(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-17
(45)【発行日】2024-05-27
(54)【発明の名称】歯科用ミルブランク及び歯科用補綴物の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61K 6/891 20200101AFI20240520BHJP
A61C 13/087 20060101ALI20240520BHJP
C08G 63/672 20060101ALI20240520BHJP
【FI】
A61K6/891
A61C13/087
C08G63/672
(21)【出願番号】P 2023087949
(22)【出願日】2023-05-29
(62)【分割の表示】P 2019215018の分割
【原出願日】2019-11-28
【審査請求日】2023-05-29
(31)【優先権主張番号】P 2019108422
(32)【優先日】2019-06-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】滝田 京子
(72)【発明者】
【氏名】中島 慶
【審査官】工藤 友紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-002237(JP,A)
【文献】K Schwach-Abdellaoui et al.,Bioerodible Injectable Poly(ortho ester) for Tetracycline Controlled Delivery to Periodontal Pockets: Preliminary Trial in Humans,AAPS PharmSci,AAPS PharmSci,2002年,4,article number 20,DOI:10.1208/ps040420
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/00 -6/90
C08G 63/672
A61C 13/087
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリエステル樹脂を含む熱可塑性樹脂の成形体からなる、CAD/CAMシステムでの切削により歯科用補綴物を製作するための歯科用ミルブランクであって、
前記ポリエステル樹脂は、ジオール成分(A)とジカルボン酸成分(B)とを1モル:1モルの割合で重縮合して得られるポリエステル樹脂であり、
前記ジオール成分(A)は、環状アセタール骨格を有するスピログリコール(A1)及びエチレングリコール(A2)を含み、
前記ジオール成分(A)に含まれる全てのジオール化合物の総モル数を基準とする前記(A1)及び前記(A2)の含有率が、夫々、(A1):15モル%以上95モル%以下及び(A2):5モル%以上85モル%以下で、且つ前記(A1)及び前記(A2)の合計含有率が20モル%以上100モル%以下であり、
前記ジカルボン酸成分(B)は、多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸化合物(B1)及び/又はそのエステル(B1´)を含み、
前記ジカルボン酸成分(B)含まれる全てのジカルボン酸化合物の総モル数を基準とする前記(B1)及び前記(B1´)の合計含有率が15モル%以上、100モル%以下である、
ことを特徴とする前記歯科用ミルブランク。
【請求項2】
請求項1に記載の歯科用ミルブランクをCAD/CAMシステムで切削する工程を含む歯科用補綴物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用ミルブランク及び歯科用補綴物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
齲蝕や事故等により一部の歯牙が欠損した場合の治療には、補綴修復物として部分床義歯(局部義歯)を用いることが多い。この部分床義歯は、通常、欠損部領域の口腔粘膜を覆う義歯床(部分床)に欠損歯牙の代替となる人工歯を固定した義歯部と、それが外れないように、隣接する残存天然歯牙からなる鉤歯に装着するための維持装置であるクラスプ(clasp:鉤)と、を有するが、歯列内の離れた位置にある床と床や維持装置とを連結するための大連結子や、クラスプを義歯床や大連結子と連結する小連結子を有する場合もある。
【0003】
上記クラスプとしては、強度や耐久性等の観点から金属材料が使用されることが多いが、金属アレルギー対策、審美性、装着感等の観点から樹脂材料が使用されることもある。クラスプを熱可塑性樹脂材料で構成した部分床義歯は、(金属材料を全く使用しないケース他に、メタルレストやメタルフレームなど一部金属材料を使用したケースも含めて)ノンメタルクラスプデンチャーとも呼ばれ、上記したような利点から、その需要は高まっている。
【0004】
従来作製されてきた総義歯や部分床義歯には、加熱重合型アクリル系レジンの他、射出成型可能なポリメチルメタクリレート系(以降PMMA系と略す)樹脂が多く使用されていたが、近年ノンメタルクラスプデンチャー用として、同様に射出成型可能なポリアミド系、ポリエステル系、ポリカーボネート系といった様々な熱可塑性樹脂が各メーカーより発売されるようになった(非特許文献1)。
【0005】
ノンメタルクラスプデンチャーはクラスプの薄く細い部分を構成するため、口腔内に装着し食物を咀嚼してもずれたり撓んだりしない強靭さや口腔外で落下させてもクラスプが破折しない柔軟さが求められる。そのため、これら新たな熱可塑性樹脂としては、一般に、加熱重合型アクリル系レジンと比べて柔軟性のより高い(曲げ弾性率の低い)ものが多く使用されている。また、その他の物性に関しては、樹脂系に応じて、一定の傾向があり、それぞれの特長に応じて選択されている。たとえば、ポリエステル系樹脂に関しては、義歯床の修理やリライニングに使用される即時重合レジン、(メタ)アクリレート系硬質裏装材、シリコーン系軟質裏装材、粘膜調整材との接着が良好であるという共通した特徴を有し、曲げ弾性率が低く耐衝撃性の高い材料も開発されている。しかしながら、同じ樹脂系においても各物性値は、材料ごとにまちまちであり、また、熱可塑性樹脂の具体的な構造は明らかにされていないことが多い(非特許文献1)。
【0006】
一方、ポリエステル系樹脂を含めた前記熱可塑性樹脂のデメリットに関しては、加熱重合型アクリル系レジンに比べると、強度(例えば曲げ強度)が低めで、また、表面が傷つきやすく研磨が難しいことが指摘されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2008-260964号公報
【文献】WO2016/039243号パンフレット
【非特許文献】
【0008】
