(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-21
(45)【発行日】2024-05-29
(54)【発明の名称】再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法、及び酢酸ウラニル再生キット
(51)【国際特許分類】
G21F 9/10 20060101AFI20240522BHJP
C07C 53/10 20060101ALI20240522BHJP
C07C 51/43 20060101ALI20240522BHJP
G21F 9/06 20060101ALI20240522BHJP
【FI】
G21F9/10 G
C07C53/10
C07C51/43
G21F9/06 521B
G21F9/06 521E
G21F9/10 B
(21)【出願番号】P 2020143587
(22)【出願日】2020-08-27
【審査請求日】2023-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】高瀬 弘嗣
【審査官】後藤 大思
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-042541(JP,A)
【文献】米国特許第04567025(US,A)
【文献】TAKASE, Hiroshi et al.,Recycling of Uranyl acetate solution.,Microscopy,日本,2019年11月21日,Vol. 68, No. S1,PB-05,https://doi.org/10.1093/jmicro/dfz082
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G21F 9/00-9/36
C07C 53/10
C07C 51/43
C22B 60/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酢酸ウラニル、酢酸ウラニル以外の不純物及び水を含む原料液に、塩基を添加することにより、前記原料液中に前記塩基と酢酸ウラニルとの反応生成物の沈殿を生成させ、前記原料液から前記反応生成物の沈殿を回収することと、
回収した前記反応生成物の沈殿に、酢酸及び水を添加して、前記反応生成物の沈殿の少なくとも一部が溶解した酢酸水溶液を得て、前記酢酸水溶液中に酢酸ウラニルの沈殿が生成した後、前記酢酸ウラニルの沈殿を回収することと、
回収した前記酢酸ウラニルの沈殿に、水を含む溶媒を添加し、前記酢酸ウラニルの沈殿の少なくとも一部が溶解した再生酢酸ウラニル水溶液を得ることと、
を含む、再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法。
【請求項2】
回収した前記反応生成物の沈殿と、前記沈殿に添加する前記酢酸及び水と、の合計質量に対する、前記沈殿に添加する前記酢酸の質量が20~40質量%である、請求項1に記載の再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法。
【請求項3】
回収した前記反応生成物の沈殿に添加する前記酢酸及び水の合計の体積が、回収した前記反応生成物の沈殿の1.00gに対して、0.010ml~0.500mlである、請求項1又は2に記載の再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法。
【請求項4】
前記水を含む溶媒として、水又は酢酸水溶液を用い、
前記酢酸ウラニルの沈殿の1.0gに対して、水又は酢酸水溶液の0.1ml~10.0mlを添加する、請求項1~3の何れか一項に記載の再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法。
【請求項5】
前記塩基がアンモニアを含む、請求項1~4の何れか一項に記載の再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法。
【請求項6】
酢酸ウラニル、酢酸ウラニル以外の不純物及び水を含む原料液から、酢酸ウラニルを回収する目的で使用される酢酸ウラニル再生キットであって、
沈殿剤
と、溶剤Bと、を備えており、
前記沈殿剤は、水に溶解した酢酸ウラニルと反応して沈殿を生成する塩基を含
