(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-21
(45)【発行日】2024-05-29
(54)【発明の名称】GABA及びオルニチンを高産生する新規乳酸菌、並びに当該乳酸菌を用いた経口組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20240522BHJP
A23L 33/135 20160101ALI20240522BHJP
A23L 5/00 20160101ALI20240522BHJP
A23L 2/02 20060101ALN20240522BHJP
A23L 2/38 20210101ALN20240522BHJP
A23C 9/123 20060101ALN20240522BHJP
A23C 11/10 20210101ALN20240522BHJP
A23L 11/60 20210101ALN20240522BHJP
A23L 11/65 20210101ALN20240522BHJP
A23L 11/00 20210101ALN20240522BHJP
【FI】
C12N1/20 A
A23L33/135
A23L5/00 J
A23L2/02 F
A23L2/38 P
A23C9/123
A23C11/10
A23L11/00 Z
(21)【出願番号】P 2020018562
(22)【出願日】2020-02-06
【審査請求日】2022-11-08
【微生物の受託番号】NITE NITE P-03111
(73)【特許権者】
【識別番号】391011700
【氏名又は名称】宮崎県
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水谷 政美
(72)【発明者】
【氏名】福良 奈津子
(72)【発明者】
【氏名】永野 珠光
(72)【発明者】
【氏名】藤田 依里
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-188332(JP,A)
【文献】特開2013-201936(JP,A)
【文献】国際公開第2015/111598(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/111597(WO,A1)
【文献】特開2021-122242(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-38
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)~(d)の特性を有することを特徴とする、焼酎もろみ由来のラクトバチルス・ブフネリに属する乳酸菌または
当該乳酸菌を含むその培養物:
(a)グルタミン酸を代謝し、γ-アミノ酪酸(GABA)を生成する、
(b)アルギニンを代謝し、オルニチンを生成する、
(c)ヒスチジン存在下でヒスタミンを生成しない、及び
(d)チロシン存在下でチラミンを生成しない
;
ここで前記乳酸菌は、ラクトバチルス・ブフネリML530(受託番号:NITE P-03111)、または前記ML530株の子孫株である。
【請求項2】
請求項
1に記載する乳酸菌若しくは
当該乳酸菌を含むその培養物からなるか、または当該乳酸菌若しくは
当該乳酸菌を含むその培養物を含む、発酵スターター。
【請求項3】
請求項
1に記載する乳酸菌または
当該乳酸菌を含むその培養物を含有する経口組成物。
【請求項4】
GABA及びオルニチン高含有の発酵飲食物である、請求項
3に記載する経口組成物。
【請求項5】
請求項
2に記載する発酵スターターを用いて、経口組成物の原料を培養する工程を有する、経口組成物の製造方法。
【請求項6】
前記原料が、グルタミン酸及びアルギニンを含有するか、または加水分解によりグルタミン酸及びアルギニンを生成し得る成分を含有するものであり、
後者の場合は、当該成分を加水分解してグルタミン酸及びアルギニンを生成する作用を有する物質とともに培養する工程を有する、請求項
5に記載する製造方法。
【請求項7】
前記原料が飲食物の原料であって、GABA及びオルニチン高含有の発酵飲食物の製造方法である、請求項
6に記載する製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性成分として知られるGABA及びオルニチンを高産生するラクトバチルス・ブフネリに属する新規乳酸菌、及び当該乳酸菌を用いた経口組成物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
γ-アミノ酪酸(以下、単に「GABA」とも称する)は非タンパク性アミノ酸の一種で、リラックス効果、血圧降下作用などを有することが知られており、食品や医薬品への利活用が図られている。また、同じく非タンパク性アミノ酸の一種であるオルニチンは、疲労改善効果、基礎代謝改善作用を示すことが知られており、食品やサプリメントに利用されている。
【0003】
これらGABAやオルニチンを高含有する食品を製造する方法としては、例えば特許文献1や特許文献2に記載されているように、グルタミン酸をGABAに、またアルギニンをオルニチンに変換する作用を有する乳酸菌を利用する方法が知られている。GABA、及びオルニチンを生成する乳酸菌種は多数確認されており、その中のひとつにラクトバチルス・ブフネリ(Lactobacillus
buchneri)がある。ラクトバチルス・ブフネリは、従来より、鮒寿司などの発酵食品や発酵乳などから分離されており、食品製造やサプリメントへの利用報告がある。
【0004】
一方、乳酸菌の中には、ヒスチジンからアレルギー様食中毒の原因物質であるヒスタミンを生成する種が多数存在することが報告されている。ヒスタミンは熱に安定で、調理加工工程での除去もできないことから、ヒスタミン食中毒を防ぐためにはヒスタミンを生成させないことが重要である。また、ヒスタミン生成性の乳酸菌は、他のアレルギー物質である不揮発性アミンを同時に生成することがわかっており、中でもチロシンから生成されるチラミンが問題となっている。ヒスタミンとチラミンは、抗うつ剤などのある種の薬品を服用している患者に対し、高血圧や偏頭痛を引き起こす原因になると言われている(非特許文献1)。
