(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-20
(45)【発行日】2024-05-28
(54)【発明の名称】炭素材料及びその製造方法、並びにそれらの応用
(51)【国際特許分類】
C01B 32/05 20170101AFI20240521BHJP
B01J 21/18 20060101ALI20240521BHJP
H01M 4/88 20060101ALI20240521BHJP
H01M 4/96 20060101ALI20240521BHJP
【FI】
C01B32/05
B01J21/18 M
H01M4/88 C
H01M4/96 B
(21)【出願番号】P 2022171403
(22)【出願日】2022-10-26
【審査請求日】2023-07-06
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113398
【氏名又は名称】寺崎 直
(72)【発明者】
【氏名】矢田 実
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 佳英
(72)【発明者】
【氏名】柳 棟▲ヨン▼
(72)【発明者】
【氏名】吉松 丈博
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-204302(JP,A)
【文献】国際公開第2019/013051(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00-32/991
H01M 4/86-4/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース系繊維(A)、アミノ基含有多糖(B)、および遷移金属硫酸塩(C)を含む前駆体を、不活性ガス雰囲気下にて700℃以上で焼成する、炭素材料の製造方法であって、
前記前駆体は、前記セルロース系繊維(A)に前記アミノ基含有多糖(B)を付着させ、更に、前記遷移金属硫酸塩(C)を担持させて調製され、前記遷移金属硫酸塩(C)として硫酸鉄を含む、前記製造方法。
【請求項2】
前記のアミノ基含有多糖(B)に対する遷移金属硫酸塩(C)の重量比(C)/(B)が、0.08以上2.20以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記のアミノ基含有多糖(B)は、グルコサミン単位を分子構造中に含む多糖である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記のアミノ基含有多糖(B)が、キトサンである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記のセルロース系繊維(A)に対するアミノ基含有多糖(B)の重量比(B)/(A)が、0.05以上1.5以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
硫酸鉄を担持したアミノ基含有多糖が付着したセルロース系繊維を含有する、炭素材料前駆体。
【請求項7】
当該炭素材料前駆体の形状がシート状である、請求項6に記載の炭素材料前駆体。
【請求項8】
前記炭素材料は、酸素還元触媒用炭素材料である、請求項6に記載の炭素材料前駆体。
【請求項9】
前記炭素材料は、燃料電池のカソード材料用炭素材料である、請求項6に記載の炭素材料前駆体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、炭素材料及びその製造方法などに関し、詳しくは、燃料電池用電極材料として好適な炭素材料の製造方法、当該製法に用いられる前駆体、並びに当該製法により得られる炭素材料、更にこれらの応用に関する。
【背景技術】
【0002】
再生可能エネルギーに基づいたカーボンニュートラルな社会を実現するためのエネルギーデバイスとして、燃料電池や金属空気電池が注目されている。特に低温動作可能な固体高分子型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)は有望視される。
