(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-20
(45)【発行日】2024-05-28
(54)【発明の名称】波浪予測モデルの構築方法および波浪予測方法
(51)【国際特許分類】
G01W 1/00 20060101AFI20240521BHJP
G06N 20/00 20190101ALI20240521BHJP
【FI】
G01W1/00 Z
G06N20/00 160
(21)【出願番号】P 2019028125
(22)【出願日】2019-02-20
【審査請求日】2021-11-08
【審判番号】
【審判請求日】2023-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】504150461
【氏名又は名称】国立大学法人鳥取大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000219406
【氏名又は名称】東亜建設工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100129252
【氏名又は名称】昼間 孝良
(74)【代理人】
【識別番号】100155033
【氏名又は名称】境澤 正夫
(72)【発明者】
【氏名】金 洙列
(72)【発明者】
【氏名】武田 将英
(72)【発明者】
【氏名】倉原 義之介
(72)【発明者】
【氏名】原 知聡
(72)【発明者】
【氏名】西山 大和
【合議体】
【審判長】石井 哲
【審判官】渡戸 正義
【審判官】松本 隆彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-107237(JP,A)
【文献】特開2018-21856(JP,A)
【文献】特開2017-187371(JP,A)
【文献】特開2011-59779(JP,A)
【文献】林 勲,GMDH,日本ファジィ学会誌,日本,1995年,Vol.7, No.2,p.270-274,[検索日:2023/05/08], <DOI: https://doi.org/10.3156/jfuzzy.7.2_270>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01W1/00-1/18
G06N3/00-3/126
G06N7/08-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
日本沿岸の所望地点またはその周辺で観測された有義波高または有義波周期の少なくとも一方の波浪情報の観測値を出力変数とし、複数の所定組織により提供された全球波浪モデルを用いた前記所望地点に対応する地点における前記観測値の観測時刻と同じ時刻の前記波浪情報を前記観測時刻から所定期間だけ前に予報した予報値を前記出力変数に対する入力変数として、前記所望地点に対応する前記地点にはそれぞれの前記所定組織において前記予報値が提供される地点のうちで、前記所望地点と同じ地点、この同じ地点が存在しない場合は前記所望地点と近似する位置に
ある地点を採用し、Group Method of Data Handlingによる機械学習を用いて、演算装置により前記入力変数と前記出力変数との関係を算出し、算出した前記入力変数と前記出力変数との関係に基づいて予測式を作成して、予め作成された前記予測式に対して、複数の前記所定組織により所定時刻に提供される前記所定時刻から前記所定期間だけ先の前記所望地点に対応する前記地点の前記波浪情報の予報値が入力されることで、前記所望地点の前記所定時刻から前記所定期間だけ先の前記波浪情報の予測値が算出される波浪予測モデルを構築し、前記所定期間を少なくとも5日にすることを特徴とする波浪予測モデルの構築方法。
【請求項2】
前記所定組織が3つであり、3つの前記所定組織のうちの少なくとも2つを組み合わせた4通りのグループを形成し、これら4つのグループ毎にそのグループの前記所定組織から提供された前記予報値を用いて4つの前記波浪予測モデルを構築し、それぞれの前記波浪予測モデルによる前記予測値とこの予測値に対応する前記観測値との一致度を前記演算装置により算出し、前記一致度が最も高い前記波浪予測モデルを選択する請求項1に記載の波浪予測モデルの構築方法。
