(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-21
(45)【発行日】2024-05-29
(54)【発明の名称】加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質のスクリーニング方法および当該方法により選択された有効成分を含有するシワ、弛み改善剤
(51)【国際特許分類】
G01N 33/92 20060101AFI20240522BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20240522BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20240522BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20240522BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20240522BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240522BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20240522BHJP
A61Q 19/00 20060101ALI20240522BHJP
A61Q 19/08 20060101ALI20240522BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240522BHJP
A61K 36/48 20060101ALI20240522BHJP
A61K 8/9789 20170101ALI20240522BHJP
A61K 36/9062 20060101ALI20240522BHJP
A61K 8/9794 20170101ALI20240522BHJP
A61K 36/23 20060101ALI20240522BHJP
A61K 36/185 20060101ALI20240522BHJP
【FI】
G01N33/92 Z
G01N33/15 Z
G01N33/50 Q
G01N33/68
C12Q1/06
A61K45/00
A61P17/00
A61Q19/00
A61Q19/08
A61P43/00 111
A61K36/48
A61K8/9789
A61K36/9062
A61K8/9794
A61K36/23
A61K36/185
G01N33/50 Z
(21)【出願番号】P 2020134542
(22)【出願日】2020-08-07
【審査請求日】2023-06-19
(73)【特許権者】
【識別番号】591230619
【氏名又は名称】株式会社ナリス化粧品
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 浩子
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-198740(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0216251(US,A1)
【文献】国際公開第2011/125039(WO,A2)
【文献】B-16 ミトコンドリア特異脂質カルジオリピンとミトコンドリア代謝に対する酸化ストレスの影響,日本薬理学雑誌,2020年01月,Vol.155, Supplement,p.44,DOI: 10.1254/fpj.S19140
【文献】株式会社同仁化学研究所,M466: MitoPeDPP,Technical Manual,2015年10月13日,pp.1-2
【文献】Mark Rinnerthaler,Oxidative Stress in Aging Human Skin,Biomolecules,2015年,5,pp.545-589,doi:10.3390/biom5020545
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00~33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標とした、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質のスクリーニング方法
。
【請求項2】
前記加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動が、下記(1)及び/又は(2)である請求項1記載のスクリーニング方法
。
(1) コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸から選択される1つ以上の成分の減少
(2) マトリックスメタロプロテアーゼ類(MMPs)の増加
【請求項3】
次の(A)~(D)の工程を含むミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標とした、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質のスクリーニング方法
