(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-17
(45)【発行日】2024-05-27
(54)【発明の名称】マルチビームクライストロン装置
(51)【国際特許分類】
H01J 23/20 20060101AFI20240520BHJP
H01J 25/02 20060101ALI20240520BHJP
【FI】
H01J23/20 A
H01J25/02
(21)【出願番号】P 2023507112
(86)(22)【出願日】2022-03-14
(86)【国際出願番号】 JP2022011397
(87)【国際公開番号】W WO2022196648
(87)【国際公開日】2022-09-22
【審査請求日】2023-06-01
(31)【優先権主張番号】P 2021043792
(32)【優先日】2021-03-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021178944
(32)【優先日】2021-11-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503382542
【氏名又は名称】キヤノン電子管デバイス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤井 令史
(72)【発明者】
【氏名】大久保 良久
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特開平04-259736(JP,A)
【文献】特開2018-106977(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 23/20
H01J 25/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子ビームを発生する電子銃部、前記電子ビームを捕捉するコレクタ部、前記電子銃部と前記コレクタ部との間に配置される複数の空胴共振器、および複数の前記空胴共振器を軸方向に連通する複数のドリフト管を有するクライストロン本体と、前記電子ビームを集束する集束磁場装置と、を備え
たマルチビームクライストロン装置であって、
前記空胴共振器は、前記軸方向に互いに対向され、前記ドリフト管に連通するギャップ部を形成するノーズ部を有し、
少なくとも1つの前記空胴共振器は、前記ノーズ部の一部に、前記ギャップ部の間隔を前記ノーズ部での間隔に対して異なる間隔とする電界補正部を有し、
前記電界補正部は、
前記空胴共振器の径方向において、前記ノーズ部から突出され、前記ギャップ部の間隔を小さくする、又は、
前記空胴共振器の周方向において、前記ノーズ部から窪み、前記ギャップ部の間隔を大きくする、又は、
前記空胴共振器の径方向において、前記ノーズ部から突出され、前記ギャップ部の間隔を小さくし、かつ、前記空胴共振器の周方向において、前記ノーズ部から窪み、前記ギャップ部の間隔を大きくする、
ことを特徴とす
るマルチビームクライストロン装置。
【請求項2】
前記電界補正部は、前記ノーズ部の前記ドリフト管から離れた位置に設けられている、
ことを特徴とする請求項1記載
のマルチビームクライストロン装置。
【請求項3】
前記空胴共振器が同軸のTM010モードであり、複数の前記ドリフト管が前記空胴共振器と同芯の円周上に位置されている、
ことを特徴とする請求項1記載
のマルチビームクライストロン装置。
【請求項4】
前記ドリフト管の径は、前記空胴共振器の共振周波数でのTE11モードの遮断径の0.2倍以上である、
ことを特徴とする請求項3記載
のマルチビームクライストロン装置。
【請求項5】
電子ビームを発生する電子銃部、前記電子ビームを捕捉するコレクタ部、前記電子銃部と前記コレクタ部との間に配置される複数の空胴共振器、および複数の前記空胴共振器を軸方向に連通する複数のドリフト管を有するクライストロン本体と、前記電子ビームを集束する集束磁場装置と、を備え
たマルチビームクライストロン装置であって、
前記空胴共振器は、前記軸方向に互いに対向され、前記ドリフト管に連通するギャップ部を形成するノーズ部を有し、
少なくとも1つの前記空胴共振器は、前記空胴共振器の周方向に対応する前記ノーズ部の位置に設けられ、前記ギャップ部の間隔を大きくする空胴共振器電圧補正部を有する
ことを特徴とす
るマルチビームクライストロン装置。
【請求項6】
前記空胴共振器電圧補正部は、前記ドリフト管の中心を通る周方向の位置での前記ギャップ部の間隔を最も大きくし、前記ドリフト管の中心を通る周方向の位置よりも前記空胴共振器の径方向の中心側および外側の位置での前記ギャップ部の間隔を小さくする
ことを特徴とする請求項5記載
のマルチビームクライストロン装置。
【請求項7】
前記空胴共振器電圧補正部は、前記ギャップ部の間隔を段階的に変化させる
ことを特徴とする請求項6記載
のマルチビームクライストロン装置。
【請求項8】
前記空胴共振器が同軸のTM010モードであり、複数の前記ドリフト管が前記空胴共振器と同芯の円周上に位置されている
ことを特徴とする請求項7記載
のマルチビームクライストロン装置。
【請求項9】
前記ドリフト管の径は、前記空胴共振器の共振周波数でのTE11モードの遮断径の0.35倍以上である
ことを特徴とする請求項8記載
のマルチビームクライストロン装置。
【請求項10】
前記空胴共振器が同軸のTM010モードであり、複数の前記ドリフト管が前記空胴共振器と同芯の円周上に位置されている
ことを特徴とする請求項5記載
のマルチビームクライストロン装置。
【請求項11】
前記ドリフト管の径は、前記空胴共振器の共振周波数でのTE11モードの遮断径の0.35倍以上である
ことを特徴とする請求項10記載
のマルチビームクライストロン装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、高周波を増幅するクライストロン装置に関する。
【背景技術】
【0002】
クライストロン装置であるマルチビームクライストロンは、電子ビームを発生する電子銃部、電子ビームを捕捉するコレクタ部、電子銃部とコレクタ部との間に配置される複数の空胴共振器、および複数の空胴共振器を軸方向に連通する複数のドリフト管を有する複数のクライストロン本体と、電子ビームを集束する集束磁場装置とを備えている。複数の空胴共振器は、高周波を入力する入力空胴、複数の中間空胴、増幅された高周波を出力する出力空胴を構成している。
【0003】