【請求項3】
前記観測値として、全国港湾海洋波浪情報網(ナウファス)により提供されたデータを使用する請求項1または2に記載の波浪予測モデルの構築方法。
【請求項4】
前記観測値および前記予報値として、少なくとも1年間の経時データを使用する請求項1~3のいずれかに記載の波浪予測モデルの構築方法。
【請求項5】
前記所定期間を少なくとも1週間にする請求項1~4のいずれかに記載の波浪予測モデルの構築方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の波浪予測モデルの構築方法により構築された波浪予測モデルを用いて、前記所望地点の前記所定時刻から前記所定期間だけ先の前記波浪情報の前記予測値を把握する波浪予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波浪予測モデルの構築方法および波浪予測方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海洋工事、船舶の運航、出漁等は、対象水域の波高や波の周期等の影響を受けるため、これらの情報を考慮して、作業スケジュール等を計画、決定する必要がある。即ち、波浪情報を事前に把握することが、作業の円滑化、安全性の向上などにつながる。海洋工事では例えば、ケーソンや大型構造物の据え付け、海底ケーブルの敷設には、数日間連続した作業が必要になるので、1週間程度先までの波浪の中期予測が必要になる。
【0003】
従来、波浪を予測するための予測システムは種々提案されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1では、アメリカ環境予報局が提供する情報を利用した波浪計算システムが提案されている。現状、波浪の中期予測は、全球波浪モデルを用いて行われていて、日本、アメリカ、欧州の3つの機関などが実施している。しかしながら、これら機関による全球波浪モデルを用いた波浪予測情報は空間解像度が低いため、日本沿岸の局所的な対象水域の波浪情報としては十分な精度を期待することはできない。一方、これらの機関による全球波浪情報には、定時にデータが配信される確実性がある。
【0004】
そこで、ニューラルネットワーク法を用いて、複数カ所の海象・気象データ(有義波高や周期、波向、風速や風向、気圧など)を入力して、対象水域の波浪の中期予測を行う試みもある。しかしながら、この方法では、観測値を入力しているので、欠測時には波浪の予測値を得ることができない。また、出力毎にニューラルネットワークモデルを作成する際、パラメータの選択余地が多くなるので計算負荷が過大になる他、ネットワークの設定に労力を要する等の問題がある。それ故、波浪の中期予測をより簡便に精度よく行うには改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、波浪の中期予測を精度よく行うことができる波浪予測モデルを簡便に構築できる構築方法および波浪の中期予測をより簡便に精度よく行うことが可能な波浪予測方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため本発明の波浪予測モデルの構築方法は、日本沿岸の所望地点またはその周辺で観測された有義波高または有義波周期の少なくとも一方の波浪情報の観測値を出力変数とし、複数の所定組織により提供された全球波浪モデルを用いた前記所望地点に対応する地点における前記観測値の観測時刻と同じ時刻の前記波浪情報を前記観測時刻から所定期間だけ前に予報した予報値を前記出力変数に対する入力変数として、前記所望地点に対応する前記地点にはそれぞれの前記所定組織において前記予報値が提供される地点のうちで、前記所望地点と同じ地点、この同じ地点が存在しない場合は前記所望地点と近似する位置にある地点を採用し、Group Method of Data Handlingによる機械学習を用いて、演算装置により前記入力変数と前記出力変数との関係を算出し、算出した前記入力変数と前記出力変数との関係に基づいて予測式を作成して、予め作成された前記予測式に対して、複数の前記所定組織により所定時刻に提供される前記所定時刻から前記所定期間だけ先の前記所望地点に対応する前記地点の前記波浪情報の予報値が入力されることで、前記所望地点の前記所定時刻から前記所定期間だけ先の前記波浪情報の予測値が算出される波浪予測モデルを構築し、前記所定期間を少なくとも5日にすることを特徴とする。