【文献】笛木賢治他「熱可塑性樹脂を用いた部分床義歯(ノンメタルクラスプデンチャー)の臨床応用」日本補綴歯科学会会誌、5巻、4号、387-408頁、2013年発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このような状況に鑑み、本発明は、射出成型により義歯床を成形することが可能で柔軟性が高く且つ即時重合レジン、(メタ)アクリレート系硬質裏装材、シリコーン系軟質裏装材、粘膜調整材との接着が良好であるポリエステル樹脂について、より高強度で且つ切削性及び研磨性に優れる義歯床用ポリエステル樹脂を提供し、更には当該義歯床用ポリエステル樹脂を用いたノンメタルクラスプデンチャー及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決できるポリエステル樹脂であり、ジオール成分(A)とジカルボン酸成分(B)とを1モル:1モルの割合で重縮合して得られる、義歯床用の材料としても使用される義歯床用ポリエステル樹脂であって、前記ジオール成分(A)は、環状アセタール骨格を有するスピログリコール(A1)及びエチレングリコール(A2)を含み、前記ジオール成分(A)に含まれる全てのジオール化合物の総モル数を基準とする前記(A1)及び前記(A2)の含有率が、夫々、(A1):15モル%以上95モル%以下及び(A2):5モル%以上85モル%以下で、且つ前記(A1)及び前記(A2)の合計含有率が20モル%以上100モル%以下であり、前記ジカルボン酸成分(B)は、多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸化合物(B1)及び/又はそのエステル(B1´)を含み、前記ジカルボン酸成分(B)含まれる全てのジカルボン酸化合物の総モル数を基準とする前記(B1)及び前記(B1´)の合計含有率が15モル%以上、100モル%以下である、ポリエステル樹脂(以下、「本ポリエルテル樹脂」ともいう。)を使用することを特徴とする。
【0011】
上記本ポリエステル樹脂は、別言すれば、ジオール化合物と、ジカルボン酸化合物及び/又はそのエステルと、を1モル:1モルの割合で重縮合して得られるポリエステル樹脂であって、前記ポリエステル樹脂における前記ジオール化合物に由来する構造ユニットの全数を基準として、環状アセタール骨格を有するスピログリコール(A1)に由来する構造ユニット数が15%以上95%以下であり、エチレングリコール(A2)に由来する構造ユニット数が5%以上85%以下であり、且つ両ユニット数の合計が20%以上100%以下であり、前記ポリエステル樹脂における前記ジカルボン酸化合物及び/又はそのエステルに由来する構造ユニットの全数を基準として、多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸化合物(B1)及びそのエステル(B1´)由来する合計の構造ユニット数が15%以上100%以下であるポリエステル樹脂からなるものであると言える。
【0012】
前記本ポリエステル樹脂においては、前記多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸化合物(B1)が、ナフタレンジカルボン酸であることが好ましい。また、JIS規格K7191-2:2007(ISO75-2:2004)のB法に準拠して測定した荷重たわみ温度が85℃以上、125℃以下であり、JIS規格K7202-2:2001(ISO2039-2:1987)のLスケールに準拠して測定したロックウェル硬度が90以上、120以下であることが好ましい。そして、これら本ポリエステル樹脂は、射出成型により義歯床を成形するためのものであることが好ましい。
【0013】
これにより、熱可塑性樹脂材料で形成された義歯床を有する有床義歯であって、前記熱可塑性樹脂材料が、本ポリエステル樹脂を主成分とする熱可塑性樹脂材である有床義歯が提供される。
【0014】
上記有床義歯は、熱可塑性樹脂材料で形成されたクラスプ及び少なくとも一部が熱可塑性樹脂材料で形成された義歯床を有するノンメタルクラスプデンチャーであって、前記クラスプを形成する前記熱可塑性樹脂及び/又は前記義歯床の少なくとも一部を形成する前記熱可塑性樹脂材料が、前記第一の本発明の義歯床用ポリエステル樹脂を主成分とする熱可塑性樹脂材料である、ノンメタルクラスプデンチャー(以下、「本ノンメタルクラスプデンチャー」ともいう。)であることが好ましい。
【0015】
また、上記本ノンメタルクラスプデンチャーにおいては、クラスプ及び少なくとも一部が前記本ポリエステル樹脂を主成分とする熱可塑性樹脂材料で一体に形成されていることが好ましい。
【0016】
本ノンメタルクラスプデンチャーは、射出成型により義歯床を成形するためのものである本ポリエステル樹脂を主成分とする熱可塑性樹脂材料を射出成型することにより、前記クラスプ及び/又は前記義歯床の少なくとも一部を形成する射出成型工程を含む方法により製造できる。
【0017】
上記方法においては、前記射出成型工程で形成された前記クラスプ及び/又は前記義歯床の少なくとも一部を切削により形状の微修正を行った後研磨する工程をさらに含むことが好ましい。
【0018】
第一の本発明は、前記本ポリエステル樹脂を含む熱可塑性樹脂組成物の成形体からなることを特徴とする、CAD/CAMステムでの切削により歯科用補綴物を製作するための歯科用ミルブランクであり、第二の本発明は、上記歯科用ミルブランクをCAD/CAMステムで切削する工程を含む歯科用補綴物の製造方法である。
【発明の効果】
【0019】
本ポリエステル樹脂は、射出成型により義歯床を成形することが可能で柔軟性が高く且つ即時重合レジン、(メタ)アクリレート系硬質裏装材、シリコーン系軟質裏装材、粘膜調整材との接着が良好であるという、従来の義歯床用ポリエステル樹脂の特長を有するばかりでなく、更に高強度で且つ切削性及び研磨性に優れるという特長を有する。
【0020】
そして、このような本ポリエステル樹脂を用いた本ノンメタルクラスプデンチャーは、適度な柔軟性により耐衝撃性に優れ、破折などが起こり難いことに加え、強度が高く、表面が滑らかで光沢を有するという高い審美性を有し、更に即時重合レジン、(メタ)アクリレート系硬質裏装材、シリコーン系軟質裏装材、粘膜調整材を用いた修理やリライニングにも適しているという特徴を有する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
前記したように、義歯床材として現在知られているポリエステル樹脂には、切削性及び研磨性に課題があり、強度(曲げ弾性率)についても改善の余地があった。また、審美的な義歯床を得るためには、切削性及び研磨性が良好であることに加えて、透明性を有することが好ましいと考えられる。
【0022】
