(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-20
(45)【発行日】2024-05-28
(54)【発明の名称】材料特性パラメータの算定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 3/00 20060101AFI20240521BHJP
【FI】
G01N3/00 Z
(21)【出願番号】P 2024028993
(22)【出願日】2024-02-28
【審査請求日】2024-03-04
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】524077173
【氏名又は名称】呉屋 守章
(74)【代理人】
【識別番号】100192496
【氏名又は名称】西平 守秀
(72)【発明者】
【氏名】呉屋 守章
(72)【発明者】
【氏名】末吉 敏恭
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-068919(JP,A)
【文献】特開2007-232714(JP,A)
【文献】呉屋守章 ほか,応力増分依存性を考慮した弾塑性体構成方程式の一表現 (第1報, Mises型塑性ポテンシャルを伴う初期等方材),日本機械学会論文集 A,54巻 504号,日本,1988年08月,Page.1617-1622
【文献】伊藤こう一 ほか,応力増分依存性を考慮した弾塑性体構成方程式の一表現 (第2報, 線形比較体則と弾塑性円管座屈の解析),日本機械学会論文集 A,55巻 520号,日本,1989年,Page.2475-2480
【文献】呉屋守章 ほか,応力増分依存性を考慮した弾塑性体構成方程式の一表現 (第3報, 剛塑性薄板の局所くびれ解析),日本機械学会論文集 A,56巻 521号,日本,1990年01月,Page. 101-106
【文献】M. Goya, et al.,Determination of constitutive parameters by forming-limit tests,Journal of Materials Processing Technology,1995年,第50巻,Page. 216-225
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 3/00-3/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
後記の式(1)~式(9)に基づいて金属部材の成形限界線図を通して材料パラメータを算定する方法であって、
後記の式(1)~式(20)に示されるテンソル量のそれぞれに関する特殊表記と、特許請求の範囲の本文中で記載される表記と、の記号の対応は後記の表1及び表2に示されており、
後記の式(6)で示される第1の材料パラメータPar1、後記の式(7)で示される第2の材料パラメータPar2、後記の式(7)で示される第3の材料パラメータPar3を算定するために、
前記金属部材より得た板状金属試験片をM(M≧3)個用意し、成形限界試験の方法に基づいて前記金属試験片のそれぞれに対して複数の異なるひずみ比の方向で負荷をかける試験を行う試験ステップと、
前記試験ステップの試験結果に基づいて取得された、各i(i=1,・・・,M)番目の前記板状金属試験片について後記の式(12)に従ってξiを(ε22/n)と(ε11/n)の比として算出し、後記の式(13)~式(16)に従って対応する各Kciを算出する第1の算出ステップAと、
前記第1の算出ステップAでの算出結果および後記の式(18)~式(19)に基づいて、個々誤差Eiと総合誤差TEの評価を行う第2の算出ステップと、
前記第2の算出ステップで評価された前記誤差Eiのそれぞれおよび前記総合誤差TEに基づいて、前記第1の材料パラメータPar1、前記第2の材料パラメータPar2および前記第3の材料パラメータPar3の値を算定する第3の算出ステップと、を含む
材料特性パラメータの算定方法。
【表1】
【表2】
【数1】
【数2】
【数3】
【請求項2】
前記第2の算出ステップにおいて、
前記の式(13)~式(16)に基づいて後記の式(18)により前記誤差Eiのそれぞれを導出して後記の式(19)に基づいて前記総合誤差TEを算出し、
前記第3の算出ステップにおいて、
その算出された前記総合誤差TEが最小となるような、前記第1の材料パラメータPar1、前記第2の材料パラメータPar2および前記第3の材料パラメータPar3の組み合わせを探索することで、前記第1の材料パラメータPar1、前記第2の材料パラメータPar2および前記第3の材料パラメータPar3のそれぞれを決定する、
請求項1に記載の材料特性パラメータの算定方法。
【数4】
【請求項3】
前記第1の材料パラメータPar1の探索候補について、0以上0.5以下の範囲において40以上の分割点のそれぞれの値を第1の値候補群として選定し、
