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特許7491589ヒト多能性幹細胞の安全領域に長い外来遺伝子を組み込み正常機能させる方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-20
(45)【発行日】2024-05-28
(54)【発明の名称】ヒト多能性幹細胞の安全領域に長い外来遺伝子を組み込み正常機能させる方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20240521BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20240521BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20240521BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20240521BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20240521BHJP
   C12N 15/11 20060101ALN20240521BHJP
【FI】
C12N5/10
C12N5/0735
C12N5/074
C12Q1/06
C12N15/54 ZNA
C12N15/11 Z
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2021502204
(86)(22)【出願日】2020-02-21
(86)【国際出願番号】 JP2020007164
(87)【国際公開番号】W WO2020171222
(87)【国際公開日】2020-08-27
【審査請求日】2023-02-06
(31)【優先権主張番号】P 2019030699
(32)【優先日】2019-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(72)【発明者】
【氏名】小戝 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】三井 薫
(72)【発明者】
【氏名】井手 佳菜子
【審査官】太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-531612(JP,A)
【文献】国際公開第2015/107888(WO,A1)
【文献】井手佳菜子,他,多能性幹細胞の腫瘍化完全克服を目指した「ゲノム編集での自殺遺伝子挿入技術」の開発,第18回日本再生医療学会総会講演要旨集,2019年02月22日,P-02-004
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12Q 1/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子をゲノム中のセーフハーバー領域に含むヒト多能性幹細胞であって、
ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーターがsurvivinプロモーター、TERTプロモーター、又は、Nanogプロモーターであり、かつ、
前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子がヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ遺伝子、ヒト由来チミジンキナーゼ遺伝子、又はCaspaseであるヒト多能性幹細胞。
【請求項2】
前記セーフハーバー領域が、ヒト第3染色体上のRosa26遺伝子座又はヒト第19染色体上のAAVS1領域又はヒト第22番染色体上のH11領域である、請求項1に記載のヒト多能性幹細胞。
【請求項3】
ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーターと、前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子の組み合わせが、survivinプロモーター、TERTプロモーター、又は、Nanogプロモーターと、ヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ遺伝子である、請求項1又は請求項2に記載のヒト多能性幹細胞。
【請求項4】
ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーターと、前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子の組み合わせが、survivinプロモーター又はTERTプロモーターと、ヒト由来チミジンキナーゼ遺伝子である、請求項1又は請求項2に記載のヒト多能性幹細胞。
【請求項5】
ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーターと、前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子の組み合わせが、survivinプロモーターとCaspaseである、請求項1又は請求項2に記載のヒト多能性幹細胞。
【請求項6】
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞を樹立する方法であって、
相同組換え法により、ヒト多能性幹細胞のゲノム中のセーフハーバー領域に、ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子を導入することを含む方法。
【請求項7】
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞。
【請求項8】
ヒト多能性幹細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞からなる細胞群に含まれる、残存する未分化細胞及び存在する腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞からなる細胞群を、該自殺遺伝子に対応する薬剤と接触させることにより、前記細胞群に含まれる未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含む方法。
【請求項9】
請求項に記載の方法であって、
更に、相同組換え法により、ヒト多能性幹細胞のゲノム中のセーフハーバー領域に、前記ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子を導入して、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞を得ること含む方法。
【請求項10】
接触させる前記薬剤のレベルが、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞への毒性が分化細胞への毒性よりも強いレベルである、請求項に記載の方法。
【請求項11】
接触させる前記薬剤のレベルが、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞の生存率が分化細胞の生存率よりも3倍以上高いレベルである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
分化誘導処理後の請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞のうち、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高い、前記薬剤のレベルを決定する方法であって、
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞と分化誘導処理されていない請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞を、複数のレベルの前記薬剤と接触させること、及び、
前記分化誘導処理された細胞と比較して、前記分化誘導処理されていない細胞において細胞傷害効果が高い前記薬剤のレベルを未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高いレベルとして決定することを含む方法。
【請求項13】
請求項12に記載の方法であって、
相同組換え法により、ヒト多能性幹細胞のゲノム中のセーフハーバー領域に、前記強い発現をもたらすプロモーターと機能的に連結した自殺遺伝子を導入して、該自殺遺伝子が導入されたヒト多能性幹細胞を得ること、
得られた自殺遺伝子が導入されたヒト多能性幹細胞を分化誘導処理すること、
得られた分化誘導処理された細胞と、分化誘導処理していない自殺遺伝子が導入されたヒト多能性幹細胞のそれぞれを、複数のレベルの前記薬剤と接触させること、
前記分化誘導処理された細胞と比較して、前記分化誘導処理されていない細胞において細胞傷害効果が高い前記薬剤のレベルを、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高いレベルとして決定することを含む方法。
【請求項14】
分化誘導処理後のヒト多能性幹細胞に含まれる、残存する未分化細胞及び/又は存在する腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞からなる細胞群を、前記薬剤と接触させることにより、前記細胞群に含まれる未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含み、
ここで、接触させる前記薬剤のレベルが、請求項12又は請求項13において決定されたレベルであることを特徴とする方法。
【請求項15】
分化誘導処理後の、ヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ遺伝子をゲノム中のセーフハーバー領域に含むヒト多能性幹細胞の細胞群に残存する未分化細胞及び/又は存在する腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞からなる細胞群を、0.01~1μg/mLのガンシクロビルと接触させることにより、前記細胞群に含まれる未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含む方法。
【請求項16】
分化誘導処理後のヒト多能性幹細胞に含まれる、残存する未分化細胞及び/又は存在する腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、
請求項12又は請求13に記載の方法により、分化誘導処理後の請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞のうち、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高い、前記薬剤のレベルを決定すること、
請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の細胞を分化誘導処理すること、
分化誘導処理した細胞を、前記レベルの前記薬剤と接触させることにより、残存する未分化細胞及び存在する未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含む方法。
【発明の詳細な説明】
【関連出願の相互参照】
【0001】
本国際出願は、2019年2月22日に日本国特許庁に出願された日本国特許出願第2019-030699号に基づく優先権を主張するものであり、日本国特許出願第2019-030699号の全内容を本国際出願に参照により援用する。
【技術分野】
【0002】
本発明は、分化誘導後のヒト多能性幹細胞から効率的かつ網羅的に腫瘍化原因細胞を除去する分野に関する。
【背景技術】
【0003】
ヒト胚性幹細胞(hESC)およびヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)といったヒト多能性幹細胞(hPSC)の樹立により、臓器移植に代わる細胞移植療法等の医療・医薬創出に高い期待が寄せられ、再生医療の研究が急速に進められている。日本では、hiPSCを中心とした臨床研究や治験が、米国等ではhESCを中心とした治験が進められている。そしてこれらの幾つかは、将来の実用化に繋がるものと期待されている。しかし、分化細胞中に残存する未分化細胞の混在は、細胞移植後の奇形腫や発がん(悪性腫瘍の形成)のリスクをもたらすため、安全性が懸念されている(非特許文献1及び2)。したがって、hPSCを用いた細胞移植療法といった再生医療が、広く利用される安全な医療として確立していくには、腫瘍形成を確実に阻止する「腫瘍化原因細胞」となる未分化細胞や発がん細胞を直接・特異的に殺傷する技術の開発は最大の重要課題である。
【0004】
再生医療における幹細胞移植による造腫瘍性リスクについての重要な報告の1つが、十分な非臨床試験で安全性が確立されたという科学界のコンセンサスが得られて上で行われた、造血幹細胞を用いたex vivo遺伝子治療の臨床研究において、高率に白血病が発生したという事例である(非特許文献3)。つまり長年に世界中で多数の基礎研究や動物を用いた非臨床研究で「腫瘍化が起こらない」というデータが蓄積されて科学界でコンセンサスが得られた上で実施された、遺伝子治療を施した造血幹細胞を患者へ移植した臨床試験において、顕著な治療効果が得られる技術段階になって初めて、治療後2年経って重篤な副作用である白血病を高度に発症することが明らかとなった。特筆すべきは、この白血病を引き起こした癌細胞が、1つの細胞に由来するクローンであったことである。この事例においては、当初理論的には幹細胞は増殖優位性があるためたった1つの細胞からでも腫瘍が生じ得ると考えられていたものが、その後の非臨床試験でその臨床応用においては腫瘍が生じる確率は低いと結論づけられていた。しかしながら、実際の臨床試験においては、実は当初の理論が正しい(一つの腫瘍化原因細胞から発がんする、よって腫瘍化原因細胞を直接根絶する技術が必須という)ことがヒトで実証されてしまった。hPSCは可塑性が高く奇形腫を形成し、また染色体が不安定なために培養中に発がんに繋がる遺伝子変異細胞も生じる可能性も示唆されており、造血幹細胞を用いた臨床試験と同様の結果がhPSCを用いた再生医療においても起こりうる可能性がある。そこで、hPSCの培養法の改善、分化誘導方法の改善といった残存する未分化細胞(腫瘍化原因細胞)の混在を「減らす」という従来の戦略に加えて、これら腫瘍化原因細胞を「直接」「特異的に」「安全に」殺傷除去するという新しい技術開発が求められている。
【0005】
hPSCへの遺伝子導入には、プラスミドベクターをエレクトロポレーション、リポフェクションといった方法で導入する非ウイルスDNAデリバリー法と、ウイルスベクターによる感染導入法等が主に用いられている。hPSCへの遺伝子導入効率は、非ウイルスDNAデリバリー法に比べ、ウイルスベクターを用いた手法の方が高い効率を示す。遺伝子導入を行う場合、使用するベクターにより、一過的な遺伝子発現のみ可能なものとする場合と、長期安定発現な可能なものとがある。レンチウイルスベクターやレトロウイルスベクターは、外来(目的)遺伝子をhPSCのゲノム内へ組み込むことから長期安定発現細胞の樹立に非常に適している。よって、本発明者らはこれまでレポーター遺伝子と自殺遺伝子を含み、組換えカセット内にプロモーター領域を有する腫瘍化原因細胞ターゲティングレンチウイルスベクター(TC-LV)プラットフォームを開発してきた(特許文献1、非特許文献4)。このプラットフォームを使用することにより、異なる種類のプロモーターでレポーターおよび自殺遺伝子を発現させる様々なTC-LVを効率的かつ同時に産生することが可能であり、産生されたTC-LVをhPSCへ感染させ解析することで、腫瘍化原因細胞を最も効果的に殺すプロモーターを同定することができる。しかし、レンチウイルスベクターを用いた場合、ゲノム中にランダムな位置に導入されるため、導入部位によっては、導入遺伝子が発がん性のリスクをもたらす可能性がある。そのため、臨床応用においてこのシステムをより安全に活用するためには、ゲノム上のセーフハーバー領域と呼ばれる、つまり遺伝子挿入により細胞に表現形の変化を生じることがないことが知られているからこの通称で呼ばれるが、さらにおそらくは「遺伝子導入される染色体部が同一確定しているので、染色体の構造やエピジェティクスの影響も同一なので、導入された遺伝子の発現は安定して高い発現が得られる(抑制も受けにくい)だろう」と想像されている領域に、外来遺伝子であるレポーターおよび自殺遺伝子を挿入する、すなわち、外来の目的遺伝子をいわゆるセーフハーバー領域という特定の染色体部位へノックインする技術の開発が必要であった。
【0006】
ジンクフィンガーヌクレアーゼまたはTALENを用いて行われていたゲノム編集技術は、近年、CRISPR/Cas9の出現により劇的に発展した。しかし、CRISPR/Cas9を用いた場合でも、293T細胞やK562細胞といった分化細胞に比べ、hPSCにおいては遺伝子編集効率は低い。ゲノム編集技術を用いた遺伝子改変のほとんどの研究は、非相同末端結合(NHEJ)メカニズムによる遺伝子ノックアウトを行ったものであり、ゲノム編集技術を用いて、外来(目的)遺伝子を相同組換えにより特定の染色体部位にノックインした報告は極めて少ない(非特許文献5)。Ruan,Jらは、ブタ線維芽細胞を用いてゲノムのHipp11(H11)領域と呼ばれるセーフハーバー領域に、CRISPR/Cas9技術を用いてネオマイシン耐性遺伝子を含む9kbの外来(目的)遺伝子を相同組換えにより挿入したことを報告している(非特許文献6)。霊長類の多能性幹細胞では、アカゲザルのiPS細胞を用いたCRISPR/Cas9を介したゲノム編集が報告されているが、レポーター遺伝子の発現を確認したのみであった(非特許文献7)。よって、長い塩基配列を有する外来(目的)遺伝子をhPSCに組み込み、さらにマーカー遺伝子だけでなく自殺遺伝子のように細胞中で機能する遺伝子を発現させた例はこれまでに報告が無かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第WO2015/107888号
【非特許文献】
【0008】
【文献】TAKAHASHI,Kら(2007)Cell 131:861-72.
