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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-20
(45)【発行日】2024-05-28
(54)【発明の名称】殺菌装置および殺菌方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 2/08 20060101AFI20240521BHJP
   A23L 15/00 20160101ALI20240521BHJP
   A23L 3/26 20060101ALI20240521BHJP
【FI】
A61L2/08 108
A23L15/00 Z
A23L3/26
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020134382
(22)【出願日】2020-08-07
(65)【公開番号】P2022030387
(43)【公開日】2022-02-18
【審査請求日】2023-02-10
(73)【特許権者】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】片岡 憲昭
(72)【発明者】
【氏名】河原 大吾
(72)【発明者】
【氏名】関口 正之
【審査官】齊藤 光子
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-527046(JP,A)
【文献】特開2019-126266(JP,A)
【文献】特開平07-194295(JP,A)
【文献】特開平07-289159(JP,A)
【文献】特開平08-151021(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 2/00-28
A23L 15/00
A23L 3/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線を照射することにより、処理対象物を殺菌する殺菌装置であって、
電子線を前記処理対象物に照射する電子線照射部と、
前記処理対象物の搭載部と、
前記処理対象物と前記電子線照射部との間に配置されたスリット部と、を有し、
前記スリット部は、複数の開口部を有し、前記処理対象物の高所の上方に設けられ、
前記処理対象物は、前記高所と、前記高所より低い低所とを有し、
前記スリット部は、前記低所に対応する第1領域における開口率より、前記高所に対応する第2領域における開口率が小さい、殺菌装置。
【請求項2】
電子線を照射することにより、処理対象物を殺菌する殺菌装置であって、
電子線を前記処理対象物に照射する電子線照射部と、
前記処理対象物の搭載部と、
前記処理対象物と前記電子線照射部との間に配置されたスリット部と、を有し、
前記スリット部は、複数のライン状の開口部を有し、前記処理対象物の高所の上方に設けられ、
前記処理対象物は、前記高所と、前記高所より低い低所とを有し、
前記スリット部は、前記高所上の前記ライン状の開口部の幅は、前記低所上の前記ライン状の開口部の幅より小さい、殺菌装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の殺菌装置において、
前記スリット部は、金属材料または炭素材料からなり、
前記電子線照射部は、チャンバーと、前記チャンバー内に配置されたフィラメントと、前記チャンバーに設けられたウィンドウと、を有し、前記フィラメントに電流を流すことにより放出された電子が加速電圧により加速され前記ウィンドウから電子線が照射される、殺菌装置。
【請求項4】
請求項1又は請求項2記載の殺菌装置において、
前記搭載部は、前記電子線照射部からの電子線の照射領域内を前記処理対象物が通過するよう、前記処理対象物を回転させつつ搬送する搬送部である、殺菌装置。
【請求項5】
請求項1又は請求項2記載の殺菌装置において、
前記処理対象物は、可食部と前記可食部を覆う表面部とを有する食品である、殺菌装置。
【請求項6】
電子線を照射することにより、処理対象物を殺菌する殺菌方法であって、
(a)電子線を前記処理対象物に照射する電子線照射部と、前記処理対象物の搭載部と、前記処理対象物と前記電子線照射部との間に配置されたスリット部と、を有する電子線照射装置を準備する工程、
(b)前記処理対象物を前記搭載部に搭載し、前記スリット部を介して電子線を照射する工程、を有し、
前記(b)工程の前記スリット部は、複数の開口部を有し、前記処理対象物の高所の上方に設けられ、
前記処理対象物は、前記高所と、前記高所より低い低所とを有し、
前記スリット部は、前記低所に対応する第1領域における開口率より、前記高所に対応する第2領域における開口率が小さい、殺菌方法。
【請求項7】
電子線を照射することにより、処理対象物を殺菌する殺菌方法であって、
(a)電子線を前記処理対象物に照射する電子線照射部と、前記処理対象物の搭載部と、前記処理対象物と前記電子線照射部との間に配置されたスリット部と、を有する電子線照射装置を準備する工程、
(b)前記処理対象物を前記搭載部に搭載し、前記スリット部を介して電子線を照射する工程、を有し、
前記(b)工程の前記スリット部は、複数のライン状の開口部を有し、前記処理対象物の高所の上方に設けられ、
前記処理対象物は、前記高所と、前記高所より低い低所とを有し、
前記スリット部は、前記高所上の前記ライン状の開口部の幅は、前記低所上の前記ライン状の開口部の幅より小さい、殺菌方法。
【請求項8】
請求項6又は請求項7記載の殺菌方法において、
前記搭載部は、前記電子線照射部からの電子線の照射領域内を前記処理対象物が通過するよう、前記処理対象物を回転させつつ搬送する搬送部であり、
前記(b)工程は、前記処理対象物を回転させつつ、電子線を照射する工程である、殺菌方法。
【請求項9】
請求項7記載の殺菌方法において、
前記処理対象物は、前記高所と、前記高所より低い低所とを有し、
