(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-17
(45)【発行日】2024-05-27
(54)【発明の名称】耐食性永久磁石およびこの磁石を含む血管内血液ポンプ
(51)【国際特許分類】
H01F 7/02 20060101AFI20240520BHJP
A61M 60/802 20210101ALI20240520BHJP
H01F 41/02 20060101ALI20240520BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20240520BHJP
B05D 1/36 20060101ALI20240520BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20240520BHJP
【FI】
H01F7/02 Z
A61M60/802
H01F41/02 G
C23C28/00 B
B05D1/36 Z
B05D7/24 302E
(21)【出願番号】P 2020562698
(86)(22)【出願日】2019-04-17
(86)【国際出願番号】 EP2019059968
(87)【国際公開番号】W WO2019214920
(87)【国際公開日】2019-11-14
【審査請求日】2022-04-15
(32)【優先日】2018-05-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】507116684
【氏名又は名称】アビオメド オイローパ ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】モーラン クラウディア
(72)【発明者】
【氏名】ジース トルシュテン
【審査官】後藤 嘉宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-256878(JP,A)
【文献】国際公開第2017/129933(WO,A1)
【文献】特開2006-351946(JP,A)
【文献】特開2012-119338(JP,A)
【文献】特表2018-504215(JP,A)
【文献】特表2010-518627(JP,A)
【文献】特開平10-290138(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0039050(US,A1)
【文献】特開2005-210095(JP,A)
【文献】特開平07-170064(JP,A)
【文献】特開2013-255792(JP,A)
【文献】国際公開第02/006562(WO,A1)
【文献】特許第7402044(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 7/02
A61M 60/205
H01F 41/02
C23C 28/00
B05D 1/36
B05D 7/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータを含む血管内血液ポンプであって、前記電動モータが、耐食性永久磁石
を含み、前記磁石が、
磁石体と、
前記磁石体上に設けられ、その表面を覆っている複合コーティングと、
を含み、
前記複合コーティングが、前記磁石体上の第1層構造と、必要に応じて、前記第1層構造上の第2層構造とを含み、
それぞれの前記層構造が、
無機層と、
前記無機層上のリンカ層と、
前記リンカ層上の、ポリ(2-クロロ-p-キシリレン)から成る有機層と、
を、挙げた順に含み、
前記第1層構造の無機層が、前記磁石体上のアルミニウム層を含む、または、前記磁石体上のアルミニウム層と前記アルミニウム層上の酸化アルミニウム層とを含む、のいずれかであり、
前記第2層構造の無機層が、アルミニウム層または酸化アルミニウム層の少なくとも1つを含み、
前記複合コーティングが、少なくとも50nmの厚さを持つ少なくとも1つの酸化アルミニウム層を備えている、
ことを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項2】
請求項1に記載の
血管内血液ポンプであって、前記第1層構造と前記第2層構造との間にリンカ層を設けることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項3】
請求項1または2に記載の
血管内血液ポンプであって、前記第2層構造の無機層が酸化アルミニウム層であることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記磁石体が焼結磁石体であることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記磁石体が希土類金属鉄ホウ素永久磁石であることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記磁石体が、全ての縁が丸みを帯びている棒状であることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記リンカ層の少なくとも1つを形成するリンカが、シラン類、およびチオール、ホスフィン、またはジスルフィド基を持つシラン類より選ばれることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項8】
請求項7に記載の
血管内血液ポンプであって、前記リンカが、3-(2-ピリジルエチル)チオプロピルトリメトキシシラン、3-(4-ピリジルエチル)チオプロピルトリメトキシシラン、および2-(ジフェニルホスフィノ)エチルトリエトキシシランより選ばれることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記第1層構造および/または前記第2層構造のアルミニウム層の厚さが、0.5μmから15μm、または1μmから10μm、あるいは1μmから5μmであることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記第1層構造および/または前記第2層構造の酸化アルミニウム層の厚さが、50nmから200nm、または80nmから120nmであることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記第1層構造および/または前記第2層構造のアルミニウム層と酸化アルミニウム層とを合わせた厚さが5μmから15μmの範囲であることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項12】
請求項1から11のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記リンカ層の少なくとも1つが単層であり、または、前記リンカ層が20nmから50nmの範囲の厚さを持つことを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項13】
請求項1から12のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記第1層構造および/または前記第2層構造の、ポリ(2-クロロ-p-キシリレン)から成る層の厚さが5μmから20μmの範囲であることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項14】
請求項1から13のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記複合コーティングの厚さが200μm以下であることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【請求項15】
請求項14に記載の血管内血液ポンプであって、前記複合コーティングの厚さが50μm以下であることを特徴とする血管内血液ポンプ。
【請求項16】
請求項1から
15のいずれか1項に記載の
血管内血液ポンプであって、前記複合コーティングの全ての層が前記磁石体の全ての表面の上に完全に広がっていることを特徴とする