【0003】
PEFCでは、電極に用いられる触媒として白金等の希少で高価な金属が使用されている。そのため、PEFCの製造コスト中の約40%を触媒コストが占めており、近年の白金価格上昇と相まって、PEFCの普及の障害となっている。現状、PEFCではアノードおよびカソードの両電極ともに白金を担持した炭素が使用されるのが一般的だが、特にカソードでは酸素還元反応が遅く、多くの触媒を必要とする。
【0004】
白金触媒コストの低減のため、触媒中の白金含有量低減が検討されている(例えば、特許文献1)。しかし、特許文献1に開示されている技術では、触媒コストの低減に大きく寄与するが、白金を使用することに変わりなく、普及に向けた大幅な生産コスト低減としては十分とは言いがたい。
【0005】
そこで、更なるコスト低減のため、白金を用いない炭素材料の検討も進められており、窒素や遷移金属をドープした炭素材料が開発されている(例えば、特許文献2)。しかし、特許文献2に開示されているような炭素材料は、カーボンナノチューブやグラフェン等のナノ炭素が主流であり、依然、生産コストは高いと考えられる。
【0006】
また、合成樹脂やカーボンブラック等の化石資源由来の炭素が用いられる場合もある(例えば、特許文献3)。しかし、特許文献3に開示されている技術のように化石資源由来の炭素に頼ることは、持続可能性の観点からは、更に改善の余地があるといえる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第6161239号
【文献】WO2021/045121
【文献】特許第5232999号
【非特許文献】
【0008】
【文献】YR Rhim, et al. Changes in electrical and microstructural properties of microcrystalline cellulose as function of carbonization temperature. Carbon 2010, 48, 1012-1024
【文献】Sadia R, et al. Preparation and properties of chitosan-metal complex: Some factors influencing the adsorption capacity for dyes in aqueous solution. Journal of Environmental Science 2018, 66, 301-309
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のような状況に鑑み、解決しようとする課題の1つは、電極材料として好適な炭素材料を持続可能性(Sustainability)の高い資源から安価に生産する方法を提供することにある。
また、解決しようとする課題の1つは、他の局面として、酸素還元反応触媒を、持続可能性の高い資源から安価に生産する方法を提供することにある。
また、解決しようとする課題の1つは、他の局面として、電極材料として好適であって安価な炭素材料を提供することにある。
また、解決しようとする課題の1つは、他の局面として、安価な酸素還元触媒を提供することにある。
さらに、解決しようとする課題の1つは、他の局面として、安価な燃料電池用電極およびこれを用いた燃料電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示により提示される発明は、多面的に複数の態様にて把握することができ、課題を解決するための手段として、例えば、下記のように具現化される態様を含みうる。なお、本開示においては、本開示中に提示される発明のことを、包括概念的に又は個々の態様に応じて、簡潔に「本発明」ともいう。
【0011】