前記スリット部の前記高所上の前記ライン状の開口部の幅および前記低所上の前記ライン状の開口部の幅を、前記処理対象物の表面形状に基づいてシミュレーションにより設定する、殺菌方法。
【請求項10】
請求項6又は請求項7記載の殺菌方法において、
前記処理対象物は、可食部と前記可食部を覆う表面部とを有する食品である、殺菌方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、殺菌装置および殺菌方法に関し、特に、可食部を覆う殻や外皮を有する食品の表面殺菌処理に有効な技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鶏卵は、洗浄により卵殻表面のクチクラ層が除去され、卵殻中の微小孔(気孔)が開放状態となる。このため微小孔中にサルモネラ菌などの微生物が侵入し易く、洗卵の表面が汚染される恐れがある。
【0003】
このような汚染に対し、薬剤殺菌(湿式殺菌)が行われている。しかしながら、薬剤殺菌では、残留薬剤の影響が懸念される。例えば、残留薬剤による匂いなど、風味の低下が生じ得る。また、廃液による環境汚染が懸念される。
【0004】
このため、ドライかつ非熱的処理(乾式殺菌)である紫外線を用いた処理が実用化されている。また、ドライかつ非熱的処理(乾式殺菌)である放射線を用いた処理が研究されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、電子線を照射する照射窓を備えた電子線照射手段と、上記照射窓から照射される電子線の照射領域内でパリソン(物品)を搬送する搬送手段と、上記搬送手段によるパリソンの搬送経路を挟んで対向して配置された磁石とを備える電子線殺菌装置が開示されている。係る装置によれば、上記対向する磁石によって、上記照射窓から照射される電子線の照射方向に沿った磁界を発生させ、上記パリソンが上記対向する磁石の間を通過する間に、上記照射窓から照射された電子線を上記磁界によって偏向させて、上記パリソンに照射され、効率的に物品の殺菌を行うことができる。
【0006】
また、特許文献2には、石灰質の殻の殺菌に電子ビーム束を用いる家禽卵の処理方法および装置が開示され、電子ビーム源のビーム経路を通じて少なくとも1つの卵を移動させるステップと、卵に照射して、石灰質の殻に様々な線量を照射するステップとを有する方法であって、電子ビームを使用して、卵の石灰質の殻の全領域を広範囲に照射し、電子ビームの経路に要素を挿入して、照射を石灰質の殻の全領域にわたって分布させ、所定の目標線量範囲内に設定されている線量により、石灰質の殻は広範囲に照射されるステップ、または電子ビーム源を使用して、電子ビームの経路内で回転している/回転された卵を照射するステップ、または電子ビーム源を使用して、回転装置の上流に配置された装置内において、片側がゼロ度の位置となるように保持された卵に照射するステップを有する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-209136号公報
【文献】特表2019-527046号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述したように、食品を殺菌する方法には、大きく分けて湿式殺菌、乾式殺菌がある。例えば、鶏卵の表面のみを滅菌する場合には、次亜塩素酸を用いた湿式殺菌が行われる。しかしながら、このような殺菌方法では、前述したように残留薬剤や廃液の問題がある。
【0009】
また、紫外線を用いた処理(乾式殺菌)においては、殺菌効果が鶏卵の表面に限定され、その内部(例えば、卵殻中の微小孔の内部)の殺菌までは十分に行えない恐れがある。また、鶏卵の表面に汚れが付着している場合には、殺菌不良となる恐れがある。
【0010】
これに対し、電子線を用いた処理(乾式殺菌)においては、鶏卵の表面だけでなく、卵殻の一定深さまでの殺菌が可能である。また、鶏卵の表面の汚れを透過して殺菌を行うことができるため、有用である。
【0011】
しかしながら、鶏卵のような楕円球状の処理対象物においては、その表面の端部と中央部で電子線の線源からの距離が異なるため、電子線の照射の際、表面線量に大小の差が生じることから、鶏卵の表面の全体に均一に電子線を照射することは難しい。また、鶏卵の表面の全体に殺菌効果を及ぼすため電子線の照射強度を大きくすると、電子線の照射に伴い生じる制動X線の線量が大きくなり、鶏卵の内部線量が大きくなってしまう。
【0012】
一方、例えば、前述のような磁界により電子線の表面線量を均一化する方法でも、電子ビームが曲げられる際に制動X線が発生するため鶏卵の内部線量が大きくなってしまう。
【0013】
本発明の目的は、可食部を覆う殻や外皮を有する食品について、その表面の全体において、より均一に電子線を照射し、その表面の全体において電子線による殺菌効果を付与する殺菌装置および殺菌方法を提供することにある。また、可食部を覆う殻や外皮を有する食品について、その表面の全体において電子線を照射しつつ、電子線の照射に伴い生じる制動X線の可食部に対する影響を低減し、可食部に照射されるX線の線量を法令などに規定される基準を満たすように小さく抑えることができる殺菌装置および殺菌方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(1)本発明の殺菌装置は、電子線を照射することにより、処理対象物を殺菌する殺菌装置であって、電子線を前記処理対象物に照射する電子線照射部と、前記処理対象物の搭載部と、前記処理対象物と前記電子線照射部との間に配置されたスリット部と、を有し、前記スリット部は、複数の開口部を有し、前記処理対象物の高所の上方に設けられる。
【0015】