血管内血液ポンプ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は永久磁石の腐食防止に関する。特に、本発明は、磁石を耐食性とする保護コーティングを備えた永久磁石、および耐食性永久磁石の製造法に関する。本発明はまた、本発明の耐食性永久磁石を含む血管内血液ポンプに関する。本発明は全ての種類の永久磁石に適用できるが、希土類永久磁石が好ましく、ネオジム鉄ホウ素(NdFeB)永久磁石が特に好ましい。
【背景技術】
【0002】
血管内血液ポンプは患者の血管内の血流をサポートする。これらは、例えば大腿動脈内に経皮的に挿入され、体の血管系を通ってその目的地、例えば心臓の心室に導かれる。
【0003】
血液ポンプは典型的に、血流入口と血流出口とを備えたポンプケーシングを含む。血流入口から血流出口への血流を発生させるため、インペラまたはロータが回転軸の周りで回転するようポンプケーシング内に支持されており、インペラには、血液を搬送するための1つ以上のブレードが備えられている。
【0004】
例示的な血液ポンプを
図1に示す。
図1は、例示的な血管内血液ポンプ10の概略縦断面図である。この血液ポンプはモータ部11とポンプ部12を備え、これらは互いに同軸上に配置されて棒状の構造形態となっている。ポンプ部は、血液をポンプへ流入させるための開口部を、その端部および/またはその側壁に備えた可撓性吸引ホース(図示せず)によって延長されている。吸引ホースと反対側の血液ポンプ10の端部にはカテーテル14が、必要に応じて、血液ポンプをその目的地に向けるためのガイドワイヤと組み合わせて接続されている。
【0005】
図1に示す例示的な血管内血液ポンプは、互いにしっかりと繋がったモータ部11とポンプ部12を備えている。モータ部11には、電動モータ21を収容する細長いハウジング20がある。電動モータには回転子と固定子がある。固定子はモータの電磁回路の静止部分であり、回転子は運動部分である。回転子または固定子のどちらかは導電性巻線を含み、他方は永久磁石を含んでいる。巻線に流れる電流が永久磁石の磁場と相互作用する電磁場を生じ、回転子を回転させる力を生み出す。
図1の例示的な血液ポンプにおいて、電動モータ21の固定子24には、通常の方法で、長手方向に、円周に配置された多数の巻線と磁気戻り経路(magnetic return path)28とがある。これはモータハウジングにしっかりと結合している。モータシャフト25に結合し、活性(active)方向に磁化された永久磁石から成る回転子1を、この固定子24が取り囲んでいる。モータシャフト25は、モータハウジング20の全長を超えて伸び、後者の末端から突き出ている。そこには、突出したブレード36を備えたインペラ34、またはポンプブレードがあって、これらは管状のポンプハウジング32内で回転し、ポンプハウジング32もモータハウジング20にしっかりと結合している。
【0006】
モータハウジング20の近位端には、それに密着して取り付けられた可撓性カテーテル14がある。本開示内容において、“近位”および“遠位”は、血管内血液ポンプを挿入する医師から見た位置を示し、即ち遠位端はインペラ側である。電動モータ21に電力を供給し制御するための電気ケーブル23がカテーテル14を通って延びている。更に、モータハウジング20の近位端壁22を突き抜けて、パージ液ライン29がカテーテル14中に延びている。パージ液(概略図では太矢印で示す)は、パージ液ライン29を通ってモータハウジング20の内部に供給され、回転子1と固定子24との間の間隙26を通って流れ、モータハウジングの遠位端の端面30から排出される。パージ圧力は、血液がモータハウジング内に入り込むのを防ぐため、そこでの血圧よりも高くなるよう選択する。適用する場合に応じて、パージ液の圧力は、圧力がかかるモータの所で300から1400mmHgの間である。
【0007】
パージ液としては、水の粘度(37℃で、η=0.75mPa・s)よりも高い粘度を持つ流体、特に、37℃で1.2mPa・s以上の粘度を持つパージ液が適している。例えば、注射用の、5%から40%のグルコース水溶液が使用できるが、生理食塩水も適している。
【0008】
インペラ34が回転すると、血液(概略図では白矢印で示す)が、ポンプハウジング32の端面吸引開口部37を通って吸引され、軸方向にポンプハウジング32内を後方へ運ばれる。ポンプハウジング32の出口開口部38を通って血液はポンプ部12から流出し、更にモータハウジング20に沿って流れる。ポンプ部を逆搬送方向に作動させて、血液をモータハウジング20に沿って吸引し、開口部37から排出することも可能である。
【0009】
モータシャフト25は、一方をモータハウジングの近位端で、他方をモータハウジングの遠位端で、ラジアルベアリング27および31に取り付けられている。更に、モータシャフト25は軸方向ベアリング39に軸方向にも取り付けられている。血液を逆方向にも、または逆方向だけに搬送するため血液ポンプを使用する場合、同じようにモータハウジング20の近位端に類似の軸方向ベアリング39も/だけを設ける。
【0010】
無論、上記の血液ポンプは単なる例であって、本発明は電動モータを含む、即ち永久磁石を必要とする様々な血液ポンプにも適用可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
血管内血液ポンプは数々の要件を満たさなければならない。生体内に配置するため、できるだけ小さくする必要がある。現在使用されている最小のポンプの外径は約4mmである。にもかかわらず、このポンプはヒトの血液循環中で大流量を送らなければならない。従って、この極小ポンプは高性能エンジンである必要がある。
【0013】
更に、埋め込み型血液ポンプは、ポンプで送られる血液や周囲の組織などの生物学的環境に悪影響を与えてはならない。従って、このポンプは広い意味で生体適合性である必要があり、即ち、身体やその構成要素に損傷を与える恐れのある有害物質を含み、または生じ、あるいは大量の熱を発生するものであってはならない。
【0014】
また、ポンプの交換は患者にとって負担である。このことから、また、もちろん経済的配慮からも、血管内血液ポンプは長い耐用寿命を持つ必要がある。
【0015】
血管内血液ポンプの材料および設計は、これら様々な要件を満たすよう適切に選択し、詳細に適合させなければならない。
【0016】
電動モータに適した永久磁石を選択することが重要である。ポンプの効率および寿命に関して、磁石は、強い磁場、即ち、高い残留磁気、高い耐減磁性、即ち高い保磁力、および高い飽和磁化を持つ必要がある。この点で、希土類永久磁石、詳しくは希土類金属としてネオジムを含むもの、特にネオジム鉄ホウ素(NdFeB)永久磁石が選択される磁石である。他の希土類鉄ホウ素永久磁石も使用できる。
【0017】
磁石が強いほど、十分な回転力を発生させながら磁石を小さくすることができる。つまり、磁石が強いほど小さな電動モータが可能である。NdFeB永久磁石は現在入手可能な最強の永久磁石である。これは血管内血液ポンプでの使用に理想的と考えられる。
【0018】
希土類金属系磁石、例えばNdFeB磁石の磁気特性は、詳細な合金組成、微細構造、および使用した製造法によって変わることが良く知られている。NdFeB磁石は、ポリマー結合型磁石および焼結磁石として入手できる。焼結磁石は磁気特性が優れている。これは、原材料を合金化し、粉末に粉砕し、圧縮し、焼結して製造する。製造中または製造後、材料を磁化するため外部磁場をかける。良く研究されている磁石は、Nd2Fe14B結晶が、特にネオジムに富む薄い層で囲まれている、微結晶焼結材料である。
【0019】
ネオジム鉄ホウ素磁石は、血管内血液ポンプの電動モータでの使用に特に適した磁気特性を持っているが、重大な欠点もある。即ち、主にネオジム、鉄、およびホウ素から成る市販のNdFeB磁石、特に、粒界に非常に活性なネオジムに富む相を持つ焼結ネオジム鉄ホウ素磁石は非常に腐食し易い。この磁石は、例えば、空気中の酸素と水分によって腐食されることがあり、特に、それだけでなく粒界でも腐食されることがある。腐食は磁気特性を著しく低下させ、磁石の使用中に腐食が進んだならば、磁石を使用している血液ポンプの性能が低下してしまう。この現象は、ネオジム鉄ホウ素磁石が腐食生成物の吸収体として働く傾向を持つことで悪化し、構造が破壊され、磁石の表面から破片が剥落し、最終的には磁石が崩壊してしまう。
