(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-21
(45)【発行日】2024-05-29
(54)【発明の名称】リン酸カルシウムに対するタンパク質集積方法およびタンパク質を集積したリン酸カルシウム
(51)【国際特許分類】
A61L 27/12 20060101AFI20240522BHJP
A61L 27/02 20060101ALI20240522BHJP
A61L 27/22 20060101ALI20240522BHJP
A61L 27/34 20060101ALI20240522BHJP
【FI】
A61L27/12
A61L27/02
A61L27/22
A61L27/34
(21)【出願番号】P 2019135675
(22)【出願日】2019-07-23
【審査請求日】2022-05-12
(31)【優先権主張番号】P 2019133760
(32)【優先日】2019-07-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】501415752
【氏名又は名称】日本ファインセラミックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 治
(72)【発明者】
【氏名】濱井 瞭
(72)【発明者】
【氏名】土屋 香織
(72)【発明者】
【氏名】林 智洋
【審査官】高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-173795(JP,A)
【文献】Cells and Materials,1995年,Vol5, No.1,p.45-54
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61L 27/00-27/60
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸カルシウムにタンパク質を集積させる方法であって、
1~5mMのカルシウムイオンおよび0.5~3mMの無機リン酸イオンを含有し、25~45℃でpH6~8に調整された緩衝液を調製する緩衝液調製工程と、
前記緩衝液のカルシウムイオン含有量が1~2mMの場合には0.01~0.5mg・mL
-1
の範囲で、カルシウムイオン含有量が2~5mMの場合には0.01~1.5mg・mL
-1
の範囲で、タンパク質を前記緩衝液に溶解し、タンパク質含有緩衝液を調製するタンパク質含有緩衝液調製工程と、
前記タンパク質含有緩衝液にリン酸カルシウムを接触させるリン酸カルシウム接触工程と、を含んでいることを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸カルシウムに対するタンパク質集積方法およびタンパク質を集積したリン酸カルシウムに関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸八カルシウム(OCP、Ca8H2(PO4)6・5H2O)が、骨アパタイト結晶の前駆体であるといわれている。これは、ハイドロキシアパタイト(HA)との構造的な類似性(、溶液化学および理論的な溶解度分析に基づいている(例えば、非特許文献1参照)。合成OCPは、特定の合成条件で合成された場合、非焼結HAなどの他のリン酸カルシウム材と比較してより高い骨伝導性を持つことが認識されている(例えば、非特許文献2参照)。
【0003】
OCPの骨伝導性は、骨芽細胞の機能を活性化する能力だけでなく破骨細胞の形成促進によっても説明され、その刺激能力は、OCPが破骨細胞の分化だけでなく、OCP材料との直接的または間接的な接触による前駆細胞からの破骨細胞の形成をも増強することが証明されている(例えば、非特許文献10~12参照)。生理的骨リモデリングプロセスにおける破骨細胞吸収後の転化的骨形成は、アパタイト結晶核形成およびHAに関して周囲組織液の過飽和条件下での骨基質タンパク質上でのHAの成長を含むことが知られている(例えば、非特許文献13参照)。OCP上への新たな骨形成が結晶成長に関するそのような石灰化プロセス(例えば、非特許文献1参照)も含むと仮定することは合理的である。
【0004】
OCPは準安定相と考えられているため、HAに関して過飽和条件下で最も熱力学的に安定なHAに変換することができる(例えば、非特許文献1参照)。実際、OCPは様々な骨組織に埋入された場合、時間とともに徐々にアパタイト相に変換されることが示された(例えば、非特許文献2、3参照)。ミネラル結晶-マトリックスタンパク質の相互作用の観点から、骨石灰化プロセスは、通常、ミネラル結晶および組織特異的細胞、骨芽細胞および循環血清による分泌マトリックスタンパク質などのタンパク質との間の相互作用を伴って進行することが認められている(例えば、非特許文献7参照)。その結果、骨組織中に組織化されたミネラル/タンパク質複合体が形成される。
【0005】