(2)本発明の殺菌方法は、電子線を照射することにより、可食部と前記可食部を覆う表面部とを有する処理対象物を殺菌する殺菌方法であって、(a)電子線を前記処理対象物に照射する電子線照射部と、前記処理対象物の搭載部と、前記処理対象物と前記電子線照射部との間に配置されたスリット部と、を有する電子線照射装置を準備する工程、(b)前記処理対象物を前記搭載部に搭載し、前記スリット部を介して電子線を照射する工程、を有し、前記(b)工程の前記スリット部は、複数の開口部を有し、前記処理対象物の高所の上方に設けられる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の殺菌装置または殺菌方法によれば、可食部を覆う殻や外皮を有する食品について、その表面の全体において、より均一に電子線を照射し、その表面の全体において電子線による殺菌効果を付与することができる。また、可食部を覆う殻や外皮を有する食品について、その表面の全体において電子線を照射しつつ、電子線の照射に伴い生じる制動X線の可食部に対する影響を低減し、可食部に照射されるX線の線量を法令などに規定される基準を満たすように小さく抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施の形態1の電子線照射装置および電子線照射方法を示す断面図および斜視図である。
図2】被処理物にスリットを介さずに電子線を照射する様子を示す断面図である。
図3】スリットまたは金属薄膜に照射される電子線の様子および制動X線の様子を示す模式図である。
図4】生卵の構成を示す図である。
図5】表面線量測定モデル1を示す図である。
図6】表面線量測定モデル1を示す図である。
図7】内部線量測定モデル2を示す図である。
図8】内部線量測定モデル2を示す図である。
図9】照射試料Aの表面線量を示すグラフである。
図10】シミュレーションによる表面線量を示すグラフである。
図11】シミュレーションによる内部線量を示すグラフである。
図12】表面線量を示すグラフである。
図13】スリット1(φ1.5mm間隔1.5mm)を用いた場合の卵の表面近傍の線量のシミュレーション結果を示す図である。
図14】表面線量を示すグラフである。
図15】スリットAを用いた場合の卵の表面近傍の線量のシミュレーション結果を示す図である。
図16】内部線量測定モデル2の内部線量の測定結果および内部線量のシミュレーション結果を示すグラフである。
図17】実施の形態2の電子線照射装置を示す断面模式図である。
図18】実施の形態2の電子線照射装置(殺菌装置)に用いられる搬送部の構成を示す斜視図である。
図19】搬送部のY方向の断面模式図である。
図20】搬送部のX方向の断面模式図である。
図21】支持部材の構成の一例を示す図である。
図22】スリットの構成の一例を示す図である。
図23】被処理物のエリアの高さと、開口部の面積との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(実施の形態1)
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の説明においてA~Bは、A以上B以下を示す(以降の実施の形態2等についても同様)。
【0019】
図1は、本実施の形態の電子線照射装置および電子線照射方法を示す断面図および斜視図である。
【0020】
図1(A)に示す電子線照射装置(殺菌装置)は、電子線発生部10と、照射室20とを備える。電子線EBは、電子線発生部10から照射室20の搭載台(搭載部)22上に配置された被処理物(被照射物、処理対象物、例えば、生卵)40に照射される。なお、電子線照射装置(殺菌装置)の詳細な構成は実施の形態2の説明が参考となる。
【0021】
ここで、本実施の形態において、スリット(スリット部、スリット部材)SLを介して被処理物40に、電子線EBを照射することにより、その表面の全体において、より均一に電子線を照射でき、その表面の全体において電子線による殺菌効果を付与することができる。また、電子線の照射に伴い生じる制動X線の被処理物の内部(可食部)に対する影響を小さくすることができる。
【0022】
図1(B)に示すようにスリットSLは、金属製の棒50と金属製のスペーサ50sとを有する。例えば、直径1.5mm(φ1.5mmと示す場合がある)のアルミニウムの丸棒であって、長い丸棒4本と、短い丸棒6本を準備し、長い丸棒間であって、長い丸棒の両端に短い丸棒をスペーサとして配置する。これにより、φ1.5mm間隔1.5mmのスリットSLを形成することができる。
【0023】
ここでは、金属製の棒50と金属製のスペーサ50sとを同じ金属で構成したが、異なる金属で構成してもよい。また、金属製の棒50と金属製のスペーサ50sとの直径φを変えることにより、遮蔽部となる金属製の棒50の幅と開口部となる金属製のスペーサ50sの幅との組み合わせを調整することができる。金属に変えて炭素製の棒50と炭素製のスペーサ50sを用いてもよい。また、金属製の棒と炭素製のスペーサとの組み合わせ、炭素製の棒と金属製のスペーサとの組み合わせでスリットSLを構成してもよい。
【0024】
また、スリットSLとして、矩形状の金属板にライン状の開口部を複数設けたものを用いてもよい。例えば、幅1.5mmのライン状の開口部を1.5mmの間隔で配置することにより、図1(B)と同形状のスリットSLとすることができる。
【0025】
スリットSLの構成材料としては、金属(例えば、アルミニウム(Al)、鉄(Fe)、銅(Cu)、鉛(Pb)、チタン(Ti)、タングステン(W))、炭素(C)など、導電性が良好なものを用いることが好ましい。また、熱膨張係数が小さいものを用いることが好ましい。
【0026】
このスリットSLは、被処理物(ここでは、生卵)40の最も高い箇所(高所という)上に配置される。生卵の場合、高所は、上面から見た平面図において略中央部となる。
【0027】
このように、本実施の形態によれば、被処理物40にスリットSLを介して電子線EBを照射したので、その表面の全体において、より均一に電子線を照射し、その表面の全体において電子線による殺菌効果を付与することができる。また、被処理物40について、その表面の全体において電子線を照射しつつ、電子線の照射に伴い生じる制動X線の被処理物40の内部に対する影響を低減し、被処理物40の内部(可食部となる部分)に照射されるX線の線量を法令などに規定される基準を満たすように小さく抑えることができる。