【0020】
残念ながら、腐食し易いことは、全ての希土類金属に共通する性質である。従って、先にNdFeB磁石で説明したように、全ての希土類金属系永久磁石は腐食するという好ましくない傾向を持つ。現在入手可能な磁石については、概ね、磁石が強くなるほど腐食し易くなると言うことができる。
【0021】
血管内血液ポンプにおいて、磁石は腐食性環境中、つまり回転子と固定子との間を流れるパージ液中で作動しなければならない(
図1参照)。先に述べたように、パージ液は一般に水性流体、場合によっては塩化物を含む流体である。塩化物は希土類金属系磁石に対して非常に腐食性であり、更に、水および水に溶解した酸素は、わずか数時間という非常に短い時間内に激しい腐食を引き起こす。
【0022】
血管内血液ポンプのためのネオジム鉄ホウ素磁石などの希土類金属系永久磁石を腐食から守る必要があることが明らかである。
【0023】
ネオジム鉄ホウ素磁石や他の希土類金属系磁石を腐食から守るための様々な手段が知られている。例えば、磁石に保護コーティングを被覆して耐食性を改善することができる。
【0024】
通常のコーティングは、ニッケルコーティングおよびエポキシ樹脂系コーティングであり、特に、血液ポンプでは、チタンコーティングおよびパリレンコーティングが知られている。しかしこれらのコーティングにも欠点がある。チタンやパリレンなどの生体適合性金属および有機樹脂をそれぞれ選択しても、十分な保護効果を得るには、金属コーティングを相対的に厚くしなければならないという問題がある。その結果、血液ポンプの電動モータ内の磁石と巻線との間の間隙は相対的に大きくならざるを得ない。大きな間隙は電動モータの性能に大きな悪影響を及ぼす。大きな間隙はより大きなモータ電流を必要とし、大きなモータ電流は、血液および組織の損傷につながりかねない望ましくない熱を発生する。
【0025】
更に、パリレンなどの有機材料は、磁石の熱膨張係数とかなり異なる熱膨張係数を持つ。このため、磁石を使用している間の温度変化により、コーティングの亀裂および/または層間剥離が生じることが多い。
【0026】
欧州特許第3319098A1号は、金属層と、金属酸化物層と、リンカ層と、ポリ(2-クロロ-p-キシリレン)の層とを含む、永久磁石のためのコーティングを開示しており、この金属酸化物層は、例えば、アルミニウム層を空気に曝すと自然に生成するような、数ナノメートルの厚さである。このコーティングは良好な腐食防止効果をもたらす。しかし、製造工程の再現性が高くなく、特に、コーティングを薄くすると、腐食に対する防護効果が不十分な磁石が望ましくないほど多数できてしまう。更なる改善が望まれる。
【0027】
現在、血管内血液ポンプで使用するための全ての要件を満足のいく方法で満たす、永久磁石、例えば、ネオジム鉄ホウ素磁石のための生体適合性コーティングは知られていない。このようなコーティングは、それ自体が耐食性に優れていなければならず、薄くても稠密で、使用中に亀裂や他の欠陥が発生してはならず、磁石に確実かつ密接に付着しなければならない。更に、被覆工程は再現性の高い結果を生じる方が良く、即ち、選り分けるべき磁石の数が少ない方が良い。無論、コーティングは生体適合性でなければならず、磁石全体を、または少なくとも磁石の使用中に腐食性環境に曝される磁石の部分のいずれかを、均一な厚さで覆わなければならない。多くの磁石は多孔性表面を持ち、縁を含む形状であるため、これは特に必要である。つまり、血管内血液ポンプで使用するための、希土類金属系磁石、例えばネオジム鉄ホウ素磁石などの永久磁石は、容易には均一な厚さで被覆できない部品を構成している。
【課題を解決するための手段】
【0028】
本発明は、上記の問題の解決法を提示する。
【0029】
本発明は、保護コーティングを備えた永久磁石と、高い再現性でこの保護コーティングを製造する方法を提示するものであり、この保護コーティングは、血管内血液ポンプ内で長期間使用されている間、磁石の腐食を確実に防止する。この保護コーティングは特に薄いため、非常に小さな磁石の、従って非常に小さな血液ポンプの製造が可能となる。
【0030】
本発明の主題は、独立請求項1に挙げた特徴を持つ耐食性永久磁石、独立請求項16に挙げた特徴を持つ、耐食性永久磁石の製造法、および、独立請求項26に挙げた特徴を持つ血管内血液ポンプを含むものである。本発明の実施形態を以下に挙げる。
【0031】
1.耐食性永久磁石であって、この磁石は、
磁石体と、
磁石体上に設けられ、その表面を覆っている複合コーティングと、
を含み、
複合コーティングは、磁石体上の第1層構造と、必要に応じて、第1層構造上の第2層構造とを含み、
それぞれの層構造は、
無機層と、
無機層上のリンカ層と、
リンカ層上の、ポリ(2-クロロ-p-キシリレン)から成る有機層と、
を、挙げた順に含み、
第1層構造の無機層は、磁石体上のアルミニウム層を含む、または、磁石体上のアルミニウム層とアルミニウム層上の酸化アルミニウム層とを含む、のいずれかであり、
第2層構造の無機層は、アルミニウム層および酸化アルミニウム層の少なくとも1つを含み、
複合コーティングは、少なくとも50nmの厚さを持つ少なくとも1つの酸化アルミニウム層を備えている。
2.実施形態1の磁石であって、第1層構造と第2層構造との間にリンカ層を設ける。
3.実施形態1または2の磁石であって、第2層構造の無機層は酸化アルミニウム層である。
4.実施形態1から3のいずれか1つの磁石であって、磁石体は焼結磁石体である。
5.実施形態1から4のいずれか1つの磁石であって、磁石体は希土類金属系(rare earth metal-based)である。
6.実施形態5の磁石であって、希土類金属はネオジムである。
7.実施形態1から6のいずれか1つの磁石であって、磁石体は希土類金属鉄ホウ素永久磁石である。
8.実施形態6または7の磁石であって、磁石体は、Nd2Fe14B結晶と、Nd2Fe14B結晶を取り囲むネオジム鉄ホウ素材料とを備えた焼結磁石体であって、前記ネオジム鉄ホウ素材料は、Nd2Fe14B結晶よりもネオジムに富む。
9.実施形態1から8のいずれか1つの磁石であって、磁石体は、全ての縁が丸みを帯びている棒状である。
10.実施形態1から9のいずれか1つの磁石であって、リンカ層の少なくとも1つを形成するリンカは、シラン類、およびチオール、ホスフィン、またはジスルフィド基を持つシラン類より選ばれる。
11.実施形態10の磁石であって、シラン類は、アクリロイルオキシまたはメタクリロイルオキシ官能基を持つトリメトキシおよびトリエトキシシラン類、あるいはビストリメトキシシリル官能基を持つリンカより選ばれる。
12.実施形態10の磁石であって、シラン類は水素化物官能基を持つ。
13.実施形態10の磁石であって、リンカは、3-(2-ピリジルエチル)チオプロピルトリメトキシシラン、3-(4-ピリジルエチル)チオプロピルトリメトキシシラン、および2-(ジフェニルホスフィノ)エチルトリエトキシシランより選ばれる。
14.実施形態1から13のいずれか1つの磁石であって、第1層構造および/または第2層構造のアルミニウム層の厚さは0.5μmから15μmである。
15.実施形態14の磁石であって、第1層構造および/または第2層構造のアルミニウム層の厚さは1μmから10μm、または1μmから5μmである。
16.実施形態1から15のいずれか1つの磁石であって、第1層構造および/または第2層構造の酸化アルミニウム層の厚さは50nmから200nmである。
17.実施形態16の磁石であって、第1層構造および/または第2層構造の酸化アルミニウム層の厚さは80nmから120nmである。
18.実施形態1から17のいずれか1つの磁石であって、第1層構造および/または第2層構造は、アルミニウム層と酸化アルミニウム層とを含む無機層を備え、第1層構造および/または第2層構造のアルミニウム層と酸化アルミニウム層とを合わせた厚さは5μmから15μmの範囲である。