前記第2の材料パラメータPar2の探索候補について、0以上0.5以下の範囲において100以上の分割点のそれぞれの値を第2の値候補群として選定し、
前記第3の材料パラメータPar3の探索候補について、0以上3以下の範囲において40以上の分割点のそれぞれの値を第3の値候補群として選定し、
前記第1の値候補群、前記第2の値候補群および前記第3の値候補群の中から、前記の式(19)での総合誤差TEの値が最小となるような、前記第1の材料パラメータPar1、前記第2の材料パラメータPar2および前記第3の材料パラメータPar3の組み合わせを探索する、
請求項2に記載の材料特性パラメータの算定方法。
【請求項4】
前記第1の材料パラメータPar1の探索候補については0以上0.5以下の範囲、前記第2の材料パラメータPar2の探索候補については0以上0.5以下の範囲、かつ前記第3の材料パラメータPar3の探索候補については0以上3以下の範囲で、Newton-Raphson法を用いて前記の式(19)での総合誤差TEの値が最小となるような、前記第1の材料パラメータPar1、前記第2の材料パラメータPar2および前記第3の材料パラメータPar3の組み合わせを探索する、
請求項2に記載の材料特性パラメータの算定方法。
【請求項5】
前記の式(18)における誤差の定義において、Kci値とKcmin{(TLbar)i}の差による自乗誤差ではなくKci値の二乗で除した値を誤差と定義する、
請求項2に記載の材料特性パラメータの算定方法。
【請求項6】
後記の式(1)~式(9)に基づいて金属部材の成形限界線図を通して材料パラメータを算定する方法であって、
後記の式(1)~式(20)に示されるテンソル量のそれぞれに関する特殊表記と、特許請求の範囲の本文中で記載される表記と、の記号の対応は後記の表3及び表4に示されており、
後記の式(6)で示される第1の材料パラメータPar1、後記の式(7)で示される第2の材料パラメータPar2、後記の式(7)で示される第3の材料パラメータPar3を算定するために、
前記金属部材より得た板状金属試験片をM(M≧3)個用意し、成形限界試験の方法に基づいて前記金属試験片のそれぞれに対して複数の異なるひずみ比の方向で負荷をかける試験を行う試験ステップと、
前記試験ステップの試験結果に基づいて取得された、各i(i=1,・・・,M)番目の前記板状金属試験片について後記の式(12)に従ってξiを(ε22/n)と(ε11/n)の比として算出し、解析解である後記の式(20)に従って対応する各Kciを算出する第1の算出ステップBと、
前記第1の算出ステップBでの算出結果および後記の式(18)~式(19)に基づいて、個々誤差Eiと総合誤差TEの評価を行う第2の算出ステップと、
前記第2の算出ステップで評価された前記誤差Eiのそれぞれおよび前記総合誤差TEに基づいて、前記第1の材料パラメータPar1、前記第2の材料パラメータPar2および前記第3の材料パラメータPar3の値を算定する第3の算出ステップと、を含む
材料特性パラメータの算定方法。
【表3】
【表4】
【数4】
【数6】
【数7】
【数8】
【請求項7】
前記金属部材は、金属製の薄板、または金属製のブロック部材から切り出される薄板である、
請求項1または請求項6に記載の材料特性パラメータの算定方法。
【請求項8】
前記試験ステップでの前記成形限界試験は、Marciniak式またはNakajima式の成形限界試験である、
請求項1または請求項6に記載の材料特性パラメータの算定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、材料特性パラメータの算定方法に関し、特には応力増分方向依存性を取り込む呉屋・伊藤の塑性構成式の材料パラメータを決定する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の自動車ボディ成形等の板材成形においてはFEM(有限要素法)を用いた数値シミュレーションが頻繁に使用されて、成形のために使用される金型の基本設計をはじめに金型修正等の莫大な費用を要するプロセスの回数を極力少なくする努力が払われている。こうした中で、材料の特性を評価する塑性変形に関する応力ひずみ関係、いわゆる塑性構成式の把握は金属部材の成形限界を把握するという観点からも重要である。
【0003】
呉屋・伊藤は、塑性ひずみ増分の大きさとその方向が現応力方向からの応力増分の振れ角αの関数であると仮定して、それらに関するパラメータμ(α)及びβ(α)を導入することで、ポテンシャル論における塑性ひずみ増分の法線性拘束条件を緩めた新塑性構成式の表現を導入してきた。それは現応力点が位置する降伏曲面上に、尖点(角点)の存在に拘らず構成式に応力増分方向依存性を導入できるものであり、より一般的表現となっている。呉屋・伊藤の応力増分方向依存則の逆表示は非特許文献1(後記参照)より次式で与えられる。
【0004】
【0005】
