(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-05-21
(45)【発行日】2024-05-29
(54)【発明の名称】平鋼製品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240522BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20240522BHJP
C23C 2/06 20060101ALI20240522BHJP
C21D 9/48 20060101ALN20240522BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/58
C23C2/06
C21D9/48 F
C21D9/48 J
(21)【出願番号】P 2020568682
(86)(22)【出願日】2019-06-12
(86)【国際出願番号】 EP2019065323
(87)【国際公開番号】W WO2019238741
(87)【国際公開日】2019-12-19
【審査請求日】2022-06-08
(31)【優先権主張番号】PCT/EP2018/065512
(32)【優先日】2018-06-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】510041496
【氏名又は名称】ティッセンクルップ スチール ヨーロッパ アクチェンゲゼルシャフト
【氏名又は名称原語表記】ThyssenKrupp Steel Europe AG
【住所又は居所原語表記】Kaiser-Wilhelm-Strasse 100,47166 Duisburg Germany
(73)【特許権者】
【識別番号】501186597
【氏名又は名称】ティッセンクルップ アクチェンゲゼルシャフト
【住所又は居所原語表記】ThyssenKrupp Allee 1 45143 Essen Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】アーニッヒ,マヌエラ
(72)【発明者】
【氏名】フェヒテ-ハイネン,ライナー
(72)【発明者】
【氏名】ラング,ミーリアム
(72)【発明者】
【氏名】リンケ,ベルント
(72)【発明者】
【氏名】ルドルフ,ヤン-ヘンドリク
(72)【発明者】
【氏名】ティーセン,リカルト・へー
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/151427(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/179372(WO,A1)
【文献】特表2015-516511(JP,A)
【文献】国際公開第2017/105064(WO,A1)
【文献】特開2017-145468(JP,A)
【文献】特開2015-193897(JP,A)
【文献】国際公開第2018/147400(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
C23C 2/00 - 2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼を含む平鋼製品であって、当該鋼が(重量%単位で)
0.1~0.5%のC
1.0~3.0%のMn、
0.9~1.5%のSi、
最大1.5%のAl、
最大0.008%のN、
最大0.020%のP、
最大0.005%のS、
0.01~1%のCr
および、以下の元素、すなわち、
最大0.2%のMo、
最大0.01%のB、
最大0.5%のCu、
最大0.5%のNi
のうちの1つ以上、
および、任意に合計0.005~0.2%のチタン(Ti)、ニオブ(Nb)及びバナジウム(V)から選択される非調質元素、
および残部としての鉄と、不可避的不純物とからなり、ここで、以下が適用され、
75≦(Mn
2+55*Cr)/Cr≦3000
(式中、Mnは、前記鋼の重量%単位のMn含有量であり、Crは、前記鋼の重量%単位のCr含有量である)
さらに、
・少なくとも80面積%のマルテンサイトであって、そのうち
マルテンサイトの面積の少なくとも75面積%が焼戻しマルテンサイトであり、マルテンサイトの面積の最大25面積%が非焼戻しマルテンサイトであるマルテンサイト、
・少なくとも5体積%の残留オーステナイト、
・0.5~10面積%のフェライトおよび
・最大5面積%のベイナイト
からなる構造を有し、
焼戻しマルテンサイトと残留オーステナイトとの間の相境界の領域では、これらが、少なくとも4nmおよび最大12nmの幅を有し、かつMn含有量が前記平鋼製品の平均総Mn含有量の最大50%である低Mnフェライトシームであり、前記平鋼製品が、長さが250nm以下である炭化物を有することを特徴とする平鋼製品。
【請求項2】
平鋼製品が、900~1500MPaの引張強度と、700MPa超の降伏強度Rp02と、7~25%の伸びA80と、80°超の曲げ角度と、25%超の穴広げと、以下が適用される最大深絞り比β
maxとを有し、
【数1】
式中、Rmが、前記平鋼製品のMPa単位の前記引張強度であることを特徴とする、請求項1に記載の平鋼製品。
【請求項3】
前記低Mnフェライトシームの前記幅が、少なくとも8nmであることを特徴とする、請求項1または2に記載の平鋼製品。
【請求項4】
前記低Mnフェライトシームの前記幅が、最大10nmであることを特徴とする、請求項1から3のいずれか一項に記載の平鋼製品。
【請求項5】
前記低Mnフェライトシームの前記Mn含有量が、前記平鋼製品の前記平均総Mn含有量の最大30%であることを特徴とする、請求項1から4のいずれか一項に記載の平鋼製品。
【請求項6】
前記炭化物の前記長さが、175nmよりも短いことを特徴とする、請求項1から5のいずれか一項に記載の平鋼製品。
【請求項7】
前記平鋼製品が、少なくとも1.475の最大深絞り比βを有することを特徴とする、請求項1から6のいずれか一項に記載の平鋼製品。
【請求項8】
前記平鋼製品が、金属コーティングを備えることを特徴とする、請求項1から7のいずれか一項に記載の平鋼製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、冷延平鋼製品、特に、良好な深絞り能力、低い耳割れ感受性および良好な曲げ挙動を有する、自動車工業用の冷延平鋼製品、ならびにそのような平鋼製品を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車工業では、車両重量を低減するために、高強度に加えて良好な成形性を有すべきである高強度鋼および超高強度鋼が好ましくは使用される。剪断プロセスに曝される板では、縁部領域の形状変化能力が大幅に低下するため、さらに加工すると耳割れが発生するリスクが高くなる。耳割れ感受性を特性評価する方法には、ISO 16630に準拠した穴広げ試験がある。対照的に、曲げ試験の場合、曲げ強度と最大たわみとは最初の割れまで決定される。曲げられた試料のスプリングバック後に得られる角度は、曲げ角度と呼ばれ、試験された材料の成形性傾向の尺度である。特に、複雑な構造形状に対しては、鋼の深絞り能力に高い要求が課せられる。DIN 8584-3に準拠したカッピング試験は、深絞り能力を評価する方法を提供し、最大深絞り比(限界絞り比βmax)を決定することによって材料の深絞り能力に関する結論をもたらす。通常、破断点伸びおよび最大深絞り比はともに、強度の増加とともに減少する。
【0003】
本事例では、平鋼製品に言及する際には、それから製造された鋼帯、鋼板またはブランク、例えば、パネルが理解される。
【0004】
