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  • 特許-鋼材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-21
(45)【発行日】2024-05-29
(54)【発明の名称】鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240522BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20240522BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20240522BHJP
   C22C 30/02 20060101ALI20240522BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/54
C22C30/00
C22C30/02
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020182368
(22)【出願日】2020-10-30
(65)【公開番号】P2022072751
(43)【公開日】2022-05-17
【審査請求日】2023-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】竹田 貴代子
(72)【発明者】
【氏名】正木 康浩
(72)【発明者】
【氏名】橘 幸男
(72)【発明者】
【氏名】広田 憲亮
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-324246(JP,A)
【文献】特開平11-172410(JP,A)
【文献】国際公開第2018/003887(WO,A1)
【文献】特開2019-065313(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0056257(US,A1)
【文献】国際公開第2008/087807(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C22C 30/00 - 30/02
C22C 19/00 - 19/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.05~0.10%、
Si:0.10~0.50%、
Al:3.0~6.0%、
Mn:0.30~1.50%、
P:0.05%以下、
S:0.02%以下、
N:0.01%以下、
Ni:25.0~40.0%、
Cr:17.0~25.0%、
B:0.0015~0.0080%、
Ti:0.15~0.60%、
残部:Feおよび不純物である、鋼材。
【請求項2】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、
Cu:0.75%以下、および
Mo:0.20%以下、
からなる群から選択される一種以上を含有する、請求項1に記載の鋼材。
【請求項3】
sol.Alを2.8~6.0%、
含有する、請求項1または2に記載の鋼材。
【請求項4】
ISプロセスの装置および配管に用いられる、請求項1~3のいずれか1項に記載の鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素を発生させないクリーンなエネルギー源として、水素エネルギーが注目されている。そして、水素をエネルギー源として活用するため、種々の水素製造プロセスが開発されている。例えば、その一例として、ISプロセスが知られている。ISプロセスは、原子力発電などにより生じる高温の熱源を利用して、水の熱分解を生じさせ、水素を製造するプロセスであり、大量に水素を製造するのに適したプロセスである。
【0003】
このISプロセスでは、下記の(1)~(4)式に示すように、硫酸とヨウ化水素とを熱分解させることで、水素を製造する。そして、(1)~(4)式においては、ヨウ素および二酸化硫黄が循環するため、全体反応としては、下記(5)式に示すように、水の熱分解反応が生じる。
【0004】
ISプロセスが行われるプラントでは、このように、高温の蒸気と強酸とが常に存在する状態であり、プラント内の装置および配管は、厳しい腐食環境で使用される。このため、例えば、特許文献1では、ISプロセスでの実施を想定し、良好な耐食性を有するオーステナイト合金材が開示されている。
【0005】
SO→SO+HO・・・(1)
SO→SO+1/2O・・・(2)
2HI→H+I・・・(3)
SO+I+2HO→2HI+HSO・・・(4)