【0005】
このように、ヒスタミン等を生成する乳酸菌種は多数報告されており、前述するようにGABAやオルニチンを生成する乳酸菌として知られているラクトバチルス・ブフネリも、ワインやチーズにおけるヒスタミン増加の原因菌のひとつであると言われている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2013-169158号公報
【文献】特開2015-173633号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】東京都健康安全研究センター年報 55,13-22,2004「発酵食品に含まれるアミン類」
【文献】JFRLニュース Vol.4 No.2 Oct 2011「ヒスタミンについて」 一般社団法人日本食品分析センター
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述のとおり、GABA及びオルニチンを生成するラクトバチルス・ブフネリは機能性食品の製造に有用である一方で、アレルギー様症状を引き起こすヒスタミンやチラミンを産生するリスクがある。
【0009】
そこで、本発明においては、ヒスタミン及びチラミンの生成を抑制しつつ、かつ機能性成分であるGABA及びオルニチンを生成する作用を有する乳酸菌を提供することを目的とする。さらに本発明は、当該乳酸菌を発酵スターターとして用いて、経口組成物、特にGABA及びオルニチンを含有する発酵飲食物を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解決すべく、鋭意検討を重ねていたところ、宮崎県内焼酎製造場の焼酎もろみの中にGABA及びオルニチンを生成し、かつヒスタミン及びチラミンを生成しない乳酸菌が存在することを見出し、当該乳酸菌が16S rRNA遺伝子の配列に基づく同定により、ラクトバチルス・ブフネリであることを確認した。また本発明者らは、当該乳酸菌を発酵スターターとして用いることで、GABA及びオルニチンを高含有する一方で、ヒスタミン及びチラミンの含有量が低く抑えられた発酵飲食物が製造できることを確認した。
【0011】
本発明は、これらの一連の知見をもとに完成したものであり、下記の実施様態を包含する。
【0012】
(I)新規乳酸菌またはその培養物
〔I-1〕下記(a)~(d)の特性を有する、焼酎もろみ由来のラクトバチルス・ブフネリに属する乳酸菌またはその培養物:
(a)グルタミン酸を代謝し、γ-アミノ酪酸(GABA)を生成する、
(b)アルギニンを代謝し、オルニチンを生成する、
(c)ヒスチジン存在下で、ヒスタミンを生成しない、及び
(d)チロシン存在下で、チラミンを生成しない。
〔I-2〕前記乳酸菌が、ラクトバチルス・ブフネリML530(受託番号:NITE P-03111)、または前記ML530株の子孫株である、[I-1]に記載する乳酸菌またはその培養物。
【0013】
(II)新規乳酸菌またはその培養物の用途
〔II-1〕前記〔I-1〕または〔I-2〕に記載する乳酸菌若しくはその培養物からなるか、または当該乳酸菌若しくはその培養物を含む、発酵スターター。
〔II-2〕前記〔I-1〕または〔I-2〕に記載する乳酸菌またはその培養物の使用方法であって、発酵飲食物の製造方法において、飲食物を発酵させる前に、当該飲食物の原料に、前記〔I-1〕または〔I-2〕に記載する乳酸菌またはその培養物を発酵スターターとして添加して用いることを特徴とする、前記使用方法。
【0014】
(III)経口組成物及びその製造方法
〔III-1〕前記〔I-1〕または〔I-2〕に記載する乳酸菌またはその培養物を含有する経口組成物。
〔III-2〕GABA及びオルニチン高含有の発酵飲食物である、〔III-1〕に記載する経口組成物。
〔III-3〕〔II-1〕に記載する発酵スターターを用いて、経口組成物の原料を培養する工程を有する、経口組成物の製造方法。
〔III-4〕前記原料が、グルタミン酸及びアルギニンを含有するか、または加水分解によりグルタミン酸及びアルギニンを生成し得る成分を含有するものであり、
後者の場合は、当該成分を加水分解してグルタミン酸及びアルギニンを生成する作用を有する物質とともに培養する工程を有する、〔III-3〕に記載する製造方法。
〔III-5〕前記原料が飲食物の原料であって、GABA及びオルニチン高含有の発酵飲食物の製造方法である、〔III-4〕に記載する製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、機能性成分として有用なGABA及びオルニチンを生成する一方で、ヒスチジン及びチロシンの存在下でもアレルギー性成分であるヒスタミン及びチラミンを生成しない、ラクトバチルス・ブフネリに属する新規な乳酸菌を提供することができる。当該乳酸菌は、経口組成物、特に発酵飲食物の発酵スターターとして有用である。
本発明により提供されるラクトバチルス・ブフネリに属する乳酸菌を使用することで、機能性成分であるGABA及びオルニチンを高含有しながらも、ヒスタミン及びチラミンを含まない発酵飲食物を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の乳酸菌をMRS液体培地で培養した発酵前後での培地中のグルタミン酸(Glu)、GABA、アルギニン(Arg)、及びオルニチン(Orn)の濃度(mg/L)を測定した結果を示す(実験例2)。
【
図2】本発明の乳酸菌を用いて豆乳を発酵させた豆乳発酵飲料(試験区1及び2)と発酵前の豆乳中のグルタミン酸(Glu)、GABA、アルギニン(Arg)、及びオルニチン(Orn)の濃度(mg/L)を測定した結果を示す(実験例3(1))。
【
図3】本発明の乳酸菌を用いて牛乳を発酵させた牛乳発酵飲料(試験区1及び2)と発酵前の牛乳中のグルタミン酸(Glu)、GABA、アルギニン(Arg)、及びオルニチン(Orn)の濃度(mg/L)を測定した結果を示す(実験例3(2))。
【
図4】本発明の乳酸菌を用いて麹発酵乳飲料を発酵させた飲料(発酵後)と発酵前の麹発酵乳飲料中のグルタミン酸(Glu)、GABA、アルギニン(Arg)、及びオルニチン(Orn)の濃度(mg/L)を測定した結果を示す(実験例3(3))。