以前のレクチン組織化学およびプロテオーム解析により、マウス頭蓋冠骨への移植時またはインビトロでのラット血清への浸漬により、非コラーゲン性血清タンパク質がOCP結晶の周囲に集積あるいは吸着することが示された(例えば、非特許文献8参照)。超微細構造レベルでの脱灰組織標本を用いた観察により、マウス頭蓋冠へのOCP移植における新しい骨形成がOCP-非コラーゲンタンパク質複合体からなる構造物上から開始されたことが確認された(例えば、非特許文献2参照)。さらに、超微細構造レベルでの非脱灰組織標本を用いた観察により、マウス頭蓋冠への移植後の個々のOCP結晶への新規ナノ結晶析出が実証された(例えば、非特許文献1参照)。その結果により、新しい骨形成がOCP上で起こっているかまたはOCPが溶解されている環境が、血清タンパク質の存在にかかわらず、実際に新しいリン酸カルシウム結晶形成を開始することができるある飽和レベルを有することが示唆されている。しかしながら、イオン濃度、主にカルシウムおよび無機リン酸イオンによって決定される飽和レベルが、血清タンパク質-OCP相互作用を強化または弱める可能性があるかどうかについては不十分であり、それはOCP材料の骨伝導性に影響し得ると考えられる。
【0006】
血清の組成は、HAに関して過飽和であり、OCPに対してほぼ飽和していると報告されている(例えば、非特許文献9参照)。これは、ラット頭蓋冠骨欠損に埋入されたOCPがアパタイト相に変換される傾向があるという以前の観察と矛盾しない(例えば、非特許文献3参照)。上記の破骨細胞様細胞吸収がOCP周辺の飽和レベルに影響を与える可能性に加えて、OCPと間葉系幹細胞由来細胞(ATDC5)の存在は培地中のカルシウムイオン濃度を増加させOCPが溶解したことが示されている(例えば、非特許文献10参照)。骨欠損に埋入されたOCPは骨形成中に、間葉由来細胞や炎症性免疫細胞などの他の細胞にも遭遇し、それによって細胞の溶解および再沈殿を調節されると考えられる。
ウシ血清アルブミン(BSA)の吸着は、OCP相に関して飽和条件下でラングミュア型単層吸着モデルによって十分に説明することができる(例えば、非特許文献11参照)。同様のモデルを用いて、HAへの唾液タンパク質およびアミノ酸の吸着が説明された(例えば、非特許文献12、13参照)。
【0007】
しかしながら、リン酸カルシウム相の安定性は過飽和度によって決定されると考えられ(例えば、非特許文献1参照)、タンパク質を含む他の成分は結晶相や結晶成長を調節すると考えられている(例えば、非特許文献14参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Suzuki, O. Acta Biomater. 2010, 6:3379-3387. doi : 10.1016/j.actbio.2010.04.002.
【文献】Suzuki, O.; Nakamura, M.; Miyasaka, Y.; Kagayama, M.; Sakurai, M. Bone formation on synthetic precursors of hydroxyapatite. Tohoku J Exp Med 1991, 164, 37-50, doi: 10.1620/tjem.164.37
【文献】Suzuki, O.; Kamakura, S.; Katagiri, T.; Nakamura, M.; Zhao, B.H.; Honda, Y.; Kamijo, R. Bone formation enhanced by implanted octacalcium phosphate involving conversion into Ca-deficient hydroxyapatite. Biomaterials 2006, 27, 2671-2681, doi:10.1016/j.boimaterials.2005.12.004.
【文献】Anada, T.; Araseki, A.; Matsukawa, S.; Yamasaki, T.; Kamakura, S.; Suzuki, O. Effect of octacalcium phosphate ionic dissolution products on osteoblastic cell differentiation. 2008; pp. 31-34.
【文献】Takami, M.; Mochizuki, A.; Yamada, A.; Tachi, K.; Zhao, B.; Miyamoto, Y.; Anada, T.; Honda, Y.; Inoue, T.; Nakamura, M., et al. Osteoclast Differentiation induced by synthetic octacalcium phosphate through receptor activator of NF-κ B ligand expression in osteoblasts. Tissue Engineering Part A 2009, 15, 3991-4000, doi:10.1089/ten.tea.2009.0065.
【文献】Lotsari, A.; Rajasekharan, A.K.; Halvarsson, M.; Andersson, M. Transformation of amorphous calcium phosphate to bone-like apatite. Nature Communications 2018, 9, 11, doi:10.1038/s41467-018-06570-x.