【0028】
これに対し、図2に示すように、スリットSLを介さず、直接、被処理物40に、電子線を照射した場合には、被処理物(ここでは、生卵)40の高所においては電子線の強度が大きくなり、被処理物(ここでは、生卵)40の低所においては電子線の強度が小さくなる。よって、電子線の強度が大きい場所(高所)に合わせて殺菌に必要な電子線の強度を設定すると、低所において殺菌力が低下してしまう。逆に、電子線の強度が小さい場所(低所)に合わせて殺菌に必要な電子線の強度を設定すると、高所において電子線の強度が大きくなりすぎ、特に、制動X線による内部線量が大きくなってしまう。図2は、被処理物にスリットを介さずに電子線を照射する様子を示す断面図である。なお、被処理物(ここでは、生卵)40の高所とは、被処理物と電子線照射装置(電子線照射部)との距離が小さい箇所(中央部)に対応し、被処理物(ここでは、生卵)40の低所とは、被処理物と電子線照射装置(電子線照射部)との距離が大きい箇所(端部)に対応する。また、スリットSLは電子線照射部とほぼ平行に配置されるため、被処理物(ここでは、生卵)40の高さを、被処理物とスリットSLとの距離を基準として定めてもよい。
【0029】
図3は、スリットまたは金属薄膜に照射される電子線の様子および制動X線の様子を示す模式図である。ここで、被処理物(ここでは、生卵)40の高所における線量を低減させる方法として金属薄膜MFを介して電子線EBを照射する方法がある。しかしながら、金属薄膜MFを使用した場合、照射された電子は、金属薄膜MFを構成する金属原子と衝突し、散乱する。このため電子のエネルギーが低下し、被処理物の表面の線量が下がってしまう。さらに、電子が散乱することで制動X線の発生率も増加する(図3(B))。
【0030】
これに対し、図3(A)に示すように、スリットSLを用いる場合には、金属部分と空間部分とが存在し、空間部分を通過した電子はエネルギーを保持したまま被処理物に照射される。また、スリットSLと被処理物との距離を一定以上に保つことで、空間部分を通過した電子の面線量は均一となる。さらに、金属薄膜MFに比べ制動X線の発生率が下がるため、スリットSLを用いる方がより効果的である。
【0031】
このように、本実施の形態においては、スリットSLを介して電子線を照射することにより、その表面の全体において、より均一に電子線を照射し、その表面の全体において電子線による殺菌効果を付与することができる。また、内部線量(特に、X線(制動X線)XLの吸収線量)を増加させることなく、効率よく被処理物の表面を殺菌することができる。
【0032】
具体的に、卵黄1と卵白2とを有する生卵(被処理物40)の卵殻に、電子線発生部10からスリットSLを介して電子線EBを照射することにより、卵殻の表面から一定の深さの殺菌(例えば、サルモネラ菌の殺菌)を行うことができる(図4参照)。また、スリットを介した電子線の照射において、既定の表面線量に到達するまでの照射時間が増えるため、卵殻の内部の可食部(卵黄1と卵白2)におけるX線(制動X線)XLの吸収線量は増えるが、スリットによるX線の遮蔽効果により極端にX線の吸収線量を増加させることなく、例えば、法令などに規定される基準(例えば、0.1Gy=100mGy)を満たすように小さくすることができる。なお、1kGyの電子線の照射で、サルモネラ菌は、1/10000に減少し、3kGyの電子線の照射で、サルモネラ菌は、検出限界以下まで減少する。
【0033】
(実施例)
以下に、本実施の形態の電子線照射装置(殺菌装置)および殺菌方法を用いた生卵の殺菌処理について実施例を用いてさらに具体的に説明する。
【0034】
まず、最初に生卵の形状について説明する。
【0035】
図4は、生卵の構成を示す図である。図4に示すように、生卵は、卵殻4と、その内部の卵黄1と卵白2とを有する。卵黄1と卵白2とはカラザ3により繋がっている。卵殻4の外側にはクチクラ層5があり、卵殻4の内壁には卵殻膜7がある。卵殻4には、気孔6が複数設けられている。クチクラ層5は、洗浄により除去され得る。また、生卵の鈍端部には、気室がある。このような生卵の構造を踏まえて、以下の模擬試料を作製した。
【0036】
電子線照射装置としては、低エネルギー電子加速器(岩崎電気社製:EC-250)を用いて120kVの加速電圧で電子線を照射した。低エネルギー電子加速器の照射部(照射ウィンドウ)の下方にはスリットSLを配置し、電子線を照射した。
【0037】
<表面線量測定モデル1>
表面の吸収線量を評価するため以下の照射試料およびスリットを用いたモデル1を作製した。図5および図6は、表面線量測定モデル1を示す図である。図5は、上面図であり、図6は、図5のA-A部に対応する断面図である。
【0038】
表面を洗浄した生卵(洗卵、Mサイズ)を準備した。生卵を短径方向の外周に沿って割り、中身および卵殻膜を取り除き、乾燥することで、鈍端側の卵殻を得た。鈍端側の卵殻の外周の中央部にケミカルプロセスインジケータラベル(Crosstex)Cを巻き、張り付けることにより卵殻の模擬試料(生卵模擬サンプル、照射試料)Aを作製した。
【0039】
φ1.5mmのアルミニウムの丸棒であって、長い丸棒9本と、短い丸棒16本を準備し、φ1.5mm間隔1.5mmのスリットSLを作製した。
【0040】
スリットSLを、卵殻の模擬試料Aの高所の上方に、ケミカルプロセスインジケータラベルCと交差するように、配置した。
【0041】
低エネルギー電子加速器(岩崎電気社製:EC-250)を用いて加速電圧120kVで電子線EBを照射した。スリットSLと卵殻の模擬試料Aとの距離は3mmとした。
【0042】
<内部線量測定モデル2>
内部の吸収線量(制動X線の線量)を評価するため以下の照射試料およびスリットを用いたモデル2を作製した。図7および図8は、内部線量測定モデル2を示す図である。図7は、上面図であり、図8は、図7のA-A部に対応する断面図である。
【0043】
