(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-17
(45)【発行日】2024-05-27
(54)【発明の名称】波動歯車装置の歯形設計方法
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20240520BHJP
F16H 55/08 20060101ALI20240520BHJP
【FI】
F16H1/32 B
F16H55/08 Z
(21)【出願番号】P 2023525218
(86)(22)【出願日】2021-06-01
(86)【国際出願番号】 JP2021020902
(87)【国際公開番号】W WO2022254586
(87)【国際公開日】2022-12-08
【審査請求日】2023-08-31
(73)【特許権者】
【識別番号】390040051
【氏名又は名称】株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】村山 裕哉
【審査官】増岡 亘
(56)【参考文献】
【文献】特許第2612585(JP,B2)
【文献】特許第2675853(JP,B2)
【文献】特開2007-211907(JP,A)
【文献】特開2020-12532(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 1/32
F16H 55/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
剛性の内歯歯車、可撓性の外歯歯車、および、前記外歯歯車を楕円形状に撓めて前記内歯歯車に対して前記楕円形状の長軸上の位置を含む部位においてかみ合わせ、前記内歯歯車に対する前記外歯歯車のかみ合い位置を円周方向に移動させる波動発生器を備えた波動歯車装置の歯形設計方法であって、
前記波動発生器の回転角度をφとし、φ=0のときの前記長軸上に位置する前記内歯歯車の内歯と前記外歯歯車の外歯に着目し、
φ1が0<φ1≦π/2を満たす回転角度であるとすると、前記波動発生器がφ=0からφ=
φ1まで回転する間に得られる前記内歯に対する前記外歯の移動軌跡を第1曲線として求め、
前記第1曲線のφ=0のときの端点を点A、φ=φ1のときの端点を点B、点Aと点Bの中点を点C、λを1未満の正の値とすると、前記第1曲線を点Bを相似の中心として(1-λ)倍した相似曲線を求め、この相似曲線を、前記点Cを中心として180度回転させた第2曲線を求め、
αを1未満の正の値、βを1よりも大きな正の値とすると、前記第2曲線のx座標のみα倍して得られる曲線を第3曲線とし、前記第2曲線をy座標のみβ倍して得られる曲線を第4曲線とすると、前記第3曲線および前記第4曲線のうちのいずれか一方の曲線を求め、当該曲線により前記外歯の歯末歯形を規定し、
前記内歯歯車の歯末歯形を、前記外歯の歯末歯形を包絡する曲線によって規定し、
前記外歯の歯元歯形および前記内歯の歯元歯形を、それぞれ、相手の前記歯末歯形と干渉しない形状に設定することを特徴とする波動歯車装置の歯形設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は波動歯車装置における剛性の内歯歯車および可撓性の外歯歯車の歯形設定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
波動歯車装置を高回転精度化、高負荷容量化する手段は、特許第2055418号公報において提案されている。これは、内歯歯車に対する外歯歯車の移動軌跡を歯形に利用することにより、円周方向に広い範囲でかみ合うことができる歯形である。同時かみ合い歯数が増えることで、歯形誤差が平均化されて高精度になり、荷重が分散されることにより一つの歯の応力が下がることで高負荷容量化を実現できる。本明細書において、波動歯車装置において、内歯歯車に対する外歯歯車の移動軌跡を歯形に用いる手法で得られる歯形をIH歯形と呼ぶ。
【0003】