。
(A):真皮線維芽細胞を培養するステップ
(B):(A)で培養した真皮線維芽細胞に被験物質を添加するステップ
(C):(B)の後、真皮線維芽細胞のミトコンドリア膜の過酸化脂質を染色するステップ
(D):(C)で染色した真皮線維芽細胞のミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標にした加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質を選別するステップ
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
本発明は、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標とした、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質のスクリーニング方法に関し、より具体的には、加齢により減少する真皮マトリックス関連成分は増加させ、加齢により増加する真皮マトリックス関連成分は減少させる物質のスクリーニング方法であり、本スクリーニング方法で選択された物質を有効成分として配合した組成物を、シワ、弛み改善剤として提供する方法に関するものである。
【0002】
シワや弛みは老化に伴って発生する代表的な皮膚老化現象の1つである。シワや弛みの発生は主に真皮マトリックスの加齢変化に起因しており、具体的には真皮線維芽細胞によって産生されるコラーゲンやエラスチン、ヒアルロン酸の減少、及びこれらの真皮マトリックスを分解する複数種のマトリックスメタロプロテアーゼ類(MMPs)が増加することによって、真皮内のコラーゲン線維や弾性線維、ヒアルロン酸が減少し、その結果、皮膚の柔軟性や弾力性が失われることで、シワや弛みが形成される。
【0003】
そのため、シワや弛みを改善するためには、老化によって増減する真皮マトリックス関連成分を元の状態に戻すことが重要であると考えられており、例えば、従来技術ではパイナップル及びキンモクセイ抽出物を有効成分とするコラーゲン産生促進剤(特許文献1)、イワベンケイ抽出物を有効成分とするエラスチン産生促進剤(特許文献2)、カバノアナタケ抽出物を有効成分とするMMP阻害剤(特許文献3)等が発明されている。
【0004】
このように新規のシワや弛み改善成分をスクリーニングする際には、真皮線維芽細胞における老化によって増減する真皮マトリックス関連成分の遺伝子発現量やタンパク質発現量を指標として評価することが可能である。しかしながらこれらの方法は細胞培養や、総遺伝子もしくは総タンパク質の抽出、特定の標的遺伝子もしくは標的タンパク質の検出、解析等が必要となり長時間の作業が必要である。また正確に評価するには熟練した技術が必要なこと、コストがかかること等を考慮すると、多検体のスクリーニング法としての利用には適していない。
【0005】
このような状況の中、最近になってミトコンドリア膜に集積しやすい性質を持つ化合物が開発され(特許文献4)、ミトコンドリア膜に存在する過酸化脂質を検出するという技術が確立された。本技術は細胞を染色し、蛍光量を測定するという極めて簡便な操作のため、複数の物質の評価に適している。
【0006】
ミトコンドリア膜における過酸化脂質の存在はミトコンドリアから発生する活性酸素による障害を示唆するものであり、過酸化脂質自体もミトコンドリア機能低下に関与していることが知られているため、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量の抑制がミトコンドリアの質を維持することに寄与することが予想される。しかしながら、真皮線維芽細胞におけるミトコンドリア膜の過酸化脂質が、真皮マトリックスの合成や分解に与える直接的な影響については知られておらず、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標とすることで、加齢による真皮マトリックス関連成分の増減を緩和できることについては全く予期できないことであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2014-114235号公報
【文献】特開2019-189542号公報
【文献】特開2009-091280号公報
【文献】特開2015-007095号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明においては、真皮マトリックス関連成分の遺伝子発現やタンパク発現を確認するという作業を伴わず、簡易な方法で加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和させる物質のスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような状況下、発明者が鋭意検討した結果、ミトコンドリア膜で生じた過酸化脂質がさらに自然分解されると、細胞内部に放出される活性アルデヒドの1種である4-ヒドロキシ2-ノネナール(4‐HNE)が、細胞毒性を生じえないような低濃度でも線維芽細胞が合成するコラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸の合成酵素等の遺伝子発現を濃度依存的に抑制し、これらの成分を分解するマトリックスメタロプロテアーゼ-1(MMP‐1)の発現を濃度依存的に増加させる傾向があることを見出した(