平鋼製品を製造するための方法は、国際公開第2012/156428号から知られており、そこでは、オーステナイト化後に冷却停止温度まで冷却し、保持した後、加熱速度Theta_P1で温度TPまで一相で再加熱する熱処理に平鋼製品を供している。平鋼製品は、600~1400MPaの降伏強度、少なくとも1200MPa以上の引張強度、10~30%の伸びA50、50~120%の穴広げ、および100~180°の曲げ角度を有する。平鋼製品は、0.10~0.50重量%のC、0.1~2.5重量%のSi、1.0~3.5重量%のMn、最大2.5重量%のAl、最大0.020重量%のP、最大0.003重量%のS、最大0.02重量%のN、および場合により0.1~0.5重量%のCr、0.1~0.3重量%のMo、0.0005~0.005重量%のB、最大0.01重量%のCa、0.01~0.1重量%のV、0.001~0.15重量%のTi、0.02~0.05重量%のNbからなり、V、TiおよびNbの含有量の合計は0.2重量%以下である。平鋼製品の構造は、5%未満のフェライト、10%未満のベイナイト、5~70%の非焼戻しマルテンサイト、5~30%の残留オーステナイトおよび25~80%の焼戻しマルテンサイトを有する。対照的に、国際公開第2012/156428号からは、高強度と良好な深絞り能力とを同時に達成することができる方法は不明である。
【0005】
本事例では、合金の含有量および組成に関する情報が与えられている場合、これは、特に明記されていない限り、重量または質量に関する。この点に関して特に明記されていない限り、本事例では、マルテンサイト、フェライトおよびベイナイトの構造成分の構造比率に関する情報は面積%に関し、残留オーステナイトについては体積%に関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来技術の背景に対して、本発明の目的は、最適化された機械的特性、特に非常に良好な成形特性、特に同時に高い強度を伴う良好な深絞り能力を有する超高強度平鋼製品を示すことであった。
【0008】
本発明のさらなる目的は、そのような平鋼製品を製造するための方法を提供することであった。この方法は、特に、溶融めっきのためのプロセスに組み込むのに適しているべきである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
平鋼製品に関しては、目的は、少なくとも請求項1に示される特徴を有する製品によって達成されている。この方法に関して、本発明による平鋼製品の製造中に、請求項9に記載の方法工程に従うという点で目的が達成されている。
【0010】
本発明による平鋼製品は、(重量%単位で)
0.1~0.5%のC、
1.0~3.0%のMn、
0.9~1.5%のSi、
最大1.5%のAl、
最大0.008%のN、
最大0.020%のP、
最大0.005%のS、
0.01~1%のCr
からなり、
ならびに、以下の元素、すなわち、
最大0.2%のMo、
最大0.01%のB、
最大0.5%のCu、
最大0.5%のNi
のうちの1つ以上からなっていてもよく、
さらに、合計0.005~0.2%の非調質元素(microalloying element)と、鉄の残部と、不可避的不純物とからなっていてもよい鋼を含有し、ここで、以下が適用され、
75≦(Mn2+55*Cr)/Cr≦3000
式中、Mnは鋼の重量%単位のMn含有量であり、Crは鋼の重量%単位のCr含有量である。
【0011】
本発明による平鋼製品は、
・少なくとも80面積%のマルテンサイトであって、そのうち少なくとも75面積%が焼戻しマルテンサイトであり、最大25面積%が非焼戻しマルテンサイトであるマルテンサイト、
・少なくとも5体積%の残留オーステナイト、
・0.5~10面積%のフェライトおよび
・最大5面積%のベイナイト
からなる構造を有する。
【0012】
この場合、焼戻しマルテンサイトと残留オーステナイトとの間の相境界の領域に低Mnフェライトシーム(ferrite seam)が存在することが、良好な機械的特性にとって不可欠である。このフェライトシームでは、Mn含有量は、平鋼製品の平均総Mn含有量の最大50%である。低Mnフェライトシームの幅は、少なくとも4nm、好ましくは8nm超、最大12nm、好ましくは10nm未満である。さらに、本発明による平鋼製品中には炭化物が存在し、その長さは、250nm以下、好ましくは175nm未満である。
【0013】
本発明の平鋼製品は、900~1500MPaの引張強度Rm、700MPa以上であり、平鋼製品の引張強度未満である降伏強度Rp02、7~25%の伸びA80、80°を超える曲げ角度、25%を超える穴広げを特徴とし、最大深絞り比β
maxは
【数1】
【0014】
が適用されて決定され、式中、Rmは平鋼製品のMPa単位の引張強度であり、引張強度、降伏強度および伸びは、2017年2月からのDIN EN ISO 6892-1(試料形状2)に準拠した引張試験で決定され、曲げ角度は1010年12月のVDA238-100に準拠して、穴広げは2017年10月のISO 16630に準拠して、最大深絞り比βmaxは2003年9月からのDIN 8584-3に準拠して決定される。
【0015】
本発明による平鋼製品の鋼の炭素含有量は、0.1~0.5重量%である。炭素は、本発明による平鋼製品の鋼中のオーステナイトの形成および安定化に寄与する。特に、オーステナイト化後に行われる第1の冷却中、およびその後の分割焼鈍(partitioning annealing)中に、少なくとも0.1重量%、好ましくは少なくとも0.12重量%のC含有量がオーステナイト相の安定化に寄与し、それにより、本発明による平鋼製品中の残留オーステナイト比率を少なくとも5体積%に確保することが可能になる。さらに、C含有量はマルテンサイトの強度に強い影響を及ぼす。これは、第1の焼入れ中に発生するマルテンサイトの強度、および分割焼鈍後に発生する第2の焼入れ中に形成されるマルテンサイトの強度の両方に当てはまる。マルテンサイトの強度に対する炭素の影響を利用するために、C含有量は少なくとも0.1重量%である。C含有量が増加すると、マルテンサイト開始温度Msはさらに低い温度に押し下げられる。したがって、0.5重量%を超えるC含有量では、焼入れ中に十分なマルテンサイトが形成されない可能性がある。さらに、C含有量が高いと、大きな脆い炭化物が形成される可能性がある。加工性、特に溶接性は、C含有量が高くなると悪影響を受けるため、C含有量は、最大0.5重量%、好ましくは最大0.4重量%であるべきである。
【0016】
マンガン(Mn)は、鋼の靭性、および冷却中の構造成分パーライトの形成を回避するための合金元素として重要である。本発明による平鋼製品の鋼のMn含有量は、第1の焼入れ後のその後のプロセス工程にマルテンサイトおよび残留オーステナイトからなるパーライト不含構造を提供するために、少なくとも1.0重量%、特に少なくとも1.9重量%である。Mn含有量が極めて低いと、低Mnフェライトシームを形成することができなくなる可能性がある。Mnの正の影響は、好ましくは少なくとも1.9重量%の含有量で特に確実に利用することができる。対照的に、Mn含有量が増加すると、本発明による平鋼製品の溶接性は低下し、強い偏析が発生するリスクが増加する。偏析は、硬化プロセス中に巨視的または微視的な分離の形で形成される組成物の化学的不均一性である。偏析を低減し、良好な溶接性を確保するために、本発明による平鋼製品の鋼のMn含有量は、最大3.0重量%、好ましくは最大2.7重量%に制限される。
【0017】
合金元素としてのシリコーン(Si)は、セメンタイト形成の抑制を支援する。セメンタイトは炭化鉄である。セメンタイトが形成されると、炭化鉄の形の炭素は結合し、残留オーステナイトの安定化のための格子間溶解炭素として利用できなくなる。残留オーステナイトは伸びの改善に寄与するため、その結果、平鋼製品の伸びが低下する。残留オーステナイトの安定化に関する同様の効果は、アルミニウムを合金化することによっても達成することができる。Siの正の効果を利用するためには、本発明による平鋼製品の鋼中に少なくとも0.9重量%のSiが存在するべきである。ただし、高いSi含有量は平鋼製品の表面品質に悪影響を与える可能性があるため、鋼は1.5重量%超のSiを含有するべきではなく、好ましくは1.5重量%未満のSiを含有するべきである。
【0018】
