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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-20
(45)【発行日】2024-05-28
(54)【発明の名称】炭素繊維束の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/14 20060101AFI20240521BHJP
   D06M 15/643 20060101ALI20240521BHJP
   D06M 15/53 20060101ALI20240521BHJP
【FI】
D01F9/14
D06M15/643
D06M15/53
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019159139
(22)【出願日】2019-08-30
(65)【公開番号】P2021038478
(43)【公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-07-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000003001
【氏名又は名称】帝人株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】500004955
【氏名又は名称】旭化成ワッカーシリコーン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100163120
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 嘉弘
(72)【発明者】
【氏名】横山 裕子
(72)【発明者】
【氏名】木下 英二
(72)【発明者】
【氏名】大野 哲
(72)【発明者】
【氏名】武田 出
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-336181(JP,A)
【文献】特開2001-172880(JP,A)
【文献】特開2002-370695(JP,A)
【文献】特開2006-183159(JP,A)
【文献】特開2003-253567(JP,A)
【文献】特開平08-209543(JP,A)
【文献】国際公開第97/045576(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F
D06M
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(b)乃至(e)の工程:
(b) 前駆体繊維束にシリコーン油剤を付与して油剤付着前駆体繊維束を得る油剤付与工程、
(c) 前記油剤付着前駆体繊維束を150~200℃で10~1000秒間加熱する加熱工程、
(d) 前記油剤付着前駆体繊維束を耐炎化処理して耐炎化繊維束を得る耐炎化工程、
(e) 前記耐炎化繊維束を炭素化する炭素化工程、
を有する炭素繊維束の製造方法であって、
前記シリコーン油剤の250℃における指触乾燥時間が40分間未満であり、
前記シリコーン油剤が、エチレンオキシド単位及びプロピレンオキシド単位を両方含むポリオキシアルキレンと炭素数5~15のアルキル基とからなるポリオキシアルキレンアルキルエーテルを含み、前記ポリオキシアルキレンアルキルエーテルのエチレンオキシド単位数が1~50であり(但し、エチレンオキシド単位数/プロピレンオキシド単位数が2~20とならない数値範囲を除く)、プロピレンオキシド単位数が1~50であり(但し、エチレンオキシド単位数/プロピレンオキシド単位数が2~20とならない数値範囲を除く)、且つエチレンオキシド単位数/プロピレンオキシド単位数が、2~20であることを特徴とする炭素繊維束の製造方法。
【請求項2】
前記油剤付与工程の前に、
(a) 前記前駆体繊維束を200~250℃で予熱する予熱工程、
をさらに有する請求項1に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項3】
前記シリコーン油剤が、末端が反応性であるアミノ変性シリコーンを含むシリコーン油剤である請求項1又は2に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項4】