【文献】MIURA、Kら(2009)Nature Biotechnology27:743-5.
【文献】McCormack,MPら(2004)N.Engl.J.Med.350;913-22.
【文献】Ide,Kら(2017)Stem cells doi:10.1002/stem.2725.
【文献】Li,Sら(2015)Stem cells and development 24:2925-2942.
【文献】Ruan,Jら(2015)Scientific reports 5:14253.
【文献】Hong,SGら(2017)Molecular therapy 25:44-53.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
hPSCを目的細胞に分化誘導した際に、分化細胞中に残存する未分化細胞、すなわち腫瘍化原因細胞の標識法および除去法は、その効率や簡便性等に問題があり、腫瘍化原因細胞を同定および除去する実用可能な方法は、まだ開発途中である。これまでに、本発明者らはレンチウイルスベクターを用いて、未分化細胞において特異的に機能させることができるプロモーターの効率的な探索・同定とその実証、並びに未分化細胞を選択的に可視化・同定し、必要時に選択的に腫瘍化原因細胞を確実に殺傷する自殺遺伝子をハイスループット解析(つまり桁違いの効率で網羅的解析)で同定できる初めてのプラットフォーム技術のTC-LV法を開発した。このTC-LV技術の網羅的・効率的解析で見出された「最適の殺傷遺伝子と至適な発現制御プロモーター」をhPSCの再生医療(細胞移植療法)の臨床応用に用いるには、これらの長い塩基配列を有する外来(目的)遺伝子が導入されたhPSCが、ゲノムの重要部位に導入されてしまって重要な正常分子機能を阻害・喪失させたり、発がんに繋がるような遺伝子を過剰に活性化させることがないように、またそれに加えてそれらの長い塩基配列の外来(目的)遺伝子が期待するような発現レベルで安定した発現様式を示すことが、特別に同定された最適なゲノム部位に、外来(目的)遺伝子をその部位を標的して導入する方法が必要となるが、これまでにこれらの要件をすべて満たす技術は見いだされていない。例えば、これまでhPSCにおいて、セーフハーバー領域を標的として蛍光タンパク質等のマーカー遺伝子を導入した報告(Mali, P.ら、(2013) Science 339, 823-826)はあるが、それは「その他の外来遺伝子でも(一般化できる現象として)正常機能すべき発現レベルが得られるか」について詳細な検討はなく、むしろ「同部に外来遺伝子をいれさえすれば、その外来遺伝子の発現の問題(マーカー遺伝子以外の場合でも、至適なレベルで安定した遺伝子発現が生じることが再現されるか否か)は生じないはずだ」というような常識のもと、「挿入された外来遺伝子の発現レベルで問題が生じる可能性があること、従ってその外来遺伝子を導入した場合はその発現調整が必要」という概念すら存在しないことを示唆している。況してや「最適の殺傷遺伝子と至適発現を誘導できるプロモーター」をセーフハーバー領域に標的して導入し、安全かつ確実にhPSCの腫瘍化原因細胞を殺傷し、腫瘍化を阻止することができたという報告はない。
【0010】
よって、本発明は、hPSCの形質に影響を与えることなく、hPSCを目的細胞に分化誘導した際に、分化細胞中に残存する未分化細胞、すなわち腫瘍化原因細胞を効率的かつ簡便に除去する方法を提供することを目的とする。特に、本発明は、TC-LVというプラットフォーム技術で遺伝子組み換えして網羅的解析で見出した最適候補の殺傷遺伝子ユニットなどに代表される、未分化細胞を選択的に可視化・同定し、必要時に選択的に腫瘍化原因細胞を確実に殺傷する自殺遺伝子を有する配列(腫瘍化原因細胞標的化配列)を、hPSCのゲノムセーフハーバー領域に安全かつ効率的に挿入し、挿入されたhPSCの正常な機能を維持する遺伝子を阻害させることなく、また遺伝子挿入による発がんのリスクなく、目的細胞へ分化させた後に残存する腫瘍化原因細胞を効率的かつ網羅的に除去するための方法を提供することを目的とする。
【0011】
またさらにこの技術は、腫瘍化原因細胞の殺傷のみならず、外来(目的)遺伝子ならびにその発現制御プロモーターなどの長い遺伝子ユニットを、hPSCのゲノムセーフハーバー領域に安全かつ効率的に挿入し、挿入されたhPSCの正常な機能を維持する遺伝子を阻害させることなく、また遺伝子挿入による発がんのリスクなく、外来(目的)遺伝子の適切な発現と期待される機能を発揮させる能力を賦与するものであり、本発明はこの新技術も目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、CRISPR/Cas9を介した相同組換えによって、長い塩基配列を有する外来(目的)遺伝子である腫瘍化原因細胞標的化配列を、hPSCゲノム中のセーフハーバー領域に効率的に挿入することに初めて成功した。CRISPR/Cas9を介した相同組換え法による多能性細胞への遺伝子の導入は、例えば、アカゲザルのiPSCに蛍光タンパク質やΔhCD19といったマーカー遺伝子を導入したことが報告されている(Hong,SGら(2017)上掲)が、hPSCに導入した例は報告されていない。またこれらのヒト以外の多能性幹細胞の先行論文においても、その長い外来(目的)遺伝子が適切な発現レベルを誘導できたか、その遺伝子発現は安定していたか、その外来(目的)遺伝子が最終的に目的としている意味ある分子機能を正しく発揮できたか、ということについては検証されていない。
【0013】
セーフハーバー領域は、遺伝子挿入により細胞に表現形の変化を生じることがなく、導入した遺伝子が発現抑制を受けにくい領域としてこれまで推察や報告がされている。しかし今回、得られた腫瘍化原因細胞標的化配列を挿入した細胞について注意深く検討したところ、セーフハーバー領域に導入したレポーターおよび自殺遺伝子は、レンチウイルスベクター(TC-LV)を用いた遺伝子挿入と同様に安定的にゲノムに挿入されているにも関わらず、強力なプロモーターを用いた場合でも、TC-LV導入細胞と比較して発現が低いというこれまでの報告から予想できない、むしろこれまでの予想を覆す驚くべき結果を得た。すなわち、セーフハーバー領域の一つとされたAAVS1領域に遺伝子を導入した場合、レンチウイルスベクター等のランダムな遺伝子導入に比べて、遺伝子発現レベルが低くなる傾向があるということを初めて見出した。これらの本発明者らによる予想外の結果に基づき、これを解決するために、強い活性を有するプロモーターを持つ腫瘍化原因細胞標的化配列がセーフハーバー領域に挿入されたhPSCにおいて、細胞増殖活性との相関のある自殺遺伝子が、対応するプロドラッグの一定の濃度範囲において未分化細胞を選択的に殺傷できることを本発明で見出した。これにより、CRISPR/Cas9を介した相同組換えによりゲノムのセーフハーバー領域に安全に遺伝子を導入しながら、分化誘導後には分化細胞中の未分化細胞のみを網羅的かつ選択的に殺傷することができる仕組みを初めて完全なレベルで完成させるに至った。
【0014】
よって、本発明は以下に関する:
(1) ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子をゲノム中のセーフハーバー領域に含むhPSC。
(2) 前記セーフハーバー領域が、ヒト第3染色体上のRosa26遺伝子座又はヒト第19染色体上のAAVS1領域又はヒト第22番染色体上のH11領域である、(1)に記載のhPSC。
(3) 前記ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーターが、CAプロモーター又はsurvivinプロモーターである、(1)又は(2)に記載のhPSC。
(4) 前記外来遺伝子が自殺遺伝子である、(1)~(3)のいずれか1項に記載のhPSC。
(5) 前記自殺遺伝子が、ヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ遺伝子又はシトシンデアミナーゼ遺伝子である、(4)に記載のhPSC。
(6) (1)~(5)に記載の細胞を製造する方法であって、
相同組換え法により、hPSCのゲノム中のセーフハーバー領域に、ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した自殺遺伝子を導入することを含む方法。
(7) (1)~(5)のいずれか1項に記載の細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞。
(8) 分化誘導処理後のhPSC(hPSCを分化誘導処理することにより得られた細胞群)に含まれる、残存する未分化細胞及び/又は存在する腫瘍化原因細胞に選択的に前記外来遺伝子を発現させる方法であって、
(1)~(5)に記載の細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞群を培養することを含む方法。
(9) 分化誘導処理後のhPSC(hPSCを分化誘導処理することにより得られた細胞群)に含まれる、残存する未分化細胞及び/又は存在する腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、
ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した自殺遺伝子をゲノム中のセーフハーバー領域に含むhPSCを分化誘導処理すること、
前記分化誘導処理された細胞を、該自殺遺伝子に対応する薬剤と接触させることにより、前記分化誘導処理された細胞群に含まれる未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含む方法。
(10) 分化誘導処理後のhPSC(hPSCを分化誘導処理することにより得られた細胞群)に含まれる、残存する未分化細胞及び/又は存在する腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、
相同組換え法により、hPSCのゲノム中のセーフハーバー領域に、前記ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した自殺遺伝子を導入して、ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した自殺遺伝子をゲノム中のセーフハーバー領域に含むhPSCを得ること、
得られた自殺遺伝子が導入されたhPSCを分化誘導処理すること、
得られた分化誘導処理された細胞を、前記自殺遺伝子に対応する薬剤と接触させることにより、前記細胞群に含まれる未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含む方法。
