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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-17
(45)【発行日】2024-05-27
(54)【発明の名称】摺動部品
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/34 20060101AFI20240520BHJP
   F16C 33/16 20060101ALI20240520BHJP
【FI】
F16J15/34 F
F16C33/16
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021556031
(86)(22)【出願日】2020-11-02
(86)【国際出願番号】 JP2020041089
(87)【国際公開番号】W WO2021095592
(87)【国際公開日】2021-05-20
【審査請求日】2023-05-22
(31)【優先権主張番号】P 2019207206
(32)【優先日】2019-11-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000101879
【氏名又は名称】イーグル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100206911
【弁理士】
【氏名又は名称】大久保 岳彦
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】荒井 峰洋
【審査官】大谷 謙仁
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-074239(JP,A)
【文献】特開2008-232014(JP,A)
【文献】特開2001-090766(JP,A)
【文献】特開2019-015309(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/34
F16C 33/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対摺動する摺動面を有する摺動部品であって、
前記摺動部品の基材には黒鉛膜が被膜されており、前記摺動面は前記黒鉛膜からなり、
前記黒鉛膜の厚さは、前記基材の表面の算術平均粗さRaよりも大きい摺動部品。
【請求項2】
前記黒鉛膜の硬度は、相手側の摺動面の硬度よりも小さい請求項1に記載の摺動部品。
【請求項3】
前記黒鉛膜の硬度は、前記基材の硬度よりも小さい請求項1または2に記載の摺動部品。
【請求項4】
前記基材は、セラミックスから形成されている請求項1ないしのいずれかに記載の摺動部品。
【請求項5】
前記基材の 表面の算術平均粗さRaは、0.1μm以上である請求項1ないしのいずれかに記載の摺動部品。
【請求項6】
前記基材の表面は、前記黒鉛膜により全面が被覆されている請求項1ないしのいずれかに記載の摺動部品。
【請求項7】
前記黒鉛膜は、前記相対摺動する摺動面のうち一方の摺動面のみに形成されている請求項1ないしのいずれかに記載の摺動部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相対摺動する摺動部品に関し、例えば自動車、一般産業機械、あるいはその他のシール分野の回転機械の回転軸を軸封する軸封装置に用いられる摺動部品、または自動車、一般産業機械、あるいはその他の軸受分野の機械の軸受に用いられる摺動部品に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部品は、相手側の摺動面と相対摺動する摺動面を有しており、回転または往復運動する軸等を支持する軸受や被密封流体の漏れを防止する軸封装置の構成部品として用いられている。被密封流体の漏れを防止する軸封装置として、例えばメカニカルシールは相対回転し摺動面同士が摺動する一対の環状の摺動部品を備えている。例えば、特許文献1に示される摺動部品は、軟質材であるカーボンから形成されることにより、カーボンの自己潤滑性を利用して低摩擦効果が得られるようになっているが、摺動面間に異物が侵入した場合、カーボンから形成される摺動部品の摺動面が削れやすく、耐異物性に問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2011-58517号公報(第6頁、第1図)
