(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-21
(45)【発行日】2024-05-29
(54)【発明の名称】X線分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 23/207 20180101AFI20240522BHJP
【FI】
G01N23/207
(21)【出願番号】P 2021013009
(22)【出願日】2021-01-29
【審査請求日】2023-02-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】刑部 剛
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-251799(JP,A)
【文献】特開2012-177688(JP,A)
【文献】実開平01-034600(JP,U)
【文献】国際公開第2016/103834(WO,A1)
【文献】特開2008-111836(JP,A)
【文献】特開平08-262196(JP,A)
【文献】特開平03-002698(JP,A)
【文献】特開平10-002998(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0228452(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴニオメータと、
前記ゴニオメータの回転中心に設けられた試料台と、
前記試料台に固定された試料に対し、X線を照射するX線源と、
前記試料により回折されたX線を検出するX線検出器と、
一対の遮蔽部材間に形成され、且つ前記X線を通過させるスリットの幅を前記遮蔽部材の開閉により可変する開閉機構とを備え、
前記開閉機構は、前記遮蔽部材の開き幅を、前記ゴニオメータの回転角に応じて、前記X線源又は前記X線検出器と前記回転中心を結ぶ直線に対し、一の側の前記遮蔽部材と、他の側の前記遮蔽部材とで非対称に制御する非対称制御手段を有し、
前記一対の遮蔽部材は、単一の動力を供給され、機械機構により位置が制御され、
前記非対称制御手段は、前記ゴニオメータの回転に連動して回転し、前記スリットの幅を制御するカムであって、前記一の側の遮蔽部材を駆動するカム形状と、前記他の側の遮蔽部材を駆動するカム形状とが互いに異なるカムを有することを特徴とするX線分析装置。
【請求項2】
前記開閉機構は、前記X線源から放射されるX線を整形する発散スリット機構である、請求項1に記載のX線分析装置。
【請求項3】
ゴニオメータと、
前記ゴニオメータの回転中心に設けられた試料台と、
前記試料台に固定された試料に対し、X線を照射するX線源と、
前記試料により回折されたX線を検出するX線検出器と、
一対の遮蔽部材間に形成され、且つ前記X線を通過させるスリットの幅を前記遮蔽部材の開閉により可変する開閉機構とを備え、
前記開閉機構は、前記遮蔽部材の開き幅を、前記ゴニオメータの回転角に応じて、前記X線源又は前記X線検出器と前記回転中心を結ぶ直線に対し、一の側の前記遮蔽部材と、他の側の前記遮蔽部材とで非対称に制御する非対称制御手段を有し、
前記非対称制御手段は、前記ゴニオメータの回転に連動して回転し、前記スリットの幅を制御するカムであって、前記一の側の遮蔽部材を駆動するカム形状と、前記他の側の遮蔽部材を駆動するカム形状とが互いに異なるカムを有し、
前記カムは、前記ゴニオメータの回転角が、前記X線源から前記試料台に照射されるX線の角度が0度及びその近傍となる回転角である際に、前記スリットを一定の幅とする円柱面を有する、X線分析装置。
【請求項4】
前記カムは、前記ゴニオメータが、前記X線源から前記試料台に照射されるX線の角度が負となる方向に回転した際に、前記スリットの幅を一定に保つ切り欠き面を有する、請求項3に記載のX線分析装置。
【請求項5】
ゴニオメータと、
前記ゴニオメータの回転中心に設けられた試料台と、
前記試料台に固定された試料に対し、X線を照射するX線源と、
前記試料により回折されたX線を検出するX線検出器と、
一対の遮蔽部材間に形成され、且つ前記X線を通過させるスリットの幅を前記遮蔽部材の開閉により可変する開閉機構とを備え、
前記開閉機構は、前記遮蔽部材の開き幅を、前記ゴニオメータの回転角に応じて、前記X線源又は前記X線検出器と前記回転中心を結ぶ直線に対し、一の側の前記遮蔽部材と、他の側の前記遮蔽部材とで非対称に制御する非対称制御手段を有し、
前記非対称制御手段は、前記ゴニオメータの回転角に応じて、前記一対の遮蔽部材を、その全閉時の位置から対称に開閉する機構と、前記一対の遮蔽部材全体の位置を、少なくとも、前記X線源又は前記X線検出器と前記回転中心を結ぶ直線に対して垂直方向に移動させる機構を含む、X線分析装置。
【請求項6】
ゴニオメータと、
前記ゴニオメータの回転中心に設けられた試料台と、
前記試料台に固定された試料に対し、X線を照射するX線源と、
前記試料により回折されたX線を検出するX線検出器と、
一対の遮蔽部材間に形成され、且つ前記X線を通過させるスリットの幅を前記遮蔽部材の開閉により可変する開閉機構とを備え、
前記開閉機構は、前記遮蔽部材の開き幅を、前記ゴニオメータの回転角に応じて、前記X線源又は前記X線検出器と前記回転中心を結ぶ直線に対し、一の側の前記遮蔽部材と、他の側の前記遮蔽部材とで非対称に制御する非対称制御手段を有し、
α
をX線分析装置の設計時において想定した試料の幅に対する前記試料の幅の比としたときに、前記非対称制御手段は、前記スリットの幅を、互いに異なる複数のαに対して、前記ゴニオメータの回転角のα倍となる回転角に応じて制御する、X線分析装置。
【請求項7】
αを前記X線分析装置の設計時において想定した試料の幅に対する前記試料の幅の比としたときに、前記非対称制御手段は、前記カムの回転速度を、互いに異なる複数のαに対して、前記ゴニオメータの回転角のα倍となる回転角に応じて回転させる変速機を有する、請求項1~4のいずれか1項に記載のX線分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、標本を第一位置から第二位置へ第一角速度で回転させる回転装置と、X線がその窓を通過するようにX線源と標本との間に設けた回折スリットを有し、スリットと標本を共に回転させ標本の回転中のその被照部分が実質的に一定となるように該第一角速度よりも遅い第二角速度で回折スリットを回転させるX線回折装置が記載されている。
【0003】