タッパーに2%の液体寒天を流し、固化させた後、50mm×70mmに切り出し、厚さ13mmの寒天CDを作製した。その上部および下部にポリエチレンフィルムで密封をしたTLD素子(TLD100:Thermo Fisher Scientific社製)をそれぞれ5個並べて配置し、全体をラップで包んだ。また、寒天の上部には、厚さ0.4mm、直径2.0cmの円形の炭酸カルシウム層Lを設け、卵の模擬試料(生卵模擬サンプル、照射試料)Bとした。炭酸カルシウム層Lは、卵殻に対応し、寒天CDは生卵の内部(可食部、卵黄および卵白)に対応する。
【0044】
φ1.5mmのアルミニウムの丸棒であって、長い丸棒18本、短い丸棒(スペーサ)34本を準備し、φ1.5mm間隔1.5mmのスリットSLaを作製した。また、φ1.0mmのアルミニウムの丸棒であって、長い丸棒25本、短い丸棒48本を準備し、φ1.0mm間隔1.0mmのスリットSLbを作製した。
【0045】
スリットSLを、卵の模擬試料Bの上方に、TLD素子の配列方向と交差するように、配置した。
【0046】
低エネルギー電子加速器(岩崎電気社製:EC-250)を用いて加速電圧120kVで電子線EBを照射した。スリットSLと卵殻の模擬試料Bとの距離は3mmとした。
【0047】
<シミュレーション>
粒子・重イオン輸送計算コードPHITS(Version2.96)を用いて、上記モデル1、2の構成に準じたモデルを作成した。卵殻(主成分:CaCO)は気孔を持つので密度を2.0、可食部の密度は水と同等、雰囲気は標準空気と設定し、電子線を卵に照射した際の電子線及び制動X線の線量分布をモンテカルロシミュレーションにより評価した。パラメータとして、加速電圧、スリットの位置(長さ)、スリットと被対象物との距離、スリットを構成する丸棒の径、丸棒の間隔、丸棒の材質などが考えられる。これらのパラメータを幾つか選択しシミュレーションすることで、各パラメータと線量(表面線量、内部線量)との関係を明らかにした。
【0048】
[実施例1]
表面線量測定モデル1(図5図6)により、照射試料Aの表面線量を測定した。
【0049】
図9は、照射試料Aの表面線量を示すグラフである。横軸は、長さ(位置、mm)を、縦軸は、線量(kGy)を示す。また、矢印は、スリットSLの配置位置を示す。図9に示すように、“スリットなし”の場合と比較し、“スリットあり”の場合においては、照射試料Aの高所近傍において表面線量の低下が確認でき、スリットSLにより表面線量の均一性が高まることが確認できた。
【0050】
[実施例2]
上記実施例1においては、スリットの構成材料としてアルミニウムを用いたが、スリットの構成材料として、炭素(C)、アルミニウム(Al)、鉄(Fe)、銅(Cu)、鉛(Pb)を用いた場合について上記シミュレーションにより評価した。丸棒の材質以外は上記モデル1に準じたパラメータを用い、表面線量を求めた。
【0051】
図10は、シミュレーションによる表面線量を示すグラフである。横軸は、長さ(位置、cm)を、縦軸は線量(kGy)を示す。図10に示すように、スリットの構成材料として、炭素(C)、アルミニウム(Al)、鉄(Fe)、銅(Cu)、鉛(Pb)を用いたいずれの場合においても、表面線量の均一化が図れることが確認できた。スリットの材質において、炭素(C)、アルミニウム(Al)、鉄(Fe)、銅(Cu)、鉛(Pb)の中では、表面線量の均一化という効果に大きな差はなかった。
【0052】
[実施例3]
上記実施例1においては、スリットの構成材料としてアルミニウムを用いたが、スリットの構成材料として、炭素(C)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、鉄(Fe)、タングステン(W)を用いた場合について内部線量をシミュレーションにより評価した。丸棒の材質以外は上記モデル2に準じたパラメータを用い、内部線量を求めた。
【0053】
図11は、シミュレーションによる内部線量を示すグラフである。横軸は、元素を、縦軸は線量(mGy)を示す。元素は、原子番号が小さい順に左側から並べられている。図11に示すように、スリットの構成材料として、炭素(C)、アルミニウム(Al)、チタン(Ti)、鉄(Fe)、タングステン(W)を用いた場合において、スリットの構成材料の原子番号が大きいほど内部線量は小さくなった。卵の低エネルギー電子線照射においても、原子番号大きい材料(特に金属)で作製したスリットを用いることで可食部のX線量は低減できることが分かった。
【0054】
[実施例4]
スリットを介して電子線を照射した場合のスリットの間隔の影響についてシミュレーションにより評価した。具体的には、スリットとして、φ1.5mmのアルミの丸棒を複数本使用し、1.5mm間隔(pitch)に配置したスリット1(φ1.5mm間隔1.5mm)、間隔1.0mmとしたスリット2(φ1.5mm間隔1.0mm)、間隔0.5mmとしたスリット3(φ1.5mm間隔0.5mm)を用いて表面線量を測定した。丸棒の間隔以外は上記モデル1に準じたパラメータを用い、表面線量を求めた。また、スリットを用いない場合(no slit)についても同様に表面線量を測定した。
【0055】
図12は、表面線量を示すグラフである。横軸は、長さ(位置、cm)を、縦軸は線量(Dose、kGy)を示す。また、スリットは、-2cmの位置から2cmの位置の間に配置した。図12に示すように、スリットを用いない場合(no slit)、間隔(pitch)が1.5mmから0.5mmと小さくなるにしたがって、表面線量の値が減少した。このように、スリット間隔が小さくなるほど、表面線量の抑制効果が高まることが分かった。
【0056】
図13は、スリット1(φ1.5mm間隔1.5mm)を用いた場合の卵の表面近傍の線量のシミュレーション結果を示す図である。図示するように、スリット1(SL)の上よりスリット1の下において、色が薄く、スリット1(SL)により線量が抑制されていることが分かる。
【0057】
ここで、図12のグラフにおいて、スリット1(φ1.5mm間隔1.5mm)およびスリットを用いない場合(no slit)のグラフの形状は、図9に示すグラフの形状と近似しており、本実施例において用いたシミュレーション結果は、具体的な実験に基づく実施例の結果と非常に合っていることが分かる。