そして、電子銃部からの電子ビームが入力空胴に入り、入力空胴に入力された高周波の位相により電子が加減速されて速度変調され、電子が一様電界中を進行する間に加速電子と減速電子がそれぞれ集合する密度変調が生じて電子が集群され、集群された電子が複数の中間空胴における自己誘導高周波電界により徐々に強大化され、集群された電子が出力空胴を通過する際に強大な交流電界が誘起され、増幅された大電力高周波が出力空胴から外部に出力される。
【0004】
このようなクライストロン装置では、電界強度分布の変化の少ない領域に電子ビームがある場合は電子が略均一な電界で加減速されるが、電界強度分布の変化の大きな領域に電子ビームがくる場合、電子を加減速する電界が電子ビームの軸に対して軸対称でなくなるため電子の集群が非軸対称となり、電子ビームの軌道の変動や動作効率の低下を招き、出力変換効率が低下する。
又は、このようなクライストロン装置では、空胴共振器での径方向および周方向の空胴共振器電圧が略均等な場合、電子が略均一な空胴共振器電圧で加減速されるが、空胴共振器での径方向および周方向の空胴共振器電圧が不均等な場合、電子を加減速する空胴共振器電圧が電子ビームの軸に対して軸対称でなくなるため、電子ビームの集群内でのエネルギー分散が多くなり、電子ビームの軌道の変動や動作効率の低下を招き、出力変換効率が低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本実施形態は、出力変換効率を向上できるマルチビームクライストロン装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一実施形態のマルチビームクライストロン装置は、クライストロン本体と、電子ビームを集束する集束磁場装置とを備える。クライストロン本体は、電子ビームを発生する電子銃部と、電子ビームを捕捉するコレクタ部と、電子銃部とコレクタ部との間に配置される複数の空胴共振器と、複数の空胴共振器を軸方向に連通する複数のドリフト管とを有する。空胴共振器は、軸方向に互いに対向され、ドリフト管に連通するギャップ部を形成するノーズ部を有する。少なくとも1つの空胴共振器は、ノーズ部の一部に、ギャップ部の間隔をノーズ部での間隔に対して異なる間隔とする電界補正部を有する。
また、一実施形態のマルチビームクライストロン装置は、クライストロン本体と、電子ビームを集束する集束磁場装置とを備える。クライストロン本体は、電子ビームを発生する電子銃部と、電子ビームを捕捉するコレクタ部と、電子銃部とコレクタ部との間に配置される複数の空胴共振器と、複数の空胴共振器を軸方向に連通する複数のドリフト管とを有する。空胴共振器は、軸方向に互いに対向され、ドリフト管に連通するギャップ部を形成するノーズ部を有する。少なくとも1つの空胴共振器は、空胴共振器の周方向に対応するノーズ部の位置に設けられ、ギャップ部の間隔を大きくする空胴共振器電圧補正部を有する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、第1の実施形態を示すクライストロン装置の断面図である。
【
図2A】
図2Aは、同上クライストロン装置の空胴共振器を示し、軸方向に交差する方向の断面図である。
【
図2B】
図2Bは、同上クライストロン装置の空胴共振器を示し、軸方向の拡大断面図である。
【
図3】
図3は、同上空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図4】
図4は、同上空胴共振器のドリフト管の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図5】
図5は、同上空胴共振器のドリフト管の周辺の電界強度分布図である。
【
図6】
図6は、第2の実施形態を示すクライストロン装置の空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図7】
図7は、同上空胴共振器のドラフト管の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図8】
図8は、同上空胴共振器のドリフト管の周辺の電界強度分布図である。
【
図9】
図9は、第3の実施形態を示す空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図10】
図10は、同上空胴共振器のドラフト管の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図11】
図11は、同上空胴共振器のドリフト管の周辺の電界強度分布図である。
【
図12】
図12は、第4の実施形態を示す空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図13】
図13は、同上空胴共振器のドラフト管の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図14】
図14は、同上空胴共振器のドリフト管の周辺の電界強度分布図である。
【
図15】
図15は、比較例1の空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図16】
図16は、比較例1の空胴共振器のドラフト管の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図17】
図17は、比較例1の空胴共振器のドリフト管の周辺の電界強度分布図である。
【
図18】
図18は、第5の実施形態を示すクライストロン装置の断面図である。
【
図19A】
図19Aは、上記第5の実施形態のクライストロン装置の空胴共振器を示し、軸方向に交差する方向の断面図である。
【
図19B】
図19Bは、上記第5の実施形態のクライストロン装置の空胴共振器を示し、軸方向の拡大断面図である。
【
図20】
図20は、上記第5の実施形態の空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図21】
図21は、上記第5の実施形態の空胴共振器のドリフト管の周辺の電界強度分布図である。
【
図22】
図22は、上記第5の実施形態の空胴共振器のドリフト管の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図23】
図23は、上記第5の実施形態の空胴共振器の空胴共振器電圧評価軸毎の軸上位置と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図24】
図24は、第5の実施形態および比較例2について空胴共振器の空胴共振器電圧評価軸毎のビーム結合係数を考慮した規格化空胴共振器電圧の表である。
【
図25】