特許文献2には、X線ビームを所定幅に規制すると共にその規制幅を調節可能なスリット装置であって、一対のスリット部材と、各スリット部材と一体なカムフォロワ部材と、それらのカムフォロワ部材の間に配置されて回転するカムを有し、カムの回転によりスリット部材が開閉するものが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開昭50-63982号公報
【文献】特開平8-262196号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の発明者は、X線回折装置において、特にX線を低角度にて試料に入射させる場面を想定すると、上掲の特許文献のように、単純に試料上におけるX線の照射幅が当該試料の幅と一致するように発散スリット機構のスリット幅を制御することによっては、なおも思わしくない事態が生じうることを見出した。
【0006】
図1は、X線回折装置において、単純に試料TG上におけるX線の照射幅W
0が当該試料の幅Wと一致するように発散スリット機構DSのスリット幅を制御した場合の幾何学的関係を説明する図である。同図では、X線源Fから放射され、発散スリット機構DSにより整形されたX線の光束LFが、所定の距離離された地点のゴニオメータヘッドに固定された、幅Wの試料TGに角度θで照射されている状況を示している。
【0007】
一般的には、光束LFの光軸L
Cは試料TGの幾何学的中心Cを通過するように調整される。そのため、試料TGの中心Cに対して、光軸L
Cと試料面SFとがなす角が鋭角となる側(
図1中、光軸L
Cに対して左下側。以降、「中心Cに対して手前側」と称する。)の光束の広がり角φ
DS1と、光軸L
Cと試料面SFとがなす角が鈍角となる側(
図1中、光軸L
Cに対して右上側。以降、「中心Cに対して奥側」と称する。)の光束の広がり角φ
DS2は通常等しく、光束LF自体の広がり角φ
DSに対し、
【数1】
が成り立つ。なお、
図1には便宜上、試料TGの試料面SFを試料TGの外側に延長した仮想的な面として示している。
【0008】
また、発散スリット機構DSは、光学スリットのスリット幅を可変する機構であり、試料面SFにおける光束LFの照射幅W0が試料TGの幅Wに一致するよう、角度φに応じてそのスリット幅が調整される。
【0009】
この時、広がり角φDSは通常十分小さい(例えば、0.5°~3°程度)ため、角度θが大きい場合には、中心Cに対して手前側の照射幅W1と、中心Cに対して奥側の照射幅W2はほぼ等しいとみなすことができ、特段の問題は生じない。
【0010】
しかしながら、角度θが小さい場合(例えば、10°以下)には、
図1に示すように、照射幅W
1<照射幅W
2となり(
図1ではこのような状況を誇張して描いている)、光束LFによる試料面SFにおける照射幅W
0が、試料TGの幅Wに等しくなるように発散スリット機構DSを制御したとしても、中心Cに対して手前側では試料TGに光束LFが照射されない領域R
1が生じ、また、中心Cに対して奥側では試料TGの外側に光束LFが照射される領域R
2が生じてしまう。
【0011】
そこで、領域R1が生じないよう、発散スリット機構DSのスリット幅を増し、広がり角φDSを増加させると、領域R2が拡大し、試料TGの外側の部材、例えば試料台などにX線が照射されてしまうため、バックグラウンドノイズが増大する。逆に、領域R2が生じないよう、発散スリット機構DSのスリット幅を減じ、広がり角φDSを減少させると、領域R1が拡大し、試料TGにX線の光束LFが照射されない領域が増大してしまうため、検出したい回折X線強度が低下する。いずれにしても、発散スリット機構DSのスリット幅の単純な制御によっては、回折X線強度の低下及びバックグラウンドノイズの増加の問題を同時に解決することはできない。
【0012】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、X線回折装置において、回折X線強度の低下を防ぎつつ、バックグラウンドノイズの増加を防止することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一側面に係るX線分析装置は、ゴニオメータと、前記ゴニオメータの回転中心に設けられた試料台と、前記試料台に固定された試料に対し、X線を照射するX線源と、前記試料により回折されたX線を検出するX線検出器と、一対の遮蔽部材間に形成され、且つ前記X線を通過させるスリットの幅を前記遮蔽部材の開閉により可変する開閉機構とを備え、前記開閉機構は、前記遮蔽部材の開き幅を、前記ゴニオメータの回転角に応じて、前記X線源又は前記X線検出器と前記回転中心を結ぶ直線に対し、一の側の前記遮蔽部材と、他の側の前記遮蔽部材とで非対称に制御する非対称制御手段を有する。
【0014】
本発明の一側面に係るX線分析装置では、さらに、前記開閉機構は、前記X線源から放射されるX線を整形する発散スリット機構であってよい。
【0015】
本発明の一側面に係るX線分析装置では、さらに、前記非対称制御手段は、前記ゴニオメータの回転に連動して回転し、前記スリットの幅を制御するカムであって、前記一の側の遮蔽部材を駆動するカム形状と、前記他の側の遮蔽部材を駆動するカム形状とが互いに異なるカムを有してよい。
【0016】
本発明の一側面に係るX線分析装置では、さらに、前記カムは、前記ゴニオメータの回転角が、前記X線源から前記試料台に照射されるX線の角度が0度及びその近傍となる回転角である際に、前記スリットを一定の幅とする円柱面を有してよい。
【0017】
本発明の一側面に係るX線分析装置では、さらに、前記カムは、前記ゴニオメータが、前記X線源から前記試料台に照射されるX線の角度が負となる方向に回転した際に、前記スリットの幅を一定に保つ切り欠き面を有してよい。
【0018】
本発明の一側面に係るX線分析装置では、さらに、前記非対称制御手段は、前記ゴニオメータの回転角に応じて、前記一対の遮蔽部材を、その全閉時の位置から対称に開閉する機構と、前記一対の遮蔽部材全体の位置を、少なくとも、前記X線源又は前記X線検出器と前記回転中心を結ぶ直線に対して垂直方向に移動させる機構を含んでよい。
【0019】
本発明の一側面に係るX線分析装置では、さらに、前記非対称制御手段は、前記スリットの幅を、互いに異なる複数のαに対して、前記ゴニオメータの回転角のα倍となる回転角に応じて制御してよい。
【0020】
本発明の一側面に係るX線分析装置では、さらに、前記非対称制御手段は、前記カムの回転速度を、互いに異なる複数のαに対して、前記ゴニオメータの回転角のα倍となる回転角に応じて回転させる変速機を有してよい。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】X線回折装置において、単純に試料上におけるX線の照射幅が当該試料の幅と一致するように発散スリット機構のスリット幅を制御した場合の幾何学的関係を説明する図である。