【文献】特開2004-225725号公報(第6頁、第2図)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
摺動部品を硬質材であるSiCから形成する(例えば特許文献2)ことで耐異物性を高めることができるが、例えばメカニカルシールを摺動面間に液体を介在させない無潤滑環境下(ドライ環境下)で使用する場合、大気中におけるSiCの摩擦係数が大きいことから、使用条件によっては摺動面にかじりが生じてしまう虞がある。また、特許文献2においては、摺動部品の摺動面がダイヤモンドライクカーボン被膜(以下、DLC被膜と表記することもある。)により被覆されており、例えば無潤滑環境下で使用する場合、DLC被膜が高硬度であることから、使用条件によっては相手側の摺動面にかじりが生じてしまう虞があり、低摩擦効果を得るためには、使用条件に応じてDLC被膜の水素含有量等を変更する等の煩雑な条件設定が必要となり、汎用性に乏しかった。
【0005】
本発明は、このような問題点に着目してなされたもので、広い使用条件において安定した低摩擦効果を得ることができる摺動部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、本発明の摺動部品は、
相対摺動する摺動面を有する摺動部品であって、
前記摺動部品の基材には黒鉛膜が被膜されており、前記摺動面は前記黒鉛膜からなる。
これによれば、摺動部品の基材が黒鉛膜により被膜されることにより、相手側の摺動面との摩擦によって摺動面を構成する黒鉛膜がファンデルワールス力で結合している黒鉛層の層間でせん断され、基材表面の微細凹部内に黒鉛膜の一部が残ることで摺動面が平滑化されるとともに、相手側の摺動面に対して黒鉛の自己潤滑性を発揮することができるため、流体潤滑域、境界潤滑域、無潤滑環境下等の広い使用条件において安定して低摩擦効果を得ることができる。
【0007】
前記黒鉛膜の硬度は、相手側の摺動面の硬度よりも小さくてもよい。
これによれば、黒鉛膜が相手側の摺動面よりも軟質であるため、摩擦により相手側の摺動面を傷つけにくい。
【0008】
前記黒鉛膜の硬度は、前記基材の硬度よりも小さくてもよい。
これによれば、黒鉛膜で被覆される基材が黒鉛膜よりも硬質であることにより、摺動面間に異物が侵入した場合、軟質な黒鉛膜が優先的に削られることにより摺動面の平滑化が促進され、露出した基材表面により耐異物性を高めることができるため、摺動面間において黒鉛の自己潤滑性と耐異物性とを両立することができる。
【0009】
前記黒鉛膜の厚さは、基材の表面の算術平均粗さRaよりも大きくてもよい。
これによれば、黒鉛膜の厚さが基材表面の凹凸よりも大きいため、黒鉛膜の一部が基材の微細凹部に入り込み易く、低摩擦効果を発揮し易い。
【0010】
前記基材は、セラミックスから形成されていてもよい。
これによれば、多孔質のセラミックスは金属よりも表面粗さが出やすいため、黒鉛膜が基材に定着しやすい。
【0011】
前記基材の表面の算術平均粗さRaは、0.1μm以上であってもよい。
これによれば、基材表面の微細凹部内に黒鉛膜が入り込みやすいため、相手側の摺動面との摩擦によって黒鉛膜がせん断されても微細凹部内に黒鉛膜の一部が保持され脱落しにくい。
【0012】
前記基材の表面は、前記黒鉛膜により全面が被覆されていてもよい。
これによれば、基材表面の全ての微細凹部に黒鉛膜の基材側の一部が入り込んだ状態となるため、黒鉛膜がせん断されることにより摺動面が平滑化されやすい。
【0013】
前記黒鉛膜は、前記相対摺動する摺動面のうち一方の摺動面のみに形成されていてもよい。
これによれば、相手側の摺動面の表面の凹凸にせん断された黒鉛膜の塊が移着することにより、相手側の摺動面も平滑化されるため、より良好な低摩擦効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施例におけるメカニカルシールの一例を示す縦断面図である。
図2】実施例における黒鉛膜が形成された使用前の回転密封環の摺動面を示す拡大断面図である。
図3】実施例における黒鉛膜が形成される回転密封環の摺動面と静止密封環の摺動面との摺動によりせん断塊が生じた状態を示す拡大断面図である。