前記シリコーン油剤が水中油型エマルションである請求項1乃至3の何れか1項に記載の炭素繊維束の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維束の製造方法に関する。特に、炭素繊維の前駆体繊維束を所定の方法で耐炎化処理する工程を含む炭素繊維束の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、優れた比強度及び比弾性率を有しており、その軽量性及び優れた機械的特性を利用して、樹脂と複合化する補強繊維等として、航空宇宙用途、スポーツ用途、一般産業用途等に広く工業的に利用されている。
【0003】
炭素繊維の製造方法としては、前駆体繊維束を200~300℃の酸化性雰囲気中で加熱することにより耐炎化繊維束に転換した後、不活性雰囲気中で炭素化する方法が一般的である。これらの高熱による熱処理の際には、前駆体繊維束の単繊維同士の融着が発生し、また、これらの工程中に、繊維同士や製造装置との摩擦による擦過が発生し、得られた炭素繊維の品質、品位を低下させるという問題がある。
【0004】
そのため、耐炎化工程においては、熱処理や酸化反応に伴う多量の発熱に起因する単繊維間の融着を防止し、工程中における擦過による損傷を防止するために、前駆体繊維束に油剤が付与されている。この油剤としては、シリコーン油剤が多く使われている。しかし、シリコーン油剤を用いる場合、耐炎化工程において、シリコーンの一部が熱分解されて酸化ケイ素などの微粉塵を生成する。この微粉塵は耐炎化炉内に揮散して、耐炎化炉を汚染するため、耐炎化炉を頻繁に掃除する必要があり、生産性を著しく低下させている。また、この微粉塵が繊維束を汚染すると、炭素繊維束の強度を低下させる。さらに、繊維束に付与されたシリコーン油剤により繊維束の開繊性が阻害されたり、ゲル化したシリコーン油剤が耐炎化工程や炭素化工程の搬送ローラーやガイドに付着し、前駆体繊維や耐炎化繊維束が巻き付いたりすることで、工程障害が発生し、操業性の低下や、得られる炭素繊維の強度低下を招く場合もある。また、シリコーン油剤が前駆体繊維束の単繊維内に浸透し、単繊維表層部及び内部にボイドが形成されたりすることで、得られる炭素繊維束の強度をかえって低下させてしまう場合もある。
【0005】
単繊維間の融着、擦過による損傷を防止しながら、シリコーン油剤により起こる操業性の低下や炭素繊維束の強度低下を抑えるために、様々な工夫がされてきている。シリコーン油剤による操業性の低下を抑制する方法として、例えば、特許文献1には、ゲル化しにくい特定の組成のシリコーン油剤を用いることが開示されている。特許文献2には、ゲル化しやすい変性シリコーン油剤の割合を特定の量とすることが開示されている。また、特許文献3では、粘性の低い処理油剤を用いることで、繊維束の開繊性の低下を防止する方法が提案されている。しかし、このような処理油剤では、油剤が前駆体繊維の単繊維内に浸透しやすいため、得られる炭素繊維の強度が十分ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-159138号
【文献】特開2015- 30931号
【文献】特開2012- 46855号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、耐炎化工程、炭素化工程において、単繊維間の融着、擦過による損傷を防止し、優れた物性の炭素繊維束を製造することができる炭素繊維束の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、炭素繊維束の製造における耐炎化工程において、前駆体繊維束に所定の加熱により高分子量化するシリコーン油剤を付与した後、耐炎化処理を行うことによって、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
上記課題を解決する本発明は、以下に記載のものである。
【0010】
〔1〕 以下の(b)乃至(e)の工程:
(b) 前駆体繊維束にシリコーン油剤を付与して油剤付着前駆体繊維束を得る油剤付与工程、
(d) 前記油剤付着前駆体繊維束を耐炎化処理して耐炎化繊維束を得る耐炎化工程、
(e) 前記耐炎化繊維束を炭素化する炭素化工程、
を有する炭素繊維束の製造方法であって、