〔1〕 セルロース系繊維(A)、アミノ基含有多糖(B)、および遷移金属硫酸塩(C)を含む前駆体を、不活性ガス雰囲気下にて700℃以上で焼成する、炭素材料の製造方法。
〔2〕 前記遷移金属硫酸塩(C)が、鉄硫酸塩である、上記〔1〕に記載の方法。
〔3〕 前記のアミノ基含有多糖(B)に対する遷移金属硫酸塩(C)の重量比(C)/(B)が、0.08以上2.20以下である、上記〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕 前記のアミノ基含有多糖(B)は、グルコサミン単位を分子構造中に含む多糖である、上記〔1〕~〔3〕のいずれか一項に記載の方法。
〔5〕 前記のアミノ基含有多糖(B)が、キトサンである、上記〔1〕~〔4〕のいずれか一項に記載の方法。
〔6〕 前記のセルロース系繊維(A)に対するアミノ基含有多糖(B)の重量比(B)/(A)が、0.05以上1.5以下である、上記〔1〕~〔5〕のいずれか一項に記載の方法。
〔7〕 前記セルロース系繊維に前記アミノ基含有多糖(B)を付着させ、更に、前記遷移金属硫酸塩(C)を担持させて、前記前駆体を調製する、上記〔1〕~〔7〕のいずれか一項に記載の方法。
〔8〕 遷移金属硫酸塩を担持したアミノ基含有多糖が付着したセルロース系繊維を含有する、炭素材料前駆体。
〔9〕 当該炭素材料前駆体の形状がシート状である、上記〔8〕に記載の炭素材料前駆体。
〔10〕 前記炭素材料は、酸素還元触媒用炭素材料である、上記〔8〕または〔9〕に記載の炭素材料前駆体。
〔11〕 前記炭素材料は、燃料電池のカソード材料用炭素材料である、上記〔8〕~〔10〕のいずれか一項に記載の炭素材料前駆体。
〔12〕 遷移金属硫酸塩を担持したアミノ基含有多糖が付着したセルロース系繊維の焼成物である、炭素材料。
〔13〕 酸素還元触媒用である、上記〔12〕に記載の炭素材料。
〔14〕 燃料電池のカソード材料用である、上記〔11〕または〔12〕に記載の炭素材料。
〔15〕 1対のアノード及びカソードと、前記アノードと前記カソードとの間に介在する電解質とを備え、前記カソードは請求項12に記載の炭素材料を備える、燃料電池。
【発明の効果】
【0012】
本開示により提示される発明の一又は複数の態様において、電極材料として好適な炭素材料を持続可能性の高い資源から安価に生産する方法を提供することができる。
また、本開示により提示される発明の一又は複数の態様において、酸素還元反応触媒を、持続可能性の高い資源から安価に生産する方法を提供することができる。
また、本開示により提示される発明の一又は複数の態様において、電極材料として好適であって安価な炭素材料を提供することができる。
また、本開示により提示される発明の一又は複数の態様において、安価な酸素還元触媒を提供することができる。
さらに、本開示により提示される発明の一又は複数の態様において、安価な燃料電池用電極およびこれを用いた燃料電池を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、鋭意研究を進めたところ、持続可能性の高いバイオマス炭素源としてセルロース系繊維を用い、セルロース系繊維に、遷移金属硫酸塩を担持させたアミノ基含有多糖を付着させた前駆体を用意し、この前駆体を不活性雰囲気下で焼成することで得られる炭素材料が、酸素還元反応の触媒活性があり、電極触媒として有用なことを見出した。本発明は、係る知見を基礎とし、様々な実施形態を提供する。以下、本発明の実施形態について説明する。
【0014】
なお、本開示において、本発明に関し「一実施形態」との用語は、特に断らない限り、本発明を詳細に説明する上での任意の一実施形態のことであり、他の又は複数の実施形態の存在を否定または制限するものではない。以下に示すように、本発明には、その範疇に含まれる複数の実施形態がありうる。そして、複数の実施形態は、例えば、本開示中に示される構成要素(又は技術的特徴)の様々な組み合わせになどよる改変形態としても提供されうる。また、本開示において、単に「実施形態」と記載している場合は、特に断らない限り、一又は複数の実施形態を含む。