脱酸のために、また窒素が鋼中に存在する場合、窒素に結合するために、本発明による平鋼製品の鋼に最大1.5重量%の含有量でアルミニウム(Al)を加えることができる。セメンタイト形成を抑制するためにアルミニウムを加えることもできる。ただし、Alは鋼のオーステナイト化温度を上昇させる。オーステナイト化のためにさらに高い焼鈍温度が設定されると想定される場合、最大1.5重量%のAlを合金化することができる。アルミニウムは完全なオーステナイト化に必要な焼鈍温度を上昇させ、Al含有量が1.5重量%を超える場合、完全なオーステナイト化は困難を伴って初めて可能であるため、本発明による平鋼製品の鋼のAl含有量は、最大1.5重量%、好ましくは最大1.0重量%に制限される。低いオーステナイト化温度が設定されると想定される場合、少なくとも0.01重量%、特に0.01~0.1重量%のAl含有量が好都合であることが証明されている。
【0019】
リン(P)、硫黄(S)および窒素(N)は、本発明による平鋼製品の機械的技術的特性に悪影響を与える。したがって、Pは溶接性に悪影響を及ぼすため、P含有量は最大0.02重量%、好ましくは0.02重量%未満であるべきである。濃度が高くなると、Sは、MnSの形成、または伸びに悪影響を与える(Mn,Fe)Sの形成をもたらす。したがって、S含有量は、最大0.005重量%、好ましくは0.005重量%未満の値に制限される。窒化物に結合した窒素は成形性に悪影響を与える可能性があるため、N含有量は、最大0.008重量%、好ましくは0.008重量%未満に制限されるべきである。
【0020】
クロム(Cr)は、鋼中に0.01~1.0重量%の含有量で存在する。クロムはパーライトの効果的な抑制物質であり、強度に寄与する。したがって、本発明による鋼中には、少なくとも0.01重量%のCr、好ましくは少なくとも0.1重量%のCrが含有されるべきである。Cr含有量が1.0重量%を超えると、本発明による平鋼製品の溶接性が低下し、表面品質の低下につながる顕著な粒界酸化が発生するリスクが高まる。したがって、Cr含有量は、最大1.0重量%、好ましくは最大0.50重量%、特に好ましくは0.2重量%未満に制限される。
【0021】
さらに、本発明の根底にある知識は、決定されたMnとCrとの比の維持が、残留オーステナイトと焼戻しマルテンサイトとの相境界に沿った低Mnフェライトシームの形成に好影響を与えるというものである。したがって、以下の条件が満たされた場合、残留オーステナイトと焼戻しマルテンサイトとの相境界に沿った低Mnフェライトシームを設定することができ、
75≦(Mn2+55*Cr)/Cr≦3000
式中、Mnは鋼の重量%単位のMn含有量であり、Crは鋼の重量%単位のCr含有量である。クロム含有量がMn含有量と比較して高すぎると、粒界が炭化クロムによって覆われる可能性がある。低Mnフェライトシームの形成は相境界の可動性の低下によって防がれるため、これは望ましくない。しかし、クロム含有量と比較してMn含有量が多すぎるように選択された場合、これはMn中のオーステナイトの早期飽和をもたらし、マンガンの拡散が停止する。局所的なMn濃度は依然として高いため、低Mnフェライトシームを形成することはできない。フェライトシームを欠くことにより、成形特性、特に最大深絞り比βmaxが低下する。
【0022】
モリブデン(Mo)、ホウ素(B)および銅(Cu)の群からの元素のうちの1つまたは複数が、機械的技術的特性を改善するために、本発明による平鋼製品の鋼中に存在していてもよい。
【0023】
モリブデン(Mo)はまた、パーライトの形成を防止するために、本発明による平鋼製品の鋼中に、最大0.2重量%、好ましくは0.2重量%未満の含有量で含有されていてもよい。
【0024】
ホウ素(B)は、本発明による平鋼製品の鋼中に、最大0.01重量%の含有量で任意の合金元素として含有され得る。ホウ素は相境界で偏析するため、それらの移動を阻止する。これは、平鋼製品の機械的特性を改善する微細粒組織の形成を支援する。ホウ素を合金化する場合、有害な窒化ホウ素の形成を防止する、Nに結合する十分なTi、すなわち、Ti>3.42*Nが存在するべきである。技術的な観点から、ホウ素の下限は0.0003%である。
【0025】
銅(Cu)は、本発明による平鋼製品中に、最大0.5重量%の含有量で任意の合金元素として含有され得る。降伏強度および強度はCuによって増加させることができる。Cuの強度増加効果を効果的に利用するために、好ましくは少なくとも0.03重量%の含有量でCuを加えることができる。さらに、これらの含有量により、大気腐食に対する耐性が向上する。ただし、同時に、Cu含有量の増加に伴い、破断点伸びが著しく減少する。さらに、Cu含有量が0.5重量%を超えると溶接性が著しく低下し、赤熱脆性の傾向が高まるため、Cu含有量は最大0.5重量%、好ましくは0.2重量%である。
【0026】
ニッケル(Ni)は、本発明による平鋼製品の鋼中に、最大0.5重量%の含有量で任意の合金元素として含有され得る。ニッケル(Ni)は、クロムと同様に、パーライトの抑制物質であり、少量でも効果的である。好ましくは少なくとも0.02重量%、特に少なくとも0.05重量%のニッケルを用いた任意の合金化の場合、この支援効果を達成することができる。機械的特性の所望の設定に関して、Ni含有量を0.5重量%に制限することもまた好都合であり、最大0.2重量%、特に0.1重量%のNi含有量が特に実用的であることが見出されている。
【0027】
本発明による平鋼製品の鋼は、1つまたは複数の非調質元素を含有していてもよい。本事例では、非調質元素とは、チタン(Ti)元素、ニオブ(Nb)元素およびバナジウム(V)元素として理解される。本明細書では、チタンおよび/またはニオブが好ましくは使用される。非調質元素は、炭素と炭化物を形成することができ、これは非常に微細に分布した析出物の形で強度をさらに高める。非調質元素の含有量が合計で少なくとも0.005重量%である場合、オーステナイト化中に粒界および相境界の凝固をもたらす析出物が発生する可能性がある。しかし、同時に、原子形態で残留オーステナイトを安定化するのに有利な炭素は、炭化物として結合される。残留オーステナイトの十分な安定化を確保するために、非調質元素の合計濃度は0.2重量%を超えるべきではない。好ましい実施形態では、Tiおよび/またはNbの合計は、0.005~0.2重量%である。
【0028】
好ましい実施形態では、本発明による平鋼製品は、冷延平鋼製品である。
【0029】
さらに好ましい実施形態では、平鋼製品は、腐食保護のために金属コーティングを備えていてもよい。Zn系コーティングは、この目的に特に適している。コーティングは、特に溶融めっきによって塗布することができる。
【0030】
超高強度平鋼製品を製造するための本発明による方法は、少なくとも以下の作業工程、すなわち、
a)鉄および不可避的不純物に加えて、(重量%単位で)
0.1~0.5%のC、好ましくは0.12~0.4重量%、1.0~3.0%のMn、好ましくは1.9~2.7重量%のMn、0.9~1.5%のSi、最大1.5%のAl、最大0.008%のN、最大0.020%のP、最大0.005%のS、0.01~1%のCr、ならびに、以下の元素、すなわち、最大0.2%のMo、最大0.01%のB、最大0.5%のCu、最大0.5%のNiのうちの1つ以上からなっていてもよく、ならびに、合計0.005~0.2%の非調質元素、好ましくは合計0.005~0.2%のTiおよび/またはNbからなっていてもよい鋼からなるスラブを提供する工程であって、75≦(Mn2+55*Cr)/Cr≦3000が適用され、式中、Mnが鋼の重量%単位のMn含有量であり、Crが鋼の重量%単位のCr含有量である工程、
b)スラブを1000~1300℃の温度まで加熱し、スラブを熱間圧延してホットストリップにする工程であって、最終圧延温度T_ETが850℃超である工程、
c)ホットストリップを最大25秒以内に400~620℃のコイル巻取温度T_HTまで冷却し、ホットストリップをコイルに巻き取る工程、
d)熱延平鋼製品を酸洗する工程、
e)熱延平鋼製品を冷間圧延する工程、
f)冷延平鋼製品を鋼のA3温度よりも少なくとも15℃高く最大950℃である保持ゾーン温度T_HZまで加熱する工程であって、加熱が、
f1)一相で、2~10K/sの平均加熱速度で、
または