この移動軌跡を歯形に用いる手法を元に様々な歯形が特許化されている。例えば、特許第2675853号公報は、上記の特許第2055418号公報では移動軌跡の1/2倍を歯形に用いていたのに対し、移動軌跡のλ倍(λは1未満の正の値)を歯形に用いており、より一般化している。その他、特許第2612585号公報、特許第3230595号公報、特許第3942249号公報など移動軌跡のλ倍を用いる特許は多数存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第2055418号公報
【文献】特許第2612585号公報
【文献】特許第2675853号公報
【文献】特許第3230595号公報
【文献】特許第3942249号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
波動歯車装置においては、内歯歯車、外歯歯車の更なる高負荷容量化のため、外歯歯車の歯元の応力の低減が求められている。歯元の応力は、主にトルクによる引張応力と楕円変形による曲げ応力に分けられる。IH歯形による負荷分散は、トルクによる引張荷重を分散させ、値を小さくするものである。曲げ応力の低減には、歯底の部分を広くすることが有効である。
【0006】
曲げ応力の低減を目的として、IH歯形で歯底を広くするためには、λの値を大きくし、かみ合いに用いる外歯歯車の外歯の歯先部分を小さくし、歯元側の形状を細くするしかない。このようにした場合、外歯の歯先の狭い範囲しか使えないことから、外歯の摩耗やピッチングが生じる可能性がある。また、かみ合い点が歯先側のみとなるため、外歯の倒れる方向の応力が大きくなる可能性がある。
【0007】
本発明の目的は、このような点に鑑みて、IH歯形の手法を改良し、広範囲かみ合いを維持しつつ、外歯歯車の外歯の歯底を広くし、その歯面のより多くの部分をかみ合いに使うことのできる歯形を得るための波動歯車装置の歯形設計方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、剛性の内歯歯車、可撓性の外歯歯車、および、前記外歯歯車を楕円形状に撓めて前記内歯歯車に対して前記楕円形状の長軸上の位置を含む部位においてかみ合わせ、前記内歯歯車に対する前記外歯歯車のかみ合い位置を円周方向に移動させる波動発生器を備えた波動歯車装置の歯形設計方法であって、
前記波動発生器の回転角度をφとし、φ1が0<φ1≦π/2を満たす回転角度であるとすると、φ=0のときの前記長軸上に位置する前記内歯歯車の内歯と前記外歯歯車の外歯に着目し、前記波動発生器がφ=0からφ=φ1まで回転する間に得られる前記内歯に対する前記外歯の移動軌跡を第1曲線として求め、
前記第1曲線のφ=0のときの端点を点A、φ=φ1のときの端点を点B、点Aと点Bの中点を点C、λを1未満の正の値とすると、前記第1曲線を点Bを相似の中心として(1-λ)倍した相似曲線を求め、この相似曲線を、前記点Cを中心として180度回転させた第2曲線を求め、
αを1未満の正の値、βを1よりも大きな正の値とすると、前記第2曲線のx座標のみα倍して得られる曲線を第3曲線とし、前記第2曲線をy座標のみβ倍して得られる曲線を第4曲線とすると、前記第3曲線および前記第4曲線のうちのいずれか一方の曲線を求め、当該曲線により前記外歯の歯末歯形を規定し、
前記内歯歯車の歯末歯形を、前記外歯の歯末歯形を包絡する曲線によって規定し、
前記外歯の歯元歯形および前記内歯の歯元歯形を、それぞれ、相手の前記歯末歯形と干渉しない形状に設定することを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、移動軌跡を用いた歯形設計手法による広範囲かみ合いを維持しつつ、外歯の歯底を広くし、外歯の歯面のより多くの部分をかみ合いに使うことが可能な歯形を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2B】IH歯形のかみ合い状況を示す説明図である。
【
図3A】本発明による提案歯形の一例を示す説明図である。
【
図3B】本発明による提案歯形のかみ合い状況を示す説明図である。
【
図3C】λ=0.5、α=0.7としたときの数値計算により求めたθとφの関係を示すグラフである。
【
図3D】本発明による提案歯形とIH歯形を比較して示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[波動歯車装置の構成]