ここで本明細書の本文中での記載の便宜上、前記の式(1)~式(4)を含む以下の式中におけるテンソル量のそれぞれに関する特殊表記と、以下の本明細書の本文中で使用する表記と、の記号の対応は次の表1に示す通りとする(以降同様)。
【表1】
【0006】
すなわち、前記の式(1)~式(4)において、dSdevは偏差応力増分テンソル、dEdevは偏差ひずみ増分テンソル、Sdevは偏差応力テンソル、Sbarは相当応力、Kは体積弾性率、dpは応力増分テンソルdSの静水圧成分、dEvolは体積ひずみ増分、Gは横弾性係数、H'は接線勾配、μ=μ(α)は塑性ひずみ増分dEpの大きさを表す。また、αに関する単調減少遷移関数、α;(0≦α≦αmax)は塑性ポテンシャルの法線方向単位テンソルnからの偏差応力増分テンソルdSdevの振れ角、β;(0≦β≦βmax)は塑性ひずみ増分テンソルdEpの塑性ポテンシャルの法線方向単位テンソルnからの振れ角を表し、αに関する単調増加遷移関数を示す(
図1参照)。
【0007】
また、多結晶体有限要素モデルの数値解析に基づいて、μ(α)とβ(α)に対して非特許文献4(後記参照)において後記の式(5)~式(9)の関係が提案されている(
図2参照)。
【0008】
【0009】
ここで、前記の式(8)に含まれるKcminは、非特許文献2(後記参照)で提案された定数係数則における係数Kc(0≦Kc≦1)の固定された応力テンソルの向きにおける最小値を示す。その値は応力テンソルの向きにより変わりうる非材料パラメータであり、塑性材の分岐解析に対してHillにより導入された線形比較体構成則群を導入するための係数である。Kc値の大きな値は過十分な分岐限界値を与えることが知られており、成形限界問題の様な分岐解析を通してより実用的な結果を得るためには、Kc値はある一定の応力方向に対する線形比較体構成則群の中でも最も小さな応力増分方向依存性を示す値を選定することが必要である。その値をKcminと表記する(非特許文献2及び非特許文献4参照)。
【0010】
そして、ΘLはLode角と呼ばれるもので、
図2に示すように偏差応力面上のTresca型降伏関数の辺中央からの角度を表し、その最大値はΘS(=π/6)である。また、表1と同様に本明細書の記載の便宜上、前記の式(9)で定義されるLode角の無次元角は、式中での特殊表記と以下の本明細書の文中における表記の対応は表2に示す通りとする。
【表2】
【0011】
等方硬化材の場合はLode角の無次元角TLbarに対しては、ひずみ比ξの関数として後記の式(11)が成立する。
【0012】
【0013】
非特許文献4においては、前記の式(7)のΦはイリューシン応力空間における単軸負荷方向からの振れ角の関数として定義されているが、本発明においては三次元解析にも容易に適用できるという拡張性を持たせるために前記の式(9)に示す、偏差応力面上のTresca型降伏関数の辺中央からの角度であるLode角ΘLを導入している(
図2参照)。
【0014】
材料パラメータはPar1、Par2、Par3であり、特にPar1は単軸負荷に対する一つの値であることを示す。一連の塑性構成式が実用に資するためには、提案された関数形に含まれる材料パラメータを決定する試験法が確立なければならない。
【0015】
[・局所くびれに関する理論](たとえば、後記の非特許文献3及び非特許文献4を参照)
図3に示す剛塑性板の局所くびれ分岐問題に対するHillの規準が、最大及び最小主ひずみ比が正なる領域においては限界値を与えないということはよく知られている。その後の研究によりその原因は塑性ひずみ増分に関する法線則すなわちポテンシャル則を用いたことにあることが明らかにされてきた。
【0016】
ところで、除荷の規準が不明確であり、非合理的とされたHencky変形論の増分形は塑性ポテンシャル論と異なり応力増分と塑性ひずみ増分間に1対1の関係が成立する、いわゆる応力増分方向依存性を持つものであり、StorenとRice(以下、S-R論)はこうしたHenckyの変形論増分形を本問題に適用し、Hillの基準が評価し得ない領域にも一定の限界値を示す結果を得た。この様な状況の中でHencky変形論増分形の特性である応力増分方向依存性を取り込んだ塑性構成式が種々研究されてきた。
【0017】
S-R論に定数係数則を導入すると、Swiftのn乗則に従う等方材料に対する分岐条件は次式のように導かれることが非特許文献4において示されている。
【0018】
【0019】
また、ひずみ比ξは前記の式(12)で定義されており、nは等方硬化材に対してMises相当応力Sbarと相当塑性ひずみEpbarの関係として後記の式(17)で表されるSwiftのn乗則
【0020】
【0021】
におけるn値である。
【0022】
λは
図3に示すHillの局所くびれ問題におけるくびれ帯の向きを示し、後記の式(18)及び式(19)と定義される。
【0023】
【0024】
前記の式(13)を用いた分岐解析は以下のとおりである。
【0025】