【0008】
本発明の波浪予測方法は、上記の波浪予測モデルの構築方法により構築された波浪予測モデルを用いて、前記所望地点の前記所定時刻から前記所定期間だけ先の前記波浪情報の前記予測値を把握する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の波浪予測モデルの構築方法では、日本沿岸の所望地点またはその周辺で予め観測された前記観測値(出力変数)と、複数の所定組織により予め提供された前記予報値(入力変数)とを用いるのでデータの取得が容易である。そして、それぞれの入力変数と、対応する出力変数との関係を、Group Method of Data Handlingによる機械学習を用いることで、計算負荷を過大にすることなく迅速、かつ、適正に算出できる。そして、算出した入力変数と出力変数との関係と、複数の前記所定組織により所定時刻に提供される前記所定時刻から前記所定期間先の前記所望地点に対応する前記地点の前記波浪情報の予報値と、に基づいて構築した波浪予測モデルを使用することで、所望地点の前記所定期間先の前記波浪情報の予測値を精度よく把握できるので、中期予測をより簡便に高精度で行うことが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の波浪予測方法を実施する予測システムを例示する説明図である。
【
図2】有義波高の観測値と、NOAA WW3およびECMWF ERA5の予報値に基づいて予測した有義波高の予測値との相関関係を例示するグラフ図である。
【
図3】有義波周期の観測値と、JMA GWMおよびECMWF ERA5の予報値に基づいて予測した有義波周期の予測値との相関関係を例示するグラフ図である。
【
図4】有義波高の観測値と、JMA GWM、NOAA WW3およびECMWF ERA5の予報値に基づいて予測した有義波高の予測値との相関関係を例示するグラフ図である。
【
図5】有義波周期の観測値と、JMA GWM、NOAA WW3およびECMWF ERA5の予報値に基づいて予測した有義波周期の予測値との相関関係を例示するグラフ図である。
【
図6】有義波高の観測値と、JMA GWMによる有義波高の予報値との相関関係を例示するグラフ図である。
【
図7】有義波高の観測値と、NOAA WW3による有義波高の予報値との相関関係を例示するグラフ図である。
【
図8】有義波高の観測値と、ECMWF ERA5による有義波高の予報値との相関関係を例示するグラフ図である。
【
図9】有義波周期の観測値と、JMA GWMによる周期の予報値との相関関係を例示するグラフ図である。
【
図10】有義波周期の観測値と、NOAA WW3による周期の予報値との相関関係を例示するグラフ図である。
【
図11】有義波周期の観測値と、ECMWF ERA5による周期の予報値との相関関係を例示するグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の波浪予測モデルの構築方法および波浪予測方法を、図に示した実施形態に基づいて説明する。
【0012】
本発明は、波高(有義波高Hs)、周期(有義波周期Ts)の少なくとも一方の波浪情報を予測対象にする。即ち、本発明では、日本沿岸の所望の地点での有義波高Hsのみ、または、有義波周期Tsのみ、或いは、有義波高Hsおよび有義波周期Tsの中期予測が行われる。中期予測とは所定時刻(現時点)から少なくとも5日(120時間)以上先、より好ましくは1週間(168時間)以上先までを予測することを意味する。
【0013】
本発明により波浪予測を行うには、
図1に例示する波浪予測システム1(以下、システム1という)が使用される。このシステム1は、インターネット網などの通信ネットワーク8に接続されていて、演算装置3と記憶部4と入力部5と出力部6とを備えている。演算装置3はプロセッサ、記憶部4はメモリ、入力部5は演算装置3や記憶部4に対して各種の指令を出すキーボードやマウスなど、出力部6は演算装置3や記憶部4からのデータが出力されるモニタやプリンタである。記憶部4には、波浪予測モデル7が記憶されている。具体的には、演算装置3および記憶部4を有するコンピュータ2が通信ネットワーク8に接続され、コンピュータ2に入力部5、出力部6が接続されて構成されている。