(11) 接触させる前記薬剤のレベルが、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞への毒性が分化細胞への毒性よりも強いレベルである、(9)又は(10)に記載の方法。
(12) 接触させる前記薬剤のレベルが、該薬剤処理後の分化細胞の生存率が該薬剤処理後の未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞の生存率よりも3倍以上高いレベルである、(11)に記載の方法。
(13) 分化誘導処理後のhPSC(hPSCを分化誘導処理することにより得られた細胞群)に含まれる、残存する未分化細胞及び/又は存在する腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えるために分化誘導処理後のhPSCと接触させる該自殺遺伝子に対応する薬剤のレベルであって、分化誘導処理後の(4)又は(5)に記載の細胞のうち、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高い、前記薬剤のレベルを決定する方法であって、
(4)又は(5)に記載の細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞と分化誘導処理されていない(4)又は(5)に記載の細胞を、複数のレベルの前記薬剤と接触させること、及び、
前記分化誘導処理された細胞と比較して、前記分化誘導処理されていない細胞において細胞傷害効果が高い前記薬剤のレベルを未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高いレベルとして決定することを含む方法。
(14) (13)に記載の方法であって、
相同組換え法により、hPSCのゲノム中のセーフハーバー領域に、前記強い発現をもたらすプロモーターと機能的に連結した自殺遺伝子を導入して、該自殺遺伝子が導入されたhPSCを得ること、
得られた自殺遺伝子が導入されたhPSCを分化誘導処理すること、
得られた分化誘導処理された細胞と、分化誘導処理していない前記自殺遺伝子が導入されたhPSCのそれぞれを、複数のレベルの前記薬剤と接触させること、
前記分化誘導処理された細胞と比較して、前記分化誘導処理されていない細胞において細胞傷害効果が高い前記薬剤のレベルを、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高いレベルとして決定することを含む方法。
(15) 分化誘導処理後のhPSCに含まれる、残存する未分化細胞及び/又は存在する腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、
(4)又は(5)に記載の細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞を、該自殺遺伝子に対応する薬剤と接触させることにより、前記細胞群に含まれる未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含み、
ここで、接触させる前記薬剤のレベルが、(13)又は(14)において決定されたレベルであることを特徴とする方法。
(16) 分化誘導処理後の、ヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ遺伝子をゲノム中のセーフハーバー領域に含むhPSCの細胞群(ヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ遺伝子をゲノム中のセーフハーバー領域に含むhPSCを分化誘導処理することにより得られた細胞群)に残存する未分化細胞及び/又は存在する腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、
(4)又は(5)に記載の細胞を分化誘導処理することにより得られた細胞を、0.01~1μg/mLのガンシクロビルと接触させることにより、前記細胞群に含まれる未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含む方法。
(17) 分化誘導処理後のhPSC(hPSCを分化誘導処理することにより得られた細胞群)に含まれる、残存する未分化細胞及び/又は存在する腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、
(13)又は(14)に記載の方法により、分化誘導処理後の(4)又は(5)に記載の細胞のうち、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高い、前記薬剤のレベルを決定すること、
(4)又は(5)に記載の細胞を分化誘導処理すること、
分化誘導処理した細胞を、前記レベルの前記薬剤と接触させることにより、残存する未分化細胞及び存在する未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含む方法。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1AVS1領域における相同組換に用いるドナーに含まれる構造である。上から順に、基盤ドナーベクターおよび基盤ドナーベクターのリコンビネーションカセット(RC)にCAプロモーター、Survivin(Surv)プロモーター、Nanogプロモーターを挿入したドナーベクターの構造を示す。RCはΛファージが大腸菌染色体へ侵入する際に関与する部位特異的組換えシステムを利用し、ベクター間で改変したatt配列に挟まれたDNA配列の交換反応を行う(James,L.ら (2000)Genome Res.10: 1788-1795)。RC部分は組換え時に特異的に相互作用するDNA配列(att R配列)が両端にあり、その間にクロラムフェニコール耐性遺伝子(CMR)と大腸菌自殺遺伝子であるccdBを有する。LA:AAVS1領域における二本鎖切断部位の左側の隣接配列と相同性を持つ配列、SA-2A-Puro:ピューロマイシン選択のための発現カセット(SA;スプライシング・アクセプター配列、2A:自己プロセッシング性ペプチド配列、Puro:ピューロマイシン耐性遺伝子)、pA:ポリA配列、Venus:それぞれのプロモーター制御下でのVenus発現領域、HSVtk:単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(GCVをリン酸化することによって細胞毒性を引き起こす。)発現領域、RA:AAVS1領域における二本鎖切断部位の右側の隣接配列と相同性を持つ配列。
図2(a)図1のうちCAプロモーターを例に、AAVS1領域における相同組換えのためのドナー構造を示す。2本の矢印は正確な相同組換えを調べるために使用されたPCRプライマーの位置を示す。CA:RCに挿入されたCAプロモーター。LA、SA-2A-Puro、pA、Venus、HSVtk、RAについては、図1と同じ略語を使用。(b)得られたピューロマイシン耐性クローンからゲノムDNAを抽出し、相同組換えについてPCRスクリーニングにかけた。リバースプライマーをノックイン遺伝子の内側に配置したので、HDRが成功した場合には1539bpのPCRアンプリコンに反映されている。WT KhES3、WT KhES1、およびゲノム鋳型を含まないHO試料を陰性対照として使用した。
図3】KhES1およびKhES3に、図1で示したpCA.VH-doner、pSurv.VH-doner、pNanog.VH-donerを用いてCRISPR/Cas9を介した相同組換えを行い得られた、ピューロマイシン耐性クローンにおける、Venus発現を示す写真である。pCA.VH-donerを導入したhESC(CA.VH)ではVenus発現が観察されたが、pSurv.VH-donerおよびpNanog.VH-donerを導入したhESC(Surv.VH、Nanog.VH)では、蛍光顕微鏡下でのVenus発現は観察されなかった。
図4】in vitro分化後のCA.VHにおける安定な導入遺伝子発現を示す写真である。以下の細胞における蛍光顕微鏡法(スケールバー、200μm)で観察されたVenus発現を表す写真である:(a)AAVS1領域にCA-Venus-2A-HSVtk(CA.VH)を有する未分化なKhES1及びKhES3クローン;(b)分化処理7日目のKhES3-CA.VH#2クローンに由来する胚様体(EB);(c)分化処理56日目のKhES3-CA.VH#2クローン。
図5】すべての相同組換えクローンがVenusまたはHSVtk mRNAを発現することを示す図である。縦軸は各mRNAの発現レベル(/GAPDH)を、横軸はクローンを表す。(a)正しく相同組換えされた未分化クローンは、HSVtk mRNAを発現したが、WTは発現しなかった。KhES3とKhES1の間でHSVtk mRNAレベルに明らかな違いはなかった。(b)正しく相同組換えされた未分化クローンは、Venus mRNAについても発現していた。KhES3とKhES1の間でVenusのmRNA発現レベルに明らかな違いはなかった。(c)正しく相同組換えされた分化クローンはHSVtk mRNAを発現したが、WTは発現しなかった。HSVtkの発現は分化状態にかかわらず安定していた。(d)蛍光顕微鏡により確認されたVenus発現の場合と同様に、VenusのmRNAレベルも分化状態に関係なく安定していた。
図6】CA.VH、Surv.VH、Nanog.VH、及びWTの未分化細胞に対する、HSVtk/GCV依存性細胞傷害性及び特異性を示す図である。HSVtkに依存しない非特異的なGCV依存性細胞傷害性は、未分化な野生型KhES1では10および100μg/mlのGCV濃度で観察され、未分化な野生型KhES3では100μg/mlのGCV濃度で観察された。未分化CA.VHクローンは0.01μg/mlGCV含有培地を超える生存率を示さなかった。未分化Surv.VHクローンのうち、KhES1由来クローンでは1μg/mlGCV含有培地で、KhES3由来クローンでは10μg/mlGCV含有培地で、HSVtk/GCV依存性細胞傷害性が示された。未分化Nanog.VHクローンでは、KhES1、KhES3それぞれの由来クローンともに10μg/mlGCV含有培地で、HSVtk/GCV依存性細胞傷害性が示された。GCV依存性細胞傷害性はKhES3よりもKhES1の方が高かった。*P<0.005および**P<0.001(対GCVなし)。
図7】CA.VH、Surv.VH、Nanog.VH、及びWTの分化細胞に対する、HSVtk/GCV依存性細胞傷害性及び特異性を示す図である。HSVtkに依存しない非特異的なGCV依存性細胞傷害性は、分化した野生型KhES1、KhES3ともに100μg/mlのGCV濃度で観察された。HSVtk/GCV依存性細胞傷害性は、分化したCA.VHクローンにおいてより低く、1μg/mlまでのGCV濃度で明らかな細胞傷害性はなかった。分化したSurv.VHおよびNanog.VHクローンでは、GCVに依存した細胞傷害は観られず、野生型と同様に100μg/mlのGCV濃度での非特異的なGCV依存性細胞傷害性が観られた。*P<0.005および**P<0.001(対GCVなし)。
