ性)。
【0005】
基本的には、少量の他の元素又は化合物を添加することによってこれらの特性を改善しようとすることは可能であるものの、そのような添加によって追加的な問題も引き起こされる。特に、混合炭化物及びη相析出物による曲げ破壊強度の大幅な低下、並びに、特に超硬合金材料の製造時のプロセス雰囲気の変動に対する感度の増加を理由とするプロセス安定性の低下、が起こり得る。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Frederik Josefsson,“Development of a quantitative method for grain size measurement using EBSD”;Master of Science Thesis,Stockholm 2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、高い硬度、良好な破壊靭性KIC及び比較的高い曲げ破壊強度BBFのみならず、良好な耐食性及び高い耐熱性も有し、更に、超硬合金材料の通常の製造設備でも信頼性良く製造可能な、改善されたコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この課題は、請求項1に記載のコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料によって解決される。有利な更なる態様は、従属請求項に記載されている。
【0009】
コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料は、少なくとも大部分が炭化タングステンによって形成されている硬質材料粒子70~97重量%と、少なくとも、鉄、ニッケル及びクロムを含有する鉄-ニッケル基合金である金属結合剤3~30重量%とを有する。超硬合金材料は、(Ni+Fe)に対するFeの比が、0.70≦Fe/(Fe+Ni)≦0.95であり、Cr含有量が、0.5重量%≦Cr/(Fe+Ni+Cr)であり、
(i) 0.7≦Fe/(Fe+Ni)≦0.83の範囲について、
Cr/(Fe+Ni+Cr)≦(-0.625×(Fe/(Fe+Ni))+3.2688)重量%であり、
(ii) 0.83≦Fe/(Fe+Ni)≦0.85の範囲について、
Cr/(Fe+Ni+Cr)≦(-27.5×(Fe/(Fe+Ni))+25.575)重量%であり、
(iii) 0.85≦Fe/(Fe+Ni)≦0.95の範囲について、
Cr/(Fe+Ni+Cr)≦2.2重量%である。
【0010】
超硬合金材料は、(Fe+Ni+Cr)に対する比で0重量%≦Mo/(Fe+Ni+Cr)≦10重量%のMo含有量を有していてもよく、(Fe+Ni+Cr)に対する比で0重量%≦V/(Fe+Ni+Cr)≦2重量%のV含有量を有していてもよく、合計で超硬合金材料の最大1重量%までの不可避的不純物を有していてもよい。
【0011】
本明細書の範囲内において、元素の含有量及び互いの比は、特に明記しない限り、常に重量比又は重量パーセント(重量%)で示される。ここで、これらの比は、より理に適っている場合、例えば、硬質材料粒子の割合及び金属結合剤の割合などの場合、は、超硬合金材料に基づいて記載されているが、特定の他の成分に対する比が肝要である場合(例えば、金属結合剤の他の成分に対する比においては)、これらの他の成分に基づいている。
【0012】
結合剤の2つの主成分であるFe及びNiの比は、0.70≦Fe/(Fe+Ni)≦0.95の範囲にある、即ち、結合剤は、Niよりも著しく多く((Fe+Ni)の合計含有量に基づいて70~95重量%)のFeを含有しているため、硬度、破壊靭性及び曲げ破壊強度の機械的特性に関して良好な折衷点が達成される。Feの割合が更により高くなると、超硬合金材料は脆くなり過ぎる。Feの割合がより低いと、即ち、Niの相対割合がより高いと、満足できる硬度も満足できる破壊靭性も達成されない。
【0013】
しかしながら、Crの添加なしでは、超硬合金材料は、十分な耐食性を有さず、高温で顕著な塑性挙動、即ち、低い耐クリープ性、を有するであろう。Crの添加による十分有利な効果を得るためには、Fe、Ni及びCrの合計割合に対するCrの割合、Cr/(Fe+Ni+Cr)、は、少なくとも0.5重量%である。金属結合剤中のこのような最小量のCrのみが、満足できる耐食性及び耐クリープ性の十分な改善をもたらすことが見出された。しかしながら、金属結合剤におけるCrの溶解度は限られている。溶解限界を超えてCrを添加すると、Crを含有する析出物が混合炭化物の形態で生じ、これは、超硬合金材料の機械的特性に非常に不利な影響を与え、特に、曲げ破壊強度を大幅に低下させる。