【
図5】本発明の乳酸菌(ML530)、または比較用の乳酸菌(JCM1115)により発酵させたトマトジュース(図中、各々「ML530」、「JCM1115」と表記)と、乳酸菌なして発酵させたトマトジュース(図中、「Blank」と表記)のグルタミン酸(Glu)、GABA、アルギニン(Arg)、及びオルニチン(Orn)の濃度(mg/L)を測定した結果を示す(実験例3(4))。
【
図6】本発明の乳酸菌(ML530)、及び比較用の乳酸菌(JCM1115)を、それぞれグルタミン酸含有培地で培養した後に、培地中のグルタミン酸(Glu)及びGABAの濃度(g/L)を測定した結果を示す(実験例5)。図中、「Blank」は乳酸菌未添加で培養した培地について測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(I)新規乳酸菌及びその培養物
本発明が対象とする乳酸菌は、焼酎もろみに由来するラクトバチルス・ブフネリ(Lactobacillus
buchneri)に属する乳酸菌であって、下記(a)~(d)の特性を有することを特徴とする。
(a)グルタミン酸を代謝し、γ-アミノ酪酸(GABA)を生成する。
(b)アルギニンを代謝し、オルニチンを生成する。
(c)ヒスチジン存在下でヒスタミンを生成しない。
(d)チロシン存在下でチラミンを生成しない。
【0018】
これらの特性は、以下の試験により評価・確認することができる。
(a)グルタミン酸を代謝してGABAを生成する
乳酸菌におけるGABA生成能の有無の確認は、乳酸菌が生育可能なグルタミン酸含有培地を用いて乳酸菌を培養し、得られた培養物について、培養前(発酵前)と培養後(発酵後)のグルタミン酸濃度及びGABA濃度を求めることで実施することができる。培養前と比較して培養後の培養物中のグルタミン酸濃度が低下し、それに対応してGABA濃度が上昇している場合、当該乳酸菌は、前記(a)の特性を有すると判断することができる。この評価及び確認方法の詳細は、実験例1の記載に従って行うことができる。
【0019】
(b)アルギニンを代謝してオルニチンを生成する
乳酸菌におけるオルニチン生成能の有無の確認は、乳酸菌が生育可能なアルギニン含有培地を用いて乳酸菌を培養し、得られた培養物について、培養前(発酵前)と培養後(発酵後)のアルギニン濃度及びオルニチン濃度を求めることで実施することができる。培養前と比較して培養後の培養物中のアルギニン濃度が低下し、それに対応してオルニチン濃度が上昇している場合、当該乳酸菌は、前記(b)の特性を有すると判断することができる。この評価及び確認方法の詳細は、実験例1の記載に従って行うことができる。
【0020】
(c)ヒスチジン存在下でヒスタミンを生成しない
乳酸菌におけるヒスタミン生成能の有無の確認は、乳酸菌が生育可能なヒスチジン含有培地を用いて乳酸菌を培養し、得られた培養物について、培養前(発酵前)と培養後(発酵後)のヒスチジン濃度及びヒスタミン濃度を求めることで実施することができる。培養前と比較して培養後の培養物のヒスタミン濃度が上昇していない場合、特に培養前後で培養物のヒスチジン濃度に大きな変動がなく、培養後の培養物のヒスタミン濃度が上昇していない場合、当該乳酸菌は、前記(c)の特性を有すると判断することができる。この評価及び確認方法の詳細は、実験例1や実験例4の記載に従って行うことができる。
【0021】
(d)チロシン存在下でチラミンを生成しない
乳酸菌におけるチラミン生成能の有無の確認は、乳酸菌が生育可能なチロシン含有培地を用いて乳酸菌を培養し、得られた培養物について、培養前(発酵前)と培養後(発酵後)のチロシン濃度及びチラミン濃度を求めることで実施することができる。培養前と比較して培養後の培養物のチラミン濃度が上昇していない場合、特に培養前後で培養物のチロシン濃度に大きな変動がなく、培養後の培養物のチラミン濃度が上昇していない場合、当該乳酸菌は、前記(d)の特性を有すると判断することができる。この評価及び確認方法の詳細は実験例1や実験例4の記載に従って行うことができる。
【0022】
また、乳酸菌の属種(ラクトバチルス・ブフネリ)は、16S rRNA遺伝子の塩基配列により、定法に従い遺伝子データベースを用いてBLASTホモロジー検索を行うことで同定することができる。16S rRNA遺伝子の塩基配列が、Micro SEQ微生物同定ソフトウェア V3.0(Applied Biosystems, U.S.)に登録された公知のラクトバチルス・ブフネリ(Lactobacillus buchneri)の当該塩基配列と、相同性が98%以上、好ましくは99%以上、より好ましくは99.5%以上であれば、当該乳酸菌はラクトバチルス・ブフネリに属する乳酸菌であると判断することができる。この詳細は実験例1の記載に従って行うことができる。
【0023】
本発明の乳酸菌は、焼酎もろみ、好ましくは宮崎県の焼酎製造場から入手される焼酎もろみから単離される乳酸菌(グラム陽性、桿菌)の中から、上記(a)~(d)に記載する方法に従ってスクリーニングし、またその16S rRNA遺伝子の塩基配列を分析することで選抜することができる。斯くして選抜された本発明の乳酸菌を、宮崎県宮崎市佐土原町東上那珂16500-2に所在する宮崎県食品開発センターに分譲可能な状態で保存した。また、そのうちの一つ菌株にラクトバチルス・ブフネリML530と名称を付け、その継代株を、日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8に住所を有する独立行政法
人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)に「微生物の識別の表示:ML530」として、2020年1月22日(寄託日)に国内寄託した(受託番号:NITE P-03111)。
【0024】
本発明が対象とする乳酸菌は、焼酎もろみから単離された乳酸菌(初代菌株)に限らず、その特性(a)~(d)を有する限り、その子孫株も含まれる。なお、当該子孫株には、前記初代菌株を、培地を用いて継代培養することによって得られる乳酸菌株(継代株)だけでなく、初代菌株または継代株を、乳酸菌が生育可能な成分を含む組成物中で培養することで得られる乳酸菌株も含まれる。
【0025】