【
図2】本発明の実施形態に係るX線分析装置の例を示す概略構成図であり、(a)は、X線分析装置の概略システム構成を示すブロック図、(b)はX線分析装置に含まれるX線回折装置の概略構成を示す。
【
図3】X線回折装置のゴニオメータ、X線発生装置及び発散スリット機構の主要部を示す構成図である。
【
図4】非対称制御手段を含む発散スリット機構を
図3のIV-IV線方向から見た正面図である。
【
図5】種々のカム機構により実現された非対称制御手段の例を示す図であり、(a)は、一対のカムフォロアのそれぞれに対して個別にカムを設けたもの、(b)はカムがいわゆる円柱カムであるものを示す。
【
図6】非対称制御手段のより詳細な設計を説明する図であり、(a)は、発散スリット機構が全閉時のカム及びカムフォロアの形状および関係を示す図、(b)は、カムを回転させた様子を示す図である。
【
図7】本実施形態に係る発散スリット機構と比較例に係る発散スリット機構における、試料の試料面上におけるX線の照射幅の回転角度θに対する変化を示すグラフである。
【
図8】本実施形態の変形例に係る非対称制御手段の設計の例を示す図であり、(a)は非対称制御手段の上面図、(b)は、
図8(a)のVIIIB-VIIIB線方向から見た正面図である。
【
図9】本実施形態のさらなる変形例に係る非対称制御手段の設計の例を示す図であり、(a)には、切り欠き面が円柱面に連続する平面形状である例、(b)には、切り欠き面がノッチ形状である例を示す。
【
図10】本実施形態のさらに別の変形例に係る非対称制御手段の機構の例を示す図である。
【
図11】回転台と回転軸との回転速度の比αを可変できる非対称制御手段を備えた発散スリット機構を用いた際の試料の試料面上におけるX線の照射幅の回転角度θに対する変化を示すグラフである。
【
図12】(a)は中心Cに対して手前側の照射幅W
1と角度θ及び広がり角φ
DS1との関係を示す図、(b)は中心Cに対して奥側の照射幅W
2と角度θ及び広がり角φ
DS2との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態に係るX線分析装置100を、
図2~
図12を参照して説明する。
【0023】
図2は、本発明の実施形態に係るX線分析装置100の例を示す概略構成図である。同図中(a)は、X線分析装置100の概略システム構成を示すブロック図、(b)はX線分析装置100に含まれるX線回折装置101の概略構成を示す図である。
【0024】
図2(a)を参照し、X線分析装置100は、X線回折装置101、結晶相同定装置102、及び表示装置103を含んで構成されている。なお、表示装置103は、例えば、フラットパネルディスプレイ装置等からなり、結晶相同定装置102と一体に構成されていてもよい。
【0025】
結晶相同定装置102は、入力手段111、記憶部112、解析部113、及び出力手段114を含んで構成されている。結晶相同定装置102は、一般的なコンピュータにより実現することができ、その場合、例えば、入力手段111及び出力手段114は入出力インターフェイス等、記憶部112はハードディスクやメモリ等、解析部113はCPU等から構成される。記憶部112には、データベースが記憶されている。データベースには、既知の複数の結晶相のX線回折パターンの、2θ-Iプロファイルにおけるピーク位置及びピーク強度比のデータが、格子面の距離d対強度比Iのデータ(d-Iデータ)として登録されている。記憶部112は、外付けのハードディスク等であってもよいし、いわゆるクラウドコンピューティングの手法により、解析部113及び記憶部112の機能の一部又は全部を、インターネット等の電気通信回線を通じて情報通信可能な外部のサーバ等の機器により実行するようにすることもできる。
図2(a)はシステム構成を示すブロック図であるから、各ブロックにより示されるX線分析装置100の各機能を奏する機器の物理的な位置に限定はない。
【0026】
解析部113は、X線回折装置101から入力手段111を介して入力されたX線回折データを、記憶部112に記憶する。そして、解析部113は、記憶部112に記憶されたX線回折データに対して情報処理を行って、処理結果を記憶部112に記憶し、また出力手段114を介して、処理結果を表示装置103に表示させる。
【0027】
図2(b)を参照し、X線回折装置101は、ゴニオメータ104、X線発生装置105、発散スリット機構106、X線検出器107、制御ユニット108、及び入出力装置109を含んで構成されている。ゴニオメータ104は、測角器であり、その中心部には、試料110を搭載して回転する試料台(図示せず)が設けられている。X線発生装置105から発生したX線は、発散スリット機構106を通過して、同図の紙面に垂直な方向に幅の広がった、薄い帯状の光束となり、試料110へ照射される。X線検出器107は、試料110により回折されたX線を検出する。試料110へ照射されるX線の、試料110の格子面からの角度がθであるとき、回折角度は2θとなる。制御ユニット108は、コンピュータ、シーケンサ、専用回路等により構成されており、ゴニオメータ104、X線発生装置105、及びX線検出器107を制御する。入出力装置109は、測定条件等を制御ユニット108へ入力し、またX線検出器107が検出したX線回折データを結晶相同定装置102へ出力する。また、X線検出器107は、2次元検出器に限らず、0次元検出器又は1次元検出器を用い、試料110又はX線検出器107を移動又は回転させる構成であってもよい。
【0028】
図3は、X線回折装置101のゴニオメータ104、X線発生装置105及び発散スリット機構106の主要部を示す構成図である。X線発生装置105の構造自体は本発明の要旨との関連が薄いため、同図では詳細な構造の図示を省略し、その内部に存在するX線源Fを単にX線の点光源として示した。X線源F自体は、図示したように点光源と看做せるものであってもよいし、
図3の紙面の垂直方向に幅を持つ線状光源であっても以降の説明に差し支えないため、これらは特に限定されない。X線源Fとしては、一般的なX線管球を使用してよく、管球の材質に関しても、いわゆるガラス管球であってもセラミック管球であっても、その他の材質であってもよい。
【0029】
ゴニオメータ104は、回転台1の回転中心上に設置された試料台2にX線解析対象となる試料110を回転可能に保持する。本実施形態では、試料台2は、回転台1の回転軸方向から見て、回転台1の回転中心O