み、
前記溶剤Bは、酢酸ウラニルの沈殿を溶解させる溶剤であり、
前記溶剤Bは、水と、前記溶剤Bの総質量に対して0.1~10質量%の酢酸を含む、酢酸ウラニル再生キット。
【請求項7】
前記沈殿剤は、水とアンモニアを含む、請求項6に記載の酢酸ウラニル再生キット。
【請求項8】
前記沈殿を溶解させる溶剤Aをさらに備え、
前記溶剤Aは、水と、前記溶剤Aの総質量に対して50~100質量%の酢酸を含む、請求項6又は7に記載の酢酸ウラニル再生キット。
【請求項9】
固液分離の処理を行うためのフィルターユニットをさらに備えた、請求項6~
8の何れか一項に記載の酢酸ウラニル再生キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法、及び酢酸ウラニル再生キットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、電子顕微鏡観察に供される生体試料の染色に酢酸ウラニルが使用されている。酢酸ウラニルは劣化ウランから製造されることが多く、放射性を有するので国際規制物質の1つに指定されている。このため、使用許可を受けた施設でのみ使用が許可され、使用済みの廃液は各施設に永久保管することが義務づけられているが、酢酸ウラニルの廃液は増加する一方であり、その保管場所の確保に懸念が生じ始めている。
【0003】
酢酸ウラニルを含む廃液を減らすために、酢酸ウラニル水溶液を繰り返して再利用することが検討されている(非特許文献1参照)。しかし、生体試料に含まれる不純物等が酢酸ウラニル水溶液に混入することは防げず、再利用する度に不純物が増加するので、再利用する回数には限度がある。また、ガドリニウムやハフニウムを酢酸ウラニルの代替試薬として使用することが検討されているが、未だ酢酸ウラニルの性能に及ばない。このため、酢酸ウラニルの廃液は国際的に今後も増加すると予想される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】"Repeated use of uranyl acetate solution in section staining in transmission electron microscopy." Yamaguchi M., Shimizu M., Yamaguchi T., Ohkusu M., Kawamoto S. Plant Morphology, Vol. 17, No.1, Page. 57-59 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、酢酸ウラニルを含む廃液等から酢酸ウラニルを回収して、電子顕微鏡観察に供される試料の染色等に再び使用することが可能な再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法と、その製造方法に使用することが可能な酢酸ウラニル再生キットを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
[1] 酢酸ウラニル、酢酸ウラニル以外の不純物及び水を含む原料液に、塩基を添加することにより、前記原料液中に前記塩基と酢酸ウラニルとの反応生成物の沈殿を生成させ、前記原料液から前記反応生成物の沈殿を回収することと、
回収した前記反応生成物の沈殿に、酢酸及び水を添加して、前記反応生成物の沈殿の少なくとも一部が溶解した酢酸水溶液を得て、前記酢酸水溶液中に酢酸ウラニルの沈殿が生成した後、前記酢酸ウラニルの沈殿を回収することと、
回収した前記酢酸ウラニルの沈殿に、水を含む溶媒を添加し、前記酢酸ウラニルの沈殿の少なくとも一部が溶解した再生酢酸ウラニル水溶液を得ることと、
を含む、再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法。
[2] 回収した前記反応生成物の沈殿と、前記沈殿に添加する前記酢酸及び水と、の合計質量に対する、前記沈殿に添加する前記酢酸の質量が20~40質量%である、[1]に記載の再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法。