19.実施形態1から18のいずれか1つの磁石であって、リンカ層の少なくとも1つは単層であり、または、リンカ層の少なくとも1つは20nmから50nmの厚さを持つ。
20.実施形態1から19のいずれか1つの磁石であって、第1層構造および/または第2層構造の、ポリ(2-クロロ-p-キシリレン)から成る層の厚さは5μmから20μmの範囲である。
21.実施形態1から20のいずれか1つの磁石であって、複合コーティングの厚さは200μm以下、または50μm以下である。
22.実施形態1から21のいずれか1つの磁石であって、複合コーティングの全ての層は磁石体の全ての表面の上に完全に広がっている。
23.耐食性永久磁石の製造法であって、この方法は、
磁化されていない磁石体を準備する工程と、
磁石体の表面上に無機層を堆積する工程と、無機層上にリンカ層を堆積する工程と、リンカ層上にポリ(2-クロロ-p-キシリレン)の層を堆積する工程とにより、磁石体上に第1層構造を形成する工程と、
必要に応じて、第1層構造上に無機層を堆積する工程と、無機層上にリンカ層を堆積する工程と、リンカ層上にポリ(2-クロロ-p-キシリレン)の層を堆積する工程とにより、第1層構造上に第2層構造を形成する工程と、
磁石体を磁化する工程と、
を含み、
第1層構造の無機層を堆積する工程は、磁石体上にアルミニウム層を堆積する工程を含む、または、磁石体上にアルミニウム層を、またアルミニウム層上に酸化アルミニウム層を堆積する工程を含む、のいずれかであり、
第2層構造の無機層を堆積する工程は、第1層構造上にアルミニウム層を堆積する工程を含み、または、第1層構造上に酸化アルミニウム層を堆積する工程を含み、あるいは、第1層構造上にアルミニウム層を、またアルミニウム層上に酸化アルミニウム層を堆積する工程を含み、
少なくとも1つのアルミニウム層を物理蒸着法で堆積し、
少なくとも1つの酸化アルミニウム層を、原子層堆積法で少なくとも50nmの厚さに堆積する。
24.実施形態23の方法であって、第1層構造上にリンカ層を堆積する。
25.実施形態23または24の方法であって、第2層構造の無機層として酸化アルミニウム層を堆積する。
26.実施形態23から25のいずれか1つの方法であって、磁石体は、実施形態4から9のいずれか1つで定義された磁石体である。
27.実施形態23から26のいずれか1つの方法であって、2つのアルミニウム層を形成し、アルミニウム層の1つをイオン蒸着またはプラズマ蒸着あるいは原子層堆積で形成する。
28.実施形態23から27のいずれか1つの方法であって、第1層構造および/または第2層構造の酸化アルミニウム層を、第1前駆体化合物としてのAlX3と、第2前駆体化合物としてのH2Oから生成し、式中、Xは、低級アルキル基(同じまたは異なっていても良い)を表し、または、水素原子および低級アルキル基(同じまたは異なっていても良い)を表し、あるいは、ハロゲン原子(同じまたは異なっていても良い)を表す。
29.実施形態28の方法であって、AlX3は、トリメチルアルミニウム(TMA)、トリエチルアルミニウム(TEA)、トリイソブチルアルミニウム(TIBA)、ジメチルアルミニウム(DMAlH)、およびAlCl3から成る群より選ばれる。
30.実施形態23から29のいずれか1つの方法であって、リンカ層の少なくとも1つを、プラズマを用いる物理蒸着またはプラズマを用いない物理蒸着でリンカを被覆する工程によって、あるいは、溶液からリンカを堆積する工程によって、形成する。
31.実施形態23から30のいずれか1つの方法であって、リンカ層の少なくとも1つのリンカは、実施形態10から13のいずれか1つで定義されたリンカである。
32.実施形態23から31のいずれか1つの方法であって、第1層構造および/または第2層構造のポリ(2-クロロ-p-キシリレン)の層を、ジクロロ[2.2]パラシクロファンのプラズマ蒸着によって形成する。
33.実施形態23から32のいずれか1つの方法であって、第1層構造および/または第2層構造の層は、実施形態14から21のいずれか1つで定義された厚さを持つ。
34.電動モータを含む血管内血液ポンプであって、この電動モータは、実施形態1から22のいずれか1つで定義された永久磁石を含む。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】血管内血液ポンプの例示的な実施形態を示す概略縦断面図である。
【
図2】本発明による磁石の一部を示す概略断面図であって、磁石は、単層構造を含む複合コーティングを備えている。
【
図3】本発明による磁石の一部を示す概略断面図であって、磁石は、第1層構造と第2層構造とを含む複合コーティングを備えている。
【
図4a】本発明による、例示的な一体型磁石を示す概略図である。
【
図4b】
図4aに示した磁石の詳細を示す部分断面図である。
【
図5】本発明による例示的な分割型磁石を示す概略上面図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
実験の項に記述されている試験に合格した場合に、本発明の意味で磁石は耐食性である。
【0034】
本発明によれば、強力な永久磁石は、磁石体を完全に取り囲んでいる、あるいは、この磁石を血管内血液ポンプ内で作動させる際に流体に暴露される、磁石体の少なくともその表面を覆っている、いずれかのコーティングを含む。このコーティングは、血管内血液ポンプで使用する間、磁石を耐食性とする。好ましい磁石体は、先に述べたように、主にネオジム、鉄、およびホウ素から成り、微細な正方晶系の磁性Nd2Fe14B結晶と、その結晶を取り囲んでいるネオジムに富む非磁性相を備えた焼結磁石である。典型的に、主相を成すNd2Fe14B結晶は1から80μmの範囲の平均結晶径を持つ。非磁性のネオジムに富む相は、磁石体の1体積%から50体積%を占める。これらの磁石は市販品として容易に入手できる。これらは高い磁気特性を持つため、また特に強い、即ち高い磁束密度を持つため、好ましい。先に示した理由により、血管内血液ポンプでの適用には、特に強力な磁石が必要である。しかし、原則、本発明の耐食性コーティングは、腐食に対する保護を必要とするどのような材料にも、例えば、異なる希土類鉄ホウ素磁性材料や他の磁性材料にも適用可能である。
【0035】
本発明のコーティングは、磁石体、すなわち実際の磁性材料の表面に設けた複合コーティングである。この複合コーティングは、無機層と、無機層上のリンカ層と、リンカ層上の、ポリ(2-クロロ-p-キシリレン)から成る有機層とを、挙げた順に含む、層構造を含んでいる。無機層を磁石体の表面に設ける。無機層は、アルミニウム層、またはアルミニウム層と酸化アルミニウム層とを組み合わせたもののいずれかを含む。どちらの場合も、アルミニウム層が磁石体の表面に設けられた層である。
【0036】
磁石体の表面のアルミニウム層と、必要に応じてアルミニウム層上の酸化アルミニウム層と、アルミニウム層または酸化アルミニウム層上のリンカ層と、リンカ層上の有機層とを含む層構造は、複合コーティングを構成することができ、あるいは、その第1の部分だけを構成することができる。すなわち、更なる(第2の)層構造を第1の層構造上に設け、第1層構造の有機層の表面を覆うことができる。第2層構造は第1層構造に類似しているが、第1層構造と同一である必要はない。
【0037】
第2層構造は、第1層構造の有機層上の無機層と、無機層上のリンカ層と、リンカ層上の、ポリ(2-クロロ-p-キシリレン)から成る有機層とを、挙げた順に含む。第2層構造の無機層は、アルミニウム層、または酸化アルミニウム層、あるいはアルミニウム層と酸化アルミニウム層とを組み合わせたものを含む。アルミニウム層または酸化アルミニウム層のいずれかを、第1層構造の有機層上に設けることができる。
【0038】
第1層構造の有機層と第2層構造の無機層との結合性を高めるため、第1層構造と第2層構造との間に更なるリンカ層を設けることができる。
【0039】
第1層構造と第2層構造を含む複合コーティングでは、リンカ層に同じまたは異なる化合物を使用することができ、第1層構造と第2層構造の対応する層は、同じ厚さまたは異なる厚さであっても良い。しかし、この複合コーティングは、少なくとも50nmの厚さを持つ少なくとも1つの酸化アルミニウム層を含んでいる。第1層構造と第2層構造を備えた複合コーティングでは、少なくとも50nmの厚さを持つ酸化アルミニウム層を、第1層構造の、または第2層構造の構成要素とすることができる。あるいは、両方の層構造が、少なくとも50nmの厚さを持つ酸化アルミニウム層を含んでいても良い。