【0058】
[実施例5]
スリットを介して電子線を照射した場合のスリットの間隔の変化の影響についてシミュレーションにより評価した。具体的には、スリットとして、φ1.5mmのタングステンの丸棒を複数本配置したとし(図15参照)、その中央部と両端部において間隔(pitch)を変えたスリットAと、間隔が一定のスリットB(φ1.5mm間隔1.5mm)を用いて表面線量を測定した。スリットAとしては、中央部の間隔(pitch)が0.5mm、両端部の間隔が1.0mmのものを用いた。丸棒の間隔以外は上記モデル1に準じたパラメータを用い、表面線量を求めた。
【0059】
図14は、表面線量を示すグラフである。横軸は、長さ(位置、mm)を、縦軸は線量(Dose、kGy)を示す。また、スリットは、-2cmの位置から2cmの位置、または-4cmの位置から4cmの位置に配置した。図14に示すように、スリットを用いない場合(no slit)よりスリットB(φ1.5mm間隔1.5mm)を用いた方が、表面線量の値が抑制され、さらに、スリットAを用いた方が、表面線量の値が抑制された。また、スリットBよりスリットAを用いた方が、表面線量の値がより均一化された。
【0060】
このように、卵の中央部(高所)においては、スリットの間隔を密とし、卵の端部(低所)においては、スリットの間隔を疎とすることで、表面線量をより均一化できることが分かる。
【0061】
図15は、スリットAを用いた場合の卵の表面近傍の線量のシミュレーション結果を示す図である。図示するように、スリットA(SL)の上よりスリットA(SL)の下において、色が薄く、スリットAにより線量が抑制されていることが分かる。また、スリットA(SL)の中央部の直下より、スリットA(SL)の両端部の直下の方が色が濃く、卵の表面部における色の濃さが、より均一化されていることが分かる。
【0062】
[実施例6]
内部線量測定モデル2により、照射試料Bの内部線量を測定した。また、スリットを用いない場合についても同様に内部線量を測定した。また、このモデル2に準じたパラメータを用い、シミュレーションにより内部線量を求めた。また、スリットを用いない場合についても同様にシミュレーションにより内部線量を測定した。
【0063】
図16は、内部線量測定モデル2の内部線量の測定結果および内部線量のシミュレーション結果を示すグラフである。φ1.5mm間隔1.5mmのスリットSLを用いた場合の寒天上部のTLD素子(図7図8参照)による内部線量は9mGy程度、φ1.0mm間隔1.0mmのスリットSLを用いた場合の寒天上部のTLD素子による内部線量は9.5mGy程度、スリットなしの場合の寒天上部のTLD素子による内部線量は12.5mGy程度であった。本実施例で得た実測値は、シミュレーションで求めた結果と高い整合性を示した。
【0064】
上記実施例1~6において、表面線量、内部線量とも具体的な測定結果とシミュレーション結果とは合っており、シミュレーションによるスリットの設計が可能であることが分かる。
【0065】
(処理条件についてのまとめ)
上記実施例においては、加速電圧を120kVとしたが、加速電圧は、1MV未満、例えば、80kV以上、150kV以下の範囲で調整することが可能である。
【0066】
また、表面線量は、0.1kGy以上10kGy以下の範囲で調整することが可能である。
【0067】
内部線量としては、食品に対する検査等で許容されている内部線量の基準値である0.1Gy(=100mGy)以下とすることが好ましい。なお、上記実施例6において説明した内部線量の測定結果は、この基準を大きく下回っている。
【0068】
(実施の形態2)
本実施の形態においては、被処理物を回転させつつ、スリットを介して電子線を照射する例について説明する。
【0069】
図17は、本実施の形態の電子線照射装置を示す断面模式図である。
【0070】
図17に示す電子線照射装置(殺菌装置)は、電子線発生部10と、照射室20とを備える。電子線は、電子線発生部10に設けられた照射窓部(照射ウィンドウ)30を介して照射室20に配置された被処理物(被照射物、例えば、生卵)40に照射される。被処理物40は、コンベアのような搬送部21上に配置され、搬送される。ここで、本実施の形態において、被処理物40は搬送部21上で回転しながら搬送される。このように、回転しながら搬送される被処理物40に、スリットSLを介して電子線を照射することにより、その表面の全体において、より均一に電子線を照射し、その表面の全体において電子線による殺菌効果を付与することができる。そして、その結果、電子線の照射に伴い生じる制動X線の被処理物の内部(可食部)に対する影響を小さくすることができる。
【0071】
なお、スリットSLの構成については、実施の形態1と同様に構成することが可能であるため、ここでは、スリットSL以外の構成について詳細に説明する。
【0072】
電子線発生部10は、チャンバー内に電子線を発生するターミナル12と、ターミナル12で発生した電子線を加速する空間(加速空間)とを有する。また、電子線発生部10の空間(加速空間)は、電子が気体分子と衝突してエネルギーを失うことを防ぐため、およびフィラメント12aの酸化を防止するため、真空排気システム28により10-3~10-5Pa程度の真空に保たれている。ターミナル12は、熱電子を放出する線状のフィラメント12aと、フィラメント12aで発生した熱電子をコントロールするグリッド12cとを有する。
【0073】
また、電子線発生部10は、フィラメント12aを加熱して熱電子を発生させるための加熱用電源(図示せず)と、フィラメント12aとグリッド12cとの間に電圧を印加する制御用直流電源(図示せず)と、グリッド12cと照射窓部30に設けられた窓箔32との間に電圧(加速電圧)を印加する加速用直流電源16cとを備えている。
【0074】