f2)二相で、5~50K/sの第1の加熱速度Theta_H1で200~400℃の変換温度T_Wまで、および前記変換温度T_Wを超えて2~10K/sの第2の加熱速度Theta_H2で、のいずれかで行われる工程、
g)保持ゾーン温度T_HZで5~15秒の持続時間t_HZにわたり平鋼製品を保持する工程、
h)h1)少なくとも30K/sの冷却速度Theta_Q1
または
h2)650℃以上の中間温度T_LKへの第1の冷却のための30K/s未満の第1の冷却速度Theta_LK、およびT_LからT_Qへの第2の冷却のための第2の冷却速度Theta_Q2(Theta_Q2は少なくとも30K/sである)
のいずれかで、保持ゾーン温度T_HZから、マルテンサイト開始温度T_MSとT_MSよりも175℃低い温度との間の冷却停止温度T_Qまで平鋼製品を冷却する工程、
i)冷却停止温度T_Qで1~60秒にわたり平鋼製品を保持する工程、
j)5~100K/sの第1の加熱速度Theta_B1で、少なくともT_Q+10℃および最大450℃の第1の処理温度T_B1まで平鋼製品を加熱し、第1の処理温度T_B1で8.5秒~245秒の持続時間t_B1にわたり平鋼製品を保持し、2~50K/sの第2の加熱速度Theta_B2で、少なくともT_B1+10℃および最大500℃の第2の処理温度T_B2まで平鋼製品を加熱し、処理温度T_B2で最大34秒の持続時間t_B2にわたり平鋼製品を保持していてもよい工程であって、加熱および等温保持のための処理時間t_B2全体が合計で10~250秒である工程、
k)Zn系コーティング浴内で平鋼製品をコーティングしていてもよい工程、
l)少なくとも5K/sの冷却速度Theta_B3で室温まで平鋼製品を冷却する工程を含む。
【0031】
作業工程a)では、従来の方法で製造され、作業工程a)で言及された組成の鋼からなるスラブが提供される。
【0032】
作業工程b)では、スラブは1000~1300℃の温度まで加熱され、ホットストリップに圧延される。熱間圧延は、最終圧延温度T_ETが850℃を超える状態で、その他の点では通常の方法で行われる。圧延操作中に粗いポリゴナルフェライト粒を形成するのを回避するために、最終圧延温度T_ETは850℃を超えるべきである。
【0033】
作業工程c)では、熱間圧延後およびコイル巻取前にホットストリップを冷却し、次いでコイル巻取温度T_HTでコイルに巻き取る。ポリゴナルフェライトの形成を減少させるために、または好ましくはそれを完全に抑制するために、冷却は、25秒以下の期間t_RG以内、すなわち最大25秒以内に行われる。この場合、t_RGとは、圧延操作の終了後、すなわち最後の圧延パスの後に始まり、冷却操作の終了後、すなわちコイル巻取温度T_HTに達した後に終了する期間である。ポリゴナルフェライトの発生は、t_RGが最大18秒、好ましくは最大15秒の場合に特に効果的に最小限に抑えることができる。典型的には、t_RGは、プロセス関連の理由から、少なくとも2秒、一般に少なくとも5秒である。
【0034】
望ましくない構造成分パーライトの形成を防止するために、コイル巻取は、最大620℃のコイル巻取温度T_HTで行われる。好ましい実施形態では、コイル巻取温度T_HTは、最大600℃に設定され、これはまた、ポリゴナルフェライトの回避に正の効果を及ぼす。この場合、ホットストリップの構造中のベイナイトの比率を増加させるために、最大580℃のコイル巻取温度が特に好ましい。コイル巻取温度が620℃~580℃になるように選択された場合、ベイナイトとベイニティックフェライトとの比率はコイル巻取温度の低下とともに増加する。したがって、大きな硬度差のない同一の構造を達成することができ、これにより、その後の冷間圧延工程中に厚さおよび幅の狭い公差を維持することが可能になる。低いコイル巻取温度のもう1つの正の効果は、粒界酸化に対する感受性の低下である。一般に、コイル巻取温度が高いほど、酸素アフィン元素、例えばSi、CrまたはMnなどが粒界に関連して拡散する可能性が高くなり、そこに安定な酸化物を形成し、これにより表面品質を低下させ、任意のその後のコーティングを困難にすることが当てはまる。ただし、コイル巻取温度が低くなると、円周方向のマルテンサイト形成に起因して冷間圧延性が悪影響を受けるため、コイル巻取温度T_HTは400℃未満になるように選択すべきではない。マルテンサイトは、冷間圧延性に悪影響を与える特に硬く脆い相を表す。さらに、コイル巻取温度が低くなると、Mnを再分布するのに十分な熱エネルギーが提供されない。
【0035】
本発明による冷却時間t_RGおよびコイル巻取温度T_HTが維持されると、コイル巻取の最初の1分間に、大部分がベイナイト系の構造が生成される。これは、非常に微細に分布したベイニティックフェライトおよび非常に微細に分布したオーステナイトから主になり、フェライトおよびオーステナイトの粒径はそれぞれナノメートル範囲にある。この場合、2つの相間の最短距離は典型的には20μm以下である。Mnは強力なオーステナイト形成物質であるため、フェライト系構造成分からオーステナイト粒子へのMn原子の再配置に対する駆動力が存在する。非常にゆっくりと行われるコイルの冷却中に、Mnはフェライトからオーステナイトに拡散する。その結果、フェライト系構造成分は、フェライトとオーステナイトとの相境界面のすぐ後ろにある1つの領域内でMnを欠く。Mnが枯渇したこの領域は、幅数ナノメートルである。同時に、Mnは相境界のすぐ後ろのオーステナイト粒に富む。620℃~400℃の温度範囲へのMnの体積拡散は非常にゆっくりと行われるため、拡散操作はオーステナイトとフェライトとの間の相境界の周りの幅数ナノメートルの領域に局所的に制限される。400℃未満の温度まで徐々に冷却すると、オーステナイトは炭化鉄に部分的に分解する。ただし、400℃未満のMnの拡散速度は低すぎるため、これはMnの再分布に影響を与えず、均質化のための熱力学的駆動力も提供しない。
【0036】
Mnの拡散操作は、非常に低い冷却速度とそれに対応する長い保持時間とによって支援される。低い冷却速度の設定は、好ましい実施形態では、空気中、特に停滞した空気中のコイル内のホットストリップを冷却することによって行うことができる。
【0037】
さらに好ましい実施形態では、コイルの重量を利用して、コイルの冷却に影響を与えることができる。コイルが重いほど、コイル質量とコイル表面との比が大きくなるため、冷却が遅くなる。したがって、コイル質量m_CGが少なくとも10t、特に好ましくは少なくとも15t、非常に特に好ましくは少なくとも20tである場合、ゆっくりとした冷却、したがってホットストリップ中のMnの再分布が支援され得る。
【0038】
コイル内で冷却した後、熱延平鋼製品を従来の方法で酸洗し(作業工程d))、次いで、従来の方法で冷間圧延に供する(作業工程e))。
【0039】
冷延平鋼製品は、作業工程f)で、保持ゾーン温度とも呼ばれ得る焼鈍温度T_HZまで加熱される。加熱は、2~10K/s、好ましくは5~10K/sの平均加熱速度で一相のいずれかで行われる。あるいは、加熱は二相で行うこともできる。この場合、平鋼製品は、200~400℃の変換温度T_Wに達するまで、5~50K/sの加熱速度Theta_H1で最初に加熱される。保持ゾーン温度T_HZに達するまでの加熱は、変換温度T_Wを超えて、2~10K/sの加熱速度Theta_H2で行われる。二相加熱中、第1の加熱速度Theta_H1は、第2の加熱速度Theta_H2と等しくない。Theta_H2はTheta_H1未満であることが好ましい。
【0040】
好ましい実施形態では、平鋼製品は連続炉内で加熱される。特に好ましい実施形態では、平鋼製品は、セラミックラジアントチューブを備えた炉内で加熱され、これは、特に、900℃を超えるストリップ温度に達するのに有利である。
【0041】
オーステナイトの完全な構造変換を可能にするために、保持ゾーン温度T_HZは、鋼のA3温度よりも少なくとも15℃、好ましくは15℃超高い。A3温度は分析に依存し、以下の経験式を用いて推定することができ、
A3[℃]=910-15.2%Ni+44.7%Si+31.5%Mo-21.1%Mn-203*√%C