図25は、第6の実施形態を示すクライストロン装置の空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図26】
図26は、上記第6の実施形態の空胴共振器のドリフト管の周辺の電界強度分布図である。
【
図27】
図27は、上記第6の実施形態の空胴共振器のドリフト管の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図28】
図28は、上記第6の実施形態の空胴共振器の空胴共振器電圧評価軸毎の軸上位置と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図29】
図29は、第6の実施形態および比較例3について空胴共振器の空胴共振器電圧評価軸毎のビーム結合係数を考慮した規格化空胴共振器電圧の表である。
【
図30】
図30は、比較例2の空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図31】
図31は、比較例2の空胴共振器のドリフト管の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図32】
図32は、比較例2の空胴共振器の空胴共振器電圧評価軸毎の軸上位置と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図33】
図33は、比較例4の空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図34】
図34は、比較例4の空胴共振器のドリフト管の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図35】
図35は、比較例4の空胴共振器の空胴共振器電圧評価軸毎の軸上位置と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフである。
【
図36】
図36は、比較例2および比較例4について空胴共振器の空胴共振器電圧評価軸毎のビーム結合係数を考慮した規格化空胴共振器電圧の表である。
【
図37】
図37は、比較例5の空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図38】
図38は、比較例6の空胴共振器の一部の斜視図である。
【
図39】
図39は、比較例5および比較例6について空胴共振器の空胴共振器電圧評価軸毎のビーム結合係数を考慮した規格化空胴共振器電圧の表である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、第1の実施形態を、
図1ないし
図5を参照して説明する。
【0010】
図1に、クライストロン装置として、マルチビームクライストロン10の例を示す。
【0011】
マルチビームクライストロン10は、クライストロン本体11と、このクライストロン本体11の管軸である中心軸12を中心として周囲に配置される集束磁場装置13とを備えている。
【0012】
クライストロン本体11は、電子銃部20と、相互作用部21と、コレクタ部22と、相互作用部21に接続される入力回路部23および出力回路部24とを備えている。
【0013】
電子銃部20は、複数のカソード27と、これらカソード27にそれぞれ対向された複数のアノード28とを備えている。複数のカソード27と複数のアノード28は、クライストロン本体11の中心軸12から所定の半径の同一円周上に等間隔に配置され、複数本の電子ビームを軸方向に向けて発生する。
【0014】
相互作用部21は、電子銃部20とコレクタ部22との間に軸方向に沿って配置される複数の空胴共振器31と、これら複数の空胴共振器31を軸方向に連通する複数のドリフト管(ドリフト孔)32とを備えている。空胴共振器31は、同軸円筒のTMmn0モード(m≧0、n≧1)であり、本実施形態では同軸円筒のTM010モードが用いられている。すなわち、空胴共振器31に連通される複数のドリフト管32は、電子銃部20の複数のカソード27の中心軸上に対向し、クライストロン本体11の中心軸12から所定の半径の同一円周上に1列で等間隔に設けられており、それぞれカソード27からの電子ビームが通過する。
【0015】
複数の空胴共振器31は、電子銃部20からコレクタ部22に向けた順に、入力回路部23から高周波が入力する入力空胴33、複数の中間空胴34、出力回路部24に増幅した高周波を出力する出力空胴35をそれぞれ構成している。
【0016】
図1ないし
図3に示すように、空胴共振器31は、中心軸12を中心とする円筒状または環状の空胴36を有している。空胴36の軸方向に互いに対向する内面にノーズ部37がそれぞれ突出され、このノーズ部37に複数のドリフト管32が連通されている。ノーズ部37は、空胴36の径方向の中央位置で、空胴36の周方向に沿って環状に突設されている。軸方向に対向するノーズ部37間には、ドリフト管32に連通する所定の間隔dのギャップ部38が形成されている。
【0017】
軸方向に対向するノーズ部37には、電界強度を補正するための電界補正部39が設けられている。電界補正部39は、ドリフト管32を中心とする径方向の両側位置であってノーズ部37の内径側と外径側の両側位置から、それぞれ突出する突部40によって構成されている。電界補正部39は、ノーズ部37の表面でドリフト管32の位置から離れた位置に、ノーズ部37の周方向に沿って環状に突設されている。突部40のドリフト管32に対して反対側で空胴36内に臨む側面には傾斜面41が形成されている。軸方向に対向する電界補正部39の突部40間のギャップ部38は、ノーズ部37間の間隔dよりも狭い間隔d1となり、径方向電界補正ギャップ部を構成している。
【0018】
さらに、クライストロン本体11の周囲には、アノード28からコレクタ部22側のコレクタポールピース42までの間に、複数の磁場区間を形成するための複数の磁性体43が配置されている。
【0019】
また、集束磁場装置13は、電子ビームを集束するための磁場を発生するもので、例えば電磁石で構成されている。集束磁場装置13は、クライストロン本体11の複数の磁性体43とともに複数の磁場区間を形成するための磁性筐体50と、磁場区間毎に配置される複数のコイル51とを有している。
【0020】
集束磁場装置13は、それぞれの磁場区間において、異なる磁場強度でクライストロン本体11の管軸に平行な磁場を発生する。クライストロン本体11のアノード28から入力空胴33までの間には2つの磁場区間が設けられている。これら2つの磁場区間は、カソード27からの電子ビームを集束し、入力空胴33以降で電子ビームをクライストロン本体11の管軸に対して平行にするためのマッチングセクションである。
【0021】