図8】KhES3-CA.VHクローンはin vivoでのGCV投与後にテラトーマ形成作用を示さないことを示す図である。(a、b)hESC移植後のテラトーマのサイズを示すグラフ(a)及び写真(b)である。50mg/kgのGCVで7日間連続して1日2回腹腔内処置した動物では、CA.VH#2クローンはテラトーマを形成しなかった。対照的に、WT KhES3細胞を投与されたマウスでは、GCV投与量にかかわらず、テラトーマ形成が観察された。*P<0.05、CA.VH#2(移植後61日目の同じグループのWTとの比較[GCVまたはPBS]。(c)移植後61日のマウスから摘出したテラトーマの代表的な病理組織像である。これは、相同組換えによる遺伝子導入が分化に影響を及ぼさなかったことを示している(HE染色;スケールバー、200μm)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書において、「ヒト多能性幹細胞(hPSC)」とは、多能性及び自己複製能を有する細胞を意味する。本明細書において,「多能性」とは,多分化能と同義であり,分化により複数の系統の細胞に分化可能な細胞の状態を意味する。本明細書における,多能性は,生体を構成する全ての種類の細胞に分化可能な状態(分化全能性(totipotency)),胚体外組織を除く全ての種類の細胞に分化可能な状態(分化万能性(pluripotency)),一部の細胞系列に属する細胞に分化可能な状態(分化多能性(multipotency)),及び1種類の細胞に分化可能な状態(分化単能性(unipotency))を含む。よって,本明細書における「多能性幹細胞」は,幹細胞,胚性幹(ES)細胞,核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(「ntES細胞」),生殖幹細胞(「GS細胞」),胚性生殖細胞(「EG細胞」),および人工多能性幹(iPS)細胞,神経幹細胞,造血幹細胞,間葉系幹細胞,肝幹細胞,膵幹細胞,皮膚幹細胞,筋幹細胞,又は生殖幹細胞を含む。ある細胞が多能性幹細胞であるかどうかは,たとえば,被検細胞が体外培養系において胚様体(embryoid body)を形成する場合,又は,分化誘導条件下で培養(分化誘導処理)した後に所望の細胞に分化する場合、当該細胞は多能性幹細胞であると判定することができる。
【0017】
本明細書において、「分化」とは、多能性細胞の分裂によって特定の機能的又は形態的特徴を有する娘細胞を生じる現象をいう。本明細書において「分化処理」及び「分化誘導処理」とは同義であり、幹細胞を分化細胞へと誘導させるための処理を意味する。細胞の分化は、様々な方法により誘導されることが報告されている。多能性細胞は、分化させる細胞の種類等に応じて、分化誘導物質などを利用した分化誘導処理により分化させることができる。「分化細胞」とは、分化して生じた特定の機能的又は形態的特徴を有する娘細胞を意味する。分化細胞は通常安定しており、その増殖能は低く、別のタイプの細胞に分化することは例外的にしか起こらない。
【0018】
「未分化細胞」とは、分化していない細胞を意味し、通常は幹細胞と同義であるが、本明細書における未分化細胞は必ずしも前述の幹細胞の性質を完全に有することを必要とするものではなく、分化細胞と比較して(自己)増殖能が高い(例えば、増殖速度が2倍以上、3倍以上、5倍以上、10倍以上など)細胞を意味する。特に好ましくは、「未分化細胞」は「腫瘍化原因細胞」である。ある細胞が未分化細胞であるか否かは、例えば、c-Mycが活性化している細胞、あるいは、テロメラーゼ逆転写酵素、及び/又はサバイビンの発現レベルが高い細胞を未分化細胞として判定することができる。
【0019】
本明細書において、「腫瘍化原因細胞」とは、幹細胞に対して分化を誘導するために分化処理をしたにもかかわらず分化しなかった未分化細胞であって、腫瘍細胞を生成し得る細胞を意味する。腫瘍化原因細胞は、分化する前の幹細胞(多能性幹細胞)と同等の性質を維持する細胞のみならず、分化する前の未分化細胞とは異なる性質を有しているが分化細胞とはならなかった細胞、例えば、少能性細胞(数種類の細胞にのみ分化できる細胞)、及び腫瘍形成能を有する細胞(例えば、がん幹細胞等)等をも包含する。ここで、「腫瘍細胞を生成し得る」とは、必ずしも100%腫瘍細胞を生成することを意味するものではなく、分化細胞と比較して腫瘍細胞を生成する能力が高いことを意味する。ある細胞が腫瘍形成能を有するか否かは、例えば、c-Mycが活性化している細胞、あるいは、テロメラーゼ逆転写酵素、及び/又はサバイビンの発現レベルが高い細胞を腫瘍形成能を有する細胞として判定することができる。
【0020】
本明細書において、「分化処理後に残存する未分化細胞」、「残存未分化細胞」、「分化処理後の細胞における未分化細胞」等により表現される未分化細胞、特には幹細胞に対して分化誘導処理を行った後に残存する未分化細胞は「腫瘍化原因細胞」となり得る。
【0021】
「ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター」とは、一般にヒトの細胞において強い活性を発揮するプロモーターであれば特に制限されるものではなく、ヒト細胞由来であっても、ヒト以外の細胞やウイルス由来であってもよい。このようなプロモーターとしては、CAプロモーター(cytomegalovirus enhancer/b-actin promoter with b-actin intron)、survivinプロモーター、CMV(cytomegalovirus)プロモーター、CBA(chicken beta actin)プロモーター、PGK(phosphoglycerate kinase 1)プロモーター、MMLV LTRプロモーター、RSV(respiratory syncytial virus)プロモーター、EF1αプロモーター、TERTプロモーター、E3プロモーター、HSV(herpes
simplex virus)プロモーター、Nanogプロモーター、及びRex1プロモーターを挙げることができる。また、プロモーターとしての活性を発揮できる限り、本願におけるプロモーターは、これらのプロモーター配列の一部の配列からなってもよい。
【0022】
本明細書において、ある遺伝子がプロモーターに「機能的に連結した」とは、「発現可能となるように連結した」と同義であり、プロモーターの下流に当該遺伝子が位置し、プロモーターがその活性を発揮することにより下流の遺伝子の発現が可能となるようにプロモーターと遺伝子が結合されていることを意味する。
【0023】
「外来遺伝子」とは、hPSCに人工的に挿入される遺伝子であって、所望の機能を奏する遺伝子を意味し、例えば、自殺遺伝子、毒性遺伝子、標識遺伝子を含む。
【0024】
「自殺遺伝子」とは、活性化プロセスを経ることにより当該遺伝子を有する細胞に毒性を与える遺伝子を意味する。典型的には、自殺遺伝子は、不活性な薬剤を毒性物質に変換する酵素をコードしている。また、自殺遺伝子は、その遺伝子産物により細胞毒性を発揮する化合物に変換される薬剤(以下、本明細書において「自殺遺伝子に対応する薬剤」又は「プロドラッグ」ということがある)と共に使用される。各自殺遺伝子に対応するプロドラッグが既によく知られている。特に、好ましくは、自殺遺伝子は、プロドラッグを核酸の合成阻害剤などの細胞増殖阻害剤や代謝拮抗剤に変換する。本明細書において、プロドラッグの用語は、特にそのように解することが不要である場合を除き、共に用いられる自殺遺伝子に対応するプロドラッグを意味するものである。
【0025】
薬剤依存性自殺遺伝子とプロドラッグ(薬剤)の組み合わせしては、例えば、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼと、ガンシクロビルまたはアシクロビル、VaricellaZosterウイルスチミジンキナーゼと、6メトキシプリンアラビノヌクレオシド(Huberら、1991, ProcNatlAcadSciUSA 88:8039)、E.coliシトシンデアミナーゼと、フルオロウラシル(Mullenら、1992,ProcNatlAcadSciUSA89:33)、E.coliキサンチン-グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼと、チオキサンチン(Beshardら、1987, MolCell Biol.7:4139)、E. coliまたはLeishmaniaプリンヌクレオチドホスホリラーゼと、非毒性プリンデオキシアデノシン、アデノシン、デオキシグアノシン、またはグアノシン誘導体(KoszalkaおよびKrenitsky,1979,Biol Chem 254:8185, 1979;Sorscherら、1994, GeneTherapy :233)、シトクロムpla50 2B1またはシトクロムp450レダクターゼと、3-アミノ-1,2,4ベンゾトリアジン1,4-ジオキシド(Waltonら、1992,BiochemPharmacol44:251))、細胞表面アルカリホスファターゼと、エトポシド1リン酸(Senterら、1988,ProcNatlAcadSciUSA 85:4842,1988)、ニトロレダクターゼと、メトロニダゾールまたはニトロフラントイン(Hofら、1988, Immunitat undInfektion 16:220)、N-デオキシリボシル(deoxyribosy)トランスフェラーゼと、1-デアザプリン(Betbederら、1989、NucleicAcids Res 17:4217)、ピルビン酸フェロドキシンオキシドレダクターゼと、メトロニダゾール(Upcroftら、1990,IntParasitolog20:489)、カルボキシペピダーゼG2と、アミノアシル酸ナイトロジェンマスタード(Antoniwら、1990,Brit Cancer 62:909)、カルボキシペプチダーゼAと、メトトレキセートαアラニン(Haenselerら、1992,Biochemistry 31:891)、ラクタマーゼと、セファロスポリン誘導体(Meyerら、1993, CancerRes53:3956;およびVradhulaら、1993,
Bioconjugate Chemistry4:334)、アクチノマイシンDシンセターゼ複合体と、合成ペンタペプチドラクトン前駆体(Katzら、1990,