1)まず、前記の式(13)において、負荷条件としてあるひずみ比ξとKc値を与える。
2)次にΨ=0(λ=0)と与え、前記の式(13)を(ε11/n)に関する二次方程式とみなし(ε11/n)の値を求める。
3)更に0≦Ψ≦π/2(0≦λ≦∞)の範囲でΨ値を一定の増分量ΔΨずつ増やし、これをΨi(=ΔΨ×i、iの範囲は1から増分量の最大ステップ数まで)とし、前記(2)と同様な手続きにより、各Ψiに対する限界ひずみ値(ε11/n)iを求める。
4)前記2)及び前記3)により0≦Ψ≦π/2の範囲で得られた各(ε11/n)iの中から見出された最小値が、前記1)で規定された負荷条件であるひずみ比ξとKc値に対して、局所くびれを発生する面内最大主ひずみ値となり、対応するΨがくびれ帯の生じる方向を示す。
【0026】
【0027】
図5に示す成形限界ダイアグラム(Forming Limit Diagram)又は成形限界曲線(Forming Limit Curve)と呼ばれる限界線図はMarciniak試験法あるいはNakajima試験法によって得られ、薄板の成形限界を評価するための図として理解され、製造現場において広く採用されてきている。
【0028】
現在では、標準的成形性能評価試験法としてISO 国際規格番号ISO 12004-2:2021、ISO 国際規格名称「Metallic materials ― Determination of forming-limit curves for sheet and strip ― Part 2: Determination of forming-limit curves in the laboratory」:ISO 規格名称 日本語訳「金属材料 ― シートおよびストリップの成形限界曲線の決定 ― Part 2: 実験室での成形限界曲線の決定」として、2021-02-10に発行されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0029】
【文献】呉屋守章、伊藤耿一著、日本機械学会1988年発行「日本機械学会論文集(A編)」(定期刊行物)第54巻504号(昭63-8)の1617頁-1622頁「応力増分方向依存性を考慮した弾塑性体構成方程式の一表現(第1報、Mises型塑性ポテンシャルを伴う初期等方材)」
【文献】伊藤耿一、呉屋守章、大津清著、日本機械学会1989年発行「日本機械学会論文集(A編)」(定期刊行物)第55巻520号(1989-12)の2475頁-2480頁「応力増分方向依存性を考慮した弾塑性体構成方程式の一表現(第2報、線形比較体側と弾塑性円管座屈の解析)」
【文献】呉屋守章、伊藤耿一著、日本機械学会1990年発行「日本機械学会論文集(A編)」(定期刊行物)第56巻521号(1990-1)の101頁-106頁「応力増分方向依存性を考慮した弾塑性体構成方程式の一表現(第3報、剛塑性薄板の局所くびれ解析)」
【文献】Moriaki Goya, Koichi Ito, Hiroshi Takahashi, Kiyohiro Miyagi, ELSEVIER社1995年発行、 Journal of Materials Processing Technology(定期刊行物)第50巻(1995)、216頁-225頁、「Determination of constitutive parameters by forming-limit tests」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0030】
呉屋・伊藤の応力増分方向依存性を考慮した塑性構成式における材料パラメータPar1、Par2、Par3を精度よく決定する実験的手続きが実用に資する形で明らかにされていない。
【0031】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、等方塑性材に対して応力増分方向依存性を考慮した塑性構成式の3つの材料パラメータを算定することができる材料特性パラメータの算定方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0032】
本発明の前述した目的は、後記の構成により達成される。
【0033】
本発明の材料特性パラメータの算定方法は、
後記の式(101)~式(109)に基づいて金属部材の成形限界線図を通して材料パラメータを算定する方法であって、
後記の式(101)~式(120)に示されるテンソル量のそれぞれに関する特殊表記と、本文中で記載される表記と、の記号の対応は後記の表3及び表4に示されており、
後記の式(106)で示される第1の材料パラメータPar1、後記の式(107)で示される第2の材料パラメータPar2、後記の式(107)で示される第3の材料パラメータPar3を算定するために、
前記金属部材より得た板状金属試験片をM(M≧3)個用意し、成形限界試験の方法に基づいて前記金属試験片のそれぞれに対して複数の異なるひずみ比の方向で負荷をかける試験を行う試験ステップと、