そこで、本発明者らは、先ずポリエステル樹脂について調査を行ったところ、特定の環状アセタール骨格を有するスピログリコールとエチレングリコールを含むグリコール成分と、テレフタル酸及び/又はそのエステルを含むジカルボン酸成分とを重縮合して得られるポリエステル樹脂の中で特定の溶融粘度等を有するポリエステル樹脂は透明性、耐熱性、機械的性能に優れる射出成形体を与えることができること(特許文献1参照。)及び上記ポリエステル樹脂と同様の環状アセタール骨格を有するジオール単位を含む特定のポリエステル樹脂と特定のポリカーボネート樹脂とを含み、更にリン原子及びチタン原子を所定量含む熱可塑性樹脂組成物は、上記特性に加えて成形加工性が良好であること(特許文献2参照。)を確認するに至った。
【0023】
このような知見に基づき、本発明者らは、前記特許文献1に開示されているポリエステル樹脂に着目し、その切削性及び研磨性について検討を行った結果、ポリエステル樹脂のジカルボン酸由来の骨格を特定の構造とした場合には、切削性及び研磨性に優れ、且つ強度(曲げ強さ)も向上し、当該ポリエステル樹脂だけでも義歯床用樹脂材料として好適に使用できることを見出した。
【0024】
すなわち、特許文献1には、機械的性能及び透明性に優れるポリエステル樹脂として、3,9-ビス(1,1-ジメチル-2-ヒドロキシエチル)2,4,8,10-テトラオキサスピロ〔5.5〕ウンデカン(以下、「SPG」ということがある)等の特定の構造を有するスピログリコールを5モル%以上60モル%以下(以下、「x以上、y以下」を単に「x~y」と表記することもある。)、及びエチレングリコールを30モル%~95モル%(但し、前記モル%はスピログリコールとエチレングリコールの合計量に基づく)含むジオール成分と、テレフタル酸及び/又はそのエステルを80モル%~100モル%含むジカルボン酸成分とを重縮合して得られるポリエステル樹脂が、開示されている。そして、本発明者等は、当該ポリエステル樹脂における前記テレフタル酸及び/又はそのエステルを、多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸化合物(B)に変更することにより、切削性及び研磨性に優れたものとなり、且つ強度(曲げ強さ)も向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0025】
本ポリエステル樹脂は、特許文献1に記載された上記ポリエステル樹脂と比べて、ジカルボン酸由来の骨格として、ベンゼン環が、単環ではなく、複数縮環した形で導入された点で異なっており、そのことにより樹脂の剛性が高くなり、荷重たわみ温度とロックウェル硬さも向上している。乾式での切削時、義歯床にかかる熱は低くても50℃、長く同じ場所を切削すると70℃~80℃程度に上昇する。このため、荷重たわみ温度が低い場合、樹脂が軟化して切削バーや義歯床に溶着して切削性が低下し、研磨時においても発熱によって軟化した樹脂が表面に残ることで、光沢性が低下する。また、ロックウェル硬度が低い場合には、切削バーによる負荷により削りすぎや樹脂のたわみによる変形が起こりやすく、更に研磨砂による研磨傷が表面につきやすくなる。これに対し、本ポリエステル樹脂は、これら樹脂の剛性が向上することにより切削性及び研磨性が向上したものと考えられる。
【0026】
以下、本ポリエステル樹脂について、詳しく説明する。
【0027】
義歯床用ポリエステル樹脂とは、義歯床用の材料として使用されるポリエステル樹脂を意味する。本ポリエステル樹脂は、従来のポリエステル樹脂と同様にジオール成分とジカルボン酸成分とを1モル:1モルの割合で重縮合して得られるものであるが、これら両成分として、夫々特定の組成を有するものを使用している点に特徴を有する。すなわち、ジオール成分は、環状アセタール骨格を有するスピログリコール(A1)及びエチレングリコール(A2)を含み、前記ジオール成分(A)に含まれる全てのジオール化合物の総モル数を基準とする前記(A1)及び前記(A2)の含有率が、夫々、(A1):15モル%以上95モル%以下及び(A2):5モル%以上85モル%以下で、且つ前記(A1)及び前記(A2)の合計含有率が20モル%以上100モル%以下である必要がある。また、ジカルボン酸成分は、多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸化合物(B1)及び/又はそのエステル(B1´)を含み、前記ジカルボン酸成分(B)含まれる全てのジカルボン酸化合物の総モル数を基準とする前記(B1)及び前記(B1´)の合計含有率が15モル%以上、100モル%以下である必要がある。
【0028】
別言すれば、本ポリエステル樹脂は、ジオール化合物とジカルボン酸化合物とを1:1の割合で重縮合して得られるポリエステル樹脂であって、前記ポリエステル樹脂における前記ジオール化合物に由来する構造ユニットの全数を基準として、環状アセタール骨格を有するスピログリコール(A1)に由来する構造ユニット数が15%以上95%以下であり、エチレングリコール(A2)に由来する構造ユニット数が5%以上85%以下であり、且つ両ユニット数の合計が20%以上100%以下であり、前記ポリエステル樹脂における前記ジカルボン酸化合物に由来する構造ユニットの全数を基準として、多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸化合物(B1)由来する構造ユニット数が15%以上100%以下であるポリエステル樹脂からなることを特徴とする。
【0029】
<ジオール成分(A)>
本ポリエステル樹脂は、ジオール成分(A)に環状アセタール骨格を有するスピログリコール(A1)を含むことで樹脂の耐熱性、透明性、成型性、機械的性能を兼ね備えるという特徴が得られる。ジオール成分(A)中の前記環状アセタール骨格を有するスピログリコール(A1)の含有率は、15モル%~95モル%であればよいが、30モル%~80モル%、特に40モル%~65モル%であることが好ましい。
【0030】
また、エチレングリコール(A2)の含有率は、5モル%~85モル%以下であればよいが、10モル%~70モル%、特に15モル%~55モル%であることが好ましい。このとき、前記(A1)及び(A2)の合計含有率は、その下限は、20モル%以上、好ましくは40モル%以上、特に55モル%以上となり、上限は常に100モル%以下となる。
【0031】
環状アセタール骨格を有するスピログリコール(A1)とは、化1で表される構造式の化合物{ビス(ヒドロキシピバルアルデヒド)ペンタエリトリトールアセタール環状アセタール:CAS No.1455-42-1}を意味する。
【0032】
【0033】