【0015】
本開示において、特に断らない限り、数値範囲に関し、「AA~BB」という記載は、「AA以上BB以下」を示すこととする(ここで、「AA」および「BB」は任意の数値を示す)。また、下限および上限の単位は、特に断りない限り、双方共に後者(すなわち、ここでは「BB」)の直後に付された単位と同じである。また、本開示において、数値範囲の下限値および上限値の組み合わせは、好ましい数値等として例示的に記載された下限値または上限値の数値群から任意に数値の組み合わせを選択することができる。また、「Xおよび/またはY」との表現は、XおよびYの双方、またはこれらのうちのいずれか一方のことを意味する。
【0016】
1.炭素材料の製造方法
本発明の一実施形態として、セルロース系繊維(A)、アミノ基含有多糖(B)、および遷移金属硫酸塩(C)を含む前駆体を、不活性ガス雰囲気下にて700℃以上で焼成する、炭素材料の製造方法が提供される。
【0017】
本発明の一実施形態において、セルロース系繊維が前駆体に含まれる原料として用いられる。本開示において「セルロース系繊維」とは、セルロースおよびその誘導体を主成分とする繊維のことをいう。下記に示すように、セルロース系繊維は、変性が施されたものであってもよい。セルロースおよびその誘導体は、植物細胞の細胞壁および植物繊維の主成分である炭水化物(多糖)であり、天然の植物質の1/3を占め、地球上で最も豊富な生物資源(バイオマス)である。
【0018】
本発明の一実施形態において用いうるセルロース系繊維としては、セルロースの繊維、セルロース誘導体の繊維などが含まれる。セルロース誘導体は、D-グルコピラノースがβ1,4結合で連なった構造(セルロース骨格)を分子中に維持する限りにおいて、セルロース誘導体の範疇に含まれる。セルロースは、通常、直鎖状に連なっているが、セルロース誘導体は、セルロースに対して置換基を有していても、側鎖を有していてもよく、また分岐を有していてもよい。なお、以下、本開示において、特に明示的に峻別するに及ばない場合は、セルロース及びその誘導体のことを、単にセルロースとも称する。
【0019】
セルロース系繊維として用いうる材料としては、例えば、製紙用化学パルプ、機械パルプ、コットン、草本植物由来繊維等の天然のセルロース系繊維、ビスコースレーヨン等の再生セルロース繊維などが挙げられる。本発明の好ましい一実施形態において、セルロース系繊維としては、アミノ基含有多糖を効率的に沈着させる観点から、浸透性が良く、中空構造をした天然繊維などが好適であり、より具体的には、例えば、製紙用化学パルプ、機械パルプ、コットン、および草本植物由来繊維などが挙げられる。セルロース系繊維は、1種を単独で用いてもよいし、または2種以上を混合して用いてもよい。
【0020】
アミノ基含有多糖をセルロース系繊維に付着させることで、加工性が良化する。例えば、抄紙によるシート化も可能となり、これを炭化することで、シート状の炭化物も得られる。また、セルロース繊維には結晶性セルロースが内包されており、炭化後の導電性に寄与することが期待される(非特許文献1)。
【0021】
上記アミノ基含有多糖との親和性を向上させて付着効率を向上させる観点から、セルロース系繊維は変性されていてもよい。変性方法としては、例えば、カルボキシメチル化、TEMPO酸化、リン酸エステル化、硫酸エステル化やフェントン反応による酸化等のアニオン性官能基を導入する方法や、尿素との反応によりカルバミン酸エステル化する方法等、公知の方法を使用しうる。中でも、尿素との反応によりカルバミン酸エステル化する変性方法は、当該変性が施されたセルロース系繊維に含有される窒素の量を増やすことができる点で、本発明の好ましい一実施形態でありうる。
【0022】