図1~4)。4‐HNEは周囲のタンパク質と結合し、比較的安定な反応物を生成するため、生体内の酸化ストレスマーカーとして知られているが、4‐HNEといった活性アルデヒド自体が、真皮マトリックス関連成分の加齢による量変化と関連することは知られていない。
このことから、発明者は真皮線維芽細胞におけるミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標とすることで、加齢によって増減する個々の真皮マトリックス関連成分の遺伝子発現もしくはタンパク質発現を測定するといった作業を伴うことなく、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物資を探索する方法を見出し、本発明の完成に至った。
【0010】
即ち本発明は、次のとおりである。
〔1〕ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標とした、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質のスクリーニング方法。
〔2〕前記加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動が、下記(1)及び/又は(2)である請求項1記載のスクリーニング方法
(1) コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸から選択される1つ以上の成分の減少
(2) マトリックスメタロプロテアーゼ類(MMPs)の増加
〔3〕
次の(A)~(D)の工程を含むミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標とした、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質のスクリーニング方法。
(A):真皮線維芽細胞を培養するステップ
(B):(A)で培養した真皮線維芽細胞に被験物質を添加するステップ
(C):(B)の後、真皮線維芽細胞のミトコンドリア膜の過酸化脂質を染色するステップ
(D):(C)で染色した真皮線維芽細胞のミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標にした加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質を選別するステップ
〔4〕
〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載の方法で評価したミトコンドリア膜の過酸化脂質量の抑制効果の高い物質を有効成分として配合したシワ、弛み改善剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、被験物質の作用を確認する為に行われてきた個々の真皮マトリックス関連成分に対する遺伝子発現やタンパク発現確認を行わなくても、被験物質の有効性を確認できるので、一度により多くの被験物質を短時間に容易にスクリーニングを行うことができる。
【0012】
また、本発明で見出されたミトコンドリア膜の過酸化脂質量の抑制効果が高い物質を含む美容組成物は、老化によるシワや弛みなどの皮膚老化症状に対して予防、改善効果が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】各濃度の4‐HNEを線維芽細胞に添加した際のコラーゲン遺伝子発現量の変動
【
図2】各濃度の4‐HNEを線維芽細胞に添加した際のエラスチン遺伝子発現量の変動
【
図3】各濃度の4‐HNEを線維芽細胞に添加した際のヒアルロン酸合成酵素2遺伝子発現量の変動
【
図4】各濃度の4‐HNEを線維芽細胞に添加した際のMMP‐1遺伝子発現量の変動
【
図5】各被験物質処理時の線維芽細胞におけるミトコンドリア膜の過酸化脂質量の変動
【
図6】各被験物質処理時の線維芽細胞におけるコラーゲン遺伝子発現量の変動
【
図7】各被験物質処理時の線維芽細胞におけるMMP‐1遺伝子発現の変動
【
図8】各被験物質の活性酸素消去能(DPPHラジカル補足能)の評価
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明における一つの実施形態は、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標とした、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質のスクリーニング法である。本願でいう「真皮マトリックス関連成分」とは、コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸等の真皮マトリックス構成成分の他、これらの成分を生成、分解、架橋等する酵素を指す。