【0040】
以下では、磁石体上に1つの単層構造しか設けられていない場合であっても、第1層構造の、または単層構造の構成要素を、第1無機層(第1アルミニウム層、第1酸化アルミニウム層)、第1リンカ層、および第1有機層と呼ぶこととする。同様に、第2層構造の構成要素を、第2無機層(第2アルミニウム層、第2酸化アルミニウム層)、第2リンカ層、および第2有機層と呼ぶ。第1層構造と第2層構造との間にリンカ層が存在する場合、これを更なるリンカ層と呼ぶこととする。
【0041】
供給業者から購入した希土類金属系磁石は一般にリン酸塩皮膜で保護されている。このリン酸塩皮膜は、複合コーティングを被覆する前に、例えば酸で洗って除去することができる。しかし、リン酸塩皮膜は、本発明のコーティングまたは被覆工程を妨害しないため、磁石体上に残っていても良い。好ましくは、リン酸塩皮膜を除去しない。リン酸塩皮膜を除去しなければ1工程省略でき、またこのような工程の際の不純物の混入が避けられる。しかし、第1層構造(または、それぞれ唯一の層構造)のアルミニウム層を被覆する前に磁石を洗浄することが好ましい。洗浄は、磁石を有機溶媒、例えばアルコールで洗うことによって行うことが好ましい。特に好ましい洗浄剤は、イソプロパノールおよびイソプロパノールとエタノールとの混合物である。有機溶媒で洗浄後、磁石を、例えば真空中または空気流中で乾燥する。
【0042】
洗浄および乾燥後、磁石体の表面にアルミ層を被覆する。
【0043】
アルミニウム層の被覆法は原則的に特に制限されない。例示的な被覆法として乾式法と湿式法が挙げられる。
【0044】
例示的な湿式法は、例えば、当技術分野で一般的な方法で行う、イオン液体からのガルバニック堆積(電気めっき)である。電気めっきは、アルミニウムコーティングのごく一般的な被覆法であり、高品質のコーティングが高い再現性で得られる、制御が容易で低コストの方法と考えられている。しかし、ガルバニック堆積は、本発明の目的にはあまり有利でないことが分かっている。本発明は特に高品質のコーティングを必要としており、ガルバニック堆積では、所望の再現性で所望の品質を持つアルミニウムコーティングが製造できないと考えられる。
【0045】
例示的な乾式法は、物理蒸着法(PVD)およびイオン蒸着法(IVD)、またプラズマコーティングや原子層堆積(ALD)などの方法である。IVDでは柱状の構造を持ったアルミニウム層が生成する。その上に更に層を堆積する前に、ピーニング(peening)を行うことが望ましい。このようなアルミニウム層も所望の品質を備えていない。PVD、特にArc-PVDは、本発明の複合コーティングのアルミニウム層を製造する上で推奨される方法である。PVDは、適度な時間内に妥当なコストで所望の品質と厚さを備えたアルミニウム層を製造することができる。特に、PVDでは均質なアルミニウム層ができる。このため、本発明の複合コーティングは、PVD、好ましくはArc-PVDで堆積した少なくとも1つのアルミニウム層を含む。2つ以上のアルミニウム層を含む複合コーティングでは、追加のアルミニウム層を別の方法、例えばIVDで堆積することができるが、複合コーティング内の異なる位置に均質なアルミニウム障壁があるという利点を生かすため、望ましくは両方のアルミニウム層をPVDで堆積する。
【0046】
第1アルミニウム層または第2アルミニウム層を被覆するPVD工程の例示的な反応条件は、約200℃から260℃の範囲の温度と、不活性ガス雰囲気、例えば、アルゴンガス雰囲気である。
【0047】
ALDも同様に適用できるが、時間と費用がかかる。
【0048】
例示的なアルミニウム層は0.5μmから15μmの厚さを持つ。最適な腐食防止効果を得るという観点からは、1つまたはそれ以上のアルミニウム層はそれぞれ厚い方が望ましいが、層が厚いほど、その被覆により多くの時間が必要であり(工程が高価になる)、また先に述べたように、厚いコーティングは、血液ポンプの電動モータ内の磁石体と巻線との間の距離が大きくなるという点で不利である。このため、好ましい厚さは15μm以下である。一方、厚さ0.5μm未満のアルミニウム層を含む複合コーティングでは、十分な腐食防止効果を確実に得ることができない。これは、2つ以上のアルミニウム層を持つコーティングにも言える。従って、好ましい厚さは0.5μm以上である。アルミニウム層が第1層構造にあるか第2層構造にあるかに関わらず、アルミニウム層のより好ましい厚さは1μmから10μmであり、特に好ましい厚さは1μmから5μmである。
【0049】
アルミニウムを空気に曝すと不動態酸化物層ができる。この自然に形成される(天然の)酸化物層はわずか数ナノメートルの薄さで、通常はわずか約2から(of)3nmであり、下のアルミニウム金属層に良く付着している。酸化アルミニウム層の厚さが天然の酸化アルミニウム層の厚さを大幅に超えて大きくなると、アルミニウム層を含む複合コーティングの腐食防止効果を改善できることが分かった。好ましい厚さの範囲は50から200nmである。必ずしも必要ではないが、下にあるアルミニウム層の上に酸化アルミニウム層を形成すると有利である。むしろ、酸化アルミニウム層は、下にある第1層構造のポリ(2-クロロ-p-キシリレン)層などの有機層の上に、または第1層構造上のリンカ層の上にも形成することができる。
【0050】
本発明では、酸化アルミニウム層を、好ましくは原子層堆積(ALD)で被覆する。原則、最大1μmまでの厚さを持つ酸化アルミニウム層を低コストで製造可能な、陽極酸化などの他の堆積法も可能である。しかし、陽極酸化で製造した酸化アルミニウムを含む複合コーティングは、腐食防止効果の耐久性に関して劣っている。その理由は、酸化アルミニウム層の微視的構造にあると考えられる。陽極酸化では、中にイオンを含む微細な流路が層全体に伸びた層ができる。これらの流路は上がけ層で塞がなければならず、一部の流路が開いたままであると、または、被覆した磁石を使用している間に上がけ層の摩耗または腐食のため一部の流路が露出すると、それぞれの流路が腐食性パージ液の入口となってしまう。コーティングを厚く、例えば500から1,000nmとすることで、この欠点を多少補うことができる。
【0051】
流路のない酸化アルミニウム層が得られる方法、例えば、PVDおよびIVDはより好ましく、十分な腐食防止効果を与えつつ、酸化アルミニウム層の厚さを、例えば約200から500nmの範囲に小さくすることができる。
【0052】
しかし、酸化アルミニウム層の形成に選択する方法は原子層堆積(ALD)である。このため、本発明の複合コーティングは、原子層堆積で堆積した少なくとも1つの酸化アルミニウム層を含む。この酸化アルミニウム層は少なくとも50nmの厚さを持ち、第1層構造の、または第2層構造の層を構成することができる。酸化アルミニウム層が第1層構造または第2層構造の構成要素であるかどうかに関わらず、少なくとも50nm、好ましくは50nmから200nm、より好ましくは80nmから120nmの厚さの層となるまでALD法で堆積する。第1層構造と第2層構造を含む複合コーティングにおいて、層構造の一方だけは、少なくとも50nmの厚さまでALDで堆積した酸化アルミニウム層を備えていなければならない。もう一方の層構造は酸化アルミニウム層を含んでいてもいなくても良く、酸化アルミニウム層を含む場合、この層をALDまたは他の方法で堆積しても良い。
【0053】
ALDは、基板表面を交互にガス状物質、いわゆる前駆物質に暴露することで基板上に薄膜を成長させる薄膜堆積法である。被覆される基板を入れた反応器内に、一連の連続的な重複しない周期(pulses)で前駆物質を導入する、即ち、複数の前駆物質が反応器内で同時に存在することは決してない。
【0054】