図4】実施例における黒鉛膜が形成される回転密封環の摺動面と静止密封環の摺動面との摺動後の状態を示す拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る摺動部品を実施するための形態を実施例に基づいて以下に説明する。
【実施例
【0016】
実施例に係る摺動部品につき、図1から図4を参照して説明する。尚、本実施例においては、摺動部品がメカニカルシールである形態を例に挙げ説明する。また、メカニカルシールを構成する摺動部品の内径側を漏れ側としての低圧流体側、外径側を被密封流体側としての高圧流体側(被密封気体側)として説明する。
【0017】
図1に示される一般産業機械用のメカニカルシールは、摺動面間に液体を介在させない無潤滑環境下、すなわちドライ環境下において摺動面の外径側から内径側に向かって漏れようとする被密封気体を密封するインサイド形のものであって、回転軸1にスリーブ2を介して回転軸1と共に回転可能な状態で設けられた摺動部品としての円環状の回転密封環20と、被取付機器のハウジング4に固定されたシールカバー5に非回転状態かつ軸方向移動可能な状態で設けられた摺動部品としての円環状の静止密封環10と、から主に構成され、スプリング6によって静止密封環10が軸方向に付勢されることにより、静止密封環10の摺動面11と回転密封環20の摺動面21とが互いに密接摺動するようになっている。また、回転密封環20とスリーブ2との間はガスケット7によりシールされており、静止密封環10とシールカバー5との間はOリング8によりシールされている。
【0018】
本実施例における静止密封環10および回転密封環20はSiC(炭化珪素)から形成されている。尚、静止密封環10および回転密封環20は、同一素材から構成されるものに限らず、異なる素材から構成されていてもよい。
【0019】
図2に示されるように、回転密封環20は、基材としてのSiC基材22に黒鉛膜30が被覆されて構成されている。すなわち、回転密封環20における実質的な摺動面21は、黒鉛膜30の表面30aにより構成されている。尚、本実施例の摺動面21は後述するように黒鉛膜30の厚さがSiC基材22の表面粗さよりも厚く、SiC基材22の軸方向の一方の端面部22aの全面が黒鉛膜30により被覆される態様について説明するが、これに限らず、例えば黒鉛膜30の厚さを薄く形成することで摺動面21はSiC基材22の端面部22aの一部、例えば表面の山の頂部が黒鉛膜30により被覆されず露出していてもよい。また、黒鉛膜30はSiC基材22に直接被覆されていると良く、これにより、中間層などがある場合に比べ、中間層を形成する手間が無く、また、中間層に合わせた使用条件の制限が無い。
【0020】
また、本実施例において、黒鉛膜30とは、従来公知の炭素の層状構造を有するものあり、炭素原子から主に構成され、炭素材料の一種で六方晶系の結晶構造を主に有し、ラマン分光分析等により解析される物質の薄膜の総称である。また、本実施例において、静止密封環10の摺動面11には黒鉛膜が形成されないものとする(図3参照)。
【0021】
詳しくは、本実施例の黒鉛膜30は、表面における黒鉛成分の特徴が顕著に表れる領域の比率が50%~100%の組成を示す薄膜である。黒鉛膜30において、炭素原子同士は、共有結合により六方晶系に配置されたシート状の結晶構造を構成し、薄いシート状の結晶構造がファンデルワールス力により層状に結合することにより黒鉛層を形成している。尚、炭素原子の一部は、結晶化されていない非晶質炭素から構成されるガラス状カーボン領域を形成していてもよい。
【0022】
黒鉛膜30は、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂、ジアリルフタレート樹脂、ポリイミド樹脂、ポリウレタン樹脂等の中から選択される1種類または2種類以上の熱硬化性樹脂を有機溶媒に溶解させて得た前駆体溶液を回転密封環20を構成するSiC基材22の軸方向の一方の端面部22aを被覆するように直接塗布し、乾燥・硬化処理後、800℃以上、好ましくは1200℃以上の温度で加熱硬化し、さらに焼成することにより形成されている。尚、黒鉛膜30は、所定の範囲の厚さの薄膜に形成されることにより、膜の破れを防止することができるとともに、比較的低温での焼成により熱硬化性樹脂を黒鉛化させることができる。さらに尚、初期の使用前における黒鉛膜30は、厚みが1μm~100μmとなるように形成されていてもよい。膜厚が上記値より薄いとSiC基材22との間に剥がれが生じ、膜厚が上記値より厚いと膜形成時に亀裂が生じる。