Gが、試料台2に保持された試料110の試料面の幾何学的な中心Cと一致するように配置される。そのため、回転中心O
Gから試料110の両端までの距離は互いに等しい。なお、
図3は、X線発生装置105及び発散スリット機構106と、試料台2上の試料110との相対的な回転を示しており、上述のようにゴニオメータ104の回転台1が回転する構成であっても、ゴニオメータ104の回転台1に対して、X線発生装置105及び発散スリット機構106が回転する構成であっても差し支えなく、両者に差はない。従って、回転中心O
Gは、ゴニオメータ104とX線発生装置105及び発散スリット機構106間の相対回転の中心である。
【0030】
発散スリット機構106は、対向して配置される一対の遮蔽部材3間に形成されるスリットの幅を前記遮蔽部材の開閉により可変する開閉機構である。一対の遮蔽部材3は、それぞれ、互いに向かい合う端が直線形状のエッジを有し、X線を遮蔽する性質をもつ金属などの材料により作成される部材である。遮蔽部材3同士を僅かな隙間を隔てて配置することにより、一対の遮蔽部材3の直線形状のエッジが僅かな隙間を隔てて向かい合い、その間にX線を通過させるスリットが形成される。X線はかかるスリットを通過することにより、薄い帯状の光束に整形され、その光束の形状は、一対の遮蔽部材3の開閉機構である発散スリット機構106によりスリットの幅が可変されることにより制御される。直線形状のエッジの具体的形状には特に制限はないが、本実施形態では、いわゆるナイフエッジとなっている。そして、本実施形態に係る発散スリット機構106では、遮蔽部材3の開き幅は、X線の入射角に応じて、X線源Fと回転中心OGを結ぶ直線F-OGに対し、一の側の遮蔽部材3と、他の側の遮蔽部材3とで非対称に制御される。
【0031】
ここで、遮蔽部材3の開き幅は、発散スリット機構106が全閉の状態からの、
図3に示した上下の遮蔽部材3それぞれの移動距離を指す。本実施形態では、発散スリット機構106が全閉となる際の遮蔽部材3のエッジ位置は、X線源Fと回転中心O
Gを結ぶ直線F-O
G上にあり、遮蔽部材3は直線F-O
Gに垂直に移動するため、遮蔽部材3のエッジと直線F-O
G間の距離が遮蔽部材3の開きに相当する。なお、遮蔽部材3のエッジと直線F-O
G間の距離とは、遮蔽部材3のエッジと直線F-O
Gに垂直となる直線とエッジ及び直線F-O
Gそれぞれの交点間の距離を意味しており、これはエッジと直線F-O
G間の最短距離に一致するとともに、
図3に示した平面における直線F-O
Gと遮蔽部材3の先端間の距離に等しい。また、発散スリット機構106が全閉となる際の遮蔽部材3のエッジ位置は、発散スリット機構106が全閉となるとしたならば、遮蔽部材3が位置するであろう仮想の位置に基づいて定められてよく、必ずしも、現実に発散スリット機構106が全閉となることを要しない。これは、後述するように、発散スリット機構106が全閉とならず、常にわずかな隙間を残すように制御される場合があるためである。
【0032】
したがって、遮蔽部材3の開き幅が、直線F-O
Gに対し、一の側の遮蔽部材3と、他の側の遮蔽部材3とで非対称であるとは、一対の遮蔽部材3のそれぞれにおけるエッジと直線F-O
G間の距離が、互いに異なっていることを意味している。
図3に示した例では、直線F-O
Gと図中上側の遮蔽部材3間の距離と、直線F-O
Gと図中下側の遮蔽部材3間の距離が互いに異なる。
【0033】
そして、発散スリット機構106は、遮蔽部材3の開き幅を、直線F-OGに対し、一の側の遮蔽部材3と、他の側の遮蔽部材3とで非対称に制御する非対称制御手段4を備えている。非対称制御手段4の具体的構成は必ずしも限定する必要はなく、種々の機構を用いてよい。例えば、一対の遮蔽部材3のそれぞれを駆動するサーボモータやステッピングモータなどの電動機を用意し、ボールねじ機構やウォームギア機構などを用い、遮蔽部材3の位置を独立に制御してもよい。あるいは、電動機などによる単一の動力を供給し、カム機構やリンク機構などの適宜の機械機構を用いて遮蔽部材3の位置を制御してもよい。前者の方法は遮蔽部材3の位置を自由に設定できる利点があり、後者の方法は動力源の数を少なくすることができ、コスト・スペースの点で有利である。
【0034】
ここで、発散スリット機構106により形成されるスリットの幅は、スリットを形成する一対の遮蔽部材3のエッジ間の距離に等しいから、それぞれの遮蔽部材3が全閉の状態から移動した距離、すなわち、各遮蔽部材3の開き幅の和に等しい。以降では、このスリットの幅のことを、単にスリット幅と称する。
【0035】
本実施形態では、非対称制御手段4として、カム機構を用いた例を説明する。非対称制御手段4は、回転軸5と、回転軸5に固定されたカム6、互いに対向してカム6をはさむように配置された一対のカムフォロア7と、カムフォロア7をカム6に押し付けるように付勢するばねなどの弾性部材8を含む。また、
図4は、非対称制御手段4を含む発散スリット機構106を
図3のIV-IV線で示した方向から見た正面図であり、同図には、非対称制御手段4を構成する部材の、
図3の紙面奥行き方向の位置関係が示されている。
【0036】
回転軸5が回転すると、それに伴いカム6が回転し、カム6の外周形状に追従してカムフォロア7が移動する。カムフォロア7には、遮蔽部材3が固定されており、カム6の外周形状に応じて遮蔽部材3が移動し、発散スリット機構106により形成されるスリットの幅が変化する。なお、
図3では、カムフォロア7の移動を
図3の紙面で上下方向に規制するための案内は説明を簡明にするため、図示を省略している。また、遮蔽部材3はカムフォロア7に直接固定されるように示しているが、遮蔽部材3とカムフォロア7とは一体に固定されていればその取付方法は任意であり、適宜のアームなどの別の支持部材を介して固定されていてもよい。本例ではカムフォロア7のカム6との接触面は平滑摺動面であり、潤滑油あるいはグリースにより適宜の潤滑がなされるが、これに限られず、カムフォロア7としていわゆるローラフォロアを使用してもよい。
【0037】
非対称制御手段4は遮蔽部材3に対して、
図3では紙面奥方向、
図4では紙面下方向に配置されており、X線源Fから試料110に照射されるX線の光束LFを妨げないようになっている。そして、カム6の外周形状により、一の側の遮蔽部材3と、他の側の遮蔽部材3とは、直線F-O
Gに対し非対称に制御される。すなわち、非対称制御手段4が有するカム6は、発散スリット機構106の一の側の遮蔽部材3(ここでは、
図3の上側、
図4の右側の遮蔽部材3とする)を駆動するカム形状と、他の側の遮蔽部材3(ここでは、
図3の下側、
図4の左側の遮蔽部材3とする)を駆動するカム形状とが互いに異なる。