本発明の乳酸菌の培養は、それが生育可能な培地であれば、いかなる培地を使用して行うことができる。また、培養方法も特に制限されず、例えば、試験管培養、フラスコ培養、発酵槽による培養などにより実施することができる。具体的には、制限されないものの、例えば、乳酸菌培養に一般的に使用されるMRS培地を用い、乳酸菌が生育可能な条件(例えば、25~40℃、pH4~8程度)で培養する方法を挙げることができる。また本発明の乳酸菌の培養は、培地に限らず、乳酸菌が生育可能な成分を含む組成物中で行うこともできる。当該組成物には、乳酸菌が生育するうえで必要な成分に加えて、GABA生成基質であるグルタミン酸、及び/又は、オルニチン生成基質であるアルギニンを配合することもできる。本発明が対象とする乳酸菌の培養物は、こうした培養によって得られる培養物が含まれる。なお、本発明が対象とする培養物には、本発明の乳酸菌を生菌状態で含む培養物、及び死菌状態で含む培養物の両方が含まれる。後者の培養物は、本発明の乳酸菌を生菌状態で含む培養物を、物理的(例えば、加熱、加圧、紫外線処理など)または化学的(例えば薬物処理など)に殺菌処理されることで得られるものである。
【0026】
(II)新規乳酸菌またはその培養物の用途
前述する本発明の乳酸菌若しくはその培養物は、制限されないものの、好適には発酵スターターとして利用することができる。この場合の乳酸菌は生きた状態で使用される。当該発酵スターターは、経口組成物、主として飲食物の原料の発酵に使用される。当該発酵スターターを用いた発酵により、発酵飲食物を製造することができる。
【0027】
本発明の発酵スターターは、前述する本発明の乳酸菌を生きた状態で含むものであればよく、制限されないものの、例えば、本発明の乳酸菌の培養物、または培養物中の菌体を集菌したものを、乾燥した後、適当な賦形剤と混合した製剤形態を有するものであってもよい。
【0028】
本発明の発酵スターターは、本発明の乳酸菌またはその培養物からなるもの、または前述するように賦形剤等を含有するものであることができるが、本発明の効果を妨げないものであれば、発酵能を有する他の乳酸菌を組み合わせて含有するものであってもよい。他の乳酸菌としては、制限されないが、例えばラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・クレモリス(Lactococcus lactis subsp. cremoris)、ラクトコッカス・ラクティス・サブスピーシーズ・ラクティス・バイオバラエティ・ディアセチラクティス(Lactococcus lactis subsp. lactis biovar. diacetylactis)、ラクトバチルス・カゼイ・サブスピーシーズ・カゼイ(Lactobacillus casei subsp. casei)、ラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)などを挙げることができる。
【0029】
また、本発明の発酵スターターは、タンパク質やペプチドを分解してグルタミン酸及び/又はアルギニンを生成する能力を有する微生物を含有するものであってもよい。本発明の乳酸菌は、グルタミン酸を基質としてGABAを産生する能力と、アルギニンを基質としてオルニチンを生産する能力を有することから、前記の微生物と組み合わせて発酵スターターとすることで、有用アミノ酸であるGABAやオルニチンを高濃度含有する発酵飲食物を製造することが可能になる。
【0030】
本発明の発酵スターターは、発酵飲食物の製造に際して、本発明の乳酸菌の菌体濃度が104-106CFU/g程度となるように、発酵工程前の飲食物原料に接種されることが好ましい。本発明の発酵スターターは、前述するように、製剤形態を有するものであってもよいが、例えば、使用に際して、本発明の乳酸菌を、予め、例えば培地または製造に使用する飲食物原料を用いて培養し、107-109CFU/g培養物程度の菌濃度に調製したものを用いることもできる。
【0031】
本発明の乳酸菌を用いた発酵スターターによる発酵(培養)条件及び方法は、製造する経口組成物、例えば発酵飲食物の種類に応じて、適宜選択調整することができる。発酵(培養)条件として、制限されないものの、例えば、培養温度25~40℃、好ましくは30~35℃程度;培養pH条件4~8程度、好ましくはpH6程度;培養時間12~48時間程度、好ましくは18~24時間程度を挙げることができる。
【0032】
(III)経口組成物及びその製造方法
本発明が対象とする経口組成物は、前述する本発明の乳酸菌またはその培養物を含有することを特徴とする。本発明が対象とする経口組成物には、好ましくは飲食物が含まれる。当該経口組成物は、前述する本発明の乳酸菌またはその培養物に加えて、通常の飲食物と同様に、適当な可食性成分を含有したものを挙げることができる。当該経口組成物には、本発明の乳酸菌またはその培養物に加えて、通常の飲食物素材を利用して飲食物形態に調製したもの、及び適当な製剤学的に許容される賦形剤または希釈剤等の製剤用原料を利用して製剤形態(サプリメント形態)に調製したものが含まれる。当該サプリメント形態の飲食物には、具体的には錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、マイクロカプセル及びカプセル剤等の固形製剤、並びに液剤、懸濁剤、シロップ及び乳剤等の液状製剤の形態を有する飲食物が含まれる。
【0033】
本発明の乳酸菌は、前述するように、グルタミン酸を基質として有用アミノ酸であるGABAを産生する作用、並びにアルギニンを基質として有用アミノ酸であるオルニチンを産生する作用を有する。このため、本発明の好適な経口組成物は、本発明の乳酸菌を利用してグルタミン酸及びアルギニンを含む原料から製造される発酵組成物(発酵飲食物)であって、本発明の乳酸菌の上記作用に基づいて産生されたGABA及びオルニチンを含有するものである。この場合、最終の経口組成物に含まれている乳酸菌の生死状態は特に制限されず、死菌状態であってもよい。
【0034】