[3] 回収した前記反応生成物の沈殿に添加する前記酢酸及び水の合計の体積が、回収した前記反応生成物の沈殿の1.00gに対して、0.010ml~0.500mlである、[1]又は[2]に記載の再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法。
[4] 前記水を含む溶媒として、水又は酢酸水溶液を用い、前記酢酸ウラニルの沈殿の1.0gに対して、水又は酢酸水溶液の0.1ml~10.0mlを添加する、[1]~[3]の何れか一項に記載の再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法。
[5] 前記塩基がアンモニアを含む、[1]~[4]の何れか一項に記載の再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法。
[6] 酢酸ウラニル、酢酸ウラニル以外の不純物及び水を含む原料液から、酢酸ウラニルを回収する目的で使用される酢酸ウラニル再生キットであって、沈殿剤を備えており、前記沈殿剤は、水に溶解した酢酸ウラニルと反応して沈殿を生成する塩基を含む、酢酸ウラニル再生キット。
[7] 前記沈殿剤は、水とアンモニアを含む、[6]に記載の酢酸ウラニル再生キット。
[8] 前記沈殿を溶解させる溶剤Aをさらに備え、前記溶剤Aは、水と、前記溶剤Aの総質量に対して50~100質量%の酢酸を含む、[6]又は[7]に記載の酢酸ウラニル再生キット。
[9] 酢酸ウラニルの沈殿を溶解させる溶剤Bをさらに備え、前記溶剤Bは、水と、前記溶剤Bの総質量に対して0.1~10質量%の酢酸を含む、[6]~[8]の何れか一項に記載の酢酸ウラニル再生キット。
[10] 固液分離の処理を行うためのフィルターユニットをさらに備えた、[6]~[9]の何れか一項に記載の酢酸ウラニル再生キット。
【発明の効果】
【0007】
本発明の再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法によれば、タンパク質等の不純物を含むために再利用することが難しい、酢酸ウラニルを含む廃液から、酢酸ウラニルを再生して、電子顕微鏡観察に供される試料の染色に再び使用することができる。
本発明の酢酸ウラニルの再生キットによれば、上記の廃液から酢酸ウラニルを容易に再生することができる。再生した酢酸ウラニルは、電子顕微鏡観察に供される試料の染色に再び使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図2】実施例1で得た再生酢酸ウラニル水溶液を電子顕微鏡で観察した画像である。
【
図3】実施例1で原料液として使用した廃液を電子顕微鏡で観察した画像である。
【
図4】実施例1で得た再生酢酸ウラニル水溶液を用いてコラーゲンファイバーをネガティブ染色し、電子顕微鏡で観察した画像である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
《再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法》
本発明の第一態様は、下記工程(1)~(3)を有する再生酢酸ウラニル水溶液の製造方法である。
工程(1)は、酢酸ウラニル、酢酸ウラニル以外の不純物及び水を含む原料液に、塩基を添加することにより、前記原料液中に前記塩基と酢酸ウラニルとの反応生成物の沈殿を生成させ、前記原料液から前記反応生成物の沈殿を回収する工程である。
工程(2)は、回収した前記反応生成物の沈殿に、酢酸及び水を添加して、前記反応生成物の沈殿の少なくとも一部が溶解した酢酸水溶液を得て、前記酢酸水溶液中に酢酸ウラニルの沈殿が生成した後、前記酢酸ウラニルの沈殿を回収する工程である。
工程(3)は、回収した前記酢酸ウラニルの沈殿に、水を含む溶媒を添加し、前記酢酸ウラニルの沈殿の少なくとも一部が溶解した再生酢酸ウラニル水溶液を得る工程である。
本態様の製造方法は、上記以外の工程を有していてもよい。以下、各工程を説明する。
【0010】
・工程(1)
本工程で使用する、酢酸ウラニル、酢酸ウラニル以外の不純物及び水を含む原料液は、電子顕微鏡観察の試料作製に使用された廃液であってもよいし、前記廃液に含まれる不純物の一部を任意の方法で除去した(粗精製された)溶液であってもよいし、電子顕微鏡観察の試料作製以外の用途に使用された溶液であってもよい。
【0011】