【0023】
また、黒鉛膜30により被覆されるSiC基材22の端面部22aは、その表面における算術平均粗さRaが0.1μm以上であり、黒鉛膜30は、SiC基材22の端面部22aの微細凹部22b内に黒鉛膜30の一部が入り込んだ状態で形成される。
【0024】
また、黒鉛膜30とSiC基材12の硬度測定はナノインデンターにより試験を行い、黒鉛膜30よりもSiC基材12が硬い値を示したことを確認した。
【0025】
上述したように、本実施例の黒鉛膜30は、熱硬化性樹脂を焼成することにより黒鉛層が形成されるものである。尚、黒鉛膜30における膜の組成は、例えばXRD、ラマン分光分析、熱分析により膜の組成を分析することにより判別することができる。
【0026】
次いで、本実施例における黒鉛膜30が形成された回転密封環20について、黒鉛化度を変えて作成し、次の条件でRing‐on‐Ring摩擦・摩耗試験を行った結果について説明する。尚、回転密封環20の黒鉛膜30は、厚さが20μmに統一された状態で形成されるものとする。また、静止密封環10は、上述したように黒鉛膜が形成されず、少なくとも摺動面11がSiCにより形成されるものとする。
【0027】
荷重=10N
静止密封環の摺動面の面圧=0.25MPa
回転密封環の回転数=74rpm
PV値=0.008MPa.m/sec
試験時間=摺動距離1000mに達するまで
被密封流体=大気
【0028】
また、本実施例における回転密封環20の黒鉛膜30について、ラマン分光分析により表面の黒鉛化されている面積領域を分析した。尚、黒鉛膜30の表面の黒鉛化度の分析には、ナノフォトン社製の分光分析装置を使用し、中心波数2082.24cm-1、励起波長532.36nm、レーザー強度0.8mWで測定した。IGは中心波数1574~1576cm-1に現れるGピークの強度である。IDは中心波数1344~1348cm-1に現れるDピークの強度である。試料において特定の領域の複数点を測定し、平均化スペクトルのG、Dピーク強度より、強度比ID/IGを計算し、黒鉛かどうかの判定を行った。
【0029】
本実施例における回転密封環20の黒鉛膜30の表面の黒鉛化度(面積%)の分析結果とRing‐on‐Ring摩擦・摩耗試験の試験結果は表1のとおりであった。尚、Ring‐on‐Ring摩擦・摩耗試験については、無潤滑環境下において、摺動面の焼き付きが発現されたか否か(焼き付きが生じなかったものを〇)に基づき使用可否の判定を行った。さらに尚、Ring‐on‐Ring摩擦・摩耗試験後に静止密封環10の摺動面11への移着膜形成の有無を確認した。移着膜形成の有無を確認については、静止密封環10の摺動面11に対するエア吹き付けで付着物を除き、光学顕微鏡5倍の倍率において、移着膜が接触範囲内の面積率で5%以下であれば、静止密封環10の摺動面11への移着膜形成がないものとして判定を行った。
【0030】
【表1】
【0031】
無潤滑環境下において、摺動面の焼き付きが無く、かつ静止密封環10の摺動面11への移着膜形成がある回転密封環20の黒鉛膜30については、表面の黒鉛化度が50%以上であることが判明した(サンプルA,B,C)。
【0032】
次いで、黒鉛化度70%の黒鉛膜30が形成された回転密封環20について、次の条件でRing‐on‐Ring摩擦・摩耗試験を行った結果について説明する。また、静止密封環10は、上述したように黒鉛膜が形成されず、少なくとも摺動面11がSiCにより形成されるものとする。
【0033】
荷重=10N
静止密封環の摺動面の面圧=0.25MPa
回転密封環の回転数=74rpm
PV値=0.008MPa.m/sec
試験時間=摺動距離1000mに達するまで
被密封流体=大気
【0034】
本実施例における回転密封環20(サンプルF~G)の黒鉛膜30の膜の形成結果とRing‐on‐Ring摩擦・摩耗試験の試験結果は表2のとおりであった。尚、Ring‐on‐Ring摩擦・摩耗試験については、表1と同様に、無潤滑環境下において、摺動面の焼き付きが発現されたか否かに基づき使用可否の判定を行った。さらに尚、Ring‐on‐Ring摩擦・摩耗試験後に回転密封環20の摺動面21からの黒鉛膜30の剥がれの有無と亀裂の有無を確認した。黒鉛膜の剥がれの有無の確認については、回転密封環20の摺動面21に対するエア吹き付けで付着物を除き、光学顕微鏡5倍の倍率において、端面部22aの微細凹部22bにおける黒鉛膜30の残留が接触範囲内の面積率で80%以下であれば、回転密封環20の摺動面21からの剥がれがあるものとして判定を行った。黒鉛膜の亀裂の有無の確認については、回転密封環20の摺動面21に対するエア吹き付けで付着物を除き、亀裂の有無を確認した。