【0014】
通信ネットワーク8には、後述する所定組織9(9A、9B、9C)のサーバが接続されている。この通信ネットワーク8には、全国港湾海洋波浪情報網10(Nationalwide Ocean Wave information network for Ports and HarbourS、以下、ナウファス10という)も接続されている。したがって、このシステム1は、通信ネットワーク8を通じて、所定組織9(9A、9B、9C)およびナウファス10から提供される波浪情報を入手することができる。
【0015】
波浪予測モデル7を構築するために使用されるデータは、日本沿岸の所望地点で予め観測された有義波高Hs、有義波周期Tsの観測値と、複数の所定組織9により予め提供された全球波浪モデルを用いた所望地点に対応する地点における、観測値の観測時刻と同じ時刻の有義波高Hs、周期Tの予報値である。
【0016】
この有義波高Hs、有義波周期Tsの観測値のデータは、予測対象となる所望地点またはその周辺で観測されたデータを採用すればよい。ナウファス10は、日本沿岸の多数の地点で観測された有義波高Hs、有義波周期Tsの観測値のデータを提供している。そこで、ナウファス10により提供される所望地点のデータを用いれば良い。ナウファス10以外の他の所望地点であっても、その地点に対して使用可能な十分な観測値のデータがある場合は、そのデータを用いれば良い。
【0017】
所定組織9とは具体的には、日本気象庁9A、アメリカ海洋大気庁9B、ヨーロッパ中期予報センタ9Cである。日本気象庁9Aは全球波浪数値予報モデルGPV(JMA GWM)と波浪アンサンブルモデルGPV(JMA WEM)を使用し、アメリカ海洋大気庁9Bは波浪モデルにWAVEWATCH IIIを用いたmulti 1(NOAA WW3)を使用し、ヨーロッパ中期予報センタ9Cは波浪モデルにWAMを用いたHRES-WAM(ECMWF ERA5)を使用している。所定組織9から提供されるデータとしては、予測対象となる所望地点に対応する地点についての予報値を用いる。
【0018】
これら所定組織9A、9B、9Cから提供される波高の予報値は有義波高Hsであるが、周期Tの予報値は有義波周期Tsではない。JMA GWMにより提供される予報値は卓越波向きのエネルギースペクトルが最も大きくなる周期Tpである。NOAA WW3による提供される予報値は、スペクトルの0次および2次モーメントから得られる平均周期Tm02である。ECMWF ERA5により提供される予報値は、スペクトルの0次および1次モーメントから得られる平均周期Tm01である。これらの定義の異なる周期であっても、本発明の波浪予測モデルの構築方法を用いれば、有義波周期Tsに変換できる。
【0019】
現状では、これらの所定組織9A、9B、9Cの中から選択された2つの所定組織から提供される予報値のデータ、或いは、3つの所定組織9A、9B、9Cから提供される予報値のデータが採用されるが、所定組織9は、これら機関9A、9B、9Cに限定されない。将来的には例えば、これら所定組織9A、9B、9Cの後継機関や、これら所定組織9A、9B、9Cに準ずる権威ある機関により提供されるデータを採用することもできる。
【0020】
本発明に使用される波浪予測モデル7を構築するには、Ivakhnenkoらによって提案されたGroup Method of Data Handling(以下、GMDHという)という機械学習を用いる。GMDHは、複雑な構造を有する非線形システムに対して、入力データおよび出力データから発見的自己組織化の原理に基づいてモデルの構築を行う。詳しくは、GMDH部分表現式を用いて波浪予測モデル7を構築する。
【0021】
いま、非線形システムの入力変数x=(x1、x2、x3、・・・、xn)と出力変数φとの間に以下の関係(システムの完全表現式)があるとする。
φ=f(x1、x2、x3、・・・、xn) (1)
【0022】
このシステムの完全表現式として、下記(2)式のKolmogorov-Gaborの多項式が最も多用されている。
ここで、a
0、a
i、a
ij、a