式中、%Cは鋼の重量%単位のC含有量であり、%Niは鋼の重量%単位のNi含有量であり、%Siは鋼の重量%単位のSi含有量であり、%Moは鋼の重量%単位のMo含有量であり、%Mnは鋼の重量%単位のMn含有量である。
【0042】
温度がさらに高く、保持時間がさらに長い場合、ホットストリップ中にすでに生成されたオーステナイト中のMn富化とフェライト中のMn枯渇とが再均質化される可能性があるため、保持ゾーン温度T_HZは最大950℃に制限される。さらに、950℃に制限された焼鈍温度により、運用コストを節約することができる。
【0043】
作業工程g)では、平鋼製品は、保持ゾーン温度T_HZで5~15秒の保持時間t_HZにわたり保持される。粗いオーステナイト粒の形成、および無秩序なオーステナイト粒の成長、ひいては平鋼製品の成形性に対する悪影響を回避するために、保持持続時間t_HZは15秒を超えるべきではない。オーステナイトへの完全な変換とオーステナイト中の均質なC分布を達成するために、保持持続時間は少なくとも5秒続くべきである。低Mnゾーンの形成は、長いt_HZおよび関連するMn均質化によっても悪影響を受ける。過度に長い保持時間t_HZは、マンガンの均等な分布をもたらすため、低Mnフェライトシームが形成されない。
【0044】
作業工程h)では、平鋼製品は、保持ゾーン温度T_HZから冷却停止温度T_Qまで冷却される。作業工程h)での冷却により、マルテンサイトが発生し、これは一次マルテンサイトとも呼ばれる。冷却は、一相または二相のいずれかで行うことができる。いずれの場合も、少なくとも30K/sの冷却速度Theta_Qでの急速冷却が、T_HZとT_Qとの間の温度範囲の少なくとも一部にわたって行われる。一相冷却と二相冷却とをさらに明確に区別するために、急速冷却速度Theta_Qは、一相冷却の場合はTheta_Q1と呼ばれ、二相冷却の場合はTheta_Q2と呼ばれる。一相冷却の場合、平鋼製品は、T_HZからT_Qまで、少なくとも30K/sの冷却速度Theta_Q1でのみ冷却される。均一な温度分布を確保するために、Theta_Q1の最大値は1000K/s、好ましくは最大500K/s、特に好ましくは最大200K/sである。冷却は、ベイナイトへの変換と10%を超えるフェライト比率とを回避するために、少なくとも30K/sで行われる。
【0045】
二相冷却の場合、平鋼製品は、30K/s未満の第1の冷却速度Theta_LKで、中間温度T_LKまで最初に冷却される。好ましい実施形態では、10%を超えるフェライト比率の形成を可能な限り回避するために、Theta_LKは0.1K/sを超える。この場合、10%を超えるフェライト比率の形成を回避するために、T_LKはT_HZ未満であり、650℃以上である。中間温度T_LKに達した後、少なくとも30K/sの第2の冷却速度Theta_Q2で、冷却停止温度T_Qまで中断することなくさらに冷却が行われる。均一な温度分布を確保するために、Theta_Q2の最大値は1000K/s、好ましくは最大500K/s、特に好ましくは最大200K/sである。また、二相冷却は、10%を超えるフェライト比率の形成とベイナイト変換とを回避するために、650℃未満の温度範囲で少なくとも30K/sで行われる。T_HZからT_LKへの冷却のための時間t_LKも30秒以下の場合、フェライト変態およびベイナイト変換は特に確実に制限される。
【0046】
マルテンサイト形成を制御するために、冷却停止温度T_Qは、T_Qが、マルテンサイト開始温度T_MSとT_MSよりも最大175℃低い温度との間にあるように選択される。以下が適用される:
(T_MS-175℃)<T_Q<T_MS。
【0047】
好ましい実施形態では、T_Qは、T_Qが、T_MSよりも75℃低い温度とT_MSよりも150℃低い温度との間になるように選択することができる:(T_MS-150℃)<T_Q<(T_MS-75℃)。
【0048】
マルテンサイト開始温度T_MSは、本明細書では、オーステナイトからマルテンサイトへの変換が始まる温度として理解される。マルテンサイト開始温度は、以下の式を用いて推定することができ、
T_MS[℃]=539℃+(-423%C-30.4%Mn-7.5%Si+30%Al)℃/wt%
式中、%Cは鋼の重量%単位のC含有量であり、%Mnは鋼の重量%単位のMn含有量であり、%Siは鋼の重量%単位のSi含有量であり、%Alは鋼の重量%単位のAl含有量である。
【0049】
オーステナイト形成物質としてのMnがマルテンサイト形成のための熱力学的駆動力を抑制するため、マンガンはマルテンサイト開始温度を低下させる。したがって、マルテンサイト形成は、Mn含有量の減少によって促進される。このため、最初のマルテンサイトランセット(martensite lancet)は、好ましくはMnが低い領域に形成されるのに対して、Mn含有量が高い領域は主にオーステナイト系のままである。したがって、オーステナイトとマルテンサイトとの相境界は、局所的なMn富化および局所的なMn枯渇の点にあることが好ましい。局所的なMn富化および局所的なMn枯渇のこれらの点は、ホットストリップの製造プロセス中にすでに生成されており、材料中に微細に分布している。典型的には、局所的なMn富化および局所的なMn枯渇の点は、材料中で互いに5μm未満、好ましくは1μm未満の距離で分布している。
【0050】
作業工程i)では、T_Qまで冷却された平鋼製品は、厚さおよび幅全体にわたって平鋼製品中の温度分布の均質化を達成するために、冷却停止温度T_Qで1~60秒の持続時間t_Qにわたって保持される。平鋼製品の厚さおよび幅全体にわたる温度の均質な分布は、特に微細構造の形成に有利に働く。典型的には、平均粒径は20μm未満である。場合によっては、平均粒径が15μm未満または10μm未満の構造も発生し得る。典型的には、一次マルテンサイトおよび残留オーステナイトからなる均一な構造が、平鋼製品の厚さおよび幅全体にわたって存在し、これは、冷間圧延および焼鈍された最終製品の成形性、本明細書ではコイルおよび切板の成形性に有利に影響を与える。平鋼製品をT_Qで少なくとも5秒間、特に好ましくは少なくとも10秒間保持すると、温度分布を特に確実に達成することができる。
【0051】
作業工程j)では、T_Qで保持した後、平鋼製品が再加熱される。加熱中、平鋼製品は、5~100K/sの第1の加熱速度Theta_B1で、冷却停止温度T_Qよりも少なくとも10℃高い第1の処理温度T_B1まで最初に加熱される。処理温度T_B1は、少なくともT_Q+10℃、好ましくはT_Q+15℃、特に好ましくはT_Q+20℃、最大450℃である。その後、平鋼製品は、2~50K/sの第2の加熱速度Theta_B2で、第1の処理温度T_B1よりも少なくとも10℃高い第2の処理温度T_B2まで加熱される。第2の処理温度T_B2は、少なくともT_B1+10℃、好ましくは少なくともT_B1+15℃、特に好ましくは少なくともT_B1+20℃である。第2の処理温度T_B2は最大500℃である。後続の任意の処理工程では、第2の処理温度T_B2で最大34秒の持続時間t_B2にわたって平鋼製品を等温保持することができる。T_B1への加熱、T_B1での等温保持、T_B2への加熱、およびT_B2での任意の保持を含む処理持続時間t_BT全体は、この場合10~250秒である。
【0052】
第1の処理温度T_B1への加熱中に、残留オーステナイトに過飽和一次マルテンサイトからの炭素を富化させる。好ましい実施形態では、一次マルテンサイトと残留オーステナイトとの比は、この場合、2:1よりも大きく、これは、そのような比は、良好な形成挙動を達成するために特に有利であることが証明されているためである。一次マルテンサイトと残留オーステナイトとの比が2:1よりも大きい場合、残留オーステナイト中の炭素の変位を支援するために、高い熱力学的駆動力の効果を利用することができる。特にマルテンサイトの体心立方格子では、原子量が比較的低く、炭素の拡散性が高いため、拡散プロセスは、早ければ冷却停止温度T_Qから、したがってマルテンサイト変換の開始時に開始される。オーステナイトの面心立方格子では、炭素の拡散性はマルテンサイト中よりも実質的に小さいため、C原子は一次マルテンサイトとオーステナイトとの間の相境界で富化される。この富化により、この点でC濃度が局所的に上昇し、これは、複数の重量パーセント点であり得る。一次マルテンサイトとオーステナイトとの間の相境界でC原子の十分な富化を確保するために、第1の処理温度T_B1は、冷却停止温度T_Qよりも少なくとも10℃、好ましくは少なくとも15℃、特に好ましくは少なくとも20℃高くあるべきである。この点でのC濃度の過度に高い局所的な上昇を防止するために、T_B1は450℃を超えるべきではなく、好ましくは430℃を超えるべきではなく、T_B1での等温保持の持続時間は、245秒以下、好ましくは最大200秒、特に好ましくは最大150秒であるべきである。