【文献】Aoba, T.; Shimazu, Y.; Taya, Y.; Soeno, Y.; Sato, K.; Miake, Y. Fluoride and apatite formation in vivo and in vitro. J Electron Microsc (Tokyo) 2003, 52, 615-625, doi:10.1093/jmicro/52.6.615.
【文献】Kaneko, H.; Kamiie, J.; Kawakami, H.; Anada, T.; Honda, Y.; Shiraishi, N.; Kamakura, S.; Terasaki, T.; Shimauchi, H.; Suzuki, O. Proteome analysis of rat serum proteins adsorbed onto synthetic octacalcium phosphate crystals. Analytical Biochemistry 2011, 418, 276-285, doi:10.1016/j.ab.2011.07.022.
【文献】Eidelman, N.; Chow, L.C.; Brown, W.E. Calcium phosphate saturation levels in ultrafiltered serum. Calcified Tissue International 1987, 40, 71-78, doi:10.1007/bf02555708.
【文献】Shibuya, I.; Yoshimura, K.; Miyamoto, Y.; Yamada, A.; Takami, M.; Suzawa, T.; Suzuki, D.; Ikumi, N.; Hiura, F.; Anada, T., et al. Octacalcium phosphate suppresses chondrogenic differentiation of ATDC5 cells. Cell and Tissue Research 2013, 352, 401-412, doi:10.1007/s00441-012-1548-8.
【文献】Suzuki, O.; Yagishita, H.; Yamazaki, M.; Aoba, T. Adsorption of bovine serum albumin onto octacalcium phosphate and its hydrolyzates. Cells and Materials 1995, 5, 45-54.
【文献】Aoba, T.; Moreno, E.C.; Shimoda, S. Competitive adsorption of magnesium and calcium-ions onto synthetic and biological apatites. Calcified Tissue International 1992, 51, 143-150, doi:10.1007/bf00298503.
【文献】Moreno, E.C.; Kresak, M.; Hay, D.I. Adsorption of molecules of biological interest onto hydroxyapatite. Calcified Tissue International 1984, 36, 48-59, doi:10.1007/bf02405293.
【文献】Moreno, E.C.; Varughese, K.; Hay, D.I. Effect of human salivary proteins on the precipitation kinetics of calcium phosphate. Calcified Tissue International 1979, 28, 7-16, doi:10.1007/bf02441212.
【文献】Suzuki, O.; Nakamura, M.; Miyasaka, Y.; Kagayama, M.; Sakurai, M. Maclura pomifera agglutinin-binding glycoconjugates on converted apatite from synthetic octacalcium phosphate implanted into subperiosteal region of mouse calvaria. Bone and Mineral 1993, 20, 151-166, doi:10.1016/s0169-6009(08)80024-4.
【文献】Moreno, E.C.; Margolis, H.C. Composition of human plaque fluid. Journal of Dental Research 1988, 67, 1181-1189, doi:10.1177/00220345880670090701.
【文献】Aoba, T.; Moreno, E.C. The enamel fluid in the early secretory stage of porcine amelogenesis: Chemical composition and saturation with respect to enamel mineral. Calcified Tissue International 1987, 41, 86-94, doi:10.1007/bf02555250.
【文献】Chen, M.C.; Lord, R.C. laser-excited raman-spectroscopy of biomolecules. VIII. conformational study of bovine serum-albumin. Journal of the American Chemical Society 1976, 98, 990-992, doi:10.1021/ja00420a021.