ijkは定数項である。
【0023】
(2)式の多項式は、2変数の組合せによる下記(3)式の2次多項式で表される中間変数ykを仲介させることで構成することができる。
yk=bk0+bk1xi+bk2xj+bk3xixj+bk4xi
2+bk5xj
2
k=1、2、・・・、N(N-1)/2 (3)
ここで、bk0、bk1、・・・、bk5は定数項(係数)である。(3)式は部分表現式であり、(2)式に比して非常に簡単なコーディングで済む。この部分表現式を用いるGMDHのアルゴリズムは以下のステップ1~ステップ5のとおりである。
【0024】
ステップ1では、システムの入力変数xおよび出力変数φを決定する。
【0025】
ステップ2では、入力変数xおよび出力変数φを、係数(bk0、bk1、・・・、bk5)の決定に用いる訓練データ(個数Nt)と中間変数ykの選択に用いる検定データ(個数Nc)に分ける。システムの適合性判定は検証データ(個数Np)に対して行う。
【0026】
ステップ3では、2変数の組合せを作り、訓練データを用いて部分表現式の係数(b
k0、b
k1、・・・、b
k5)を、下記(4)式に示すように、y
kの推定値と観測値の自乗和e
TRNが最小になるように求める。
【0027】
これらは、以下(5)~(10)の連立方程式を解いて求めることができる。
【0028】
ステップ4では、上記の計算によって得られた部分表現式によって、検定データに対する下記(11)式の2乗誤差e
CHKが小さくなるものから順にL個の中間変数y
kを選択する。
【0029】
ステップ5では、xi=yi、xj=yjとしてステップ3とステップ4の操作を繰り返して、2変数の2次多項式を多層に積み重ねて、検証データに対する自乗誤差が改善されなくなったところで、この操作を打ち切る。このようにして、出力変数φと入力変数xとの関係を演算装置3により算出することができる。尚、使用する入力変数が2種類だけの場合は、(11)式のように誤差eCHKが小さくなるものを選ぶ必要はなく、(3)式の2変数を用いた部分表現式がそのまま予測式になる。
【0030】
波浪予測モデル7を構築する際の出力変数φは、上述した所望地点での有義波高Hs、有義波周期Tsの観測値である。この有義波高Hsの出力変数φに対する入力変数xは、上述した3つの所定組織9A、9B、9Cのうちの少なくとも2つの所定組織から提供される有義波高Hsの予報値(観測値の観測時刻と同じ時刻の有義波高Hsを所定期間tx前に予報した予報値)である。同様に、この有義波周期Tsの出力変数φに対する入力変数xは、3つの所定組織9A、9B、9Cのうちの少なくとも2つの所定組織から提供される周期T(Tp、Tm02、Tm01)の予報値(観測値の観測時刻と同じ時刻の有義波周期Tsを所定期間tx前に予報した予報値)である。
【0031】
3つの所定組織9A、9B、9Cの組合せを考えると、9Aと9B、9Aと9C、9Bと9C、9Aと9Bと9Cの4通りのグループになる。したがって、有義波高Hs、有義波周期Tsに対してそれぞれ、4通りの波浪予測モデル7を構築できる。構築されたそれぞれの波浪予測モデル7によって、検証データを用いて有義波高Hs、有義波周期Tsを予測する。そして、その予測値とこれに対応する観測値との一致度を確認し、この一致度が最も高い波浪予測モデル7を波浪予測に用いるとよい。この一致度の高さは、予測値と観測値との相関係数CCを算出して、相関係数CCが1に近いほど一致度が高いと判断すればよい。このようにして、一致度が最も高い波浪予測モデル7を、予測に使用する波浪予測モデルとして選択することで、一段と高精度の予測が可能になる。
【0032】
JMA GWMにより提供される予報値は最長で264時間先、NOAA WW3による提供される予報値は最長で180時間先、ECMWF ERA5により提供される予報値は最長で240時間先である。したがって、これら3つの所定組織9A、9B、9Cによる予報値を用いることで、1週間(168時間)先までの波浪情報を予測することが可能になる。JMA GWMおよびECMWF ERA5により提供される予報値に基づいて波浪予測モデル7を構築する場合は、10日(240時間)先までの波浪情報を予測することが可能になる。
【0033】