【0015】
加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動の緩和とは、加齢により減少する成分の場合は、その量を増加させ、加齢により増加する成分の場合は、その量を減少させるという趣旨である。
加齢により減少する真皮マトリックス関連成分としては、コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸等が挙げられ、これらの成分の量を増加させる物質が本願のスクリーニング方法によって選択される。
加齢により増加する真皮マトリックス関連成分としては、MMP‐1, MMP-2, MMP-3, MMP-9, MMP-10等が挙げられ、これらの成分の量を減少させる物質が本願のスクリーニング方法によって選択される。
【0016】
加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動の緩和は、1成分だけであってもよいし、複数成分であってもよい。複数の成分の量変動の緩和できる物質を選択すれば、より高いシワや弛み改善効果が期待できるので好ましい。
加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和することで、シワや弛みなど加齢により引き起こされる皮膚老化症状を改善することが期待できる。
【0017】
本発明の他の実施形態のスクリーニング方法は、大まかに以下のステップに分かれる。
次の(A)~(D)の工程を含むミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標とした、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質のスクリーニング方法
(A):真皮線維芽細胞を培養するステップ
(B):(A)で培養した真皮線維芽細胞に被験物質を添加するステップ
(C):(B)の後、真皮線維芽細胞のミトコンドリア膜の過酸化脂質を染色するステップ
(D):(C)で染色した真皮線維芽細胞のミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標に、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質を選別するステップ
【0018】
以下の説明では、上記ステップの順に現れる内容に関し、説明していく。
【0019】
(A):真皮線維芽細胞を培養するステップ
【0020】
本発明で用いる真皮線維芽細胞は、特に限定されない。正常ヒト皮膚由来の真皮線維芽細胞、不死化された株化細胞や、マウスなどその他動物由来の細胞等でも良いが、正常ヒト皮膚由来の真皮線維芽細胞が好適である。市販品であれば、例えばHuman Dermal Fibroblasts, adult (Thermo Fisher Scientific)を用いることができる。
細胞ドナー年齢は、特に限定されない。老齢ドナー細胞を用いても良いし、若齢ドナー細胞に過酸化水素等による老化誘導処理をした上で用いてもよいが、若齢ドナー細胞をそのまま用いても差し支えない。もっとも、ドナー年齢が高い細胞、継代老化させた細胞、又は何等かの老化処理をした細胞のほうが、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量は高いため、抑制剤をスクリーニングする際にはこのような老化様を示す細胞を用いるのが望ましい。
【0021】
細胞の培養条件は、特に限定されない。一般的な培養条件であればよく、例えば37℃、5%濃度のCO2条件になるように、CO2インキュベーター内で実施することができる。
培地は、特に限定されないが、細胞購入先の推奨培地を用いるのが良く、例えばGIBCOのDulbecco's Modified Eagle Medium(D-MEM培地)に成長因子として牛血清を添加したものが使用できる。
播種濃度については、特に限定されないが、培養容器内の面積に応じて適宜調整すると良い。例えば播種翌日に30~50%コンフルエントになるように調整して用いることができる。
【0022】
(B):(A)で培養した真皮線維芽細胞に被験物質を添加するステップ
【0023】
被験物質を添加する方法は、特に限定されない。被験物質の添加は、特に培地交換を行うことなく培養開始時の培地にそのまま行っても良いし、被験物質の効果をより明確に把握するため、血清等の成長因子量を減らした培地に交換した後、被験物質を添加しても差し支えない。
その際、細胞が飢餓状態にならない程度の血清、成長因子の添加が望ましい。
【0024】