【0053】
第2の処理温度T_B2まで加熱することにより、残留オーステナイトの熱力学的安定性は、オーステナイト相の伸びが局所的に起こるまで加熱される。この場合、蓄積されたC原子は、残留オーステナイトによって最初に受け取られる。加熱の過程では、残留オーステナイト中の炭素の拡散もまた、さらに温度が上昇するのとともに増加する。その結果、一次マルテンサイトからオーステナイトへの相境界でのC含有量の濃度勾配が減少して、残留オーステナイト中の炭素がほぼ均一かつ均質に分布する。十分な均質化を確保するために、第2の処理温度T_B2は、第1の処理温度T_B1よりも少なくとも10℃、好ましくは少なくとも15℃、特に好ましくは少なくとも20℃高く、最大500℃である。炭素の均質化に伴い、残留オーステナイトの粒界が後退し、その結果、処理温度T_B1での等温保持中に形成される残留オーステナイトの比率が減少する。炭素は、第2の処理温度T_B2への加熱中に形成される後退する残留オーステナイト中の移動する相境界を通って輸送される。同時に、加熱により、相境界の領域内のマンガンの拡散性が増加し、これにより、後退する残留オーステナイト中のマンガンが富化される。処理温度T_B2での最大34秒の持続時間にわたる任意の保持も、炭素およびマンガンの拡散に有利であることが証明されている。後退するオーステナイト相境界に沿って、数ナノメートル、特に12nm以下の幅を有する、低マンガンフェライトからなるシームが発生する。低Mnフェライトシームは、早ければ作業工程b)およびc)のホットストリップの製造中に形成される低Mn領域内で主に形成され、これは、これらの領域ではフェライト形成が特に有利であるためである。低Mnフェライトシームは、残りの構造成分よりも著しく延性がある。最終製品では、この延性フェライトは、例えば焼戻しマルテンサイトおよび非焼戻しマルテンサイトなど、様々な強度で可塑化する構造成分間の補償ゾーンとして機能する。低Mnフェライトシームは、残留オーステナイトとともに微細割れの拡大を打ち消し、それによって特に穴広げが改善される。
【0054】
T_B1への加熱の持続時間は、本事例では、t_BR1と呼ばれる。t_BR1は、処理温度T_B1と冷却停止温度T_Qとの差を加熱速度Theta_B1で割った商から決定することができ、
t_BR1=(T_B1-T_Q)/Theta_B1
式中、t_BR1は秒単位の加熱持続時間であり、T_B1は℃単位の処理温度であり、T_Qは℃単位の冷却停止温度であり、Theta_B1はK/s単位の加熱速度である。
【0055】
100K/sを超える加熱速度Theta_B1でさらに高速に加熱する場合、ストリップ幅全体にわたり処理温度T_B1を均一に設定することは、加工および調整技術の点で困難を伴って初めて達成することができる。5K/s未満の加熱速度Theta_B1で非常にゆっくりと加熱する場合、プロセスは非常にゆっくりと実行され、炭化物がますます形成される。ただし、炭素は炭化物によって結合されるため、残留オーステナイトを安定化するために使用できなくなる。さらに、これらの炭化物は脆いため、材料中の流れが妨げられ、ひいては、例えば、深絞り条件、破断点伸びおよび穴広げなどのその後の巨視的特性の低下が引き起こされる。
【0056】
プロセス技術の観点からは、炭化物形成を完全に回避することは一般に不可能である。ただし、平鋼製品の機械的技術的特性に影響を与える炭化物の長さは、加熱速度によって影響を受ける。炭化物の長さを最大250nm、好ましくは最大175nmに設定するために、加熱速度Theta_B1は5~100K/sである。本明細書では、炭化物の長さとは、炭化物のそれぞれ最長の軸として理解される。
【0057】
二相加熱中に平鋼製品が第1の処理温度T_B1から第2の処理温度T_B2になる平均加熱速度Theta_B2は、2~50K/sである。本明細書では、平鋼製品がT_B1からT_B2になる持続時間は、t_BR2と呼ばれる。t_BR2は0~35秒である。平均熱処理速度Theta_B2は、以下を使用して決定することができ、
Theta_B2=(T_B2-T_B1)/t_BR2
式中、Theta_B2はK/s単位の熱処理速度であり、t_BR2は平鋼製品がT_B1からT_B2になる、秒単位の持続時間であり、T_B1またはT_B2は℃単位の処理温度である。
【0058】
加熱は、従来の加熱装置によって基本的に行うことができる。ただし、ラジアントチューブまたは昇圧機の使用は特に効果的であることが証明されている。
【0059】
作業工程j)では、平鋼製品は、処理温度T_B1で等温保持され、また処理温度T_B2で等温保持されていてもよい。T_B1および場合によりT_B2での等温保持を利用して、炭素の再分布を支援することができる。平鋼製品は、処理温度T_B1で8.5~245秒の持続時間t_B1にわたり保持され、また処理温度T_B2で最大34秒の持続時間t_B2にわたり保持されていてもよい。本明細書において、好ましい実施形態では、T_B2への加熱の持続時間と温度T_B2での保持持続時間とは、合計で最大35秒、すなわち(t_B2+t_BR2)≦35秒、好ましくは25秒未満、特に好ましくは20秒未満である。
【0060】
平鋼製品がT_B1まで加熱され、T_B1で保持され、T_B2まで加熱され、T_B2で保持されていてもよい処理持続時間t_BT全体は、10~250秒であるべきである。10秒よりも短い処理持続時間は、炭素の再分布に悪影響を及ぼす。250秒を超える処理持続時間は、望ましくない炭化物形成を促進する。
【0061】
作業工程j)では、保持中、または加熱中直接的に、Zn系コーティング浴内での溶融めっきの任意の作業工程k)で平鋼製品をコーティングすることができる。平鋼製品がコーティング浴を通って導かれる持続時間は、保持時間t_B2または加熱持続時間t_BR2に含まれる。
【0062】
強度の低下を回避するために、第2の処理温度T_B2まで加熱するための持続時間t_BR2と、保持時間t_B2とを短く保つことが好ましいことが証明されている。特に、保持時間t_B2がゼロ秒である場合に有利であることが証明されており、その結果、平鋼製品は、第2の加熱段階t_BR2から直接コーティング浴に移行する。したがって、T_B2への加熱のための持続時間t_BR2と場合により保持時間t_B2とが合わせて最大35秒、好ましくは25秒未満、特に好ましくは20秒未満である場合、高い強度値を特に確実に達成することができる。
【0063】
溶融めっきに適したコーティング浴は、以下の組成を有する:
≧96重量%のZn、0.5~2重量%のAl、0~2重量%のMg。
【0064】
コーティング浴は、典型的には450~500℃の温度を有する。
【0065】
作業工程k)での任意のコーティング後、または作業工程k)が省略された場合、作業工程j)での処理温度T_B2での加熱および任意の保持の後、平鋼製品は、その後の作業工程l)で5K/sを超える冷却速度Theta_B3で冷却される。二次マルテンサイトの形成を可能にするために、冷却速度は5K/s超であるべきである。本明細書では、二次マルテンサイトとは、作業工程l)での冷却中に形成されたマルテンサイトとして理解される。二次マルテンサイトは熱処理されないため、本明細書では、非焼戻しマルテンサイトとも呼ばれる。
【0066】