Antibiotics43:231)、およびグルクロニダーゼと、デオキソルビシンのような毒性物質のグルクロニド誘導体(Bossletら、1994,CancerRes54:2151;Haeberlinら、1993,Pharmaceutical Res10:1553)を挙げることができる。好ましくは、自殺遺伝子と薬剤との組み合わせとしては、ヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ遺伝子とガンシクロビルの組み合わせ、及び、シトシンデアミナーゼ遺伝子と5-フルオロウラシルの組み合わせが挙げられる。
【0026】
例えば、薬剤依存性自殺遺伝子としてHSV-tk等のチミジンキナーゼを用い、薬剤としてガンシクロビル(GCV)を用いる場合、GCVがHSV-tkにより代謝されて毒性物質であるガンシクロビル三リン酸を生じさせることができる。また、例えば、薬剤依存性自殺遺伝子としてヒト由来チミジンキナーゼ(human-tmpk)を用い、非毒性のプロドラッグとしてアジドチミジン(AZT)を用いる場合、AZTがhuman-tmpkにより代謝された毒性物質であるAZT三リン酸を生じさせることができる。また、薬剤依存性自殺遺伝子として大腸菌等の細菌由来のシトシンデアミナーゼ(CD)を用い、非毒性のプロドラッグとして5-フルオロトキシン(5-FC)を用いる場合、5-FCがCDにより代謝されて毒性物質である5-フルオウリシル(5-FU)を生じさせることができる。薬剤依存性自殺遺伝子として水痘ウイルスチミジンキナーゼを用い、非毒性のプロドラッグとして6-メトキシプリンアラビノヌクレオシド(Ara-M)を用いる場合、Ara-Mが水痘ウイルスチミジンキナーゼにより代謝されて毒性物質である6-メトキシプリンアラビノヌクレオシド(Ara-MMP)を生じさせることができる。
【0027】
あるいは、本発明の薬剤依存性自殺遺伝子は、非毒性のタンパク質を薬剤の添加により毒性物質に変換されるタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。例えば、本発明の薬剤依存性自殺遺伝子は、単量体では毒性を発揮しないが多量体(例えば、二量体)となることにより毒性を発揮するタンパク質をコードしていてもよい。この場合、「薬剤依存性自殺遺伝子が毒性を発揮可能な薬剤」は、薬剤依存性自殺遺伝子を毒性物質に変換させる物質を意味する。例えば、薬剤依存性自殺遺伝子としてはCaspase9、及びCaspase3等のカスパーゼを用い、薬剤としてDimerizerを用いる場合、Dimerizerによってカスパーゼが二量体化することで毒性物質である活性のあるCaspase-9二量体を形成させ、アポトーシスを誘導することができる。このような多量体(例えば、二量体)となることにより毒性を発揮する薬剤依存性自殺遺伝子としては、例えば、Fas受容体、及びFADDを挙げることができる。
【0028】
本明細書において、「標識遺伝子」とは、当該遺伝子が導入された細胞を検出又は測定可能な標識物質をコードする遺伝子を意味する。標識遺伝子としては、緑色蛍光タンパク質(GFP)、あるいはGFPのアミノ酸配列を変える事で標識能がより向上したEGFP(enhanced GFP)やVenus、あるいは他の蛍光波長を呈する赤色蛍光タンパク質(RFP)、青色蛍光タンパク質(BFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、mKate2等の赤色、緑色、青色、又は、黄色等の蛍光タンパク質;Β-グルクロニダーゼ、Β-ガラクトシダーゼ、ルシフェラーゼ、ジヒドロ葉酸還元酵素をコードする遺伝子を挙げることができ、好ましくは、mKate2又はVenusである。また、例えば、フェチリン遺伝子など、画像診断を可能とする標識遺伝子であってもよい。本明細書において、「標識」するとは、その利用目的に応じて一時的に又は長期間、目的の細胞の存在又はその位置を同定し、目的の細胞数(量や割合でも良い)を測定し、あるいは目的の細胞を他の細胞から識別することを可能とすることを意味する。また、本明細書において「同定する」とは、一時的又は長期的に目的の細胞の存在又はその位置を特定することを意味し、「識別する」とは、一時的又は長期的に目的の細胞を他の細胞や組織から区別することを意味する。よって、本明細書における標識は、目的の細胞の存在又はその位置を特定し、あるいは、目的の細胞を他の細胞から区別することができれば特に制限されず、目的の細胞以外の細胞が全く染色等されないことを要するものではない。例えば、分化処理後の細胞中における未分化細胞の存在を、本発明のベクターが有する標識遺伝子の発現により識別する場合、該細胞中の分化細胞と比較して未分化細胞が区別可能な程度に染色されていればよく、分化細胞が(弱く)染色されることを妨げるものではない。
【0029】
「毒性遺伝子」とは、導入された細胞に毒性を与える能力を有する遺伝子を意味し、例えば、いかなるアポトーシス誘導遺伝子(Bax,p53,DP5,PL-3,reaper,hid)、細胞死を誘導する遺伝子、腫瘍細胞を抑制する遺伝子であってもよい。また、「毒性遺伝子」に変えて、分化誘導を促進する遺伝子を用いてもよい。
【0030】
本明細書において、「一つのプロモーターにより2つの遺伝子を同時に発現させることが可能な配列」とは、一つのプロモーターが活性化することにより2種類のタンパク質又はペプチドを翻訳させることが可能な配列を意味する。このような配列は、自己切断活性を持つ配列であって、一つのプロモーターの活性化により2つの遺伝子を共に発現させて該配列を介して結合された2つのタンパク質又はペプチドとして翻訳された後に、該配列を介して結合された当該2つのタンパク質又はペプチドが、該配列の領域で自己切断されて、結果的にセパレートされた2つのタンパク質又はペプチドが翻訳される配列であってもよい。あるいは、「一つのプロモーターにより2つの遺伝子を同時に発現させることが可能な配列」は、リボソームを引きつけてmRNAの途中から2度目の翻訳を開始させ、1つのmRNAから2つの異なる遺伝子がバイシストロニックに翻訳させる配列であってもよい。前者としては、例えば、「2A配列」を挙げることができ、後者としては、例えば、「IRES(internal ribosome entry site)配列」を挙げることができる。より具体的には、2A配列には、口蹄疫ウイルス由来の2A配列、equine rhinitis Aウイルス由来の2A配列が含まれる(Furler,Sら(2001)Gene Ther. 8,864-73;及びHasegawaら(2007)Stem Cells 25,1707-12参照)。
【0031】
「リコンビネーションカセット」とは、リコンビネーション(リコンビナーゼ)によって遺伝子を組み換えることできる領域を意味し、リコンビナーゼにより認識される核酸配列と、当該核酸配列に挟まれた外来遺伝子挿入部位を備える。リコンビネーションカセットとしては、例えば、attL-末端DNA断片とattR含有ドナーベクターとの間でリコンビネーションが起こる、LRリコンビネーション(バクテリオファージΛインテグラーゼ及びエクシジョナーゼ、並びに、大腸菌インテグレーションホスト因子タンパク質)、及び、attB-末端DNA断片とattP含有ドナーベクターとの間でリコンビネーションが起こる、BPリコンビネーション(バクテリオファージΛインテグラーゼ、及び、大腸菌インテグレーションホスト因子タンパク質)等のΛファージのリコンビネーション(Landy,A(1989)Ann.Rev.Biochem.58:913-949;及びPtashne,M.(1992)A Genetech Switch: Phage (Lambda) And Higher Organisms(Cambridge,MA:Cell Press)参照)(Gateway(登録商標)Technology,Invitrogen社);Cre-loxPリコンビネーション(Cre);FLP-FRTリコンビネーション(Flippase);並びに、RSリコンビネーション(R Recombinase、GIX Recombinase)等が挙げられる。
【0032】
「セーフハーバー領域」とは、外来遺伝子が導入されても細胞の機能、生存、形態や性質等に影響しない領域を意味する。このような領域として、Rosa26、AAVS1やH11が知られている。セーフハーバー領域への遺伝子の導入は、相同組換え法において、これらの領域を標的としたドナーベクターを使用することにより行うことができる。
(導入遺伝子が導入された細胞)
一態様において、本発明は、ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子(例えば、自殺遺伝子)をゲノム中のセーフハーバー領域に含むhPSCに関する。本明細書全体にわたって、「ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子(例えば、自殺遺伝子)」(以下、「導入遺伝子」ということがある)は、標識遺伝子又は自殺遺伝子、及び、プロモーターを含む核酸(分子)であって、該標識遺伝又は該自殺遺伝子が該プロモーターと機能的に連結されている発現カセットであってもよいし、又は、一つのプロモーターにより2つの遺伝子を同時に発現させることが可能な配列を介して結合した標識遺伝子と自殺遺伝子、及び、プロモーターを含む核酸(分子)であって、該標識遺伝子及び該自殺遺伝子が該プロモーターと機能的に連結されている発現カセットであってもよい。また、当該発現カセットは、更に、プロモーター領域を内部に含むリコンビネーションカセットを有していてもよい。
(細胞への遺伝子導入)
一態様において、本発明は、ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子(例えば、自殺遺伝子)をゲノム中のセーフハーバー領域に含むhPSC(以下、「本hPSC」という)を製造する方法であって、相同組換え法により、hPSCのゲノム中のセーフハーバー領域に、ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子(例えば、自殺遺伝子)を導入することを含む方法に関する。
【0033】
本明細書において、相同組換え法とは、ゲノム編集技術を利用した相同組換えを意味し、部位特異的なヌクレアーゼ、あるいはガイドRNAとヌクレアーゼを組み合わせて、ゲノムDNAの標的とする部位に二本鎖切断を導入し、細胞の修復機構である相同組換えを介してドナーベクターを目的部位に挿入する方法である。部位特異的なヌクレアーゼは、ZFN(Zinc-Finger Nuclease)とTALEN(Transcription Acticator-Like Effector Nuclease)とがある。ZFNおよびTALENはDNA結合ドメインとDNA切断ドメインから成る人工制限酵素であり、二量体でDNA切断を行う。ZFNでは、DNA結合ドメインは、任意の3塩基対のDNA配列を認識するように改変したジンクフィンガーを通常3から6個含み、9から18塩基対の認識を可能とする。TALENでは、キサントモナス属に属する植物病原細菌により分泌されるTALエフェクター(TALE)を改変した15から20塩基を認識するDNA結合ドメインを利用する。標的ごとに設計したZFNあるいはTALENとドナーベクターを細胞へ導入することにより、ゲノムの標的部位に遺伝子を導入できる。ガイドRNAとヌクレアーゼを組み合わせて行う手法がCRISPR/Cas9である。DNA二本鎖切断を担うCas9ヌクレアーゼ(Cas9)、Cas9を染色体上の20塩基の標的部位に配向させるガイドRNAとドナーベクターを細胞へ導入することにより、ゲノムの標的部位に遺伝子を導入できる。