【0035】
【表2】
【0036】
無潤滑環境下において、摺動面の焼き付きが無く、かつ回転密封環20の摺動面21からの黒鉛膜30の剥がれ、亀裂がなかった回転密封環20の黒鉛膜30については、厚み1μm~100μmであることが判明した(サンプルF,G,H,I,K)。
【0037】
尚、上述したサンプルKの回転密封環20のように、黒鉛膜30が形成されない摺動面21に対して、相手側である静止密封環10が軟質材であるカーボンから形成される場合、摺動面11,21間への異物の侵入により、軟質なカーボンから形成される静止密封環10の摺動面11に異物が噛み込み、摺動面11が削られることにより表面荒れが生じ、摺動面の平滑性が失われて摩擦係数に悪影響を与える。このように、カーボンから形成される摺動部品の摺動面は耐異物性に問題がある。これに対し、本実施例において、回転密封環20は、硬質なSiC基材22に黒鉛膜30が被覆されて構成されるとともに、相手側である静止密封環10も硬質材であるSiCから形成されているため、摺動面11,21間への異物の侵入に対しては、軟質な黒鉛膜30が優先的に削られることとなり、摺動面の摩擦係数に悪影響を与えるようなSiC基材12,22の表面荒れが生じにくくなっている。
【0038】
以上のように、本発明に係わる回転密封環20のSiC基材22が黒鉛膜30により被覆されることにより、静止密封環10の摺動面11との摩擦によって摺動面21を構成する黒鉛膜30が弱いファンデルワールス力で結合している黒鉛層の層間でせん断されるとともに(図3の拡大部分参照)、摺動面11,21同士の圧接力により軸方向に押し込まれ、SiC基材22の端面部22aの微細凹部22b内に黒鉛膜30の一部が入り込み残ることで摺動面21が平滑化される(図4の拡大部分参照)。これにより、微細凹部22b内に残った黒鉛膜30が静止密封環10の摺動面11に対して黒鉛の自己潤滑性を発揮することができるため、流体潤滑域、境界潤滑域、無潤滑環境下等の広い使用条件において安定して低摩擦効果を得ることができる。さらに、黒鉛膜30は、回転密封環20の摺動面21のみに形成されることにより、摺動面11,21間に発生する黒鉛膜30由来のせん断塊P30(図3の拡大部分参照)は、摺動面11,21同士の圧接力により軸方向に押し込まれ、静止密封環10の摺動面11を構成するSiC基材12の端面部12aの微細凹部12b内に入り込んで移着し、移着膜31を形成することにより、静止密封環10の摺動面11も平滑化される(図4の拡大部分参照)。これにより、摺動面11,21間において、SiCと黒鉛または黒鉛同士の摺動部分の割合が多くなるため、より良好な低摩擦効果を得ることができる。
【0039】
また、黒鉛膜30の硬度は、静止密封環10の摺動面11、すなわちSiC基材12の硬度よりも小さいことにより、黒鉛膜30が静止密封環10の摺動面11よりも軟質となり、摩擦により静止密封環10の摺動面11を傷つけにくい。さらに、黒鉛膜30の硬度は、回転密封環20のSiC基材22の硬度よりも小さいことにより、摺動面11,21間に異物が侵入した場合、軟質な黒鉛膜30が優先的にせん断されることにより摺動面21の平滑化が促進され、露出した硬質なSiC基材22の端面部22aにより耐異物性を高めることができるため、摺動面11,21間において黒鉛の自己潤滑性と耐異物性とを両立することができる。
【0040】
また、回転密封環20の基材は、セラミックスであるSiCから形成されており、SiC基材22が多孔質であることから端面部22aに黒鉛膜30の一部が入り込む微細凹部22bが多く存在し、金属よりも表面粗さが出やすいため、黒鉛膜30が基材表面に定着しやすい。さらに、黒鉛膜30が形成されるSiC基材22の端面部22aは、その表面の算術平均粗さRaが0.1μm以上であることにより、端面部22aの微細凹部22b内に黒鉛膜30の一部がより入り込みやすくなるため、静止密封環10の摺動面11との摩擦によって黒鉛膜30がせん断されても、微細凹部22b内に黒鉛膜30の一部が保持され、摺動面11,21間から脱落しにくい。
【0041】