さらに、前記ジオール成分(A)は、前記(A1)及び(A2)のみからなることが好ましいが、前記環状アセタール骨格を有するスピログリコール(A1)及びエチレングリコール(A2)以外のジオール化合物(以下、「その他ジオール化合物」ともいう。)を、これら成分の含有率に応じて、両者の合計含有率が100モル%未満の場合の残余成分として含有することができる。また、その他ジオール化合物の種類にもよるが、たとえばシクロヘキサンジメタノールのような特定の「その他ジオール化合物」を用いた場合には、当該化合物の含有量を前記(A2)の含有量よりも高くした方が、効果が高くなる場合もある。このようなケースでは、「その他ジオール化合物」の含有率は、35モル%~60モル%、特に40モル%~50モル%とすることが好ましい。ただし、効果の観点から、前記(A1)の含有率は40モル%~65モル%であることが好ましい傾向があるので、上記したような「その他ジオール化合物」を含む場合は、前記(A1)の含有率がこの範囲内になるように保ちつつ、前記(A2)の一部を置換するようにして含有させることが好ましい。
【0034】
使用可能な「その他ジオール化合物」としては、例えばトリメチレングリコール、2-メチルプロパンジオール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、ネオペンチルグリコール等の脂肪族ジオール類;ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリブチレングリコール等のポリエーテル化合物類;1,3-シクロヘキサンジメタノール、1,4-シクロヘキサンジメタノール、1,2-デカヒドロナフタレンジメタノール、1,3-デカヒドロナフタレンジメタノール、1,4-デカヒドロナフタレンジメタノール、1,5-デカヒドロナフタレンジメタノール、1,6-デカヒドロナフタレンジメタノール、2,7-デカヒドロナフタレンジメタノール、テトラリンジメタノール、ノルボルナンジメタノール、トリシクロデカンジメタノール、5-メチロール-5-エチル-2-(1,1-ジメチル-2-ヒドロキシエチル)-1,3-ジオキサン、ペンタシクロドデカンジメタノール等の脂環式ジオール類;4,4’-(1-メチルエチリデン)ビスフェノール、メチレンビスフェノール(ビスフェノールF)、4,4’-シクロヘキシリデンビスフェノール(ビスフェノールZ)、4,4’-スルホニルビスフェノール(ビスフェノールS)等のビスフェノール類のアルキレンオキシド付加物;ヒドロキノン、レゾルシン、4,4’―ジヒドロキシビフェニル、4,4’―ジヒドロキシジフェニルエーテル、4,4’―ジヒドロキシジフェニルベンゾフェノン等の芳香族ジヒドロキシ化合物のアルキレンオキシド付加物等を例示することができる。これらの中でも、加工性が向上するという理由から、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、ネオペンチルグリコール及び1,4-シクロヘキサンジメタノールからなる群より選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。
【0035】
<ジカルボン酸成分(B)>
ジカルボン酸成分(B)は、多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸(B1)及び/又はそのエステル(B1´)を含む。しかも、前記ジカルボン酸成分(B)含まれる全てのジカルボン酸化合物の総モル数を基準とする前記(B1)及び前記(B1´)の合計含有率が15モル%以上、100モル%以下である必要がある。このことによって、樹脂の剛性が向上し、良好な切削性と研磨性が得られる。ジカルボン酸成分(B)における上記(B1)及そのエステル(B1´)の合計含有率の下限は、25モル%以上、特に50モル%以上であることが好ましい。
【0036】
ここで、多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸(B1)とは、分子内にナフタレン、アントラセン、ナフタセン、ペンタセン、ベンゾピレン、クリセン、ピレン、トリフェニレン、コランニュレン、コロネン、オバレンなどの多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸及びそれらのエステル化物等が例示できる。これらの中でも、生体安全性の観点からナフタレンジカルボン酸を使用することが好ましい。
【0037】
ナフタレンジカルボン酸のジカルボン酸の置換位置は特に限定されないが、別々の芳香環に一つずつカルボン酸が置換しているナフタレンジカルボン酸であることが好ましく、2,6-ナフタレンジカルボン酸であることが特に好ましい。
【0038】
また、上記多環芳香族炭化水素骨格を有するジカルボン酸(B1)のエステル(B1´)とは、前記ジオール成分とエステル交換反応してポリエステル樹脂を形成し得る化合物であって、その際に脱離するアルコール化合物と前記(B1)とのエステルを意味する。当該アルコール化合物としては、通常、炭素数1~6の1価のアルコールが使用される。(B1)としては、上記と同じ理由により、ナフタレンジカルボン酸のエステルが好ましく、当該エステルを例示すれば、ナフタレンジカルボン酸ジメチル、ナフタレンジカルボン酸ジプロピル、ナフタレンジカルボン酸ジイソプロピル、ナフタレンジカルボン酸ジブチル、ナフタレンジカルボン酸ジシクロヘキシルなどを挙げることができる。
【0039】
前記ジカルボン酸成分(B)は、前記(B1)以外のジカルボン酸化合物及び/又はそのエステル(以下、「その他ジカルボン酸化合物等」ともいう。)を含有することもできる。「その他ジカルボン酸化合物等」としては、テレフタル酸、イソフタル酸、フタル酸、2-メチルテレフタル酸、ビフェニルジカルボン酸、テトラリンジカルボン酸などの芳香族ジカルボン酸;コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジカルボン酸などの脂肪族ジカルボン酸;シクロヘキサンジカルボン酸、デカリンジカルボン酸、ノルボルナンジカルボン酸、トリシクロデカンジカルボン酸、ペンタシクロドデカンジカルボン酸などの脂環式ジカルボン酸;及びそれらのエステル化物等が例示できる。中でも、テレフタル酸、イソフタル酸、フタル酸、2-メチルテレフタル酸、ビフェニルジカルボン酸、テトラリンジカルボン酸などの芳香族ジカルボン酸及びそれらのエステル化物を用いることが好ましく、さらにはイソフタル酸、テレフタル酸及びそれらのエステル化物を用いることがより好ましい。
【0040】
<縮重合方法>
前記ジオール成分(A)と前記ジカルボン酸成分(B)とを1モル:1モルの割合で縮重合させる方法は、従来のポリエステル樹脂の製造方法として知られているエステル交換法、直接エステル化法等の溶融重合法または溶液重合法等が、特に限定なく採用できる。たとえば、特許文献1に記載された前記“SPG等を含む特定のジオール成分と特定のジカルボン酸成分とを重縮合して得られるポリエステル樹脂”を製造する方法として、前記特許文献1に開示されている方法を、本発明の原料系に適用することにより、好適に行うことができる。