発酵飲食物の例として、制限されないものの、牛乳等の乳製品を原料として製造される乳製品発酵飲食物、豆を原料として製造される豆乳発酵飲食物、野菜や果実などの植物を原料として製造される野菜発酵飲食物や果実発酵飲食物、穀物(例えば、米、大麦、小麦、ライ麦、蕎麦、とうもろこし、ヒエ、粟、キビ等)または芋類を原料として製造される穀物・芋類発酵飲食物などを挙げることができる。ここで牛乳、豆、穀物または芋類を主とした原料(牛乳原料、豆原料、穀物原料、芋原料)としては、これらの原料に由来するタンパク質を含有するものであればよい。例えば、牛乳や豆の場合、牛乳または豆乳そのものであってもよいし、また脂質を除去または軽減したスキムミルクや脱脂粉乳などであってもよい。
【0035】
本発明の経口組成物、特に発酵飲食物は、本発明の乳酸菌またはその培養物を用いて、定法の発酵方法に従って製造することができる。例えば、本発明の乳酸菌が生育するのに必要な栄養源を含む適当な発酵原料、例えば牛乳、豆乳(大豆乳化液)、野菜類、果実類、穀物類、または芋類などの飲食物原料中で、本発明の乳酸菌を培養して、当該原料を発酵させることによって製造することができる。なお、乳酸菌またはその培養物を利用した発酵は、一般的には発酵スターター(種菌)を発酵原料(例えば、飲食物原料。以下、同じ)に接種して行われる。かかる発酵スターターとして、前述する本発明の発酵スターターを使用することができる。
【0036】
本発明で使用する発酵原料として、好ましくは、GABA及びオルニチンの生成基質であるグルタミン酸及びアルギニンを含むものである。グルタミン酸及びアルギニンに代えて、グルタミン酸及びアルギニンを生成し得る成分であってもよい。かかる成分としては、グルタミン酸又は/及びアルギニンを一部に有するペプチドまたはタンパク質を例示することができる。この場合、発酵原料には、当該ペプチドまたはタンパク質を加水分解する作用を有する成分が含まれていることが好ましい。かかる成分としては、前述するタンパク質やペプチドを分解してグルタミン酸及び/又はアルギニンを生成する能力を有する微生物、およびペプチターゼやプロテアーゼ等の酵素を例示することができる。
【0037】
また発酵原料には、必要に応じて本発明の乳酸菌の良好な生育のための発酵促進物質、例えばグルコース、澱粉、糖蜜、蔗糖、乳糖、デキストリン、ソルビトール、フラクトースなどの炭素源;酵母エキス、ペプトンなどの窒素源;ビタミン類、ミネラル類、脂肪酸類などを加えることができる。
【0038】
乳酸菌の接種量は、一般には発酵原料1g中に菌体濃度が約1×104 CFU/g以上、好ましくは106CFU/g以上の割合で含まれるように調整されることが好ましい。発酵(培養)条件及び方法は、製造する経口組成物、例えば発酵飲食物の種類に応じて、適宜選択調整することができる。発酵(培養)条件として、制限されないものの、例えば、培養温度25~35℃、好ましくは30℃程度;培養pH条件5~8程度、好ましくはpH6程度;培養時間12~48時間程度、好ましくは22~26時間程度を挙げることができる。
【0039】
本発明の乳酸菌またはその培養物を発酵スターターとして接種し、培養(発酵)されることで製造される経口組成物は、本発明の乳酸菌のオルニチン産生能に基づいて、オルニチンを含有する。このため、当該経口組成物を摂取(投与)することによってオルニチンに基づく有用な生体作用を得ることができる。具体的には、本発明の飲食品形態を有する経口組成物は、疲労回復作用、肝臓保護作用、腎臓保護作用、二日酔い解消作用、体臭予防、デトックス作用、成長ホルモン分泌促進作用に基づく種々の作用(新陳代謝の活性化、免疫力増強作用、筋力アップ作用、ダイエット作用、美肌作用)を目的(効能・効果)とする機能性飲食物として有効に使用することができる。なお、かかる経口組成物に含まれるオルニチンの量としては、制限されないが、オルニチンの機能発現には一般に400~800mg/日程度必要といわれているので(オルニチン研究会HP[<http://ornithine.jp/>]参照)、1日投与単位形態あたりにオルニチンが400~800mg程度、またはそれ以上の量含まれるように調製することが望ましい。
【0040】
また本発明の乳酸菌またはその培養物を発酵スターターとして接種し、培養(発酵)されることで製造される経口組成物は、本発明の乳酸菌のGABA産生能に基づいて、GABAを含有する。このため、当該経口組成物を摂取(投与)することによってGABAに基づく有用な生体作用を得ることができる。具体的には、本発明の飲食品形態を有する経口組成物は、ノルアドレナリン分泌抑制作用に基づく作用(例えば、血圧が高めのヒトに対する血圧上昇抑制作用)、興奮性神経伝達物質の抑制作用に基づく精神安定作用を初めとする種々の作用(例えば、不定愁訴・抑うつ・不眠・イライラ・倦怠感などの自律神経調節不良などの改善作用を含む)、成長ホルモンの分泌促進作用、中性脂肪低減作用、記憶学習促進作用、体重軽減作用(ダイエット作用)、脳の血流改善作用、ストレス緩和作用、腎・肝機能活性作用、疲労感軽減作用、アルコール代謝促進作用、睡眠の質(眠りの深さ、すっきりとした目覚め)改善作用などを目的(効能・効果)とする機能性飲食物として有効に使用することができる。なお、かかる経口組成物に含まれるGABAの量としては、制限されないが、GABAの有効摂取量の目安は一般に30mg/日以上といわれているので(佐々木ら、「ギャバ(GABA)の効能と有効摂取量に関する文献的考察」美味技術研究会誌No.15:32-37、2010、[https://www.jstage.jst.go.jp/article/bimi2002/2010/15/2010_32/_pdf/-char/ja]参照)、1日投与単位形態あたりにGABAが30mg以上の量含まれるように調製することが望ましい。
【0041】
斯くして本発明の経口組成物には、特定の機能を有し、健康維持または向上を目的として摂食される飲食物が含まれる。具体的には、整腸、腸内環境改善、疲労回復、肝臓保護、腎臓保護、二日酔い解消、体臭予防、デトックス、新陳代謝活性、免疫力増強、筋力アップ、ダイエット、血圧改善、ストレス緩和、疲労感の軽減、睡眠の改善および/または美肌の機能を有し、これをヘルスクレームとして当該用途に用いられる健康補助食品、健康機能食品、機能性表示食品、特定保健用食品、またはサプリメント等の飲食物が含まれる。
【0042】