【0014】
更に、金属結合剤におけるCrの溶解度は、結合剤のFe割合(又はFe/(Fe+Ni)比)に依存する。Fe割合が高いほど、金属結合剤におけるCrの溶解度が低くなる。Fe割合が低いほど、即ち、Ni割合が高いほど、金属結合剤におけるCr溶解度は高くなる。
【0015】
更に、機械的特性に不利な影響を与える混合炭化物又はη相析出物を形成することなくコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料を確実に製造するためには、粉末冶金製造プロセスにおける超硬合金材料の炭素バランスも重要である。超硬合金材料における炭素バランスは、WC粉末やCr粉末などの出発粉末によって定められる炭素割合のみならず、製造時のプロセス雰囲気によっても大きく影響される。超硬合金材料の製造に通常使用される焼結炉では、プロセス雰囲気を希望どおりに正確に調整することができないだけでなく、特に炭素バランスには、かなりの公差もある。Cr含有量が増加するほど、混合炭化物の析出物もη相の析出物も形成されない炭素バランスのプロセスウィンドウは、ますます小さくなる。
【0016】
超硬合金材料を製造するための通常の工業用焼結炉でコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料をプロセス面で安定的に製造するためには、Cr含有量を非常に狭い範囲内に維持する必要があり、ここで、Cr含有量の上限が、金属結合剤の鉄-ニッケル基合金のFe含有量に大きく依存することが見出された。(Fe+Ni)合計含有量に対するFe含有量が約83重量%となるまでは、比較的多量のCrを金属結合剤におけるCrの溶解度限界近くまで添加することができ、製造時の公差脆弱性(Toleranzanfaelligkeit)に大きく不利な影響が与えられることはない。しかしながら、83重量%超~85重量%のFe含有量では、安定したプロセス面で確実な製造を可能にするために、最大Cr含有量を大幅に減らす必要がある。対照的に、Fe/(Fe+Ni)=0.85を超える範囲では、理に適う可能なCr添加の上限は本質的に一定のままである。ここで、Cr含有量の上限は、以下のように表わすことができる:
0.7≦Fe/(Fe+Ni)≦0.83の範囲について、
Cr/(Fe+Ni+Cr)≦(-0.625×(Fe/(Fe+Ni))+3.2688)重量%
0.83≦Fe/(Fe+Ni)≦0.85の範囲について、
Cr/(Fe+Ni+Cr)≦(-27.5×(Fe/(Fe+Ni))+25.575)重量%
及び0.85≦Fe/(Fe+Ni)≦0.95の範囲について、
Cr/(Fe+Ni+Cr)≦2.2重量%。
【0017】
(Fe+Ni+Cr)に対するMo含有量が0重量%≦Mo/(Fe+Ni+Cr)≦10重量%である場合、超硬合金材料の特性に不利な影響を及ぼさないことが見出された。更に、V/(Fe+Ni+Cr)≦2重量%までVを添加しても強い不利な影響は観察されなかった。
【0018】
硬質材料粒子は、少なくとも大部分が炭化タングステンによって形成されている。ここで好ましくは、硬質材料粒子は、少なくともほぼ炭化タングステンのみからなり得る。しかしながら、炭化タングステンに加えて、少量の他の硬質材料粒子も可能である。
【0019】
超硬合金材料は、好ましくは、少なくとも本質的にケイ素を含まない。特に、ケイ素含有量は、好ましくは0.08重量%以下、より好ましくは0.05重量%以下、である。更に好ましくは、超硬合金材料は、完全にケイ素を含まない。
【0020】
更なる態様によると、Fe/(Fe+Ni)≦0.90が当てはまる。この場合、高い耐食性を達成することができる。好ましくは、0.75≦Fe/(Fe+Ni)≦0.90が当てはまる。この場合、良好な耐食性及び良好な耐クリープ性が特に確実に達成される。
【0021】
更なる態様によると、金属結合剤の含有量は、5~25重量%である。特にこの範囲では、硬度、破壊靭性及び曲げ破壊強度を、多くの様々な用途に有利な範囲で調整することができる。
【0022】