前記シリコーン油剤の250℃における指触乾燥時間が40分間未満であることを特徴とする炭素繊維束の製造方法。
【0011】
上記〔1〕に記載の発明は、炭素繊維の前駆体繊維束に所定のシリコーン油剤を付与し、これを加熱してシリコーンを高分子量化した後、耐炎化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法である。この方法に用いるシリコーン油剤の250℃における指触乾燥時間は40分間未満であり、シリコーン油剤中のシリコーンが速やかに高分子量化してゲル化した状態となる。高分子量化したシリコーンは耐炎化工程において酸化ケイ素に熱分解され難くなる。また、高分子量化によってゲル化した状態のシリコーンは、前駆体繊維の単繊維内部に浸透し難くなる。
【0012】
〔2〕 前記油剤付与工程の前に、
(a) 前駆体繊維束を200~250℃で予熱する予熱工程、
をさらに有する〔1〕に記載の炭素繊維束の製造方法。
【0013】
〔3〕 前記油剤付与工程後であって、前記耐炎化工程の前に、
(c) 前記油剤付着前駆体繊維束を150~200℃で加熱する加熱工程、
をさらに有する〔1〕又は〔2〕に記載の炭素繊維束の製造方法。
【0014】
〔4〕 前記シリコーン油剤が、末端が反応性であるアミノ変性シリコーンを含むシリコーン油剤である〔1〕乃至〔3〕の何れかに記載の炭素繊維束の製造方法。
【0015】
〔5〕 前記シリコーン油剤が水中油型エマルションである〔1〕乃至〔4〕の何れかに記載の炭素繊維束の製造方法。
【0016】
〔6〕 前記シリコーン油剤が、エチレンオキシド単位及びプロピレンオキシド単位を両方含むポリオキシアルキレンとアルキル基とからなるポリオキシアルキレンアルキルエーテルを含み、前記ポリオキシアルキレンアルキルエーテルのエチレンオキシド単位数/プロピレンオキシド単位数が、2~20である〔1〕乃至〔5〕の何れかに記載の炭素繊維束の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の炭素繊維束の製造方法によれば、前駆体繊維束に所定のシリコーン油剤を付与した後、シリコーン油剤中のシリコーンを速やかに高分子量化してゲル化した状態とするので、耐炎化工程、炭素化工程での単繊維間の融着、擦過による損傷を防止しながらも、耐炎化炉を汚染し難く、且つ優れた物性の炭素繊維束を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の炭素繊維の製造方法について詳細に説明する。
なお、本発明において、指触乾燥時間とは、後述の試験方法により測定される指触乾燥時間を意味する。また、指触乾燥時間とは、シリコーン油剤が指触乾燥状態に到達するまでに要する時間を意味し、本発明の実際の乾燥時間を意味するものではない。
【0019】
本発明の炭素繊維束の製造方法は、以下の(b)乃至(e)の工程:
(b) 前駆体繊維束に所定のシリコーン油剤を付与して油剤付着前駆体繊維束を得る油剤付与工程、
(d) 前記油剤付着前駆体繊維束を耐炎化処理して耐炎化繊維束を得る耐炎化工程、
(e) 前記耐炎化繊維束を炭素化する炭素化工程、
を有する。
上記(b)の油剤付与工程の前には、
(a) 前記前駆体繊維束を200~250℃で予熱する予熱工程、
を有していることが好ましい。
上記(b)の油剤付与工程の後であって、上記(d)耐炎化工程の前には、
(c) 前記油剤付着前駆体繊維を150~200℃で加熱する加熱工程、
を有していることが好ましい。
【0020】
本発明における(b)油剤付与工程は、前駆体繊維束にシリコーン油剤を付与して油剤付着前駆体繊維束を得る工程である。前駆体繊維に対するシリコーン油剤の付着量は、0.01~5.0質量%であることが好ましく、0.05~1.5質量%であることがより好ましい。なお、本発明においてシリコーン油剤の付着量は、前駆体繊維に付着したシリコーン油剤の有効成分の量を言い、油剤の有効成分とは、油剤を105℃で3時間加熱した際の残分(固形分)(%)を言う。シリコーン油剤の付着量は、油剤浴中のシリコーン濃度や油剤浴の粘度を調整することにより変更できる。また、シリコーン油剤を付与した後に、余剰のシリコーン油剤を絞り取る量を調整することによってシリコーン油剤の付着量を調整することができる。
【0021】