【0038】
ここで、本実施形態では、カム6は回転軸5の回転中心OCの周りに回転する板カムであり、一対のカムフォロア7は回転中心OCを挟んで180度対称の位置に設けられている。そのため、手前側の遮蔽部材3と奥側の遮蔽部材3を駆動するカム形状が異なるとは、本例の場合、板カムであるカム6の外周形状が、回転中心OCに対して点対称でないことを意味している。
【0039】
なお、本実施形態で示したカム6によるカム機構は、非対称制御手段4を構成するカム機構の一例である。他にも、
図5に示すように、非対称制御手段4は種々のカム機構により実現することができる。
【0040】
例えば、
図5(a)に示すように、一対のカムフォロア7のそれぞれに対して個別にカム6を設け、2つのカム6は適宜の機構により同期回転するようにしてもよい。
図5(a)の例では、2つのカム6は歯車機構により接続され、いずれかの歯車に動力が供給されるとカム6が同期回転する機構を示しているが、これ以外にも、タイミングベルトなどのベルト機構や、動力シャフトを用いてもよい。
【0041】
あるいは、
図5の(b)に示すように、一対のカムフォロア7がいわゆる円柱カムであるカム6により同時に駆動されるようにしてもよい。カム6に動力が供給され円柱軸周りに回転すると、その表面に刻まれた溝の形状に応じて、カムフォロア7の位置が制御される。もちろん、
図3~
図5に示した例以外の形式のカム6を用いてカムフォロア7の位置を制御することも可能である。いずれの場合についても、一対のカムフォロア7を駆動するカム6のそれぞれのカム面の形状を互いに異なるものとすることで、発散スリット機構106の直線F-O
Gに対して一の側の遮蔽部材3と他の側の遮蔽部材3の位置を非対称に制御できる。
【0042】
図3に戻り、ゴニオメータ104の回転台1及び非対称制御手段4の回転軸5には、電動機9からの回転動力が変速機10を介して伝達される。変速機10はここでは減速機であり、電動機9の回転を制御することにより、回転台1の回転角度θを少なくとも、0度から90度までの範囲で調整できる。ここで、回転台1の回転角度θは、X線源Fと回転台1の回転中心O
Gを結んだ直線と、試料110の試料面との間の角により表すこととし、角度θが0°の時は、試料110の真横から試料面に平行にX線が照射され、角度θが90°の時は、試料110の試料面に垂直にX線が照射される場合に相当する。
【0043】
そして、本例では、回転台1及び回転軸5は、等速で同期して回転する。すなわち、回転台1が角度θだけ回転した場合には、回転軸5もまた角度θだけ回転する。しかしながら、回転台1と回転軸5との速度比は任意であってよく、カム6のカム面形状を回転台1の回転角度θに応じたものとすればよい。
【0044】
また、
図3には示していないが、電動機9からの回転動力は、
図2に示したX線検出器107にも供給され、回転中心O
Gの周りにX線検出器107を回転させる。X線検出器107は、回転台1の回転中心O
Gを中心に、試料110に照射されるX線(直線FO
G)
に対して角度2θとなるように回転するため、回転台1とX線検出器107に供給される回転動力の角速度比は1:2になる。
【0045】
なお、ゴニオメータ104の回転台1と発散スリット機構106及びX線検出器107は、この三者が相対的に上述の幾何学的位置関係を保つように回転さえすればよいので、本例で示したように、必ずしもゴニオメータ104が回転する必要はない。この他にも、例えば、ゴニオメータ104を固定して、発散スリット機構106自体を回転中心OGに対して角度-θとなるように回転させるなど、X線発生装置105及び発散スリット機構106、試料110、X線検出器107のいずれか2つが回転する構成であればよい。
【0046】
続いて、
図6を参照し、本例で示した非対称制御手段4のより詳細な設計を説明する。
図6(a)は、角度θが0°、すなわち、発散スリット機構106が全閉時のカム6及びカムフォロア7の形状および関係を示す図である。なお、同図では、遮蔽部材3は参考のため破線で示した。
【0047】
カム6は、角度θ=0°で、長軸がX線の光軸(
図3の直線FO
G)に一致する長円形状であり、中央の矩形部11の図中左右両端に、その直径が矩形部11の幅に等しい半円部12A及び12Bが接続された形状となっている。また、カム6の回転中心、すなわち、回転軸5の回転中心O
Cに対し、半円部12A
の中心O
Aまでの距離d
Aと、半円部12B
の中心O
B
までの距離d
Bは互いに異なっており、d
A>d
Bとなっている。
【0048】
したがって、カム6は回転中心O
Cに対して非対称であり、同図で回転中心O
Cに対して左側に位置する、直線F-O
Gに対して一の側の遮蔽部材3を駆動するカム形状と、回転中心O
Cに対し右側に位置する、他の側の遮蔽部材3を駆動するカム形状とは互いに異なることとなる。本例では、d
Bはd
Aに対して約12%ほど小さい値に設計されている(
図6ではこの差を誇張して示している)。
【0049】
かかるカム6を回転させた様子を
図6(b)に示した。ここでは、角度θが増加し、カム6が回転し、カムフォロア7が互いに離れる方向に移動した状態を図示している。この時、同図より明らかなように、一の側の遮蔽部材3の開きa
Aが、他の側の遮蔽部材3の開きa
Bより大きくなっている。
【0050】
かかる設計により、X線源Fから試料110に照射されるX線の試料面上における照射幅が、試料110の幅と高い精度で一致するように制御される。
図7は、本実施形態に係る非対称制御手段4を備えた発散スリット機構106を用いた際の試料110の試料面上におけるX線の照射幅と、非対称制御手段4を使用せず、発散スリット機構106の遮蔽部材3の開きが手前側と奥側とで均等である比較例における、試料110の試料面上におけるX線の照射幅の回転角度θに対する変化を示すグラフである。
【0051】
同グラフでは、横軸に回転角度θを0°~10°の範囲で示し、縦軸にはX線の手前側の照射幅W1、奥側の照射幅W2及び全体の照射幅W0の変化を、それぞれ、試料110の幅Wの半分及び全体に対する割合で示している。グラフ中破線で示している3本の曲線は、比較例における照射幅の変化であり、また、重なり合っているため1本に見えるが、実線で示している3本の曲線は本実施形態における照射幅の変化である。
【0052】