本発明の一実施形態において、アミノ基含有多糖が前駆体に含まれる原料として用いられる。アミノ基含有多糖とは、分子構造中にアミノ基を含有する多糖類であり、例えば、グルコサミン単位を分子構造中に有する多糖類のことをいう。アミノ基含有多糖として好ましくは、例えば、キトサンなどが挙げられる。また、アミノ基含有多糖は、例えば、N-アセチルグルコサミンやN-アセチルガラクトサミン等を構成ユニットに有するキチン等の多糖類を脱アセチル化することでも得られる。また、還元的アミノ化等の化学合成手法を用いてアミノ化した多糖も、アミノ基含有多糖として用いうる。
【0023】
キチンは地球上でセルロースに次ぐ資源量を有する生物資源であり、キトサンは、キチンを脱アセチル化することで得られるため、キトサンをアミノ基含有多糖として使用することは、持続可能性の観点から、本発明の好ましい一実施形態でありうる。
【0024】
なお、実在する材料としては、キチンにもD-グルコサミン単位が含まれていることがあり、他方、キトサンにもN-アセチル-D-グルコサミン単位が含まれていることはありうる。そのため化学物質として両者の境界を厳格に区別するのは必ずしも容易ではないことがありうる。本開示においては、分子中のD-グルコサミン単位の量がN-アセチル-D-グルコサミン単位の量よりも十分に上回っており、キトサンとしての特徴が現れているものをキトサンと称する。キトサンの特徴の1つとしては、例えば、キチンが酸性水溶液に対し難溶性又は不溶性であるのに対し、キトサンは酸性水溶液に溶性であることが挙げられる。
【0025】
アミノ基含有多糖はその構造から、セルロース系繊維との親和性が高く、セルロース系繊維に沈着させやすい。なお、本開示において「沈着」とは、安定的な付着のことを意味し、例えば、繊維表面に密着して被覆している状態や、繊維同士の間または中空繊維の中空内部にまで浸透して付着しているような状態などがありうる。また、多糖に含有されているアミンは、硫酸鉄、硫酸銅、硫酸ニッケル、硫酸マンガン等の硫酸金属塩と錯体を形成して担持する能力がある(非特許文献2)。
【0026】
本発明の一実施形態において、遷移金属硫酸塩が前駆体に含まれる原料として用いられる。本開示において「遷移金属硫酸塩」とは、遷移金属の硫酸塩のことであり、例えば、硫酸鉄、硫酸銅、硫酸ニッケル、硫酸マンガン、硫酸コバルトなどが挙げられる。遷移金属硫酸塩は、一般に、水和物の形で入手できる。遷移金属硫酸塩は、他の遷移金属塩よりも、アミノ基含有多糖との親和性が高い傾向がある点で好適である。本発明の更に好ましい一実施形態としては、毒性の低さ、および資源枯渇可能性の低さの観点から、遷移金属硫酸塩の中でも硫酸鉄が好適である。硫酸鉄は、硫酸鉄(II)および硫酸鉄(III)のいずれであってもよい。遷移金属硫酸塩は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0027】
本発明の一実施形態において、アミノ基含有多糖(B)に対する遷移金属硫酸塩(C)の重量比(C)/(B)は、好ましくは0.08以上2.20以下でありうる。より具体的には、次のとおりである。
本発明の一実施形態において、重量比(C)/(B)の下限値は、好ましくは0.08以上、より好ましくは0.10以上、更に好ましくは0.13以上でありうる。
本発明の好ましい一実施形態において、重量比(C)/(B)の上限値は、好ましくは2.20以下、より好ましくは2.00以下、更に好ましくは1.80、1.50、1.20、または1.00以下でありうる。
重量比(C)/(B)を上記のような範囲とすることによって、本開示により得られる炭素材料を燃料電池などの電池の電極材料として用いた場合に、より優れた電位差を得ることに寄与することができる。
【0028】
本発明の一実施形態において、セルロース系繊維(A)に対するアミノ基含有多糖(B)の重量比(B)/(A)は、好ましくは0.05以上1.5以下でありうる。より具体的には、次のとおりである。
本発明の一実施形態において、重量比(B)/(A)の下限値は、好ましくは0.05以上、より好ましくは0.8以上、更に好ましくは0.12以上でありうる。
本発明の好ましい一実施形態において、重量比(B)/(A)の上限値は、好ましくは1.5以下、より好ましくは1.2以下、更に好ましくは1.0以下でありうる。