前駆体繊維束へのシリコーン油剤の付与方法は、特に限定されないが、ディッピング法、ローラー浸漬法、スプレー法のような公知の方法を用いることができる。中でも、ディッピング法、ローラー浸漬法は、シリコーン油剤を均一に付与し易いので好ましく用いられる。シリコーン油剤浴の液温は、溶媒の蒸発によるシリコーン油剤の濃度の変動やエマルションの破壊を抑えるために、10~50℃の範囲が好ましい。
シリコーン油剤浴中の有効成分量は、0.5~40質量%であることが好ましく、1.5~30であることがより好ましい。通常、有効成分を5~70質量%含むシリコーン油剤を水で適宜希釈してシリコーン含有量を調整する。
【0022】
本発明に用いるシリコーン油剤は、250℃における指触乾燥時間が40分間未満であるシリコーン油剤である。250℃における指触乾燥時間は38分間以下であることが好ましい。指触乾燥後のシリコーン油剤は、シリコーンが高分子量化して一様にゲル化した状態となり、繊維束の内部に浸透し難い状態となる。
250℃における指触乾燥時間が40分間未満であるシリコーン油剤を用いることにより、シリコーン油剤中のシリコーンが架橋して速やかにゲル化するため、シリコーン油剤が前駆体繊維束の内部に過剰に浸透することを抑制できる。250℃における指触乾燥時間が40分間を超える場合、油剤が前駆体繊維の単繊維内に浸透しやすいため、得られる炭素繊維の強度が低下する。一方、指触乾燥時間は、5分を超えることが好ましい。5分以下であると、シリコーン油剤のゲル化が水分が十分に蒸発する前に完結してしまう場合がある。
【0023】
本発明に用いるシリコーン油剤に含まれるシリコーンは、オルガノポリシロキサンであり、これらの変性品、分岐品、部分架橋品、他の分子との共重合体等であっても良い。具体的には、ジメチルシリコーン、フェニルメチルシリコーン、メチルハイドロジェンシロキサン、アルキルアラルキル変性シリコーン、フッ素変性シリコーン、アミノ変性シリコーン、アミノ変性ポリエーテル変性シリコーン、アミド変性シリコーン、及びこれらの末端反応性シリコーン;シリコーンワックス、シリコーンレジン、シリコーンレジンオイル、シリコーンエラストマー、ステアロキシメチルポリシロキサン、アミノメチルアミノプロピルシロキサン・ジメチルシロキサン共重合体が例示される。これらのうちでも、アミノ変性シリコーン、アミノ変性ポリエーテル変性シリコーン、アミド変性シリコーン、及びこれらの末端反応性シリコーンが好ましく、末端反応性であるアミノ変性シリコーンが特に好ましい。このようなシリコーン油剤としては、特開2002-129016号公報や特開2005-298689号公報に開示されているシリコーン油剤が挙げられる。
【0024】
シリコーン油剤の形態は、特に制限されないが、取り扱い性の観点から溶媒として水を用いることが好ましく、水中油型エマルションであることが好ましい。エマルションの形成に用いる界面活性剤としては、シリコーン油剤浴中において高い希釈安定性を有するとともに、繊維に付着させた後には速やかに解乳化させることができるものであることが好ましく、特に限定されないが、ノニオン性の界面活性剤を含むことが好ましい。ノニオン性の界面活性剤としては、ポリオキシアルキレンアルキルエーテルであることが好ましい。ポリオキシアルキレンアルキルエーテルとしては、エチレンオキシド単位および/またはプロピレンオキシド単位を繰り返し単位として含むポリオキシアルキレンと、アルキル基とからなるエーテル化合物であることが好ましく、エチレンオキシド単位及びプロピレンオキシド単位を両方含むポリオキシアルキレンと、アルキル基とからなるエーテル化合物であることが特に好ましい。ポリオキシアルキレンアルキルエーテルのアルキル鎖の炭素数は5~15であることが好ましく、10~15であることがより好ましい。また、ポリオキシアルキレンアルキルエーテルのエチレンオキシド単位数は1~100であることが好ましく、1~50であることがより好ましく、1~20であることがより好ましい。プロピレンオキシド単位数は1~100であることが好ましく、1~50であることがより好ましく、1~20であることが特に好ましい。エチレンオキシド単位数/プロピレンオキシド単位数は、1~50であることが好ましく、2~20であることがより好ましい。このようなポリオキシアルキレンアルキルエーテルを界面活性剤として用いることで、指触乾燥時間が40分未満のシリコーン油剤を得ることができる。
【0025】
界面活性剤の含有量は、シリコーンの含有量等に応じて適宜調整すれば良いが、通常シリコーン100質量部当たり1~50質量部であり、より好ましくは5~40質量部である。