O→H+1/2O・・・(5)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2018/003887号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、ISプロセスにおいては、反応の促進に用いる触媒の性能を向上させる研究が進められており、上述した装置および配管は、さらに厳しい腐食環境に曝されることが予想される。このため、これらに用いられる材料には、さらに優れた耐食性が要求される。したがって、特許文献1に開示されたオーステナイト合金材は、耐食性に関し、さらに改善の余地があると考えられる。
【0008】
また、配管および装置の形状に加工する点と、耐久性の点から、上記材料には、耐食性に加えて、加工性および強度も要求される。
【0009】
以上を踏まえ、本発明は、上記の課題を解決し、ISプロセスを実施する環境下においても優れた耐食性を発揮し、かつ良好な加工性および強度を有する鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記の鋼材を要旨とする。
【0011】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.05~0.10%、
Si:0.10~0.50%、
Al:3.0~6.0%、
Mn:0.30~1.50%、
P:0.05%以下、
S:0.02%以下、
N:0.01%以下、
Ni:25.0~40.0%、
Cr:17.0~25.0%、
B:0.0015~0.0080%、
Ti:0.15~0.60%、
残部:Feおよび不純物である、鋼材。
【0012】
(2)前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、
Cu:0.75%以下、および
Mo:0.20%以下、
からなる群から選択される一種以上を含有する、上記(1)に記載の鋼材。
【0013】
(3)sol.Alを2.8~6.0%、
含有する、上記(1)または(2)に記載の鋼材。
【0014】
(4)ISプロセスの装置および配管に用いられる、上記(1)~(3)のいずれか1項に記載の鋼材。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ISプロセスを実施する環境下においても優れた耐食性を発揮し、かつ良好な加工性および強度を有する鋼材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、XRDの測定結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、ISプロセスを実施する環境下においても良好な耐食性を具備させるために、検討を行い、以下の(a)~(c)の知見を得た。
【0018】
(a)本発明者らは、種々の鋼材について、ISプロセスでの使用を想定し、耐食性を調査した。具体的には、硫酸、SOをはじめとする硫黄酸化物を含む高温蒸気中で、腐食試験を実施した。一般的に、上記腐食環境において、Cr酸化物からなる酸化皮膜が、耐食性の向上に有効であることが知られている。しかし、本発明者らの調査により、Al酸化物からなる酸化皮膜が、均一に形成している場合において、耐食性が非常に良好であることが判明した。
【0019】
(b)また、本発明者らは、このAl酸化物について、詳細な検討を行った。この結果、Al酸化物がα-Alである場合に、良好な耐食性を示す一方、Al酸化物が、γ-Alである場合は、耐食性がやや低下することも明らかにした。したがって、耐食性の改善には、腐食環境において、α-Alからなる酸化皮膜を形成させることが有効である。
【0020】
(c)α-Alからなる酸化皮膜を、腐食環境において形成させるためには、母相に固溶したAl量、すなわち、固溶Al量を十分に確保することが重要である。したがって、Al含有量を高める必要があるが、これだけでは不十分である。脱酸の際に、Alが酸素と結合し、酸化物となることで、固溶Al量が低減してしまうことがあるからである。このため、固溶Al分のAlが脱酸で消費されない様、Si含有量を高めることが有効である。これにより、脱酸の際、Alの代わりにSiが酸素と結合し、消費される結果、固溶Al量を確保することができる。
【0021】
本発明は、上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0022】
1.化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0023】
C:0.05~0.10%