原料液に含まれる酢酸ウラニルは水に溶解した状態にあるので、二水和物(UO2(CH3COO)2・2H2O)の化学式で表される状態にあると考えられる。水(20℃)に対する酢酸ウラニルの飽和溶解度は5質量%程度であり、電子顕微鏡観察用試料の染色に使用される酢酸ウラニル水溶液の濃度も1~5質量%程度である。
本態様で使用する原料液の総質量に対する酢酸ウラニルの濃度は、例えば1~5質量%とすることができる。
【0012】
原料液に含まれる不純物としては、例えば、生体試料から溶出したタンパク質、脂質、核酸、糖類等が挙げられる。また、生体試料の切片作成に使用された、アルコール、ホルマリン等も不純物として含まれることがある。また、酢酸ウラニルと塩基との反応を阻害しない範囲で、その他の物質が含まれていても構わない。
本態様で使用する原料液に含まれる固形の不純物は、フィルター濾過によって予め除去しておくことが好ましい。
【0013】
原料液に添加する塩基は、水に溶解した酢酸ウラニルと反応して、ウランを含む反応生成物の沈殿を生成するものであればよく、水に溶解したときに水酸化物イオン(OH-)を生成するアレニウス塩基が好ましい。好適な塩基としては、例えば、アンモニア、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。
【0014】
原料液にアンモニア又はアンモニア水を添加した場合、原料液中に含まれる酢酸ウラニルとアンモニアとが反応し、反応生成物としてアンモン錯体が形成される。アンモン錯体の主成分は、重ウラン酸アンモン((NH4)2U2O7)であると考えられる。生成したアンモン錯体の水に対する溶解度は低いため、廃液中に沈殿として生じる。
【0015】
原料液に水酸化ナトリウムを添加した場合、原料液中に含まれる酢酸ウラニルと水酸化ナトリウムとが反応し、反応生成物として重ウラン酸ナトリウム(Na2U2O7)が形成される。反応生成物の水に対する溶解性は低いため、原料液中に沈殿として生じる。
【0016】
原料液に添加する塩基の量は、原料液に含まれる酢酸ウラニルのモル量に対して、1~5当量が好ましく、2~4当量がより好ましく、2~3当量がさらに好ましい。
塩基の簡便な添加方法としては、塩基を原料液に徐々に添加しながら、原料液中に反応生成物の沈殿が形成されることを目視で確認し、塩基を新たに添加しても反応生成物の新たな沈殿が形成されないと判断した時点で、塩基の添加を終了する方法が挙げられる。
【0017】
原料液に添加する塩基は、予め水に溶解されていることが好ましい。
塩基としてアンモニアを用いる場合、アンモニア水に含まれるアンモニアの含有量は、アンモニア水の総質量に対して、例えば、20~40質量%が好ましい。
【0018】
塩基を添加する原料液の温度は特に制限されず、例えば、20~25℃程度の室温とすることができる。塩基を添加すると、通常は反応生成物の沈殿を直ぐに目視で確認できる。
【0019】
原料液中に生成した反応生成物の沈殿を回収する方法は特に制限されず、公知の固液分離法を適用することができる。例えば、フィルター濾過、遠心分離、デカンテーション等の方法が挙げられる。
【0020】
本工程で回収する沈殿に残留する水分の量を少なくする観点から、原料液から反応生成物の沈殿を回収する方法は、フィルター濾過又は遠心分離が好ましく、フィルター濾過がより好ましい。
フィルター濾過によってフィルター上に捕捉された沈殿は、水滴を含まず、微量の水分が付着した状態となる。
遠心分離によって遠沈管の底に形成された沈殿のペレットは、遠沈管に残る上澄み液をデカンテーションや吸引によって除去することにより回収される。この際、遠沈管の内壁に付着して残留した上澄み液が、遠沈管の底にあるペレットに滴らないように注意すれば、水滴を含まず、微量の水分が付着した状態の沈殿からなるペレットが得られる。
【0021】
酢酸ウラニル又は放射性物質の取り扱いに関する法的な規制によって、回収した沈殿を乾燥した粉末にすることが許可されない場合、微量の水分が付着した状態の沈殿を次の工程(2)に供する。
【0022】
本工程において、原料液に含まれる前記不純物は、原料液の水に溶けたまま残り、前記反応生成物の沈殿(目的のウランを含む沈殿)と分離される。
【0023】
前記反応生成物の沈殿を次の工程(2)に供する前に、沈殿を水で洗浄する等の任意の処理を加えてもよい。前記反応生成物は水に不溶性であるので、沈殿を水に懸濁して再度回収すると、沈殿に混入していた水溶性の不純物を除去することができる。