図1A、1Bは、本発明を適用可能な波動歯車装置の一例を示す説明図である。図示の例は、カップ形状の外歯歯車を備えたカップ型波動歯車装置であるが、本発明は、シルクハット形状の外歯歯車を備えたシルクハット型歯車装置、円筒形状の外歯歯車を備えたフラット型波動歯車装置に対しても同様に適用可能である。
【0012】
波動歯車装置1は、剛性の内歯歯車2と、この内側に同軸に配置されている可撓性の外歯歯車3と、外歯歯車3の内側に嵌めた楕円形輪郭の波動発生器4を有している。波動発生器4によって外歯歯車3は楕円形状に撓められ、楕円形状の長軸Lの両端の位置において、外歯歯車3の外歯30は内歯歯車2の内歯20にかみ合っている。外歯歯車3の歯数に対して内歯歯車2の歯数は2n枚(nは正の整数)多い。波動発生器4が回転すると、内歯歯車2と外歯歯車3との間に歯数差に応じた相対回転が発生する。内歯歯車2を回転しない状態に固定すると、外歯歯車3から減速回転が不図示の負荷側に取り出される。内歯歯車2および外歯歯車3は共にモジュールmの平歯車である。外歯歯車3の直径方向の撓み量は2κmnである。κは偏位係数であり、例えば、実用されている0.6<κ<1.4の範囲とされる。
【0013】
[IH歯形の手法]
まず、本発明の前提であるIH歯形の手法を説明する。
波動歯車装置における波動発生器の回転角度をφとする。φ=0のときの長軸上の内歯歯車の内歯と外歯歯車の外歯に着目する。波動発生器を0~π/2に回転させたときに得られる、内歯に対する外歯の移動軌跡を曲線lとする(式1)。なお、IH歯形の手法においては、当該移動軌跡における一部の曲線部分を用いるものもあり、その場合は、φの範囲が0~π/2より狭い範囲となる。
すなわち、φ1が0<φ1≦π/2を満たす回転角度であるとすると、φ=0からφ=φ1までの曲線部分が用いられる。
【0014】
曲線lの端点のうち、φ=0のときの端点を点A、φ=π/2のときの端点を点Bとする。点Aと点Bの中点を点Cとする。曲線lを点Bを相似の中心としてλ倍(0<λ<1)して得られる相似曲線を用いて、内歯歯車の内歯の歯末歯形を規定する(式2)。ここで、歯形形状を表す媒介変数をθとする。
【0015】
曲線lを点Bを相似の中心として、(1-λ)倍して相似曲線を求める。この相似曲線を点Cを中心に180度回転させた曲線を用いて、外歯歯車の外歯の歯末歯形を規定する(式3)。
【0016】
なお、内歯の歯元歯形と外歯の歯元歯形は、相手の歯末歯形と干渉しない形状に設定する。
【0017】
(IH歯形の連続接触の証明)
波動歯車装置の内歯歯車、外歯歯車は歯数が多いため、歯数を無限大と見做して、両歯車の歯のかみ合いをラックのかみ合いに近似できる。ラック近似を用いると、歯の傾きの要素がなくなるので、外歯の歯末歯形(式3)の頂点が移動軌跡(式1)に沿って動いた場合の外歯の歯末歯形群は式4として表すことができる。
【0018】
外歯の歯末歯形群の包絡点がかみ合い点である。外歯の歯末歯形群の包絡の条件は、式4についてヤコビアンがゼロになることである。すなわち式5である。
【0019】
【0020】
式6はφ=θのとき、常に成立する。式4でφ=θとしたときに得られる形状が外歯の歯末歯形群の包絡線である。式4でφ=θとすると式7となる。
【0021】
式7は式2との比較から、外歯の歯末歯形の包絡線が内歯の歯末歯形と一致する。よって、式2と式3のように内歯と外歯の歯末歯形を設定すれば、内歯と外歯の間において、広範囲での連続接触が可能なことが証明された。
【0022】
[本発明の歯形の設計手法]
本発明の歯形の設計手法では、次のように歯形を設定する。
【0023】
(外歯30の歯末歯形)
上述したIH歯形の手法と同様に、波動歯車装置1の波動発生器4の回転角度をφとし、φ=0のときの長軸上の内歯歯車2の内歯20と外歯歯車3の外歯30に着目する。φを0~π/2に回転させたときに得られる、内歯20に対する外歯30の移動軌跡を曲線l(第1曲線)とする(式1のまま変わらず)。
曲線lのφ=0のときの端点を点A、φ=π/2のときの端点を点Bとし、点Aと点Bの中点を点Cとする。ここまでは、IH歯形の手法と同じである。