Cは、オーステナイト組織を安定にするとともに,鋼の強度を向上させる。このため、C含有量は、0.05%以上とする。強度を確保する観点からは、C含有量は、0.06%以上とするのが好ましい。しかしながら、Cを過剰に含有させると、高温での使用中に炭化物が析出して脆化する。このため、C含有量は、0.10%以下とする。C含有量は、0.08%以下とするのが好ましい。
【0024】
Si:0.10~0.50%
Siは、脱酸効果を有する元素である。特に、本発明に係る鋼材では、使用環境において、α-Alからなる酸化皮膜を形成させる必要がある。このため、脱酸時に酸素と結合し、酸化物となるAlの量を低減し、十分な固溶Al量を確保することが必要である。この固溶Alが、使用環境において、酸素と結合し、α-Alとなるからである。
【0025】
そして、Si含有量が0.10%未満の場合は、上述した作用が得られず、α-Alからなる酸化皮膜が均一に形成しにくくなる。このため、Si含有量は、0.10%以上とする。Si含有量は、0.12%以上とするのが好ましく、0.15%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Siを過剰に含有させると、介在物が過剰に生成し、強度等の機械的特性に悪影響を及ぼす。このため、Si含有量は、0.50%以下とする。Si含有量は、0.40%以下とするのが好ましく、0.35%以下とするのがより好ましい。
【0026】
Al:3.0~6.0%
Alは、使用環境中において、α-Alからなる酸化皮膜を、均一かつ早期に、形成させるのに必要な元素である。また、強度の向上にも有効な元素である。このため、Al含有量は、3.0%以上とする。Al含有量は、3.5%以上とするのが好ましく、4.0%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Alを過剰に含有させると、熱間加工中に、NiAlが析出し、加工性が低下する。このため、Al含有量は、6.0%以下とする。Al含有量は、5.5%以下とするのが好ましく、5.0%以下とするのがより好ましい。
【0027】
なお、上述したAl含有量とは、T.Al(「トータルAl」ともいう)であり、固溶Al(以下、「sol.Al」と記載する。)量と、酸化物、介在物等に由来する析出Al(「insol.Al」ともいう。)量の合計量である。
【0028】
そして、本発明に係る鋼材では、固溶Al量を高めることが必要であることから、sol.Alを、2.8%以上含有するのが好ましく、3.5%以上含有するのがより好ましく、3.8%以上含有するのがさらに好ましい。なお、過剰なsol.Alは、使用環境において、Alの析出物を形成させ、機械的特性を低下させることがある。このため、sol.Alは、6.0%以下含有するのが好ましく、5.4%以下含有するのがより好ましく、4.9%以下含有するのがさらに好ましい。
【0029】
なお、sol.Alの量については、以下の手順で測定すればよい。具体的には、鋼材を電解し、ろ紙が回収した残渣を誘導結合プラズマ質量法で分析する。検出したAl量を析出Al量とし、含有Al量から析出Al量を引いた値を固溶Al量と定義する。そして、T.Alとsol.Alとの差が、0.5%以下となる様、調整するのが好ましい。
【0030】
Mn:0.30~1.50%
Mnは、脱酸効果を有する元素である。また、MnSとして、Sを固定化して熱間加工性を改善する。このため、Mn含有量は、0.30%以上とする。Mn含有量は、0.40%以上とするのが好ましく、0.50%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Mnを過剰に含有させると、酸化皮膜中にMn酸化物が取り込まれ、耐食性を劣化させる。この結果、α-Alからなる酸化皮膜について、耐食性向上効果を得にくくなる。このため、Mn含有量は、1.50%以下とする。Mn含有量は、1.20%以下とするのが好ましく、1.00%以下とするのがより好ましい。
【0031】
P:0.05%以下
Pは、鋼中に不純物として含有される元素である。そして、鋼材の溶接性を低下させる。特に、P含有量が0.05%を超えると、溶接性が著しく低下する。このため、P含有量は、0.05%以下とする。P含有量は、0.04%以下とするのが好ましい。P含有量は、極力低減するのが好ましいが、過剰な低減は、製造コストを増加させる。このため、P含有量は、0.005%以上とするのが好ましい。
【0032】
S:0.02%以下
Sは、鋼中に不純物として含有される元素である。そして、鋼材の熱間加工性を低下させる。このため、S含有量は、0.02%以下とする。S含有量は、0.01%以下とするのが好ましく、0.005%以下とするのがより好ましい。しかしながら、S含有量の過剰な低減は、製造コストを増加させる。このため、S含有量は、0.0001%以上とするのが好ましい。