また、得られた沈殿を酢酸水溶液に溶解した後、再度、工程(1)を繰り返すことにより、不純物をさらに除去してもよい。
【0024】
・工程(2)
前記反応生成物の沈殿に、酢酸及び水を加え、前記沈殿の少なくとも一部が溶解した酢酸水溶液を得る。
【0025】
前工程で回収した沈殿は、重ウラン酸アンモン等の反応生成物の沈殿aであるのに対して、本工程で酢酸水溶液中に新たに生成する沈殿は酢酸ウラニルの沈殿bである。酢酸ウラニルの飽和溶解度は酢酸水溶液の酢酸濃度によって多少変化するが、高めに見積もって5~10質量%程度と考えてよい。
したがって、本工程で前記沈殿aに添加する酢酸水溶液の量は、前記沈殿aの少なくとも一部が溶解する量であって、前記沈殿aを溶解した酢酸水溶液中で形成された酢酸ウラニルの濃度が飽和に達して、前記沈殿bが生成しうる量である。また、前記沈殿aの別の一部は、溶解せずに固体状態のまま酢酸と反応し、酢酸ウラニルの沈殿bに変化し得る。
【0026】
前記沈殿aと、この沈殿aに添加する酢酸及び水との合計質量に対する、前記酢酸の質量が20~40質量%であることが好ましい。この好適な濃度であることによって、沈殿aを溶解した酢酸水溶液中で、前記沈殿bを得ることが容易になる。
【0027】
本工程で前記沈殿aに添加する酢酸及び水の合計の好適な体積は、例えば、微量の水分が付着した状態の沈殿aの1.00gに対して、0.010ml~0.500mlが好ましく、0.030ml~0.300mlがより好ましく、0.040ml~0.200mlがさらに好ましく、0.060ml~0.150mlが特に好ましく、0.080ml~0.120mlが最も好ましい。
上記範囲の下限値以上であると、前記沈殿aをより多く溶解することができ、酢酸ウラニルの再生効率が高まる。
上記範囲の上限値以下であると、前記沈殿bをより多く生成することができ、酢酸ウラニルの再生効率が高まる。
【0028】
本工程で前記沈殿aに添加する酢酸水溶液の好適な濃度は、前記沈殿aに含まれる固形分(不揮発成分)と水分の質量に応じて、次のように調整することが好ましい。
沈殿aの湿潤密度は、沈殿aに含まれる固形分と水分の質量を反映する。
湿潤密度の高い沈殿a(固形分が多い沈殿a)に対しては、相対的に高濃度の酢酸水溶液を添加することにより、沈殿aの固形分の溶解量を増やすことができる。また、添加する酢酸水溶液の体積を小さく抑制できるので、酢酸水溶液中における前記沈殿bの生成効率を高めることができる。
湿潤密度の低い沈殿a(固形分が少ない沈殿a)に対しては、相対的に低濃度の酢酸水溶液を添加して、沈殿aの固形分を充分に溶解することができる。また、添加した酢酸水溶液中の酢酸の量が過剰に多くなることを抑制できるので、酢酸水溶液中における前記沈殿bの生成効率を高めることができる。なお、酢酸量が過剰に多い場合、酢酸水溶液に対する酢酸ウラニルの飽和溶解度が高まり、酢酸ウラニルの沈殿の生成効率が落ちることがある。
【0029】
本工程で前記沈殿aに添加する酢酸水溶液に含まれる酢酸のモル量Qは、前記沈殿aの湿潤密度に応じて、調整することが好ましい。
例えば、沈殿aの湿潤密度が1.3g/cm3であり、沈殿体積が1cm3である場合、沈殿aに添加する酢酸のモル量Qは、1~10ミリモルであることが好ましい。
上記範囲であると、前記沈殿aを充分に溶解し、前記沈殿bをより容易に生成することができる。
【0030】
本工程で前記沈殿aに添加する酢酸水溶液の濃度は、(添加する酢酸のモル量Q)÷(添加する酢酸水溶液の体積)によって算出することができる。
例えば、沈殿aの湿潤密度が1.3g/cm3であり、沈殿体積が1cm3である場合、沈殿aに添加する酢酸水溶液の濃度は、5~15モル/Lであることが好ましい。
上記範囲であると、前記沈殿aを充分に溶解し、前記沈殿bをより容易に生成することができる。
【0031】
沈殿aの湿潤密度は、例えば次の方法で測定することができる。
まず、沈殿aを含む原料液の質量と体積を測定する。
次に、沈殿aを分取する際、沈殿aから分離した溶液aの質量と体積を測定する。ここで、沈殿aと溶液aの質量の和は、沈殿aを含む原料液の質量である。体積も同様である。
上記の各測定値から、分取した沈殿aの質量と体積が求められ、この質量を体積で除算することにより、沈殿aの湿潤密度が求められる。
【0032】
