(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-21
(45)【発行日】2024-05-29
(54)【発明の名称】養殖魚用飼料、飼育方法及び腸管上皮保護剤
(51)【国際特許分類】
A23K 50/80 20160101AFI20240522BHJP
A23K 10/10 20160101ALI20240522BHJP
A01K 61/10 20170101ALI20240522BHJP
【FI】
A23K50/80
A23K10/10
A01K61/10
(21)【出願番号】P 2023187410
(22)【出願日】2023-11-01
【審査請求日】2023-11-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)R4年度 大学院研究発表会(ポスター)の日程 (2)令和4年度 大学院生物産業学研究科 研究発表会 要旨集(抜粋)
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501195223
【氏名又は名称】株式会社日本バリアフリー
(73)【特許権者】
【識別番号】598096991
【氏名又は名称】学校法人東京農業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002181
【氏名又は名称】弁理士法人IP-FOCUS
(72)【発明者】
【氏名】江藤 忠士
(72)【発明者】
【氏名】市川 卓
【審査官】坂田 誠
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2020/0239971(US,A1)
【文献】特許第6152231(JP,B2)
【文献】ニジマスの海水養殖に関する研究―I ニジマスの海水馴致について,水産増殖,1965年05月,Vol.13, No.1,第29頁~第38頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 10/00 - 50/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚類の増養殖用の飼料であって、
基本飼料に乳酸菌
ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株を含有させ、
前記増養殖用の飼料は海面養殖用の飼料であり、海水馴致後に与える飼料であることを特徴とする飼料。
【請求項2】
生存率及び給餌量を増加させるものである請求項1記載の飼料。
【請求項3】
前記魚類がサケ科の魚
であることを特徴とする請求項1記載の飼料。
【請求項4】
前記乳酸菌は、
外割り0.5%以上5%以下の割合で飼料に含有させることを特徴とする
請求項1~3いずれか1項記載の飼料。
【請求項5】
サケ科の魚の海面養殖における海水馴致に伴う給餌量及び生存率を改善するために、海 水馴致後に
請求項4記載の飼料を用いて飼育することを特徴とする飼育方法。
【請求項6】
ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株を有効成分とするサケ科の魚の腸管上皮保護剤。
【請求項7】
海水馴致後に投与することを特徴とする
請求項6記載の腸管上皮保護剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、養殖魚の飼料、飼育方法、及び腸管上皮保護剤に関する。特に、海面養殖における海水馴致時の給餌量及び生存率の低下を改善する養殖魚の飼料、飼育方法、及び腸管上皮組織の保護剤に関する。
【背景技術】
【0002】
魚介類の養殖は、大きさや味による個体差が少ないこと、需要に応じた生産ができるため安定した供給を実現できることから近年増々盛んになってきている。特に、卵から親に育て、その親から卵を得る完全養殖の場合には、より良い個体を選抜できることから、高品質の系統を飼育することが可能となり、ブランド化にもつながっている。また、養殖は、乱獲、混獲による生態系への影響がないため、SDGsの観点からも養殖への需要が高まっている。
【0003】
養殖魚の中でもサケ科の魚は、各地で盛んに養殖が行われている。サケ科の魚は淡水で産卵し、成長し、一部の種は海に降海して、そこで成長し、産卵のために川に回帰する。トラウトサーモンとして養殖されているニジマスは淡水で生まれ、ある程度の大きさまで成長するまで、淡水で飼育された個体を海水で育成したものである。海水で養殖されているニジマスは海水適応能力が高い系統が用いられているが、海水馴致時に給餌量の低下や生存率の低下が見られることが海面養殖における問題点として指摘されている。
【0004】