前記試験ステップの試験結果に基づいて取得された、各i(i=1,・・・,M)番目の前記板状金属試験片について後記の式(112)に従ってξiを(ε22/n)と(ε11/n)の比として算出し、後記の式(113)~式(116)に従って対応する各Kciを算出する第1の算出ステップAと、または後記の式(120)に従って各Kciを算出する第1の算出ステップBと
前記第1の算出ステップA又は算出ステップBでの算出結果および後記の式(118)~式(119)に基づいて、個々誤差Eiと総合誤差TEの評価を行う第2の算出ステップと、
前記第2算出ステップで評価された前記誤差Eiのそれぞれおよび前記総合誤差TEに基づいて、前記第1の材料パラメータPar1、前記第2の材料パラメータPar2および前記第3の材料パラメータPar3の値を算定する第3の算出ステップと、を含む。
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
本発明は、材料特性パラメータの算定方法に関するものであって、特に等方塑性材に対して呉屋・伊藤により前述の非特許文献1及び非特許文献4において展開されてきた応力増分方向依存性を考慮した塑性構成式の3つの材料パラメータPar1、Par2、Par3を算定・決定する方法を提案するものである。
【0039】
これまでMises型の降伏関数を塑性ポテンシャルとして用い、塑性ひずみ増分に対して法線則を適用する一方、Tresca型の降伏関数の角点に代表されるように単結晶のすべり系の存在に基づく降伏曲面に角点の存在が示唆されることを通してひずみ増分の応力増分方向依存性が実験及び理論的に議論されてきている。
【0040】
本発明の材料特性パラメータの算定方法によれば、呉屋・伊藤の応力増分方向依存性塑性構成式の3つの材料パラメータPar1、Par2、Par3を実材料に対して算定(決定)することができるので、等方材料に対して存在していたMises型とTresca型の降伏関数間の課題を解決することができる。
【0041】
このようにして、近年では金属材料等の塑性加工製造分野においても不可欠のものとして広く使用されているFEM解析に呉屋・伊藤の応力増分方向依存性塑性構成式を適用し詳細な解析を実施することで、薄板成形を含む金属部材の成形限界をも解析することができる。
【0042】
特に、薄板の成形プロセスや成形限界が課題となる場合のFEM解析においては、3つの材料パラメータPar1、Par2、Par3が同材料の成形限界試験を通して算定されていることからも信頼性の向上した解析結果を得ることができる。
【0043】
現在の偏差応力の向きについて表現するパラメータとしてイリューシンの5次元偏差応力面でなくLode角を提案する。これにより、現在応力が偏差主応力面上のTresca型降伏関数のどの方向へ向いているかを容易に決定できることになり、呉屋・伊藤の応力増分方向依存性塑性構成式を三次元解析にも容易に適用しうるように展開することができる。
【0044】
非薄板材、例えばブロック状の金属塊の材料に対しても、薄板状に切り出してMarciniak式やNakajima式の成形限界試験を施すことにより材料パラメータを決定することができる。
【0045】
以上、本発明について簡潔に説明した。さらに、以下に説明される発明を実施するための形態(以下「実施形態」という。)又は実施するための具体例(以下「実施例」という。)を添付の図面を参照して通読することにより、本発明の詳細はさらに明確化されるだろう。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【
図1】呉屋・伊藤の応力増分方向依存性塑性構成式における偏差応力空間上での応力増分dSの塑性ポテンシャル法線テンソルnからの振れ角α及び塑性ひずみ増分テンソルdEpの振れ角β(α)の概念を説明した図である。
【
図2】偏差主応力π-平面上におけるMises型降伏曲面、Tresca型降伏曲面及びLode角の説明をした図である。
【
図3】Hillの局所くびれ問題における代表的パラメータを説明する図である。
【
図4】伊藤・呉屋の定数係数則をStoren-Rice論に適用して得られる成形限界線図を説明する図である。
【
図5】従来技術であるMarciniak式やNakajima式成形限界試験により得られる実験点の意味と成形限界線図を示すグラフである。
【
図6】本発明において得られた材料パラメータを用いて限界線図を描いた図である。
【発明を実施するための形態】
【0047】
以下、添付図面を適宜参照しながら、本発明に係る材料特性パラメータの算定方法を具体的に開示する1又は複数の実施形態、ないし1又は複数の実施例を詳細に説明する。
【0048】
ただし、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。たとえば、すでによく知られた事項の詳細説明や実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。これは、以下の説明が不必要に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするためである。