【0033】
N:0.01%以下
Nは、鋼中に不純物として含有される元素である。Nは、固溶強化により、鋼材の強度向上に有効な元素であるが、窒化物が生成されることで、熱間加工性を低下させる。このため、N含有量は、0.01%以下とする。N含有量は、0.008%以下とするのが好ましく、0.005%以下とするのがより好ましい。一方、強度向上効果を得たい場合には、N含有量は、0.0010%以上とするのが好ましい。
【0034】
Ni:25.0~40.0%
Niは、耐食性を確保するために、必要な元素である。また、高温での強度を確保する上でも、必要な元素である。このため、Ni含有量は、25.0%以上とする。Ni含有量は、28.0%以上とするのが好ましく、30.0%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Niを、過剰に含有させると、良好な耐食皮膜が形成しにくくなり耐食性が低下する。このため、Ni含有量は、40.0%以下とする。Ni含有量は、38.0%以下とするのが好ましく、35.0%以下とするのがより好ましい。
【0035】
Cr:17.0~25.0%
Crは、耐食性および耐酸化性を確保するために、必要な元素である。また、α-Alからなる酸化皮膜の形成に寄与する元素である。特に、熱交換など高温の酸化環境で耐酸化性を確保するために、Cr含有量は、17.0%以上とする。Cr含有量は、20.0%以上とするのが好ましく、20.5%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Crを、過剰に含有させると、加工性が低下する。このため、Cr含有量は、25.0%以下とする。Cr含有量は、24.0%以下とするのが好ましく、23.0%以下とするのがより好ましい。
【0036】
B:0.0015~0.0080%
Bは、高温において金属組織の安定を維持するのに有効な元素である。このため、B含有量は、0.0015%以上とする。B含有量は、0.0020%以上とするのが好ましく、0.0025%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Bを過剰に含有させると、高温での使用中に、クロム硼化物が析出し脆化しやすくなる。このため、B含有量は、0.0080%以下とする。B含有量は、0.0060%以下とするのが好ましく、0.0050%以下とするのがより好ましい。
【0037】
Ti:0.15~0.60%
Tiは、TiCとしてCを固定化して鋭敏化を抑制するとともに、細粒化により、鋼の強度を向上させる効果を有する。このため、Ti含有量は、0.15%以上とする。Ti含有量は、0.25%以上とするのが好ましく、0.35%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Tiは、酸化しやすい元素であるため、過剰に含有させると、使用環境において、α-Alからなる酸化皮膜の形成を阻害する。このため、Ti含有量は、0.60%以下とする。Ti含有量は、0.55%以下とするのが好ましく、0.50%以下とするのがより好ましい。
【0038】
上記の元素に加えて、さらにCuおよびMoから選択される一種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。各元素の限定理由について説明する。
【0039】
Cu:0.75%以下
Cuは、硫黄酸化物を含む高温蒸気中で、耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Cuを過剰に含有させると、熱間加工性が低下する。このため、Cu含有量は、0.75%以下とする。Cu含有量は、0.65%以下とするのが好ましく、0.55%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Cu含有量は、0.03%以上とするのが好ましい。
【0040】
Mo:0.20%以下
Moは、材料の保管時等、常温での耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Moを過剰に含有させると、σ相が析出して強度が低下する。このため、Mo含有量は、0.20%以下とする。Mo含有量は、0.18%以下とするのが好ましく、0.15%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mo含有量は、0.03%以上とするのが好ましい。
【0041】