海水馴致時の給餌量や生存率の低下を抑制し、効率の良い養殖を行うために、従来から種々の工夫が行われている(特許文献1、2)。特許文献1には、海水適応能を発現した稚魚(スモルト)の海水馴致の成功率を高めるための海水馴致装置が開示されている。特許文献2には、サンギナリン又はその誘導体等を主成分とする魚類の飼料が開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の海水馴致装置は大掛かりなものであることから、簡単に設置することはできず、また、コストもかかる。特許文献2に開示されているように、飼料に添加して海水馴致の成功率を高めることは、養殖において現実的な方法である。しかし、特許文献2の飼料に添加しているサンギナリンは毒性のある多環アンモニウムイオンであることから、取り扱いが難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2023-70394号公報
【文献】特開2016-163558号公報
【文献】特開2006-265181号公報
【文献】特許第5697788号
【文献】特許第6152231号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、大掛かりな装置や、毒性が懸念される物質を用いることなく、海水馴致の成功率を高める飼料を開発することを課題とする。乳酸菌は、種々の動物において、免疫機能を高める効果があることが知られている。淡水魚であるコイの飼料に、乳酸菌などの微生物を配合することによって、病害の防止に有効な飼料が開示されているが(特許文献3)、海水馴致直後の給餌量及び生存率の低下について、乳酸菌の効果の解析は未だ行われたことがない。本発明は、乳酸菌を添加することによって、海水馴致時の魚へのストレスを軽減させ、海水馴致時の給餌量や生存率の低下を抑制する飼料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の養殖魚の飼料、飼育方法、及び腸管上皮保護剤に関する。
(1)魚類の増養殖用の飼料であって、基本飼料に乳酸菌を含有させることを特徴とする飼料。
基本飼料に乳酸菌を含有させることにより、日間給餌率の増加、死亡率の低下に繋げることができる
【0009】
(2)生存率及び給餌量を増加させるものである(1)記載の飼料。
解析により、乳酸菌を添加した飼料によって、腸管上皮が保護されていることが明らかとなった。生存率や給餌量の増加は、腸管上皮が乳酸菌を含有した飼料により正常に近い状態に維持されていることによるものと考えられる。
【0010】
(3)前記魚類がサケ科の魚であり、前記乳酸菌がラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株であることを特徴とする(1)記載の飼料。
サケ科の魚に対しては、シロザケより単離した乳酸菌であるラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株が有効に作用するものと考えられる。
【0011】
(4)海面養殖用の飼料であることを特徴とする(3)記載の飼料。
サケ科の魚類の海面養殖時において、日間給餌率を増加し、死亡率の低下が確認されたことから、海面養殖用として特に有効な飼料である。
【0012】
(5)海水馴致後に与える飼料であることを特徴とする(4)記載の飼料。
乳酸菌は、腸内細菌叢のバランスを改善することが知られていることから、乳酸菌を含有している飼料を日常的に与える増養殖用の基本飼料としてもよいが、海水馴致後に与えることにより、良好な効果を得ることができる。
【0013】
(6)前記乳酸菌は、外割り0.5%以上5%以下の割合で飼料に含有させることを特徴とする(1)~(5)いずれか1つ記載の飼料。
実施例で示したように、基本飼料に対して外割り1%量添加した飼料でも十分な効果が認められた。したがって、0.5%以上乳酸菌を添加した飼料であれば、腸上皮を保護する効果が期待できる。また、乳酸菌であることから、特に上限を規定する必要はないが、増重率等に関わる基本飼料の摂取量が相対的に減少すると考えられるため、乳酸菌添加量5%を上限とすることが望ましい。
【0014】
(7)サケ科の魚の海面養殖における海水馴致に伴う給餌量及び生存率を改善するために、海水馴致後に(6)記載の飼料を用いて飼育することを特徴とする飼育方法。
上述のように、海面養殖において海水馴致後の給餌量と生存率の低下が問題となっている。乳酸菌、特にBF3株を含む飼料を与えることによって、この問題を解決することができる。
【0015】
(8)ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株を有効成分とするサケ科の魚の腸管上皮保護剤。