被験物質は特に限定されない。植物乾燥物より抽出したエキスや、市場にある製品化されたエキスを用いることができる。エキスの抽出の方法は、特に限定されない。又、被検物質は植物エキスに限らず、真皮線維芽細胞に作用出来るものであれば特に限定はなく、動物由来エキス、菌類の培養物、又はこれらの酵素等処理物、化合物又はその誘導体等であっても被検物質として用いることが出来、液状の他、粉末状、ジェル状等であっても差し支えない。また、そのままでは培地に溶解しない場合は、界面活性剤等の可溶化剤を適宜使用することにより溶解させることで被験物質として用いることができる。
【0025】
添加濃度については、被験物質添加から24時間後に明らかに細胞が死滅していなければ、どの濃度でも問題ない。なお、被験物質には、抽出溶媒としてエタノールや1,3ブチレングリコールが含まれている場合があるため、その際は抽出溶媒のみを同濃度になるように細胞に添加したサンプルをコントロールとしてもよいし、無処置のものをコントロールとしても良い。
被験物質添加のタイミングは、細胞播種から24~48時間後に行うことが好ましいが、それ以外のタイミングでも細胞の状態が明らかに悪くなっていなければいつでも問題ない。
【0026】
(C): (B)の後、真皮線維芽細胞のミトコンドリア膜の過酸化脂質を染色するステップ
【0027】
過酸化脂質を染色する方法は、特に限定されない。ミトコンドリア膜の過酸化脂質を検出できるという性質を持つ試薬であれば、どのような試薬を用いても問題ない。例えば、ミトコンドリア膜の過酸化脂質を検出するための化合物として同仁化学研究所から販売されているミトコンドリア過酸化脂質検出試薬(MitoPeDPP、製品コードM466)が使用できる。染色する方法は、使用する試薬の使用法に従って行えばよいが、染色前に培地を除去し、PBS(-)などで細胞表面を洗浄した後、線維芽細胞の生存・代謝に影響を与えにくいHBSS(+)に溶解させた試薬で染色することができる。なお、その際に細胞の核を染色すると、細胞あたりのミトコンドリア膜における過酸化脂質量を計算できるため、より好ましい。
【0028】
被験物質の添加から、ミトコンドリア膜の過酸化脂質の染色開始までの時間(被験物質の適用時間)については特に限定はされない。任意の時間で行うことができるが、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量は、被験物質の添加から短時間ではコントロールとの差が判別しにくい可能性があるため、被験物質の添加から十分に時間が経過した48時間から96時間後に確認することが好ましい。
【0029】
(D):(C)で染色した真皮線維芽細胞のミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標に加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質を選別するステップ
【0030】
ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を把握する方法は、特に限定されない。ミトコンドリア膜の過酸化脂質を検出、定量することが出来れば、使用する機器の種類は特に限定されず、検出試薬の種類によって、蛍光、吸光、発光などを測定する装置を用いることができる。例えば顕微鏡、マイクロプレートリーダーや、フローサイトメーター等が好ましい。
【0031】
ミトコンドリア膜の過酸化脂質量は機器に定量化機能がついている場合は、そのまま値を用いることが出来る。顕微鏡などで画像から判断する場合は、別途解析が必要であり、機器付属のソフトやImage j(NIH)などのオープンソースを用いて画像解析実施することができる。過酸化脂質量の計算方法については、特に限定されるものではないが、例えばコントロールおよび被験物質を処置させたものについて、同条件下で染色画像を取得し、さらに2値化処理、閾値の設定を行い、数値化したものを使用する。また、画像中における核の個数を算出し、関心領域中のミトコンドリア膜の過酸化脂質を計算した数値を核の個数で割ることによって、細胞あたりのミトコンドリア膜の過酸化脂質量を計算することが出来る。その際は、データの正確性を保つため、顕微鏡を用いる場合は取得画像に少なくとも10個以上の細胞が入っていることが好ましい。
【0032】
本発明における「ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標とする」とは、任意の方法を用いてミトコンドリア膜の過酸化脂質の存在量を効果判定の基準にするという趣旨である。例えば、被験物質の存在により、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量をコントロール(被験物質の溶媒で処置又は無処置)より減少させることができる場合、効果ありと判定することができる。