【0034】
CRISPR/Cas9を介した相同組換え法による遺伝子の導入は、Cas9を含むプラスミド、ガイドRNAをコードしたプラスミド、および導入遺伝子を含むプラスミドを目的の細胞にコトランスフェクションすることにより行うことができる。ガイドRNAは、セーフハーバー領域又はその近傍の塩基配列を認識するように設計される。トランスフェクション方法は、hPSCに適用可能な方法から適宜選択することができ、例えば、FuGENE HDトランスフェクション試薬を用いて行うことができる。また、トランスフェクション時の各プラスミドの構成比は、モル比で等分(1:1:1)となるように行うことが好ましい。
(分化誘導細胞)
別の態様において、本発明は、分化誘導処理後の本hPSC、及び本hPSCを分化誘導処理することにより得られた細胞(以下、「分化誘導細胞」という)に関する。多能性細胞は,分化させる目的の細胞の種類等に応じて,分化誘導物質などを利用した分化誘導処理により分化させることができる。既に多くの分化誘導方法が当業者に知られているが,例えば,神経幹細胞(例えば、特開2002-291469),膵幹様細胞(例えば、特開2004-121165),造血細胞(例えば、特表2003-505006)、活性ニューロン(例えば、STEM CELLS.(2009);27(4):806-811)、及び心筋細胞(例えば、Circulation Research.(2012);111:344-358)への分化誘導法が知られている。分化誘導後のhPSCは、理想的には100%の確率で目的の分化細胞となることが望ましいが、実際には分化しないで未分化細胞として残存する細胞、又は目的の分化細胞以外の細胞、例えば、腫瘍化原因細胞へと変化する細胞を含みうる。よって、本明細書において、「分化誘導細胞」とは、必ずしも分化細胞を意味するものではなく、分化誘導処理された結果として得られた細胞であれば、分化細胞以外の細胞をも含み得る。
【0035】
別の態様において、本発明は、分化誘導細胞に含まれる、未分化細胞及び腫瘍化原因細胞に選択的に外来遺伝子を発現させる方法であって、当該細胞を培養することを含む方法に関する。また、別の態様において、本発明は、分化誘導細胞に含まれる、未分化細胞及び腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、分化誘導細胞又は分化誘導細胞からなる細胞群(以下、総称して「分化誘導細胞群」という)を、プロドラッグと接触させることにより、前記細胞群に含まれる未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含む方法に関する。
【0036】
前記方法は、傷害を与えるステップの前に、本hPSCを分化誘導処理することにより、前記分化誘導細胞を得る工程を含んでいてもよい。また、前記方法は(更にその前段階として)、相同組換え法により、hPSCのゲノム中のセーフハーバー領域に、前記ヒト細胞内において強い活性を有するプロモーター、及び前記プロモーターに機能的に連結した外来遺伝子(例えば、自殺遺伝子)を導入して、本発明のhPSCを得る工程を含んでいてもよい。
【0037】
分化誘導細胞群へのプロドラッグの接触は、分化誘導細胞群の培養物にプロドラッグの適量を添加することにより実施することができる。本発明では活性の強いプロモーターを採用することから、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞への毒性と分化細胞への非毒性が両立されるようにプロドラッグの量を適切にコントロールすることが非常に重要である。ここで、適量とは、細胞培養物への添加後の最終的なプロドラッグのレベルが、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞への毒性が分化細胞への毒性よりも強いレベルとなる量を意味する。本明細書において、レベルとは、存在量を数値で表す単位を意味し、典型的には濃度を表すが、シャーレやウェル1つあたりの絶対量などのその他の単位であってもよいし、存在量を測定した際の測定値そのものや、当該測定値から別の数値に換算された値であってもよい。好ましくは、プロドラッグのレベルは、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞の大部分、例えば、半分以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、又は95%以上に傷害を与えることができ、かつ、分化細胞の少数、例えば、30%以下、20%以下、10%以下、5%以下、又は1%以下にしか傷害を与えないレベルである。あるいは、プロドラッグのレベルは、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞の生存率が分化細胞の生存率よりも3倍以上、4倍以上、5倍以上、6倍以上、7倍以上、8倍以上、9倍以上、又は10倍以上高いレベルであってもよい。このようなプロドラッグの適量は、以下に記載する薬剤のレベルを決定する方法により決定することができる。また、プロドラッグの適量は、以下に記載する薬剤のレベルを決定する方法により決定レベルであってもよい。例えば、自殺遺伝子がヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ遺伝子である場合、対応するプロドラッグであるガンシクロビルの適量は、0.01~1μg/mLであってもよい。
【0038】
別の態様において、本発明は、分化誘導細胞のうち、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高い、プロドラッグのレベルを決定する方法であって、分化誘導細胞と、分化誘導処理されていない本hPSCを、複数のレベルの前記プロドラッグと接触させること、及び、前記分化誘導細胞と比較して、前記分化誘導処理されていない細胞において細胞傷害効果が高い前記薬剤のレベルを、「未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高いレベル」として決定することを含む方法に関する。
【0039】
前記方法は、プロドラッグと細胞との接触前に、本hPSCを分化誘導処理することを含んでいてもよい。更に、その前段階として、相同組換え法により、hPSCのゲノム中のセーフハーバー領域に、前記強い発現をもたらすプロモーターと機能的に連結した自殺遺伝子を導入して本発明のhPSCを得ることを含んでいてもよい。
【0040】
前記分化誘導細胞と比較して、前記分化誘導処理されていない細胞において細胞傷害効果が高いとは、好ましくは、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞の生存率が分化細胞の生存率よりも3倍以上、4倍以上、5倍以上、6倍以上、7倍以上、8倍以上、9倍以上、又は10倍以上高いことを意味していてもよい。
【0041】
また、本願の方法は、プロドラッグの適量の決定から未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることまでの全てのステップを含んでいてもよい。すなわち、本発明は、分化誘導処理後のhPSCに含まれる、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与える方法であって、上記の方法により、分化誘導処理後の本hPSCのうち、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に傷害を与える可能性が高く、かつ、分化細胞には障害を与えない可能性が高い、前記薬剤のレベルを決定すること、必要に応じて、本hPSCを分化誘導処理すること、及び、分化誘導細胞を、決定されたレベルのプロドラッグと接触させることにより、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞に選択的に傷害を与えることを含む方法を含む。
【0042】
これらの方法は、通常in vitroで行うことが想定されているが、必要に応じてin vivoで行ってもよい。すなわち、分化誘導細胞をヒトに移植した後、当該分化誘導細胞に由来する未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞が存在しているか又はその恐れがある場合には、必要に応じて当該ヒトにプロドラッグを投与することにより、当該未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞を選択的に殺傷することができる。よって、本発明は、患者の体内に移植した前記分化誘導細胞に由来する未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞を除去する方法であっても良い。より具体的には、当該方法は、分化誘導細胞を移植された患者に、前記自殺遺伝子が毒性を発揮可能なプロドラッグを投与するステップを備える、患者に移植された分化誘導細胞に由来する未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞を殺傷又は除去する方法であってもよい。又は、本方法は、患者に分化誘導細胞を移植するステップ、及び、前記患者に前記自殺遺伝子が毒性を発揮可能なプロドラッグを投与するステップを備える、患者に移植された分化誘導細胞に由来する未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞を殺傷又は除去する方法であってもよい。
【0043】
自殺遺伝子が毒性を発揮可能な薬剤の投与量は、各自殺遺伝子の種類に応じて適宜選択することができるが、好ましくは、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞における最終的なプロドラッグのレベルが、未分化細胞及び/又は腫瘍化原因細胞への毒性が分化細胞への毒性よりも強いレベルとなる量である。また、投与は全身投与も可能であるが、好ましくは局所投与である。
【0044】