解析の結果、BF3株を含有した飼料を与えることによって、腸管上皮が保護され、正常に近い状態を維持していることが明らかとなった。したがって、BF3株を有効成分として含有する組成物は、サケ科の魚の腸管上皮保護剤として機能する。
【0016】
(9)海水馴致後に投与することを特徴とする(8)記載の腸管上皮保護剤。
海水馴致後に通常の飼料では、腸管上皮が崩壊することが明らかとなった。本発明の腸管上皮保護剤は、これを保護することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】各実験区の日間給餌率を示す図。各実験区における実験終了時の日間給餌率を示す図。
【
図3】飼育3週間目の各実験区で飼育したニジマスの消化管の組織像を示す図。比較として継続して淡水飼育を行っていたニジマスの消化管組織像を示す。各顕微鏡像に示されているバーは50μmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
乳酸菌は、発酵によって糖から乳酸を産生する微生物の総称であり、従来から、ヨーグルト、チーズ、漬物、日本酒などの発酵食品の製造に用いられている。乳酸菌は腸内でいわゆる悪玉菌の繁殖を抑え、腸内細菌叢のバランスをとる役割を果たしているといわれている。しかし、乳酸菌という名称は、分類学上の特定の菌種を指すものではなく、その性状に対する名称であり、菌種によって、その性質は大きく異なっている。
【0019】
乳酸菌は発酵食品だけではなく、様々な場所に生息している。従来活用されていない分離源から乳酸菌を分離することにより、新たな特性を備える乳酸菌の分離が期待できる。本発明者も、すでに、北海道羅臼産のオスのシロザケ(標準和名サケ)の腸内容物から乳酸菌であるラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis)BF3株を分離している(特許文献4)。なお、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株は、本出願人により独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに受託番号NITE P-01919として、2014年8月21日付けで寄託されている。
【0020】
シロザケの腸内容物から単離されたBF3株は乳製品から単離された株とは異なり、基準株ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスNBRC100933に対して、胆汁耐性、酸耐性、食塩耐性がある。また、豆乳を発酵させて固化できることも見出し開示している(特許文献5)。
【0021】
本発明者らは、乳酸菌、特にラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株が、海水馴致に伴う給餌量、生存率の低下を改善することを見出し、本発明を完成させた。ここでは、解析にニジマスを用いているが、海水馴致により海面養殖を行う魚類に対し、以下に示す飼料を適用することができる。特に、サケ科の魚に対しては、以下で用いる乳酸菌は、シロザケより単離したものであることから、好適に使用することができる。また、用いた乳酸菌は死菌を用いているが、生菌を飼料と混合して用いてもよい。飼料の保存性の観点からは、死菌を好ましく用いることができる。
【0022】
また、ここでは、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株を用いているが、この株に限らず、サケ等の海水魚の腸から単離した乳酸菌を使用することもできる。あるいは、いくつかの乳酸菌を混合して用いてもよい。ただし、サケ科の魚に投与するものであることから、サケ科の魚から単離した乳酸菌を用いることが好ましく、以下の実施例で効果が実証されているラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株を用いることが特に好ましい。
【0023】
以下の実験では、基本飼料に乳酸菌を外割り1%添着させた飼料を用いているが、日間給餌率、生存率において十分な効果が認められたことから、より少ない量、外割り0.5%以上含有させた飼料を用いれば、十分な効果を見込むことができる。また、乳酸菌、特に、死菌で用いている場合には、腸内細菌叢に極端に偏りが生じる等の副作用が生じる心配もないことから、上限は設ける必要がない。しかし、体重増加に必要な栄養摂取量が相対的に減る可能性があることから、海水での飼育時には外割り5%以下とすることが好ましい。
【0024】