【文献】Kobayashi, K.; Anada, T.; Handa, T.; Kanda, N.; Yoshinari, M.; Takahashi, T.; Suzuki, O. Osteoconductive property of a mechanical mixture of octacalcium phosphate and amorphous calcium phosphate. Acs Applied Materials & Interfaces 2014, 6, 22602-22611, doi:10.1021/am5067139.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
リン酸カルシウム、特にOCPは、骨芽細胞および破骨細胞様細胞の活性とそれに付随するHA形成およびその表面上の血清タンパク質吸着、OCP自身の生体吸収と相まって新生骨の形成を促進することが示されている。これらに対し、任意のタンパク質を事前に必要量集積させることが出来れば、より生体材料としての有用性が向上すると考えられる。また必要量を集積させるにあたっては、従来の方法よりもより多量のタンパク質を効率よく集積させることができる方法が求められると考えられる。
【0010】
これに対し、本発明者らはOCPを含むリン酸カルシウム結晶上に同結晶相(OCP)が特異的に成長・析出する過飽和条件下でタンパク質の吸着が促進しうる原理を見出した。
【0011】
すなわち、過飽和度およびタンパク質の濃度を適切な範囲に制御することにより、結晶表面上に新たなタンパク質吸着サイトを有する結晶が生じること、析出に伴い結晶中にタンパク質を取り込むことでラングミュア式を超える量のタンパク質を高効率でリン酸カルシウムに集積させることができる。
【0012】
本発明は、リン酸カルシウムに対するタンパク質の集積量を向上・制御しうる方法およびタンパク質を集積したリン酸カルシウムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のリン酸カルシウムにタンパク質を集積させる方法は、1~5mMのカルシウムイオンおよび0.5~3mMの無機リン酸イオンを含有し、25~45℃でpH6~8に調整された緩衝液を調整する緩衝液調製工程と、前記緩衝液のカルシウムイオン含有量が1~5mMの場合には0.01~10mg・mL-1の範囲でタンパク質を前記緩衝液に溶解することによりタンパク質含有緩衝液を調製するタンパク質含有緩衝液調製工程と、前記タンパク質含有緩衝液にリン酸カルシウムを接触させるリン酸カルシウム接触工程とを含んでいることを特徴とする。
【0014】
前記タンパク質含有緩衝液調製工程において、前記タンパク質含有緩衝液調製工程において、0.05~5mg・mL-1の範囲でタンパク質を前記緩衝液に溶解することによりタンパク質含有緩衝液を調製することが好ましい。
【0015】
本発明のリン酸カルシウムは、吸着等温線の理論値を超えるタンパク質が集積されていることを特徴とする。
【0016】
OCP等のリン酸カルシウム結晶相に関する過飽和度(DS)が、カルシウムイオン濃度を変えることによって、25~45℃、pH6~8の緩衝液におけるリン酸カルシウムへのBSA等のタンパク質の集積が影響されるという知見に基づいて本発明に到った。当該DS値が増加するにつれて、リン酸カルシウムへのBSAの吸着量は増加した。さらに、新たに形成されたリン酸カルシウムは、DS値を増加させるだけでなく、タンパク質のより低い平衡濃度範囲でも促進された。タンパク質の集積容量の増加は吸着材としてのリン酸カルシウム上のリン酸カルシウムの形成に関連していると推定される。DS値だけでなく集積されるタンパク質の濃度にも依存するリン酸カルシウム結晶の形成が、インビボ条件に置かれた場合、リン酸カルシウム表面上のタンパク質の吸着量を制御することを示唆している。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】Ca1.5P1.0またはCa3.0P1.0溶液におけるBSAの平衡濃度に対するOCPの単位面積当たりの吸着量の測定結果に関する説明図。
【
図2A】Ca1.5P1.0のBSA溶液中でのインキュベーション前後のOCPのXRDパターンの測定結果に関する説明図。
【
図2B】Ca3.0P1.0のBSA溶液中でのインキュベーション前後のOCPのXRDパターンの測定結果に関する説明図。
【