判定にあたっては解析対象となる全ての細胞で判定してもよいし、1細胞あたりで補正したものを用いてもよい。解析対象となる全ての細胞で判定する場合の具体的な方法としては、例えば、コントロールにおけるミトコンドリア膜の過酸化脂質量に対する(1とする)、被験物質を作用させた場合におけるミトコンドリア膜の過酸化脂質量として把握することができる。この場合は、数1の式によって求めることができる。この算出式において、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量が1未満であり、より値が小さいほど、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する効果の高い物質であると判定することができる。なお、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量が0~0.5である物質は非常に高いミトコンドリア膜の過酸化脂質抑制効果を持つと判断することができ、0.8以下の物質は高いミトコンドリア膜の過酸化脂質抑制効果を持つと判断できる。細胞あたりで補正して把握する場合は、細胞数で除して当てはめればよい。
【0033】
【0034】
以下、本発明を実施例について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【実施例】
【0035】
実験1:4‐HNEが線維芽細胞の遺伝子発現に与える影響の確認
ミトコンドリアは活性酸素の発生場所であり、発生場所に最も近いミトコンドリア膜の脂質は活性酸素により酸化されやすい。生じた過酸化脂質は自然分解によって4‐HNEをはじめとする活性アルデヒド種に変換されるため、活性アルデヒドが線維芽細胞における真皮マトリックス関連の遺伝子発現にどのような影響を与えるのか検討した。
【0036】
<遺伝子発現の確認>
新生児皮膚由来の線維芽細胞を4.0×104 cell/mLになるようにD-MEM培地(10%濃度のFBSを含む)に懸濁し、24 wellカルチャープレート(Trueline)に500μLずつ播種し、CO2インキュベーター内(37℃、5%CO2)で培養した。48時間培養後、4‐HNE(Avanti社製)を1mM, 250μMになるように希釈し、培地の1%量添加した。コントロールとして精製水を培地の1%量添加した。さらに24時間培養後、トータルRNAを抽出した。トータルRNAの抽出はJanaBioscience 核酸抽出キットを用いて、方法は添付のプロトコルに従った。PrimeScript RT Reagent kit (TAKARA)を用いて、逆転写を行うことでcDNAを合成した。得られたcDNAを鋳型として、COL1A1(コラーゲン)、ELN (エラスチン)、HAS2(ヒアルロン酸合成酵素2)、MMP1 (マトリックスメタロプロテアーゼ1)およびGAPDH(グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ:ハウスキーピング遺伝子として使用)の発現量を以下のプライマー及び酵素を用いて、リアルタイムPCR(7500 RealTime PCR system、アプライドバイオシステムズ)にて測定した。尚、ヒアルロン酸は糖類であるため、真皮で発現しているヒアルロン酸合成酵素2の遺伝子発現量でヒアルロン酸量の変動を確認している。
【0037】
プライマーは、COL1A1用センスプライマー(5’- CGAAGACATCCCACCAATCAC -3’)、アンチセンスプライマー(5’- CGTTGTCGCAGACGCAGAT -3’)、ELN用プライマー(5’- CAGGAGTTGGACCCTTTGG -3’)、アンチセンスプライマー(5’- GCAGTTTCCCTGTGGTGTAG -3’)、HAS2用センスプライマー(5’-TGGATGACCTACGAAGCGATTA-3’)、アンチセンスプライマー(5’-GCTGGATTACTGTGGCAATGAG-3’)MMP‐1用プライマー(5’- CCTCGCTGGGAGCAAACA -3’)、アンチセンスプライマー(5’- TTGGCAAATCTGGCGTGTAAT -3’)、GAPDH用センスプライマー(5’-CCACATCGCTCAGACACCAT-3’)、アンチセンスプライマー(5’-TGACCAGGCGCCCAATA-3’)を用いた。PCRの反応にはSYBR SELECT MASTER MIX (Thermo Fisher Scientific)を使用し、遺伝子発現の解析は比較Ct法で行った。結果は
図1~4に示す。
【0038】
コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸合成酵素2の遺伝子であるCOL1A1、ELN、HAS2に関しては遺伝子発現量が濃度依存的に減少し、MMP‐1の遺伝子であるMMP1に関しては遺伝子発現量が濃度依存的に増加する傾向が確認された。これらの変化は老化で生じる真皮マトリックス関連成分の変化と同様であることから、ミトコンドリア膜の過酸化脂質の増加は、老化による真皮マトリックス関連成分の量変化への寄与が高いことが示唆された。そのため、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を抑制できる成分は、老化による真皮マトリックス関連成分の量変化を緩和できることが期待される。
【0039】
実験2:ミトコンドリア膜の過酸化脂質量変動と真皮マトリックス関連成分の量変動との関係確認