一方、沈殿aの湿潤密度を測定せずに、簡便に実施する場合、次の方法が挙げられる。
前記沈殿aの湿った状態の質量(水滴を含まず、微量の水分が付着した状態の質量)1.00gに対して、濃度50~70質量%の酢酸水溶液を、好ましくは0.010ml~0.500ml、より好ましくは0.030ml~0.300ml、さらに好ましくは0.040ml~0.200ml、特に好ましくは0.060ml~0.150ml、最も好ましくは0.080ml~0.120ml、の体積量で添加する。
上記範囲の下限値以上であると、前記沈殿aをより多く溶解することができ、酢酸ウラニルの再生効率が高まる。
上記範囲の上限値以下であると、前記沈殿bをより多く生成することができ、酢酸ウラニルの再生効率が高まる。
上記の簡便な方法によれば、沈殿aの湿式密度を測定して厳密に実施する場合と比べて、沈殿bの生成効率が多少低くなる場合はあるが、良好な結果が得られることが多い。
【0033】
前記沈殿aの少なくとも一部が溶解した酢酸水溶液では、沈殿aの溶解が進行すると、酢酸水溶液中の酢酸ウラニルの濃度が高まる。酢酸水溶液中の酢酸ウラニルの濃度が、飽和濃度に達すると、酢酸溶液中で酢酸ウラニルの沈殿bの生成が開始する。沈殿aの溶解と沈殿bの生成は、同時に進行し得る。沈殿aの量が多く、沈殿aが溶け残った状態で沈殿bの生成が開始する場合には、沈殿aと沈殿bの混合を避けるために、溶け残った沈殿aを沈殿bの生成開始前に予め除去した酢酸水溶液を得てもよい。沈殿aの溶解と、沈殿bの生成との間には多少のタイムラグがあるので、この際に溶け残った沈殿aを除去し、酢酸ウラニルが飽和溶解度に達した酢酸水溶液を得ることができる。
【0034】
酢酸水溶液中での沈殿bの生成は、酢酸水溶液中に溶解した酢酸ウラニルの量が、沈殿bの形成により飽和溶解度を充分に下回ると、終了する。沈殿bの生成は、酢酸水溶液を目視することにより確認できる。目視で新たな沈殿bが生成しなくなったら、生成が終了したと考えてよい。
【0035】
前記沈殿bを生成させる前記酢酸水溶液の温度は特に制限されず、例えば、20~25℃程度の室温とすることができる。
前記沈殿aに酢酸水溶液を添加した後、例えば1時間~24時間程度経過する間に、前記酢酸水溶液中に前記沈殿bの生成を目視で確認することができる。もしも、沈殿bの生成が遅い場合には、前記酢酸水溶液を0~4℃程度に冷却して沈殿bの生成を促進してもよい。
【0036】
前記酢酸水溶液に生成した前記沈殿b、すなわち酢酸ウラニルの沈殿、を回収する方法は特に制限されず、公知の固液分離法を適用することができる。例えば、フィルター濾過、遠心分離、デカンテーション等の方法が挙げられる。
【0037】
本工程で回収する酢酸ウラニルの沈殿に残留する水分の量を少なくする観点から、前記酢酸水溶液から前記沈殿を回収する方法は、フィルター濾過又は遠心分離が好ましく、フィルター濾過がより好ましい。
フィルター濾過又は遠心分離によって、水滴を含まず、微量の水分が付着した状態の沈殿を得る方法は、前述の通りである。
【0038】
酢酸ウラニル又は放射性物質の取り扱いに関する法的な規制によって、回収した酢酸ウラニルの沈殿を乾燥した粉末にすることが許可されない場合、微量の水分が付着した状態の沈殿を次の工程(3)に供する。
【0039】
原料液に含まれていた前記不純物が前記沈殿aに残留していたとしても、本工程の処理により、前記不純物は、酢酸水溶液中に溶けたまま残るか、酢酸水溶液に溶けずに残った沈殿aとともに除去され、酢酸ウラニルの沈殿(沈殿b)と分離される。
なお、原料液に含まれていた前記不純物が多く、前記沈殿bに未だ前記不純物が混入している場合には、前記沈殿bを水等に溶解して得た酢酸ウラニル水溶液を原料液として、再度、工程(1)~(2)を繰り返してもよい。
【0040】
・工程(3)
前工程で得た酢酸ウラニルの沈殿に、水を含む溶媒を添加し、前記酢酸ウラニルの沈殿の少なくとも一部が溶解した再生酢酸ウラニル水溶液を得る。
前記水を含む溶媒は、水であってもよいし、酢酸水溶液であってもよい。少量の酢酸を含む酢酸水溶液であると、溶解した酢酸ウラニルの安定性を高められる。したがって、前記溶媒に含まれる酢酸の含有量は、前記溶媒の総質量に対して0.1~10質量%が好ましく、0.5~5質量%がより好ましく、1~3質量%がさらに好ましい。
【0041】