図3A】Ca1.5P1.0でのインキュベーション後のOCPの1500~1800cm
-1の範囲の拡大ラマンスペクトルの測定結果に関する説明図。
【
図3B】Ca3.0P1.0でのインキュベーション後のOCPの1500~1800cm
-1の範囲の拡大ラマンスペクトルの測定結果に関する説明図。
【
図4A】インキュベーション前のOCPの明視野像。
【
図4B】0.50mg・mL
-1のBSAを含有するCa3.0P1.0溶液中でのインキュベーション後の試料の明視野像。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の一実施形態としてのリン酸カルシウムに細胞活性化タンパク質を集積させる方法は、(1)緩衝液調整工程と、(2)細胞活性化タンパク質含有緩衝液調整工程と、(3)リン酸カルシウム接触工程と、を含んでいる。
【0019】
(1)緩衝液調製工程において、1~5mMのカルシウムイオンおよび0.5~3mMの無機リン酸イオンを含有し、25~45℃でpH6~8に調整された緩衝液が調製される。(2)タンパク質含有緩衝液調製工程において、緩衝液のカルシウムイオン含有量が1~5mMの場合には0.01~10mg・mL-1の範囲でタンパク質を前記緩衝液に溶解することによりタンパク質含有緩衝液が調製される。(3)リン酸カルシウム接触工程において、タンパク質含有緩衝液にリン酸カルシウムを接触させる。
【0020】
タンパク質含有緩衝液調製工程において、0.05~5mg・mL-1の範囲でタンパク質を前記緩衝液に溶解することによりタンパク質含有緩衝液を調製することが好ましい。
【0021】
本発明の一実施形態としてのリン酸カルシウムは、吸着等温線の理論値を超えるタンパク質が吸着されている。
【0022】
「リン酸カルシウム」には、リン酸二水素カルシウム(Ca(H2PO4)2)(MCPA)、リン酸二水素カルシウム一水和物(Ca(H2PO4)2・H2O)(MCPM)、リン酸一水素カルシウム(CaHPO4)(DCPA)、リン酸一水素カルシウム二水和物(CaHPO4・2H2O)(DCPD)、リン酸三カルシウム(Ca3(PO4)2)(TCP)、リン酸八カルシウム(Ca8H2(PO4)6・5H2O)(OCP)、水酸アパタイト(Ca10(PO4)6(OH)2)(HAP、HA(ハイドロキシアパタイト)、フッ素アパタイト(Ca10(PO4)6F2)(FAP,フルオロアパタイト)、塩素アパタイト(Ca10(PO4)6Cl2)(クロロアパタイト)、炭酸アパタイト(炭酸含有水酸アパタイト)、アモルファスリン酸カルシウム(非晶質リン酸カルシウム、ACP)、リン酸四カルシウム(Ca4P2O9)(TTCP)およびピロリン酸カルシウム(Ca2P2O7)などが含まれている。
【0023】
「タンパク質」には、BMP-2 やBMP-7など一連のBMP、TFG-β、bFGF、FGF-2、PDGF、EGF、NGF、BDNF、G-CSF、GM-CSF、EPO、HGF、IGF、SDF-1、VEGF、ホルモン、サイトカインおよびケモカインなどの各種成長因子が含まれている。また、アルブミンを含む血清由来タンパク質もリン酸カルシウム等の生体材料の生体親和性向上に寄与すると考えられている。(例えば非特許文献8、15参照)
【0024】
(実施例)
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0025】
(1.材料と方法)
(1.1 OCPの調製)
OCPは、湿式合成法(非特許文献2参照)にしたがって、酢酸カルシウムとリン酸水素ナトリウムの水溶液とを混合することによって合成された。溶液から回収した沈殿物を、脱イオン水を用いて洗浄した。沈殿物が105℃で乾燥した後、沈殿物を粉砕し試験用篩(270メッシュ)を通過させ、直径53μm未満および比表面積16m2・g-1のOCPの顆粒を得た(非特許文献7参照)。
【0026】
(1.2 吸着実験)
HAおよびOCPに関して異なる過飽和度(DS)を有する溶液を得るため、CaCl2・2H2O、K2HPO4、およびトリスヒドロキシメチルアミノメタン(Tris)(富士フィルム和光純薬社製)超純水に添加し、1.5mM(M=mol・L-1)のカルシウムイオン(Ca2+)および1.0mMの無機リン酸(Pi)イオンまたは3.0mMのCa2+および1.0mMのPiイオンを含有する150mMのTris-HCl緩衝液を調製した。緩衝液のpHはHCl溶液を用いてpH7.4(37℃)に調整した。続いて各緩衝液に、0、0.20、0.25、0.50、0.75、1.0、 1.5mg・mL-1のウシ血清アルブミン(BSA、分子量:66kDa(Sigma-Aldrich社製))を添加した(調製用液)。