各周期において、反応器に導入された前駆物質は、表面の全ての利用可能な反応部位が消費されるまで、被覆される基板の表面に吸着する。次に、余分な前駆物質を反応器から除く。その後、第1前駆物質とは異なる第2前駆物質を反応器に導入し、基板表面に吸着させて、先に吸着させた第1前駆物質と化学反応させる。次に、再度、余分な前駆物質とガス状反応生成物を反応器から除く。堆積する層の種類に応じて、第1および第2前駆物質とは異なる更に別の前駆物質を反応器に導入し、吸着および反応させ、余分な前駆物質と反応生成物を反応器から除くことができる。
【0055】
全ての前駆物質に1回曝露することを、1回のALDサイクルと呼ぶ。
【0056】
理想的には、それぞれのALDサイクルでコーティング材料の単層を生成する。つまり、ALDでは層の厚さと組成を原子レベルで制御することができる。これにより、複合コーティングが腐食剤の攻撃を受け易くなる部位となり得る欠陥を持たない、均一でなじみ易いコーティングで、複雑な形状を持つ大きな基材を被覆することができる。
【0057】
本発明では、人工的に作った酸化アルミニウム層を、アルミニウム層上に、またはアルミニウム層上に既に形成されている天然の酸化物層上に、第1層構造の有機層上に、または第1層構造と第2層構造の間のリンカ層上に形成することができる。ALD工程の実行に好ましい前駆体材料はAlX3と水(ガス状)である。AlX3において、Xは低級アルキル基(同じまたは異なっていても良い)、または低級アルキル基(同じまたは異なっていても良い)と水素、あるいはハロゲン原子(同じまたは異なっていても良い)を表す。特に好ましいAlX3化合物は、トリメチルアルミニウム(TMA)、トリエチルアルミニウム(TEA)、トリイソブチルアルミニウム(TIBA)、ジメチルアルミニウム(DMAlH)、および三塩化アルミニウム(AlCl3)である。
【0058】
第1層構造または第2層構造の、あるいはその両方の酸化アルミニウム層を作るための例示的なALD工程では、磁石を反応室内に置き、適切な不活性キャリアガス、例えばアルゴンに加えたAlX3を、適切な温度、例えば約300℃で反応室に導入する。AlX3はほぼ瞬時に表面(アルミニウムまたは自然に形成された酸化アルミニウムまたは有機層あるいはリンカ層)に吸着し、余分なAlX3とキャリアガスを、例えば約0.1から0.01Paまで排気して除く。その後、湿潤空気を入れる。それに含まれる水が表面に吸着してAlX3と反応し、表面に酸化アルミニウムが、またHXが生成する。反応室を再び約0.1から0.01Paまで排気して、空気と余分なAlX3と、更にHXを除去する。
【0059】
完全なALDサイクルには約10から12秒かかり、約0.1nmの厚さの酸化アルミニウム被覆層が生成する。従って、約100nmの厚さの特に好ましい酸化アルミニウム層を作るには約3時間のALD処理時間を要する。
【0060】
アルミニウム/酸化アルミニウム層を合わせた厚さは、好ましくは小さく、即ち、約15μm以下である。10μm以下の厚さが特に好ましい。
【0061】
無機層によって得られる腐食防止効果を高めるため、無機層をポリ(p-キシリレン)ポリマー層と組み合わせる。ポリ(p-キシリレン)ポリマーは、パリレンの商品名で知られている。パリレンは、ヒドロキシル基を含む表面と反応することができ、薄くピンホールのない被膜を形成することが知られている。更に、誘電率が低く(約3)、これは埋め込み型血液ポンプに有利である。アルミニウムおよび/または酸化アルミニウム層とパリレン層を含む複合コーティングは生体適合性であり、腐食防止効果も得られる。しかし、アルミニウムまたは酸化アルミニウム層に対するパリレン層の接着性は、血管内血液ポンプの作動条件下では十分に強くない。パリレン層は受け入れ難いほど短時間のうちに剥離し始め、アルミニウムまたは酸化アルミニウム層が露出してしまう。無機層は磁石体を十分に保護できず、このため磁石体の腐食が始まる。
【0062】
本発明に従い、いくつかの手段(無機層とパリレン層を繋ぐ界面層の設置、特定のパリレン化合物の使用、物理蒸着で得られるような均質な構造を持つ少なくとも1つのアルミニウム層の設置、およびALD堆積で得られるような稠密でほとんど欠陥のない構造を持つ少なくとも1つの比較的厚い酸化アルミニウム層の設置)を組み合わせることでこのシナリオを防ぐ。
【0063】
第1および/または第2層構造内で、または第1層構造と第2層構造との間で界面層を形成する化合物、すなわちリンカ化合物は、二官能性でなければならない。二官能性とは、リンカ化合物が官能性(反応性)の異なる2種類の官能基または分子部分を持ち、一方の官能基または分子部分が、例えば、無機層表面のヒドロキシル基と反応して無機層に結合し、もう一方の官能基または分子部分がパリレンに結合し、これにより無機層と有機パリレン層をしっかりと結合しなければならないことを意味する。結合は、共有結合または他の結合、例えばファンデルワールス力によって生じることができる。
【0064】
金属または金属酸化物に結合する官能基または部分と、パリレンに結合する官能基または部分を持つリンカは知られている。例示的なリンカとして、シラン化合物、メルカプタン類、ホスフィン類、ジスルフィド類、およびチオール、ホスフィン、またはジスルフィド基を持つシラン類を挙げることができる。本発明において、リンカは、好ましくは、メトキシシラン類およびエトキシシラン類などのアルコキシシラン類、例えば、構造式 (H3CO)3Si-R で表されるシラン類であって、式中、Rは、例えば、メタクリラート、アルキルアミン、フェニルアミン、またはエポキシアルキルである。パリレンに結合するため、リンカは、好ましくは、アクリロイルオキシまたはメタクリロイルオキシ官能基を持つ。リンカのシリル部分と(メタ)アクリロイルオキシ部分との間の炭素鎖長は、通常、1から16個の炭素原子(メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチル…)を含む。炭化水素鎖は一般に飽和しているが、1つ以上の不飽和結合を含んでいても良い。特に好ましいリンカは、Silquestのメタクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピル(A-174)であるが、SilquestのG-170(ビニル官能性シランカップリング剤)などの他のシラン化合物も適している。更に、ビストリメトキシシリルまたはビストリエトキシシリル官能性を持つリンカ、例えば、ビス(トリメトキシシリルエチル)ベンゼンを使用しても良い。
【0065】
二官能性リンカは、好ましくは、プラズマコーティング法で、またはプラズマを用いない物理蒸着で、あるいは、二官能性リンカ化合物の非プロトン性溶液あるいはアルコールまたは水溶液を被覆すべき表面に塗布することで、表面(第1または第2層構造のアルミニウムまたは酸化アルミニウム、あるいは第1層構造のパリレン層)に被覆する。プラズマチャンバー内でシラン化合物を乾式被覆すると、無機表面にほぼ平行に並び、酸素原子を介して表面に結合した、Si-O-Si-O-鎖を含むガラス状の層ができる。有機残基はその表面の反対側を向いており、パリレンとの結合に利用できる。物理蒸着および湿式塗布は、同様の構造を持つがガラス状の外観を持たない界面層を形成する。
【0066】
プラズマ蒸着により、パリレンへの付着性が良好で稠密な層ができる。プラズマを用いない物理蒸着では、プラズマ蒸着した層よりもパリレンへの付着性が良く、稠密度の低い層ができる。湿式塗布では、不規則な網目構造を持ち、架橋度が高く、ケイ素結合酸素の割合の高い、非常に稠密な単層ができる。この層もパリレン層に非常に良く接着する。従って、湿式塗布が特に好ましい。
【0067】
あるいは、プラズマ被覆と物理蒸着(プラズマなし)または湿式塗布工程を組み合わせ、即ち、初めにプラズマ蒸着でガラス状界面層を形成し、次に、第2のリンカ層を物理蒸着または湿式塗布して、複合リンカ層を形成することができる。このような複合リンカ層では、ガラス状層のケイ素原子は第2層の酸素原子と共有結合し、第2層の有機残基(メタクリラート、アルキルアミン、エポキシアルキルなど)は、共有結合または別の方法での、例えばファンデルワールス力による、パリレンとの結合に利用することができる。
【0068】
界面層は典型的に、10から100nm、好ましくは20から50nmの範囲の厚さを持つ。あるいは、単層のみを被覆しても良い。単層は、リンカ化合物の溶液を塗布し、溶媒を蒸発させて得ることができる。