実際にミトコンドリア膜の過酸化脂質量を抑制する物質が、加齢により変化する真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和するかを確認した。
【0040】
<被験物質の調製>
乾燥植物原体1に対して10倍の重量の50%エタノールを加えて、常温で72時間抽出した。抽出後、植物原体を取り除き、フィルターろ過した。今回使用した植物原体は、ハニーブッシュ(学名: Cyclopia subternata、使用部位:全草)、月桃葉(学名:Alpinia zerumbet、使用部位:葉)、ツボクサ(学名:Centella asiatica、使用部位:全草)、ツルグミ(学名:Elaeagnus glabra、使用部位:幹皮)、ギニアショウガ(学名:Aframomum melegueta K.Schum、使用部位:実)、黒枸杞(学名:Lycium barbaru var.chinense、使用部位:実)、アマランサス(学名:Amaranthus、使用部位:実)である。
【0041】
<細胞の培養およびミトコンドリア膜の過酸化脂質の染色>
正常成人皮膚由来の真皮線維芽細胞を1.5×104 cell/mLになるように、D-MEM培地(10%濃度のFBSを含む)に懸濁し、96 well black plate(CELLSTAR, グライナー社)に200μLずつ播種し、CO2インキュベーター内(37℃、5% CO2)で培養した。24時間培養後 1%濃度のFBSを加えたD-MEM培地に交換し、被験物質を培地の1%量添加した。コントロールとして、被験物質の溶媒である50% EtOHを培地の1%量添加した。72時間培養後 、PBS(-)で2回washし、HBSS (+)に1000倍希釈したMitoPeDPP(ミトコンドリア膜脂溶性過酸化物検出試薬、同仁化学研究所)およびHoechst33342(核染色試薬、同仁化学研究所)による染色を20分間CO2インキュベーター内で行った。その後、PBS(-)で細胞を3回洗浄し、HBSS (+)に置換して蛍光顕微鏡(キーエンスBZ-700)にて撮影した(20倍対物レンズを使用、緑:ミトコンドリア膜の過酸化脂質、青:核)
【0042】
<蛍光強度の画像解析>
得られた緑の画像については、Image J (NIH)にて一定の閾値を設定し2値化することでミトコンドリア膜の過酸化脂質の蛍光強度を算出した。また、同様の方法で、取得画像に含まれる核の個数を算出した後、取得画像中の蛍光強度を核個数で割ることによって、1細胞あたりの蛍光強度、すなわち1細胞あたりのミトコンドリア膜の過酸化脂質量を計算した。被験物質の抽出溶媒で処置した細胞のミトコンドリア膜の過酸化脂質量(コントロール)、および被験物質処置した細胞のミトコンドリア膜の過酸化脂質量を数1に代入して計算することにより、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を算出した。
【0043】
図5より、コントロールと比較してハニーブッシュ抽出物、月桃葉抽出物、ツボクサ抽出物、ツルグミ抽出物に非常に高いミトコンドリア膜の過酸化脂質量の抑制効果が(値が0.5以下)、ギニアショウガ抽出物に高いミトコンドリア膜の過酸化脂質量の抑制効果が確認された(値が0.8以下)。一方、黒枸杞抽出物、アマランサス抽出物にはミトコンドリア膜の過酸化脂質量の抑制効果は見られなかった(値が1以上)。
【0044】
次に、これらの抽出物が実際に真皮線維芽細胞の真皮マトリックス関連成分の遺伝子発現にどのような影響を与えているかを確認した。
真皮マトリックス関連成分を代表してコラーゲン、MMP‐1の遺伝子発現を確認した。
【0045】
<遺伝子発現確認>
正常成人皮膚由来の真皮線維芽細胞を4×10
4 cell/mLになるようにD-MEM培地(10%濃度のFBSを含む)に懸濁し、24wellプレートに500μLずつ播種し、CO
2インキュベーター内(37℃、5%CO2)で培養した。24時間培養後、1%濃度のFBSを加えたD-MEM培地に交換し、被験物質を培地の1%量添加した。コントロールとして、被験物質の溶媒である50% EtOHを培地の1%量添加した。 72時間培養後 、トータルRNAを抽出した。トータルRNAの抽出はJanaBioscience 核酸抽出キットを用いて、方法は添付のプロトコルに従った。PrimeScript RT Reagent kit (TAKARA)を用いて、逆転写を行うことでcDNAを合成した。得られたcDNAを鋳型として、COL1A1(コラーゲン)、MMP1 (マトリックスメタロプロテアーゼ1)およびGAPDH(グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ:ハウスキーピング遺伝子として使用)の発現量を以下のプライマー及び酵素を用いて、リアルタイムPCR(7500 RealTime PCR system、アプライドバイオシステムズ)にて測定した。尚、遺伝子発現の解析方法は、前述した方法と同じ方法で行った。結果を
図6、7に示す。
【0046】