【0027】
過飽和条件下でのOCPに対するBSAの吸着挙動を分析するため、15mgのOCPの顆粒を、3mL、37℃の各調製溶液中に浸漬し転倒撹拌で1時間インキュベートした。混合物を3900rpmで3分間遠心分離し、上清中のBSA濃度をCBBプロテインアッセイ溶液(ナカライテスク社製)を用いて測定した(ブラッドフォード法)。試料はCaxPyBSAzと表わされる。ここで、x、yおよびzのそれぞれは、吸着実験で用いた溶液中のCa2+(Ca)、Piイオン(P)およびBSAのそれぞれの濃度を示している。
【0028】
(1.3 Ca2+およびPiイオン濃度の測定とDSの計算)
カルシウムEテストワコーおよびホスファCテストワコー(富士フイルム和光純薬社)のそれぞれを用いて、OCPの存在下および非存在下でのインキュベーション前後の、調製溶液中のCa2+およびPiイオンそれぞれの濃度を測定した。
【0029】
上清中のCa2+およびPiイオンの分析値を用いてインキュベーション前後の調製溶液中のHA、OCPおよびリン酸水素カルシウム二水和物(DCPD)に関するDS値を計算し、それぞれのリン酸カルシウム相について熱力学的安定性を推定した。DS値は、37℃、pH7.4におけるCa2+、Mg2+およびPiイオンの3つのマスバランスを考慮して計算した(非特許文献16、17参照)。この計算では、溶液中にHCO3-が存在すると仮定し、イオン対(CaH2PO4
+、CaHPO4
0、MgHPO4
0、CaHCO3
+およびMgHCO3
+)の存在を考慮した。ただし、計算に際してBSAの存在は勘案されず、Mg2+の濃度はほぼゼロに設定している。さらに、150mMのトリス濃度の代わりに150mMのNa+のバックグラウンド電解質を計算に用いた。DS値は、関係式(1)にしたがって、HA、OCPおよびDCPDに関するイオン活動積(IP)および溶解度積(Ksp)により計算した。
【0030】
DS=(IP/Ksp)1/ν ‥(1)。
【0031】
ここで、νはリン酸カルシウム中のイオンの数である(HAのνは「9」、OCPのνは「8」、DCPDのνは「2」である。)。HA、OCPおよびDCPDのそれぞれの溶解度積は7.36×10-60(mol・L-1)9、2.51×10-49(mol・L-1)8、および2.77×10-7(mol・L-1)2(非特許文献19参照)のそれぞれである。DS値が「1.0」、「1.0未満」および「1.0超」の場合、それぞれ「飽和」、「不飽和」および「過飽和」であることを示す。
【0032】
(1.4 過飽和溶液に浸漬する前後のOCPのキャラクタリゼーション)
調製溶液中でインキュベートしたOCPの顆粒を超純水で数回洗浄した後、凍結乾燥した。
【0033】
調製溶液に浸漬する前のOCP、および浸漬後のOCPを、粉末X線回折装置(XRD, MiniFlex 600(株式会社リガク製))を用いて分析した。測定は、単色CuKα線、40kV、15mAで、走査速度1.0°・min-1、走査範囲は2θ=3°から60°までステップ幅0.02°で行った。
【0034】
また、インキュベーション前後のOCPを、光学顕微鏡を備えたラマン分光計(Model Aparaman(LICIR社製))を用いて分析し、BSA由来のスペクトルの有無を確認した。
【0035】
インキュベーション前後のOCP結晶を透過型電子顕微鏡(FE-TEM;JEM-2100F(日本電子株式会社製))で観察しTEMの明視野像を得た。
【0036】
(2.結果)
(2.1 異なるDSを有する溶液中のOCPへのBSA集積容量の測定)
図1には、各調製溶液における、BSAの平衡濃度に対するOCPの単位面積当たりの吸着量が示されている。値は独立した3回の実験から得られた平均値を用いグラフのエラーバーは標準偏差値(SD)を示している。
図1に示されている破線は、本発明者らによって報告された、37℃、pH7.4におけるOCPについての飽和状態でのOCPへのBSAの吸着等温線を表わしており、ラングミュア式(関係式(2)参照)に基づいて得られた吸着定数から算出した結果のプロットである。(非特許文献11参照)。
【0037】
Q=KQ0C/(1+KC) ‥(関係式(2))。
【0038】