破線aは、比較例における手前側の照射幅W1、破線bは、比較例における奥側の照射幅W2であり、破線cは、比較例における全体の照射幅W0の変化である。グラフより明らかなように、角度θが3°を下回ると、X線の照射幅が大きくなり、試料110以外の部分にもX線が照射されることになるため、バックグラウンドノイズが著しく増加していることが予想される。また、角度θが概ね5°以上となる範囲では、破線cが示すように、照射幅W0はおおむね試料幅Wと良い一致を示しているが、破線aが示すように、手前側の照射幅W1は試料幅の半分W/2に対し約6%短く、試料110の端にX線が照射されない領域が存在することにより、回折X線強度の低下が生じていることがわかる。さらに、破線bが示すように、奥側の照射幅W2は試料幅の半分W/2に対し約7%長く、試料110の外側の試料台等にX線が照射されており、バックグラウンドノイズの増加が生じていることがわかる。
【0053】
これに対し、本実施形態における手前側の照射幅W1、奥側の照射幅W2及び全体の照射幅W0の変化をそれぞれ示す実線d,e,fはほぼ重なり合っており、回転角度θの0°~10°の全範囲にわたり、試料110の幅Wの半分及び全体と精度よく一致していることがわかる。試料110の幅Wの半分及び全体に対するずれの大きさは、手前側の照射幅W1及び奥側の照射幅W2においては最大でも0.2%未満に、全体の照射幅W0においては最大でも0.1%未満にとどまり、試料110の試料面上にX線が照射されない領域は事実上なく、また、試料110の外側にX線が照射されることも事実上ないため、回折X線強度の低下を抑制しつつ、バックグラウンドノイズの増加を防止できていることがわかる。
【0054】
図8は、本実施形態の変形例に係る非対称制御手段4の設計の例を示す図であり、(a)は非対称制御手段4の上面図、(b)は、
図8(a)のVIIIB-VIIIB線で示した方向から見た正面図である。なお、
図8(b)には、
図8(a)において図示を省略した回転軸5及び弾性部材8も示されている。本変形例では、カム6には、角度θが0°とその近傍の範囲にある際に、カムフォロア7の接触面と接する円柱面13が設けられている。この円柱面13の中心は回転中心O
Cと一致しており、また、この円柱面13の直径はカム6の矩形部11の幅及び、半円部12A,12Bの直径より若干大きく、矩形部11の側面からわずかに凸に突き出す(
図8では、円柱面13の直径を実際より誇張して描いている)。カムフォロア7と円柱面13が接触する角度θの範囲は任意に定めてよいが、一例として、プラスマイナス1°~2°程度としてよい。
【0055】
そのため、角度θが0°とその近傍の範囲にある際には、一対のカムフォロア7間の間隔が円柱面13により押し広げられ、遮蔽部材3がわずかに開いて、発散スリット機構106はスリット幅aiで開口する。また、カム6がさらに回転すると、カムフォロア7は半円部12A,12Bと接触して、遮蔽部材3が制御下で開かれていくため、本変形例では、発散スリット機構106が完全に閉まることはない。
【0056】
かかる円柱状面13を設けることにより、ゴニオメータ104の回転角度θが0°又は0°の近傍にある際に、薄い一定幅のX線を試料台2に向けて照射することができ、X線分析装置100の設置時やメンテナンス時の各機器の位置合わせやキャリブレーションといった準備作業を円滑に行うことができる。
【0057】
図9は、本実施形態のさらなる変形例に係る非対称制御手段4の設計の例を示す図である。本変形例では、先の変形例に加え、カム6には、角度θが負となる回転角、すなわち、カム6が
図9において反時計回りに回転する方向の回転角において、カムフォロア7と向き合う位置に切り欠き面14が設けられている。この切り欠き面14は、カム6が負方向に回転した際に、矩形部11や半円部12A,12Bがカムフォロア7と接触してこれを押し広げ、発散スリット機構106のスリット幅が増大するのを防ぐためのものである。
【0058】
図9の(a)には、切り欠き面14が円柱面13に連続する平面形状である例を、また、(b)には、切り欠き面14がノッチ形状である例が示されている。もちろん、切り欠き面14の形状はここで示したもの以外のものであってもよい。切り欠き面14が設けられていることにより、カム6の回転角度θが所定の負の範囲、例えば、-5°程度までは、発散スリット機構106のスリット幅は、回転角度θが0°の時のスリット幅であるa
iに等しく保たれる。
【0059】
このように切り欠き面14を設ける理由は、例えば、X線検出器107として1次元検出器を使用するなどの場合、回転角度θが0°から正の範囲において回転台1を一定速度で回転させる際に、角速度一定となるまでの助走区間において発散スリット機構106が開いて余計なX線が照射されないようにするなどが挙げられる。
【0060】
図10は、本実施形態のさらに別の変形例に係る非対称制御手段4の機構の例を示す図である。
図10に示した非対称制御手段4は、
図3乃至
図9に示した機構とは異なり、カム6の一の側の遮蔽部材3と他の側の遮蔽部材3を駆動するカム形状は対称である。すなわち、遮蔽部材3は回転軸5の回転中心O
Cに対して対称に開閉する。その一方で、本機構は、回転中心O
C自体を回転角度θに応じて、X線源Fとゴニオメータの回転中心O
Gとを結ぶ直線F-O
Gに対して垂直方向に移動させることで、一の側の遮蔽部材3と他の側の遮蔽部材3を、直線F-O
Gに対して非対称に制御している。
【0061】
より詳しく説明すると、
図10に示された非対称制御手段4のうち、回転軸5、カム6、カムフォロア7、弾性部材8は、
図3乃至
図9に示した機構において上述したものとその機能および構成は、カム6のカム形状を除き同一である。カム6のカム形状は、すでに述べたとおり、一の側の遮蔽部材3と他の側の遮蔽部材3を駆動するカム形状が対称であるから、一対の遮蔽部材3は、発散スリット機構106が全閉となる位置(本例では、回転中心O
Cに一致する)に対して、対称に開閉動作する。
【0062】
その上で、回転軸5を含むカム機構全体は、直線F-O
Gに対して垂直方向に移動可能に支持されている。
図10の例では、回転軸5は、直動案内15及びネジ機構16により、移動可能に支持される。直動案内15は、いわゆるリニアガイドでよく、その種類は任意である。一例として、市販の光学用単軸ステージを用い、回転軸5を含むカム機構全体を同ステージ上に固定するなどしてよい。また、ネジ機構16は、回転軸5を含むカム機構全体を直線F-O
Gに対して垂直方向に精密に駆動するための駆動機構の一例であり、変速機10から入力される回転動力によるネジ軸の回転に応じて、ナットが軸方向に移動するというものである。回転軸5がナットに固定されることで、ナットの移動に伴って回転軸5を含むカム機構全体が移動する。
【0063】