そして、マッチングセクションにより所望の径となった電子ビームは入力空胴33に入る。入力空胴33に入力された高周波の位相により電子が加減速されて速度変調され、電子が一様電界中を進行する間に加速電子と減速電子がそれぞれ集合する密度変調が生じて電子が集群される。集群された電子が複数の中間空胴34における自己誘導高周波電界により徐々に強大化される。集群された電子が出力空胴35を通過する際に強大な交流電界が誘起され、増幅された大電力高周波が出力空胴35から外部に出力される。
【0022】
また、入力回路部23は、外部から高周波を入力する入力窓60と、入力窓60から入力された高周波を入力空胴33に導く入力導波管61とを備えている。
【0023】
また、出力回路部24は、外部に増幅された高周波を出力する出力窓62と、出力空胴35から出力窓62に出力する高周波を導く出力導波管63とを備えている。
【0024】
ところで、一般に、マルチビームクライストロンにおいては、複数のカソードと複数のドリフト管とにより、単一の電子ビームあたりのパービアンスと呼ばれるビーム電圧に対するビーム電流の割合を低く抑えながら、総合のパービアンスを大きい値とすることが可能である。単一の電子ビームあたりのパービアンスが小さい方がマルチビームクライストロンの出力変換効率が高くなることが、当該技術分野では一般的に知られている。マルチビームクライストロン設計は、シングルビームクライストロン設計に比べ、低い電圧かつ高い効率での動作の実現を可能としている。
【0025】
例えばピーク出力がメガワットを超えるマルチビームクライストロンには、カソードを円周上に等間隔に配置し、各カソードの中心軸上にドリフト管を設け、空胴共振器をTM010モードのカソードを配置した円と同芯の円径で配置することにより、ドリフト管の軸(つまり電子ビームの軸)上で空胴内の軸方向の電界強度が最大となる同軸円筒のLバンド10MWクライストロンがある。
【0026】
このマルチビームクライストロン設計は各々の電子ビームの軸に対して電界強度分布を軸対称とすることに特徴があり、それぞれの電子ビームの軸に対しては均等で軸対称の電界強度分布の電界と電子ビームとの相互作用を行うことで高効率動作を実現している。
【0027】
このマルチビームクライストロン設計手法をピーク出力が数メガワット以上のパルスクライストロンに適用することで、同等の動作電圧での高効率動作が可能であるから、同等の動作効率ではあるが動作電圧を半減化するなどの性能向上が見込める。
【0028】
動作電圧を低減するマルチビームクライストロンは、単一ビームあたりのパービアンスを比較的高い値に設定した多数の電子ビームの本数とすることで、総合パービアンスを高くする設計が可能である。このマルチビームクライストロン設計は、相互作用部が短くなるため、サイズが小型となる利点もある。
【0029】
このマルチビームクライストロン設計は、低パービアンスのマルチビームクライストロンと比較すると、単一ビームあたりの電流が大きくなるため、電子ビームを集束する集束磁場強度が高くなる。これを改善するには、電子ビームの径を太くし、電子ビームの電流密度を下げることが有効である。
【0030】
空胴共振器が同軸のTM0n0モードの場合、径方向には電界強度が変化するが、周方向では電界強度が一定となる。電子ビームの軸は径位置で軸方向の電界強度が最大となる位置に置くのが一般的である。軸方向の電界強度の変化が少ない領域に電子ビームがある場合は電子が略均一な電界で加減速される。しかしながら、電界強度分布の変化が大きな領域に電子ビームがある場合、つまりドリフト管の径が空胴の径方向サイズに対して比較的大きい場合は、電子を加減速する電界が電子ビームの軸に対して軸対称でなくなり、電子の集群が非軸対称となり、電子ビームの軌道の変動や動作効率の低下を招く。この傾向は、共振周波数での波長に対して大きなドリフト管の径となる空胴共振器、例えば数MWのピーク出力電力のマルチビームクライストロンのCバンド帯やXバンド帯の場合、空胴とドリフト管の径の関係の目安としてはドリフト管の径が空胴の共振周波数でのTE11モードの高周波の遮断径の約0.2倍を超えた場合で、顕著となる。
【0031】
そこで、本実施形態では、共振周波数での波長に対して比較的大きなドリフト管32の径を有する場合でも、空胴共振器31の空胴36での周方向と径方向の電界強度分布の非軸対称性を補正し、電子ビームの軸に対して軸対称な電界強度分布とする。これにより、この電界により加減速される電子の集群内でのエネルギー分散を少なくし、動作効率の低下を抑制し、出力変換効率を向上させたマルチビームクライストロン10を提供する。
【0032】
マルチビームクライストロン10が高い効率で動作するためには、電子ビームと相互作用を行う空胴共振器31の電界が電子ビームに対して均等な分布、つまり電子ビームと相互作用する最大電界強度と平均電界強度の差が小さい分布として、電子を加減速することが有効である。
【0033】
空胴共振器31が同軸円筒のTM010モードである場合、同一径位置での周方向の電界強度分布は、周方向の位相によらずに同じ値となるので、同軸円周上に配置された各ドリフト管32での電界強度分布は同じとなる。一方、径方向の電界強度分布は、電界強度のピークをもつ山なりの分布となるため、空胴36での共振周波数とドリフト管32の径サイズとの関係によっては電子ビームと相互作用する電界強度の変化が大きくなり、周方向と異なる電界強度分布となる。
【0034】
これを解決するために、本実施形態では、電界補正部39を備えている。電界補正部39を備える本実施形態の空胴形状および電界強度分布を
図3ないし
図5に示し、また、電界補正部39を備えていない比較例1の空胴形状および電界強度分布を
図15ないし
図17に示す。
図3および
図15は空胴共振器31の一部の斜視図、
図4および
図16は空胴共振器31のドリフト管32の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフ、
図5および
図17は空胴共振器31のドリフト管32の周辺の電界強度分布図を示す。さらに、
図7の点線に比較例1の電界強度分布を示し、実線に本実施形態の電界強度分布を示す。
【0035】
まず、比較例1の場合、上述したように、電子ビームの軸に対して周方向と径方向で電界強度分布が非軸対称となり、この非軸対称の電界により加減速される電子の集群内でのエネルギー分散が増加し、動作効率の低下、出力変換効率の低下を招くことになる。
【0036】