重量比(B)/(A)を上記のような範囲とすることによって、本開示により得られる炭素材料を燃料電池などの電池の電極材料として用いた場合に、より優れた電位差を得ることに寄与することができる。
【0029】
前駆体は、セルロース系繊維(A)、アミノ基含有多糖(B)、および遷移金属硫酸塩(C)を含有するように調製されれば、これらの成分の配合手順などについて特に制限はない。本発明の好ましい一実施形態としては、前駆体は、前記セルロース系繊維に前記アミノ基含有多糖(B)を付着させ、更に、前記遷移金属硫酸塩(C)を担持させて、前記前駆体を調製する方法が挙げられる。このような手順とすることにより、工業的なハンドリングが容易となり、特に脱水工程は既存のメッシュろ過工程が適用できることから、工程に要するエネルギーコストが低い点に加えて、前駆体製造時の収率が高い点で好適である。
【0030】
前駆体を焼成することにより、炭素材料を得ることができる。本発明の一実施形態において、前駆体は、不活性ガス雰囲気下において、所定の温度以上の熱処理が施されて、焼成される。
【0031】
本開示において、不活性ガス雰囲気とは、炭素が燃焼反応しにくく炭化する無酸素又は低酸素雰囲気のことを意味する。本発明の一実施形態において、不活性ガスとして好ましくは、例えば、ヘリウムガス、アルゴン、窒素などが挙げられる。中でも、製造コストの観点からは、窒素が好適でありうる。
【0032】
本発明の一実施形態において、前駆体を焼成するための熱処理は、好ましくは700℃以上、より好ましくは750℃以上、更に好ましくは800℃以上でありうる。
前駆体を焼成する観点からは、熱処理の温度について特に上限はないが、製造コストの観点からは、おおむね1400℃以下が好適でありうる。
【0033】
2.炭素材料の前駆体
本発明の更なる一実施形態として、遷移金属硫酸塩を担持したアミノ基含有多糖が付着したセルロース系繊維を含有する、炭素材料前駆体が提供される。遷移金属硫酸塩、アミノ基含有多糖、セルロース系繊維などについては、上記「1.炭素材料の製造方法」において記載のとおりである。上述のとおり、当該炭素材料前駆体は、安価な材料を用いて調製することができ、これを用いることにより、酸素還元触媒用材料、電極用材料などとして有用な炭素材料を安価に製造することができる。
【0034】
また、好ましい一実施形態としては、例えば、形状がシート状の炭素材料前駆体、またはシート状の炭素材料前駆体を巻回したロール状の炭素材料前駆体などが挙げられる。炭素材料前駆体の取り扱いや移送なども容易であり、炭素材料前駆体のその後の製造工程への移行も容易に行うことができる。
【0035】
3.炭素材料
本発明の更なる一実施形態として、遷移金属硫酸塩を担持したアミノ基含有多糖が付着したセルロース系繊維の焼成物である、炭素材料が提供される。遷移金属硫酸塩、アミノ基含有多糖、セルロース系繊維などについては、上記「1.炭素材料の製造方法」において記載のとおりである。上述のとおり、当該炭素材料は、安価な材料を用いて製造することができる。
【0036】
また、本発明の一実施形態である炭素材料は、酸素還元触媒用または電極用材料などとして用いることができる。より具体的には、本発明の好ましい一実施形態として、燃料電池のカソード用材料として好適な炭素材料として用いることができる。すなわち、本発明の一実施形態として、本開示の炭素材料を用いた電極を提供できる。上述の炭素材料は酸素還元触媒能を有しており、当該電極は、例えば、燃料電池のカソードとして好適である。本発明の一実施形態である電極用炭素材料は、持続可能性に優れた原料から安価に製造することができ、従来の白金触媒を用いた電極に比して、大幅なコストダウン効果が期待される。
【0037】
本発明の一実施形態である電極としては、本発明の一実施形態である上述の炭素材料を含む電極であればよく、様々な実施形態を採用することができる。電極の好ましい一実施形態としては、例えば、上述の炭素材料単体で電極を作製してもよいし、他のカソード材料(例えば、カーボンナノチューブやグラフェンなどの他の炭素材料、および白金などの金属類やそれを担持した炭素材料)と混合または積層して電極を作製してもよい。