照射室20は、電子線を被処理物(被照射物)40に照射する照射空間を含むものである。被処理物40は照射室20内をコンベアのような搬送部21により、例えば、図1において、紙面奥行きから手前方向に搬送される。また、照射室20内には、ビームコレクタ24を設けている。このビームコレクタ24は、被処理物40を突き抜けた電子線を吸収するものである。なお、電子線発生部10および照射室20の周囲は電子線照射時に二次的に発生するX線が外部へ漏出しないように、鉛遮蔽板により囲まれている。
【0075】
また、照射室20内は、処理内容に応じて不活性ガスや大気等の雰囲気とされる。殺菌処理(滅菌処理)を行う場合には、照射室20内の照射雰囲気を大気(酸素のある雰囲気)にしておき、電子線によって被処理物を殺菌する。この場合、電子線照射で酸素からオゾンが生成され、その後、大気中の窒素と反応し、ノックスが生成する。ノックスは窓箔32を腐食するため、照射室20内に送風機29から乾燥空気を送ることでノックスの生成を制御することができる。
【0076】
照射窓部(照射ウィンドウ)30は、窓箔32と、銅よりなる窓枠部34とを備えている。窓枠部34は窓箔32を支持するためのものである。窓枠部34は、長方形状(矩形状)の開口部が形成されている。開口部の幅は、例えば、1cm程度であり、その長辺方向は、搬送方向と直交する方向に配置されている。
【0077】
また、照射窓部30においては、電子線の照射により温度が上昇する窓箔32を冷却するために、内部に冷却用の流路(図示せず)が形成されている。窓枠部34は、電子線発生部10の照射用開口部に着脱自在に取着される。窓箔32は、窓枠部34の下面に、着脱自在に密着される。窓箔32としては、アルミ箔、チタン(Ti)箔などの金属箔が使用される。
【0078】
本実施の形態の電子線照射装置では、加熱用電源によりフィラメント12aに電流を通じて加熱すると、フィラメント12aが熱電子を放出し、放出された熱電子はフィラメント12aとグリッド12cとの間に印加された制御用直流電源の制御電圧により四方八方に引き寄せられる。このうち、グリッド12cを通過したものだけが電子線として有効に取り出される。そして、このグリッド12cから取り出された電子線は、グリッド12cと窓箔32との間に印加された加速用直流電源16cの加速電圧により加速空間で加速された後、窓箔32を突き抜け、照射窓部30下方の照射室20内を回転しながら搬送される被処理物に照射される。なお、グリッド12cから取り出された電子線の流れによる電流値はビーム電流と称される。このビーム電流が大きいほど、電子線の量が多くなる。
【0079】
電子線照射装置では、加速電圧、ビーム電流、被処理物の搬送速度(照射時間)、電子線照射部と被処理物との距離等を所定の値に設定して、被処理物に電子線を照射する処理が行われる。電子線に与えられるエネルギーは加速電圧によって決まる。すなわち、加速電圧を高く設定する程、電子線の得る運動エネルギーが大きくなり、その結果、電子線は被処理物の表面から深い位置まで到達することができるようになる。このため、加速電圧の設定値を変えることにより、被処理物に対する電子線の浸透深さを調整することができる。
【0080】
図18は、本実施の形態の電子線照射装置(殺菌装置)に用いられる搬送部の構成を示す斜視図であり、図19および図20は、それぞれ搬送部のY方向、X方向の断面模式図である。
【0081】
図18図20に示すように、搬送部21は、搬送方向(ここでは、X方向)と直交するY方向に延在する複数のローラ21aを有している。ローラ21aは、複数のレーンLを有する。ローラ21aは、軸21dと、レーンLにおいて、軸21dの両端に配置された円錐台部材21cとを有し、円錐台部材21c間はスペース(隙間)21bとなっている。円錐台部材21cは、スペース(隙間)21bに向かって先細となるように配置されている。
【0082】
被処理物(ここでは、生卵)40は、各レーンLにおいて、スペース(隙間)21bの両側の円錐台部材21cに跨るように搭載される。円錐台部材21cが軸21dを中心に、回転することで、被処理物(ここでは、生卵)40が回転する。また、ローラの軸21dは、チェーンまたはベルト(図示せず)に回転可能に連結されており、このチェーンが搬送方向(ここでは、X方向、破線の矢印参照)に移動することにより、被処理物(ここでは、生卵)40が回転しつつ、X方向に搬送される。
【0083】
よって、図17に示すような電子線照射装置を用いて、被処理物40である、可食部を覆う殻や外皮を有する食品を回転させつつ、スリットSLを介して電子線を照射することにより、食品の表面の殺菌処理を行うことができる。また、食品の可食部(卵黄1と卵白2)におけるX線(制動X線)XLの吸収線量を局所的に増加させることなく、例えば、法令などに規定される基準(例えば、0.1Gy=100mGy)を満たすように小さくすることができる。
【0084】
(処理条件についてのまとめ)
本実施の形態における各種処理条件について説明する。
【0085】
本実施の形態においても、加速電圧は、1MV未満、例えば、80kV以上、150kV以下の範囲で調整することが可能である。
【0086】
また、表面線量は、0.1kGy以上10kGy以下の範囲で調整することが可能である。
【0087】
内部線量としては、食品に対する検査等で許容されている内部線量の基準値である0.1Gy(=100mGy)以下とすることが好ましい。
【0088】
食品への衝撃を考慮し、被処理物である食品の回転速度は、0.3回転/秒~5回転/秒とすることが好ましい。
【0089】
殺菌速度を考慮し、被処理物である食品の搬送速度は、0.1m/分~5m/分とすることが好ましい。
【0090】
(実施の形態3)
本実施の形態においては、上記実施の形態に係る各種応用例について説明する。
【0091】
(応用例1)
実施の形態1においては、スリットSLに、アルミニウムの丸棒を用いたが、前述したように、スリットの構成部材としては、アルミニウムの以外の金属を用いてもよく、この他、合金、金属化合物などを用いてもよい。また、金属以外に、炭素を用いてもよく、金属や炭素の多層構造体を用いてもよい。特に、熱膨張が小さく熱伝導の大きい材料を用いることが好ましい。