本実施形態の場合、電界補正部39の突部40によりギャップ部38の間隔を狭くすることで、径方向の電界強度を上げ、電子ビームの軸に対して周方向と径方向で軸対称に近付けた電界強度分布となる。一般的な設計で、電子ビームの最外径となるドリフト管32の径の約70%での電界強度が、比較例1では周方向と径方向で15%の差があったのに対し、本実施形態では約3%の差に改善できる。
【0037】
このように、空胴共振器31の空胴36での周方向と径方向の電界強度分布の非軸対称性を補正し、電子ビームの軸に対して軸対称な電界強度分布とすることで、この電界により加減速される電子の集群内でのエネルギー分散を少なくし、動作効率の低下を抑制し、出力変換効率を向上させることができる。
【0038】
しかも、電子ビームの軸に対して非軸対称な電界強度分布となる傾向がある場合、つまりドリフト管32の径が空胴共振器31の共振周波数でのTE11モードの高周波の遮断径の0.2倍以上である場合であって、共振周波数での波長に対して比較的大きなドリフト管32の径を有する場合でも、空胴共振器31の空胴36での周方向と径方向の電界強度分布の非軸対称性を補正し、電子ビームの軸に対して軸対称な電界強度分布とすることができる。
【0039】
さらに、電界補正部39は、ノーズ部37の表面のドリフト管32の位置から離れた位置に設けられることで、空胴共振器31の空胴36での径方向の電界強度分布を、周方向の電界強度分布に近付けることができる。
【0040】
【0041】
図6に示すように、電界補正部39は、軸方向に互いに対向するノーズ部37の表面で、ドリフト管32に対して周方向の両側位置に設けられた凹部70を備えている。凹部70は、ノーズ部37の表面のドリフト管32の位置から離れた位置に、ノーズ部37の表面から窪むように例えば円形凹状に形成されている。軸方向に対向する凹部70間のギャップ部38は、ノーズ部37間の間隔dよりも広い間隔となり、周方向電界補正ギャップ部を構成している。
【0042】
そして、電界補正部39の凹部70により、ギャップ部38の間隔が広くなることで、ドリフト管32の軸に対して周方向の電界強度が下がり、周方向と径方向の電界強度を近付け、電子ビームの軸に対して軸対称な電界強度分布とすることができる。
【0043】
空胴共振器31に電界補正部39の凹部70を設けるだけでも周方向と径方向の電界強度分布を近付ける効果があるが、電界補正部39として径方向の突部40と周方向の凹部70との両方を備えることにより、周方向と径方向の電界強度分布のバランスを容易にとることができ、電子ビームの軸に対して軸対称化を図るとともに電界強度分布形状もある程度制御することができる。
【0044】
【0045】
第2の実施形態と同様に、電界補正部39は、軸方向に互いに対向するノーズ部37の表面で、ドリフト管32に対して周方向の両側位置に設けられた凹部70を備えるが、さらに凹部70の範囲を広くする。例えば、2つの円形の凹部70を一部が互いに重なり合うように設ける。
【0046】
そして、この電界補正部39の凹部70により、ギャップ部38の間隔が広くなる範囲を広くすることで、ドリフト管32の軸に対して周方向の電界強度がより下がり、周方向の電界強度と径方向の電界強度とを近付け、電子ビームの軸に対して軸対称な電界強度分布とすることができる。
【0047】
【0048】
ノーズ部37は、ドリフト管32毎に、ドリフト管32の周囲から突出する円筒状に設けられている。
【0049】
電界補正部39は、ドリフト管32を中心とする径方向の両側位置から、それぞれ突出する突部40によって構成されている。
【0050】
そして、この電界補正部39の突部40により、ギャップ部38の間隔がノーズ部37での間隔よりも狭くなることで、ドリフト管32の軸に対して径方向の電界強度が上がり、周方向と径方向の電界強度を近付け、電子ビームの軸に対して軸対称な電界強度分布とすることができる。
【0051】
以下、第5の実施形態を、
図18ないし
図24を参照して説明する。
【0052】
図18に、クライストロン装置として、マルチビームクライストロン110の例を示す。
【0053】
マルチビームクライストロン110は、クライストロン本体111と、このクライストロン本体111の管軸である中心軸112を中心として周囲に配置される集束磁場装置113とを備えている。
【0054】
クライストロン本体111は、電子銃部120と、相互作用部121と、コレクタ部122と、相互作用部121に接続される入力回路部123および出力回路部124とを備えている。
【0055】
電子銃部120は、複数のカソード127と、これらカソード127にそれぞれ対向された複数のアノード128とを備えている。複数のカソード127と複数のアノード128は、クライストロン本体111の中心軸112から所定の半径の同一円周上に等間隔に配置され、複数本の電子ビームを軸方向に向けて発生する。
【0056】
相互作用部121は、電子銃部120とコレクタ部122との間に軸方向に沿って配置される複数の空胴共振器131と、これら複数の空胴共振器131を軸方向に連通する複数のドリフト管(ドリフト孔)132とを備えている。空胴共振器131は、同軸円筒のTMmn0モード(m≧0、n≧1)であり、本実施形態では同軸円筒のTM010モードが用いられている。すなわち、空胴共振器131に連通される複数のドリフト管132は、電子銃部120の複数のカソード127の中心軸上に対向し、クライストロン本体111の中心軸112から所定の半径の同一円周上に1列で等間隔に設けられており、それぞれカソード127からの電子ビームが通過する。また、ドリフト管132の中心は、空胴共振器131の径方向での電界強度のピークの位置に設けられている。
【0057】
複数の空胴共振器131は、電子銃部120からコレクタ部122に向けた順に、入力回路部123から高周波が入力する入力空胴133、複数の中間空胴134、出力回路部124に増幅した高周波を出力する出力空胴135をそれぞれ構成している。中間空胴134には、基本波空胴共振器構造(rd/rc=0.23)の中間空胴134と、2倍の共振周波数をもつ同軸高調波空胴共振器構造(rd/rc=0.47)の少なくとも1つの中間空胴134とを備えている。2倍の共振周波数をもつ同軸高調波空胴共振器構造(rd/rc=0.47)は、電子ビームの集群の外側に位置する電子を効率よく集めることで、相互作用部121の長さを延長することなく、集群の質を高め、高周波への変換効率を高くしている。
【0058】
図19A、
図19B、および
図20に高調波空胴共振器である空胴共振器131を示す。空胴共振器131は、中心軸112を中心とする円筒状または環状の空胴136を有している。空胴136の軸方向に互いに対向する内面にノーズ部137がそれぞれ突出され、このノーズ部137に複数のドリフト管132が連通されている。ノーズ部137は、空胴136の径方向の中央位置で、空胴136の周方向に沿って環状に突設されている。軸方向に対向するノーズ部137間には、ドリフト管132に連通する所定の間隔d11のギャップ部138が形成されている。