この波浪予測モデル7の構築方法では、日本沿岸の所望地点またはその周辺で予め観測された観測値(出力変数φ)と、複数の所定組織9により予め提供された予報値(入力変数x)とを用いるのでデータの取得作業が容易になる。そして、それぞれの入力変数xと、これに対応する出力変数φとの関係を、GMDHを用いることで、計算負荷を過大にすることなく迅速、かつ、適正に演算装置3によって算出することができる。
【0034】
この算出された出力変数φと入力変数xの関係に基づいて、演算装置3によって予測式が作成される。この予測式は、複数の所定組織9により所定時刻に提供されるその所定時刻から所定期間先txの所望地点に対応する地点の波浪情報の予報値を代入することで、所望地点のその所定時刻から所定期間先txの波浪情報の予測値が算出される波浪予測モデル7になる。
【0035】
それぞれの所望地点について波浪予測モデル7を一度作成すれば、その所望地点の現場条件に大きな変化がなければ比較的長期に渡って、その波浪予測モデル7を使い続けることができる。そのため、頻繁に波浪予測モデル7を構築しなくても済む。
【0036】
波浪予測モデル7を構築する際に使用する観測値および予報値として少なくとも1年間、より好ましくは少なくとも3年間の経時データを使用することが好ましい。1年間以上、より好ましくは3年間以上の経時データを用いることで、波浪予測モデル7による予測値を、実用に耐え得る十分な精度に向上させることができる。
【0037】
波浪予測モデル7を構築する際に、使用するデータのどの範囲を訓練データ、検定データにするかによって、構築された波浪予測モデル7による予測値が変化する。即ち、波浪予測モデル7による予測精度に違いが生じる。そこで、訓練データ、検定データのそれぞれに割り当てるデータを複数パターンに異ならせることで、複数の波浪予測モデル7を構築して、それぞれの波浪予測モデル7の予測値とこれに対応する観測値との一致度を確認する。そして、この一致度が最も高い波浪予測モデル7を波浪予測に用いるモデルとして選択するとよい。
【0038】
次に、本発明によって、所望地点の波浪情報(有義波高Hsおよび有義波周期Ts)の中期予測を実施する手順の一例を説明する。
【0039】
図1に例示するように、システム1を構成する記憶部4には、上述した波浪予測モデル7が記憶されている。そこで、所定時刻(現時点)から所定期間tx先の波浪情報を予測するには、所定組織9から提供される所定時刻から所定期間tx先の波浪情報の予報値のデータをコンピュータ2に入力する。そして、演算装置3は入力されたデータと
波浪予測モデル7(予測式)とを用いて、所定期間tx先の有義波高Hsおよび有義波周期Tsの予測値を算出する。このようにして、所望地点の所定時刻から所定期間tx先の有義波高Hsおよび有義波周期Tsの予測値を把握することができる。この波浪予測モデル7を用いることで、波浪の中期予測をより簡便に高精度で行うことが可能になる。
【0040】
所定組織9からは定期間隔(例えば3時間毎)で波浪情報の予報値が提供される。そこで、例えば6時間または12時間毎に新たな予報値のデータを用いて有義波高Hsおよび有義波周期Tsの予測値を算出する。所定期間txを1週間にすれば1週間先の有義波高Hsおよび有義波周期Tsを予測できる。所定期間txを例えば、24時間、48時間、・・・、168時間などの複数にして、時系列の予測値を算出するとよい。
【実施例】
【0041】
予測対象地点を茨城県常陸那珂として、有義波高Hsと有義波周期Tsについて、それぞれの所定組織9A、9B、9Cから提供される予報値を入力変数、ナウファス10により提供される観測値を出力変数として、上述した手順でGMDHによる波浪予測モデルを構築した。入力変数としてはJMA GWMとNOAA WW3の組合せ、JMA GWMとECMWF ERA5の組合せ、NOAA WW3とECMWF ERA5の組合せ、JMA GWMとNOAA WW3とECMWF ERA5の組合せの4通りとして、波高と周期のそれぞれについて4通りの波浪予測モデルを構築した。尚、ここでは、上記の波浪予測モデルの構築方法が妥当であるかを調べるにあたり、予報値として実際の予報値を用いるのではなく、過去に行われた予報の初期値と解析値を用い、観測値としては同時刻のデータを用いた。即ち、過去を対象とした予測を行った。
【0042】