【0092】
また、棒の断面形状は、円の他、楕円、矩形(正方形、長方形)、他の多角形状でもよい。また、スペーサに変えて、丸棒の支持部材を用いてもよい。図21は、支持部材の構成の一例を示す図である。例えば、図21(A)に示すように、丸棒50を差し込む孔Pを有する支持部材PLを用いてもよい。また、図21(B)に示すように、丸棒50を載せる凹部Qを有する支持部材PLを用いてもよい。孔Pや凹部Qの大きさを丸棒50の断面より大きくすることで、丸棒50が熱膨張してもスリットの変形や歪みを防止することができる。
【0093】
(応用例2)
実施の形態1においては、スリットSLとして、アルミニウムの丸棒を用いたが、前述したように、矩形状の金属板にライン状の開口部OAを複数設けたものを用いてもよい。
【0094】
図22は、スリットの構成の一例を示す図である。例えば、図22(A)に示すように、幅1.5mmのライン状の開口部を1.5mmの間隔で配置したスリットを用いてもよい。この場合、処理対象物40である卵の短径方向に開口部OAが延在するようにスリットSLを配置し、卵を短径方向に回転させることができる。
【0095】
また、例えば、図22(B)に示すように、中央部の開口部OAcの幅が0.5mm、両端部近傍の開口部OAeの幅が1.0mmのスリットを用いてもよい。開口部間(遮蔽部)の幅は、0.5mmである。なお、この開口部間(遮蔽部)の幅に大小(粗密)を設けてもよい。
【0096】
この場合、処理対象物40である卵の短径方向に開口部が延在するようにスリットSLを配置し、卵を短径方向に回転させることができる。
【0097】
例えば、開口部間(遮蔽部)の幅は、0.3mm~3mm、開口部の幅は、0.3mm~3mmの間で調整することができ、処理対象物(例えば、卵)40の表面において、1kGy~3kGyの間に各部の表面線量が収まるようにスリットを設定することが好ましい。
【0098】
また、実施の形態2においては、処理対象物40である卵を回転させながら搬送したが、処理対象物40を定位置で回転させながら電子線を照射してもよい。
【0099】
また、例えば、図22(C)に示すように、図22(A)に示すスリットと、図22(B)に示すスリットとを重ね合わせて用いてもよい。この場合、開口部間(遮蔽部)が網目状に存在することとなる。よって、このような形状の網目状の金属板をスリットとして用いてもよい。
【0100】
(応用例3)
被処理物(例えば、卵)40の所定の区画の高さと、開口部の面積とが対応するようにスリットを設計してもよい。図23は、被処理物のエリアの高さと、開口部の面積との関係を示す図である。
【0101】
図23(A)に示すように、被処理物(例えば、卵)40の上面から見た平面図に複数のエリアaを設定する。このエリアa内の被処理物(例えば、卵)40の平均高さに対応するようにスリットの開口部を設定する。例えば、平均高さが第1基準以上であれば開口率を30%程度とする。また、平均高さが第1基準~第2基準の間であれば開口率を60%程度とする。また、平均高さが第2基準以下であれば開口率を90%程度とする。別の言い方をすれば、このエリアa内の被処理物(例えば、卵)40の平均高さが高ければ、小開口OAsとし、平均高さが中程度であれば、中開口OAmとし、平均高さが低ければ、大開口OAbとする(図23(B))。なお、図23(B)においては、エリアaに対応する開口部OAを1つとしたが、図23(C)に示すように、エリアaに対応する開口部OAを複数とし、合計の面積を開口率としてもよい。
【0102】
このように、被処理物40の表面形状(立体形状)に基づいてスリットの開口部を設定することができる。
【0103】
(応用例4)
上記実施例においては、被処理物40として生卵を例に説明したが、被処理物(被照射物)としては、可食部とこの可食部を覆う表面部(例えば、殻や外皮)とを有する食品であればよく、本実施の形態の殺菌装置や殺菌方法は、このような食品の殺菌処理に好適に用いることができる。
【0104】
このような食品としては、卵の他、果物、甲殻類などがある。例えば、果物としては、みかん、レモン、グレープフルーツ、りんご、なし、ぶどう、もも、などが挙げられる。また、甲殻類としては、エビやカニなどが挙げられる。レモンやグレープフルーツは、外皮表面に凹凸(穴)があり、本実施の形態の殺菌方法を用いて好適である。
【0105】
また、略球状や楕円球状のかんきつ類果実、円筒状の形状物は、回転しながらの照射が可能であるため、実施の形態2の殺菌方法を適用できる。
【0106】
食品以外への応用では、プラスチックや紙、ガラス等の素材からなる医薬品容器類、食品包装材などの殺菌や滅菌を挙げることができる。これらは、被照射物パリソン(物品)への制動X線の線量を考慮する必要がないため、照射の不均一によるパリソン(物品)素材の部分的な放射線照射劣化や品質低下を抑制するために有効である。特に、略球状や楕円球状のかんきつ類果実の防カビ処理、円筒状の食品用パッケージには好適である。
以上、本発明者によってなされた発明をその実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0107】
1 卵黄
2 卵白
3 カラザ
4 卵殻
5 クチクラ層
6 気孔
7 卵殻膜
10 電子線発生部
12 ターミナル
12a フィラメント
12c グリッド
16c 加速用直流電源
20 照射室
21 搬送部
21a ローラ
21b スペース(隙間)
21c 円錐台部材
21d 軸
22 搭載台
24 ビームコレクタ
28 真空排気システム
29 送風機
30 照射窓部
32 窓箔
34 窓枠部
40 被処理物
50 棒
50s スペーサ
a エリア
C インジケータラベル
CD 寒天
EB 電子線
L レーン
MF 金属薄膜
OA 開口部
PL 支持部材
P 孔
Q 凹部
SL スリット
XL 制動X線
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23