【0041】
なお、特許文献1には、前記製法に関し、「例えばエステル交換法、直接エステル化法等の溶融重合法または溶液重合法を挙げることが出来る。エステル交換触媒、エステル化触媒、エーテル化防止剤、また重合に用いる重合触媒、熱安定剤、光安定剤等の各種安定剤、重合調整剤等も従来既知のものを用いることが出来る。エステル交換触媒として、マンガン、コバルト、亜鉛、チタン、カルシウム等の化合物、またエステル化触媒として、マンガン、コバルト、亜鉛、チタン、カルシウム等の化合物、またエーテル化防止剤としてアミン化合物等が例示される。重縮合触媒としてはゲルマニウム、アンチモン、スズ、チタン等の化合物が例示される。また熱安定剤としてリン酸、亜リン酸、フェニルホスホン酸等の各種リン化合物を加えることも有効である。その他光安定剤、耐電防止剤、滑剤、酸化防止剤、離型剤等を加えても良い。SPGの添加時期は特に限定されず、エステル化反応若しくはエステル交換反応終了後に添加しても良い。またその際、直接エステル化法において、スラリー性改善のために水を加えても良い。」と記載されている。
【0042】
<本ポリエステル樹脂>
このようにして製造された本ポリエステル樹脂は、常法によりペレット化又は粉末状にされて使用に供される。たとえば、ペレット化する場合には、混錬機又は押出成型機などの装置により一定の太さのストランド状に成型し、カッタ-、ペレッタイザ-、粉砕機などを用いて一定の長さに細かく切断し、ペレット状とされる。
【0043】
なお、前記したような方法で得られるポリエステル樹脂の中には、樹脂材料として(当該樹脂材料が義歯床用材料として使用できることは知られていないものの)ペレット化又は粉末化された状態で入手可能なものも存在するので、それを本ポリエステル樹脂としても良い。ポリエステル樹脂が、本ポリエステル樹脂に該当するか否かは、重クロロホルムに溶解させた溶液について1H-NMR測定を行ない、ピークの帰属を行なったのち、ピークの積分値から各成分の含有比率を算出することにより、確認することもできる。
【0044】
以下に参考として各成分由来のピークの帰属を示す。
・エチレングリコール由来(δ=4.70 4H)
・スピログリコール由来(δ=4.52 2H、δ=4.32 2H、δ=4.19 4H、δ=3.54 4H、δ=3.32 2H、δ=1.04 12H)
・シクロヘキサンジメタノール由来{δ=4.29(cis)、4.19(trans) 4H、δ=2.05(cis)、1.80(trans) 2H、δ=1.94(trans)、1.14(cis) 4H、δ=1.66(cis)、1.56(trans) 4H}
・テレフタル酸由来(δ=8.10 4H)
・ナフタレンジカルボン酸由来(δ=8.62 2H、δ=8.12 2H、δ=8.03 2H)。
【0045】
また、熱可塑性樹脂においては、分子中における共重合ユニットの分散状態や分子量分布などに物性値が変化することが多いが、これらを分析して熱可塑性樹脂の構造を詳細に規定することは困難であり、物性値の範囲等により樹脂を規定することも行われている。
【0046】
本発明においては、前記したような方法で得られるポリエステル樹脂のなかでも、前記したような本発明の効果が高いという理由から、JIS規格K7191-2:2007(ISO75-2:2004)のB法に準拠して測定した荷重たわみ温度が85℃以上、125℃以下であり、JIS規格K7202-2:2001(ISO2039-2:1987)のLスケールに準拠して測定したロックウェル硬度が90以上、120以下である本ポリエステル樹脂を用いることが好ましい。
【0047】
本ポリエステル樹脂は、射出成型により義歯床を成形することが可能で柔軟性が高く且つ即時重合レジン、(メタ)アクリレート系硬質裏装材、シリコーン系軟質裏装材、粘膜調整材との接着が良好であるという、従来の義歯床用ポリエステル樹脂の特長を有するばかりでなく、更に高強度で且つ切削性及び研磨性に優れるという特長を有する。このため、本ポリエステル樹脂を用いて製造される義歯床を有する本発明の有床義歯や、義歯床やクラスプ部が本発明の義歯床用ポリエステル樹脂で形成される本発明のノンメタルクラスプデンチャーは、適度な柔軟性により耐衝撃性に優れ、破折などが起こり難いことに加え、強度が高く、表面が滑らかで光沢を有するという高い審美性を有し、更に即時重合レジン、(メタ)アクリレート系硬質裏装材、シリコーン系軟質裏装材、粘膜調整材を用いた修理やリライニングにも適しているという特徴を有する。
【0048】
なお、本ポリエステル樹脂を義歯床成形用の樹脂材料として使用する場合には、本ポリエステル樹脂単独で使用することもできるが、着色のための顔料や各種成形助剤、安定剤などを配合した熱可塑性樹脂組成物として使用するのが一般的である。このような熱可塑性樹脂組成物においては、本発明の効果を損なわない範囲であれば、その他の熱可塑性樹脂、フィラー等を配合することもできる。このような熱可塑性樹脂組成物における本ポリエステル樹脂の含有割合は、50質量%以上、特に75質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることが更に好ましい。
【0049】
以下に、本ポリエステル樹脂を用いた本ノンメタルクラスプデンチャー、その製造方法、及び本発明の歯科用ミルブランクについて説明する。
【0050】
<本ノンメタルクラスプデンチャー>
ノンメタルクラスプデンチャーは、義歯床を有する有床義歯の範疇に属する部分床義歯(局部義歯)の1種であって、欠損部領域の口腔粘膜を覆う義歯床(部分床)に欠損歯牙の代替となる人工歯を固定した義歯部と、それが外れないように、隣接する残存天然歯牙からなる鉤歯に装着するための維持装置であるクラスプ(clasp:鉤)を有する。そしてノンメタルクラスプデンチャーでは、前記クラスプが熱可塑性樹脂材料等の非金属材料で構成されている。ただし、金属材料の使用を完全に否定するものではなく、クラスプ以外の部分においては、メタルレストやメタルフレームなどの金属材料からなる部材を含んでいても良い。
【0051】
本ノンメタルクラスプデンチャーは、熱可塑性樹脂材料で形成されたクラスプ及び少なくとも一部が熱可塑性樹脂材料で形成された義歯床を有するノンメタルクラスプデンチャーであって、前記クラスプを形成する前記熱可塑性樹脂及び/又は前記義歯床の少なくとも一部を形成する前記熱可塑性樹脂材料が、本ポリエステル樹脂を主成分とする熱可塑性樹脂材料であることを特徴とする。
【0052】