【0038】
4.燃料電池
本発明の更なる一実施形態として、上記「3.炭素材料」に記載の炭素材料を用いた、燃料電池が提供される。すなわち、アノード(または、負極若しくは燃料極ともいう。)と、カソード(または、正極若しくは空気極ともいう。)と、前記アノードと前記カソードの間に介在する電解質とを備え、前記カソードには上記の炭素材料を備える、燃料電池が提供される。アノード、カソード、および電解質を覆うセパレータまたは外装により、1単位のセルとすることができる。ここでの電解質とは、リン酸や硫酸水溶液、水酸化ナトリウムの水溶液、溶融塩といった液状電解質と、イオン伝導性の樹脂やセラミックといった固体状電解質の双方を指す。
【0039】
本発明の好ましい一実施形態としては、カソードは、導電性の成形体と、上記「3.炭素材料」に記載の炭素材料とを備える電極であって、当該導電性成形体の外面の一部又は全部に、当該炭素材料を含む層が密着している形態が挙げられる。導電性成形体は、本開示による炭素材料で成形されたものであってもよいし、他の電極用導電性材料を用いて成形したものであってもよい。また、導電性成形体の素材は、導電性に加え、化学的に安定な又は不活性な材料が好適である。導電性成形体の形状に特に制限はなく、棒状、板状、シート状、薄膜など燃料電池の形状に合わせ、適宜選択することができる。
【0040】
従来の燃料電池ではカソードに白金触媒電極が用いられていたが、白金は極めて高価な貴金属であり、燃料電池の普及の妨げとなっていた。これに対し、本開示の炭素材料は安価に製造できるため、白金の使用量を減少または未使用とすることができ、燃料電池の製造コストを下げ、燃料電池の普及に寄与することが期待される。
【実施例】
【0041】
以下に実施例を挙げて本発明について更に具体的に説明するが、本開示により提示される発明の技術的範囲(または技術的な射程)は、下記の実施例に限定されるものではない。
【0042】
<実施例1(炭素材料の作製)>
キトサン(甲陽ケミカル(株) コーヨーキトサンFL-80、脱アセチル化度75%以上)10gを水440gに分散した後、6%酢酸水溶液50gを5分間かけて逐次添加した後、1時間攪拌することで、アミノ基含有多糖水溶液(E1)を調製した。
【0043】
広葉樹由来の化学パルプ(LOKP(広葉樹酸素漂白クラフトパルプ)、固形分38%)53g(絶乾重量20gに相当)に水450gを添加して5分間撹拌後、前記のアミノ基含有多糖水溶液(E1)を全量添加して90分撹拌した。続いて、水を400g添加し、更に0.4%水酸化ナトリウム水溶液600gを2時間かけて逐次添加し、その後30分間撹拌した。得られた第1のスラリーを金属メッシュ(60mesh)でろ過して洗浄することで、アミノ基含有多糖が沈着したセルロース系繊維(固形分6.3%)を得た。
【0044】
得られたアミノ基含有多糖が沈着したセルロース系繊維の全量に対し、水430gを添加して十分に撹拌した後、5%硫酸鉄(II)七水和物水溶液を140g(硫酸鉄(II)無水として3.9g)を10分間かけて逐次添加し、その後30分間撹拌した。得られた第2のスラリーを金属メッシュ(60mesh)でろ過し、十分量の水で洗浄・脱水することで、硫酸鉄を担持したアミノ基含有多糖が沈着したセルロース系繊維を得た。
【0045】
絶乾重量にして20gの硫酸鉄を担持したアミノ基含有多糖が沈着したセルロース系繊維を水に分散してTAPPI離解機で離解後、標準型手すき機にて25cm角の手すきシートを作製した。得られたシートを115℃にて1時間乾燥後、窒素雰囲気下900℃で焼成(昇温速度15℃/分、900℃で60分保持)を実施して、炭素材料を得た。
【0046】
<実施例2(炭素材料の作製)>
焼成温度を700℃(昇温速度15℃/分、700℃で75分保持)とした以外は、実施例1と同様の操作で炭素材料を得た。
【0047】