前述するように、本発明の乳酸菌は、ヒスチジンやチロシンの存在下で培養しても、アレルギー様症状を引き起こすヒスタミン及びチラミンを生成しないことを特徴とする。このため、本発明の乳酸菌を用いて製造される発酵飲食物は、前述の作用を有することに加えて、ヒスタミン及びチラミンを含まないため、これらの成分に対してアレルギー様症状を示すヒトも安心して飲食できる、安全性の高い飲食物として提供することができる。
【実施例】
【0043】
以下に実験例を用いて本発明の構成及び効果を説明する。但し、本発明はこれらの実験例に何ら影響されるものではない。なお、特に言及しない場合、下記の実験は大気圧及び室温(25±5℃)条件下で実施した。また特に言及しない場合、「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0044】
また、以下の実験例で使用した培地組成と測定方法を下記の通りである。
1 培地組成
(1)MRS寒天培地(pH7)(1L中)
Proteose Pepton No.3 10.0 g
Beef Extract 10.0 g
Yeast Extract 5.0 g
Dextrose 20.0 g
Polysorbate 80 1.0 g
Ammonium Citrate 2.0 g
Sodium Acetate 5.0 g
Magnesium Sulfate 0.1 g
Manganese Sulfate 0.05 g
Dipotassium Phosphate 2.0 g
Agar 15.0 g/ L
【0045】
(2)MRS液体培地(pH6.5±0.2)(1L中)
Proteose Pepton No.3 10.0 g
Beef Extract 10.0 g
Yeast Extract 5.0 g
Dextrose 20.0 g
Polysorbate 80 1.0 g
Ammonium Citrate 2.0 g
Sodium Acetate 5.0 g
Magnesium Sulfate 0.1 g
Manganese Sulfate 0.05 g
Dipotassium Phosphate 2.0 g
【0046】
2 測定方法
(1)アミノ酸分析
アミノ酸分析は、ニンヒドリンを試薬とするポストカラム誘導体化法による高速アミノ酸分析計L-8900(株式会社日立ハイテクノロジーズ製)を用いて行った。具体的には、被験試料中に含まれているグルタミン酸、GABA、アルギニン、及びオルニチンの量を当該分析計推奨のマニュアルに従って分析した。
【0047】
(2)高速液体クロマトグラフ質量分析(LCMSMS分析)
ヒスタミン及びチラミンの定量は、下記条件に設定した高速液体クロマトグラフ質量分析計(LCMSMS)(株式会社エービー・サイエックス、API3200)を用いて行った。
【0048】
【0049】
実験例1 新規乳酸菌のスクリーニングと同定
宮崎県内の焼酎製造場から入手した焼酎もろみのうちヒスタミンが生成されない焼酎もろみを、乳酸菌培養用の滅菌処理済み平板培地(MRS寒天培地、pH7)に塗沫した。
これを嫌気条件で30℃で4日間培養し、ハローを形成した白色コロニーを、グラム染色して検鏡し、グラム陽性及び桿菌形状を有する乳酸菌であることを確認した。
【0050】
これらの乳酸菌を単離した後、乳酸菌のなかから、下記(a)~(d)の特性の全てを有する乳酸菌株をスクリーング(選抜)した。
(a)グルタミン酸を代謝し、GABAを生成する。
(b)アルギニンを代謝し、オルニチンを生成する。
(c)ヒスチジン存在下でヒスタミンを生成しない。
(d)チロシン存在下でチラミンを生成しない。
【0051】
これらの特性のうち(a)と(b)の特性を有する乳酸菌の選抜は、各菌株を、乳酸菌培養用の滅菌処理済み液体培地(MRS液体培地、pH6.5±0.2)に接種して、嫌気条件下、30℃で2日間静置培養し、得られた培養物を0.2μmメンブランフィルターでろ過したろ液をアミノ酸分析することで行われる。なお、MRS液体培地の成分のうち、Beef Extract及びYeast Extractには、グルタミン酸及びアルギニンが含まれている。
【0052】
具体的には、前記方法で調製したろ液に含まれているグルタミン酸、GABA、アルギニン、及びオルニチンの量を分析し、得られた値を、培養前のMRS液体培地中の各成分の含有量と比較して、増減を評価する。乳酸菌接種後の培養により、培地中のグルタミン酸が減量しGABAが増量している場合、当該乳酸菌は(a)の特性を備えていると判断することができる。同様に、乳酸菌接種後の培養によって培地中のアルギニンが減量しオルニチンが増量している場合、当該乳酸菌は(b)の特性を備えていると判断することができる。
【0053】
また、前記特性のうち(c)及び(d)の特性を有する乳酸菌の選抜は、各菌株を、グルコース3mlを添加した牛乳150mlに接種して、嫌気条件下、30℃で3日間静置培養し、得られた培養物を0.2μmメンブランフィルターでろ過したろ液を被験試料として、ヒスチジン、ヒスタミン、チロシン、及びチラミンの含有量を測定することで実施することができる。ちなみに、ヒスチジン及びチロシンの定量はアミノ酸分析により、またヒスタミン及びチラミンの定量はLCMSMS分析により、行うことができる。
【0054】
具体的には、前記方法で調製したろ液中に含まれているヒスチジン及びチロシンの量をアミノ酸分析により定量し、得られた値を、培養前の牛乳中のヒスチジン及びチロシンの含有量と比較して、増減を評価する。同様に、ろ液中に含まれているヒスタミン及びチラミンの量をLCMSMS分析により定量し、得られた値を、培養前の牛乳中のヒスタミン及びチラミンの含有量と比較して、増減を評価する。
【0055】
乳酸菌接種後の培養によっても、培地中のヒスタミンの含有量が有意に増加していない場合、当該乳酸菌は(c)の特性を備えていると判断することができる。同様に、培養によっても培地中のチラミンの含有量が有意に増加していない場合、当該乳酸菌は(d)の特性を備えていると判断することができる。
【0056】
焼酎もろみから単離した乳酸菌から、前述するスクリーニング方法により、(a)~(d)の特性の全てを有する乳酸菌を選抜した。
【0057】
これらの乳酸菌は、以下に示す菌学的性質を有している。
[形態学的性質]
1)グラム染色:陽性
2)胞子形成能:なし
3)運動性:なし
[生理学的性質]