本発明に従って製造された平鋼製品は、平均粒径が20μm未満の特に微細な粒組織を有し、少なくとも80面積%の総マルテンサイト比率であって、そのうち少なくとも75面積%が焼戻しマルテンサイトであり、最大25面積%が非焼戻しマルテンサイトである総マルテンサイト比率を含み、少なくとも5体積%の残留オーステナイト、0.5~10面積%のフェライトおよび最大5面積%のベイナイトを含有する。
【0067】
炭化物は、250nm以下、特に250nm未満、好ましくは175nm未満の長さで構造中に存在する。残留オーステナイトは低Mnフェライトシームによって囲まれる。このシームは、焼戻しマルテンサイトと残留オーステナイトとの間の相境界の領域に、Mn含有量が平鋼製品の平均総Mn含有量の最大50%、特に50%未満であり、平鋼製品の平均総Mn含有量の好ましくは最大30%、特に30%未満である低Mnゾーンを形成する。低Mnフェライトシームの幅は、少なくとも4nm、好ましくは4nm超、好ましくは少なくとも8nm、特に8nm超である。低Mnフェライトシームの幅は、最大12nm、特に12nm未満、好ましくは最大10nm、特に10nm未満である。
【0068】
本事例では、平鋼製品の平均総Mn含有量は、平鋼製品が製造された鋼溶融塊の平均Mn含有量と等しい。
【0069】
マルテンサイト:本発明による平鋼製品の構造中の総マルテンサイト比率は、少なくとも80面積%である。本発明による平鋼製品の構造中に存在するマルテンサイトは、第一に、作業工程h)での第1の冷却中に形成され、第二に、作業工程l)での第2の冷却中に形成される。第1の冷却中に形成されたマルテンサイトは一次マルテンサイトとも呼ばれ、第2の冷却中に形成されたマルテンサイトは二次マルテンサイトとも呼ばれる。一次マルテンサイトは作業工程j)で加熱される。加熱された一次マルテンサイトは、焼戻しマルテンサイトまたは一次焼戻しマルテンサイトとも呼ばれる。焼戻しマルテンサイトと二次マルテンサイトとのマルテンサイト比率の合計は、総マルテンサイト比率とも呼ばれる。マルテンサイトは、硬い構造成分として、平鋼製品の強度に特に寄与する。引張強度Rmが少なくとも900MPaの平鋼製品を得るために、総マルテンサイト比率は少なくとも80面積%である。
【0070】
焼戻しマルテンサイト:作業工程j)で行われる加熱の前に形成される一次マルテンサイトは、熱処理中に残留オーステナイトに拡散し、かつそれを安定化する炭素の供給源である。熱処理後、このマルテンサイトは焼戻しマルテンサイトと呼ばれる。曲げ角度が80°を超え、穴広げが25%を超えるようにするには、その比率は総マルテンサイト比率の少なくとも75面積%であるべきである。
【0071】
二次マルテンサイト:二次マルテンサイトは、処理工程j)で不十分に安定化された残留オーステナイトから発生し、強度に寄与する。総マルテンサイト比率の25面積%を超える比率では、二次マルテンサイトは形成中に早期の割れ形成を引き起こすため、25面積%未満に維持しなければならない。
【0072】
残留オーステナイト:残留オーステナイトは、本発明による平鋼製品の構造中に室温で存在する。残留オーステナイトは伸び特性の改善に寄与する。十分な伸びを確保するために、残留オーステナイトの比率は少なくとも5体積%であるべきである。
【0073】
フェライト:フェライトは、マルテンサイトよりも低い強度を有するが、少量で成形性を支援することができる。これが、本発明による平鋼製品の構造中のフェライトの比率が0.5~10面積%に制限される理由である。再加熱、作業工程j)中に形成された低Mnフェライトシームによって、0.5面積%の最小フェライト含有量が構造中に存在する。
【0074】
ベイナイト:また、ベイナイトは、オーステナイトの相変換中に主に存在する。オーステナイトからベイナイトへの変換中に、溶解した炭素の一部がベイナイトに組み込まれるため、オーステナイトでは炭素の富化に利用できなくなる。オーステナイトの富化のために可能な限り多くの炭素を提供するために、ベイナイトの比率は最大5面積%に制限されるべきである。ベイナイトの含有量が少ないほど、平鋼製品の機械的特性をさらに確実に達成することができる。ベイナイトの形成を完全に抑制することができ、ベイナイト含有量を最大0面積%に減少させれば、機械的特性を特に確実に得ることができる。
【0075】
低Mnフェライトシーム:本発明による平鋼製品中の残留オーステナイト粒は、狭い低Mnフェライトシームに囲まれる。処理温度T_B1またはT_B2への加熱中、およびT_B1またはT_B2での保持中に、残留オーステナイト粒の周囲に、低Mnフェライトシームからなる低Mnゾーンが発生する。低Mnフェライトシームは、それを囲む構造成分よりも著しく延性がある。これは、様々な強度で可塑化する構造成分間の補償ゾーンを表し、したがって、微細割れの拡大を打ち消す。これにより、形成挙動、特に最終製品の穴広げと最大深絞り特性とが改善される。25%超の穴広げと80°超の曲げ角度とを達成するために、Mn含有量は、低Mnゾーンでは、平鋼製品の平均総Mn含有量の最大50%、特に50%未満である。この効果は、低Mnゾーン内のMn含有量が平鋼製品の平均Mn含有量の最大30%、特に30%未満である場合に特に確実に達成することができる。4nmの幅からのみ延性補償が発生し得るため、低Mnフェライトシームの幅は少なくとも4nm、特に4nm超である。低Mnフェライトシームがさらに狭いと、ゾーンは延性補償に効果的に寄与しなくなるが、形成はすでに粒界効果の影響を受けている。延性補償は、低Mnフェライトシームが好ましくは少なくとも8nm、特に8nmを超える幅である場合に特に確実に達成することができる。低Mnフェライトシームの幅は、処理工程j)中の処理時間の増加とともに増大する。シームの正の寄与は12nmから満たされ、作業工程j)中の処理持続時間が長くなると炭化物形成の危険性が高まるため、シームの幅は最大12nm、特に12nm未満であるべきである。この効果は、低Mnフェライトシームが好ましくは最大10nm、特に10nm未満の幅である場合に特に確実に達成することができる。
【0076】
炭化物:炭素は炭化物によって結合される。炭化物の形で結合された炭素は、オーステナイトへの再分布には利用することができない。炭化物はまた、脆性破壊挙動を示す。炭化物の脆性挙動により、材料中の塑性流動が防がれ、これにより、例えば、最大深絞り条件および/または穴広げなどの巨視的特性が低下する。炭化物の最大長は、破断点伸びおよび/または穴広げの低下を回避するために、250nm以下であるべきである。炭化物の長さが好ましくは175nm未満である場合、機械的技術的特性を特に確実に達成することができる。本明細書では、炭化物の長さとは、そのそれぞれ最長の軸として理解される。本事例では、用語「炭化物」は、一般に炭素析出物として理解される。これは、炭素が、平鋼製品中に存在する元素と一緒に、例えば、炭化鉄、炭化クロム、炭化チタン、炭化ニオブまたは炭化バナジウムなどの化合物を形成する析出に関係する。
【0077】
本発明による方法により、900~1500MPaの引張強度Rm、700MPa以上であり平鋼製品の引張強度未満である降伏強度Rp02、7~25%の伸びA80、80°を超える曲げ角度、25%を超える穴広げ、および以下の関係が適用される最大深絞り比β
maxを有する平鋼製品の製造が可能となり、
【数2】
【0078】
式中、Rmは平鋼製品のMPa単位の引張強度である。
【0079】
好ましい実施形態では、平鋼製品は、高強度と良好な深絞り挙動とのバランスの取れた比率を有する。この場合、最大深絞り比は少なくとも1.475のβmaxである。したがって、本発明による平鋼製品は、良好な強度および成形特性の両方を有する。
【0080】
本発明による方法は、特に、請求項1から8のいずれか一項に記載の平鋼製品の製造を可能にする。
【0081】
本発明は、例示的な実施形態および図を使用して、以下でさらに詳細に説明される。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【