【0059】
軸方向に対向するノーズ部137には、空胴共振器電圧を補正するための空胴共振器電圧補正部139が設けられている。空胴共振器電圧補正部139は、空胴共振器131の周方向に対応するノーズ部137の位置に設けられている。空胴共振器電圧補正部139は、ドリフト管132を中心とする周方向の両側位置に、それぞれノーズ部137の表面から窪む溝部140によって構成されている。溝部140は、ドリフト管132に連通されるとともに、周方向に隣接するドリフト管132を連通するように空胴共振器131の周方向に沿って設けられている。空胴共振器電圧補正部139により、空胴共振器131の周方向に対応するノーズ部137の位置でのギャップ部138の間隔d12、d13、d14を、空胴共振器131の径方向に対応するノーズ部137の位置でのギャップ部138の間隔d11よりも大きくする。
【0060】
溝部140は、ドリフト管132の中心を通る周方向の位置での凹み量が最も大きく、ドリフト管132の中心を通る周方向の位置よりも空胴共振器131の径方向の中心側および外側の位置での凹み量が徐々に少なくなる。軸方向に対向する空胴共振器電圧補正部139の溝部140間のギャップ部138は、ノーズ部137間のギャップ部138の間隔d11よりも大きく、ドリフト管132の中心を通る周方向の位置でのギャップ部138の間隔d14が最も大きく、ドリフト管132の中心を通る周方向の位置から空胴共振器131の径方向の中心側および外側の位置に向うのにしたがってギャップ部138の間隔d13、d12が徐々に小さくなるように変化する。したがって、空胴共振器131の周方向に対応するノーズ部137の位置に設けられている空胴共振器電圧補正部139により、ギャップ部138の間隔d12、d13、d14が段階的つまり階段状に変化する。なお、ギャップ部138の間隔は連続的に変化してもよい。
【0061】
さらに、クライストロン本体111の周囲には、アノード128からコレクタ部122側のコレクタポールピース142までの間に、複数の磁場区間を形成するための複数の磁性体143が配置されている。
【0062】
また、集束磁場装置113は、電子ビームを集束するための磁場を発生するもので、例えば電磁石で構成されている。集束磁場装置113は、クライストロン本体111の複数の磁性体143とともに複数の磁場区間を形成するための磁性筐体150と、磁場区間毎に配置される複数のコイル151とを有している。
【0063】
集束磁場装置113は、それぞれの磁場区間において、異なる磁場強度でクライストロン本体111の管軸に平行な磁場を発生する。クライストロン本体111のアノード128から入力空胴133までの間には2つの磁場区間が設けられている。これら2つの磁場区間は、カソード127からの電子ビームを集束し、入力空胴133以降で電子ビームをクライストロン本体111の管軸に対して平行にするためのマッチングセクションである。
【0064】
そして、マッチングセクションにより所望の径となった電子ビームは入力空胴133に入る。入力空胴133に入力された高周波の位相により電子が加減速されて速度変調され、電子が一様電界中を進行する間に加速電子と減速電子がそれぞれ集合する密度変調が生じて電子が集群される。集群された電子が複数の中間空胴134における自己誘導高周波電界により徐々に強大化される。集群された電子が出力空胴135を通過する際に強大な交流電界が誘起され、増幅された大電力高周波が出力空胴135から外部に出力される。
【0065】
また、入力回路部123は、外部から高周波を入力し、入力空胴133に導く。
【0066】
また、出力回路部124は、外部に増幅された高周波を出力する出力窓162と、出力空胴135から出力窓162に出力する高周波を導く出力導波管163とを備えている。
【0067】
ところで、一般に、マルチビームクライストロンにおいては、複数のカソードと複数のドリフト管とにより、単一の電子ビームあたりのパービアンスと呼ばれるビーム電圧に対するビーム電流の割合を低く抑えながら、総合のパービアンスを大きい値とすることが可能である。単一の電子ビームあたりのパービアンスが小さい方がマルチビームクライストロンの出力変換効率が高くなることが、当該分野では一般的に知られており、マルチビームクライストロンは、シングルビームクライストロンに比べ、低い動作電圧で高い動作効率の動作の実現を可能としている。
【0068】
例えばピーク出力がメガワットを越えるマルチビームクライストロンには、クライストロン管軸を中心とする円周上にカソードを等間隔に配置し、各カソードの中心軸上にドリフト管となる孔(ドリフト孔)を設け、空胴共振器をTM010モードのカソードを配置した円と同芯の円筒とし、ドリフト管の軸(つまり電子ビーム軸)上で空胴共振器内の軸方向の電界強度が最大となる同軸空胴共振器とした、Lバンド10MWクライストロンがある。
【0069】
このマルチビームクライストロンの設計は各々の電子ビーム軸に対して電磁界分布を軸対称とすることに特徴があり、各電子ビームに対して均等で軸対称となる電磁界と電子ビームの相互作用を行うことで高効率動作を実現している。
【0070】
このマルチビームクライストロンの設計手法をピーク出力が数メガワット以上のパルスクライストロンに適用することで、同等の動作電圧での高効率化動作から、同等の動作効率ではあるが動作電圧を半減化するなどの性能向上が見込める。
【0071】
動作電圧を低減するマルチビームクライストロンの設計としては、複数の比較的高い単一の電子ビームあたりのパービアンスとした電子ビームを用い、総合パービアンスを高くするものが考えられる。低い動作電圧とする設計は、電子銃電極での絶縁距離の短縮が可能で、また、電子の走行速度が遅くなることから、電子銃部の長さや相互作用部の長さが短くなるためサイズが小型となる利点もある。
【0072】
単一の電子ビームあたりのパービアンスの高いマルチビームクライストロンは、低パービアンスのマルチビームクライストロンと比較すると、単一の電子ビームあたりの電流が大きくなるため、電子ビームを集束するための集束磁場強度が大きくなる。これを改善するには、電子ビームの径を太くし、電子ビームの電流密度を下げることが有効である。
【0073】
同軸空胴共振器でのTM0n0モードは、ドリフト管のない場合には空胴共振器の径方向には電界強度が変化するが、周方向には電界強度が一定となる。電子ビームの通るドリフト管は径位置で軸方向の電界強度が最大となる位置に置くのが一般的である。