ここで、「本ポリエステル樹脂を主成分とする熱可塑性樹脂材料」(以下、「本熱可塑性樹脂材料」ともいう。)とは、通常、80質量%以上、好ましくは90質量%、最も好ましくは95質量%以上が本ポリエステル樹脂からなる熱可塑性樹脂を意味する。本ポリエステル樹脂以外の成分は、成分配合後においても全体として熱可塑性を維持でき、好ましくは、更に射出成型可能であるものであれば特に限定されず、無機充填材、有機充填材等の充填材、ブレンド可能な他の熱可塑性樹脂等が使用できる。また、本ノンメタルクラスプデンチャーにおいては、そのクラスプを及び/又は義歯床の少なくとも一部が本熱可塑性樹脂材料からなっていればよいが、クラスプ及び樹脂製義歯床の全てが本熱可塑性樹脂材料からなり、更に両者が一体に形成されているものであることが好ましい。
【0053】
<本ノンメタルクラスプデンチャーの製造方法>
本ノンメタルクラスプデンチャーは、本熱可塑性樹脂材料を射出成型することにより、前記クラスプ及び/又は前記義歯床の少なくとも一部を形成する射出成型工程を含む、本発明の製造方法により、好適に製造することができる。
【0054】
上記射出成型工程は、射出成型用の原料樹脂として、本熱可塑性樹脂材料を用いる以外は、従来の熱可塑性樹脂を用いた射出成形法によるノンメタルクラスプデンチャーの製造方法と特に変わる点は無く、たとえば、患者から採取した口腔内印象を基に作成した石膏製の型を成形型とし、当該成形型を射出成型機にセットしてその内部に、加熱されて軟化した本熱可塑性樹脂材料を射出し、冷却した後に型から取り出す方法等が採用できる。成形型において、クラスプ部となる部分を有しないものを用いた場合には、クラスプ部を有しない本発明の有床義歯を製造することができ、クラスプ部となる部分を有するものを用いた場合には、本ノンメタルクラスプデンチャーを製造することができる。
【0055】
以下、上記方法について具体的に説明する。すなわち、上記方法では、成形型作成のために、先ず、シリコーン系印象材またはアルジネート系印象材または寒天印象材を用いて採取された、患者口腔内形状の印象に石膏を流し込み、患者の口腔内の形状を模った石膏模型を作製する。次に得られた石膏摸型に基礎床の設計を施した後、常温重合レジンと呼ばれる硬化性組成物を模型上の設計線に合わせて圧接し、前記石膏模型の上に(必要に応じてクラスプを有する)基礎床を作製する。その後、基礎床の上に歯科用パラフィンワックスを土手のように盛り付け、蝋堤と呼ばれる人工歯を排列する部分を作製し、当該蝋堤が形成された前記基礎床を前記石工模型から取り外して咬合床とする。この咬合床を患者の口腔内に装着し、咬合採得を行ない、咬合床の調整を行なう。調整後の咬合床を再び石膏模型にセットしたものを咬合器に取り付け、口腔内の顎運動や咬合状態を再現し、蝋堤に人工歯を排列して、蝋義歯(咬合床に人工歯を排列したもの)を作成する。得られた蝋義歯の陰型が射出成型用の成形型となる。
【0056】
上記成形型は、通常、以下に説明する様な3段階の埋設操作を経て作成される。すなわち、先ず、歯科用射出成型器のフラスコ下部に、石膏模型及びこれにセットされた蝋義歯を配置してから、石膏模型のみが埋没し、蝋義歯はフラスコより上に出るようにして混錬した石膏を流し込んで硬化させる一次埋没を行なう。次に、混和した石膏を蝋義歯の上から覆うように盛り付けて、二次埋没を行なう。その後、フラスコ上部をフラスコ下部に適合させフタをした状態とし、フラスコ上部に空いた穴から混和した石膏を流し込み、三次埋没を行なう。そして、三次埋没の石膏が硬化した後、一旦、フラスコの上部と下部を分割し、基礎床と蝋堤を除去する。蝋堤が除去しにくい場合はお湯をかけて溶解させる。すると、人工歯のみが石膏に埋まっている状態となる。再びフラスコ上部をフラスコ下部に適合させ、密閉した状態としものが成形型となる。
【0057】
射出成型は、予め真空乾燥させて水分を除去した本熱可塑性樹脂材料のペレットを、上記成形型がセットされた射出成形機に供給して行われる。具体的には、必要量計量された前記本熱可塑性樹脂材料を供給し、射出成型器の樹脂溶融部で150℃~400℃程度の範囲で5~60分間程度熱をかけてペレットを溶融させた後、エアーコンプレッサーで射出成型器に0.1~2.0MPaの空気圧をかけ、溶融した樹脂を射出し、セットしたフラスコ(成形型)内部に樹脂を充填する。樹脂が冷えて硬化した後、フラスコを分割して木槌などを用いて石膏を分割し、樹脂と人工歯が一体となった義歯(本義歯)が取り出される。
【0058】
取り出された本義歯の全周にはバリが付着しているため、スタンプバー又は、レジンポイントで床縁を保護しながら切削する。ポイント類を用いて切削した面は、荒・中・細の種類のうち中から細へとサンドペーパーコーンを用いて研磨を行なったのち、レーズを用いた研磨を行なう。レーズによる研磨はまずフェルトコーンに磨き砂、硬毛ブラシに磨き砂の順で使用し、表面を滑沢にしたのち、よく水洗してから仕上げ研磨にうつる。軟毛ブラシに亜鉛華、布バフに研磨剤の順で使用し、表面のつや出しを行なう。研磨面の乾燥、発熱を防ぐためにレーズは低速回転で用いる。そして、口腔内に適合させ最終的な調整を行なうことによって、完成品である有床義歯や本ノンメタルクラスプデンチャーを得ることができる。
【0059】
<本発明の歯科用ミルブランク>
近年のデジタル画像技術やコンピュータ処理技術等の発達により、例えば、口腔内の撮影画像から、コンピュータ支援設計(Computer Aided Design:CAD)およびコンピュータ支援製造(Computer Aided Manufacturing:CAM)技術によるCAD/CAM装置を用いて、歯科用CAD/CAMミルブランクに切削加工を施して歯科用補綴物を成形するCAD/CAMシステムが多用されるようになってきている。歯科用補綴物の一種である義歯や義歯床についてもCAD/CAMシステムを用いて作製されるようになってきており、そのための歯科用ミルブランクも知られている。本ポリエステル樹脂は、このような歯科用ミルブランク用の樹脂材料としても好適に使用できる。
【0060】
本発明の歯科用ミルブランクは本ポリエスエル樹脂を含む熱可塑性樹脂組成物の成形体からなる歯科用、特に義歯床作製用のミルブランクである。ミルブランクの形状は、作製対象となる歯科用補綴物より大きく切削加工機に取り付け可能な形状であれば特に制限されるものではない。ミルブランクの種類としては、一般に、作製する補綴物に応じて、CAD/CAM用ブロックとも呼ばれる、直方体形状(一般的なサイズは、8mm×8mm×15mm~20mm×30mm×40mm程度である。)の切削加工部に切削加工機に取り付けるための治具が接着してあるタイプのもの、CAD/CAM用ディスクとも呼ばれる、直径:φが98mmで厚み10mm~40mm程度のディスク形状の切削加工部のみからなり、専用冶具によって切削加工機に取り付けられるタイプのもの、厚みは20mm~40mmの馬蹄形状の切削加工部を有するもの等が知られており、本発明の歯科用ミルブランクでもこのような形状を採用することができる。義歯床、特に部分床義歯の義歯床、総義歯の義歯床、ノンメタルクラスプデンチャーの義歯床などを作製すると言う観点からは、ディスク形状であることが好ましい。
【0061】