また、SiC基材22の端面部22aは、黒鉛膜30により全面が被覆される、言い換えれば、基材表面が露出しないことにより、端面部22aにおける全ての微細凹部22b内に黒鉛膜30の一部が入り込んだ状態となるため、黒鉛膜30がせん断されることにより摺動面21が平滑化されやすい。
【0042】
また、黒鉛膜30は、厚さが1μm~100μmであることにより、SiC基材22の端面部22aからの黒鉛膜30の剥がれや黒鉛膜30に亀裂が生じることを防止することができるため、摺動部品の膜として用いることができる。
【0043】
さらに、黒鉛膜30は、厚さがSiC基材22の端面部22aの表面における算術平均粗さRaよりも大きい、すなわち黒鉛膜30の厚さがSiC基材22の端面部22aの表面の凹凸よりも大きいことにより、黒鉛膜30の一部がSiC基材22の微細凹部22bに入り込み易く、静止密封環10の摺動面11との摩擦により黒鉛膜30が確実にせん断されるため、微細凹部22b内に黒鉛膜30の一部が残りやすく、低摩擦効果を発揮し易い。
【0044】
また、黒鉛膜30は、一部にガラス状カーボン領域を含有していることにより、黒鉛膜30のせん断によって生じるせん断塊P30が小さくなりやすく、当該せん断塊P30が相手側である静止密封環10を構成するSiC基材12の微細凹部12b内の奥まで入り込みやすくなるため、静止密封環10の摺動面11に移着膜31が形成されやすい。尚、黒鉛膜30は、一部にガラス状カーボン領域が含有されていても黒鉛層から成る黒鉛領域を主とすることにより、静止密封環10の摺動面11との摩擦により黒鉛の自己潤滑性を発揮することができる。
【0045】
また、黒鉛膜30は、SiC基材22の端面部22a上に直接形成されることにより、SiC基材22の端面部22aとの密着性が低いため、例えば黒鉛膜30が接着剤を介して接合されている場合と比べて静止密封環10の摺動面11との摩擦により黒鉛膜30にせん断が生じやすく、これにより、黒鉛膜30の剥がれを防止することができる。
【0046】
また、回転密封環20の基材と摺動面とを別素材により形成することができるため、基材にSiC等のセラミックスの剛性を持たせつつ、摺動面21の黒鉛膜30により黒鉛の自己潤滑性を持たせることができる。さらに、基材を安価な材料に変更することで摺動部品のコストを削減することができる。
【0047】
以上、本発明の実施例を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0048】
例えば、前記実施例では、摺動部品として、一般産業機械用のメカニカルシールを例に説明したが、自動車やウォータポンプ用等の他のメカニカルシールであってもよい。また、メカニカルシールに限られず、すべり軸受などメカニカルシール以外の摺動部品であってもよい。さらに、黒鉛膜30は、軸受の内周面にも形成可能であるため、ラジアル軸受等を構成する摺動部品にも適用することができる。
【0049】
また、前記実施例では、摺動部品が適用されるメカニカルシールは、無潤滑環境下で使用されるものとして説明したが、これに限らず、摺動面間に被密封流体である液体を介在させた流体潤滑域や境界潤滑域で使用されてもよい。
【0050】
また、前記実施例では、黒鉛膜30を回転密封環20にのみ設ける例について説明したが、黒鉛膜30を静止密封環10にのみ設けてもよく、回転密封環20と静止密封環10の両方に設けてもよい。
【0051】
また、前記実施例では、静止密封環10および回転密封環20はSiCから形成されるものとして説明したが、これに限らず、摺動材料はメカニカルシール用摺動材料として使用されているものであれば適用可能である。尚、SiCとしては、ボロン、アルミニウム、カーボン等を焼結助剤とした焼結体をはじめ、成分、組成の異なる2種類以上の相からなる材料、例えば、黒鉛粒子の分散したSiC、SiCとSiからなる反応焼結SiC等であってもよい。また、上記摺動材料以外では、アルミナ、ジルコニア、窒化ケイ素(Si)等の他のセラミックス、金属材料、樹脂材料、複合材料等も適用可能である。
【符号の説明】
【0052】
10 静止密封環(摺動部品)
11 摺動面
12 SiC基材(基材)
12a 端面部
12b 微細凹部
20 回転密封環(摺動部品)
21 摺動面
22 SiC基材(基材)
22a 端面部
22b 微細凹部
30 黒鉛膜
30a 表面
31 移着膜
P30 せん断塊
図1
図2
図3
図4