エマルションの作製方法は特に限定されるものではなく、公知の方法を用いることができる。例えば、特開2002-129016号公報(特に段落0028~0034や0041)に開示されている方法が挙げられる。
【0026】
本発明の製造方法で用いる前駆体繊維束としては、ポリアクリロニトリルやピッチ、レーヨン(セルロース)等の種々の前駆体繊維束を用いることができる。高強度の所望の炭素繊維を得やすいポリアクリロニトリル繊維束を好適に用いることができる。ポリアクリロニトリル繊維束としては、アクリロニトリルを好ましくは90質量%以上、より好ましくは95質量%以上含有し、その他の単量体を10質量%以下含有する単量体を単独又は共重合した紡糸溶液を紡糸して製造することができる。その他の単量体としてはイタコン酸、(メタ)アクリル酸エステル等が例示される。紡糸後の原料繊維を、水洗、乾燥、延伸処理することにより、前駆体繊維が得られる。
【0027】
本発明で用いる前駆体繊維束のフィラメント数は、1000~100000本が好ましく、3000~50000本がより好ましい。また、製造効率の面からは、12000本以上が好ましく、24000本以上がさらに好ましい。また、単位幅当たりのフィラメント数は5000本/mm以下であることが好ましく、3000本/mm以下であることがさらに好ましい。5000本/mmを超えると、シリコーン油剤の付着量のバラツキが大きくなる傾向がある。
【0028】
本発明における(d)耐炎化工程は、シリコーン油剤が付着した油剤付着前駆体繊維束を耐炎化処理して耐炎化繊維束を得る耐炎化工程である。本発明では、少なくとも耐炎化工程の加熱処理により、シリコーン油剤のシリコーンが架橋され高分子量化(ゲル化)する。シリコーン油剤中のシリコーンが速やかにゲル化するため、シリコーン油剤が前駆体繊維束の内部に過剰に浸透することを抑制でき、高強度の炭素繊維を得ることができる。本発明において、油剤付着前駆体繊維は、耐炎化工程前に熱処理されることが好ましく、シリコーン油剤の付与後であって耐炎化工程の前に独立した熱処理炉を設けて油剤付着前駆体繊維を150~200℃で加熱する加熱工程(c)によって行われることがより好ましい。
【0029】
150~200℃での加熱時間は、10~1000秒間であることが好ましく、50~200秒間であることがより好ましく、100~200秒間であることがより好ましい。なお、本発明においては、用いるシリコーン油剤の指触乾燥時間を規定するが、必ずしも指触乾燥状態となるまで加熱処理を行う必要はない。
【0030】
また、油剤付与前に前駆体繊維束を予め200~250℃に加熱する予熱工程(a)を設けておき、この予熱された前駆体繊維束にシリコーン油剤を付与することも好ましい。油剤付与前に前駆体繊維を予熱することで、前駆体繊維の単繊維表面に存在するボイドを低減することができるため、シリコーン油剤が前駆体繊維束の内部に浸透することをより抑制でき、より高強度の炭素繊維を得ることができる。本発明において、予熱工程の処理時間は、10~1000秒間であることが好ましく、100~300秒間であることがより好ましい。本発明において、かかる予熱処理は、処理後の前駆体繊維の水蒸気吸着量(湿度90%)が、10cc/g以下となるまで行うことが、得られる炭素繊維の強度の観点から好ましく、5~8.5cc/gとなるまで行うことがより好ましい。湿度90%での水蒸気吸着量は、前駆体繊維表面の細孔の状態を表しており、吸着量が低いほど、前駆体繊維単繊維表面のボイドが少ないことを示している。
これらの(a)予熱工程や(c)加熱工程は併用されても良い。あるいは、シリコーン油剤付与後に独立した熱処理炉を設けることなく、多段で行われる耐炎化工程のうち、1段目の耐炎化炉の設定温度を150~200℃とすることにより熱処理が行われても良い。
【0031】
耐炎化は公知の条件で行うことができる。例えば、PAN系繊維を前駆体繊維とする場合、加熱空気中200~260℃、延伸倍率0.85~1.15の範囲で10~100分間耐炎化処理される。この耐炎化処理により、繊維に環化反応を生じさせ、酸素結合量が増加した耐炎化繊維が得られる。耐炎化処理は温度勾配をかけて徐々に処理温度を上昇させても良い。
【0032】