回転軸5及びネジ機構16には、電動機9からの回転動力が変速機10を介して、必要に応じて変速され入力される。かかる機構によれば、ゴニオメータの回転角度θに応じて、一対の遮蔽部材3を、その全閉時の位置から対称に開閉し、なおかつ、一対の遮蔽部材3全体の位置を、少なくとも、直線F-OGに対して垂直方向に移動させることにより、一の側の遮蔽部材3と他の側の遮蔽部材3は、直線F-OGに対して非対称に制御される。
【0064】
なお、以上の
図10で示した機構は、同種の非対称制御手段4を実現するための一例であり、種々の変形が施されてよい。すなわち、非対称制御手段4は、一対の遮蔽部材3を、その全閉時の位置から対称に開閉する機構と、一対の遮蔽部材3全体の位置を、少なくとも、直線F-O
Gに対して垂直方向に移動させる機構を備えていればよく、各々の機構の具体的構成は限定されない。例えば、一対の遮蔽部材3を、その全閉時の位置から対称に開閉する機構として、
図10に示したカム機構以外にも、リンク機構その他の機構を用いてもよいし、カム機構を用いる場合であっても、
図5に示した機構その他の機構を用いてもよい。
【0065】
また、一対の遮蔽部材3全体の位置を、少なくとも、直線F-O
Gに対して垂直方向に移動させる機構は、
図10に示したネジ機構16以外にも、カム機構、リンク機構その他の機構を用いてもよいし、電動機9からの回転動力を変速機10を介して入力するのではなく、専用の電動機を用いて、一対の遮蔽部材全体の位置を回転角度θに応じて制御してもよい。なお、一対の遮蔽部材3全体の位置は、ここでは、
図10の紙面内において、一対のプレート3の先端同士を結ぶ線分の中点として定義してよい。また、本機構が、少なくとも、直線F-O
Gに対して垂直方向に移動させるとの意味は、本機構による一対の遮蔽部材3全体の位置の移動方向が、少なくとも、直線F-O
Gに対して垂直方向の成分を有している意である。したがって、一対の遮蔽部材3全体の位置は、直線F-O
Gに対して斜め方向に移動するものであってもよいし、必ずしも直線的な移動でなくともよい。
【0066】
さらに、本実施形態に係るX線分析装置100では、発散スリット機構106のスリット幅を、互いに異なる複数のαに対して、ゴニオメータ104の回転角のα倍となる回転角に応じて制御することができる。
【0067】
これはすなわち、本実施形態に即して説明するならば、非対称制御手段4により、発散スリット機構106は、ゴニオメータ104の回転台1の回転角度θに対して、X線源Fから照射されるX線の光束が、試料台2上の試料110の幅Wに合致するようにそのスリット幅が制御されている。例示した具体的構成としては、回転台1と同期して等速で回転する回転軸5により駆動されるカム6のカム形状により、回転角度θに対して発散スリット機構106のスリット幅が、一対の遮蔽部材3それぞれに対して定められていることになる。
【0068】
これをあえて、非対称制御手段4を、αθに対して発散スリット機構106のスリット幅を制御するように動作させるということである。つまり、ゴニオメータ104の回転台1の実際の回転角は角度θであるが、発散スリット機構106のスリット幅は、回転台1の回転角があたかもαθであるかのように制御されるということに他ならない。
【0069】
上述の実施形態の構成では、ゴニオメータ104の回転台1の回転角度θに対し、発散スリット機構106の非対称制御手段4の回転軸5を、α倍となる角度αθとなるように回転させればよいことになる。具体的には、回転台1と回転軸5を、独立に設けた電動機によりそれぞれ制御することによりかかる動作を実現してもよいし、
図3に示す変速機10により、電動機9から入力された回転動力の減速比を、回転台1に対するものと回転軸5に対するものとで異なるようにすることで実現してもよい。
【0070】
変速機10を用いる場合には、回転台1と回転軸5との回転速度の比αに応じて、変速機10自体を交換することによって上の動作を実現してもよいし、変速機10に変速比を可変とする機構を設けることで、あらかじめ定めた任意の互いに異なる複数のαの値を選択することができるようにしたり、一定の範囲内で、αの値を連続的に変化させることができるようにしたりしてもよい。
【0071】
変速機10があらかじめ定めた任意の互いに異なる複数のαの値を選択できる機構としては、自動二輪車などにも採用されるいわゆるドグクラッチ方式の変速機などを好適に用いることができる。また、一定の範囲内で、αの値を連続的に変化させることができる機構としては、四輪自動車などにも採用されるいわゆるCVT(Continuously Variable Transmission)機構などを好適に用いることができる。
【0072】
このようにする理由は、発散スリット機構106のスリット幅を、ゴニオメータ104の回転角のα倍となる回転角に応じて制御することにより、幅の異なる試料110に対して、疑似的に、X線の照射幅W0を変化させることができるためである。より具体的には、当初の設計時において想定した試料110の幅W(これはすなわち、α=1の際のX線の照射幅W0の目標値である)に対して、幅がα倍のαWとなる試料110をゴニオメータ104に取り付けた際に、発散スリット機構106のスリット幅を、ゴニオメータ104の回転角のα倍となる回転角に応じて制御することにより、X線の照射幅を高い精度でαW0に一致させることができ、θの値が小さい領域においても、試料110の表面に無駄を生じることなくX線を照射して、回折X線強度の低下を抑制するとともに、試料110の外側にX線が照射されることによるバックグラウンドノイズの増加を防止できる。
【0073】
図11は、回転台1と回転軸5との回転速度の比αを可変できる非対称制御手段4を備えた発散スリット機構106を用いた際の、試料110の試料面上におけるX線の照射幅の回転角度θに対する変化を示すグラフである。同グラフでは、α=1の場合と、α=1.25の場合及び、α=0.6の場合の3通りを示した。なお、グラフの表示形式は
図7と同様である。
【0074】
α=1の場合は、試料110の幅が、当初の設計通りのWである場合を示しており、重なり合っているため1本に見えるが、手前側の照射幅W
1、奥側の照射幅W
2及び全体の照射幅W
0の変化をそれぞれ実線d,e,fで示している。この実線d,e,fは
図7に示したものと同じものであり、いずれも設計目標値と高い精度で一致している。また、参考のため、
図7に示したものと同じ比較例における手前側の照射幅W
1、奥側の照射幅W
2及び全体の照射幅W
0の変化を、それぞれ短破線a,b,cで示した。
【0075】