1)ヘテロ型乳酸発酵
2)乳たんぱく分解性あり
3)カタラーゼ陰性
4)アラビノース、キシロースを資化し、スクロースを資化しない
5)リトマスミルクを凝固しない
【0058】
以上の特性を有する乳酸菌株について、それらの16S rRNA遺伝子の塩基配列について、遺伝子データベースであるMicro SEQ微生物同定ソフトウェア V3.0(Applied Biosystems, U.S.)を用いてBLASTホモロジー検索を行った。その結果、当該データベースに登録された公知のラクトバチルス・ブフネリ(Lactobacillus buchneri)との相同性は99.86%であった。この結果から、前記(a)~(d)の特性を有する焼酎もろみ由来の乳酸菌株を、ラクトバチルス・ブフネリに属する乳酸菌と同定した。
【0059】
これらの乳酸菌株を、宮崎県宮崎市佐土原町東上那珂16500-2に所在する宮崎県食品開発センターに分譲可能な状態で保存するとともに、そのうちの一つ菌株にラクトバチルス・ブフネリML530と名称を付け、その継代株を、日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8に住所を有する独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)に「微生物の識別の表示:ML530」として、2020年1月22日(寄託日)に国内寄託した(受託番号:NITE P-03111)。
本発明の乳酸菌を代表する菌株として、ラクトバチルス・ブフネリML530(以下、これを「本乳酸菌」または「ML530」とも称する)を用いて、以下の実験を行った。
【0060】
実験例2 本乳酸菌のGABA及びオルニチン生成能
前述する方法で選抜した本乳酸菌(ML530)を、前述するMRS液体培地に接種して、嫌気条件下で30℃で2日間静置培養した。
【0061】
得られた培養物(培養後)と培養前のMRS液体培地(培養前)について、各々0.2μmメンブランフィルターでろ過した後、ろ液中のグルタミン酸(Glu)、GABA、アルギニン(Arg)、及びオルニチン(Orn)濃度を、前述する高速アミノ酸分析計L-8900((株)日立ハイテクノロジーズ製)を用いて測定した。結果を
図1に示す。
【0062】
図1に示すように、培養前に培地中に存在していたグルタミン酸とアルギニンが減り、ほぼ全量がそれぞれGABAとオルニチンに変換されていることが確認できた。これから明らかな通り、本乳酸菌は、(a)グルタミン酸を代謝してGABAを生成する特性、及び(b)アルギニンを代謝してオルニチンを生成する特性を有している。
【0063】
実験例3 本乳酸菌を用いた発酵飲食物の製造
本乳酸菌を用いて、以下(1)~(4)の発酵を実施し、各種の発酵飲食物を製造した。
【0064】
(1)豆乳の乳酸発酵(発酵豆乳飲料の製造)
表2に示すように、滅菌した容器に豆乳150mLを入れ、これに本乳酸菌試料とグルコース水溶液(試験区1)、または本乳酸菌試料とグルコース水溶液とプロテアーゼ水溶液(試験区2)を添加して、嫌気条件下、30℃で3日間培養して発酵させた。なお、本乳酸菌試料として、本乳酸菌をMRS液体培地で嫌気条件下、30℃で2日間培養した培養物を用いた。また、グルコース水溶液は、グルコースを滅菌水に0.5g/mL濃度になるように溶解した水溶液を0.2μmメンブランフィルターでろ過したものを使用した。プロテアーゼ水溶液は、酸性プロテアーゼ(YP-SS、ヤクルト薬品工業株式会社製)を、滅菌水に0.1g/mL濃度になるように溶解した水溶液を0.2μmメンブランフィルターでろ過したものを使用した。
【0065】
【0066】
グルコース水溶液は、グルコースが乳酸菌が好んで資化する栄養素であることから、乳酸菌の生育をよくするために添加した。また、プロテアーゼ水溶液は、プロテアーゼによって豆乳中に含まれるタンパク質が分解されて、GABAとオルニチン生成の基質となるグルタミン酸とアルギニンの含有量を増加させる効果を期待して添加した。
【0067】
発酵前の豆乳、及び発酵後の試験区1、2について、実験例1に記載する方法でグルタミン酸(Glu)、GABA、アルギニン(Arg)、及びオルニチン(Orn)のそれぞれの濃度を測定した。結果を
図2に示す。
【0068】
図2に示すように、試験区1及び2とも発酵前よりGABA及びオルニチン量が増加していることが確認された。特にプロテアーゼを添加した試験区2で、GABA及びオルニチンの著しい増加が確認された。
【0069】
(2)牛乳の乳酸発酵(発酵牛乳飲料の製造)
前記豆乳に代えて、牛乳150mLについても、前述(1)と同じ方法で発酵試験を実施した。発酵前の牛乳、及び発酵後の試験区1、2について、実験例1に記載する方法でグルタミン酸(Glu)、GABA、アルギニン(Arg)、及びオルニチン(Orn)のそれぞれの濃度を測定した。結果を
図3に示す。
【0070】
図3に示すように、豆乳と同様に、試験区1及び2ともに、発酵前よりGABA及びオルニチン量が増加していることが確認された。特にプロテアーゼを添加した試験区2で、GABA及びオルニチンの著しい増加が確認された。
【0071】
(3)麹発酵乳飲料の乳酸発酵
前述する(1)と(2)において、プロテアーゼを含む試験区でGABA及びオルニチンの著しい増加がみられたため、プロテアーゼ生成菌である麹菌を用いて発酵した乳飲料(麹発酵乳飲料)に対して本乳酸菌を接種して培養し、麹発酵乳飲料を乳酸発酵させた。
【0072】
具体的には、甘酒用米麹(Aspergillus oryzae)と牛乳で製造した麹発酵乳飲料(百白糀:白水舎乳業製)150mLに、本乳酸菌試料0.1mLを添加して、30℃で3日間静置発酵し、実験例1と同じ手法でグルタミン酸(Glu)、GABA、アルギニン(Arg)、及びオルニチン(Orn)の濃度を測定した。結果を
図4に示す。
【0073】
図4に示すように、本乳酸菌による発酵後は、発酵前よりグルタミン酸とアルギニンが減少し、GABAとオルニチンが有意に増加していた。
【0074】
(4)トマトジュースの乳酸発酵(乳酸発酵トマトジュースの製造)