【0074】
電子ビームの加減速は電子ビームが走行する軸上の電界強度を積分した電圧に電子ビームの走行角によるビーム結合係数を掛けた値であるビーム結合係数を考慮した空胴共振器電圧により行われる。
【0075】
ドリフト孔がある場合でも電界強度分布は上記と同じ傾向となり、空胴共振器の周方向の空胴共振器電圧は略一定となるが、径方向は電界のピーク位置から離れると空胴共振器電圧が低下する。このため、ドリフト管の径が空胴共振器の共振周波数の波長に対し小さい場合は電子が略均一な空胴共振器電圧で加減速されるが、ドリフト管の径が大きく径方向の空胴共振器電圧の変化の大きな範囲に電子ビームがくる場合は電子の加減速が均等に行われず、電子ビームの集群が不均一・非対称となり、電子ビームの軌道の変動や動作効率の低下を招く。この影響は、空胴共振器とドリフト管の径の関係の目安として、ドリフト管の径と空胴共振器の共振周波数でのTE11モードの遮断径の比(rd/rc)が概ね0.2を超えた場合に顕著となり、数MWのピーク出力電力のマルチビームクライストロンの場合では、Sバンド帯以上の空胴共振器で該当する可能性がある。
【0076】
そこで、本実施形態は、空胴共振器131のギャップ部138中の電界強度よりも、電子ビームの集群に関して本質的なパラメータである電子ビームとの結合係数を考慮した空胴共振器電圧の分布を均等化するものである。
【0077】
なお、次の式1が空胴共振器131の結合係数を含む空胴共振器電圧を表している。次の式2が上記結合係数kを表している。ここで、fcは空胴共振器131の共振周波数、veは電子速度である。
【0078】
【0079】
第5の実施形態は、空胴共振器電圧補正部139により空胴共振器電圧の分布の均等化を図ることができる。空胴共振器電圧補正部139を備える第5の実施形態について、
図20に空胴共振器131の一部の斜視図を示し、
図21に空胴共振器131のドリフト管132の周辺の電界強度分布図を示し、
図22に空胴共振器131のドリフト管132の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフを示し、
図23に空胴共振器131の空胴共振器電圧評価軸毎の軸上位置と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフを示し、
図24に第5の実施形態および比較例2について空胴共振器131のビーム結合係数を考慮した規格化空胴共振器電圧の表を示す。また、ノーズ部137の面が全面平坦で空胴共振器電圧補正部139を備えていない比較例2について、
図30に空胴共振器131の一部の斜視図を示し、
図31に空胴共振器131のドリフト管132の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフを示し、
図32に空胴共振器131の空胴共振器電圧評価軸毎の軸上位置と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフを示す。なお、
図22において、実線にて第5の実施形態の電界強度分布を示し、点線にて比較例2の電界強度分布を示す。また、
図23および
図32の空胴共振器電圧評価軸は、ドリフト管132の中央の軸と、電子ビームの最外径となるドリフト管132の径の70%の円周上での周側の軸と、ドリフト管132の径の70%の円周上での径側の軸と、ドリフト管132の径の70%の円周上での周側と径側との中間の軸とが含まれる。
【0080】
比較例2の場合、
図24に示すように、電子ビームの軸に対して周側と径側とで空胴共振器電圧の分布が非軸対称となり、周側と径側との空胴共振器電圧の偏差が31%であった。この偏差が大きい空胴共振器電圧により加減速される電子の集群内でのエネルギー分散が増加し、動作効率の低下、出力変換効率の低下を招くことになる。
【0081】
マルチビームクライストロン110が高い効率で動作するためには、電子ビームと相互作用を行う空胴共振器131の空胴共振器電圧が電子ビームに対し均等(空胴共振器ギャップでの電子ビームの通過する領域で、電子ビームと相互作用する電子ビームの走行角の効果を含む空胴共振器電圧のばらつきの小さな分布)として電子を加減速することが有効である。
【0082】
同軸TM010モードは、ドリフト孔のない場合には、同一径位置での電界強度は周方向位相によらず同じ値となるが、径方向の分布は電界強度がピークをもつ山なりの分布となる。
【0083】
このため、各電子ビームの範囲となるドリフト管132と同芯の電子ビーム径の円周上の空胴共振器電圧の分布が、空胴共振器131の周方向での値に対し、径方向が低い値となる。しかも、空胴共振周波数波長に対するドリフト管132の径の比が大きくなると、電子ビームと相互作用する空胴共振器131の周方向と径方向の空胴共振器電圧の差が大きくなる。
【0084】
空胴共振器131(高調波空胴共振器)での空胴共振器電圧の不均等な分布の是正は、電圧の高い側のギャップ部138の間隔を広げ、電圧の低い側のギャップ部138の間隔を狭めて、ドリフト管132内の電子ビームとの結合係数を考慮した空胴共振器電圧の分布を変えることが有効である。
【0085】
空胴共振器131のギャップ部138の間隔の違いで電子ビームの軸方向の電界強度分布が変わり、これにより電子の走行角を調整し、空胴共振器電圧を制御することが可能である。
【0086】
第5の実施形態の場合、空胴共振器電圧補正部139により、空胴共振器電圧の高いドリフト管132の範囲のギャップ部138の間隔を広くするため、電子ビームの軸方向の電界強度分布を制御し、空胴共振器電圧の分布をドリフト管132の中心軸に対して軸対称な分布に近付けている。そのため、
図24に示すように、空胴共振器電圧の偏差を比較例2の31%から9%に改善できた。この偏差が少ない空胴共振器電圧で電子の加減速を行うことで、効率の低下を防ぐことができる。
【0087】
このように、空胴共振器131の周方向と径方向との空胴共振器電圧の非軸対称性を補正し、電子ビームの軸に対して軸対称な空胴共振器電圧の分布に近付けることで、この空胴共振器電圧により加減速される電子の集群内でのエネルギー分散を少なくし、動作効率の低下を抑制し、出力変換効率を向上させることができる。
【0088】
【0089】
図25に空胴共振器31の一部の斜視図を示し、
図26に空胴共振器131のドリフト管132の周辺の電界強度分布図を示し、
図27に空胴共振器131のドリフト管132の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフを示し、