【0069】
第1層構造において、また第2層構造が存在するならば第2層構造において、パリレン層、即ち、ポリ(p-キシリレン)ポリマー層は、界面層上に形成される。ポリ(p-キシリレン)ポリマーは次の構造式を持つ。
【化1】
式中、nは重合度である。
【0070】
ポリ(p-キシリレン)化合物の前駆物質は、次の構造式を持つ[2.2]パラシクロファン類である。
【化2】
【0071】
二量体化合物、例えば、パリレンN、パリレンC、パリレンD、およびパリレンFの前駆物質は市販されている。パリレンNでは、XとR1からR4の全てが水素であり、パリレンCでは、R1からR4の1つが塩素で、他の残基RおよびXが水素であり、パリレンDでは、残基R1からR4の2つが塩素で、他の残基が全て水素であり、パリレンFでは、残基Xがフッ素で、残基R1からR4が水素である。パリレン層は通常、防湿層および誘電体障壁層として使用される。
【0072】
真空下、高温(特定のパリレンに応じて約500℃以上)で、二量体は分解して対応するp-キシリレンラジカルを生成する。このモノマーは重合して、一方ではポリ(p-キシリレン)ポリマーを生成し、一方では、界面層の官能基、例えばメタクリラート基を介して界面層に結合する。あるいは、それらは界面層の疎水性部分に単に付着することができる。
【0073】
本発明によれば、R1からR4のうちの1つが塩素であるパリレンCを、本発明の複合コーティングの第1層構造の、また任意である第2層構造のカバー層として被覆すると、血管内血液ポンプが遭遇する条件下で磁性材料を耐食性とする被覆を形成することが分かった。パリレンC層は好ましくはプラズマ蒸着で被覆し、その層の厚さは好ましくは5から25μm、より好ましくは10から20μmの範囲である。約15μmの厚さが特に好ましい。
【0074】
パリレンCを磁性材料の表面に直接被覆すると、保護パリレンC層の亀裂の発生と剥離が、また磁性材料の腐食が数日以内に認められる。同様に、パリレンCをアルミニウム層またはアルミニウム/酸化アルミニウム層上に被覆すると、血管内血液ポンプ内の条件下において、剥離のため、許容できないほど短時間内に磁性材料の腐食が認められる。更に、パリレンC以外のパリレン化合物は、接着促進剤を使用しても、例えば、シラン系界面層上に被覆しても、十分な腐食防止効果が得られない。
【0075】
本発明の複合コーティングは磁石体に対する接着性が良く、無機成分と有機成分の両方から成る構造を持っているため、無機物および有機物の両方に対する効果的な障壁となる。この障壁特性は、PVDで堆積したアルミニウム層の特に均質な構造、およびALDで堆積した酸化アルミニウム層の特に稠密な構造によって更に強化される。また、ガラス状界面層も障壁特性を備えている。
【0076】
本発明の実施形態では、磁石体を均一な厚さで覆う被膜ができるよう、磁石体の形状を特に適合させることで、磁性材料の腐食防止効果を更に高める。この目的のため、磁石体には鋭角がなく、なだらかな縁などの丸みを帯びた形をしている。好ましくは、磁石体は、血管内血液ポンプのモータシャフトを受けるため長手方向にその中を延びている溝を備えた棒状で、磁石体の向かい合う前面は、溝に向けて傾斜している。血管内血液ポンプでは、溝はモータシャフトを受け、それに固定されているため、溝を複合コーティングで被覆する必要はない。無論、それでもなお安全のため溝を被覆しても良い。
【0077】
磁石体は単一の部品であっても良く、またはいくつかのセグメントで構成されていても良い。後者の場合、各セグメントには、それを完全に取り囲むように、または少なくともその露出面に、本発明のコーティングが均一な厚さで設けられている。好ましくは、各セグメントはなだらかな縁を備えている。
【0078】
添付図を参照しながら本発明を更に説明する。
【0079】
図面は縮尺どおりではない。これらは、いかなる方法であっても本発明を制限するものと解釈すべきではない。
【0080】
図1に示す血管内血液ポンプ10については先に説明した。ポンプは従来型の構造であるが、本発明による耐食性永久磁石1を含む。
【0081】
図1のポンプにおいて、磁石1は棒状であり、向かい合う前面は平らで互いに平行である。本発明による複合コーティングは、
図1に示すような鋭角を持った磁石体を長期間に亘って腐食から効果的に保護することができるが、本発明では、
図4に示すような形状を持つ磁石体を使用することが好ましい。複合コーティングの個々の層は、それぞれの先に被覆した複合コーティング層の上に完全に広がっている。
【0082】
図2は、単層構造(即ち、“第1”層構造)を含む複合コーティング15を備えた磁石1の一部を示す概略断面図である。複合コーティング15は、磁化されていない磁石体19の表面19'上に形成されている。複合コーティング15は、磁石体19の表面19'上に物理蒸着によって形成された第1アルミニウム層44を含む。アルミニウム層44の表面44'上に、酸化アルミニウム層45を原子層堆積で堆積する。アルミニウム層と酸化アルミニウム層が合わさって複合コーティング15の無機層41を構成する。酸化アルミニウム層の表面45'上にリンカ層42を形成し、有機層43を酸化アルミニウム層45にしっかりと結合する。複合コーティング15の有機層43はパリレンCから成るもので、リンカ層42の表面42'を覆っている。
【0083】
図3は、別の磁石1の一部を示す概略断面図であって、この磁石は、第1層構造17と第2層構造18とを含む複合コーティング16を備えている。
【0084】
第1層構造17は、アルミニウム層44と、第1リンカ層42と、第1有機層43とから成る。第2層構造18は、酸化アルミニウム層51と、第2リンカ層52と、第2有機層53とから成る。非磁化磁石体19の表面19'上に第1アルミニウム層44を形成し、第1アルミニウム層44の表面44'上に第1リンカ層42を形成し、第1リンカ層42の表面42'上に第1有機層43を形成し、第1有機層43の表面43'上に第2酸化アルミニウム層51を形成し、第2酸化アルミニウム層51の表面51'上に第2リンカ層52を形成し、第2リンカ層52の表面52'上に第2有機層53を形成する。第1および第2有機層はパリレンC層である。第2有機層53が複合コーティング16の最外層となっている。
【0085】
図3に示す磁石1は、第1層構造17と第2層構造18とを含む複合コーティング16を備えているが、ここにはただ1つのアルミニウム層(第1アルミニウム層44)と、ただ1つの酸化アルミニウム層(第2酸化アルミニウム層51)とがある。この点で、複合コーティング16は、ただ1つのアルミニウム層とただ1つの酸化アルミニウム層とを備えた複合コーティング15に相当する。従って、複合コーティング15の場合のように、最良の耐食性に必要な最適の層構造とするには、アルミニウム層44を物理蒸着で堆積し、酸化アルミニウム層51を原子層堆積によって少なくとも50nmの厚さに堆積することが重要である。
【0086】
第1アルミニウム層44と第1リンカ層42との間に追加の酸化アルミニウム層を設ける場合、その酸化アルミニウム層をALDで堆積する必要はなく、少なくとも50nmの厚さを持つ必要もないが、ALDで少なくとも50nmの厚さまで堆積することが好ましい。同様に、第1有機層43と第2酸化アルミニウム層51との間に追加のアルミニウム層を設ける場合、そのアルミニウム層をPVDで堆積する必要はないが、そうすることが好ましい。
【0087】
図3に示す複合コーティング16では、第2層構造18を第1層構造17上に直接形成する。しかし、第1層構造17と第2層構造18との結合性を高めるため、第2酸化アルミニウム層51を被覆する前に、第1有機層43の表面43'に、追加のリンカ層を被覆しても良く、即ち、第2層構造18を、その追加のリンカ層の表面上に形成しても良い。
【0088】
図4aは、棒状で、長手方向にそれを通って延びている穴または溝を備えた、一体型磁石1を示している。