図6、7より、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量の抑制効果の高かった、ハニーブッシュ抽出物、月桃葉抽出物、ツボクサ抽出物、ツルグミ抽出物、ギニアショウガ抽出物にコラーゲンの遺伝子発現促進作用及びMMP‐1の遺伝子発現抑制作用が確認できた。一方、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量の抑制効果がなかった、黒枸杞抽出物、アマランサス抽出物は、いずれの遺伝子発現にもほとんど影響を与えていなかった。
【0047】
コラーゲンは老化により減少する真皮マトリックス関連成分であり、MMP‐1は老化により増加する真皮マトリックス関連成分であることから、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量の抑制効果が高い物質は、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質であると言える。言い換えると、本願のスクリーニング方法によれば、ハニーブッシュ抽出物、月桃葉抽出物、ツボクサ抽出物、ツルグミ抽出物、ギニアショウガ抽出物は有効成分として選択され、黒枸杞抽出物、アマランサス抽出物は有効成分として選択されないことになる。
【0048】
実験3:活性酸素消去能の確認
被験物質自体が持つ活性酸素消去能と、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量の関係性を確認するため、一般的に物質自体の活性酸素除去能を測定する方法として良く用いられるDPPHラジカル補足能評価(人工的に作られたラジカルであるDPPH(2,2,-Diphenyl-l-picrylhydrazyl)に対する捕捉能を指標とした方法)にて、各抽出物の活性酸素除去能を評価した。
〔DPPH溶液の調製〕
DPPH溶液は、以下に示す各成分を、(A):(B):(C)=1:4:3容量の割合で混合し調製した。
(A)ES(2-(N-モルホリノ)エタンスルホン酸)5.52gを水100mLに溶かし、1N-NaOHでPH6.1に調製した。
(B)DPPH(1,1-ジフェニルー2-ピクリルヒドラジル)15.7mgをエタノール100mlに溶解した。
(C)精製水
〔Trolox溶液の調製〕
Trolox25mgをDMSO(ジメチルスルホキシド)10mlに溶解し、10mM溶液を作成した。
〔DPPH試験〕
被験物質10μLを96well plateの1well中に加え、次いでDPPH溶液190μlを迅速に加え混合した。10分後、各wellの吸光度を540nmで測定した。試験溶液のTrolox当量は、0.156mM、0.313mM、0.625mM、1.25mM、2.5mM、5.0mMのTrolox溶液10μlをとり、DPPH溶液190μlを加え混合し、10分後の540nmの吸光度を測定し、Trolox濃度と540nmの吸光度値の検量線を作成した。試験溶液の540nmの吸光度値から、検量線によりTrolox当量を算出した。結果を
図8に示した。
なお標準物質として使用するTroloxは、トコフェロールと類似した構造を有する物質である。Troloxを1とした場合、α-トコフェロール、γ-トコフェロール、δ-トコフェロールは、それぞれ0.50、0.74、1.36を示すといわれているので、Trolox当量が0.5以上であれば、十分な抗酸化効果であると言える。
【0049】
図8より、被験物質自体が持つ活性酸素除去能はミトコンドリア膜の過酸化脂質量に一致するものではなかった。そのため、物質自体の活性酸素除去能から、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を予測することは困難であることが明らかになった。実際に、ツルグミやギニアショウガに関しては、抽出物そのものに活性酸素除去能がほとんどなかったが、コラーゲン遺伝子発現促効果や、マトリックスメタロプロテアーゼ-1遺伝子発現抑制効果等が確認できていた。このことから、物質自体の活性酸素除去効果を指標に、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質をスクリーニングすることは難しいことが示唆された。
【0050】
以上の結果から、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を減少させる物質は、加齢による真皮マトリックス関連成分の量の変動を緩和することができることは明らかであるから、ミトコンドリア膜の過酸化脂質量を指標として加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動を緩和する物質をスクリーニングできる。本発明によれば、遺伝子発現量の確認を行うことなく有効成分のスクリーニングを行うことができるので、より簡便に短時間で、多くの被験物質の効果を確認することができる。また、加齢による真皮マトリックス関連成分の量変動は、顔面に生じる老化現象であるシワや弛みの主な原因であるため、本発明で見出されたミトコンドリア膜の過酸化脂質量の抑制効果が高い物質を含む美容組成物は、老化によるシワや弛みなどの皮膚老化症状に対して予防、改善効果が期待される。