図28に空胴共振器131の空胴共振器電圧評価軸毎の軸上位置と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフを示し、
図29に第6の実施形態および比較例3について空胴共振器131の空胴共振器電圧評価軸毎のビーム結合係数を考慮した規格化空胴共振器電圧の表を示す。なお、
図27において、実線にて本実施形態の電界強度分布を示し、点線にて比較例3の電界強度分布を示す。また、
図28の空胴共振器電圧評価軸は、上述のとおりである。
【0090】
図25に示すように、空胴共振器131は、同軸高調波空胴共振器構造(rd/rc=0.47)である。この空胴共振器131のノーズ部137は、ドリフト管132毎に、ドリフト管132の周囲から空胴内に突出する円筒状に設けられている。
【0091】
空胴共振器電圧補正部139は、ドリフト管132を中心とする周方向の両側位置に対応してノーズ部137に設けられた溝部140によって構成されている。
【0092】
そして、この空胴共振器電圧補正部139の溝部140により、ギャップ部138の間隔がノーズ部137での間隔よりも大きくなることで、ドリフト管132の軸に対して周方向の空胴共振器電圧が上がり、周方向と径方向の空胴共振器電圧を近付け、電子ビームの軸に対して軸対称な空胴共振器電圧の分布とすることができる。
【0093】
ノーズ部137に空胴共振器電圧補正部139の溝部140が設けられていない比較例3の場合、
図29に示すように、電子ビームの軸に対して周側と径側とで空胴共振器電圧の分布が非軸対称となり、周側と径側との空胴共振器電圧の偏差が25%であった。この偏差が大きい空胴共振器電圧により加減速される電子の集群内でのエネルギー分散が増加し、動作効率の低下、出力変換効率の低下を招くことになる。
【0094】
第6の実施形態の場合、空胴共振器電圧の偏差を比較例3の25%から6%に改善できた。この偏差が少ない空胴共振器電圧で電子の加減速を行うことで、効率の低下を防ぐことができる。
【0095】
このように、空胴共振器131の周方向と径方向の空胴共振器電圧の非軸対称性を補正し、電子ビームの軸に対して軸対称な空胴共振器電圧の分布に近付けることで、この空胴共振器電圧により加減速される電子の集群内でのエネルギー分散を少なくし、動作効率の低下を抑制し、出力変換効率を向上させることができる。
【0096】
また、
図33ないし
図36に比較例4を示す。
図33に空胴共振器131の一部の斜視図を示し、
図34に空胴共振器131のドリフト管132の軸を中心とした規格化半径と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフを示し、
図35に空胴共振器131の空胴共振器電圧評価軸毎の軸上位置と規格化軸方向電界強度との関係を示すグラフを示し、
図36に比較例2および比較例4について空胴共振器131の空胴共振器電圧評価軸毎のビーム結合係数を考慮した規格化空胴共振器電圧の表を示す。なお、
図35の空胴共振器電圧評価軸は、上述のとおりである。
【0097】
比較例4の空胴共振器131は、同軸高調波空胴共振器構造(rd/rc=0.47)である。
【0098】
空胴共振器131の径方向において、ノーズ部137から電界補正部170が突出されており、ギャップ部138の間隔を小さくして電界強度分布を上げ、電子ビームの軸に対して軸対称な電界強度分布としている。
【0099】
ドリフト管132の径と空胴共振の共振周波数でのTE11モードでのカットオフ径の比(rd/rc)が概ね0.35倍、好ましくは0.4倍を超えるような場合では、空胴共振器電圧のドリフト管132の径方向の両端側での低下が大きくなるので、比較例4のようにギャップ部138の中央の電界強度を同程度とするのみでは電子ビームの集群の質の改善の効果が不十分となる。なお、ドリフト管132の径とカットオフ径の比が0.35倍、好ましくは0.4倍を超えるような例としては、Sバンド帯以上のマルチビームクライストロンで高調波空胴共振器を用いる場合やXバンド帯以上のマルチビームクライストロンの空胴共振器などで該当する場合がある。
【0100】
図36に示すように、比較例4では、周側と径側との空胴共振器電圧の偏差が比較例2の31%から27%へと改善できたが、改善効果は低い。第5の実施形態では、空胴共振器電圧の偏差を比較例2の31%から9%と大きく改善している。このばらつきの少ない空胴共振器電圧で電子の加減速を行うことで効率の低下を防ぐことができる。
【0101】
また、
図37に比較例5の空胴共振器131の一部の斜視図を示し、
図38に比較例6の空胴共振器131の一部の斜視図を示し、
図39に比較例5および比較例6について空胴共振器131の空胴共振器電圧評価軸毎のビーム結合係数を考慮した規格化空胴共振器電圧の表を示す。なお、
図39の空胴共振器電圧評価軸は、上述のとおりである。
【0102】
図37の比較例5の空胴共振器131は、
図30の比較例2と同様に電界強度補正をしていない構造であるとともに、基本波空胴共振器構造(rd/rc=0.23)である。
図38の比較例6の空胴共振器131は、
図33の比較例4と同様に電界補正部170を有する構造であるとともに、基本波空胴共振器構造(rd/rc=0.23)である。
【0103】
比較例5、6のように、ドリフト管132の径比rd/rcが0.2程度の基本波空胴共振器では、電界補正部170による補正ではギャップ部138の中央の電界強度は略均等化され、周側と径側での空胴共振器電圧の偏差は6%、5%となるが、比較例4のように、rd/rcが0.35倍、好ましくは0.4倍を超える高調波空胴共振器では、電界補正部170で補正を行った場合でも、周側と径側との空胴共振器電圧の偏差が27%と大きな差となる。
【0104】
したがって、第5および第6の実施形態のように、空胴共振器131の周側と径側との空胴共振器電圧の非軸対称性を補正し、電子ビームの軸に対して軸対称な空胴共振器電圧の分布に近付けることで、この空胴共振器電圧により加減速される電子の集群内でのエネルギー分散を少なくし、動作効率の低下を抑制し、出力変換効率を向上させることができる。
【0105】
しかも、電子ビームの軸に対して非軸対称な電界強度分布となる傾向がある場合、つまりドリフト管132の径が空胴共振器131の共振周波数でのTE11モードの高周波の遮断径の0.35倍以上である場合であって、共振周波数での波長に対して比較的大きなドリフト管132の径を有する場合でも、空胴共振器131での周方向と径方向の空胴共振器電圧の分布の非軸対称性を補正し、電子ビームの軸に対して軸対称な空胴共振器電圧とすることができる。
【0106】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。