α=1.25の場合は、試料110の幅が設計値Wに対して25%大きい場合であり、手前側の照射幅W1、奥側の照射幅W2及び全体の照射幅W0の変化をそれぞれ破線g,h,iで示している。破線gより読み取れるように手前側の照射幅W1は試料110の手前側の実際の幅に対してやや小さく、また、奥側の照射幅W2は試料110の奥側の実際の幅に対してやや大きくなっているが、全体の照射幅W0はほぼ125%と、試料110の実際の幅に高い精度で一致している。また、手前側の照射幅W1及び奥側の照射幅W2のずれの大きさは、試料110の幅に対して高々1.7%程度であり、実用上支障をきたさない。
【0076】
α=0.6の場合は、試料110の幅が設計値Wに対して40%小さい場合であり、手前側の照射幅W1、奥側の照射幅W2及び全体の照射幅W0の変化をそれぞれ破線j,k,lで示している。破線jより読み取れるように手前側の照射幅W1は試料110の手前側の実際の幅に対してやや大きく、また、奥側の照射幅W2は試料110の奥側の実際の幅に対してやや小さくなっているが、全体の照射幅W0はほぼ60%と、α=1.25の場合と同様に、試料110の実際の幅に高い精度で一致している。また、手前側の照射幅W1及び奥側の照射幅W2のずれの大きさは、試料110の幅に対して高々3%程度であり、やはり実用上支障はないものと考えられる。
【0077】
また、αの値の如何に関わらず、いずれの照射幅もθの値に対してほぼ一定値を示し、θの値によらず発散スリット機構106のスリット幅の制御が行えていることが見て取れる。このように、発散スリット機構106のスリット幅を、ゴニオメータ104の回転角のα倍となる回転角に応じて制御することにより、幅の異なる試料110を容易に取り扱うことができる。
【0078】
なお、発散スリット機構106のスリット幅を、ゴニオメータ104の回転角のα倍となる回転角に応じて制御することにより、あたかも試料110の幅を設計値Wに対してα倍のαWと看做して取り扱うことができるのは、上述した非対称制御手段4の特定の構造に依存するものではなく、一般に成立する。そのことを、以下、
図12を参照しつつ説明する。
図12は、X線回折装置における幾何学的関係を
図1に準じて説明する図であるから、同図に即して、発散スリット機構を示す符号を以下DSと表すこととする。ここで、発散スリット機構DSのスリット幅を、角度θのα倍にあたるαθに対して制御するものとする。
【0079】
まず説明に先立って、
図1より明らかなように、W
0=W
1+W
2であり、すでに説明したように、発散スリット機構DSのスリット幅は、光束LFの広がり角φ
DSが、角度θの時に、W
0=Wとなるように制御するものである。
【0080】
ここで、まず照射幅W
0のうち、中心Cに対して手前側の照射幅W
1と角度θ及び中心Cに対して手前側の広がり角φ
DS1との関係を考える。この時、
図12(a)に示すように、中心Cに対して手前側の光束LFの縁と試料面SFとの交点をA
1とし、直線FA
1に対して中心Cから降ろした垂線の足をB
1とおく。また、X線源Fと中心C間の長さをRとする。このとき、
【数2】
であるから、
【数3】
が得られる。
【0081】
同様に、中心Cに対して奥側の照射幅W
2と角度θ及び中心Cに対して奥側の広がり角φ
DS2との関係を考え、
図12(b)に示すように、中心Cに対して奥側の光束LFの縁と試料面SFとの交点をA
2とし、直線FA
2に対して中心Cから降ろした垂線の足をB
2とおく。このとき、
【数4】
であるから、
【数5】
が得られる。
【0082】
ここで、W
1、W
2の逆数を考えると、
【数6】
である。さらに、上式の分子を展開し、θ≫φ
DS1、θ≫φ
DS2であって、φ
DS1及びφ
DS2≒0であることから、sinφ
DS1及びsinφ
DS2≒0、cosφ
DS1及びcosφ
DS2≒1と看做せ、
【数7】
により近似できる。
【0083】
そして、X線回折装置において、θ≪1と考えられるため(弧度法による。度数法表記で表すと、おおむね、θ≦10°の範囲を考えれば実用上十分である。θ>10°の範囲では、発散スリット機構DSのスリット幅が最大幅に達し、それ以上の制御が不要であると考えられるため、検討を要しない)、sinθ≒θの近似ができ、φ
DS1及びφ
DS2を固定値と考えると、定数C
1及びC
2を用いて、
【数8】
【0084】
以上の結果を用いると、照射幅W
0は、θの関数として、
【数9】
で近似的に表現できることがわかる。この関係から、角度θに対し、1/α倍した角度θ/αを考えると、
【数10】
が導かれ、その照射幅はα倍のαW
0に近似できることを意味する。
【0085】
このことは、角度θと広がり角φDS1、φDS2との関係でいえば、角度θを1/α倍した際に、広がり角φDS1、φDS2をもともとの角度θに対して定められた値に維持すると、照射幅がα倍のαW0になるということである。これを角度θと広がり角φDS1、φDS2との関係を逆に言い換えれば、角度θに対して、広がり角φDS1、φDS2を角度αθに対して定められた値とすると、照射幅がα倍のαW0になるといえる。
【0086】
以上の考察より、θ、φDS1及びφDS2≪1と考えられる範囲においては、一般に、角度θに対し、広がり角φDS1、φDS2を、α倍である角度αθに対して定めることにより、照射幅を実用上十分な精度でα倍のαW0に制御することができる。
【0087】
以上の説明では、非対称制御手段4により、ゴニオメータ104の回転角に応じて、X線源Fとゴニオメータ104の回転中心OGを結ぶ直線に対し、一の側の遮蔽部材3と、他の側の遮蔽部材3とが非対称に制御される開閉機構として、X線源Fと試料110の間に設けられる発散スリット機構106を例示したが、同様の非対称制御手段4が設けられる開閉機構は、発散スリット機構106に必ずしも限定されない。本明細書では示さなかったが、一例として、試料110とX線検出器107との間に設けられる開閉機構である散乱スリット機構に非対称制御手段4を設けてもよい。その場合、散乱スリット機構は、すでに説明した発散スリット機構106と同様に、一対の遮蔽部材を有し、ゴニオメータ104の回転角に応じて、X線検出器107とゴニオメータ104の回転中心OGを結ぶ直線に対し、一の側の遮蔽部材と、他の側の遮蔽部材とで非対称に制御される。
【符号の説明】
【0088】
1 回転台、2 試料台、3 遮蔽部材、4 非対称制御手段、5 回転軸、6 カム、7 カムフォロア、8 弾性部材、9 電動機、10 変速機、11 矩形部、12 半円部、13 円柱面、14 切り欠き面、15 直動案内、16 ネジ機構、100 X線分析装置、101 X線回折装置、102 結晶相同定装置、103 表示装置、104 ゴニオメータ、105 X線発生装置、106 発散スリット機構、107 X線検出器、108 制御ユニット、109 入出力装置、110 試料