更なる態様によると、Mo含有量については、0重量%≦Mo/(Fe+Ni+Cr)≦6重量%が当てはまる。この範囲では、Mo含有量が超硬合金材料の物理的特性に不利な影響を与えないことが特に確実に保証される。Mo含有量 Mo/(Fe+Ni+Cr)は、好ましくは≧0重量%であり得る。
【0023】
更なる態様によると、V含有量については、V/(Fe+Ni+Cr)≦1重量%が当てはまる。鉄-ニッケル基合金によって形成された金属結合剤の場合は、製造時に炭化タングステン粒子の顕著な粒成長は生じないため、かなりのバナジウム含有量が必要とされることはない。更に、バナジウム含有量をできるだけ低く保つことによって、望まない脆化を回避することができる。
【0024】
更なる態様によると、Cr含有量については、Cr/(Fe+Ni+Cr)≧1.5重量%が当てはまる。この場合、鉄-ニッケル基合金に溶解している比較的高い割合のクロムによって、耐食性及び耐クリープ性の良好な改善が達成される。好ましくは、Cr含有量については、Cr/(Fe+Ni+Cr)≧2.0重量%が当てはまる。Fe/(Fe+Ni)比に関係なく、Cr含有量が、Cr含有量についてCr/(Fe+Ni+Cr)≦2.2重量%が当てはまるように選択される場合、あらゆる鉄含有量に亘って、製造プロセスを公差に関して特に確実かつ安定的に実施することができる。
【0025】
更なる態様によると、炭化タングステンの平均粒径は、0.05~12μmである。この場合、コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料の特性は、粒径を調整することによって、それぞれの用途に適合させることができる。金属結合剤の鉄ニッケル基合金は、コバルト基結合剤系とは異なり、炭化タングステン粒子の強い粒成長を示さないため、炭化タングステン出発粉末を適切に選択することによって、非常に小さな平均粒径を設定することもできる。好ましくは、炭化タングステンの平均粒径は、0.1~6μmである。
【0026】
本発明の更なる利点及び有用性は、添付の図を参照する実施例の以下の説明に基づいて明らかとなる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】Fe/(Fe+Ni)比が0.85であり且つクロム含有量がCr/(Fe+Ni+Cr)=2.2重量%である鉄-ニッケル金属結合剤9.2重量%を有する炭化タングステンからなる超硬合金材料組成物についての計算された相図である。
図2】Fe/(Fe+Ni)比が0.85であり且つクロム含有量がCr/(Fe+Ni+Cr)=2.6重量%である金属鉄-ニッケル結合剤9.2重量%を有する炭化タングステンからなる超硬合金材料組成物についての計算された相図である。
図3図1及び図2に対応する計算された相図であるが、クロム含有量については、Cr/(Fe+Ni+Cr)=3.0重量%である。
図4】タイプFによる超硬合金材料の倍率1500倍の光学顕微鏡写真である。
図5】タイプGによる超硬合金材料の倍率1500倍の光学顕微鏡写真である。
図6】タイプHによる超硬合金材料の倍率1500倍の光学顕微鏡写真である。
図7】タイプIによる超硬合金材料の倍率1500倍の光学顕微鏡写真である。
図8】タイプJによる超硬合金材料の倍率1500倍の光学顕微鏡写真である。
図9】タイプKによる超硬合金材料の倍率1500倍の光学顕微鏡写真である。
図10】タイプKによる超硬合金材料の倍率500倍の光学顕微鏡写真であり、エッチングによってより短い時間に亘って前処理されている。
図11】タイプMによる超硬合金材料の倍率1500倍の光学顕微鏡写真である。
図12】タイプPによる超硬合金材料の倍率1500倍の光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料の実施形態について、以下でまず概略的に説明する。
【0029】
超硬合金材料は、特定の組成を有しており、これについては、以下でより詳細に説明する。
【0030】