【0049】
なお、添付図面および以下の説明は、当業者が本開示を十分に理解するために提供されるのであって、これらにより特許請求の範囲に記載の主題を限定することは意図されていない。また、添付図面のそれぞれは符号の向きに従って参照するものとする。
【0050】
また、特段のことわりがない限り、この明細書および添付された請求項において使用されるパラメータ、反応条件および成分の濃度などを表すすべての数は、すべての例において用語「約」によって修飾されると理解されるべきである。したがって、反対に指示されない限り、以下の明細書および添付の請求項において示された数的パラメータは、少なくとも特定の分析技法に依存して変化し得る近似である。
【0051】
<用語の説明>
「を含む」および「を含有する」と同義である用語「を含む」または「により特徴づけられる」は、包括的または開放型な意味で解釈されるものであり、追加の、挙げられていない要素または方法のステップを排除しない。「を含む」は、請求項の言語で使用される技術用語であり、それは名を挙げられた請求項要素は必須であるが、他の請求項要素が追加されて請求項の範囲内で構成物をさらに形成してもよいことを意味する。
【0052】
また、本明細書において使用する、「からなる」という語句は、請求項で特定されていない、いかなる要素、ステップまたは成分も排除する。語句「からなる(またはその変形)」が、プリアンブルの直後ではなくむしろ、請求項の本体の節に現れる場合、それは、その節において示された要素のみを限定し、他の要素が当該請求項全体から排除されるのではない。本明細書において使用する語句「から本質的になる」は、請求項の範囲を、特定された要素または方法ステップに加えて、請求された対象事物の主成分および新規な特徴(単数または複数)に実質的に影響しないものに限定する。
【0053】
用語「を含む」、「からなる」および「から本質的になる」に関して、これら3つの用語の1つが本明細書において使用される場合、本発明で開示されたおよび請求された対象事物は、他の2つの用語のいずれかの使用も含むこともある。したがって、そうではないと明示的に挙げなかったいくつかの実施形態において、「を含む」の任意の場合が、「からなる」または「から本質的になる」によって置き換えられ得る。
【0054】
用語「工程」もしくは「ステップ」は、プロセスまたは方法の特徴に関連して、明示的に用いられ、または暗示的に用いられ得る。しかしながら、順番または手順について明記されない限り、このような明示的な工程もしくはステップの間、または暗示的な工程もしくはステップの間における、順番または手順は、限定されない。
【0055】
<第1実施形態>
本実施形態について、本発明の課題を解決するためのステップを、第1の算出ステップA又は第1の算出ステップB、第2の算出ステップ、そして第3の算出ステップと三段階に大きく分けて記述する。第1の工程では、後述の第1の算出ステップA又は第1の算出ステップBが実行される。その第1の工程の後工程である、第2の工程では、後述の第2の算出ステップが実行される。その第2の工程の後工程である、第3の算出ステップが実行される。
なお、第1の算出ステップA又は第1の算出ステップBの説明については、その共通する部分をまず説明した上でそれ以外の第1の算出ステップA又は第1の算出ステップBのそれぞれを個別に以下説明する。
【0056】
[・第1の算出ステップA及び第1の算出ステップBで共通する部分]
前述した非特許文献4において、S-R論に定数係数則を導入した結果、前記の式(17)に示されるSwiftのn乗則等方硬化材料の局所くびれ分岐条件が前記の式(13)~式(16)に示されているように与えられている。
【0057】
多くの成形限界線図においては、面内の最大主ひずみと最小主ひずみが共に正なる領域(ξ≧0)においては局所くびれ帯の発生する向きが面内最大主ひずみ方向、即ち
図3に示すx1軸方向に対してほぼ直交することが観察され、またそのことは理論的にもΨ=0(λ=0)となることが示されている。
【0058】
本発明は、そのことを活用し、前記の式(13)においてλ=0と置いて得られる。
【数10】
【0059】
を活用する。
【0060】
ここで、薄板材(「金属部材」の一例)の成形限界試験Marciniak法或いはNakajima法において幾つかの異なる負荷方向への試験により、後記の表5に示すような7点のデータが与えられているとする(「試験ステップ」の一例)。
なお、本実施形態の薄板材は、金属製の薄板、または金属製のブロック部材から切り出される薄板である。
【0061】
【0062】
データの個数Mは論理的には未知材料パラメータが3個であるからM≧3でよいが、精度の良い値を求めるためには大きく異なるξi値に対して多くのデータを得るのが良い。表5においてはM=7の場合が示されている。表5の結果データのプロットが