また、歯科用ミルブランクにおいては、その切削加工部(ミルブランク本体)が単層構造を有するものの他、異なる層を組み合わせた複層構造のもの、例えば、色調の異なる層を積層した構造、光学特性の異なる層を積層した構造、素材の異なる層を積層した構造、これら2種以上の積層構造を組み合わせた構造などの複層構造のものが知られており、本発明の歯科用ミルブランクでもこのような層構造が適宜使用できる。たとえば、異なる歯肉色を模した色調の複層構造となるように、本ポリエステル樹脂に顔料などを配合して色合いが異なるように着した複数の層を積層して成形することにより、より自然な色合いの義歯床が作製可能となる。また、歯肉色を模した本発明のポリエステル樹脂層と、歯冠色を模した層を複層構造とすることで、人工歯と床が連結された義歯が作成可能となる。歯冠色を模した層を構成する素材としては、本ポリエステル樹脂、本ポリエステル樹脂以外の熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、有機無機ハイブリッド組成物から作製された構造体、セラミックス構造体、またはこれら2種以上の素材の組み合わせからなる素材を例示できる。
【0062】
また、本発明の歯科用ミルブランクの製造方法には特に制限はないが、射出成型による一個取りの成型方法や、押し出し成型により円柱状の成型体を作製し、それをNC加工で切り出す方法などが考えられる。
【0063】
本発明の歯科用ミルブランクには本ポリエステル樹脂の他に無機フィラーを含むことで切削性をより向上させることができる。例えば、シリカ、ジルコニア、チタニア、アルミナ、シリカと他の金属酸化物とのシリカ複合酸化物、ジルコニアと他の金属酸化物とのジルコニア複合酸化物、チタニアと他の金属酸化物とのチタニア複合酸化物、アルミナと他の金属酸化物とのアルミナ複合酸化物、ガラス繊維、石英、フルオロアルミノシリケート、炭化カルシウム、窒化アルミニウムなどが例示できる。無機フィラー混合後の透明性を維持するためには、本発明のポリエステル樹脂の屈折率と近しい値の屈折率を有する無機フィラーを用いることが好ましい。本ポリエステル樹脂の屈折率は、通常、1.57~1.59の範囲であるため、1.54~1.62の範囲の屈折率を有する無機フィラーを使用することが好ましい。さらに、切削加工して得られる義歯床の表面に鋭利な無機フィラーの先端が露出しないように、無機フィラーの粒子形状は、球状、略球状、または塊状であることが好ましい。無機フィラーは、本ポリエステル樹脂への分散性を改良する目的でその表面を疎水化することもできる。かかる疎水化表面処理は特に限定されるものではなく、従来公知の方法が制限なく採用される。代表的な表面処理方法を例示すれば、疎水化剤としてシランカップリング剤やチタネート系カップリング剤を用いる方法があり、これらカップリング剤の種類、その使用量、その処理方法については従来公知の方法から適宜選択して採用される。
【0064】
本ポリエステル樹脂と上記充填剤等の混合方法は特に制限されるものではないが、二軸混錬機等を用いて加熱溶解した本発明のポリエステル樹脂に上記充填剤等を添加し、混練する方法などが考えられる。
【0065】
本発明の歯科用ミルブランクを用いて、義歯等の歯科用補綴物を製造する方法は、従来のCAD(Computer Aided Design)/CAM(Computer Aided Manufacturing)システムによる切削加工を用いた方法と特に変わる点は無い。すなわち、CAD/CAMソフトにて作成された切削プログラムに従い、切削加工機を用いて切削する。切削プログラムは、例えば、口腔内模型を3Dスキャナによってスキャンすることによって取得した口腔内の3次元形状の情報をコンピュータ上のソフトで表示し、それに基づいて義歯または義歯床の形状をデザインし、それを切削プログラムに変換することで作成することができる。口腔内スキャンで直接口腔内の形状を3次元情報にすることも可能である。また、旧義歯を3Dスキャナによってスキャンすることによって同じ形状の義歯を再製作することも可能である。切削工程で義歯床を切削した場合には、得られた義歯床に人工歯を接着し、義歯とすればよい。また、上述した歯肉色を模した本ポリエステル樹脂層と、歯冠色を模した層を複層構造のミルブランクを用い、義歯床部分と人工歯部分を一度に切削して義歯を完成させることもできる。歯科用補綴物を製造するに際しては、必要に応じ、切削工程以外のその他の工程を有していてもよい。その他の工程としては、研磨等による仕上げ工程、着色工程、等が挙げられる。
【実施例】
【0066】
以下、本発明を具体的に説明するために、実施例および比較例を挙げて説明するが、本発明はこれらにより何等制限されるものではない。以下に実験に使用した熱可塑性樹脂、これら樹脂の物性の測定方法及び評価方法を示す。
【0067】
[熱可塑性樹脂]
・A:アルテスタS1000(三菱瓦斯化学株式会社製)
・B:アルテスタS2000(三菱瓦斯化学株式会社製)
・C:アルテスタS3000(三菱瓦斯化学株式会社製)
・D:アルテスタS4500(三菱瓦斯化学株式会社製)
・E:アルテスタSN1500(三菱瓦斯化学株式会社製)
・F:アルテスタSN3000(三菱瓦斯化学株式会社製)
・G:アルテスタSN4500(三菱瓦斯化学株式会社製)
・H:アルテスタSH(三菱瓦斯化学株式会社製)
・I:アクリショット(山八歯材工業株式会社製:義歯床用PMMA樹脂)
・J:エステショット(株式会社アイキャスト製:義歯床用PET樹脂)
・K:エステショット ブライト(株式会社アイキャスト製:義歯床用ポリエステル樹脂)
なお、上記J及びKは義歯床用として市販されているポリエステル樹脂であり、Iは、義歯床用として市販されているアクリル系樹脂であり、本ポリエステル樹脂には該当しない。これらのペレットを一粒、1mlの重クロロホルム(内部標準としてテトラメチルシランを含む)に浸漬し、37℃で6時間放置して完全に溶解させ、NMRチューブに溶解液を移し、1H-NMR測定を行なったが、スピログリコール由来のピーク及びナフタレンジカルボン酸由来のピークは確認されなかった。
また、上記A~Hのアルテスタ樹脂は、三菱瓦斯化学株式会社から販売されているポリエステル樹脂であり、ディスプレイ用シート・フィルム、食品用容器、シーラントフィルム、飲料容器、化粧品容器、医薬品容器、調味料ボトル、雑貨・文具、保護カバーなどの用途に使用できるとされている。アルテスタ樹脂について分析を行ない組成の特定を行なった。分析はアルテスタ樹脂のペレットを一粒、1mlの重クロロホルム(内部標準としてテトラメチルシランを含む)に浸漬し、37℃で6時間放置して完全に溶解させ、NMRチューブに溶解液を移し、1H-NMR測定を行なった。測定はJEOL RESONANCE社製JNM-ECA 400II型で、積算回数16回、400MHzで行った。ピークの帰属を行なったのち、ピークの積分値から各成分の含有比率を算出した。各成分の略称を以下に示す。