滅菌した容器に濃縮還元の100%トマトジュース(GABA28mg/190g含有、カゴメ株式会社製)を80mL入れ、これに、本乳酸菌(ML530)、または比較用の乳酸菌としてJCM1115(Lactobacillus buchneri,(Henneberg 1903) Bergey et al. 1923)を添加して、嫌気条件下、30℃で4日間培養した。なお、JCM1115は、トマトパルプから単離されたラクトバチルス・ブフネリに属する乳酸菌株である。その後、実験例1と同じ方法で、グルタミン酸(Glu)、GABA、アルギニン(Arg)、及びオルニチン(Orn)の濃度を測定した。結果を
図5に示す。
図5中、Blankは、乳酸菌を添加しないトマトジュース(対照区)の分析結果を指す。
【0075】
図5に示すように、比較乳酸菌JCM1115による発酵では、アルギニン代謝によるオルニチンの生成は認められたものの、グルタミン酸代謝によるGABAの生成は認められなかった。一方、本乳酸菌ML530による発酵では、アルギニン代謝によるオルニチンの生成に加えて、グルタミン酸代謝によるGABAの生成が認められた。このことから、グルタミン酸代謝によるGABA産生能は、ラクトバチルス・ブフネリに属する乳酸菌のすべてが有する特性ではないことが確認された。
【0076】
また、発酵後のトマトジュースについて、乳酸菌の生菌数の測定と、香りの官能評価(嗜好性評価)を実施した。
乳酸菌数は、発酵後のトマトジュース(ML530発酵ジュース、JCM1115発酵ジュース)、及び未発酵ジュース(Blank)を、各々100μL、MRS寒天培地に塗沫し、嫌気条件下、30℃で4日間培養して形成されたコロニー数から算出した。
【0077】
香りの官能評価(嗜好性評価)は、3検体(ML530発酵ジュース、JCM1115発酵ジュース、未発酵ジュース)(室温)の香りを鼻で嗅いでもらい、好ましい順に1~3位まで順位をつけてもらう形式にて実施した。なお、パネルとして、(1)官能評価経験者(20代~60代の6名)と、(2)官能評価未経験の大学生(20代の7名)の2グループを用意し、各グループで官能評価を実施してもらい、各グループ毎に平均順位を算出した。
【0078】
それぞれの結果を表3に示す。
表3に示すように、発酵ジュース中の乳酸菌の生菌数(残生菌数)は、本乳酸菌のほうが多かったことから、本乳酸菌は、発酵飲食物の製造に使用された場合でも、発酵飲食物中での生残率が高いことが確認された。
なお、各パネルにトマトの好き嫌いを聞いたところ、トマトが好きな人はBlank(未発酵ジュース)の順位を高く、トマトが嫌いな人はBlankの順位を低くつける傾向にあった。一方、ML530発酵ジュースには、トマトの好き嫌いにかかわらず(パネルの嗜好性に関係なく)、高評価が付けられていた。また、ML530発酵ジュースの感想としては「香りがマイルドでBlankより好ましい」との意見があった。このことから、本乳酸菌を用いて製造された発酵トマトジュースは、多くのヒトに好まれる香りを有していることが確認された。
【0079】
【0080】
実験例4 ヒスタミンおよびチラミン生成に関する本乳酸菌の特性評価
実験例3(1)~(3)で製造した各発酵飲食物について、0.2μmメンブランフィルターでろ過した後、得られたろ液を高速アミノ酸分析計((株)日立製作所製,L-8900)に供して、ヒスチジン及びチロシン濃度を測定した。また、同ろ液を高速液体クロマトグラフ質量分析計(LCMSMS)((株) エービー・サイエックス,API3200)に供して、ヒスタミン及びチラミン濃度を測定した。
【0081】
【0082】
表4から、いずれの飲料も、ヒスチジン及びチロシンの濃度に関わらず、発酵前後でヒスタミン及びチラミンの濃度はほぼ一定であり、本乳酸菌による発酵により、ヒスチジン及びチロシン存在下においてもヒスタミン及びチラミンは生成されないことが確認された。
このことから、本乳酸菌は、実際の発酵飲食物の製造に際しても、(c)ヒスチジン存在下でヒスタミンを生成しない特性、及び(d)チロシン存在下でチラミンを生成しない特性を発揮することが確認された。
【0083】
実験例5 本乳酸菌のGABA産生能の確認
本乳酸菌ML530のGABA産生能を評価するために、特許文献2に記載されているサイレージ由来のラクトバチルス・ブフネリCS-5株(FERM P-22044)のGABA産生能と比較した。
【0084】
本試験は、特許文献2の実施例3と同様の方法により実施した。具体的には、グラニュー糖(200g/L)と酵母エキス(25g/L)にグルタミン酸Na(50g/L)を添加した液体培地(風味液培地)(pH6.5~6.8に調整)に、同濃度のグラニュー糖と酵母エキスを含んだ液体培地で前培養した乳酸菌試料(本乳酸菌ML530、または比較乳酸菌JCM1115)を0.5mL加えて、嫌気条件下、35℃で5日間培養した。その後、得られた培養液について前述の実験例2と同じ方法で、グルタミン酸とGABAの濃度を測定した。結果を
図6に示す。
【0085】
図6中、「Blank」は、乳酸菌を添加しないで培養した液体培地の分析結果を指す。
図6に示すように、比較乳酸菌JCM1115では、実験例4と同様に、グルタミン代謝によるGABAの生成は認められなかった。一方、本乳酸菌ML530によれば、20g/Lの割合でGABAの生成が認められた。この生成量は、特許文献2の実施例3に記載されているCS-5株によるGABA生成量(約15g/L、
図4参照)よりも高い。また、特許文献2の実施例3では、CS-5株による発酵により培地中のグルタミン酸がほぼ無くなっていたのに対し、本乳酸菌による発酵では、発酵後(20g/LのGABA生成後)でも培地中にまだ5g/L以上のグルタミン酸が残存していた。このことから、CS-5株はグルタミン酸を別のアミノ酸に代謝している可能性がある一方で、本乳酸菌ML530株は、さらに培養を継続することでさらにGABA生成量の増加が見込まれることから、グルタミン酸からのGABA生成効率は、CS-5株よりML530株の方が優れていることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明の乳酸菌によれば、アレルギー様症状を引き起こすヒスタミン及びチラミンを含まず、機能性成分であるGABA及びオルニチンを高含有する飲食物の製造が可能となる。このため、市場の求める機能性食品のニーズに合わせた商品開発が可能となる。