図1に示すような血管内血液ポンプ10でこの磁石を使用する際、溝にはモータシャフト25がはめ込まれている。磁石の向かい合う前面4は溝に向けて傾斜している。磁石1は、間隙26内を流れる流体に曝される外部表面2と傾斜した前面4に、本発明による複合コーティングを備えている。モータシャフト25に隣接する内部表面3は被覆されていてもされていなくても良い。外部表面2と前面4との間の移行部の縁5と、更に前面4と内部表面3との間の移行部の縁6は被覆されている。縁はなだらかであるため、付着性の良い均一な被膜ができ易い。“N”および“S”は磁石のN極とS極を示す。
【0089】
図4bは、
図4aの一点鎖線に沿った部分断面図である。
図4bは、
図4aの円内の磁石部分を示している。
図4bは、なだらかな縁5、6を明確に示している。
【0090】
図5は、分割型磁石7を示している。
図5に示した磁石は、4つのセグメント8、8'を備えている。互いに向かい合うセグメント8は、
図5の上面図において“N”で示されているように、同じ磁極性を持ち、また、これも互いに向かい合うセグメント8'は、
図5の上面図において“S”で示されているように、同じ磁極性を持つ。その結果、隣接するセグメント8、8'は反対の磁極性を持っている。
【0091】
セグメント8、8'は、
図4に示す一体型磁石と同様に、内部表面、外部表面、向かい合う前面、外部表面と前面との間の移行部の縁、および前面と内部表面との間の移行部の縁を備えている。
図4での指定に合わせ、前面を4'とし、縁をそれぞれ5'および6'とする。更に、セグメント8、8'は、図中、間隙で分離された側面9、9'を持つ。無論、磁石を使用する際、側面9、9'は互いに接している。磁石の各セグメントの全ての表面を本発明の複合コーティングで完全に覆っても良いが、互いに接しているため露出していない側面9、9'と、モータシャフトと接しているため露出していない内部表面に被覆する必要はない。好ましくは、全てのセグメントの全ての縁はなだらかな縁である。
【実施例】
【0092】
表1は、様々なコーティングを被覆したニオブ鉄ホウ素磁石の腐食試験の結果を示している。長さ12mm、直径2.8mmの、同じ円筒形の非磁化Nd2Fe14B焼結磁石体13個を以下に述べるように被覆し、0.9重量%の塩化ナトリウムを含む水溶液中60℃で腐食試験を行った。試験片を70日目まで毎日調べた。70日後、試験を終了した。磁性材料が腐食するとコーティングの浮き上がりまたは変形が起こる。つまり、試験片の表面でのコーティングの浮き上がりまたは膨れの形成は磁性材料の腐食を示す。高さ0.1mmの膨れの形成とコーティングの浮き上がりを磁石の破損を示すものと定義した。
【0093】
試験片は以下の方法で調製した。
【0094】
全ての試験片:非磁化ネオジム鉄ホウ素磁石体(購入時、リン酸塩不動態化されている)をイソプロパノールで洗浄後、空気流中で乾燥した。次に、コーティングを被覆し、コーティングの被覆後に、被覆した磁石を磁場中で磁化した。本発明の複合コーティングを被覆する前に磁石体を磁化することは適切ではない。コーティングの厚さは、アルミニウム層ではそれぞれ約1μm、2μm、3μm、試験片4、5、6の酸化アルミニウム層では約60nm、その他全ての試験片では約100nm、シラン層では約1の単層、パリレン層では約15μm(±2μm)(被覆される場合)である。
【0095】
別途指示のない限り、アルミニウム層はArc-PVDで被覆し、酸化アルミニウム層は前駆体化合物としてTEAを用いたALDで被覆し、シラン接着促進剤(Silane A-174)は水溶液を用いて被覆し、パリレンCもプラズマコーティングで被覆した。接着促進剤がリンカを構成する。
【0096】
試験片1から3:乾燥した磁石体に、アルミニウム(層厚さは試験片1で1μm、試験片2で2μm、試験片3で3μm)、酸化アルミニウム、接着促進剤、およびパリレンCから成る層を、挙げた順に設けた。
【0097】
試験片4から6:乾燥した磁石体に、アルミニウム(層厚さは試験片4で1μm、試験片5で2μm、試験片6で3μm)、接着促進剤、パリレンC、酸化アルミニウム、接着促進剤、およびパリレンCから成る層を、挙げた順に設けた。
【0098】
試験片7から9:乾燥した磁石体に、アルミニウム(層厚さは試験片7で1μm、試験片8で2μm、試験片9で3μm)、接着促進剤、およびパリレンCから成る層を、挙げた順に設けた。
【0099】
試験片10から12:乾燥した磁石体に、アルミニウム(層厚さは試験片10で1μm、試験片11で2μm、試験片12で3μm)、および酸化アルミニウムから成る層を、挙げた順に設けた。
【0100】
試験片13:乾燥した磁石体に、アルミニウムおよび酸化アルミニウムから成る層を挙げた順に設けた。アルミニウム層の厚さは1μm、酸化アルミニウム層の厚さは17μmであった。酸化アルミニウムは電気めっきで被覆した。
【0101】
【表1】
0.9%NaCl溶液中60℃における被覆Nd
2Fe
14B磁石の試験結果。
コーティングの浮き上がりまたは座屈が0.1mmに達した場合に、磁石が破損したとする。
磁石は、破損までの時間が少なくとも70日である場合に、試験に合格したとする。
試験に合格した場合、即ち、破損までの時間が少なくとも70日である場合に、本発明において、磁石は耐食性であるとする。
【0102】
それぞれ、アルミニウム層と酸化アルミニウム層(ALDで被覆)から成るが、有機層のない複合コーティングを備えている、試験片10から12は全て、1日より長いが、2日未満に破損した。
【0103】
非常に厚い酸化アルミニウム層を備えた試験片13も、24時間未満で破損した。試験片13は12時間後には無傷であるように見えた。
【0104】
試験片7、8、9は、アルミニウム層と、パリレンC層と、その間の接着促進剤とから成る複合コーティングを備えていた。厚さ1μmのアルミニウム層を備えた試験片7は9日後に破損し、厚さ2μmのアルミニウム層を備えた試験片8は36日後に破損し、厚さ3μmのアルミニウム層を備えた試験片9は試験に合格したが、多少の座屈が見られた。
【0105】
本発明による複合コーティング(単層構造)をそれぞれ備え、そのコーティングが、アルミニウム層と、酸化アルミニウム層と、パリレンC層と、それらの間の接着促進剤とから成る、試験片1、2、3は、70日後(そこで試験を終了)も何ら腐食の兆候を示さなかった。
【0106】
本発明による複合コーティングをそれぞれ備え、そのコーティングが第1層構造と第2層構造を持ち、それぞれの層構造が、無機層と、無機層上のリンカ層と、リンカ層上の、パリレンCから成る有機層とから成る、試験片4、5、6は、試験片1、2、3と同様の挙動であった。試験片4、5、6はいずれも、試験終了時、即ち70日後も何ら腐食の兆候を示さなかった。
【0107】
上記の試験結果は、特定の層の並びを、即ち、先に述べたように、第1層構造と、必要に応じて第2層構造とを含み、少なくとも1つのアルミニウム層をPVDで被覆し、少なくとも1つの酸化アルミニウム層をALDで被覆してその厚さが少なくとも50nmである、複合コーティングを備えたネオジム鉄ホウ素永久磁石が、過酷な条件下でも優れた耐食性を持ち、血管内血液ポンプで有利に使用できることを明確に示している。この試験結果はまた、酸化アルミニウム層の被覆法が耐食性に影響することを示している。試験片10から12と試験片13を比較参照されたい。
【0108】
同様に、この試験結果は、アルミニウム層の厚さが耐食性に影響することを示している。これは、試験片7、8、9を比較すると明らかとなる。
【0109】
更に、最適な耐食性とするには、アルミニウム層と、酸化アルミニウム層と、リンカ層(接着促進剤)と、パリレンC層とを組み合わせて存在させなければならないことが明らかである。
【0110】
最適な腐食防止効果を得るには、本発明の複合コーティングを磁化されていない磁石体に被覆し、コーティングの被覆後にのみ、磁石体を磁化することが望ましい。
【0111】
試験片1、2、3、4、5、6は上記の条件を満たした。非磁化磁石体を本発明の複合コーティングで被覆し、全ての複合コーティングを被覆後に磁化した。その結果、0.9重量%のNaCl溶液中60℃で少なくとも70日間置いた後も、試験片1から6は、コーティングの浮き上がりを何ら示さず、座屈は0.1mm未満であった。従って、試験片1から6は、本発明の意味において耐食性磁石である。