<実施例3(炭素材料の作製)>
キトサン(甲陽ケミカル(株)、コーヨーキトサンSK-10、脱アセチル化度75%以上)2gを水88gに分散した後、6%酢酸水溶液10gを5分間かけて逐次添加した後、1時間攪拌することで、アミノ基含有多糖水溶液(E3)を調製し、0.4%水酸化ナトリウム水溶液120gを使用した以外は、実施例1と同様の操作で、アミノ基含有多糖が沈着したセルロース系繊維(固形分6.5%)を得て、さらに続く操作で炭素材料を得た。
【0048】
<実施例4(炭素材料の作製)>
キトサン(甲陽ケミカル(株)、コーヨーキトサンSK-10、脱アセチル化度75%以上)20gを水880gに分散した後、6%酢酸水溶液100gを5分間かけて逐次添加した後、1時間攪拌することで、アミノ基含有多糖水溶液(E4)を調製し、0.4%水酸化ナトリウム水溶液1200gを使用した以外は、実施例1と同様の操作で、アミノ基含有多糖が沈着したセルロース系繊維(固形分7.2%)を得て、さらに続く操作で炭素材料を得た。
【0049】
<実施例5(炭素材料の作製)>
5%硫酸鉄(II)七水和物水溶液を42g(硫酸鉄(II)無水として1.2g)とした以外は、実施例1と同様の操作で炭素材料を調製した。
【0050】
<実施例6(炭素材料の作製)>
5%硫酸鉄(II)七水和物水溶液を280g(硫酸鉄(II)無水として7.7g)とした以外は、実施例1と同様の操作で炭素材料を調製した。
【0051】
<比較例1(炭素材料の作製)>
アミノ基含有多糖が沈着したセルロース系繊維に対して、5%硫酸鉄(II)七水和物水溶液を添加しなかった以外は、実施例1と同様に操作を行うことで炭素材料を得た。
【0052】
<比較例2(炭素材料の作製)>
広葉樹由来の化学パルプ(LBKP:広葉樹漂白クラフトパルプ)20gを115℃にて1時間乾燥後、窒素雰囲気下900℃で焼成(昇温速度15℃/分、900℃で60分保持)を実施して、炭素材料を得た。
【0053】
<比較例3(炭素材料の作製)>
脱アセチル化キチン(甲陽ケミカル(株) コーヨーキトサンFL-80、脱アセチル化度75%以上)10gを水440gに分散した後、6%酢酸水溶液50gを5分間かけて逐次添加した後、1時間攪拌することで、アミノ基含有多糖水溶液(CE3)を調製した。
【0054】
水450gに、前記のアミノ基含有多糖水溶液(CE3)を全量添加して90分撹拌した。水を400g添加した後、0.4%水酸化ナトリウム水溶液600gを2時間かけて逐次添加した後、30分間撹拌した。得られたスラリーを金属メッシュでろ過したが、残渣が得られず、炭素材料を作製できなかった。
【0055】
<実施例7:カソードの作製>
上記実施例1~6並びに比較例1及び2の各炭素材料1gを乳鉢で十分に粉砕後、金属メッシュ(400mesh)通過区分を捕集して、炭素材料の粉末を得た。炭素材料粉末50mgに対して、SBRラテックス(JSR製、S2910E-12-K)を60mgと水20mgを添加して十分に混合し、硬質炭素電極用炭素棒(φ5×100mm)表面に、炭素棒の下部から約30mmの部分に塗布し、115℃で5分乾燥して、カソードとした。
【0056】
<実施例8:燃料電池の作製と燃料電池反応の検証>
電気分解・燃料電池実験機(ケニス製、型式FY)に1%硫酸水溶液を満たし、アノードとして白金メッキ付きチタン棒、カソードとして炭素材料粉末を塗布した炭素棒を取り付けて、燃料電池を作製した。カソードは、上記実施例7にて用意した1~6、並びに比較例1および2で得られた各電極を用いた。すなわち、カソードの異なる8種類の燃料電池を用意した。
【0057】
上記のように用意した各燃料電池について、室温25℃にて、アノード側に約1.4mlの水素、カソード側に約0.7mlの酸素を導入した後、カソード-アノード間の電位差をテスターにて測定した。結果を表1に示す。
【0058】
【0059】
上記実施例1~6の炭素材料を用いた燃料電池のアノード-カソード間の電位差は、両極に白金メッキを触媒とした場合とほぼ同等の水準に達することが示された。