以下、本発明をより詳細に説明するため実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。また、本願は2019年2月22日付にて出願された日本国特許出願第2019-030699号の優先権を主張する。本願が優先権を主張する日本国特許出願第2019-030699号記載の内容は全て参照によりそのまま本願に組み込まれる。
【実施例
【0045】
(統計解析)
データは平均±標準誤差(s.e.)として表した。スチューデントt検定を用いて統計的有意性を決定した。P<0.05を統計的に有意であると定義した。
(細胞培養)
KhES-1及びKhES-3 hESC(Suemori,Hら,(2006)Biochem Biophys Res Commun 345:926-932.)は京都大学より提供された。hESCを、Matrigelまたはヒト組換えLaminin521でコートした60mmディッシュ(Corning Japan)上に播種し、mTeSR1培地(Stem Cells Technologies、Vancouver、Canada)中で培養した。継代時には、Accutase(登録商標)(Innovative Cell Technologies、San Diego、CA)を用いてhESCを単一細胞に分散させた後、必要量のhESCを新しいRho関連キナーゼ阻害剤Y-27632(10μM;Wako、Japan)を含むmTeSR1中懸濁し、Matrigelまたはヒト組換えLaminin521でコートした60mmディッシュに播種した。翌日から毎日培地交換を行い、4日ごとに継代を行った。
(AAVS1領域へ相同組換えのためのプラスミド構築)
この系の実現可能性を試験するために、pPS(Ide,Kら(2017)Stem cells doi:10.1002/stem.2725.)、およびpSA-2A-puro-pA-RC-Venus-2A-HSVtk-pAを用いて、Venus-2A-HSVtkの上流にCAプロモーター、Survivinプロモーター、又はNanogプロモーターを有するドナープラスミドを作製した(図1)。
【0046】
また、hPSCsにおいて確実にCas9タンパク質を十分に発現させるために、CAプロモーターの制御下にCas9を発現するプラスミドを作製した。
【0047】
各プラスミドを以下のように構築した。pFlag-Venus-2AおよびpT-HSVtkは、以前の実験で構築した(Ide,Kら(2017)上掲)。pT-HSVtkをEcoRI/BamHIで切断して得たHSVtkを、SmaIで切断したpFlag-Venus-2Aに挿入し、pFLAG-VHを得た。次に、Venus-2AとHSVtkの間にSwaI部位を挿入して他のレポーター遺伝子または自殺遺伝子と容易に置換できるようにするために、以下のプライマーを用いてVenus-2A-HSVtk遺伝子をPCRで増幅した:
SwaI-Venus-F:5’-ATTTAAATGATTACCGGTCACCATGGTG-3’(配列番号1)
HSVtk-SwaI-R:5’-AGTCTAGTTTAAACATTTAAATTCAGTTAGCCTCCCCCATCTC-3’(配列番号2)
この増幅産物をpGEM-T Easy(Thermo Fisher Scientific)にクローニングし、pT-VHを得た。以前の実験(Ide,Kら(2017)上掲)で構築したpFlag-CMV-2AをNcoI/SmaIで切断することによりpAを取り出し、PmeIで切断したpT-VHに挿入してpT-VH-pAを得た。次に、pT-VH-pAをSpeIで切断し、平滑末端化してRC-R(Gateway[GW]カセットB、Thermo Fisher Scientific)の断片を導入し、pT-RC-VH-pAを得た。次いで、このプラスミドからNdeI/SacII切断によりRC-Venus-2A-HSVtk-pAを取り出して、SalIで切断したAAVS1相同領域を含むpSA-2A-Puro-pAドナー(Addgene 22075;F, Beard Cら,Nat Biotechnol. 2009;27:851-7)に挿入し、pRC-VH-ドナーを得た。最終ドナープラスミドpCA-VHドナー、は、pPS(プロモーターを含む)とpRC-VHドナーとの間のLR-クロナーゼ(Thermo Fisher Scientific)によるリコンビネーション反応を用いて作製した。簡潔に述べると、pPSおよびpRC-VHドナーをLR-クロナーゼ(商標)II酵素混合物と混合し、25℃で1時間インキュベートし、次いでプロテイナーゼKにより37℃で10分間反応させた。この混合物を用いて大腸菌を形質転換し、アンピシリンを含むLBプレート上で増殖させた。次の日に出現したコロニーからプラスミドDNAを抽出し、正しいドナープラスミドについて調べ、増幅、精製した。pSurvivin-VH-ドナー、又はpNanog-VH-ドナーは、同様の方法により作製した。
【0048】
pCMV-Cas9(Addgene 41815;Mali,P,Yangら、Science 2013;339:823-826.)のCMVを、pCA-EGFP由来のCAを含有するXbaI/SpeI-およびSalI/EcoRIで切断したフラグメントと置き換えることによって、pCA-Cas9を構築した。
(相同組換えhPSC樹立)
トランスフェクションの48時間前に、2.0×10個のhESCを100mmディッシュに播種した。FuGENE HDトランスフェクション試薬(Promega、Madison、WI、USA)を製造元のプロトコールに従って用いて、細胞をpCA-Cas9、pgRNA-T2(Addgene 41818;Mali,P,Yangら(2013)上掲)、およびpCA-VH-ドナー、pSurvivin-VH-ドナー、又はpNanog-VH-ドナーをトランスフェクションした。DNA:FuGENE
HD比は3.5:1であった(100mmディッシュあたり57μgDNA/195μL FuGENE HD)。トランスフェクションの48時間後、細胞を0.5μg/mLピューロマイシンで7日間処理した。生存細胞はコロニーを形成し、その一部は正確に相同組換えされたと推定された。トランスフェクションの12日後に、生存しているコロニーを48ウェルプレートに採取した。先に報告されたように(Mali,P,Yangら(2013)上掲)、AAVS1遺伝子座内の相同領域の外側の標的遺伝子座に位置するプライマーおよびSA-2A-Puroカセット内に位置する別のプライマーを用いたPCRにより、相同組換えについてのスクリーニングを行った。プライマー配列は以下の通りとした。
フォワード:5’-CTGCCGTCTCTCTCCTGAGT-3’(配列番号3)
リバース:5’-GCTCGTAGAAGGGGAGGTTG-3’(配列番号4)
(qRT-PCR分析)
全RNAをISOGEN II(登録商標)(Nippongene)を用いて単離し、続いてPrimeScript IIファーストストランドcDNA合成キット(登録商標)(Takara Bio)を用いて逆転写した。QuantiFast SYBR
Green PCR(Qiagen、Japan)を用いたqRT-PCRを、Rotor-Gene RG-3000(Qiagen)で行った。相対的なmRNA発現レベルは、比較Ct法によって決定し、個々の遺伝子の発現レベルを参照遺伝子、グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)のレベルに対して標準化した。以下のプライマーセットを使用して、60℃のアニーリング温度でqRT-PCR分析を行った。
GAPDH:5’-CCATCACCATCTTCCAGGAG-3’(配列番号5)、および、5’-TGTCATACCAGGAAATGAGCTT-3’(配列番号6)
Venus:5’-GGGCACAAGCTGGAGTACAACTAC-3’(配列番号7)、及び、5’-GAACTCCAGCAGGACCATGTGAT-3’(配列番号8)
HSVtk:5’-AGCAAGAAGCCACGGAAGTC-3’(配列番号9)、および、5’-GCACCCGCCAGTAAGTCATC-3’(配列番号10)
(未分化細胞特異的GCV依存性細胞殺傷効果のin vitro解析)
分化hESCに対する細胞傷害性の評価のために、既に報告されているように(Suemori, Hら(2006)Biochem Biophys Res Commun
345: 926-932.)、0.1mM 2-メルカプトエタノール(Sigma-Aldrich Japan、東京、日本)、MEM 非必須アミノ酸(Sigma-Aldrich Japan),5ng/mL組換えヒト塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF;ReproCELL、横浜、日本)、20% KnockOut Serum Replacement(KSR;Life Technologies Japan、東京、日本)を添加した、高グルコースダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)およびハムの栄養混合物F-12(Sigma-Aldrich Japan)の1:1混合物からなるES培地中のマイトマイシンC処理マウス胚線維芽細胞上に未分化hESC(CA.VH、Survivin.VH及びNanog.VHクローン)を播種した。コロニーが形成された後、1mg/mLコラゲナーゼIV(Thermo Fisher Scientific)、0.25%トリプシン(Thermo Fisher Scientific)、1mM CaCl(Nacalai Tesque)および20%KnockOut(商標)Serum Replacement(Thermo Fisher Scientific)で処理して細胞を剥離させ、bFGFを含まない10μMのY-27632を添加したhES培地に懸濁し、次いで超低結合プレート(Corning、New York、NY、米国)に移して胚様体(EBs)を生成させた。懸濁液中で8日間培養した後、EBをゼラチン被覆プレートに移し、さらに20または48日間培養した。続いて、分化した細胞を、2.0×10細胞/ウェルでゼラチンコートした96穴培養プレートに播種し、0,0.01,0.1,1,10または100μg/mLのGCVと共にさらに7日間培養した。細胞生存率は、Cell Count Reagent SF(登録商標)(Nacalai Tesque)を用いたWST-8アッセイによって決定した。
【0049】
未分化hESCに対する細胞傷害性を評価するために、CA.VH、Survivin.VH及びNanog.VHクローン、を、未分化条件下でマトリゲル被覆96ウェル培養プレート上に1.0×10細胞/ウェルで播種し、続いて0,0.01,0.1,1,10または100μg/mLのGCVで7日間培養した後、WST-8アッセイを行って細胞生存率を決定した。
(in vivoにおける抗腫瘍形成効果および動物実験における病理学的検査)