ナウファスによる常陸那珂の観測位置は、北緯36.395°、東経140.653°であるので、それぞれの所定組織9A、9B、9Cの予報値は、JMA GWM(北緯36.5°、東経141.0°)、NOAA WW3(北緯36.5°、東経141.°)、ECMWF ERA5(北緯36.36°、東経140.76°)を採用した。使用したデータ(観測値およびそれぞれの予報値)の期間は、UTC時刻で2010年1月1日~2015年12月31日の6年間、データの時間間隔は6時間として、その6時間毎の値をここでは予報値とした。即ち、観測値(出力変数)に対して、その観測値が観測された観測時刻と同じ観測時刻での値を予報値(入力変数)として検証した。
【0043】
予測モデルを構築する際には、2010年1月1日~2013年12月31日の4年間のデータを訓練データとし、2014年1月1日~12月31日の1年間のデータを検定データとし、2015年1月1日~12月31日の1年間のデータを検証データとして使用した。また、GMDHのステップ4では、eCHK≧1020を超えたとなった中間変数は次のステップから除いた。
【0044】
有義波高Hsと有義波周期Tsのそれぞれについて構築した4通りの波浪予測モデルにおいて、検証用データを用いて、それぞれの波浪予測モデルによる予測値と観測値との一致度を確認した。それぞれの波浪予測モデルについて、相関係数CCおよび自乗平均平方根誤差RMSEを表1に示す。また、比較のため、JMA GWM、NOAA WW3およびECMWF ERA5のそれぞれの2015年1月1日~12月31日の1年間のデータを用いて、MA GWM、NOAA WW3およびECMWF ERA5のそれぞれにより提供された有義波高Hsの予報値とナウファスにより提供された有義波高Hsの観測値との一致度、JMA GWM、NOAA WW3およびECMWF ERA5のそれぞれによる周期Tの予報値とナウファスにより提供された有義波周期Tsの観測値との一致度を確認した。それぞれのケースについて、相関係数CCおよび自乗平均平方根誤差RMSEを表1に示す。
【0045】
【0046】
相関係数CCが1に近いほど予測値と観測値との一致度が高いと判断できる。その結果、一致度が最も高いのは、有義波高Hsについては
図2に結果を示すNOAA WW3およびECMWF ERA5の予報値に基づいて構築した波浪予測モデルであり、有義波周期Tsについては
図3に結果を示すJMA GWMおよびECMWF ERA5の予報値に基づいて構築した波浪予測モデルであった。
【0047】
これら波浪予測モデルによる有義波高Hsの具体的な予測式は下記の(12)式、有義波周期Tsの具体的な予測式は下記の(13)式である。
【0048】
JMA GWMとNOAA WW3とECMWF ERA5との予報値に基づいて構築した波浪予測モデルによる結果を、有義波高Hsについては
図4、有義波周期Tsについては
図5に示す。また、JMA GWM、NOAA WW3、ECMWF ERA5のそれぞれ単独の有義波高Hsの予報値と、有義波高Hsの観測値との比較を
図6、
図7、
図8に示す。JMA GWM、NOAA WW3、ECMWF ERA5のそれぞれ単独の周期Tの予報値と、有義波周期Tsの観測値との比較を
図9、
図10、
図11に示す。
【0049】
常陸那珂の有義波高Hsの中期予測については、
図2に示す結果が、
図4や
図6、7、8に示す結果よりも予測精度(観測値との一致度)に優れていて、NOAA WW3およびECMWF ERA5の予報値に基づいて構築した波浪予測モデルを用いることが最良になる。有義波周期Tsの中期予測については、
図3に示す結果が、
図5や
図9、10、11に示す結果よりも予測精度(観測値との一致度)に優れていて、JMA GWMおよびECMWF ERA5の予報値に基づいて構築した波浪予測モデルを用いることが最良になる。有義波高Hsの中期予測と有義波周期Tsの中期予測とでは、最良となる波浪予測モデルが相違する結果になった。
【符号の説明】
【0050】
1 波浪予測システム
2 コンピュータ
3 演算装置(プロセッサ)
4 記憶部(メモリ)
5 入力部(キーボード、マウス)
6 出力部(モニタ、プリンタ)
7 波浪予測モデル
8 通信ネットワーク
9(9A、9B、9C) 所定組織
10 ナウファス