図1】本発明による方法の可能な変形例を概略的に示す。この場合、冷間圧延されコーティングされていない平鋼製品は、保持温度T_HZまで加熱され、保持温度T_HZで保持された後、一相で冷却速度Theta_Q1で冷却停止温度T_Qまで冷却される。T_Qでの等温保持の後、平鋼製品は、第1の加熱工程で処理温度T_B1まで加熱され、そこで等温保持される。次いで、平鋼製品は、第2の処理温度T_B2まで加熱され、そこで再び保持されてから、室温まで冷却される。
【
図2】本発明による方法のさらなる変形例を概略的に示す。この場合、冷間圧延されコーティングされていない平鋼製品はまた、保持温度T_HZまで加熱され、保持温度T_HZで保持された後、第1の遅い方の冷却速度Theta_LKで中間温度T_LKまで最初に冷却され、次いで、第2の速い方の冷却速度Theta_Q2で冷却停止温度T_Qまで冷却される。次いで、
図1に関連してすでに説明したように、平鋼製品は、二相で加熱されてから室温まで冷却される。
【0083】
記載された変形例のそれぞれはまた、溶融めっき処理と組み合わせることができる。この場合、溶融めっきは、処理温度T_B2での等温保持、または平鋼製品が室温まで冷却される前の処理温度T_B2への加熱中の期間t_BR2に含まれる。
【発明を実施するための形態】
【0084】
複数の例示的な実施形態に基づいて、本発明を試験してきた。この目的のために、14の試験を行った。この場合、表1に示される鋼A~Gから製造された、14の冷間圧延されコーティングされた鋼帯の試料を検査した。この目的のために、表1に示される組成の溶融塊のスラブを従来の方法で最初に製造した。スラブをそれぞれ、熱間圧延の前に1000~1300℃の温度まで加熱し、表2に示される条件下で、その他の点では従来の方法でホットストリップに圧延し、ホットストリップコイルに巻き取った。ホットストリップを従来の方法で酸洗に供し、次いで、同様に従来の方法で冷間圧延した。
【0085】
試料をそれぞれ熱処理した条件を表3に示す。冷延平鋼製品をそれぞれ、表3に示される加熱速度Theta_H1で保持ゾーン温度H_HZまで一相で加熱し、温度T_HZで5~15秒間保持した。次いで、平鋼製品をそれぞれ、最初に二相で0.1K/s超30K/s以下の第1の冷却速度Theta_LKで中間温度T_LKまで冷却してから、第2の冷却速度Theta_Q2で冷却停止温度T_Qまで冷却した。平鋼製品をT_Qで>1秒~≦60秒にわたり保持し、次いで、第1の加熱速度Theta_B1で持続時間t_BR1にわたり第1の処理温度T_B1まで加熱した。加熱後、平鋼製品をT_B1で持続時間t_B1にわたり保持し、次いで、第2の加熱速度Theta_B2で持続時間t_BR2にわたり第2の処理温度T_B2まで加熱し、そこでZn系コーティング浴に直接導入した。≧96%のZn、0.5~2%のAl、0~2%のMgの組成を有するコーティング浴に、平鋼製品を連続的に導入した。平鋼製品をコーティング浴に通すことも含む時間t_B2、および総処理持続時間も表3に示されている。コーティング後、5K/sを超える冷却速度Theta_B3で平鋼製品を冷却した。
【0086】
冷却後、構造検査、および機械的特性の決定のために試料を採取した。いずれの場合も、平鋼製品の幅全体にわたって等距離に採取された3つの断面で構造を検査した。いずれの場合も、少なくとも3つの等間隔の点で、平鋼製品の厚さ全体にわたって構造検査を行った。従来の撮影光学的検査法による構造評価は、非常に微細な粒組織のために不可能であった。したがって、少なくとも5000倍の倍率で走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、一次焼戻しマルテンサイト(M(PRI)M_1)、二次マルテンサイト(M(SEK)M_2)、フェライト(F)およびベイナイト(B)の比率を検査した。ASTM E975に準拠したX線回折(XRD)によって、残留オーステナイト比率の定量的決定を行った。トモグラフィーアトミックプローブ(tomographic atomic probe)(アトムプローブトモグラフィ、APT)によって、低Mnフェライトシームの描写と低MnフェライトシームのMn含有量の測定とを行った。このようにして、表4ではMn境界によって示されている、低Mnフェライトシームの幅も決定した。低MnフェライトのMn含有量を決定するために、定義された体積要素、例えば、円柱または直方体に対して原子数を決定した。低Mnフェライトシームの幅を決定するために、試料の少なくとも3つの異なる点でシームの幅測定を行った。個々の値は、算術的に平均化し、低Mnフェライトシームの幅として示されている変数を表している。低MnフェライトのMn含有量は、表4ではMn含有量境界として示されている。TEMによって炭化物の長さを決定した。構造検査の結果を表4に示す。
【0087】
機械的特性の試験結果を表5に示す。平鋼製品の幅の中央にある平鋼製品の長さにわたって等距離に分布した3点でそれぞれ採取された試料に対して、機械的特性をそれぞれ検査した。この場合、2017年2月からのDIN EN ISO 6892-1(試料形状2)に準拠した引張試験で、降伏強度Rp02、引張強度Rmおよび伸びA80を決定した。1010年12月からのVDA238-100に準拠して曲げ角度を決定し、2017年10月からのISO 16630に準拠して穴広げ(HER)を決定し、2003年9月からのDIN 8584-3に準拠して最大深絞り比βmaxを決定した。
【0088】
結果は、本発明に従って行われた方法を使用する試験が、高強度および良好な成形特性をもたらすことを示している。したがって、試料B2、B3、D7、D9、F12、F13およびG14は、80°を超える曲げ角度と25%を超える穴広げ値とを示す。試験A1は、本発明に従わないシリコーン含有量の場合、本発明による構造を設定することができなかったことを示している。二次マルテンサイトの比率が高く、フェライトの比率が高いため、比較的低い降伏強度と引張強度とがもたらされた。さらに、非常に狭い低Mnフェライトシームが存在するのみであったため、低い曲げ角度と低い穴広げとが達成されるに留まった。
【0089】
試験B4は、本発明による鋼組成にもかかわらず、圧延端部温度T_ETおよび冷却停止温度T_Qが本発明に従わず、低Mnフェライトシームが狭すぎる場合、成形性が損なわれることを示している。降伏強度および引張強度は実際に十分に高いが、低Mnフェライトシームでの過度に低いMn枯渇、または低Mnフェライトシームに隣接するゾーン内の過度に低いMn富化のために、曲げ角度および穴広げは低すぎる。
【0090】
試験C5およびC6は、炭素およびシリコーン含有量が過度に低い場合、ベイナイトの比率(試験C5)または二次マルテンサイトおよびフェライトの比率(試験C6)が高すぎ、低Mnフェライトシームの幅が狭すぎて、十分に高い穴広げ(試験C5)、または十分な降伏強度、曲げ角度および穴広げ(試験C6)を達成することができないことを示している。
【0091】
試験D8は、本発明による鋼組成にもかかわらず、コイル巻取温度T_HTが高すぎ、加熱速度Theta_B1が低すぎ、熱処理持続時間t_BTが全体的に長すぎる場合、過度に長い炭化物によって成形性が損なわれることを示している。過度に長くなるように選択されたt_BTは、最大炭化物長の超過をもたらし、これにより、穴広げに悪影響が及ぼされる。
【0092】
試験E10は、コイル巻取温度t_RGで熱間圧延した後、シリコーン含有量が過度に低く、冷却期間が過度に長いと、二次マルテンサイトの比率およびフェライトの比率が増加し、これにより、構造が不均質になるため、曲げ角度が不十分になり、穴広げが不十分になることを示している。
【0093】
試験E11は、本発明に従わない過度に低いシリコーン含有量およびコイル巻取温度の場合、二次マルテンサイトの比率が増加し、炭化物が長くなりすぎ、これにより、伸びA80および穴広げが損なわれることを示している。試験E11は、過度に低いコイル巻取温度、およびT_B2での処理持続時間の超過の両方、したがって、t_BR2+t_B2>35秒が、平鋼製品の特性に悪影響を与えることも示している。炭化物形成を十分に抑制することに成功しなければ、過度に長い炭化物が形成され、早期の割れ形成、したがって、穴広げの不十分な値が生じる。
【表1】
【表2】
【表3】
【表4】
【表5】