本発明の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで「不純物」とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0042】
2.用途
本発明に係る鋼材は、ISプロセスの装置等の素材となる板材および管材に好適である。また、本発明に係る鋼材は、ISプロセスへの適応以外にも、例えば、硫酸などの硫黄酸化物またはハロゲン化水素等を含む高温過酷環境への用途にも使用することができる。
【0043】
3.製造方法
本発明に係る鋼材の好ましい製造方法について説明する。本発明に係る鋼材は、製造方法によらず、上述の構成を有していれば、その効果を得られるが、例えば、以下のような製造方法により、安定して製造することができる。
【0044】
上記組成を有する鋼を溶製し、鋳造によりインゴットを製造する。鋳造方法は、常法に従えばよく、例えば、連続鋳造法を用いることができる。得られたインゴットを、1000~1250℃の温度域で、加熱し、熱間加工する。熱間加工方法は、特に限定しないが、例えば、熱間圧延、熱間鍛造等を用いればよい。また、これらの方法を組み合わせてもよい。熱間加工の際の加工率も特に限定しない。適宜、必要に応じて調整すればよい。熱間加工後、必要に応じて、焼鈍および酸洗を行ってもよい。この際の焼鈍温度は、900~1200℃の温度域とすればよい。
【0045】
続いて、熱間加工後、必要に応じ、冷間加工を行えばいい。冷間加工方法は、特に限定しない。例えば、冷間圧延、冷間鍛造等を用いればよい。冷間加工の際の加工率も特に限定しない。適宜、必要に応じて調整すればよい。
【0046】
冷間加工の後は、必要に応じ、900~1200℃の温度域で熱処理を行い、加工歪みを解消する。この際の熱処理温度が、900℃未満であると、加工歪を解消することができない。また、固溶Al量を確保しにくくなる。このため、上記熱処理温度は、900℃以上とするのが好ましい。一方、上記熱処理温度が1200℃超であると、結晶粒が粗大になり、所望する特性を得ることができない。このため、上記熱処理温度は、1200℃以下とするのが好ましい。なお、熱処理時間は、特に限定しないが、通常、5min~1hの範囲となることが多い。
【0047】
この熱処理を行った後、水焼入れを行い、鋼材を得る。その後、必要に応じて、酸洗を行ってもよい。
【0048】
以下、実施例によって、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0049】
表1に記載の化学組成を有する鋼を溶製し、真空溶解で50kgの重さのインゴットを作製した。作製したインゴットの外径は、250mmとした。得られたインゴットについて、1200℃で加熱後、熱間鍛造により、厚さ40mm×幅100mm×長さ150mmの大きさに調整した。続いて、熱間鍛造を行った鋼を熱間圧延および冷間圧延に供し、厚さ5mm×幅100mm×長さ1000mmの大きさとした。
【0050】
続いて、1100℃で、15分熱処理した後、水焼入れをし、板状の鋼材(以下、単に「板材」と記載する。)を作製した。No.9の例は、製造したNo.8の板材について、アルミナコーティングを行い、後述する腐食試験を行った例である。なお、No.9の例については、上記板材の板厚中央から、腐食試験用に厚さ1mm×幅10mm×長さ55mmの試験片を機械加工で作製した。この試験片の全面を、エメリー研磨紙の600番で湿式研磨して、仕上げ、アセトンで洗浄、脱脂した。その後、市販のアルミナ希釈液(日産化学ゾル製:アルミナAS200)を試験片表面に塗布し、100℃で乾燥した後、400℃で焼成し厚さ約3μmのアルミナをコーティングし、作製した。
【0051】
なお、No.15の例では、熱間鍛造の際に割れが発生した。No.16の例では、冷間圧延の際に割れが発生した。このため、No.15および16の例については、所望する板厚を得ることができなかった。所望する板厚を得られた板材について、腐食試験を行った。また、引張試験については、No.1~9について行った。以下、具体的な試験方法を示す。
【0052】
(固溶Al量)
固溶Al量は抽出残渣により評価した。板材から切粉を採取し、電解液(10%アセチルアセトン-1%テトラメチルアンモニウムクロライド-メタノール)で切粉を電解し、ろ紙が回収した残渣を誘導結合プラズマ質量法で分析した。検出したAl量を析出Al量とした。含有Al量から析出Al量を引いた値を固溶Al量と定義した。
【0053】
(腐食試験)