ここで、Qは吸着材への吸着質の吸着量、Cは吸着質の平衡濃度、Kは平衡定数、Q0は吸着質の飽和容量である。KおよびQ0の定数は、それぞれ1520mL・μmol-1と0.054μmol・m-2であり、これらは以前の吸着等温線から得られた(非特許文献11参照)。
【0039】
図1からわかるように、Ca1.5P1.0およびCa3.0P1.0の吸着等温線はいずれもラングミュア式に従わず、特にBSAの平衡濃度の比較的低い範囲において理論値を大きく上回る値を示した。
【0040】
(2.2 緩衝液中のCa2+およびPiイオン濃度の測定とDS値の計算)
【0041】
表1には、OCP顆粒へのBSA集積の間における溶液中のCa2+およびPiイオン濃度の変化の測定結果が示されている。Ca1.5P1.0およびCa3.0P1.0溶液中のこれらのイオン濃度は、OCP顆粒の浸漬後に減少した。これらの溶液中の計算されたDS値は、初期のDSおよびBSA濃度にかかわらず、OCPとのインキュベーション後に減少した。
【0042】
【0043】
これらのDS値のオーダーは、HA、OCPおよびDCPDのそれぞれに関して108~1012、100~101および10-1のそれぞれであり、これはインキュベーション後のこれらの溶液がそれぞれHAおよびOCPに関して過飽和およびわずかに過飽和であることを示している。HAおよびOCPに関するDS値は、Ca1.5P1.0と比較して、Ca3.0P1.0の方が高い傾向があった。
【0044】
(2.3 BSAを含む緩衝液に浸す前後のOCPのキャラクタリゼーション)
(2.3.1 XRD分析)
図2Aに、Ca1.5P1.0の調製溶液中でのインキュベーション前後のOCPのXRDパターンを示す。また、
図2Bは、Ca3.0 P1.0の調製溶液中でのインキュベーション前後のOCPのXRDパターンである。OCP結晶構造の(100)、(010)および(002)面に対応するピークは、それぞれ2θ=4.7°、9.8°および26°に検出される。OCPの(100)に対応するピークの強度はわずかに減少したが、これらの特徴的なOCPのピークは、調製溶液のDS値およびBSA濃度にかかわらず、インキュベーション後にも検出された。また、インキュベーション後のパターンでは、HAなどの他のリン酸カルシウムの結晶相に起因するピークは認められなかった。
【0045】
(2.3.2 ラマン分光法)
図3A、3Bにはそれぞれ、Ca1.5P1.0およびCa3.0P1.0でのインキュベーション前後のOCPの1500~1800cm
-1の範囲のラマンスペクトルを示した。インキュベーション後のスペクトルは代表としてBSA0およびBSA0.50のものを示した。
図3Aおよび
図3Bからわかるように、BSAを含む調製溶液に浸漬したOCPのスペクトルでは、BSAのアミドIII、トリプシンおよびフェニルアラニンのアミノ酸、ならびにアミドIに起因するピークが、1548cm
-1、1604cm
-1および1653cm
-1のそれぞれにおいて認められた(非特許文献18参照)。
【0046】
(2.3.3 TEM観察)
図4A、
図4Bのそれぞれには、インキュベーション前のOCPおよび0.50mg・mL
-1のBSAを含有するCa3.0P1.0でのインキュベーション後のOCPの明視野像が示されている。
図4Aの弱拡大像に示されているように、OCP結晶の典型的な形態である板状構造を有する粒子が観察された。
図4Bの弱拡大像に示されているように、この板状構造はインキュベーション後でも維持されていた。
図4Aの強拡大像に示されているように、インキュベーション前のOCPは平滑な表面を有していた。これに対し、
図4Bの強拡大像に示されているように、調製溶液中でインキュベーションされたOCPの表面に多数の凹凸が観察された。
【0047】
(2.3.4 キャラクタリゼージョン)
上記のインキュベーション後の調製溶液中のカルシウムイオンおよび無機リン酸イオン濃度の減少、XRDパターン、TEM像の結果から、TEM像で見られる表面の多数の凹凸は微細なOCP結晶であることが示唆される。
この結晶は核形成を経て、元の結晶あるいは新たに析出した結晶のいずれかが成長したものであると考えられる。
【0048】
(2.3.5 タンパク質の吸着)
本発明がラングミュア式で示される吸着等温線を超え効率よくタンパク質を集積させることができるのは、上記によって新たにタンパク質の吸着サイトが出現し、あるいは析出の際にタンパク質を取り込むことによるためであると考えられる。