本発明の製造方法によれば、シリコーン油剤の付与後に加熱されることにより、シリコーン油剤が速やかにゲル化される。即ち、シリコーンが高分子量化した後に耐炎化工程が行われるため、耐炎化工程においてシリコーンが酸化ケイ素に熱分解されることを抑制することができる。その結果、耐炎化炉内における酸化ケイ素の揮散が抑制される。また、シリコーン油剤が速やかにゲル化されるため、シリコーン油剤を単繊維の表面に留まらせて単繊維の内部に浸透することを抑制できる。また、単繊維表面の油剤の付着斑が抑制され、均一付与されやすくなる。その結果、耐炎化工程中において、擦過等による単繊維の切断を抑制することができる。
【0033】
本発明における(e)炭素化工程は、耐炎化繊維束を不活性雰囲気下で300℃以上に加熱して炭素化する炭素化工程である。炭素化の条件は従来公知の条件を採用できる。例えば、窒素雰囲気下300~800℃で第一炭素化処理し、次いで800~1600℃で第二炭素化する方法が例示される。より高い弾性率が求められる場合は、2000~3000℃で黒鉛化処理を行ってもよい。
【0034】
以上説明した本発明の製造方法によれば、単糸の切断が抑制され、後述するFuzzを40μg/m以下とすることができる。その結果、JIS R-7601に準じてエポキシ樹脂含浸ストランドの強度が好ましくは6000Mpa以上となるような、強度が高い炭素繊維束を製造することができる。
【実施例
【0035】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。本実施例、比較例において使用する成分や試験方法を以下に説明する。
【0036】
〔指触乾燥試験〕
シリコーン油剤2.0gを250℃のオーブンに静置し、5分ごとに試料を取り出し、これにステンレス棒を接触させ引き離す。試料がステンレス棒に付着しなくなるまでに要する250℃での加熱時間をもって、指触乾燥時間とする。
【0037】
〔OCU(油剤付着量)〕
エタノールとベンゼンの混合液を溶剤としてソックスレー抽出法により、アクリル系プリカーサーより油剤を抽出した後、油剤の含まれる溶液を乾燥し、得られた固形分を秤量することによって求めた。
前駆体繊維束を70℃で1時間乾燥させ、約5g測り取った。(この時の質量をMとする。)エタノールとベンゼンの混合液を溶剤としてソックスレー抽出法に準拠し、4時間還流して、前駆体繊維束に付着した油剤を溶媒抽出した。抽出後、前駆体繊維束を取り除き、溶剤を濃縮させ、抽出物を秤量瓶(風袋をMとする)に移し、105℃で2.5時間乾燥したのち抽出物量(M)を測定し、下記式により油剤の付着量を求めた。
油剤付着量[M(質量%)]=(M-M)/M×100
【0038】
〔耐炎化繊維束の切断までの擦過回数〕
耐炎化繊維束を、1.0mの長さに切り出した。ステンレス針(直径2mm)3本を、2cmの間隔で、その表面を炭素繊維束が135°の接触角で接触しながら通過するように配置した。切り出した炭素繊維束をステンレス針にジグザグに通し、耐炎化繊維束に対して1.0g/Texの張力を付与しながら、擦過により繊維束が切断するまで、3cmの幅で往復運動を行った(往復擦過回数: 200回/分)。切断に至るまでの往復回数をカウントした。耐炎化繊維束の擦過性を、切断に至るまでの往復回数により、以下の3段階で評価した。
○:2500回超
△:1500~2500回
×:1500回未満
【0039】
〔炭素化繊維の単糸切数〕
炭素化繊維を1.0m切り出して広げ、目視にて切断された単繊維の本数(単糸切れ発生数)をカウントした。
炭素化繊維の単糸切れ発生状態を以下の3段階で評価した。
○: 100 count/m未満
△: 100~200 count/m
×: 200 count/m超
【0040】
〔前駆体繊維の水蒸気吸着量〕
油剤処理前の前駆体繊維表面の細孔の状態を、水蒸気吸着量により評価した。前駆体繊維の水蒸気吸着量は、前駆体繊維を長さ15cm程度(0.3g程度)に切り出したものを、ユアサアイオニクス(株)社製全自動ガス吸着量装置「AUTOSORB-1」を使用し下記条件により測定した。湿度90%での水蒸気吸着量の値は、相対圧(P/Po)が0.9となる箇所で得た値である。
吸着ガス:H
死容積:He
吸着温度:293K
測定範囲:相対圧(P/Po)=0~1.0 P: 測定圧, Po: HOの飽和蒸気圧
【0041】
〔炭素繊維強度〕
JIS R-7601に準じてエポキシ樹脂含浸ストランドの強度を測定し、測定回数5回の平均値で示した。
【0042】