上記板材の板厚中央から、厚さ1mm×幅10mm×長さ55mmの腐食試験片を機械加工で作製した。この試験片の全面を、エメリー研磨紙の600番で湿式研磨し、仕上げ、アセトンで洗浄、脱脂した。その後、試験片の重量を測定した。この腐食試験片を、腐食試験用の石英管中に治具でセットし、アルゴンガスを流しながら850℃に加熱した。続いて、98%硫酸を、マイクロポンプを用いて上流側から供給し、気化および分解させることで、SOガスを発生させた。そして、SOを含有したアルゴンガスを流しながら、40%SOガスとして通気させ、100時間の腐食試験を実施した。これにより、板材の表面に腐食生成物が形成した。
【0054】
腐食試験後、過マンガン酸カリウム溶液およびクエン酸二アンモニウム溶液で試験片の金属光沢が出るまで脱スケールした後、試験後重量を測定した。試験片の試験前後の重量差を試験時間で除して単位時間当たりの重量変化(g/m/hr)を算出した。さらに、その値に8.76を掛けて、試験片の比重(今回は8g/cm3とした)で除して腐食速度(mm/yr)に換算した。なお、腐食速度が0.30mm/yr以下である場合を、良好な耐食性であると評価した。一方、腐食速度が0.30mm/yrを超える場合を、耐食性が劣ると評価した。
【0055】
(引張試験)
上記板材の板厚中央部から、厚さ2mm、平行部30mm、長さ100mmの板状引張試験片を採取し、引張試験を行い、常温引張強さを評価した。引張強さが650MPa以上である場合を、良好な強度であると評価した。一方、引張強さが650MPa未満である場合を、強度が劣ると評価した。また、加工性は、板材の表面に10mm以上の割れなど欠陥が目視できる場合を加工性が劣ると評価した。
【0056】
(EPMA測定およびXRD測定)
また、本発明例の中では、No.2について、比較例の中では、No.7~12の例について、腐食試験を行った後、脱スケールせずに、Al、Cr、Siの元素分布をEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)で分析した。また、No.2、No.7およびNo.9について、XRDを行い、腐食生成物を同定した。以下、結果を表1に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
No.1~6の例については、本発明の要件を満足するため、良好な耐食性、加工性および強度を有していた。その一方、No.7~17の例については、本発明の要件を満足しなかったため、耐食性、加工性および強度のうち、少なくとも一つが劣る結果となった。
【0059】
No.7は、Ni含有量が低かったため、耐食性は良好であったものの、引張強さが低下した。No.8、10~12、および14は、Al含有量が低かったため、α-Alからなる酸化皮膜が均一に形成しなかったと考えられる。この結果、耐食性が低下した。No.13は、鋼中のCr濃度が低く、Alの拡散が遅くなった結果、α-Alから構成される酸化皮膜が均一に形成しなかったと考えられる。このため、耐食性が低下した。
【0060】
No.15は、Al含有量が高かったため、加工性が低下した。No.16は、Cr含有量が高かったため、加工性が低下した。No.17は、Si含有量が低く、Alが脱酸の際に消費されたため、sol.Alが低下した結果、耐食性が低下した。
【0061】
また、No.2、No.7~12の例について、腐食試験後の各元素の分布について、EPMAで測定した。本発明例であるNo.2の例では、表面から約1μmまでにおいて、Alが濃化しているところが観察された。同様に、No.7の例についても、表面から約1μmまでにおいて、Alが濃化しているところが観察された。このため、強度は低下したが、耐食性は良好であったものと考えられる。一方、No.8~12については、表面において、Alの濃化は観察されず、Cr、Al、およびSiが偏在して濃化していた。
【0062】
本発明例であるNo.2、ならびに比較例であるNo.7および9の腐食生成物について、XRDで測定を行ったところ、図1のような回折ピークが得られた。耐食性が良好であったNo.2および7については、α-Alのピークが観察された。また、No.7については、α-Alのピークに加え、77°付近にフェライト相のピークが観察された。このため、No.7の例については、強度が低下したものと考えられる。
【0063】
一方、耐食性が不良であったNo.9については、α-Alのピークは観察されず、γ-Alのピークが観察された。このことから、α-Alが耐食性の向上に有効であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明に係る鋼材は、ISプロセスの装置等の素材となる板材および管材に好適である。また、本発明に係る鋼材は、ISプロセスへの適応以外にも、例えば、硫酸などの硫黄酸化物またはハロゲン化水素等を含む高温過酷環境への用途にも使用することができる。
図1