酢酸ウラニルの沈殿に添加する前記溶媒の量は特に制限されない。一般に水(20℃)に対する酢酸ウラニルの飽和溶解度は5質量%程度とされている。例えば、酢酸ウラニルの沈殿の1gに対して、19gの溶媒を添加すると、総質量20g、酢酸ウラニル濃度5質量%の再生酢酸ウラニル水溶液が得られる。また、例えば、酢酸ウラニルの沈殿の1gに対して、9gの溶媒を添加すると、酢酸ウラニルの沈殿の約0.5gは溶解し、残り約0.5gは溶解せずに残り、総質量約9.5g、酢酸ウラニル濃度約5質量%の再生ウラニル水溶液が得られる。余分な酢酸ウラニルの沈殿は、フィルター濾過等により除去することができる。
【0042】
本工程においては、酢酸ウラニルの沈殿の全てを溶解せず、一部のみを溶解させることが好ましい。一部のみを溶解させることにより、溶解せずに残る沈殿に、水又は酢酸水溶液に対する溶解性が相対的に低い不純物を留めることができる。
上記の観点から、本工程において、前工程で得た酢酸ウラニルの沈殿の1.0gに対して添加する水又は酢酸水溶液の量は、0.1ml~10.0mlが好ましく、0.5ml~5.0mlがより好ましく、1.0ml~3.0mlがさらに好ましい。
【0043】
本工程に供される酢酸ウラニルの沈殿の質量は、簡便に、沈殿が湿った状態の質量(沈殿が水滴を含まず、微量の水分が付着した状態の質量)としてよい。
【0044】
以上の工程(1)~(3)により、不純物を含む原料液から、不純物と分離した酢酸ウラニルの沈殿を得て、この沈殿を溶解することにより、清浄な酢酸ウラニル水溶液が得られる。ここで得た酢酸ウラニル水溶液は、原料液から酢酸ウラニルを回収して再生していることから、再生酢酸ウラニル水溶液と呼称する。
【0045】
≪酢酸ウラニル再生キット≫
本発明の第二態様は、酢酸ウラニル、酢酸ウラニル以外の不純物及び水を含む原料液から、酢酸ウラニルを回収する目的で使用される酢酸ウラニル再生キット(以下、単に再生キットという。)である。
【0046】
再生キットは、少なくとも沈殿剤を備える。前記沈殿剤は塩基を含む。この塩基は、水に溶解した酢酸ウラニルと反応し、ウランを含む反応生成物の沈殿を生成するものであればよい。好適な塩基は、第一態様の原料液に添加する塩基と同様である。
【0047】
前記沈殿剤としては、例えば、水と、アンモニアとを含むアンモニア水が挙げられる。アンモニア水に含まれるアンモニアの含有量は、アンモニア水の総質量に対して、例えば、20~40質量%とすることができる。
前記沈殿剤としては、例えば、水と、水酸化ナトリウムとを含む水酸化ナトリウム水溶液が挙げられる。
前記沈殿剤を使用して、第一態様の工程(1)を実施することができる。
【0048】
再生キットは、前記反応生成物の沈殿を溶解させる溶剤Aをさらに備えていてもよい。
溶剤Aは、水と、溶剤Aの総質量に対して50~100質量%の酢酸を含む。
溶剤Aを使用して、第一態様の工程(2)を実施することができる。
【0049】
再生キットは、酢酸ウラニルの沈殿を溶解させる溶剤Bをさらに備えていてもよい。
溶剤Bは、水と、溶剤Bの総質量に対して0.1~10質量%の酢酸を含む。
溶剤Bを使用して、第一態様の工程(3)を実施することができる。
【0050】
再生キットは、フィルターユニットを備えていてもよい。
フィルターユニットは、沈殿を含む液体を導入する導入部と、沈殿を捕捉し得るフィルターと、前記フィルターを通過した液体を排出する排出部と、を備えていることが好ましい。例えば、導入部がフィルターの一方の面に接しており、排出部がフィルターの他方の面に接している構成が挙げられる。前記フィルターの一方の面から他方の面に向けて前記液体を通過させると、前記液体に含まれる前記沈殿を前記フィルターの一方の面に捕捉することができる。
【0051】
フィルターユニットを使用して、前記沈殿剤によって生じた前記反応生成物の沈殿を濾過により分取したり、溶剤Aによって生じた酢酸ウラニルの沈殿を濾過により分取したり、溶剤Bに溶解せずに残留した沈殿と、再生酢酸ウラニル水溶液とを分離したりすることができる。
【実施例】
【0052】
[実施例1]
図1に示すフロー図に従って、以下の実験を行った。
電子顕微鏡観察を行う生物学的試料のネガティブ染色に使用された酢酸ウラニル水溶液の廃液を準備した。この廃液には酢酸ウラニルが0.5~5質量%の濃度で含まれ、その他に生物学的試料から溶出したタンパク質等の不純物が溶解している。