超硬合金材料は、主に、即ち70~97重量%が、硬質材料粒子からなる、硬質材料粒子は、少なくとも大部分が炭化タングステンによって形成されている。ここで、硬質材料粒子は、炭化タングステンからなり得る。更に、超硬合金材料は、3~30重量%の金属結合剤を有する。好ましくは、金属結合剤の割合は、超硬合金材料の5~25重量%であり得る。金属結合剤は、鉄-ニッケル基合金であり、即ち、鉄及びニッケルを主成分として有する。鉄及びニッケルのほかに、金属結合剤は、少なくともクロムを有する。超硬合金材料は、コバルトを含有せず、即ち、コバルトを全く有しないか、又は不可避的不純物としての痕跡量のコバルトしか有しない。更に、超硬合金材料は、所望により、鉄、ニッケル及びクロムの合計含有量に対する比率で10重量%まで、即ち、Mo/(Fe+Ni+Cr)≦10重量%、のモリブデンと、鉄、ニッケル及びクロムの合計含有量に対して最大2重量%まで、即ち、V/(Fe+Ni+Cr)≦2重量%、のバナジウムと、合計で超硬合金材料の最大1重量%までの不可避的不純物とを有し得る。好ましくは、Mo含有量については、Mo/(Fe+Ni+Cr)≦6重量%が当てはまる。好ましくは、V含有量については、V/(Fe+Ni+Cr)≦1重量%が当てはまる。
【0031】
金属結合剤の鉄-ニッケル基合金は、ニッケルよりも高い割合の鉄を有する。ここで、鉄の割合は、鉄及びニッケルの合計含有量(Fe+Ni)の70~95重量%である。好ましくは、鉄割合は、鉄及びニッケルの合計含有量の最大90重量%であり、特に好ましくは、鉄及びニッケルの合計含有量の75~90重量%である。
【0032】
超硬合金材料のクロム含有量は、鉄、ニッケル及びクロムの合計含有量(Fe+Ni+Cr)の少なくとも0.5重量%である。好ましくは、クロム含有量は、鉄、ニッケル及びクロムの合計含有量の少なくとも1.5重量%、より好ましくは少なくとも2.0重量%であり得る。0.7≦Fe/(Fe+Ni)≦0.83の範囲の鉄-ニッケル比の場合、合計含有量(Fe+Ni+Cr)に対するクロム含有量は、最大(-0.625×(Fe/(Fe+Ni))+3.2688)重量%である。0.83≦Fe/(Fe+Ni)≦0.85の範囲の鉄-ニッケル比の場合、合計含有量(Fe+Ni+Cr)に対するクロム含有量は、最大(-27.5×(Fe/(Fe+Ni))+25.575)重量%である。鉄割合が更により高い場合、合計含有量(Fe+Ni+Cr)に対するクロム含有量は、最大2.2重量%である。
【0033】
以下に、図1図3の計算された相図を参照して、例示的に、クロムが添加される場合の鉄-ニッケル基合金によって形成された金属結合剤を有するコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料の工業的製造に関して生じる問題についてより詳細に説明する。図1図3の相図において、重量%表記の炭素含有量は、いずれの場合も横軸に記入されている。相図は、85重量%のFe/(Fe+Ni)比とCr/(Fe+Ni+Cr)=2.2重量%(図1)又は2.6重量%(図2)又は3.0重量%(図3)とを有する9.2重量%の鉄-ニッケル基合金金属結合剤及び残部炭化タングステンの組成物を有する超硬合金材料について計算した。
【0034】
図1の相図(即ち、クロム含有量Cr/(Fe+Ni+Cr)が2.2重量%である場合)では、1000℃で、約5.565~5.64重量%の炭素含有量の間に、コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料の製造において求められる領域10(「fcc+WC」)、即ち、η相が形成されることなく(例えば、炭素含有量がより低い場合、領域「fcc+WC+η」を参照)、且つ混合炭化物析出物が形成されることなく(例えば、炭素含有量がより高い場合、領域「fcc+WC+M」を参照)炭化タングステン粒子及び金属結合剤が存在する領域が認識できる。鉄、ニッケル及びクロムの合計含有量に対するクロム含有量が、図1に見られるように2.2重量%である場合、炭素含有量は、析出物を回避するために、超硬合金材料の製造時に、既に比較的狭い公差内に維持する必要がある。しかしながら、これは合理的な努力をすれば可能である。
【0035】
Cr/(Fe+Ni+Cr)=2.6重量%のクロム含有量に関して図2に示される相図と比較して分かるように、所望の領域10(「fcc+WC」)の幅は、クロム含有量が増加するほど減少する。図3で分かるように、領域10の幅は、3.0重量%のCr/(Fe+Ni+Cr)のクロム含有量の場合、極めて非常に狭くなる。図3の相図では、1000℃の場合、この領域は、約5.565重量%~約5.605重量%の炭素含有量の間にしか延在していない。言い換えるなら、プロセス雰囲気、従って炭素バランス、を狭い公差内に維持することができない場合、クロム含有量が増加するほど、望まない混合炭化物又はη相析出物のリスクが急速に増加する。
【0036】