【0024】
曲線lを点Bを相似の中心として、(1-λ)倍して相似曲線を得る。相似曲線を、点Cを中心に180度回転させて、第2曲線を求める。
この第2曲線を、x座標のみα倍して第3曲線を得る(式8)。この第3曲線を用いて、外歯30の歯末歯形を規定する。式8において、θは歯形形状を表す媒介変数である。
【0025】
第3曲線の代わりに、次のようにして求めた第4曲線を用いて外歯30の歯末歯形を規定することもできる。すなわち、曲線lを、点Bを相似の中心として、(1-λ)倍して相似曲線を求め、相似曲線を点Cを中心に180度回転させて第2曲線を求めた後に、第2曲線を、y座標のみβ倍して第4曲線を得る(式9)。この第4曲線を用いて、外歯30の歯末歯形を規定する。
【0026】
(内歯20の歯末歯形)
内歯20の歯末歯形は、設定した外歯30の歯末歯形の包絡により得られる歯形とする。
式8のように外歯30の歯末歯形を設定した場合、ラック近似をしたときの外歯30の歯末歯形群は式10となる。
【0027】
【0028】
式11は解析的には解が得られないため、数値計算により、φとθの関係を求める。その結果を式10に代入することで、内歯20の歯末歯形を得ることができる。
【0029】
また、式9のように外歯30の歯末歯形を設定した場合、ラック近似したときの外歯30の歯末歯形群は式12のようになり、包絡条件は式13となる。
式13を数値計算により解いて式12に代入することにより内歯20の歯末歯形を得る。
【0030】
(歯元歯形)
なお、IH歯形と同様に、内歯20と外歯30の歯元歯形は相手の歯末歯形と干渉しないように設定する。
【0031】
(作用効果)
式8の場合、α<1とすれば、λを同じ値にしたときのIH歯形に対し、外歯歯車3の外歯30の歯厚が薄くなり、その歯底を広くすることができる。あるいは、歯厚が同じになるようにそれぞれのλを調整したとき、IH歯形に対し、外歯30のかみ合いに使う歯面が広くなる。これは、歯の摩擦のエネルギーを受ける範囲が広範囲に分散することを意味する。さらに、外歯30の歯面の曲率半径も大きくなるため、歯面の接触応力が小さくなる。これらを合わせて、摩耗やピッチングなどの歯面の損傷に対して強くなる。
式9の場合、式8の場合のλ=λ0としたときに、β>1かつ、λ=1-λ0/βとすると、式8の場合と同等の効果が得られる。
【0032】
[歯形の設計例]
外歯歯車3が楕円になった時の形状を接線極座標にて式14のようにしたとき、内歯歯車2に対する外歯歯車3のかみ合いをラックかみ合いと見做した場合の移動軌跡は式15で表される。
p:楕円形状に接線を引いたときの、原点から接線までの距離
r
n:外歯歯車が楕円変形する前の真円状態のときの半径
ψ:楕円形状に接線を引いたときの、x軸と接線のなす角度
x
l:ラックのピッチ線方向の座標
y
l:ラックの歯たけ方向の座標
m:モジュール
n:内歯歯車と外歯歯車の歯数差の1/2
φ:波動発生器の回転角、ラック近似ではψと一致する
κ:偏位係数
【0033】
式15の移動軌跡に対し、歯形を計算した例を示す。ただし、m=1、n=1(歯数差が2)、κ=1とした。
【0034】
(比較例:IH歯形)
図2Aに、式15で示される移動軌跡(φ=0~π/2)と共に、λ=0.65とした場合のIH歯形の手法により得られた外歯の歯末歯形および内歯の歯末歯形を示す。
図2Bに、この場合の内歯に対する外歯のかみ合い状況を示す。
【0035】
(本発明の手法による提案歯形の例)
図3Aに、式15で示される移動軌跡(φ=0~π/2)と共に、λ=0.5、α=0.7に設定した場合において本発明の手法により得られた提案歯形(外歯30の歯末歯形および内歯20の歯末歯形)を示す。この提案歯形の歯厚(歯末と歯元の接続部のx座標)は、
図2Aに示すIH歯形の歯厚と同一にしてある。
1-0.65(=1-λ)=0.5×0.7(=λ・α)=0.35
図3Bに、この場合の内歯20に対する外歯30のかみ合い状況を示す。また、
図3Cに、内歯20の歯末歯形を規定するために、λ=0.5、α=0.7としたときの数値計算により求めたθとφの関係を示す。
図3Dに、本発明の手法による提案歯形とIH歯形を示す。