上記の廃液100mlを攪拌しながら、アンモニア水溶液28%を少しずつ添加し、得られた廃液(混合液)中に重ウラン酸アンモンを含む黄色の沈殿を生じさせた。この混合液中に目視で新たな沈殿が生じなくなるまでアンモニア水溶液を添加した。
続いて、上記の混合液50mlを2300Gで5分間の遠心分離を行い、上澄み液を除去して、黄色の沈殿を回収した。
上記の沈殿に逆浸透膜処理を行った水(RO水)50mlを加え、沈殿を水中で攪拌した後、遠心分離を行い、水溶性の不純物を含むRO水の上澄み液を除去して、黄色の沈殿を回収した。
【0053】
上記で得た黄色の沈殿をRO水25mlに懸濁し、酢酸を滴下してpH4に調整した。これにより、沈殿中のウラン酸アンモンの少なくとも一部が酢酸ウラニルとなって溶解し、酢酸ウラニル水溶液25mlを得た。酢酸ウラニル水溶液中に残った沈殿は不純物であると考えられるので、遠心分離によって除去した。得られた上澄み液をさらにフィルター濾過することにより、沈殿を除去した酢酸ウラニル水溶液25mlを得た。
上記で得た酢酸ウラニル水溶液25mlを攪拌しながら、アンモニア水溶液28%を少しずつ添加し、得られた混合液中にウラン酸アンモンを含む黄色の沈殿を生じさせた。この混合液中に目視で新たな沈殿が生じなくなるまでアンモニア水溶液を添加した。
続いて、上記の混合液を2300Gで5分間の遠心分離を行い、上澄み液を除去して、黄色の沈殿を回収した。
上記の沈殿にRO水を加え50mlとし、沈殿を水中で攪拌した後、遠心分離を行い、水溶性の不純物を含むRO水の上澄み液を除去して、黄色の沈殿を回収した。
【0054】
上記で得た沈殿0.2gに、60質量%濃度の酢酸水溶液20μLを添加した。ここでは、沈殿重量の1/10の重量の酢酸水溶液を添加し、得られた酢酸水溶液の総質量に対する酢酸濃度が約30質量%となるようにした。
次に、上記で得た酢酸水溶液を撹拌することにより、沈殿を溶解し、酢酸ウラニルが溶解した酢酸水溶液(酢酸ウラニル水溶液)を得た。
続いて、溶け残った沈殿を遠心分離で除去し、得られた酢酸ウラニル水溶液を20℃の室温でしばらく静置すると、静置開始から10分経過する頃から、酢酸ウラニルの沈殿が目視で観察できる程度に生じ始め、静置開始から60分経過する頃まで沈殿が増えた。この酢酸ウラニルの沈殿を含む水溶液を7000Gで5分間の遠心分離を行い、不要な不純物を含む上澄み液を除去して、黄色の酢酸ウラニルの沈殿を回収した。
【0055】
以上の方法で得た精製済み酢酸ウラニルの沈殿に対して、1質量%濃度の酢酸水溶液200μLを添加して撹拌することにより、酢酸ウラニルの沈殿の一部が溶解した再生酢酸ウラニル水溶液0.2mlを得た。ここでは、沈殿重量と同じ重量の酢酸水溶液を添加した。酢酸ウラニル水溶液の飽和濃度は5質量%程度であるので、酢酸ウラニル沈殿の全てが溶解することはなく、一部が沈殿として残った。この沈殿を遠心分離で除去し、再生酢酸ウラニル水溶液を得た。
上記で得た再生酢酸ウラニル水溶液(酢酸ウラニル濃度4~5質量%)は、室温で静置して時間が経過しても、沈殿が新たに生じることは殆どなかった。
【0056】
電子顕微鏡で一般的に使用されるカーボン支持膜付きグリット上に、上記で得た再生酢酸ウラニル水溶液を塗布して、塗布した領域を電子顕微鏡で観察したところ、
図2に示す通り、平滑なグリッド面のみが観察され、不純物は観察されなかった。
また、別のカーボン支持膜付きグリット上に、精製する前の上記廃液を塗布して、塗布した領域を電子顕微鏡で観察したところ、
図3に示す通り、平滑なグリッド面の上に、多数の不純物の塊が観察された。
【0057】
上記で得た再生酢酸ウラニル水溶液(酢酸ウラニル濃度4~5質量%)を染色液として用い、常法により、マウスから抽出したコラーゲンファイバーをネガティブ染色して、電子顕微鏡で観察した。その結果、
図4に示す通り、新品の酢酸ウラニル水溶液を使用した場合と同様の高画質な画像が得られた。
【0058】
以上で説明した各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、公知の構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、細胞や組織切片を染色する技術分野、例えば、病理診断や細胞組織学の研究などの医学及び医療分野に広く適用できる。