意図される用途範囲に応じて、コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料は、0.05~12μm、好ましくは0.1~6μm、の炭化タングステン平均粒径を有し得る。超硬合金材料中の炭化タングステン粒子の平均結晶粒径は、EBSD(電子後方散乱回折)画像から「等価円直径(ECD)」法に従って決定することができる。この方法は、例えば、非特許文献1に記載されている。
【0037】
実施形態によるコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料は、異なる粒径を有する超硬合金材料のための0.6μm又は1.2μm又は1.95μmの粒径(FSSS、フィッシャーふるいサイズ)を有するWC粉末、2.3μmのFSSS粒径を有するFe粉末、2.5μmのFSSS粒径を有するNi粉末、1.5μmのFSSS粒径を有するCr粉末、1.35μmのFSSS粒径を有するMoC粉末、及び1μmのFSSS粒径を有するVC粉末を使用して、粉末冶金によって製造した。更に、比較例の場合、0.9μmのFSSS粒径を有するCo粉末も使用した。この製造は、ボールミル又はアトライター内でそれぞれの出発粉末を溶媒と混合し、続いて、通常の手法で噴霧乾燥することによって行なった。得られた顆粒をプレスして所望の形状にし、続いて、従来の手法で焼結して超硬合金材料を得た。クロムは、超硬合金材料の粉末冶金製造に際して、例えば、純金属として又はCr若しくはCrN粉末の形態で、添加することができる。Moは、好ましくは、MoC粉末の形態で添加することができるが、例えば、純金属として又は例えば(W,Mo)C混合炭化物として添加することも可能である。Fe、Ni、Crは、個別に添加することも、事前に合金化された形態で添加することもできる。
【実施例
【0038】
[実施例及び比較例]
本発明によるコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料及び比較例を上記の方法によって製造した。
【0039】
製造した超硬合金材料の組成は、以下の表1に要約されている。
【0040】
【表1】
【0041】
実施例及び比較例としての帰属は、以下の表2に要約されている。ここで比較例の場合、最終列に、それらが比較例である理由が記載されている。
【0042】
【表2】
【0043】
実施例及び比較例の製造された超硬合金材料をそれぞれ平均粒径について調べた。更に、製造した超硬合金材料について、ビッカース硬度HV10、破壊靭性KIC及び曲げ破壊強度BBFを特定した。
【0044】
ビッカース硬度HV10は、ISO3878:1991(”Hardmetals-Vickers hardness test”:金属材料-ビッカース硬度試験)に従って決定した。MPa・m1/2での破壊靭性KICは、ISO28079:2009に従って、10kgf(98.0665Nに相当)の試験荷重(押し込み荷重)で特定した。曲げ破壊強度BBFは、ISO3327:2009規格に従って、円筒形断面を有する試験オブジェクト(C型)を用いて決定した。
【0045】
更に、腐食試験も実施し、高温での塑性変形について調べた。耐食性及び耐クリープ性を定性的に評価した。これらのタイプの光学顕微鏡写真を作製し、そのうちのいくつかは図4図12に見られる。ここで、光学顕微鏡写真は、それぞれ倍率1500倍で撮影し、図10では、倍率500倍で撮影した。ここで、光学顕微鏡画像の場合、試料はそれぞれ、エッチングによる通常の手法で前処理されており、エッチングは、図10の画像を除いて、それぞれ2分間行なった。対照的に、図10の画像の場合、炭化クロム析出物をより良好に可視化するために、10秒間だけエッチングした。
【0046】
測定結果は、以下の表3に要約されている。
【0047】
【表3】
【0048】
表3から、コバルトのみならずクロム及びバナジウムをも含有するタイプAの従来のコバルト含有炭化タングステン系超硬合金材料は、硬度、破壊靭性、曲げ破壊強度、耐食性及び耐クリープ性に関して全体的に良好な結果を示すことが分かる。
【0049】
同様にコバルトのみならずクロム及びバナジウムをも有するタイプN及びOの従来のコバルト含有超硬合金材料も、良好な耐食性及び良好な耐クリープ性の両方を示す。それらの平均粒径がより小さく金属結合剤割合がより低いことが理由で、これらのタイプN及びOは、より高い硬度及びより高い曲げ破壊強度を示すものの、他方で、タイプAと比較して著しく低減した破壊靭性も示す。
【0050】