図6にSwiftのn乗則の指数n値で正規化された面内最大主ひずみ(ε11/n)及び面内最小主ひずみ(ε22/n)座標系の第一象限に示されている。
【0063】
Lode角ΘLは薄板材の面内のみに負荷がある場合は平面応力として取り扱うことができ、等方硬化材に対してその無次元角TLbar(前記の表4参照)について以下の式が成立する。
【0064】
【0065】
更に、これは等方硬化材の場合は後記の式(23)が成立するので、
【0066】
【0067】
結局、前記の式(22)はひずみ比ξを用いて、前記の式(11)と表現することが出来る。
【0068】
【0069】
表5において、試験データであるi番目の各プロットに対応したひずみ比ξi と(ε11/n)iが試験の負荷方向と限界ひずみ値として与えられている。表5では、総データ数がM=7場合を示している。
【0070】
以上、以下の第1の算出ステップAおよび第1の算出ステップBに対して共通部分について説明した。次に、第1の算出ステップA及び第1の算出ステップBのそれぞれについて個別に説明する。
【0071】
[第1の算出ステップA]
第1の算出ステップAとしての後記の式(28)より数値解を求める手続きについては以下の通りである。
【0072】
前述のようにとξi と(ε11/n)iを後記の式(28)に代入し、これをKcに関する2次方程式とみなして解くことによりi番目の各プロットに対応するKciが求められる。但し、本来の2次方程式の解の公式には複符号が含まれており次に示す通りである。
【0073】
【0074】
しかしながら、前記の式(24)の中の複符号はKc値が正の値しか取りえないことから、次式の通りにマイナス符号だけが成立すべきであり、後記の式(28)となる。
【0075】
【0076】
ここで、Ai、Bi、Ciは前記の式(25)~式(27)において定められている。
【0077】
前記の式(28)を各プロットに対するM個のデータに適用することにより、異なるM個のKci値を求めることができる。表5の試験データに対応するKci値を後記の表6に示す。
【0078】
[・第1の算出ステップB]
第1の算定ステップBとしての解析解である後記の式(29)より数値解を求める手続きについては以下の通りである。
【0079】
前述した表5中のξiと(ε11/n)iを後記の式(29)に代入しi番目の各プロットに対応するKci値を求めることができる。
【0080】
【0081】
前記の式(29)を各プロットに対するM個のデータに適用することにより、異なるM個のKci値を求めることができる。表5の試験データに対応するKci値を後記の表6に示す。
【0082】
【0083】
表6にこれまでの第1の算出ステップA及び第1の算出ステップBにより得られたKci値を示すが、当然の結果ながら第1の算出ステップA又は第1の算出ステップBのそれぞれによる結果は一致する。
【0084】
以上、第1の算出ステップA及び第1の算出ステップBのそれぞれについて説明した。次に、その後の工程である、第2の算出ステップおよび第3の算出ステップのそれぞれについて説明する。
【0085】
[第2の算出ステップ]
前記の式(11)では、無次元Lode角(TLbar)がξに関する関数として与えられており、表5中の各ξiに対応する(TLbar)i値を求めることができる。
【0086】
(TLbar)i値を前記の式(7)及び式(8)に代入した結果の後記の式(30)を用いて、
【0087】
【0088】
材料パラメータPar1、Par2、Par3を次のように最小二乗法により決定することができる。
【0089】
まず、表6中の同じξiに対するKc値をKciとして、そして前記の式(30)から得られるKcmin{(TLbar)i}との差をEiと記し後記の式(31)で定義する。
【0090】
【0091】
Kc値は0≦Kc≦1なる広範囲で取り得る可能性があり、前記の式(31)において各差の二乗を(Kci)2にて除し正規化することにより、Kc値が微小な値をとる場合も勘案し、各プロットにおける誤差評価がそれぞれ同程度の重みで評価されるようにする。すなわち、本実施形態では、誤差の定義において、Kci値とKcmin{(TLbar)i}の差による自乗誤差ではなくKci値の二乗で除した値を誤差と定義する。それにより、Kci値自身の大きさが総合誤差TEに及ぼす影響を同程度となるように正規化することが可能である。
【0092】
更に、各プロットに対して前記の式(31)により求められた二乗誤差の総和として次式で全誤差TEを後記の式(32)のように定義する。
【0093】
【0094】
[第3の算出ステップ]
前記の式(32)で定義される全誤差TEが最小となるような材料特性パラメータPar1、Par2、Par3の組み合わせを見出すことで本発明の課題は解決する。
【0095】