また、ここでは乳酸菌を飼料に添着しているが、飼料製造時に、他の材料とともに混合させて飼料を製造しても良いことは言うまでもない。また、基本飼料として用いる飼料は、通常養殖において用いている飼料を使用すればよく、乳酸菌を混合して飼料を製造する場合には、基本飼料と同様の組成に乳酸菌を添加して製造すればよい。
【0025】
以下、実施データを示しながら、本発明について説明する。
[実験動物]
2歳魚のニジマス(Oncorhynchus mykiss)を実験に用いた。以下に示す乳酸菌飼料を与える乳酸菌区、対照飼料を与える対照区にランダムに分け、実験を行った。
【0026】
[実験飼料]
ひらめEP-F6(日清丸紅飼料)を基本飼料として用いた。乳酸菌ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株(以下、BF3株と記載する。)の殺菌粉末を基本飼料に対して外割り1%量添着させ、乳酸菌飼料とした。添着には、基本飼料に対して外割り5%量の2%ゼラチン水溶液を用いた。同様にして、外割り5%量の2%ゼラチン水溶液にBF3株を添加せずに、基本飼料を混ぜ合わせたものを対照飼料として用いた。1実験区、1水槽とし、乳酸菌を含まない飼料、すなわち0%飼料を与えた実験区を対照区、BF3株1%飼料を与えた実験区を乳酸菌区とした。
【0027】
[海水馴致及び飼育]
淡水で満たした各区500L円形水槽にニジマス2歳魚を10匹ずつ収容した。収容24時間後から海水を注入し、7日間かけて海水馴致した。海水馴致中は無給餌とし、止水で飼育した。海水馴致後、かけ流し式に切り替え、海水で飼育を続行した。
【0028】
海水馴致終了後、週5日間飽食給餌を3週間行った。7日毎に体サイズ(標準体長と体重)を測定し、各実験区2個体を腸管組織観察に供した。実験終了時に各実験区5個体を取り上げ、体サイズを測定し、解剖及び腸管組織観察に供した。組織標本は、腸管をブアン液によって固定し、固定した腸管から作成した組織切片をHE染色した。給餌量、及び体サイズから日間給餌率、成長率を算出した。
【0029】
[結果]
1.海水馴致後の日間給餌率について
実験終了時の日間給餌率を
図1に示す。日間給餌率は、有意差は見られなかったものの、乳酸菌区で対照区に比べて高い傾向を示した。実験終了時の日間給餌率は、対照区で0.03%、乳酸菌区で0.37%であった。海水馴致後のニジマスは摂餌不良になるが、マリン乳酸菌添加飼料は摂餌性を改善することが示された。乳酸菌を添加することによって、摂餌性が改善されることから、海水馴致後だけではなく、通常与える増養殖用の飼料として用いても、増重率等、成長に対する良好な効果を見込むことができる。
【0030】
2.死亡率について
海水馴致後の生存率の低下も海面養殖では大きな問題点として上げられている。乳酸菌添加飼料の死亡率に対する効果の解析を行った(
図2)。実験終了時の死亡率は対照区で50%であったのに対し、乳酸菌区では30%であった。乳酸菌区では、対照区に比べて、死亡率が低いことが明らかとなった。
【0031】
3.腸管組織観察よる結果
対照区、乳酸菌区の個体を解剖し、HE染色により腸管組織像観察を行った。また、比較のために継続して淡水飼育を行っているニジマスを解剖し、同様にして腸管組織像を観察した。
図3に飼育3週間目の対照区、乳酸菌区の腸上皮のHE染色像を示す。
【0032】
対照区の個体では上皮組織が崩壊し、消化した栄養素を吸収できない状態であった(
図3対照区)。一方、乳酸菌BF3株添加飼料を与えた乳酸菌区のニジマスの腸の上皮組織は(
図3乳酸菌区)、淡水飼育している個体(
図3淡水飼育)より組織の崩壊が認められたが、対照区の個体よりその程度は軽度であった。乳酸菌を飼料に添加することで、おそらく腸内細菌叢が良好な状態に変化したこと、及び腸管上皮組織の修復が早められた可能性が考えられる。乳酸菌BF3株に含まれる酵素等による消化機能の補助により、日間給餌率の増加及が、対照区に比べより高い値を示したものと考えられる。
【0033】
以上、示してきたように、本発明の飼料及び飼育方法において、乳酸菌を添加した飼料を与えることによって、日間給餌率が増加するとともに、生存率が上昇することが明らかとなった。また、乳酸菌BF3株を添加した飼料は、腸上皮の崩壊を抑止し、腸管上皮保護剤としても有効であることが認められた。したがって、腸上皮を保護し、日間給餌率の増加、生存率の上昇に寄与しているものと考えられる。
【要約】
【課題】海面養殖における海水馴致に伴う給餌量及び生存率を改善する飼料を提供することを課題とする。
【解決手段】海水馴致後に与える飼料に乳酸菌、特にラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティスBF3株を含有させることにより、給餌量及び生存率が向上することが明らかとなった。
【選択図】
図1