コバルトに対して追加的にクロムもバナジウムも含まない、同様に比較例として用いられるコバルト含有炭化タングステン系超硬合金材料のタイプLは、その金属結合剤の含有量がより高いことが理由で非常に高い破壊靭性を有するが、耐食性及び耐クリープ性はそれぞれ劣る。
【0051】
タイプB、C、D及びEの比較例はそれぞれ、コバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料であり、ここで、金属結合剤はそれぞれ、クロムを含まない鉄-ニッケル基合金である。タイプB、C、D及びEは、金属結合剤の鉄-ニッケル比が異なる。鉄及びニッケルの合計含有量(Fe+Ni)は、生じる結合剤体積が、10重量%のコバルト結合剤を有する従来のコバルト含有炭化タングステン系超硬合金材料の結合剤体積に実質的に対応するように調整した。表3から、タイプB、C、D及びEの比較例が、硬度HV10、破壊靭性KIC及び曲げ破壊強度BBFに関して許容可能な結果を示しているものの、耐食性及び耐クリープ性がそれぞれ劣ること又は非常に劣ることが分かる。ここで、耐食性及び耐クリープ性は、金属結合剤中の鉄の百分率が増加するほど悪化する。
【0052】
タイプF、G、H及びIのコバルトを含有しない炭化タングステン系超硬合金材料の実施例は、少量のクロムが添加される点において、タイプB、C、D及びEの比較例とは実質的に異なる。表3から分かるように、クロムの添加によって、硬度HV10は僅かに上昇する傾向にあり、破壊靭性KICは、僅かに低下する傾向にある。クロムの添加は、曲げ破壊強度BBFに有利に作用する。同様に見られるように、クロムの添加によって、耐食性及び耐クリープ性が大幅に改善される。全体として、硬度HV10、破壊靭性KIC及び曲げ破壊強度BBFについて良好な値が達成される。全体として、タイプB、C、D及びEの比較例と比較して、耐食性及び耐クリープ性における著しい改善も達成される。0.85重量%までのFe/(Fe+Ni)の範囲では、従来のコバルト含有炭化タングステン系超硬合金材料(例えば、タイプAなど)の値に完全には達していないものの全体的にこれらに非常に近くなっている物理的特性が全体的に達成される。それらと比較して、Fe/(Fe+Ni)>0.85(タイプIを参照)の範囲では、達成される耐腐食性及び耐クリープ性はやや低いが、これらは、一部の用途で問題なくなおも十分であり得る。
【0053】
タイプKの比較例とタイプHの実施例との比較から分かるように、クロム添加量の増加は、硬度HV10及び破壊靭性KICに直接的に不利な影響を与えるわけではないものの、耐食性及び耐クリープ性の更なる改善は観察されない。しかしながら、クロムの添加量を増加させると、曲げ破壊強度BBFが大幅に悪化する。前処理のために10秒間だけエッチングされた、図10のタイプKの光学顕微鏡写真では、混合炭化物析出物が形成されたことを認識することができ、曲げ破壊強度BBFの大幅な低下はこれに起因する。
【0054】
対照的に、タイプH及びJの実施例の比較から分かるように、モリブデンの添加は、達成できる物理的特性に不利な影響を与えない。
【0055】
タイプMの実施例とコバルト含有タイプLの比較例との比較において、超硬合金材料における金属結合剤の割合が全体的により高い場合でも、従来のコバルト含有超硬合金材料と比較して許容可能な物理的特性を達成することができることが明らかになる。
【0056】
タイプPとの比較から明らかとなるように、金属結合剤の含有量が全体的により低く、炭化タングステン粒子の平均粒径が低下している場合でも、許容可能な耐食性及び許容可能な耐クリープ性は達成される。ここで、平均粒径がより小さく且つ金属結合剤の割合がより低いことが理由で、一方では、より高い硬度が達成され、平均粒径がより小さいことが理由で、曲げ破壊強度が向上するが、ここで、他方では、破壊靭性KICが同じく予想どおり低下する。しかしながら、全体として、得られる物理的特性は、タイプN及びOの従来のコバルト含有炭化タングステン系超硬合金材料と比較して、まったく許容可能なものである。
【0057】
タイプP及びQの比較から、少量のバナジウムを添加すると硬度が僅かに増加するが、破壊靭性及び曲げ破壊強度の低下が伴うことが分かる。

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図2
図3
図4
図5
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図10
図11
図12