〔Fuzz〕
直径2mmのクロムめっきされたステンレス棒を15mm間隔で、かつその表面を炭素繊維束が120°の接触角で接触しながら通過するようにジグザクに5本配置した。このステンレス棒間に炭素繊維束をジグザグにかけて擦過させた。
擦過後の炭素繊維束をウレタンスポンジ(底面32mm×64mm、高さ10mm、重さ約0.25g)2枚の間にはさみ、125gの重りをウレタンスポンジ全面に荷重がかかるようにのせ、炭素繊維束を15m/分の速度で2分間通過させたときのスポンジに付着した毛羽の重量を擦過毛羽量とした。
【0043】
(前駆体繊維束の製造)
アクリロニトリル95質量%、アクリル酸メチル4質量%、イタコン酸1質量%よりなるアクリロニトリル系共重合体を塩化亜鉛水溶液に7質量%溶解した紡糸原液を、紡糸口金を通して塩化亜鉛の25質量%水溶液(凝固液)中に吐出させ凝固繊維束を連続的に得た。この凝固繊維束を、水洗・延伸、油脂付与、乾燥・緻密化、後延伸し、0.7dtexの単繊維繊度を有するフィラメント数が24,000の前駆体繊維束を得た。
【0044】
(シリコーン油剤の製造)
シリコーン油剤A:
動粘度が1000mm/sでアミン数が0.3のアミノ変性シリコーンオイル15質量%と、界面活性剤としてポリオキシプロピレンポリオキシエチレントリデシルエーテル(アルキル鎖の炭素数、エチレンオキシド単位、プロピレンオキシド単位は表1に記載した)を3質量%と、イオン交換水82質量%とを加え、ホモジナイザーを用いて撹拌してO/W型エマルションを調整し、シリコーン油剤Aを得た。このシリコーン油剤Aの250℃における指触乾燥時間は、35分間であった。
【0045】
シリコーン油剤B~G:
界面活性剤の種類を表1に記載するとおり変更した他は、シリコーン油剤Aと同様にO/W型エマルションを調整し、シリコーン油剤を得た。このシリコーン油剤の250℃における指触乾燥時間は表1に記載した。
【0046】
【表1】
【0047】
(実施例1)
シリコーンオイルを15質量%の濃度で含むシリコーン油剤溶液(シリコーン油剤A)を満たしたシリコーン油剤浴に、前駆体繊維束を浸漬して油剤を付与した。次いで、150℃で180秒間加熱した後、1.0倍で延伸しながら、240~250℃で1時間耐炎化処理を行い耐炎化繊維束を得た。次いで、窒素雰囲気中、300~1200℃で炭素化処理を行い、炭素化繊維束を得た。得られた炭素化繊維束を、硫酸アンモニウム水溶液を電解液として表面処理を施し、サイジング剤(エポキシ樹脂)を添加付与し乾燥し、炭素繊維束を得た。
得られた耐炎化繊維束の切断までの擦過回数を測定したところ、2500回超であった。
得られた炭素化繊維束の単糸切数は100count/m未満であった。また、炭素繊維束の強度は6200MPaであった。Fuzzは33μg/mであった。
【0048】
(実施例2~4、比較例1~5)
油剤の種類及び油剤付着量を表2に記載するとおり変更した他は、実施例1と同様に炭素繊維束を製造した。結果は表2に示した。
指触乾燥時間が35分のシリコーン油剤を用いた実施例1~4はいずれも、耐炎化工程、炭素化工程での短繊維の損傷が少なく、高強度且つ品質の良い炭素繊維が得られた。
【0049】
(実施例5)
前駆体繊維束を220℃の空気中で180秒間予熱した。ついで、シリコーンオイルを15質量%の濃度で含むシリコーン油剤溶液(シリコーン油剤A)を満たしたシリコーン油剤浴に、予熱した前駆体繊維束を投入して油剤を付与した。油剤付着量はシリコーンとして0.4質量%であった。次いで150℃で90秒間加熱した。その後、この油剤付着前駆体繊維束を延伸しながら、240~250℃で1時間耐炎化処理を行い耐炎化繊維束を得た。次いで、窒素雰囲気中、300~1200℃で炭素化処理を行い、炭素繊維束を得た。
得られた耐炎化繊維束の切断までの擦過回数を測定したところ、2500回超であった。
得られた炭素繊維束の単糸切数は100count/m未満であった。また、炭素繊維束の強度は6150MPaであった。
【0050】
(実施例6~15)
前駆体繊維束の予熱温度、予熱時間、熱処理温度、油剤の種類を表3に記載するとおり変更した他は、実施例5と同様に炭素繊維束を製造した。結果は表3に示した。
【0051】
(実施例16)
前駆体繊維束の予熱処理を行わなかった以外は、実施例5と同様に炭素繊維束を製造した。結果は表3に示した。
【0052】
【表2】
【0053】
【表3】