hESC(4.0×10細胞)を30%マトリゲル含有PBS 100μLに懸濁し、6週齢の雌scid(重症複合免疫不全)マウス(CLEA Japan、東京、日本)の背面腹部に皮下注射した。注射後1日目から、マウスにPBSまたはGCV(50mg/kg)のいずれかの腹腔内注射を1日2回、7日間連続して行った。GCV処置の開始後4週目から更に4週間、形成されたテラトーマの大きさを週に2回測定し、その後組織学的分析のためにマウスを安楽死させた。すべてのテラトーマを摘出し、10%ホルマリンで固定し、パラフィンに包埋し、4μm切片に切断し、ヘマトキシリンおよびエオシン(H-E)で染色した。すべての動物実験は、国立衛生研究所のガイドラインに従って、鹿児島大学自然科学研究センター動物実験室部門の承認を得て行われた。苦しみを最小限に抑えるためにすべての合理的な努力がなされた。
(CRISPR/Cas9を用いたAAVS1領域への相同組換えhESC作製)
ヒトAAVS1遺伝子座は、19番染色体上のPPP1R12C遺伝子の最初のイントロンに位置し、外来遺伝子の組み込みが有害な影響を及ぼさない「セーフハーバー領域」としてよく知られていることからプロモーター領域を含むVenus遺伝子およびHSVtk遺伝子の導入部位として利用した。Venus遺伝子およびHSVtk遺伝子がAAVS1座にノックインされたKhES3およびKhES1クローンを作製するため、CRISPR/Cas9を介した相同組換えを行った。AAVS1相同配列を含むAAVS1ドナープラスミド(pRC-VH-ドナー)を構築した。プロモータートラップ選択のためのSA-2A-Puro-pAカセット(Hockemeyer,Dら(2010)Nature biotechnology 27:851-857.)と、腫瘍形成性hPSCを除去するための組換えカセット-R(RC-R)-Venus-2A-HSV-tk-pAカセット(Mitsui,Kら(2017)Mol.Ther.Methods Clin.Dev.5:51-58.)とを、AAVS1相同配列に挿入した。この実験では、このシステムの可能性を探索するためにCAプロモーター、Survivinプロモーター、又はNanogプロモーターを使用した。CAプロモーター(pCA.VH-ドナー)の例を図2aに示す。hESCにDNA二本鎖切断を誘導するために、CAプロモーターを有するCas9発現プラスミドを調製した。ガイドRNA(Mali,Pら(2013)Science 339:823-826.)を発現させるためにgRNA-T2プラスミド(pgRNA-T2)を用いた。EGFP発現プラスミドのトランスフェクション効率は、KhES3では76.32%、KhES1では25.0%であった。AAVS1ドナーベクター、pCA.VH-ドナーは、ピューロマイシン耐性遺伝子がベクター組み込み部位の上流に位置する活性プロモーターからのみ発現するため、ランダムな組込みに対する相同組換えの比率を増加させるはずである。合計128個のピューロマイシン耐性コロニーがKhES3から得られ、PCR分析により、ピューロマイシン耐性コロニーの20%が相同組換えによりAAVS1座に挿入されていることが確認できた。KhES1では、2つのコロニーのみが正確に挿入されていた(図2b、表1)。正確に相同組換えされたクローンをさらなる実験のために増殖させ、得られた細胞をCA.VHと命名した。同様にして、pSurvivin-VH-ドナー及びpNanog-VH-ドナーでトランスフェクトした細胞から得られたそれぞれ4コロニー及び2コロニーをSurvivin.VH及びNanog.VHと命名した。
【0050】
【表1】
(様々な分化レベルのクローンにおける安定したVenus発現の蛍光顕微鏡による確認)
KhES3およびKhES1の両方の細胞において、Venusは、pCA.VH-ドナーでは強く発現し、pSurvivin-VH-ドナーでは弱い発現がみられ、pNanog-VH-ドナーではほとんど発現がみられなかった(図3)。特に、KhES3およびKhES1 CA.VHクローンの両方において、未分化状態(図4a)のみならず分化7日目の胚様体(EB)(図4b)においても確認された。CA.VHクローンにおけるVenusの発現は、EBをゼラチンコートディッシュに移すことによってさらに分化した細胞においても観察された(分化第42日;図4c)。
(全てのクローンにおける安定したmRNA発現のリアルタイムPCRによる確認)
より詳細に細胞を分析するため、我々は未分化CA.VHクローンのHSVtkおよびVenusのmRNA発現レベルをリアルタイムPCRによって測定した(図5a、b)。全ての相同組換えクローンはVenusとHSVtkを発現していたため、クローンKhES3-CA.VH#2とKhES1-CA.VH#1を更に特徴解析するためのクローンとして選択した。分化細胞におけるHSVtkおよびVenusのmRNA発現レベルを調べ、すべての分化したクローンが、未分化CA.VHと同レベルの両遺伝子を発現することを見出した(図5c、d)。Survivin.VH及びNanog.VHについても同様の解析を行い、HSVtkの発現、Venusの発現をリアルタイムPCRで確認した。
(未分化細胞に特異的なHSVtk特異的/GCV依存性細胞傷害)
上述のリアルタイムPCR実験により、HSV-tkが全ての細胞で発現していることが確認された。したがって、未分化および分化のCA.VH、Survivin.VH及びNanog.VHにおけるHSVtk特異的/GCV依存性細胞傷害について検証した。非特異的な(すなわち、HSVtk非依存性の)GCVによる細胞傷害は、未分化のKhES3-CA.VHでは100μg/mLのGCV濃度で観察され、未分化のKhES1-CA.VHでは10および100μg/mLのGCV濃度で観察された。未分化のKhES3-CA.VH細胞におけるHSVtk特異的/GCV依存性細胞毒性は、より低いGCV濃度(0.01,0.1,1および10μg/mL)で誘導された。一方、この細胞傷害性は、10μg/mL未満のGCV濃度で野生型KhES3細胞においては誘導されなかった。HSVtk特異的/GCV依存性細胞傷害性は、未分化のKhES1-CA.VHにおいて、KhES3-CA.VHよりも強く、0.01μg/mLという極めて低いGCV濃度においてもほとんどの細胞が死滅した。さらに、非特異的なGCVによる細胞毒性は、野生型KhES3よりも野生型KhES1において強かった(図6)。
各未分化CA.VHクローンは0.01μg/mlGCV含有培地を超える生存率を示さなかった。GCV依存性細胞傷害性はKhES3よりもKhES1の方が高かった。
HSVtk/GCV依存性細胞傷害性は、分化したCA.VHクローンにおいてより低く、1μg/mlまでのGCV濃度で明らかな細胞傷害性はなかった* P <0.005および** P <0.001(対GCVなし)。
【0051】
HSVtkの細胞傷害性は細胞増殖活性の低下と関連するため、分化細胞における細胞傷害性を試験した。分化後の分化クローンにおいては、非特異的なGCVによる細胞毒性はいずれの濃度でも認められず、かつ、GCV濃度0.01,0.1,1μg/mLではHSVtk特異的/GCV依存性細胞毒性も認められなかった(図7)。したがって、HSVtk特異的/GCV依存性細胞毒性は、KhES3-CA.VHおよびKhES1-CA.VHの両方で観察され、分化によりこの細胞傷害性は減少した。Survivin.VH及びNanog.VHは、未分化状態においてもCA.VHと比較してHSVtk特異的/GCV依存性細胞傷害性が弱かったことから、分化状態となり、さらにHSVtkの細胞傷害性が低下した結果、HSVtk特異的/GCV依存性細胞毒性が認められなかったものと思われる。
【0052】
更に、上記で作製したものに加えて、複数の種類のプロモーター、三種類の自殺遺伝子(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ;HSV-tk,ヒト由来チミジンキナーゼ;human-tmpk、誘導性ヒトCaspase-9;iCaspase-9)と二種類の蛍光タンパク質(緑色蛍光タンパク質;Venus、赤色蛍光タンパク質;mKate2)の組み合わせのドナーベクターを用いて、AAVS1領域へ相同組換えしたhESCを作製し、蛍光タンパク質の発現および自殺遺伝子の細胞障害性について評価を行った。その結果を表2に示す。以下の表2において、ベクター構築を行うことに成功した組み合わせは「D」、ベクター構築を行うことに成功し、蛍光タンパク質の発現を確認した組み合わせは「C」、それに加え未分化細胞における自殺遺伝子の細胞障害性を確認した組み合わせは「B」、Cの評価項目に加え、さらに分化細胞における自殺遺伝子の細胞障害性まで解析した組み合わせは「A」で示す。
【0053】
【表2】
表2に示した組み合わせにて作製したドナープラスミドをhPSCに相同組換えにて導入し、クローン化した未分化細胞を用いて解析を行うことにより、同様の結果を得られた。導入位置については、AAVS1で固定した。よって、様々な組み合わせのプロモーター、自殺遺伝子、蛍光タンパク質をAAVS1あるいはROSA26遺伝子座へ導入することにより同様の結果を得られる。
(in vivoにおけるKhES3-CA.VHの抗腫瘍形成効果の検証)
KhES3-CA.VH細胞が多能性であるかどうかを判定し、その抗腫瘍形成効果をin vivoで評価するために、未分化のKhES3-CA.VHおよび野生型KhES3を免疫不全マウス(NOD-scidマウス)に皮下移植してテラトーマ形成実験を行った2つの群に移植した。GCVの代わりにリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を投与した場合、テラトーマの顕著かつ連続的な増殖は2群間で有意な違いがみられなかった(図8a、b)。一方、GCVを投与した場合、KhES3-CA.VHを移植したマウスでのテラトーマ形成は、野生型KhES3を移植した対照マウスと比較してより強力に阻害された。GCVのこの用量(50mg/kg)は、本発明者らの以前の研究で安全であることが確認されており(Ide,Kら(2017)Stem cells doi: 10.1002/stem.2725.)、有害な影響は観察されなかった。細胞移植の56日後に安楽死させたマウスより摘出したテラトーマについて組織病理学的な解析を行ったところ、テラトーマは3つの胚葉から誘導された複数の組織型からなることが明らかとなった(図8c)。これらの結果から、相同組換えが多能性に影響を及ぼさないこと、および未分化KhES3-CA.VHに対するHSVtk特異的/GCV依存性細胞傷害性がin vivoにおいても有効であることを確認した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
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