・TPA:テレフタル酸
・NDCA:2,6-ナフタレンジカルボン酸
・EG:エチレングリコール
・SPG:スピログリコール
・CHDM:1,4-シクロヘキサンジメタノール
分析結果を以下に示す。分析結果より、E~Hが本ポリエステル樹脂であることが判る。
【0068】
【0069】
[荷重たわみ温度の測定]
荷重たわみ温度(HDT)の測定はJIS規格K7191-2:2007(ISO75-2:2004)に準拠して測定を行なった。条件は0.45MPaの荷重をかけるB法で、フラットワイズ法で行った。測定には株式会社東洋精機製作所製のHDT試験装置S6-MHを使用した。
【0070】
[ロックウェル硬度の測定]
JIS規格K7202-2:2001(ISO2039-2:1987)に準拠して測定を行なった。条件は、試験荷重588.4N、鋼球圧子直径6.35mmのLスケール(HRL)とした。測定にはAkashi社のAR-10を使用した。加熱プレス機(株式会社井元製作所製、IMC-11D2-C)とSUS製のモールドを用いて、気泡のない20mm四方、厚さ6mmの平滑な試験片を作製した。1試料につき試験片は3枚作製し、1試験片につき3回測定し、全9点の平均値をロックウェル硬度とした。
【0071】
[曲げ強さの測定]
加熱プレス機(株式会社井元製作所製、IMC-11D2-C)とSUS製のモールドを用いて樹脂を15mm×30mm、厚み2mmの板状に成型した。その成型体を精密切断機(株式会社ビューラー製、Isomet LS)を用いて2mmずつ切り出し、2mm×2mm×30mmの試験片を作製した。寸法を計測して37℃のイオン交換水に1週間浸漬し、曲げ試験に用いた。試験片を精密万能試験機(株式会社島津製作所製、AG-Xplus50kN)にセットし、支点間距離20mm、クロスヘッドスピード1mm/minの条件で曲げ試験を行った。1試料に5個の測定を行い、その平均値を曲げ強さとした。
【0072】
[切削性の評価]
各種樹脂をメーカーの指示に従って真空乾燥し、歯科技工用の射出成型器(山八歯材工業株式会社製、プロ・ジェットII)を使用してメーカーの指示に従って樹脂を射出し、10mm×10mm×12mmのブロック状に成型した。このブロックに切削加工用のピンを接着し、乾式の切削加工機(RolandDG株式会社製、DWX-50)に取り付けた。通常、技工士が義歯床の切削・研磨を行なう場合は乾式で行うため、乾式の切削加工機を用いた。該切削加工機に切削バー(山八歯材工業株式会社製、CAD/CAMミリングバーダイヤコートタイプφ2mm、φ0.8mm)を取り付け、クラウン形状に切削加工した。切削中の様子と切削カスの大きさを観察し、評価を行なった。以下に評価の判断基準と表に記載する記号を示す。
◎:切削に何ら問題なし。切削カスが微細で、切削カスが切削バーにまとわりつかない。
○:切削可能。切削カスは大きいねじり状であるが、切削カスが切削バーにまとわりつかず、切削可能である。
△:切削に問題あり。切削中に何度も樹脂が切削バーに溶着するが切削物は完成する。
×:切削不可。切削中に樹脂が切削バーに大量に溶着し切削を続行できない。
【0073】
[研磨性の評価]
加熱プレス機(株式会社井元製作所製、IMC-11D2-C)を用いて20mm四方、厚み4mmに成型した樹脂の試験片を1試料につき3枚用意し、それを自動研磨機用試料ホルダの底面に両面テープで3点に均等に力がかかる位置に張り付けた。ホルダを自動回転研磨機(株式会社ビューラー製、Automet250&Ecomet250)にセットし、耐水研磨紙#800で30秒、#1500で30秒、#3000で60秒、バフ研磨布にバイカロックス液体研磨剤(アルミナ懸濁液0.3um)を塗布して60秒、研磨を行なった。自動回転研磨機はヘッド回転速度40rpm、ベース回転速度300rpm、全体荷重6Lbsの条件に設定した。試験片の研磨面を目視及びレーザー顕微鏡(株式会社キーエンス、VK-9700)で観察し、評価を行なった。レーザー顕微鏡の対物レンズは20倍を使用した。以下に評価の判断基準と表に記載する記号を示す。
◎:平滑な研磨面が形成されており、レーザー顕微鏡で観察してもほとんど研磨傷がついていない。
○:目視では平滑な研磨面が形成されているが、レーザー顕微鏡で観察すると一部に研磨傷がついている。
△:目視では平滑な研磨面が形成されているが、レーザー顕微鏡で観察するとやや高頻度で研磨傷がついている。
×:目視で無数の研磨傷が確認される。レーザー顕微鏡で観察すると大きい傷から小さい傷まで無数の研磨傷がついている。
これらの結果を表2に示す。
【0074】
【0075】
実施例1~3
ジカルボン酸成分としてテレフタル酸の他にナフタレンジカルボン酸を含有するE、F、Gは荷重たわみ温度はいずれも85℃以上、ロックウェル硬度はいずれも90以上であった。切削性の評価はいずれも○でクラウンを問題なく切削することができ、◎とはいかないものの良好な切削性を示した。研磨性はいずれも○であり、◎とはいかないものの良好な研磨性を示した。曲げ強さはいずれも100MPa近傍であり、高い曲げ強さを示した。
【0076】
実施例4
ジカルボン酸成分としてナフタレンジカルボン酸のみを含有し、第3のジオール成分としてシクロヘキサンジメタノールを含有するHは荷重たわみ温度が117℃以上、ロックウェル硬度が108であり、最も高い値を示した。切削性の評価は○でクラウンを問題なく切削することができ、◎とはいかないものの良好な切削性を示した。研磨性は○であり、◎とはいかないものの良好な研磨性を示した。曲げ強さは109MPaであり、最も高い曲げ強さを示した。
【0077】
比較例1~4
ジカルボン酸成分としてテレフタル酸のみを含有するA、B、C、Dでは、荷重たわみ温度が85℃以上かつロックウェル硬度が90以上を両方満たす樹脂はなかった。切削性の評価はいずれも×であり、樹脂が切削バーに大量に溶着し、切削を続行することができなかった。研磨性はいずれも△であり、実施例1~4と比較すると低い研磨性であった。曲げ強さはいずれも90~100MPaの間であり、実施例1~4と比較すると低い曲げ強さであった。
【0078】
比較例5
義歯床用PMMA樹脂であるIは切削性の評価は◎であり優れた切削性を示した。研磨性の評価は◎であり優れた研磨性を示した。しかしながら、曲げ強さについては最も低い66MPaであり、強度が不十分であった。
【0079】
比較例6
義歯床用PET樹脂であるJは切削性の評価は△であり、切削中に何度も樹脂が切削バーに溶着していた。研磨性の評価は×であり、目視で無数の研磨傷が確認された。曲げ強さは81MPaであり実施例1~4と比較すると低い値であった。
【0080】
比較例7
義歯床用ポリエステル樹脂であるKは切削性の評価は○であり、切削可能であった。研磨性の評価は×であり、目視で無数の研磨傷が確認された。曲げ強さは75MPaであり実施例1~4と比較すると低い値であった。