このとき、第1の材料パラメータPar1の探索候補について、0以上0.5以下の範囲において40以上の分割点のそれぞれの値を第1の値候補群として選定する。第2の材料パラメータPar2の探索候補について、0以上0.5以下の範囲において100以上の分割点のそれぞれの値を第2の値候補群として選定する。第3の材料パラメータPar3の探索候補について、0以上3以下の範囲において40以上の分割点のそれぞれの値を第3の値候補群として選定する。
【0096】
そのようにして選定される、第1の値候補群、第2の値候補群および第3の値候補群の中から、前記の式(32)での総合誤差TEの値が最小となるような、第1の材料パラメータPar1、第2の材料パラメータPar2および第3の材料パラメータPar3の組み合わせを探索することにより、材料特性パラメータPar1、Par2、Par3を算定する。
【0097】
また、具体的な探索方法として、Newton-Raphson法を用いるとよい。すなわち、本実施形態では、第1の材料パラメータPar1の探索候補については0以上0.5以下の範囲、第2の材料パラメータPar2の探索候補については0以上0.5以下の範囲、かつ第3の材料パラメータPar3の探索候補については0以上3以下の範囲で探索範囲を設定する。そして、その設定範囲に対し、Newton-Raphson法を用いて前述の総合誤差TEの値が最小となるような、第1の材料パラメータPar1、第2の材料パラメータPar2および第3の材料パラメータPar3の組み合わせを探索して決定する。
【0098】
また、等方塑性材に対して伊藤等(前述の非特許文献2参照)によって導入された係数Kc(0≦Kc≦1)を伴う線形構成式を線形比較体則として用いるものの、本発明においてはこれを材料パラメータとは解していないことは過去の特許文献(たとえば、特開2007-285832号公報(新日本製鐵株式会社)、および特開2009-68919号公報(住友金属工業株式会社)など)においてはKcが材料パラメータとして位置づけられていることとは本質的に異なる点である。
【0099】
塑性ひずみ増分の振れ角を意味する遷移関数β(α)に含まれる材料パラメータPar1、Par2、Par3を、線形比較体則の係数Kcを用いたStoren-Rice流の局所くびれ理論に適用し、各負荷方向への計算限界値が実験的成形限界データに最小二乗法的意味において限りなく一致させ得ることを通して算定するものである。
【0100】
この7点のデータに対して本発明に係る工程を通して決定した材料パラメータPar1、Par2、Par3は次の通りで算定(決定)される。
なお、後記の式(33)は本実施形態による材料パラメータ値の一例を示しており、前述の試験結果で取得される数値に対応して、前述した手順に従って種々に材料パラメータPar1、Par2、Par3が決定される。
【0101】
【実施例】
【0102】
図6に示すように、誤差最小化手続きにより得られた前記の式(33)の値を前記の式(7)及び式(8)に代入し、前述のように、前記の式(21)に基づく通常の分岐解析により得られた成形限界の結果を図中に実線で示す。全領域における実験点の傾向を実線が良く示していることが分かる。本発明の有用性および実用性が示された。
【0103】
以上、添付図面を参照しながら、本開示の好適な例としての、1または複数の具体的実施形態またはその実施例の説明を終えるが、本発明の態様はこれら実施形態または実施例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇(はんちゅう)内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本開示の技術的範囲に属する。
【0104】
例えば、以上に述べた成形限界試験を活用した応力増分方向依存塑性構成式のパラメータ決定法は等方性材料に限定されるものでない。本発明は、ある特定の異方性材料に対しても同様に拡張的に適用しうるものである。例えば、薄板成形の場合は面内異方性を平均化したLankfordのr値を採用することにより実用上は面内等方材として扱われることが多く、その場合は本発明による手法は有用である。
【要約】
【課題】呉屋・伊藤の塑性構成式論においては、応力増方向依存性を従来のPrandtl-Reuss構成式を自然に拡張した形の表現が得られているが、それに含まれる3つの材料パラメータPar1、Par2、Par3を決定する現実的実験方法が明確にされてなかった。
【解決手段】これまで金属薄板材の二次元成形性を評価するために一般に広く使用されているNakajima式試験法やMarciniak式試験法があるが、それで得られる板材面内の最大主ひずみと最小主ひずみが正となる領域の試験データのみを活用し、これらの試験データに二次元平面応力状態にある薄板材の局所くびれ分岐に関するStoren-Rice理論を適用し、二次元解析問題だけでなくより広く三次元解析問題にも適用しうる材料パラメータPar1、Par2、Par3を決定するものである。
【選択図】なし